虚空の夷



















月面コロニーの一画にある資材搬入路。
月には、地球や木星、大部分が封鎖中の火星からも物資が運び入れられる。この物資をモノレールによって各所から各所へ運搬するために多くの搬入路が存在する。企業が自身のために設置したドックから引いた路も存在するが、一括した検疫と封鎖線を構築するために全てのドックや付随する搬入路は、月公民自治支庁(以下、公支庁)の敷いたネットワークで管理されている。

過去に白熱した月の独立運動の際に当時の国連常任理事国は、その内部に介入し月独立派を分裂させた。これにより独立派は月を去る。さらに彼らがフロンティアとしての理想の<星>を興そうとした火星をも追われることになり、その後木星に移ると、彼らは木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ・及び他衛星国家間反地球共同連合体、<木連>を建設した。他方、月をまとめ上げる事に成功した国連は、新たに<地球連合>と名乗り、その権力を集中させる。月は地球の防衛拠点となった。月における自治は、地球側の息の掛かったクーデター時の共和派を祖として持つ、公支庁<月自治委員会>が中心となって行われている。公支庁は文字通り地球側の出張所である。
2195年、地球側により蜥蜴戦争と名付けられた(現在の主な公称は火星戦争)戦争が起こる。それは同じ人類同士の争いだった。
反ネルガル勢力によって旧地球連合と木連が和解し、<新地球連合>となってからも月の立場は変わらず、おとなしい「自治区」として機嫌を伺っている。しかし、旧国連が月の独立運動を抑えるために行った内部工作や、火星に移り住んだ独立派の人々に対し核攻撃をもって追撃した行為が明るみに出て以来、連合との従属関係を改めようとする運動が徐々に広がっていた。独立派に端を発し、粘り強く活動を続けてきた多くの独立支持団体の事はこの際おく。

搬入路の一つであるタケトリ搬入路に、人影が綾を成す。カドの丸い蒲鉾型構造のトンネルは、さして大きくもなく新しくもないドックが終点となっている。
人影達は自身が影であるように黒の戦闘服に身を包み、ヘルメットをしている。
動けば、ガチャガチャと鳴りそうな装備だが、音は立たない。
彼らは三方からやって来て、次第に目的地である一点を絞り込んでいく。
その目標地点とは、ドック手前にある一時保管倉庫。情報によればそこに目的の人物がいるはずだった。やがて、三つの隊は規定の配置にたどり着くと、手信号で合図しつつタイミングを合わせる。扉の大きい正面口は避け、一番隊は非常口から、二番隊は少し遠回りしてドックから倉庫へとを結ぶ通路から侵入する手はずだ。三番隊はバックアップのために搬入路に展開した。
非常口にたどり着いた一団はエントリーの姿勢を保ったまま、その場に静止した。腕時計に目をやっていた隊長がふいに先頭にいる隊員へ合図を送る。
三人がサブマシンガンを肩付けしつつ扉を囲み、開く。
最初の三人が突入するとすぐさまなだれ込み確保を開始する。低い「クリア」という声が解放されたインカムから聞こえてくる。
すかさず二番隊も侵入してきた。入り口近くにアルミか何かの棚があったらしく派手に蹴り倒す音が響く。
全員が機械的に動いている。倉庫の内部は照明が落ちていて暗い。
暗視装置からは広い空間に整然と詰まれたコンテナが映るだけで、これといって目新しいものはなかった。
捜索は続く。
隊員の二人が、せり出したキャットウォークへ登るために階段に向かおうとした時に、声が響いてきた。
「君達はどこの所属だ」
彼らの注目が、頭上にあるキャットウォークへ向く。銃口も向く。
物陰から一人の男が現われ、こちらを見下ろそうとしている。
「動くな!! 連合警察だ!」
「フリーズ!!」
隊員達が一斉に怒声を上げる。その男は見透かしたような感じでゆっくりと両手を挙げた。
顔は確認しづらい。ただ、スーツ姿ではあるようだ。男は怒声にたいして従っているが、口は動いた。
「連合警察? ならば月の特殊機動隊か。何をしにきた」
冷静な声だった。
「黙れッ、動くな!!」
隊長らしき人物の頭を傾ける指示で、後にいた何人かが動き出す。
「・・・・テンカワ・アキト」
男が呟いた。
「なに! 貴様、アキト・テンカワを知っているのか!? 何処にいる! 貴様、テンカワか!!」
「雑魚が掛かったか」
男は首をかしげニコッと笑うと、右手の指を鳴らした。すると、音を立てて侵入してきた扉が閉まる。サイレンサー特有の音が鳴り、階段に向かっていた隊員達が次々と弾けた様に倒れる。撃たれた瞬間を目にしていた隊員から「ウオッ」と、唸り声が上がり、倒れた者達は微動だにしない。男も動かない。
「スナイパーッ!」
「全周警戒!!」
階下の特殊部隊はすぐさま態勢を整えた。背中を向き合わせた為円陣に近い形になる。
緊張の糸が張り詰め、いつ、どこで切れるのかという予感が辺り一面に広がった。
「貴様、何をした! 仲間は何処にいる! 答えろ!」
喉が渇ききっているのだろう。隊長らしき人物の乾いた声が響く。
男は答えない、その代わりに微かに低い音が響き始めた。
隊員の一人が、ゴクリと喉を鳴らす。
ふと、全身が軽くなったような錯覚を覚えた瞬間、天地が入れ替わった。

物資を集積する倉庫は天井が高い。その空間を皆が皆、闇の中、真っ逆さまに墜ちた。
普段はコンテナの移動のために使われる、重力制御を転じたのだ。浮遊防止ベルトのおかげで箱達は天井に張り付いていられた。
しかし、人は落ちた。
彼らの中には照明をぶち破ったものもいた。呻き声や悲鳴があたりを包むが、何の動きも示さない者もいた。
落ちなかったあの男は、安全にロープを降下してきた。
着地した男は周囲を見渡す。
何故か手が震え始めた。煩わしそうに「ウウン」と口の中で声を鳴らすと、ポケットから何か取り出し、鼻から一気に吸い上げる。
静止したかと思うと、大きく身震いをした。
「フゥ・・・・・・」
貧相なプロテクターによってか奇跡的にも墜落の衝撃から身を護ることのできたものもいて、隊員の何人かが起き上がり始める。近くで悶えている仲間を抱き起こしている者もいれば、通じることのないインカムで救援を求めようと試みている者もいる。闇の中、暗視装置から得られる状況は断片的なものばかりだった。
あの男が何か指示を出すと、消えていた照明が所々に点いた。それでも地上から照らし上げられた光は、十分に惨状を晒し出す。
これによって彼らは自分達の置かれた状況を理解した。
光の間をふらふらと向かって来るあの男は何も手にはしていない。ただ、影の間を消えては現われる。
敵意、怒り、憎しみ、報復。彼らは固く銃把を握る。
例の乾いた音が聞こえた。
「そうだ、そう・・・・・・」
男に銃口を向ける者は、音も無く順々に倒れていく。男は死体の間を、軽い足どりでを点々と踏む。
叫び声が闇を切り裂いた。
「通気口!! ダクトにもいるぞ!!」
果敢にも狙撃手の居場所を見出した者がいたのだ。
マズルフラッシュ
途端に、倒れ込み、呻いていた者達が雄叫びを上げて四方にあるダクトへ一斉に発砲を始める。
一心に、引き金を引く。
時折曳光弾が飛ぶが、実際はその何倍もの数の弾が飛び交っているだろう。叫びも銃声も反響も、一つ塊となって轟音となす。
「なん、なんていうリズ・ム・だ?」
反攻が叶うことは無かった。豪雨と雷鳴のなかで隊員達は、弾かれ、散り、明滅の中で崩れ落ちていく。
「ン〜、フハハハハ、ハッハハッハッ、ヒッ! ・・・・ゲホッ! ゲェホッ!! ・・・・おえっ」
響宴は、次第に萎んでいき、消えた。

あの男は独り、振り返ったり後歩きをしたりしながら、ふらふらと進む。
嵐の余韻がそこかしこに残っており、特有の炎の匂いにはぬるい血の香りが混じっていた。
散乱した体が横たわる場所をウロウロしていたかと思うと、ピタリと男の歩みが止まった。
霹靂。
倒れていた隊員が、そのままの体勢で拳銃を向け撃ったのだ。
形相。
外れるはずのない距離だった。「死ね」と瞳の奥で叫んだ。
しかし、狙った場所に男はいなかった。驚き、言うことの聞かない体に活を入れ必死に立ち上がり、振り返った瞬間、風が吹き抜けた。
鈍い悲鳴が木霊する。
首からは血が噴きだし、その腱を切られている。おそらく激痛が襲っているだろう。
それでも声帯が無事なのは、叫べるだけ幸いなのかもしれなかった。
あの男はあまりの痛みに体が萎縮しきりながらも声を上げ続ける彼の後を、影のように捉えて離さない。両手に銃を拾い上げ、構える。
フルオート
・・・残響が鳴り止み、男は沈黙が戻ったのを感じたのか撃ち尽くしたそれを捨てた。眠たげに頭を振り、何事かを呟き続ける。

そんな状況を見てか、人がポツリポツリと影の中から現われてくる。
ダクトからは四人が這い出してき、頭上からは六人が静かにロープ降下してくる。彼らは四方と頭上を占位し続けていた。
いでたちは大体同じだ。各自警戒は解いていなく、一定の間隔を保って近づいてくる。
武器はスナイパーライフルではなく、スコープを着けたゴツイ拳銃を構えている。二人、例外がいる。一人は細い銃身で銃床が木製の短機関銃、もう一人はグレネードランチャーを携えている。短機関銃の方は先程も軽快に鳴らしていた。
彼らは死体に近づくと弾を撃ち込み始める。ただ一人短機関銃は迷走を続ける男に近寄っていく。
短機関銃はマフィアのような黒のスーツで固めていた。
「北上さん。外の奴らは片付きました」
「ああ、・・・・よし。ああっ? 誰?」
「流した情報には、警察が喰らいついたようですね」
どうやら敵とは認識されていないようなので構わず話を続けた。当の彼はだらりと立ち尽くしつつ、体を揺らしている。
周囲では、まばらに銃声が鳴っている。
「・・・・・テンカワは、警察に追われている」
そう言いながらふらつく脚の支えに、部下の肩を借りる。肩の肉に食い込むほど強く掴まれ顔を歪めた。
声のトーンが普段の状態に近づいてきた所を観ると、どうやら正気に戻り始めたようだ。
「聞いていませんが」
「聞いてないかもしれない。先に警察が来るとは思ってなかったから・・・・、じゃないか。な? フフフ」
ほとんど酔っ払いのように部下へのしかかる。
北上を支える短機関銃は、彼の唯一の戦闘を上から見ていた。今のこの状態はあの体さばきからは想像もできない。
銃が向くと同時に相手の死角へ移り、振り向く間に接近し跳躍。ひねりを加えた前宙をしながら相手の首をかき切る。
一連のスピードに滞りは無く、風に舞う木の葉のようでもあったし、猫科のハンターと言ってもよかった。
しかし一発キメルと普段のまじめさは消し飛ぶ。逆さ吊りになった時にもキメていたので、今日は計二発となる。
信頼できるが、嫌なクセのある上司だった。
「そうだ、テンカワはここにいたことに・・・・・・、して。奴らを本気で殺り合せよう。仕事するだろう。帰っ」
再び呟き出した。が、言っている事は的を得ているように思えた。
「汽車に乗って」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
北上は何かをじっと見つめ始めるたので短機関銃もその方向を向いてみたが、何も無い。
猫がよくする仕草に似ていが、本当に何かがあるのかもしれないと思った。
早々に立ち去らねばならないのだが、彼のこの状態で素早さを求めるのは無理なので、彼らは仕方なく背負って連れ帰ることにする。

彼らは来た道を急ぐ。
道中ハイになっているせいで暴れられるのは致命的なので、いつものように嫌がる解毒剤を打っておいた。そのうち効き始めるだろう。
「卿ら、月だぞ。帰ってきたのだぞ、我らが故郷に! 月の独立は、ここが、再発点となるのだ。kyou,kokode,tenno,iduhega,wareta,youni・・・・」
両手を使って何かを抱き入れるような動きを伴いつつ、荘厳に声を響かせ、誰かがそれを普段使わないような声を出して宥める。
しかし、確かに月は彼らの故郷だった。そのことに気付き、少なからず心が動いていた。

 

 

 

 

ノビコフ・プリボイ
アマテラスの衛生研究所から姿を消したこの科学者はどうやら相当に研究費の捻出に困っていたようだ。研究費もさることながら自分の考えに足を引っ張られていたようで、遺伝子操作は多様性を失わせるという自身の主張によって、研究が後進達に追い抜かれていくことも悩みの一つであったらしい。おそらく施設や費用面でクリムゾン側に近づかれたのだろう。
ルリはこの研究者が何をしていたのか、大体見当がついてきていた。
また報告書が厚くなるだろう。
「あのぅ・・・・・・、艦長」
すまなそうな顔をしたハーリーが、艦長席にいるルリの前にウインドウを開いた。
いい知らせではない事を察知し、ハーリーが言い出しやすいように促す。
「何ですか? ハーリー君」
「テンカワさんの情報見つけたんですけど・・・・・・」
どうやらここのところ当たり続きらしい。呆れてしまうくらい。
「では、こっちへ回してください」
5,6行ほどの文字と、よく知っていた顔写真が現われる。いつも通りの履歴が掲載されているが、最新情報の欄には信じられない事が載っていた。
「<月において警察の特殊部隊と交戦、全滅に追いやる>、・・・・ですか」
月で連合警察の特殊機動隊が打撃を受けた事は知っている。しかしもしもこの情報がガセではなく事実だとすれば大変な事だ。事実如何ではなく、アキトが容疑者として捜査されている事に問題があるのだ。
多くの犯罪と付き合っていかなければならない警官達にとって、警官殺しはその他の犯罪と違ってかなり深刻で重大なものとして受け止めるざるをえない。その理由は仲間が殺されたという事も大きいが、彼ら自身に危険が迫っている事を実例を以って実感してしまう事も重要である。警官達の中には、対外的には「仲間の仇」、そして自身にとっては「自己防衛」という大義名分を見出す。それによって普段の捜査よりも果敢に行動するようになり、執拗に犯人を追いつめる。普段からそうして欲しいのもだが、それを求めれば彼らの心体は崩壊してしまうだろうし、この場合は何より<仲間の死ための報復>と言う、いわば壮麗で悲劇的な目的意識によって彼らは誰もが皆高潔な使命感を帯びるのだ。それらが彼らの精神と体を突き動かすことによって、執拗で厳しい勤務を着々と行う事が可能となる。
ならば、今まではネルガルの折衝によってアキトを甘く見ていてくれた感じの連合警察が、これを本気で動く機会とすればこれ以上ない材料となるかもしれない。アキトに対する連合警察の対応に変化があったことは、この間の女性捜査官からの接触を見ても明らかだ。
「日付は・・・・、今日ですか。どこで見つけたんですか?」
「いつも巡回している賞金稼ぎ系の、かなり深いところにありました。・・・・本当でしょうか、これ。テンカワさんは、こんなことしませんよね?」
ハーリーの声は、困惑していた。この心配はアキトへ対する事よりもルリに対してのものだろう。
「・・・・、あり得ませんね。アキトさんはこういう無益な争いはしなかったそうですから。警察相手にこのような酷いことはしないでしょうし、もしもケーサツに追われていたとしてもボソンジャンプがあります。問題は、こういう捜査情報が民間レベルにまで流れている事。何か裏がありますね」
「裏、ですかあ・・・・」
ルリには大体見当がついていた。この間の美人捜査官の言っていた、アキトを狙っているやつらが一枚噛んでいるに決まっている。アキトを必要とするところの筆頭と言えば(自分達を除いて)、ボソンジャンプの研究材料を欲しがっているクリムゾンやネルガルあたりだろう。後者ではないということは、多分信じていいだろう。しかし、賞金稼ぎに情報を漏らして彼らが殺してしまったら生きたデータが取れないはず。ということは、先日の失敗により狙っている事がアキトに気づかれたため、何とか彼の行動範囲を狭めようという策なのだろう。ということはアキトは無事らしい。
A級は言ってみれば危険なほど自由だ。
しかもアキトは、この二年近くをルリの目をかいくぐって行動できるほどに、マセテしまっているのだ。
A級ジャンパーの能力は知られていない部分が多い。その一つがその能力の形成だが、遺伝子とナノマシンによる相関関係を突き詰める事が容易ではない事が、イネスによっても語られている(うんざりするほど)。よって、今では貴重となってしまったサンプルを無闇に傷つけたくはないだろう。この点においてルリのような遺伝子操作によるIFS強化体質者との差が見出される。A級ジャンパーは稀少で貴重な存在なのだ。
それにしても、クリムゾンと連合警察が時期を同じくして動いていて、しかもその内部に保護(まだ確定されてはいないが)しようとする勢力があるとなると、あの女性は一体どういう意図で動いているのだろうか。彼女の言っていた「身の安全」とはどういった意味のなのだろうか。疑念は消えない。
ふと、自分の思案していた表情に、更に心配を募らせてしまっているハーリーに気付いた。
アキトのことをどうこう考える前に、この目の前の弟を振り回してはいけない。自分の都合だけで走りすぎている。
「引き続き操査の方お願いします。よく見つけてくれました」
心からの感謝の意をこめる。
「はいっ、任せてください」
元気のいい声に安堵する。
さて、もう一人の姉妹にこのことは伝えるべきなのだろうか。
彼女が身体共に見た目よりもかなりタフである事はこの数日でわかったのだが、せっかくの実習中に心配をかけるのは良くないだろう。そういえば彼女の友人であるカーナという実習生からの情報では、なにやら男性の写った写真を持っているそうで、目当ての人物である可能性が高い。
さて、ではユリカはどうしようか。こちらはキッパリと切り替えられるたちだが、その機会をとらえそこなうと引き摺りがちになる。とりわけ、アキトに関しての悩みが大きい事は知っているので、やはりこちらも知らせない事にしよう。
ここで問題。自分の心労はどうなるのだろうか?
忙しさで誤魔化します。
一息つくと、月臣元一郎の失踪とアキトを巡る争乱は関係あるはずなのに、ないように思えてきた。

 

 

 

 

「会長、お電話です」
「どこからだい?(あれ、この娘、誰だっけ)」
「クリムゾングループのシャロン・ウィードリン様からですが」
「ああ――――、うん。つないでくれないか」
「はい、かしこまりました」

「お久しぶりです。ナガレ会長」
「はじめまして、シャロンさん」
「先の件ではお世話になりました。おかげで何とか表にいることができます」
「いやあ、そういっていただけると嬉しいよ。それで? 何の用かな?」
「・・・・やってくれましたね」
「・・・何が?」
「うちの取引先の債権、銀行から安く買い叩いているそうですね。これから、うちに売りつける気でしょう!?」
「ああ〜、その事! そちら様だってウチが苦境のとき随分とやった事じゃなかったかな〜。不振の系列の債権買い漁ってきて「さて、これはなんとしてもウチが買ったよりは高く買っていただかないと。そうでないと借金回収したら、潰れてしまうんじゃないでしょうかねえ? いいんですかねえ? 大事な子なんだそうでねえ?」とか何とか言ってくれたよね、僕に向かってあのオジサン達」
「知っています。今日は他の用でご尊顔を拝します」
「何だ、嫌がらせか。それで?」
「テンカワアキトをお知りですか?」
「・・・・人が悪いね。彼がどうかしたのかい?」
「実は、頼まれていたことがあったのですが音信不通です。よろしければ、彼と連絡を取っていただきたいのですが」
「うーん。悪いけどこっちも知らないんだ。彼の連絡先。それで? 何を頼まれたんだい?」
「そうですか。では忙しいところ突然お電話などして申し訳ありませんでした!」
「あ、ちょっと! 切らないでね。よければ、お話したいんだけどね」
「・・・・どのようなご用件で?」
「キミのとこのオジサン達、邪魔なんでしょ? うちもきついんだよね。どうかなあ、ここは一つ共同戦線を張る、というのは」
「・・・・突然ですねぇ。まさか、身内を売れ、そう言いたいの?」
「いやいや、そうじゃなくて、そう難しい話じゃないと思うんだけどね。ちょっとの期間泥をかぶってくれればいいんだから。いつの間にか無くなってるもんだよ、泥なんて。どうかな、キミがクリムゾン内の改革派ということで旗をあげて、オジサン達の不正を勧告すると言うのは。キミが主人公だよ?」
「言われるまでもないわね。随分とこちらにも都合のよい話ですが、何が望みなんでしょう?」
「そうなんだ〜。仲良くできそうだね。じゃあね、買い取った債権、そっちが立ち直るまで売るのは待っておいてもいいんだよね。それと、統合軍にアルストロメリアと追加装甲、売り込むからそのつもりで」
「つ・・・・・・・・・、ご自由に」
「ハハハッ、仲良くできそうだねえ! 革命ダメだったらうちで引き取るよ。君の仲間」
「ご心配、ありがたくいただきます。そ・れ・で・は」
「あっ、ちょっと! ・・・・・あーあ、切れちゃったか」

 

 

 

 

ナデシコc艦内の休憩所。柳に漆色の大傘と長いすが並んでいる。夜なので、光度はかなり落とされている。
夜半にラピスは静かな空気に身をさらしていた。黒に染めた髪を撫でてみる。もし、元がこの色なら楽だったんだろうな、と考えつつ柳を見る。宇宙をバックにかすかに揺れているそれは、綺麗だが不自然だ。自分の中にあるイメージでは、城跡の水郷に揺れているのが風流と思うのだが、これは固定されたイメージなのだろうか。
柳は緑、花は紅。人工の少しも関わらないもの。
考えに沈んでいると、暗がりの中を人が近づいてくるのに気付いた。シルエットは、ユミカ・オサベのようだ。
「ラピス、何かあったの」
「え、いえ、特に何も」
挨拶も何もなく、いきなり質問してくる。それほど口数が多い人ではないのでラピスは好きだったし、彼女になついている自分にも気付いている。イネス、それにアキトとエリナが面倒を見てくれていたせいか、年上と相性が良いらしいようだ。
彼女はそのまま隣に座ってきた。
「何もってことは、ないでしょ。軍はなじまないの? 軍っていうのは普段の生活とは隔絶した部分があるから。抵抗を感じてもその内慣れるものだから、身を任せた方がいい」
抵抗するな、ということか。防衛大学校、そして幹部自衛官として四年間務めていた経験から来るのだろう。ラピスが悩んでいる事を感じ取ったようだ。もともと鋭い人だし、気が利く人なのでごまかせそうにはないと感じる。
しかし、過去にアキトというパートナーと戦い抜いた感覚からすれば、戦闘状態にない軍艦などラピスにとっては抵抗も何も感じない。大体、ナデシコcは軍という性質が薄いようだ。
古来から続く<ネイビイの気質>とかいうのが整備員や厨房要員、それと通信員の口調ぐらいしか思い当たる節がない。それでも、目には見えない結束の強さや意気揚揚とした前向きさに自分が包まれているように思えた。アキトの時は、二人だけで命のやり取りしていたせいかもしれないが、強烈な静寂感とパートナーからのさり気ない加護を感じられるだけだった。それだけでも十分だったが。
ここは戦闘状態になると、どうなるのだろうか。
それにしても、返答には困る。相手は本気なのだから。
「いえ、そうでは・・・」
と、詰まってしまう。口に出せる話ではない。心配してもらえるのは嬉しいのだが、話すことはできない。
「軍って場所は、自然と悩みや迷いが表に出てくるから。そうでないとなかなか一緒に働けるところじゃないから。だから、話せることなら誰でもいいから話した方がいい。まあ、将来、軍や警察に就役するときの、ちょっとしたこと。とにかく、早く寝る。もたないよ。ラピスは体動かしてるからケリスやマキよりはマシだろうけど」
遠からず自分の悩みの近くにニュアンスを寄せてきた。この辺の寄せ方は占い師か何かのテクニックのように思え、経験のなせる業だと感じる。ここへ来たのは偶然かもしれなかったが、部屋も違うのに気に懸けてくれたことに感謝した。
「・・・・はい」
自分には経験も足りないのだ。
「そういえば、ホシノ艦長とよく話してるけど何かあった?」
「え、いえ。歳が、近いから」
「ああ、それで気が合うと」
「は・・・い」
気が合うというのはどうだろうか。今までそんな事、考えた事もなかった。いいように振り回されているのは確かなんだが。
「ふうん。そういえば、瞳の色似てる、艦長と。ラピスの方が幾らか薄いけど」
「はい」
これは妙なところに気付かれたものだ。
ルリの瞳の色や髪の色は方々で注目されている。しかしそれがIFS強化者であることを示す象徴として見られているわけではなかった。ラピスは、自分の瞳も特徴的な色なので注意を集めるだろう、そう考えていたが、意外にもみんな大して気にならなかったようだ。たまに訊ねてくる者がいても、東洋人のブラウンの瞳の色の、<ライトブラウンタイプ>と言えば「ああ、そうなんだ」と納得されることが多かった。
「艦長は確かに優秀だけどナデシコは戦術も戦略も一人に偏りすぎている気がする。タカスギ副長はしっかりしてはいる。でも副長補佐はIFS強化を受けているらしいけど、何というか・・・・。艦長みたいに才子肌ではないみたいだね(というか子供すぎる)。大変だ、艦長は」
ホシノ艦長への心配からきた感想が、批判につながりはしないか、とユミカは予感し、語調を変えたようだった。
「はい。ユミカさんは副長とよく話してますね」
ククッ、と表情を変えた。男っぽいが似合って見える。
実習生の中で最年長のユミカだが、昔から化粧っ気がないらしく肌が初々しい。
「あの人は面白がってるだけ。サービス性が高いだけ。副長のこと、気になるの?」
「違います」
「うん」
実は、ラピスがカーナ達と同じようにサブロウタと自分が何かあるのではないか、そう考えているとユミカは思い、そのことが妙に嬉しかったのだが、どうやら何気ない質問だったようで内心少し残念だった。それでも「違います」とはこちらの意図していた意味を受けてのものだろうから、安堵感もじれったさも感じた。
キャンパスで、ラピスに初めて会った時は人見知りするのかと思ったがそうではない事にすぐ気がついた。あまり話さないのは、他人との対話に余裕が無いとかではなく、聞くことに強く集中を向けているためだった。加えて、誰に似たのかは知らないが、年齢に似合わないほど自然で、奥行きのある冷静さがあった。
当然相応に子供っぽい部分もあるのだが、あまり表に出してくれないので勿体無いと感じている。
「そういえばカーナに聞いた。お兄さんの写真を大切そうにしているって。ラピスの歳なら年上に気が向いて当然だけど・・・、気をつけたほうがいい」
俄かに、ユミカが真剣な表情を向けた。
似たような事を以前にも言われたことを思い出し、ラピスはそんなに気をつけるべき事なのだろうかと不思議に思う。それにしてもまたカーナだ。思っていた以上に口が軽いらしい。この分では写真の存在など皆に知れ渡っていると思っていいだろう。
頭の片隅を何かがよぎった。
(・・・あれ)
何かが引っ掛かった。この違和感のもとは・・・。そうだ、釘を刺していない。カーナが密通者であることを乗艦前日に知ったが、乗って以来、監視下におかれたための緊張と異常な忙しさでそれどころではなく、すっぽりと忘れていたのだ。迂闊さ加減に呆れてしまい、思考に空白生まれる。
(消耗してる。結構疲れてる?)
疲れているといっても嫌な疲れ方ではなかった。不意に、口元に笑みがこみ上げてきた。
そんな顔に不意を突かれたのか、ユミカは「?」という表情を浮かべた。
「知り合いにも同じことを言われました。みんなに心配を懸けています」
「あ・・・、そう。うん、妹みたいな感じだからほっとけないのよ、みんな。うるさく思っても我慢して」
「はい」

 

 

 

 

画面の中。男、女性。
『お待ちください! 何故連れて行ってはくれないのです!』
一人の娘が騎馬の前に立ち、騎乗する男は馬を止め、彼女の前へ下りた。
『もう二度と、君の顔を見る事はあるまい』
遠くで青々と茂っている竹が風に揺れる。
『私を・・・、私をグウィネヴィアにしてくれるのではなかったのですか? どうか、どうか・・・』
彼女は銀色の甲冑で固められた男の肩に抱きつき、震える頬をあて一心に念じる。
『・・・・。』
男は唇を少し開き、何かを言おうとするが、やがて閉じた。彼女を突き放し、馬をまたぐ。
男は黙ってうつむき、馬を急がせ、隊列へ近づいていく。彼女は追いすがろうとしたが、立ち止まり、ゆっくりとその場に崩れ落ちた。
『私も連れて行って・・・・ください』
静かに、涙が頬を流れていった。緩やかな風に髪がなびく。
画面は端から黒に染まっていき、その代わり白い文字が浮かび上がる。
<地球、木星同時公開中!! ヒロインに初の主演、メグミ・レイナードを迎え、新進気鋭のスタッフが送る愛の抒情詩。
「システムの未来」
同時上映は、「メカメカ麻雀」>
画面は、何とかという歌手のプロモーションビデオの映像に切り替わった。停まっていた幾人かの足が動き出す。
リツは、大規模空中ウインドウの正面に位置した歩道橋から映像を眺めていた。そのうしろを人が流れていく。
別に誰かと待ち合わせをして、待ちぼうけをくらっているわけではない。ただ、ここでこうしている。
アキトが接触しやすいようにいろいろな場所をまわっているのだが現われる事は無かった。
こんな日に限って天気はいい。しかし、今日ももうすぐ暮れる。
雑踏に視線をおろすと、急速に既視感に包まれていく。

確か、あの日も暑い日だった。
自分の掴んだ情報を元に、卵子や精子を扱う裏ルートの事情を知っているらしい生体ハンターを追っていた。
拙いことに接近を悟られ、人ごみの中を逃げられた。悲鳴や不満を表す声が所々で上がったが、相手が銃などをまだ手にしていない事がせめてもの救いだった。人と人の間をちらちらと見え隠れする相手を必死になって追いかけた。訓練を受けているとはいえ、この集団に入ってしまえば差は無く、「停まりなさい!」と叫ぶが、停まってくれはしない。ぶつかった関係のない人達に謝ることもできない。反対方向の歩道を仲間達が走っている。幸いな事にビルが林立しているおかげで路地に入られる事は無い。これがもし小店の多いもう一つ隣の道を走られていたら、裏に回られたちまち見失っていただろう。逃げられた瞬間、その方向を閉じるように皆が動いたので免れたのだが、人手を回しすぎたせいで昼時のしかも人通りの多い道を走られる事になってしまった。
汗が流れる。「リツ、真っ直ぐだ!」と檄が飛び、言われるがままに走るのだが、相手の姿が見えないため途方にくれそうになる。前方で響く悲鳴がどんどん遠くなっていくように感じられる。支給された動きやすいパンプス履いているが、そんなものたかが知れていた。かかとの上に靴擦れの前兆を感じる。
一段と大きい悲鳴が響いた。「リツ! 転んだぞ」仲間から声が掛かる。何がどうしたのか知らないが、停まっているらしい。チャンスだと思った。答えを求めて彷徨う、無限ループのような状況がやっと終わる。意欲が再装填され始めた時、仲間の声が響いた。「車道! 自転車!」。解釈に戸惑っていると、傍らをシティ使用にカスタマイズしたマウンテンバイクが軽々と走り抜けた。どうやらメッセンジャーから奪ったらしい。理解はしているのだが体がついていかない。首をあちらに向けたまま、そのまま走ってしまう。ようやく立ち止まると、肩で息をしながら何とかガードレールを越える。タイトスカートでなくて良かった。パンツスタイルの脚を振り上げ、ボロボロで台無しの状態で車道に出る。すると、既に相手はもう手の届かない距離に入ろうとしている。
派手にブレーキ音が響いた。反対側にいた仲間が車道を越えようとしてクラクションの嵐に遭っている。立ち尽くそうかとも思ったがそうもいかず、走る。仲間達は八車線の道路中央にあるレンゲツツジに足を取られていた。長めの髪を結わえていなかった事に幾度目かの後悔する。なまじ足に自信があったことも悔やんだ。まだ走れるのだ。車道に出たおかげで邪魔は無くなり快速を飛ばす。
(きっと何とかなる)
後からクラクションを鳴らされるが、もし車に正面から向かって来られていたら、怖くて思うように走れなかっただろう。とにかく力の限り直線を走れる。違法駐車の車の上を駆け上る。せっかく持てる力を如何なく発揮出来るようになったというのに、あの黄色のマウンテンバイクは遠ざかっていく。歩道を追いかけていたときは自分の後側にいた仲間も、同じように車道に飛び出しているが届きそうに無い。
失意に飲み込まれそうになるその瞬間、マウンテンバイクが跳ねた。
正確に言えば見えない壁にぶつかったかのようにつんのめった。そして、乗っていた者はコロコロと転がっていった。誰かが駆け寄り、その相手を押さえつけ自由を奪っているのがわかる。
(良かった、間に合った)
心臓が破裂しそうなくらい鼓動している事に気付くがスピードは緩められない。
(援護へ・・・・・)
途中、中年の同僚を抜く。一刻も早く追いつかなければならない。やっとの思いで現場に追いつくと、相手を捕らえた人物はここにはいないはずの男だった。信じられなかった。息が回らない。皆が後ろから駆け寄ってくるのが解かる。両手を膝につけ、呼吸を試みるができない。詰まってしまう。その場に仰向けになってしまいたい。目の前にいる男は手で車を呼んでいた。さっさと姿を消すつもりなのだろう。
顔を上げる。相手を引きずってこちらへ来ると、後へ捻り上げたそいつ手をゼーゼーいっているリツに渡した。
「どうしてっ・・・・、ここにっ・・・・!」
「てこずってると聞いた」
そう言うと、アキトは近くに停まったバンのドアを開け、放り込むように促す。
仲間たちも間に合った。すぐさま乗り込み、その場を後にする。
窓越しに見たあの黄色い自転車の前輪には、<くすり>と白で書かれている赤い旗を絡ませた一本の竿が喰らいついていた。

あれからだろうか、自分が彼のことを気になりだしたのは。いや、その後からだったかもしれないし、その前からだったかもしれない。
しかし、気付いたのはあの時だったと思う。確か車中で「ありがとう」と話すと、「速いんだな、足」と返された。それだけの事だったが、駆けつけてくれた事以上に、感動していた。個人同士の会話らしい会話を初めてしたように思えた。
そんなことを思い出していた。

日が傾き始めた。半時もすれば風が冷たさを帯び始めるだろう。
ふと、視線を感じた。下から向けられているように思い見下ろしてみると、黒のコートを着た男がいる。
アキトではないか? そう思ったがどうやら違う。しかし、サングラス越しにこちらを見ているのは確かだ。その顔に見覚えは無く、知り合いではない。悪寒を覚え、歩道橋を降りることにする。思考が急回転をはじめ、相手の性質や意図を考えるが見当がつかない。ネルガルが接触しようとしているのかもしれないと思ったが、今の自分の居場所を知っている者は支援係にはいないので見つけ出すのは至難の技だろう。一体、何者だろうか。
歩道橋を降りた。反対側にいるはずのあの男に目をやると、こちらをつけ始めているのがわかった。イケナイ。いつも下げているポシェットのなかの拳銃は当然セイフティが掛かったままだし、チェンバーに装弾済みでもない。しかし下手に動いて刺激するのも避けたかったのでそのまま歩く。
もしかしたら変質者の類かもしれないと思った。そっちの方がよっぽどいい。教本の、異性へのいやがらせ行動の項には確か、衝動的行動と計画的継続的行動があると載っていたはずで、今まで自分がむやみにつけられていた形跡を思い当たらないことを考えると前者であるだろう。自分が連合警察の職員だからといって勘ぐりすぎるのは良くないかもしれない。もう一度反対側を窺うとぴったりとついて来る。常習者かもしれない。普通の変質者ならどうにでもできる。それにしてもなぜ自分なのか考えると、歩道橋の上で物思いに耽っている自分の姿が浮かび上がった。
さてこの後どうしようか、と考え始めたころ、前方の角から現われた同じような格好の男を歩行する人々の中に見つけ、慰め半分に、複数犯なら後者かな? などと考えてはみたが、淡い空想は消え去ったことを実感した。やっぱり、そう上手くはいかないものだ。後ろにも何人かいるようだ。さっきのあの悪寒を信じていればよかったのだ。ポシェットの中に手を入れホルダーから拳銃を抜いてセイフティを外し、握る。人通りは多く無いが発砲は出来ない。しかし相手はこちらの都合などお構い無しの筈で、下手に刺激すれば撃ってくるかも知れない。銃把に熱が伝わり始めた。
先制。後ろから声をかけられた。
「はじめまして、ナツノリツさん。決して動かないように。ちょっと一緒に来てもらいたい。手荒な真似はしない。君が大人しく言うことを聞いてくれればの話になるが」
リツは、動けない。しかし、包囲されている事を悟った瞬間に腹が据わった。ポシェットのなかで握っていた銃を離し、手をゆっくりと出す。相手の顔は見えないが微笑を浮かべる。
「<チョット>、などという軽いお誘いならお断りします。まず名乗ったらどうですか?」
「・・・・、失礼した。私は北上。貴方にご同行を願いたい。この先にバンが停まっているのがわかるだろう。あそこまで歩きなさい」
「わかったわ」
リツは歩き出す。一台のバンが路肩に乗り上げている。後ろのキタカミという聞いた事のある名の男も、ついて来ているようだ。左右四車線の道の先にある信号を半眼に睨む。
「北上さん。あなた、ネルガルの方でしたね」
「元はそうだ」
(何でも答えてくれそうだ、この男)
声の加減から位置を予測した。警戒しているだろう。
一方。青・・・、黄→赤。
もう一方。赤・・・、青。
止まっていた車がスタートし、スピードを上げながらこちらへ迫ってくる。時間帯が時間帯なので交通量が多い。前方のバンのそばには男が二人、手を懐へ入れながら待ち構えている。車が迫ってくる。もう・・・・少し。用意・・・
ドン!
リツはタイミングを合わせて一気に駆け出す。ガードレールを飛び越える。タイトスカートなのだがお構い無しだ。後ろから撃ってくる気配はない。怒声に身が縮まる思いをする。向かって来る車に轢かれそうになりながらもギリギリでかわし、後ろに広がる悲惨な音など構わずに道路の中央へ。姿勢を低くして、金網でできた中央分離帯に沿い走る。(何の因果なの?)交通量が多いのだから、どちらの側からも接近する事は出来ないだろう。怒鳴り声が聞こえるがそんなことを気にしている場合ではない。逃走だ。相手はこちらを捕らえるつもりらしいからそう易々と発砲はできまい。そうタカをくくって意を決し、背筋を伸ばしスピードをのせる。窮地に陥った場合は、すばやい積極的行動がものをいう。みんなよくそう言うし、実体験もある。行動に移した内の何人かが生き残って、その教訓を伝えているのだろうからやってみる価値はある。銃声が鳴ったが、威嚇射撃と決め込む。狙っているとしても走っている車の間を縫って、走っている相手を狙うのだからそう簡単には当たらないはずだ (街路樹だってある!)。とにかく走る。また連続した銃声が鳴るが、絶対に当たるはずがない! と思う。やがて交差点に差し掛かかった。進行方向を管轄している歩行者用の信号も乗用車用の信号も赤に変わっているがそんなモノはどうでもいい。そのまま広い十字路へ突っ込む。ランナーに気付いたドライバーや感知した対人センサーが積極的行動に移る。甲高い騒音と一大混乱が巻き起こるも、我関せず、と散乱しだした車の間を縫って緩やかにカーブを描き左折した。
遂にリツは歩道へ復帰し、驚く歩行者達をしりめに、そのままのスピードで路地へ消えていった。

混乱が未だに尾を引いている中、北上達はバンに乗り込む。
「逃げられましたね。追いますか?」
「放っておけ。くそっ、俺としたことが・・・。」
「いえ、私達も油断しすぎていました。あんな命知らずな事をされるとは、ネズミを追い詰めてしまったようですね。天晴れと言うかなんと言うか・・・・」
「・・・・、帰るぞ。月臣さんが地球に来られるのだからな。なんとしても人質が欲しかったのだが・・・・」
突然、ガラスが軋む音が響いた。窓にもシートにも穴があき、かすかな煙が昇る。
狙撃だ。
「出せっ、出せぇ!」
ドライバー席のガラスが崩れ、皆すかさず撥弾効果のあるコートを頭からかぶる。サイレンサーを使っているのだろう、発砲音が聞こえないので正確な相手の位置がつかめない。着弾から予測可能だろうが頭を上げられる状況ではない。車体にも当たりガンガンと音が響き、ガラスが割れ、コートで跳弾する。車内は息をつく暇も無い。きっかり9回撃音を体感すると、チョット間をおき、また、狙撃が始まる。ガラスの無くなった窓から飛び込んで来ては、チュンッ! キュンッ!とコートではじかれ、その後は車内で暴れまわる。時間にすれば短いものだったが、狙撃は凶悪を極めた。
「ウ・・・・オオオッ・・・・!」
「出せえッ、構うな!!」
頭を低くした運転手が車を発進させる。火花を散らしつつのろのろと動き始め、なんとか足を速めて逃走する。
ただでは転ばないあの女に対して、車内では口々に悪態が響く。
「クソッタレ! ケガは!?」
「あの女、とんでもねえネズミだ!」
「地球の女はすぐに付け上がる」
「ゲホッゲホッ、ちがいないっ・・・!」
「・・・・。」
そんな中で、北上は俯いたまま内ポケットへ手を伸ばしていた。
「あっ! 堪えてください! 北上さん!!」
それに気付いた部下達が、すばやく飛び掛って抑え込む。途端に自由を奪われる北上。
「自重を! 捲土重来です、北上さん!」
「放せっ!」 「落ち着いて!! 寝るときまで待ってください!!」
「放せえッ! 今キメずにっ、何時キメルというんだっ・・・・!」
急激な禁断症状が始まる。もともとの腕力に殺気が帯び始めるのを見て、部下の一人がとっさに叫ぶ。
「おいっ! スタンガンだ! スタンガン!!」

リツは、冷たくなってきた風の吹くビルの非常階段の中腹から彼らを捉えていた。
サイレンサーを着けた小柄なオートマチックのサイトから鋭くした目を離す。
(何やってるんだろう・・・・)
瞳は沈み始めた夕日によって光っていた。
なんとなく、空腹だった。























---------あとがきという名の嘆き---------
Sitting back in the cut looking fine
今回の話にはもっともらしい<嘘>がやっぱりあります。
何か調べて書いたわけではないのでサクッと流してー。
なんか第三話以来、色っぽさが、瑞々しさが、
セクシーさがない。
次もない。
足りないよ、そういう部分。
She play the joker sometimes but then those moments slide back my way
☆修正しました。01年九月ごろ。
ちょいと文章変え。
こだわってませんが。















管理人の感想

 

 

hyu−nさんからの投稿です!!

・・・何気に過激だな、リツさん(汗)

マトモな人だと思っていたのに(苦笑)

なんか、凄っごくハイな人も登場されてるし(爆)

主人公は名前だけで姿は出てこないし〜(爆笑)

あ、それは月臣も一緒か。

 

では、hyu-nさん!! 投稿有難うございました!!

 

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