フラフラとした足取りで、ウチャツラワトツスク島の研究施設の通路を歩く龍一。その体には外傷は無い。

……如何やら肉体的ではなく精神的なダメージを負ったらしい。

「っくしょ〜。あの熊め〜〜。調子こきやがって〜。」

その精悍な顔も、声もかなり疲れている。あの冗談みたいな白熊と戦闘でもしたのだろうか? しかしその割には、全く傷を負っていないというのは非常に不自然である。

第一、あのような化け物一歩手前な存在と渡り合って、無傷で済むほど龍一は強くは無い。

と言うより、そもそも勝てるかどうかも怪しい物である。あのサイズの生物になると、M4A1アサルトライフルの銃撃でも決定打となるダメージを与えられるかどうか……。

周りに敵兵が居ないので、龍一は更に言葉を続ける。

 

「あの熊! ガキ如きの色香如きに惑わされやがって!! ロリコンか!? 何で

瑠璃と蛍がお願いしただけで簡単にデータ渡すんだよ!!! 

野生はどうした、野生は!!!?

これじゃ俺、吠えられ損じゃねえかよ……。…チビッちまったのに………(涙)。

何はともあれ龍一は、無事(?)データを回収出来たらしい。

だが、この施設での彼の本当の戦闘は、これから始まりを迎える………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ

魔剣士妖精守護者伝

第13話 トラウマ(悪夢)との対峙

 


 

ウチャツラワトツスク島研究施設、研究所エリアの通路――――――

すでに潜入している事が当施設を占拠したアメリカ方面軍の部隊(デルタフォースと思われる)にバレている龍一。

潜入ルートはすでに敵兵が待機している可能性か高い為、別ルートでの脱出を試みている。

ちなみにこの通路、両サイドの壁に水槽らしき物が埋め込まれている。

「培養槽か…?」

このような物はNT研究所にも存在していた。資質が有る実験体を量産したり、交配させたりする為に。

だが、それでは使用するべき物は、人工子宮で無ければならないし、そもそもこのような場所に置く事自体考えられない事である。なお、先に述べた実験は、龍一でも伝え聞いただけである。当事者なのにだ

疑問に思って覗き込むと、何故か掌サイズパンダサイなどが居た(汗)。

可愛い〜〜〜!!。山下さん、必ず回収してきてください!!』

「んな事出来るか! 手前で行け、手前で。」

案の定と言うべきか、ユリカがいきなり回収を命じる(爆)。

『手乗りのパンダ……。可愛いです…。』

『象さん、可愛いな……。』

瑠璃や蛍もすっかり魅了されてしまっている。

『…明らかに遺伝子操作された動物ですね。…可愛いですけど。』

何だかんだ言ってもルリも女の子である。

『一体なんの為に…? …龍一さん?』

「ここ、ニタ研のハズだろ…? 何でこんなのが居んだ?」

先程の熊といい、今の事といい、現実に着いて行けなくなってしまっているアキトが見たものは、自身以上に着いて行けなくなってしまっている龍一だった。

「何でだ!? お前等研究する物間違ってんぞ!!(汗)

今は無き研究員達に向って叫ぶ龍一。因みにその視線の先には、体長2mのハムスターが入れられている特別水槽が有ったりする(汗)。

 

 

 

 

研究施設、居住区通路――――――

敵兵に見つから無いようにするには、潜入ルートとは別のルートを通った方が良い為、迂回する必要性も出てくる。

『誰にでも出来るスニーキングミッション 実践編』にも書かれていた知識の1つだ。

そんな訳で龍一は先程の、この研究施設の存在意義を根底から覆しそうな場所からこのエリアに逃げ出して迂回してきた。

そんなこんなで居住区の通路をひた走る彼は、奥の部屋に敵兵の気配を察知して立ち止まり、覗き込んだ。

 

 

 

居住区、龍一の覗き込んだ部屋――――――

「だり〜な〜。」

などと言いつつ、部屋に置かれている自動販売機から缶コーヒー(1$)を買う敵兵。

部屋の備え付けのソファーに座り込んで、雑談している敵兵も居る。

……如何やらここは休憩室らしい。

(お前等、仕事しろ!!)

と思わず龍一は心の中でツッコんでしまう。

「そろそろ休憩時間も終わりだな。」

「早く行こうぜ。交代遅れたらうるさいからな。」

ゾロゾロと部屋を後にする敵兵達。因みに龍一が覗き込んでいる通路とは別の通路から出て行った。

「そりゃ潜入工作素人の俺でも潜入できるわ。」

と1人静かに呟きながら、龍一は敵兵からパクッた金で缶コーヒーを買った。

 

 

 

 

 

 

研究施設、倉庫エリア通路――――――

提示された脱出ルートには、このエリアを通る事がもっとも時間短縮になると明記されていた。潜入工作は素人の龍一は、他のルートを思いつく事も無かったので、そのまま提示ルートに従った。

(ん?)

ふと左目に違和感を感じる。

(何だ? 今一瞬画像がザラついたぞ?)

左目の義眼が、彼の脳内の視覚野に送る映像。それが今一瞬、一瞬だが異常を起こした。

 

ピー、ピー、ピー

 

「ん?」

この発信音はコミュニケからだ。周りに敵が居ないので、即座にコミュニケを見ると、

『電波障害』

と表示されていた。

その表示を見た龍一は1人呟く。

「連絡が絶たれちったか。まぁこっちにもマップあるし、うるせぇ外野も居なくなったから……。」

そこで一旦言葉を切り、

 

もう芝居続ける必要もねぇから問題なしどころか逆に好都合だな。」

 

と言うと、ポケットから煙草を取り出し、手馴れた手つきで咥え、火を付ける。

「やっぱ美味い。ナデシコじゃ瑠璃がうっさくて吸えねえから、……1週間ぶりかぁ。ああ、懐かしきシケモクの香り。」

プゥーーーー、と紫煙を口から勢い良く吹き出し、再び咥える。そして咥え煙草のまま通路を歩く。

誰が見ても見事な吸いっぷりである。

因みに瑠璃との禁煙の約束は、1週間前にしたばかりである。

 

 

 

暫く歩くと開けた場所に出た。

そこには、先程の発電室前と同じ様な光景が広がっていた。

「こいつぁ…。またあの吸血鬼かよ。勘弁して欲しいぜ。」

周りに転がっている死体は10体程。どれもが皆、ここの警備員であるが、先程より酷い――正確な数が判らなくなる程の――殺され方をされている。

腕を切り落とされているぐらいは当たり前で、生首が至る所に転がっているわ、全身をバラバラにされているわ、それはもう凄惨を極めた光景だった。

………中には壁に鉄パイプで突き刺されて貼り付けにされ、内臓を引き摺り出されている者もいる。

これには芝居の必要が無くなったとはいえ、龍一も吐き気を催し、口に手を当てる。

「あんの野郎…。よくこんな殺し方出来んな。やっぱ吸血鬼か?」

口に手を当てながら、龍一は近付いて来る敵兵の気配を感じ、戦闘態勢を取った。

 

 

「居たぞ!」

「1人だ!」

「撃てえ!!」

一斉に構える敵兵達。だがすでに構えていた龍一は、彼等が銃弾を発射する前に手持ちのM4A1ライフルで、彼等に銃撃を浴びせながら物影に隠れる。

6人の敵兵の内、この不意打ちで2人が倒れた。

咄嗟に反応できた4人は、銃撃を避ける為側に置いてあったコンテナの陰に身を隠す。

「侵入者、人は殺さなかったんじゃないのか? これじゃ話が違う!!

龍一の戦闘スタイルの変化の原因――ナデシコブリッジの監視者(あくまで便宜上)の目が無くなった為、彼等を欺く為の芝居を取る必要が無くなった――の事など知る由も無い敵兵は大声で愚痴る。

ナメてかかった事も有るが、まさか6対1で生命の危機を羽目になるだろうとは思っても見なかった。

そして……

 

 

 

幾許か後、赤く染まったヒートブレードを右手に、敵から奪ったソーコムピストルを左手に持った龍一のみが立っていた。

「コレはさすがに見せれねえからな、瑠璃と蛍には。しかしさっき戦った奴らより弱かったぞ。実力にばらつきがあんのか?」

彼は1人ごちるとすぐに、振り返りもせずにその場から立ち去った。

その後には、4人の血塗れの兵士の死体が転がっていた。

 

このような光景を瑠璃と蛍に見せない。それが龍一がわざわざ芝居をした理由である。

彼は妹達に恐れられる事を何よりも恐れていた………。

 

 

 

 

 

 

 

研究施設、巨大水槽上の通路――――――

龍一は、肩に掛けてあったM4A1ライフルを両手で構え直した。

ここは、これまた用途不明な場所である。このような巨大な水槽を一体何に使うのか?

だが、この巨大水槽に敵が居る事は確かである。しかも見逃してくれる気配も無い。

「よ、よう、また会ったな吸血鬼。」

龍一は少々ビビりながら敵――先程の吸血鬼らしき男――に話し掛ける。

「発電所の…。素晴らしいな、ここまで辿り着くとは…。」

まるで何事も無い様に、トマトジュース(天然100%)をストローで飲みながら、龍一に返す吸血鬼モドキ。だが、龍一がビビるのも仕方の無い事である。

何故ならこの男…、

 

 

巨大水槽中央の水面に浮かんでいた。…と言うか座っていた。

 

「お前…、人間か?

「失敬な!!」

と反論しつつ、缶を投げ捨てる。しかし誰であろうと龍一の様に思うだろう。それは仕方の無い事だ。

「お前は解っていない。こんな事コツさえ掴めば誰だって出来る事だ。」

「出来るかボケがああああ!!」

と叫びつつ、アサルトライフルをフルオートで発射する。

5,56mmの弾丸のシャワーが吸血鬼モドキを襲う。

しかし!!

「フッ!」

吸血鬼モドキは水面をジャンプ(!)して、龍一が居た通路より更に上の階の通路(!!)手すりに跳び乗った(!!!)

「人間極めればこのような動きも可能なのだ!!」

「出来るか!!!」

この遣り取りが戦闘開始の合図となった。

 

 

「シャッ!!」

掛け声と共に吸血鬼モドキは、体を高速に回転させ2本のナイフを投げつけてくる。

「げっ!」

それを体を捻る事で躱す龍一。

避けた際に、警視庁の制服の上に着ている防弾対爆体刃性のコートの左腕を掠ったが、気にするほどの事ではない。…破けているが……。

すぐさまM4A1ライフルを向け、フルオートで発射する。

「フッ!」

手摺りから跳躍し、向こう側の手摺りに飛び移った。…当然人間の運動能力で可能な範疇の事ではない。

手摺りに飛び移ってすぐに、再びナイフを投げつけてくる吸血鬼モドキ。

龍一は、それを地面を転がりながら避ける。

立ち上がると同時に再度M4A1を向けるが、吸血鬼モドキはそれを嘲笑うかの様に軽く跳び、水槽の中に飛び込んだ。

「てめぇ、出て来いきやがれ!」

(ビビりながらも)そう叫びながら水槽にM4A1の弾丸のシャワーを降らせる。これで、調達できたマガジン(嵩張るので5カートリッジ)を全て撃ち果たしてしまった。

その為すぐさまM4A1ライフルを投げ捨て、ソーコムピストルを手に持つ。愛用のUSPハンドガンは弾薬温存の為に使用しないが、威力的にはソーコムも変わら無いので何ら問題無い。

なお嵩張る為か、敵兵から拝借したのはこれ1つのみである。

「………。」

ソーコムを構え、気を取り直して心を落ち着かせ、精神を集中すし、感覚を研ぎ澄ます。

…相手は化け物。冷静さを欠けば、只でさえ薄い勝ち目が綺麗サッパリ無くなってしまう。

だが、元来気性の激しい龍一には、沈着冷静になれ、と言う事は少々キツイ物がある。

その数秒後、水面が動いた!

「シャァァァァァーーーー!!!」

水面から跳び上がった吸血鬼モドキは龍一が居る通路に着地する。水面から5mも跳び上がり、おまけに6回のひねりを加えての非常にアクロバティックな着地の仕方である。

「マ○オか、お前は!!?」

そうツッコみながらもその着地の隙を狙い、ソーコムを発砲する龍一。…しかし、

 

バン、ヒュン

バン、ヒュン

 

それをその場から動かず、体捌きのみで躱す。

「いいっ!?」

そのデタラメな銃弾の躱し方に驚愕の声を上げる。

投擲用ではなく、妖しい光沢と振動音を奏でるナイフ――高周波ナイフ――を構えたまま吸血鬼モドキが口を開く。

「人間の筋肉は雄弁なのだ。持ち主の行動を前もって教えてくれる。」

そう言い終わると、妖しい銀の光を龍一の喉笛に晒さんとする為に、天高く跳躍した。

 

数瞬後、龍一が数瞬前に居た場所に吸血鬼モドキは着地していた。…顔に驚愕の色を浮かべて。

彼はこの攻撃を避けられるとは思っていなかったのだ。

「…お前……。」

ゆっくりと後ろを振り返る吸血鬼モドキ。

 

そこには、紅く染まった刀――ヒートブレード――を右手に、ソーコムを左手に持った龍一が立っていた。

 

 

 

「ヒートブレード? 」

そう呟くや否や、またもや2本の投擲用ナイフを投げる吸血鬼モドキ。

その必殺の威力を持った投射ナイフを、ヒートブレードで斬り弾き落とす。

その様子を見て、吸血鬼モドキは心底楽しそうに笑う。

「そうか…、お前か。ただの噂だと思っていたが、お前がかの噂の『グリプスの魔剣士』なのか…。」

愉快で堪らないといった表情の吸血鬼モドキに、龍一は怪訝な顔をする。

「『グリプスの魔剣士』? そんな大層なもんじゃねえよ。」

「何? 何所ぞの研究施設を壊滅させたのでは?」

「部隊で襲撃かましたからな。それに施設の警備兵も、ガードマンに毛が生えた程度の連中だ。噂になるほどの事かねぇ?」

「…成る程、呆れたものだ。お前は自分の実力がどの程度なのか、理解できていない。」

そう言い終わった刹那、吸血鬼モドキは龍一の首筋を切り裂かんとする為、跳ぶ様に駆け寄った。

僅か数瞬で間合いを詰め、龍一の首筋を捉えられる位置に移動する。

(殺れる!)

この時彼は、自身の勝利を信じて疑わなかった。

しかし、

「オラッ!」

首筋を確実に捉えた必殺の一撃を今放たんとし、非常識な速度で踏み込む吸血鬼モドキの左胸に、龍一の体を逸らしながら放った赤刃の一撃が吸い込まれる様に入る。

龍一の左横を駆け抜けた吸血鬼モドキは、勢いをそのままに巨大水槽に落下した。

ゆっくり近づいて、彼が落下した場所を覗き込む。

そこには、水中深くから染み出る様に広がる紅い靄があった。

「…地獄に落ちたか…。塵は塵に。ちりに過ぎぬ貴様はちりに返るがいい。あ〜めん……だっけ?」

微妙に力が抜ける締ゼリフを残して、龍一はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究施設、最初に潜入したエリア、エレベーターホール――――――

ようやくここまで辿り着いた龍一は、腕のコミュニケを見る。

「まだ連絡取れねえな。何なんだ、この電波障害?」

エレベーターの下行きのスイッチを押して、壁にもたれ掛りながら腕を組む。

「……そういや、今までデルタフォース相手でバレ無かったってのもおかし過ぎるよな…。俺はそんなに強い訳無いし。」

彼自身、この施設での潜入工作で思う事があったのだろう。

「もしかしたら、この電波障害となんか関係あんのかもな。」

故に、この様な突拍子も無い事を思い付く。

「…ってか関係って、一体なんだよ…。んなモンあったらアニメの話になっちまう(笑)。」

そして自分の突拍子の無い考えを笑い飛ばす。

ズキン…

「まだ来ねえのか? 遅えぞ。」

この施設から早く離脱したいのだろう。すこし苛立った声を上げる。

あるいは、これから起こる事を悟っていたからだろうか?

ズキン…

「…結局奴は出なかったな。」

龍一がこの施設にいると踏んだ相手とは出会わなかった。それを少々の残念さと多数の安堵の気持ちで思い起こす。

ズキン…

「ーっつ!?」

先程から無視しようとしていた左目の痛みが遂に我慢出来なくなったのか、左手で押さえる龍一。

「また酷くなってきやがった…。何で……!」

龍一は気付いた。痛みと共に、この施設に潜入する前に感じた“プレッシャー”が襲いかかってきた事に。

「この気配は…。まさか!?」

 

コツ、コツ

 

「中々の名推理だったぜ、小僧。」

足音が響いた方を向くと、右手に槍(カバー付き)を持った連合軍士官(30代後半)が壁にもたれ掛っていた。身長は180cm程で階級章は大佐だった。

男は言葉を続ける。

「警戒体制を甘くしたり(半分は地)妨害電波を流したりしたのは、全部俺がお前と会う為にした事だ。」

男は龍一を知っているような素振りを見せるが、彼自身この男の顔には見覚えが無かった。

「アレから11年…。まさか生きてるとは思わなかったよ…。そしてこうして再び会えるなんてな…。おい、11年ぶりだぜ。まさか忘れたわけじゃねえよな?」

しかし、この気配は…憶えている。忘れる筈が無かった。

「忘れられるか…。やっと会えたな……クソ野郎。」

歓喜とも憎悪とも取れる表情を浮べ、搾り出す様に声を出す龍一。

「おおう、変わってねえなぁ。相変わらず生きが良いぜ。…その様子じゃ、この11年間真っ当に暮らして来たか。グリプスの魔剣士さんよ。」

だが男は、龍一を嘲笑する。

「御陰様でな! けどこの方11年間、てめえの事は忘れた事は無かった……。」

表情から歓喜の部分が一転して消え、憎悪に塗りつぶされる龍一。瑠璃と蛍には、とても見せれる代物ではない。

「俺って愛されてるねぇ。…いやいや冗談だ。そういやここ最近、昔あそこに所属していた連中の生き残りが消されてたが、あれはお前か?」

「安心しろ。てめえもかつての同僚達の下に送ってやるよ。今すぐな!!」

男の問いを肯定し、静かに刀を抜き、眼前に掲げる様に構える龍一。ピィィィィィン、と音を上げて刀身が赤熱化する。それに呼応するかの様に、龍一の心の中では潜入前に消えた黒い炎が再び燃え上がっていた。

「小僧…。そんなふざけた事ぬかすのは、てめえの実力見てからにしろよ。」

男はそう静かに、嘲笑を浮べながら言い放つと、右手に持っていた槍のカバーを外し、下段に構える。

男がその手に持つ槍は、かつて龍一の目を抉った奇妙で巨大な槍だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナデシコブリッジ――――――

「ナデシコの現在地がここですので、そろそろ山下さんが潜入した研究施設が、ナデシコのバックアップ圏内に入ります。」

「ありがとうルリちゃん。それじゃ行って来る。」

ルリは通信を開いて、既に修理が終わった自身のエステ内に入っているアキトに、ナデシコの現在地を伝えていた。

龍一から連絡が途絶えてから早1時間。妨害電波の事を知るよしも無いナデシコでは、龍一は捕まったか、コミュニケを落としたと認識されていた。…無論アキトやプロス達は、最悪の事態も予測していたが。

アキトが出撃するのは、連絡を絶った龍一の発見及び救出する為である。間違ってもムネタケの為ではない。

取り敢えず最悪の事態の予測はしていたが、アキトは龍一の身にそんな事など起きて無いと確信していた。

「さて、ん? 着信?」

ピッ

『テンカワさん、すいません。兄が御迷惑をお掛けします。」

『ごめんなさいテンカワさん。』

通信を繋ぐと、送信者の瑠璃と蛍は出て来るなり頭を下げた。

「いや、そんな事は無いよ。龍一さんも大切な仲間だしね。」

照れくさそうに言って、アキトはナデシコから出撃した。

「……俺もあんな妹が欲しいなぁ〜〜。龍一さんが羨ましいよ……ハァ…。」

という、彼に思いを寄せている人間達が聞いたら、鬼と化しそうな本音の言葉を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究施設、最初に潜入したエリア、エレベーターホール――――――

1人の男が、奇妙な槍を持って佇んでいる男の前で血塗れになって地に伏していた。

 

―――龍一である。

 

「おいおい、さっきの威勢はどうした? ん? 遊びはこの位にしようぜ。」

全身を切り裂かれ、立つ事もままならない龍一を見下ろしながら、男は嘲りの言葉を言い放つ。…無論龍一がもう戦えない事を知った上でだ。

「クソが…。調子こいてんじゃねぇ……。」

地面に這いつくばった状態から、折られたヒートブレードを杖代わりにし、何とか上半身を起こして嘲笑を浮かべる男を黒い炎を宿した瞳で睨みつける龍一。

「まだ物言う余裕があったか?」

ドスッ!

「ぐっ!」

そんな龍一に、男は別段気にする事も無く、容赦無く鳩尾に蹴りを入れる。

(くそっ! こんな筈じゃ…。あの時とは違うのに…。これじゃまるで一緒じゃねえか……。)

そう、こんな筈ではなかった。自分はあの時とは違って強くなった。デルタフォースを相手どる程に。

……だが結果はどうだ? 今こうして、血反吐を吐きながら自身の血で作り上げた紅い水溜りの中央で、無様に這いつくばっているではないか?

(無様だな……俺……。情け無過ぎる………。)

その自分のあまりの情け無さに、怒りを通り越し呆れ果てる龍一。

 

「小僧、オーガスタがお前をお待ちかねだ。連中、生のニュータイプと触れ合う機会は今まで無かったから、お前はいい土産になるよ。機体を譲渡してもらった礼もあるしな。」

男は龍一を見下ろしながら、残酷この上ない事を言い放った。

「なっ! …俺が、そう簡単に…ンな所行くと思ってんのか!!?」

折られたヒートブレードを杖代わりにして、何とか片膝を付いた状態にまで体制を立て直せた龍一は、男を憎悪で染まりきった眼光で睨みつける。…だが、

「うっせえよ。」

今度は槍が振り上げられ、柄で龍一の頭を殴打する。

「ぐっ!?」

そして龍一の髪を鷲掴みすると、

ゴン!

そのまま顔面を通路の壁に叩きつける。

「お前の意思なんざ関係ねえ。…そういやお前は俺の名前知らなかったんだよな。冥土の土産ってヤツだ。教えてやるよ。」

男はいったん言葉を切る。そして……、

「ジェイナス=クリューガー、それが俺の名だ。お前を地獄へ叩き落す男の名だから魂にでもしっかり刻み込んどけや。」

酷薄な笑みを浮かべ、龍一の意識を奪わんと槍の柄を頭に振り下ろす―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究施設上空――――――

「コイツら、いきなり仕掛けて来るとはな。これじゃ着地できん。」

地上からのMSによる対空砲火を避けながらアキトは呟いた。

対空砲火は的確で、並のパイロットなら既に落されているだろうがそこはアキト。見事に避け切っている。

だからと言って、余裕が有る訳ではないが。

「クッ。こんな時にあの時の事を思い出すとはな…。」

アキトの脳裏に浮かぶはかつての復讐者の記憶。そんな自分に腹立たしさにも似た物を感じながら、接近してくるモノアイが特徴的な、濃淡2色の緑を基調とした機体―――ハイザックを迎撃すべく意識をそちらに向ける。

高い生産性と汎用性を持つハイザックは、今現在採用されている地球連合軍の正式量産型MSとしては、最もポピュラーな物である。

「邪魔だ。貴様等と遊んでる場合じゃない。」

ドラムマガジンが特徴的な、ザクマシンガンを発射しながら近づく機体をひらりと躱しながら、そのすれ違いざまに手に持ったDFSで武器ごと手を切り落とす。

「パイロットを殺すわけには行かないからな。」

アキトであれば、例え相手がMSに乗っていようとも、パイロットを殺さずに機体を落とす、ないし戦闘能力を奪う事も十分可能だった。

これを皮切りに更に激しさを増す、ビームライフルやらMS専用マシンガンやらの対空砲火を掻い潜りながら、アキトはDFSを持ち、自分に接近戦闘を仕掛けようとするMSと戦闘を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究施設、最初に潜入したエリア、エレベーターホール――――――

今まさに、ジェイナスが龍一の頭に槍の柄を振り落とそうとしていた時、それは起こった。

 

ドゴオオオンッ!!!

 

「チッ。何だ?」

咄嗟に受身を取っていたジェイナスが見た物は、墜落したらしいオレンジを基調とした量産型MS、マラサイである。トータルバランスを重視したこの機体は、ハイザックの後継機種として現在各地に配備が進んでいる。

「マラサイが墜落? …おい、本部!」

ジェイナスは、状況を確認する為制圧部隊の本部に連絡を取る。

『1機のエステバリスが突入してきまして…。』

「たかが1機、しかもエステだろうが。何故ハイザックやマラサイが撃墜される?」

『どうやらあのエステ、先程の蜥蜴どもを殲滅した例の機体の様です。』

それを聞いて暫し考え込むジェイナス。そして、

「あのビームサーベルの親玉みたいなのを使ってた奴か…。俺も出よう。貴様等じゃ荷が重過ぎる。」

『ハッ! 了解しました。』

通信を切り、辺りを見回すジェイナス。

「どうやらあの小僧、逃げた見てぇだしな…。しかしここまで引き際を心得てるたぁ、末恐ろしいモンがあるぜ。」

そう言い残すとジェイナスは足早にその場から立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

研究施設へと続く通路――――――

誰も居ない筈のこの通路を、折れた刀を杖代わりにしながら、フラフラとした足取りで歩く1人の血塗れの男がいた。………龍一である。

出血が思いの他多量だったらしく、体に力が入らない。

激痛で飛びそうとなる意識を必死で繋ぎとめ、鉛の様に重い体を引き摺る様にして、やっとの思いでMk-2のコクピットに潜り込む。

「…の野郎。逃さねえぞ…。」

シートに座りながら地獄の底から響くような声で静かに呟く龍一。…折角会えた怨敵である。逃がすわけにはいかない。

ジェイナスの予想とは裏腹に、この男はとっくに冷静な判断が出来ない様になっていた。

コクピットに有るサバイバルキットから、止血剤を取りだし傷口に塗りたくる。

「くそっ。痛くて堪んねぇ…。」

そして、同じく取り出した鎮痛剤(瓶入り)の封を開けると、ジャラジャラとまるでラムネを食べるかの様に食い始めた…。

鎮痛剤を半分ほど食べて一息入れる。ちなみにこの薬は即効性である為、すぐに痛みが治まって来た。

その間を使い、乱雑に包帯を巻いていた龍一は、痛みが治まるとすぐさまMk-2を発進させた。

今だジェイナスが居るであろうこの研究施設を、彼ごと吹き飛ばす為に……。

 

 

 

第14話へ

 


後書きゃー

ども、核乃介です。

しっかしまあこの作品、前半と後半のギャップは何だ?書いている本人が思わず突っ込んでしまった…。

何だか龍一えらい事になってるし。マリオ並の身体能力持った奴出てくるし。研究施設はなんか某生物災害ゲー入ってるし(汗)

 

さて、今回初登場した新キャラのジェイナス氏ですが、のっけから飛ばしております(汗)。あの吸血鬼モドキを撃破した龍一をこうもアッサリ半殺し。ああ、なんだか北辰(と黒アキト)みたいだ。実は結構気に入ってたりして…。

まあこの話は、主人公最強主義では無いので、コレでいいかな、と。

 

吸血鬼モドキさん…、モノの見事に元キャラ並の動きをかましてくれました。前回の別人さんの後書きで名前は出てましたが、解る人には解ると思いますが元ネタは“バイセクシャルな彼”です。

かのゲームに僕は非常に影響を受けましたので、コレからも時々そのゲームが元ネタだと思しき物が出ます。…可能な限りご存知無い方の為の補足説明はしますが…。

 

他のMSやっと出せた…。とは言ってもまだ2機(汗)。しかも量産型(ハイザックとマラサイ)(笑)。

空を飛んでいる? あれは空戦フレームの技術の応用です。けっしてイマイチ原理がしっくり来ないミノ○スキークラフトでは有りません(笑)。

 

さてさて、どうやら龍一がトラウマを持つ原因となった“チカラ”も判明してきた(いや、宇宙世紀のMS出すんだからやっぱり…)所でここで御開きといたします。

それではまた次回の後書きで出会いましょう。

 

 

 

 

 


どもども〜今回感想を担当します龍志ですー。

いやーしかし長編を担当するのは初めてなのでドキドキです。優しくしてくださいね?

さて!本編ですが……なんと今まで無敵を誇っていた龍一君が敗北してしまいましたね〜。

いやはや、渋そうなオジ様が出てきたものです。ルックスでも完敗ですかね?(違)

個人的にはコミカルなヴァンパイアなんかは好みなんですが。。

再登場しないですかね〜?

その時には伯爵様か某吸血鬼殲滅機関のあの方でも応援に呼びながら。。

さてさて。今回惨敗を喫した龍一君はどうでるのでしょうか…?

そしてオジ様の再登場は!?(激しく違う)

盛り上がってきましたねー。

次回作に期待しましょう。。