※このSSを読む前に、元ネタの動画(ttp://www.youtube.com/watch?v=iUKEHR_Q3KY)をご覧ください。




 俺がシートに座って、朝比奈さんお手製のお茶を飲みながら待機していると、ハルヒから出撃命令が下った。

「作戦は10分間。敵をできるだけ引き付けるんだ。頼んだぜ、キョン」

 そう俺に指示するのは、なぜか谷口だったりする。

「わかってる、キョン? 囮なんて気にしなくていいわ。ギッタギタのメッタメタにやっつけちゃいさい! あ、いちおう、私の獲物は残しておいてね」

 ハルヒのやつ、もう勝った気でいやがる。
 囮ですら、満足にできるかどうかわからないってのに。

「大丈夫ですよ。あなたなら、きっと出来ます」

 ウィンドウに、微笑を浮かべた古泉のどアップが映った。
 ええい、気色悪い。顔を近づけるな!

「あのう、頑張ってくださいね」

 そう優しく俺を励ましてくれたのは、SOS団のエンジェル、朝比奈さんだ。
 はい。あなたのために頑張っちゃいます。

「エレベーター停止。地上に出る」

 長門の声と共に、ハッチが開いて俺が乗っているエステバリスが地上に出た。
 周囲を見回すと、ジョロとかバッタという名前の敵が、無数に待ち構えている。

「……気をつけて」

 っていうか、これはもう気をつけてねといった状態を、はるかに通りすぎていると思うんだが。
 頼みぜ、長門大明神。長門の不思議パワーが、最後の頼みの綱なんだからな。

「いくぜっ!」

 俺が気合を入れると同時に、俺の乗ったエステバリスが、空高く舞い上がった。






− 機動戦艦ハルヒナデシコ −

(涼宮ハルヒの憂鬱+機動戦艦ナデシコ)

作:湖畔のスナフキン






 さて、なぜこんな事態になってしまったかを説明するには、少し時間を遡らなければならない。

 週末を目前に控えた金曜日の放課後、部室のパソコンでネットを見ていたハルヒが、突然顔を上げて叫んだ。

「明日の不思議探索は中止! 代わりに、みんなでアニメのDVDを見るわよ」

 中止なのはいいが、いったい何のアニメを見るんだ。

「これよ、これ!」

 これって言われても、全然わからんだろう?

「いいから、こっちに来なさい!」

 しかたなく、ハルヒの席まで移動してパソコンの画面を覗き込むと、ブラウザーに10年くらい昔のアニメの情報が表示されていた。

「“機動戦艦ナデシコ”か……」

 そういえば、俺も少しだけ見た記憶があるな。
 たしか宇宙を舞台にして、ロボットや宇宙戦艦が出てくるアニメだ。
 だが、なぜハルヒがこのアニメを?

「子供の頃、少し見てたんだけどね、ストーリーがよくわからなくて途中で挫折しちゃったのよ。
 それが、たまたまインターネットで見つけて調べてみたら、けっこう面白そうな話じゃない?
 それで見てみたくなったのよ」

 まあ、たまにはそういうのも、いいかもな。
 貴重な休日の一日を、何も見つかりっこしない無駄な市内探索でつぶすよりは、マシな時間の使い方かもしれん。

「それじゃ、決まりね! どこの家で見る? 有希の家、DVDってあったっけ?」

 おいおい。長門の家には、DVDどころかテレビもないはずだが?

「それなら、レンタル業を営んでいる知り合いがいますので、DVDと大型テレビを格安で借りるように手配しましょう。ソフトもついでに用意しておきますよ」

 こういう時、古泉は実に役に立つな。古泉というより、背後の機関のお陰だが。

「明日、9:30に有希の家に集合! お菓子とジュースは各自で用意してくること。いいわね!」

 どうやら、明日の俺の出費は、自分の分の飲食代だけで済みそうだ。




 そんでもって、翌日。
 突然、宇宙的・未来的・超能力的な事件が起こることもなく、俺たちは予定どおりの時刻に長門の家に集合した。

 長門の部屋に入ると、既に50インチの大型液晶テレビと、最新のDVDが部屋の中にセットされていた。
 機関の誰がやったか知らないが、ご苦労様と心の中で礼を述べる。

「さあ、早速見るわよ!」

 全員で長門のコタツに足を入れ、テーブルの上にジュースの入ったコップと、封を開けたスナック菓子を並べてから、DVD鑑賞を始めた。




 そのアニメは、予想以上の面白さだった。
 俺のうろ覚えの記憶だと、ロボットや宇宙戦艦が異星人の兵器と戦う話だったと思っていたのだが、半分も見ないうちに奥行きの深いストーリーに引き込まれてしまった。
 ラブコメ的な話も多く、真っ先に居眠りするだろうと思っていた朝比奈さんでさえ、恋愛絡みのシーンでは頬に手を当てながらハラハラしていた。
 SF的な仕掛けも多く、時間移動の話まで出たときは、自分の今までの体験と照らし合わせて、いろいろと考え込んでしまった。
 これで世界改変の話まで出てきたら、俺はハルヒが例の不思議パワーで、このアニメを作ったのではないかという疑いさえ持ったに違いない。
 だが、さすがにそこまでぶっ飛んだ話にはならず、古泉がDVDを入れ替えるわずかな時間に、薀蓄(うんちく)を述べるに留まった。

 結局、俺たちは全26話を、その日のうちに見てしまった。
 途中で一時間の昼食休憩を入れたが、見終わったときには夜の八時近くになっていた。
 今夜は長門の家に泊まるというハルヒと朝比奈さんを残し、俺と古泉は長門の家を後にした。

「ところで、少し気になることがあるんですが……」

 古泉が話を切り出したのは、変わり者のメッカである長門のマンション近くの公園に差し掛かった頃だった。

「手短に頼むぜ」

「涼宮さんのことです。今の涼宮さんの精神は、最近には珍しく、強い興奮状態にあります」

 まあ、あのアニメを見て、一番はしゃいでいたのはハルヒだったからな。
 今頃も、朝比奈さんと長門を相手に、あれこれ話しているに違いない。

「いえ。それがどうも、少し違うようなんです。
 今の涼宮さんの精神の波長は、去年に映画作りをしていた頃とよく似ています」

 あれか。映画を撮影している最中、秋なのに桜が咲いたり、朝比奈さんが目からミクルビームを発射したときのことか。

「そうなんです。次回の映画作りのことを考えているのであればまだいいんですが、涼宮さんが無意識のうちに、力を使ってしまう可能性もあります」

 ハルヒが原因で、また不思議騒動が起こってしまうかもしれないんだな?

「ええ、そのとおりです。もし、何か起こるとしたら、近日中でしょう。あなたも十分気をつけてください」

「ああ、わかった」

 古泉に返事はしたものの、実のところ俺は早く家に帰りたかった。
 一日中DVDを見て目が疲れたこともあり、一風呂浴びてから、ベッドに入りたかったのである。
 いくらハルヒでも、一晩くらいは大人しくしてるだろうと思ったのだが、俺は自分の見通しの甘さを後で嫌というほど思い知ることとなった。







 サーッと吹き抜けるさわやかな風を、顔に感じた。
 草木のにおいが、わずかに鼻腔を刺激する。
 耳には、リーッリーッと虫の鳴く声が……っておい、俺は今いったいどこにいるんだ!?

 ガバッと跳ね起きてみると、そこは俺が眠い目をこすりながら潜り込んだベッドではなく、どこかの小さな丘の中腹だった。
 俺は周囲を見回したが、まったく見覚えのない場所だった。

「冗談だろ、おい……」

 空を見上げてみると、大きな満月が夜空に煌々(こうこう)と輝いている。

「とりあえず、閉鎖空間の中ではなさそうだな」

 俺の経験上、こういうけったいなことをするのは、たいていハルヒの仕業だ。
 まあ、長門という可能性もあることはあるのだが、先ずはハルヒを疑うべきだろう。




 俺が目を覚ました丘の下に、なぜか俺が通学に使っている自転車がおいてあった。
 俺は自転車を引きながら、その丘があった公園の外に出る。
 公園の外には坂になった大きな道路があり、俺はその坂道を登っていた。
 まあ、坂があったら思わず登ってしまうのは、毎朝強制ハイキングコースを歩かされている北高生の悲しい習性だな。

 夜中ということもあるのだろうが、その道には人っ子一人歩いていなかった。
 しかし、しばらく道を歩いているうちに、後ろから車の音が聞こえてくる。
 その車は、当然歩いていた俺を追い越したのだが、俺を追い越してすぐに、山積みになった荷物で半分開いていたトランクから、大きなスーツケースが落下してきた。

 ガラン、ガラン!

 間近に落ちてきたスーツケースは、まっすぐ俺の方に向かってくる。
 せいぜい人並みの反射神経しかもっていない俺は、そのスーツケースをかわすことなぞできず、正面からぶつかってしまった。

「いってーな。この野郎!」

 そのスーツケースは、鍵が壊れたのか俺の眼前で大きく開いており、中身が道にちらばっていた。

「ねえ、ちょっと! 大丈夫、あんた!?」

 車から降りてきたのは、予想していなかった人物――いや、予想はしていたのだが、こんなに早く会えるとは思っていなかったやつ――だった。
 つまり、SOS団の団長、涼宮ハルヒである。

「こんなところで、何やってるんだハルヒ。おまけに、その格好は?」

 ハルヒは詰襟(つめえり)のついた白い制服の上に、短めの白いマントのようなものを羽織っていた。
 ちょっと変わった雰囲気の海軍の軍人さん? とでも言えばいいのだろうか。

「ハルヒって……なぜ、私の名前を知ってるのよ」

 そう言うとハルヒは、(あご)に手を当てて何か考え始めた。
 今さら、何を言ってるんだこいつは? それとも、何だ。新手のドッキリか?

「これはどうも、大変失礼しました。お怪我はないでしょうか?」

 ハルヒと反対側のドアから出てきたのは、副団長の古泉だった。
 なぜか古泉も、ハルヒと似た服装をしている。
 俺は古泉に事情を聞こうと近づくと、古泉の方から俺に接近して耳元でささやいた。

(後で事情は説明します。今は何も言わず、涼宮さんの話に合わせてください)

 どう反応してよいかわからず、俺がきょとんとしていると、今度はパチリとウィンクしてきやがった。
 古泉。頼むから、そういうマネはしないでくれ。そんなことしてるから、お前にガチホモ疑惑が出てきたりするんだ。

「あーっ、思い出した! あんたキョンね、火星にいたとき近くに住んでいた。久しぶりね!」

 それなら、何だ。俺とおまえは緑色をした火星人なのかとツッコミを入れたくなったのだが、ここは大人しく古泉の助言に従うことにする。

「そ、そうだな。久しぶりだな」

「キョン。どうしてこんな時間に、一人で歩いてたの? どこか行くところがあるなら、送ってあげるわよ」

「お、おい。自転車が!」

「自転車でしたら、後で取りにくればいいじゃないですか。鍵をかけておけば、盗まれることもないでしょう」

 古泉はいつのまに用意したのか、やたら頑丈そうな鍵を取り出すと、俺の自転車にそれをかけた。
 俺はというと、その間にハルヒに引っ張られて、車の後部座席に押し込まれてしまった。

「キョン。どこに行けばいいの?」

「いや。実は特に行く宛もないんだ」

 そういうおまえは、これからどこに行くのだと聞くと、

「実はね、あたし今度、民間企業から戦艦の艦長にスカウトされたのよ。
 そこも人手不足みたいだから、私が一言いえばすぐに雇ってくれるわ。
 それじゃ、決まりね!」

 ハルヒが勝手に俺の行く先を決めちまったが、まあそれはいいだろう。
 それより気になるのは、戦艦の艦長という言葉だ。
 これって、まさか……

「ハルヒ、すまん。ちょっと車を停めてくれ。気分が悪くなった」

 車が走り出してから5分ほど経ったところで、俺はハルヒに声をかけた。

「なあに、もう車酔いしたの? しかたないわね。古泉くん、ちょっとそこに車を停めて」

「わかりました」

 車が道の端に止まってから、俺はわざと口元を押さえながら車の外に出た。
 車から離れて、背中を丸めながら大きく息をしていると、案の定古泉が俺の近くにやってきた。
 俺はハルヒに気づかれないよう、小声で古泉に話しかける。

「聞いてくれ、古泉。俺の勘違いかもしれんが、ここはひょっとして、昼間見たアニメの世界なんじゃないのか?」

「さすがですね。どうやらそのとおりのようです」

「ハルヒはとうとう、世界改変を起こしちまったのか!?」

「いえ、少し違います。涼宮さんはどうやら、新しく別の世界を作って、そこに我々を放り込んだみたいですね」

「長門や朝比奈さんもか?」

「はい。先ほど、長門さんから連絡がありました。長門さんと朝比奈さんは、これから行く戦艦の中で、私たちを待っているそうです」

「ハルヒは何で、こんな真似をしでかしたんだ?」

「推測ですが、あのアニメの世界を実体験してみたかったのでしょう」

 まったくもって、周りの迷惑を考えないやつだな。
 まあ、いつものことではあるのだが。




 古泉の運転する車が、広い敷地をもつ施設の中へと入っていった。
 そして、車を降りて大きな建物の中に入ると、その中には見覚えのある大きな戦艦が鎮座していた。

「おい、古泉」

「何でしょう?」

「あのアニメのとおりだとすると、もうすぐ敵襲があるはずだよな。ハルヒに言っておいた方がいいんじゃないのか?」

「涼宮さんは、僕たちのように元の世界の記憶がありません。完全に、この世界の人物に成りきっています。事情を知らない涼宮さんに、未来の出来事を語るのは不自然でしょう」

 そうだな。いわゆる、禁則事項ってやつか。

「キョン、何してるの? 早く中に入るわよ」

「僕が敵襲への備えをしますので、あなたは涼宮さんをお願いします」

「わかった」

 古泉に後のことを任せると、俺はハルヒについて戦艦の中に入っていった。

「みんなー。ちゅうーもーく!」

 ハルヒはブリッジルームに入ると、上段にある艦長席に上っていき、名乗りを上げるかのように大きな声で、部屋にいる人たちに呼びかけた。

「私が、この戦艦ハルヒナデシコの艦長、涼宮ハルヒよ」

 おい、ハルヒ。この戦艦は、たしかナデシコという名前じゃなかったか?

「キョンに、この船の名前教えてたっけ?」

 ああ、さっき古泉から聞いたんだ。とりあえず、そういうことにしといてくれ。

「ただのナデシコじゃ面白くないから、艦長権限で改名したのよ。語呂だって悪くないし」

 たしかに意外と呼びやすい名前だな……って、おまえにそんな権限あるのか!?

「上申書も提出したし、それに出航してしまえばこっちのものだわ。後方で何を言っても聞く気はないから」

 相も変わらず、傍若無人な振る舞いだ。少しは、周囲の迷惑も考えてみやがれ。

「それから、そこにいるのはキョンといって、今日からこの船の仲間よ。仕事は、とりあえず雑用ね」

 SOS団に続いて、ここでも雑用扱いか。やれやれ。

 そうつぶやいてから俺は、ブリッジの中をぐるりと見回した。
 何と言うか、見覚えのある人間ばかりだ。

「メンバーを紹介するわね。右から戦闘指揮担当の谷口くん」

「ういーっす」

「その隣が、会計係の国木田くん」

「国木田です。よろしく」

「操舵士のみくるちゃん」

「よろしくね、キョンくん」

 朝比奈さんは俺の顔を見ると、パチリとウィンクしてから、笑顔で手を振ってくれた。
 どうやら、古泉の言ったとおり、俺のことを覚えてくれているようだな。

「その隣が、オペレーターの有希」

「……よろしく」

 長門はそう言うと、ほんの少しだけ顎を引く。
 その仕草は、俺の知っている長門と全く同じだった。安心したのは、言うまでもない。

「最後が、通信士の鶴屋さんよ」

「君がキョンくんだねっ! みくるから君のことは聞いてるっさ。よろしくっ!」

 そう言うと、鶴屋さんは意味ありげな笑みを浮かべて、俺の顔を見つめた。
 はてさて。果たして鶴屋さんは、元の記憶があるのだろうか、ないのだろうか?




 ブリッジ要員への紹介が終わると、ハルヒは艦内を案内すると言って俺を連れ出した。
 真っ先に向かったのは、格納庫である。
 整備員らしき服を着て、格納庫の中を歩き回っていたのは、なぜかコンピ研の部員たちだった。
 首を少し横に振ってみると、コンピ研の部長氏がメガホンを持って、部員たちに何かを指示していた。

「見て見て、キョン! あれがエステバリスよ。この戦艦とあれさえあれば、木星蜥蜴(とかげ)なんてチョチョイのチョイだわ!」

 やっぱりアニメと同じで、敵は木星蜥蜴なのか。
 それはともかく、なぜあのエステバリスは床に倒れているんだろう?

「……おたく、これ折れてるよ」

「な、何ですとーーっ! い、痛たたたた……」

 しばらくすると、エステバリスのコクピットから、パイロットらしき人物が担ぎ出され、コンピ研の部員二名が持った担架で運び出された。
 よくよく見てみると、パイロットらしき人物は中河だった。
 そういえば、アニメの初期に出てきたパイロットも、熱血好きで少し暑苦しい感じの性格だったな。

 そんなことを考えながら、辺りをぼーっと見ていると、突然爆発音のような音が聞こえ、同時に格納庫の中が大きく揺れ動いた。

「敵襲だわっ!」

 艦内に警報が鳴る前に、ハルヒは駆け出していた。
 俺もハルヒの後を追おうとしたとき、ハルヒが後ろを向いて俺に話しかける。

「キョン! あんたを臨時パイロットに命令するわ! あのエステバリスに乗って待機するのよ!」

 たしか、エステバリスを操縦するには、IFSってのが必要だったよな?

「大丈夫」

 突然、俺の目の前の空間にウィンドウが開いた。
 そこには、いつもの表情をした長門がいた。

「この世界に転移した時から、あなたはIFSをもっている」

 右手の甲を見ると、タトゥーでも表現が難しいと思えるほどの精巧な紋様が浮かんでいる。
 今まで忙しすぎて、全然気づかなかった。

「ところで、長門。なぜ俺がパイロットなんだ? 戦うことなら、普段から神人狩りをしている古泉の方が適役のはずだ」

「涼宮ハルヒは、あなたに活躍して欲しいと願っている。野球大会のときと同じ」

 野球大会の時は、負ければ世界が終わるという、切実な状況だった。
 さすがに今度は世界の終わりにはならんだろうが、それでも戦争なんだから、負けたら死人がでかねない。
 あまり過大な期待をかけられても、困るんだが。

「大丈夫。涼宮ハルヒはハッピーエンド重視派。無駄な死者を出すことは、決して願っていない」

 まあ、それがハルヒのいいところなんだけどな。
 ところで、元の世界に戻るには、俺はいったい何をすればいいんだろう?

「涼宮ハルヒの願望を満たす必要がある。そのためには、あなたの努力が必要」

 つまり、アニメの主人公と同じか、あるいはそれ以上に俺が活躍しないといけないわけか。

「そう」

 そういうのは、俺のキャラじゃないんだけどな。
 まったく、やれやれだ。




「キョ、キョンくん」

 俺がエステバリスに搭乗しようとしたとき、背後から朝比奈さんが駆け寄ってきた。

「長門さんに頼まれて、お茶をもってきたんです。こぼすといけないから、水筒に入れました」

 ありがとうございます。でも、非常警報が出ているから、早くブリッジに戻った方がいいですよ?

「あの……これってやっぱり、敵さんがやって来たんですかぁ?」

 そういう朝比奈さんは、まるで飼い主以外の人を見かけたハムレットのように、おどおどとしていた。
 周りに、整備担当と思われるコンピ研の部員たちがいなければ、思わず抱きしめてしまいたいくらい愛らしい姿である。

「この船の中にいれば、とりあえず安全です。それに、これからハルヒたちが、敵を撃退する作戦を考えるでしょう」

 とは言っても、結局俺が出撃することになるんだろうけどな。

「私、アニメのお話は、細かい部分まで覚えてないんですけど……」

 朝比奈さんが何か大事なことを言いたいのか、もじもじと体を動かしていた。
 ところで、今起きていることも規定事項なんですか?

「いえ、違います。今回の件で私は、未来から連絡や指示は受けていません。
 ただ、涼宮さんがわざわざこの世界を作ったのは、現実の世界では実現が難しいことを体験したいからだと思います」

 古泉も似たようなことを言ってましたが、それは一体何なのでしょうか?

「はっきりとはわかりません。でも、もしかしたら……」

 そういうと、朝比奈さんは突然口ごもってしまった。
 ひょっとして、何か心当たりがあるんですか?

「い、いえ。なんでもないです! 本当になんでも!」

 朝比奈さんは、まるで始めて店のカウンターに立ったハンバーガーショップの店員のように無理目の作り笑いを浮かべると、パタパタと手を振りながら去っていった。







 そして話は、冒頭の場面まで戻る。
 俺は敵の包囲から脱出するため、エステバリスを大ジャンプさせた。
 狙いどおり敵の背後に着地すると、足の下についていたローラーを全開させて、地上を走って逃げ回る。

「キョン! こっちはドッグの注水が終わったわ。あたしがそっちに行くまで、ちゃんと持ちこたえるのよ」

 走って逃げるのも、そろそろ限界だ。
 このエステバリスには、何か攻撃する武器があったような気がするのだが?

「今、そのエステバリスで使える武器は、ワイヤード・フィストだけ。
 あと、ディストーション・フィールドによる高速度攻撃が有効」

 いつものことだが、助かるぜ、長門。

「……いい。気にしないで」

 ウィンドウに映った長門の頬が少し照れたように見えるとは、俺も意外に余裕があるな。

()ちろ、カトンボ!」

 反転してジャンプしたあと、空中にいた敵に向かって、両腕のロケットパンチならぬワイヤード・フィストを発射した。
 ひも付きだから射程距離は短いが、命中率は抜群だ。

「敵を二機撃破。右からくるわ」

 長門の警告どおり、右側から敵が機銃を連射しながら突っ込んできた。
 俺は、戻ってきたばかりの右腕のワイヤード・フィストを、そいつの正面にぶつける。

「三機目、撃破」

 地上に着地した俺のエステバリスの正面に、敵の集団が待ち構えていた。

「フィールドを強く張って、そのまま突っ込んで」

 長門を信じた俺は、そのまま敵の集団へと突っ込む。
 今の気分は、さながらドスを構えて敵の組事務所へと切り込む、鉄砲玉のようだ。

「敵を十機、撃破」

 ふと気がつくと、俺のエステバリスの周囲に、敵の残骸が散らばっていた。
 自分が手にした力の大きさに、思わず酔ってしまいそうになる。
 はっきり言って、宇宙人でも未来人でも超能力者でもない一般人の俺には、刺激強すぎだ。

「油断しないで」

 ボヤッとした隙に、別の方角から敵の群れがやってきた。
 また上空からも、敵がこちらに飛んでくる。
 まずいぜ、長門。どうしたらいい?

「大丈夫。援軍」

 長門が指差した方向に目を向けると、そこには古泉一樹がいた。
 つーか、おまえ生身じゃないか! エステバリスはどうした!?

「涼宮さんが作ったこの世界は、閉鎖空間とよく似た性質をもっています。つまり――」

 あの閉鎖空間の中で見たときと同じように、古泉が赤い球形をした力場のようなものに包まれた。
 そのまま宙に浮くと、敵の集団に向かって突っ込んでいく。
 すると、古泉に接触した敵が、次々と爆発していった。

「おい、古泉。なかなか強いじゃないか」

「あなたから賞賛の言葉をもらえるとは、予想していませんでしたよ」

 古泉は閉鎖空間で神人を狩るときと同じように、空中を自在に飛びながら、敵の無人兵器を次々と破壊していった。
 空中の敵は古泉に任せて、俺は地上の敵と戦うことに専念することにしたが、ミサイルの乱射を回避しているうちに、海辺へと追い込まれてしまう。

「そのまま、海にジャンプして」

 そういえばそんなシーンがあったななどと思いつつ、俺は長門の指示に従って、海に向かって大ジャンプを敢行する。
 ちょうど海面に着水する直前に海が盛り上がり、海中から船が姿を現した。

「おい、ハルヒ。まだ十分経ってないぞ」

「キョンのために急いできたのよ。感謝しなさい」

 そんな恩着せがましい口調で言われたところで、すぐには感謝できんけどな。

「敵、すべて射程範囲内に入った」

「グラビティ・ブラスト発射準備!」

 こちらの船の出現に、古泉も気づいたようだ。
 とりあえず、空中にやつの姿は見えない。

「目標、敵まとめてぜーーんぶ! 撃てーーっ!」

 間近で見たグラビティ・ブラストの威力は、まさしく圧巻だった。
 戦艦から発射された黒い稲妻が、敵がいる周囲一体を薙ぎ払う。
 そして、グラビティ・ブラストが通り過ぎたあとには、爆発した敵の残骸だけが残っていた。




 船の格納庫に戻ると、そこには満面の笑みを浮かべたハルヒと、朝比奈さんと長門が待っていた。

「キョン! さすが、私が見込んだとおりの働きだったわ! この功績をたたえて、あんたを雑用係兼パイロットに任命するから、これからも頑張るのよ!」

 ハルヒはそう俺に言うと、格納庫から出て行った。
 それにしても、俺は雑用係からは外れないのかよ。
 つーか、せっかくおまえの期待どおりに頑張ったんだから、この辺でアニメごっこはおしまいにして元の世界に戻ろう、なんてことは思わんのかよ。

「あなたに伝達する情報が、不足していた」

 な、何を言い忘れたんだ、長門?

「涼宮ハルヒが、あなたに活躍して欲しかったのは事実。だが、それは付随的な目標。彼女の本当の願いは、これ」

 俺の目の前にウィンドウが開き、そこにアニメの最終話の一場面が映し出された。

「な、ななな、長門! これはひょっとして……」

「そう。彼女の真の目的は、衆人環視の中であなたに告白され、さらに接吻されること」

 ハルヒは、あれを俺にやれというのか!
 閉鎖空間から出てくるときだって、俺はかなり決意したんだぞ。
 しかも、あの時は神人を除けば二人きりだったが、今度は大勢の人が見ている前で、しなくちゃならんのか……?







 さて、それからのことを、軽く触れておこう。
 結局、俺たちは予定どおり火星に行き、火星から逃げ戻ってからは、地球と月をまたにかけて敵と戦った。
 そして、最後は火星の極冠遺跡へと赴き、そこでハルヒの目論見どおりの行為を行った。
 考える時間と悩む時間だけは十分あったから、その時になるまでに俺は覚悟を決めたよ。

 だけどな、最後に一つだけ言わせてくれ。
 頼むから、劇場版だけはやらないでくれよな!


(おわり)



(あとがき)

 半年くらい前に、元ネタの動画を見てから、これでSSを書こうと考えていたのですが、諸々の事情で手がつかず、ようやく書き上げることができました。

 作品内で使用しているセリフの多くは、アニメの『涼宮ハルヒの憂鬱』から引っ張ってきていますので、アニメをあらかじめ見ておくと、少しだけ理解が深まると思います。
 いちおう、小説だけでも読んでいたら、大筋は理解できるようにしたつもりです。


 なお、今のところ続きを書く予定はありませんが、もし書くとしたらこんなキャストを考えています。

 <本作で登場>

ナデシコ ハルヒ
アキト キョン
ユリカ 涼宮ハルヒ
ルリ 長門有希
ミナト 朝比奈みくる(小)
ジュン 古泉一樹
メグミ 鶴屋さん
ゴート 谷口
プロスペクター 国木田
ウリバタケ コンピ研部長
ガイ 中河


<未登場>

リョーコ・ヒカル・イズミ 佐々木・橘・周防九曜
アカツキ 生徒会長
エリナ 喜緑江美里
ムネタケ 藤原


 キャストは元ネタの動画に合わせていますが、話の関係上、一部変更しています。
 ウリバタケはコンピ研の部長氏にしましたし、ミナトさんは朝比奈みくると朝倉涼子のどちらでもよかったのですが、ストーリーの展開を考えて朝比奈さんにしました。

 それから、イネスさんに該当しそうなのは朝比奈さん(大)しかいないのですが、その場合アイちゃんを誰にしたらよいのか悩みます。
 というより、イネスさんとアイちゃんの関係に該当するのは、朝比奈さん(大)と(小)だけですので、年齢的にミスマッチが……
 まあ、ここは開き直って、キョン(妹)かミヨキチで、何とかするしかないでしょうね。


 最後に、このSSを書くにあたり、久しぶりにナデシコのアニメを見たのですが、やはり面白かったです。
 映画もそうですけど、名作というのは、時がたっても味わい深いものなんだなと思いました。


 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

一発ネタだねぇ。の割にちょっと冗長のような。

話の盛り上がりが無いわけですからもうちょっと小さくまとめたほうがよかったような。

ネタ的にたらーっと読み流す小品以上にはならないわけですし。

 

>飼い主以外の人を見かけたハムレット

これはあれかな、フェレットとハムスターが魔改造で悪魔合体したのか?w

それともローゼンクランツとギルデンスターンのからみか? むう。わからん。