「……勝負だ！」
ヘルメットを脱ぎ去り、テンカワ・アキトは前方に佇む深紅の機体・夜天光に最後の戦いを挑む。ブラッ
クサレナのハンドカノンを収納し、拳にディストーションフィールドを収束させる。
「抜き打ちか……笑止」
夜天光の拳を回転させ正眼の構えをとり、ブラックサレナは自然体のままでいる。月臣から教わった木
連式・柔の極意に構えはなく、また二撃目を必要としない一撃必殺の技。
アキトの顔に浮かぶナノマシンの斜線が輝きを増し、両者の間に緊迫した空気が流れ、永遠と思われた静
寂は一つの爆発音によって壊れる。
ドオォォォン
上空で最後の六連が落ちた音を合図に二人は動きだしお互いの一撃を相手に叩き込む。
ドガアァァァ
一瞬早く夜天光の拳がブラックサレナのコクピット部へと突き刺ささり、勝利を確信した北辰は拳を回転
させ、装甲を貫こうとした……
「っぐ！？」
ふいに左目の義眼に痛みがはしり、一瞬だけ動きが止まる。それはほんのわずかな硬直だが、その一瞬を
アキトは見逃さず、フィールドを纏った拳を夜天光のコクピットへ放つ。
「ごふっ。こんな時に奴から受けた傷が……あの時試験体を追わず、傷を受けなければ我の勝利であったか」
北辰は自嘲気味に笑いながら言葉を紡ぐ。
「いや……そんなことは関係ないか。復讐人よ……見事、だ」
北辰のセリフを残し、夜天光は崩れ落ちると同時にブラックサレナの装甲も崩れ落ち、中から姿を見せた
のは、かつてのアキトの愛機のピンク色のエステバリスだ。
「はあはあ……」
『敵機に生命反応なし』その文字ウインドウを見て、アキトは全ての力を抜いた。復讐は終わりを告げたが
、その実感もなく胸に去来するのは罪なき人々を殺してしまった自責の念。
最後の気がかりだったユリカの姿──ナデシコクルーによって助け出された──を見てこの場から立ち去
ろうとする。
（ここはもう俺の居場所じゃない……）
今まで自分の復讐に付き合わせた少女に通信を開き、これからのことを伝える。
「ラピス。ブラックサレナを回収後、ジャンプに入る。壊れた装甲と夜天光の回収も忘れないでくれ」
「わかった。早く帰ってきてね……アキト」
リンクで繋がっているラピスには、アキトの心が、その感情が少しだけわかる。今までの憎悪といった負
の感情ではない、まるで空っぽのようなアキトの心に不安を覚える。
「ああ、わかっている。早く……火星から、ここから離れよう……」
そしてブラックサレナと夜天光を回収したユーチャリスはボソンの輝きを纏った後、何処かへとジャンプ
した。
ボソンジャンプをして消え去ったユーチャリスを、かつてのナデシコクルーが見上げる。誰もが沈痛な面
持ちでユーチャリスが消えた空を、その船にいるかつての戦友を想う。
「大丈夫ですよ……あの人は必ず帰ってきます。それに、帰ってこなかったら追いかけるまでです」
沈黙を破るかのように一人の少女が声があたりに響く。
「ルリルリ」
心配した表情をする女性を見て、ルリルリと呼ばれた少女は笑顔を向けて答える。誰の目からみても、綺
麗な笑顔だ。
「だってあの人は、大切な人だから！」
機動戦艦ナデシコ ANOTHER MISSION
プシュッ！
空気の抜けたような音がした後に自室のドアが開き、中に入ったアキトは言葉を失った。ラピスもどう言
っていいのかわからないようで、部屋とアキトを交互に見ている。
「お帰りなさい。ささやかながらパーティーを開かせて貰いました。しかし、この部屋は本当に人間の住む
部屋ですか？
必要最低限のものしかありませんでしたし」
そこには、かつて北辰に追われていた青年がいた。いたのはいいが、何時のまにか部屋を模様替えまでし
ている。
「かなり失礼な事を言われた気がするが……いや、それはいいとしてもだ。一体これはどういう事だ！？な
んで俺の部屋がこんなになってる！？」
部屋の中はキラキラの装飾だからけで、『お疲れ様』とか『おめでとう』と書かれたモノが沢山つけられ
ている。
部屋の模様替えをした張本人は何処から持ってきたのかテーブルを中央に置き、お茶を飲んでいたりする
様子は、まるで自分の家で寛いでいる様だ。
「私だってこんなことをするつもりはありませんでしたよ。ですが、あまりにも殺風景な情景に眩暈を覚え
ましてね。これは部屋の模様替えをしなければいけないと思った訳ですよ」
「だからって、人の留守中に勝手に模様替えをするなよ……」
アキトにはどうすればそんな結論に辿りつくのかわからなかったが、青年の考えることは今まで度も理解
できた試しがないので深く追求するのをやめる。
「私もお茶欲しい……」
「どうぞラピスさん。このお茶は私のおすすめの一品ですよ」
ラピスがお茶を飲んでいるのを見て、アキトは何も言わずに黙って椅子に座る。その表情は何かを諦めた
ようにも見える。
「ワインを飲みませんか？
百年前のもので、かなり極上の物ですよ」
「……俺の味覚がないのは知っているだろ？
俺に飲ませることは、ドブに捨てるのと同じ様なものだ」
「雰囲気の問題です……というかもう開けちゃいましたよ。ささ、飲みましょう？」
苦笑を浮かべつつもその表情は穏やかな顔だった。アキトは気がつかなかったが、顔にはナノマシンが浮
かび上がっている。
感情の高ぶりにより浮かび上がるナノマシンの斜線、今アキトの心に浮かぶものは憎悪といった負の感情
ではないことは確かだ。
そんなやりとりをラピスは楽しそうに見つめる。普段のアキトからは伝わってこない暖かな感情と、自分
が今までに味わったことのない新鮮な一時。
それらをもたらしてくれるこの青年が来る時を、楽しみにしている自分がいることをラピスは自覚してい
る。何時までもこんな日々が続けばいいと思ったこともある。
『家族』……ラピスが今までに持ち得なかったもの。それが今、ここにあった。ささやかだが、楽しく、明
日への希望がある毎日。お茶を飲みながら、その様子を見つめる。
「ラピスさん。そんな所で寝ると風邪を引きますよ？」
返事はない。どうやら、本格的に眠ってしまったようだ。
「もうこんな時間か……今日は今までで一番疲れただろうからな。もっと早くに休ませるべきだったな」
ラピスに自身が羽織っていたマントを被せ、毛布代わりにする。そんなラピスをアキトは沈痛な面持ちで
見る。自分の復讐の為に、こんな幼い子を戦いに駆り立てたことに対する罪悪感。
「それで、これからどうするのですか？」
暫くその様子を見ていた青年が声をかけると、アキトは視線を青年に戻し簡潔に答えを言う。
「消える」
「はあ……そう言うと思いましたよ。君が決めたことですから何も言いませんが、ラピスさんのことはどう
するのです？ ちなみに私は引き取りませんよ」
「む……」
「もう少し彼女のことを考えてあげるべきです」
アキトは顔を俯け、ラピスの幸せについて考えた。しかし、どんなに考えても自分がラピスにしてあげれ
ることは一つもない。むしろ、不幸にしてしまうのではないか……
そんなアキトの様子を青年はじっと見つめ、考え込んでいくアキトを見てアドバイスを告げる。
「そこまで深く考える必要はありませんよ。彼女と一緒にいてあげればいいんですよ。復讐に巻き込んだこ
とを後悔しているのなら、残りの人生を彼女に捧げてもかまわないでしょう？」
こういったことに鈍感なアキトには、回りくどい言い方をしないで直球で話すほうが効果がある。何より
、アキトにはラピスを邪険に扱うことはできなかった。
「そうだな……それも悪くないかもな」
暫く考えた後、アキトがそう口にしたのを聞くと、青年の顔に微笑みが浮かぶ。
「さて、懸念も払えたことですし、ここいらで帰らせてもらいますね」
「お前はこれからどうするんだ？」
帰ろうとした青年に声をかける。復讐が終わり、他の事を考える余裕ができた今になって、自分が青年に
色々と助けられたことに気づいた。
先刻もラピスも含めて自分の事を心配してくれている。この部屋の飾りのことも、自分を励ます為に
してくれたことだろう。
「そうですね。これから連合宇宙軍に入隊しようと思います」
「連合宇宙軍に？
なんで今頃になってなんだ？」
アキトには青年の考えていることは今ひとつわからない。何も考えていないようで、その行動は全て計算
されつくしているようにも見える。
「まあ、私が表舞台で動いても怪しくないように……ですよ。『いつ』かはわかりませんが、『必ず』火星
の後継者は動きだします。近い未来に……ね」
「……そうか」
「そういうことですから、暫くは会えなくなっちゃいますね。たまにはメールを送ってくださいよ」
そう言った後、青年は目を閉じて目的地のイメージリングを始める。
「シオン」
アキトは青年の名前を呼ぶ。
「ありがとう」
その言葉を聞いてシオンと呼ばれた青年は微笑む。
「私も命を助けてもらいましたからおあいこです。ああ、それと君の心配をしているのは私だけではありま
せんよ」
「？ どういうことだ？」
その言葉の意味を聞く前にシオンは何処かへとジャンプしていった。最後の言葉が気になり、少し考えた
がやはりわからなかった。
ラピスをベットへ運ぼうとした時、ふとした異変を感じ取った。何かが恐ろしい勢いでこちらに向かって
きている。思わず腰にある銃を手にとり、ドアへと照準を合わせる。
プシュッ！
「アキト君！！」
ドアが開く音とともに、大音量で自分の名前が呼ばれる。その大きな声をだした人物を見て銃を腰に戻す
。エリナが怖い顔をしてこちらを凝視しているのが見え、その後ろには、息をきらせているアカツキの姿も
ある。
「ちょっと！？
この部屋からでたボソン反応は一体なによ！？」
胸倉を掴みながら前後へと揺さぶるエリナをどうにか落ち着かせ、事情を説明する。シオンのことは、自
分とラピス以外には知っている人はいなかったりする。
「いや実はだな、消えようと思って何処か遠くへジャンプしようとしたんだが、途中で思い直してやめてだな」
「当たり前よ！ 一体何を考えているのよ！？
ラピスのことや、その他のことを全部捨てて何処に行く気だ
ったの！？」
「まあまあエリナ君。こうしてテンカワ君がここにいる訳だし、結果オーライということでいいじゃないか」
息を落ち着かせたアカツキが、普段のようか軽口でエリナを宥める様子を見て、アキトはさっきシオンが
言った言葉の意味を知った。
罪に汚れた自分でも心配してくれる人がいることはうれしかった。そして、その事に気づかせてくれたシ
オンに、もう一度心の中でお礼の言葉を言う。
（ありがとう、シオン）
人の数だけ想いがあり、人の数だけ出会いと別れがある。彼等の物語は、まだまだ続く。
あとがき
はじめまして。ジルという作者です。
以前からここのサイトの投稿小説や、Benさんの『時ナデ』を見ていたのですが、ふと自分も小説を書いて
みたいと思い今回投稿させたもらいました。
まだまだ拙い文と思いますが、よろしくお願いいたします。
代理人の感想
えーと、オリキャラ主人公の劇場版アフター・・・でいいのかな？
文章は悪くないと思いますが、構成がいまいちビミョーな。