虚空の夷
―――beneath the surface―――
雨の舞い散る渦の中、いつしか消える君の名は
蜂の羽音に、身をひさぐ
コクピットに映し出される映像が、閃光で真っ白になる。
振動で機体が振るえ、神経を引きつる。途方もない焦燥と、繰り返し明滅する恐怖。
何度、自分が消えてしまったかもしれないと考えただろううか。嵐のような攻撃にさらされる中、援護の不適切さに泣き出したくなる。
試しにウィンドウを呼び出すが、やはり重力波によるエネルギー供給範囲は遅々として広がっていない。
これでは敵に近づいても帰ってこれない。
張り付いているこの掩体物は、多少の防御工事を施された小惑星がエネルギー供給によってディストーションフィールドを展開するだけものなので、先が知れていた。なぜなら、供給式のディストーションフィールドは出力が低い、まぁ自分の乗っているアルストロメリア程ではないのだが。 ―――― 衝撃!!
コクピットの中で圧迫された息苦しさを感じつつ周りに目をやると、皆同じようにしがみ付き、ただ耐えていた。母艦まで下げてやりたいと感じる。
(くそっ、堪えるのも上官の仕事ってことかよっ・・・!)
アマテラスは過去にアキトが強襲をかけたコロニーである。目的は隠されてあったボソンジャンプの鍵となるユニットを手に入れるため、そしてさらわれたユリカを救うために。アキトはアマテラスへ押し入り、そこで遺跡に融合されたユリカを発見するが結局助け出すことはかなわなかった。そしてアマテラスはクーデターの決起の地となり、爆破される。
ヒサゴプランの中枢を担うはずだったターミナルコロニー・アマテラスは先のクーデターの後より放棄されたが、現在では寄せ集めたコロニーも利用してほとんど復旧作業は終わりかけていた。そこへ2時間前、火星の後継者とおもわれる三隻の艦船が現われ、戦闘の火蓋が切られた。
大艦隊が配置され双胴型戦闘母艦がオンステージするアマテラスに対して勝ち目はない。しかし、敵は輸送船をエスコートするような形で接近してきた。リアトリス級戦艦は木連式突撃駆逐艦2隻をしたがえ不意を突き、守りに入ったアマテラスに対し攻撃しては離脱するという戦法を繰り返し6倍以上の相手と渡り合った。統合軍は、突出してきてはリニアカノンを連射する駆逐艦に翻弄され意図しないうちにほとんど全周防御になってしまっていた。攻撃の自由は、攻め手にある。
次第に復旧中のアマテラスへ被害が拡大しだすと、この状況を打破すべく4隻の俊足駆逐艦がリアトリス級に狙いを絞り突撃を開始した。十分もすると敵は後退し始め、それを皮切りに統合軍はゆめみずき級戦艦と、双胴型戦闘母艦を進ましめ、いつもどおりの掃討戦へ移行した。
敵の後退戦には罠が仕掛けられている事がある。乱れた戦列を整えるため、時間稼ぎに戦闘母艦を進ませた。しかし、その艦長よりしきりに応援要請が送られてきたので第二陣を送り込もうとした矢先、浮遊していた大型コンテナから無人機動兵器<バッタ>の群れが出現し、アマテラスにある発令所はそれどころではなくなってしまっていた。
そして追撃戦を行っていた艦隊は、同じように息をひそめていた木連式四連筒型戦闘母艦1隻と駆逐艦1隻、当然これに付随する機動兵器によりほぼ五分五分の兵力での戦闘に引き込まれていた。
その戦闘母艦、ウェルウィッチアに配属されていたスバル・リョーコは罠の存在に薄々気付いていたが、何とかなるだろうとタカをくくっていた。しかし味方の劣勢を聞き威勢良く飛び出したものの絶妙な相手の指揮のため援護を絶たれた。結局、敵と味方の間にあった掩体物の陰に隠れ戦艦による砲撃戦が成功するのを待つしかない。前進も後退も不可能になり暴風の中、ただ張り付くしかない。
(くそっ、オマエラいったいなんなんだ!)
あまりに見事な戦線のしき方に愚痴るしかない。
それにしても、相手は機動兵器戦を極力避けようとしているように感じられた。
防衛ラインの最外周からアマテラスを振り返る。守るべき場所に、幾筋かの光芒が走る。
ふと、あのアキトの強襲を思いだす。
じわり、と戦意が湧き始める。
眼光に光がさす。
――― やるか
そう考える。本来あるはずの両手の巨大クローを省略し、その代わりレールガンに銃剣を装備してある。
その長いライフルを赤い機体は抱えなおす。自分の隊である<ライオンズシックル>の隊員の機体を見渡す。
この機種の目玉である短距離ボソンジャンプ機能を連発してなんとか右翼の駆逐艦に辿り着ければ、この均衡状態を崩す発端が作れる。
だがウィンドウに表示されたエネルギー供給範囲を見ると先程とまったく変化は無く、じりじりとした失望感が襲ってくる。
せめて進攻可能ラインにバラ撒かれた対機動兵器用の機雷をどうにかしてほしい。
さっき伝えた要請はどうなったんだ。
早く、機雷を潰してくれ。
そうすれば・・・
「ああっ!」
そう喚くと、体をシートに戻した。トリガーから指を外す。そのうち援軍が着くだろう、それを待つしかない。それまでこの盾がもてばの話だが。
(しかしこいつ等ずいぶんと大掛かりだな)
腹を決めると、すこし気持ちに余裕ができた。
(―――そうだ、いつもなら嫌がらせ程度につついてくるだけだ。)
その後、自分達の正当性を唱え、『立ち上がれ!』『目覚めよ!』とか喚いて街宣車(害戦車)のように去っていく、火星の後継者にしてはおもむきが違う。
ある考えが浮かび上がってくる。
(もしかして、追っ手を潰すのが目的じゃないのか?)
その考えが頭の中で現実味を帯びていく。麻痺したような感覚は収まらないまま、閃光の中、思考だけが冴えていく。
もう一度アマテラスを振り返ってみるとあらかた光芒は静まり、鋼鉄の球体が心細げに浮かんでいた。
「アマテラスの戦闘は終了したようですね、艦長。」
ナデシコC艦橋では、傍受した統合軍の通信を聞いている。
現在の被害、大破1、中破2という表示が映り、死傷者の詳細が現われる。それを見るとサブロウタは不謹慎であると知りつつも安堵した。死者の中に彼の気のよせるスバルリョーコの名はなかった。彼女が凄腕のパイロットであることは十分承知しているがそれでも心配せずに入られない想いがある。それは艦長も同じだろうと思い、その背中をみる。
艦長であるホシノ・ルリは最終的な発表のあとに犠牲者のために総員で黙祷をささげる旨をブリッジ乗組員に告げると艦橋から降りた。
「艦長、最近おかしいですよね。何か考え込んでいて」
ハーリーなりに気に懸かるところがあったらしい。心配そうな顔がサブロウタの席のウィンドウに映る。いつも一緒にいる者だけが感じるであろう、ルリの持つ悩み事。はた目には分からないだろうが、ホウメイや、ウリバタケが何気なく問うてきた。その原因はわかるが、どうしようもない。本人が自分でケリを付けなければならない事だ。サブロウタはそう考えている。
「お前の事が心配なのかもな。ナデシコBに盗られるからな」
「あっ そうでしたね・・・。お別れなんですよね 艦長と」
一気に暗くなる。オモイカネによる時報ウィンドウが響く。中途半端な時間に、ハーリーの前だけで。
「俺は別かよ。 そういえば久しぶりに見たミスマル大佐、キレーだったなー」
三人は地球においてユリカから手紙をもらい、「マキビ君をいただきます」という旨の連絡を受けていた。ハーリーのナデシコBへの異動はミスマルユリカ大佐の復帰時に大方決まり、その内定を知った。ハーリーはユリカとしばしば会ううちにユリカに対しても好意を抱いており、ルリ、ハルカ・ミナト、ユリカ・ミスマル、と三人の女性を慕うようになっている。
「ユリカさんを汚すような目で見ないでください! スケベ バカ 変態!」
「汚すってどんな目だよ、大体変態は言いすぎってもんだろ」
何か意地悪してやろうと考えたが、ハーリーの人事を考えればすこしは優しくしてやろう、そうも思う。
「ああっ どうしてこんな事に。艦長と離れるなんて死んだのと同じですよ。もぅ!」
「俺は無視かよ。まっ、いいけど、その台詞艦長の前では言うなよな」
「どうしてです」
「テンカワさん、思い出すだろうが、艦長」
「・・・・・・。 そういえば実習生の中にテンカワさんていましたね。艦長が悩んでるのはそれで思い出したんでしょうか」
神妙なその表情にサブロウタはあっけにとられる。驚いたことにハーリーは何も気付いていないようだ。確かにアキトには生きた肉親はもういないが。
(こいつもしかして、あの人と一緒にいたって言う子供のこと忘れてんのか? それでよく「僕が絶対見つけ出します!」だよ・・・・・・) そう考えるとサブロウタは異動になるハーリーが本格的に心配になってきた。そして心配させた<こいつ>に対し、すまいと思っていた意地悪を実行する。
「テンカワさんとお前の人事異動ね。離れ往く二人かぁ。あー だとしたらもう完っ全に忘れられてるな、お前」
ピタッと活動を停止したかと思うと途端に震え出す軍服の肩。
「艦長のっ・・・ テンカワさんのバカ―!!」
わかりやすい屈折した怒りをぶちまけながら駆け出していったハーリー。小一時間もすればたぶん展望室あたりで夕日に染まっているだろう。
任務中だが。
ルリはエレベーターに乗っている。
地球では多少忙しかったがホウメイの店『日々平穏』で食事をしたり、ウリバタケに会ったりしたので気分転換ができた。しかし、出発したその日に友人のいる宙域で戦闘があり、死亡者が出た。厳しい現状を確認して気が滅入る。
ナデシコの持つ強大な情報戦力を鹵獲、もしくは失うことを恐れるあまり、なかなか前線に出る事がかなわない。前線に出れば最低限の死傷者に抑える自信はある。ジュンの乗艦するコスモスが、他艦のジャンプにより自艦もジャンプするというシンクロ計画のため、ナデシコBとの同調したジャンプをするための改装に入った。これは続発する海賊行為への対処策なのだが、本当ならナデシコCとの連携が適切なのだ。
しかし自分は封されている。何もできない自分に腹が立つ。自分達の存在のために火星の後継者の複雑に絡まった地下組織化は進む。
ラピスからの伝言が届いていた。
アキトの手掛かりとなるはずのラピス・テンカワはレクチャーに忙しくなかなか二人きりで会うことがかなわない。月で乗艦してきた教官は、ナデシコ型に乗れた事がよほど嬉しかったらしく、それを体現するように厳しい指導をつづけている。
過去の戦闘を例に挙げ、具体的な部隊運動から軍隊運用の基礎的動作を説いていた。戦闘運動や兵站から経理、将校以下の教育まで実に幅広い。この講習は、大学構内でも受ける事が可能なのだが、卒業後の軍における実習期間が半分になり、なにより単位が追加される。また統合軍や宇宙軍の参謀、各方面のプロが教鞭を取るため実に実際的な運用を教えてくれる。この間、大学に出席ができないため十分すぎる量の課題が用意される。
オモイカネはどうして無理にでも会おうとしないのか聞いてきたが、自分にも解からなかった。
よくラピスの様子をウィンドウで見た。あまり表情はないがじっと耳を傾け、真っ直ぐに目を向けているその姿をうつくしいと感じた。
―――アキトの力だろうか?
そう考えた自分の顔の方がほてっていくのを感じ、照れも重なった。
アキトは自分にレシピを渡し、その後は前と同じように噂さえ聞こえてこない。
拒否されても会いたいと願い、帰ってくると信じ、帰ってこなければ追いかける。そう誓った気持ちに変わりはない。
どうしても一目会いたい。好きです。そう一言いわせてほしい。
そうでなければどうやってこの気持ちを溶かすことができるだろうか。
初恋は既に終わり、今のアキトのことを知りたいと願っている。その知りたい相手がアキトでなければこれほど辛くはなかったかもしれない。
しかし離れているからこそわかることもあった。前よりもはっきりと感じていると思う。いとおしい人のいる事がどれだけ自分に力をくれるかを。
待ち合わせ場所。
茶店の店先にあるような長いすと中に照明のついた同じような大傘。ゆれる柳になんとなくイズミ・マキを思い出す。
ラピスは時間通り、艦内にある休憩所にひとり座っていた。
「待ちましたか?」
「いいえ、急にお呼びだししてすみません 艦長」
ルリは隣に座り、盆にもってきたお茶を差し出す。団子が2本添えられてある。
ルリは間近に見るこの自分と同じような境遇を持つだろうこの少女の眼差しに安心した。なぜなら目元に軽い笑みを表していたからだった。自分の経験を踏まえ結構気難しい子なのかもしれないと思っていたのだが、そうでもなさそうだ。
ラピスの方は相手の出かたを探ろうと気を引き締めていたのだが、写真で見ていたよりもずっと可愛らしく、清楚な感じを受け更に緊張した。大学に通うになってからは今までにないほど大量の女性や男性を見た。しかしそれでも目の前にいる相手はかなり整った人に思えてならず、そのため何故か更に緊張してしまったていた。
「私も聞きたい事があったので丁度よかったです。まず、あなたは火星であったラピス・ラズリさんですよね」
「はい、私です」
「あのあとは」
「あれから3ヶ月ほど経って今の姓に変え、特に時期を定めず学生を募集している連合大学に入学しました。アキトとの関係は血のつながらない兄妹とゆうことになっています」
ルリはその次期からブラックリストにおけるアキトのランクが急下降している事を知っている。それはネルガルの策動であることまではつかんでいる、が特記事項の存在までは知らない。
アキトの捜査自体、極秘性が強く、特に慎重に行われているようで、形だけの専従捜査班があるだけで、現場レベルでは上層部と支援係、特殊部隊の<シナプス>のみ理解している。
「そうですか・・・。 ではそのアキトさんは今何処にいらっしゃるのですか?」
「知りません。たまに手紙が届きますが、それだけです」
「手紙から行方の見当はつきませんか?」
「いいえ、残念ですが」
瞳を見てくるルリ。言っている事に嘘はない。本当に何処に住んでいるのかは知らされていない。IFS強化体質者に対する事態が急転したのを知り、連合警察との協力が始まってからというものアキトへの連絡は取れなくなっている。
自分のことを心配させないよう手紙をくれるだけで十分だと思う。本来なら二度と姿が見られなくなるかもしれなかったのだから。
「今何をしているのかは?」
「わかりません」
これはもちろん嘘だ。何度も違法実験が摘発されているが表には出て来ない。出てきたときは――許可を受けていない実験を行った、と変換されている。そのためルリたちがこの事実の全容を知るのはずいぶん後になるだろう。この秘密主義は地下組織がこれ以上地下にもぐるのは避けたいため(それでもクリムゾングループから捜査情報が提供されている)、そして保護された人物や受精卵を危険から遠ざけるためだ。この活動にラピスは手伝いたいと考えていたのだが、「これ以上は駄目だ」と頑としてアキトが拒んだ。先方の方も強化体質者に手を借りるつもりはないらしい。
「本当になにも知らないのですか?」
ルリの視線がキツイものになっているように感じ、ラピスは胸が締め付けられるような感覚を表に出さないよう必死に頭の中でもがいた。
「はい、知りません」
決死の思いでそうつぶやくと、いつのまにかルリの視線は悲しいものに変わっていた。
「そうですか。アキトさんは元気なのでしょうか?」
「・・・・・・そうだと思います。そうであって欲しいと思います。大切な恩人ですから」
自分も同じ気持ちだと伝えたい。そう思って話した言葉だが伝わっただろうか。
アキトはユリカやルリの元に戻れればいいのだが、戻らない。それは覚悟であり自分の置かれている今を考えている為だろう。
アキトの笑った顔をみたことがあるが、心底幸せそうな表情は写真の中でしか見た事がない、そんな気がしていた。曇りない表情は過去にしかないのかもしれない。
『愁いの入った表情も素敵だけど、もっと楽な表情でいられるようになってほしい・・・・・・』
エリナは冗談交じりにそう言っていた。
「ラピス、あなたと同じように私もアキトさんを想っています、ゆりかさんも。何とか連絡をとる方法はありませんか? どうしても会わなければならないんです。」
「・・・・・・わかりません。ただ、私の警護はネルガルが行っています。もしかしたらその方面にあるかもしれませんが・・・・・・」
たぶん調査済みなのだろう、ルリの表情は変わらない。できれば教えてあげたいが、契約であり約束でもある。本当の緊急時につないでいいことになっているその非常回線は未だかつて使用した事がなかった。もし、すべてを話し理解を得たとしても、きっとルリはつなげるだろう。
「アキトは艦長のことを忘れてなどいません。きっとどこからか見ています。私はそう感じています」
その言葉を聞くとルリが表情を和らげるのが分かった。自分を気遣ってのものでもあるのだろうが、自分のような無理をした表情でないことを感じると、罪悪感が襲ってきた。
「ありがとう・・・・・・。あなたは本当に知らないのですね?」
強い瞳で問いただしてきた為、動揺してしまいそうになったが、達にアキトのサポートを長いことやってはいないのでそのくらいの視線は堪えられた。
そのまま首をそっと振る。
「そうですか。 ・・・・・・・そういえばあなたの用は何だったんですか」
ラピスがルリを呼び出した理由、なかなか接触してこないルリに対して先に機会を作ってみたのだが・・・・・・そう答えるわけにもいかないと思う。
「いえ、すこしお話ができればと」
「そうだったんですか、一方的に質問ばかりしてしまいましたね」
―――そういえば
と聞く事があったのを思い出す。これは知っておかなければ
「あの、私がナデシコに乗り組みになったのは偶然なのですか?」
「いいえ、コスモスの改修による割り当て替えの際に、ユリカさんが仕切ってくれまして。それがなにか?」
「いえ、いいんです。ミスマル大佐にも一度お会いしたいです」
やはりそうか、と確認する。自分のせいでカーナを巻き込んでしまった、と考えていたが、月でコスモスが改修中である事を聞き無用な心配であったと安心していた。ルリたちを責めるのはお門違いだった事がわかり、すこし自分をいやらしく思った。
――――いつでもコミュニケで呼び出してください、今度は食事でもしながら。
そう告げるとルリは戻っていった。ラピスはルリを見送ると講義以上に疲れ果てていることに気がつき、こんなやり取りがずっと続くのかと思うと途方にくれる。アキトの寝顔の写ったあの写真(撮影者はエリナ)はあまり表に出さない方が良いだろうと固く決めた。
寒とした水の流れ。森林のゆれる音。古い木製の橋が近くに架かっており、その下には残雪が残っている。日が暮れ始め蜻蛉たちが羽化を始めた川の中に渓流釣りを行う者がいる。
「釣れますか」
岸から声をかけられ、その男は声をかけられたほうは見ずに苛立った声を返す。
「話し掛けないでくれっ・・・・・・・て、テンカワ君か」
アキトはラピスを見送った後このみずみずしい山中にやってきた。指定場所から随分上った。
「約束場所からかなり離れてないか、アカツキ」
アカツキ・ナガレはアキトの方に寄ってくる。アキトは周りを見渡した。
人の気配がいくつかするがアキトのみたところ二人が確認できるだけだ。少なくとも後三人はいるだろう。ネルガルの会長の護衛、それ位はいて当然だ。もしかしたらこの中には知っている者もいるかもしれない。
そう思って気配を探っていると、アカツキが竿を置き手頃な石を投げる。その石の軌道の先には茂みがあったのだが、突然その茂みから腕が生えその石をキャッチする。腕の太さからしてゴート・ホーリだろう。カサガサと茂みが移動していく。
教官としてアキトを鍛えた人物で指折りの工作員だ。アキトはその方向に向かって一礼する。
「ずいぶん久しぶりだねぇ。連合警察に頼んで連絡つけてもらったんだけど、時間通りだね」
連絡先の分からないアキトを無理やり呼び出した。
「あっちは、時間に厳しいんだ」
アカツキはアキトの言い草に笑ってしまった。
(時間に厳しいとくるか・・・随分かわったな)
表情はどうだろうと思い伺うと、メガネの奥にある瞳が水の流れを見つめている。あの頃よりはマシになったと思い、安堵する。自分が覚えているより髪が短くなっている。IFSのタトゥを隠さずに出してあり、それが痛々しく感じた。黒のスーツになっているのは、連絡を受けてから着替えたためだ。
「連絡をつけてくれた娘、かわいかったじゃないか」
「それで?」
「いや、いいよ」
アカツキはちょっとがっかりした。それで? の声から明らかに何も意識していない事が分かった。時折、アキトは鋭い考えを口に出すようになっていたがこういうことは未だに鈍感らしい。そんなアキトと連絡をとってくれたナツノ・リツは心配そうな顔を一瞬見せたことを思い出した。
(エリナ君とのことで少しは変わったかと思ってたんだけどね)
みんなに優しいということだと理解する。そういえばクリムゾンの怖いお嬢さんとはどうなっているのか、と思った。
「用件はなんなんだ」
表情を変えずに聞いてくる。
「うん。実はね月臣君が行方不明でね。しらないかなぁ」
「・・・・・・しらないな」
「いつもの山篭りならいいんだけど、彼の部下のうち半数も行方知れずなんだよねぇ。どうおもう?」
「さァ・・・・・・。警護は足りてるのか?」
当然、警護とはA級ジャンパーのユリカやイネス、それとIFS強化体質者へのことを指している。ネルガルは彼らの警護を一括して引き受けている。
アキトの問いは、木星を中心にして混乱の広がるこの状況下で月臣がいなくなった、それが指し示すことを知っている。
「ああ、それは心配要らない。強化してある」
「そうか・・・・・・。いろいろと伝えるべきだな」
「宇宙軍の親父さんには伝えてあるんだけどね」
「もう違う。遺跡とジャンパー、それにラピス達を抑えてほしい。俺は関わりたくはない」
親父さんとはユリカの父ミスマルコウイチロウ総司令のことだ。アカツキはわざとその話題に触れたのだがアキトは興味がなさそうに応える。
「キミもジャンパーだろ」
「だから困ってる」
「そういわずに協力関係をもとうじゃないか。何かわかったら伝えるよ、かわいいお嬢さんを通して」
「・・・・・・ナツノさんを直接通すのは止めてくれ。後で小言を言われる彼女がかわいそうだ。係長を通してくれ」
―――あそこは神経質なんだ。困った顔を作り応える。
「あまりお付き合いしたくないんだよね、こわい刑事さんたちとは」
アカツキの釣りに少し付き合った後、アキトは下流のほうに消えていった。
アカツキのそばにゴートが寄ってくる。手にもった網袋になめこが入っている。
「取り敢えず協力してくれるってさ。多分クリムゾンにも探りを入れてくれるだろうね。」
「そうですか」
「クリムゾンともう少し仲良くできないのかって言われちゃったよ。ライバルの悪者同士なんだから手を繋ぐ訳には行かないんだよね。ま、テンカワ君があっちと話してくれるだろうから」
「はっ、そろそろ時間です」
「分かったよ。釣果は三匹、どう食べようかねぇ」
「塩焼きがいいです」
食べてもらう人がいて助かるよ・・・・・・と言うつぶやきに割って入ってきたヘリの軽快な音に、空へ目を向けた。
「テンカワさん、会見は終わりましたね。調べて欲しいことができました」
(会見だったのか・・・・・・。)
ナツノ・リツにはそう思われていたようだ。アカツキはどういう理由をつけて連絡をつけさせたのだろうか。
乗ってきた車に乗り込み、来たときと同じようにリツが運転席に座る。リツが付いているのはアキトを送るだけでなく見張りも兼ねている。
「ああ、こっちもできた」
エンジンがスタートする。軽やかに国道へ滑り出すと、アキトはアカツキに水をかけられ汚れたメガネを拭き始めた。
「では先に伝えます。先程ターミナルコロニーアマテラスにおいて火星の後継者とおもわれる相手と戦闘がありました。撃退に成功しましたが、戦闘中にアマテラスの一画にあった施設に何者かが侵入し民間人を殺害、そして強奪が行われたようです」
のどかな風景の中を疾走する。
「・・・・・・。」
アキトはシートに深くもたれている。
「その殺害された民間人というのが研究員のようなんです。再開に先立ってコロニーにおける衛生管理の研究を行っていたそうです」
声に翳が現われ始める。自分たちの中で通じる<研究員>というものの意味することは自ずと知れた。
「盗られたものってのは」
「それも調べてきてください。現状は隔離してあるそうです。」
何がとられたかは予想がついた。たいした証拠などは残っていないだろうが、犯人像へ迫る事はできるかもしれない。
この手の調査はよく頼まれることだが、精密に行わなければならない。また不法侵入か、身分詐称を行わなければならないだろう。
しかし被害をはばからぬこの手口に影を感じた。
「・・・・・・月臣源一郎を調べてくれ」
「は?、どうしたんですか」
「最近姿が見えないそうだ。ネルガルと宇宙軍が絡んでくるかもしれない」
「何があったんですか」
二人の上を光と影の列が通り過ぎていく。
「・・・・・・。」
「今回のことに関係があるんじゃ」
「・・・・・・。」
リツはすこし見開いた瞳で前を見続けている。アキトは無言だ。関わりたくは無かったがもうどうしようもない。どう終わるのだろうかと考えた。感じたとおり彼が関わっているならば相当大きなことになっているのだろう。しかし、非人道的な行いに対し月臣がどう関わっているのか実感が湧かない。関わっているとしたら、アキトとぶつかることも覚悟しているだろう。そしてアキトは許すわけにはいかない、彼が自分の師匠であるとしても。
夕闇の迫る中、車の中で加工されたC・Cを取り出す。
「調べてくる」
ナノマシンのパターンがアキトを包む。発光はできるだけ抑える。
「・・・・・・気をつけてください」
アキトはアマテラスへジャンプした。
「と、そうゆう訳で心にとめておいて欲しい」
宇宙軍の秋山源八郎から通信が送られてきた。アオイ・ジュンは改装中のコスモスの薄暗い艦橋で独り見入っている。源八郎の沈痛な眼が居たたまれない。かつての同志に不穏な動きの可能性が見出されればその表情も仕方ないだろう。
ボソンジャンプの同調のために簡単なシステムの改変と側面面積を減少させるために装甲を大幅に変更する。艦形は随分変わり厚みがなくなりブリッジ部分が低くなり艦体に近くなる。本当は三ヶ月先に三日で一気に改装を行い試験航行へ出るはずだったのだが、計画が早められた。システムは比較的に簡単なのだが装甲はなかなか進まない。ナデシコ型b,cの装甲を流用できればいいのだが、サイズが違いすぎる。そのため、自艦のクルーとネルガルの技術者達が昼夜後退で24時間面倒を見てくれている。兵器開発部長のエリナには小言を言われ、言い返そうとしたのが間違いで一方的にやり込められてしまった。
そのおかげで作業の進行状況は、67%にまで達した。場合によってはナデシコbとの同調ジャンプによって自分が出撃することも考えられる。いや、ナデシコcが警戒航行に出たところをみると自分達が主力なのだろう、そして事態によってはA級ジャンパーをナデシコcに跳ばし、それから戦地へ進出させることも可能か。しかし月臣源一郎ならそれくらい見越しているだろうから実力での行動は控えるのではないだろうかと考えた。ならば先の英雄の一人としての求心力を使用した政治活動を行うだろう、そうなれば軍の負担は軽い。
先の大戦において戦闘を交わした経験のある相手なので、戦闘になれば苦戦するだろう。その時自分の戦闘指揮を試したいという願望は無くは無いがジュンにはその感情が不快だった。
(あっ!)
この通信はユリカにも届いていることに気がついた。ならこの事態にテンカワアキトも関わっていると考えるのではないだろうか。行動を起こしても実りが無ければまた活気がなくなるだろう。これ以上幼なじみの悲しい姿は見たくない。艦長席のリクライニングを軋ませる。 (一体、どうしろっていうんだ)
膝の上に握った両手を乗せ目を瞑る。その後ユリカに連絡をしようかと思い、うろつきながらかける言葉を考えたがまとまらなかった。
アマテラス、復旧中の中心部から外れた一画。
連合警察の支援係から渡されたIDを腰にしのばせ、サングラスをかけハットをかぶりアキトは現場へ向かう。いかにも工事中といった廊下を通り、目的の場所につくとそこは5人の警官が封鎖していた。角から伺ったとき何やらニヤついたり悔しがったりしていて、なっていないポジション取りの素人丸出しさに不安になった。姿を見せると彼らの応対はしっかりしたもので、拳銃に手をあてた二人がこっちをにらみつつ違う一人がIDの提示を求めてくる。ここに来るまでの二つのゲートを通るのにIDをスロットに通し確認を行ってきたが、その判定はこの警官達にも伝わっているのに気を引き締めて接してくる。つい先程突発した戦闘に神経を尖らせているようだ。それでなくともテロや何かできついこの仕事を行っているのだから、たいした経験もなさそうな彼らには堪ったものではないはずだろう。
「調査部の方でございましたか。ご命令の通り現状はそのままにしています。それと発生時の映像とセキュリティチェックの記録、人員名簿を預かっています」
「ご苦労様。その角に一人がついたほうがいい」
「!、わかりました」
白い手袋をはめ、壊れたドアを通り抜け渡された資料に目を通しているとその資料と共にさっき応対した警官の名刺が入り込んでいた。お見知りおきを、ということなのだろうか。とりあえず顔と名前と声を覚えておく。笑顔が癇に障った。
渡された画像を起こす。実際の現場と照らし合わせながら事の成り行きを見る。扉が開かれ、6人が侵入してくる。まよわず、サイレンサーつきの拳銃を発砲し研究員や警備員達をなぎ倒していく。この扉に連射し蹴破る。そこで画像は途切れた。侵入者達は顔を隠しているが、その動きは確かに工作員を連想させる。
重大な問題が一つ、死体の数と研究者の数が合わない。人数を隠していた可能性も考えられたが問題はその合わない者の名前だ。記憶が確かなら遺伝子操作についての反対者で有名な研究者のはずだった。
賊のID記録によるとこの区画の作業員らしい。戦闘に乗じての強奪、クーデターの残党と関係があるのかもしくは奇襲を知ったうえでの行動か。
戦闘行動の図面を呼び起こし眺めると、上手い作戦に感心した。この指揮をとっている人物はおそらく実戦経験者だろうと考えられ、嫌がおうにも月臣ではないかと感じてしまう。
これが月臣の関係することなら手持ちの切り札にでもするつもりなのだろうか、それとも実質的な支配が目的なのか。
しかしこれほどの施設が自分達の目から逃れていたところをみると、何か違和感を感じざるを得ない。
次の扉は無傷で残っており、カシュッと音を立てて開いた。この研究室はそれほど広くはなかった。まず、端末を操作するが反応しない。
足元に水溜りができていて、入って前方正面の壁に白く長いボックスが置かれている。高さは1メーターほどで、いくつかに分けられ上部に取っ手がある。
一つ目を開く。何もなくただ透明な液体が張ってあった。何もない。
二つ目を開く。水が張ってある。何もない。
三つ目を開く。カラ。何もない。
が、写真によると何もないその場所には乾いた塊が写っている。他もカラになっていたが、同じく化学反応の止まった塊が映っている。取られたもの以外は回収されたらしい。その存在を証明するための、しっかりしたサンプルも採られずに処理されているだろう。
しゃがむとボックスにあいた、ひしゃげた銃痕が目に入った。その穴を撫でるとそのまま下まで指をすすめ、床の水溜りに転がったガラスの破片を拾い上げる。
―――カシュッ
後ろの扉が開く。スーツ越しにオートマチックを向ける。気を取られすぎていた。振り返らずに相手の出かたを探る。
「あっ、こんにちは。連合警察の方ですね、私は宇宙軍のミスマルユリカです。今回のことに関してこちらも査察できますので仲良くお願いしますね、連合仲間だしっ」
一瞬、体のすべての機能が停止したように思えた。
それから動悸が激しくなる。張り裂けるような鼓動が、いちいち前身に響き渡る。懐かしい声が勝手に反芻され、テープデッキが回りだす。内蔵のすべてが重く感じる。すぐ後ろから、こちらを伺っているのだ。
とにかく落ち着くように感情を静めようとするが上手くはいかない。かつて追い求めた彼女が、すぐそこにいる。
(今の自分を考えろ、状況を考えろ、これは過去の感情だッ)
そう言い聞かせる。記憶にある笑顔が今を襲う。それと共に悲しみや虚しさがアキトを包み始め、そのおかげで冷静さが戻ってきた。
もし治療を受ける前の自分であったら、感情の急激な変化によって、ナノマシンの発光現象が起こりすぐさま気付かれていたかもしれない。
ユリカは月からアマテラスへジャンプしてきたのだろう。後ろから警備と喧嘩するリョーコの声が聞こえてくる。配属先がここなのを知っていたので感づかれないように気をつかっていたがユリカについてきたようだ。自分も中に入れろということを騒いでいる。
向けていた銃に気付き音を立てずにセイフティをかける。予想はたやすくできたはずなのに気付かなかった。ジャンプで裏を書くことに慣れていたはずなのに、相手がジャンプを使うことに不注意だった。
相手の挨拶に対し、いつまでも答えないのはさすがに怪しい。しかし声を立てるわけにもいかないのでちょっと考えた。その上での選択はウィンドウを開き文字を流す事だった、振り返らずに。
[ご自由にどうぞ。話ができないのでこういう形になります。失礼をお許しください。大佐]
「そうですか。ここでは何があったんでしょうか」
[調査中です]
「あっ、そうですよね」
スキを無くし、厳とした間合いを敷く。サングラスのレンズの内側に映る頼りない鏡をもとににゆっくり立ち上がり背中合わせになるように動き部屋から出る。顔を正面からあわせることは不可能だった。姿が見たいという衝動が起こったが、押しつぶす。
警備を呼んでリョーコを遠ざけさせると急いで現場から離れた。ふと全身から力が抜け、喪失した。自分で考えていたよりもずっと鋭く感覚を研ぎ澄ましていたようだ。もしかしたら魂を置いて来たのかもと感じたが、その感情もあの部屋へ戻りたいという希望がさせていることだと思い直す。
元気そうな声を安心の材料とした自分を、蔑んだ。
「ユリカ、早かったな」
「うん、やっぱり資料は見せてもらえないって」
派出所の前で待っていたリョーコに話す。
久しぶりの再会は事件の調査になってしまった。待機所で機嫌の悪い態度を隠さずにいたところにいるはずのないユリカが現われ、取り乱した。ユリカがアマテラスにいることに驚きさっき戦った相手はユリカだったのではないかとちょっとだけ考えてしまったからだ。隊長のリョーコの怒りに触れないようにしていた者や、同じく機嫌の悪かった者たちは突然の来訪によりちょっとした騒ぎになったが、別の隊の隊長に機甲魂を説かれイヤイヤ静まった。
リョーコは事情を聞きユリカを守る為のエスコートに付いたのだが、戦術・戦略の天才とされている者の来訪はすぐに伝わりサインや握手を求める者の応対で一苦労だった。
そのあとユリカの調査により初めてコロニー内部で襲撃が行われたことを知り、そこへ向かった。内部での襲撃を許し多数の人命を失ったことはショックだった。なぜ隠しているのかは、上層部が外部への漏洩を恐れたためだろうと考えたがそれだけではなさそうで、連合警察が仕切り始めている事が分かるとリョーコでなくとも厄介事だとわかった。
件の研究施設の中に自分が入る事がかなわず表で警備の警官達になだめられていると突然連中の態度が変わった。中にいた捜査官から部外者を遠ざけるようにとの命令の通信が入ったようだった。一人の監視付きで二区画も離された。リョーコの監視についた警官は、不幸だった。
「あの戦闘どう感じた?」
「さっきの?」
「ああ」
「うーん、こっちの戦力低下を狙ったものにしては詰めが無かったし、士気を維持させるだけの戦闘にしては頑張りすぎだし。あの研究室が本命だと思う」
「衛生研究の何が欲しかったっていうんだよ。訳わかんねーなー」
「でジョーカーにお願いしてみようと思います」
「ジョーカーねー」
リョーコはクックックと、押し殺して笑う。
「わざわざジャンプしてまで調査に来た理由は?」
「・・・・・・ちょっとね」
この言葉には月臣の不審な行動が含まれていたのだがそれを知らないリョーコは禁句しか思い浮かばなかった。
「・・・・・・アキトなら戦域にいなかったぜ」
<アキト>に反応してユリカの唇がピクッと動く。覚悟して言った方のリョーコでさえ眉をすこし吊り上げていた。
「あいつ何やってんだよ。いつまでもユリカに心配かけさせやがって」
「わたしは大丈夫。心配要らないよ。きっとアキトも元気にしてるよ。もしかしたら彼女でも作ってるかも」
といいながらて徐々に快活さを失ってゆく。気を紛らわすために自分でいった言葉にきつく縛り上げられていた。アキトと行動を共にしていたという少女からは何も手掛かりは得られないだろう。それを考えると憂鬱さが増し、堪えようとすると眉がつり上がっていくのを感じた。「だっ大丈夫だって・・・ アキトが帰ってこないはずねーよ」
俺の役回りじゃない、と思いながら元気付けようとする。
「―――よしっ、大丈夫きっとアキトは生きてる。泣いてちゃダメダメだよね」
パッと表情を輝かせる。軽く立ち直ってみせられるユリカにちょっと尊敬の念をおぼえた。
そう簡単に戻ってはこられないだろう事は二人とも承知していることだが、こうもアキトの行方が分からないと弱音でも吐かなければやってられないものだが。
(ネルガルなら見当ぐらいつきそうなことなのに)
とリョーコは感じたが、クーデター鎮圧直後、リョーコによって問いただされたエリナ・キンジョウ・ウォンは「わからない」「私に聞かないで」を繰り返した。
ネルガルの初代ナデシコ関係者でもほとんどが今のアキトの所在はわからない。そのなかでエリナは本当に知らない口だった。
ネルガルがアキトを匿っていた時にエリナは彼にとって最も身近であり今でも彼を心配している者の一人でもある。それなのに、リョーコがしつこく行方を聞き出そうとしたためエリナは泣き出して何も言えなくなるほど感情を溢れ出させてしまっていた。
ふられた者同士、以前ほど仲が悪くはなかったのでエリナを追い込んでしまった事が、リョーコにとって負い目になってしまっている。
アキトに恨み言の一つでも言ってやりたいが、その相手が煙のように消えてしまっていてはどうしようもなかった。
「私これでもう帰るね。報告があるし」
「えっ!もう戻るのかよ。もう遅いんだし泊まってけよ」
これから、隊のメンバー行きつけの居酒屋にでも行こうかと思っていたのだが、予定が崩れた。
「ううん。もういかないと」
「ちぇっ しょうがねーなー。なんだ親父さんとかジュンとかによろしくな」
「高杉さんはいいの?」
微笑を浮かべながら聞いてくる。リョーコも意地悪で聞いてきたわけではない事が分かったので、不思議と嫌な感じはしなかった。しかしその分、困ってしまった。
「・・・たまにやな奴だよな、おまえ」
古寺の本堂にて不動尊の前で、間断なく入ってくる情報を基に議論を交わしざわついている。
「くっ、<紅蓮の穂先>は動かんのか!」
「まったく、我らに受けた恩を忘れたのだ」
「いやいや、小僧らは過激すぎる。<ヤマタノキツネ>がついただけでも十分な力じゃ。後は戦列を整えつつ月を掌握すればたるわい」
いらつく中年をなだめるようにつぶやく初老の男。どこか古武士的な豪快さがにじんでいる。
ここに集まっているのは火星の後継者の残党と木連と地球連合が和平を結んだことに反対したグループが結成した旧木連系の右翼・左翼グループ<蹲踞(そんきょ)>、各派閥のリーダー達だ。
彼ら<蹲踞>は新地球連合の強硬派木連代表や草壁に力を貸していたがその不甲斐なさを間近で見、彼らに対する希望を捨てた。彼らの目標は混乱する木星圏の元凶と位置付けた新地球連合の沈降であり、木星圏の自治権の拡大である。そのため反地球連合組織に重点を置いた援助をしていたが突然、彼らにとっての裏切り者とも言える英雄が協力を申し出てきた。最初は当然策略ではないかといぶかしんだが、彼の提供する情報の正しさに後押しされ実力行使主義に組織の体質が変貌してきていた。
「月臣様は予定通り事を運ばれました。万事順調との事」
オオッと歓声がひろがる。長方形に囲んだ座列の二列目にいた男が発言したのだがこの男は月臣の部下だ。
月臣の引き連れてきた部下は二十人ほどだったが実によく機能していた。そのほとんどがネルガルとクリムゾンに吸収された旧木連系の諜報員達だった。それを月臣が引き抜いてきたのだが今では諜報戦の中核をになっておりなくてはならない存在になっていた。
「これで準備の大方は整った。してネルガルやクリムゾン、あのナデシコcはどう動いておるかの」
「ナデシコcは現在警戒航行を行っておりなかなか居場所がつかめません。ネルガル、クリムゾンは独自に調査を開始しているようです」
「ハッハァ!遅いですなぁ、今回は我らの形勢有利ですな」
「ネルガルは連合警察に近づいたようです。またテンカワアキトという傭兵にも接触した模様です」
「なんだとぉ連合警察ぅ?取るに足らん。そのテンカワとかいうのも個人の傭兵だろう、気にする必要は無い」
「そう。まずナデシコだよ厄介なのは」
(―――傭兵、その程度の認識か)
とその報告者、北上は思う。彼の人脈やパイロット、ジャンパー、諜報員としての危険性への理解が甘いと感じる。ネルガル時代に見た彼の実力からすれば連中は過小に評価しすぎている。しかし説明したところでたいした効果は無いだろう、自分達が処理すればいいだけのことだ。
彼らに付き合っている時間はない、と北上は約束を理由に退席した。
----------------------あとがき----------------------
☆修正版です。
ブラウザによっては見えない方もいらっしゃるかも。
ソースで見ている方が居りましたら、私のミスです。
ごめんなさい。
それはさておき、Action homepage は、
ネスケっちのほうが見やすいように
できてるような気がするんですが、
いかがでしょう?
☆文章はほとんどいじってません。
内容に変更はなし。
ご報告まで。
先に言えってか・・・・・・。
A million old soldiers will fade away
管理人の感想
hyu−nさんからの投稿です!!
逃げましたね、アキト君(笑)
まあ、不意打ちといえばそうですけどね〜
エリナは完全に情報を断たれているみたいですし。
ユリカも思うようにいかない現状に苛立っています。
でも、本当の意味で戦争を終らせるって・・・難しいんですよね。
では、hyu-nさん!! 投稿有難うございました!!
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