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   その場所に光はなかった。

   だがその場所にいる者達には闇は障害とならない。

   「北斗さん、その話は本当ですか?」

   「ああ、本当だ」

   静かだったその場所に小さなざわめきが広がる。

   ここはピースランド地下3階の非公開区画の一室。

   彼女たち天川の姓を持つ者とそのほか数人しかその存在を知らない特別な場所。
   今その部屋の入り口には「第二回ハーリー君対策本部」と書かれた看板が掛けてあった。

   「すいませんけど、そのお話。とても信じられるものではありません」

   「しかし、事実だ」

   「ハーリー君が北斗さんと対等に戦えるなんて、そんなバカなことはないでしょう。寒さ
   で幻覚でも、いや夢でも見ていたんじゃないですか」

   「確かにおかしな、零夜がロボになる夢は見たがあいつとの一戦は夢なんかじゃない!
   その証拠に零夜だって見ているんだ。なぁ零夜」

   「ソウダネ、ホクチャン」

   「おいっ!!」

   返ってきたロボな零夜の声に北斗が瞬時に反応する。

   「どうしたの、北ちゃん。いきなり大声出して」

   「おまえ・・・・生身だよな。・・・・ロボじゃないよな」

   「あたりまえだよ。私は生身の人間、ロボなんかじゃないよ」

   「そうだよな、そんなわけないよな。ははははははははは」

   闇の中に北斗の乾いた笑い声が響く。

   「ねえねえ、ルリちゃん。もしハーリー君がほんとに強くなってたらどうするの?」

   ルリは小さく溜息をはいた。

   「メグミさんもですか。そんなわけはありません。これがその証拠です」

   オモイカネにセットしてあったある録音記録がこの部屋に流れる。

   「・・・・・・・・・る、ルリさん聞こえてますか? 僕です。ハーリーです。やっと北
   斗さんに下山の許可をいただけました。そ、それでですね。あの・・・・・・そのルリさ
   んの21歳の誕生パーティにさ、参加させて下さい。ちゃんと正装して、行きますから・
   ・・・・・・ただ一目、ルリさんの顔を、遠くからでもいいから見たいんです。お願いし
   ます・・・・・・えと、よ、用件はそれだけです。あ、あと天川さんにですけど、あなた
   の娘の香織も連れていきますから、ちゃんと合ってあげて下さい。そ、それじゃあ通信を
   き、切ります。・・・・・・・あー緊張したぁ」

   そこで録音記録は終わっていた。

   「これでわかるとおり、ハーリー君は昔と全く変わっていません。ですから特に気を使う
   事はありません。多少は逞しくなっているかもしれませんが、全く問題はありません」

   「そっか、なら大丈夫だね」

   「マキビのやつはもしかしてルリには俺と会ったときのようには出来ないのか」

   「前からルリちゃんには弱かったからね。ハーリーくん」

   「これでハーリー君対策は終了します」

   ルリがそう締めくくると部屋に明かりが戻る。

   その部屋の中にいた零夜とアキトの妻達は口々に話をしながら出ていった。
   
   誰も居なくなった部屋のテーブルの上には、ハーリーから受け取った紙が置いてあった。

   気づく者は居なかったがその紙の裏には、

   ≪世界とは真実を隠すもの≫

   と、書かれていた。





    運 命 と 世 界 に 愛 さ れ し 者


               第三章  運命再会






   静かな音楽が流れる巨大なホールの中ではルリの21歳の誕生パーティが開かれていた。

   数百人にも及ぶ出席者を内包してなお、あまりあるこの場所では、食事に、談笑にと皆
  忙しく壁際にいる人物に目をやる者は皆無だった。

   誰にも見られることなく黒衣の青年が壁にもたれて手に持ったワイングラスを傾けていた。

   その隣には対照的に白や明るい色合いの服を着た少年がいた。

   「なあ、そんなにショックだったのか」

   視線は目の前にいる人間達に向けたまま、黒衣の青年、ハーリーはポツリと呟いた。

   「当たり前だよ。あんな経験は初めてだ」

   少年もポツリと呟く。

   グラスで口元を隠しながらハーリーは言う。

   「初めてのお遣いで・・・変質者に追われて、泣きながら逃げ帰ってくるなんて・・・」

   隠された口元は確かに笑みの形を取っていた。

   「言うなっ!!」

   「すまん、すまん。しかしそれで男装したのか、香織」

   「こうすればもうあんな変態オヤジに追いかけ回されることはないからな」

   「だからといって髪まで切るのはどうかと思うぞ」

   ・・・・・それにこんどはショタなお姉さん方に追いかけられそうだけど。

   今の香織は女の子の顔に男のこの身体といった非常に絶妙なアンバランスさを持っていた。

   ハーリーは前よりも格段に短くなった香織の頭を優しく撫でる。

   その感触に思わず香織の口から熱っぽい吐息がこぼれた。

   香織の身体が壁から離れてハーリーに寄りかかる。

   「そんなに短いともう編むことも出来ないしな。それにせっかく長くて綺麗な髪をしてい
   たのに勿体ない。あの髪好きだったんだけどな」

   「うるさいなぁ。それならハーリーがいつでも一緒にいて、護ってくれるか?」

   心地よさげに目を瞑ったまま香織が言う。

   「それは無理」

   「なんでそこで即答するんだよ」

   「いまならまだしも、大きくなったら花を摘みに行くのに付き合うとかベットの中はさす
   がにまずいだろ。二人きりでの更衣室とか風呂とかなら、俺はかまわんが」

   「どうしてそうなるんだ。・・・・・・・・おにぃちゃんのエッチ」

   「ほう、ならもう一緒に風呂に入ってやらんし、ホラー映画を見た後でもちゃんと一人で
   寝るんだな。怖い夢を見そうだからって一緒には寝てやらんぞ」

   「意地悪! なんで香織をいじめるの。香織のこと・・・・・・嫌いになったの」

   香織がハーリーを見上げる。その目は涙で潤んでいた。

   「まったく香織はすぐにそうやって泣きそうになる。俺がお前を嫌いになるわけないだ
   ろ。まぁ、嫌われるような事をしたのならそう思うのが当然だが」

   ハーリーはしゃがんで香織と視線を合わす。

   「なぁ、香織。お前の知る俺はあれくらいでお前を嫌いになると思うか?」

   「・・・・・思わない。でも・・・」

   「だったらそう思っていればいい。お前は産まれてすぐに俺と一緒になった。そしてこん
   な風に俺が変わった時でさえ一目で俺だと言うことに気がついた」

   香織を抱き上げ、微笑む。

   「お前の目は確かだよ。他の人間と違って俺をちゃんと見てくれる。昔の俺ではなく、今
   の俺を、な。だから自分の目を信じろ、天川 香織。お前は世界で一番に俺のことを知
   っている」

   柔らかな頬に軽くキスする。

   「・・・・・・おにぃちゃん・・・・・・」

   キスされた頬に手を当て香織は嬉しそうに笑う。

   その笑顔を見て、ハーリーは胸のポケットに差していたサングラスを掛ける。金色の目が
  黒いレンズに隠された。

   香織はサングラス越しにハーリーの目を見つめる。その顔はいたずらっぽい笑顔。

   「お兄ちゃん、ありがと。香織はもう少し自分のことを信じるね」

   その笑顔から逃れるように顔を逸らして、

   「ああ、そうしろ。もう俺がこんな事、しなくていいようにな」

   香織を下に降ろす。

   「・・・・・ワインで酔ったみたいだ。俺はちょっと酔い冷ましにぶらついてくる」

   ハーリーはパーティ出席者に目を向ける。と見知った顔をいくつか見つけることが出来た。

   ・・・・・二人ともまだ子供だな。

   ハーリーの視線の先にいるのは、ウリバタケキョウカとその兄だ。

   一応二人共正装はしているのだが、着なれていないためだろうどこかしら動きがぎこちな
  い。

   そんな二人を見てハーリーは柔らかく微笑む。

   大人の顔ではなく、やや幼く彼女らと同じ年齢を思わせる顔つきになった。

   香織の頭をちょっとだけ力を込めて撫でると、二人の元へ歩き出す。

   「あっ、おにぃちゃん」

   名残惜しげな声が我知らず漏れ、逃げるように歩いていくハーリーをぼんやり見つめる。

   熱くなった頬を冷まそうと両手を当てて、

   「香織が世界で一番にお兄ちゃんの事を知っている、か。ふふふ」

   何故か勝手に顔がほころび、笑い声が漏れる。

   それから肩まであった自分の髪を思いだし、呟いた。

   「髪・・・・・・・切らない方が良かったかなぁ。これじゃあ編んでもらえないし」


         

    






   ハーリーはテーブルの上の料理をぱくつく二人に声を掛けた。

   「ひさしぶりだね、二人とも」

   二人は料理を食べるのを止めて突然現れた男に目をやった。

   「誰だ、お前」

   「?!!」

   兄は訝しげに、キョウカは酷くびっくりした顔で、ハーリーを見る。

   ハーリーは二人の反応に苦笑しながら、

   「わからない、か。俺もずいぶん変わったからなぁ」

   「なに言ってんだ。あんた」

   「・・・・・・・・・・」

   サングラスを外した。金色の、昔とは違ってしまった目で二人を見る。

   「俺は・・・・・」

   「ハーリー君!!」

   ハーリーの言葉をキョウカが遮った。

   「えっ?」

   「なにー!!」

   「ハーリー君だよね。そうなんでしょ」

   ハーリーはキョウカに向かって微笑んだ。

   「よくわかったね。自分でもずいぶん変わったと思うからわからないと思ったよ」

   「うん、はじめはわからなかったけど・・・・・・・・・ハーリー君だと思ったから」

   「おい、ほんとにハーリーか。全然そうには見えないけど」

   「ああ、俺はハーリーさ。マキビ・ハリ。君たちが知るあのハーリーだよ」

   「なんかすごく大人っぽくなったよね。私と同じ歳にはぜんぜん見えないよ」

   キョウカは自分よりも頭ひとつは高いハーリーを見上げる。

   「それはもしかして・・・・・・遠回しに老け顔って言ってる?」

   「えっ。ち、違うよぉ。私はただハーリー君が急に大人っぽくなっちゃったから・・・・」

   慌てるキョウカを見てハーリーは顔をほころばせる。

   「わかってるよ、ちょっとした冗談」

   聞こえてないのかキョウカは顔を俯かせて、

   「子供っぽい私とは、その・・・・・つり合わないかなって思って・・・・」

   「えっ?」

   「つ、つりあわないだと」
 
   兄はハーリーを睨み付ける。

   「ハーリー、貴様ぁ! キョウカとつり合わないたぁどういうこったぁ!!」

   「落ち着けよ。そう言ったのは俺じゃないだろ」

   「そんなに自分のランクが高いってか、ハーリー。少し見ないうちに偉くなったなぁ」

   「俺はなにも言ってないだろ。これでも飲んで少し落ち着け」

   ハーリーはテーブルにあったジュースを兄に押しつけた。

   「キョウカさん」

   俯くキョウカの両肩に手を置いて優しく話しかける。

   身体を振るわせてキョウカは顔を上げた。目の前にはハーリーの顔がある。

   キョウカとハーリーの目があった。

   「ハーリー君」

   小さなキョウカの声をかき消すように、

   「キョウカさんはとても可愛らしくなったよ、昔よりもずっと。だからそんな事は言わない
   で。つり合わないなんて言うのなら、俺だってキョウカさんとはつり合わないよ」

   「そんなことない。ハーリー君はとってもかっこいいよ。・・・・私の方が・・・・」

   「キョウカさん、君はもっと自信を持った方がいい」

   「でも・・・・・・。私なんて」

   「そんなことない。君はとても可愛らしく魅力的な女性だよ。世界で三番目の正直者の
   俺が、保証する」

   力強くハーリーは言った。

   「なら・・・・」

   なにかを期待するような、なにかを決心した顔でキョウカは、

   「私と付き合ってくれますか?」

   はっきりそう言った。

   「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーー!!!」

   それを聞いた兄が叫ぶ。

   「ありがとう、キョウカさん。君の気持ちはよくわかったよ」

   「わかるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

   兄が絶叫する、が二人には聞こえていない。

   「ハーリー君。なら・・・・・・・」

   「でもね。俺は今の君のことをよく知らない。そして君も同じ、そうだろう?」

   ハーリーは笑顔と共に手を差し出した。

   「だから、これからもっとお互いを分かり合うために、友達から始めましょう」

   「はい」

   頬を赤く染め、恥ずかしげな顔をしてはいたが、キョウカはそっとその手に応えた。

   しっかりと握られたその手にハーリーの手の感触が伝わる。

   「!?」

   それはキョウカと同様の柔らかな子供の手ではなかった。

   身近なところで言えば父、ウリバタケ セイヤの手によく似ていた。手のひらのあちこち
  が硬くなっている大人の男の手だ。

   長い時間を掛けて、力もなく何もできない子供の手から抜け出した力強く、どんなことで
  も成し遂げられるように変わった、漢の手だ。

  「手、ごつごつしてて驚いた?」

  「えっ! うん、ちょっと驚いた」

   硬いハーリーの手の感触に気を取られていたキョウカは慌ててその手を放した。

   ハーリーは自分の手をもう片方の手で包むと苦笑する。

   「・・・・・・キョウカさんの手と違って綺麗な手じゃないから」

   「ハーリー君! わ、私はね。ハーリー君の手、好きだよ。おっきくて暖かくて、お父さん
   みたいだから、だからそんなに気にすることはないと思うの」

   「お父さんみたいか・・・・・・やっぱり老けてるって思ってる?」

   「ハーリー君!!」

   キョウカの大声に笑顔で応えてハーリーは言う。

   「冗談だよ、ありがとうキョウカさん。この手を好きだと言ってくれたのは世界で2番目だ」

   「・・・・・2番目・・・・・1番は誰なの?」

   「知りたい?」

   「知りたい!」

   勢いづくキョウカにハーリーは笑いながら壁の一点を指さした。

   その先には退屈そうにグラスを弄ぶ赤い髪の少年がいた。

   「あの子が一番に・・・・・・?」

   「そう、世界で一番に俺の事を知る人間。俺の妹、いやどっちかというと娘かな」

   「娘! ハーリー君、け、結婚してたの!!」

   「いや、残念ながら結婚はしてないよ」

   「それじゃあ、未婚のお父さんなの。相手はだれ!」

   「ハーリー、父親になってたのか。だからそんなに大人びているんだな」

   勘違いしたキョウカは怒り、ハーリーの変化の原因を見つけた兄はしきりに頷いている。

   「こらこら、何を勘違いをしているんだ二人とも。俺と香織は血は繋がってないぞ」

   「ええっ! それじゃあ相手の連れ子なんだ、あの子」

   「大丈夫なのか、お前。自分の子供ばかり贔屓するとあの子が可哀想だぞ」

   「あのなー、人の話は」

   ハーリーは手に持っていたグラスを荒々しくテーブルに置く、というか叩き付けた。

   「ちゃんと聞くようにって小学校で習わなかったか? 二人とも」

   空いた手がゆっくりと怪しく伸び、

   「「んんんんんんんん〜〜〜!!」」

   二人の鼻を抓んだ。

   「さっきから人の話を聞かずに何を勝手な事を言っているんだ、ウリバタケ兄弟」

   僅かに怒気を露わにしたハーリーの指に力が込められた。

   「いひゃい、いひゃい」

   「・・・・・・・・・・!!」

   男女不平等思想のハーリーは男と女の子だと対応が違う。

   「で、俺がなんだって?」

   「おまへが未婚のひひで、はのこを手込めに・・・・」

   ハーリーの手が90度回転する。

   「・・・・はうっ!!!」

   おもしろい顔になった兄の顔を見て、キョウカの顔が引きつる。

   「で、俺が・なん・だって・・?」

   にこやかに笑うハーリーの手が持ち上がる。それに連れてキョウカの踵が浮いていく。

   「ねえキョウカさん、さっき、俺がなんだって?」

   「ゆ、ゆるひて、ハーリー君」

   「あれっ、キョウカさんは何か俺に謝るような事をしたのかな」

   「へっ?」

   わからないと言った顔のキョウカにハーリーは言葉を続ける。

   「もしそうなら、君はまず自分のしたことを俺に言ってから謝るのが道理じゃないかな」

   さらにハーリーの手が持ち上がる。だがキョウカの踵はもう上がらない。

   鼻にかかる負担を軽減するためにその手を追って背伸びをしていたのだが、それも限界に
達してしまっていた。

   痛む鼻に泣かされながらもキョウカは口を開いた。

   「わ、わたひはハーリー君のはなひを」

   「それで」

   ハーリーの手が少しだけ下りる。

   痛みが無くなりキョウカは、ほっと息を吐いた。

   「ほら、そこで言葉を止めない」

   再びその手が今までより高く持ち上がる。

   「あうううぅぅぅぅ」

   激増した痛みにキョウカが小さく唸る。

   ・・・・・こんなところで大きな声を出したら、みんなに見られちゃう。

   「さっさとゲロちゃって楽になった方がいいよ。それとも、みんなに見られたい?」

   ハーリーの視線が僅かにキョウカから逸れる。その先はキョウカの後ろ。

   ・・・・・もしかして、誰かに見られてる!! 

   キョウカの顔が羞恥に赤く染まる。

   鼻がふさがれてるために酸素を求めてやや大きく口を開いている自分の姿を想像し、息苦し
  さと共にさらなる羞恥で目が潤んでいくのをキョウカは自覚していた。

   ・・・・・まったくこんな姿を周りの人間が見たらどう思うことやら。

   ハーリーは事前に撒いていた符が正常に働いていることを見ずに確認すると溜息を吐く。

   ・・・・・それにしても・・・・・・・・・。

   潤んだ瞳で自分を見つめ、犬の様に口を開けていつもより荒い呼吸を繰り返すキョウカを見、

   ・・・・・なんか、俺ってかなりのいじめっこか? もしかして。

   そんな思いを漠然と考えていると、突然キョウカが倒れ込んできた。

   咄嗟に鼻から手を離し、キョウカを抱き留める。と、同時にその原因を探る。

   発見。

   ハーリーのもう片方の手がその原因を掴んだ。

   その原因を目の高さまで持ち上げる。それは小さな女の子だった。

   気の強そうな顔にリボンがたくさん着いたヒラヒラのドレスが、全然似合って無かった。

   「こらこら、人にぶつかって謝りもしないのは・・・・・」

   唐突に蹴りが来た。

   少女の身体を移動させることによってそれを避ける。

   「いきなり蹴るのもなしだ。まったく、お前の親は何を教えてるんだ」

   「おれの親はヤガミ ナオだぞ」

   「で? それがどうした」

   少女が驚いた顔になる。が、それも一瞬のことで後ろに顔を向けると叫んだ。

   「早く放せ! 追いつかれるだろ!!」

   「んー、誰かに追われてるのか。お前」

   ハーリーが少女の走ってきた方を見ると確かに誰かがこちらに向かってきている。

   「・・・・・仕方がない。世界で3番目にお節介焼きの俺がなんとかしてやるよ」

   ハーリーは少女を降ろすと懐から手帳と万年筆を取りだした。

   その手帳に筆を走らせ複雑な紋章を書き始め、僅かな時間で書き終える。

   万年筆を胸のポケットに差し、紋章が書かれたページを破り少女に差し出した。

   「これを持ってテーブルの下に隠れてろ」

   「なんだよ、これ」

   紋章が書かれた紙を受け取った少女が怪しげな視線をハーリーに向ける。

   「穏行の符だ。それを持っていればしばらくは気配を隠せる。即興で作った分効果時間が短
   いから、俺を信じるなら早くした方がいいぞ」

   「・・・・・・わかった」

   ハーリーの言葉に頷き、少女は渋々ながらテーブルクロスを捲ってその中に身を隠した。

   「・・・・・・あの、ハーリー君。穏行の符って、なに?」

   不思議そうな顔のキョウカがハーリーの手帳を見る。

   「ああ、あれは俺が異世界で学んだ術のひとつであれを持つ者の気配を隠す。そう言う物さ」

   「そうなの。・・・・術って、いわゆる魔法なの」

   「そう考えてくれて構わないよ」

   「ねえねえ、ハーリー君。魔法の原理は、その効果はどんなのがあるの?」

   好奇心に目を輝かすキョウカに苦笑しつつハーリーは、

   「大丈夫か。けど人の話を曲解するお前も悪いんだぞ」

   おもしろい顔になった兄の鼻に手を当てて、90度回転させる。

   「ハーリーてめぇ! なんてことしやがる!!」

   つまらない顔になった兄がさっそくハーリーに噛み付く。

   「元に戻んなくなったらどうするんだよ」

   「その時はお祝いしてやるよ。整形おめでとう、新しい顔と人生に乾杯」

   「嬉しくないわっ!!」

   「そんなことより魔法の原理とその効果と応用は!?」

   聞いていること増えてるよ、というハーリーの呟きをキョウカは無視。
   さらに、俺の顔の事はそんな事扱いか、という兄の言葉も無視。

   「基本的な魔法は三種類に分類されるんだ。文字、絵、音の三種類」

   「で、さっきのはどれに当たるの」

   「文字だね。あれは一般には紋章と呼ばれているんだ。紙に様々な紋章を書いて色々な効果
   を持たすことが出来る。さっきのは穏行だけど、他にも防御用の障壁を作り出す物もある」

   「へぇー。ハーリー君は全部書けるの」

   「まさか、使えるようになるだけでも五年やそこらは掛かるんだ。全部なんて言ったら赤ん
   坊が老人になるくらいの時間がかかるよ」

   「そうなんだ。他にはなにか出来ないの」

   「そうだね。こんなのはどう?」

   ハーリーは懐から一枚の銀貨を取り出した。

   美しい銀色の硬貨を掌に載せ、軽くキョウカに見せてから、

   「華よ」

   と、小さく呟いた。

   直後。

   氷の砕けるのにも似た音がして、硬貨が裂けた。

   硬貨は薄皮を剥くように己の表面をはがし、分裂し、四方へと、上へと伸ばしていく。まる
  で蕾が花開くように。

   小さな硬貨が薄い花弁を生む。

   十秒ほどの時間をかけて、ハーリーの掌の上に、銀色の花ができあがった。

   キョウカが銀色の花を見て呟いた。

   「すごい・・・・・・・・・綺麗」

   「ありがとう」

   ハーリーは笑顔と共にその花をキョウカに差し出す。

   「どうぞ、良かったら受け取って。再会のお祝いだよ」

   「あ、ありがとう。でも・・・・・・いいの? こんな高そうなの」

   「構わないよ。値段にしたってたいした額じゃないから。それよりこの事は内緒にしてね」

   「どうして? こんな不思議な魔法を使えるなんてすごいじゃない。教えてあげればみんな
   きっと驚くよ」

   「そうだね。みんな驚いて・・・・・・逃げると思うよ」

   「そんなっ! 別に怖い力じゃないのに」

   「キョウカさん。この世界で俺の持つ異世界の力は、あるだけでみんなに恐怖を与えてしま
   うんだよ。信じられる? 俺は生身でナデシコすら破壊することができるんだ」

   「・・・・・・・・・!!」

   「まじかよ、それ」

   「ああ、本当さ。この城だって一撃で破壊できる」

   ハーリーは軽くテーブルを叩いた。

   「お前も黙っていてくれよ。それと、もう出てきても平気だぞ」

   「さっきから聞いてれば嘘ばっかり言って、あんたらも信じるなよ」

   テーブルの下から出てきた少女はハーリーを見るなり、そう言った。

   「まあ、真実か嘘かの判断はみんなに任せるよ。とりあえず」

   少女に手を差しだし、

   「マキビ ハリだ。よろしく、お嬢ちゃん」

   「お嬢ちゃんなんて呼ぶな。おれはヤガミ メテ・・・・メイだ」

   「私はウリバタケ キョウカ」

   「俺はその兄だ」

   メイはハーリーの手を無視して詰め寄る。

   「あんまりバカ言ってんなよ。頭、おかしいと思われっぞ」

   「心配には及ばないよ。もうこんな事は言わないから」

   「なぁ。おれにも見せてくれよ、その花」

   キョウカはそっと銀貨から産まれた花をメイに差し出す。

   「気をつけてね。お願いだから壊さないでよ」

   「心配するなよ。こんなのそこら辺でも売ってるだろ。なぁ、泣き虫ハーリー」

   花を色々な角度から調べるメイは、ハーリーの方を見ずに言い切る。

   「古い情報しか持ってない奴は長生きできないぞ。ヤガミ メティ」

   「なんでおれの名がわかった」

   「さてね。まぁ言うなればとっても便利な魔法の力と言ったところだな。ところで、ナオさ
   んのところに戻らなくていいのか? 父親なんだろ、メティ」

   メティはキョウカに花を投げて返すとハーリーの方を向いた。

   「その名で呼ぶな」

   「なんでた、お前の名前だろ? ヤガミ メティ」

   「おれの名はメイ。ヤガミ メイだ。メティなんかじゃない!」

   「でも、メティって言うのはお父さんとお母さんに着けて貰った名でしょ」

   「キョウカさん」

   ハーリーはキョウカの言葉を遮り、メイに訪ねた。

   「訳ありか、メイ」

   黙って俯くメイ。
               アーバンネーム
   「わかった。これからお前の名は字名で呼ばせてもらうことにする。よろしく、ヤガミメイ」

   「ああ、そうしてくれ。それとアーバンネームってなんなんだ」

   「すまんな、つい癖が出た。アーバンネームって言うのはあだ名みたいなもんだ。たとえば
   ワイルドネームが、リ・リードだった場合、ダブルリーみたいになる。ちなみにワイルドネ
   ームは本名のことだ」

   「へんな習慣だな。聞いたことないぞ、そんなの」

   「そりゃそうだ。これは異世界での習慣だからな」

   「またそれか」

   メイはやれやれと肩を竦めてみせる。

   「それじゃあお前は異世界での字名はなんだったんだ」
         ゲレーゲンハイト  
   「俺は主に、  運  命  だったな。"運命"マキビ・ハリ」

   「運命とはずいぶん立派だな。その理由はなんだよ」

   「俺が使っている武器の名が運命だからな。あらゆる物を断ち切る剣、それが運命」

   「なんでも切れるの。それ」

   「一応ね。今までに切れなかった物は一つだけ」

   「それじゃあ、あらゆる物とは言えないじゃないか」

   「まあ、そうだが。あまり小さな事は気にするな」

   ハーリーは苦笑しながらメイの視線の高さまで腰を落とした。

   「なぁ、メイ。これは俺の勘なんだが、お前にはすごい才能があると見た。だから俺の元で
   その才能を伸ばしてみないか?」

   「おれに才能ねぇ。どんな才能だ」

   「それはまだわからない。だが、お前だけにしか使えない能力があるはずだ。俺はそれを引
   き出してみたい。もしそれが引き出せたのなら、きっとお前の力になる」

   メイはハーリーを疑わしげに見るだけで返答はしない。

   「信じるか信じないかはお前に任す。もし、その気になったらここに来てくれ。建設中だが
   俺の家の住所だ。俺はいつでも歓迎するぞ」

   手帳に住所と簡単な地図を書いてメイに手渡した。

   「その気にならなくても、親からの避難場所として家に来てくれても構わないからな」

   メイの頭を軽く撫でてハーリーは立ち上がった。

   懐から懐中時計を取り出すと蓋を開ける。文字盤に視線をやり、

   「そろそろ時間だから俺はここで失礼させて貰うよ」

   「時間って何かあるの」

   「もうすぐこのパーティの主役が来る時間なんだ。辰斗を連れていかないといけないんだ。
   今日初めて父親に会うから同席しとかないと。失礼なことしたら困るからね」

   「初めて父親に会うってどういうことだ」

   「あの子は産まれてすぐに俺の所に預けられたんだ。で、今までこっちにこれなかったから
   今日が初めてなんだよ。母親だってついこないだ少しだけ合って終わりだったからな」

   「だれなの、そんな薄情な親は」

   「まあ、言わずが花と言うことで。それじゃ、またね」

   ハーリーはキョウカ達に背を向けて香織の方へ歩いていく。

   離れていくハーリーを見てキョウカが呟いた。

   「ハーリー君、苦労してるんだ」

   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

   メイの視線の先のハーリーは走り寄ってきた香織に飛びつかれて笑っていた。

   ・・・・・マキビ・ハリ。

   自分の頭を撫でたハーリーの手の感触を思い出したメイは手の中にある紙に視線を移した。

   ・・・・・いつでも歓迎か。

   にやりと笑みが浮かんだ。

   「・・・・・なら行ってやろうじゃないか」

   その小さな呟きはいつの間にか聞こえてきた周りの音にかき消され、誰の耳にも聞こえる
  ことはなかった。



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  ≪後書き≫

  はい、今回も遅いながらも書き上がりました。

  今回はナオさんの娘、ヤガミメティちゃんが登場しました。えーと最初に言っておきますがこの
 メティは不良ですけど怒らないで下さいね。

  そして神威様のキャラクターであるキョウカさんも出ました。しかし、兄の名がわからないので
 兄、とだけ書いておきます。もし知っている方、いましたら教えてください、お願いします。

  BA−2さん、すいません。メノウを出せませんでした。次には必ず。

  書くことが思いつかないのでこの辺で終わりにしたいと思います。

  では、最後にキャラクターの使用を「御自由にお使い下さい」と設定に書いて下さっている神威
 さんに感謝を!!

  そして感想を下さった皆さんに私の作品を掲載して下さる管理人様と代理人様に最大の感謝を!!
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                                   kageto2 
 
   

 

 

 

代理人の感想

ヤガミメティ・・・なんかリョーコちゃんっぽいですな(笑)。

彼女がひらひらふりふりのドレスを着た所を連想してしまいました。

 

>ウリバタケの息子

え〜と、公式設定は存じませんが時ナデでは「ツヨシ」になっていましたね。

 

 

 

次回は、修羅場だ(爆)。