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作者注 今回よりハーリーの不条理度が急激に上昇傾向になりました。
覚悟を決めて、お読みいただくことをお勧めいたします。
ハーリーは歩く。
部屋の中心にひかれた扉と扉をつなぐ赤い絨毯の上を。
ハーリーの視線のその先には、敵となった天川の名を持つ者達がいる。
その誰もがハーリーに殺気をぶつけている。
しかし、彼女らが放つ殺気を赤い殺意の遺伝詞として見ているはずのハーリーは、それ
らを完全に無視。
「香織、危ないから部屋の安全な場所でこの戦いの結果を見届けてくれ」
ハーリーは振り返ることなく、
「命の危険を感じたときのみ、全能力の限定解除を認める」
「うん、わかった。気を・・・・・・・つけてね」
見えないのはわかっていたし、笑顔になれるかわからなかったが、それでも香織は精一杯
の笑顔をハーリーに向けた。
戦いに行く者を涙で送り出すのは不吉とされているのだから。
一度だけ足を止め、
「香織、例えなにがあっても絶望しないでくれ。俺は常にお前と共にある」
そう言って再び歩き出す。
戦闘領域まであと数歩。
運 命 と 世 界 に 愛 さ れ し 者
第四章 中編 運命加速
「あの子との別れはすみましたか」
・・・・・完全に殺る気か。昔から変わらないな。
いつだってそうだ。自分の意に従わない者は例え天川さんでも力でねじ伏せた
ハーリーは内心の嫌悪が表に出ないよう気をつける。
「ええ、終わりましたよ。でもこれで最後には・・・・・」
ルリはハーリーに最後まで言わすことなく端末のボタンを押した。
「では、さようなら」
応接間の床が一気に下へと落ちた。床一面の完全な落とし穴だ。
数百の機械音と共に床が砕け、虚空となる。
巨大な縦穴が空き、風が起きる。
ハーリーは一言こう呟いた。
「バレバレですよ」
虚空を下にたわんだ絨毯にハーリーの手が触れ、
「かの地へと続く橋と化せ」
変化は一瞬で現れた。
下にたわんだ絨毯は青白い光を放つ。
流体の光だ。
絨毯は流体の力にて硬質化しつつ、上へとたわみルリ達のいる所への橋となった。
念を込められた言葉は言霊となりその存在、遺伝詞構造を好きなように変化させることが
出来る。
言霊の力を持ってハーリーは絨毯を橋に変化させたのだ。
ハーリーはゆっくりと立ち上がり歩を進める。何事も無かったかのように。
「ちぃ」
舌打ちした北斗が前へと足を踏み出す。
それに皆が続く。
だがそれを止める声があった。
「北ちゃん、ちょっと待って」
顔を伏せた零夜が北斗を呼び止めた。
訝しげな顔で振り返る北斗の首に、零夜は腕を巻き付ける。
「?!」
零夜は驚く北斗の頬に優しくキス。
皆の視線が零夜に集まり、凍り付いた。
「こ、こんな時になにしてんだよ!!」
怒鳴るリョーコを無視して、呟く。
「ごめんね、北ちゃん」
「なにっ?! ど・・・・・・」
不自然に北斗の言葉が途切れた。
そしてそのままゆっくりと零夜の方へ倒れていく。
倒れてくる北斗を零夜はその胸に抱きしめて、ペタンと床に座り込む。
北斗を見つめるその目には涙があった。
「これでいいの、ハーリーくん」
零夜は顔を上げることなく呟いた。
リョーコ達がハーリーのいるだろう方へ顔を向けた。
橋を渡り終えたハーリーは出来のいい生徒を見るような目で零夜を見る。
「上出来、上出来。さすがの北斗さんも一番信用している零夜さんには全く警戒しない
のは予想できたけど、ここまですんなり事が進むとは」
「ハーリー君! 零夜さんになにをしたんですか!!」
「別に。ただ、彼女の身体を治す代価としてちょっと身体に細工しただけですよ」
「てめぇ、最低の屑野郎だな。ハーリー」
刀を持つ手が震えるほど手に力を込めて呟くリョーコにハーリーは言った。
「一対多数で、その上罠までしかけるあなた方には負けると思いますよ」
思わず言葉に詰まる彼女たちにハーリーは笑顔を向ける。
「そうかしら、人間の身体に細工するあなたの方が上じゃないの」
イネスの言葉に冷笑で応える。
「人体実験好きの女版ヤマサキ、イネス・フレサンジュの言葉とは思えませんね」
「私とヤマサキを一緒にしないで!!」
激高するイネスにハーリーは、
「それならばどう違うのか言っていただきたいですね。人体実験されたこの俺に」
「私は人間をおもちゃのように思ってない。それに私が手を下した人たちは死んでなんか
いないし、みんな普通に生活しているわ」
「へぇ。それなら死ななければ、普通の生活を送れれば自分のしたことはヤマサキと違う
、そう言いたいんですね」
「そうよっ!」
「だったらその過程で受けた激痛や苦しみは、結果的になんの後遺症も残さないから問題
ではないと? そして、常人と比べて不死身の名で呼ばれる程の回復力を持つ人間にはど
んな、常人では死ぬ、もしくは身体の機能を損なうような実験をしても許されると? 」
ハーリーの言葉にイネスの顔色が変わる。
「それならばアキトさんは不死身の肉体を持っていなかったからヤマサキ達への復讐が認
められ、何万人もの罪なき人間を殺し、血と汗と涙の結晶であるコロニーを幾つも破壊し
たアキトさんは許され、不死身の体を持つ俺は許されないと?」
ルリに視線をやり、
「ルリさんに騙されヤマサキの研究所送りにされましたよね。あなたを信じ一年間助けを
待ちましたが、ついには来なかった。その間、ヤマサキにどれ程の実験をされたかわかり
ますか? あなた方に」
ルリの視線が下に向けられた。
・・・・・ハーリー君がこんな事を言うなんて。
「まぁ、超小型相転移エンジンを貰えたことが不幸中の幸いでしたけど」
「ハーリー君。い、いいことも合ったじゃないですか」
「そうですね。天川さんだって五感とユリカさんを失ったおかげで黒の王子と呼ばれるま
での戦闘能力を身につけることが出来ましたよね。わぁ、よかったよかった」
「それはアキトさんが望んだ事じゃありません!!」
「俺だってこんなモノ望んじゃいない。俺とアキトさんは同じ復讐者なんですよ。だから
俺がこうしてあなた方の前に敵として立ったところでなんの不思議も無いでしょう」
「復讐になんの意味があるんですか、ハーリー君! そこまでわかっているのなら、なんの
意味も無いことはわかるはずです」
「ルリさん、アキトさんはそう言われて復讐を諦めましたか?」
「そ、それは・・・・・・」
「つまりはそう言うことです。復讐者は何者も止めることは出来ないんですよ」
ハーリーは穏やかな笑顔でこう言いきった。
「大丈夫です。アキトさんみたいに無差別に殺したりするわけじゃないですから。ただ・
・・・あなた方に少し痛い目に合っていただけたらそれで満足します」
「天川とお前を一緒にするなぁ!!」
リョーコが居合いの構えのまま走る。
ハーリーが自分の間合いに入った瞬間。
抜刀。
鞘の中を駆け抜けた刃は胴狙いの一撃となった。
ハーリーはリョーコの一撃を言実詞を使わずに運命で受け止める。
彼女程度の相手ならその必要はない。
「同じですよ。天川さんの復讐はユリカさんと自分から五感を奪ったことに対する私怨。
そして俺は自分に対してあなた方が行ってきた行為に対する私怨。どちらも同じ事!」
リョーコがハーリーに力尽くで押し返され、体制が崩れる。
崩れた体制を立て直すためにバックステップ。
ハーリーは逃がさない。
一気に距離を縮め、リョーコの腹部を掌底で打つ。
しかし、踏み込みが浅い。
掌底がかろうじて触れる程度で腕が伸びきってしまった。
これでは相手にダメージはない!
「はっ!。この程度か!!」
・・・・・この程度で十分。
ハーリーの思考は冷静にそう判断する。
刀を持つリョーコの腕が振り下ろされる。
それを無視して、
「主を縛る鎖と化せ」
静かにそう言った。
「ぐあっ!」
リョーコの腕が途中で何故か止まる。
「あ、あ、あああああああああ」
リョーコの顔に怯えが浮かんだ。
服が自分の身体を強烈に締め付け始めたのだ。
見た目の上では服は変わったところはない。今も着替えたときと変わらないはずだ。
しかし確実に今、自分を護るはずの服はその役割を放棄し、代わりに自分を拘束している。
この変化が理解できない、と言った顔でハーリーを見た。
リョーコの腕は相変わらず刀を振り下ろそうと、外からでもわかる程、力が込められている。
だが服の拘束は強く、その腕は震える程度しか動くことが出来ない。
「どうです。自分の服に動きを封じられる感想は」
「そ、そんなバカなこと・・・・・が」
結婚後、豊かに膨らんだ胸が締め付けられ、呼吸が阻害される。
「あなたを倒すのにはこの程度でいいんで・・・・・・」
ハーリーは言葉をくぎり、顔をイネスの方へ向けた。
そこには投擲体勢を整えたイネスがいた。
イネスは両手の五指に小さな注射器を挟みこんでいる。その数八本。
槍を手にしたアリサがイネスを庇うようにハーリーに向かって走り出す。
それに消化器装備のサラが続く。
イネスの左手が振り上げられた。
その手から四本の注射器が放たれる。
しかし、
・・・・・遅すぎますよ、イネスさん。
ハーリーは向かってくる注射器の軌道の下に手を置いた。
そして、
「墜ちろ」
四本の注射器がその手の中に墜ちた。
それを手に、前へ出ようとする。
まだイネスの動きはまだ終わってはいない。
気合いの叫びと共にイネスの右手が振り上げられた。
再び注射器が飛ぶ。
ハーリーは同じ動作を繰り返す。
だが、今度の物は一度目とは違っていた。
空中で破裂音が連続で響く。その数四つ。
注射器は火薬の爆発による運動量を持って、加速!
だが、その変化にハーリーは確実に対応した。
迫りくる注射器を前にハーリーの腕が横にあった物を引っかけ、盾とする。
盾が四度震えた。
「?!」
アリサの速度が落ちる。
目の前に刀を振り上げたままのリョーコがいたからだ。
その背には小さな注射器が刺さっている。
目標物に命中すると自分の持つ速度で中の薬が押し出される仕組みになっているそれは、間違
いなく、制作された目的通り、正常に動作していた。
即効性の薬品はすぐさま血流に乗り、哀れな犠牲者の身体の全身を駆けめぐる。
その結果。
リョーコの目は涙を流しながら白目をむき、閉じられない半開きの口からは泡とともに涎を
流し、跳ねるように全身をビクリ、ビクリと痙攣させた。
「ひどいなぁ、イネスさん。リョーコさんにこんな酷いコトするなんて」
「あなたが盾にしたんじゃない!!」
叫んだアリサの方へ、ハーリーは手の掌の中の注射器をアリサに見せるように差し出す。
「まさかっ!」
顔色を変えるアリサの反応に、満足げにハーリーは笑う。
「飛べ」
その一言は全ての理論を凌駕する。
注射器が飛んだ。
なんの予備動作もなく唐突に、空気を切り裂き、銃弾の如き速さを持って。
目の前の異常事態に驚きつつもアリサは横っ飛びに跳んで回避。
しかしアリサの後ろにはサラがいた。
「きゃあ!!」
突然の事に小さく悲鳴をあげながらも、消化器を前にかざして受け止める。
金属音が四つ続けて響いた。
「姉さん、大丈夫!」
アリサが振り返る。
その視線の先には四つの凹みを作った消化器に、隠れるように立っているサラがいた。
「・・・・・・よかった。姉さんが無事で」
アリサの口から安堵の息が漏れる。
その時、自分がなにをしているのか、アリサは完全に忘れていた。
ハーリーが運命を振り上げる。
運命の先には闇色の刃が伸びていた。
「後ろっ!!」
誰がそう言ったのか。一人か、もしくは全員か。
アリサは自分の置かれた状況を思い出す。
ハーリーはアリサになんの行動を取る暇も与えず運命を振り下ろした。
≪隠されしものは表に出されるが運命≫
運命の刃がアリサの身体を通過した。
アリサは動かない。ただ一度震えただけで。
ハーリーはアリサの横を無防備に通り過ぎた。
「ハーリー君! 」
無視された形になったアリサがハーリーの方へ向かい直した。
その時、
「あっ!」
いきなりアリサのズボンがバラバラになって、床の上に落ちる。
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」
慌てて露わになった純白の下着を押さえて座り込む。
悲鳴を聞いたハーリーは顔だけ振り返った。
「そうそう、ズボンを切り裂いたので動かない方がいいですよ」
「ハーリー君のスケベ!!!」
「内臓ぶちまけるよりはいいでしょ、ねえ」
ハーリーは進行方向に顔を戻して、
「サラさん」
消化器を振り上げたサラに問う。
そして、
「砕けろぉぉぉぉぉ!!」
ハーリーの口から雄叫びが発せられた。
いきなり消化器から白い粉が爆発的に吹きだす。
すぐにその白い粉はサラを覆い隠し、それだけでは満足せずにあたり一面を白く着色した。
白い粉のせいで咳き込むサラの横をハーリーが通り過ぎる。黒い服を白く染めることなく。
「・・・・・・・・さて、後はあなた方だけですね」
ハーリーはルリ達に向かって優しく微笑んだ。
その微笑みはとても優しかったのだが、ルリ達は一様に引いていた。
「イネスさん、早くリョーコさんに解毒剤を注射した方が良くないですか?」
ハーリーは静かに微笑みながらそう告げる。
「・・・・・・・・まだ、作ってないのよ」
弱々しく消えそうな声でそう、応えた。
緊。
と、周りの雰囲気が固まった。
その中でハーリーは、
「やっぱりそうだと思いましたよ。イネスさん・・・・・・俺だからなにをしても平気と思
ったんでしょ」
イネスにそう指摘する。
「他の人間に当たることなんか考えもせずに。ただ自分の知的好奇心を満足させるために薬品
を精製したんですよね。解毒のことは後回しにして」
ゆっくりとハーリーはリョーコに向かって歩いていく。
サラの横を抜け、アリサの横を通り過ぎる。
誰もが彼の行動を止めなかった。
ハーリーはすでに体力的に限界に達しているような弱々しく、不規則に痙攣を続けるリョー
コの首筋に手を当てる。
そこは流れるほど冷たい汗で濡れていた。
首筋からリョーコの遺伝詞を読む。
ハーリーに感じられる遺伝詞の鼓動は心臓の鼓動と等しく、消えそうなくらい弱かった。
「余命・・・・・・一時間前後。まあ、誤差は20分位でしょう」
「!?」
慌ててイネスが白衣の中から道具を取りだし、リョーコに近づいていく。
それをハーリーが止めた。
「イネスさん。今から解毒剤を作ろうとしても無駄ですよ」
「そうと決まった訳じゃない。今は出来る限りの事をするのよ・・・・・・それが医者って
者でしょ!!」
「俺にこんな致死性の高い毒を使おうとした人間が・・・・・・・なにが医者かっ!!」
ハーリーの叫びがイネス達を打った。
イネスの、ルリの、ハーリーの言葉に打たれた天川の名を持つ者達の全ての動きを凍り付かせた
「リョーコさんはもう駄目です」
左手が印を組んだ。
≪運命の言葉は世界のみが聞く≫
ハーリーの声がルリ達の耳に届かなくなった。
運命の刃を短くし、持ち直す。
左手でリョーコの身体を引き寄せる。
「今は戦いを忘れ、静かに眠れ」
ハーリーは風水の力を望む。破壊者を治癒する力を。
風水師は周囲空間、及び個体の遺伝詞に直接呼びかけて遺伝詞を変化させる。
アップ オーバーラップ
その呼びかけを首 聯といい、簡略化された雅 式 首 聯という。
ワインドアップ
ハーリーは口を開いた。本式の儀式に乗っ取った 楽府式首聯 を、謳うように言う。
「異物に侵された八十万の遺伝詞達、生きることを望みながら、毒に侵された悲鳴達よ。
届いてるか? 俺の遺伝詞の声が」
蕩々と述べる声に淀みはなく。
ゆるりと突き立てられる刃に迷いはない。
喉から漏れるのは、
「ア」
の一音。緩やかな音律で、少しずつ音程の変わる、リョーコが本来持っていた音。
さらに深く、突き立てられた刃が遺伝詞の核に届いた。
そして、
≪無為に命が奪われる運命はあらじ≫
運命の声が響き、一瞬の間を置いて、一気に引き抜かれた。
言霊による服の拘束を消し、完全に脱力したリョーコの身体がハーリーに倒れかかる。
ハーリーはリョーコを抱き留め、ゆっくりと床に寝かせた。
優しく目を閉じさせると、その顔にハンカチをかぶせる。
ハーリーは立ち上がると言った。
「一人目の犠牲者です。ここまでしてもまだわかりませんか?」
一人一人の顔を見て、腕を組む。
「北斗さんが動けない以上、あなた方に勝ち目はありません」
誰もそれに応えない。
いや、応えられない。
口を開けば誰もがハーリーの言葉を肯定するだろう。
だが、それには彼女たちはプライドが高すぎた。
「さて、どうしますか? 天川さんを、あなた方の夫を呼びますか? 」
下を向いていた彼女たちが顔を上げる。
「でもそうしたら俺はあなた方にされたことを全て、隠すことなく天川さんに告白しますよ。
・・・・・・とくに俺が復讐者になった理由を」
ハーリーは冷たい目で彼女たちを見る。
「もしそうなったら天川さんはどう思うと思います? あなた方の行為の末、俺は復讐者と
なってしまった。天川さんが一番嫌うであろう復讐者にです」
ルリの口元がきつく結ばれる。
「復讐者・・・・天川さんの昔の姿です。それを再び見たとき、天川さんはきっと昔を思い
出し傷つくでしょう。そして、自分の家族が復讐者を作り出してしまったことにも酷く悲しむ
でしょう。あまつさえ自らの行為により生まれた復讐者に妻が手に掛けられた事にも、ね」
ハーリーは両手を広げ、肩を竦めて見せる。
「で、どうしますか? 傷つくのを承知で天川さんを呼びますか? それとも・・・・・・・
このままあなた方の力で俺と戦いますか? 」
「あ、あなたは本当にハーリー君、なんですか? 私には、信じられません」
ルリが言いにくそうに小さな声で言った。
「どうしてそう思うんですか?」
帰ってきた返事は、沈黙。
「ルリさん、あなたが、いやあなた方が同じ疑問を持っているのはわかります。その理由を
説明してあげましょうか?」
説明、イネスがなにか言いたげな顔をしたが結局は黙ったまま、ハーリーの言葉を待った。
「あなた方が俺をマキビ・ハリと信じられないのは・・・・・・・ただたんにこの事実を受
け入れられない、いや、受け入れたくない。信じたくない、ただそれだけです」
ハーリーの運命が再び床を打つ。
「自分よりかなり下だった人間がいつの間にか自分を抜いているなんてことを認めたくない、
それは十二分にわかります。でも、俺だっていつまでも昔のままではいませんよ」
ゆっくりとルリに近づいていく。
「それに飼い犬とて飼い主から愛情が貰えなければ、簡単に野犬に、いや狂犬にもなります。
あまつさえあれだけの事をされれば、これ以上は言わなくてもわかりますよね」
アリサの横でハーリーは立ち止まる。
「ときに、アリサさん」
「?」
下着を隠したまま顔をあげたアリサに、
「記念写真など、いかがです」
小型カメラを向ける。
「やめてっ!!」
「残念です」
ハーリーはカメラをしまうと運命を振るった。
目標は切り裂かれたズボンの布地。
「己の姿を変化させられた一万の遺伝詞達、その身で人を包む優しき呟き達よ。聞こえるか
俺の遺伝詞が」
そして、
「ア」
で始まる遺伝詞を放つ。
静かに優しく、包むような広がりを持つ歌だ。
運命の刃の先が震え、触れた布地達が揺れ、高音が放たれた。
それが完成の合図だ。
遺伝詞が己の形を新しく作り上げたのである。
「ふむ、なかなか」
ハーリーは満足げな呟きを漏らす。
視線のさきには切れた布地は無く、かわりに小さな猫がいた。
その色は布地と同じ色だ。
猫はアリサに小さく鳴くと、腿の上の乗っかって甘える。
「なに、これ」
アリサの困惑した声が聞こえる。
「あなたのズボンです。五分程度すれば元のズボンに戻りますよ」
ハーリーはそう言ってから、歩を進める。
「いったい、どうやったのよ。あなた」
イネスの質問に、
「よろしい、説明しましょう」
ハーリーが応える。
「この世の全ての物はそれぞれ特有の掛詞、メッセージとも言いますがそれがあります。今
のはズボンの持つ掛詞に猫の掛詞を合成したから猫の姿を取ったんです」
これで合成しました、と運命を見せる。
「でも本質的な掛詞、ズボンであることは変化できないので、その猫の中の共鳴が終われば
もとの姿に戻ります。この場合はズボンですね」
「なら、どんな物でも変化させることができるの?」
「理論的には、でもその人の実力によってどの程度の大きさまで出来るかが変わってきます」
「人間も可能なの」
「人間その物を変えることは出来無くは無いと聞きますけど、その場合はもとの姿に戻れない
とも聞いています」
別に全てを知っているわけじゃないですよ、と苦笑する。
ハーリーは元の位置まで律儀に戻ると、
「さて、どうします。このまま続けますか、それとも土下座しますか?」
「ハーリー君、さっきと変わってますよ」
「当然です。また俺を怒らせるような事をしたんですから」
ハーリーは変わらず笑顔でそう言った。
ハーリーを見る香織が震えながら呟いた。
「ハーリーが・・・・・・本気で怒ってる・・・・・・」
今のハーリーの顔は笑顔だ。
しかし、それは表面上だけだ。
香織にはわかる。
ハーリーは彼女らが遺伝詞を見ることが出来ないと知っているから、表情にだけ気をつけて
遺伝詞は隠すことなく周りに放たれている。
遺伝詞が見える者にはハーリーの背に紺碧の空間が広がっているのが見えただろう。
低い重厚な拍詩を持った暗雲色の遺伝詞に覆われていた。
全てを消さんとするほどに濃い、強力な威圧の遺伝詞である。
黒い雲はまるで大蛇の群のように周りに身をくねらせ、ゆっくりと舞っていた。そして、威
圧の視線を眼前、天川家の者達へと向けていた。
「・・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・・・」
力の無い呟きが香織の口から漏れた。
今のハーリーを止める術を香織は持っていなかった。
・・・・・今のお兄ちゃんは嵐と同じ。
香織の悲しげな視線の先には嘘の笑顔をその顔に張り付けたハーリーがいる。
・・・・・ただ過ぎ去ってくれるのを待つしかできないの。
ハーリーの背にあった暗雲調の遺伝詞が集まっていく。その流れは渦の底のような強い収束する
回転を持ち、一つの形を取ろうとする。
早い。
周りを覆っていた威圧は、一瞬にして全て彼に突き刺さった。
その次の瞬間、
「俺にこんな致死性の高い毒を使おうとした人間が・・・・・・・なにが医者かっ!!」
凄まじい雷鳴が轟き、雷が広いこの部屋の中を縦横無尽に駆け巡った。
威圧から怒りという激情へと変化した遺伝詞は、彼女たちだけではなく香織までも巻き込み爆発
した。
遺伝詞を感じることの出来ない者でさえ全ての動きを凍り付かせた爆発は、遺伝詞に敏感な者に
は更なる影響を与えた。
「・・・・・・あっ・・・・・・・・」
香織がペタリと力無く床の上に座り込んだ。
反射的に立ち上がろうとする。
が、身体が動かない。
腕が、足が、身体までもが、地面に張り付いたように動かない。
・・・・・えっ?
疑問に意志が応える。
しかし、身体が応えない。
完全にハーリーの激情の爆発によって、意志などを無視して身体が全てを放棄しているのだ。
全ての結果を彼に委ねて、自分は流れのままに・・・・・・。
香織は恐怖した。
これで完全に自分は入り込む術を失ったことと、彼が引き起こすこれからを。
少女は走る。
親達がいるだろう場所に向かって、一心に。
本来なら警備システムが起動するはずだが、この少女の手によって待機モードに変えられて
次の命令を待っている。
この事がすぐ後に起きる悲劇の原因になるとも知らず、少女は走る。
ルリの手が端末に触れた。
IFSを通し、プログラムを起動。迎撃装置が作動。
ハーリーが対面する壁の一部が音もなく開き、その中から黒くて巨大な物が動き出した。
≪運命とは顔を出さぬもの≫
その言葉と共に長く伸びた運命の刃が中の物に突き立てられる。
運命は確実にそれを貫いた。
さらに引き抜く動作と共に切り裂く。
ルリは舌打ち一つした後、次のプログラムを起動。
ハーリーの上に位置する天井に蜘蛛の糸のような細い光の筋が走った。
百を越える鋼鉄の天板の接合が解かれ、落下を開始。
≪降り注ぐ雨は運命を濡らすことはあらじ≫
右に流れた運命が逆袈裟の動きを持って、頭上の空間を切る。
床板を天板が貫く鋼鉄の重奏が轟いた。
しかし、全ての天板はハーリーを避けて床に突き刺さっている。
「そんなっ!!」
ルリの驚きの声を聞いたラピスが全身を使った投擲体勢に入った。
ハーリーの運命は未だ振り上げられたままだ。
・・・・・まわりの天板がハーリーの動きを制限するはず!
ラピスの身体が一気に投擲の為に動く。
ハーリーもそれに合わせ身体を軌道上から逃がす。
これでラピスの槍はハーリーには当たらない。
だが、突然の乱入者が全てをぶちこわした!!
「お母様っ!!」
扉を開いて少女が部屋へと入ってきた。
その声に反応した彼女たちが少女の方へ顔と身体を向け。
そして、それはラピスとて、例外では無かった。
「?!」
少女は見た。
ラピスの身体が自分の方へ向けられるのを。
親の遺伝からか、少女は状況把握能力に優れていた。
それがこの時は完全に裏目に出た。
少女はラピスの姿を見て、理解してしまった。
今、ラピスは槍を投擲する瞬間だと言うことを。
そして、その槍の軌道上に自分が立っていることを。
また、それを止める、もしくは遮る物はなにも無いことを。
その槍を受けて、生き続けることは自分にはできない言うことを。
少女は悟った。
・・・・・私は・・・・・・ここで・・・・・・死ぬ。
事を。
だが、その現実を認めない者がいた。
「ふざけるなぁ!!」
力強い意志の隠った声と共に一つの言実詞が叫んだ。
≪運命とは無垢なる少女を護るもの≫
力を吹き込まれた運命によって現実が言実に書き換えられた。
後書き
どうも、影人です。
しかし・・・・・・・・・終わらないいいいいぃぃぃぃぃぃ。
予定では今回で終わるはずが終わらない。
うーむ、余計な物を詰め込みすぎたかなぁ。
予定は未定、ですが、次で四話が終わる予定です。
今回は短いですが。
またお会いいたしましょう。
代理人の感想
ん〜。
ふと思ったんですが、話に聞く断罪ものってこんな感じなんでしょうか?
いや、最近同盟を懲らしめる話が増加中なので(苦笑)。