「うっ。・・・・・・くそったれが」

  麻酔の切れ始めた辰斗が床の上で目を覚ました。

  未だに抜け切れていない麻酔の存在に舌打ちをして、今の状況を確認するために顔を動かして窓に目を向ける。

  ・・・・・偽物とは言え、あの映像を本物と仮定するのなら

  窓の外はすでに暗く、星が小さく光っていた。

  ・・・・・もう夜、か。眠らされていたのはだいたい12時間くらいか。

  うまく力の入らない身体をゆっくりと起きあがらせる。

  背中に手を回し、突き刺さっている麻酔弾をひとつひとつ抜いていく。

  「ちっ、あのくそ女め。俺にこんなに打ち込みやがって」

  抜いた麻酔弾は12発。

  「殺す気か。・・・・・そっちがその気なら」

  それを手の平に載せ、天井付近に設置されている警備装置を睨み付けた。

  だが、すぐに目をそらして麻酔弾を足下に落とす。

  ・・・・・ハーリーの奴、命の危険を感じるまで攻撃を禁ずるなんて。

  「何考えてんだよ、まったく。あのアホたれめ」

  やり場のない怒りを足下の麻酔弾にぶつける。

  しかし、

  ・・・・・はぁ、えらい虚しいわ。

  辰斗は床に落ちていたパンとカップを拾って、あぐらをかいて座り込んだ。

  「いつ、どんな状態の時もメシさえ食えりゃあ大丈夫って言ってたなぁ」

  満面の笑みを浮かべて、ドンブリ片手にそう語ったことを思い出した。

  そして、またその時自分もハーリーに負けず劣らぬ笑顔で頷いたことも。

  辰斗は虚ろに視線を彷徨わせる。

  「そう言えば、女の子は胡座なんてするな、なんて言って怒ったよなぁ」

  ・・・・・そのくせ、自分はあぐらをかいてそこに俺を座らせて、頭を撫でてくるんだよなぁ。

  何かを探すように室内を見渡す。

  だが、彼女以外がいるはずもない。

  「なんだよ、ハーリー。怒りにこないのかよ。つまんないな」

  手の中の食事に目を向ける。

  そこにはパンとカップだけがあった。

  「ちっ、またこれだけかよ。あのくそどもが!」

  辰斗に握り締められたパンが潰されて形を変える。

  薄いカップが変形して蓋が床に落ちた。

  潰れて固くなったパンを食いちぎり、冷たくなってどろどろになったシチューを胃に流し込む。

  親の、ハーリーの仇のようにそれらを胃に収めると少し落ち着いたのか深く溜息を吐いた。

  「相変わらずの不味さだな、ここの料理は。まさに豚の餌並」

  手の中に残ったカップを握り潰すと、ゴミ箱に向かって投げた。

  カップは綺麗な放物線を描いて、

  「うしっ」

  ゴミ箱に入る。

  「どーだハーリー、一発で入った・・・・・・・・ぞ」

  後ろを振り向いても誰もいない。

  ただ、何もない薄暗い空間が広がっている。

  「なんで・・・なんで居ないんだよ、ハーリー」

  ふらりと立ち上がると、いきなり叫んだ!。

  「いつも一緒に居てくれるって言ったじゃないかぁ!!」

  声は虚しく響くだけでなんの返事も返っては来ない。

  「どこに居るんだよ。出てこいよ!!」

  辰斗の手がそばにあった椅子を持ち上げ、壁に叩き付けた。

  十分に力が込められた一撃で椅子が粉々に砕け散る。

  砕けた椅子の破片が自分を傷つけるがそれに気づかないかのように、叩き付け続ける。

  「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょおおおおおおおおおお!!」

  打撃音が続き、怒りに涙が浮かぶ。

  「ハーリーの嘘つきぃぃぃぃ!!」

  大きな破砕音の後、打撃音が止まる。

  背もたれのみになった椅子を振り下ろした体勢で辰斗が動きを止め、震えていた。

  椅子の破片で傷ついた小さな手から椅子が落ちる。

  「いつも一緒に、一人にしないって・・・・・・言ったのに」

  震える手が震える身体を抱きしめた。

  「一人は嫌だよ、ハーリー」

  俯いた辰斗から小さく呟きが漏れた。

  足下に小さな水滴が数滴落ち、落ちる数が増えていく。

  ・・・・・いつも笑って、一緒に居てくれたのに・・・・・なんでだよ。

  唐突にハーリーの最後が脳裏に浮かんだ。

  虚ろな瞳、口から吐き出された血が頬に赤い筋を描きつつ床に到達する。

  身体から流れ出る大量の血が血だまりを形成し、その範囲を広げていく。

  力無く投げ出されるままの腕、裂けて内臓がこぼれたままの腹部、あり得ない体勢のまま張り付けられた身体。

  落下していく下半身に引きずりこまれるように落ちた上半身。

  聞こえるはずがないにも関わらず聞こえた、全身が砕け散ったあの音。

  「えうっ!」

  喉の奥からこみ上げるきつい酸味。

  辰斗は口を両手で押さえ走った。

  仕切りのカーテンを打ち払い、洗面台に手をついて、大きく口を開く。

  水が逆流するような異音が辰斗の体内から響き、

  「う・・・・・・。うげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」

  ついさっき胃の中に収めた未消化のパンとシチューが、黄色い胃液と混ざりあい吐き出された。

  胃液の酸味と嘔吐の苦しさに涙を流しながら、ただ吐き続ける。

  白い洗面台が汚れていくのを霞む目で見ながら呟いた。

  「・・・・・俺ももうすぐ、ハーリーの所へ行くかもな・・・・」

  胃の内容物を吐き尽くした辰斗は乱暴に口元を袖で拭った。

  「その前にやってやるよ。天川の名を持つ者全員に死をくれてやる!!」

  剣を取りに振り向き足を踏み出したその時、

  「・・・・・天川家ニ対スル敵対行動ト判断、処置ヲ下ス・・・・・」

  警備システムが辰斗の言葉に反応して起動した。

  再び辰斗を照準に捉える。

  そして、射撃。

  軽く空気が抜けるような音を立てて麻酔弾が発射された。

  「ふんっ」

  それに気づいた辰斗は横に跳んで回避。

  床を蹴って一気に剣までの距離を縮める。

  プログラム通りに警備システムは次の対策をとった。

  いきなり部屋中に小さな穴が空き、風が吹き出す。

  「?!」

  辰斗はその風の中に空気とは違った毒々しいピンクの遺伝詞を見た。

  「毒ガスかよっ!」

  慌てて息を止めたが、いきなり目に激痛が走った。

  「あああああああっ!!!」

  辰斗の口から悲鳴が上がる。

  次の瞬間には大きく開けた口から不快感の塊が体内に潜り込んできた。

  不快感は喉を焼き、肺に達すると、上へと登り酷い頭痛を引き起こす。

  「がぁぁぁぁぁぁぁ!! うげぇぇぇぇぇぇ!!」

  人の声とは思えない悲鳴が迸り、目も開けられず全身に広がった悪寒と痺れが辰斗の身体を蝕んでいく。

  涙を流し、喉を抑えた辰斗がガスから逃れようと、本能的に走り出すが、
  テーブルに打ち当たり、床の上に転がった。

  「あうっ、あうっ、ぐうぅぅぅぅぅぅう」

  もうまともに声すら出せず、床の上でのたうち回る。

  だが、それも長くは続かない。

  すぐに辰斗の身体から力が抜け、笑顔が可愛らしかった顔は苦悶の表情
  を張り付け、活発に動いていた体も沈黙した。

  そこまでを見届けた警備システムは、部屋の空気の排気を開始する。

  「・・・・・目標沈黙、待機スル・・・・・」

  部屋の換気が完了した後、警備システムは待機状態へと移行した。

  動く者が居なくなった部屋の中、どこにあったのか一枚の黒い羽が辰斗の小さな額にふわりと降り立つ。

  黒い羽は小さく震えた後、ぱっと光を発して、砕けて散った。

  すると喉を抑えていた手が解け、辰斗の顔に安らかな表情が浮かぶ。

  そして、ささやかな胸がゆっくりと動き出した。







  ◆「DT入国管理システムより通達」−−−−−−−−−−−−−−−◆

   :天川 香織様が入国されました。

              トップ ページ
   :DT内『ハーリーの家』記 常 貢に入状していただきます。

       サイトモード
  ■「香織の言解議状態 『ハーリーの家にて』−−−−−−−−−−−■

      オーバーリロード
  ≪香織の 言 像 更 新 ≫


  ゆっくりと目を開けると白い天井が見えた。

  ここは五ヤード四方の狭い部屋だ。必要最低限の家具しかない部屋。

  香織はベットに寝かされている事に気がついた。

  <いったい誰が?>

                 ウィンドウ
  そう思った香織の頭上に、白枠の 詞 窓 が浮いていた。

  「気がついたか」

  横から声がかかる。

  驚き慌てて声のした方に顔を向けた。

  そしてそこにあった光景を見て、硬直した。

  そこにハーリーがいたからだ。

  彼は右手に持ったコーヒーカップを啜りつつ、

  「よ、オハヨ」

  挨拶を返すまでもなく、無言で香織はハーリーを殴り跳ばしていた。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−   後書き

  ふ〜しぎ、ふしぎ、あらふしぎ。
  なぜか天川家の皆様が悪役になっていきます。
  まぁ、とりあえずこれが私の持ち味ということでご勘弁を。
  では、メールを送ってくださった皆様に感謝と
  こんなヤバヤバな小説を載せてくださる管理人様と代理人様にさらに大きな感謝を!! 
                 

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

えーと・・・・・これってホラーでしたか?(爆)

 

後半はまだしも、前半は六十年代のSF風味入りホラーのかほりがぷんぷんするんですが。

イネスさん怖いよぉ(笑)。

まぁルリもどっこいどっこいですけどね(爆)。

 

 

後最後のシーンは、テレパシーによる精神的仮想世界みたいなもんでしょうか?