_「どうも、無理な申し出を快く了承していただいて」

「いいよ、僕も・・たまに話したくなるし」

薄く笑う・・無垢な笑顔

まるで、笑うことを覚えたばかりの子供のような



_「レニさんでしたか?」



「ええ、レニ・ミルヒシュトラーセです」



_「生まれはどちらの方で」



「国籍はドイツです、けど・・戦争で父さん達がこっちに引っ越したんです・・その両親も、すぐに死にましたが」



_「す、すみません」



「かまいません・・アキトのおかげで、もう、乗り越えました」



_「そう、そのテンカワ・アキト・・さっそくですが・・・彼との出逢いなどから話していただきたいのですが」



「出逢い?・・アキトとの・・」

苦笑、一瞬目元が緩み・・そのまま震え出す



_「どうかされましたか?」



「いや・・今思い出すと・・すごく、変わった出逢いだったね」

言い、そのまま・・俯く・・・どうやら笑いを堪えているらしい

「時間かかるけど・・いいかな?」



_「はい」



インタビュアがレコ−ダーのスイッチを入れる・・流されるは清流のように澄みきった声

「最初の出逢いは・・戦時中、まだ僕が整備員のまねごとをしていたころ・・」

 

 

 

オイルと鉄錆の匂いが鼻孔を霞む・・まだ、慣れないこの匂い・・・思わず顔が蹙められる、オイルのきつい匂いが和らぐようタオルを口元に巻いているが、ほとんど効いていないだろう

額を垂れるオイルが眼と口元に達しないよう気を付けながら目を凝らし

「坊主、見えるか?」

「見える、漏れてるのは三本目のパイプ」

「よし、締めるから塞いどけ」

どこからか聞こえてきた男の声・・やがて、顔に降り注ぐオイルの量が減り、やがて止まる・・顔を拭くことすらせず、近くの手拭いでパイプを拭くと

「・・・」

そこにゴムを詰め、チューブを巻き付ける・・・修理とはとても言えない杜撰な仕事、けれど・・こんなのでも前線に運ばれるんだ

(・・・何でこんな事、やってるんだろ)

たまに・・自問する

自分の存在が、信じ切れなくて・・・

機体の底にへばりついてオイルにまみれるのは・・・誰?

「誰?」

本当に・・・この人、誰?

「あ・・ごめん、仕事の邪魔しちゃったかな?」

・・・機体の底、隙間、自分の身体でも狭いそこに・・大の大人が1人、オイルに服を汚しながら・・・

「坊主、塞げたか?」

「終わった・・でもぐっ」

いきなり口がタオルの上から塞がれた、睨むと・・すまなさそうな眼差し

一生懸命頭を下げている・・口元に指を一本当てて

・・・自分にとっては、どうでもいいこと

「どうした?坊主」

「・・何でもない、開けてみて」

涙さえ浮かべて懇願する様に仕方なくそう答える、感謝する、と言った感じに頭を下げる男・・・気の弱そうな、けどどこか・・優しそうな男

WINNNNNNNN

突然眼前から駆動音、機体に火が入ったんだ、パイプを高圧のオイルが走り

「・・駄目、漏れてきてる、結構深いよ」

チューブからこぼれるはオイル・・応急措置じゃ駄目みたいだ

「とっ替えか、しゃあない、坊主、任せた」

・・また一日機械いじりか・・・・溜息を付く自分の眼前で

ピチィッ

「!!!!」

「・・・止めて、ゴムが飛び出して溢れた」

「あいよ」

オイルを顔に浴びて悶え苦しむ男・・・・無様

 

 

 

「何であんな所に居たかは教えてくれなかったけど・・・しばらくしたら何となく分かったよ」

言い、溜息を付く・・少年と少女の中間に位置するような中世的な・・美少女


_「ええ、私にもだいたい想像は付きます」



「・まぁ・・その時はまだ・・あの人が、そんな偉い人なんて思わなかったけど」

笑い



_「機体の裏に潜り込んでるというのは・・確かに、想像できませんね」



「逃げてたんだよ、たぶん・・・休日になると押し掛けてくるファン達から」

 

 

 

「・・・」

目の前では男が僕のタオルで顔を擦っている

眼球自体は傷ついてないらしい、とっさに眼を閉じれたとか・・けど、熱せられたオイルは熱いし、それでも染みる物は染みる

「・・早く出て水で洗った方がいいよ」

「あ・・それは・・・ちょっと」

バルブを閉めて、オイルの流れをせき止める・・その後でナットを緩め

「失明したいの?」

「・・出たら命まで危ういしね」

借金取りにでも追われてるのかな?・・・最近は減ってきたのに

「タオル、ありがとう」

「いいよ、どっちにしろ顔を拭くための物だから」

既に真っ黒な自分の顔・・今更タオルの一枚や二枚じゃ関係ない

「あ・・ごめん」

ふと、その顔を覗き込む・・申し訳なさそうに、涙を浮かべながら

「・・やっぱり、目に入ったんじゃ」

「かもね・・けどまぁ、丈夫だし」

丈夫どうこうですむ話じゃない・・馬鹿な人、それが初会話を経た後の印象

・・けど、馬鹿なだけで悪い人じゃない

その笑みを見ているとそんな感じがしてくる

「・・これも使うといい」

自分が口に巻いていたタオルを渡してやる、強いオイルの匂いが鼻を刺すが・・どっちにしろ時間の問題だ

「でも」

「それと・・眼を見せて」

黒い眼をじっと覗き込む・・吸い込まれるように深い瞳

「・・・入ったんだろう?眼に」

「えっと」

やはり馬鹿のようだ、失明の危険を教えられながら満足な措置もしない

・・まぁ、手もオイルまみれで大したことは出来ないだろうが

「じっとして・・動いたら外に追い出すから、目を洗いに外に行きたくないなら大人しくしてるんだ」

自分の傍らの水筒を頭から傾けてやる

「うっ」

「僕の飲み水だ、汚くない」

すぐに直接眼に傾けてやる、大量の涙が流れ出

「・・足りなかったか」

空になった水筒の底を叩くと、オイルにまみれた手で男の両頬を掴み

「あのちょっと・・この体勢にはトラウマが・・」

・・・向き合って顔をこちらに向けさせるのに何のトラウマがあると?・・・

「それなら、すぐに外で目を洗ってくるといいよ」

そのまま・・涙で濡れる男の目に唇を付ける

ちゅっ

「ちょっと」

「・・ぷっ」

そのまま、吸い出した涙を吹き出すと・・眼を舐め

「・・な、何を?」

「嫌なら出て目を洗う、出てきたくないなら涙を大量に出す・・問題が?」

・・・外的要因、特に眼球への直接の刺激は容易に涙腺を刺激する、唾液ならオイルに比して摩擦も少ないし、口なら多少のオイルは問題にはならない、寸前までタオルで保護してあった口なら清潔だろう・・・

・・・まぁ、唇による肌への接触を過剰な親愛行為とする国もあるし・・さすがにこれはやりすぎかなぁと言う気がしないでもないが・・・本人が気にしなければいいだろう

何度も、眼を閉ざし舌先で男の瞼から眼球を舐め

「・・・後はこれで拭いてください、綺麗な側を使って」

口元に巻いていたタオルを渡すと、再びパイプの取り外しに勤しみ

「あの・・ありがと」

「・・いいです、そこにいてもいいですけど邪魔しないでくださいね」

憮然と言う自分に苦笑する男・・それを横目に捕らえ・・喉の渇きに耐えながらパイプを交換していく

・・・周りからは女性パイロットと女性オペレーターの声が響き、そのたびに男が震えてた気もするが・・

(・・・覗きでもしたのかな?)

戦乙女を怒らせた男に心の底で同情しながら、オイルにまみれる自分・・・今日は、一日こんな作業のようだ・・・・・・・

そして・・・

「結局一日ここにいましたね」

「あっと・・久しぶりにゆっくりできたかな」

もう人気もないドッグ、窮屈な姿勢で固まった身を伸ばしながら息を付く・・久しぶりの新鮮な空気に安堵し

「半分は寝てたみたいですからね」

「・・前は、ずっとこんな感じで寝てたからね」

「?・・」

水を喉に流し込み、振り向く・・目の前には結局オイルで真っ黒になった男の顔

「・・・弾薬と機体の隙間で・・たった2人、空の片隅で・・・」

それは・・・やけに、重い響きを併せ持ち・・・

「だから、懐かしかったよ・・君には邪魔だったかも知れないけど」

にこりと笑う

初めて・・・明るい灯の中で見るその笑みはやけに明るく輝き・・

「あ・・・」

どこか、惹きつけられる・・今になって瞳に口付けた唇が熱くなり、そっと・・頬が男の指に拭われる

「君も真っ黒だね・・君みたいな子まで、働いてるんだね・・」

「・・父さん達が死んだから、働かないと・・」

「そっか・・」

男の手が頭をぐりぐりと撫でつけ・・・

「あっ」

青ざめた顔でその手を見る・・男の、油まみれの手と・・・オイルを刷り込まれた白銀の、自分の髪を

「・・・・・・」

見上げる前で、真っ青になる男・・・

「どうかしたの?」

「いや・・ご、ごめん」

ふと、髪に付いたオイルを気にしているのだと気付く・・それに微笑し・・本当に久しぶりに、笑い・・

「構わないよ、それより・・戻らなくていいのかい?」

「・・・・部屋で、待ち伏せされてそうだしな」

どうやら借金取りはよほどしつこいらしい

「なら、僕の家においでよ、シャワーも浴びないといけないしね」

 

 

 

「結局、その日は泊めてあげたんだ・・久しぶりに温かい食事を頂けたしね、シャワーを浴びて出てきたらあり合わせで料理が作ってあって・・驚いたけど・・美味しかったな」

暖かい笑み・・透明な、微笑み・・それはとても美しく



_「・・・はぁ、いきなり・・一泊ですか・・それは」



「ずっと男の子としてみられてたからね」



_「ですが、その・・・キスの方を」



「背が低くて胸も薄かった、あのころの僕は12.3歳に見えるよ・・たぶんね」



_「そうですか」



「翌朝帰ってから、けっこう詮索されたらしいけど、僕が隣にいたおかげで、少しは言い訳しやすかったみたい・・その時、会話の端々でパイロットだって事は分かったよ・・借金まみれの、って思ったけどね・・それから、たまに暇が出来るとドッグの隅で昼寝するようになったんだ、僕の家にも何度も逃げてきたよ」

くすくす笑う少女



_「何度も・・ですか、それは・・ 」



「まだ・・気付いてなかったからね・・・気付いたときは、大変だったけど」

 

 

 

「ごめん、レニ」

「いいよ・・アキト、いい加減身辺整理したらどうだい?」

足が付いてないからとよく利用するようになった僕の部屋、そこでアキトが申し訳なさそうに座っている

「あう・・あああと」

借金いくらあるんだろう・・・そんなことを考えながら

「そうじゃなくて、いや、それもあるけど・・また、髪・・」

・・・そういえば、さっきも頭を撫でられた・・オイルまみれの手で・・もう、どうでもいいことだから忘れてた

「いいよ、洗えば落ちるから」

「・・この間は落ちてなかった」

「次の日には落ちるよ」

溜息を付く男・・こういう仕草は妙に同情を誘う・・日頃から苦労性なんだろう

「手伝おう、レニは大人しくしてるといい」

「・・・そう?・・なら、お願いしよう」

狭いバスルーム、2人入れるかは分からないが・・まぁいい、きっとそれが、楽しいから

共にいることが、苦痛でないのなら、それはきっと幸福

バスルームに消えたアキトに苦笑を向け、服を脱ぎ捨てるとタオルを巻き付けてシャワーの下へ

「さっさと落とすぞ」

「ん・・」

ユニットバスに座らされ、頭からシャワーを浴びせられる・・顎を伝うお湯と、髪を梳く指が気持ちよく感じられ

(・・・父さん・・・)

そのまま汚れが流される・・側にいる、暖かな感触・・

「・・・アキトも座って」

そのアキトの髪を・・指で梳いてやり・・・

そのまま、広い背中に抱きつく

「レニ?」

「・・・」

ぽんぽんと、頭を叩くアキトの指・・・それがむず痒く、身を震わせ・・・ふと、アキトの身が強ばる

筋肉の緊張が伝わってくる・・・

ギ・ギ・・ギギッと、きしみすらあげてアキトの首が振り向き・・自分の顔を覗き込む

首を抱いたまま、それに目を合わせ

「・・・レニ・・・1つ、聞く・・・」

緊張した声・・・弛緩した喉を震わせ

「お前・・・女の子?」

「?・・そう、もうすぐ16かな」

・・・それを確認した瞬間あっという間に身を引き剥がすと外へ飛び出していくアキト・・・一瞬の早業、ふと・・自分の細い身体を見

「・・そういえば、膨らんできたかな?」

・・微かに、頬が熱くなった

 

 

 

「結局その日はアキトに逃げられて、でも・・約束を取り付けて・・・で、ちょっとした意趣返し」



_「・・・」

 

 

 

目の前で微笑む少女

白銀の髪は櫛で梳き下ろし、丁寧にならされて肩で揃えられた・・

いつもオイルで汚れた顔は、赤らめられた頬の下で薄く白い輝きを見せ

蒼い眼が・・空を映したように深遠に広がる

「・・・レニ?」

自分が汗ばむのがよく分かる・・よりによって、待ち合わせは宿舎前・・あの子達の視線が痛い

「初めてかな?スカートなんて・・似合う?」

「・・・」

レニの言葉に自分の生存本能が叫びをあげる・・・今まで、おおっぴらに女の子とデートしたことはない・・今回も、いつもの買い物と言うことで了承したが・・スカート・・・似合って、可愛くなって・・・

・・・とりあえず・・感想を・・・

「この間見せた裸より恥ずかしいよ・・」

・・・やばいです・・・やばすぎです・・・殺気が膨れあがって・・・・

「『アキトさ」』

「逃げるぞ、レニ」

「うん」

レニを抱きかかえるとそのまま走り出す・・




「・・・楽しかったよ・・とっても」

くすくすと笑い、写真立てに飾られた・・・お姫様だっこされ幸せそうなレニと2人の恋人候補とその他多くのファンに追われ顔面蒼白のアキトの写真・・

橋を飛び越えたところで撮影されている・・レニがアキトの頬に唇を付けて・・



_「その写真・・」



「その時の写真」

悪戯っ子のような笑み



_「・・・計画的だったんですね」



「うん、同じ少年兵だった子に頼んで撮ってもらった」



_「・・・」



「寂しいときはいつでも側にいてくれる・・・アキトが僕にくれた約束、護って・・もらう、僕はもう、アキトの側にいないと駄目だから・・もう1つの約束もね」



_「ど、どうも・・ありがとうございました」

 

 

 

「・・・・・・・・」

冊子を握り、震える少女に話しかける女・・・その目にも怒気はあるが、少女達の怒りはそれでは収まらない

「何を?」

「・・アキトとお風呂にはいれるのは私だけなのに・・・」

「・・・私より年上・・・」

・・・当時15歳、今なら結婚も可能な年齢だ、その年頃の少女が2人にその意思がなかったとはいえ同棲のように寝食を共にした・・それが許せないのだろう

そして、金と銀の髪を持つ姉妹もまた

「・・あの時、少年と勘違いしなければ」

「・・・・週に三度は、行方不明になることがありましたね」

沸々と怒りを募らせる2人・・現在の彼女の容姿が美少女と呼ぶに相応しいことがなおさら腹立たしい

「それで?この子は今どこに?・・徹底的に聞き出さなければ」

「数ヶ月前に辞職願いを提出しているわ・・それ以降は料理店のウェイトレスとして短期のアルバイト・・・最終日に・・黒ずくめの男と共にタクシーで駅へ・・・昨日ね」

「・・・・・・アキト・・さんは?」

「行方不明・・・・・・」

「・・・・」×15

 

「・・・」

「終わったかい?」

「うん・・」

風がそよぐ・・それを、身に受けながら・・

草原の高台に立てられた墓地で、空を見上げる少女・・・

「約束・・守ってくれたんだ」

「・・今まで、約束を守れたことは滅多にないからね・・それに、子供との約束はなにがなんでも守ることにしてるんだ」

薄く笑う少女、肩まで伸びた髪は今日のために切り揃えた・・

成長した自分を、見てもらいたくて、服も・・スカートをはいている・・少し気恥ずかしいが

「僕、今日で16だよ?・・分かってる?」

「・・・(汗)」

「まぁ・・あの頃ろくな物食べてなかったし、細いのは仕方ない・・アキトの料理は美味しかったなぁ」

拗ねたようにアキトを見上げ、けれど笑う・・それに笑みが返され

「私などの料理で満足していただけるなら」

「よし、決まり・・アキト、しゃがんで」

「んっ?」

膝を付き、微笑むアキトの方に手を置き

「よっと」

首に抱きつくとそのまま脚を前に投げ出す・・

「うわっ」

慌ててその身をアキトが抱き上げ

「よし、行こう、アキト」

「・・このまま?」

「当然」

悠然と頷く少女に苦笑を返し

「かしこまりました、お姫様」

彼等は草原を下っていった・・・