機動戦艦ナデシコ
魔剣士妖精守護者伝
第6話 とある出会い 後編
ロックが山下家に居候してから三日目の12月3日(土)。
彼女に地元の町を案内する事になった山下家の子供達は、案内される当人と共に商店街まで出てきていた。
「うわー、うわー、うわー。凄ーい!」
ロックは商店街に来てからかれこれずっとこんな調子であった。
「そんなに物珍しいモンかな?」
「うん、珍しいよー!」
ロックの余りにも大げさな反応にリオは首を捻が、彼女はお構い無しだった。
「ドイツにだって、商店街ぐらい有るだろ? なのに何で?」
「あたし、そゆとこ殆ど行けなかったんだ。TVでしか知らなくて……。あ、リオ、向こう行こ!」
「おい、走ってくと危ないって!」
本来なら山下家の子供達全員で案内をする筈だったのだが、何時の間にやらその役目はリオに移っていた。
ロックが居候してから二日、あれこれと彼女を構ったり世話を焼いていたリオは
すっかり懐かれたらしく、ロックは商店街までの道中も決して側を離れようとはしなかった。
リオとしても、こんなに可愛らしい少女に懐かれるのは(当たり前だが)悪い気はしない。
それにロックは美月や纏に比べ、少々精神的に幼い部分がある様にリオには思え、
(何か初めて会った気がしないんだよな……)
と言う思いもあって、リオは彼女にあれこれと構うのだった。
「もー、あんなにはしゃいじゃって。可愛いなーロック」
商店街を大はしゃぎで見歩いているロックと、それに苦笑しながら付き合っているリオを見て美月は笑った。
彼女と纏、瑠璃はリオ達から少し離れて歩いていた。
「心なしか、リオもはしゃいでいる様に見えるなぁ」
纏もそんな微笑ましい光景を見ていた。
「そうですね。私もそう思います」
「そりゃあんなに可愛い女の子と歩いていたら、鼻の下伸ばすよ普通。お兄はスケベだしね」
「ね、姉様……」
そんな不純な気持ちはリオには無いと思っている瑠璃は、美月の言葉に苦笑いをした。
「すけべで思い出したけど、龍一残念がってたね〜」
「そうそう、お兄ちゃん私達の事ず〜〜っとジト目で見てたなぁ。仕事だから仕方ないのに」
――纏姉様、その繋げ方は兄様に対してとても失礼です!
そう言おうと思った瑠璃だったが、これは紛れも無い事実に思えた為口を開けなかった。
ロックはとてもご機嫌だった。
不安だった居候先の人達はとても暖かくて優しい人達ばかりだし、日本に来て早々に友達も出来た。
今までの環境の所為もあるが、ひとたび外に出れば目に見える物が全て新鮮に見える。
TVやインターネット、雑誌などでしか知り得なかった日本――『外部』の事。
それが今、自分の目の前に無限とも思える程広がっている。
その事がロックを大いに興奮させた。
そして――――――
「ロック、そんなに急ぐ必要無いって。逃げやしないんだから」
三日前、あの公園で出会ったこの美しい少年、リオが側に居るのである。
彼は自分に何かと構ってくれたり世話を焼いてくれる。
勿論、美月や纏、瑠璃や龍一達も色々と世話をしたりしてくれるが、彼はとりわけ特別だった。
(運命の出会い、なのかなぁ?)
まさかあの公園で出会ったこの少年が、よもや自分が世話になる家の人間だったとは。
ロックにしても、到底信じられない事だった。
「ほら、急ぐと転んで怪我するぞ」
「うん」
何時の間にか横に並んだリオは、ロックを落ち着かせるとその小さな手を取った。
「さ、行こう。急がなくても大丈夫だから」
「うん!」
リオの優しい声にロックは元気一杯に返事を返した。
(えへへ。何だかブルーダーみたいだ)
繋いだ手は、とても暖かかった。
「あ、行っちゃいました……」
「あたしらも居る事忘れてないかな、あの二人?」
リオがロックの手を引いて人込みの中を歩いて行く様子は、瑠璃や美月にも見えた。
「でも、本当に仲が良いね、あの二人。と言うより、ロックがリオに懐いているって感じかな?」
本当に兄妹みたいだ、と纏は笑った。
「あーあ、あたしもっとロックとお喋りしたいのに」
「美月、リオに嫉妬?」
「そーゆー訳でも無いけどさ」
「じゃ、ロックに嫉妬? リオを取られたから」
「な、何でそーなるの!」
「あ、本命さんは龍一だったっけ?」
「だーかーらー。その本命さんとかって何さ? お兄と、これから一緒に暮らして行く娘が仲良く
なってるだけじゃん。その事に何で嫉妬したりしなきゃなんないの?」
「それじゃやっぱりリオに嫉妬してるんだね」
「だから、嫉妬とかそーゆーのじゃ無いの。あたしももっとロックとお話がしたいだけ」
「じゃあやっぱりリオに嫉妬してるんだぁ」
「だまらっしゃい」
そんな姉達の会話を聞きつつリオとロックを目で追っていた瑠璃は、彼らの姿が見当たらなく
なった事に気付いた。
「あれ? ……兄さんとロックさんが、見当たりません……」
「マジ?」
「ホント?」
ロックの手を引いていたリオは、急に立ち止まって辺りを見回した。
「美月らの姿が見えないな。はぐれちゃったみたいだ」
繋いでいた手を離し、少し名残惜しそうにしているロックを他所に、リオは両手を大きく広げた。
「ふえ!? それって迷ったって事? どうしよう……」
「あのね、この街は俺の地元なの。もう6年も住んでる」
「あ、そっかぁ。そうだよね」
「そうだよ。どうせすぐ携帯鳴ると思うし。それまで二人で色々巡ろうか? まだ全然足りないんだろ?」
「うん!」
すぐに連絡が入るだろう。そう考えたリオは、早速街の案内と商店街巡りを再開した。
「そういやロックって、学校はどうなってるの?」
「うん、月曜からミツキ達と同じ所に通うんだ〜!」
とても嬉しそうにロック。そんな彼女の様子に、リオはつい「やっぱ、学校通うのも初めてなの?」と
聞いてしまった。
「あ、……うん」
言いよどむロックに、自分の言葉の不味さを感じたリオは話題を変えた。
「日本語とかは大丈夫なんだ」
「うん、小学校……って言うのかな、日本じゃ。ええっと、そこで習うジョウヨウカンジ、だったっけ? それ
はもう大抵覚えてるから、授業もばっちり大丈夫!」
ロックはえへん、と胸を張った。
その様子がとても微笑ましく、リオは「偉いぞ〜」と言いながら彼女の頭を撫でた。
「もう、そんな子供扱いしないでよ」
彼女はそういった物の、やはり嬉しそうに目を細めた。
「けど、ドイツじゃそんな事まで習うのかい? とても一般的な教養とは思えないな」
リオは首を捻る。
「あははははは。一応大学教養程度の学力は有ったりして」
「本当かい!?」
「なーんて、嘘嘘!」
冗談っぽく言っているものの、その事は恐らくは事実だろうとリオは感じていた。
彼自身、10歳の時に山下家に引き取られた時、日本語は喋れた物の漢字にはえらく難儀したのだ。
ゆえに国語の成績はボロボロで、何とか人並みに扱える様になったのが六年生の三学期だった。
「つまり『ドイツのォォォォォー学力はァァァ、世界一ィィィィ!!』な訳か」
「……何それ?」
冷たい風が二人の間を駆け抜けた。
「え? ドイツの人は皆そう言うって俺聞いてたんだけど?」
「言わないよ、そんな事。あ、そういえばリューイチも同じ事言ってたなぁ」
心底不思議そうに首を傾げるリオに、ロックはやはり不思議そうな顔を向けた。
そんな時だった。
「そこの人達、どいてどいて〜〜〜〜!!」
ブラウンの髪をショートカットにした少女が、こちらに突っ込んできたのだ。
「え?」
「ふえ?」
リオは咄嗟にロックの腰を抱えて、その少女を避けた。
「ふぎゃ!?」
その目の前で、突っ込んできた少女は前のめりにこけた。
「君、大丈夫か?」
「ずいぶんとハデにこけちゃったね〜」
リオとロックはその少女に駆け寄った。
「あいたたたた……」
それに気付いた少女は、こけて埃が付いたコートをパンパンと払いながら起き上がると、「大丈夫」
の意を込めた苦笑を彼らに向けた。
「おい、君は?」
そのリオの言葉を無視するかの様に、少女は後ろを向く。
「ちょっと! 人が話し掛けてるのにあさっての方向向くなんて、とってもマナー悪いよ!」
それにムッときたらしいロックが、少女に詰め寄ろうとした時、
「ヤバイ! えーと、二人ともコッチ来て!」
と言い終わるや否や少女は駆け出した。
「な、何言って……ってねぇ!」
そんな少女にロックは思わず彼女に肩を掴もうとしたが、手を止めた。
リオも駆け出したからだ。
「どうしたの、リオ?」
「後ろ後ろ!」
ロックが振り返ると、いかにもな感じの黒スーツの男がこちらに迫って来ているのが見えた。
「え? あの人何!?」
「解らない。けどあの子の関係者だろうね、悪い方のだろうけど!」
二人は少女を追って走り出した。
商店街、入り口付近――――――
二人の大柄な青年が、歩きながら言葉を交わしている。
「うー。奴はまだかよ。わざわざコッチ呼び出しといてよー」
「随分とまた不機嫌だな、お前。やはり件の少女の案内に参加出来なかったのが不満か?」
冷淡な声が響く。
185cmの龍一より更に一回り大きい青年、ウィリアム=レッドフィールドの言葉だ。
「おうよ。他の人間寄越せばいいのによ」
龍一はポケットに手を突っ込んだまま、咥えていた煙草を噛み締めた。
「別働隊がかなりいる。それに若い内の苦労は買ってでもしろ、と古代ギリシアの哲学者は言っていたぞ」
「でもよー」
「愚痴るな。うざいし見っとも無い。男としても品格が問われかねん」
ウィリアムは龍一よりも3年年上であるらしく、未だぶちぶち愚痴る龍一を叱り付けた。
龍一とウィリアム――通称ウィルは、将明宛に届いたメールの為にここに来ていた。
そのメールの発信元は何とマシンチャイルドで、メールの内容は自身の保護を引き換えに自身が
捕らわれていた研究施設の情報を知らせる、と言う物だった。
最初将明はガセネタと判断したが、添付されていたファイルを見て真実だと確信した。
そのファイルには送り主であろう少女(これもメールに書かれてあった)が収監されていた研究施設の
詳細なデータの一部が記されていたのだ。
その為、将明はメールに記されていたポイントで接触する事を決定。
しかし接触ポイントが、何と将明の家の近所の商店街だった為、ちょうどその日非番だった龍一に
白羽の矢が立ったのだった。
「時に龍一よ」
ウィルの身長では、185cmの龍一でも見下ろす格好となる。
「お前の家に引き取られたその少女。独逸から来たらしいな」
「ん。そだけどどした?」
龍一は歩きながらウィルを見上げた。
そのブラウンの髪と青い瞳は、彼の端整な容姿をより引き立たせる要因となっていたが、それが立ち消える
程の有り余る精悍さが、彼の逞しい体躯とその顔から発せられていた。
その為彼は、いわゆるヤクザ顔の龍一と並んで歩いていても何ら違和感など無く、むしろ
非常に自然な構図に見えるのだった。
「その少女、どうなのだ?」
「どうなのって……。ああ、こりゃまた凄ぇ可愛くてよ。まるでギャルゲだぜ、今の状況」
「リオなんか大ハッスルだ」と付け足して龍一は笑った。
「そうではない」
ウィルは冷淡な声を出した。
「あ、訛りの事か。これがあんあり無くてな。ウィルほど完璧じゃ無いけど。漢字も俺より覚えてる
かもだ。檸檬とか仙人掌とか書けるお前よりは覚えてないだろーけどな」
「そーいやお前は漢検一級だったなー」と呟きながら、龍一は咥えていた煙草を携帯灰皿の中に捨てた。
「そうでもない」
ウィルはやはり冷淡な声で首を振った。
「『ドイツの技術は世界一ィィィィィ!!』?」
「独逸だぞ。それに決まっている」
当然の事を一々聞くなバカモノ。ウィルはその意を含ませた声を出す。
「聞いたぞ。けど首傾げられた。それで『確かに技術力は世界有数だけど、世界一かどうかは……』って
至極マトモな返答をされちまった」
ピクリと反応するウィルを見ながら龍一は大きく手を広げた。
「それはいかん」
冷淡な中にも憤りの様な物を含ませたウィルの言葉。
「ん?」と聞き返す龍一をジロリと見たウィルは口を開いた。
「そいつは独逸人では無い。偽者だ」
「あのな、それだけで判断できるモンか?」
「当然だ」
少々呆れる龍一を他所に、いつもの如く平淡な声でウィルは断言した。
「たとえ独逸人が怪しい忍法を使おうと、第二次大戦中に吸血鬼を研究していようと俺は全く驚かん」
「そう考えさせられるだけの異様な迫力に満ち溢れているからな、ナチって」
と、二人はここでおバカな会話を打ち切り、メールの送り主であろう自称マシンチャイルドの
少女の探索に意識を移した。
商店街、路地裏――――――
「ったく、何なんだあいつら?」
「ハァハァ……」
「ふー、はーー……」
リオ達三人は、追跡者と思しき男達を何とか撒き、ここ路地裏に逃げ込んでいた。
昼間でも薄暗い、不気味さも孕んだ空間。
「ハァハァ……。し、しんどいよ……」
「き、君……、走るの早過ぎ……」
「そうかな? 君らが体力無いだけだと思うけど?」
息も絶え絶えなロックと少女を他所に、リオは涼しい顔だった。
だが、ついさっきまで全力で走っていたのだから、二人の少女の現状は妥当である
リオはロック達が息を整えるまで待った後、少女の前にしゃがみ込んだ。
「君は、何であの連中に……!!?」
「え? どうしたの?」
突如驚愕の表情を浮かべたリオに、少女は首を傾げた。
(瑠璃と、同じ目の色だ)
彼女の目が金色の輝きを灯していたのだ。
そう言えば、肌の色もコーカソイドである自分やロックよりも白い。
言葉にもかなりの訛りがある。
着ているコートもかなりボロボロである。
「君は何なんだ?」
故にリオはこう尋ねた。
「えっと、私はあの人達に追われてて」
「それは解っているよ。何で追われてるんだい?」
「それは、君たちに迷惑がかかるから言えないよ」
「けど、女の子が大の男達に追っ駆け回されるの黙って見てられる程女々しくは無いつもりだ」
そう言い切り、まっすぐ自分を見据えているリオから少女は目線をそらす。
取り合えず自分の家族の身分を明かせば安心して何か話してくれるだろう。そう考えたリオは
彼女にそれを告げる為に身を乗り出そうとし、その時何か温かく柔らかいものが自分の背中に抱き
着いてくるのを感じた。
「? ロック?」
わざわざ確認するまでも無かった。
「どうしたんだ?」
いきなり抱き着いて来たロックに、リオは声を掛ける。
――彼女の手は少し震えていた。
「あの人達、何かとても怖い……」
リオの腰に回した両手が、彼の赤いコートを掴む。
「大丈夫さ、ここまで来やしない。ここは地元の人間でもあまり通らない道なんだし」
リオは出来うる限り優しくロックに語り掛けながら、彼女の震える手に自分の手を重ねた。
それからしばらく間をおいた後、リオは少女に声を掛けた。
「えっと、あのさ」
ロックに背中から抱き着かれながらも、リオは再び少女の方に向き直った。
「俺の名はリオ。俺の後ろにくっ付いてるのはロック。せめて君の名前だけでも
良いから教えてくれないかな?」
少女は少し躊躇したが、やがて口を開いた。
「ペリドット……。ペリドットって言うの」
それを聞いたロックは、リオの背に抱き着きながらもうーんと唸った。
「ペリドット。たしか、8月の誕生石だね。えーと、宝石言葉は夫婦の幸福、和合、だったけ?」
「とても素敵な名前だね」と付け加えたロックに、リオはへぇ、と声を出して感心した。
「そうなの? この名前が付けられたのは、8月に創られたから、だって」
ロックの感想に、少女――ペリドットは首を捻りながらもとんでもない事を言ってのけた。
「え? つ、創られたって?」
リオはうわ言の様にそう呟きながらも、不意に自分が何かとんでもない事に巻き込まれつつ
あるのでは、と感じてしまった。
(とにかく兄貴か父さんに知らせた方が良いよな。何か嫌な予感が……)
下を向きながら取り纏め様としたリオの思考は、再び震えだしたロックの手の感覚によって中断された。
「ロッ―――ー!」
ロックの方に向き直ろうとして顔をあげた時、偶然目に入ったペリドットも震えている。
リオは優しく自分の腰に回されたロックの手を解きながら、静かに立ち上がり後ろを向いた。
そこには先程の追跡者らしき黒スーツの男達が静かに佇んでいた。
商店街、表通り――――――
龍一とウィルは、未だ商店街の通りをうろついていた。
「そういえばメールの送り主、待ち合わせ場所を記載していなかったよな」
ウィルは前方を見ながら口を開いた。
「しかしあのメールは間違いなく本物だ。おじさんもそう確信していたし、何よりも俺はそう『感じた』」
龍一は何も返事を返さないが、それを全く意に介さずウィルは続けた。
「という訳で、メールを送ったのはよっぽど切羽詰った人間だな。しかも落ち合う場所も記せない位に
素人だ。玄人なら絶対に記す」
そこでウィルは一旦言葉を切る。
「だからこうも考えられる。送り主はとうに消されている、とな」
それに「ああ、うん」と上の空の様な返事を返す龍一。
ウィルはいよいよその精悍な顔をピクリと動かし、横の龍一をジロリと見た。
「驚いたな、レナードか瑠璃へのプレゼントか? 俺の記憶が確かなら、お前は甲斐性など欠落していた筈だが?」
「違うっつーの」
「それは安心した、と感じる俺は正常なのだろう」
「物凄ーく失礼な気がしまくってならなねーんだけどな」
自分が手に持っている物――白いフリルが可愛らしいリボンをジロリと見ているウィルを睨む龍一。
やがてウィルからリボンへと視線を戻した龍一は、懐かしそうな、それでいて寂しそうな表情を浮かべる。
「よく見ると、結構古い物だな。それなりにくたびれている」
「まーね。昨日かな、偶然に見つけた。ひでーモンだ。忘れる筈が無いってずっと思って
たのに、結局忘れてた」
龍一はリボンを頬にやった。
「人は忘れる事で生きていける存在だ。たとえ本人がどう思っていても、忘れてしまう事は
多々ある。そのまた逆も然り。忘れたい事を忘れられない場合もまた多い」
ウィルは視線を正面に向けながら独り言の様に呟いた。
「俺の事か?」
「自分も入っているよ」
龍一は「そっか」と呟くと、リボンをポケットに大事そうにしまった。
「……『読まない』のか?」
龍一はウィルに不思議そうにそう聞いた。
「プライベートだろう? 俺にも話せん事なのだ。それにその様子じゃ、誰にも話していないしな」
「変な所で律儀っつーか」
ウィルの答えに龍一は首を捻った。
「それに俺は、近しい人間からは絶対に『読まない』様にしている。最低限の礼儀だからな」
「礼儀か。そうかもな」
「そうだ」と即答したウィルは、しかしこれが礼儀以前に処世術だと何よりも自覚していた。
見たくない感じたくない、あるいは普通見えない感じないモノを、見えたり感じたりしてしまうと言う
のは、それだけ暮らし難いものだ。
それがお互い解るからこそ、龍一とウィルは年は離れているが親友足りえた。
「ん?」
唐突に感じ覚えのある気配を察知した龍一は後ろを振り向いた。
無言ではあったがウィルもである。
その振り向いた先には、慌てた様子でこちらに走ってくる山下姉妹。
「どうした、あの3人?」
「リオがいない様だが?」
「それだ!」
「それで気付いたらお兄とロックがいなくなってて!」
「美月お前なぁ。ま、リオがいるから大丈夫だと思うけど」
「それで、私たちは兄さん達を探し回っていたんです。けど見つからなくて……」
「でーじょーぶだって瑠璃。リオがいる」
美月と瑠璃から大まかな事情を聞いた龍一は、「そのうち連絡があるだろ」と結論付けた。
ちなみに彼女ら2人は大いに慌てていたため、今一要点が掴めず逐一纏が補足してくれた。
「リオの事だ。早く見つけ出さないと、そのロック嬢を食ってしまうかも知れん」
どこか嬉しそうにウィルは煽る。
「えーと、リオって遊び人さん?」
「こらー、ウィル。煽るなー!」
首を傾げる纏と、そう言いながらも早速煽りに引っかかっている美月を見ながらウィルは笑った。
「そんなジョークは置いといて、だ。龍一も言った通りリオがいるから大丈」
そこでウィルの動きが止まった。
ウィルは静かに目を閉じ、意識を集中している様にも見える。
そして数秒も経たない内に目を開き、開口一番こう言った。
「我々の目的は合致した。共に探しに行くぞ」
それ以上は何も語らず、ウィルは歩き出した。
彼は不言実行を地で行く人間なのだ。
美月達は龍一達と一緒にリオを探していた。
先程のウィルの言葉には、「はぁ?」とは思った物の、ああいう時のウィルは決して間違っていない
事は、ここにいる皆誰もが解っていた。
要は龍一の勘と同じである。
「一体どうしたんだ?」
龍一はウィルの隣に並んだ。
「見えた」と、ウィルは龍一に向かって口を開いた。
「え?」と聞き返した龍一が、続きの言葉を言おうとしたしたのをウィルは遮る様にウィルは言う。
「先程リオとそのロック嬢が、娘といるのが『見えた』。メールを送った自称マシンチャイルド
の娘だ。間違い無い」
「マジ?」
「マジだ」
「それってヤバイかも」と呟きつつ、ウィルは前にも増して周りをきょろきょろ見回し始めた龍一
から離れ、後ろを歩いていた瑠璃の隣に移動した。
「あ、あの……。ウィルさん?」
ジロリと自分を見るウィルに若干怯えを見せる瑠璃。
彼女は決して彼を嫌ってはいないが、レナードとは違うベクトルで苦手意識を持っていたりする。
龍一よりも更に大きく逞しい2m近い体躯から発せられる威圧感と、冷徹な印象がある端整だが
それ以上に精悍な顔立ち。
――言ってしまえば瑠璃はウィルにビビッているのである。
ウィルはその事を知ってか知らずか、瑠璃だけに聞こえる声で彼女に語り掛けた。
「龍一の隣が空いているぞ。手でも握ってくるといい」
その言葉に瑠璃は、一瞬きょとんとしてその後目に見えて顔を赤くすると、ぺこんと頭を下げた後
おずおずと龍一の方へと向って足を進めていった。
「フフフフフフ。敵は強大だぞ」
と呟いたその時、ウィルは立ち止まった。
先頭の龍一も立ち止まった。
龍一の方へと向っていた瑠璃も、その様子を見て自分も行こうかと思い悩んでいた美月も、「あらあら」と
そんな姉妹達の様子を微笑みながら見ていた纏も止まった。
龍一は、先程ウィルがした様に静かに目を閉じ、意識を集中した。
「近い、か?」
まさにその時である。
「キャァァァーーーーー!!!」
「悲鳴!!?」
美月は咄嗟に辺りを見回した。
「へ? 女の人、だよね?」
纏も注意深く周りを見回す。
「この声、ロックさんじゃ!?」
瑠璃はハッとなり顔色が青くなる。
「ど、何処に……? 表通りじゃない!」
悲鳴の主が見当たらず、美月は焦る。
そんな彼女達を他所に、龍一とウィルはとある方向に向いた。
「コッチだな。近い!」
「正確には100m程度だ。急ぐぞ龍一」
龍一とウィルは駆け出す。
美月達は急いでその後を追った。
商店街、裏通り――――――
その少し前、薄暗い裏通りには緊迫した空気が流れていた。
「何ですか、貴方達は?」
リオはロックを背にやりつつ、黒スーツの男達と対峙した。
素早く目を走らせ、相手の人数を確認するのも忘れない。
数多の喧嘩で培った経験からの行動だ。
(4人か……。何とかなるかな?)
「その少女、ペリドットの保護者だよ。彼女を保護してくれて感謝している。謝礼もしよう」
男達は一歩一歩近づいてくる。
その度に、ペリドットの体の震えは大きくなっていく。
「そうですか? その割にはこの子はとても怯えている様に見えますがね」
男達に突きつける様に言うリオ。
「我々に怒られるのを怖がっているだけだよ。しかし、悪い事をしたら叱らなくちゃならない。君も
悪い事をしたら親に怒られるだろう? それと同じだ」
リーダー格の男が更に一歩近づきながら言う。
「それにしたってこの子の怖がり方は異常です。貴方方は本当に彼女の保護者ですか?」
そう言いつつも、絶対そんな事は無いとリオはますます確信を深めていく。
「我々もなるべく手荒な真似はしたくないんだよ、少年。彼女をこちらに遣してくれないか?」
男は更に一歩近づいた。
(ロック、ペリドットを連れて逃げるんだ)
それを見やりながら、リオは未だ自分の赤いコートの裾を掴んでいるロックに小声で語り掛けた。
(え?)
(その奥の道の最初の角を右に曲がって少し行けば大通りに出られる。そこで助けを呼ぶんだ!)
(けど、リオは!?)
(俺はここで時間を稼ぐから)
それを聞いたロックは、顔を青くした。
(そ、そんな! ダメだよ。相手の男の人達沢山いるんだよ!)
(こう見えても腕には自信があってね。さあ、行くんだ!)
それだけ言うと、リオはロックの手を振り解いた。
「さあ、彼女を」
「お断りします」
そう言い終ると同時に、リオは拳を男の顎に叩き込んだ
「早く行け!」
リオは後ろを向いて叫んだ。
それにハッとなったロックは、未だ震えているペリドットの手を引きながら路地の奥の方へと
走っていった。
「ナイト気取ってんじゃねぇぞ小僧!」
リーダー格の男が殴り飛ばされたのを見て、黒スーツの男達は身構える。
(5人……、いや、6人もいた! ヤバイなこりゃ)
相手の援軍を確認し、冷汗を掻くリオ。
(頭数減らさないと袋だ)
拳を握り締めると、6人の相手を視界に入れながら腰を低くして構える。
相手の一人が鋭い動きで殴りかかって来るのを見たリオは、その腕を殴られる寸前の所で掴み
そのまま一本背負いで投げ飛ばした。
それが合図となり、男達は一斉にリオに向っていった。
リオが対処できたのは3人目までであった。
2人目はカウンター気味に相手の鳩尾に拳を叩き込み、3人目は1人目と同じように腕を掴み今度は
地面に叩き付ける様に投げ飛ばす。
だが3人目をダウンさせ、体勢を整えようとした所でリオは身を低くした。
ついさっきまで頭が有った空間を、擦過音とともに何か重い物が通り抜ける。
後ろに下がりながら、リオは自身の頭を打つべく薙ぎ払われたであろう得物を確認した。
(特殊警棒!)
額に冷汗が流れる。が、その汗を拭う間を与えず男達はリオに襲い掛かっていく。
一人の男の攻撃を裁いている内に、頭に強い衝撃が走った。
リオはその場でたたらを踏むが、特殊警棒を持った男は容赦無くその頭目掛けて得物を振り下ろす。
一撃、二撃、三撃。
その衝撃に、リオは何とか耐え、足をふらつかせながらもその場に留まった。
「へぇ。ガキの喧嘩しか知らなさそうな割に、上等じゃないか」
特殊警棒を持った男は感心した様に呟く。
「クソッたれが!」
リオはそんな男を頭から流れ出た血を手の甲で拭いながら睨み付けた。
男達はまたも一斉に動き出す。
今度は特殊警棒を持った男に対応できたリオは、彼が警棒を振り下ろそうとした
手を極め、鳩尾に膝を叩き込む。
だが、それが最後だった。
後ろに回りこんだ別の男のタックルが、リオの背中を打つ。
既に相当なダメージを受けていたリオは、その衝撃に耐え切れず、前のめりに倒れ込んだ。
慌てて身を起こそうとしたリオだが、倒れ込む同時に右の脇腹に鋭い衝撃が走る。
「ッ! かはっ!」
その後に立て続けに襲い掛かってくる痛みと衝撃から、リオはリンチを受けているのだと理解した。
先程倒した3人の男達も何時の間にやらダメージから回復したらしい。
5人の男達から袋叩きを喰っているリオに出来る事は、ただ体を丸めてダメージを少なくする事位だった。
「お前達2人は逃げたMCの確保を。もう一人の娘にはあんまり手荒な真似はするな」
「助けを呼びそうになった場合は?」
「気絶させろ」
「了解」
その遣り取りの後、2人の男達はロック達が走っていった道に向って駆け出す。
が、一人が前のめりに倒れ、地面に手を付いた。
「ッチ! お前か!」
リオがその男の足を掴んでいたのだ。
「ガキが!」
「小僧め!」
「お美しいお顔に傷が付いちまうぞ!」
男達は口々に怒鳴りながら、リオへ更なる暴力を加えるべく拳を振り上げた。
その時だった。
「キャァァァーーーーー!!!」
叫んだのはロック。
彼女はリオが男達によって酷い目に合わされる、と言って来た道を戻ろうとしたペリドットを連れ戻そうと
してこの光景を見てしまったのだ。
「リ、リオ! リオ!」
目尻に涙を浮かべたロックは、リオの言いつけも忘れ駆け寄ろうとしたが、立ち止まった。
「私の……。私の所為で……」
ぺたん、と地面に座り込んで呆然とこの光景を見ているペリドットが目に入ったからだ。
そんなペリドットを抱き締めながら、ロックは男達と向き合った。
「な、何でリオにそんな酷い事を!? 早くリオを離して!」
それを聞いた男達は嘲笑した。
「随分と勇敢なお嬢さんだ。このボーイフレンドと同じだな。でもね」
そこで一旦言葉を切る。
「その体の震えは隠した方が良い。じゃないと可愛らしいだけだからね」
男達は既にぐったりとしたリオから一人を残して離れ、ロック達の方へと足を進める。
「出来れば大人しくしていて欲しいんだ。我々も手荒な真似はしたくない。特に君みたいな可愛らしい
女の子にはね。だから、その娘を、渡すんだ」
男達の距離がいよいよ狭まってくると、ペリドットの震えと怯えもまた大きくなった。
ロックは震える体を鞭を入れ、後退りしながらペリドットを背にやった。
「嫌です!」
男とロックとの距離が後一歩まで迫ったとき、ロックはそう叫んでいた。
「貴方達みたいなこんな酷い人達にこの子は渡せない!」
それを聞いた男達は、一様に肩を竦める。
「それじゃあ仕方ない。手荒に扱うとするか」
男はロックの頬を打つべく手を振り上る。
震え続けるペリドットの手を握りながら、ロックはきつく目を閉じた。
(お父様――――!)
「ちょっと待てやゴルァ!」
その声と共に、ロックの目の前の男は吹き飛んでいった。
「え?」
何処かで感じた気配――それを感じたロックは閉じた目を開けた。
「クソッ! 遅かった」
男を蹴り飛ばしたであろう龍一がそこに立っていた。
「お前が無事だったのは不幸中の幸いって奴か」
ロックを見て、「うん」と頷いた龍一は残った男達と対峙する。
「手前ぇら、よくもまぁウチの弟にここまで上等かましてくれたな。集団暴行及び誘拐未遂の現行犯だ。ボロ雑巾になるまで制圧してやる!」
「まぁ待て龍一」
ロックはギョッとなった。
彼女の横から2mはあろうかと言う巨漢が出てきたからだ。
「送り主の少女もいた。俺の言った通りだろう。本物だ」
ロックの方をジロリと見て、ウィルはそう言った。
「ま、今はそんな事はどうでもいいか。おい貴様ら、ボコッてやるから早くかかって来い」
やはり何時もの様に冷淡な声で挑発するウィル。
それが合図となった。
男達は一斉にかかってくる。
龍一は、やはりリオと同じ様に急所に拳を叩き込んだり投げ飛ばしたりして倒していく。
ウィルは片腕で相手を軽々と持ち上げ、壁に叩き付けるように投げ飛ばしていく。
「チッ!」
特殊警棒を持った男は、ウィルを殴り付けるべく警棒を振り下ろす。
その下ろされた警棒を持った腕を、ウィルは無造作に右手で掴んだ。
「いかんなぁ。振りが遅いよ、君」
ウィルがそのまま手を握り締めると、男の腕はミシミシと骨が軋む音を発した。
男が振り解こうともがき始めた時、ウィルは男を振り回す様に右腕を動かすと、男を
文字通り『地面に叩きつけた』。
男の手から離れた特殊警棒が、リオの方へと転がっていく。
龍一は殴りかかってきた相手の拳を、そのまま真正面から左手で受け止めた。
驚愕する相手が次の行動を取る前に、鳩尾に拳を叩き込みながら背負い投げた。
「アンタで最後だぜ」
「どうする? 我々としてはあまり手荒な真似は取りたくないんだが?」
龍一とウィルは最後に残った男に迫る。
男は数瞬躊躇し、やがて手を上げた。
「あんた達は一体?」
龍一とウィルは、懐から手帳を取り出した。
「警視庁だ」
「インターポールだよ。仕事はあまり「殆ど」していないがね」
「そうかい」
手を上げた男はげんなりして答えた。
「だが何も吐かんぞ」
「言ってろ」
そう吐き捨てながら龍一は、ぐったりと倒れているリオを助け起こそうと足を進めた。
既にロックは彼に走りよっていたが、どうしたら良いか解らず彼の傍でしゃがんでいた。
「ロックちゃん、結構血出てるけどたぶん大丈夫。俺らこんなの結構慣れっこだしな」
そうロックを安心させる様に笑いかける龍一は、リオが立ち上がったのを見て足を止めた。
「ほらロックちゃん。大丈夫だったろ。リオ、ロックも一緒にいたお嬢ちゃんも大丈夫だ」
「そっか……」
リオはロックから受け取ったハンカチで顔に流れてきた血を拭いながら、彼女とペリドットを確認して
肩を下ろした。
「いやあ、カッコ悪いトコ見せちまった」
苦笑しながら鼻を掻くリオ。
二人の少女は安堵の息を吐いた。
「ああ、それとペリドット嬢。俺達はメール受信者からの使いだ」
付け足すようにそう言ったウィルに、ペリドットは一瞬目を丸くし、その後気が抜けたらしく
またぺたんと地面に座り込んだ。
「あ、もう、地面なんかに座り込んで。汚いよ」
そうすぐ注意できるロックは大物だ――そう思いながらウィルは後ろを向いた。
「ああ、ようやく来たか」
そこには走って来たのだろう、息を切らした美月達がいた。
「さて、後始末をしなければ」
ウィルは携帯電話を取り出し、別働隊に連絡を取った。
男達が逃げない様手錠をかけている龍一を尻目に、少女達はリオの怪我の手当てや、彼が連れている
着ている服はアレだが可愛らしい少女についての質問を始めだす。
今更ながら倒れている男達に気付いた瑠璃が叫び声を上げるのを聞きつつ、ウィルは愛煙の
葉巻チャーチルを取り出し、端を切り、火を付けた。
「旨い」
「んなモン吸ってないでお前も手伝え!!」
蛇足ではあるが――――
その後、リオの手当てと、彼とロックに対して行われた事情聴取のお陰で、彼女の街案内はお流れとなってしまった。
後書き
とりあえず、山下一家+αのとりあえずの紹介は終わった訳で。
と言うかナデシコという字が出たのが、前編最初の段落だけ(゚∀゚)
だめじゃん_| ̄|○
_| ̄|○
_| ̄|○
_| ̄|煤:'、―=≡○
代理人の感想
まぁ、ナデシコと乖離してるのは今更だとして(爆)。
申し訳ないんですがやはり「ロック」って女名前じゃないよなーと言う違和感が頭を離れませんでしたw
「リオ」と「ロック」といったら、前者が女で後者が男だと思うよなー(笑)。
つーかロックというと某間久部緑郎((c)手塚治虫)の顔しか思い浮かばない(爆死)。