はじまった後


6のうしろ
 
「アキトー、頭がズキズキする…」
「一人乗りなんだ、もう少しだけ我慢してくれ」
 証拠隠滅に使った爆発の衝撃で、強く頭を打ったらしいナナコをわき目に、エステのコクピットにチャイルドシートはあるのだろうか、などとどうでもよいことを考えつつ機体を前へ進めた。
 煙のカーテンを抜け出ると、視界は綺麗に開けた。海は静かに沈んでいるが、月の光に波間が輝いている。
 エステバリスの対人センサーにいくつもの感があり、カメラを拡大して表示すると、黒い戦闘服達とキツネの面をかぶった圧倒的多数の人間達が戦っているのがスクリーンに映し出された。
(なんだ? 狙われてるの、俺じゃないってわけじゃないだろうし…。戦闘服がネルガルだとして、相手は――)
 思考を早めてはみても確かめる術はない。いまはとにかく脱出が優先される。アキトは0Gフレームの踵部分にあるホイールにジョイントさせた。
 その切り替えが爽快そのものの振動を生み、体に伝わってくる。ホイールを使ったローラーダッシュは、エステバリスの陸上戦闘においてワイヤードパンチに次ぐ持ち味といえる。
 唐突に接近警報が鳴り、照準レティクルが動く物体を捉えた。それは一台の白い軽トラックで、こちらに目掛けて向かって突進してきていた。
 運転席には仮面をつけた者がいるのがわかる。おそらくネルガルのSSと戦っている者達の仲間だろうから、狙いは間違いなく自分だ。
(サベイジって奴らか)
 そんな推察を遮るように、キツネのお面はドアを開いて、車外へと身を投げた。
 アキトは機体の瞬発力を生かして、迫っていた一台目を難なく避けた。その車体はタイヤを軋ませて倉庫の中へ消えていき、ちょっとの間を置いて大気をつんざく。
 アキトが倉庫の二階を爆破した時とは比較にならないほどの大爆発が起こり、エステバリスが横倒しになるくらいの強烈な衝撃波にアキトは必死で機体の姿勢を維持する。コクピットの中で何かがぶつかる音がしたが構ってなどいられない。目の前では、軽トラが一台、二台と増えていき、計五台が突進を試みていたのだ。
 エステバリスは接近する三台の隙間をローラーダッシュを使って縫うようにすり抜け、最後の二台を低空を飛空する事で避けた。
 出来ればそのまま飛んで逃げることがで切ればいいのだが、電池の節約のために飛行は控えねばならない。だいたい、レーダーに引っ掛かって正体不明機(アン・ノウン)として認定されたら、自衛隊まで巻き込むことになる。そうなったら調査係に迷惑をかけることになり、あの係長にどうにかされてしまうに違いない。
 やむなく着地して直進しようとすると、途端に盛大な爆発が背後から湧き起こった。
 後ろから襲われた光にスクリーンが真っ白になった。機体は衝撃波に押されて瞬間的に制御不能になるほど加速し、前のめりになって倒れそうになるほどだ。
 すぐにスクリーンは回復し、そこに映し出されたのは急速に迫る運河だった。膝を沈めてジャンプするとブースターに一発吐き出させて飛び越える。体が浮くような落下を体感しつつ対岸の白い工業地帯の道路に着地すると、震動と共に両足がコンクリートを打ち割った。
 悲鳴が聞こえる。
 と、スクリーンのマップに、機体の背後、高度500フィートほどの位置にアン・ノウンを示す赤いブリップが灯った。ステルス性か、と舌打ちする。なんのバックアップも受けていない状態では、いくらセンサーがあるといっても貧弱だ。
 すぐさまアン・ノウンのデータが引き出され、戦闘ヘリ・ハインドWW−2と表示されたが、コクピット内では接近警報が鳴り響き、マップにはその点からミサイルの予想進路を表す幾つもの線が延びだしていて、詳しく見る暇もなかった。
 姿勢を低くして一本道を疾走しつつ、ディストーションフィールドの出力を調整する。
 背後から迫るミサイル共は、確実にこちらをロックしつつ、また外さぬよう絶えず己を誘導して、大気を切断するようにして飛んでくる。
 その距離が300mに詰められた時、機体をローラースケートのように足を交差さて振り向かせ、急激な制動をかけつつ右腕を振りかぶる。いくら人間の動きを忠実に反映するとはいえ腰と背の稼動部分は人体にかなうわけもなく、加熱したモーターが金切り声を上げた。
 距離を詰めた猟犬達が牙をむいて襲い掛かってきた。逃げられはしない。
 アキトは、見えない敵を殴りつけるようにして右拳前方にディストーションフィールドを展開させて、猟犬共と交錯させた。
 
 
 蝙蝠の様な猛禽、そう形容されたことのあるハインドWW−2。そのパイロットは、目標に迫った自分のミサイルが全て爆発して炎をあげたのを確認すると、ガンナーに接近することを伝えて機を滑らせた。撃破を確認するためである。
 暗視カメラから送られてくる映像。轟々と黒煙を上げている地点に近づくと、ミサイルが辺りの建造物を巻き込んで一面を吹き飛ばしているのがよくわかった。
(なにか、おかしい…)
 その光景には気に掛かるものがあった。一つの目標に対して放った対装甲ミサイルの数は、その保有数全てである12発。確かに12発全てが命中すればとてつもない破壊力だったろうし、そんなものは訓練でも見たことはなかったが、どうも周囲への被害が大きすぎるように思える。
 よくよく見ると、命中地点が放物線状に広がっている。
 まさか――、そう思った瞬間、煙を上げている中からとりわけ黒い物体が赤い瞳を光らせて飛びかかってきた―――。
 
 
 黒いエステバリスは煙幕を抜けて空中へ飛び出した。一挙に高度を詰めてハインドの胴をその両手でもぎ取るように捕獲し、そのまま地上へ落下する。
 捕らえた猛禽は逃げ出そうと腕の中で暴れ続け、エステの関節全てに異常をもたらした。
 黒い機体が、苦しげに回転を続ける五枚の回転翼をコンクリートの壁に接触させて散乱させた。強靭な複合積材によって作られた翼(ブレード)が一面に飛び散り、コンクリートに突き刺さっていく。それはエステの機体に幾筋もの傷をつけたが、痛みを感じるわけではないのでその様子は不気味なほど落ち着いたものだった。
 翼を失ったローターヘッドが虚しく回転を続けている。羽をもがれたトンポのようにもがいていた。
 エステバリスはハインドの尾を壁に立てて支え棒にし、テイルローターを破壊し、右腕でガラスの球体が二つ並んだコクピットを握りつぶす――。
 そうしようとした時、エステの動きが止まった。
 コクピットではナナコがアキトの右手に抱きついていたのだ。
「殺しちゃ駄目だよ。あの人たち、もう戦えないよ! ねえ! わたしのせいなんて嫌だから!」
 そうして真っ直ぐな瞳を向けられた。アキトは一瞬、何が起こったのかわからなかった。
「アキト、笑ってるよ…!」
 そうして、自分が何をしようとしていたのかを悟った。
 息を呑む。
 ワラッテルヨ――
(俺は、また…)
 突然、接近警報が鳴った。スクリーンに視線を注ぐと、いつのまにかマップ上にブリップが灯っていた。
 気づいた時には既に遅く、二機目のハインドからは猟犬達が解き放たれ、動きを止めたエステバリスに殺到していた…。
 
 
 如何にディストーションフィールドがあるとはいえ、対装甲ミサイルに直撃されれば致命傷になりかねないし、現に、傍にあった倉庫のシャッターを突き破って横転したまま活動を停止した機体は、二度と使用が不可能であるほどに破壊されていたのだが、コクピットを守るハッチは嘘のように無傷だった。
 立ちこめる煙の中、ジョイントを爆発させる音が響き、歪んだシリンダーのこすれる音と共に朽ちた窓が開くようにしてハッチが開くと、その中から咳をする二つの影が現われた。
「「 死ぬかと思った 」」
 そんなことを二人同時に言ってみもしたが、死が近づいている事に変わりはなくアキトはナナコを抱えたまま機体を滑り降りた。煙の漂う倉庫は明かりがなく、先程の爆音が残響となっているのか、まるで風穴の中にいるようだった。
 いま外に出れば、50口径の三連ガトリング砲で掃射されるのは目に見えており、生身でそれに曝されればひとたまりもない。エステバリスを失ったいま、身を守る手段はなく約束したランデブーポイントには到達できそうになかった。
(どうする?)
 辺りを見回してみたが、相手の攻撃をかいくぐって脱出するのに役立ちそうなものなどあるわけもなく、舌打ちせざるを得ない。
 だからと言って突破する事は不可能なのか?
 いや、可能だ。アキトには一瞬で移動できる手段があるのだ。
 アキトの特殊能力。それはCCさえあれば人単体で、いかなるゲート(チューリップ)も使うことなくボソンジャンプを行うことを可能とする。そういった一時期の火星で出生した者にしか備わっていない能力者は、A級ジャンパーと呼ばれた。ボソンジャンプは空間どころか時間さえも移動できる。だから、アキトはすぐにでも違う場所へ跳躍することができるのだが…。
 アキトは腕の中のナナコを見た。
 それは彼女がいなければの話だ。
 ジャンパーの体質を持っていない普通の人間に、ボソンジャンプは耐えられない。
 ナナコがその体質を付与されたB級ジャンパーであるならば、アキトがナビゲートして跳躍する事も可能だった。
 突如、天井からアキトの思考を引き裂くようにして盛大に鉄をぶったたく音が降ってきた。心臓が止まるほどの音に、エステバリスの骸に張り付いた。
「くそ、加減しろっ!」
 ガトリング砲を倉庫の屋根めがけて打ちまくっているのだ。姿勢を低くしてエステバリスの首の部分に逃げ込む。
 耳の近くで汚らしい鉄のひしゃげる音が響いた。
 アキトが恐る恐るその方向を見ると、エステバリスの装甲に悲惨な穴が出現していた。飛び込んでくる弾丸は、癇に障る音を鳴らすたびに装甲に穴をあけ、時には跳弾して暴れ狂っている。
 知らず知らずの内に強く抱き寄せていた胸の中の少女を見た。小さな肩を一層小さくし、音が鳴る度に身を震わせている。
 今のアキトには、二つの選択肢がある。一つはナナコを置き去りにして一人逃げること。
 もう一つはこのまま奇跡を願うことだ。超低空に舞い降りた猛禽が、開け広がっているシャッターから直接射撃を行わないようにと。砲身の冷却時間が訪れ、一時的な静寂が降りるようにと。運良く自衛隊かどこかがスクランブルしてきて、奴を追っ払うようにと。
 必要なのは生き残るための選択だ。結果生き残れば、それが正しい。悩みはすれども、選ぶものは変えられそうになかった。
 どこかで跳弾する音がする。
「…すまない。おまえを助けられそうにない」
 ナナコは黙って小さく固まっている。聞こえているかどうかは解からない。
「俺はA級ジャンパーだ。どこへでも行ける。でも、耐性のないおまえを連れて行くことは出来ない」
 わかってくれ、と無力感に縛られながら呟いた。この子を助けるために死んだアイコの最後の姿を思い出し、心が屈辱に満たされていった。
 鉄の弾ける音が響く。
 腕の中でナナコが動いた。俯くと、不思議そうな瞳でこちらを見ていた。
「すまない、助けるといったが、もう、ここまでだ…」
 ヘリのローター音が徐々に近づいてきている気がする。
「…どうして?」
「ボソンジャンプに耐えられないからだよ、おまえが…!」
 決してナナコのせいではないのだが、アキトはまるで助けられなかった理由がナナコにあるかのような言い方かをしてしまっていた。
「…わたし、ジャンパーだよ」
 その告白を聞いて、アキトの脳からは音が一斉に消えていった。
「…そう、か。…そう、なんだ…………。って、本当にそうなのか!?」
「そ、そうだよ。ただわたしは不自然なジャンパーなんだって。だから、行き先はアキトにとってもみんなにとっても大切じゃない場所にして欲しいんだけど」
 大切じゃない場所? とアキトは聞いたが、返答を聞いてどうするわけでもないし、事態はこれ以上ないほど切迫している。アキトは狐につままれたような感覚のまま、左手にCCを握った。
 意識を結晶に凝縮すると、握った手から光が漏れ始める。
 そしてナナコの顔にも特徴的なナノマシンがジャンプの準備に入ったことを示す紋様が浮かび上がった。ランクはわからないが、間違えようもない。彼女は確かにジャンパーだった。
 
 
 


※踊ってみる
 じ〜ん〜せいが、に〜ど〜あ〜れば♪
 母さんやったよ、ついにあの台詞使ったよ〜。もう死んでもいいです。
 週間ペースで書いてきましたが、これからはゆっくりとやれそうです!
 はしゃいですみません、hyu-nです。
 
母:よくやったわね、hyu-n。
h:母さん、そこにいたんだね! ずっと僕を…! ってなに見てるの?
母:柴田恭○平じゃ、年喰ってもいい男じゃの〜(ゲハハハ)。 まあ伊達の方も刑事貴族(デカキゾクとは読むな)以来なかなか渋い役はこんかったが、免許なんぞとっとらんでハーレーにショットガンで決めて欲しいがな(ゲハハハ)。
h:伊達って…。まさか舘ひろし○のことなの!? しっかりしてよ母さん!! ねえ!!
 
 …えっと、あとがきが面白いと大変なことになるので母子の会話はこの程度にしておきまして。
 ここぞとばかりにアクション連発で、もう詰め込みすぎですね。あの世紀までハインドの名称が残ってるわけないって思った人、僕もそう思います
 窓の中の物語、ファンになりそうです。
 つーかブラウザで出来る様にしてくれないかなー(人任せ)
※質問
 後半の中盤にある、
>殺到していた…。
 の「…」は不要でしたでしょうか。一連の派手な戦闘が終わった後だったので余韻をもたせるのも如何なものかと思ったのですが、緊張感は続いて欲しいと思って使いました。やっぱ要らないかなー? 場面はそのままだしそれでいい気も…。
 ついでに文体も乱れてるというか、もうどうにもならん
母:書き手が混乱してるから。
h:あ、正気。

 

 

代理人の感想

ふむ・・・・もしかして、「人工A級ジャンパー」とか?

そうでなくても「不自然な」というのが引っかかりますね。

イメージングに障害を起こすとか・・そういうことなんでしょうか。