機動戦艦ナデシコ
魔剣士妖精守護者伝
第8話 巨人起つ
地球連合治安維持組織グリプスを中心とする部隊が、クリムゾンの東南アジアに存在する極秘研究施設を
制圧した事は、付近の上空に待機していた本作戦の前線本部が設けられた
ペガサス級戦艦の7番艦アルビオンにも即座に報告された。
本作戦の山場を越えた事もあって、アルビオンのメインブリッジには作戦開始前に比べて多少
リラックスした空気が流れていた。
「負傷者の収容を最優先にしろ!」
「捕虜? 研究員と上級職員はこちらが持つ。カンボジア軍とラオス軍は警備員と中級までの職員を」
「押収した資料と機材の搬入を急げよ! だから負傷者は最優先だっ!」
「研究員は治療してやれ。色々と聞かねばならない事がある! え? 上の命令だよ!」
とは言えアルビオンは前線本部。
オペレーターや連絡を受けた部隊幹部達の怒声は止む事は無く、忙しさはむしろ増していた。
それでもリラックスした空気が流れるのは、戦闘が収まった為だろう。
「とりあえず一段落ですね、大佐」
艦長席の横に備え付けられている豪奢な席――言わばVIP用――に座り、傍のモニターに映し出された
作戦進行状況を確認していたグリプスの大佐、音無和輝は艦長席から掛けられた声に顔を上げた。
「ああ、艦長。想定していたよりも遥かに容易に作戦は進んでいる」
「ええ。負傷者の数も少ない。大成功です」
四十代後半、中佐である艦長はそう言いながら帽子を正した。
この艦長、いかにも歴戦の船乗りと言う風貌をした彼は、前大戦より以前から戦艦に乗り続けている
古強者である。故に、音無や本作戦の最高責任者である将明も全幅の信頼を置いている。
前大戦は、運だけで生き残る事など出来ないのだ。
「この作戦には新兵は参加していません。憂慮されるような事態は起きないでしょう」
艦長の言う『憂慮すべき事態』とは、作戦の大成功から来る油断が取り返しの付かない事態を
引き起こす、と言う事である。
「ああ。私の部隊が参加しているんだ。そこらへんは心配していない」
音無は置かれていたコーヒーを啜った。
「坊ちゃん達は……、ああ、無事ですね」
言いかけた艦長は、音無の正面のモニターを見て口を閉じた。
「押収した機材はオミックスに運び込め」
「作業遅いぞ。作業用エステを使ってもかまわん!」
「逃走者の掃討は終了しました。地上部隊も撤退の準備に入るとの事で」
ブリッジ前方からは、相変わらず怒鳴り声が響いてくる。
戦闘指揮官として本作戦に参加している音無は、邪魔にならないように連絡用のコミュニケをを持って
何か事態に変化があったら呼ぶ様艦長に言ってから、小休憩を取る為にブリッジを出た。
食堂へと向う通路の途中、音無は呟いた。
「因果な物だよな、この船は……」
ペガサス級戦艦――十年前の前大戦に伝説を残した艦艇。
最初は空母として、戦時中に強襲揚陸艦に艦種変更をし、戦後には戦艦自体の運用の変化から
戦艦へと再び艦種変更をした。
戦中にも戦後にも7番艦が存在する摩訶不思議な艦艇。
過去、『正式な七番艦』がその存在を抹消された政治的に振り回され続ける艦艇。
「今は『本来は』14番艦だったっけ?」
誰もいないからこそ呟けるこの言葉。
窓の外には、未だ晴れる事のない夜の闇。
音無は空いた小腹に何か入れるべく、食堂へと急いだ。
研究施設最深部、中央培養槽――――――
中央培養槽では、押収した研究資料の搬出が急ピッチで進められていた。
確保された研究員や施設職員も同様である。
その慌しい喧騒を見ながら、制圧部隊と行動を共にしていたウィリアム=レッドフィールドは
乱立する培養槽の林の中、被験者の救助の指揮を執っていた。
培養槽の中から救助される被験者達は、例外無く十代前半以下の子供達である。
ウィルの元、救助を行っている制圧部隊や合流した救護班は、その事実に衝撃を受けながらも
被験者達の救助を急いでいた。
「どうも御曹司」
制圧部隊や救護班で臨時に編成された『救出部隊』の隊長は、ウィルの姿を認めると
そう言い頭を下げた。
それに習い他の隊員達も作業を止めて頭を下げる。
「状況は、隊長?」
「芳しくありません。多くの被験者に重度の障害の兆候が見られます。詳しい検査をして
見なければ解りませんが、まともなのは少ないでしょう」
隊長のこの報告にウィルは頷き、一切の感情を見せずさも当然の様に言う。
「ああ。明らかに使い物にならないと解るモノは廃棄してくれ」
「了解しました御曹司」
「龍一には見つからないようにな。アレは色々とうるさい」
これに対する隊長の返答を聞いてから、ウィルは中央培養槽全体を見渡した。
薄緑に照らされた薄暗いこの空間には、所狭しと培養槽が乱立している。
まるでガラスの林を思わせるこの培養槽群に囚われていた被験者達は、その大多数が使い物にすらならない状態だった。
ウィルは何食わぬ顔と声で『廃棄』と言ったが、少なくとも救出部隊の人間にとってその行為は安楽死であった。
余談だが、その証拠に彼らの手で撃ち殺された被験者達は、皆安らかな死に顔をしていたと言う。
辺りを見渡したウィルは、視線を再び救出現場へと戻した。
「隊長、使えそうなのは何体だ?」
「はっ。七体前後でしょう。治療次第でどうにかなる者を併せても、二十体には達しません」
「そうか。思ったよりは多い」
いつも通りの昂揚の無い声で答えたウィルは、一本の培養槽に目を向けた。
「隊長、あれは?」
「あれは使えそうな七体の内の一つです。まだ救出していませんが」
その声を聞きつつ、ウィルは培養槽の前まで行き、見上げた。
付近にあったコンソールに『リディコタイト』と表示されているその培養槽の中に浮かんでいる
被験者は、やはり子供――十歳前後の少女だった。
「トルマリンの一種だったか」
思えばこの一帯には、他にもアクロイド、インディコライト、ウォーターメロン、ショール等
トルマリングループの名が表示された培養槽が立ち並んでいた。
「研究者の趣味か?」
それとも何やら意味があるのか。
ウィルは培養槽を見上げながらあれこれと推測をし始めた。
「御曹司、この被験者のお嬢ちゃんも救出しますよー?」
「ん。いや、それは安直過ぎる。もっと」
「よし、バスタオル持って来い」
「はっ」
「っておい!」
「これって……」
「……貴官ら、これはどういう事だ?」
「いや、羨ましいな、御曹司……なんちって」
「いいか。無暗矢鱈に人の心を読むんじゃないぞ」
「? なんで?」
中央培養槽に隣接した小部屋の中で、山下龍一はバスタオルに包まれた彼が助け出した
マシンチャイルド、蛍――彼が名付けた――にある事を注意していた。
「人の心はプライベートな領域だ。それを勝手に読んじまうのは良くない事なんだ」
「よくない……。お兄ちゃんのはよんじゃった……」
良くない、の言葉に反応した蛍はしゅんとした顔で龍一を見上げた。
そんな蛍に龍一は苦笑しつつ優しく言った。
「いや、俺はいいんだよ。どんな人間か解らなかったんだろ? だから今からだ。その方が
良い。お前も、他の人間も」
「いまから……。うん」
「ようし、いい子だ」
龍一は蛍のポンポンと頭を撫でると、抱きかかえながら立ち上がった。
蛍は龍一が言った『その方が良い』と言う言葉が気になったが、龍一の言い付けを
守り彼の心を読まなかった。
「人がいっぱい居るけど大丈夫だぞ。全部俺の仲間だからな」
蛍を抱きかかえ出入り口に足を進めながら、龍一は彼女が部屋の外に出てビックリしない様にこう言った。
蛍はキョトンとしながらもコクンと頷いた。
彼女は人がいっぱい居るという状況が想像出来なかったのだ。
「何じゃこりゃ!?」
蛍を抱きかかえながら外へ出た龍一は、眼前の光景を見て思わず声を上げた。
年が多少離れた親友であるウィルの足に、全裸の短い薄紅色――と言うか桃色か――の髪の少女が
ひしっと抱きついていたのた。
抱きつかれた本人であるウィルは、いつもの如く表情を全く変ずそこに颯爽たる態度で立っている様に
見えたが、付き合いがそれこそ15年もある龍一には、彼が困ってるのだと直感した。
当のウィルは、自分の足に抱きついた少女を一瞥した後、無視する様に何やら隊員と言葉を交わしていた。
「気に入られたみたいだな、ウィル」
龍一が笑いながら話し掛けると、ウィルはガンを飛ばすかのように睨み返した。
「あ、あのなぁ……」
「その娘は?」
あまりの眼光に少し腰が引けた龍一。
そんな彼が抱きかかえた蛍を見て、ウィルは即座に聞いた。
「ああ。向こうの部屋で助けたんだ。資料は後で取りに行ってくれや。ってそんな事じゃなくてだな」
龍一の言葉に傾きつつ、ウィルは隊員からようやくバスタオルを渡され、それを足に抱きつく少女に
被せる様に放り、歩き出した。
そんなウィルを少女は少しの間ジッと見つめ、そして彼の後を追う様に歩き出そうとして、足を縺れさせこけた。
尚も立とうとするが上手くいかず、ついに赤ん坊の如く這う様にして彼の後を追おうとする。
全裸の、それもとても愛らしい容姿の少女が行う異常でアンバランスな光景に、一同は彼女を
止めるのも忘れ固まった。
ウィルもその様子を感じていたらしく、少し歩いた所で足を止め、僅かな躊躇の後彼女の方に駆け寄った。
「何をやっているのだお前は? 身体ぐらい拭かんか」
いつもの冷淡な声でそう言いつつ、いかにも『仕方が無い』様にウィルは少女を抱き起こし体を拭く。
「お前じゃありません。レディに対して“ひつれい”です」
ウィルに拭かれるがままの少女は、少しムスッとした声を出した。
「レディに“ひつれい”か。こいつはいい」
ウィルは顔に手を当て、冷淡な声のままはっはっはと芝居じみた笑い声を出す。
「わたしの名前はリディコタイトです、ウィルさま。笑うなんて“ひつれい”ですよ」
やはりムッとした声でウィルに向って少女――リディコタイト――はこう言った。
「はっはっはっは。そうかそうか、確かにレディに対して失礼だっ」
今度は芝居じみた物ではなく本当の笑い声を上げたウィルは、そこで言葉を止めた。
「ウィル『さま』?」
「はい、ウィルさま」
「コイツは何を言ってるんだ?」
ウィルは心底不思議そうな顔でリディコタイトを親指で指す。
だが、いくら彼がリディコタイトを『読みとって』もその答えは出ない。
「だってウィルさまじゃないですか。あっていますよね?」
そう言うリディコタイトを意図的に無視しつつ、彼は固まった隊員達に作業の再開を命じた。
リディコタイトの体を拭き終わり、彼女を隊員に渡そうとしたウィルであったが、彼女はその弱い力で
頑なにウィルに抱き付い……と言うよりしがみ付いていたため、それを見かねた隊員達は苦笑しながら
「抱き付かれたままでも指揮は取れますよ」との言葉をウィルに掛け、そのまま各自の作業に戻った。
残されたのは、バスタオルに包まれた桃色の髪の少女に抱きつかれた渋い顔をしている巨漢の青年一人。
蛍は龍一に抱かれながら、不思議そうに首を傾げこのシュールな光景を見ていた。
戦艦アルビオン、発艦デッキ――――――
研究施設での資料、被験者その他の回収作業が一段落したため、先発の制圧部隊は後続の部隊と
入れ替わり、この艦まで上がっていた。
彼らと行動を共にした龍一とウィルもここに居た。
後の作業自体は現地の軍の受け持ちである為、グリプス所属の彼らは実質やる事が無くなった為でもある。
ここまでくれば後はいつ撤退するか位であり、もう楽な物だった。
制圧部隊の隊員達も研究施設とは違い、終始リラックスしたムードに包まれていた。
そんな隊員達が、休憩を取るべくレクリエーションルームや食堂等に向っている中、ウィルは臨時編成の
救出部隊に所属していた(救出部隊は解散している)技術士官から報告を受けていた。
「先の娘、こういう事だったのか……」
技術士官はウィルにとある資料を見せていた。
その資料は、『コードネーム:リディコタイト』に対して行われた実験内容についての詳細が載っていた。
「はい、如何にして精神コントロールを施すかの実験です」
「絶対に裏切らない強固な忠誠心を植えつける為、か……」
リディコタイトには、目覚めて初めて目に入った人間に対し、非常に強固な忠誠を誓わせる精神操作が
施されていた。
「マシンチャイルドとて人間だ。インターフェイスではない。裏切る事態も十分に考えられる」
「ええ、そうです御曹司。故に反逆を防止する為の精神コントロール技術の確立は絶対に必要なのです」
「人間を道具に至らしめる。あ、俺が言えた義理ではないか」
ウィルは天井を仰ぎながら呟いた。
その後2、3遣り取りを交わした後、技術士官はその場を立ち去った。
そしてそれと入れ替わる形で龍一がこちらに歩いてきた。
「何の話をしてたんだ?」
「リディコタイトに施された実験についてだ」
未だ蛍を抱きかかえたままの龍一を横目で見つつ、ウィルはいつもの冷淡な声で答える。
「何か、ヤバそうなのか、あの子?」
「いや、別に命には別状は無い」
龍一は「命には」と言う言葉が気に懸かったが、こちらの言葉を拒絶するウィルに何も言えなかった。
「その娘は預けないのか?」
ウィルは龍一の方を向かず、聞く。
「ああ。そろそろ預けようと思ってるんだけどな。コイツ中々離してくれなくて。お前は預けたんだな?」
「引っぺがしてな」
そう言いつつこちらを向いたウィルは、蛍の目を見た。
蛍はそれに怯え、龍一の腕に強く抱きついた。
「心に壁を作れ」
そんな蛍に、ウィルはいつもと変わらない、それでいて何処か優しげな声でこう言った。
訳が解らず恐る恐るウィルを見る蛍に、ウィルは尚も言う。
「心に壁を作るのだ。そうすれば無暗矢鱈に人の思惟が自分の中に入ってこない」
それだけ言うと、ウィルもこの場から立ち去った。
その場に未だ残っている龍一の腕の中で、蛍は龍一の腕をぎゅっと掴んでいた。
「あのひと、わたしの『これ』知ってる……」
彼女は龍一を見上げた。そこには不安と安堵、両方の感情があった。
「ああ。さっき俺のを読んだろ、そういった心が読める人間には何人か会った事があるって。アイツ
がその内の一人さ」
蛍は納得がいったらしく、コクコクと首を縦に振った。
「あのひと、いいひと?」
そんな蛍が嬉しそうに聞いてきた事に、「そうだぞ」と答えるのはかなり抵抗を感じた龍一は、適当に
誤魔化しつつわざわざ発艦デッキまで来てくれた医療スタッフに彼女を預けた。
「すぐ行くからな。それまで良い子で待ってるんだぞ」
そう蛍に声を掛けつつ医療スタッフを見送った龍一は、改めて発艦デッキを見渡した。
「ジロジロ見んなよ」
「いや、ね。実にお兄さんをしていたからね。あ、この場合は父親か?」
そう言いながら、アッシュブロンドの長髪をアップで纏めた男装した士官が龍一の方へと歩いて来た。
レナード=ティルエルス。少佐待遇で軍の機動兵器開発に携わっている彼の家族同然の同居人である。
「いやあご苦労さん。戦闘結果は見せてもらったよ。立派な物じゃないか。僕も鼻が高い」
「俺は殆ど何もしてねーよ。ただくっ付いて行っただけさ」
朗らかに笑いながら龍一の苦労を労うレナード。だが彼女、もとい今は彼の身長では明らかに龍一を見上げる格好にしかならない。
「12cmのシークレットブーツ履いてそれ位かよ」
「放っといてくれ! 人の気にしてる事を一々言うのは感心できない事なんだぞ」
レナードは指を立てながら龍一に言い聞かせるように言う。
龍一はその無暗に年長ぶった態度に苦笑しつつ辺りを見回した。
「けどこの分じゃお前が関わった機動兵器は出る機会無いな。一回見たかったなぁ」
「男の人だもんねぇ。やっぱ興味有る?」
残念そうに呟く龍一に、レナードは少し悪戯っぽく笑いかける。
「何! 見せてくれるのか!?」
「ふふふふ。付いて来なよ。きっと腰を抜かすほど驚くよ」
途端、目を輝かせる龍一を見て、レナードも嬉しそうに笑いながら龍一を連れ立って歩き出した。
自分が関わった物を見せるのが嬉しく、そして誇らしくて仕方が無いのだ。
「けどこれって大丈夫なのか?」
「ヘーキだよ。機密でもないし、僕の権限内での事だし」
そう得意気に言うレナードの顔は、龍一が今まで見た事の無い様な自信に満ちた物だった。
「発艦デッキの下だよな、ココ」
「うん。て言うかむしろコッチがメインかな。この艦は機動兵器を出来る限り効率よく運用するって言う
前提条件から設計されているからね」
絶えず怒鳴り声や作業音が鳴り響く中、龍一の言葉にレナードは嬉しそうに頷く。
彼らが降りた場所は、この艦のメインデッキと言える機動兵器――と言うかモビルスーツ――デッキである。
「で、見せてくれるってのは? あのこの前グリプス1で見せてもらったリック・デェアスって奴か?」
「龍一、リックディアスだよ。それにそれは前見ただろ? 何で前見た奴をまた見せなきゃならないんだい?」
「今度はコクピット見せてもらえるって思ってよ」
「軍事機密」
この伝家の宝刀を出されては、立場上『一応』民間人である龍一はどうする事も出来ない。
彼は大人しく隣を歩くレナードと共に、モビルスーツデッキの奥へと進んだ。
「少佐ちゃん、その連れは……。ああ、坊ちゃんか」
整備班長らしき人間がレナードと部外者を呼び止めようと声を掛けたが、龍一の顔を見て納得が行ったらしく頷く。
「て事は、アレを坊ちゃんに見せに?」
「ええ、班長。彼がどうしてもって聞かなくてね」
その班長の言葉に、レナードは嬉しそうに傾く。
そんな『彼』に「どうしてもとは言ってねーぞ」と言いつつ、龍一はモビルスーツデッキを見回した。
艦のかなりの領域を占めるモビルスーツデッキには、10機以上の数の全高6mのネルガル製機動兵器
エステナリスが鎮座していた。
そしてその奥、エステバリスと比べ三倍もの頭頂高を誇る何体もの巨人達が、堂々たる態度で
整備用ハンガーに佇んでいた。
前大戦でその脅威の威力をまざまざと見せ付け、一躍兵器の最先端に踊り出た
機動兵器、モビルスーツである。
「ここまで並んでると、また凄いモンがあるな」
興奮を隠し切れない様子の龍一は、子供の様に目を輝かせながら辺りを見回していた。
「グリプス1での見学で散々見ただろ?」
レナードは呆れながら龍一の正面に出る。
「お前は解っちゃいないんだよ。工場ん中居るのと戦艦のハンガーに居るのとじゃ全っ然違うんだよ!」
そんなレナードに、龍一は両手を握り締めながら力説した。
「解ったから解ったから。僕らがここに降りてきた本当の目的を果たそうよ」
その龍一の言葉に適当に頷きつつ、レナードは彼の首根っこを背伸びしながら掴み、引く様に歩き出した。
「こら、待て。お前折角ハイザックを生で見んだぞ。リック・デェアスもだ。もう少し見」
「はいはい。後でね。それからリック・デ『ィ』アスだから。いい加減覚えなよ」
「そ・れ・に。これを見てもまだそんな事が言えるかい?」
そう言ってレナードが指した先には、やはり一体の巨人、モビルスーツがあった。
だがその機体は、龍一が先程見た量産型の機体ではなく、彼、いやこの時代を生きる男にとっての
一つの理想であり憧れその物だった。
前大戦で異常極まりない活躍を見せた機体。
敵将ですら「伝説になる」と言わせしめた機体。
そして文字通り、現在に存在する伝説となった機体。
全ての機動兵器技術者の究極の目標となった機体。
かつて白い悪魔と恐れられたその機体。
ガンダムであった。
龍一はその『ガンダム』を目の前にして固まっていた。
よく見ればシルエットは似ているが形は結構違うとか、カメラアイが緑だとか、バルカンが付いていない
だとか色々有ったりするのだが、そんな事は彼には全く関係無かった。
ただ『ガンダム』が目の前に有る。
ただそれだけで龍一の心は感無量だった。
「おーい龍一。だいじょーぶかい?」
レナードは先程から(感動の余り)全く無反応になった龍一の目の前で手を振った。
流石に心配になって来たのだ。
それにも反応しない龍一だったが、彼の体は震えていた。そして数秒後、
「レナァァァーードォォォォーーー!!」
と絶叫しながら『彼』に抱き付いた。
「いえええぇ? い、いや、わた、じゃなくて僕はとっても嬉しくて、じゃなくて! どどど、どうしたの?」
余りの予想外の事態に、本来の物に戻りつつある口調を必死で戻すレナード。戻り切っていないのは
ご愛嬌。
「お前は最高だぁぁぁ!!!」
と龍一は言葉を続け、力の限り思い切り『彼』を抱き締める。
「って、痛たたたた。嬉しいけど痛いって痛いって!」
「コクピットの中を見せてくれー!」
痛がるレナードに気付かない龍一は、遂に本懐へと手をかけた。
「ダメだって。軍事きみゅつって、いたたたた!」
「そこを何とかー!」
痛がりながらも何処か嬉しそうなレナードは首を横に振るが、そんな事で諦める龍一ではなかった。
「お願いだーー!」の叫びと共に更に増大する龍一の力。
このままだと全身の骨がエライ事になりかねないと判断したレナードは、とうとう許可した。
「解ったから解ったから! けど絶対誰にも言っちゃ駄目だぞ!」
それを聞いた龍一は今まで抱きついていたレナードから離れると、「俺は口が硬いから無問題!」
と言いながら、『ガンダム』の下へ駆けて行った。
「あ〜、もう。いたたたた」
レナードは、
(龍一は本当に口が堅いから大丈夫! ……たぶん)
等とさっき自分が言ってしまった事への言い訳を心の中で呟きながら、まだ痛む体を擦っていた。
幸いな事に、彼らに気付いている人間は誰も居なかった。
そう言った状況の中、まるで隙を突くかの様に警報が鳴った。
「敵襲!? 龍一、ブリッジに!」
整備員達の動きが途端に慌しくなる中、レナードも龍一に声を掛けた後、弾かれる様にブリッジへと急いだ。
龍一が返事をしたかどうかは確かめられなかった。
戦艦アルビオン、ブリッジ――――――
「如何なされた、艦長?」
警報を聞きブリッジへと急行したウィルは、開口一番こう尋ねた。
「見ての通りです、御曹司」
艦長が指したスクリーンには、索敵結果である敵艦と思しき赤い点が4つほど表示されていた。
「作戦目標に悟られない様無線封鎖をしていたのが裏目に出たのです。回復した途端、これでした」
艦長は指したスクリーンを苦々しく睨む。
表示されている距離はそんなに遠くない物だ。
「迎え撃つのに不安があると?」
ウィルは腕を組みながら壁にもたれかかる。相変わらず昂揚の無い声で、表情も一切変わらない。
「いや、それについては全く問題ありません。逆に搭載兵器の実戦テストが出来てありがたい位です」
「では何故?」
それに答えたのは、ウィルと同じく警報を聞きブリッジに駆けつけた音無だった。
「下に展開してる連中さ。彼らはまだまだ作業中だ」
「成る程。彼らを防衛しながら戦わねばならない」
音無は頷き、艦長席の隣に座る。
「脱走者の逮捕及び掃討の為に結構な範囲に展開している。連中とは近いし、戦闘に巻き込みかねない」
「無論、細心の注意は払うがね」と付け足しつつ、音無は前を向いた。
(こんな物を真近で見れるとは。俺はツイているな)
戦闘体制へと変わり、緊張感が増すブリッジの中、ウィルは思わぬ事態に頬を歪ませる様に笑った。
「す、すいませんっ。お、遅くなりましたっ。はぁはぁ」
息を切らせながらレナードがブリッジに転がり込む様に入ってくる。
運動神経が存在しない、と龍一に常日頃から言われている『彼』には、モビルスーツデッキからブリッジ
に上がる事でも大した運動だった。
「最近また体力が落ちたか、お前?」
腕を組み、壁にもたれかかった姿勢のまま、ウィルは必死で呼吸を落ち着かせようとするレナードを見る。
「仕方ないだろ。僕は技術者なんだ。あ、大佐、艦長。龍一はすぐに来ると思います」
と言いながら、て手近にあるコンソールに手を付くレナード。
その背中にウィルは「鍛えろ。もしくは太れ」と無情な言葉を突き刺した。
「本当は遺書を書くのが決まりなんだがね」
とこちらを向く音無。戦闘指揮は艦長に一任している。
「必要無い。落ちないんだろう、大佐?」
ウィルは相変わらず昂揚の無い、それでいて信頼を込めた声で言う。
「勿論だ」
音無の言葉と共に閃光が奔る。
戦闘が始まった。
戦闘はペナルティを背負ったものの、地球連合軍側が優位に進めていった。
「こちらに攻撃が当たった筈なのに被害らしき物が」
「ディストーションフィールド付いてるだろ?」
「先程こちらの主砲から発射されている在り得ん色のビーム?は何だ?」
「グラビティーブラスト。ミーティングで聞いたろ、この艦には搭載されてるって」
「聞くのと実際生で見るのとは全く違う。故に確認したのだ」
ウィルの疑問にレナードが答える。
そんな光景が出来るほど、この戦闘の推移には余裕があった。
「ではこの艦には総転移エンジン、だったか。それも搭載されている?」
「『相』転移、ね。ああ、搭載されている。けど大気圏内じゃ効率悪いから、主動力は従来通りの
熱核反応炉さ。この艦はあのナデシコと同じく、新技術の検証艦って訳だね」
自分の得意分野の為か、饒舌に説明し続けるレナード。
それに対して音無は、もう少し自重しろと言う意味も込めて咳払いをする。
それを聞いたレナードは、「一般発表はもうすぐだから、それまでは喋らないでくれよ」と
頭をポリポリ掻きながら苦笑した。
一応軍属なのだから、もう少し自覚を持ったらどうだ、とは思ったが、やはり全く表に出さず
ウィルはブリッジ上部のスクリーンやモニター、そしてブリッジからの生の景色に意識を移した。
アルビオンから放たれたグラビティーブラストの重力子と灼熱したメガ粒子が、カトンボ級駆逐艦
と思しき敵艦の急所を貫いた所だった。
「これは凄い」
ウィルは呟く。
感嘆したが故の言葉であるが、相変わらずその声には昂揚が無かった。
「湧いて来ましたな」
「ああ。こりゃエステに出張ってもらわにゃならないな」
湧いて来たとは、木星蜥蜴の小型無人兵器が敵艦から出撃した事を指す。
今回は戦闘前に展開していた小型無人兵器は、戦闘開始時の艦砲射撃等でそれなりに数を減らして
いたので、再出撃したと言う意味合いである。
「モビルスーツも出せるだろ、艦長」
「はい。ああ、そう言えば『アレ』の実戦テストがまだでしたね」
艦長は音無からの確認に頷くと、矢継ぎ早に機動兵器出撃の指示を出す。
「エステバリス隊は対空防御を第一に。モビルスーツ隊は敵陣深くに突っ込め。どうせ奴らの攻撃で
脅威となるのは敵艦の主砲ぐらいだ。喰らうなよ?」
その艦長の言葉に、ブリッジに通信を入れていたパイロット達は皆噴出した。
戦艦アルビオン、機動兵器デッキ――――――
「操縦桿とかはゲーセンやエステのとあんま変わんないな。これなら操縦出来ちまうぞ」
出撃命令が下った為更に慌しさを増したデッキの中、龍一は未だ先程駆け寄った『ガンダム』の
コクピットの中に居た。
理由は単純明快、外の状況が掴めなかったので無闇に動き回るよりはこの場に留まった
方が良いと勝手に判断した為だ。
無論、今し方レナードが言った言葉など耳に入っていなかった。
「凄いなコイツ。例の伝説の7号機かと思ってたけど全然違う。マイナーチェンジでもない完全新型だ」
コクピットシートの側面に納められていた『取扱説明書』を見ながら唸る。
「それにこのコクピット。全天周囲モニターにリニアシートって奴だよな。回り全部がスクリーンになって
リアルタイムCG補正された外の景色を映し出す……だったっけ?」
コクピットシートに座りながら、球形のコクピットを見回す。
シートの座り心地はすこぶる良かったが、そんな物は大して気にならない。
このコクピットは、二ヶ月前乗る羽目になったエステバリスや、雑誌などで見る物とはやはり全く違っていた。
今実際に座っているこの空間は、紛れも無くこの巨大な兵器の中心であり、外界とはまた違う
戦場になるのだ。
その感触を、龍一はエステバリス以上に肌で感じていた。
「えーと、『ムーバブルフレームと全天周囲モニター、そして設計当初は計画されていなかった治金学の
進歩で安価に、そしてさらに高性能になったガンダリウムγ合金を採用したこの機体は、次世代
モビルスーツのスタンダードとなる機体です。この機体はRX-78ガンダムの真の後継機なのです』か。
まるで営業用のカタログじゃねぇか」
等と言いながら、龍一は『構成、文:開発主任フランクリン=ビタン』の名が入った機体解説の
ページを捲り続ける。
あまりに興味深かったのか、彼はもはや完全に周りの事が目に入らなくなってしまっていた。
そして、このコクピットの全天周囲モニターが作動してようやく
「あれ? 何で周りの景色が写ってんだ?」
気付いた。
「何か起動してるっぽいぞ、オイ!」
誰ともなく叫ぶ内に、『ガンダム』は基本的な装備品であるビームライフルとシールドを専用ハンガー
から自動的に装備していく。
シート正面の細かいセッティング用のキーボード等と一緒になっているモニターには
『IMPC(Integrated Maneuver Propulsion Control=総合機動推進制御) ON)と表示されている。
IMPCとは、発進、巡航、空間戦闘、着艦、歩行の五つの基本機動推進を自動的に制御するシステムである。
文句無しに現行第一級の機動兵器機体管制システムであるこれは、口さが無い熟練パイロット達からは
人間を堕落させる妖精に例えて『インプ』と読んでいる。
「けど、何で機体管制が勝手に働いてんだ……?」
このシステムを切って何とかコクピットから抜け出そうと、必死に『取扱説明書』の索引を見る龍一。
そこに、通信が入った。
ブリッジからである。
戦艦アルビオン、ブリッジ――――――
「お前、そこで何やってんの?」
音無は通信画面に映った龍一を見て、顔を引き攣らせた。
『RX-178』と印刷された冊子に顔が隠れていたが、見間違うはずなど無かった。
《レナード騙くらかして見学してたら、勝手に機体が動いちまって》
そんな通信の龍一に、レナードは「そんな事はない」と言いかけ、口を噤んだ。
ウィルに止められたからだ。
「お前は……。この馬鹿タレが!!」
音無が画面の龍一に向って怒鳴る。
そうこうしてる内にも、『ガンダム』の機体はカタパルトに向っている。
後続の出撃の事もあり、ここでこの機体だけ出撃を取りやめる事は出来ない。
「何故あれは勝手に起動してるのだ?」
龍一との通信画面の隣には、龍一が乗り込んでしまった機体――ガンダムが映し出されている。
ウィルはその画面を指した。
「機体管制を司る『IMPC』の発艦は、ブリッジからでもコントロール可だったりするんだ。今回は
今龍一が乗ってる機体に限って、それもテストする予定だったからね」
レナードは頭を抱えながら呻くように呟いた。
「予定通りしたらああなってしまった」
「うん……」
あくまで昂揚も無く、ただ淡々とした声で聞いてくるウィルに慰めなど期待できる筈も無く、レナードは
とても不安げにモニターを見た。
自分さえあの時しっかりと龍一をブリッジに呼んでいたらこんな事にはならなかった。
彼にもしもの事があったら私は――――
そんな恐ろしい想像をしたレナードの肩に、ポン、と手が置かれる。
彼女はハッとして顔を上げると、手を置いた主であるウィルは首を横に振っていた。
「アレとお前が関わった機体だ。信じろ」
何時もと全く変わらない鉄面皮と昂揚の無い声。
だが、その声は力強さに満ちていた。
レナードは頷き返すと、通信画面を見た。
そこには龍一に散々説教をした後、渋い顔をしながら「逃げ回れば、死にはしない」との言葉を送る音無があった。
「操縦の仕方の基本は、お前が乗り込んだエステと一緒だ」
モニターに向って言う音無に、艦長は横から声を掛けた。
「よろしいのですか、大佐?」
「奴はナデシコ乗艦時、二度エステバリスで出撃している。勿論訓練など全く受けずにだ」
「坊ちゃんが例のニュータイプとでも?」
「――――――。センスがあるってのだけは確かさ」
まるで打ち切る様に会話が終わったその時、龍一が搭乗する『ガンダム』は甲板上部にあるモビルスーツ用
カタパルトへと続くエレベーターに乗った。
遂にこの機体の順番が回ってきたのだ。
龍一が一呼吸すると、もう既に甲板上部のカタパルトだった。
「それとお前はアムロ=レイじゃない。その事だけは頭に入れとけ」
ヒーローでもなければ何でもない。たまたま乗り込んでしまっただけの唯の人間だ。
だから調子に乗ってはいけない。
そんな意味を込めた音無の言葉を心に刻み込みながら、龍一は眼前に展開されている戦場に意識を移した。
数秒後、発艦ランプが青に変わり、製造以来はじめて『ガンダム』Mk-2は戦場に出た。
白いその機体は、夜の闇の中で輝いて見えた。
空に放り出されたガンダムMk-2は、空を飛んでいる、否滑空している。
その誕生以来15年以上たった今でも、モビルスーツには飛行能力は存在していない。
大気圏内で飛行を実現させたエステバリスと比べて、何十倍もの重量差があるこの巨人を
単体で自在に空に浮かせる程パワーのある推進機関が未だ開発されていないからだ。
その為、モビルスーツに空戦能力を付加させる事は、その開発において一つの到達目標である。
それはさておき、ガンダムMk-2のコクピットの龍一は、その全天周囲モニターに映る縦横無尽に空を
駆け回りながら近付くバッタやジョロを片っ端から撃破しているエステバリス空戦フレームを見ていた。
それらはすぐに後ろに流れ、モニター前面には二隻の木星蜥蜴の艦船が映る。
側面には先に出撃したリック・ディアスやハイザック、そしてアルビオン等から砲撃を喰らいながら
その身を火に包まれ墜ちて行く戦艦。
龍一はフットペダルを踏み締めた。
途端スラスターの出力が上がり、滑空し徐々に高度が落ちてきた機体が浮き上がる。
《小刻みにスラスターを吹かしながら落ちて行くのが攻撃を喰らわないコツです》
仕方ない、と言った顔でアドバイスを送ってきた他のモビルスーツのパイロットの言葉に
頷きつつ、ロックオンされたバッタにトリガーを絞る。
ビームライフルから吐き出されたメガ粒子は、バッタを瞬時に蒸発させ、その後続にいた
バッタやジョロも吹き飛ばした。
再び高度が下がってきた龍一は、全天周囲モニターの足元とレーダーに木星蜥蜴の艦を見つけた。
今度は言われた通り、小刻みにスラスターを吹かし敵の対空砲火をかわしつつ、ロックオンされた三つの
目標に従って、ビームライフルに対応したトリガーを三回絞る。
三連射されたビームは、敵艦のディストーションフィールドに阻まれる。
「3発でも効かない?」
そう言いながらも再びビームライフルを発射し続けるガンダムMk-2に、敵艦の傍を飛んでいたバッタや
ジョロからミサイルやチェーンガンが放たれる。
かなりの数がガンダムMk-2に命中する。
元はテスト運用を行う予定だった為か、この機体のディストーションフィールドは作動していないらしい。
だがエステバリスならば致命傷になりかねないこの攻撃も、ガンダリウム合金の前では
装甲を焦がす程度の物だった。
「効いてないぜ!」
見に迫る恐怖を振り払うかのように龍一は叫びつつ、対空砲火を掻い潜りながら敵艦へと肉薄していく。
攻撃を喰らうたびコクピットが揺れるが、そんなものは些細な事だと機体現状表示が示している。
エステバリスよりもさらに高度な慣性制御により、全くGを感じないコクピットの中で、龍一は
ビームライフルのトリガーを引き続ける。
敵艦の周りには、サブフライトシステムに搭乗したリック・ディアスやハイザックが、周りを旋回しつつ
手持ちの得物を叩き込んでいた。
ディストーションフィールド上からである為、未だ敵艦本体へはダメージを与えられていないが貫くのは
時間の問題である。
その時、もう一隻が火球に包まれ轟沈した。
アルビオンの砲撃でにディストーションフィールドが破られ、後はこちらの得物であるビームピストルや
クレイバズーカ等でタコ殴りにされたのだ。
木星蜥蜴の艦艇は防御をディストーションフィールドに頼り切っている為、一旦フィールドが破られれば
それこそ張子の虎であった。
そのディストーションフィールドに、対空砲火を喰らいつつガンダムMk-2が突っ込んだ。
度重なる砲撃によりフィールドは弱っていたものの、それでもモビルスーツの50t近い質量をギリギリ
受け止めるだけの出力は残っていた。
つまりガンダムMk-2は、大きく形状をゆがめたフィールドに乗っかる形になったのだ。
「おわっ!」
ディストーションフィールドを圧す独特の音がコクピットに鳴り響く中、龍一は素早くモニターを確認する。
今までの戦闘による機体へのダメージは殆ど無い。
ふう、と安堵の息を吐きながら下を向くのと、コクピットに警告音が鳴り響くのは同時だった。
全天周囲モニター下方には、今にも火を噴きそうな火砲が有った。
喰らっても大丈夫、とは言い切れない。
ここは至近距離であるし、何よりも今この機体を狙っている砲は今までの対空砲火よりも断然口径が大きい。
――ヤバイ!!
そう思った時には既にガンダムMk-2の左マニピュレーターは、背中のランドセルから突き出してるラックから
一本の柄を引き抜いていた。
その柄が振り下ろされるのと、柄から形成ビームの刃が発振するのは同時だった。
柄から発せられた形成ビームの刃は、敵艦の弱ったフィールドを容易に切り裂き、ガンダムMk-2の機体を
その内側に降下させた。
「っく! このっ!」
何とか機体を着艦させようと四苦八苦する龍一であるが、その努力空しく半ばめり込む形でガンダムMk-2は
艦に落っこちた。
装甲らしい装甲が張られていない木星蜥蜴の艦である事が幸いしたのか、ガンダムMk-2が突っ込んだ
艦体自体がクッションの役割を果たし、モビルスーツ自体にはダメージらしいダメージも無い。
龍一は、敵艦体にめり込んだガンダムMk-2を起こすと、しばし呆然とした。
自身でも全く想定外の事が起きたからだ。
そしてそれは敵艦のAIも同じであった。
数多に及ぶプログラムの中で、この様な事態に対処する指示は残念ながら存在しなかった。
故にどう対処するか混乱する。
だがガンダムMk-2は敵艦のAIの混乱など微塵も気に留めず、艦の中枢たる相転移エンジンブロックに
右マニピュレーターに保持する得物、ビームライフルを向ける。
想定されていない事態への対処は、知恵を持つ人間の領分だ。そう言わんばかりに。
当然AIはそんな事は解らない。
唯一つ判断出来た事は、この白亜の巨人が今の自身にとって最大の脅威である事だけ。
次の瞬間、ガンダムMk-2のビームライフルが火を噴いた。
急所にビームライフルを叩き込んだ後のガンダムMk-2の動きは迅速だった。
両足の膝を曲げ、スラスターの推力を利用しながらジャンプする様に離脱。
そのコクピットで、両のフットペダルを強く踏み締めながら龍一は大きく息を吐いた。
モニターに大きく映る敵艦の爆発を見て、何とも言えない高揚感に包まれる。
「俺が、やった……!」
その時、「ピピピ」と何かを知らせる音が鳴った。
ロックオン時等の警告音ではない。
シート正面のモニターには、「SFS side」と表示されている。
「は? っおわ!」
それが何なのか考える間も無く、ガンダムMk-2は機体をあらぬ方向へ機動させる。
その先には、リック・ディアスを乗せたドダイ改。
ガンダムMk-2は、何ら危なげ無くリック・ディアスの隣――ドダイ改に着地した。
「あれ?」
《コッチから、またはそっちからQ送るとオートで動きを合わせてくれるんですよ。便利なモンでしょ?》
隣のリック・ディアスからの通信だ。彼がこの機体をここまで導いてくれたらしい。
「あ、ああ。すいません、助かりました」
《いやいや。モビルスーツには空は鬼門ですからね。そっちもいかにガンダムとは言え母艦までは帰れませんよ》
リック・ディアスのパイロットはハハハと笑う。
《あ、それと大佐、相当怒ってたみたいですぜ。殴られる覚悟は?》
パイロットは悪戯っぽく笑った。
「……今から準備します」
龍一はそれに溜息を吐きながら答えた。
リック・ディアスとガンダムMk-2を載せたドダイ改は、着艦すべくアルビオンへ向う。
全天周囲モニターには、バッタやジョロなどをほぼ掃討し終わり、今は辺りを警戒する為自由に
空を行くエステバリスが映っていた。
ツカツカと、龍一はレナードに先導されながらアルビオンの通路を歩いていた。
未だ晴れ上がる頬を右手で押さえながら、左手には先程合流した蛍を抱きかかえていた。
「……痛そう……」
蛍は龍一の殴られた頬に、その小さな手を触れさせる。
「愛の鉄拳だ。相手を思う心が強ければ強い程その痛さも増す」
その後ろには、ウィルが、やはりリディコタイトを右手で持ちながらついて来ていた。
「あいのてっけん……?」
「あいとぉーいかりのとぉーかなしみのぉー、ですか?」
「……何故お前はそんな事を知っている、リディコタイト?」
ウィルは目線までリディコタイトを持ち上げ、聞く。
「はえ? そう言う風にすりこまれましたよ?」
龍一とレナードが顔を顰める中、ウィルは「そうか」と返し会話を打ち切る。
なでなでと、殴られた頬を触り続ける蛍に、龍一は右手で頭を撫でながら口を開いた。
「俺は悪い事をしたからな。怒られるのは当然なんだ」
つい先程、着艦してガンダムMk-2のコクピットから降りてきた龍一は、問答無用、避ける間も無く
「大馬鹿野郎!」と怒鳴なれながら音無に殴り飛ばされた。
後でまた説教と拳骨まで覚悟していた龍一だったが、ここまでいきなりとは予想外だった。
それからさらに10発近く殴られた龍一は、アルビオンがグリプス1に到着するまで営倉行きとなった。
軍の新型兵器に勝手に乗り込み、戦闘まで行った割には破格の扱いであったが。
「御父上に感謝をせねばな」
「今度は親父にマウンドポジションされるよ……」
ニヤついたようにも見える表情のウィルからの言葉に、龍一はウンザリした声を上げた。
「あいのてっけん……。お兄ちゃんをぶった人は、お兄ちゃんをしんぱいしていた?」
「そう、なんだろうな。ホントに迷惑かけちまった」
腕に抱いた蛍の言葉に龍一ははぁ、と溜息を吐きながら答える。
入るべき営倉はすぐそこだった。
「レナード、ウィル。蛍を頼む。それとこの子らは――」
「何の心配も要らないよ。ただ運動不足が激しくてね。日常生活のためにもリハビリが必要だね」
「そっか」
龍一はレナードに蛍を渡す。
レナードは少し危なげに蛍を抱いた。
「それじゃ、行こうか蛍。それと龍一。半日ぐらいだから我慢して」
「解ってるよ」
その言葉を最後に営倉の扉が閉められる。
鍵がかかった事を確認して、レナードとウィルは歩き出した。
「……お姉ちゃん。お兄ちゃんはずっとあのままなの?」
「大丈夫だよ。さっきも言った通り半日ででられ――。あれ? お姉ちゃん?」
レナードは動きを止める。
「うん。お姉ちゃん」
蛍はしっかりと頷いた。
「ウィルさま、あの人は?」
「ん。自分はアレで完璧な男装と思っているのだ」
「わたし、かみがたとふくを変えただけだと思います」
「ん。正しい物の見方だ」
何やらショックを受けたらしく固まったレナードを横目で見つつ、ウィルはゆったりとした歩調で歩いていく。
その後には、当の固まったレナードに加え、レナードの化粧っ気の全く無い綺麗で柔らかい肌の
手触りが気に入ったのかペタペタと触り続ける蛍と、「お前、ただのコスプレって事に気付いて
なかったのか?」と営倉から声を掛ける龍一だけが残された。
メカニカルデータ
RX-178 ガンダムMk-2
頭頂高 18,5m
本体重量 33,4t
全備重量 54,1t
武装 ビームライフル、バルカンポッドシステム、ビームサーベル×2、ハイパーバズーカ
地球連合の試作モビルスーツ。
公式記録上、大戦後に初めて開発されたガンダム。汎用性は高いが、コロニー内戦闘用として
開発が進められていた。
かの傑作機RX-78の再設計機であるが、ムーバブルフレーム(装甲内骨格)や全天周囲モニター及び
リニアシートなど、最新鋭技術が惜しみも無く投入されており、また初期の設計から変更され
ガンダリウム合金が装甲として採用されているなど、原作の機体とは違い文字通り
『第二世代モビルスーツのスタンダード』となった。余談だが設計変更時、カラーリングも濃紺色からいわゆる
トリコロールに変更されている。
機体ペイロート(容量)はかなり大きく、この機体に対応した周辺機器および武装の開発も進められている。
開発開始から6年を経てようやく実線投入となった通常兵器としては当たり前、モビルスーツとしては
珍しい機体であるが、長い開発期間は伊達ではなく、完成度が非常に高くバランスも優れた機体である。
『遺跡』関連技術としては、ディストーションフィールドジェネレーターが搭載されているものの、未だ
実験段階らしく安定した稼動は出来ない様だ。
なお、直接の開発母体は前大戦からの主力量産期の直系最終形態であるRGM-79Qである。
後書き
前半主役機、ガンダムMk-2登場!
主人公がまだまだ弱いので、原作よりも丈夫に……。
しかーし、改めてこの6〜8話の書き直し。書き直す前とあまりに違いすぎるなぁ。
同じなのは話の筋道だけ……。
良くも悪くも2年経っちゃったからなぁ。
なお、本文で言われている『前大戦』とは……言うまでもないか。
代理人の感想
現状で十分にハイパワーのような気はしますが、周囲がもっとハイパワーなのでこんなもんですか(笑)。
それはさておきMk-2も今後ナデシコと共闘していく段階では、MSとエステの差を考えると、
やっぱりスーパーロボットとリアル系の違いみたいな演出になるんでしょうねぇ。
個人的にはガンダリウムガンマがこんなに頑丈だと言うことがまずビックリですが(爆)。
(初代ガンダリウム以外、宇宙世紀ガンダムの装甲なんて屁みたいなもんじゃないですかw)