あれから2年。
「全て」が終わり、「全て」が始まってから2年。
こいつに出会ったときのことは、今でも覚えている。
機動戦艦ナデシコ −A Hidden Story-
「もう一人の「俺」」
Written by アイリス
「火星の後継者」の手からネルガルに救出されてからしばらくの後、俺は決意した。
俺の手から「全て」を奪ったあいつらに。「全て」を始めさせたあいつらに、
俺の「死んだ理由」、そして「生きる理由」を生み出したあいつらに、復讐することを。
そして、ユリカをあいつらの手から救い出すことを。
それは、俺にしかできないこと。そして今の俺には「それ」しかないのだ。
たとえ、その手段が間違っていようとも。
「それ」のために、俺はアカツキに会い、俺の意思を伝えた。
アカツキはしばらく腕組みをして考えていたが、やがて、
「オーケーオーケー!じゃあ、準備が出来たら連絡するから。」
と、いつもの軽い口調で了承してくれた。
まあ、断りでもしようものなら、力ずくでも「Yes」と言わせようとは思っていたが。
それから2ヶ月後、「それ」のために月臣と訓練をつんでいた俺に、
アカツキからコミュニケが入った。
「テンカワ君、君のご所望のものが用意できたから、サヤマのうちの研究所に来てくれない?」
・・・・・そして、俺は「こいつ」に出会った。
最初にこいつを見たとき、俺は違和感を感じた。
それは、言葉で語ることのできるものではない。
無意識に流れ出す冷や汗。全身が奇妙なくらいに小刻みに震えた。
口から言葉が紡ぎだされることはなく、代わりにうめきとも悲鳴ともつかぬ音が口からは漏れた。
それは・・・・・そう、生理的な「恐怖」。
そして、その次に俺を襲ったのは、こいつに対する絶対的な「嫌悪」。
それほどまでに、凶々しく、強く、忌むべき存在。
こいつは、その姿だけでも、まさしく「死神」そのものだった。
「・・・・・なぜ、こいつなんだ?アカツキ。」
俺は、こいつを俺に引き合わせた食わせ者に質問した。
「あれ、気に入らないかい?いやあ、今の君にはこれがふさわしいかと思ってね。」
「・・・・・ふさわしい、だと?」
「これは、「君」だからさ。」
・・・・・これが、俺?この「死神」が、俺?
俺にはわからなかった。なぜ、こいつが「俺」なんだ?
どう考えても俺は、こいつではない。
俺はアカツキの言った言葉が理解できずに、思考の迷い道に入っていた。
そんな俺の思いがアカツキに伝わるはずもなく、さらにアカツキは続けた。
「君から話を持ちかけられたとき、僕の頭には真っ先にこいつが浮かんだよ。
いや、どうやってもそれ以外は考えつかなかったなあ。」
その言葉を聞いて、ますます俺は思考の迷い道に入ることとなった。
ほかにもこいつの代わりはあるはずだ。
なのに、なぜ、「こいつ以外はいなかった」のだ?
もし、その場に陳腐な文しか書けない三流詩人がいたら、
吐き気のするような甘ったるい口調でこう言ったに違いない。
『それは、「運命」だったのです』と。
しかし、どんなに俺が嫌悪しても、こいつが俺に必要であることは疑いがなかった。
俺はこいつと共に歩むことを決めた。
程なくして、俺とこいつの「戦い」は始まった。
こいつは、よく戦った。
まだ戦いに不慣れだった俺の命を救ってくれたことは、数知れない。
そしてなによりも、無口で、タフだった。
傷ついても、泣き声の一つもあげなかった。
体が強力なGに軋みをあげても、うめき声もあげなかった。
ただ黙々と、己の仕事を遂行し、そして俺の「行動」を、助けてくれた。
数え切れないほど奪った「命」と引き換えに。
いつしか、こいつは俺にはなくてはならない存在となった。
最初に感じた奇妙な感じは、だんだんと感じなくなった。
それどころか、こいつが俺と「同じ」であるかのような、奇妙な親近感まで感じ始めた。
あのとき、アカツキに言われた言葉のように。
今日もこいつは、物言わず、いつもの場所でたたずんでいた。
俺はこいつに近づくと、傍に腰を下ろし、目を閉じ、物思いにふける。
今日、ルリちゃんに会ったせいか、少し感傷的になっているようだ。
久しぶりに会ったルリちゃんは、様々な感情がない交ぜになった表情で、俺を見つめていた。
かつて、家族であった俺との再会に対する「喜び」。
あまりに変わってしまった俺に対する「驚き」。
生きていることを隠していた俺に対する「怒り」。
そして、一緒に暮らしていた頃には決して感じなかった、ほのかな「愛」。
でも、それらの感情の根底に流れているものは、同じ。
俺を、大切に思ってくれているということ。
そんな彼女に、俺は残酷な言葉を、「別離」の言葉を紡いだ。
我ながら、ひどい男だと思った。
でも、あの言葉に偽りはない。あれが、今の俺の本心。
「君の知っているテンカワ・アキトは死んだ」のだ。
もう、昔の「俺」はいない。
自分と家族の明るい未来を夢見て、ユリカやルリちゃんに笑顔を見せ、
ラーメンの技を奮っていた俺は、いない。
ここにいるのは、あの時とは違う、俺。
心と体に漆黒の闇をまとい、無表情に、人殺しの技を奮う俺が、いる。
まるで、こいつ。こいつのような、俺。
ありえないことだが、今の自分を、他人として見ることができたら。感じることができたら。
俺は、「俺」をこいつのように感じるのか?
最初にこいつに会った時に、俺が感じたように。
その答えは、容易に「想像」、いや「確信」できる。
皆が口をそろえて言うだろう、その目と表情を負の感情で満たしながら。
ただ一言、「Yes」であると。
その答えを、悲しいとは思わない。思いたくもない。
なぜなら、それが俺の選んだ道だから。
それしか、俺にはなかったのだから。
今なら、あいつの、アカツキの言った言葉がわかる。
こいつは、今の「俺」。もう一人の「俺」なのだ。
おまえが光を浴びることはない。おまえが安らぎを与えられることもない。
おまえに与えられるのは、「死神」の名と、周りからの果てしない「恐怖」と「嫌悪」。
それでもおまえは、ただひたすらに「死神の舞」を舞い続ける。
暗く、果てのない、この「宇宙(やみ)」を、己が命を燃やし、身を軋ませ、飛びつづける。
その手から放たれる弾丸(たま)は、無限の痛みと、死と、悲しみを生み出し。
その足は、虚空にバーニアの軌跡を描き、命を軽々と踏み潰し。
その目は鮮やかに、紅く、血の色に輝く。
己が傷つくことも厭わず、己が「死ぬ」こともためらわず。
復讐のために。たった一人の女のために。俺の、最後の「生きる意味」のために。
本当の「自分」を鎧で隠して。決して言葉を語ろうとせず。
「・・・・・「俺」か。アカツキ、全くその通りだ。」
自嘲気味に、俺はつぶやく。
その言葉にも、「俺」は答えない。いや、答えられるわけはないが。
でも、それでいい。
今ここで、上辺だけの慰めの言葉をかけられても、俺の心が癒されることはない。
むしろ、悲しみが増すだけだ。
だからこそ、無口な「俺」が、今の俺にはありがたい。
『アキト、「火星の後継者」本部から7機の機動兵器がボソンアウト。
「夜天光」1機、「六連」6機。』
不意に、ラピスからのコミュニケが俺の目の前に展開され、一つの報告がなされた。
その報告は、俺と、「俺」が、聞きたかった言葉。
俺と、「俺」の、最も求めたもの。
『来たか・・・・・。俺の「死んだ理由」、そして「生きる理由」よ!』
「ラピス、出るぞ。それから・・・・・手出は無用だ。」
無表情を装ってそうラピスに告げると、俺は「俺」に乗り込む。
IFSボールに手を置いて、「俺」に念じる。
最初に念じることは、いつも同じこと。
『起動シーケンス、スタート。各部チェック開始。』
暗いコクピットに光が入り、無機質な電子音が狭い部屋に響く。
「俺」はわずかに逡巡すると、答えを俺に伝える。
その答えも、いつも同じ。
『各部チェック終了。システム、オールグリーン。発信準備完了』
目の前に広がったいつもどおりの答えに、俺は心の中でうなずくと、そっと「俺」につぶやく。
「行こうか・・・・・もう一人の「俺」よ。」
俺の愛機。俺そのもの。
その名、ブラックサレナ。
Fine.
〜あとがき(か?)〜
皆様、初めまして。アイリスと申します。
某目薬やガーデニング屋さんとは一切関係はございません(笑)。
実はSSを書くのは初めてですので、とてもお見苦しいと思いますが、細かい点はご容赦くださいませ。
今回、この作品を書くに至った理由は、と言いますと・・・・・。
「単に私がアキトとブラックサレナが好きだから」だけです(笑)。
いや、思いっきり「かっこいい!!」と思いましたよ。
そんな思い(どんな思いだ)が、この作品を生み出しました。
時間としては、映画の最終決戦直前の頃だと思ってください。
かなりアキトの性格が違うような気もしますが、これは私個人の思い込みのためです(笑)。
また、「宇宙」を「やみ」と呼んでいますが、これも私の思い込みのなせる技(?)ですので、
普通こういう読み方はしません。
・・・・・皆わかってるか(^^;)
あと、「サヤマの研究所」という記述もありますが、この設定は、本編にはもちろんありません。
うーん、今回の作品はBen様や皆様のすばらしい作品とはかけ離れた作品になっていますね。
あらゆる意味で。
文才ないなー、俺。しかも暗いし(TT)。
・・・・・次回はもっと明るい作品を書きたいと思います。マジで。
本当は明るい話が好きなんですよー!
こんな駄文(文にもなっていないか)でも、感想をいただけると非常に有難いですm(__)m。
最後に、掲載して下さったBen様と、読んで下さった皆様に限りない感謝を込めまして、
この辺で失礼させていただきます。
それでは・・・・・。
管理人の感想
アイリスさんから初投稿です!!
ブラックサレナですか?
・・・<時〜>では早々と退場をされましたよね(汗)
う〜ん、確かに格好いいし強いんですけど。
Benの作品の中では、ちょっと位置が弱いので(苦笑)
でも、ブラックサレナ=アキトですか。
確かにそう思えるかもしれませんね。
それでは、アイリスさん投稿有難うございました!!
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