ブラックサレナ



〜 テンカワアキト…………… その生涯 〜



第四話 DEUCE





 雲一つない青い空が広がる。
 何も遮断する物もないその天空からは、眩いばかりの太陽の光が照らされていた。
 自然の恵みたる光を反射しつつ、白亜の船が航行している。
 船といっても海に浮かぶような船ではない。
 天空を行くその船はネルガル重工の懐刀とも言える存在であった。
 その名をユーチャリス。
 ネルガルSS所属、コードネーム”ブラックサレナ”。
 そう、テンカワ・アキトの乗艦である。
 現在、ユーチャリスは東南アジアでの依頼を滞り無く処理し、ネルガル重工の専用ドックがあるサセボシティへ行くため、日本に向け航行中だった。
 滞り無く依頼は済ませたのだが、その際何度かの戦闘行為によりユーチャリスもまた被弾していた。
 その修理と点検も兼ねている。
 アキトとしては別に気にしていないのだが、躍起になって修理を求めたモノがいたからだ。
 当事者によると、船体の傷がどうにも我慢できないらしい。
 アキトに対して日がな一日、催促してくる。
 とうとうアキトも折れて、それを承知したわけである。
 そこまで執拗に責め立てるモノと、アキトは今話をしていた。



  「後、どのくらいで日本に着く?」

  <そうですね。 三時間ぐらいですね>


 アキトはユーチャリスのリビングルームとも言える部屋にいた。
 話し相手はオモイカネ。
 ルリは少し離れたところで、椅子に座りテーブル上に投影されたニュースサイトを見ている。
 アキトは紅茶で咽を潤していた。


  <全くアキトがあんなところで、失敗しなければ私の身体に傷が付くこともなかったんですよ>

  「だから、それはもう謝っただろう」

  <何を言ってるんです! 一時といえども私の流線型の船体が僅かでも歪むことは我慢できません!>


 アキトは頬杖を付きながら、溜め息を一つ吐いた。
 オモイカネは御丁寧にも、怒りマークをアキトの周りに表示させ、クルクル回転させている。


 「お前仮にも戦闘艦だろう? 傷や歪みぐらいでそう騒ぐなよ」

 <戦闘艦であろうとなかろうと関係ありません! 傷つけられるのが嫌なんです!>


 兵器としては理不尽な主張にアキトは頭を痛める。


  「(どこで教育を間違ったんだ?)」


 最初の頃は正しくコンピューターらしく応対していた。
 いつの頃からか、妙に人間くさくなっている。
 そもそも、必要以上に言い返したり、やれ傷がどうのやれここが汚れているなどと言い出すとは思わなかった。
 それでも大体想像はついている。
 ルリと共に行動し始めてからであった。
 どうも、ルリの乗艦に会わせて整備部の人間が細工をしたらしい。
 それでもAIとしての優秀さは群を抜いており他の追従を許さない。
 アキトとしてもその辺りで譲歩していた。
 ただ口五月蠅いのが玉にきずであったが。


  <聞いているんですか!?>

  「分かった、分かった、ウリバタケさんにもよく言っておくよ」


 正確に言うとウリバタケ・セイヤ。
 年齢二十九歳、日本人。
 ネルガル重工の整備部の部長である。
 しかし、裏のという注釈が付く。
 表向きはしがないサラリーマンなのだが、その実はネルガル重工のトップシークレットに携わっている。
 ユーチャリスやアキトの愛機であるブラックサレナの設計開発にも、その腕を大いに発揮していた。
 因みにアキトも薄々感づいているが、オモイカネをこういう性格にした張本人でもある。


 アキトとオモイカネが不毛な言い合いをしていると、ルリが何かを見つけたのか画像を切り替えていた。


  「あっ」


 ルリの声にアキトはそちらを向く。


  「どうしたの?」

  「例の誘拐犯が捕まったみたいです、今中継されてます」


 ここ最近、世界的に誘拐事件が頻発していた。
 それも男女問わず、子供を中心にである。
 それでも例年と比べると少し多いぐらいで、数的にはそんなに変わらないのだが短期間にこれほど発生したことはなかった。
 ニュースで流れている誘拐事件は一番最近の事件で、日本で発生していた。
 日本の富豪の一人息子らしい、年齢は八歳だった。
 ルリの見るニュースサイトの画面には逮捕現場が映されている。
 報道の取材陣がごった返していた。
 逮捕されたであろう建物の中から、一人の人間が担架に運び出されている。
 どうも、犯人が取り押さえられる時に負傷したらしい。
 ニュースキャスターは犯人が重傷であることを伝えていた。
 担架が出た後、続いて警官と思しき者達が建物から出てきた。
 途端に報道陣に囲まれている。


  「あっ!!」


 ルリの二度目の”あっ”を聞きつつアキトはカップを口に付ける。


  「どうしたの?」

  「リョーコさんが映ってます」

  「へえ……そうか、連合警察が出張ったんだ」


 アキトはそう言うと、紅茶を咽に流し込んだ。
 カップを一度テーブルに置いて、ポットからもう一杯分入れ直し、砂糖とレモン汁を入れるとカップを口元に近づける。


  「あ゛!?」

  「……どうしたの?」


 ルリの三度目の”あ”に”゛”が付いた声を耳にして、アキトは訝しげにルリに聞いた後、紅茶を口に含んだ。


  「リョーコさん、マスコミの人に……蹴り…入れてますよ」


 アキトは思わず口から紅茶を吹き出した。





 地球連合警察、これは連合政府に属する警察組織であり、各方面にその支部を置いている。
 地区毎にも警察組織は当然存在しているが、連合警察はその全てに於いてワンランク上の権限が与えられていた。
 捜査権のないインターポールと違い、捜査権及び逮捕権も有する、国際機関である。
 その連合警察極東方面アジア支部、その一つの分署である日本地区担当の一人が怒りを露わにして机に向かっていた。


  「…ったく、何だってこんな物、書かなきゃならねえんだ!?」


 ガチャガチャと壊れそうな勢いで、キーボードを打っている女がいた。
 文頭には始末書と書かれている。
 名前はスバル・リョーコ、年齢二十二歳の日本人。
 特技は居合いと射撃。
 肩口まで伸びる髪を緑色に染めているのは堅苦しい部署への反発であろうか。
 服装はレザーぽい黒い全身スーツを着込み、その上に長袖で肩の部分が大きく開いており、そして下半身がミニスカートになっているワンピース状の服を着ていた。
 袖から胸の下辺りまでが紅く染められており、真ん中に黒ラインが引かれていてこれがチャックのようになっている。
 そして左胸に連合警察のマークがプリントされていた。
 これは女性用の正式な制服で、男性用だと形状はほぼ同じで腰の辺りまでの長さで切られている。
 そして上着は重ね合わせて右胸でボタン留めとなる。


  「そりゃあ……マスコミの人、蹴飛ばしちゃあねえ」


 後ろの席でポリポリとスナック菓子を食べながら、眼鏡を掛けた女が始末書作成中のリョーコを眺めていた。
 名前をアマノ・ヒカル、年齢二十二歳の日本人。
 趣味は同人誌と変な小物作り、特技は機械関係と隠密行動。
 ブラウンの髪に大きめの眼鏡を掛けている。


  「まあ……仕方ないんじゃないの」


 窓際に立ちながら、軽口を言いつつコップを片手に男がアイスコーヒーを飲んでいる。
 名前はタカスギ・サブロウタ、年齢二十五歳の日本人。
 趣味はドライブ、運転技術に長けている。
 ロングヘアの黒髪、近々金髪に染めようかと目論んでいた。


  「まあ、気持ちは分からんでもないがな」


 椅子の背当てを前にして、その上に腕を組んで乗せて座っている、もう一人の男がリョーコに同意した。
 名前はヤマダ・ジロウ、年齢二十三歳の日本人。
 しかし本人はダイゴウジ・ガイと名乗っている。
 見知った者からはガイと呼ばせていた。
 趣味はバイクとカラオケ。
 無造作に切りそろえた黒髪、左右の手には常に黒い革手袋をしている。


  「大体マスコミが五月蠅えんだ! あの野郎が何人子供を誘拐したと思ってんだ! しかも全員未だ行方不明、今回の子供だって……まだ見つかってねえんだ……」


 リョーコがキーボードを叩きながら、堰を切ったように激しく怒鳴った。
 その怒鳴り声にヤレヤレと或る者は頭を掻き、或る者はコーヒーをもう一杯のみ、或る者は背当てに顎を乗せている。


  「犯人の逮捕が乱暴だと、ふざけんなってんだ!」


 リョーコは椅子から立ち上がり、更に机に拳を叩きつける。
 するとコンッという音が響いた。。
 この室内でひときわ大きな机の上に大きめの湯飲み茶碗が置かれた音だった。
 その湯飲み茶碗を包むように両手で持ちながら、老人が一人座っていた。
 名前をフクベ・ジン、年齢七十歳、日本人。
 趣味は俳句。
 その顔は長い髭と眉に覆われ、髪も含め全て白くなっていた。
 日本地区捜査部の部長としての役職にあり、この年齢での現役は当然この老人ただ一人である。
 正しく異例中の異例な配属ではあるが、これはフクベ本人が現場にとどまることを望んだからである。
 それが認められたのは逆にフクベのその実力を知ることが出来た。


  「ほっほっほ、まぁ……これも仕事じゃよ」


 フクベは湯飲み茶碗に口を付け、茶を飲んだ。
 リョーコはグッと歯を噛みしめると、再び椅子に座り、カタカタとキーボードを打ち始める。
 大人しくリョーコがモニタと睨み合っていると、激しく扉が開けられた。
 そして室内に入ってきた人物は扉の開かれる勢いに負けないほど声を荒げた。


  「ちょっと! スバル君はどこっ!?」


 怒鳴り込んできたの者の名前はムネタケ・サダアキ。
 その風貌は髪を眉の上辺りで切り揃え、後頭部を刈り上げている。
 ムネタケは日本地区分署各部の管理官という役職にある。
 今回のリョーコの行いを咎めに来たのであろう。
 上司からの叱責を受けたのか、自らの鬱憤晴らしも含まれているのかもしれない。


  「どこって聞いているでしょう!?」


 けたたましく怒鳴り散らすムネタケの怒声が室内を満たした。
 リョーコがガタッと音を立てて椅子から立ち上がる。


  「ここにおります」


 ムネタケはリョーコを睨み付けると、その前まで歩み寄る。


  「あんた、何てことをするのよ! 少しは私の立場ってものを考えなさい!」


 ムネタケは人差し指をリョーコに突きつけた。
 俯きつつリョーコは両手を握り締めながらその怒声を受けている。
 ヒカルはその震える背中を見ていた。


  「(さて、今日はどこまで保つかな?)」


 などと不謹慎なことを考えつつ、その動向を見守っていた。
 その他の面々も同じように二人を見ている。


  「よりにもよってマスコミに暴力を振るうなんて、何考えてるのよ!」

  「しかし! 向こうも……」

  「口答えできる立場だと思ってんの!」

  「ぐっ……」


 ムネタケの蔑んだような眼にリョーコは何とか堪え忍んでいる。
 リョーコに放たれる怒声はなお続いた。


  「しかもそれをテレビで中継されるなんて、馬鹿としか言い様がないわね!」


 その言葉と同時にリョーコは顔を上げ、ムネタケを睨み付けた。
 ムネタケはその眼に一瞬気後れるも、直ぐに声を荒げた。


  「なっ、何よ! その眼は! あんた何様のつもり!」

  「っ! この……」


 リョーコの拳が上がりかけると、ムネタケとリョーコとの間にタカスギがスッと割り込んだ。
 振り上げかけたリョーコの拳をその背中で制すると、タカスギはムネタケに頭を下げる。


  「申し訳ございません、スバルには私からも重々注意を致しますので」

  「ふっ…ふん、別にあんたに言われても仕方ないのよ、そこの……」

  「ムネタケ管理官」


 ムネタケは声をかけてきたフクベに顔を向ける。
 またこの人かとムネタケは苦い顔をした。
 昔からだがムネタケはフクベには頭が上がらなかった。
 新人の頃から世話になっていたため、苦手意識が未だに消えていないからだ。


  「迷惑をかけてすまなかった。 私からもよく言っておくからそのくらいで勘弁してやってくれんか?」


 フクベにそう言って頭を下げられればムネタケもこれ以上何も言えなかった。


  「とにかく、今後は気をつけなさい!」


 言いながらもう一度リョーコを睨むとムネタケは踵を返し、部屋を出ていった。
 リョーコはその扉に向かって右手の中指を起てて舌を出した。
 タカスギもヤレヤレとアイスコーヒーを飲み直し始める。


  「へん! いちいち五月蠅えってんだ」


 リョーコがやや乱暴に椅子に座った。


  「スバル! お前さんもだ!」


 フクベに怒鳴られ、リョーコは項垂れる。


  「相手はマスコミだ、今回はこれで済んだが…下手をすればお前さん潰されてたぞ」

  「………すみません」

  「それにな……やるんだったら、ばれないようにやることじゃよ」


 意気消沈していたリョーコはフクベを見ると、その顔は緩んでいた。
 するとリョーコは立ち上がり、”はい”と言いながらフクベに敬礼をする。
 フクベは笑顔を浮かべるとリョーコも苦笑いで返した。


  「さて、取り敢えず始末書をきっちり渡して貰おうかの」

  「ゲッ」


 リョーコはゲッソリとした顔になる。
 フクベは笑顔を浮かべながら続ける。


  「言ったじゃろ、これも仕事じゃよ」

  「へ〜〜〜い」


 リョーコのモニタとの悪戦苦闘が再び始まった。





 リョーコが始末書の作成を終える頃には既に夜の十一時を越えていた。
 現在、日本地区署はサセボシティ付近に逗留している。
 各国の連合警察の地区分署は空港と同じく、空中に浮遊しており、その担当地区の各所を事件に応じて移動するようになっている。
 分署の人員はその殆どが分署内に自室を与えられており、そこで寝泊まりしている。
 上級職あたりになると随時待機することはなく、地上に自宅を持っており休暇時や近隣に分署が移動した時等に自宅に帰ったりしていた。
 私服に着替えると署の発着所から、リョーコは自家用の小型機を発進させた。
 気分転換に出かけるつもりだった。
 昔馴染みの友人がやっているバーである。
 営業している場所がサセボシティだったので、こちらに来た時は必ず寄るようにしていた。
 リョーコが小型機兼用の駐車場に着陸させると、コックピットから降り目的の店に向かった。
 暫く歩くとその店の看板が見えてきた。
 地下への階段の前に立ち、その看板を見る。
 そこには”バー花目子”と書かれていた。


 リョーコは階段を下り、扉を開けると静かなリズムの音楽が聞こえてきた。
 中に入りボーイに片手を上げ挨拶すると、カウンターの方へと向かう。
 カウンターの中には白いチャイナドレスを着た女がおり、目の前の客にグラスを渡しているところだった。
 リョーコは真っ直ぐにそこに進んでいくと、その先客の横に座った。


  「いらっしゃい、一ヶ月ぶりね」

  「元気そうだな、イズミ」

  「あなたもね、リョーコ」


 このバー花目子のママ、名前をマキ・イズミ。
 年齢二十三歳、日本人。
 ロングのストレートヘアーであり、顔の右半分を覆うように前髪を垂らしており、どこか影のある女性である。


  「何にする?」

  「いつもの」


 普通ならバーテンがやる仕事だが、馴染みの客と友人に対してはイズミ本人が相手をすることにしていた。
 イズミが手元で素早く用意をし、リョーコの前にグラスを置く。
 そしてリョーコはグラスを手に取ると、クイッと半分ほど一気に空ける。
 ふうと一息つきながらグラスを置くと、中の氷がカランと鳴った。
 イズミに笑みを送ると、リョーコは隣に座る先客のグラスに眼を向け、口を開いた。


  「相変わらずだな」

  「好きなんでね」

  「こっちに来てたのか?」

  「野暮用さ」


 リョーコはグラスを持ち上げると、先客に近づけた。


  「乾杯しようか、久しぶりだしな」

  「構わないよ」


 先客の方もリョーコにグラスを近づけると、お互いのグラスを軽くぶつけ合った。
 キンッという音が二人の間に響いた。


  「改めて……久しぶりだな、テンカワ」

  「そっちは忙しそうだな、スバル」

  「暇でありたいんだがな」


 先客として座っていたのはアキトだった。
 何時も通りの黒一色の服装でグラスの中身を空けている。
 バイザーに暗めの明かりと共にグラスが映り込む。
 アキトがリョーコと知り合ったのは一年前、或る犯罪組織との抗争の時に顔を合わせていた。
 当時のアキトは今ほど性格がくだけていなかったため、リョーコ達連合警察とは衝突が多かったが、事件後はお互いに認め合うようになっていた。
 この辺りは相手の力量を認めれば、その相手と打ち解けあえるリョーコの性格の影響が大きい。
 イズミとはこの時期にリョーコに紹介されていた。
 アキトは空のグラスをイズミに渡すと、茶色の液体で満たされて戻される。
 そして、それを咽に流し込んだ。
 リョーコはそんなアキトをグラスに口を付けながら眺めている。


  「テンカワ」

  「ん?」

  「いいかげん、それを卒業しろ。 ここで飲むものじゃない」

  「ボトルだって置いているぞ」


 アキトは並べられた瓶を指さす。
 リョーコはグラスを置くと、アキトに身体を向ける。


  「置いてるって言っても中身は只のお茶だろうが!」

  「失礼なことを言うな。 ちゃんと緑茶と烏龍茶、玄米茶や麦茶、焙じ茶に番茶まであるぞ」

  「だからそんなものをここで飲むな!」


 リョーコはカウンターに握り拳を叩きつける。


  「ここは酒場だ。 酒を飲め!」

  「茶は身体に良いんだ、ほっといてくれ。 そもそもここのママが了承しているんだからお前に言われる筋合いはない」


 リョーコはイズミを睨むと、イズミはその視線を笑みで軽く受け流す。
 アキトは酒に弱い、と言うよりも下戸に近い。
 これまでアキトが口にしてきた酒といえば料理用に使ったものぐらいである。
 それ以外に飲むことは全くなかった。
 故に飲む相手を求めて、この店に来たリョーコからすれば腹立たしく思えるのも当然であろう。
 アキトは一人怒っているリョーコを隣に、茶を飲んでいる。


  「全く、俺に付き合う奴はいねえのかよ」

  「俺以外の人間にしてくれ」


 アキトの呟きにリョーコは更に怒りが頂点に近づいていく。
 そのリョーコの目の前にスッとイズミがグラスを差し出す。
 差し出されたグラスを見ると、リョーコはイズミに顔を向けた。


  「私の奢り、代わりに私が後で付き合うわ」

  「まっ…しゃ〜ねえな、これで勘弁してやるか」


 イズミの奢りを飲むと、途端にリョーコの機嫌が良くなった。
 アキトもリョーコの単純さに、さすがに呆れ顔になる。
 数分、静かな時間が流れた。
 アキトもリョーコも何も話さない。
 店内にいた他の客が勘定を払い、帰っていく。


  「…………テンカワ」

  「何だ?」

  「……何か知っているか?」


 リョーコは手の中にあるグラスの硬い感触を味わいながら、揺れるその中身の液体を眺める。
 アキトは何も答えない。


  「何でもいい、知っていることがあったら教えてくれ」

  「………何もない」

  「本当か?」


 アキトは無言でリョーコに返した。
 リョーコの聞きたいことは分かっていた。
 誘拐事件に関する情報である。
 リョーコからすればどんな些細なことでもいいから情報が欲しかった。
 消えた子供達は誰一人として、未だ発見されていない。
 連合警察としてもこれ以上の被害は避けたかった。
 しかし現状、手掛かりは少ない。
 犯人の一人を捕まえはしたが、今のところ黙秘が続いていた。
 何よりもそのバックにあろう、組織が全く見えない。
 恐らく、現在留置されている犯人は下部の者である可能性が高く、どこまでのことを知っているかは疑問視されている。
 それ故のリョーコの焦りである。


  「本当に知らないのか?」

  「あぁ……それに依頼が無ければ俺は動けない」

  「……そうか」

  「すまないな」

  「いいさ……、何か分かったら教えてくれ」

  「あぁ」


 その返事に満足したのか、リョーコはアキトに微笑んだ。
 アキトは微笑み返しながらも、内心複雑な気持ちでいた。
 何故ならアキトは全く知らないわけでもないからだ。





 数時間前。
 アキトはルリと共にユーチャリスでサセボシティのネルガル重工専用ドックに寄港していた。
 ユーチャリスをドックに入港させ、白亜の船体から下船すると眼鏡を掛け、整備服を着た男が出迎えた。


 「いよ〜う、アキト、ルリちゃん、お疲れさん」

 「どうも、ウリバタケさん」


 ウリバタケにアキトは片手を上げ、ルリはペコリと頭を下げる。
 アキトの側に近寄ると、ウリバタケはポンッとその胸を軽く叩いた。


  「結構、派手にやられたな」

  「まあね……生きているだけましさ」

  「そりゃそうだ」


 ウリバタケは身体を反らして笑った。
 アキトも笑みを浮かべる。
 そんな二人をルリは見上げていた。


  「先に行ってて良いよ、ルリちゃん」

  「おう、そうだぜ」


 アキト達に促され、ルリはその言葉に甘えることにした。
 二人に会釈をすると、ルリはこのドックに備え付けの私室へと向かった。
 ルリの後ろ姿を見送ると、ウリバタケはアキトに話しかける。


  「好い子だな、あの子は」

  「随分……助けて貰っているよ」


 微笑みながら話すアキトを見て、ウリバタケは”ほう”という顔になる。
 出会った頃のアキトとは比べものにならない程、穏やかな顔をしているからだ。


  「(全く笑わない奴だったが……変わったな)」


 本来、表情豊かな筈だった青年から微笑みを奪ったあの事件はウリバタケも知っている。
 何が起こったのかも含めてである。
 アキト本人から聞いていた。
 知っていて、いや知っているからこそアキトに協力していた。
 ウリバタケはどこかこの青年を気に入っている。
 だからこそ、アキトに微笑みを思い出させた少女にウリバタケは感謝していた。


  「ルリちゃん様々だな」

  「んっ? 何? ウリバタケさん」

  「いや……何でもねえよ」


 ウリバタケは修復中のユーチャリスに眼を向けると、アキトもそれに倣う。
 船体に火花が飛んでいる。
 歪んだ装甲を新しい物に取り替えていた。


  「アキト、お前……続けるつもりか?」

  「今の俺にはこれ以外出来ることはないさ」


 ウリバタケはアキトに問いただす。
 何時までこの仕事をするつもりなのかと。


  「あの子を巻き込んでもか?」

  「……………………」

  「この世界にいれば……嫌でも汚い部分を見なきゃならん。 それでも良いのか?」


 ウリバタケはルリが某国の王族であることを知らない。
 しかし、その雰囲気から醸し出される気高さは感じていた。
 初めて会った時はアキトと共にいることで、その不釣り合いさに驚いたものだ。


  「………あの子はとっくに見ているさ」


 アキトの言葉を聞いて、ウリバタケが更に問いただそうとした時アキトのコミュニケからコール音が鳴った。
 アキトがコミュニケを開くと、ロングヘアーの少々にやけた顔の男が現れた。
 アキトにとっては旧知のネルガル会長アカツキ・ナガレである。


  「やあ、久しぶりだね。ちょっと野暮用なんだけど本社まで来てくれないかい?」

  「これから晩飯なんだが」

  「すまないね。 会長としての呼び出しなんだけど」

  「ふう……分かった。 これからそちらに行く」

  「ありがとう、持つべきものは友達だねぇ」


 髪を掻き上げながら、アカツキはコミュニケを切る。
 アキトはウリバタケの側を離れると、もう一度コミュニケを開いた。
 すると今度はルリが現れた。


  「はい、アキトさんどうしました?」

  「すまない、一緒に晩飯を食べられなくなったんだ。 悪いけど先に食べててよ」

  「そうですか、仕方ありませんね。 そうします」


 ルリは残念そうな顔でアキトの願いに従った。


  「アカツキの処に行ってくるよ。 こっちに戻るのは遅くなるから」

  「はい、分かりました。 ではアキトさんへの連絡はこっちで保存しておきますね」

  「頼む」


 アキトはコミュニケを切り、歩き出した。
 ネルガル重工本社へと向かうために。



 ネルガル重工本社、それはサセボシティのほぼ中央に位置している。
 その建物は三角錐を二つ前後に並べたような奇妙な形状をしていた。
 そんな本社社屋の程近くにある喫茶店にアキトは来ていた。
 喫茶店のドアを開け、店内に入ると窓際に座っている男が片手を上げ、合図をよこした。
 アキトはそれを認めると、その男に近寄り対面の席に座り、その男に顔を向ける。
 テーブルにはコーヒーが置かれていた。
 ダークブラウンのスーツを着たロングヘアの男がにこやかにアキトを見つめる。


  「何の用だ? アカツキ」

  「つれないねぇ……もっと他の言い方はないのかい? テンカワ君」


 アキトを呼びだした男、ネルガル会長アカツキは右手を額に当てながら嘆いた。
 アカツキが頭を左右に振りながらブツブツ言っている様子をアキトは目を細くしながら暫く見ると、不意に立ち上がった。


  「何処に行くんだい?」

  「俺は忙しい、お前と遊んでいる暇はない」


 アキトが立ち去ろうとすると、アカツキはテーブルの上に一枚の写真を置いた。
 一人の男の子の写っている写真だった。
 アキトがその写真を見下ろしていると、アカツキは静かに話し出す。


  「今、巷で話題になっている誘拐された子供の一人だよ」


 アカツキは眼を斜め上に動かし、アキトを見つめた。
 写真を見ていたアキトはアカツキの前に座り直すとその写真を手に取る。


  「その子の父親が我が社のお得意様でね、何とか探してくれないかと頼まれたんだよ」

  「何故……俺に?」


 アカツキは両肘をテーブルの上につき、両手の指を伸ばして組むと顎を乗せる。
 そしてにこやかに微笑んだ。


  「君が一番暇しているから」


 アキトは再び席を立ち、立ち去ろうとする。
 アカツキは慌てた風にアキトを呼び戻した。


  「嘘、嘘、本当は君しか動けないからだよ。 立場上ね」


 ネルガルSSの任務はVIPの護衛や物品の警護を主としている。
 故に人捜しはその職務からは範囲外であった。
 そこで白羽の矢が立ったのがアキトである。
 フリーという立場と以前にも護衛以外の任務もこなしてきていたからであった。
 もちろん白羽の矢を立てた張本人はアカツキである。


  「君が引き受けてくれると、すごく都合が良いんだけれどね」

  「……ハッキリ言うな」


 アキトは暫し写真を見ると、懐に仕舞った。
 アカツキはそれを了承と受け取り、一枚のカードをアキトに渡した。


  「そのカードに誘拐された少年の素性を記録しておいた、あとついでにこれまで誘拐された子供達の分も一緒にね。 ただし地区内だけだけど」

  「それはどうも……親切なことだ」

  「まあ……これくらいはね」


 アキトが席を立つとアカツキもまた席を立った。
 前後に並んで店内を歩き、払いを済ませドアを開け外に出る。


  「テンカワ君」

  「何だ?」


 アカツキは自分と正反対の方向に歩こうとしたアキトに声をかける。


  「報告は包み隠さずで頼むよ」

  「どういう意味だ?」


 アキトは黒いバイザーの奥からアカツキの顔を窺った。
 両肩を少し上に上げてから、アカツキは答えた。


  「少年達が今頃どうなっているか分からないだろう? 最悪の結果も考えてのことさ」

  「……………」

  「酷なようだが隠し事無しで親御さんに伝えたいんでね」

  「……分かった」


 アキトは黒いコートを翻しながら背を向け、歩み去る。
 その後ろ姿を見届けるとアカツキもまたその場を辞した。



 アカツキと別れた後、アキトはドックに戻ると私室で持ち帰ったカードの中身を確認していた。
 一人の少年の顔が映し出されている。
 行方不明になってから二週間が経過していた。
 アキトはその他の少年達の記録も表示させてみる。


  「警察も慌てるはずだ。 これまでに二十人以上が消えているのか」


 記録を読み進めながら、アキトは奇妙な現象に気づいた。
 それは全ての少年達に共通していたからだ。


  「誘拐されたのは事実らしい、目撃証言もある。 しかし……」


 表示を全て消し、アキトはカードのデータを別のカードにコピーする。


  「身代金等の要求がない。 それどころか連絡すらしてこないのは何故だ?」


 犯人の目的が不透明なのは気に掛かるが、ここで悩んでいても仕方がないので自分のやれることを実行することにした。
 アキトは回線を繋ぐとパスワードを打ち込む。
 画面が切り替わり、そこに眼鏡をかけ髭を生やした男が映し出される。


  「おや、テンカワさん」

  「プロスさん、調べて欲しいことがあります」

  「何なりと」


 映し出されたのはプロスペクターだった。
 この世界では知らぬ者のいない、一級の情報屋である。
 この男ほど裏の世界で有名にも関わらず、自身については何も知られていない。
 そもそも今ここに映し出されている顔も本人の物であるのかも怪しい。


  「今からデータを送ります。 その中の人物については何でもいいから知らせて下さい」

  「承知いたしました」


 アキトは先程のデータをプロスペクターへと転送すると、プロスペクターは横を向き、順次送られてくるデータの内容を視認している。


  「なるほど、行方をお捜しで?」

  「時間はどのくらいかかりますか?」

  「それほど掛からないとは思いますが、お急ぎでしょうな」

  「ええ」


 データを見ながら、プロスペクターは既に手元のキーボードを打ち出していた。


  「分かりました。 最優先で処理させていただきます」

  「お願いします」


 プロスペクターとの回線を切断しすると、アキトはカードをコンピュータから抜いて立ち上がると足早に部屋を出た。
 アキトはその足で三つ隣の部屋に行き、備え付けのインターフォンを鳴らす。


  「はい」

  「ルリちゃん、すまないが頼みたいことがある」

  「はい、今開けます」


 扉が開かれるとルリが立っていた。
 アキトはルリにカードを差し出した。


  「アカツキの依頼で例の誘拐事件を調べることになった」

  「えっ?」


 ルリの顔に動揺が走る。
 自分が関わるとは思っていなかったからだ。


  「このカードに消えた少年達のデータが入っている。 何でもいい、何か共通点がないか調べてくれないか?」

  「分かりました。 任せて下さい」

  「頼む」

  「はい。 オモイカネと一緒にやってみます」


 アキトは業務として、ルリにも出来ることに関しては任せるようにしていた。
 以前は殆どをそれまで通り自分でやっていたのだが、いつの間に修得したのかルリ自身もコンピューターの扱いに関してはアキトを遙かに凌ぐほどになっていた。
 才能もあったのであろう。
 比べることは出来ないであろうが、現在では少なくとも世界で十本の指に数えられる実力は有している。
 それ以来、アキトはルリに頼むようにしていた。
 ルリ自身もそう願っていることを知っているからでもある。




 そして今、ルリと別れた後、アキトはイズミの経営するこの店に来ていた。
 挨拶も兼ねているのだが、実際は情報収集である。
 酒場はそれこそ多種多様な人間がやってくる。
 ネット上の情報も貴重ではあるが、やはり人間の生の声というものも捨てがたいものがあるからだ。
 これもイズミを信用できるとふんでのことである。
 その話をし終わったところで、リョーコが現れたのだった。


  「まあ、これだけ大きな事件だ。 その内俺の方にも何か耳にすることもあるだろうから、その時は知らせるよ」

  「頼んだぜ」


 そしてアキトは立ち上がると、イズミに軽く手を挙げて店を出ていった。
 アキトはそのまま何処にも寄らずにドックへと真っ直ぐに帰る。
 ドックに帰り着き、私室の前まで来ると、ルリに呼び止められた。


  「アキトさん、おかえりなさい」

  「ん……ただいま」


 ルリはアキトの側まで来ると、先程渡されたカードをアキトに差し出した。
 アキトは無言でそれを受け取る。


  「それで調べた結果なんですけど……」

  「どうだった?」


 ルリの話し方に歯切れがないところを見ると、それほどの成果はなかったことを予感させる。


  「それが……これと言った共通点がないんです。 怨恨、金銭、姻戚、家系まで調べたんですけど」

  「そうか」

  「すみません」

  「いや、気にしなくて良いよ。 ご苦労さん、ありがとう。 ルリちゃん」


 すまなさそうな顔をするルリにアキトは労いの言葉を掛けた。
 その言葉にルリは幾分気が休まる。
 アキトは受け取ったカードを見ながら、先行きの不安を感じていた。


  「あの……?」

  「ん? あぁ、ごめん。 疲れたろう? もう休んでくれて良いよ」

  「あ……はい。 そうします。 お休みなさい、アキトさん」

  「お休み、ルリちゃん」


 アキトはルリに微笑みながら部屋に入ろうと扉を開ける。
 シュッという音と共に扉がスライドした。


  「あっ、そうだアキトさん」


 ルリが振り返り再びアキトを呼び止めた。


  「何?」

  「えっと、こんなこと参考になるか分からないんですが……」

  「言ってみて」

  「大したことはないんですが、共通点一つだけあります」

  「どんなこと?」


 アキトはルリに身体を向ける。
 ルリは少し恥ずかしそうに続けた。


  「その……みんな健康優良児っていうか病気一つしたことがないんです」

  「…………」

  「す、すみません。 変なこと言って」


 顔を紅潮させながら畏まるルリと対照的にアキトの顔は真剣みを帯びていた。
 アキトの顔色が変わっていることにルリは気付いた。


  「あの……アキトさん?」


 アキトは一度視線を逸らし、思案にくれる。


  「それ、結構重要かもしれない」

  「えっ?」

  「ありがとう、ルリちゃん」

  「は……はい」


 ルリはやや納得いかないような表情で部屋へ戻っていった。
 それを見送るとアキトは部屋に入り、ベッドに座ると煙草を取りだし火を付ける。
 紫煙がユラユラと揺れながら昇っていく。


  「必要なのは身代金でも、恨みを晴らすことでもなく、少年自身か」


 アキトは自ら辿り着いた思考を否定する気にはならなかった。




 アキトが出ていき、一人になったリョーコの隣にイズミが座る。


  「色気の無い話ね」

  「うるせい」


 照れ隠しか、リョーコはグラスを一気に呷った。
 そんなリョーコを横目で見ながら、イズミはクスクスと笑った。
 リョーコ自身はふてくされたようにそっぽを向いている。
 イズミとしてはそんなところが可愛くて仕方がないのだ。
 だからついからかってしまうのである。


  「大変そうね」


 イズミは話題を変える。


  「あぁ、きつい状況だ」

  「何か手伝えればいいんだけど」

  「いいよ。 ここに来れるだけで少しは気が紛れる」

  「なら、良いけど」


 イズミがもう一杯リョーコのグラスを満たそうと酒瓶を手に取ると、リョーコのコミュニケが鳴った。


  「すまねえ」


 リョーコは左手に付けたコミュニケを開くと、ヒカルが現れた。
 やや慌てた様子なのが気に掛かる。


  「何だよ、ヒカル。 飲んでるところに」

  「大変だよ! あの犯人!」


 昼間に捕まえた誘拐犯のことと、リョーコは察しがついた。
 しかしヒカル慌てようからするとあまり良い連絡では無さそうであった。


  「何があった?」

  「死んじゃったよ」

  「なんだと!」


 リョーコは思わず立ち上がり、店内に響くほど声を荒げた。
 ボーイや、まだ残っている客がこちらを見る。
 イズミは素早くボーイに合図を送り、他の客を宥めるように指示をする。


  「どういうことだ!?」

  「とにかく、戻ってきてよ。 署内もバタバタしちゃってんだから」

  「分かった!」


 リョーコはコミュニケを切ると隣のイズミに顔を向ける。


  「すまねえ。 署に戻らなきゃならなくなった」

  「いいわよ。 急ぎなさい」

  「悪い、埋め合わせは必ずするからな」

  「気にしなくて良いわよ」


 リョーコは別れの挨拶もそこそこに慌ててその場を走り去った。
 騒がしかった店内もやや落ち着きを取り戻し始める。
 イズミは各テーブルの客を巡り、騒動に対して謝罪をして回った。
 そして奥からウクレレを持ち出し、小さなステージに立った。
 イズミなりのお詫びのショータイムが始まった。



 リョーコが分署に帰り着いた頃には分署内の喧噪も治まりつつあった。
 何しろ拘留中の犯人が死亡したのである。
 ただ事ではなかった。
 リョーコは真っ直ぐに捜査室に向かった。


  「ヒカル! どういうことだ!」


 扉を開けると同時にリョーコは叫んだ。
 室内にはヒカルの他にもサブロウタ、ヤマダ、フクベと全員が揃っていた。


  「……リョーコ」

  「何があったんだ! さっさと言いやがれ」


 リョーコは凄い剣幕でヒカルに詰め寄る。


  「スバル! 落ち着け!」


 サブロウタが間に入りリョーコを宥める。
 しかしリョーコの様子は変わらない。


  「これが落ち着いていられるか!」

  「スバル!」


 その一言で室内が静まりかえる。
 声の主はフクベであった。
 そのフクベの一喝が効いたのか、流石のリョーコも平静を取り戻した。


  「すまねえ、ヒカル」

  「いいよ」

  「で? 何があったんだ」

  「うん。 それがね……」


 ヒカルの説明によると、リョーコが外出してしばらくして拘留中の犯人に食事が出され、その食事中に急に吐血し、犯人は動かなくなった。
 至急、医療班が呼ばれ検査したが、既にこと切れており手の施しようがなかった。
 次いで食事の方を検査してみると毒物が検出されたので、食事を持ち運んだ職員を調べたが、分署の誰に聞いても持ち運んだ者はいなかったのだ。


  「それで、リョーコに私が連絡したんだよ」

  「じゃあ、あの野郎は……」

  「消されたんだろうな」


 そうヒカルとリョーコの会話にヤマダが続けた。
 室内になんともいえない静寂が満ちた。
 仮にもここは連合警察の地区分署である。
 その内部でしかも犯人が毒殺されたのだ。
 これほど衝撃的なことはない。


  「そんな……せっかく足掛かりになると」


 リョーコはガックリと両手を机の上についた。
 項垂れるリョーコのその肩にヒカルは手を重ねる。


  「じゃが、一つだけ分かったことがあるの」


 フクベの言葉にその他の全員が視線を向けた。


  「たった一人の犯人を、しかも検挙したその日に始末する。 敵はわしらが考える以上に巨大なのかもしれんな」


 その推測にその場の誰も反論することは出来なかった。











つづく








後書き


 イジェネクです。
 第四話、お届けします。
 キャラクターが出始めると大変です。
 一人一人について書こうとするとこれがまあ……、上手くいかない。
 難しいものです。
 次回で終わらせます。
 前後編と思って下さい。
 そうそう、因みにリョーコ達が着ている制服は皆さん御存知のパイロット用の制服です。
 あれを文章で説明しようとしたんですが、余計に分からなくなるかもしれません。
 申し訳ないです。

 東北の地震、大きかったですがこのサイト御覧の方は大丈夫でしょうか?
 と言っても本当に何かあったら見てらんないか。
 御無事であることを祈ってます。




 次回をお楽しみに。




 

 

代理人の感想

こういう展開かつ人物配置だと・・・・・・後編でなんかリョーコが

「なんじゃあこりゃあー!」とか言いそうでちょっと怖いです(爆)。

 

それはさておき。

本当に次回でまとまるのかな、この話(笑)。

案外裏にヤマサキとか火星の後継者がいたりしそうで、そうすると話がどんどんと(爆)

 

>パイロット用の制服

おおぅ。

「革の全身タイツの上にゆったりした上着」という

半世紀くらい前のSFに出てくるような格好を想像してしまってました(笑)。