ときにはこんな夜 

               第二夜

 

 

 彼女はいつものように「巨大」と表現したくなるようなポットを抱えてその部屋に入った。

 

「遅いですよ、舞歌さん」

 

 声の出所を見るといかにも貧相な中年の小男が茶をすすりながら椅子に座っていた。

 

「あら西沢さんじゃない。そんなマズイお茶に耐えられるのっていつもながら大した物ね。

 少し分けて上げよっか?」

「それは例の?」

「ええ。まったく氷室君のいれるお茶って美味しいのよね」

「それはそうとあなたが最後ですよ」

 

 自席についてみると、右には陰気臭いトカゲ男が、左にはいかつい角刈男がいた。

 

「四方天が無事そろったようね。何事も無くて重畳と言うべきかしら」

 

 心にもない言葉を言ってみる。そこへ草壁中将が入室した。

 事実上、木連の全てを決める四方天定例会議の始まりだ。

 議長は四方天筆頭たる西沢学である。

 

「で、あるからして・・・」

「ちょっとまって。私たちは・・・」

「我々にもいま少し予算を・・・」

 

 などと、当たり障りのない、と言っては語弊のある、一つの国家のありようを決める議題が次々と解決していく。

 ちなみにこの会議は絶対的に秘密であり、こう言った事務をきちんと行なう能力も四方天には要求される。

 ・・・・・北辰の事務姿と言うのも一寸凄いが。

 やがて黙していた草壁が口を開く。

 

「四方天の諸君・・・」

 

 皆が一斉にそちらを向く。

 

「正直に答えてもらいたい。この戦争、勝ち目はあると思うかね?」

 

 その問いに最初に答えたのは“南”こと南雲だった。

 

「当然ではありませんか。我々には義があるのです!

 そして草壁閣下と言う偉大な御方がその頂点に立つ以上、我らに勝利以外の何がありましょうや!」

 

 うざい程に熱く語る同僚を氷点下の視線で見つめる他の三人。

 特に北辰はバナナで釘が打てそうというか原子の結合がほどけそうなほどの冷たさを持った視線を向けていた。

 一方である種の恐怖心を抱いて見つめているのが舞歌である。

 本当にこの男をアオリしか芸のない馬鹿だと思っていいのだろうか?

 

 かつて300年ほど前、キリノと言う男がいたという。

 自分の使える主が絶対的にして古今無双の英雄であると信じ、

 その事と自分、そして部下たちの武勇に圧倒的な信頼を持ち、

 主と仲間たちを巻き込んで時の政府に戦いを挑んだ。

 だが残念ながら主には人間的魅力以外の物は何一つなく、

 彼自身にもチンピラヤクザかテロリスト以上の「なにか」はカケラもなかったためあえなく敗死したとか。

 

 それはかまわない。状況をわきまえず煽りたてるバカも、彼我の戦力差はおろか戦略も戦術も理解できずに

 ノリだけで戦争をするアホも、死ぬのは勝手と言うか当然であろう。

 だがそのバカの暴走に引きずられて万を超える死者が出たという。

 私たちが彼らと同じ轍を踏むわけには行かない。

 

「死にたいなら自分一人で死んでよね。うら若き乙女を巻き込まないで欲しいわ」

 

 湯のみで口元を隠しながらこっそり呟く。・・・・・・・・・・・ダレが乙女だ。

 横目で草壁を見ながら。果たして「一応」彼女の主である彼にはその程度の賢明さを期待してよいのだろうか。

 

「ご高説まことに結構なのですが・・・」

 

 口を開いた西沢に視線が集まる。

 

「残念ながら近代の戦争において『武士は食わねど高楊枝』は通りません。

 巨大戦艦も機動兵器も、燃料となる物資とそれを買うお金がなければ漬物石よりも無意味なんです」

 

 さすがは情報収集・分析とともに経済運営を得意とするだけあってその手の話にはキツイ。

 

「戦う意志やら闘志やらも、食料と酸素がなければ駄目・駄目・駄目なんです」

「き・・・・貴様は命が惜しくてそんな事を言ってるのだろう! この腰抜けめ!」

「当たり前です」

 

 あっさり答える西沢。

 

「勝利に、未来に繋がる死ならともかく少し賢明なら簡単に避けられる死にわざわざ飛びこむなど無能の証です。

 脳は生きてるうちに使ったほうがよいと思いますが」

「なんだとお・・・・・・」

 

 怒気を溢れさせる南雲を“のほほん”とした、それでいて反論を許さぬ強い視線で貫く。

 

「では貴方は酸素無しで宇宙を旅できるのですか?

 熱血が全てを乗り越えられるのはブラウン管の中だけなのですよ。

 現実は精神を常に上回るのです。」

「ではどうすべきなのだ?」

 

 渋い顔をして尋ねる草壁。どうやら彼も景気のいい話が聞きたかったようだ。

 

「まずなによりも講和をするべきでしょう」

「何を馬鹿な!」

 

 南雲の叫びを無視する西沢。

 

「今なら比較的有利な条件で講和を結べます――半年前なら圧倒的有利でしたが。

 火星の分割統治、遺跡の封印、不可侵条約の締結・・・よくてその程度ですな」

「何故そこまで譲歩せねばならん?」

「我々の有利な点はただ一つ、軍事的優越のみでした。ですがその点でも今や不利に傾いてきています」

「あの男の存在か・・・」

「何者なんだ! あ奴は!」

「暗黒竜とも漆黒の戦神とも呼ばれる男・・・」

「正直言ってかなり興味あるわね。個人的に」

「で、ここで一つお話が。我らの敬愛すべき宿敵、八部衆がほぼ全滅しました」

 

「「「「何ィ〜〜〜〜〜〜〜〜!」」」」

 

 一斉に驚く一同。無理もない。

 八部衆は草壁を挟んでの四方天のライバルであり、直接戦闘では北辰と六人衆すら凌駕する。

 

「やはり、かの『ナデシコ』とやらか?」

「はい、彼らはとあるルートからナデシコの停泊地を知り・・・」

「おおかた、貴様の所に潜り込んでいる娘――椛(もみじ)とか言ったか?――が

 少しくらい苦労すれば入手できる所にその情報を置いておいたのであろう」

「相変わらずキツイですな」と苦笑い。だが否定はしない。

「まあ一つ見てくださいな。幸いにも私の手勢が見張ってたので入手できた彼らの戦いを」

 

 一同は画面に映る八部衆壊滅の様を見つめる。

 

「これが・・・テンカワアキト・・・」

 

 その呟きは誰のものであったか。

 自分たちを上回る力を持つ連中がいとも容易に粉砕されていくのを見るのは、

 例え嫌いな相手であっても余り心楽しいものではなかった。ましてや一応味方である。

 

「どう? 北辰。あなたの唯一の取り柄たる人殺しの芸。あっちの方が上なんじゃないの?」

「むう・・・・・残念だがおそらくそうであろうな。後方の四人の援護も的確。

 何よりもこやつの戦闘能力・・・論外だ。競うて見る気にもなれんな」

 

(これは・・・・あ奴を解き放つ時が来たのか?・・・)

 

「他にも調査によるとネルガルと言う企業を支配しているそぶりがあります」

「経済にも関心があるって事は、情報にも敏感って事よね」

「当然でしょう」

「フン。軍人が金勘定にも興味を持つとはな。見下げ果てたわ。

 そんなモノは専門の者に任せておけばよいのだ」

 

 こいつァ本物の馬鹿だ。真・馬鹿と呼ぶべきだ。

 使いっぱか、わめき怒鳴るのがお似合いだ。

 だがその馬鹿と肩を並べねばならない身としてはそれで済ませられない。

 

「一人で我等四人と同等、いや上回るか。まさに王者・・・と呼ぶべきだろうな」

 

 それは違う。王者とか覇者とか呼ばれる人間は他者を支配する事に勤勉でなくてはならない。

 そう言った事に躍起になるタイプには見えない・・・・

 何か彼には亡き兄と同じ匂いを感じる。

 

「とにかく、私の意見は一刻も早い和平です」

「同感ね。国力が残っている内に。戦えるうちに戦いをやめるってのが戦略政略ってモンだわ」

「だがまだ我らには重要で強力な手駒がある。あやつを倒せれば完全な勝利は確実なのだ」

「では一つ提案なのですが。舞歌さん配下の『優人部隊』をぶつけてみませんか?

 中でも最強の『三羽烏』の一人、白鳥九十九どのを。

 あの方なら倒せるやも知れませんし、駄目でも何やらよい情報を入手できるかも。

 少なくとも一方的に殺されはしないでしょうし、八部と違って引き際はわきまえているでしょう」

「え〜? それは・・・・」

「フム、良いかもしれんな」

「あの漢ならやってくれよう!」

「否定する根拠はないな。東よ、準備せよ」

「しょ・・・承知しました」

 

(どういうこと・・・何を考えてるの? 西沢さん)

 

「では今回の定例会議を終了する。皆ご苦労だった」

 

 次々と席を立つ一同。

 

「あ、舞歌さん」

「ん、何?」

「あんまりテンカワアキトの事ウチの娘らに吹きこまないで下さいな。

 写真欲しいとか話聞きたいとかうるさいんですよ」

「ん、わかった」

 

 舞歌も去り、西沢のみが残される。

 十数分後、本来ドアなどないはずの所が開き、人影が室内にするりと入る。

 それは・・・本来この部屋に立ち入る事の許されない優人部隊の一人、サブロウタだった。

 

「で・・・どうでした」

「あなたの言ったとおりの展開になりつつあります。

 草壁閣下も南雲さんも確実に危険な方向に向かいつつありますし、

 それに我々を巻き込んで行くつもりのようです」

「それでは・・・」

「はい、月の新造戦艦のドックに九十九さんを送るよう仕向けました。

 あなたの話が本当ならこのタイミングで出てくるマジンが有人なのは知ってるでしょうから殺しはしないでしょうね。

 おそらく捕虜にし、和平へのとっかかりとするでしょう」

「ひどいな。信じてくれてなかったんですか」と苦笑。

「無条件で信じるには突拍子もなさ過ぎますし、無視するには内容が危険過ぎるのですよ」

「まあ、確かにそうなんスけどね」

「未来・・・ですか」と溜息一つ。

「先を知っていると言うのは、必ずしも有利になるとは限らないんですよ。

 ある意味、選択肢が幾つか増える――それも思ってもみなかったモノが――に過ぎません」

「同感です」

 

 あの店のエリーちゃん、また口説き落とせるとは限んないしなあ、などと考えながら相槌を打つ。

 

「やはり個人的な恨みで万を越える人を殺す方を簡単に信用するのはちょっと」

 

 もう一度ため息。

 

「この木連と言う組織・・・いや国家。何十万と言う人々の生命と未来を少しでもよい方向へ進める。

 それが我ら四方天の使命です。一個人の勝手な思いこみや正義感で好きにさせるわけにはいきません」

「それじゃあ・・・」

「ええ。草壁閣下・・・草壁さんを排除する方向で進めます。もっとも舞歌さんにはナイショにしますが」

「内緒なんスか?」

「あの人芝居好きですからね。ヘンに芝居すると却って目立つんですよ。

 『味方にばれる事は敵にもばれる』ものです。

 それに下手に知らないほうが却って安全ですからね」

「北辰・・・ですね」

 

 二人は窓の向こうに広がる暗黒の宇宙に目を向ける。

 彼らの目に、未来はまだ見えない。

 

 

後書き。

 

「なんですの、コレ? ジミ〜〜〜〜」

「言わんでくれい、舞歌さんよぅ」

「おっさん三人にトカゲ一匹が絶世の美女と陰険漫才やってるだけじゃない」

「いや、受けない事は分かってるんだがどうしても書いて見たかったんだ。まあ実験作だしな」

「そういや本編も含めて西沢さん初登場ですわね」

「うむ、四方天のリーダーと言う事で結構重要なキャラのハズなのだが、

 序章では名前がポロっと出ただけで、キャラ原案としては寂しかったのだ。

 今回の作品でもさりげなく(?)使ったように面白い使い方ができるのだが。

 で、四方天に付いての説明をしよう。君達四人は実は西郷隆盛という人物への反感から作ったのだ」

「鹿児島の人に怒られるわよ」

「その点はごめんなさい。しかしやはり私は彼を高く評価できん。

 人の好き嫌いが激しく、好きなタイプの人間は馬鹿でも重く用い、嫌いなタイプは有能でも無視する。

 コレだけでも上に立つものとしてはかなりダメだが、好きなタイプが物を考えずに突っ込む人間

 嫌いなタイプが物を考える人間政略・戦術・経済に気の回る人間だっつーんだからなぁ」

「組織のリーダーとしては絶対なっちゃ駄目なタイプね」

「うむ。で、草壁という人物はかなり高めに評価してるんだよ。

 あの熱血馬鹿どもを数年に渡り黙らせ、時を待っていただけでも相当なものだ。

 その分、様々なタイプの、そして有能な部下たちがいただろうと言う事でな、君達を考えたのだ。

 直接戦闘と暗殺が可能な北辰にある程度の政略を考えられる南雲が既にいたのでな、

 戦略戦術のエキスパートと情報・経済のプロを考えた。

 そして『東』を女性にしようと決めた所掲示板に色々な方がアイデアを提供して下さって、

 後以前は出ないはずだったカグヤとスレイヤーズのシルフィールを混ぜたのが君なのだ。

 アキト君の木連妻になる予定だったが・・・

 また西沢について『北辰が頭のあがらない相手』と言う設定があったのだがこれもどうなる事やら」

「まあ今回はかなり評判悪いでしょうね」

「ナデシコの連中まったく出てこなかったしな。次は面白くなるよう努力いたしまっす」

「あ、それと氷室君の特技って?」

「うむ、十二の特技って考えたんだが二つしか思いつかないのだ。

 そこでBenさんと十傑集の皆さんに一個づつ考えてもらおうと思ってたんだが・・・・」

「二つってどんなの?」

「『お茶を入れるのが上手い』と『ヒヨコのオスメス判別』だ。

 一見なんかスゴそうだけど実は全然駄目ってのを、なんてやってるうちに氷室君死んじゃったのでヤメ」

「馬鹿」

「それにしても今回はなんつーか想像しちゃったわ。

 黒ブチメガネかけて、ワイシャツによれよれのズボン(サスペンダー付き)着て

 茶色の腕抜きつけて机に座り、そろばんはじきながら書類書く北辰を」

「・・・・・いやあ〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

ビデオ「日本の一番長い日」を見ながら

 

 

代理人の感想

 

やっぱり「キリノ」って彼のことでしたか。

影竜さんの趣味を知ってる人にはバレバレですな(笑)。

まあ、人間的には信頼・敬愛できるんですが組織の長としては・・・・相棒がいないとダメダメでしょう。

・・・この人と大久保のコンビって「人望のある毛沢東」「人望のない周恩来」

みたいな感じがするのは私だけでしょうか(苦笑)?

(個人的には西郷隆盛って「第二の吉田松陰」で終らなかったのが不思議なくらいなんですが(^^;)

 

ところで氷室君の特技・・・「神技・一人卓球」ってのは駄目ですか(笑)?