北斗がこの地にやって来てからそれなりの時が過ぎた。
現在彼女はルリと名乗ったラピスと瓜二つの女性の警護役となっている。通常ならば出自も明らかでない女傭兵(と思われている)が大国の姫の傍にいるなど反感の対象となるのは間違いないのだが…現在の所表立ってのそうした意見は出ていなかった。

一つには王と姫双方が彼女を信頼していた事がある。
特に王は酷く可愛がっている娘の危機を救ってくれた彼女に並々ならぬ感謝を示し、初めて会った時は北斗ですら把握出来ない程の早さで…気付いたら彼女の両手は握られて感謝の言葉と共に上下に振られていた。

二つ目は彼女自身の腕にある。
中には彼女の腕を認めず、勝負を挑んだ者もいたのだが…全員が全員、しばらく寝込む羽目に陥った。もちろん、これでも彼女は十分に手加減している。
それを馬鹿な連中が思い知ったのは…裏から陰湿な手で彼女を陥れようとし、嫌がらせを繰り返していたある貴族を屋敷ごと粉砕した一件にある。
幸い、この貴族の崩壊した屋敷から敵対国であるクリムゾン帝国に繋がる証拠が発見された為、北斗が罰せられる事はなかったが、この時正面から堂々と乗り込んだ彼女の姿に関して『彼女の全身を朱金の炎が包んでいた』とする目撃情報があったが、一つだけ動かしようのない厳然たる事実は妨害しようと立ちはだかった警護の者全員に二度と彼女の前に立ちはだかろうなどという気を起こさせない程の悪夢を叩き込んだ上、屋敷を完膚なきまでに破壊した。
……この作業に要した時間は30分弱。何分にも貴族街であった為、多数の騎士・貴族が唖然として見つめる中それは行われた。
……以後、北斗に喧嘩を売ろうなどという馬鹿げた考えを持ったり、裏から手を回すといった陰湿な手を企てた者はいない。
まあ、稽古をつけてもらおうという者や…崇拝と言ってもいい程のファンは増加したのだが…。

彼女には未だ剣がなかった。
最初の頃は何故彼女が素手のままなのか疑問に感じる者もいたが、この頃には全員がそれを理解していた。
…早い話、剣がもたないのだ。
本気になれば一撃で巨岩をも粉砕する彼女の一撃での攻撃に、普通の剣では耐えられないのである。

例えば、中世で使われていた普通の剣というのはたかだか500〜600グラム程度の重量しかない。
金属製でそれなのだ。これは西洋だけでなく、東洋の刀も同じで数人も斬れば普通の刀は刃こぼれを起こし、脂で斬れなくなってしまうのである。それだけ武器とは繊細なものであり、戦場で鈍器が多用されていた理由もそこにある。
いずれにせよ、一つだけはっきりしているのは、現在未だ北斗には本当の意味での愛剣がない、という事であった。

『異界の果てで…』
第二章 出会い

「成る程な」
北斗はそう呟いて本を閉じた。
正直、ミミズがのたくったようにしか見えない文字で木連や地球の標準的な文字とは明らか違うのだが、何故か意味は分かる。とりあえずはそれで十分だった。

これまで北斗が集めた情報では、この大地には大きく分けて四つの大国と多数の小国があるらしい。
一つは現在北斗がいるミスマル連合王国。
二つ目は大陸最大最強を誇る大国、クリムゾン帝国。
三つ目はクリムゾン帝国と真っ向から張り合うウォルグラス王国。
そして四つ目がミスマル連合王国と同盟を結ぶシング共和国。
勢力的にはクリムゾンが最大で、ウォルグラスがそれに次ぐ。しかし、ミスマルとシングが連合するとクリムゾンすら単体では上回るというバランスであり、現在は周囲の小国を取り込みつつ、互いに相手の動きを伺っているという状態であった。

だが、正直北斗にとってはそのような事はどうでも良かった。
この国の王達は割りと気に入っているし、知った顔に良く似ているので、助けてやるか、位には思っていたが、現在北斗にとってはそれ以上に重要な、そしてある意味最も衝撃な現実があった。それは……。
「枝織、アキト……何故お前達がいない」
自らの内にいてようやく和解した最も互いを知る者、枝織。自らの力を真っ向から受け止める事が出来る唯一の相手、アキト。
今、北斗の傍に二人はいなかった。そう……枝織の人格は北斗の内から消えていた。……あたかも最初から存在しなかったかのように。

そんな北斗の周囲に常にいたのが四陣である。
彼らはブローディアのディアやブロスのように会話は出来ない。だが、北斗にしてみれば知った存在が傍にいる、という事こそが彼女の心を支えていた。北斗は……身体は強くとも、心はまだ弱かった。

「おお、北斗殿!矢張りこちらでしたな」
深い思考の中に入り込んでいた北斗が我に返ったのはかけられた声であった。最近の北斗は暇さえあれば図書館に入り浸っているので探すのにはそう苦労しない。そして彼女に声を掛けてきたのは王国騎士団親衛師団長プロスペクターであった。
この親衛師団長というのは部隊規模においては小さいが、近衛部隊より更に王の近時に控える最強師団である。その中には裏の任務を遂行するものも多数混じっているという噂であり、北斗自身もそれはおそらく真実だろう、と感じていた。
そもそも、師団長自身からしてそういう仕事に関わっていたとしか感じられない印象があるのだ。……普通の人間ではまず気付かないだろうが、自身の内には枝織という最高の裏の存在がいた……その彼女には及ばずとも同じような気配があったのだ。そう、笑顔のまま相手の喉をかき切れるような……。

「……何だ?」
「いえ、実はですな。この度神殿の宝物庫に寄るので、北斗殿も行かれてはいかがかと思いましてな」
ここで言う神殿とは決して我々の世界のような精神的なシンボルだけの存在ではない。魔法が存在するこの世界では神殿の神聖魔法は医者がまだまだ未発達の世界では非常に重要な治療法なのだ。
もっとも、北斗の見る所、あまりに便利なその存在故に、医学自体の発達が遅れているようであったが。便利すぎる道具は発展を阻害するのだ。

「……別にいい。宝物を愛でる趣味はないからな」
あっさりと答えた北斗であったが、プロスペクターは笑顔を崩さぬまま続けた。この態度が北斗の普通なのだという事位は把握している。
「まあまあ、あそこには色々な魔法の武器もしまってありますからね。何かいい物があるのではないかと思うのですよ」
・・・そう言われるといかざるをえまい。矢張り武器が何もないというのは北斗にとっても苛立つ話だったのだ。

宝物庫。
そこは儀式に使用する伝統ある品から様々な魔法の品、更に一部には封印を兼ねた物まで存在している。
だが、今回は生憎それらとはちと事情が異なる。
「……何だ、これは」
北斗の目の前にあるのは……卵。そうとしか言いようのない代物だった。
「いやいや、これは厳しい。ですが、これこそ伝家の宝刀、大陸でも五指に入る伝説の剣、聖剣ファーエルなのですよ!」
そう言われて、改めて北斗は見直してみた。
……卵だ。装飾は確かに立派なものが施されているが、どう見ても卵だ。
「……帰る」
180度向きを変えた北斗の手を慌てて抑えながら、プロスペクターは説明した。
「いやあ、確かに見た目は卵そのものですが、これはいわば孵化する前の状態でして」
「孵化?」
「はい……『真の主が現れし時、聖剣はその真の姿を現し、大いなる力となるであろう』……とまあ、このように言われておりまして」
抑揚をつけたプロスペクターの言葉に、しかし北斗は非常に冷静な視線で自分と剣(と呼ばれている卵)を見やっていた。
(聖剣、か……自分にこれ程ふさわしくない相手はそうはいないだろうな)
今まで、北斗の人生は戦いであった。
アキトと零夜という二人がいなければ、どうなっていたかは分からない。或いはただの獣と化していただろうか。そんな自分に『聖なる』剣を持つ資格など……。
『否、それは違う』
北斗の脳裏に声が響いたのはそんな時だった。
「!誰だ!?」
思わず声を上げる北斗をプロスペクターがびっくりした目で見やる。
「ど、どうかされましたか?」
「……いや、空耳らしい」
どうやらプロスペクターには聞こえなかったらしい。一つ頭を振って、先程の声を振り払おうとしたが、生憎声の主はそうはさせてくれなかった。
『否、空耳には非ず』
『……誰だ?』
この声が自分の頭の中にだけ響いているようだ、と気付き、北斗も頭の中でだけ考えてみる。案の定答えが返って来た。
『我は剣。汝らがファーエルと呼びし、剣なり』
『……何だと?』
つい、と北斗は視線を卵に向けた。

『……お前だと言うのか。それにさっきの言葉はどういう意味だ』
『汝は自らが持つに値せぬと称した、だがそれは違う』
『……どこが違うというのだ』
ちょっと苛立つ北斗。だが、聖剣は構わず言葉を続けた。
『誰かを傷つけず生きていられるものなどこの世には存在せぬからだ』
『……………』
『自分は怪我などさせていない。そう思っている者でも生きる為に動物を殺し、植物を殺す。或いは言葉で傷つけ、見て見ぬ振りをして心を傷つける。自覚せずとも生きる以上傷つけず存在するものはなし』
そう……聖剣は物に意識の宿った奇跡の産物。彼からは大地も大気も植物も動物も人も……すべからく生きているのだ。
『されど自覚するものは少なし。自覚なき者に我を持つ資格なし』
聖剣の主たる資格。
それは自らが誰かを傷つけて生きている事を自覚する者。そして振るうにふさわしい力を持つ者。
片方だけならばそれなりの数がいるかもしれない。
だが、双方を兼ね備えている者の数は案外と少ない。……優しい心を持つ者はなかなか戦場では生き延びられず、或いは戦場の狂気に染まり、強い力を持つ者はそれを誇り、自らが殺した生きる者に敬意を払う者は少ない。そのような人間は大抵神経症となって戦場にそう長くはいられないからだ。
『我を取れ。汝は我を持つにふさわしき者』
……黙って北斗はしばらく立っていたが、やがておずおずと手を伸ばした。

プロスペクターが目を離したのは少しの間であった。
どうやら北斗も駄目だったか、と残念に思いつつ、とりあえず今回ここに来た本当の目的である今度の儀礼に必要な宝物を取る為に少し北斗から目を離したのだ。
背中から放たれた光に気付いて慌てて目を戻した時……そこには一振りの鞘に入った剣をかざす北斗の姿があった。その鞘の形状と卵の喪失は、すなわち……。
「ほ、北斗さん……それはまさか」
信じられないものを見る目でプロスペクターが呟く。その呟きに答え、北斗が頷いた。
「ああ……これが聖剣ファーエルだ」


『後書き』
さて、気付いた人も既にいるであろう種明かし
ウォルグラス王国
ウォールとグラス
壁と草
ひっくり返してくっつけて草壁
以上!
あーあと、途中で出てきた貴族の館を潰すシーンに関してはその内外伝書きますw……読みたいって人がいれば

 

 

 

代理人の感想

ブリヂストンかよっ!(核爆)

 

ブリヂストン(Bridge-Stone)の創業者は「石橋」さんとゆーひとで社名はこの方のお名前のもじりです。これ本当。

 

内容についてはまぁ短くも完結してますから言うこともないんですが、文章がこなれてないと感じました。

例えば北斗の殴りこみの描写で「なかったが」「あったが」と被る表現が連続してる上に

「一つだけ確かなことは〜叩き込んだ」と主語と述語がバラバラになっています。

推敲していてこう言った点に気づかないのであれば、音読することをお勧めします。