ここはある港町。大きな都市ではないが、人々の活気が溢れている。
十数年前に起こった戦争の傷も完全に癒えており、その姿は平和そのものだ。
そんな活気溢れる町の中でも、夜になると一際活気づく場所がある。
そう、いわゆる繁華街だ。
そこには様々な飲食店が軒を連ね、会社帰りのサラリーマンや青春時代な学生、港町らしく船員などが集っている。
そんな繁華街の片隅に知る人ぞ知る一つのラーメン屋台がある。
繁華街で居酒屋やバー、クラブなどが多い地域は深夜ともなるとラーメン屋台が立ち並びラーメン屋台銀座となる。
これらの屋台は、「お酒の後にちょっとラーメンを・・・」などと考える人を狙っているわけだ。
この知る人ぞ知るというラーメン屋台は深夜のラーメン屋台銀座でも、異彩を放っていた。
ラーメン屋台といえば厳ついおじさんかおばちゃんが屋台を引いているイメージがある。
だがこの屋台は違っていた。この屋台を引いているのは美しい女性、しかも2人なのだ。
想い出の結末
前編
作:H・Wiz
「ネエちゃん、ラーメンくれや」
「はい、ラーメンですね」
「おれは、チャーシューメンな」
「はい」
「ラーメンお待たせしました」
「お姉ちゃん、勘定」
「ラーメン大盛で600円になります」
「あいよ、うまかったよ。またくるな」
「ありがとうございます。チャーシューメン、お待たせしました」
今日もこの屋台は繁盛していた。
見目麗しい女性2人で営業しているこの屋台、営業を始めたばかりの頃は、その物珍しさだけで客を集めているのではと周辺の屋台に冷たい目で見られていた。
それもその筈、この界隈の屋台の店主達は己のラーメンの腕に自身を持っている者が多い。
味以外だけを売りにした屋台に負けるのは腹立たしいものだ。
だが、この屋台が営業を始めてから数日たった頃、ある屋台の店主がラーメンを注文した。
彼はこの界隈でも老舗屋台の店主でいわゆる顔役とも纏め役とも言える男だった。
この屋台の腕がどの程度なのか判定を下すつもりでいた。そしてラーメンを食べた彼が下したのは十分な合格点だった。
その味は物珍しさだけを売りにした屋台などではとても出せるものではなかった。
その時を境にこの屋台は屋台銀座に馴染んでいった。
だがしかし、この屋台でラーメンを食べる客や肩を並べている屋台銀座の仲間たちは、屋台を切り盛りするこの2人の前歴を知ったら驚くであろう。
それはおおよそ屋台のラーメン屋とかけ離れた商売だったから。
この屋台の2人の女性のうち1人。
名をテンカワ=ルリといった。
本名はホシノ=ルリといい、元連合宇宙軍中佐で十数年前に行われた『火星の後継者の乱』においてはワンマンオペレーションシップ・ナデシコC艦長として乱の鎮圧に貢献し『電子の妖精』の渾名と共に一部に熱狂的なファンがおり、当時はそれはさながらアイドルのようであった。
もっともそんな光景を見ていた彼女は、
「私はアイドルなんかじゃありません」
などと言いつつ苦笑していたが。
そして、もう一人の女性。彼女の名はテンカワ=ラピスラズリといった。
彼女はルリが活躍したあの『火星の後継者の乱』の際、『謎の幽霊機動兵器』をサポートしていた少女であった。
彼女の正体を知るのはルリとルリに近しい者達しかいない。
こんな奇妙な前歴を持つ2人がなぜラーメン屋台を引いているのか?
その発端は十数年前、『火星の後継者の乱』終結後まで遡ることになる。
火星の後継者の乱終結より半年後
その日、ルリは溜まっていたデスクワークを全部年下の部下に任せて、連合軍付属病院を訪れていた。
目的はここに入院している、ある人物を見舞う為であった。
その人物の名はテンカワ=ユリカ(旧姓:ミスマル)。蜥蜴戦争の殊勲艦『ナデシコA』の艦長であり、地球と木連和平の立役者でもあった人物でもある。
その彼女は半年前まで火星の後継者に囚われており、彼らがボソンジャンプ(いわゆる瞬間移動)を自在に制御する為の中枢として生きたままそのシステムに組み込まれていた。
ルリや昔の仲間たちによってシステムより解放されたものの、組み込まれていた事で激しく衰弱しており、その治療のために入院を余儀なくされたのだ。
「あれ? ルリちゃん。きょうは随分早いね」
病室に入ってきたルリをみてユリカは笑顔と共に声を掛けた。
「ええ、残っていた仕事は全部要領良く片づけてきましたから」
「もしかして、ハーリー君に全部任せてきたの?だめだよ、自分で出来る仕事はきっちりと自分で片づけなきゃ」
ルリの台詞に右手の人差し指でルリを差しながら先輩らしく説くユリカ。
「ナデシコA時代、雑務のほとんどを私やアオイさんに任せっぱなしだったユリカさんに言われるとは心外です」
それを顔に微笑を浮かべながら返すルリ。
「あーっ、それは言わないでよルリちゃんってば…」
ルリの反撃が直撃したユリカはベッドに突っ伏してしまった。その後復活したユリカとルリはたわいもない雑談に興じた。
それから1時間後、ルリはユリカにある事を切り出した。
「ユリカさん。いつ頃退院になりそうなんですか?」
「イネスさんの話だとあと一月もすれば退院できるって」
「そうですか…。退院された後はなにをなさるおつもりなんですか」
「もっちろん、アキトに会いに行くに決まってるじゃない!」
ユリカの言うアキトとは、彼女の夫であり世間を騒がした『謎の幽霊機動兵器』のパイロットテンカワ=アキトの事だ。
最も世間は謎の幽霊機動兵器の事は知っていてもそのパイロットの事までは知らない。
そのアキトは自分の妻であるユリカがルリ達の手でシステムより解放されたのを確認するとそのままどこかに姿をくらましていた。
「やっぱりですか…」
「ふふ〜ん。そのための根回しは済んでるもんね〜。お父様とジュンくんも了承してくれたし…。待っててねアキト、ユリカがすぐに会いに行くからね」
そう言ったユリカの表情は緩みきっている。
顔の前で手を組み、目を輝かせて何処か遠くを見つめる。
いわゆる『完全無欠・夢見るお姫様モード』という状態だ。
そんなユリカを見てルリは何か釈然としない想い、あえて形容するとすれば怒りに近い想いを抱いた。
最愛のユリカさんを助け出す為にアキトさんは力を欲し、手を血に染めた。
そして手を血に染め、汚れたと感じ、ユリカさんや私のの前から姿を消した。
なぜそこまでアキトさんは自分を責めるのだろう。
ルリは、アキトと墓地で再会し、『アキトの生きた証』を受取った時から、何度も自問していた。
その結果ルリが得た結論はこうだった。
アキトさんはいつもユリカさんに「アキトは私の王子様」と言われ続けてきた。
アキトさん自身はその度に否定していた。
だけど、心の奥底ではユリカさんの王子で居たいと思っていたのではないか?
そして、手を汚し、もう王子様では居られないと考えて今に至っているのではと。
なら何故王子様で無くなったら自分たちの元に戻れないのか?
そこにユリカさんの先程の言動が関わってくるのではないか。
ユリカさんがことある毎に言い続けた『王子様』発言。それがアキトさんの心の奥に、
「ミスマル=ユリカが求めているのはテンカワ=アキトではなく『自分を助けてくれる王子様』じゃないのか」
という想いを植え付けていたのではないか。
王子様でいる限りユリカの側に居られる。
だから自分はユリカの王子様でなくてはならない。
王子様で無くなったから側には居られないと考えたのではないのかと。
ルリはついついその感情を表情に出してしまっていた。
昔なら感情を表情に出すことなどなかったのだが…。
そんなルリの表情の変化をユリカは見逃さなかった。
一瞬で夢見るお姫様モードを解いて真剣な雰囲気を纏わせていた。
「ルリちゃん、ルリちゃんが今何を考えているか判るよ。私がアキトに王子様像を押し付けていたことが、アキトの負担になっていたんじゃないか、アキトの心を押しつぶしてしまったんじゃないか?そう思っているんでしょ。だから私が許せない…」
「……」
「確かにアキトを追いつめたしまった責任が私にはあると思う。私はアキトが側にいるだけで良かった。私の側にいるだけで、ただ側にいるだけで王子様だった。私はそう思っていた。だけどアキトにはそう思えなかったんだよねきっと。でもだからこそ私はアキトの元に言ってはっきりと宣言して抱きしめてあげなきゃいけないの。アキトは何があってもアキトだし、どうなってもアキトである限り私の王子様で最愛の人だ!ってね。ルリちゃんだって追いかけていってそう宣言したいでしょ?」
ユリカはそう言ってルリの瞳を見つめた。
「…王子様で最愛の人とまではさすがに言えませんが、アキトさんはかけがえの無い大切な人です」
ルリは頬をほんのりと赤く染めて答えた。
「うんうん。2人で追いかけて思いっきり抱きしめてドドーンっとアキトに宣言しちゃおうね。でアキトと私とルリちゃんと、あとラピスちゃんだっけ?4人で暮らしちゃおう」
「ユリカさん、私はもう子供じゃありません。1人でも大丈夫です。そりゃ魅力的なお誘いですが…」
ユリカの発言に思わず答えたルリ。
後半は何やら声が小さくなっていたが。
それを見てユリカは非常に優しげな笑みを浮かべていた。
この日の見舞いは面会時間が終わったこともあってここでお開きとなった。
中編へ続く
あとがき
仕事も落ち着いてきたので、SSを書く余裕も出てきました
とりあえずリハビリを兼ねた作品です
中編・後編も間を置かずに投稿できるようがんばるぞ〜
管理人の感想
H・Wizさんからの投稿です。
オープニングで驚かされましたねぇ
この二人が屋台をしている・・・
となると、必然的にアキト達はお亡くなりですか?
残りの中編と後編に期待してます。