ピースランド城の奥深くにある、ある人間の為だけに作られた特別室に一組の男女が居た。

   月明かりよりもさらに落とされた光量のみが、その部屋を照らしている

   光を限界まで落とした為に部屋の内装を知ることが出来ない。

   だがこの部屋の中心にあるベットの存在だけは知ることが出来た。

   そのベットには痩せ細った顔に、色濃く死相を浮かべた男が眠っていた

   そして、その男の隣には三つ編みの女性が寄り添っていた。

   心を落ち着かせる効果のある静かな旋律が部屋を満たしている中、別の音が混ざった。

   それは声だ。

   三つ編みの女性の口から微風にすらかき消されてしまいそうな声が漏れる。

   「良かった。アキトさんの身体からやっと薬が抜けたみたい」

   アキトは深く静かな呼吸で眠っていた。

   眠るアキトを見るその女性の目は、限りなく優しい。

   そして、彼女はそっと囁いた。

   「アキトさん。私はアキトさんが元に戻るまで、ずっと待っています」

   ふと、そこで言葉が止まる。やや、言いづらそうに、

   「でも、あなたに抱きしめて貰えないのが辛いです。あなたの温もりが感じられないのが、昔のように力強く私の名を呼んで貰えないのが、とても寂しいです」

   眠っているアキトは彼女の言葉に反応しない。

   ただ静かに眠っている。

   彼女はそんなアキトに寂しげな顔を向けていたが、何かを思いついた

   のか急に笑顔になった。

   「・・・・・・アキトさん、これくらいはいいですよね・・・・・」

   眠るアキトにゆっくりと顔を近付けていく。

   そして、二人は重なり合う、よりも一瞬早く別の音が飛び込んできた。

   ・・・・・はっ、私ったら何を?!

   慌ててその身体をアキトから引き剥がすと、ベットから下りた。

   ・・・・・この部屋には誰も近付けないはずなのに。

   彼女は音の発生源、扉に顔を向けた。

   さっきまで閉まっていた扉が僅かに開いて、暗闇を切り裂いて細い光が入り込んで来ている。

   その細い光はゆっくりと太さを増し、部屋の暗闇を押しのけて行った。

   そして、扉が完全に開かれる。

   闇になれていた彼女の目には、この光は強すぎる。目を細めながら、
   「誰ですか?」

   「メグちゃん。じ・か・ん・だよ」

   メグミの質問に脳天気な声が帰ってきた。

   「ゆ、ユリカさんですか」

   「そ。メグちゃんの次の担当の、テンカワ・ユリカだよ」

   やっとこの明るさになれたメグミは、扉の所に立つ女性の姿を見て驚いた。

   「なんで、看護婦の格好をしているんですか?」

   「それはもちろん! アキトを看病するためだよ」

   どこか得意げな顔でそう言ったユリカは、ピンクのナース服を着ていた

   「こ・れ・で。アキトを元気にしちゃうんだから」

   その手には、無針注射が握られていた。毒々しい色どころか、ピクピク震える内液が詰まった無針注射が。

   「そっ! そんな物をアキトさんに使おうと言うんですかっ」

   大声を上げかけたが、なんとかそれを押しとどめ、小声で。

   「そんな物なんて言うとイネスさんがまた怒り出すよ。これを作るのにものすごい時間と手間をかけたって言ってたし」

   手に持った無針注射を軽く振って、

   「なんでも、HM細胞を使った物なんだって、これ」

   「なんでそんな物が必要なんですか」

   「だってー普通の薬じゃ、アキトは元気になってくれないし」

   「そんな物を使わなくても私たちがアキトさんに、その」

   メグミは頬を赤く染めて、軽く俯きながら、

   「無理を・・・・させなければ。私たちが少しの間、我慢すれば」

   「メグちゃん。それ、本気で言ってるの?」

   ユリカの脳天気な顔から表情が消えた。

   「え、本気ですけど。それが」

   なにか、と続けようとしたメグミの言葉をユリカが遮った。

   「メグちゃん! あなたは本当にアキトを愛しているの!!」

   「突然何を言っているんですか!! 愛しているに決まってるじゃないですか。私のアキトさんへの愛には一点の曇りもありません」

   「だったらなぜアキトを否定するような事を言うの」

   「否定なんてしてません!」

   「ならどうして、アキトとの愛を確かめあう行為をしないなんて言葉がでるの? そんなのおかしいじゃない!!」

   「だってアキトさんは、その。と、とにかくアキトさんは疲れてるんです。だからゆっくり休んでもらわないといけないんです」

   「だからこそ、このイネスさんも絶賛のこの薬があるんだよ」

   「薬で無理矢理元気になってもらうなんてダメです。自然に元気になってもらうのが一番なんです!!」

   ユリカとメグミはどちらも一歩も引くことなくにらみ合う。

   だが、ユリカが先に視線を外した。

   「ふんだ。別にそれでもいいもん」

   拗ねたように言って、胸にぶら下げられていた小さな笛をくわえる。

   メグミがその奇行に戸惑ったその時、

   「戦闘員のみなさーーーーーーん、出番ですよーーーーーー」

   ユリカが思いっきり笛を吹く。気の抜けるような音が辺りに響いた。

   「イィーーーーーーーーーーーー!!」

   ユリカの後ろの廊下から怪しげな全身タイツの男達が室内に入り込む。

   「なんですか、この人たちは?」

   「アルバイトで雇った戦闘員の人たち」

   いきなりの展開にメグミは着いていけない。だが、ユリカは気にしない

   「とにかく、メグちゃんの時間はとっくに過ぎてるんだから」

   勢いよく腕を振るい、廊下を指さす。

   「退場ーーーーーーーー!!」

   「イィーーーーーーーー!!」

   戦闘員達が奇声をあげてメグミを拘束していく。

   「放しなさい。私に触れて良いのは、アキトさんだけです!」

   メグミの抗議もどこ吹く風。無視して廊下へ運び出す。

   「それじゃあ、ばいばーい。後はユリカに任せて安心して良いよー」

   脳天気な顔に戻ったユリカが元気よく手を振ってメグミを見送る。

   そして、アキトに近づくとこう呟いた。

   「アキト、いますぐ、元気にしてあげるから」

   手に持った無針注射に唇を寄せ、眠るアキトに近づいていく。

   まだ、アキトは起きることはない。







   「ふふふふふふ」

   ユリカが口元に怪しげな笑みを浮かべてアキトに近づいていく。

   近づくユリカの気配を感じたのか、アキトは小さく呻き声をあげて目を開けた。

   「うぅ、誰だ。誰がそこにいるんだ」

   弱々しげなアキトの声に、ユリカの笑みがよりいっそう強くなる。

   「ア・キ・ト、ユリカだよ。アキトの妻のユリカだよ」

   「ゆり、か。俺の・・・・妻の・・・ゆりか」

   酷い衰弱と寝起きで頭がはっきりしないアキトは、耳には入ってきた言葉を口の中で呟いてみる。

   その直後、意識がはっきりする。

   本能的な危険信号がアキトの意識を覚醒させた。

   「ユリカなのか」

   「そうだよ、アキト。ちゃんとアキトを看病するために看護婦さんになったんだよ」

   嬉しそうにその場でくるりと一回転してみせるユリカ。

   しかし、アキトの目は彼女を見ていない。見ているのはその手に持った無針注射のみ。

   「そんな。またあれを、俺に打つ気なのか」

   アキトの脳裏に前回の出来事が走馬燈の用に駆け巡った。

   ・・・・・い、いやだ。あれだけは、いやだ。

   言葉もなくアキトは残った力で少しでもユリカから離れようと、動こうとするが衰弱仕切った彼の身体は僅かに身じろぎしただけだった。

   顔色をさらに悪化させて、アキトは言った。

   「ユリカ、頼む。それだけは許してくれ」

   「んふふふぅ、ダーメ。これでアキトに元気になってもらうんだから」

   恥ずかしげに頬を赤く染めてユリカが応えた。

   「た、頼む。それだけは、それだけは」

   唯一辛うじて動く首を振って拒否するが、ユリカは聞く耳を持たない。

   「さあ、アキト。これで、元気に、なーーーーーーーれ」

   逃げようとするアキトの顔を掴み、無理矢理横を向かせる。そして、
   無防備になった首筋に無針注射を押しつけた。

   ひっ、と短く悲鳴をあげてアキトの身体が硬直する。

   「んふっ」

   そのチャンスを逃さず、無針注射の引き金を引いた。

   鋭く空気の抜けるような音を立てて、薬液がアキトの体内に打ち込まる

   「あ、ああああああああああ」

   アキトの顔が悲痛に歪む。

   「んふふふぅ」

   それに対しユリカはこれ以上無いくらい上機嫌に笑っている。

   突然、アキトの心臓が大きく脈打った。

   びくりとアキトの身体がベットの上で踊る。それは一度で納まらず何度も繰り返す。

   「が、あ。ぐぅあああああああぁぁぁぁぁぁ!!」

   さっきまで弱々しく動いていた心臓が破裂寸前まで激しく動き出した。

   それと伴い、枯れ木のように細かった腕の血管が膨れ上がり、異常なまでの勢いと量の血を全身に送り届ける。

   アキトの口から悲鳴が出る度に、身体が変化していく。ポンプで水を入れるように枯れ木の様な身体から、引き締まった全盛期の身体へと。

   悲鳴をあげながらアキトは確かに感じていた。

   自分の身体に起きている変化に。まるで自分が自分で無くなるような感覚。自分の中でプチプチと音を立てて浸食されていく細胞達。

   これの変化が終わったとき自分は何になっているのかという、恐怖。

   「素敵よ、アキト」

   変化していくアキトをうっとりと見つめるユリカは、おもむろに自分の首筋に無針注射を押しつける。そして、そのまま、引き金を絞った。

   再びあの音が響き、ユリカの手から無針注射が落ちる。

   ユリカは身体に起きる変化に耐えるように、自分で身体を抱きしめた。

   「は、はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

   ユリカの口から漏れたのは何かを切望する溜息。

   背筋を駆け上がってくるゾクゾクとした何かが脳天に届くと、凄まじい光が頭を打ち据える。

   だが、そのたびユリカの口から漏れるのは男を誘う魅惑的な吐息。

   全身を上気させ、潤んだ瞳でアキトを見、囁く。

   「ねぇ、アキト。私の事、好き」

   悲鳴をあげているのがわからないのか、ユリカはどこか頼りなげな動きでアキトに近寄っていく。

   その間もユリカは身体を拘束するナース服という拘束を解いていく。

   拘束が解かれ、ずり落ちそうになるナース服。

   その下から見えるのは、うっすらと汗をかいて艶めかしさを増したユリカのピンクに染まった肌。

   不意にアキトの悲鳴が止んだ。

   まるで油の切れたゼンマイ時計のように、ぎこちなくアキトの顔が動きユリカを見た。

   アキトの瞳孔がぎゅっと縮まった。

   閉じられていた口がだらしなく開いて、獣じみた荒い息が漏れる。

   アキトの手が自分の寝間着に掛かり、一瞬にして切り裂かれた。

   その下にあったのは、激しく上下を繰り返す鍛え上げられた身体。

   ユリカの目が吸い寄せられるように、剥き出しになったアキトの身体に向けられて、固定された。

   「コイ」

   アキトは手を差しだし、ただ一言そう言った。

   ユリカはなんの躊躇いもなく、アキトの言葉に従った。

   アキトは自分が抱きしめているモノはなんだろうと思った。

   これには名前があった気がするが、どうしても思い出せなかった。

   自分の中の何かが言った。

   ・・・・・スベテヲワスレテ、イマヲタノシメ・・・・・。

   考えるのが面倒になったアキトはその言葉に従い、ただ腕の中のモノに全ての神経を集中した。

   アキトがそれに手を触れる度にそれは甲高いが、耳に心地よい音を出した。

   何故かアキトにはそれがどうしようもなく悲しかった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

  後書き

  どうも酷く遅れましたことをここで深くお詫びいたします。

  色々と押しているので、手短に。

  とりあえず、一言。

  一応これで全員集合です。

  アキトが大変な事になっています。あ、ユリカさんも含めてですけど。

  次はテンカワの子供達の修行の一部と、イネスさんの部下のマッドなみ
  なさんのお話になります。

  このごろ、色々書きたい病に掛かって大変なことになっております。

  ハーリーナデシコ逆行モノ

  白き皇帝 ハーリー。

  隻腕の英雄 アオイ・ジュン。

  上記二つは繋がっています。

  で、これの決まり事はただ一つ。

  テンカワアキト、並び星のルリに平穏を与えること。

  いやぁ、彼らは色々と大変な目に遭っているのでたまには平穏に過ご

  してもらおうかと、思っております。

  で、異世界モノ。

  トライアングルハーリー ここはさざ波女子寮。

  嫌ひなインハーリー。

  うたわれるものインハーリー。

  ハーリー大戦 3  

    書きたいのですが、これがなかなか終わらず、どうしようもないですね。

  では、この辺で。

  こんな私の作品を載せていただける管理人様に感謝と、読んでくださる
  読者の方々と私の作品のパロディを作ってくださったナイツ様に感謝を
  捧げます。

             

 

管理人の感想

影人さんからのう投稿です。

いや、いきなり第五章から第八章に飛んでるんですけど・・・意図的ですか?(汗)

それにしても、ユリカ怖すぎ。

なんかメグミが普通に見えるのが、なんとも(爆)

そりゃ子供達も脱出を考えるっての(苦笑)

 

 

 

アキトは無事に天寿をまっとうできるんだろうか?