「これで本当によかったのかしら?本当に・・・」
誰にともなく問いかける。決して大きな声とはいえない、むしろ今の周囲の騒が
しさからいえば
小声といえる大きさであったが、耳聡く聞きつけたものはいたようだ。
「あなたがそれを言うの、エリナ・キンジョウ・ウォン」
答えが返ってくると思っていなかった問いかけに対する返答に、はっと声の方を
振り返る。
「ドクター・・・」
「現状のままでは誰一人救われない・・・そう考えたからこそのこのプロジェク トじゃなかったの?」
「ええ、でも・・・」
「それに、もうひきかえせない・・・」
「えっ?」
イネスの言葉の真意をつかみかねて顔を上げるとイネスの指がある一点を指差し
ていた。
「チューリップ内部にボース粒子検出!」
指し示す先に目をやるとほぼ同時に部下の報告が聞こえてくる。
「来るわ」
一家に一人・・・
<第一章> 豹変
「お、艦長。身体の方はもういいのか?」
瑠璃に付き添われて部屋に入ってきたユリカにリョーコが問いかける。
遺跡から切り離されて半年、一度も病室から出ていない、出られる状態ではなかったと聞いている。
リョーコの問いかけももっともだった。
「大丈夫、アキトについての重大発表なんて聞いたら、妻の私が来ないわけには
いきません。」
得意のVサインはどこか弱々しさが残っていたが、希望に満ちた満面の笑顔はいつもの彼女のものだった。
それを見てこの部屋に集まっていたみんなの顔にも笑顔が浮かぶ。
いまこの部屋には元ナデシコAクルーの主だった顔ぶれがそろっていた。
皆エリナから連絡を受けたのだ。
テンカワアキトに関して重大な発表がある、決して悪い知らせではない、と。
しかし当のエリナ自身と、それにイネス・フレサンジュがまだ姿を現していない。
「発表って何なんですか?プロスさん。」
「それが実は私も聞かされておりませんでして、はい。」
メグミの質問に眼鏡の位置を直しながら返答する。
ちなみにアカツキからは仕事のために不参加との連絡を、少し前に受けていた。
そのことを話そうとプロスペクターが口を開きかけたとき、エリナが入ってきた。
「みんな、そろってるわね。」
「エリナさん、アキトは!?」
「あわてないで。ちゃんと話すから。」
今にもつかみかからんばかりの勢いで聞いてくるユリカを、軽く片手を挙げて制する。
「百聞は一見にしかず。まずは見てもらいましょうか。入ってきて。」
エリナの言葉を合図に部屋に入ってきた二人は、ここに集まった者のよく知った顔だった。
一人はイネス・フレサンジュ。
そしてその後ろから入ってくるもう一人の人物を見て、誰もが息を呑んだ。
「ア、アキトっ!?」
「や、やあ。」
状況がつかめないといった顔だが、名前を呼ばれとりあえず微笑しながら手を振る。
「アキト、アキトー!よかった、アキト、よかった・・・」
流れる涙をぬぐおうともせずに、アキトに抱きついた。
その姿を、涙を浮かべて見守っている。
「ほら、あんただって家族なんだから、一緒に泣きついてきなさいよ。」
「あ・・・」
それまで、涙を浮かべながらじっと二人を見ていたルリが、
ユキナに背中を押されて前に出る。
「あ、アキトさん・・・」
「やあ、ルリちゃん。」
以前と変わらずに微笑むアキトを見て、ルリもとうとう抑えきれなくなってアキ トに飛びついていった。
「アキトさん、アキトさんっ!!」
感動の再会、陳腐な言い回しだが、まさにそのはずだった。
が、当のアキトは何がなんだかわからない、という顔をしたままだ。
しかし、泣きじゃくってる二人はまったく気づかない。
「え、えっと・・・イネス?」
救いを求めるようにイネスのほうに顔を向けると、彼女もひとつ頷いて二人をア
キトから引き剥がす。
「な、何するんですか、イネスさん!!」
「そおよ、せっかくの感動の対面だっていうのに・・・」
後ろからそれまで見守っていた人たちが、そのあまりに横暴なイネスの行動に怒
りの言葉を発したが、
エリナにさえぎられた。
「彼は、あなた達の知っているテンカワ・アキトではないわ。」
「どういうことですか?」
「わかるように言えよ、わかるように。」
「理由を聞かせてください。」
立て続けに問い詰められてかイネスの顔は不機嫌そうだ。
その様子を見たエリナは、仕方ない、といった風に首を振ってイネスに話す。
「ドクター、説明してあげて。」
エリナの言葉を聞いてにっこりと微笑む。どうやら誰も説明してくれ、といわな
かったのが
不機嫌の原因だったようだ。
「それでは説明しましょう。」
右手の人差し指をぴんと立てて皆を見ながら言う。
「と、その前に」
くるっ、と身体を反転させてアキトに話しかける。説明よりほかの事を優先させ
るイネス、
というのはずいぶん珍しい。他の者もはじめてみるその光景に呆気にとられてい
たが、
その後に交わされたアキトとイネスの会話に、さらに驚愕することになる。
「お兄ちゃん、これからみんなにお兄ちゃんの事説明しなきゃいけないんだけ
ど、
お兄ちゃんが
ここにいたらみんな集中できないから、ちょっとだけ向こうの部屋に行っててく
れる?」
「ああ、わかったよ、イネス。君がそういうのなら・・・」
ちなみにこの会話、イネスは顔をアキトの胸にもたれかけ、
アキトはイネスの肩を抱きながらの甘甘な雰囲気の中で行われている。
「ごめんね、お兄ちゃん、私ももっと一緒にいたいんだけど・・・」
「わかってるって。さっきみたいに泣きついてこられたら俺だって困るし。」
「本当は結構嬉しかったんじゃない?」
少し顔を上げて甘く艶っぽく睨む。
「な、何言ってんだよ。そんなわけ、ないだろ。」
「動揺してる・・・」
確かに・・・
「そんなことないって。」
「じゃ、証拠見せて。」
そういって目を閉じるイネス。周囲も作者も完全に目が点だ。
飲んでなきゃ絶対書けないシーンだ。
「まったく、相変わらずだなぁ。」
そういいながら、まんざらでもなさそうにそっとくちづける。
瞬間、ぎゅっと抱きついて全体重をアキトにあずけて来るのをしっかりと受け止
めて、イネスにささやく。
「ほんと、相変わらず甘えん坊だな、アイちゃんは。」
「んもう、子ども扱いしないで、ってばぁ。」
「俺のこと、“お兄ちゃん”じゃなくて、名前で呼んでくれたらね。」
「ふふ、あ・き・と」
「イネス・・・」
そして再び、唇を合わせる。さっきよりも長く、そして激しく。
・・・ほんとにナデシコか、これ。なんかただのバカップルに思えてきた。
「もういいでしょ、ドクター。早く説明に入って。」
さすがに耐えられなくなったのか、エリナが割って入る。
「ウォンさんがうるさいからそろそろ始めるわ。ごめんね。」
「わかった。じゃあ。」
名残惜しそうに互いの視線を絡めあう。
「ちょっと、ドクター!!」
「わかったわよ。」
再三請われてしぶしぶ説明をするイネス、というのも珍しい図かもしれない。
「それでは説明しよう。実は彼は・・・って、あなた達、説明させる以上ちゃん
と聞きなさいよ!」
みんなまだ埴輪状態のまま戻ってなかった。気持ちはわかる。
「それじゃあ、あれは平行世界からランダムジャンプで飛んできたアキトさんな
んですか?」
いち早く説明を理解したルリが、他の人たちに理解できるように
できるだけわかりやすい言葉を選んで確認する。
「そういうこと。そして彼は、火星のアイちゃんに責任を感じて
イネスさんと結ばれた世界からやってきたアキト君で・・・」
「それは違うわ!!」
ダンッ、とテーブルを叩きながらエリナに反論するイネス。
「すいません、簡潔にまとめすぎてどこか間違っちゃいましたか?」
素直に謝るルリの横で、エリナはイネスの次の言葉が予測できたのか大きくため
息をついた。
「大間違いよ。確かに最初は同情もあった、でも、今は心底私を愛してるって、
いってくれたのよ!」
どうやらこのせりふで、この場の全員が今回のイネスは説明役として不適任だと
気づいたらしく、
いっせいにエリナのほうを向く。説明役として不適任なイネスというのも結構希
少価値が・・・
「ま、まあとにかく!これから他の平行世界、たとえばホシノルリ、
あなたにぞっこんのテンカワアキトや、他の女性クルーと結ばれた世界のテンカ
ワアキトが
ランダムジャンプでここにやってくるのよ。
な、なかには私を愛してるのとかね・・・」
最後のせりふだけはぼそっとつぶやいたため、聞き取ったものは少なかった。
ちなみにすぐ隣に座っているルリには聞こえたはずだが、今の彼女はエリナの言
葉に取り乱していて
聞こえていなかったようだ。
「でも、ランダムジャンプなんてそんなに頻繁に起こりうるの?」
「普通に考えた場合、決して多いとはいえないわ。でも、彼の場合、テンカワア キトの場合は結構あるんじゃないかと思うの。」
いったん言葉を切って勿体つけたが、早く続きを、という皆の目線に促され、話
を続ける。
「まず一番最初にアキト君が火星から地球へ飛んだとき。
これも一見普通のジャンプのようだけど、実はランダムジャンプではないかと考
えられるの。」
「巻き込まれてとんだ私がぜんぜん別なところに飛んだのがその証拠ね。」
イネスが、今度はまともに説明に加わってくるが、みんなは無視してエリナの説
明を待つ。
イネスさん、ちょっとかわいそう・・・
「いいのよ、今の私にはアキトがいるから・・・」
「そして今回の事件の後ね。ホシノルリ、あなたナデシコCでユーチャリスを
追っていたとき、
何度もボソンジャンプで逃げられたでしょう。」
「はい、何度か通信が届く範囲にまで追い込み、説得しましたがその度に。」
「そのとき、もしあなたがジャンプ形成フィールドのエンジンを攻撃したり、
ボソンジャンプ中の機体にアンカーを打ち込んだりしたらどうなるかしら?」
はっと、何かに気づいたように息を呑むルリ。どうやら何度か実際に行おうとし
たことがあるようだ。
その様子を見てエリナは頷いて続ける。
「そう、きっとランダムジャンプするわ。それに、その状況に限らず、
彼は逃げるときにボソンジャンプを使う傾向にある。嫉妬に狂った女から逃げ出
したりね。」
そういって自分のことは棚に上げて周囲の女性陣を睨む。彼女もかなり嫉妬深そ
うだが。
「そしてそのとき追うものがしつこければ?そこでランダムジャンプの可能性が
でてくるわけ。
たくさんある平行世界からくるわけだから、アキト君の相手の女性のヴァリエー
ションも多い。
つまり、きっと誰か一人を愛しているアキト君もランダムジャンプしてくるとい
うことよ。」
エリナの話を聞いて目を輝かせる女性陣(さっきのイネス達の会話を思い出した
のだろう) の中で、
珍しく冷静にユリカが問いかけた。
「でも、そんなにたくさんある平行世界だったら、ここにジャンプアウトしてく
るとは限りませんよね?」
「そ、そーだよ、だったら意味ねえじゃねえか!」
「むしろ無限に存在する並列世界の中からここに跳んでくる確率は少ないと思い ますが?」
「そんなの、イネスさんだけずるいですよ!」
「それって、非人道的っていいません?」
ユリカの指摘に焦る女性陣。最後のメグミの言葉にいたってはやや錯乱気味だ。
「あわてないで。だからこそ開発したのよ。ランダムジャンプの出口を!」
「ランダムジャンプの、出口!!??」
見事にハモる。
「そうよ。チューリップを元に研究と改造を重ねたの。私とドクターでね。
その結果がさっきのアキト君よ。特にドクターは寝る間も、食事の間も惜しんで
研究に没頭してくれたの。
そのおかげで早くも成功を見たわ。
だからあくまで絶対 100%偶然とはいえ、
相手の、第一号者が、ドクター、なのも、大目に、みてあげて。」
自分自身に言い聞かせるように、一語一語話した。彼女が一番納得いかないのだ
ろう。
なにせ寝る間も惜しんで研究に没頭したのは彼女も同じだったのだから。
「と、とにかく、これでランダムジャンプしたアキト君がこれから何人もここに
ジャンプアウトしてくるはずよ。
私達はこれを『一家に一人、テンカワアキトプロジェクト』、略して『一一アキ
トプロジェクト』と名づけた。
だから・・・」
「だからみんな、他の女性を好きなアキトには手を出さないように。
いつかきっとあなた達にもそういうアキトが現れるはずだから。」
イネスが待ってましたとばかりにエリナの言葉に横入りし、自分が一番言いた
かったことを言う。
最後のやや憐れみがかったせりふはエリナのみならず他の女性達の神経をも逆な
でしたという。
「さ、もう説明はいいわね。じゃ、アキトが待ってるから♪」
そういってさっさと部屋を後にするイネス。女って、男ができると変わるよ
ね・・・
「と、とにかく、今日集まってもらったのは・・・」
エリナが、なんとか話をまとめようとしたとき、彼女のコミュニケに通信が入っ
た。
「エリナ・ウォン、急いで研究室まで来てください。またボース粒子が検出され
ました!」
つづ・・・いても、いいですか?
あとがき
はじめまして。
こういうのを書くのはまったく初めてです。
それどころかいままでBBSにすらろくにカキコしたこともないのに・・・
突然何を思ったかこんなの書いて投稿しちゃって、いいのかなぁ。
いいんです。
まあそれはともかく、結構しんどい作業ですね。楽しいけど。
途中の多人数での会話なんて、好き勝手話させてたらいつまでたっても話が進ま
ないし
読んでても書いてても飽きてしまいそうなんで簡潔にすませました。
そこから生じる不自然さは、黙認してください。
前半は故意にシリアスぶって文体も硬くしてます。イネスさんに突き崩されるま
で。
後半で一変させて文章面での効果を狙おうと思ったんですが、
おいしいところはすべてイネスさんに持っていかれました。
うう、まけないもん。
あと、ランダムジャンプ出口の技術についての説明は、
一応多少は考えてないでもないですが、
書いても書かなくても話の進行には関係ないかな〜、と考えてますんで。
最後までその記述がなかった場合は忘れてください。
その時点で私は忘れてると思います。
それって大人の理屈ですよね。いやなことは忘れてしま
え、っていう。
大人ってずるいな・・・
そうだね。
ちなみに、テンカワ君の性格が違って見えるのはきっと平行世界からきたから。
これですべて納得しておいてください。
さ〜て、次来るテンカワ君は誰と結ばれるんでしょうね。
エリナさんは後回しだ〜(嫌いだからじゃなくて、むしろ逆の理由で。)
というか、本当に続けていいんでしょうか・・・?
代理人の感想
反対する理由はない、やりたまえ(爆)。
は、いいとして。
なんと言う斬新な発想でしょう(爆笑)!
他の並行世界からアキトを根こそぎにしてでも、一家に一台・・もとい一人アキト君!
さすがです(爆)。