どうもこんにちは、明乃です。ナデシコが連合に乗っ取られてから1週間。私たちは長崎は佐世保の雪谷食堂に身を寄せていました。


 ちなみに、私たちとは私、横島くん、モモちゃん、ユリカ、ミナトさん、ジュンくん、ユキナちゃんです。
店主のサイゾウさんを含めると総勢八人の大所帯。侍とガンマンを超えました。


「しかし横島の奴、おっせぇなぁ」


「ほんとですね」


 サイゾウさんは天井を見上げました。


 雪谷食堂は小さな大衆中華食堂です。サイゾウさんと、今はいませんがバイト数人で切り盛りしています。
今まではそれでもなんとかやっていけたそうですが、どこから聞き付けたのか私たちが来てから、
なぜかお客さんが倍増し、ランチタイムは押しかけ組がフルメンバーで手伝っても地獄のような忙しさ。
そしてそのランチタイムは開店11時直後から始まります。その時間も差し迫ってきたというのにまだ横島くんは起きて来ません。

 仕込みは三人でなくても出来るので、私か横島くんのどちらかは開店前まで出てこなくていいんです。今日は横島くんの番なのです。


「しゃーねぇなぁ、起こしてくるか……」


 仕込みの手を止め、手を洗おうとするサイゾウさん。流石にサイゾウさんも解っているのか、
ユリカやミナトさんに頼んだりはしません。ほぼ確実にややこしい事になるからです。


「あっ、横島さんなら私が起こしてきますよ! まだ仕込みあるんですよねっ?」


 すっかり地球にも慣れたユキナちゃんが挙手して発言します。


「……ま、いいだろ。頼むわ」


 モモちゃんやジュンくんが居るなら話は早いんですが、二人は買出しから戻ってません。
ユキナちゃんもギリで守備範囲外なので大丈夫だとは思うんですが……。

 ちなみに、基本的に横島くん以外と外出しないモモちゃんですけど、ジュンくんは大丈夫みたいです。
モモちゃん曰く、「無害そうだから」……と、言ってました。その言葉を聞いた横島くんとサイゾウさんは、そっと目頭を押さえていました。


「はーい。だだだだだっ!」


 擬音と共に階段を駆け上がるユキナちゃん。





 数分後。


「っし、そろそろ暖簾出すか」


「は〜い」


 ミナトさんがいそいそと暖簾を入り口にかけました。途端、挨拶と一緒に数人の顔なじみが店に入ってきました。
そしてもう半分近く席が埋まってしまいました。

 ああ、今日も嬉しい悲鳴に事欠く事はなさそうです。


「ハイ、ご注文は!?」


「横島君の炒飯とおやっさんの春巻きで」


「まぁた横島かよ? 半人前の料理はまだ出したくねぇんだがな」


「いやー、横島君の体を張ったギャグと春巻きが無いと一日が始まった帰になれないンすよ」


「もう昼だっての」


 自分の料理と横島くんのギャグが同列扱いされて、サイゾウさんの表情がとても微妙になりました。


 なぜか最近料理人の指名をするお客さんが増えてます。余裕があるならそれに応えますが……
って、そういえば横島くんがまだ下りて来てないような。


「き、きやああああああああああーっ! 変態ーーーーー!!」





「「……」」


 私とサイゾウさんは諦観も顕にため息をつきました。


 横島くん。私ももう騒ぎを起こすな、なんて無理なことは言いません。

 でも、せめて、始まってすらないのに騒ぎを起こさないで下さいよ、ホントに・・・・・・・・・。








GS横島 ナデシコ大作戦!!

 





第二十六話:銃口の先は





「……今の、ユキナちゃんの悲鳴、ですね」


「だな」


 明乃とサイゾウは顔を見合わせ、同時に深くため息をついた。双方、顔には疲労と諦観の念がありありと顕れている。


「おい、まさかあの野郎、あの子に手ぇ出したのか?」


「えー、でもあいつノーマルだろ」


「視野が広がったんじゃね」


「その広がり方はどうよ」


 早くから店に来ている常連客は、好き勝手に言葉を並べ立てている。明乃らは苦笑いしか出来ない。


 その時、


「嫁入り前の私になんてことしてくれんのよ!」


 二階から、ユキナの怒鳴り声が響いてきた。


「……(全員)」


 全員が顔を見合わせる。この店が古い事もあるが、単純に声がでかいから聞こえるようだ。


「わざとやないんやーーーっ!! 不可抗力、っちゅーかそもそも記憶にねーぞ!?」


「さ、最低……ッ!! せっかく優しく起こしてあげたのに、あ、あろうことかッ!!

 私を、布団に、ひきっ、引きずり込むなんてぇ〜!! しかも変な言い訳まで!!」





 一階では、おお、と客が身を乗り出し、食い入るように聞き耳を立てている。


「ああ、この人たちもダメな人たちだぁ……」


 明乃は遠い眼で呟く。


「おい、現実逃避すんな」





「違うんやー! ほら、寝ぼけてただけでさ、反射的にっちゅーか」


「反射的にそんなことするなんて! 変態!」


「たまたまやって! たまたま! たまたま!」


「た、たまたまぁ……!? たまたま……た、たまたまなんて……連呼……たまたま……するなんてッ!

 ふ、フフふふふフフふふフフ、フケツーーーーーーーーーーッ!!」


「その発想は無かったわ」





 一階。


 ざわ……ざわ……


 もう一階はかなりの盛り上がりを見せている。まだ正午にもなっていないのに体力は大丈夫なのだろうか。


「……おい、止めてこいよ」


「サイゾウさんが行ったらどうですか?」


「「…………」」





「大体、触ったっつっても殆ど起伏なんか俺の触覚には感知できなかったぞ!?」


「やっぱりしっかり触ってんじゃないの!!」


「見た目15歳未満だから解りませんでした!」


 ちなみにこれは嘘である。


「ふ、フケツなだけじゃ飽き足らず言うに事欠いてッ!」


 ユキナは横島の脇腹につま先を蹴りこんだ。しかし横島はとっさに転がり回避。だが、その際布団は蹴り飛ばされ、横島の全身が露になった。


 そして、そこには、





「あ……」


「う……」


 所謂、男の朝の生理現象である。





「フケツ!! エッチ!! スケベ!! 変態!!」


 ユキナが怒号を発する度、建物は揺れ、何かが潰れる音が響く。ついでに呻き声も漏れる。


「ちょ、ま、それは」


「ちぇすとーーー!!」


「アッーーーーーーーーー!!」





 悲鳴?と共にどんがらがっしゃーんと横島が二階から転がり落ちてきた。


「…………」


 横島の悲鳴?を最後に、雪谷食堂に静寂が訪れる。しかしその静寂は直ぐに破られた。


「……横島の奴、最後は何処に攻撃を食らったんだろうな」


 サイゾウがぽそりと呟いた後、再び静寂が訪れた。


 雪谷食堂一階の皆が、そっと合掌したことはは言うまでもない。





 ――――――――――





 初っ端からハプニングがあったもののランチタイムは無事終了し、現在14時30分。
ピークを過ぎればウェイトレスの半分は家事に回ることになっているため、ミナトとユキナは洗濯物を取り込んでいた。


「う〜んいいお天気ね。こんなお洗濯日和は久し振りだわ」


「お洗濯、びより?」


 不思議そうな顔をするユキナ。それを見てミナトは苦笑する。そういえばユキナはコロニー育ちなのだ。
日本人的な顔立ちなのに洗濯日和という言葉にピンと来ないユキナにミナトは説明する。


「こういうこと。ほら」


「わっ……」


 ミナトは取り込んだばかりのシーツをユキナの顔に触れさせる。


「どう? お日様って匂いがあるのよ。お日様の下で乾かすとね、こんなにふんわりとしていい匂いがするの」


「ホントだ……」


 ただの薄いシーツのはずだが確かにふんわりしているように感じる。匂いも乾燥機とは違う。


「洗濯日和ってね、洗濯物がこういう風になる日のことなのよ」


「……」


 ユキナは洗濯物に顔を埋めたまま、地球も悪い所じゃないかもしれない、と今更ながらに思った。


 ミナトは、そんなユキナを見、優しい眼差しで語りかける。


「こんな事言うと怒るかもしれないけど、人間って何処に居てもそれほど本質は変わらないと思うの」


 ユキナはゆるゆると顔を上げ、ミナトを見る。特に反論をしようとは思っていないようだ


「ミナトさんの言いたい事は、なんとなくだけど解る……」


 実際に見ると、地球人にもいい人はいる。むしろ実際かかわった人だけで言うと嫌な人のほうが少ないくらいだ。
そして木星では、質実剛健を良しとする気風で実際そのような人が多いが、犯罪者がいない訳では決して無い。

 環境による考え方の違いは多いものの、思っていた以上にすんなり地球に馴染めたのは、やはり本質は同じ、と言うことなのだと思う。

 とは言え。


「横島さん見たいな人は木連には居ないわ! 絶っっっ対に!」


「あはは……。実を言うと横島クン以外のあんなタイプの男のコ、私も見たこと無いわ……」


「うん。あれは人間から逸脱した突然変異よ! 変態と言う名の紳士よ!」


「突然変異って言うか、確かに横島クンみたいなのが沢山居ると困るわね」


「横島さんが沢山!? 想像するだけで恐ろしいわ! そうなったら地球滅んじゃうんじゃないかしら」


「そうね。うふふふふ」


 冗談なのだろう。ミナトとユキナは声を上げて笑った。ユキナなど洗濯物に顔を埋めてふるふる震えている。


 そしてひとしきり笑った後、


「成功するといいね。和平」


「…………うん」


 ユキナは小さく、しかし確かに頷いた。










「……やべぇ。ここが居心地良すぎて和平とかアカツキとかへのフォローのことすっかり忘れてた……」


 そして、偶然立ち聞きしてしまった馬鹿が一人。





 ――――――――――





 ナデシコには、隠し部屋がある。


 正確には違うが、通気孔の奥等に、整備員の作業用の小部屋が存在する。とは言っても、整備員自体もそこの存在を知るものは少ないのだが。

 作りはしたものの、最初から最後まで使われる事の無い部屋。そのはずだったが。


 カタカタ、と無機質なキータッチの音がその空間に響いていた。あるのは旧式のパソコンと、小柄な人影。


「ふう……」


 その音を響かせていた張本人、ホシノ・ルリは一旦手を休め、凝りをほぐす様に首を回す。そしてぶるりと身震いした。

 ルリは現在連合やネルガルの追っ手から身を隠している身であり、大方の裏を掻いてナデシコに潜んでいた。
しかし裏を掻いているとはいえ、空調を効かせていれば遠からずばれる。なのでこの部屋には空調が効いておらず、
とても寒かった。そのため防寒として猫の着ぐるみを着用していた。


 それにしても、着ぐるみを着たローティーンの少女が薄暗い部屋で一心不乱にキーを叩き続けるその姿、シュールである。


「にゃ」


 ルリは呟いてみた。特に意味はなかったが。


『はい、どうぞ』


「あ、どうも」


 突然、しかし自然に、穏やかな声と共にカップが差し出された。中には湯気の立つココアが。

 ルリは受け取り、口をつけた。


「あ、美味し…………い?」


 ルリはばっと差し出されたほうに首を向けた。そこには、襦袢と緋袴を纏い微笑む少女の姿が……
見えた気がしたが一瞬で消えてしまっていた。もうその方向には通気孔しかない。

 疲れからくる幻覚ではない。手には湯気の立つカップが確かに握られている。


「そう言えば」


 以前からナデシコには巫女装束の幽霊が出没すると、例の幽霊騒動以前より囁かれていた。
まさか自分が目撃する事になるとは思わなかったが。

 ルリは、幽霊がいた方向をぼんやりと眺める。そして、通気孔を見ながら、
壁抜けは出来てもこのカップは壁抜け出来なかったんだなぁとかなんとか考えていた。


 その時、


「おいしょッ!」


 横島の頭が突然通気孔より突き出てきた。


「ぶっ!? げほっげほっ!」


 いきなりそんなもんを見せられたルリは、盛大にむせた。


「おおっ、どうしたルリちゃん!」


 横島はゆっくりと通気孔から降りる(飛び降りるにはこの部屋は狭すぎるので)と、ルリの背中をぱしぱし叩く。


「通気孔から人の頭がいきなり出てきたら驚きますっ……ごほっ!」


「おおう」


 横島は、成る程、とばかりに手を叩き、そして再びむせたルリの背中をさすった。


「それにしても、ルリちゃん、こんなところで何してんだ?」


「一言で言えば、プログラミングです」


 背中をさすられている為、目の前に横島の胸元があった
ちなみにこの部屋は狭い為、後ろに回らずに正面から背中を撫でていた。
余談だが、横島のこのときの率直な感想は、「肉付きが薄いなー」である。正に外道。

 少し汗の臭いもしたが、不思議と嫌悪感は沸かなかった。ルリは努めて無表情を装い、横島の反応を待つ。


「プログラミング?」


「はい」


 ルリがモニターを指差して見せるが、横島には何がなにやらさっぱりだ。


「私はナデシコを取り戻したいんです」


「ナデシコを……」


「以前、ピースランドに行きましたよね。私の生まれた施設にも」


「ああ……」


 正直、あそこのことは思い出したくは無い。少々厳しかったもののマトモな母と、助平だが締める所は締める父に育てられた横島には、
ルリの思い出にあった「両親」など、まさに「気持ち悪ぃ」以外の何者でもない。実際に口にも出してしまった。


「今の私なら、あのときの横島さんの意見に同感です。
そして、血が繋がっているあの人たちも、あの人たちには悪いですが、家族と言われても正直ピンと来ません。
本当に形だけの養父母なんて言わずもがなです。

 血の繋がった家族、思い出の中の両親、その二つと再会して思ったんです。

 ナデシコが、私の帰るべき場所。第二の故郷なんだ、って」


「……」


「ナデシコはネルガルの所有物ですからいつかは降りる日が来ると思います。
目的を全て果たし、クルーの皆さんが納得して笑顔で艦を降りる時、私もナデシコを降ります。たとえ失われても、故郷である事は変わりませんから。

 でもそれは今じゃない。とても納得できません。他の皆さんもそうではないでしょうか。
ナデシコ自体はどうでも良くても、納得できない人は大勢いるんじゃないでしょうか」


「……その、納得できない大勢を焚きつけるのが、そのプログラムってわけか」


「ものすごく砕いて言えばその通りです。横島さんはどうですか? 私のすることをナンセンスだと笑いますか?」


 それこそまさかな話だ。正直横島は今のルリの話に深い感銘を受けていた。尊敬の念すら覚えていた。


「笑うもんかい。例え納得済みだとしても今この瞬間宗旨替えする! 未来のイイ女の言う事、なんでもホイホイ聞いちゃいますよ!」


「……ありがとうございます」


 ルリは深く頭を下げた。

 ところで、この部屋は狭いので二人は今正座でひざを突き合わせている状態である。
片やラフな格好の苦笑している青年。片や猫の気ぐるみを着て結果的に土下座に近い格好の少女。さっきよりシュールである。


「それで横島さん。せっかく来ていただいて申し訳ないんですが、私にはやることがあります。
ここを出るとほぼ確実に見つかってしまうでしょうし……」


 顔を上げたルリは、少し残念そうに言った。


「横島さんの文珠でプログラムを組めたらいいんですが……」


「組めるぞ」


「はい?」


 こともなげに言う横島に、ルリの目は丸くなる。


「結局文珠ってのは、文字を篭める時のイメージが全てだから。それが完全ならあらゆる過程をすっ飛ばして結果を出せる。
ま、俺にはプログラム関連はさっぱりさっぱりやからイメージしろったって無理だろーが」


「じゃあ駄目じゃないですか」


「ルリちゃんが使えばいいんじゃねーかな」


「…………あ。いえ、でも」


「使ったことあるだろ? だったらいけるって。ルリちゃんならプログラムを組むイメージくらいできるだろ」


 横島は相当無茶なことを言っているが、確かにルリならそれが可能だ。
プログラム自体は特筆するほどのものではないのでモモにもできるだろう。設備が無い上に慣れないタイピングだから苦労しているだけで。


「物は試し。バックアップとってから試そうぜ」


「そう、ですね」


 確かに断る理由がない。文珠をそうぽんぽん使ってもいいのかとも思うが、あっさり案を出した事から個数に余裕があるのだろう、とルリは思った。

 美神あたりがこの事実を知ったら確実に半殺しにされるだろう。


「よし、ちょっと待ってよ。んん……ほい、出来た」


「はい」


 ルリは渡された文珠をしげしげと眺める。落ち着いてみたのは初めてだ。淡い碧色で仄かに光を放っている。


「では始めます」


「おう」


「んっ……!」


 ルリはぎゅっと目を瞑り、文珠を握り締める。そしてイメージ。プログラムを組むというイメージ……!


「(別にそんなに力まんでも……)ルリちゃん、もう出来てるみたいだぞ」


「んっ……」


 目を開けると、文珠に「組」という文字が。


「『組』……?」


「プログラムを「組む」という意味でしょうか」


「んー、まぁ試してみりゃ分かるだろ」


「そうですね」


 ルリは再び目を閉じ、文珠の発動を試みる。


『組』


 文珠が光り輝き、光の粒子となりパソコンに降りかかる。


「なんか霧吹きをパソコンにかけてるみてぇ」


「壊れそうだからやめてください」


 情緒もへったくれもない横島に呆れつつ、ルリは手早くパソコンをチェックする。


「すごいですね。本当に出来てます」


「おっ、やったな」


 横島はルリの頭をぐりぐり撫でた。


「ん……やめてください」


「あ、ごめんごめん。綺麗な髪やからつい」


 謝りつつも撫でる手を止めようとはしなかった。少々力は弱めたが。


「……もう」


 他意を感じない横島の台詞にルリは嘆息し、暫くはされるがままにされていた。


「……ん?」


 ルリは、何かに気が付いたように閉じていた目を開いた。


「んー? ルリちゃんどうかしたか?」


「…………あの」


「ん?」


 何か言いたげなルリに、横島は頭を撫でる手を止める。


「いくつか、訊きたいんですけど」


「何を?」


「横島さんは、どうやって私を見つけたんですか?」


「そりゃあ、文珠だけど」


「ナデシコに侵入するのは大変じゃありませんでしたか?」


「いんや。割合あっさりと」


「ナデシコを脱出したとき、文珠に余裕はありましたか?」


「余裕があったわけやないけど、5個くらいは……あ”」


 横島の顔が、不意に強張った。


 そして膝を付き合わせた状態から無意識にルリから距離をとろうとした。しかし拳一個分の隙間が開いただけで直ぐに後ろの壁に背中が当たった。

 ルリは、表情を変えずに空いた拳一個分のスペースを詰めた。


「他に誰と一緒に居ますか?」


「いや、あの、モモとか、明乃ちゃんとか、その……」


 しどろもどろに答える横島。ルリは、もう前進しようがないにもかかわらず前に進もうとする。結果として互いの膝が強く接触する事になる。

 横島の膝は、震えていた。


「今何処で暮らしていますか?」


「あ、あうあ……」


 ルリは、横島の膝の上に乗り上げる。横島は、何故、という台詞すら言わない。否、言えないのだろう。今のルリの目を見れば。


「何故、私を見つけるのが今頃になったんでしょう?」


「…………」


 まさか「忘れてましたっ! てへ☆」とは言えない。


「何故「すいませんでしたぁっ!!!」


 横島は謝罪の言葉を絶叫する。


「なんで謝るのかな? かな?」


 キャラが違います。


「すんまへん! ホンマすんまへん!!」


「横島さん」


「は、はひっ!」





「歯ぁ、食いしばれ」





 ルリの人生で2度目となったその平手は、快音をその狭い空間に響かせたという。





 ――――――――――




 夕食時の雪谷食堂。いつも通り仕事帰りの客でにぎわい始める頃である。


 しかし、今はいつもより賑わっておらず、代わりに一種異様な雰囲気が漂っていた。


「横島さん、お茶おかわり」


「……ハイ」


「元気が足りません。もう一度」


「はいっ! 喜んでお注ぎします!」


「ん」


 そこには、銀髪の美少女が冴えない青年を執事の如く働かせつつラーメンライスと餃子と酢豚を黙々と平らげているという光景が広がっていた。


「横島さん、ラーメンおかわり」


 さらに、おかわりまで要求してきた。


「いや、ルリちゃん、もうそろそろ勘弁……」


 横島が息も絶え絶えに訴える。

 それも無理はなく、一連のメニューを横島に全て作らせ、あれこれと雑用にこき使われ、更には常に緊張感と罪悪感に苛まれているのである。
泣きが入るのも無理はない。しかし。


「寒い……。何でこんなに寒いんでしょうか。空調は効いている筈ですが……。やはりずっとあの寂しくて寒い部屋で


 芝居がかったその台詞を、横島は最後まで言わせなかった。


「申し訳ありません、マム! 今すぐ全霊をもって作らせていただきますッ!!」


「ん」


 滂沱しつつ麺を茹で始めた横島に、今まで見ていることしか出来なかった明乃が恐る恐る話しかけた。


「あの……、横島くん、これっていったいどういう状況なんでしょう?」


「……頼む、訊かんといて……」


 横島から真剣な苦悩と悲哀を感じ、明乃はそれ以上訊く事が出来なかった……。


(今度わたしもやってもらおう)


 そして、密かにモモはそんな無慈悲な事を考えていた。


「なぁ、嬢ちゃん」


「なんですか? ああ、ご心配なく。残したりせずに全部食べますよ」


 サイゾウの言葉にさらりとルリが返す。ちなみに、ルリは結構大食いである。
以前は食事にハンバーガー一個程度だったが、ホウメイの食事に出会ってから、気に入った食べ物はたいていおかわりしている。
ラーメンも、替え玉ではなくスープごとである。十分健啖家の域に入っている。


「いや、そうじゃなくてな。……いや、まぁいい」


 いいのかよー、と言う横島の突っ込みを無視してサイゾウはため息をついた。横島関係で深読みしても疲れるだけだと分かっているからだ。


 ちなみに、この後ルリも雪谷食堂に居候する事になった。


「三日間ほどで。あのままなら1週間はかかったでしょうが、その分をきっちり休むのも悪いですし」


「好きにして下さい……」





 ――――――――――





 雪谷食堂現在午後三時。夜の仕込みの時間として、一時的に店を閉めている時間帯だ。現に、客の姿は見当たらない。


 そして今、厨房は今までにない緊張感にあふれていた。


「まず横島」


「っす」


 横島が、醤油ラーメンと炒飯をサイゾウに差し出す。サイゾウは真剣な顔で匂いを嗅ぎ、レンゲで炒飯の中を探る。
米の火の通り具合、ばらつきを確認しているのだ。


「……」


 そして、1口食べる。


「「「……」」」


 厨房に入れず、邪魔にならないよう外から見ている面子も固唾を呑んでいる。


「どうなんだろう」


「さぁ・・・・・・。少くとも私は、横島さんの料理をマズイと思ったことないけどなぁ」


 ユキナの呟きにユリカが答える。


「…………」


 サイゾウは、次にラーメンのスープを1口啜る。そしておもむろに食器を脇にどかせた。


「次、テンカワ」


「は、はい」


 明乃はおずおずと皿とドンブリを差し出す。サイゾウは明乃の炒飯を横島の時と同様に味わう。


 そしてラーメンのスープを啜り、言った。


「二人とも、腕前は同程度ってとこか」


 そのままレンゲを皿に置き、


「十年早ぇ」


「っ」


「あ……」


 簡潔に過ぎるそのことばに、二人の顔は強張り、見ていた外野からは落胆のため息が漏れた。


「んだが、100年早ぇ奴らが名店とか言われてでけぇ顔で店構えてる御時勢だ」


「えっ」


「合格だよ」


 二人と周囲は、意味が飲み込めずに一瞬沈黙する。そして、





「「…………ぃぃやったぁぁぁぁあああっ!!」」




 二人は、飛び上がらんばかりの勢いで抱き合い喜ぶ。

 流石の横島も本気で嬉しいのかセクハラしようとはしない。


「んっ」


 モモはやや上気した顔で両手を握り締めた。彼女なりのガッツポーズらしい。


 ユリカとジュンはハイタッチを交わし、ミナトとユキナは大きく、ルリは小さく拍手をしている。


「ィィヤッホーーーーーーーーゥ!! 岡崎最高ォォォォォォオオゥ!!」


「きゃっ、もう! 岡崎って誰ですかー」


 二人はなおも抱き合い喜んでいる。横島はもう何を言っているのかわからない。


「お前ら、いつまでやってんだ……」


「「あ」」


 二人は一瞬でしゅばっと距離をとる。そんな二人を、モモは半眼で、ユキナやミナト、ジュンはにやにやと笑いながら見ている。


 ユリカとルリは、


「臭う」


「臭いますね」


「ラヴ臭が」


「それもありますけど」


 何か思うところがあるのか、二人顔を見合わせる。


「横島さんね」


「艦長も感じましたか」


「何が変、とは断定できないけど」


「そうですね」


 二人がそこまで話した辺りで、話題は二人を祝う話にシフトしていた。


「お祝いするにしても、どうする?」


「ぱーっと豪華にパーティーっぽく!」


「ユキナちゃん、僕達が逃亡中ってこと憶えてる? 今更だけど。本ッ当に今更だけど」


「う……」


 ユキナの顔が引きつる。横島の顔も微妙に引きつったのをルリは見逃さなかった。


「ちょっと奮発したお料理をするのもいいけど、問題は私の腕が二人に及ばないってことなのよねぇ」


「ミナトさんッ! ミナトさんの料理というだけで僕ぁ十分すぎます! でももしよければ、ミナトさんの女体盛r


 ミナトの両手を握り締めながら力説する横島に、明乃は冷静、かつ苛烈に突っ込みを入れた。


「はいダウト!」


 ストレート一閃。横島は捻りの効いた拳を顔面に受け、店の外に吹っ飛んでいった。


 ちなみに、こうなる事を予想していたのか、ジュンは一瞬前に戸を開けていた。


「ジュン君、ぐっ!」


 ユリカが親指を立てるが、ジュンの反応は微妙だった。


「はは、こんなことが予想できたってね……」


 そりゃそうである。


「それはともかく、どうするの?」


「料理は私たちが作るとして、他に何か出来ないかしら」


「そんなミナトさん、そこまでしてもらわなくても……。こうして喜んでもらえるだけでも充分すぎますよ」


「料理は忠夫の中華丼がいい」


「おいおい、なんで祝われる俺が作ることになってんだ?」


「ぎゃー! 何で自然に横島さんが混ざってるのー!?」


「復活はやー!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ横島らを横目に、サイゾウはため息混じりに呟く。


「平和だねぇ・・・・・・」





 ――――――――――




 だがそんな平和な時間も終わりは来る。
 休暇(?)の終わったルリが、ナデシコクルー全員に呼びかけたのだ。そう、再びナデシコは動くと。


 その間中、横島が頭を抱えてのたうちまわっていたことは言うまでもない。


 その後からナデシコに乗るまでのことは横島にとっては黒歴史だ。
 思い出したくない。思い出したくない。

 以前雇ってもらってたときになんとなくいい感じになりかけたお姉さんと何かあったような気がしたが全く覚えてないのだ!
 だから割愛。


 まぁそんなこんなで。


 ナデシコクルーが再び揃い、宇宙に出てからは話が早かった。
木連からの和平の使者として九十九がナデシコにやってきて、和平の打合せを行った。歓迎ムードもあり、その作業は滞りなく進む。


 そして、


「ゲキガンガー上映会ぃ?」


「はい、そうです。白鳥さんの歓迎の意を込めて皆で見る事にしたんです。
木星ではゲキガンガーが聖典として扱われてるのは横島さんも知ってますよね。
和平をするんだから向こうの文化も知ろうってことで」


「はぁん……」


 横島は気が乗らない素振りで相槌をうった。

 別に横島はアニメが嫌いなわけではない。だが、今風のものならともかく、ゲキガンガーは横島的には少々古臭く感じる。
それだけならまだいいが、明乃やガイから半ば無理やり見せられることもあるので食傷気味なのだ。ぶっちゃけ気乗りしない。


「ちなみに、持ち場を離れられない最低限の人以外は全員参加ですよ」


「艦長命令っすか」


「ううん、私からのお・ね・が・い(はぁと)」


「しょうがないっスねー!!」


 何気に横島の操縦方法を分かっているユリカだった。





 で。


「何でこんな事になってんだろうか」


「私的にもちょっと意外ですけど、ゲキガンガーの良さを分かってもらえて嬉しいです」


 上映会は大成功だった。

 大半の人はマトモに見るのは初めてだったが、横島とモモとユキナとメグミと観ていないルリ以外にはとてつもない大好評だった。
横島的には、プロスとゴートまでも例外ではなかったことは、意外を通り越して衝撃だった。
なんか変な物でも食べたのかと半ば本気で心配したほどだ。


 そしてナデシコには空前のゲキガンガーブームが巻き起こった。上映会、グッズ販売、コスプレイベント等々。

 横島はなぜか、同人誌即売会(何時描いたのやら)の会場の後片付けをやっていた。
ブリーフィングルームを一部屋使ってのイベントだったので即売会としては小規模な部類だが、
横島と明乃だけで片付けるのはとてもきつい。一連の事件で人員が減っている上に、
即売会だけでなく他のイベントも平行して行なっているので手が足りない。
イベントが楽しいものならまだいいが、横島には全然楽しめないので面倒なだけである。


「ん?」


 テーブルの上のゲキガンガーの人形が横島の目に入った。


「明乃ちゃん、これってどこに仕舞うのー?」


「ああ、それは私の私物ですから置いといて下さい」


「へーい。……ふむ、中々に良く出来た人形だなぁこれ。どれどれ」


 横島は、ゲキガンガー人形を持って眺め回す。そして腕の継ぎ目辺りを弄ると、ぱちんと人形の手が前に飛ぶ。


「はっはー、ゲキガンパーンチってか」


「横島くん、触るのはいいですけど細かいのもあるから失くさないで下さいよ」


「へいへい。…………あ」


「?」


「ごめん、手がどっかいっちまった」


「ええっ!」


 明乃はぎょっと目を剥き、手のパーツを四つん這いになって探し始めた。


「あ、明乃ちゃ……」


「横島くん、迂闊に動かないで下さい! 踏んだら怒りますよ!」


「す、すいまへん……」


 怒っている明乃は横島にとって苦手な物のなかでも五指に入る。横島は、細心の注意を払いつつ明乃同様四つん這いになって手を探し始めた。


「……お」


 探し始めて十数秒。顔を上げると、前方に明乃の尻が揺れている。スカートの中身はギリギリ見えない。悩ましい限りだ。


「む、この角度は……。も、もうちょい……」


 横島は地面に顔をつけんばかりの勢いで明乃ににじり寄る。


 そして、


「ッ!! 見えt」


「ふんっ!」


 どご。と言う音と共に、明乃の靴が横島の顔にめり込んだ。ぱっと見、鼻骨が確実に折れているように見えるが実はそんな事はないのだろう。


「ぐ……! 縞、パン……!」


 がく。


「…………はぁ」


 明乃はもう突っ込む気も起きなかった。


 そんなこんなでふたりでじゃれあって(?)いると、


「白鳥さん、ここなら誰もいないわ」


「「!!!」」


 開きっぱなしのドアから、ミナトと九十九が入ってきた。


 横島と明乃は咄嗟に手近の折りたたみテーブルの下にもぐりこむ。
 間一髪気がつかれていない。


 横島はミナトらに気付かれていない事が分かると安堵のため息を漏らした。そして落ち着いて前を見ると、
そこには自分と同じく安堵の表情を浮かべる明乃。お互いの距離は、吐息がかかってしまいそうなほど近かった。


「っ!?」


 横島は反射的に身を引かせようとしたが、テーブルの幅的に考えて下手に動くと音を立ててしまう。
横島は赤面しつつも動きを止めた。そしてそれは明乃も同様だった。

 お互い居心地の悪さを感じていたものの、このままで居たいとも思っていた。それにしても緊張しすぎてミナトらの会話もよく聞こえない。


(うっぐ……どないせいっちゅーねん)


 横島が誰にでもなく問いかけた所に、微かにいい香りを感じた。思わず鼻をひくつかせる。


(明乃ちゃんのシャンプーか? でもあんまり嗅ぎ慣れないような……)


 そこまで考えた時、横島は意識してしまった。

 横島の知る限り、女性は身だしなみは勿論、纏う香りにも気を遣う人種である。美神の事務所でも、同僚に近付くと石鹸の匂いがしたものだ。シロは鼻が良い分抑え目だったが、他が遠慮しないから匂いについて愚痴られた事もある。

 そして横島的に驚いた事は、女性は石鹸やシャンプーの残り香でさっきまでそこに誰がいたか判るらしいのだ。美神曰く、親しい間柄ならシャンプーの匂いで誰かわかる、とのことである。本当かどうかはわからないが、少なくとも事務所内ではそうだった。

 ナデシコでも同様であったが、明乃の場合シャンプーの匂いがするほうがレアだった。料理人の卵である明乃は基本的に胡麻油や香辛料の匂いがする。料理人なら当然のことだが、それでもシャンプーの匂いがする時もあった。思えば、明乃がそうだったのは自分と休日が重なった時などが多かった気がする。


 何が言いたいのかというと、このとき横島は、明乃の「女性」を意識してしまったのだ。

 勿論、セクハラ未遂など日常茶飯事であることは言うまでもないものの、横島は真の意味で女性にアプローチすることを無意識に避けていた。そして紆余曲折あり、その事は今は横島も気がついている。

 だが、心底の助平である横島は、“とある事実”も手伝って、平たく言うと「辛抱堪らん」状態になったのだ。

 しかしである。鼻息を荒くしたは良いものの(良くないが)、一欠片の理性が訴える。このまま押し倒すような真似をしてはマズイ、と。

 当たり前である。殴り倒され軽蔑されるならまだ笑い話にもなる。もし横島の行為を明乃が受け入れたら、どこまで自分を抑えられるか見当もつかない。しかも、受け入れられる可能性も無きにしも非ず、なのである。はっきり言ってしまえば横島は明乃の事が好きだが、それがどの程度のレベルの好きなのかは自身にも把握しきれていない。

 とはいっても、上記の通りそんな理性は一欠片しかなかったので、今すぐ明乃に迫ろうとぐわっと顔を上げたところ、

 明乃と視線がぶつかった。微妙に顔も赤い。


「いっ!?」


 そりゃそーである。息もかかる位の至近距離でこんなに鼻息を荒くしようものなら、どんな鈍感でも事態を把握できてしまうのは自明だろう。

 で、そんな表情を見たことにより若干理性が戻るあたり、この男、ビビリである。


「あ、その、明乃……さん」


「……はい」


 さん付けしたことに突っ込まず、微妙な雰囲気のまま相槌を打つ。


「まー、なんつーか、ワタクシの理性にも、その、限界というものがありましてですね、何と言いますか……」


「…………別に、いいですよ」


「へ」


 明乃は、顔を真っ赤にしつつ、しかしはっきりと言った。


「手を出しても」


「………………………………はい?」


 横島は今度こそ固まった。明乃の言葉を脳内で処理しきれない。 
 
 そして横島が口を開く前に、明乃は再度言った。


「私の気持ち、知ってる癖に」


「はうっ!?」


 横島はうろたえる。いくら彼がビビリのヘタレだろうとこの一言は強力すぎる。もう本当に理性が飛びそうになった瞬間、



「何で、私の気持ち、知ってるんですか?」


「へ?」





 横島は間抜け顔をさらした。そして自らのミスに気が付き、青褪める。


「私は確かに横島くんに自分の気持ちを伝えました。でも、そのことを横島くんは覚えていないはずです」


「ぐっ!」


 そう。横島は月で明乃と和解した際、彼女から告白のようなものを受けたことがある。
 しかし、そのことは明乃から殴られたショックで忘れているはずなのだ。

 明乃は、本当に忘れているかどうかカマを掛けたりメグミに依頼したりして確かめたところ、確かにその記憶はすっ飛んでいるとの結論を得た。ならばどういうことなのか。

 余談だが、明乃の気持ちぐらいちょっと見たらバレバレやん、との突っ込みが入るだろうことは想像に難くないが、それで気が付かないのが横島である。


 閑話休題。言葉に詰まる横島に、明乃は言う。


「いつ思い出したか、なんで思い出したのを黙ってたのかはどうでもいいんです。
 横島くん。あなたは、私の事が……」


 そこで言葉を詰まらせる明乃。しかし直ぐに逡巡を捨て、言った。


「わたしの事が……好き、ですか?」


「うっ……!」


 横島的には無論イエスなのだが、明乃の真摯な目は軽々しい返答を許さない(気がする)。
 決まりきった答え。しかし口に出来ない。だが明乃は横島が即答できないことはわかっていたようだ。
 横島が本質的にはその手の話に臆病だから? 明乃は、なんとなくだがそれだけではないような気がした。


「横島くん。もしかして、なんですけど」


「……」


「自分のいた時代に、帰ろうと思ってませんか?」


「!」


 横島は動揺した。その態度は正鵠を射ていた故か。はたまた、思っても無いこと故の驚きか。


「そうでなくても、最近帰ったときのことを考えてあまり深入りしようとしてないような気が、するん……ですけど」


 横島視点、ここは未来。いくらこの時代で新しい友人、仲間、家族、絆ができ、それがかけがえの無いものだとしても、
元の時代にもあるはずのそれらより大事な物だと言えるだろうか。

 応、と答える人もいるだろう。しかし、横島的には否、である。
この時代に来て早二年と数ヶ月。そこで得たものは、何物にも代えがたい、とてもとても大切なものだ。
しかし、元の時代の十七年と比べればどうか。

 本来それらは天秤に掛けられるものではないし、掛けるべきではないのかもしれない。
だが、それでも敢えて、量りに掛けるとすれば。掛けなければならないとしたら。

 横島はどう応えるのか。


「もちろん私の想像です。横島くんはそんなことは考えてないかもしれません」


 明乃はそう言うが、その表情を見れば半ば確信しているとしか思えない。

 そして、双眸に決意を漲らせ、横島の目に映る自分の赤面した顔に、さらに赤面しつつ、言った。


「想像が本当であると仮定して言います。
横島くん、好きです。私と恋人として、付き合ってください。この時代で、私と一緒にいてください。側に、居てください。
もし私の気持ちを受け入れてくれるなら、私、横島くんに何されても、その……いいです」


 ……好きですから。と、明乃はこのときばかりは恥ずかしげに目を泳がせた。すぐに戻したが。


「でも、それでも元居た時代に帰るつもりなんでしたら…………。もう、私と関わらないでほしいんです」


 明乃は俯き、声を震わせた。


「勿論、横島くんが帰ると言ったとしても、私の気持ちは変わりません。嫌いになんてなれません。
でも、このままの関係をこのまま続けて突然いなくなられたら、私きっと耐えられない……!」


 だから。私の告白は忘れてください。これからずっとただの同僚として接してください。

 そうすれば、いつか、立ち直ることが出来るかもしれないから。


「…………」


 横島は一言もなかった。有体に言えば、明乃に圧倒されていた。

 横島風に言うなら、「このねーちゃんが丸ごと俺のもん? マジ?」とでも思うところだが、今回はそうはならなかった。

 真剣に、この女の子は可愛い。そう思った。自分にここまで言ってくれる女の子なんて、あいつ以外にいるだろうか?
 それに横島だって、明乃のことが、好きなのに。明乃のそれには及ばないにしても。


 横島の喉が、ごくりとなった。


「!」


 この至近距離である。横島に全神経を集中させていた明乃は、横島が唾を飲み込んだ音が聞こえた。だから、

 
 ゆっくりと、目を閉じ、ややあごを上げ、唇を、横島の方に向けた。


「!!」


 上気した頬、目尻にわずかに光る涙、香るシャンプー。

 胸の前で握り締められている手は、不安を代弁するかのように震えている。

 横島は、理性をざくざくと刻まれるのを自覚しながら、そんな明乃を見ていた。


 このままキスをするということは、明乃の問いにYESと答えるということ。なのに、横島も明乃の顔に、自分の顔を寄せていく。


 だって、明乃は、この女の子は、こんなにも可愛いんだから。





「じーーーーーーーーーー」





 今、視線を擬音として表現された気がする。


 二人は、反射的に音が聞こえた方を向いた。そこには。





「じーーーーーーーーーー」





 小さくしゃがみ込み、膝頭に小さなあごをちょこんと乗せ、ものすごーく不機嫌そうな半眼をした、薄桃ストレートの髪の幼女。


 二人がこの瞬間に思ったことは、偶然にも一致した。


 あ、パンツ見えてる。しょうがないなぁ、タイトスカートの時はもっと膝を前に突き出すようにしゃがまないとってぇえええええええええええええええええええええええぇえええええええええええええええええッ!!!!!!?


「「モッ!?」」


 どがしゃん。


 モモ!? と叫びとっさに立ち上がろうとした二人は、テーブルの裏にしたたかに頭をぶつけることとなった。


「「いッ!?」」


 痛いという台詞さえも半ばで途切れる。そしてこんな音を響かせたら、


「横島クン!? それに明乃ちゃんまで……!」
「何時から居たんだ君たちは!?」


 ミナトと九十九が狼狽しているがハッキリ言ってそれに答える余裕は二人にはない。

 だがここは痛みに耐性のある横島忠夫。律儀に返事を返す。


「……ここなら誰もいないってミナトさんが言った時……」


「最初からじゃないか!?」


「で、誰も居ないとこでナニしようとしてたんだお前? え?」


 横島は据わった目で九十九の胸倉を掴む。


「何で僕はいきなり君に胸倉掴みあげられて凄まれてるんだ!?」


「白鳥さんに大事な話があるって言われて。ここなら誰もいないかな、って」


「なんだ」


 横島はぱっと白鳥から手を放し、やれやれとため息をついた。


「まー、愛の告白なら死体袋を用意せにゃならんとこだが」


「なんでだっ!?」


「言わなきゃわからんか?」


「わかるわけないだろ!」


 ぎゃーぎゃー騒ぐバカ二人に、ミナトは小首を傾げる。


「……なーんか横島クン、変なはっちゃけ方してない?」


「…………」


 モモはじろりと横目で明乃を見た。


「はは・・・・・・・・・なんでこーなるかな」


 先ほどの雰囲気が跡形もなく消し飛び、明乃はがくっ、と項垂れた。
 流石の明乃も、他人のいる場所でこれ以上の問答をする勇気と気力は残っていなかったようである。





 ――――――――――





 数分後。モモとミナトは去り、ゲキガンガー上映会場に横島ら三人は移動していた。
 横島、明乃、九十九は最前列のパイプ椅子に座っていた。


「……ゲキガンガーも残すところ最終回だけか」


 九十九はパイプ椅子の背もたれに体重をかけ、感慨深げに言った。


「そーだな。俺は見てないけど」


 横島は適当に相槌を打った。


 そして、数秒の沈黙が流れた後、


「白鳥さん。あなたは、和平が実現したら何をするんですか?」


 沈黙を守っていた明乃の突然の質問に、九十九はちょっとだけ驚いたようだが、躊躇なく、己の胸の内を語った。


「好きな女性に結婚を申し込む」


 その迷いのない言葉に今度は明乃らが少し驚く。


「そっか」


 横島は、ミナトのことを考えた。

 あの上司のように容姿端麗で、あの守銭奴のような悩ましげなボディを持ち、あの女王様より性格は丸い。

 
「……そっか……」


 似ているだけだ。あくまで似ているだけ。
 
 美神では、ない。


「白鳥」


「なんだ」


「千沙ちゃんはどーすんの?」


「自分の口から説明するさ」


「そうか」


「ああ」


「……リア充め。爆発しろ」


「君にだけは言われたくない言葉だな、それは」


「そうかよ」


「そうさ」


 男二人は、ふ、と唇を歪め、くぐもった笑い声をもらした。
 その笑顔は、笑いが堪えきれないようでもあり、痛みを誤魔化すかのような苦い笑いの様でもあった。


 白鳥は、ひとしきり肩を震わせた後、


「君たちは、どうするつもりなんだ?」


「え?」


「君たちだよ。和平が成立したら、さ」


「私は……」


 明乃は、先ほどの告白がうやむやになって気落ちしていた。
 この和平だなんだで大変なときにこのことで頭が占められていることに、ちょっと自己嫌悪に陥る。


「私は……」
「俺は、明乃ちゃんにさっきの返事を返す」


「えっ」
「?」


 明乃を息を飲み、九十九は少し首をひねった。


「正直、今でも迷ってる。つーか、和平会談の後でも決断できる自信はないけど、
でも、ちゃんと逃げずに答えるよ。……たぶん」


「答えて、くれるんですか?」


「俺も明乃ちゃんのこと、好きだからな」


「えっ」


 さらりと言われた言葉に、明乃は固まった。いまや蚊帳の外の九十九も同様だ。


「よ、横島……くん……」


 明乃の瞳から涙が一筋流れた。
 そして、脳に横島の言葉が浸透するに従い、幾筋も幾筋も、頬を涙が伝う。


「酷い……ですよ……! 帰らないつもりなら、関わらないでって、ただの同僚に戻ってって、言ったのに!
それとも、もう帰るつもりはないって言うんですか!?」


「……ごめん、まだわからん」


「本当に、酷い……。でも、嬉しい……。好きって、その言葉だけで……!」


「明乃ちゃん。俺は不誠実の塊みたいな人間だけど、和平が終わるまで待ってくれるか?」


「待ちます……」


 明乃は、泣きながらも、とても幸せそうにはにかんだ。


「うっ……」


 横島は、ついに正視出来なくなったか、照れくさそうに鼻の頭を掻きながら横を向いた。


 で。


 そこにはニヤニヤ笑う九十九がいた。


「……あんだよ」


「こういう場合、リア充爆発しろと言うべきか?」


「うるせーよ!!」


 そのままぎゃあぎゃあ騒ぐ二人を見ながら、明乃は、そっと呟いた。










「私、待ちます。ずっと……」















 ルリは、無言でウィンドウを閉じた。
 そして無表情のまま呟く。


「……バカ」


 そしてため息を一つつき、コンソールに突っ伏し、


「ほんと、バカ」


「……」


 ルリの肩に、ぽん、とモモが手を置いた。















 10時間後、ゲキガンガー最終回の上映会を始めた直後、木連から通信があった。


 和平交渉についての申し入れであった―――――





 ――――――――――





「これは一体どういうことでしょう?」


 木連の旗艦、かぐらづき内の和室にて、ユリカは、和平の詳細を纏めた文書に目を落としたまま、言った。


「どういうこと、とは?」


 泰然とした態度で、木連代表の中将にして実質トップの草壁春樹は言った。


 ちなみに、ナデシコ側からは、代表としてユリカ、護衛としてゴート、九十九、ミナト、明乃、そしてもしもの時のために横島も付いてきている。


「これが、和平の内容を纏めたものなんですか?」


「そうだ」


 草壁が頷いたのを見て、ゴートが声を荒げた


「武装の放棄、財閥の解体、政治理念の転換、お前たちは地球を植民地にしようというのか!?」


 財閥を解体したら具体的にどうなるんだろう、と横島は思ったが口には出さなかった。


「おまけに最後のこれは何ですか。『横島忠夫の身柄引き渡し』……!?」


 明乃の怒りに震える声も草壁は何処吹く風だ。


「横島忠夫は我が木星連合の同志である」


「は!?」


 横島は思わず間の抜けた声を上げてしまった。


「彼は、木連に半年以上滞在した際、我が国の国籍を得ている。問題はない」


「いや、知らんし」


「いくら敵対していた地球人といえど、君は我ら木連にあそこまで馴染んでいたものでね。
それに、本来なら殺されても文句は言えぬ立場であったのだ。迷惑どころか破格の厚遇だと私は思うが?
まぁこのことを伝える前日に君は木星から去ってしまったようだがね」


「……」


「それでも、国籍があるのはこちらも同じこと。横島さんの意思を重んじるべきでは?」


 沈黙する横島に変わり、ユリカが毅然とした態度で切り返した。
 
 ちなみに余談だが、横島は今の地球に当然ながら国籍など持っていない。
それを相手が知っているようなら一気に不利になるのだが、さすがに草壁はそのことについては疑っていないようだ。
疑ったところで、プロスペクターあたりがすぐさま用意するかもしれないが。


「ふむ。ならば要求を変えようか。彼はわが国の要人を殺害している。
木星連合の法に照らし合わせ、然るべき裁きを下さねばならん。直ぐに引き渡していただこう」


 ナデシコクルーは呆気に取られ横島のほうを見る。事情を優華部隊からある程度聞いている九十九は苦い顔になる。

 横島の顔は強張っていたが、言い返す気力はあったようだ。


「あれは、誰がどう見ても正当防衛でしょうが。実際やんなきゃ俺も舞歌さんたちも死んでたと思うんスけどね」


「ならばそれを証明するために裁きの場に立つがいい。君の言い分が正しければ、悪い結果にはならぬだろう。
だが、君が我々の下に来るというのなら告発はせん。この草壁春樹が確約する」


 その言葉を聞き、ユリカは気を取り直した。


「だったら先に証言や証拠を集めるべきではないでしょうか?」


「そこまで固辞されると、何か疚しい事でもあるのかと勘繰りたくなるが、これ以上は水掛け論だろうな」


(やけにあっさり引き下がったな……)


 急に矛を収めたかのような草壁に対し、横島だけでなくほとんどが拍子抜けと同時に不気味さを感じた。


「もう結構です!!」


 そこに、我慢も限界と言わんばかりに九十九が立ち上がった。


「草壁中将! 横島君の件を横に置くとしても、この内容は私は納得できません!」


「……」


 草壁は何も言い返さない。


「短い間ですが、彼らと接してはっきりと解りました。彼らは我々と同じ人間です!
我々と同じく、ゲキガンガーを愛しております! そんな彼らと手を取り合えぬはずがない!」


 その場の注目を集めた九十九は、軽く息を吸い込み、


「正義は、一つの筈です!!!」


 草壁は、ため息をつくかのように静かに眼を閉じ、そして、力強く開かれた。





「そう。正義は、一つだッ!!」





 ぱん。


 一同は、何が起こったか一瞬わからなかった。
 ただ、爆竹のような軽い破裂音。前のめりに倒れる九十九。畳に広がる赤い―――――





「白鳥っ!?」




 横島は勢いよく立ち上がっ





 ぱん。





「…………っ?」




 横島は、胸の中心に激しい衝撃と熱さを感じた。
 気が付けば、畳に両膝をついていた。力が、はいらない。


 胸を押さえていた手を見る。赤い。


「な、なん……」


 某刑事のようになんじゃこりゃあ、と言いたかったが、なぜか声掠れてそれ以上は自分でも聞き取れない。


 そして意識が。


 暗転―――――





 全ての色彩と音が消えたように明乃は感じた。


 横島が倒れると同時、両サイドの襖から、武装した男たちがなだれ込んできたが、そんなものは全く眼に入らなかった。


「よこしま……くん……?」


 明乃は、膝立ちで、ずりずりと横島の側に行く。直ぐ近くだ。


「え…………これ……なに…………?」


 横島の側に到達。横島は動かない。


「そんな……いつもなら……すぐに……」


 死ぬかと思った。そういいつつ笑うはずなのに。


 なんで、うごかないのだろう。


 畳につく手と膝が、不意に暖かくなった。


「……?」


 ゆるゆると、下を見た。


 そこには、横島の血が広がり、明乃に、触れていた。





「あ…………」





 明乃の脳が、無慈悲に事態を認識する。





「あ……あああ……あ…………」





 周囲の怒号、銃声が遠い。


「よこしまくん? よこしまくん……」


 明乃は弱々しく横島を揺する。涙が溢れていた。


「へんじ、するって……、いったのに……っ」


「おい、テンカワ! 横島の体を揺らすんじゃない!」


 ゴートが明乃を立たせようとするかのように、揺する手を引っ張りあげる。


「でも……でもぉ……」


 明乃は、弱々しく首を振り、横島にすがり付こうとする。


「くっ、文句は後で聞くっ」


 すかさずゴートは拳を握り、明乃に当身を叩きこむ。


「かはっ」


 明乃は一瞬横島に手を伸ばすが、直ぐに力を失いぱたりと腕が落ちた。
 ゴートはすかさず明乃を担ぎ上げる。そして素早く戦況を把握する。

 第一波は退けたが、慌しい足音が近づいてきている。気絶している明乃、半死半生?の横島と白鳥を連れて脱出するのはかなり厳しい。


 冷静に考えれば横島と白鳥を捨て置いて脱出するのが当然だ。だが……。


 一瞬にも満たない思考時間だったが、第ニ波はもう直ぐそこまで来ているようだった。
 ゴートは覚悟を決め、明乃だけを担いだまま脱出しようとした。
 そしてその瞬間第ニ波が雪崩れ込んで来た。

 木連の男たちはすぐさま横島と九十九に銃口を向ける。確実に殺すつもりらしい。
 自分に向けられることのない銃口にかすかな疑問を覚えつつも、脱出の好機とばかりにそのまま脱出しようとする。

 そこに、





『やめてっ!!!』





 ユリカやミナトでもない女性の叫びとともに、木連兵が吹き飛び、壁に叩き付けられる。


「!?」

 
 見ると、そこには巫女装束を身に纏う、長髪の少女。


 そして、


「間に合いましたかっ!?」


 ナデシコ一行が入ってきた背後から、金髪のナデシコ整備班の作業服姿の男が突入してきた。


「おキヌさんっ! なんてことを、今ここまでの力を使ってしまえば、あなたは本当に……!」


『横島さんが撃たれたんですよっ!? それよりも、ピートさんは横島さんを連れて早く脱出を!!』


「くっ!!」


 ピートと呼ばれた整備員は、悔しげに表情を歪ませ、一行に脱出を促した。


「皆さん、急ぎましょう! 時間との戦いです!」


 誰だよお前は、と思わないでもなかったが、一行は一斉に駆け出した。
 ピートも倒れている横島と明乃を両脇に抱えると、一行に続き駆け出した。九十九はゴートが背負う。


「でも良いんですか? さっきの巫女さん、あのままじゃ……」


「いいんです。彼女はただの機関銃程度では死にません」


 ……もう死んでますけど、という呟きは周囲に聞こえなかったようだ。


 走り続ける一行の前に何人もの木連兵が立ち塞がるが、先ほどおキヌに吹き飛ばされた木連兵が持っていた機関銃を使い、
 ユリカとミナトがなんとか退ける。


「まずいですね。流石に両方を同時に相手取るのは無理がありますし、ゴートさんは手が塞がってますし」


『だったら私に任せてください』


「きゃあっ!?」


 突然の脇からの声にミナトは悲鳴を上げた。
 そして落ち着いて見れば、声の主はさっきの巫女さんだった。


「いつの間に? て言うか、無事だったの!?」


『……美神さん?』


「その反応は横島クンの関係者ね。だったら無事だったのも納得かも」


「おキヌさん、これ以上の無茶はやめてください! こんな事態に力を使ってしまっては……」


『今使わずにいつ使うんですか? それに、止めても使っちゃいます』


 そう言うや否や、巫女さん(以下、おキヌちゃん)は背後に向かって、


『えいっ! サイキック猫だまし!』


 おキヌちゃんが拍手を打つと同時、眩い閃光が追っ手の視界を白く染める。


「これは!?」


『……皆さん、今のうちです。私が別方向に逃げますのでその隙に』


「え、でも」


『早く! 私は大丈夫』


 そう言って、おキヌちゃんは十字路を逆方向に駆けていった。


「くっ」


 そしてピートはハッチの方向に向けて走り出した。
 彼女の想いを無駄にすることだけは出来ない。そう呟いて。





 ――――――――――





 ユリカら一行は、急ぎナデシコに戻る為、乗ってきた小型艇、ヒナギクにたどり着いた。
 すぐさまゴートは発進準備を始める。


「あの巫女さん、まだ来てないわよ!?」


「彼女は大丈夫です」


『はい。大丈夫ですよ』


「うわっ!? いつの間に?」


『はい。とりあえず皆さんと逆方向に逃げた後、追ってくる人を適当に引っ張りまわして壁抜けして来ちゃいました』


「なにそれこわい」


「まあそれはともかく、あなた達は脱出を!」


「お前は?」


「発進まで食い止めます。大丈夫です。直ぐに追いつきますよ」


「足があるのか……。まあいい、頼んだぞ!」


 ユリカやミナトは心配そうにピートとおキヌを見るも、それ以上の代案が直ぐに出るはずも無い。
 小型艇は、足速に飛び立った。




 そこに残った二人は、慌しい肝内など気にも留めず、とても静かな表情で、横島らが飛び去った方角を見つめていた。


「……おキヌさん」


『はい』


「あなたは―――――」





 ――――――――――





 横島と白鳥が銃で撃たれた時と同時刻。

 
 ユリカらの護衛としてついて来ていた三人娘は、無人機と木連の艦から奇襲を受けていた。


「っ! んだっ、こいつらっ!?」


「急に撃ってきたよ!?」


「やってくれるね」


 流石に経験豊富のエース達。致命傷を巧みに避け、すぐさま反転。各々バッタをライフルで撃ち落す。


「なぁ。これってあれか」


 リョーコは軽く話しながら敵艦の重力波砲を回避。そのままやり返そうとはせず、まず無人機を撃墜する。


「完全に嵌められたようね」


「艦長たち、大丈夫かな」


「信じるしかねーな。どの道、艦長がやられたら全員詰みだ」


「そういうこと。とりあえず脱出してくれると信じて、無人機を掃除しようか」


 ニヒルに笑い、イズミは、淀み無い動作でバッタをロックした。





 そのころユリカ達。
 

 なんとか脱出した一行だが、敵がそのまま見逃してくれるはずも無く、雲霞の如き無人機と艦砲射撃にさらされる。
 

「くっ」


 ゴートが必死に回避するも、全ては回避しきれない。直撃は避けるも、無人機の機銃により激しく機体が揺さぶられる。
 彼の腕が悪いのではない。敵の数が多いのもそうだが、そもそもこの機体は高機動戦闘用には出来ていない。
 何の慰めにもならないが、彼を責めるのは酷だ。


「横島クン、白鳥さん……」


 ミナトが悲しげに二人の手を握る。応急処置では明らかに間に合わない。もどかしさに強く唇を噛んだ。


 その時、


「どうも」


「ひゃっ!?」


 ユリカが仰け反る。
 それもそのはず。急に目の前に霧のような物が集まったかと思うと、かぐらづきに残ったピートが、目の前に現れたのだ。


「い、いったいどうやって?」


「魔法みたいなものです。それより状況は?」


「悪い」


「リョーコちゃん達が頑張ってくれてるんだけど……」


「流石にこの数は……くっ?」


 小型艇が大きく揺れた。当たり所が悪かったのか、速度が落ちる。そして迫り来る無人機。


「ここまでか」


 ゴートが呻いた時、彼方から重力波が宇宙を奔った。迫り来ていた無人機がまとめて爆散する。


「連装式のグラビティブラスト? もしかして……」





 ナデシコブリッジ。


『ほうら言わんこっちゃない。結局和平なんて無理だったんだよ』


 ユリカらのピンチを救ったアカツキが、通信映像の向こうでせせら笑った。
 ちなみに、本当は誤解されているのでこんな態度をとっているのであって、実際は馬鹿にするつもりはない。


「アカツキさん!? 助けてくれるんですか」


『まぁねぇ。こっちもこっちで思惑ってやつがあるのさ』


 代理艦長をやっているジュンに、アカツキは肩をすくめた。


『ところで、ブリッジがやけに寂しくない?』


「ユリカだけじゃなくてミナトさんも着いて行ってますし、それに」


『それに?』


「向こうで、横島と白鳥さんが撃たれて、瀕死の重傷。だからモモとユキナちゃんが飛び出しちゃったんです」


『……マジ?』


「残念ながら」


 そう言うジュンも飛び出したくてたまらないようで、固く握り締められている両の手は、小刻みに震えている。


 アカツキは内心大きくため息をついていた。
 やむを得ない事情で横島に賭けたは良いものの、その矢先の重傷。
 横島のことだから致命傷にはなっていないだろう(と思いたい)が、出鼻をくじかれた感は否めない。


「敵旗艦から、新たに増援」


 ルリの報告に、アカツキは胡乱げな目を向けた。
 なるほど、確かにかぐらづきから新たに機体が出撃したようだ。しかも見る限り、見たことのない新型だ。
 テツジンタイプではなく、神皇シリーズを彷彿とさせる細身のフォルムで、全体的に黄緑色のカラーリング。結構目立つ。
 だが、


『増援ったって、もう艦長たちは無事に着いた頃じゃない? そんなのほっといてまず逃げなきゃ』


 確かにごもっともである。ルリも異論はないようだ。


「はい、そうで……あ」


「どうした!?」


「…………モモが、コンメリアで出撃したようです」


「「『はぁ!?』」」





 ――――――――――





 IFS。
 プロスペクターによると、これがあると猫でも対応機器を動かせるという触れ込みだ。
 確かにそうなのだろう。


「……ッ!」


 素人である自分……横島モモが、敵の腹部(ロボットだが)をナイフで抉れる程度には。


「はぁっ、はぁっ」


 気が付いたらコンメリアのイミディエットナイフの刃先を見覚えのない黄緑色の敵機に埋め込んでいた。
 何を言っているのかわからないだろうが、そんなものモモにだって分かっていない。


 解っているのは、


「ぁ……」


 こいつらが、


「あああああっ!!!」


 横島忠夫を殺そうとした。その事実である。


「〜〜〜〜〜ッ!!!」


 モモの脳が再び真っ赤に染まる。
 ナイフを引き抜き、そのまま同じ場所にライフルの銃口をねじ込み、フルオート。
 わずか数秒で、敵機が爆散する。

 至近距離での爆発も、フィールドがあるためか気にする様子は一片も見せない。そのまま爆炎を突き抜け、もう一体に体当たりするかのようにナイフで抉る。
 間髪置かずに横に切り裂き、避けた場所に蹴りを入れると同時に反動で距離をとる。
 今度は爆発しない。止めを刺しきれなかったようだ。


 そこでようやくモモに理性が戻った。もちろん頭は怒りに煮え滾っている。


(こいつら、弱い?)


 大きく肩で息をしながら、敵を倒した高揚よりもまず疑問が湧いた。
 何も考えずに突撃したはいいが、自分は素人である。義兄の戦闘を間近で何度か見ているとはいえ、それだけでやっていけるほど甘いものでもあるまい。

 だが弱かろうが強かろうが、やることは変わらない。
 モモは疑問をあっさり放り投げ、止めを刺そうと傷ついた敵を見定めた。

 
 以上の思考、0.2秒。


 横島の動きを思い出しながら、円を描くように敵機を高速で旋回しつつ、ライフルを掃射する。
 吐き出された銃弾の数発が損傷部に吸い込まれ、爆発する。二機目撃墜。


 だがそこまでだった。
 確かに敵は弱いが、目測だけでもあと三機。同時に掛かられたら回避しきるのはプロでも難しい。


 しかし、次の敵の攻撃を回避できなかったのは、“その程度の瑣末事”が原因ではなかった。


「え……?」


 敵の手に現れたのは、どこかで見た覚えのある非実体剣。
 ビームサーベルのような、ライトセーバーのような、DFSのような、しかしそのどれでもない剣。





「忠夫の…………『剣』…………?」





 モモの体が無意識に動いたのか、敵の振り下ろした光剣は正中線をずれ、コンメリアの腕を肩口から断ち切った。
 
 だが動かない。モモは、畳み掛けられるように振るわれるまた別の『剣』を魅入られたように、ただ見ていた。


 どんっ。


「!?」


 モモは真横からの衝撃に、意識を強制的に回復させられる。見ると、


『……』


 そこには、コンメリアを手で突き飛ばしたと思われるヘリアンサス。明乃だ。
 明乃がコンメリアを突き飛ばしていなかったら、自分は両断されていただろう。

 そう思ったとき、モモは明乃の様子がおかしいことに気づく。





『これからだったのに……』





「っ!」


 モモは、明乃が出したと思えないような低い声に、背筋に寒気が走った。


『やっと戦争が終わると思ったのに……。横島くんとのことだって、これからだったのに……っ!』


 顔を伏せ、小刻みに肩を震わせる明乃に、モモは泣いているのかと思った。
 明乃はゆらりと面を上げた。





『返してよ』





 その平坦すぎる声に、モモは今度こそはっきりと自分が恐怖していることに気付いた。
 




『返してよ』





 その平坦な表情と声に、ようやく凹凸が生まれ、熱が篭ってきた。






『横島くんを、返してよぉっ!!』





 まさに電光石火と形容すべきか。
 怒気を爆発させたと思ったその瞬間、明乃はディバインアームで新型三体を瞬く間に切り伏せる。

 敵味方が呆気に取られる暇もなく、さらに出撃してきた新型、無人機、果ては戦艦にまでその刃を突き立てようとする。


『ば、バッカヤロウ!!』


 撤退しようとした矢先の明乃の暴走に、リョーコが慌てて止めに入る。


『まだあいつ死んでねぇよ! 殺して死ぬタマか! つーか早ぇとこ撤退しねぇと横島がもっと危険だってわかるだろ!?』


『でもあいつらぁっ!!』


『チッ、おいヤマダ! 新入り! マリア! このバカ止めろ!!』


 盛大に舌打ちしたリョーコの剣幕に、呼ばれた三人は慌ててヘリアンサスを押さえ込もうとする。
 さすがのガイも、自分の名前に対するツッコミをしない程度に空気は読んだ。


 だが、二人のマニピュレーターは、寸でのところで空を切った。


『速い!?』


『ミス・テンカワ・データ以上の・機動力?』


 イツキとマリアの声に焦りが混じる。こんなことをしている場合ではないのに……!





 ――――――――――




「こいつらは! こいつらだけはっ!!」


 明乃が再び出撃してきた新型にディバインアームを振り下ろす。

 が、新型が手をかざすと、突然障壁が現れて、ヘリアンサスの刃を弾いた。


(CFランサーが!?)


 ディストーションフィールドを容易く切り裂くCFランサーが弾かれたことの動揺を無理やり押さえ込む。
 だが今度は敵のほうが早い。その手に拳銃が実体化したかと思うと、すぐさまトリガーを引き絞る。


「しまった!?」


 弾丸はフィールドを貫通し、とっさにかざしたディバインアームに命中。弾き飛ばされた。

 この一部始終を見ていたナデシコクルーは、皆一様に同じものを連想する。



 横島の『剣』とよく似た光の剣。


 CFランサーを防ぐ障壁。


 突如手に具現化され、フィールドをも打ち抜く拳銃。
 見ていた者の内のメグミとイネスは、呆然と、連想したものを口にする。





『『………………文珠?』』





『正解です』


 ナデシコクルーは一様に息を呑む。木連からの突然の通信。それが彼らの想像を肯定したのだ。


『初めましてこんにちは。私はヤマサキ。勿体ぶらずに言いますと、その文珠兵装搭載機動兵器「珠玉」の開発者です」


『そんな馬鹿な!!』


 ピートはたまらず叫んだ。叫びはしないまでも他のクルーも驚愕は同じだ。


『文珠使いは横島さんしか確認されていないはず! まさか、我々が把握していない文珠使いが!?』


『それよりも、我々になぜわざわざこんな通信など寄越す』


 ピートとゴートの言葉を受け、ヤマサキはにやりとその口を歪めた。


『二つの問いにお答えします』


 ヤマサキは、開かれた通信ウィンドウを見回し、言った。


『通信の要件は、そこのお嬢さん二人にお礼を言いたかったんです』


 明乃とモモはびくりと肩を震わせた。


『なぜなら、人の肉って処理するのに結構手間とお金がかかるんですよ。宇宙空間に放り出しても万が一と言うこともありますし
出来損ないの不良品を撃墜してくれてありがとうございます。脱出装置なんて積んでませんから、うまく処理できました』


「何、を……」


 口の中が干上がる。うまくしゃべれない。


『さて、そこの金髪のお兄さんの疑問ですが、ハイ。確かに我々にも文珠が使える人に心当たりはありません。
そもそも超常能力者の知り合いも、生まれてこの方、横島さん以外に会った事ありませんし。

だったらその文珠を作れる人のクローンを作ればいいじゃない』


「―――――」


 だったら、さっき、私が切ったのは―――――


『私の要件はそれだけです。では』


 ぷつんと通信が切れた。
 誰一人言葉を発するものはいない。

 だが言葉を発するものはいないが、動き出すものはいた。
 
「珠玉」だ。
 ヤマサキからの通信中、全く動こうとしなかった珠玉だが、再び動き出した。

 それにいち早く反応したのは、ユリカだった。


『っ! アキノを抑えて! リョーコちゃんたちは何とかしのいで!』


 パイロットたちは、この言葉の意味を正確に汲み取った。


『ロケット・アーム!』

 
 Mフレームの有線マニピュレーターが、半狂乱で暴走しようとするヘリアンサスの動きを止める。
 それだけではヘリアンサスの最大出力を押さえ込むことは不可能。だが、少し止まれば彼らには十分だった。


「ああ、ああああああ、ああああああぁぁあああああぁあ!!!」


『テンカワさん!』


『っのバカヤロウ! 大人しくしやがれ!』


「あいつらっ……! あいつらはぁぁぁぁっ! どれだけっ、踏み躙ればぁ!」


 二人の声は届かない。だが二人掛りなら何とか動きは止められる。
 明乃はそれでも動くのをやめない。


「離せ! 離せえ! うあああはなせぇぇぇえ!! みんな悔しくないの!? 殺したくないの!?
 私は、私はっ! あいつらだけはぁぁぁっ!!」





『離さねぇよバカ!!』





 ガイは、ヘリアンサスの頭部を思いっきりぶん殴った。


「!?」


『お前、俺たちが悔しくないと思ってるのか!? 横島や白鳥がやられて、悔しくないとでも思ってんのかよ!?
一緒に戦った戦友を、地球と木星の距離を越えて手を取り合った仲間を撃たれて、
俺がどれだけムカついてるのかわかってんのかって聞いてんだよテンカワ!!』


『「私は、私は」って言いますけど、テンカワさん。あなたに無軌道に動かれたら、倒せる敵も倒せません!
テンカワさんだけではありません「私は」……いえ、みんなあの外道たちを倒したいんです。お願いです、感情の使い方を間違えないで下さい。
の言ってる事、解りますよね?』


 怒りと悔しさに顔を歪ませ、少しだが涙まで滲ませているガイ。
 決して激することなく諭すのはイツキ。だが寄せられた柳眉にどれだけの無念を閉じ込めているのか。
 言葉以上にその二人の表情を見て、激しく抵抗していた明乃は、糸が切れたかのように、崩れ落ちた。


「うっ」


 そして、涙が湛えられていることをもはや隠そうとはせず、





「うああああああああああああああああああああああああっっ!!」




 
 慟哭した。


「あっ! あっ! ぁあっ!」


 叫びと共に、明乃は肘掛に思い切り拳を振り下ろす。血が滲んでも。
 相手を憎むことによりなんとか体を動かしていた明乃だが、ガイとイツキが張り詰めていたものを断ち切ったため、
 もはやまともに機体は動かせない。出来るのはただ、感情のままに拳を周囲に叩きつけることだけ。
 自傷行為にも似た痛々しい姿に、イツキは悲しげに目をそらす。


「何で! 何で! 何でよぉ!! うわああああぁあああぁああああん…………っ!!」


『…………撤退・します』


 マリアはロケットアームによる拘束を解き、ガイとイツキも抑制を解除する。
 そしてヘリアンサスを牽引し、ナデシコに向けてバーニアを噴かした。


 明乃はただ、機体を動かそうともせず、子どものように泣き叫ぶだけであった……。





 ――――――――――





 少し前。


「ちッ! ライフルが通りゃしねぇ!」


『それにしてもまさかクローンなんて、ベタなことを本当にしてくるなんて』


 珠玉の文珠攻撃を大げさに回避しながらのヒカルの言葉にイズミは皮肉げに、


『手垢がベタベタに付くってことは、それだけ有効であるってコトじゃないの』


『そりゃそ〜だけど〜』


 ヒカルの口調は軽いが、どうにもいつもより大きく回避してしまう。
 今まで強い味方だった文珠が敵に回ったことに、ヒカルは思った以上に動揺してしまっているようだ。


「だが、付け入る隙がない訳じゃねーみたいだな! 横島の方が動きがいいぜ!」


 リョーコはやや斜め前に向けて突進することにより、文珠銃をギリギリ機体に掠めるほどの最小限の動きで凌ぎ、
 無防備の頭にCFランサー(斧型)を叩きつける。斧は頭を粉砕し、胴体の半ばまでめり込む。


『あれ、バリアが無い……? ……あ、そっか!』


 ヒカルは何かが閃いたようだ。動揺が収まったのか、鋭い動きで敵機の周囲を旋回する。


『タネは割れたね。横島君の方が動きが良かったのもそうだけど、』


『あの人が強かったのは、文珠が無くてもビームサーベル(←違う)とかがあったからだし!』


 イズミがライフルを敵機に向かって発射する。珠玉は危なげなく文珠障壁で弾き、文珠剣を生み出す。


『とぉころがぎっちょん! 剣を作ったってことは、バリアがないんだよねー!』


 背後に回りこんだヒカルが、CFランサーで胴を刺し貫いた。


「行動の継ぎ目に隙がある! なにより悪知恵が働かねぇ! なら付け入る隙のバーゲンセールだぜ!」


 珠玉は文珠を一個ずつしか使えない。一つを使い切るか、文珠内の文字を切り替えるか。
 さらに横島は、文珠を切り替えるときにも霊波刀やサイキックソーサーが使える。
 ついでに珠玉はディストーションフィールドも搭載されていないようである。


『あっ、アキノちゃん達、撤退するみたいだよ!』


「おっしゃ! なら俺らも撤収!!」


 三人は、珠玉の攻撃を回避すると同時に、ナデシコに向けて速度最大で離脱した。





『リョーコ。次も戦う機会があるなら油断しない方がいいよ』


 撤退中、イズミはリョーコに話し掛ける。表情はシリアスモードのまま崩れていない。

 そういえば。とイズミは話しかけながら思う。
 珠玉は横島クローンに18禁的映像を強制的に送り込み、文珠を無理やり生み出しているのか。それとも別の方法でか。
 機体を動かしているのは、操縦法を刷り込まれたクローン本人か。それともクローンは文珠をつくるだけで操縦は無人機と同じか。
 戦った感じと手間を考えると、後者であるようにイズミは思った。


「……まぁな。見た感じ、作ったばっかりって感じだしな」


 今回戦った欠点が次回もそのままとは限らない。


『だったら、私たちが戦ったせいで、あいつらもっと強くなっちゃうかも』


「はぁ〜、ったくテンカワのヤロー。余計なことしやがってよー」


『…………しかたないよ。ショックだったんだよ。私たちとは比べ物にならないくらい』


「……だな」


 リョーコはそれ以降、神妙に黙り込んだ。


(私たちに、なによりテンカワとモモに、偽物とはいえ横島君を殺させた)


 そして、また戦うことになるなら、さらに大量に殺すことになるだろう。
 イズミは、ぎゅっと拳を握り込んだ。


『……ちょっと許せそうにないね』


『イズミ、なんか言った?』


『別に』





 ――――――――――





「で、こうしてモモを保護してるあたしは誰にも注目してないっと」


 ムネタケは、予備のエステで密かにモモを救出しにきていた。
 勿論、自発的にではなく命令されてだ。
 

「こーらモモー? 助けに来てやったんだからなんか言いなさいいよ」


『……』


 声をかけるが無言。
 いや、たまになにかしら言っているのはなんとなく解るが、よく聞き取れない。


「別にいいけどー。どうせアタシって冷や飯喰らいだしー」


 吹っ切れてからテンションが微妙におかしいムネタケだった。





 ――――――――――





「撤退したみたいですね」


「ふん、ミスマルといったか。女だてらに賢しい奴よ」


 かぐらづき内。草壁と、ヤマサキと名乗った研究者が、ナデシコが去った宙域を見つめつつ会話している。


「あの赤い機体が暴走してくれたから期待しましたが、
予想外に冷静な連中でしたね。データも十分収集できませんでした」


「かまわん。どうせ珠玉などつなぎに過ぎん」


「遺跡、ですか」


「そうだ。火星の極冠遺跡は既に我々が無事発見した。
それと文珠さえ手に入った今、地球と和平など結ぶ必要もない
白鳥九十九は、和平会談の席で、地球人の卑劣な策により命を落とした。
木連に好意的であり、木星で生活していたこともある横島忠夫とともに!
フ、これで和平派の連中は力を失う」


 笑を抑えきれない草壁とは対象的に、ヤマサキは疲れた表情で肩をすくめた。


「まぁ、ここまでくればその目論見は成功するでしょうけど。
て言うか草壁さん、わざわざ私が連中に通信までして挑発する意味あったんですか?
つなぎに過ぎないんだったらデータもいらないでしょうに」


「構わんではないか。嫌われるのには慣れている。自分で言ったことだろう。
それにデータも無いよりあったほうがいい。地球人に意趣返しもしたかったしな」


「たしかに私は目的のためには手段は選びませんし、必要ならどんな非人道的なことでもやってのけますが、
別に進んで嫌われたいわけじゃないですからね? なんかもう私絶対にロクな死に方ができない気がしますよ……」


「そんな運命、文珠でねじ曲げればよい」


「でもクローンが作る文珠、まだクローン自身にしか使えないじゃないですか。
簡単な文字しか込められないし、本家より出力低いし」


 今現在では、誰でも万能の力を自由に振るうことができるどころか、
精々が「無人機になかなかの火力が搭載されました」程度のものでしかない。
しかもコストもフィールドを張れる無人機とは比べ物にならないほど高い。


「帰還したクローンは18禁映像無理矢理送信して文珠を作らせ続けたせいか、脳の血管破裂しちゃいましたね。
それにしても、最低限のことしか頭に刷り込んでないのに、ちゃんと文珠が作れるところがすごいなぁ」


「ふむ。使い捨てにするには高価すぎる。早く改良をしろ。
目処は立っているんだろう」


「最低一年。早くてさらに一年は見といてくださいよ。それで多分私たちにも使える文珠ができるはずです」


「そのくらいの時間ならば稼げるだろう。最悪木連が滅びても、密かに研究できる場さえあればいくらでも文珠で取り返しはつく」


 草壁は、暗い笑顔で、くぐもった笑い声を漏らした。




 ――――――――――















































「おキヌさん、あなたは―――――」


『ピートさん、どうやら私はここまでのようです』


「おキヌさん……」


『元々、横島さんと再会できるなんて思ってなかった。
でも良かった。横島さん、ここでも楽しそうにやって行けてたみたいです。
お料理も上手くなってたみたいですし……』


「……僕たちは、横島さんにもう一度再会するために地球に残った。
ある者は、神族になって」


『ある者は、魔族になって』


「そしてあなたは、幽霊として」


『まさか、長い幽霊生活のノウハウがこんなところで活かせるなんて。
禍福は糾える縄の如し、ですね』


「今の宇宙に、一定以上の意思と力をもった霊は、強制的に神族の部隊により成仏させられてしまう。
でもあなただけは、意思を持ちつつ、強制的に成仏させられないギリギリのラインでこの世に漂い続けた。
ただもう一度、数分だけでも、横島さんと会話するためだけに!」


『本当に最低限の意思しかありませんでしたから、時間の感覚曖昧ですけどね』


「実際会うために色々な準備をしました」


『本当に感謝してます、ピートさん。
でもこのナデシコで漂うのも楽しかったですよ? 横島さんと同じ空間にいるというのももちろんですけど、
他の皆さんもみんな個性的で……。あのルリちゃんって子に飲み物渡したりしたっけ……。一瞬実体化して』


「それなのに、もう少しで会えるところまで来たのに……っ」


『そんな、横島さんの手助けが出来たのなら、それ以上のことはないですよ』


「おキヌさん……」


『そんな悲しそうな顔をしないでください。私は蓄えた力を使い果たしましたが、また再び漂うだけです。
今度は100年くらいは自分の意思すら認識できなくなるでしょうけど……』


「……」


『ピートさん、悲しまないで。私、願いが叶ったんです』


「願い?」


『横島さんともう一度出会うことです。
横島さんともう一度出会って、横島さんと同じ空間で生活して、横島さんのおはようからおやすみまで見つめる。
すごい、三つも叶っちゃいました!』


「それは……重畳です……っ」


『でも、でも本当は……。
横島さんに、「久しぶりだね、会いたかったよ」って、言ってもらえば、それ、だけで……」


「……」


『あれ、なんだか、意識が、なん、だか』


「…………さようなら。僕だけは、あなたが頑張ってきたことを忘れません」


『100年、経って、今度、こそ成仏、したら、生まれ変わ、ってまた、よこ……………………』



















































『あの人……。あの人がいいわ……。ようし……』





『大丈夫ですかっ!? おケガはっ!? 私ったらドジで……』


「今「えいっ!」とか言わんかったかコラっ!?」


『!!』


「?」


『あの、どこかでお会いしたことありませんでしたか……?』


「えっ」


『どこかで……うーん』


「あ、そうそう! そうだった!」


『はい?』


「久しぶりだね、会いたかったよ! なんつって、なんつって! ははっ!」


『…………ぐすっ』


「ぬぁっ!?」


『はいっ。私も、会いたかったです……! 横島さん……ぐすっ』


「えっ、俺の名前? つーかなんで泣くの!?」


『えへへ、なんででしょう? 私にもわかりませんけど、嬉しいんです』





『これからも、末永く宜しくお願いします。横島さんっ」



















































 続く。



イネス先生の、なぜなにナデシコ出張版

 ああ横島君、そんなにせっせと死亡フラグなんか立てるから……。


Q1:「侍とガンマンを超えました」ってなんのこと?

 名作、「七人の侍」と「荒野の七人」のことよ。居候が八人だから、人数が超えたって言ってるのね。


Q2:岡崎って誰ですか

 クラナドの主人公、大銀河エターナル……もとい、岡崎朋也のことね。なぜ最高なのかは、風子にはわかりませんっ!


Q3:なんで横島は銃弾をよけられなかったの? 当たったとしてもなんで死にそうになってるの?

 白鳥君が撃たれたことによって、予想を超えた出来事に頭が真っ白になっちゃったから。
実は草壁派にとって、白鳥君を撃ったのは、和平派を黙らせることよりも「あくまで横島君に隙を作るため」
というのが主目的だったの。確かに効果は抜群だったみたいね。
知っての通り、横島君は異様によけるのが上手かったり運良くよけたりしてきたけど、流石に今回は無理だったみたい。
ちなみに、横島君を撃った理由は、勧誘したのに仲間にならなかったから。
草壁視点では、なんでも出来るとんでもない能力の持ち主だから、仲間にならないなら殺さずには安心できなかったんでしょうね。

 それと、なんで死にそうになってるのかってことだけど……。
こう言うのもなんだけど、そりゃあ銃で撃たれたら命に関わるでしょう。ギャグじゃないんだから……(ぇー。


Q4:あの地の文がないピートとおキヌちゃんの会話って、いつ会話してるの?

 察して頂戴。


Q5:おキヌちゃんは横島のおはようからおやすみまで見つめてたらしいけど、なんで横島は気付かなかったの?

 横島君はGSだけど、あくまでその実力は半人前。霊力は高くても霊感が高いわけじゃないの。
神族に無視されるレベルの希薄な状態のおキヌちゃんに気付けって言われても、ちょっと難しいと思うわ。






 後書き。


最後の方に地の文がないのは手抜きじゃないよ、仕様だよ! ホントだよ!

げふん、どうもこんにちは。K-999です。 

書けた……。やっと書けた…………。
色々ありました……。

・他の作家さんのSS読んで自信なくしたり。
・初期の自分の作品読んで死にたくなったり。
・でも某所で応援メッセージ見てやる気がちょっと湧いたり。
・東方SS一本だけ某所に投稿したり。
・恋姫無双SSを某所に投稿したり。  ←宣伝
・モンハン(ポータブル3rd)にドハマリしたり。
・スパロボZの影響でグレンラガンにドハマリしたり。
・↑の影響で、モンハンのセカンドキャラに「ニア」って名前の女ハンター作って、武器がギガドリルランス、防具がシルバーソル一式のマイセット作って「天元突破ソルバーニア(ニアのガンメンの名前)ktkr!」とテンション上がったり。←バカ
・でもランスを使いこなせずテンション下がったり。
・まどかマギカのブルーレイ全部買ったけどまだ積んでたり。
・再世編でアークグレンラガン止まりでまたテンション下がったり。
・そうこうしてるうちにナデシコの筋がだいぶ曖昧になったからDVD-BOX買ったり。


そんなこんなで次回が最終回だと思います。たぶん。
次回は文字数少なく行くつもりです。さっくり終わらせます。たぶん。


次回は今回ほど間は空かないはずです。


たぶん!!


関係ないですが、モンハンでの得意武器は、ライト≧片手>>>ヘビィ>>>>>笛>>>全然練習してない壁>>>そのほかの武器
です。ちなみに基本ソロです。なんでソロで上の四種使ってんだろ、ってたまに悩みます。


終われ。




感想代理人プロフィール

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代理人の感想

なんともはやお懐かしや。
五年越しで続きが読めるとは思っても見ませんでした。

心の底から断言できる。あんたはえらい!


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