(注) この作品はTohooさんの「エリナ・キンジョウ・ウォン」を読んでからにしてください。
イネス・フレサンジュ
イネスはかつてエリナ・キンジョウ・ウォンだったものを足元に見下ろす。
自分も即座に後を追いたい思いに駆られるが、必至に自省する。
今はだめだ。
あの子に頼まれたことをやっていない。
ここではだめだ。
自分の生命に幕を下ろすにふさわしくない。
自分にはやらねばならないことがある。
まだ死ねない。
エリナの死体を黙って抱き上げるとある部屋へ向かって歩き出す。
ここはネルガルの会長室。落ち目のロンゲことアカツキ・ナガレは今日も今日とてヒーコラ言いながら
書類山脈を制覇するべく果敢に(無駄な)アタックを試みていた。
正直逃げ出したくて堪らないのだが部屋の隅に嫌味ったらしく愛媛みかんの箱なんか置いて
自分の仕事(だけ)をやりつつこちらを見張っているプロスペクターの目が怖いので真面目に働く。
プロス
「しかしホントの所、彼って何者なんだろうね?」
まぁそれどころではない。この混乱に乗じてクリムゾンの牙城をどこまで切り崩せるか、この数週間が勝負だ。
「キビキビ働いて下さいよ。ここ数日エリナ女史とも連絡取れなくて仕事たまってるんですからね」
やれやれ、肺の空気全てを溜息にしつつ、次の書類に手を伸ばす。
と、机の正面、入り口のドア前が虹色に輝く。
懐に手をいれながら素早くプロスペクターがアカツキと光の間に立ちはだかるが
「あ、いやいーよプロス君」
今やあの虹色の光を操れるのはこの世に三人だけ。
その誰であろうと自分に危害を加えたりしないだろう。
それに、三人の内一人はいまだに動く体力などないし一人はここに来たりすまい。ならば・・・。
「やぁドクター。おかえり」
眼前に実体化したイネスに片手を上げて挨拶する。
何も言わずに机(書類の多くは床へ放り出した)の上に小さな白い陶磁の壷を二つ置く。
ちなみにもう一つ白いカプセルを抱えている。
「そうか・・・それが・・・」
「アキト君とエリナよ」
「・・・・・・・・・・」
最悪の結末だった。
人類の未来も世界の覇権もどうでもいい。笑顔になるべき人間が悲しみの果てに死ぬなど、
どんな意味と理由があっても許せない・・・・そう思っていたのに・・・・・
「で、そっちの準備は出来ているのかしら?」
「アレとソレとどっちのことだい?」
「両方よ」
「アレの準備は出来てる。今すぐにでも開始可能だよ。もう一つも彼女を呼べばOKさ」
「ならどっちもすぐお願い。あたしはソレの方の部屋に行っとくから」
「そんなに急がなくても・・・」
「あたしは待ちきれないの! 本来なら今すぐにでもってのをやっとのことで我慢してるんだから」
いつになく気の荒いイネスを見やる男二人。
「解った。すぐ進めておくよ」
「じゃこちらへ」
プロスに連れられて部屋を出ていくイネスを見やるとアカツキは電話を掛ける。
出た相手は・・・・・
「やあ、ミスマル提督」
「君から連絡が来たと言うことは・・・アレをやるのか・・・止める気はないのか?」
「無理ですね。今から止めるなんて言ったらドクターに何だかわからない物に改造されちゃいますよ」
軽い、しかし並々ならぬ決意を込めた言葉に、コウイチロウも心を決める。
「よし、ではやっておくよ」
「提督・・・すみません」
「なに、もう娘のような目にあう人間を・・・・息子のような目にあう人間を減らしたい。それだけだ」
消えた画面に限りない感謝と敬意を込めて頭を下げるアカツキ。
翌月、ミスマル・コウイチロウは密かに大量に搬入させておいた重量子爆弾を火星で爆発させる。
数万度の重量子は熱こそすぐ下がる物のその毒性は鉛であろうが鉄であろうが現存するいかなる物質でも
完全には遮断できないと言う厄介なものであった。ちなみに半減期は600年。
事実上火星を死の星にした彼を軍事裁判にかけようという動きもあったが地球・木星双方の穏健派と
事実上地球のリーダーシップをつかむことに成功したネルガルの働きかけで不問に付され、
余生を窓際での日向ぼっこで過ごす事となる。
のちの教科書には「人類の未来を閉ざした極悪人」とも
「身を犠牲にして和解の時を稼いだ賢者」とも示される事になる。
会見から数ヶ月後。
ここはネルガル遺伝子研究所の地下。コポコポと泡を立てている培養槽を見やっているのは
イネス・フレサンジュとホシノルリであった。
「もうそろそろ・・・ですね」
声に出さずに頷くイネス。
「もうすぐ私とアキトさんの子供が・・・・・」
「今にも亡くなろうとするアキト君から採取した精子をアナタの卵子に受精させたいわゆる試験管ベビー。
数日したらあなたの子宮に移植するわ。そして数ヶ月後に・・」
「出産、ですね。でもこの子は最悪の場合私のマシンチャイルドとしての体質と
アキトさんのA級ジャンパー形質、そして戦闘力を兼ね備えた魔人となるでしょう・・・」
「遺伝子操作も人体実験も一切行なわないと会長から言質を取ってあるわ」
「願わくば・・平凡な子に育って欲しい・・・」
「ボソンジャンプも戦争も平和も正義にすら関わりを持たない、平凡な子に、ね。名前は何てつけるの?」
「男の子ならシ○ジ。女の子ならレ○・・・・・・」
「なんでやねん」
「冗談ですよ。男の子なんでしょう? なら名前は決まっています」
「そうね。一つしか・・・ないわね」
培養槽に頬ずりするルリ。
「お願い。あなたは・・・貴方だけは・・・・幸せに・・・あの人も・・私も手に入れられなかった・・・平凡な幸せを・・」
少女は・・・そして女医は溢れ出る涙を隠そうともしなかった。
数ヶ月後、可愛らしい男の子を出産した少女はミスマル家へ現れる。
アキトと名付けられた赤子は強面の祖父と二人の母に深く愛されて成長する。
そして、近所のとある女教師の娘やら、影の薄い軍人とやたらテンションの高い女性との間の娘やら
町工場の娘やらに引きずりまわされながら、平凡に幸せに暮していくのであった。
後桃色の姉にも。
そして出産を見届けたイネスは姿を消した。
数日後・・・死の風吹き荒れるここは火星のユートピアコロニー跡。
虹色の光が輝き、後には重装の防護服に身を固めた一人の人物が現れた。
これ程の守りを固めても、さほどは持つまい。彼女は急ぐ。
命が尽きる前に自分は、イネス・フレサンジュは行かねばならない場所があるのだ。
一歩、二歩、三歩。頭が痛い。四歩。五歩。六歩。早くも目が霞む。
七歩。八歩。九歩。足を引きずる。急がねば。
意識が薄れながら、やっとの事でそこへ辿りつく。
・・・何もかも・・・あの時のままだ。死に包まれてはいるが。
あの壁も、この床も、何も変わっていない。
あの時、あの人が潰したバッタも、バッタにめり込んだ電気自動車も。
ユートピアコロニー第九シェルター。あの時、火星最後の日に自分と母が、そしてアキトが逃げこんだ場所。
腰を下ろす。もう立っていられない。死力を尽くして二つの白い骨壷を置く。
まだだめだ。最後の力を振り絞る。懐から"あれ"を取り出し置く。
小さな、一つのオレンジを。
これでいい。全てを終えた。遣り残した事も心残りも何も無い。
全身の力を抜く。体中に染みこんでいく死に抗う気ももう起こらない。
"ありがとうおにいちゃん、あたしとデートしよう"
青年にオレンジを手渡される少女を見たような気がした。これは驚きだ。
この自分がこんな非合理的な幻聴を聞くなど。こんな非科学的な幻覚を見るなど。
愉快だ。二十年余りのこの人生、案外楽しかった。少なくとも笑顔で終われる。
悪くは・・・ない。あの船に乗れて・・あの人に出会えた・・・
この数年、あの娘よりあの人の近くにいる事が出来た・・・・
悪くないどころか、幸せだ。自分ほど幸せな人生を送れた人間もそうはいまい。
二つの骨壷に並ぶように、人影が倒れこむ。
あとには・・・死の風がただ吹いていた。
あとがき
「シリアスね」
「おお、イネスさんじゃないか。今回のメインヒロインどうだった?」
「まあまあね」
「うむ、ルリちゃんにはアキト君の子を産んでもらったし、
ラピスにはより歳の近い"アキト"がそばにいるって事で・・・
ユリカ以外は幸せだな。エリナも君も心とことん貫いたし。
ただ、一人心残りがある。リョーコちゃんだ」
「映画版アフターって事でサブ君とくっつけなきゃいけないのね」
「うむ。やはり彼女はアキトのそばにいて欲しいのだが。
まぁ今回はまた実験作って事で」
「また? 『時にはこんな夜』と同じね」
「冒頭にも書いたのだが、これはTOHOOさんの『エリナ・キンジョウ・ウォン』の続編だ。
あの作品が実に素晴らしかったので続きを書きたくなったのだ。・・・・・それにしても・・・・・」
「何? その目?」
「いや、二十年余りの人生ってあーた・・・・・
ま、それはともかく私はアキト君の好みに気づいてしまった」
「何? どんなの? 教えなさい! 今すぐ!!!」
「アキト君がそれなりの『一線』を越えた人間を考えてみたまえ。
プロポーズした(でも何にもしてないらしい)のがユリカだろ?
あと、そ〜ゆ〜関係になったのがエリナ(ところでそのネタどっから出てきたんだろ?)
エリナと一緒にアキト君のフォローしていたイネス。君とも多分そーなったと思う」
(ポ・・・・・)
「つまり、アキト君は巨乳好きのオッパイ星じ メゴ!!
ふぎゃあ!!
な、なんだお前らは・・・ラ、ラビ・・・・ル・・・・め、メグ・・・・ふんぎゃぁぁぁぁぁぁ」
「あ・・・・あの・・・・・え〜〜っと・・・・・・お達者で〜〜〜」
「裏切りものお〜〜〜〜〜」
ズリズリズリズリ・・・・・・・・・・
代理人の感想
・・・・お達者で〜。←はくじょーもの