格納庫。俺(横島だぞ)はウリバタケさんに呼ばれ、格納庫に来ている。なぜかとなりには明乃ちゃん。


 ・・・なんか月で明乃ちゃんと合流してから、よく俺と行動を共にするようになった気がする。可愛い女の子が近くに居るのは嬉しいけど、その頻度が上がったのはなぜだろう。ま、久しぶりに会ったし、暫く喧嘩してたし、まーいいか。


 そしてよく行動を共にする理由を同室のモモに部屋で訊ねると、なんか不機嫌になって、その日は勤務時間以外は俺の腕を掴んで離さなかったっけ。いつもは服のすそなのに。


 まったくどーゆーこっちゃ。


 だがま、それはおいといて。


「ほれ横島! こいつがお前さん用に改良した、その名もエステバリスプラスだ!!」


「・・・えーと」


 横に居る明乃ちゃんは戸惑った様子。俺も同じだ。何処が変わったんだろうか。


「解らねえのも無理はねぇ。だがほれ、背中を見てみろ」


「・・・? なんか他のよりちょっと膨らんでる?」


「そう! そこにはグラビティブラスト発射補助ブレードが収納されてある! それを使えば、ファイナルアタックを撃っても壊れない!!

 ただし一回限りだがな。使い捨てだとでも思ってくれ」


「へ〜」


 それができれば確かに心強い。


 でも、なんてゆーか、ちょっと違和感があるような。


「さらには、座席の横に小さな穴を設けた!」


「穴? なんに使うんですか」


「いや、コンメリアを見て思ったんだが、普通のエステじゃいちいち文珠を外に出さなくちゃならんだろ。そこで俺は考えた! エステでもそれは出来ねーか!?」


「その穴、エステの手に繋がってるんですか?」


 明乃ちゃんの言葉を聞いたウリバタケさんは、我が意を得たりとばかりに頷く。


「ザッツ・ラーーーーーイトッ! その通り!! そこに文珠を入れると即座に吸い込まれ、素早く文珠は掌の中!」


「へ〜」


 それは便利だ。これでわざわざ乗換えとかしなくてすむと言うわけか。地味だけど。





 ・・・・・・・・・・・・。





 あ、そうか。地味なんだ。さっきから感じている違和感はこれか。なんかこの人の改良にしては地味だと思ったんだよ。


「ウリバタケさんにしては地味な発明っスねー。新しいフレームとかいろいろ考えてたわりに」


「うぐ・・・」


 俺の言葉を聞いた瞬間、ウリバタケさんがうめく。


「ど、どうしたんですか!? いきなり変な汗をかいて」




「い、いや俺だってもっと派手に改造したかったりしたくなかったりでもプロスの旦那が使い込みのことで毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日ああッ俺が悪かったからもう勘弁してああでも整備班長として否男としてこの改良だけはやらないとでもそのことでまたプロスの旦那プロスの旦那プロスのだんながう、うへへへはははウホッいいエステ」




 ・・・・・・・・・・・・・・目がうつろになって句読点すら存在しない言葉を口から垂れ流す。


 怖ぇ・・・。


「使い込み・・・ちゃんと何らかのペナルティを受けちゃったんですね・・・」


「ああ・・・それでもここまでの改造を施すなんて、ある意味勇者だよ・・・」


 俺と明乃ちゃんは、生暖かい目でウリバタケさんを見守るしかなかったわけで。










「いや、止めてやれよ」


 リョーコちゃんの言葉は聞こえないフリをした。








GS横島 ナデシコ大作戦!!





第二十三話「各務千沙の、密やかなる野望」










「ルリちゃんの元気がない?」


 横島はベッドから上半身を起こしつつ怪訝そうな声を上げた。


「うん」


 モモは頷く。


 ここは横島の部屋。もう誰も憶えていないかもしれないが、横島とモモは同室である。


「なんでまた」


「さあ・・・解らないけど、ここ最近溜息をよくついてる」


「ふーむ・・・」


 横島は唸る。


「・・・ルリちゃんも思春期ってことかなー。なんか恋煩いとか」


「そうかもしれないけど。でも、なんかオモイカネへの問いかけも関係有るのかも」


「問いかけ? オモイカネに?」


「うん。なんでも、『私の記憶を教えて』とかなんとか」


「ぶっ!!」


 横島はがくっと前のめりになる。


「ってまんまそれが原因やんか。ってか、ルリちゃんって記憶喪失なのか?」


「なんでも、いまの養父母に引き取られる前の記憶らしいけど」


「・・・それって何歳くらい?」


「三歳か四歳くらいだったっけ」


「それって単に物心つく前の話なんじゃねーの?」


「え・・・でも忠夫とルリじゃ脳の出来が違うし・・・」


「何気にキツイっスねぇ!」


 だが実際、無処置とマシンチャイルドでは物理的に言っても脳の出来が違うかもしれないが。


「でも、やっぱりそんな昔の記憶は関係ないと思う。わたしだったらそんな昔のこと(正確には横島に出会う以前のこと)なんてどうでもいいし」


「いや、モモの考え方が一般的とは限らんから・・・」








 横島とモモがいろいろ考えをめぐらせていたが、実際の話、ルリは養父母に引き取られる前の記憶を求めていた。


 といっても、実を言うと断片的ながら憶えていることも少しはある。

 自分の最初の教師、アルキメデス。円周率の兀。小さい機械のお友達(名前は忘れた)。自分と同じような子ども達。何人めだかの教師アインシュタイン。・・・「バカ」と言う言葉。


 そして、父・母と名乗る人。顔は思い出せない。


(・・・)


 そう。養父母が居るのなら実の両親だって居るはずだ。例え試験管ベビーでも。


 その父母は、自分が優秀であることを示すと、褒めてくれた気がする。否、実際ほめてくれた。でもやはり顔は思い出せない。


 
 清潔な屋内で生活していたような気がする。

 場所は思い出せない。


 他の子どもたちの顔は結構憶えているのに。

 その子供たちが何処で何をしているか知らない。


 父母はいつも自分をほめてくれた。優しかったと思う。

 顔は思い出せない。


 そして、数かに耳に残る水音。水が流れる音。何かが跳ねる音。

 ・・・・・・・・・・・・・・・。





 水音?










「・・・・・・」


 ルリは自室で目を覚ます。


(また・・・か)


 ルリの部屋は電灯を消しているせいか青を基調とした色で統一されているように見えた。


 そして天井からは熱帯魚のインテリアがぶら下がっていることもあり、どことなく海洋を思わせる雰囲気を醸し出している。


(・・・水音・・・なんで水の音? この部屋のせい?)


 考えをめぐらせるも、何も思い浮かばない。


 そんな時、メグミから通信が入る。


『ルリちゃん、今いいですか?』


 ルリは体を起こし、訊ねる。


「敵ですか?」


『いえ。お客様だそうです』


「・・・お客様?」


 心当たりは無かった。










 「客」を迎える四人、すなわち艦長のユリカ、提督のムネタケ、ネルガル代表プロスペクター、そして向こうの意向によりルリが小型艇搬入口から、客が乗ってくる船、「ピースランド平和派遣大使船」という名の大型船を眺めていた。


 船と言うより空飛ぶ小型の城と言ったほうがしっくり来るかもしれない。


「ピース?」


「平和だから、ピース?」


「はい。ピースランドとは、スイスランドに並ぶ永世中立国でして。前身はギャンブルOKの巨大テーマパークだったんですよ」


 大型船から小型艇が発進してきた。プロスの説明は続く。


「先の戦争で独立してからもテーマパークとしてのスタンスはそのままで、莫大なお金が集まってくることから、その国の銀行、ピース銀行はなんとスイス銀行に並ぶ超大型銀行となってしまったんです。小国ですが、お金持ちの国と言うことですな」


「ふ〜ん・・・。スイス銀行と同じ様な規模の銀行か・・・。

 ネルガルも後ろ暗いお金の振込先とかに利用してたりして」


(ぎくッ!)


 ユリカは意地悪な笑顔で呟き、それに対してプロスは派手に反応してしまう。


「ゲフン! ともかく、この世はお金で動いております。そしてそのお金を半ば司っているのが銀行。

 くれぐれも、失礼の無いようお願いしますよ!」


「は〜い」


 ユリカが間延びした返事(別に不真面目なわけではない)をしたところで、ピースランドの小型艇がナデシコに着艦しようと目と鼻の先まで接近していた。


「まぁ別にそんなに固くならなくてもいいんじゃない? いつもどーりなんとかなるんじゃないの」


 ムネタケがまったくの自然体で言う。やる気がなさそうとも言う。


「提督・・・なんでそんなやる気なさげなんですか?」


「なんかもー気が抜けちゃったのよねぇ。上からは見放されたわけだし。はっ、せいせいしたわ。もうこれからは気楽にご〜よ」


 目が糸のように細い。悟ったような、達観したような、そんな表情。


 単に脳みそ空になっただけかも知れぬ。


「でも、なんで私まで? 私、ピース銀行に口座持ってませんけど」


「それは私にもなんとも・・・。先方が是非に、と」


 プロスも首を捻った所で、小型艇が到着し、中から数人の人物が降りてくる。


 先頭に立つ、一行のリーダーらしき人物が四人の前に立つ。灰色の髪をした初老の男性で、高級そうな礼服と目つきの鋭さが目立つ。手入れをしているのかひげも立派で、現在でも渋い魅力を醸し出しているが、若い頃もかなりの美男子だったと推測される。


 ただ、半ズボンなのが気になるが。


 その男は四人の前に立つとおもむろに跪き、こう言った。


「お迎えに上がりました。姫」


「ふ〜ん」


 ムネタケが即座に気の抜けた表情で返事をする。





 一瞬の間。





「「姫ーーーーーっ!?」」





「・・・・・・はい?」





 ――――――――――



 貴賓室に通されたピースランドの使者の言ったことは、簡単に言うと、


 ルリはピースランド国王の娘、すなわち王女様であると言う。なぜ王女なのに今まで音沙汰無かったかというと、それは次のように説明した。


 長らく子に恵まれなかった王は、自分と妻の精子と卵子をとある医療施設に提供し、試験管の中で子を成そうとした。

 勿論、試験管になど頼らず自分たちだけで子どもを作りたかったのはやまやまだが、自分たちには子を成せないのではないかと憂うほど、当時の夫妻にはとても切実な問題であったらしい。そして、無事に女の子が誕生したとの報告が入り、安堵に胸をなでおろした。


 しかし、その安堵は間も無く消えることになる。娘を預けている医療施設がピースランドとは何の関係も無いテロリストに爆破され、そのまま娘は行方不明。以後、ルリの行方を必死になって探していたと言う。


 また、その後夫妻の間には大勢世継ぎが生まれたが、ルリがピースランド国王の娘であることに変わりは無く、こうして迎えに来た。とのことである。










「生みの父、母・・・」


 ルリは自室で物思いにふけっていた。さっきからその言葉ばかりを繰り返している。


 ピースランドの使いはルリがその場ではっきりした返事をしなかったため、ルリがどうしたいかはともかく、とにかく一度王国へ来るように伝え、去っていった。ルリも拒否しなかった。


「お姫様・・・か」


 Myデスクにうつぶせになっていたルリは、おもむろに顔を起こして言った。


「オモイカネ。お姫様の資料を」


 ルリがそういうと、眼前にスクリーンが展開される。そこに映し出されたのは、










『魔女っ娘プリンセス ナチュラルライチ!』









「・・・・・・・・・そういうんじゃなくて」


 ルリは僅かに疲れた様子を見せる。


 それならば、とオモイカネは映像を切り替える。しかもご丁寧にカウントダウン付きだ。





『3』





『2』





『1』





「・・・!」









 場面は変わって。



「それじゃ、行ってきますんで」


 エステの操縦席の中の横島が、ブリッジに向けて出発の挨拶を告げる。


『はい。それではくれぐれも先方に失礼の無いように、お願いしますよ』


「解ってますって」


 横島のその言葉がウリバタケの勤務態度以上に信用ならないのは、タマモの一件等で既に実証済みである。勿論、プロスが横島の言葉を鵜呑みにするわけが無い。


『テンカワさんも、しっかりと横島さんの手綱を握っておいてくださいよ』


 これは明乃にのみ聞こえるようにした通信である。


「ううん・・・やってはみますけど・・・」


 何処となく自信なさげだ。なにしろ、明乃が横島の沈黙に成功するのは、たいがい飛びかかった後なのだ。横島が相手に接触しなくても心証の悪化は確実だろう。


 さらに、相手はルリの生みの親とその兄弟。見目麗しい可能性は非常に大きい。


「では横島さん。行きましょうか」


 横島と同乗していたルリが言う。横島は頷き、


「んじゃ」


 飛び立っていった。


 明乃も後に続く。





(・・・・・・・・・・・・・せまい)





 モモが隠れてヘリアンサスに密航(密乗?)していたことは、幸か不幸かそのときは誰も気が付かなかった。







  ・・・・・・メグミ以外。










「なんで?」


 ユリカが胸の前で両拳を握り、潤んだ瞳で虚空に訴える。


「なんでアキノまで〜・・・」


「は〜・・・、艦長。何度も説明したではありませんか。VIPとして正式に招待された以上、対外的にも実質的にも護衛は必要です」


「だったら横島さんだけでもいいじゃないですか〜」


 プロスはこめかみを抑えながら溜息をつく。何度も同じ説明をしたこともそうだが、実際プロス自身も不安だったからである。


「はい・・・確かに横島さんの危機回避能力とあらゆる事態に対処できる能力は重宝します。そして横島さんの護衛はルリさんの希望でもあります」


 そこで溜息を一回。


「しかしそれ以上に、横島さんはあらゆる事態をややこしくしかねませんから・・・。ハイ」


 そうで無ければ、おそらく明乃かマリアを護衛にしていただろう。つまり、危機回避能力云々は自分を説得するための言葉なのである。


「ううう〜・・・横島さんの馬鹿〜・・・」








「でもさールリちゃん」


「なんですか?」


 横島の後ろのルリが返事する。


 ルリの格好はブルーのドレスだ。ただ飾り気はあまり無く、ちょっと派手な余所行きの服でも通じる。


「なんで俺なの?」


「護衛は必要ですから。それに、」


「それに?」


「姫には騎士がつきものだそうです」


「・・・騎士?」


 かなり怪訝な声が出た。仕方の無いことだが。


(いや、ガイやアカツキより俺を選んでくれたんやからなんも言わんとこ・・・)





 ――――――――――





 ピースランド。機体の中から見下ろしても(ヘリアンサスは空戦と0G両方の特性をもつ。横島はエステの空戦フレーム)、その派手さが解る。一行は、王城に向かい飛行していた。そういう指示を受けていたのである。確かに安全の面から言えば適当である。


「っは〜〜〜・・・。こりゃほんとに巨大な遊園地だなー完全に。いや、巨大遊園地があるラスベガスって感じか?」


『そうですね・・・。私、火星生まれだからこんな派手な所、初めてです・・・』


 明乃は人生のほとんどを火星で過ごし、地球に来てからも住居は佐世保の郊外の大衆中華食堂。実を言うと遊園地に行ったことは一回しかない。


 理由は簡単。近くに遊園地が無く、かかる費用は高く、さらに言えば明乃は貧乏だったからだ。


 ちなみに遊園地には横島と二人で遊びに行ったのだが、今回の話とは関係ないので割愛する。


「私も初めてです。あ、よかったら後で遊んでもいいですよ。横島さんもテンカワさんも、なかなかナデシコから出る機会がありませんし」


 それを言ったらルリはブリッジからもあまり出ないのだが。


「・・・・・・どうする? 確かに面白そうだけどなー・・・」


『え? い、いいんじゃないですかっ? ほら、ほら、私たちって意外と高いお給料貰ってますし・・・』


 どもってる。


「むう・・・でも俺って給料が美神さんから貰う給料並にカットされてるからなー。って言うか金があったとしても気前よく使い辛いんだよなー・・・俺って」


『う、確かにその気持ちには共感できます。私、貧乏性気味ですから・・・』


『忠夫。それよりおなかすいてきた』


「ああ、もうちょっとで着くから我慢してな、モモ。あーでも向こうでメシ出るんかなー」


「・・・そこまでセコくは無いと思いますよ」


 ルリはそう言った。言った所でなにやら違和感が。


 ・・・・・・・・・・。


「・・・・・・・・・・・・って、モモ?」


「なぬ!?」


『ええ!?』


 横島は身を乗り出し、明乃は勢い良く後ろに振り向いた。そこには、


『・・・・・・あ』


 桃色ストレートヘア、我等の横島モモが、その身を潜ませていた。


『ばれた』


『ばれた、って・・・どうして黙って・・・?』


「まーいいじゃん明乃ちゃん。ひとりくらい増えたくらいなら・・・」


「でも、これでナデシコはその機能をほとんど発揮できませんね」


 ルリの声はいつもと変わらぬ口調。


「『あ・・・・・・』」


 二人の声が凍りつく。が。


「・・・ま、なんとかなるだろ。たぶん」


『あ、あはは、そうですよね・・・なんとか・・・・・・・・・なれば良いんですけど・・・ほんとに』


 明乃が多少引きつった声を出した所で、王城は目と鼻の先のところまで来ていた。





 ――――――――――





 で、王宮・謁見の間。


「おお、ルリよ! よくぞ生きて帰ってきてくれた!!」


 いい年して、娘に駆け寄り号泣する王様。


「・・・。あなたが私の父?」


 無表情に目の前の王に問う。


「おおそうだよ! 私が君の父だ」


「本当に・・・よく無事で・・・」


 王妃も涙ぐむ。国王夫妻はあまりルリに似ていない。


 そして、


「「「「「ようこそルリさん! 僕らのお姉さま!!」」」」」


 その言葉から、ルリの弟であろうと思われる金髪の五つ子。こちらはルリに似ている。


 その兄弟を見て横島らは、


(けっ、なんだよ全員ヤローか・・・。つまんね)


(へ〜。皆同じ顔だ・・・)


(晩御飯は忠夫のオムライスが食べたい)


 三者三様のことを考えていた。


「・・・・・・」


 ルリの表情は変わらない。


(・・・違う)


 この人たちは自分と血が繋がっているのかもしれない。だが、彼らに対しては何も感じない。少なくとも、夢に出てきた人たちと雰囲気が合っている人は誰一人としていない。


 勿論、おぼろげな記憶など当てにならないかもしれないのだが。


「父」


「ん? なんだね、ルリ」


「少し考えさせてください」


「ルリちゃん・・・?」


 全くその気がなさそうなルリの反応に、明乃が驚いた様に呟きをもらす。横島もちょっとだけ驚いた表情。モモは言わずもがな。


 だが王はその言葉を予想していたのか、


「うむ・・・。確かに突然のことでは戸惑うのも無理は無いな。勿論、今すぐ答えを出せとは言わぬ。

 ルリよ。暫くこの国を見回り、そして改めて答えを聞かせてくれぬか」


(おっさん・・・さっきとキャラが違うって・・・)


 横島は心の中で突っ込む。


「感謝します。父」


「滞在中の部屋は後ほど用意させる。いまはゲストルームでくつろいでくれ」


 そう言い、側近に一行を案内させようとした時、王の目に一人の人物が映った。


「?」


 歩きかけていたモモは、突然自分に注目した王に、不思議そうな視線を返す。


「ほう、どことなくルリと似ておるな。どうじゃ、ルリと共に私の娘にならんか?」


 もちろんこの台詞は王様なりの冗談である。しかし、モモは首を振り、


「忠夫の方がいいから」


 と、横島の服の裾を握りながら100%大真面目に答えてしまうのが、モモという少女なのだった。


 王様は思わずのけぞった横島を見やる。


「ふむ・・・。王族になるよりこの冴えぬ少年の方が良いと申すか」



 ぴく。



 モモと明乃の眉が一瞬震えた。


「あなた。客人に対してその言葉・・・。さすがに礼を失するというものでしょう」


 王妃が苦笑しながらたしなめる。モモの言葉をむしろ微笑ましい物と受け取ったのだろう。


「そうだな・・・。いや、すまぬな少年よ。真面目に返された故な」


「あ、いや・・・別に気にしてないっスから! 先に失礼なこと言ったのはモモですし!」


 モモの頭を掌でぐりぐり押さえつつ、しどろもどろで答えた。


「むー」


「うむ。では別室に案内させよう。では後程な」


 そう言って、国王夫妻は奥に下がる。


「「・・・・・・ふ〜〜〜っ」」


 その姿が見えなくなってから、横島と明乃は盛大な溜息をついた。


「いや〜・・・気さくな人でよかった・・・」


「まだ国になった歴史は浅いですからね。あんなもんでもおかしくないです」


「ルリちゃんたら・・・」


 あははと笑いが漏れた。


「でもなーモモ。あーゆー時はちゃんとこっちからもワビを入れたほうがいいぞ。仮にも王様だし」


 モモはぶすっとした顔のまま、


「・・・冴えないって言ったし」


「いーじゃねーかあれぐらい。本当に自慢にならんけど、あれより酷いこと言われたのって三桁じゃきかんぞ」


「・・・それ以前に向こうからちゃんと謝ってくれたと思うんですけど・・・」


「そうだよなー。だったら頭下げるくらいなら・・・」


 と横島が言ったところで、


「忠夫」


 モモが遮る。



「ゼロには、何をかけてもゼロ」



 とだけ言った。


「「「・・・・・・・・・・・・・・・」」」


(足せばいいじゃん・・・)


 なぜか口に出すことは出来なかった。





 ――――――――――





 で、


「ルリちゃん、まだ買うの?」


「ええ。まだミナトさんに化粧品、ウリバタケさんにスパナ、ヒカルさんに同人誌と限定品・・・売ってるんでしょうか・・・とそれとホウメイさんに香辛料。イネスさんのクマちゃん、他にもいくつか」


 ルリはメモを片手に辺りを見回す。


(クマちゃん?)


「ああ、化粧品の店は通り過ぎちゃいましたね。戻りましょうか」


「うえ」


 横島は自分の身長より高く積み上げられた箱を抱え、腕には十数個の紙袋がぶら下がっている。


「でもさールリちゃん。なんでモモと明乃ちゃんを置いてきたんだ? 観光も兼ねるならさー」


 置いて来たと言うより、正確には「ルリが二人に黙って横島だけを連れ出した」である。


「いえ、今は買出しだけで観光するつもりはありません。二人を連れて来なかった理由ですけど、連れてきたら、横島さんの荷物がさらに増えると思ったからですが。それに観光までしたらお土産を買いきれませんよ」


「う・・・。

 あーでも明乃ちゃんのほうが力強いのになー」


「今の発言は聞かなかったことにしておきます」


 現在、2人はピースランドのショッピングモールにやってきている。国全体がテーマパークなためか、ショッピングモールだけでも鬼のように広い。


「あー重ぇ・・・。でもま、アシ時代に背負ってた荷物より軽いのが救いか・・・。生命や遭難の危険も無いし。あでも、たっ、バランスがとりづらいよなー」


「・・・なんか横島さんの以前の仕事に興味が湧いてきましたね・・・」


 荷物が多いなら配達してもらえばよさそうだが、大勢の人前で「んじゃ、王宮まで届けといて♪」とはさすがに言い辛かった。むしろ大量の荷物をツレのオトコに持たせることに意味があるらしい。


「でも・・・」


 横島はその場で立ち止まって一息つき(しかし荷物は持ったまま)、辺りを見回す。


「上空から眺めた時も思ったけど、この国って無節操だよなー」


「そうですね」


 横島がそう言ったのも無理はない。


「凱旋門にエッフェル塔・・・」


「五重の塔にオランダの風車ですか・・・」


 ぱっと見ただけでも世界各地の有名建造物が建立されているのがわかる。横島の言う通り、無節操極まりない。


「よく見りゃ、食い物屋も、無国籍っつーか多国籍? 中華に和食にカフェ、カレーに寿司にマクドまでかよ・・・。って、バーガー屋だけでもロッテリアにモスにフレッシュネスにケンタッキーにウェンディ―ズにファーストキッチン!? お、ドムドムも!? うお、おでんにカバブの出店まであるって」


「・・・・・・あ、食べ物屋の話題が出た所で、そろそろお昼を食べましょうか。いつの間にか昼食には少し遅い時間になってますし」


 横島に異議があるはずも無かった。








 二人が入った店は、少し大きめのイタリア料理屋。


「おおお〜・・・」


 横島の目の前にはたくさんの種類の料理がテーブル上を所狭しと並んでいる。特に目を引くのは、中央の大きなピッツァだ。


 ちなみに、代金は割り勘である。情けないことに。奢りで無いだけマシなのだろうか。


「オ〜〜〜ソ〜〜レミ〜〜ヨ〜〜〜〜〜! この店自慢の、元祖本家のピザとパスタ! さ、食ってみな!」


「へ〜」


 横島は思いっきりデタラメこいたこの店のコックの言葉を微塵も疑わなかった。聞いていたかどうかも怪しい。


「横島さん・・・間違ってます。ピザ発祥の地は、イタリアのナポリです」


「え? そなの?」


「はい・・・。この国はどこか他の国の真似ばかり」


 横島としてはどうでもいい話だが、目の前のコックにとってはそうでもなかったらしい。


「おいお嬢ちゃん・・・。イチャモンは食ってからにしてくんねーか?」


 味云々の話ではないのだが、確かに料理を前にお預けでは横島に酷だろう。それ以上突っ込まず、


「いっただっきまーす!」


「・・・」


 ピザ一切れを、二人同時にかじる。


「う”」


「・・・ピク」


 二人は、一瞬だが、しかし思いっきり顔をしかめた。そして残りを、味わわずに一気に胃に収める。


「おぅ、どうよ? ウチ自慢のピザは?」


「あ、あはは、俺って貧乏舌っスから・・・」


 横島はホウメイや明乃の料理を知っているのでかなり舌は肥えてきている。ただし、従来までの食生活からすれば、このピザは美味くはないが決して最悪なわけではない。せいぜい並かそれ以下といったところか。だから愛想笑いで無難な答えを返したのだが、


「―――――まずい」


 ルリは、そう一刀両断した。


「いぃっ!?」


 横島はのけ反る。


「必要以上に香辛料の使いすぎです。舌を刺激する辛味と後味の悪さを伴う舌の痺れは全然別物です。この店がどちらかは言わずもがなですが・・・。とにもかくにも胡椒とニンニクとオリーブオイルと唐辛子と化学調味料の使いすぎ。生地やチーズにもさほど工夫を凝らすわけでもなし、貧弱なものを調味料でごまかしているだけです」


「アァん・・・?」


 コックの目尻がひくりとわななく。


「こんなもの美味しいと思うということは、その人の舌は壊れてます」


「営業妨害だっ!!」


 コックは激昂してカウンターを叩く。そして、


「ガキと貧乏舌が好き勝手言いやがって・・・つまみ出してやる!」


 ルリに向かって太い腕を伸ばす。


 だが、



 パシッ!



 とっさに横島がコックの腕をつかむ。


「あ、いや」


 無意識に手を出してしまったのか、戸惑いの表情を一瞬見せた後、


「あーその・・・自分にとって不本意な評価を受けるのもコックの仕事の内だってことで、ここは一つ、懐の大きいところを見せてくれませんでしょうか・・・?」


「うるせえっ!」


 コックはカウンターを飛び越え、横島にとび蹴りを叩き込む。


「ぐっ!?」


 そしてそのまま、胸倉をつかみ横島の顔を数発殴りつける。そして、


「へっ、これでラストにしといてやる・・・」


 サディスティックな笑いを浮かべ、大きくこぶしを振りかぶる。


「横島さんっ!」


 ルリはとっさにピザ用の大きなヘラを掴み、コックの顔にたたきつけた。


 快音。


「ぶおっ!?」


 横島から手を離し、顔を抑えてうずくまる。


 その光景に、今まで手を出さなかったほかのコックが色めきたった。


「先生!!」


「マスター!!」


「兄貴!!」


「師匠!!」


 どうでも良いが、床でうずくまっているこのコック、店長だったらしい。


「この餓鬼!」


 コックBがルリに向かって足を踏み出したとき、顔を腫らした横島がふらつきつつも立ちふさがった。


「待てよ! いくらなんでもこんな女の子に・・・」


「うるせえ! ナイト気取りのつもりか!? お姫様でもあるまいしよ!」


 そう言い、コブシを繰り出すコックB。しかし、不意を突かれなかったためか横島はそれを回避。


 つい忘れそうになるが、今の横島は霊力を抜きにしてもそこらのチンピラに勝てるくらいには強い。


「何!?」


 驚くコックB。だがしかし、敵の人数は四人。実際の話、ケンカは敵より四倍強いとしても敵が複数ならあっさり負ける。敵が四人ならまず勝ち目はない。多少の強さなど多対一では気休めにしかならないのである。





 だから、横島は切り札を切る。この使い慣れた切り札を。





 横島の手のひらに、一個の珠が精製される。


「横島さん!?」


 いくらなんでも一般人相手に、しかも他人の目がある状況で文珠を使うとは・・・?


 ルリも驚きを隠せない。と思ったら。


「てい」


 文珠をコックBの足元へ転がす。


「おわ!?」


 コックBは文珠をまともに踏んづけ、仰向けに転倒した。


 転倒する際、文珠は勢いよく転がり横島の手に戻り、予想外の出来事を前に残り三人の動きが止まる。


(今だ!!)


 横島の目がキュピーンと光る。


 そしておもむろにルリを小脇に抱える。


「え?」


「戦略的撤退ーーーーーッ!!」


 盛大な砂埃を残し、横島はコックらの視界から一瞬で消え去った。


「なっ・・・」


「なんだそりゃあ!?」


 いち早く我に返ったコックCは店の外へ走るが、横島の姿は既に遥か彼方であった。


「・・・ガキを抱えてあの逃げ足・・・」


 「逃げる」。これこそ、横島にとって最も慣れ親しんだ切り札であった。文珠とはキャリアが違うのだ。









 一方そのころ。明乃&モモ。


 ピースランド王城・客間。


「・・・・・・」


 明乃はソファに座って、所在無げにそわそわし、


「・・・・・・(むー)」


 モモは明乃の向かいのソファの端っこで、体育座りしていた。不機嫌そうな顔を膝の間にうずめている。


「ね、ねえモモちゃん、横島くんたちどこに行ったんだろうね」


 明乃はこの雰囲気に痺れを切らし、どうにも無難な質問を対面の少女に投げかける。


「・・・」


 しかし反応なし。


「(う・・・)そういえば、今日の晩御飯何が食べたい?」


「・・・」


 モモはちらりと明乃を見、


「オムライス」


 と答えた。会話の取っ掛かりが出来たことに明乃は喜ぶ。


「あ、オムライスかー。ここの人に頼んでみる? あ、それとも私が作ろうか? 宮廷料理人には敵わないと思うけど、私のだってそれなりに自信は・・・」


「忠夫の、オムライス」


 明乃の言葉を断ち切る無常な、否、無常すぎる訂正。





「・・・・・・・・・・ぁぅ」





 さっきよりも重い沈黙が客間を包んだ。


(私・・・もしかしてモモちゃんに嫌われてる?)


 ちょっとだけ気持ちが沈む。


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 さらに無言の時間が過ぎる。


 もしかしたら十分も経っていないかもしれないが、もう一度痺れを切らした明乃がまた話しかける。


「ちょっとだけ外に出ない? この部屋にいても暇だし、もしかしたら横島くん達に会えるかもしれないし・・・」


 特に何も考えずに発言した言葉に、モモがぴくりと反応する。顔を上げたモモを見、


「外、行ってみる?」


「・・・」


 モモは明乃から視線を外して数秒考え込み、


「・・・行く」


 頷いた。


 正午を十分ほど過ぎたところであった。










「いやーははは・・・ずいぶんと格好悪いとこ見せてもたなー」


 横島とルリは、広場の噴水の縁に腰掛けていた。撤退をかました後、たどり着いた場所がここだった。


「いえ、そんなことありません。私ももっとソフトに言うべきでした」


 ルリは横島の頬の傷の上にぺたりと絆創膏を貼り付ける。


「しっかし、まずいピザだったな。ルリちゃん」


「この世の物とは思えませんね」


 二人は顔を顔を見合わせ、横島は悪ガキの顔で。ルリは微かに、笑った。


「そういえば、今何時だったっけか」


「ちょっと待ってください・・・・・・三時半を少し過ぎたところですね」


「三時半かー」


 昼食が遅かったこと、逃走にかけた時間、ここでのんびりした時間、それぞれ照らし合わせると確かにそれくらいだろう。


「どうしますか横島さん。今から少しでもお土産を買い直しますか? あの店に全部置きっぱなしにしてしまいましたから・・・」


 横島さんがお疲れでなければ。とルリは付け加える。


「へー、面白そうですねー」


「面白いもんかよ。また店を回らにゃならんし、金は損したし・・・」


 ルリ以外の第三者の言葉だが、反射的に返す横島。


「面白そうじゃないですかー。可愛らしい彼女を連れてるんです。ゼイタクってやつですよー」


「なっ、何言ってんだ! この子は彼女じゃ・・・」


 横島が振り返った先には、二人の人物。





「あははー。お久しぶりです横島くん。可愛い年下彼女とお買い物デートですかー。へー。ふーーーん。ああ、別に私はアリだと思いますよー? ルリちゃんなら将来の容姿は約束されたも同然ですしー、冥王・・・もとい光源氏計画ですかー、うまいことやりましたねー、明日はホームランですよーいやほんとにー」


 妙に間延びした声。表情は笑顔。ただし目はまったく笑っていない。そしてなぜか見覚えのある大量の荷物を持っている。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 もう一方の人物は無言。ただひたすらに無言。そして無表情。だが髪が揺らめいたように見えたのは気のせいだろうか。


 言うまでもなく、明乃とモモだ。


「「う・・・」」


 横島とルリはぴしりと固まる。


 しかしルリは何とか気を取り直し、事情の説明を試みる。


 ちなみに、情け無い事だが明乃とモモに弱い横島には何も言えるはずもない。


「・・・まず言っておきますが、私たちだけで来たのは買い物を最短時間で済ませようと思ったからです。なぜならば、女性の買い物は時間がかかるのが相場です。大量の荷物を抱えた横島さんを放置プレイとは、いくらなんでも酷だろうと思ったからです」


 ちなみに、明乃は若い女性の平均と比べ、買い物の量・かける時間は圧倒的に少ない。本人の性格もあるが、趣味らしい趣味は料理かビデオ鑑賞(主にガイから借りる)であり、こういう場所では逆に欲しい物は少ないのだ。

 また、モモはそのような欲求がまだ薄い。欲しくないわけではないだろうが、やはり買い物にかける時間はごく短い。まあ、地球を普通に歩くのも初めてだったりするから物珍しさの分時間はかかるかもしれないが。


 二人の買い物にかける時間が短いことはルリにも分かっている。しかし、説明をスムーズに行うために敢えてこのような言い方をしたのである。


「ふ〜ん」


 明乃は、持っていた大量の荷物を脇に置き、とりあえず矛を収めることにしたようだ。


「ま、確かに人数が多ければ多いほど時間がかかるだろうと言うのは同感だけど、だったらせめて一言言ってくれれば良かったのに」


「・・・それは、確かに悪く思ってます」


 ルリは少しうなだれつつ答える。


「まあいいよ。それじゃ、買い物の残り済ませちゃいましょう」


「残り? でも、荷物の大半は置いてきちまったから今日中に終わるとは・・・」


 横島が腕を組みつつ答えるも、途中で明乃の横に詰まれた荷物の山に改めて注目する。


「・・・明乃ちゃん、その荷物って・・・」


「ああこれですか。全部横島くん達が買ったやつですよ」


「「え?」」


 横島とルリは顔を見合わせた。


「でも・・・それがあった場所って・・・」


「細かい事は気にしない! それじゃ、残りの買い物、ぱぱっといっちゃいましょう」


「え、ええ」


「モモ?」


「・・・忠夫。行こう」


 強引にまとめられ、戸惑いながらも明乃とモモの後に続く横島&ルリ。


 何があったかと言うと、それは一時間前にさかのぼる事になる。









 一時間前。


「うーん・・・横島くん達、いないなぁ・・・」


「・・・」


 ショッピング街を歩く明乃&モモ。既に一時間近く歩いている。


(・・・黙って歩いてるけど、モモちゃん今相当辛い筈よね・・・。多分同年代の平均より体力無いだろうし)


 それは正しい見解だ。気のせいか、無表情な顔にも疲労の色が見えるような。


「モモちゃん、ちょっと遅いけどお昼食べようか? 私、お腹がもー空いて空いて・・・」


「・・・」


 モモは明乃をちらりと見上げ、小さく頷く。


「えーと、それじゃあこの店に入ろっか。近いし」


「・・・(こくり)」


 モモにも異存は無いようだ。


 明乃が示したのは、近くに見えたイタリア料理店。


 ぶっちゃけ、横島らが昼食を取ろうとした場所である。





 そこで何があったかは詳しくは記さない。一つ言えるのは、その店のコックの不用意な会話により、その店が明日も営業できるかどうか微妙な状況に陥ったということだけである。





「じゃ、次は何を買うの? ルリちゃん」


「はい。次はミナトさん希望の化粧品と、それから・・・」


 横島とルリは、若干腑に落ちない気持ちを抱きつつも、お土産購入を再開した。










「こ、これで、全部か・・・?」


 横島が少しふらつきながら問う。重いのではなくバランスをとっているのである。


「ええ、とりあえず全部ですね。お疲れ様です」


 ルリがメモを確認しつつ労う。


「あ、そういえばすっかり夕方ですねー」


「あー、そう言やぁ・・・」


 四人は辺りを見回す。


 ピースランドの城下町は、見渡す限り夕日の色に染まっている。本物でないとは言え、夕日に染まる風車の橙と陰影のコントラストは、とても美しく見えた。


「いやー・・・風情があるねー。・・・本物じゃねーけど」


「今だけはそれは言わないでおきましょう。それに夕日は本物ですよ」


「・・・・・・」


 帰りの道すがら、夕日に染まる町を見渡しながら歩く。


「・・・!」


 突然横島の足が一瞬止まる。


「ぅぶ」


 そのせいで、横島の服の裾を掴んでいたモモは前を歩いていた明乃の背中に顔をぶつける。


「どうしたんですか?」


 ルリは横島に問いかけるも、横島は曖昧な笑みを浮かべ、


「なんでもねーさ」


 そう言い、何事もなかったかのように歩行を再開した。


「・・・」


 明乃は、横島が足を止めたとき東京タワー(言うまでも無く偽物)を見ていたことに気づいていた。


 ただ、見つめていたその意味はわからなかったようだが。


 単に偶然か。東京タワーに思い入れでもあるのか。東京タワーではなく、その方向に知った顔でも見つけたか。


(東京タワー・・・)


 特に引っかかりは覚えない。やはり気のせいか。





 でも、以前のバーチャルルームの時といい、夕日を見る横島の顔を見るとなんだか胸が締め付けられるような感覚を味わうのだった。



 中編に続く。