一人の、五つか六つの少女が頭に載せるようにティーカップを置いた盆を持ってくる。
こちらを見るとビクッと怯え恐る恐る近づいて来ると盆をテーブルの上に載せ飛び出すように逃げて行く。
その背に眼前のメイド服姿の女性が声をかける。
「ありがとうシンシア、もういいわよ。私の名はマリエル。当家のメイド長をしております。
さて、何から話しましょうか」
漆黒の戦神アナザー
マリエルの場合
――あの、あの子は?
シンシアです。男性と言う物に慣れていないんですよ。
父親を除けばご主人様である太郎様と「あの人」と貴方で三人目ですから。
――そう、その「あの人」について聞かせて欲しくて。
漆黒の戦神テンカワアキトの事を。
あれは、とある日の昼下がりでした。お茶会をしていた私たちの前に窓を突き破っていきなり飛びこんできたんです。
――え〜〜〜と・・・・誰か女性が危機に陥ったとかは?
いいえ。当家は警備部がきっちりしておりますから。
以前近くにあのチューリップとやらが襲来した時も無事撃退いたしましたもの。
――あ〜〜そうすか〜〜
まあそれはともかくいきなり現れたんです。
気を失って『あうう・・・なるちゃんひどいよぉ・・・』などとうなされてました。
しばらくしてから目を覚まされましてね。何やら太郎様と話をされてました。
どうやら随分意気投合されてたようです。きっと、似た者どうし気があったのですね。
――似た者っつーと・・・天然女たらし?
(ちょっとムッとして)違います。とても優しい、そう優し過ぎる所です。
幸せとは誰か他の人が幸せになる事、嬉しい事は誰かの笑顔。
太郎様もあの人もそんな方でした。
それで、しばらくの間この屋敷に滞在されたんです。なにかしばらく帰りづらいとかで。
――あの・・・こちらのお屋敷には多くの女の子がいますよね・・・・
二百名以上です。その全てが各方面から選び抜かれたスペシャリストですわ。
――それって羊の群れに狼を放つと言うか、狼の群れに羊を投げ込むと言うか・・・・
全員がわが主太郎様に忠誠を誓っていますからそう言う点での問題はありませんでしたよ。
ただ・・・
――ただ?
ただ、いく人かがメイド服を着せたり、色々おもちゃにしてましたが。
どうやら女性には逆らえないとDNAレベルで刻み込まれているようですね。
――あ、なんかわかります。
随分と穏やかで優しいあの笑顔。やはりついつい太郎様を思い出してしまうんです。
太郎様そっくりでありながら決して太郎様ではないという事でつい・・・・
――つい? つい何なんですか?
つい、太郎様にも話したことのない悩みを打ち明けたんです。
――悩み、ですか・・・
はい、実は私は人間ではないのです。
――と、申しますと?
私はクローニングと遺伝子操作で生み出された存在なんです。
当主様にお使えするべく先代に作られた、人ならぬ・・・・物体なんです。
そんな私を太郎様はまるで人間のように扱ってくれるのです。
こんな私に笑いかけ、優しくしてくれるんです。そんな価値など・・・私にはないというのに。
しかし、作られた私はそれがいかに辛く苦しく悲しかろうとも太郎様からはなれるわけには参りません。
それが私の存在意義なのですから。
ですから、その苦しみをつい太郎様の身代りとしてあの方にぶつけてしまったんです。
そしたらあの方はニッコリ笑って「何故そんな事を気にするんだい?」と。
「人間は人間に生まれるんじゃない、人間になるんだ。
大体、君は太郎の幸せのために生まれたんだろ? なら笑顔でいなきゃ」
「でも・・・・私は・・・・」
「彼の幸せは皆の幸せ。その中には勿論君も入っているんだ」
「それじゃあ私は・・・太郎様のそばで・・・幸せになってもいいんです・・・か?」
「いや、それは駄目だ。『幸せになってもいい』んじゃなくて『幸せにならなきゃいけない』んだよ。
あの馬鹿馬鹿しい戦争で多くの人が亡くなった。
だからこそ幸せになるのは生きている人々の義務なんだよ」って。
そして一週間ほどこの屋敷に滞在した後、ヘリでの送迎を断って歩きで帰られました。
――こ、この密林山岳を・・・・徒歩で・・・ですか?
はい。そして帰り間際に警備部のコノエさんが尋ねたんです。「お前は何者だ」と。
「私は勿論お姉様方すら総がかりでも恐らくお前には勝てんだろう。
この屋敷で一宿一飯といわずタダメシ食ったんだ、本名くらい名乗れ」
するとあの方は「俺の名はうら・・・いや、テンカワアキト」と。
ちなみにそれまではただ「アキト」とだけ名乗ってました。
で、驚く私達を尻目に森の中に姿を消されたんです。
ちなみに監視衛星を初めあらゆるシステムで追跡したのですが見失ってしまいました。
――なにやら、人の世を救うために全ての神々に逆らって地上におりた神だ、なんて与太話も流れてますからね。
まぁ(笑) それで首だけが鉢植えになってアパートの前においてあるとか。
――あはははは、なにか注文が殺到しそうな鉢植えですね。
では最後に『彼』へのメッセージを。
今あなたがどこにいるかは存じません。
ただあなたが言って下さった言葉をそのままお返しします。
なにもしてもらえなくともそばにいてくれれば・・・・貴方にそれだけを望む女性が数多くいるでしょう。
その人達の為にも早く戻ってあげてください。それこそが彼女達の幸せなのですから。
「にへへへへ・・・・」
「ん? どうしたの、ルリルリ」
「いや、なんか嬉しくって」
ラピスも今にも蕩けそうなくらい幸せな表情をしている。
「ああ、この本でのアキト君のセリフね。でも何をいまさら。
そ ん な も の
アキト君はもちろんこの艦のクルーでルリルリの出生気にしてる人なんていないのに」
「いやぁ、ラブラブカップルと同じなんですよ。
愛してくれてるってわかっていてもやっぱり時々「愛してる」って言って欲しいじゃないですか」
「なるほど。で、ルリルリもラピラピもアキト君の愛を再確認している、と」
「にゃはははははははは・・・・・・・」
あとがき
何も申しません。ただ一言
ごめんなさい。
代理人の感想
つ・・・・疲れた(爆)。