※注意! 超展開&御都合主義展開あり!

























「僕らの使命! それはこの宇宙に平和と、人類の未来を築くこと! それの実現だ!」


 私の名は草壁春樹。木星連合の中将であり、優人部隊の隊長である。


「僕らは争いを望みはしない。無益な殺生こそ、正に無意味だ!」


 私が生まれるより以前、地球には幽霊と、妖怪と、そして霊能力者が実在したという。
 最近ではそのことを記憶している者も既に無く、記録や文書もほとんど破棄されている。
 散逸せずに残り続けた記録等もあったそうだが、時が経つにつれ、それも何者かに消されていった。


「だが、地球連合政府は、卑怯にも白鳥九十九全権特使の死を持って、これに応えた!」


 地球を放逐された我々の元だからこそ、それを記すものが残っていたのは皮肉だろう。
 その記録は、どれも非常に興味深いものばかりであったが、特に興味を引いたのは、文珠だった。
 その異様なまでの汎用性は、上手く使えば世界を支配することすら可能ではないだろうか。
 洗脳や記憶操作等、精神に作用する効果のものを使えば、決して夢物語ではない。
 
 まあ、その存在自体が夢物語だったのだが……。


「そして横島忠夫名誉優人部隊員の死も忘れてはならない! 地球人全員が腐っているわけではない、それを証明した彼までも、
地球連合は白鳥大佐とともに殺してのけたのだ!」


 閑話休題、その文珠使いは、古代ではなく、驚いたことに文明が発達しきっていた当時、
 オカルトがこの世から消える、その直前の時代に実在したらしい。
 何に驚いたかというと、彼、もしくは彼女は、文珠使いでありながら、それを戦闘や除霊にしか使用していなかったという。
 よほど高潔な人物だったのだろう。その心の強さに、私は心底、敬服する。
 だがそんな文珠への憧れは、二十歳が過ぎる頃には薄れ、もう初老といって差し支えない今では殆ど憶えていなかった。

 彼に出会うまでは。


「だがみんな、挫けちゃいけない! 正義は、一つだ!」


 白鳥や横島の死を悼み、涙していた聴衆から大歓声が上がる。
 文珠を実際に目の当たりにした私も、大歓声を上げそうになったことをよく覚えている。
 実際に彼と話したことは2、3回程度しかない。しかも彼はそれを覚えていないだろう。


「そうだとも! 僕らは必ず、悪の地球を打ち破る!」


 身近に文珠が存在する。その事実は私を沸き立たせた。その力を自由に振るってみたいと思うようになったのは直ぐだった。
 その方法を、ヤマサキに依頼した。すると極々あっさり、欠陥はあるものの、文珠を生み出せるクローンを作り出したのだ。
 ヤマサキ自身は、あっさりなどとんでもない! などと言うかもしれないが。
 理想の為に私は死ねる。だが、理想など、何をするも思いのままの文珠が実際使えるかもしれないところまで来ると、
 些か色を失ってきた。横島が何者か、ということを何度か思い巡らせたことはあるが、案外、人を堕落させる悪魔なのかもしれない。


「だから見ていてくれみんな! 熱血ロボ、ゲキガンガー3の第三十九話のように、我々は闘う!」


 実際、演説をしながらも私の心はここには無い。
 壇上からの私の演説に感じ入る同胞を、冷めた心で俯瞰する。なんでもできると言う文珠は、知恵の実の様に甘美な毒だ。
 復讐心を煽り、功名心を擽り、正義感を目覚めさせる。なんとも面倒なことだ。文珠があれば、どれだけの労力を節約できることか。

 ふと自覚する。私は堕落している。実際文珠が自由に使えるようになったら、それこそどこまで心が醜くなるか想像も付かない。

 憎さ極まる地球連合を踏み潰すも、理想を叶えるも、下世話な話、美女を後腐れなく思いのままにするのも自由だろう。
 美女云々は流石に悪い冗談だが、もう少し若ければ冗談という言葉で自分自身を騙せるか些か自信がもてない。


「正義は必ず勝つ! さあ、みんなで叫ぼう! 正義の合言葉! レーーーッツ!!」


 だからこそ、思った。


「ゲキガイン!!!」





 横島忠夫は、文珠を使える立場に有りながら、なぜ、自然体に、あけすけに在る事が出来るのだろうか。

 なぜ、正気で居られるのだろうか。

 純粋に、ただ不思議だ。
 十人が十人とも好色漢と認める彼は、なぜその力を以って女性を手に入れないのだろうか。

 暴力、財力、権力。
 有史以来、それらの力を手にした者は、善人であれ、悪人であれ、普通であれ、殆どはその心を歪ませる。
 良い、悪いはケースによって異なるものの、矮小な人の身に大きな力を付加すれば、歪み壊れるは必定。自然な事といっても良い。




 なぜ彼は歪まない?




 私は得体の知れない恐れに身を震わせる。殺した筈の彼に、なぜここまで苛まれる?

 奴は本当に、心を持った人間か?







GS横島 ナデシコ大作戦!!







最終話:遙かなる時の流れに










 火星の荒野に爆音が鳴り響く。火線が乱舞し、赤い砂塵が舞い踊る。


「はぁぁっ!」」


 機動力において、明乃のヘリアンサスは他の追随を許さない。
 降り注ぐ霊気の銃弾を掻い潜り、ディバインアームで敵機の胴部を薙ぎ払う。


「……っ」


 一瞬表情を歪ませるも、爆散する敵機を尻目にすぐさま敵の射線から退避する。

 敵機・珠玉の最初の数は実に60機。
 しかも、初戦と違いそれぞれが違う役割を担っていた。

 20機は、文珠で作られたと思われるライフルによる遠距離攻撃。
 また20機は、文珠で作られた剣で切り込み、
 最後の20機はあまり積極的に攻撃しようとせず、主に文珠で作られた結界で味方を守っている。
 前回は無かった組織的な動きだ。

 だが、明乃、三人娘、ガイ、アカツキ、イツキ、マリア、そして木連に反旗を翻し合流した優華部隊。
 さらに、ナデシコの上に、コマンダーフレームに乗ったメグミが、ピスバーで珠玉では無い敵機を超長距離狙撃をしている。
 人間じゃない。

 一行に以前と違い動揺は少ない。覚悟もある。そんな彼らの前では60機と言う数は些か数が足りない。
 無傷とはいかないものの、一機、また一機と珠玉はその数を減らしていた。


『だったら、もう60機ほど追加しましょうか』


「な…………っ!?」


 突如に響いたヤマサキの声に、エステ隊は思わず上を見上げた。
 自分たちの周囲には、自分たちの人数ほどに数を減らした珠玉。上には、新たに追加された60機。

 そして、新たな60機から、ばらばらと何かが落下してきた。小さい点にしか見えないため、初めはなんだかわからなかったが、


『『っ!?』』


 反応したのは北斗とリョーコだった。


『明乃! 優華部隊! 残りの敵を今すぐ始末しろ! 捨て身でだっ!』
『ヒカル! イズミ! 文字は何でも良いから文珠で上を守れっ!』


 絶叫じみた二人の指示に、指示された者は即座に反応し、残りのものは一瞬遅れて事態を悟る。
 
『爆』

 振ってくる文珠に刻まれた文字は、マリアと北斗となぜか遥か離れた場所のメグミにしか見えなかったが、
意図を悟ったのは全員だ。


『ヤマダ君! イツキ君! マリア! 弾幕を張るんだ! 一個でも多く撃ち落とせ!』


 指示と同時に突撃した北斗が、明乃と同時に敵機を破壊する。
 指示と同時に上方向に全速で移動したリョーコは、文珠を握り締め、落ちてくる文珠を見上げてその手を突き上げた。
 指示と同時にラピッドライフルをフルオート射撃するアカツキは、いくつかの文珠が砕けるのが見えた。


『あと何機だ!?』
『流石にこれは勇気いるぜ……』
『いっそ爆発してくれたら楽なんだけどね!』


 一体何秒後のことだったか。
 一秒が何倍にも引き伸ばされたかのような感覚の中、明乃はさらに一体の敵(実は初期の珠玉の最後の一体)を地面に叩き落した。
 爆発はしないが、動く様子もない。さらに敵を探そうとしたとき、リョーコらが張った光の壁に、文珠が着弾するのが見えた。


 直後、轟音と共に、フィールド全開にしてなお凄まじい衝撃が明乃の体を襲う。


「―――――っ!」


 一瞬気が遠くなりかけるが何とか持ち直す。
 すばやく状況を確認すると、結界を張った三人娘のエステは、大破に限りなく近い中破の状態で地面に叩きつけられていた。
 捨て身で敵を掃討した優華部隊にも中破が3機。


『ちぃっ!』


 ガイは、咄嗟にリョーコらの体を文珠で『癒』し、続いてイツキが機体を『修』復する。


『三途の川が、マジで見えた……』
『ほ、ホントに死ぬかと思った……』
『また死に損なったみたいね』


 歴戦の三人娘も流石に肝を冷やした


『あと文珠は僕とテンカワ君とマリアの三つだけか?』


『虎の子の文珠をずいぶんと奮発しちまったな。まだ追加分は一機も減ってねぇのに』


『皆気を付けて! さっきの六十機が先行試作機なら、この六十機は正式採用の量産機よ!』


 舞歌の注意にパイロットの頬が引きつる。


『具体的には、文珠の生成スピードが速まり、出力も若干上がってます。
さっきまでのやつは、文珠の生成にやたら時間が掛かったり出力が一定しなかったりと、』


『聞いてねーから!』


 ご丁寧に解説しだしたヤマサキをガイが遮った。切迫した状況に素で解説されたら思った以上にイラっと来たのだ。
 狙ってやっているわけでは無さそうなところが憎い。


『なんか量産機って聞くと先行試作機より弱そうに聞こえるけど』


『流石に現実でそれはないでしょ……』


 軽口を交わしつつ、気負い無く戦闘を再開する。先ほどまでより強敵ではありそうだが、
これで打ち止めと思うほど楽観的な者はここにはいない。ならば気負うだけ損と言うもの。


「横島くん……!」


 明乃は手の中の文珠を握り締め、珠玉の群れに吶喊した。










「ふむ、まだ続きそうじゃの」


「カオスさん?」


 戦いの余波か、時折り小刻みにゆれる医務室に、ドクターカオスがふらりと現れた。イネスが怪訝そうな顔をする。
 モモも居たが、一心に横島の手を握り、ちらりと一瞥しただけだった。


「誰かクルーにけが人でも?」


「いいや。マリアや嬢ちゃんらも頑張っとることじゃし、ワシも出来ることをしとこうかと思ってな」


「出来ること……」


 イネスが見ると、カオスが押してきた押し台車の上に、物々しいヘルメット型の機械+その他が載っている。


「なんですかそれ」


 呆気に取られるイネスに、カオスは得意げに胸をそらせて言った。


「所謂一つの……睡眠学習装置というやつじゃ」


「はい?」





 ――――――――――





 ?????分前。


「あー、よく寝た……」


 横島は上体を起こし、眼を擦りながらあくびをした。
 そして直ぐに違和感を感じる。なんか下がごつごつしてる様な。


「知らない天井……じゃねぇ!?」


 急に焦って周囲を見渡す。
 確かに知らない天井ではない。そもそも天井が無かったから。あるのはただの曇天だ。
 下がごつごつするのも当然だった。なにせあったのは布団ではなく、大量の小さな石ころだったからだ。
 そして傍らには、川。

 横島は息を呑む。ぶっちゃけここ、河原じゃん。


「起きたかね」


 混乱する横島の背後から、男の声が聞こえた。ナデシコでは聞き覚えの無い、だがどこかで聞いたことあるような声。
 横島は振り返った。





「ってアシュタロス!?」
「うむ」




 横島は驚愕の余りひっくり返る。
 なにせ、あのアシュタロスが河原に座り込み、なぜか石を積み上げているのだ。


「なんでここに!?」


「それはこちらの台詞だが……。なぜヨコシマがここにいるのだ?」


「は?」


 それは確かにその通り。自分は未来にやって来て宇宙戦艦に乗り込んでいるはず。


「あっ、そうか。夢か」


「当たらずとも遠からずだが、残念ながら夢ではない」


「え。じゃあ一体……」


 宇宙に居るはずが、気が付くと河原。
 川の向こう岸は見えない。
 死んだはずのアシュタロスがいて、なぜか河原の石を積み上げている。


 …………。


「賽の河原じゃねーかっ!!!」


「正解だ」


「ワイは死んでもーたんかー!? いややーーーっ! せっかく女の子から告白されたっちゅーのにーーーっ!
ワイはリア充になったらあかんのかっ!? まだ童●やのに死にたないーーーーーっ!!!」


「ヨコシマも変わり無い様だな」


「なんでそこでさらっと流す!?」


 肩で息をしながら横島は突っ込みを入れた。
 そしてふと真顔に戻った。


「……ホンマに死んでもたんか……」


 横島はポツリと呟く。
 元の時代に帰る。木星との和平。料理。そして、明乃とモモ。
 遣り残したことは山ほどある。伝えなければいけないことも。
 だが死ぬとはそういうことなのだろう。先人たちも、どれほどこの河辺で無念を感じたのだろうか。


「あ、そう言えば白鳥は!? あいつ確か銃で撃たれたはず……!」


「知りたいかね」


「解んの!?」


「うむ。私はこれでも元は上級魔族(正確には超上級魔族)の端くれだよ」


 理由になっていないような気もするが、アシュタロスがちょいと念じると、目の前に映像が浮かび上がった。
 見えるのはナデシコの医務室だ。


「おおっ、すげーな」


 感嘆の声をあげ、映像を観察する。
 医務室のベッドには九十九が寝かされている。色々コードが付いているが、どうやら死んで無い様だ。
 隣のベッドには横島も寝かされている。


「げっ、野郎の隣かよ」


「それが感想か」


 ちょっと呆れるアシュタロス。そして彼も映像を良く観察する。


「君も死んでいないな。道理で生霊じみていると思ったが、本当に生霊だったとは」


「仮死状態って奴か。つーか良かった……」


「喜ぶのはまだ早いぞ。見たところ、ヨコシマも彼も重体だ。いつ死ぬか解らないほどに、な」


「う……」


 横島は恨めしそうに呻いた。
 ぬか喜びしないようにとのアシュタロスなりの気遣いだろうというのは解るが、
 それでもいつ死ぬか解らないというのは、それなりに心に堪える。

 そうこうしていると、横島はふと顔を上げた。


「そう言えば、なんでアシュタロスはここに? 確か偉いさんに死ぬことを認めてもらったんじゃなかったっけか」


「やっとその質問が来たか。もう質問されないのではないかと心配したが……。
うむ。実は、私の転生先についてまだ揉めている様でな」


「揉めてるって、あれからだともう二百年以上経ってんじゃねーの?」


「フ、「たった二百年程度」だよヨコシマ。永劫の時間を過ごさねばならなかったことを思うと、
二百年程度など無に等しいさ。それを思えば今の時間は休暇のようなもの。ここは思索に耽るにも、石を積むにも良い場所だ」


「つーかそもそも、魔族のお前が輪廻転生とかいいのか? 思いっきり仏教観やん」


「かまわんさ」


 アシュタロスはフッと笑い、石を積みつつ言った。


「今はイエスやブッダが有給を取って、地上にバカンスに来る位だぞ? さらに立川に―――――」
「それ以上いけない」


 横島は手でアシュタロスを制し、真顔で突っ込みを入れた。


「そういやぁさっきからお前石積んでるけど、それって」


「うむ。親より先に死ぬという親不孝という罪を贖う為、歳の数だけ石を積む、というやつだ。私の場合は単なる暇つぶしだが。
いや、これが中々奥が深い。積む石の角度計算が絶妙なら、百個積んでも微動だにしないのだ」


「蘊蓄まで聞いてねーし。つーか、そんな場所の割には石を積んでる子供がいねーな。
確か、石を積んでも、完成前に鬼が崩しに来るからいつまでたっても終わらないとか聞いた事あるけど」


「情け容赦ない行為をさすがに見かねてな。追い払ったのだ」


「性格変わったぞお前!」


 爽やかに笑う魔神に、突っ込みを入れっぱなしの横島だった。


「はぁ……。しかしこのぶんだと、暫くここに居るしかねーのかなー。ナデシコも今が大変そうだってのに。
まー、俺なんかおらんでも平常運転か」


「ヨコシマよ。さすがにそれは自己評価が低すぎるのではないか? それとも韜晦しているだけか」


「いや、そら俺には文珠あるけど……」


「違うな。霊力や操縦技術などではない。ムードメーカーが潰されると、チームの戦意は眼に見えて落ちるものだ」


「……」


「仮に私が例の作戦をやり直すとしたら、真っ先に君を殺しにかかるぞ。君に大した力が無く、他に優れた文珠使いが居たとしても、な」


 アシュタロスは、淡々と石を積みながら語る。横島は何も言えない。


「そうだ、ヨコシマよ。暇なら、君の仲間の様子でも見てみるか? 私の言った意味が少しは解るのではないか?」


「様子?」


「うむ。石を積むのもいいが、それだと君も退屈だろう」


 アシュタロスは、先ほどの様に二人の前に映像を浮かび上がらせた。


「そして、自分をもう一度見つめ直すといい」





 ――――――――――





「……………………」


 横島の眠るベッドの傍らに、モモが椅子に腰掛けていた。
 眼は横島は見つめてはいるものの虚ろで、顔色は紙のように白い。横島や九十九のほうがまだ血色がいい。


「モモは……大丈夫なんですか?」


 ルリは、イネスに心配そうにたずねた。
 モモはコンメリアから下ろされるや否や、ふらふらと医務室の横島の側に歩み寄り、そのまま動かなくなった。
 まだ半日程しか経っていないが、食事や水分を摂るどころか、トイレにすら行っていない。


「大丈夫、とはちょっと言えないわね。クローンとはいえ、横島君を死なせたのがよほどショックだったみたい」


「そう、ですか……。でも、クローンと言っても」


「そうね。いくらDNAが同じとはいえ、個人を個人たらしめているのは、幼い頃から積み上げてきたパーソナリティよ。
とても横島君と同一人物とはいえないわ。同一じゃないならあんなにショックを受けていなくても良いと思う。でもね……」


 イネスは人形のようなモモの横顔を見ながら、推測になるけれど、と前置きをした。


「良くも悪くも、今のモモが在るのは横島君あっての事。空っぽのモモに中身を入れたのは横島君だと本人は思ってるわ。
モモにとって彼はそれほどまでに大きな存在なのよ。そもそも、横島君が無事で、例えば、気にするな、とかモモに言ってくれたら、
ここまで憔悴することは無かったでしょうね」


 ルリは頷く。大体は同じことを感じていた。


「でも、横島君が意識不明の重体で、何時どうなるか分からない。その事態に際し、モモはいったい何をしたか。
怒りに任せて、知らなかったとはいえ、横島君のクローンを殺してしまったのよ。
いくら横島君とは言えない存在とはいえ、その衝撃は計り知れなかったでしょうね……」


「横島さん……」


 ルリは俯き、膝の上で手をぎゅっと握り締めた。
 理不尽を承知で思う。いつもどんなダメージを受けてもヘラヘラしていたくせに、なぜこんなときに限ってヘラヘラしてくれないのか。


「…………まだ私のことを忘れて放って置いた事は許してませんよ。死んで逃げるなんて、許しませんから……。
だから、眼を覚ましてください……。お願いします」


「……」


 イネスは痛ましげに眉根を寄せた。そして、


「ルリちゃん、それにモモ。よく治療することを「手当て」って言うでしょう?」


「?」
「……」


 いきなり何を言い出すのか。ルリの頭上に?マークが浮かぶ。モモは無反応だ。


「今ほど医療が発達していなかった頃、治療だけでなく、医者や家族はよく患部に手を当てていたの。
ただ手を握っていたこともあったそうよ。だから手当て。読んで字の如く、ね」


「……手を当てただけで、快方に向かったりするんですか?」


「まさか。でも、人間の体っていい加減且つ高性能で、気分で病状が好転することは割りと良くある話よ。プラシーボ効果ってやつね。
……モモ。横島君の手を握ってみて」


「……」


 モモはゆるゆると俯いていた顔を上げ、そしておずおずと横島の手をとった。


「……」


「どう? じんわりあったかいでしょう。なんだか横島君の体に元気を分け与えてる気になってこない?
病は気からよ。意識の無い人には手を触れて、そして呼びかけるの。それが手当てよ」


「……………………た……だお……」


 モモは横島の手を握り締め、横島が倒れて、初めて声を出した。ずっと黙っていたためか掠れた様なか細い声しか出なかったが、
モモは再度呼びかける。


「忠夫……。起きて、忠夫……」


 涙がにじむ眼をぬぐうこともせず、モモは一心に呼びかける。
 そんなモモを見て、ルリももう片方の手を握る。


「……暖かいです」


「生きているからよ」


「……はい」


「じゃあちょっと私はユキナちゃんとミナトさんを呼んでくるわ。なんかこの部屋の絵面、白鳥君がちょっと寂しすぎるもんね?」


 イネスは苦笑し、医務室を後にした。





 ――――――――――





「モモー! 俺は気にしてないから気にすんなーっ!!」


 妹分の憔悴した姿を見て、横島は無駄と知りつつ声を張り上げる。


「聞こえていないぞ。それより、彼女の「手当」は効果がありそうかね」


 騒ぐ横島に突っ込みを入れつつ、アシュタロスは横島に効果を訊ねる。


「ん……なんかてが暖かくなってきた……気がする……。畜生、何で起きねぇんだよ、俺は……!
効いてるよ……! 手当、効いてるってばよ……!」


 横島は小石の散らばる地面を殴る。起きろと念じるが、映像の向こうの自分の瞼はぴくりともしない。


「モモ、ルリちゃん……! 俺なんかのために、そこまですること」
「そこまですることはない、などと言うものではないと私は思うがね」


 横島のセリフを、アシュタロスが遮った。


「アシュタロス……?」


「人の評価など他者が決めるもの。
君が自分をどう思っていようと、今自分を卑下すれば、それは今君を心底心配する彼女らへの侮辱に他ならない。
俺なんか、等と言うものではないよ」


「……」


 横島は、顔を俯かせた。アシュタロスの言うことは解るが、横島は世界で一番自分を信用していない。
 今にも、モモとルリに、そこまで心配されるほど自分は上等な人間ではないと叫んでしまいそうだ。


「ふむ、これ以上この場面は大きな動きを見せそうにないな。次に行こう」


「まだ見るのかよ」


「いつ目覚めてもいいように、状況の把握は必要だろう」


「そりゃあ、そうだけどよ」


 今でもいたたまれない気分の横島だが、アシュタロスの言うことも最もである。
 歯切れは悪かったが、積極的に止めようとはしなかった。





 ――――――――――





「アキノー、おーい」


 ユリカが明乃の部屋をノックするも、それに対する返答は無い。
 中から時折りすすり泣く音が聞こえるので中には居る様だが。ユリカは、むぅ、と眉を八の字にした。


「コミュニケにも出ないし……。ごめんなさい、ピートさん。出て来ないですね」


「いえ、こちらこそこのような時分に押しかけるのはちょっと無神経だったかもしれません」


「だからと言って、完全無視とはつれないお嬢ちゃんじゃのう」


「ノー・ドクター・カオス。ミス・明乃の・心中を・鑑みれば・やむを得ないと・判断します」


 明乃の部屋の前には、ピートやドクターカオス、マリアが集まっていた。


「そう言えばピートさん。あなたはなぜ今になって……?」


 ユリカは、ピートのことは一応知っている。横島の話の中に何度か出てきたこともあるし、
 なにより記憶マージャン時に横島の記憶を垣間見たためだ。
 だが、いくら純粋な人間でないとは言え、遥か過去の人物が突然現れれば流石に驚く。


「……。横島さんととある人を引き合わせたかったからですが、その件は終わったことなので良いんです。
後は個人的にお会いしたいということも有りましたが、横島さんと接触することで上に横島さんが来ている事を知られたくなかったので、
今まで会うのは控えてきたんですが……。ワルキューレさんも黙っていてくれてますし」


「あなたは……」


 ユリカは、ピートがなぜこの時代に残ったのかを聞こうとしたが、思いとどまった。
不躾に過ぎるのもあるが、初めて会った人に尋ねるには、この話題は些か重いと思ったのだ。

 だが、ピートはそんな心情を察したのか、苦笑しつつ言った。


「はは、別にそれほど深い理由は無いんですよ。
確かに、横島さんとは仲良くさせてもらってましたし、もう一度お会いしたかったのは事実ですが、
僕はシロさんやタマモさんほど純粋に会いたかったわけではないんです。

 うーん、そうですね……。深くは無いにしろ理由は色々あるんですが……。
僕たち吸血鬼は、人里離れた田舎や孤島に生活圏があったんですが、人ともそれなりに関わってましたし、
僕のように積極的に外に出る者も居ました。
 
 つまり、今まで多くの人と共に生活をしていたのに、急に人以外と生活をしなければならないなんて、なんか面倒でイヤだなぁ、って」


「確かにの」


「あはは……」


 ピートの実も蓋も無い言葉に、カオスも頷く。ユリカは流石に苦笑しか出来ないが。


「では、今回の件には関わらないと……?」


「勿論です。僕は末端とはいえ神魔族。関わり合う事を禁じられている以上、それに反する事などあり得ない事です」


「……」


「と、言いたいところですが……」


 一瞬落胆しかけたユリカだが、ピートの雰囲気が変わったことに気付き、息を呑んだ。


「友人を殺されかけて黙っていられるほど、僕は温厚ではありません。
後のことなど知ったことか……! 今回の事、僕も全面的に協力します。嫌だと言ってもやります。いいですね!?」


 握りこぶしをぶるぶる震わせながら、ピートは怒りに満ちた声を漏らした。


「はいっ」


 嫌どころか、笑顔を持ってユリカは答えた。
 それを見て、感情的になったのが恥ずかしかったのか、少し赤面しつつ咳払いをした。


「ところで、カオスさんはなぜ地球に留まったんですか?」


「わしは単に長生きしただけじゃ」


「えー……」


 ピート以上に身も蓋もない理由と否定しないマリアに、流石のユリカも微妙な表情を浮かべた。


「じゃが、小僧や美神令子、幽霊のお嬢ちゃんらが居た時代は、とりわけ印象深かったがの」


「イエス・ドクター・カオス」


「そうですか……。そうですよね!」


「?」


 何かを決意したのか、ユリカは一枚のカードキーを取り出す。
 見た目はピートらも持っている、クルーの部屋のルームキーに見える。


「艦長専用、マスタールームキー!」


「えっ」


「そいや!」


 いきなりカードキーを(なぜか)高々と掲げたかと思ったら、掛け声と共にアキノの部屋のカードリーダーに通した。
 天岩戸もかくやと思われた明乃の部屋は、ぷしゅー、とあっけなく開いた。


「ちょっ」


「アキノーっ!!」


「!?」


 突然の闖入者に、腫れぼったい目をした明乃がビクリと反応する。そして(ユリカだったせいか)ちょっと怯えている。
 ユリカはおもむろに明乃に近寄り思い切り腕を振りかぶり、明乃の頬に平手を見舞った。


「えっ、あ」


 明乃は、突然のビンタに怒るとか痛がるとかの前に困惑していた。外のピートらも突然のユリカの奇行に面食らっている。


「アキノ! 休憩はもうお仕舞い! さ、行こ!」


 そしてユリカは、今現在ナデシコが取るべきプランを明乃に語る。
 アカツキ曰く、火星にはボソンジャンプを制御する中枢ユニット、及び遺跡があり、それを手に入れようとする
地球連合と木星連合より先に、ナデシコ(つーかネルガル)が手に入れることにより、地球と木星の争う理由の消滅、
それによるなし崩しの和平に繋がる、とのことである。


「……でも、今となってはもう、遺跡を押さえるだけじゃ戦争は終わらない。木星の人たちが横島さんのクローンを作り出した今、
文珠を自由に扱えるようになる前に、なんとかそれを止めないと」


「っ」


 呆気に取られてユリカの話を聞いていた明乃だが、横島の名が出たことで、びくりと身体を震わせた。


「……でも、わたし、もう戦えない……」


「どうして?」


 うつむく明乃に、ユリカはあくまで優しく問いかけた。


「どうしてって、そんなの……。和平に行ったはずなのに、横島くんがあんなことになったり、
 クローンとか、何体も撃墜しちゃったし、皆にも迷惑かけて、横島くんが……」


 ぼそぼそと、明乃は心情を吐露した。だが正直「迷惑をかけて」以降は声もかすれて支離滅裂で何を言っているのか分からない。
 というか、良く聞き取れない中にも、「横島」と言う単語だけは何度も登場する。
 そんな明乃を見て、ユリカは苦笑しつつ言った。


「アキノって、本当に横島さんのこと好きなんだねぇ……」


 言われて、いつもなら赤面してあわあわする明乃だが、今は悲しそうにうつむいた。


「でもね、アキノ」




「横島さんのことを好きなのは、アキノだけじゃあないんだよ」




「っ!?」


 明乃は今までのローテンションが何だったのかというくらいの勢いでがばっと身を起こした。


 ちなみに余談だが、このときの明乃の表情の驚きもそうだが、それよりも不安げな表情を見て、
 ユリカやピート、カオス、マリアら四人は、「ああ、そっち方面で不安がれるならこりゃ大丈夫だな」と思ったそうな。


「ど、どういうこと!?」


「どうもこうも、皆横島さんの事が好きだから今もがんばれてるんだよ。
あ、好きって言っても、仲間として、とか友人として、とかが殆どだからそんなに心配しなくていいと思うよ」


「う……」


 今度こそ赤面した明乃は、とすんと腰を下ろした。


「アキノ、これだけは言っておくけど」


 ユリカは不意に少しだけ真面目な顔をして言った。


「あんなことがあったのに皆がんばってるのは、今からでも全部投げ出して連合軍に頭下げて後を任せないのは、
そうすると色んなことが、そう、横島さんや白鳥さんが死に掛けてることとかが全部無駄になっちゃうからなんだ」


「……」


「私は別にアキノががんばらなくてもいいと思う。がんばらなくても嫌いも軽蔑もしない。本当だよ。
でもそれでもアキノに辛いだろうけどがんばって欲しいのは」


 ユリカは顔を寄せ、明乃の目をしっかりと見据えて、


「他の人ががんばってるけど自分ががんばらなくて、それで全部失敗して台無しになって横島さんも助からなかったら、
アキノ、アキノは自分を許せるの?」


「!」


「私の客観的判断からすると、きっとその時になったら、アキノは耐えられないと思う。潰れちゃう。
だから、アキノにはがんばって欲しい。アキノ自身のために。もちろん、横島さんのためにもね」


「…………」


 明乃は暫く押し黙っていた。しかしその瞳の色に先ほどまでの暗い色は薄れている。
今はどちらかというと、戸惑いの色が強い。

 そして、ようやくポツリとつぶやいた。


「……ユリカってさ」


「うん?」


「実は有能だったの?」


「うん。実は敏腕美人艦長だったの」


「そうなんだ……知らなかったよ」


「そうなんだー。頼りにしてね」





 ――――――――――





 顔を見合わせて笑う二人を見ても、横島の顔は晴れない。


「なんで……」


「……」


「なんで、ワイ、眠りこけとんねやろ……」


 今や、横島の前に映し出されている映像は10を越えていた。
 戦場のように整備員が走り回っている格納庫。
 厳しい表情で情報の分析、索敵を行っているブリッジ。
 こんな時だからこそか、笑顔を絶やさず食事を作り出前を行う食堂。


 この場では時間はあまり意味を成さない。
 映像の場所・時間は様々だが、そのどれもが、みな真剣に出来ることを行っている。
 当然、全員が全員横島の為というわけではないだろう。
 だがどんな理由であろうとも、皆一つの目的に向かって一心不乱だ。


 横島は、言い様のない焦燥感に襲われる。


 ―――――おう、そっちの整備は終わったかー!?
 ―――――班長こそ、コンメリアのご機嫌伺いの塩梅はどうなってんすかー!?
 ―――――バッチリに決まってんだろバーロー! 俺が直々に一から十まで面倒見たんだぞ! オカルト以外はな!


 ―――――ミナトさん、今は休んでても良いんですよ? 白鳥さんの側にいなくていいんですか?
 ―――――ありがと、艦長。でも別に無理はしてないわよ? 確かにとっても心配だしとっても悲しいけど……。
 ―――――けど?
 ―――――横島クンも一緒でしょ? だからかしら。最悪の事態にはならない気がするのよ。なんとなく、だけど。


 飛び出すように川を背に走り出す。しかしいつのまにか元の場所に戻っている。


 ―――――まさか……ここまで……ここまでするなんて……。
 ―――――千沙さん……。
 ―――――なに、やってるんですか横島さん……。いつもは腹が立つほどしぶといくせに……。こんなことで、こんなことでっ……。
 ―――――零夜、その怒りは壁にはぶつけるな。
 ―――――北ちゃん?
 ―――――そうだよ。たーくんをいじめたんだ。その気持ちは、全部あいつらにぶつける……!
 ―――――し、枝織ちゃん?


 ―――――皆さん、出撃の前にコレを。
 ―――――……? ってこれ、文珠じゃねーか!
 ―――――ええ。横島さんから没収した文珠が、ちょうど皆さんと同じ数でしたので。
 ―――――いくらなんでも、文珠をこれだけ没収されるのってどうなの……。


 文珠で脱出しようにも、文珠は出る様子がない。


 ―――――そうだ、この文珠で二人を治せば……!
 ―――――体が治っても意識が戻るとは限らないわ。なら一個でも多く温存すべきよ。
 ―――――だったら意識だけでも!
 ―――――……多分だけど、横島君みたいに二個以上を同時に使わないと無理かもしれないわ。……試して見る?


 ―――――テンカワ。今度の戦いで暴走せずにあのクローンを落とせるのか?
 ―――――……。
 ―――――大丈夫。あの機体に脱出装置はないけど、おそらくクローンにとっても、撃墜した方が幸せだと思うから。
 ―――――舞歌さん? それは一体……。
 ―――――今度ロールアウトする正式量産機は、生体部品としてクローンの脳幹しか組み込まれてないから……。
 ―――――なっ!? あいつらどこまで外道なことを!
 ―――――その事実を知ってしまったから、私たちは―――――




 ―――――横島くん……。行ってきます!




「目覚めたいかね」


「!」


 石を積みつつ、アシュタロスは言った。
 がっくりと膝を突いていた横島は、反射的にアシュタロスを見た。


「正直に言おう。今の私でもヨコシマを今すぐ目覚めさせることは出来る」


「な、なんで……。いや、出来るってんなら今すぐにでも起きたいけど……」


 なぜ? と横島は思う。アシュタロスにそんなことをする理由などないはずだ。
 自分たちに同情した? まさかだ。普通に会話しているように見えるため勘違いしがちだが、
 超上級魔族ともなると普通の人間とは考え方も、物差しも、価値観も一線を画する。話が通じるなど危険すぎる勘違いだ。普通ならば。
 

「人間とは、つくづく不思議な生き物だ。
悪魔がドン引きするほどの残虐行為を、呼吸するかのようにくり返す者がいるかと思えば、
神が感心するほどわが身を省みず、偽善と罵られようとも人に尽くしそれを喜ぶ者が居る。
怠惰に暮らし、そのせいで子どもより貧弱な身体の者がいるかと思えば、
徹底的に心身を鍛え、練磨し、神にすら迫る力と気概を会得する者もいる」


「……?」


「最初から全てが決まっていて変化することのない私には、少々眩しい存在だ。以前もだが、今は特にそう思うよ」


「……」


「私はこれからそんな存在の一人になろうとしている。不安もあるが、これほど嬉しいことはない。
ヨコシマよ。魂の牢獄から解き放ってくれた人間よ。これはただの個人的な礼だよ」


「アシュタロス……」


 そのアシュタロスの表情をなんと表現すべきか横島には分からなかった。
 新天地に下り立った開拓者のような、そして次の日の遠足を待ちきれない子どものような。


「焦る事はない。ここでは時間の流れは意味を成さない」


 アシュタロスは、自分と横島に言い聞かせるように言った。


「だから最後に聞かせてくれないか?」


「何をだよ」





「―――私を、憎んではいないのか?」


「―――…………」




 
 賽の河原を、一陣の風が吹いた。
 横島とアシュタロスの髪がそよぐ。


 無意識に顔が強張る。だが、すぐにそれを解すかのように肩をすくめた。


「昔憎んだこともあった。今はそうでもない。……これでいいか?」


 そんな横島の答えは、アシュタロスを満足させるまでには至らなかった。


「なぜだ。私がいたからルシオラは死んだ。まさか、もう過去の事と、想うのを辞めたか?
お前は、悲劇的な恋とも言える出来事など、思い出したくもないということか?」


「……ぷっ」


「?」


 アシュタロスの発言に、横島は思わず吹き出した。


「……くっくっく……」


「何を笑う。ヨコシマ」


 アシュタロスがどこかムッとした表情を作った。
 それを見てまた少し笑えてきた横島は、ナナフシ攻略作戦のことを思い出した。
 アカツキらにかつての自分のトラウマのこと語っことだ。


「悲劇的、ねぇ……。
アシュタロス、お前、解ってないよ。くくっ、全然解ってない……。見当はずれもいいとこだ……」


「どういうことだ?」


「…………」


 横島は答えず、上空の曇天を見上げた。
 飛ぶ鳥もいない空を見上げ、目を細めた。何を見ようとしているのか。アシュタロスにはわからない。

 数十秒の沈黙後、横島はアシュタロスに向き直った。
 昔のことを思い出したから、二番煎じになるがその時と同じことを聞かせてやろう。


「アシュタロス。俺の知ってるとある歌の歌詞からの引用だが、良い言葉を教えてやる。





―――――悲劇の恋なんて、ないんだよ」





「なに……」


「恋に出会えない方が、よっぽど悲劇だからな」


「…………!!」


 想像の埒外の言葉に、アシュタロスは大きく眼を見開く。


「おいおい、なんでそんなに驚いてんの? 簡単なことじゃねーか。
最初は兎も角、なんでいつまでもネガティブな思い出にしなきゃならんの?
そんなの死んだ奴は……少なくとも、あいつはンなこと望んじゃいない」


「……」


「お前のせいでルシオラが死んだ? そーだな。でもお前のおかげで、あいつに会えたんだ。
だから憎んでない。むしろ、今思えばお礼を言いたいぐらいだわ。いやむしろ今言おう」


 横島はごほんと咳払いをした。


「これからワイは、あいつ以外の女の子を好きになったりするやろーと思う。あいつよりも愛しちゃうかもしれん。
でも、一つだけ断言できることがある。



 俺は一生、あいつを忘れることはないだろうってことだ。



 だから、ありがとう」


 横島は、万感の思いを込めて頭を下げた。
 アシュタロスは、まだ目を見開いたまま固まっている。


「おいおい、何固まってんだよ。俺がこんな真面目に愛を語るなんざ最初で最後だぞ? 
もう絶対こんな恥ずかしいことこの世でもあの世でも言わんぞ? ……おーい、感動でもしてもーたんかい。恥ずいやろ」


 アシュタロスの見開かれた目から、涙が一すじ、すっと流れた。


「げっ、マジで?」


「いや、すまない……。確かに感動したのかもしれん……。久しく感じたことのない感覚だ……」


 アシュタロスは人差し指で涙の跡をすっと払うと、


「こんなことを言うのは不謹慎かもしれんが、今ヨコシマに会えた偶然に感謝する。
今なら、ヨコシマともう一度会うために転生先が決まらなかったと言われたら信じてしまいそうだよ」


「……そーかい」


 流石にここまでストレートに言われると、相手が男でも照れる。


「されば了解した! 期待していた以上の答えだ。確かに君を現世に送り返そう」


「……流石に、もう会うことはねーかな」


「すでにこの再会だけで奇跡と呼ぶに相応しい。もう会うことは無いだろう」


「…………」
「…………」


 二人の間に沈黙が流れる。ぎこちなさは、もう無い。
 ややあって、横島が含み笑いを始めた。


「ふっふっふっふ……くっくくく……! はーーーっはっはっはっはっは!
待っとれよパチもん! 量産主人公なんか蹴散らされる為にあるようなモンじゃねーか!
やったる……! ワイはやったるで……!

異世界転生モノの主人公のように! 原作蹂躙系クロスオーバーの主人公のように! 腹ペコ個人貿易雑貨商、井●頭五郎のように!




 ―――――無双したるわーーーーーい!!!」




「それ以上いけない」


 アシュタロスは真顔で突っ込みを入れた。




 ――――――――――




 明乃の頭上に、文珠銃の弾丸が降り注ぐ。


「ぐっ!」


 動きは良くなったとは言え、珠玉の狙いはベテランパイロットを捉えられる程ではない。
 だが数が多かった。

 重力波ビームによってエネルギー切れは無いが、機体の損傷はどうしようもない。
 一人ずつのローテーションで、フレームの交換を行っているが、その時にかかる各々の負担が半端ではない。
 さらにフレームの交換が効かないヘリアンサスや優華部隊の機体はだましだましで戦っているのが現状である。
 優華部隊の機体は重力波ビームを受信できない為、マリアの文珠で補給したほどである。
 そして言うまでもなく、各パイロットの疲労は極限状態である。

 そんな中、狙撃のみで珠玉以外を押しとどめているメグミは本当に何者だろうか。
 すでにピスバーの銃身を七回ほど交換している。


「こっっっっっのおっ!!」


 明乃は気合を振り絞り、ディバインアームで珠玉を両断する。


(あと……二機!)


 明乃は霞む視界に苛立たしげに眉根を寄せ、敵の動きを見る。自分を狙ってない。行ける。
 そのまま突撃


 できなかった。


「っ!?」
「テンカワさん!!」


 激しい振動が明乃を襲う。文珠銃の弾丸が、ヘリアンサスの横っ腹を抉ったのだ。


「ちっ、どっから撃ってきた!?」


「あ、あれ……!」


 ヒカルが引きつった声でかぐらづきの方を指差した。


 制御を失い、落下しながら明乃は見た。
 そこには、新たな珠玉が100機ほど。


「わーお……」


『すいません。おかわりです』


 ヤマサキの言葉に反応するものはいない。
 無音が支配する戦場に、ヘリアンサスが地表に激突する音が響いた。




(……)


 へし折れそうになる心を必死に奮い立たせ、皆が必死に立ち向かう。


(……)


 明乃の体は、うんともすんとも言わない。


(痛い……)


 痛みに少し顔を歪めた。なんだか、視界が赤い気がする。


(……よこしま、くん……)


 ふと、指先に何かが触れた。
 赤い視界を何とかそちらに向けると、そこにはプロスに預けられた文珠の最後の一個。


(……『会』いたい、な……)


 文珠の中に、『会』の文字が顕れる。
 貴重な一個だが、不思議とそうするのが一番と思った。


(『会』いたいな……)


 指に触れた文珠が淡く輝く。発動の合図だ。
 でも、流石にこれぐらいでは横島の意識は回復しないだろう。意識の無いまま会っても困るし。


 と、おもったら。




『横島忠夫、参っっっ上ッ!!』
『おー、ぱちぱちぱち』




 なんか横島とモモの声が。聴こえたような。


 でも、たとえ幻覚でも、


(やばい、かっこいい……)


 そこで明乃の意識が覚醒した。


「よっ、横島くん!? ……ってあいたたた!」


『おう! 後は俺と、「あいつら」に、まっかせなさい!!』


 コミュニケの向こうの横島は、いつもの笑顔でサムズアップした。


(やっぱりかっこいい……)


 明乃はもう駄目かも知れません。





 ――――――――――





 十五分程前。


「っ!!」


 がばっと横島が身体を起す。
 そして周囲をを見渡した。ナデシコの医務室だ。


「マジで戻れた?」
「忠夫っ!」


 現状の把握をする間もなく、モモが横島の腹に抱きついた。


「いっでーーーーーーっ!?」


 言うまでもなく、横島は死んでも可笑しくないほどの重症である。しかも普通は意識など現状戻るはずは無い。


「文珠!『治』『療』!!」


 即座に文珠で瀕死の重症を治療する。


「あっ、ごめん忠夫……」


「いや、全然構わん!」


 横島は、しゅんとしたモモの頭を優しく撫でる。
 賽の河原で見たモモの憔悴っぷりを見ていた横島は、多少(どころではないが)痛い程度は蚊の涙。
 なんかもー、妹的愛しさマックスである。


「よし! よっぽどの男でないとモモは嫁にやらんぞ!!」
「えっ」


「アホなこと言うとらんでさっさと行かんか」


 カオスは突っ込みを入れつつ横島の頭の睡眠学習装置を取り外した。


「って言うか、この傷で目覚めるなんて、いくら横島君でも有り得ないと思ったけど」


「いやー、こっちはこっちで色々あったんス」


 モモの頭に手を載せたまま、もう片方の手で後頭部を掻く。


「で、睡眠学習ってなんのこと?」


「うむ。以前言ったと思うが、コンメリアの文珠精製機能とヘリアンサスのジャンプフィールド発生装置はたとえ文珠でも直せん」


「そう……だったな。うん」


「ただし。小僧がその二つの装置の構造を熟知しとれば話は別じゃ」


「ああ、そのための……」


 イネスが、納得したのか掌をポンと叩いた。


「あそう。今の小僧の頭には、一時的にではあるが、材料さえあればお主等の機体を一から組み上げられるだけの知識がある!
普通なら無駄になるはずだったが……。まぁ小僧じゃし」


 はっはっは、と笑い、そして、若い頃を髣髴とさせる不敵な笑顔でニヤリと笑う。


「よし、行け、小僧よ! 今皆、自分の信念のため、あるいはお主のために戦っておる!
わしの戦いは一先ず終わった。じゃが、お主はそうではなかろう!?」


「言われるまでも!」


 横島は立ち上が……ろうとしたが、腹に掛かる重みに思わずつんのめった。
 モモが腹にぎゅっとしがみ付いている。


「おーい、モモさんー?」


 モモは何言わず、しがみついたまま顔を上げようとしない。


「モモ……?」


「………………わたしも」


 モモはその姿勢のまま、ゆっくりと息を吐くように言った。


「わたしも連れてって。もう、離れたくない……!」


「……」


「もう一度あんな想いするくらいなら、忠夫と一緒に死ぬもん……!」


 小さいながら、万の言葉に勝る思いが込められた言葉だった。
 横島は、口を開きかけたが、苦笑し、モモを横抱きで担ぎ上げた。所謂、お姫様抱っこである。


「つまりモモと一緒なら俺は死なへんってことか! モモを死なせられるわけないもんな!
あ、それと……」


「?」


「手当て、しっかりちゃんと効いたからな?」


「っ! …………うんっ!」


 モモは横島の首に腕を絡め、目じりに涙を浮かべつつ笑った。


 イネスとカオスは、「爆発しないかな……」と呟いたが二人には聞こえなかった。


「よしっ! じゃあちょっくら行って無双してきます!」
「きます」


 横島は、ダッシュで医務室を後にする。
 そしてその際、イネスに向かって何か放り投げられてきた。文珠だ。


「それで白鳥も治してやって下さーーーい!!」


 カオスが廊下に顔を出すも、既に横島の姿は見えなかった。




「横島君、お姉ちゃんをお願い」


「お姉ちゃん?」


「あ、こっちの話ですよ」





 ――――――――――





「そんなこんなで今に至る!」


『いえ、そんなこんなじゃ解りませんけど……』


 横島の台詞に反応できたのは明乃だけだった。
 パイロットたちも、ナデシコ艦内も、木連も、そしてなぜか珠玉すらもその動きを止めていた。


「ま、とりあえず……。『全』『体』『回』『復』!!」


 まさかの四文字制御であった。
 以前北斗と戦っている時はなんだか良くわからないパワーアップモードだったが今回は違う。
 成功率は二割を切るのだが、何とかなると思ったら本当に何とかなった。エステ隊は、疲労、機体の損傷、エネルギー、全回復である。


 そして、


「明乃ちゃん!」


『は、はい』


「合体だ!!!」


『ええっ!?』


 それを聞いていた全員に「何言ってんだコイツ」的な空気が流れたが、


『まさか!?』


 ピートはあの究極の魔体との決戦を思い出し、叫んだ。
 同期合体。だがしかし、その認識では50点だ。


 コンメリアとヘリアンサスが、溶け合い結びつく。
 横島が狙っているのは、パイロット同士の同期合体。そして、機体の合体。


 だが、


「えい」


「あーっ!!?」


 モモが、途中で横島の手の文珠を蹴り落とした。


「あーーーーー!? 俺の『陽光幻装・ヘリメリアス』がーーー!?」


 聞いていた全員が「その名前はないわー」と思った。


「忠夫と明乃が合体って思うとつい、イラっと」


「なんじゃそらーっ!!」


 ギャグ顔で叫ぶも時既に遅く、融合しかかった二体は弾かれる様に分離する。


『きゃっ!』


「っつ! ぐ〜、モモ、決め時くらい決めさせてくれや……」


「ごめん」


『あれ、でもなんか元の色となんか違いますよ?』


 メグミの言葉に、横島と明乃は自分の機体を確認する。
 シルエットは変らないが、コンメリアの白のカラーリングに、ヘリアンサスの赤が所々混じっている感じである。
 もう少し詳しく言うと、コンメリアの上腕部、大腿部、腹部のパーツが赤くなっている。ヘリアンサスはその逆だ。

 ある意味イレギュラーな結果だが、内部のスクリーンの中央に、名前と思しき言葉が表示された。





「っ!? コンメリア・ヘリオライト……?」
『これは……ヘリアンサス・フローライト……!』




「計算通り」
「嘘つけ」


 横島はモモの頭を、ぽこんと叩く。


「だが、なんか行ける! ……気がする!」


 なんとも頼りない台詞だが、今の横島は全く負ける気がしていない。
 合体が成功したらしたでとんでもない力を発揮していただろうが、自分と明乃の新機体からは全く引けを取らない力を感じる。


『……くそ、あいつら……』


 北斗は、二人と機体を見て、悔しそうに呟いた。
 なんだか一人だけ置いていかれたような気がしたのだ。自分だけプレゼントを貰えなかった子どもの気分でもあったかもしれない。


『あはは、ご都合主義万歳だけど、これで一矢報いる目が出てきたかも……』


「一矢報いるどころじゃないぞ、ヒカルちゃん! 突破して、敵の本丸を直接叩く! そんで勝つ!」


『だが横島君、曲がりなりにも敵は文珠を使うんだぞ? いくら君がいたって、飽和攻撃を仕掛けられたら……』


 文珠の波状攻撃が堪えたのか、アカツキが弱気な発言をする。
 そんなアカツキに、横島は大げさなため息をついてみせる。


「はぁ〜、わかってねーな。よく考えろよ。あいつら、「俺の」廉価版だぞ?」


 えっ。という空気が場を支配した。


「皆、普段の俺を思い出してみろよ」


『……………………』


 皆、普段の横島を思い浮かべた。


 曰く、セクハラしようとして明乃にどつかれる。
 曰く、覗きをしようとして明乃に蹴り飛ばされる。
 曰く、へこへこ下手に出ながら飯を作る(木星時代)。
 曰く、プロスに給料カット宣告を受けて泣き叫ぶ。
 曰く、最近ルリに全く頭が上がらない。
 曰く…………。


『…………………………………………』←全員


「自分で言ってて複雑な気分だが、そんな俺の廉価版だぞ?」





 負 け る 要 素 が 全 く な い 。





 その時全員の心が一つになった。


 勿論、そんな単純な話ではないのだが、メンタルは思った以上に実戦に影響する場合がある。
 いくら実力差があっても、最初から諦めるより、絶対に勝つという意気込みを持って臨むほうが勝つ確率が上がるように、
 文珠という強力な万能の力を操る敵というイメージを、なんとでも料理できる敵と認識を変える事で士気を高めたのだ。


 実際冷静に考えれば、横島と違い主な武器は文珠一個だけであるならば、例え連携が取れていたとしても、
 CFランサーより強い近接武器と、ラピッドライフルより強い射撃武器と、ディストーションフィールドより強固な障壁「のみ」
 を持つ敵の集まりに過ぎない。その三つを同時に操るのではない。どれか一つのみだ。全然万能じゃない。 


 まぁそれでも、世界で一番自分を信用していない、稀に見る程自己評価の低い横島だからこその一言だろう。


「明乃ちゃん! 俺は遺跡を確保しに行くから、明乃ちゃんはかぐらづきの方を頼む!」


『えっ、横島くんが遺跡ですか?』


「俺なら、一度確保したらいくら敵が寄ってこよーが結界張って引き篭ればなんとかなる!」





 ――――――――――





 ナデシコブリッジ。


「艦長、地球連合の艦隊の一部が木連の機動兵器部隊と交戦を開始しています」


「一部? それって」


「狐白中佐の艦みたいです」





『横島先生! 犬塚シロ、遅ればせながらただいま参りました!』


「いや、参りましたって……。まずくね?」


 勿論まずい。今現在、地球連合は漁夫の利を狙って待機中だ。
 ナデシコとも、勿論木連にも遺跡を渡すことは出来ない。


『先生、水臭いことを仰られるな。拙者、いまだに地球に留まり生き恥を晒すのは、まさに今この時のため!!』


『拙者じゃなくて、拙者「たち」でしょ!』


「タマモまで!?」


 横島の前に、白色と金色のエステバリスが舞い降りる。


『ピートに聞いたわ。あんた、だまし討ちであいつらに撃たれて重症だったって?』


 軽い調子だが、目は笑っていない。怖い。


『あまつさえ、先生の複製を使い、文珠さえも利用しようとしているとか……!』





『断じて許せぬ……!』
『舐めた真似してくれんじゃないの……』




 怖い。超怖い。
 自分に向けられているわけではない怒気で、正直ちびりそうである。
 自分の腰にしがみついているモモも、涙目で震えている。


『彼奴らに天誅を下せぬなら、軍如きいくらでも抜けるでござる!!』


『て言うか、最悪神族の籍も抹消されかねないけど、こいつも言った通り、そのためにわざわざ残ってたわけだし?』


 横島は感動でちょっと泣きそうになった。
 怖いからではない。断じて違う。違うったら違う。


『テンカワさん! 私もお手伝いします!』


 タマモらの艦から、銀のエステバリスが飛来する。


『え……アリサさん!?』


 月に疎開していた、アリサ・ファー・ハーテッドだ。シロタマの艦に乗っていたのか。


『戦艦ナデシコのーーーーーー! 勝利を願ってェーーーーーー! 応援開始ぃーーーーーーーーーーーー!!

 いーーーーーてーーーーーまーーーーーえーーーーーっ!! はいっ!』


『『『『『いーてまえっ! いーてまえっ!』』』』』


『辻巻くん達も!?』


『もちろん、私もいるわよ!!』


 台詞とともに、金髪の女性の顔が移る。


『サラさんも……!』


 サラの背後に艦内に潜入したと思われるバッタの残骸が積みあがっている気がするが気にしない。
 気にしてはいけない。たとえその手に消火器があろうと。


『俺、必要なくね……?』


『まぁまぁ、ナオさんがいるから私たちも助かってるんだから。元気出して!』


 気にしてはいけない。


『役者は揃ったわね。まー見てなさい』


『敵旗艦への道は、拙者らが切り開くでござる!』


 ぶっちゃけた話、この遺跡を巡る騒動は、ナデシコが頑張らなくてもナデシコの望む形で一気に終わらせることが可能だ。
 神族であるピートが、文珠遣いである横島のクローンが量産されている事を、上司に報告すればいい。
 もっと言えば、横島が、過去から現在に転移してきていることを(今このタイミングで)伝えるだけでもいい。
 そうすれば、横島を元の世界に戻すなりなんなりした後、その「ついで」で争いの元である遺跡を何とかすることだろう。

 しかし、なぜ神魔族の上層部は横島がこの時代にいることに気付いてないのか。
 言うまでもなく、人間界とは最低限の関わりのみで、他はノータッチだからである。
 せいぜい、一定以上の強さを持つ霊が発生した時に、除霊するくらいだ。

 神族の末端の少数は人の生活圏で仕事をしているものの、その数は多くない。
 だから1番近い神族が、横島のことを隠そうとしたらバレる心配はあまり無い。

 ならばなぜ、横島のことを伝えて争いを終わらせることはしないのか。
 もちろん、横島について上層部の介入を受けたくないからである。
 そもそも横島に近しい関係だった彼らは、横島に再び会うためだけにこの時代に残っている。
 そして再び会えたなら、自分の与り知らないところで帰還して欲しくは無い。
 彼らの選択で、本来壊れなくて良かったものが、夥しい数が破壊された。死ななくて良かった人が死んだかもしれない。
 でもエゴと呼んで差し支えないその行為を、彼らは罪悪感を覚えつつもやめようとはしなかった。

 横島自身は、元の時代に戻りたいと言い出すかもしれない。
 彼らは、できればこの時代に残って欲しい。
 横島にそんなエゴを押し付けたくは無いが、どちらを選択するにせよ、選択の時まで出来るだけ関わっていたい。

 彼らは、その事の為だけに今を生きている。





 ――――――――――





 シロ、タマモ、アリサらの参加に伴い、超長距離狙撃をしていたメグミが、もう援護は不要とばかりに戦線を退いた。
 その分、珠玉以外に無人機やジンタイプの機体もエステ隊に襲い掛かったが、二機の紅白の機体と、調子を取り戻したエステ隊に
 陣形を散々に切り裂かれていた。


「あのー、艦長」


「あっ、メグちゃん? もう外はいいの?」


「はい。もう大丈夫だと思います。で、戻ってきて早々なんですけど……」


 メグミは言い難そうに、指先をつんつん突き合わせながら言った。


「また野暮用でブリッジ空けてもいいですか?」







(なんだあいつは……本当に実体があるのか?)


 ダイテツジンを駆るその優人部隊隊員は、一向に攻撃がかすりもしないことに焦りを強めていた。
 自分だけならまだしも、マジン、デンジンも連携に参加しているし、散発的だが珠玉の攻撃もある。

 余談だが、草壁と一部の研究員、そして暗部以外は、珠玉がどのような経緯で製造され、どのような原理で動いているかは知らない。

 閑話休題。その優人部隊隊員は、ヘリアンサスを全く捉えられずにいた。
 ミサイルは狙いが逸れ、重力波砲はあさっての方向へ消え去る。遠距離にいると思ったら、直ぐ傍の僚機が両断されていた。
 強力なジャマーを搭載しているのかと肉眼で狙いを付けても、その姿さえも古い映像のようにブレ、全く違う場所に現れた。

 そこまでが彼の戦闘時の記憶だった。次の瞬間に撃墜されたからだ。
 彼は程なくして回収されたが、自分は本物の幽霊と戦ったのではないか、とその後常に疑っていたという。





「すごい……! 負ける気がしない……!」

 明乃は、ヘリアンサス・フローライトの性能に戦慄すら覚えていた。
 修復されたジャンプフィールド発生装置は勿論、強力なジャマー、光学迷彩まで搭載されている。そんな機能に驚愕していると、


 力……貸し……る……


 良く解らないがそんな空耳が聞こえた。すると、相手があさっての方向に攻撃しているではないか。
 これまたなんだか良く解らないが、また別のジャマーらしきものが発動したんだろう。そう納得し、さらに敵機を撃墜した。

 もともと数世代先の高機動を有していたヘリアンサスが、機械的にも、視覚的にも、そして霊的にもジャミングを行い、
 おまけにボソンジャンプまでするのである。センサーを騙し、肉眼を騙し、ヤマカンも第六感もなんとなくも鋭い直感も許さない。
 今の明乃に攻撃を当てるのは、時間でも止めない限り無理ゲーに近い。

 それでいて、従来のCFランサー二刀流にレールガン×2、重力波ビーム外でも大丈夫な展開式ソーラーパネル×6はそのまま。

 まさに無敵。まさに無双。まさにぼくのかんがえたさいきょうのろぼっと。


 そんな機体を駆る明乃は、ルシオラが幻覚・幻惑を得意としていたことは知らない。





 所変わって遺跡に向かう横島である。
 こっちの機体に関しては簡単だ。一言で言えば、「ヘリアンサスの性能を持ったコンメリア」である。ただしレールガンは無い。
 そう表現すると、フローライトよりしょぼそうに聞こえるが、そんなことは全くない。
 言うまでもないことだが、基本的に戦場で損傷した機体は戦闘中に修理は出来ない(というか間に合わない)。
せいぜい母艦などで交換するくらいだろう。

 だが文珠ならそれが出来る。
 大破に追い込んだ敵機が戦闘中に修復され、味方にだけ効果を発揮するバリアを張り、敵だけを破壊する範囲攻撃まで行使する。
 それでいてそれを行う機体自体が途方もない火力と防御力と高機動を併せ持つ。これが悪夢でなくてなんだというのか。

 味方に奇跡を起こし、敵には悪夢を与える。それがコンメリア・ヘリオライトである。
 勿論コンメリアの文珠に限りはあるが、それでも一度の戦闘では使い切れないほどだし、その超性能で敵の本丸を速攻で沈めればおk。

 つまり、回避特化でありつつ火力も強烈で、ジンタイプ以上にボソンジャンプを自在に操る、機体の性能最強のヘリアンサス、
 機体性能では及ばないものの、大量の文珠で普通は出来ないことも簡単にやってのける、万能無敵のコンメリア。
 簡単に纏めるとそんな感じだろう。





 そして他の面子も負けてはいない。
 三人娘、ガイ、イツキ、アカツキ、マリア、昴気発動北斗、優華部隊、アリサ、シロタマ。
 
 シロとタマモは説明不要なほど強いし、この戦争を戦い抜きかなりの実戦経験を積んだエステ隊、
 経験では劣るものの連携では勝る優華部隊、敗走したとはいえ、実戦経験ではナデシコクルー以上のアリサ。
 横島の文珠の支援を受けつつ戦える彼らを止めるのは、明乃の駆るヘリアンサスを彼らの三分の二は用意しなければならない。


『横島さんが・復帰した以上・エネルギー残量の・出し惜しみを・終了します』


 マリアがMフレームの両腕を、かめ○め波のポーズで前に突き出す。


『来た! クロスマッシャーの構え!』
『これで勝つる!!』


 必殺技の予感にガイとヒカルのテンションが上がった。
 ちなみに、Mフレームのクロスマッシャーは、両掌の穴から異なるエネルギーのビームを同時に撃ち出し、
 それを螺旋状に融合させて貫通力を増大させた兵器である。


『ノー・クロスマッシャーでは・ありません』


 その言葉と共に、Mフレームの背部より、二本の隠し腕がおもむろに出てくる。
 そしてその腕もかめ○め波のポーズを元の腕と同じようにとる。それはまるで、四枚の花弁を持つ花のようでもあった。
 それぞれの掌の砲口に光が灯った。


『デュアル・クロスマッシャー・マリア・ピュリファイ』


 四本のビームが螺旋状に絡まり合い、ジンタイプ三機、珠玉一機、強化バッタ五機をまとめてぶち抜く。
 明らかにヘリアンサスのレールガンより強い。


『あー、隠し腕ってそういう用途で』


『イエス・接近戦の・攻め手を増やす・用途より・こちらが本命です』


『チッ、どいつもこいつも!』


 北斗が苛立たしげに刀を振るう。パワーアップした横島&明乃、まだ機体に兵器を隠し持っていたマリア。
 対して自分は変わらず鬼神皇。ぶっちゃけ羨ましい。


『うーん……、北ちゃんの「それ」も大概だと思うけど』


 昴気を纏った鬼神皇は、瞬間最大性能はヘリアンサス・フローライトに迫る。特殊能力はないし燃費も悪いが。


『だって羨ましいじゃないか!!』


『言っちゃった!』


「まーまー、これが終わったらカオスのじーさんに頼んだら?」


『忠夫!』


 横島は通信で会話しながら『加』『速』させた機体で突撃し、両手に持った『銃』で立ちふさがる敵機を粉砕しつつ前進する。
 スピードが増している機体は、フィールド不要とばかりに銃弾一つ掠らせもせず、くるくる錐揉み回転をしつつ、近づく敵を、
 両手の『剣』で切り払う。そして頃合を見計らい、周囲の味方機を『修』『復』し、エネルギーを『補』『給』する。
 そして手に持つ『剣』を投擲し、さらにまた『銃』を乱射する。


『おい、そのカオスとやらに頼めばこの機体も強化できるのか!?』


「そのオーラっぽいのがあれば別にいい気もするけどな……」


 北斗の様子に苦笑しつつ、前方のモニターに目を向けた。モモの横島の裾を握る力がぎゅっと強まった。


「見えた! 極冠遺跡!!」





 ――――――――――





「どうやらここまでのようだな」


「そうですねぇ」


 かぐらづきの艦橋には、妙に落ち着いている草壁らを余所に、ひっきりなしに味方の悲鳴のような支援・救援要請が舞い込んでいる。
 それもそのはず。復活した横島は言うに及ばず、妙に良い動きをする銀のエステバリス、呆れるほど強い二機のエステバリスまで
 暴れているのだ。この戦いの趨勢は決したといって良い。


「出来れば遺跡も手中に収めたかったが」


「横島君が復活した時点で無理がありましたかねぇ」


「まぁいい。文珠さえモノにすればいくらでも取り返しはつく」


「でも草壁さん、今から逃げても間に合わないような気がするんですが」


「ふん、あるではないか。いいようにやられたことに対する溜飲を下げつつ逃げ切る「煙幕」が」


 なんでもないように言った草壁だが、逆にヤマサキは彼には珍しく少し慌てた。


「え、あれ本当にやるんですか!?」


「やらんと文珠をモノにする前に終わってしまうだろう」


「ええー……」


 ヤマサキは、呆れたようにため息をついた。


「草壁さん、私も大概ですけど、草壁さんも碌な死に方できませんよ? 地獄行きですよ。あの世はあるんですよ?」


 草壁はフン、と鼻を鳴らした。


「生きているのに死んだ後のことを考えてどうする。それに、どうせ今現在の段階でも余裕で地獄行きだ」


「それはそうですけどね」


 ヤマサキは再度ため息をついて肩をすくめた。





 ――――――――――





『艦長! 緊急事態です!!』


「メグちゃん?」


 横島も復活し、雰囲気が緩んでいたブリッジに、珍しく焦っている様子のメグミから通信が入る。


「どうしたの、そんなに焦ったりして。て言うか、今何処にいるの?」


『そんな悠長なこと言ってる場合ですか! 単刀直入に言いますが、木星の連中、核ミサイルを使う気です!』


「か、核!?」


 ミナトの顔が引きつった。核が実用化されて数百年たつが、未だに反射的に恐怖感を抱いてしまう。


「メグミちゃん! どこからどれだけ来るかわかる?」


『火星にあるチューリップ全部からです!!』


「―――――!!」


 流石のユリカも息を呑んだ。火星にどれだけのチューリップがあるか、地球連合は正確に把握していない。それだけ多いからだ。
 少なく見積もっても百を下回ることはない。そして、チューリップ一基につきミサイル一発としても、
 火星全土の表面を焼き払ってお釣りがくる。


「艦長、上空の大気圏外に、大量の無人兵器が展開しようとしています」


 ルリから無情な報告が入る。仮にエステ隊を切り捨てたとしても、これではミサイルから逃れるのは難しい。










「だが、横島さんなら……!」


 ピートは、神族の末席である自分が、主ではなく横島に期待しているのを少し滑稽に思いつつ、手を握りしめた。










「核ぅ!?」


 そして当の横島は、ビビる前に呆れた。なぜこうも自分は核ミサイルに縁があるのか。


(美神さんも、血迷ってゴキブリ退治に核使おうとしてたしな……)


 先程までしつこいくらいに降り注いでいた攻撃がなくなった反動か、のんきなことを思う横島。


「忠夫」


「おっと、そうだな……」


 窘める様なモモの言葉に我に返り、とりあえず文珠で解決を試みる。


「『停』『止』でどうだ!?』


 火星全土のチューリップを『停止』させようとイメージを込める。
 もちろんその程度で全てのチューリップが止まるわけが無いので、


「それを『増』『幅』、『増』『幅』、『増』『幅』、『増』『幅』、『増』『幅』、もひとつ『増』『幅』!!」


 今の横島に10文字以上の制御は夢のまた夢だが、二文字制御を連続して付け足せば、それに迫る出力を得られるかもしれない。
 結果は確かに簡単に制御できた。だが今だけで文珠を一気に十四個も消費してしまった。普段はとても無理だろう。

 そしてどうせ数に余裕があるんだからともっと『増幅』させようとした横島だが、今度は何も起こらず文珠は崩れ去った。
 どうやらこれ以上は無理らしい。


『や、やったか!?』


『いや、横島君すごすぎでしょ……』


 万葉と千紗が呆れたような声を上げるが、


『いや、まだだ!』


 チューリップは、ほんの少しずつだがその花弁を開いていっている。


「え、やば……」


 横島は戦慄した。余裕はあるが、チューリップが開ききるのは時間の問題だ。
 しかし、他の文字を試そうにも、コンメリアで作った文珠は、現在使用中のものを使い終わらないと次の文珠は使えない。
 現在は、『増』『幅』の最後の一回が発動中なので無理。横島自身の文珠は使えるが、四文字で何が出来るだろうか。
 コンメリアの文珠を『増』『幅』するのをやめて次の文珠をミサイル発射に間に合うように試せるのは、せいぜい一回くらいだろう。


 ※コンメリアの文珠について、一度使い終わらないと次のを出せないというのは、二十話のなぜなにナデシコ出張版にも書いてます。
  いきなり出てきた設定じゃないよ!


『横島さん!!』


「め、メグミちゃん!?」


 茫然自失状態の横島に、メグミから通信が入る。


『良く聞いてください。イネスさんからの情報ですが、ボソンジャンプは遺跡の中枢ユニットが演算して行われています』


「あ! そうか、だったらこの遺跡自体を止めれば……!」


『待って下さい! ボソンジャンプはただのワープじゃありません!
詳しい説明は省きますが、その実質は時間移動にも等しいものです。下手に中枢をいじれば何が起こるかわかりませんよ!?
最悪、一度ボソンジャンプしたことある人がみんな消滅するかも……!』


「ジャンプしたことあるやつって……」


 俺たち全員じゃん。とは言えずに顔が引きつった。


「メグミちゃん! なんか方法は!?」


『あったらとっくに言ってます!』


 メグミはあくまで横島に、絶対何とかなる確信を持つまでは下手に遺跡をいじらないよう釘を刺しに来ただけである。
 間に合わないようならそれもやむなしだが。


「忠夫。忠夫はどうしたい?」


「モモ?」


「わたし、どうなっても忠夫を恨んだりしない。むしろ失敗したっていい。人間、いつか死ぬんだもの。
忠夫に看取られて死ぬのもいいけど、忠夫がいないときに死ぬより、忠夫と一緒に死ぬなんてきっと最良の死に方だと思う」


「俺のほうが長生きするの前提かい」


『突っ込み所はそこじゃないでしょう』


「でも、忠夫は皆助けたいんだよね。だったら出来るよ。だって忠夫は、やる気になればなんだって出来るんだから」


 ヨコシマは、やる気になればなんだってできるんだから……!


 ルシオラの台詞を思い出す。そう。今以上のピンチは何度かあった。その度に何とかなった。
 だが、自分にそこまでの力はあるのか。メグミにも妙案が無い八方塞なのに。


 しかし、確かに今までは何とかなってきた。
 自分の力で無いとしたら、いったいどんな方法だったか。


「!!」


 文珠?
 いや、それ以前にも危機はあった。

 
(そういえば、以前は常に誰かに頼ってたっけか)


 困ったときの美神頼み。神父頼み。隊長頼み。小竜姫様頼み。おふくろ頼み。
 いや、おふくろはあんまり助けてはくれなかったが。


(ん……?)


 今何か引っかかった。


(あ…………!)


 そして横島の頭上に電球が閃く。


「そうだ、昔っから、困った人間がやることは一つ……!」


「忠夫?」


「そう。困ったときの―――――




 神 頼 み や っ !」




「『えー……』」
 




 ――――――――――





「艦長! 何とかする方法を思いつきましたっ!」


『本当ですか!?』


「はい! でも、正直分の悪い賭けですけど……」


『分の悪い、賭け?』


「ええ。その方法なんですけど、俺が、この遺跡の中枢ユニットごと元の時代に跳びます」


『ええっ!?』


『待って。仮に成功しても、遺跡は時間を隔てるくらいじゃ止まらない。そんなちゃちな構造はしていないわ』


 イネスが横島の案に待ったをかける。


「はい。でも、俺の時代に帰れば、神族がいます。俺の知り合いはそんなにいませんけど、
知り合いの神様から、もっと上の神様に掛け合ってもらうことも出来ると思うんスよ」


『……あ、それって……』


「艦長は気がつきましたか。
まず、俺の時代に遺跡を持って帰ります。それを神様に引き渡して、神様の誰かに、安全に遺跡を止めてもらいます。
神様にも簡単では無いでしょうけど、時間はそれなりにあるはずっス。

 具体的なタイムリミットは、俺の元いた時代から、今この瞬間までってことで」


『―――――!!!』


 イネスは絶句した。口を挟まず聞いていた他の面子も同様だ。


「まさに、困ったときの神頼みってね。なんか俺ってこの時代に来てから何かと矢面に立たされてきたけど、
俺の本来のキャラからちょっと離れすぎてたかなーって。原点回帰みたいな?」


『神頼みは原点回帰過ぎだと思うけど』


 これでなんとかなるかもしれない。そんな空気が漂い始めたが、


『待って。上手くいくかもしれない、って言うのは、横島クンが無事に帰ることが出来たらって話でしょ』


 ミナトが、真剣な表情で横島に問いかける。
 横島が、痛いところを突かれたのか、ぎくりと肩を強張らせた。


『時間移動が出来るくらいなら、私達みんなを宇宙空間にワープさせるほうが確実なんじゃないの?』


「そりゃあそうっスけど、火星の人たちは見殺しっスか!?」


『戦闘中なのよ? きっと地下のシェルターに隠れてるわ。地球より過酷な星のシェルターよ? 気休め抜きで平気だと思うけど』


「や、でも、草壁さん達を見逃したらなんかまたややこしいことに……」


『横島クンが死ぬ危険を冒すよりはマシでしょ!?』


 ミナトが憤然と立ち上がり、激昂の声を上げた。


『あの人たちのことなんて神様に任せれば良いじゃない! それこそ直ぐに何とかしてくれるはずよ!』


『しかしミナトさん、横島さんの存在が上に知られたら、僕たちはもう横島さんには二度と……』


 ピートが説得しようとするが、ミナトは顔を俯かせ、言った。


『横島クンが死ぬよりはマシよ……。死ぬよりは……。生きてくれてたほうが……会えなくても』


「…………」


 さすがにおちゃらけられない横島は、ミナトの様子に容易に口を開けない。
 気に入らないが、白鳥に惚れている(と横島は思っている)にもかかわらずここまで懸命になってくれるミナトは、
とても情が深い人間のようだ。横島はその優しさに深く感謝する。しかし、


「ミナトさん。おれは欲が強い方なんスよ」


『え?』


「俺、ナデシコの皆に会えなくなるの、いやっスから」


 だから、やる。そう言った。


「アキノちゃん、アキノちゃんはいいの!?』


『……私は、二度と会えないなんて、認められません』


『死ぬかもしれないのよ!?』


『横島くんは、馬鹿でスケベでいい加減な人を装ったヘタレかもしれませんが、約束してくれました。返事を、くれるって』


『いい加減を装ったヘタレって……。フォローになってないじゃないか』


 今更ジュンの小声のツッコミに反応する者はいなかった。


『横島くん。私は……』


 明乃は何かを言いかけたが、言えなかった。
 言いたいことが多すぎたのかもしれない。口を開きかけたがまた閉じて、開いた。


『私は……追いかけますよ』


「え」


『もし時間移動に失敗して次元の狭間に落ちたとしても、どんな手を使ってでも必ず追いかけますから』


「……りょーかい」


 横島は、にへらと笑い承諾した。


『では横島さん、やって……いただけますか?』


「了解っす。でもその前に。モモ、ここから降りろ」


「……。いや」


 横島の言葉は想定済みだったのか、モモは横島の腰にしがみついた。


「今更そんなこと言わないで。私をもう置いていかないで……! 邪魔にならないように頑張るから、」


「モモ」


「え?」


「これを持ってろ」


 横島はしがみつくモモを優しく剥がし、手に何かを握らせる。


「文珠?」


 モモは手に乗せられた文珠を見る。碧色の通常版と違い、モモの髪のように薄桃色だ。


「餞別だ」


「っ!! 待って―――――」


 モモの声はそこで途切れた。横島の『眠』の文珠によって。


「……また、な」


「…………っ」


 横島はコンメリアから出、モモをその場に横たわらせ、文珠の結界を八重にかける。核ミサイル百発にも突破できないように。


『出雲の八重垣とかけてるのかしら? ヨコシマにしては洒落た事するじゃない』


「タマモ」


『それにしても、相変わらず物の怪と守備範囲外の女にはモテるやつね。女を泣かせるなんて、ヨコシマの癖に、生意気』


『先生。またいつか』


「シロ……」


 シロは、言葉少なに、しかし万感の思いを込めて横島を見送る。


『おい、忠夫。まだ借りは返してないからな。絶対に戻ってこいよ! 絶対だぞ!』


「北斗、まだ戦いたいのかよ……」


『違う! 俺はただ、その……。友に無事に戻ってきて欲しいだけだ! 零夜の味噌汁はまだお前の域に達してないし!』


(零夜ちゃんが泣くぞ……)


『だから、絶対に帰ってきてね。わたしの……トモダチ……』


「枝織ちゃん。うん、絶対な!」


『その言葉、嘘にしないでくださいよ! 北ちゃんと、枝織ちゃんのためにも!
でも勘違いしないでくださいよ。私は……私は……ううううう〜!』


「なんで涙目で唸る……」


 零夜の反応に横島は戸惑う。この男に察しろというのは無茶か。


『さようなら横島さん。またお会いしましょうね』
「艦長ー! もし戻ってこれたら俺とー!!」
『えー? まぁなんにせよ、また会えなきゃ確率ゼロですから! 頑張ってください!』


 横島は、やっぱりユリカには敵わないなと肩をすくめた。
 そしてこれからも勝てないだろうと、漠然と感じるのだった。


 そして、さっきから俯き加減で、髪が顔にかかって正直恐いミナトに、恐る恐る声をかけた。


「み、ミナトさん……?」


『許さない……』


「はひっ!」


『勝手にすれば良いのよ……。心配したって、どうせ聞いてくれないんでしょう』


「……すんません」


『もし死んだら、私が死んだ後あの世でもう一回同じ目に遭わすからね……』


「そんなに応援してもらえるんなら、成功したも同然っスね」


『ふん……』


 美神に匹敵する凄みを発したミナトだが、それも自分を心配する故の事だからか、どこか嬉しく思う横島だった。


『横島さん』


「ルリちゃん」


『私、まだあの事許してませんから。帰ってこなかったら皆さんにばらしますよ』


「心配スンナ! ルリちゃんはきっと美人になるに違いないからな! 確かめん事には死に切れん!」


『……。本当にあなたは、最後までバカです……』


「……モモのこと、頼むわ」


『はい……』


 俯いたルリに気遣わしげな視線を向けるユリカだが、言い難そうに横島に声をかける。


『あの、横島さん、チューリップがもう半分くらいまで開いちゃってるんですが』


 なにぃ! と別れの言葉の順番待ちをしていた人たちが色めきたった。


『横島ー! また会おうぜ!』
『達者でな』
『いつでもアシさん募集中!』
『あんまり女を泣かせるんじゃないよ』
『横島君! もし職にあぶれたらネルガルに就職してみないか?』
『いや、屋台だろ。常識的に考えて』
『横島、基礎だよ。基礎だけはサボらず続けんだよ』
『さよなら。白鳥君のことは任せてちょうだい』
『ぶんぶん! またねー!』
『横島さん! ご先祖に篭絡されずにこっちのことも忘れないでくださいよ!』
『横島さん。今月分の給料が未払ですので、欲しければ戻ってきてくださいね』
『もうレインボーネタは忘れてくれよホントに』
『小僧よ。お主なら……まぁなんとかなるじゃろ』
『さようなら・横島さん。また・いつか』


 ガイ、リョーコ、ヒカル、イズミ。アカツキ、ウリバタケ、ホウメイ、イネス、ユキナ(手を振っている)。
 イツキ、プロス、ジュン、カオス、マリア、etc……。


 みんな、横島との別れを惜しんでくれている。

 二年。元の世界の時間に比べればあまりに短い時間。
 元の世界の方が大事なはずなのに、でもなぜか目頭がとても熱かった。


 だから、いつもと同じ自分で。下手にシリアスになったら成功率下がりそうだしな。


『横島くん!!』


「明乃ちゃん?」




『―――――またねっ!!』




 笑顔での最後の挨拶。
 正直に言おう。横島は見惚れた。
 断言できる。この笑顔は今まで見た中で最強の笑顔だ。

 最後にやってくれた。これではますます失敗できない。

 この笑顔を、もう一度見るために。




「うん、またなっ」




 ――――――――――




 コンメリア・ヘリオライトが輝いた。文珠の発動だ。

 
『うおっ、まぶしっ!』
『言うと思った!』


 直視できないほどの光に眼を眩まされながらも軽口を忘れない人たちもいる。


『さすがパイロットは余裕あるな』


『ボケたのは班長(ウリバタケ)なんだが』


「それはともかく、ルリちゃん! 状況は!?」


「待ってください…………。あ、チューリップ、全基停止しています」


 全員が拡大で近くのチューリップを注視する。
 チューリップの開口部は開き切っているものの、ワームホールや力場は発生していない。


『やったか、忠夫』


 北斗のその呟きが全員に浸透するまで十数秒。


『やっ……た?』


 誰かが発したその言葉を皮切りに、大歓声が響き渡る。
 戦争の原因は消滅したことは勿論、横島が無事に帰還できた事が証明されたからだ。


「……ふう」


 ユリカは、大きく息を吐いて艦長席のシートに体重を預けた。
 周りでは、コミュニケの映像越しに、抱き合って喜ぶものや、仕事道具を放り投げて快哉を叫ぶ人たちが見える。

 そして、一呼吸置き、密かに明乃に通信を送る。


「アキノ、終わったよ。横島さんはやっぱり出来る人だったね」


『……』


 明乃は、直ぐに返事をしなかった。ユリカも返事を急かしたりはしない。

 喜びに沸く周囲とは隔絶した雰囲気が二人の間には漂う。
 そして、明乃が言った。


『ねぇ、私、ちゃんと笑って見送れたかな……?』


 明乃は泣いていた。横島が無事帰還できたのは喜ばしいが、それでも涙を抑えることは出来なかった。


「うん。とってもいい笑顔だったよ! 思わず惚れちゃいそうなくらい」


『ごめんユリカ。私ノーマルなの』


「素で突っ込まないでよー!」


『あはは』


「ふふふ」


 やっと少し笑った明乃に安心したユリカだが、ふとブリッジに違和感を覚えた。


「そういえば、メグちゃん帰ってきてないや」





――――――――――





 横島が消える15分前。


「さようなら横島さん。幸運を祈っていますよ」


 メグミは横島の無事を祈り、研究室と思しき部屋の破壊を再開した。


「ふう……。こんなもんですかね」


 見るも無残に破壊されたその様子は、元の様子を想像する事も難しい。
 情報端末は特に念入りだ。


「これは!?」


 ドアが開く音と共に、その部屋の主、ヤマサキが破壊されつくした室内の様子に狼狽する。
 ヤマサキは、草壁に命じられて、文珠の研究成果の一切合財を纏めて、一部の人間と共に行方を眩まそうとしていた。
 核ミサイルは単なる目眩ましに過ぎない。木連は地球連合に解体・吸収されるだろう。流石に今回までは揉み消しは出来ない。
 遺跡は奪われ(木連は横島が何をしようとしているか知らない)、軍は大打撃を受けた。損害総額など考えたくもない。
 だが文珠さえ完全にモノに出来れば、いくらでも取り返しはつく。

 実際は、シロやタマモ、ピートらの逆鱗に触れているので、挽回が効くなど甘い妄想でしかないのだが。


「おやヤマサキさん。遅いご到着で」


「!? いったい何者……」


「捨てた苗字は恵原と言いますが、さて、一山いくらの有象無象なんて記憶にありませんか?」


「恵原、麗奈(めぐみはら れいな)……!?」


 冷たく微笑むメグミ。そんな彼女に無意識に後ずさりながら、ヤマサキは言う。


「まさか生きて……? いや、そもそもどうやってここに!」


「生きているのが不思議ですか? そうでしょうねぇ。私も不思議でしょうがありません。
どうやってここにですか? 薄々気がついているんでしょう」


 ヤマサキは固唾を飲み込み言った。


「跳躍……」


「そう。ボソンジャンプです」


 メグミは、問題に正解した生徒を褒めるかのように、笑顔で頷き、ポケットから出した無数のCCを、パラパラと床に落とした。


「生きていたのは、そうですね。推測になりますが、生体ボソンジャンプの実験台として色々弄くられた副産物のおかげでしょうね。
ええ。なんら不自由なく生活できましたよ。何でも出来ましたから。記憶が無いのを除けば。
そう、今なら自由に生体ボソンジャンプが出来るくらい」


「…………っ」


 ヤマサキはもう言葉も無い。


「ひょんなことから記憶は戻りましたが……。ひどいもんでしたね。色々ありましたが、最後は失敗作としてランダムジャンプで廃棄。
で、弄くられた結果がどう作用したのか、人の原形を留めていた「だけ」だったものが今は御覧の有様です。
それにしても皮肉なもんです。失敗作のはずが、その失敗の副産物が上手く噛み合って、唯一の成功例になってしまったんですから」


 やれやれ、と肩をすくめる。


「横島さんのDNAサンプルや書面データはすべて破棄しましたし、コンピューターも全て破壊しました」



 後はあなただけです。


 
 殺気が、質量を持ったかのようにヤマサキに叩きつけられる。
 ヤマサキは顔面蒼白になりながらも、後ずさりもせずにメグミを見つめ返した。


「……あなたが本当に恵原さんだとするなら、まぁ、仕方ないですね」


「おや、案外潔い」


「しかし、」


「ああ、ストップストップ」


 メグミは手のひらをヤマサキに向け、発言を遮った。


「別に、命令で仕方なくとか、仮にこれからあなたが百億人を救う大発明をすることになってようが、そんな事はどうでも良いんです」




















「殺すから、死ね」





































「…………ふう」


「……」


「……ジャンプ」


「……」


「…………あれ?」


「ジャンプ」


「……」


「あ、横島さんが無事成功したから……」


「……」


「…………う」


「……………………えっと」


「…………………………………………その」





「ど、どうやって帰ろう」

後編へ続く。