新聞を見てから忠夫が変になった。最初にこのことを千沙に知らせたとき、


「横島さんが変だってことは、いつもと同じってことよね?」


 って言って取り合ってくれなかった。


 よくわからないけど、その変と今の変は違うと思う。次の日になったらそのことを聞いた舞歌が様子を見に来た。・・・そこからが大騒ぎだった。


 いろんな人がひっきり無しにやってきては、忠夫に何か話し掛け、沈んだ顔で出て行く。忠夫は微動だにしない。


 ・・・・・・忠夫は今もどこかうつろな目で虚空を見詰めるだけ。わたしは、何も出来ない・・・


 わたしは、あの思い出すのも嫌なあそこから連れ出してくれた、大好きな兄の忠夫に何もしてあげられない・・・どうすればいいか、わからない・・・・・・


 わたしはただ、忠夫の隣で座り込むだけだった・・・・・・








GS横島 ナデシコ大作戦!!





第十五話「粉砕」





「・・・やっぱり駄目だった」


「飛厘でも駄目だったか・・・あれから5日も経ったのに」


 食堂で零夜以外の隊員が深刻そうな顔をして座っている。言うまでも無く、横島が原因だ。


「やっぱり撫子(ナデシコ)は跳躍に失敗したってことですよね・・・」


「ええ。私たちが見た時にはまともに前進することすら困難な感じでしたから・・・時空歪曲場が完全に作動していなかった、って考えるのが自然なんですけど・・・」


「あれっきり横島さんは「自分が時空跳躍門に入るように仕向けたからだ」って引きこもっちゃったし」


「モモも一緒に引きこもっちゃったし」


 皆が溜息をつく中、万葉は腕を組み、なにやら難しい顔をしていた。


「・・・・・・しかし、解せん」


「なにが?」


「横島の態度だ。私には親しいものをなくしたことは無いし、あったかもしれないが憶えていない。だからその悲しみの程は私にはわからない。だがあの様子はちょっと違うような気がする」


「あんまり悲しんでるようには見えないってこと?」


「逆だ。怒るわけでもなく、悲嘆に暮れるわけでもなく、私達に当り散らすわけでもない。そういったものなど問題にならない程の・・・そう、茫然自失をも超えた感じか。別に軟弱者呼ばわりする気など無いが、何か、な」


「よっぽど撫子のことが大事だったんでしょうか・・・。よく考えてみれば、横島さんの話って、地球のことよりもほとんど撫子のことでしたよね・・・もしかして大事な人でも乗っていたのかも・・・」


「・・・・・・さぁな」


 場の雰囲気は更に重くなる。横島が何も語らない以上、すべて憶測でしかない。そこに、モモがやって来た。


「あ、モモ。どうしたの?」


「忠夫、食べ物どころか水も飲んでない。だから食べ物を探しに来た。食べてくれるか解らないけど・・・」


 僅かに顔に不安げな色を見せる。もともと表情に乏しいこの少女、僅かにでも表情を曇らせたのなら、とても心配しているということである。


(・・・モモにまでこんなに心配させて!ホントに何やってるのよ横島君・・・)


「そういえばもう9時ですね・・・」


「あ、そういえばモモちゃん。横島さんが何であんなに落ち込んでるか、そばにいて何か気づいたことないかな?」


「・・・・・・・・・忠夫、よく聞き取れない呟き以外はほとんど何も喋らない。けど・・・・・・」


「けど?」


「けど、一回だけ聞き取れた言葉があった。「俺は、また守れなかったのか・・・」って」


「“また”?以前にも横島さんに何かあったんでしょうか・・・」


「なるほど・・・少なくとも二回目ということか。あいつの心に大きな影響を与えた出来事は」


「それに、以前横島さんがこういってましたよね。「地球には帰る家が無い」とかそういう意味の事。ということは、横島さんって、自分の数少ない居場所まで無くしてしまったってことかも・・・」


 しーーーーーーーーーーん。


「はぁ・・・なんてこと。北辰はこのことを言っていたのね・・・」


「舞歌様。奴が何か?」


「昨日ね、突然私のところに来て言ったのよ。えーと、横島は自分からここに残りたいと言い出すかも知れんぞ。とか何とか」


「まさか!?では北辰が撫子を!?」


「いくらなんでもそれは無いわね。あのセリフはあいつが新聞記事を渡してからだし。

 解らないのは、横島君を地球人と知った上で、木星にとどめて何をしたいのか・・・ってことね」


 ふたたび解らないことが増えて眉間にしわを寄せる一行。そこに、零夜が息を切らせて駆けこんでくる。


「ま、舞歌様!!」


「零夜?」


「北ちゃん、北ちゃんが、横島さんの部屋に乗り込んじゃいました!喝を入れてやるとか言って・・・」


「・・・・・・・・・・・え?」





 ――――――――――





 横島&モモの部屋。


「・・・何だそのザマは」


 ノックもせずに部屋に侵入した北斗の、第一声がそれだった。

 部屋の主の横島は何の反応も返さない。


「・・・」


「撫子とやらがお前にとってなんだったかは知らん。だがいい加減にしたらどうだ。お前はそんなに弱い男ではないだろう」


「・・・」


「おい・・・!俺とまともにやり合える男がだな・・・!あー、なんていうかだな・・・」


 もともと口下手気味な北斗。なかなか口が回らない。次第にイライラしてきた。


「・・・」


「フン。こんなフヌケに頼らざるをえなかった撫子とやら・・・とんだフヌケ揃いだったようだ。よく火星まで行けたものだな」


 イライラが高じて心にも無いことを口に出してしまう。だがこれが功を奏したわけで。


「・・・お前にみんなの何が解るって言うんだ」


「解るわけ無いだろう。だが今のお前を見たら自ずとわかろう物だ。フン、俺も見る目が無かったか」


「っ!!」


 思わず北斗を鋭い目で睨みつけてしまう。


「やっとやる気になったか。ここの所暴れてなくて欲求不満だからな。責任を取ってもらうぞ?
お前が来るまでは二、三日暴れないだけで体が疼いてくるなんて事は無かったんだからな!」


 言う人が言う人だけにものすごく微妙なセリフである。


「そんなことはどうでもいい・・・取り消せよ」


「おれを満足させたらな!」


 言葉とともに横島を壁に叩きつける北斗。だがそれとともに体が動かなくなる。何とか目線を下にやると、


『縛』


(ちっ!親父に使ったやつか!)


 横島は体が固定された北斗にゆっくりと近づく。


「・・・なぁ北斗・・・文珠を使えば今のお前を殺すことは勿論、記憶や感情を消す事だって簡単だ・・・だけどそんなことはしたくない・・・だから取り消してくれないか・・・」


 そこまで言ったとき、舞歌とモモと優華部隊が横島の部屋にやってきた。全員は入りきれないので入ったのは舞歌とモモだけだが。


「横島君!?何を!」


「・・・」


「・・・く・・・・・・な・め・る・な・・・・・・!親父が・・・破れなかった・・・だけでッ!!」


 なんと文珠の拘束を引きちぎる。


「!?」


 横島はとっさに次の文珠を手のひらにだす。


「遅いぞっ!!」


 だが念を込める隙も与えない。腹部に拳を叩き込む。


「ぐ・・・!」


「忠夫!?」


 モモが悲鳴を上げる。そんな声にも頓着せず、横島の胸倉を掴み上げる。


「どうした!?そんな物ではないだろう!盾はどうした!?霊波刀はどうした!?目眩ましは!?戦略的撤退は!?・・・・・・・・・おい、何とか言ったらどうだ!!」


「・・・」


「くそ・・・!俺が高揚できるようなヤツはお前だけなんだぞ!!俺に火をつけておいて逃げるのか!?俺はまだ強くなるんだぞ!?」


「ちょ・・・北斗殿!?」


 舞歌の言葉も届かない。北斗自身、もう何を言っているのか解っていないようだ。


「っく・・・!!何だその撫子とやらは・・・・・・忠夫!もう存在しないものを夢想してどうする!?俺を見ろ!!・・・今は俺だけを!!」


(北ちゃん・・・泣いてる・・・?)


 零夜は思った。涙は出ていないが、今の北斗は泣いている。と、奇妙な確信をもって感じられた。


「・・・俺が弱いだけだ・・・ナデシコは関係ない・・・」


 横島は小さい声で反論する。


「・・・・・・・・・!!」


 胸倉を掴んでいた手を振り払う。横島はまた壁にぶつかった。


「貴様には失望した・・・俺も舞歌も目が節穴だったようだ・・・!」


 そのまま入り口の優華部隊を押しのけ、走り去ってしまった。


「北ちゃん!?」


 零夜もそれを追う。


「・・・」


「横島君・・・・・・」


 舞歌のその言葉以外に何も言葉が発せられない。重苦しい、居心地の悪い空気が部屋を満たす。

 そんななか、横島が口を開いた。


「・・・舞歌さん・・・すんませんでした・・・明日から仕事に戻ります。いつまでもこのままってわけにはいかないっスから・・・」


「・・・大丈夫なの?」


「はい。大丈夫です。それに・・・」


 ちらりとモモに目をやる。


「育ち盛りに断食なんかさせたら、可哀想っスからね・・・。北斗にも謝らんと」


「忠夫!!」


 横島の胸にモモが飛び込む。


「そう・・・安心したわ」


 張り詰めた空気が緩む。これでもとどうりになる・・・とみんな思ったが・・・





 ――――――――――





 食堂。


「う〜〜〜ん・・・」


「あ、またっスか?」


「ええ・・・残念だけどね」


 何のことかというと、横島の料理を食べた舞歌の感想である。あれから約一ヶ月になり、見た感じは以前の横島とあまり変わらない様に見える。だが行動の節々は以前と違う所がちらほらと見える。料理の味が微妙に変わったのもその一つである。


「不味いわけでは決して無いんだけど・・・」


「・・・何かひと味足りないっていう感じなんスよね?散々言われてきたことっスよ」


「うん・・・料理のこともそうだけど、霊氣も出せなくなったのよね?」


「俺のは煩悩が源っスからね・・・」


 正確にはスケベな事を考えたり感じたりすることが極端に少なくなったためである。サイキックソーサーと栄光の手は勿論、文珠はあらかじめ出しておいた六個があるが、あれ以来一個も出せなくなっている。毎日の悪夢もあるというのに、横島のコンディションは下がる一方である。


「でも、このままじゃほんとに困るわね。部隊の士気にも関わる・・・実際、最近みんなの雰囲気も暗くなりかけてるし」


 舞歌はこんな言い方をしたくは無かった。だが、舞歌は人の上に立つ身。部下の状態を良く保つのは義務であり、一人のために他全員の状態が悪くなるなどもってのほかである。「皆は一人のために」というのは、三銃士や学生やアマチュアには通じてもプロフェッショナルには通じない。そして舞歌はプロである。


「すんません・・・」


(何とかしないとねぇ・・・)





 さらに一ヶ月。訓練場。


 横島と月臣が向き合っている。いわゆる組み手というヤツだ。横島は九十九らと出会ってから、舞歌の要望で木連式柔を月臣から習っていたのだ。成果はあまり芳しくないようだが。


「ッ!!」


 横島が突進する。


「ふっ!」


 だが月臣は横島以上の速さで踏み込み、突きを放とうとする横島に肉薄、そのまま拳が鳩尾にめり込んだ。


「・・・!!ッゲホッ!ぐ・・・」


 勿論横島に耐え切れるはずも無く、苦しげに咳き込む。


「どうした横島君。正面から突っ込んでくる上にまともに攻撃を喰らうとは・・・って」


 気絶していた。


「おいおい元一朗。ちょっとぐらい手加減したらどうだ?」


「そうよ。調子悪いって言ったでしょう」


「俺が悪いのか・・・?

 いやいや、調子がどうこう言う前に、戦い方からして彼らしくない。彼はいつも自分で言ってるぞ、「明らかに戦力に差があるのに正面から戦うのはバカだ。戦力差を補うためにアタマがある」って。自分で自分のやり方を否定しているではないか。いつもなら正面から突っ込んでくる時もそれなりに考えてるし・・・破れかぶれの時は別だが」


「まぁ、そうだな」


 源八郎が重々しく頷く。


「大体最近動きに精彩がないが、今日は特にひどい。本当に真面目にやっているのか?やる気が無いのなら最初からやるなというのだ・・・いくら帰化したとは言え、所詮は悪の地球じ――――」


 そこまで言った時、月臣の首に短杖が添えられる。


「月臣君のコンディションも最悪にしてあげましょうか・・・?」


 核の光より明るい笑顔で舞歌が訊ねる。ちなみに、別に横島は帰化したわけではない。それと、三羽烏(九十九、月臣、源八郎のこと)は横島の調子が悪い原因は知らない。軽々しく言うことではないからだ。


「・・・失言―――」


 「失言でした」と言い終わる前に、


 
 めり



 横島のバックからの前蹴りが、月臣の○○○○を下から強襲、つま先がめり込む。


「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!ーーー!?♂→♀!?」


 もはや人語ではない何かを口からほとばしらせながら蹲(うずくま)る。


「「・・・・・・」」


 九十九と源八郎は思わず股間を押さえ前かがみになった。


「アレって・・・そんなに痛いの?」


「・・・・・・女性には絶対解らんと思います・・・・・・」


 蹲る月臣の後ろで横島がふらつく。


「いってて・・・好き勝手、言いや、がって・・・。って言うかな、こんな場所、で、地球人がどうの、こうの、言うんじゃねぇ、っての」


 僅かに打点をずらせたのか。


「なんか横島君って元一朗には容赦ないなぁ」


「月臣って西条に似てるからなんか力入っちゃうんだよなぁ・・・。

 ・・・うん。改めて見てもやっぱ似てる。そのロンゲにキザっぽいとことか」


「ちょっと待て・・・俺はその西条とか言う奴に似てるってだけで金的を喰らったのか!?」


 苦悶の表情に脂汗を浮かべながら、正当な抗議を行った。


「あのね、それだけじゃねーの。月臣だけじゃなくそこの二人!!あんたらあんな美人の許婚が居んのに、ナナコさんナナコさんってなぁ・・・この二次元ヲタ!!」


「これは手厳しいな・・・」


 源八郎が苦笑する。


「もし京子ちゃん達を泣かしたら・・・」


「・・・君が俺たちに制裁を加えるとでも言うのか・・・?」


 その言葉に横島は首を振り、


「他の優華部隊の皆や舞歌さんに死ぬより辛い目にあわされるぞ!冗談抜きで!!」


 どーーーーーん。


「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」


 さんばがらすのうごきがとまった!!(ドラクエ風に)


「横島君・・・あなたが私たちのことをどういう目で見てるか・・・よーーーーーく解ったわ・・・」


「いやでもだって!!舞歌さんならするでしょう!?」


「それは当然だけど、それとこれとは別よ」


「はぁあっ!?」


 いつも通りのやり取りが繰り広げられるが、舞歌は違和感をぬぐえずにいた。訓練の内容もそうだが、以前とはやはり違う何かを感じる。横島と深く付き合った人しかわからない、そして深く付き合った人なら必ず感じる違和感を。


(ホントに何とかしないと・・・)





 その夜、横島の部屋。


 コンコン


 ノックだ。


「はーい」


 モモがとてとてドアに向かう。開けると、


「あれ・・・枝織ちゃん?」


「たー君、モモちゃん、こんばんわ。

 ・・・ちょっといいかな?」


「ああ・・・いいけど」


 枝織はいつもと変わらない様子に見える。


「そういえばさ、北斗のやつ、どうしてる?」


 横島は気になっていたことを訊ねる。枝織は少し困ったように笑い、


「う〜〜ん・・・あれから北ちゃん、ほとんど出てこないんだ・・・特に、誰かいるときは・・・」


「そっか・・・」


 横島はあの時から一度も北斗と会っていない。霊力が足りなく北斗とはまともに戦えないかもしれないが、北斗に謝りたかった。


「それでね、枝織の用はね、」


 そうだった。枝織は枝織の用件があって来たんだった。


「たー君・・・たー君がそこまで落ち込んじゃうっていう出来事って・・・何?」


「え・・・・・・」


 息を呑む。軽くギャグで流そうかとも思ったが、顔が引きつって笑いの形を作るのに失敗する。そして、枝織の表情は真剣だ。表情を作ることに成功したとしてもごまかされてくれるようには見えなかった。モモは心配そうに横島を見ている。


「いや、えっと・・・別にどんなことだっていいじゃないか・・・俺もそろそろ本調子に戻りそうだし、だから下手に思い出したら・・・」


 目をそらしてしどろもどろに言葉を紡ぐ。だが、枝織はそんな態度を一刀両断するかのごとく遮る。


「ウソ!」


「え・・・」


「・・・それは嘘だよ・・・たー君は、今のたー君は前のたー君とは違う・・・全然違うよ!!まだ悲しんでる!

 ・・・上辺だけ明るい振りしたって、枝織にはわかるもん!」


「な・・・なんで枝織ちゃんにそんなこと・・・」


「解っちゃうんだもん!!だって・・・」


 そこで少しだけ顔を赤らめ、


「だって枝織は、ずっとたー君を見てたもん・・・!たー君が枝織を助けてくれたあの時から・・・ううん、枝織を枝織として、一人の人間としてみてくれた時からずっと見てたもん!!たとえ北ちゃんの中にいるときでも!!だから・・・だから・・・!」


 そこで言葉が止まる。上手く言葉にできないようだ。


「枝織ちゃん・・・」


 横島は深く感動した。自分にとって当たり前だと思っていたことをしただけなのに、まさかここまでの信頼を寄せられていたとは・・・。

 ・・・どうでもいいことだが、枝織のセリフは愛の告白そのものといっても過言ではない。だが幸か不幸か、言った本人は身体的にはともかく精神的にはまだまだ子ども。セリフこそアレだが、自分の心中を正確に把握できていない。

 言われた本人は、事実がどうあれ自分がもてるタイプだとはカケラも思っていない。これほどあからさまなセリフを聞いたところで、「ああ、俺って枝織ちゃんからこんなにも信頼されてたんだなぁ・・・」という程度の認識しかもっていない。


(何で解るのが私だけかな・・・)


 呆れ、そしてちょっとだけほっとしたのはモモだ。セリフの意味を察し、枝織の心中をなんとなく読み取ったのは、この部屋の中では七歳(推定)の少女のみ。枝織はまだわかるとしても、横島鈍すぎ。


「・・・わかった。説明するよ。でも、別に面白い話じゃないぜ?」


「いいよ」


「・・・どう説明したらいいか・・・うーん・・・思いっきり砕いて説明すると・・・まぁなんだ。好きな女と世界を天秤にかけなきゃならないことがあったんだよ」


「え!?」


 さすがの枝織も、ここで「世界」というほどのスケールの話が出てくるとは思わなかったらしい。


「忠夫、どっちを選んだの・・・?」


 横島は目を細めて溜息をつき、


「今こうして人類が繁栄してるんだ・・・。解るだろ?」


「「・・・・・・・・・」」


「上手く事を運びゃあ、そんな選択をせずにすんだかもしれないけど・・・」


 また溜息をつく。


「ま、その時からかな。俺が知り合いが死ぬのを忌避するようになったのは。まぁ誰だって嫌だろうけど、俺は自分が傷つくより知り合いが傷つくほうが嫌になったんだよ。俺って基本的に臆病者だけど・・・」


 さらに溜息。


「つまりは、知り合いが危険な目にあってると、昔のヤな思い出がリフレインするんだよなぁ。以前に俺がいた所じゃ、殺しても死なねーようなやつばっかだったけど・・・だからさ、いっぱい友人や仲間が乗ってたナデシコが沈んだってのは・・・やっぱかなり辛いんだ・・・結果的にナデシコが沈むように仕向けたのも俺だし・・・とは言ってもあの状況じゃ、結局は全滅してただろうけどな・・・」


「「・・・・・・・・・・・・」」


「はああぁぁ・・・俺って結構不幸を振りまいてる?やっぱ人とは深く付き合わないほうが―――」


 そこまで喋った時、


「「そんなことない(よ)!!」」


 枝織とモモが怒声を上げる。


「そんなこといわないで!!そんな、悲しくなるようなこと言わないでよ・・・!!」


 モモも、その通りだといわんばかりの目で睨んでくる。


「枝織ちゃん・・・モモ・・・」


「そのたー君が好きだった人も、撫子の人も、絶対たー君の事恨んでないよ!・・・・・・・・・枝織の思い込みかも知れないけど・・・」


「それに、ナデシコは行方不明ってだけで、残骸が見つけられたわけじゃなんでしょ?だったら忠夫はナデシコの人を信じなきゃ・・・駄目な気がする・・・」


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう、横島に言葉はない。ただ俯いて、


「・・・ありがとう」


 そう言っただけだった。





 ――――――――――





 そしてまた一ヶ月―――――





 格納庫。横島、モモ、枝織、舞歌、優華部隊。11人の集団がいた。


「最終調整も終わったわ・・・神皇もついに完璧ね!」


 ジンタイプより小型で細身だが、七体もの機動兵器が並ぶ様はやはり壮観だ。


「いや・・・それは大変結構なんスけども、俺のエステ、いつになったら直してくれるんスか?」


 横島が目を向けている方向に、九ヶ月前そのままのボロボロなエステが鎮座していた。


「あー・・・でもねー、あれって直すより新しく作ったほうが安くつくんじゃないの?」


 たしかに、アサルトピット以外に無傷な場所はほぼ無い。


「そうね。それに、私たちの技術じゃ、完全に直すのは不可能ではないけどかなりしんどいわね。そこまでの労力をかけて直す価値があるのかって言えばそうでもないし」


 飛厘も追い討ちをかける。


「そんなー・・・」


「そういえば、火星でもう既に十分ボロボロだったあの機体を、万葉が止めを刺したのよね」


 千沙がボソリと呟く。


「う・・・」


「万葉ちゃん・・・」


 横島が恨みがましい声を口からこぼす。


「しかもその後、『あのパイロットは猛者(もさ)に違いないー』とか言ってたわよね」


「いや、いやいやいやいやいや!!いや、あれはーだな、うん、何かの間違いって言うか・・・」


「へえ・・・万葉ちゃんがそんなことを・・・」


「しかも、横島さんをつれて帰ろうって提案したのも万葉だし」


「へええ・・・」


「じゃあ、たー君と出会えたのはかずちゃん(万葉)のおかげなんだね!ありがとう、かずちゃん!!」


「し、枝織殿・・・」


 万葉はなんと言ってよいのやら。真っ赤になって焦りまくる万葉。だが、何とか真面目な表情に戻り(顔は赤いまま)、横島のほうへ向く。


「あー・・・だが、横島。出会った時こそ失望したが・・・私はこんなやつに負けそうになったのかー・・・という感じで。だが、今思うと滑稽だな。万全なら負けたのは私だったろうに・・・。それに気付いたのが横島が北辰と対峙した時だというのだから、なんとも間抜けな話だ。

 私達の誰よりも強大な力を秘めていると言うのに、それをひけらかしもせず自然体だから、その事実をしばしば失念する・・・。お前は本当に不思議な男だな」


「万葉ちゃん・・・」


 二人の間に暖かい雰囲気が漂う。なんとなく二人の世界な感じ。だが二人は失念していた。ここに自分達以外で若い女性が九人も居た事に。


「うふふ・・・。男っ気の無かった万葉にもついに春?」


「「はッ!?」」


 二人は真っ赤になって距離を開ける。横島もなんだかんだ言ってこういうことに免疫は無いのだ。


「って言うか以前からバレバレでしたよ?」


「え?なに?万葉ったらラブ?ほのラブ?そうなの万葉!?」


 軍隊とは言っても、若い女性がこういう面白そうなことを放っておくことはない。若干名面白くなさそうな顔をしている者もいるが。


「でも、これで横島君の機体は破棄して良いわね?」


「何をどうやったらそういう話になるんスか!舞歌さん!」


「え〜?だって、これから横島君の神皇作ればいいもの。だったらもうあの・・・えすて?は要らないでしょ?」


 舞歌、爆弾発言。


「は・・・・・・・・・?(全員)」


「あれ?神皇よりテツジンとかマジンのほうが良かったかしら?」


「いや、そういうことではなく・・・・・・」


 だが舞歌は止まらない。


「横島君・・・もう仲間がいない地球と、少なくともあなたを必要としている人間がいる木星・・・どっちにするの?」


 その言葉とともに、格納庫は水を打ったように静まる。


「もし、それでも横島君が地球に帰りたいって言うなら、・・・・・・私は止めない。あなたが地球に帰れるよう計らってあげる。いつになるかは解らないけど・・・」


「舞歌様!?」


「でも!私の気持ちを言わせてもらうと、横島君は木星に残ってほしい。少しは地球と戦うこともあるだろうけど、その地球との戦いを終わらせるために本当の仲間になってほしい。横島君ならもしかしたらそれができるんじゃないかって私は思ってる。以前にも言ったけど、私たちはあなたを歓迎する」


「・・・・・・・・・でも、今の俺は・・・・・・・・・」


「横島君の調子は戻りつつあるわ。今こんな話を切り出すのは卑怯かもしれない。それに、これだけは誤解してほしくないんだけど、私は霊氣があるから横島君を引き入れようとしてるんじゃない。それだけは明言しておくわ」


「・・・・・・・・・・・・」


 沈黙。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 重苦しい沈黙。居心地が悪い。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 さらに沈黙。

 其処に、モモが横島の袖をくいくいと引っぱる。


「忠夫がどっちを選ぼうと、私は忠夫について行く」


 横島の目をまっすぐに捉える。僅かにも揺らがないまっすぐな眼。


「・・・・・・おれは・・・・・・」


「・・・今すぐに決めろとは言わない。だけど3日。3日以内に決めて。それ以上伸ばすとお互い辛くなるでしょう?」


「・・・いや、今決めます」


「え?もう決めたの!?」


「いや、まだっスけど・・・」


 暫く眉間にしわを寄せていたが、


「すんません、ちょっとトイレに・・・」


 小走りに格納庫を出て行く。


「・・・・・・・・・・・・」


「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(全員)」


 全員が一斉に溜息をつく。


「こんなに緊張したのっていつ以来かしら・・・」


「舞歌様、緊張してたんですか?」


「そりゃーそーよ。これで断られたらどうしよう〜とか」


「って言うかですね、いきなりあんなこと聞かないで下さいよ。あの緊張感・・・!横島さんが出ていかなかったら、私、絶対倒れてましたよ・・・」


「・・・いつかは来るとわかっていた筈よ。それが今だっただけ」


 そんな会話をしていると、枝織がはたと無表情になり、格納庫内のテツジンを見上げる。


「?どうしたの、枝織ちゃん?」


 零夜がそれに気づく。


「うん・・・なんかね・・・」


 テツジンを見たまま呟くが、みるみる表情が強張っていく。


「枝織ちゃん・・・?」


「!!おい、ここから逃げろ、いや、避けろ!!」


「ほ、北ちゃん!?」


 いつの間にか人格チェンジしていたようだ。


「何をぼさっとしている!全員だ!テツジンにヤツが!さっさと・・・!」


 その声に反応した舞歌と優華部隊は、言い終わる前にとっさにその場から横に駆ける。・・・零夜とモモを除いて。


「え?北ちゃん・・・?」


「チィッ!!」


 北斗はすかさず零夜を抱えてその場を飛びのく。その直後、テツジンの胸部から発射されたグラビティブラストは、0.1秒前まで三人がいた場所をなぎ払った。


「北斗!?」


「あ、ご、ごめんなさい、北ちゃん・・・」


 零夜は状況を認識すると、しどろもどろに謝ろうとする。だが、北斗はその言葉が聞こえているのかいないのか、脂汗を浮かべ顔を俯かせている。


「ほ、北ちゃん・・・?」


「く・・・!重力波砲が・・・!」


 グラビティブラストは、北斗の足にほんの少しだけ掠っていた。ほんの少しだが、北斗の足を動かなくさせるには十分だった。


「無様よな。『真紅の羅刹』よ」


「北辰!?」


「親父・・・」


 北斗は歯を噛み鳴らす。


「北斗よ。勘が鈍ったのではないか?いや、鈍ったのは枝織か」


 くくくと嘲笑する。


「北辰・・・ついに行動に移したって事?」


「説明などする義理は無い」


 テツジンの胸部に黒い光が明滅する。第二射か。二流の悪役のように、「冥土の土産」を語ることも優位に立ったことの余裕でいたぶったりする気は無いようだ。


「・・・・・・!!」


 北斗は息を呑む。避けられない。勿論、耐えることも不可能。足に力を込めようとするが、力が入らない。


(俺は・・・俺はこんな物なのか!?あんな機械人形で不意を突かれたぐらいで・・・それだけのことで負ける程度の力しか持っていないのか!?)





 感じるのは純粋な悔しさ。





(・・・本気で本調子の忠夫と戦いたかったが、戦ったとしてもこれでは勝てない・・・)





 感じるのは純粋な悔しさ。なぜか死の恐怖は感じない。





 そして、発射される黒い閃光。この場にいる誰もが北斗の死を覚悟する。だが、


「ふっ!!」



『結』



 北斗の前に光り輝く球体を持つ者が割り込む。そして眼前に展開される結界。



 ギュイイイイイイイイイォォオオオオォオン・・・!!



 黒い閃光は結界に阻まれ、捻れ、たわみ、そして消滅する。


(・・・ほらな。コイツはこんなにもあっさりと重力波砲を弾く・・・。本気のコイツには誰も勝てやしない・・・少なくとも、今の俺では)





 感じるのは純粋な悔しさ。死の恐怖を感じなかったのは―――――





「よう・・・久しぶりじゃねーか・・・北斗」





 もしかすると、北斗はこうなることが解っていたからかも知れない。




 ――――――――――





「フ・・・!やはり来たか。横島忠夫!!」


「最近食欲無くてなー。出るもんあんまり無いんだよ」


 二人の間に見えない火花が散り始める。


 テツジンの上半身がわずかにかしぐ。


「・・・もしかして重力波砲を撃つ気か?」


「だとしたらどうする?」


「いくら戦艦クラスより出力が低いとは言え、あと何発撃てるんだ?相当エネルギー喰うんだろ?」


 手の平に文珠を二つ呼び出す。


「・・・・・・・・・」


 北辰は黙る。


「・・・・・・・・・」


 横島も黙る。


 そして、


「フ・・・!確かに霊氣の前ではこの機体など足枷にしかならぬか」


 言うや否や素早くコクピッとから降り立つ北辰。横島の立つ位置からは約30m。


「・・・おい、そんな簡単に俺の言葉に乗っちゃっていいの?罠かも知れんぜ?」


「フン、我がこの方が有利と判断したまで。それに我が敗北しようと一向に構わぬ。それだけ貴様の能力が木星にとって有益になるということだからな。
 
 ・・・そして我は人にして人の道を外れし外道。人の命など塵芥にしか見えぬが、それは我のものとて例外ではない」


 本気の目だ。


「・・・・・・あ、そ」


(どういうつもり?横島君・・・!)


 舞歌は焦燥混じりの疑問を感じた。わざわざ機体から降ろさずとも文珠で・・・そう、『貫』『弾』等で攻撃すれば良かったのではないか?そう思った。


 だが、横島以外は知らないことだが、横島の文珠の数は以前から一個も増えず六個。そして北斗を助けるために一個使ったので現在五個だ。文珠は一個でもテツジンのグラビティブラストを防ぐには十分。しかしあの時横島がテツジンのエネルギーのことを口にしなければ即座にグラビティブラストを撃たれ、文珠をさらに消費していただろう。連続で撃たれればそれ以上だ。

 横島の予想と反しテツジンのエネルギーが文珠六個分ぐらいに持ったとしても、北辰には横島の文珠数がわからない以上、北辰がテツジンを降りる確率は高いと横島は踏んでいた。そして、その通りになった。だが横島の不利は依然変わらない。文珠は一個たりとも無駄にはできない。


(なんか六発で勝負を決めなきゃならんリボルバーみたいだな・・・)


 と、横島が思った瞬間、北辰の踏み込み。当然のように文珠の弱点をついてきた。文珠の弱点とは、手の平に精製、念を込める、発動という三つのステップを踏まなければならないこと。すでに文珠を呼び出していたのでステップのひとつはすでに終了している。だがそれでも北辰の攻撃に間に合うかは五分五分だ。


 もし踏み込みの前にさっさと遠距離攻撃用の文珠を発動させていれば、その攻撃で北辰を倒すか、避けられてこっちの命が絶たれるか。確率はこれも五分五分。

 そして文珠の発動が間に合ったとして、発動させた効果が防御系なら、北辰も予想の内だろうから防いだ後も不利は変わらず、カウンター攻撃系でも決まる保証はどこにも無く、相打ちの可能性も含めればやはり確率は他とあまり変わらない。


(それじゃあ駄目だ!!)


 博打では駄目だ!格好良くなくてもいい、無様でもいい、確実に勝つ方法・・・全員が生き残り、自分も生き残るために少しでも確実な方法を―――――!!


(もう、今度こそ、本当に、誰も、絶対に、死なせん!!)



 ス・・・



 横島は文珠を使おうとせず、静かに自然体に近い構えをとった。日本剣術の構えにある、『無行の位』に似ている。


「あれは!?」


「木連式柔・『無縫(むほう)』!?」


 これは、川の水の様に相手の動きに逆らわず、風に揺れる柳のように自然に攻撃をかわす。ただそれだけの技。簡単な技ではないが、さりとて難しい部類に入るわけでもない。ただ、超高速で踏み込む北辰の攻撃をかわせば、文珠を使う隙は確実に生じるだろう。あわよくば、攻撃を加えつつ文珠を使えるかもしれない。


「ぬ!?」


 これには北辰も虚を突かれた。横島が木連式柔をかじっていたのは知っていたが、まさかこんなマイナーな技を使ってくるとは・・・!だがいまさら攻撃を中止することはできない。


 その刹那。


 シュ・・・


 最小の動作で突き出された短刀を、横島は紙一重でかわした・・・!


(見事・・・!!)


 北斗と舞歌と優華部隊は目を見張る。彼女らは標準を遥かに上回る木連式武術の使い手だ。彼女らから見れば、横島の実力は誉められたものではなかった。だが、この『無縫』は完璧だった。美しさすら感じた。彼女らは横島の勝利を確信したが、


「フ!」


 だが、圧倒的な技量を誇る北辰は強引に上半身をひねり、そのまま左腕を横島に叩きつける。無理な体勢からの攻撃なので深刻なダメージにはならないが、不意をついたので実際のダメージ以外の衝撃と混乱を横島に与えているだろうと推測する。そして北辰はそのまま慣性の法則に従いもう数歩前進し、横島は後ろに吹っ飛んだ。


 しかし、横島の顔が不敵な笑みを浮かべていることに気づいたのは、本人以外にいなかった。横島の手で、初めて文珠が光り輝く。


 つまりこういうことである。横島は初めから北辰に反撃されることを考慮に入れていたのだ。まず『無縫』で北辰の攻撃をかわす(先程はたまたま完璧に行えたが、不完全であってもかわせるだろうと考えていた)。それで北辰がたたらを踏めばそれで良し。反撃されても大したダメージにはならないだろうから、始めから心の準備をしておき、攻撃を食らっても文珠を発動できるよう集中力が途切れないようにしていたのである。・・・なんかこの戦いだけで一生分の集中力を使っているような気もするが。


『模』


 文珠の光が一瞬で横島を包む。そして一瞬で光が消え失せ、そこには・・・


「え・・・?あれって・・・」


 零夜が呆然とつぶやく。


 そこには燃えるような赤毛の、少年のような少女。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺?」


 同じく呆然と北斗がつぶやく。


 そう。そこには、


「ふふふふふ・・・!悪いが北斗、おまえの力、使わせてもらう!!」


 真紅の羅刹・北斗、その人であった・・・!





 ・・・・・・・・・ただし、性格は横島のままだったが。





後編にGO!!