ブラックサレナ



〜 テンカワアキト…………… その生涯 〜



第六話 FATE





 サセボシティネルガル重工の専用ドック、その私室にアキトはいた。
 そこで机に向かい、アキトは自分専用にカスタム化したS&W−M19改の手入れをしている。
 丁寧に埃を取り、グリスを差していく。
 最後の部品を組み込むと、シリンダーを軽く回してその具合を確かめる。
 左右に強く振り、ネジの弛みがないかも試してみた。
 使用する弾丸は専用のマグナム弾であるが故に、その反動も厳しい。
 調整不足による暴発などは愚の骨頂である。


  「こんなものかな」


 この仕事をするには必要不可欠で、自らの命を託す相棒である。
 粗末にすることも当然出来ない。
 アキトは工具箱を覗くと、交換用の部品の残量が心もとないことに気付いた。


  「そろそろ補充しておくか」


 ホルスターにM19改を納めると、愛用の黒いコートを取る。
 そして室内に備え付けてある、コミュニケを整備室に繋げた。


  「何だ? アキト」


 ウリバタケが現れる。
 丁度自席にいたようだ。


  「ウリバタケさん、サレナ使えますか?」

  「ああ、いけるが……どうかしたのか?」

  「いえ、ちょっと買い物ですよ」

  「そうか、分かった。 外に用意させておく、十分後に来てくれ」

  「すみません、お願いします」


 通常ブラックサレナはユーチャリスに格納されている。
 しかし非常時にはドックから直接発進する時もあるので、その搬出と搬入は迅速に行われるようになっていた。
 そしてウリバタケの整備班からすれば、十分間という時間はまだまだ余裕のあるレベルであった。
 ウリバタケが十分後と言ったのは単に緊急時でなかった、ただそれだけである。
 アキトは外で待とうと思い、部屋を出て通路を歩いていると前からルリが歩いてきた。
 ルリもアキトに気付いて小走りに近寄ってくる。


  「アキトさん、何処かにお出掛けですか?」

  「ああ、ちょっと買い物にね」

  「そうですか」

  「そうだ、ルリちゃんも来る?」

  「良いんですか?」

  「ついでに晩飯でも食べようか」

  「はい」


 ルリはにこやかに返事をすると、自室へと急いで戻った。
 着替えたいということであった。
 任務外でのアキトとの行動である、いつもの業務で着るスーツ以外の服装で行きたかったのだ。
 ルリも十六才の少女であった。
 部屋に戻り縦長で木製のクローゼットを開けると、掛けてある水色でノースリーブの襟の白いワンピースを取り出した。
 襟元からスカートの端まで続く前止めのボタンを全てはめ終わると、鏡に向かいツインテールに括った髪を一度解き、髪留めのリボンも服と同色の物に変える。
 淡いピンク色のルージュを取り出して唇に薄くさした。
 そして靴から白いサンダルに履き替えると急いでアキトの元へと走り出した。
 アキトは既にブラックサレナの横に来ており、ルリを待っている。
 側にはウリバタケも供にいた。
 夕暮れの光が黒い機体を柔らかに照らしている。


  「お待たせしました」


 そこに息を切らせながらルリが現れた。


  「ん〜? 何だ何だ。 買い物って言っておいてデートか? アキト」

  「あ?」


 アキトはキョトンとした顔でウリバタケとルリを見ると、着飾ったルリの姿が目に付いた。
 ルリの顔はウリバタケの言葉に頬を紅らめている。


  「ちっ違いますよ。 私はアキトさんとお買い物に行って、お食事してくるだけです」

  「それってデートじゃないのか?」


 ウリバタケに突っ込まれルリはますます頬を紅く染める。
 その紅さは夕暮れのせいだけでは無いようだ。


  「ははは、そうかもね」


 アキトも苦笑しながら二人の会話を聞いている。
 ウリバタケはアキトの首に腕を回しながら顔を寄せた。


  「だったら、ちゃんと言ってやらねえとな。 折角、ルリちゃんがここまでしてるんだからよ」

  「ん? ああ、そうか」


 ウリバタケの腕から逃れると、アキトはルリの目前まで行きバイザーを外した。
 ルリは照れながら上目使いでアキトを見上げる。


  「その服、よく似合ってるよ。 ルリちゃん」

  「ふぇ?」

  「うん、すごく可愛い」


 アキトは微笑みながらそう続けた。


  「あ…あり、ありが…とう。 ありがとうございます」


 ルリは声をどもらせながら、それでいて嬉しそうに頭を下げた。
 容姿を褒められて、更に頬を紅らめる。
 お腹の前で組まれた両指がゴニョゴニョと動かされている。
 その様子をアキトの背後からウリバタケがニヤニヤしながら覗いていた。


  「じゃ、そろそろ行こうか?」

  「えっ? はっ、はい」


 アキトがブラックサレナに向かって歩き出すと、ルリもその後を追った。
 開かれたハッチの中に先にアキトが入り込み、後から来たルリに手を差し出す。
 ルリがその手を取ると、アキトは優しく引き上げコックピットに迎え入れた。


  「ウリバタケさん、それじゃあ」

  「ああ、ゆっくりしてこい」


 アキトは手でウリバタケに合図をしながらハッチを閉める。
 ブラックサレナが起動し、静かに上昇を始める。
 一瞬制止した後、天空へと舞い上がった。


  「もう、行っちまった。 それにしてもあの加速度、流石は俺の整備」


 ウリバタケはウンウンと頷きながら、空へと消えたサレナを見送った。



 サセボシティ上空をブラックサレナは飛んでいる。
 ブラックサレナは後部の空間に簡易の座席を装着することで複座式にすることが出来る。
 アキトの後ろの席にルリは座っていた。
 少しソワソワしているのはこれからのことがそれほど嬉しいのであろう。
 ブラックサレナのコックピットは完全密閉されている。
 そのため外部の様子を確認するために、その映像がコックピット内に表示されている。
 その視界はほぼ二百七十度を確保している。
 しかしその風景を見る余裕は無いようだ。


  「ルリちゃん」

  「あ、はい」

  「ちょっと先に寄るところがあるから」

  「はい、構いません」


 すぐに身体に掛かるGの方向が変わったので、ルリはアキトが着陸しようとしているのを感じた。
 市街地内の駐車場に静かに着陸させると、ハッチを開けアキトは身を翻しながらコックピットから降りる。
 ルリは開かれたままのコックピットから顔を覗かせ眼でアキトの行方を追った。
 アキトは駐車場の管理人に話しかけると道路を挟んだ向かい側の店へと入っていく。
 その店の看板にはこう書かれていた。


  ”フラワーショップ メアリー”

  「お花屋さん?」


 ルリは目前でアキトが入っていったに関わらず、何処かしら違和感を感じていた。
 似合わないと言えば聞こえが悪いが、どうもイメージが合わなかったのだ。


  「アキトさんもお花……買うんだ」


 ルリがアキトの知らない一面を垣間見ていた頃、アキトは店内で目的の物を探していた。
 そこに女性の店員が側に寄って来てビニールの袋を手渡した。


  「はい、テンカワさん」

  「ん? あっ」

  「これでしょう? お探しの物は」

  「ええ、ありがとう」


 笑顔でアキトは礼を言いながら受け取った。
 袋の中を見ると、紅、白、紫、薄いブルーの美しい房状の花がそれぞれ小さな簡易のゴムの鉢に植えられていた。


  「いつもいらしゃった時は買って下さってますから、覚えちゃいました」

  「確かに……これしか買っていませんね」

  「ほんとです。 他にもいっぱいあるのに」

  「これじゃないと、いけなくてね」


 アキトの購入している花の名前はバーベナ・テネラ。
 ニホン地区には明治期に入ってきた花である。
 アキトはレジで代金を払うと店外に出る。
 ブラックサレナまで戻るとルリが顔を出し出迎えた。


  「お待たせ、ルリちゃん。 これ持ってくれるかな」

  「お帰りなさい、それお花ですか?」

  「そうだよ」


 ルリはアキトからビニール袋を受け取ると膝の上に置いた。
 アキトも乗り込み、ブラックサレナを発進させる。
 浮遊感を感じつつ中を覗いて見る。
 小さな花が色とりどりに咲いていた。
 その可憐さにルリの口元に笑みが浮かぶ。
 そして同時に思う。
 一体誰に渡すのであろうかと。
 アキトはそんなルリの心情を知ってか知らずかブラックサレナを西へと向けた。
 眼下に街並みを覗きながら、黒い機体は風のように飛んでいく。
 そのうちに海原が見え始めてきた。
 海岸を背後にして沿うように一件の店が見られた。
 その店には一本の道路だけが繋がっており、敷地は塀で囲まれていて、建物の左右は樹木が茂っている。
 アキトは敷地内の専用の駐車場に静かに着陸させると、先程と同じようにハッチを開けブラックサレナから降りた。


  「ルリちゃん、花を渡して」

  「はい」


 ルリからビニール袋を受け取るとアキトはそれを足下に置いた。
 そして手を差し出して、ルリの手を取り下乗を助ける。
 アキトが足下のビニール袋を拾い上げていると、ルリは辺りを見回した。
 駐車場には他にも自動車やアキトのような個人の小型機が止めてある。


  「行くよ」

  「あっ、はい」


 ルリは先に歩き出したアキトを追と涼やかな風がルリの頬をくすぐった。
 潮の香りがした。
 歩いていくと店の玄関が見える。
 その店構えは玄関まで左右に観賞用の木が植えられており、扉はガラス戸で中が僅かながら見ることが出来た。
 建物自体は三階建てになっており、二階は座敷、三階は事務所となっているようであった。
 その玄関口にはこの店の店名が書かれている。
 日々平穏、それがこの店の名前だった。
 アキトが扉を開けて、店内に入るとテーブルが十脚並べられており、その全てに客が座っていた。


  「満員ですね」

  「まあね」


 その盛況さにルリも驚いている。
 玄関口で立つアキトとルリを認めて、店員の一人が側によって来た。


  「いらっしゃいませ、アキトさん」

  「どうも、サユリさん」


 その店員の名前はテラサキ・サユリ。
 紺色の長髪をポニーテールに結っている。
 服装は上半身は黄色地に黒いラインが詰め襟から腰まで伸びており、襟元から左右の肩に掛けてここも黒色の楕円の模様が入っている。
 下半身はこれも黒いタイトスカートに不透過の黒いタイツを履いていた。
 そしてこの上に白いエプロンを着けている。
 これはこの店の制服でその他の店員もまたこの服装で統一されていた。


  「奥、空いてる?」

  「ええ、空いてますよ。 ご案内します」

  「よろしく」


 サユリはアキトとルリを伴い、奥の扉へと連れて行く。
 日々平穏にもVIPルームのような部屋が用意されていた。
 ここでは常連の他にも商談や会合にも使用されている。
 しかしここの商談は”普通”の商談ではなかった。
 扉から中にはいると、真っ直ぐ通路が延びており左右に二部屋ずつ用意されている。
 その内二つが日本座敷、残り二つがテーブルと椅子が備え付けられていた。
 アキトは日本座敷の方を選んだ。


  「ルリちゃん、先に入って待ってて。 何だったら先に食べてても構わないから」

  「えっ、どこか行かれるんですか?」

  「ちょっと……ね」


 アキトの顔が心なし悲しげに変わった。
 ルリはそれ以上詮索するのを止めた。


  「分かりました、でも待ってますね。 一人で食べてもつまらないですから」

  「すまない。 直ぐ戻ってくるから」

  「はい」

  「じゃあ、サユリさん。 後はよろしく」

  「はい、ごゆっくり」


 アキトは手にビニール袋を持ち通路の奥へと歩いていった。
 サユリは座敷へと案内すると、ルリはそのまま導かれた席に着こうとした。


  「あっ、お待ち下さい。 正座されます? それとも座られます?」

  「えっ?」

  「どちらか選べるようになっておりますので」


 ルリは暫し考えると普通に座れる方を選んだ。
 やはり出身が北欧のせいか、正座というものが苦手なのだ。


  「分かりました。 少々お待ち下さい」


 サユリが出入り口の壁にあるスイッチを押すと、それまで長机の下の畳が下に沈んでいった。
 そして掘り炬燵のようになり、正座せずに座れるようになる。


  「どうぞ、お座り下さい」

  「はい。 へえ、こんな仕掛けがあったんですか」

  「ええ、ここには海外のお客様もいらっしゃいますから」


 ルリが座布団に座ると、サユリが側に置いてある急須で茶を入れルリの前に湯飲み茶碗を置いた。
 湯飲み茶碗を手に取ると一口喉に流し込んだ。
 それを見ながらサユリは備え付けてあるお品書きを開けて長机の上に置いた。
 因みに洋室ではMENUとなっている。
 ルリは様々な料理を見ながらもどこか上の空であった。
 アキトが何処に行ったのか少し気になっているのである。


  「どうかされました?」

  「えっ? いえ、別に……」


 サユリは微笑みながらルリを見つめる。
 ルリは何故か見透かされているような気がしていた。
 そう思いながらもルリは思い切ってサユリに聞いてみようと決めた。


  「あの……」

  「はい?」

  「その……」

  「はい」


 それでも上手く聞けない自分にルリは苛立たしさも感じていた。
 そんなルリに可愛らしさを感じつつ、サユリは助け船を出すことにする。


  「アキトさんが気になります?」

  「はい……って、いえ、その……」


 俯くルリにサユリは優しげにルリを見る。


  「(好い子なんだ)」


 サユリはルリに好感を抱いた。
 ルリの正面に座るとジッとその顔を見つめる。


  「貴方になら……話しても良いかな」

  「えっ」

  「私達とアキトさんとの関わりをね」




 ルリのいる部屋の外の通路を更に進むと再び扉があった。
 その扉を抜けると、店の裏側に出られる。
 大きな庭のようになっており、芝生が広がっていた。
 そしてその端は崖になっていたが、柵などは設置していなかった。
 眼下には海原が広がっている。
 その崖の近くが盛り上がっており、その頂上には墓標が立てられていた。
 アキトはその前にいた。
 墓標の周囲に持ってきたバーベナ・テネラを植え直している。
 これまでに何度も植えてきたのであろう、既に花畑の如く同じ花が咲いている。
 それはまるで墓標を慰めるようでもある。
 アキトが線香に火を付けると周りに煙が静かに流れる。
 手を合わせていると背後に何者かが立っていた。


  「いつもすまないね」

  「いえ、俺がやりたいだけですから」

  「もういいんだよ。 サユリもみんなも……もうあんたを許しているしね」


 アキトが立ち上がると、その横にその人物は進み出て並んだ。
 共に墓標を見ている。
 コックの様相した女性だった。
 名前をホウメイ、この店の女主人である。


  「俺と出会って……彼女のためになったんでしょうか?」

  「なっているよ」


 ホウメイはアキトに即答する。


  「お前さんと出会って、あの娘は十分に幸せだったよ」

  「そうでしょうか?」

  「あたしが保証してやるさね」


 二人は墓標を見つめ続ける。
 潮風が花を、バーベナ・テネラの花を揺らしていた。
 海からの涼風の中、アキトとホウメイは墓標に刻まれた名前を知らず知らず口ずさんでいた。
 そこにはユウガオと刻まれていた。





 アキトがあの悲劇に出会ってから二年が過ぎていた。
 その時以来、ツキオミ・ゲンイチロウを師として木連式格闘術に磨きを掛けている。
 元々、アキトの父もその使い手であったが現在は事故により母共々行方不明であった。
 ここはネルガルSSの訓練所である。
 今、アキトはツキオミと組み打ちの行を修めていた。
 アキトの繰り出す打撃を尽くツキオミはさばいていく。


  「くっ」


 如何なるフェイントを混ぜ合わせてもツキオミには通用しなかった。
 焦りの表情に変わる。


  「このっ!」


 アキトは左右の掌打を散らばせ、腰を折り頭を地面スレスレまで下げながら左脚を軸にして、右脚で回し蹴りを放った。
 右踵がツキオミの右側頭部を襲う。
 しかしツキオミは自らの右手を捻り掌で受け止めると、がら空きのアキトの背中に左の掌打を打ち据えた。


  「ぐはっ!」


 アキトは吹き飛ばされるように地面を転がった。
 身体への衝撃のためか直ぐに動くことが出来ないようだ。


  「まだまだ、甘いな」


 ツキオミがアキトの側に近寄ると、横たわったアキトの身体が駒のように回り、足払いを掛ける。
 しかし、ツキオミはその足払いに片足を上げるだけで躱して、続けてアキトの脇腹を蹴り上げる。


  「はぐっっ!!」


 再びアキトは地面を転がる。


  「甘いと言ったぞ」


 悶絶するアキトを見ながら、ツキオミはその様子を眺め見る人物に気づいた。
 身長は二メートルを超えようかという大柄なスーツ姿の男だった。
 寡黙な表情からはその思案は予想できない。
 ツキオミは倒れたアキトをそのままにしてその見物人の元へと歩み寄る。


  「来ていたのか?」


 呼ばれながらもその男はアキトを見続けている。
 その眼光は鋭い。


  「気になるのか?」


 その視線の先にある者を理解しながら、ツキオミは尋ねる。
 しかし、答えは返ってこなかった。
 ツキオミは苦笑いを浮かべながら、同じようにアキトを見る。


  「なかなか、面白い奴だ」

  「モノになるのか?」

  「これまでの修行は無駄にはなっていない。 そこらの連中には殺られはせんよ」

  「そうか」

  「気に入ったのか? ゴート」


 男の名前はゴート・ホーリー。
 ツキオミと同じくネルガルSSに所属している。
 ゴートはどちらかというと徒手空拳よりも銃器に精通している。
 だがそれは素手の戦いに弱いというわけではない。
 恐らく戦えばツキオミとも五分で勝負できるであろう。
 しかし任務上、素手での戦いはそう多くはない。
 故に銃器の扱いにも心得がなくてはならなかった。


  「死ななければそれで良い」

  「任務か?」

  「ああ」


 ツキオミは薄く笑みを浮かべた。
 冷たさを感じさせる笑みだった。
 ゴートとの違いはこの点にある。
 任務から生きて帰ること、しかし結果的に免れない死を迎えることは致し方ない。
 それがゴート・ホーリーという男。
 死をもってしても任務を遂行させる。
 それがツキオミ・ゲンイチロウという男。
 似て非なる二人の男であった。
 それからしばらくしてゴートの前に回復したアキトがいた。


  「今回の依頼だ」


 ゴートは指令書をアキトに手渡した。
 アキトはそれを受け取ると、素早く読み進める。


  「護衛ですか?」

  「そうだ。 ある組織の取引の護衛をしてくれ、やれるな?」

  「任務でしょ?」


 アキトはゴートを見返した。


  「そうだ」


 ゴートもまたアキトを見返す。


  「詳しいことはそこに書いてある。 期日通りに行動してくれ」

  「分かりました」


 それを最後にゴートは席を立った。
 アキトは自室に戻りもう一度指令書に眼を通した。
 室内にはスタンドランプの灯りだけが光っている。
 内容は取引時の護衛。
 取引商品については無記載だった。
 それだけで通常の商売でないこと察せられる。
 依頼人と落ち合う場所は日々平穏。
 詳しくは現地で直接依頼人から指示を受けること。
 アキトは指令書を机に置き、煙草に火を付けるとベッドに横になった。
 紫煙がユラユラと舞う。
 薄暗い天井をジッと見つめる。


  「……ユリカ」


 今は亡き最愛の女性であったその名前が口から漏れた。
 脳裏に幼い頃からの思い出が次々と思い浮かんでくる。
 笑って、泣いて、怒って、そして喜んで。
 最後は怯えと悲しみで終わっていた。
 アキトは最近思ってしまうことがある。
 出来るのならばユリカの側に行きたいと。
 しかし自殺は出来ない。
 そんなことを一番嫌う女でもあったから。
 アキトは身体を起こし、煙草の火を灰皿で消した。
 そして再びベッドに横になると眼を閉じた。



 二日後、アキトはサセボドックにいた。
 今回はユーチャリスでなくブラックサレナで直接出向くつもりだった。
 既に夕暮れになっていた。


  「アキト、気を付けてな」

  「分かった」


 それだけ言うとアキトはブラックサレナを飛び立たせた。
 ウリバタケはただ見送るだけであった。


  「全く、相変わらず無愛想な奴だ」


 言いながらアキトの生い立ちを考えるとそれも仕方ないかと一人納得していた。
 ブラックサレナを飛ばして西へと向かう。
 指定場所を確認しつつその場所を探す。


  「あそこか」


 アキトはブッラックサレナを建物前の駐車所に着陸させる。
 ハッチを開け、外に出て周りを見る。


  「何だここは?」


 アキトは少し困惑していた。
 私的に危険な取引と思ってきたのだが、ここにはその雰囲気が感じられない。


  「やばめの依頼だと思ったんだがな」


 取り敢えずアキトは日々平穏に向かった。
 左右に植えられた観賞用の木々を通り抜けながら階段を上る。


  「レストランか?」


 訝しげにアキトがガラス扉の前に立つと自動に開かれた。
 中からは人々の声が聞こえる。
 男、女、子供、老人、様々な声色も含まれている。
 アキトの前に一人、進み出てきた。


  「いらっしゃいませ、お一人様ですか?」

  「ユッ……!!」


 そこにはこの店の店員と思しき女が立っていた。
 アキトは驚愕していた。
 そして言葉が出なかった。
 似ていたから。
 失ってしまった女に、あまりに似ていたから。
 その店員はこの店の制服を着て、小首を傾げながらアキトを見ている。


  「あの?」


 呆然と物言わず見つめるアキトに声を掛ける。
 アキトはハッと我に返った。


  「ネルガルから来ました。 ホウメイさんはいらっしゃいますか?」


 アキトの素性を理解すると、その女店員は途端にその表情を変えた。


  「何だ、お客さんじゃないんだ。 笑顔振りまいて損した」


 その言い様にアキトが呆気にとられていると、フフッと笑いながらアキトを見る。


  「まっ、いいか。 こっちに来てよ」


 束ねた長髪をなびかせその女性は空いている席にアキトを誘いそこで待つように言うと、厨房へと消えていった。
 その後ろ姿を眺めつつアキトは席に座ると、店内を見回した。
 店の雰囲気や内装を楽しんでいるのではない。
 不審な人物や怪しい設置物がないか確認しているのである。
 これまでにアキトもネルガルSSの一員として数多くの任務をこなしている。
 恨みを持つ人物もそれなりにいる。
 ゴートからの要請であるから、心配はないと思うが用心に越したことはなかった。
 アキトがそうしていると更に客が入ってきた。
 店内に慌ただしさを増し始める。
 アキトの座る席に先程とは別の店員が近付いてきた。


  「あの、ネルガルの方ですよね」

  「はい」

  「すみませんが、こんな状態ですので閉店後にもう一度お越しいただけませんか?」


 三つ編みのその女店員は申し訳なさそうにアキトに頭を下げた。
 アキトもそう無理を言うつもりもないのでそれを了承して席を立った。
 自分もコックやっていた経験上その忙しさを理解することできるからだ。
 と言ってもアキトもこの辺りで時間を潰す場所を良く知らなかったので、何処か静かな場所がないかその女店員に尋ねた。
 すると店の裏側が海の見える広場になっているのを聞いて、そこでアキトは待つことにした。
 アキトは店内を通り裏手に出るとその景色の見事さに”ほう”と感嘆の声を上げた。
 日の沈み行く光景がその眼に映っている。
 木の幹に腰を下ろし身体を預けるとアキトは波の音を聞きながら眼を閉じた。
 それから何時間か経ってから、アキトの座る所に先程の女店員が近づいてきた。
 日は沈み、夜空には星が見えている。
 月明かりが辺りを照らしていた。


  「もう、いいんですか?」

  「えっ!?」


 アキトは瞼を開けその女店員に顔を向けると驚いた顔をしていた。
 どうやらアキトが眠っていると思っていたようだ。


  「えっ…ええ。 お知らせしに来たんですけど……」

  「わかりました」


 アキトは立ち上がり、その女店員の案内に従った。
 そして再び店内に戻ると既に閉店しており、厨房の灯も落とされていた。
 そこには六人の人間が待っていた。
 全て女性であった。
 そのことは珍しいことであったが、事例が無いわけではない。


  「待たせたね。 私がここの責任者のホウメイだよ」


 コック着を着たままの最も年長の女が自己紹介をした。
 優しげな顔をしているが、その心の強さが感じ取れる。
 修羅場も経験しているのであろうことも察することが出来た。


  「テンカワ・アキトです。 よろしく」


 アキトが頭を下げると、ホウメイはにこやかに笑い出した。


  「はっはっはっ、まっ…そんなに堅くならなくていいさ」


 結構さばけた性格のようだ。
 アキトに席を勧めて座ったのを見ると、ホウメイはテーブルの上にゴトッと何かを置いた。
 目の前のテーブルには一丁の銃が置かれていた。
 アキトは黒く鈍い光を放つその黒い塊を一目見てホウメイに顔を向けた。


  「今度の取引の物だよ」


 ホウメイの眼が鋭くなっていた。


  「それを百丁程納品することになっている」


 死の商人という肩書きがアキトの脳裏によぎった。
 売買する相手は無差別、定額の料金さえ払えば良い。
 その後のことは関知しない。
 それがアキトの非合法の武器商人に対する認識である。
 その一人が目の前にいた。


  「取引については干渉しない、そして私らの指示通りに動いてくれるのが条件だけど、受けてくれるかい?」

  「それが御依頼でしたら、何も申しません。 しかし……」


 ホウメイとその他の者もアキトの言葉の続きを待った。


  「私の主義に反すればその限りではありません」


 アキトの言い様はネルガルSSの一員としては失格である。
 どのような依頼であれ、依頼主に従うのが鉄則である。


  「はっはっはっ、構わないよ。 好きにすればいいさ」


 自分の意見に怒りを買うかと思っていたアキトは驚いていた。
 これまで大体の依頼主は一喝するか、呆れて何も言わず後で交代させられるのが常であった。
 人間が大きいのか、いざとなれば始末しようと考えているのか、それはまだ判断が出来なかった。


  「まっ、取り敢えず自己紹介といこうかね」


 ホウメイがそう言うとその後ろにいた店員達が自己紹介を始める。
 紺色で髪型をポニーテールにしているのがテラサキ・サユリ。
 同じく紺色にボブカットんなのがミズハラ・ジュンコ。
 ブラウンの髪を三つ編みにして、先ほどアキトを迎えに来たのがタナカ・ハルミ。
 同じくブラウンの髪でポニーテールにしているのがウエムラ・エリ。
 また同じくブラウンで変形ロールの髪型をしているのがサトウ・ミカコ。
 アキトはそれぞれの名前と顔を記憶しながら、もう一人ここにいないことに気がついていた。
 この店に来て最初にあった女。
 過去に失った女と同じ顔を持つ女がいなかった。
 アキトがそのことを聞こうとすると、厨房への注文受けのカウンターから声が発せられた。


  「そして私がユウガオ。 よろしく!」


 ユウガオが顔を現すと同時に自らの名前を名乗った。
 ここでの話を厨房で聞いていたようだ。
 笑顔を向けるその顔は今でも容易に思い起こすことの出来る顔であった。
 アキトは暫しその笑顔に眼を奪われていた。
 ユウガオはそんなアキトの顔を見るとニマッと笑みを浮かべた。


  「ん? 何? ひょっとして私に惚れたの?」


 笑いながらユウガオはアキトに片目を閉じた。
 アキトは軽く息を吐いてホウメイに顔を向けた。


  「日時と場所は?」


 アキトは敢えてユウガオを無視した。
 そして心を落ち着けようとする。
 ホウメイはアキトの眼を見ながら口を開いた。


  「明日、午後11時にここに来ておくれ」

  「承知しました」


 聞き終えると直ぐにアキトは席を立ち、ホウメイに一礼をするとわき目も振らずに日々平穏から出て行った。


  「みんな、どう見る?」


 ホウメイの問いかけに六人の女達は思い思いに話し出した。
 ジュンコは仕事をしてくれるなら構わない。
 ハルミとエリは無愛想で怖そう、今ひとつ性根が分からないという感想。
 ミカコに至っては男が一人加わることにワクワクしている様だ。


  「サユリとユウガオは?」


 ホウメイは厨房から顔を出しているユウガオに顔を向けた。


  「ん〜〜とね。 私は構わないんだけど、彼自身が納得してくれるかよね」


 ユウガオは両肘をカウンターに乗せ両手を広げその上に顎を乗せながら答える。


  「この世界色々あるけど、私達のしていることって……ね」


 その言葉にホウメイとユウガオ以外が意味ありげな視線を送りあう。


  「ふむ、サユリは?」


 サユリはユウガオをチラッと見て、一度俯きホウメイを見た。


  「私はどちらかというと反対です」

  「何で?」


 ユウガオがサユリに聞き返した。
 少し複雑な顔をしながらサユリは答える。


  「それは……私達のしていることも知らないようだったし、それにこれまで私達だけでやってきたんじゃないですか! どうして今更……」


 ユウガオはサユリの言い様が分からないでもない。
 ずっとこのメンツでやって来たのだ。
 急に一人それも男を加えることにある種の嫌悪感があるのであろう。
 異物を入れることによる危機感とでも言うべきかも知れない。
 ホウメイはそれ以外のことを感じていた。
 それはサユリ自身も理解しているか分からない。
 嫉妬というものであろうと判断した。
 アキトに対しユウガオが興味を示している事が気に入らないのであろう。
 ユウガオに一番懐いているのがサユリであった。
 それはまるで姉妹の様でもあったからだ。


  「(焼きもちかね? ふふふ……若いってのは好いね)」


 しかし仕事に関してはそうも言っていられない。
 遊びではないのである。
 命に関わることだ。
 特に今回の仕事は危険度が高い、故にネルガルにゴートを通して依頼したのである。
 ゴートとは旧知の間柄でネルガルSSで使用される銃器もホウメイが一手に引き受けていた。
 面白そうな男。
 ホウメイのアキト評である。
 この世界に染まりきっていない。
 冷徹に振舞おうと無理しているようにも思われる。
 過去に何があったかは知らされてはいないが、そうせざるをえない理由があるのであろう。


  「兎に角、今回は彼に頼むよ。 時間も無いことだしね」


 ホウメイの鶴の一声にサユリも従うしかなかった。





 ここまで話してサユリは一旦話をきった。
 ルリは神妙な顔をしている。


  「その時の私はアキトさんに良い印象なかった。 どちらかと言うと嫌いだったかな」


 サユリは手の中の湯飲み茶碗を円を描くように回していた。
 そして上目遣いでルリを見る。


  「だって……何だかお姉さんを取られるような気がしたから」


 少しはにかみながら微笑んだ。
 やはり気恥ずかしいのであろう。


  「でもさすがに今は違うのよ。 あの人のこと……分からないでもないから」


 アキトの過去のことを言っているのであろう。
 ルリもその辺りの事はアキトから聞かされていたし理解もしていた。


  「もっと早くに認めてあげれれば良かったかなって。 あんなことが起こるんだったら……」


 そしてサユリの話はなお続けられた。











つづく








後書き


 ごめんなさい、イジェネクです。
 のっけから謝っています。

 一つはちと遅くなったこと。
 これについてはプロットが決まりきらなくて右往左往してます。
 大まかには決まってるんですが細かなところの修正がどうも……ということです。
 まあ、なんとかします、はい。
 
 もう一つは本文中ちとズルしています。
 お気づきと思いますが過去回想なのに視点があやふやになってしまいました。
 サユリがルリに告白しているのにアキトやユウガオその他キャラの行動どころか心情まで書いてしまっています。
 これは小説としては反則なのですが、こうしないと今回のお話は書けなくなってしまって……。
 アキトとサユリの回想が混ざり合っていると、心苦しいんですがそういうことでご容赦下さい。
 力不足なのを痛感します。


 さて、ユウガオというオリジナルキャラも今回のお話だけの登場です。
 理由としてあまりオリジナルキャラを引っ張りすぎると他のキャラが消えてしまう恐れがあるからです。
 ユウガオの運命……と言ってももう確定ですが、その最後を見届けて上げていただければ幸いです。




次回をお楽しみに。




代理人の感想

・・・この時点では、何を言ってもヤボになりそうなので感想は後編で。

すいません。