『時の流れに of ハーリー列伝』
Another Story

狂駆奏乱華

第壱章
「そして災厄は降り来たる…」

  

木星と地球、この両者で行われた不毛な戦争は一人の英雄の活躍によって終結を迎えた。

……其の名は、テンカワ・アキト。またの名を『漆黒の戦神』…。

 これは彼が不特定多数の女性を妻に迎え、数年の時が経過した頃のお話……。





 前回記憶喪失のまま異世界に迷い込み、閂 美津理なる人物に済し崩し的にお世話になる事になったハーリー君。

 それから1年数ヶ月の時が過ぎました………




 こちらの世界にも慣れてきて、わりと平穏に暮らしているハーリー君。ただし、それも『修行の時以外』という言葉が付くのだが……

 その日も早朝から空は晴れ渡り、澄んだ空気が気持ちのいい朝だった。

 ハーリーは最近日課になっている早朝の練習をしていた。人が起き出して来るより少し早い時間から、身体をほぐし今まで習ってきた武術剣術の型の練習、そして仮想の敵(主に現在の自分・ミツリ・鳳燐等)と一戦終わらす頃に、丁度朝食の時間になる。

「ふうぅ。そろそろ朝食の時間だな。しかし一昨日の修行は厳しかったな。ミツリさん本気で奥義を放って来るし…。おかげで昨日一日寝込んじゃったよ。鳳燐がいなきゃ死んでたかも……」

 そう言いながら、ハーリーの脳裏には一昨日の修行の時の光景が思い浮かぶ。「それじゃ今日も張り切って身体で奥義を覚えて下さいね♪」と微笑みながら言われたし。その後容赦なく奥義を叩き込まれた。それも3回ほど……。
 流石に受けた直後は瀕死の重症だったらしい。

 まあ、確かに毎日奥義や秘技なんかを習ってる訳じゃないからいいけど、それにしたって週一くらいで死に掛けるのもどうかと思うんだけど……。

「いつもの事と言えばいつもの事なんだけどね」

 ちなみにハーリー君、このずっと後に修行は奥義や技なんかを身体に叩き込んで覚えこませるという間違った認識を指摘される事になる。何せ師事したのが北斗とミツリなだけにどうしようもない。

「でもまあ、鳳燐の力があるとはいえ、1日2日で回復するあたり自分でも感心しちゃうけどね」

 実はミツリさん計算付くだったりします。ハーリー君の回復力と鳳燐の癒しの力を計算に入れて1日2日で回復出来る範囲で後に引かない様に技を叩き込んでます。それはもう瀕死になるまで………。

…………鬼?

「マスター♪ご飯ですよ〜!」

 つらつらと考えてる間に朝食の時間になったらしく、鳳燐がハーリーを呼びに出て来た。

「わかった、今行くよ」

 まあ、何はともあれ腹が減っては戦は出来ぬ、かな?





「昼前にお客が一組来ますんで、対応を頼みますねハーリー君」

「え?またですか?!今月に入って何人目ですか?」

「さあ。数えてませんでしたから、何人ぐらいでしょう?そういえば今月は頻繁に来ますね。まあ、お金に困りませんからそれはそれで良いですが…」

「やっぱり僕が対応してるのが拙いんじゃないですか?何か色々噂になってますよミツリさん」

「まあ良いじゃないですか。修行相手には事欠かない訳ですし……」

 そう言いながらお茶をズズズゥと啜るミツリ。そんなミツリにハーリーは溜め息を付きながら、

「確かに中には本当に強い人も居ますけど、ほとんど雑魚じゃないですか。奥義の練習にもなりませんし、殺っちゃう訳にも行きませんし、下手に怪我をさせれば逆恨みして後々鬱陶しいですしストレス溜まるだけですよ!」

 そう、ミツリの言うお客というのは実はミツリの高名を聞き挑戦しにくる哀れな犠牲者達である。ミツリはどんな手段を使っているかは知らないが、事前に挑戦者が来る事を知っており来るなり速攻でお帰り頂いているのである。勿論生活費を徴収してである。
 ミツリの所に居候する様になってからそれはハーリーの仕事になったのだが、最近その所為であらぬ噂が立ったらしく、雑魚っぽいのが急増中である。

「まあ、約束は約束ですから頑張って下さいハーリー君♪それと昼から山の方に散歩に行きますんで準備しておいて下さいね」

 何だかとっても楽しそうに話すミツリさん。こう言う喋り方をする時は何か企んでると思って間違いない。これまでもそうだったし、その笑顔に幾度騙された事か……。

「わかりました。準備しときます」



 そして時間は過ぎ、お昼少々前。山に行く準備はもう出来ているので、後はやって来るお客を倒すのみである。

「マスター!来ました、来ましたよ〜♪」

 『早く来ないかな〜』と、外で見ていた鳳燐が声を上げながら中に入ってくる。

「それじゃ、さっさと済ましますか」

 そう言って練習用の模擬刀を腰に挿し外に出る。すると丁度相手が来た所だった。

「もし。少々お尋ねしたいのだが、ここに閂 美津理殿は居られるか?私はそのご高名を聞き東方より挑戦に参った者。一手お相手願いたいのだが……」

(今日の人は結構マシな部類だな。礼儀をわきまえてる様だし)

「ミツリさんは確かに居るんですけど、最近分をわきまえない御馬鹿さんが沢山来てまして、お客の対応は全部僕に任されてます。僕を倒せたら相手をして上げますよってのがミツリさんの言なんですけど、どうします?どうしても本人でないと駄目なら呼んでみますが、僕に勝てないようでしたらミツリさんには絶対勝てませんよ?」

「私の目的は売名ではない。強い者が居るのならその者と戦うのみ。一手お相手願えますかな、ええっと……」

「マキビ・ハリです。貴方は?」

「失礼したマキビ殿。私は桜守 時夜(さくらもり ときや)。一手お相手願います」

 そう言うと双方とも刀を抜き構える。

「いざ、尋常に…」

『勝負!』

 そう言うと同時に二人とも一気に間合いを詰め、互いに剣撃を見舞い合う。
 時夜の方が少々優勢かと思われた瞬間、
 一瞬で勝負がついた。勝者はマキビ・ハリ。

「かはぁ!あの一瞬で、あれだけの斬撃を……」

「安心して下さい。これの刃は潰してありますから。でも骨折くらいは行っちゃったかな。大丈夫ですか?」

「いや、ご心配は無用に願いたい。まさかこれ程とは…。閂 美津理殿は貴方よりももっと…?」

「はい。強いです。僕もまだ一度も勝てませんから」

「私はまだまだ修行が足りなかったようです。世界はまだまだ大きかった様だ。今一度修練のやり直しだ。その時はもう一度お相手願えますか?」

「ええ、いいですよ。でもその時は僕も今よりずっと強くなってますよ、きっと。もしかしたらミツリさんに勝ってるかも知れませんよ?」

「その時は更なる修練を積むまでです」

 ハーリーも時夜も互いに微笑みあっていた。実力に差はあれど、久々に戦って心地の良い相手だったから。

「それでは私はこれで。もう一度合いまみえる事を楽しみにしておりますマキビ・ハリ殿」

「こちらこそ、楽しみにしてます桜守 時夜さん」

 満足の行く笑顔のまま二人は別れる。そんな二人を見て鳳燐

「青春ですねマスター♪」

 と戸の所から半身を覗かせながら呟いたとかいないとか……



「それじゃ、行きましょうかミツリさん」

 既に行く準備は調っているのでそう言う

「そうですね。それでは早速行きますか」

「わーい♪お散歩お散歩ピクニックゥ〜

 はしゃぐ鳳燐に複雑な顔をするハーリー。言葉通りの散歩ではないだろうと思っているハーリーは何をやるのだろうと少々不安になっている。
 何はともあれ一行は山へと向かう。が、ハッキリ言って尋常なスピードではない。3人が3人とも常人ではない為、傍から見ると風が如しである。それで息一つ乱してないのだから推して知るべしである。

「この辺で良いでしょう」

 そう言ってミツリが停まったのはかなりの深山幽谷の山の麓である。

「で?本当の目的は何なんですかミツリさん」

「…ハーリー君。それではまるで私が騙したみたいじゃないですか」

「でも散歩が本当の目的じゃないでしょう?」

「いえ、散歩が目的でしたよ、さっきまでは

 ミツリのあまりの屁理屈っぽさに、何だか渇いた笑いが込み上げて来るハーリー。『勘弁して』と言ったとか言わなかったとか。いやむしろ逝ったか?

「どうしたんですハーリー君。背中が煤けてますよ?」

「…放っといて下さい」

「マスター、ファイトです!」

「ありがとう鳳燐」

「さて、それではそろそろ本題に入りましょうか。」

 誰かどうにかして、というハーリーの心の叫びは誰にも届かなかった様だ。

「まず人里離れたのは、万が一を想定してです。今回教える技はハッキリ言って問答無用ですので、巻き込まれたら助かりません。流石に今回だけは直接身体に覚えこますなんて事は出来ないので、そのつもりで私が技を出す時の力の流れなんかをよ〜く視て感じて理解して下さい。私もこの技は一回しか撃てませんので、そのつもりで。あとこの技は自身の属性(エレメンタル)に関わってくる所がありますから、その辺はアレンジして下さい。」

「…ミツリさん。いきなり大技っぽいですけど、どうしたんです?」

 何か今までのミツリとどこか違うような……。そんな違和感を感じハーリーが遠回しながら聞いてみる。

「教えられる内に教えて置こうかと思いましてね。一発が限度なので調子のいい時を選ばないといけません。それが偶々今日だったと言う訳です。他にも理由は有りますが、一番はそれです。」

「他は何なんです?」

「後は、この技は自身の属性(エレメンタル)に関わってくると先程言いましたね?今日が私の属性(エレメンタル)が一番活性化する日ですので、と言うのが他の理由です」

 確かに日によって属性(エレメンタル)が活性化する日、属性日は存在するがどうも上手く丸め込まれた様な気がするハーリー

「さて、それではそろそろ始めますよハーリー君準備は良いですか?先程も言った様にこの技は一回しか撃てません。ちゃんと覚えて下さいよ」

「はい!準備OKです」





「それにもう、残された時間は少ない様ですからね……」













「どうですかミツリさん。こんなもんだと思いますけど……」

「…ハーリー君。今日ほど私は君を凄いと思った事はありませんよ。まさか練習無しの初めての技でこれほどの威力とは……」

「凄い凄い!凄いですマスター!!お山に風穴が空いちゃってますよ!!!」

 3人の目の前にあるのは、山の麓から頂上近くまでの空間を抉り取られたかの様に、丸く穴の空いた山の残骸…。正確には右縁と頂上部が何とか残っている程度である。

 そう、これが先程ミツリが見せた技を自分なりに理解しハーリー風にアレンジして技を放った結果である。岩山や丘どころか、山一つが消し飛んでしまったのである。
 ああ、自然破壊(笑)

「ふう、まあ良いでしょう。想像以上の収穫がありましたし、嬉しい誤算と言う奴ですね。それでは用も済みましたし、少々食料を調達して戻るとしますか」

 爽やかな笑みがハーリーに向けられる。一瞬その笑顔に見惚れてしまうハーリー。

「それでは食料調達頼みましたよハーリー君

 ?!あっ、と思った時には既に遅く、ミツリの姿はその場から速やかに消えていた。その場に留まるハーリーに声だけ残して……。

『私は先に戻ってますから、美味しい物取って来て下さいね♪』

「確かにそれも僕の仕事ですけど、普通少しは手伝って行きませんか?」

「まあまあ、良いじゃないですかマスター。幸い私もいますから、美味しい物い〜ぱい取って帰りましょうよマスター♪」

 いつも前向きな鳳燐の明るさに、思わず微笑みを溢すハーリー。

「そうだね。いっぱいとって帰るとするか!」

 こうして二人は食料を求めて山を駆け出した…。





 時は変わって、その日の夕方。

 言葉道り美味しそうな物を両手いっぱいに持ってハーリーと鳳燐が帰って来た。

「これはまた大量ですね。ここは一つご馳走でも作りますか♪」

 その晩の食事はかなり豪華な物となった。ふんだんに使われる山の幸。都会の方で羨まれる様なメニューが所狭しと並んでいる。実は3人とも料理の腕は並以上なので出来た料理の完成度はかなり高い。

「それでは頂くとしましょう」

 その言葉を待ちかねていた様に3人とも喰らい始める。特にミツリとハーリーはいつもの倍以上は食べている。ミツリ曰くあの技で大量にエネルギーを消費した為らしい。

「一息つきましたね。ズズゥ、はぁ〜、お茶が美味しいですね」

 そんなセリフがミツリから出る頃には料理を粗方食い終わっていた。食後の一服である。

「さてハーリー君。君に渡しておきたい物があります」

 そう言ってミツリが奥の部屋から二振りの剣を持って来た。

「一応今日のあの技を修得しましたから、これで君は虹舞流の免許皆伝です。おめでとうハーリー君。そしてこれは私からのお祝いです」

 そう言ってハーリーに二振りの剣を手渡す。

「これは?」

 柄の所に蛇の装飾が施された二振りの剣。

「邪神双剣・天地の蛇(ロメス・アル・ハーレツ)。私とはあまり相性が良くなかったので仕舞ってありましたがハーリー君、君になら扱えるでしょう。白い方が天の蛇、黒い方が地の蛇です。一応簡単な説明書を書きましたから、これを読んどいて下さい」

「あの、本当に良いんですか。僕なんかがこんな凄そうな物貰っちゃって……」

「お祝いとして上げたんです。気にする必要はありません。それに私が持っていても使いませんから宝の持ち腐れ。やはり道具は使ってこそ意味が有りますからね。大事に使ってもらえれば本望でしょう。それと取り扱いには十分注意して下さい。」

「分かりました。有り難く頂いておきます。」




 そして時は夜……
 少し蒼の混じったこの世界の月光が、テラの大地を深き海が如く紺に染め上げて行く…。そんな蒼き大地で月光浴をする者一人。腰に双剣を挿したハーリーだ。
 眼を瞑り、風を感じ光を感じ世界の息吹をその身に受ける。確かに生きているこの世界。記憶の無い自分には唯一見知るこの世界。そして自分の半身を得た大地。唯一親しき人、閂 美津理……。
 今日の彼女は何処か違った。気のせいかも知れないが違和感を感じた。そう思いながらハーリーはミツリから貰った双剣を抜き、月にかざしながら刃を眺る。何時もゆったりしていて、何もかも見透かしたような余裕が無かった。今日のミツリは妙に焦っていた様な気がする。

 ?!焦る?あのミツリさんが?一体何故??

 詮無き思いが頭の中を駆け巡り、どうも考えがまとまらない。
 暫らく考え悩むのを止めた。幾らここで自分が考えたってどうにもならない。
 それよりも、と両手に持つ刃に目を向ける。ミツリから貰ったこの双剣、鞘から抜いただけでプレッシャーを放つ。常人ならどうなるか知れないが、今のハーリーには心地良い圧力だった。

「何で僕にこの剣を……?」

 天なら陽、地ならば陰、そして双剣なら太極の力を得られると説明書には書いてあった。その威力ゆえに神剣でありながら邪の呼称で呼ばれる剣。
 問題は剣自身ではなく使い手なのにね。神剣としてそれ相応の力を与えられているのに、使い手に恵まれず蔑称で呼ばれる。人なら憤死ものだ。

「でも何故だろう。この剣は僕の手にやけにシックリくる」

「それはきっと剣がマスターを選んだんですよ」

 鳳燐がすぐ近くで微笑んでいる。蒼い光に照らされて、鳳燐の姿は紫に染まっている。

「僕を?」

「はい♪ 剣もマスターが気に入ったみたいですよ。実際ミツリさんからマスターに手渡された時、剣の放つ波動が変わりましたもん。気に入った証拠ですよ

「そうかもね。何故だかこいつの威力や力が解るんだ。そして多分僕ならこいつを使いこなしてやれる…。道具の業か……。まっとうさせてやれそうだよ…」

 そう言ってハーリーは双剣を鞘に収める。

「さて、寝ようか鳳燐」

「はい、マスター

 こうして夜は更けて行く。無限の明日を夢に見て……。




 そして日は明け、翌日…

「ハーリー君。今日は個人的に大事なお客が来ますので、鳳燐と一緒に街にでも行っていて貰えませんか?」

 朝食の席でミツリが突然ハーリーにこう話し掛けて来た。

「個人的なお客さんですか。どんな方なんですか?ミツリさんが其処までして会う相手って?」

「…古い友人でしてね。結構気難しいので、出来れば二人っきりで合いたいんです」

「別に構いませんけど」

 ハーリーの返事にホッとするミツリ。そんなミツリの様子にやはりいつもと何処か違う感じを受ける。どう見ても親しい者とこれから会う者の態度ではない。どちらかと言うとこれは……

「帰りは夜で構いませんよ。その頃には帰っていると思いますんで」

「……分かりました」




 そして昼には少々早い時間。ハーリーと鳳燐は街に向かう道を歩いていたのだが…
 二人して計った様に同時に立ち止まる。

「やっぱりミツリさん変ですよね」

「うん。親しい人と会うんじゃない。どちらかと言うと会いたくない相手と会って、その相手から僕らを遠ざけたって感じだ。でも……」

「あのミツリさんが私達を遠ざけてまで会わなければならない相手って一体…」

「嫌な予感がする。戻ろう鳳燐!!」

「はい、マスター!」

 嫌な予感に引きずられる様に、二人は元来た道を駆け戻った。
 歩いて1時間以上の道を、二人はモノの10分もしない内に戻ってきていた。

「ミツリさん!」

 行き成り戸を開けそう叫ぶと、少し奥まった所で目的の人物が呆気に取られた様に驚きの眼差しでこちらを見ている。どうやらいまだ件の人物は現れていない様だ。

「な?!何でいるんですハーリー君!街に行っている様に言ったでしょう!!」

「…本当の事を言って下さいミツリさん」

「……ハーリー君。良いからここから早く離れて下さい。時間が無いんです、早く……?! …どうやら時間切れのようですね。」

 先程までの焦りの色は消え、今は諦めの色が浮かんでいる。

「…ハーリー君。もう何も言いませんから一つだけ守って下さい。何があっても口出ししないで下さい。これから起こる事は私の問題ですから。
 ……さて、そろそろ出て来たらどうです?」

 ミツリのその問い掛けに、何処からとも無く響いて来る少女の声

『あは♪ やっぱり分かってたんだ。相変わらず意地悪なんだから、イハちゃん

 すると中空からスゥーと一人の少女が姿を現わす。

「…やはり来ましたか。出来れば一生見付からずに済めば、と思っていたのですがね。やはり先日の大技の時、少々封印が緩んでしまったようですね。貴女が来たという事は、つまりそう言う事なのでしょう、幽袮(かくりね)?」

 ミツリに幽袮(かくりね)と呼ばれた民族衣装風の服を纏い赤いリボンを腰と頭に着けた菫色の髪の少女は、何が可笑しいのかクスクス笑いながら

「まあね♪ この前の波動が無かったら多分見つけられなかったよ。でも惜しかったね、お・ね・え・ちゃん せっかくイハちゃんを自分で封印してたのにね」

 幽袮の声を聞いた途端、ハーリーの頭にズキンッと鈍い痛みが走る。

(何だ? この少女の声、何所かで聞いた気がする。何所で、誰の…。……駄目だ思い出せない。思い出そうとすると酷い頭痛が頭を襲う。一体彼女は誰なんだ?)

「イハドゥルカ・イル・イメラ…。イ・プラセェルでのもう一人の私、か。しかし彼女は彼女、私は私。私は閂 美津理です。覚えて置いて下さい幽袮」

「う〜ん。でもミツリちゃんよりイハちゃんの方が呼び易いから、イハちゃんで良いじゃない♪ それにリア以外の呼び名なんてどうでもいいしね どうせ消しちゃうんだし」

「そう簡単に事が運ぶと思っているのですか?」

「貴女が全力ならもしかしたら勝てないかも知れないけど、でも力の何分の一かをイハちゃんの封印に回してるでしょ? なら貴女はわたしには勝てない。かと言って封印を解く訳にも行かないし。どうするの、お・ね・え・ちゃん

「一つ、聞いていいですか……」

 ミツリと幽袮の奇妙に緊迫した空気を破る様に、頭を抑えたハーリーがジッと幽袮を見つめながらそう問うてくる。

「貴女は誰です?僕は貴女を、正確には貴女の声を知っているみたいだ…」

 本来ならこう言う事は鳳燐に聞くべきなのだが、ハーリーは頭痛も相まって其処まで思い至らなかった様だ。鳳燐は鳳燐で幽袮と同じ声の、ハーリーの不幸の元凶(某妖精)について語って良いものか迷っていた。

「わたし? わたしは幽袮。たった一人の存在…。おにいちゃんこそ誰? 私おにいちゃんには初めて会うよ?」

 一言一言がハーリーの頭に響く。確かに知っている、この少女の冷静でどこか人懐っこくあいらしい声を……。

「…僕の名はマキビ・ハリ。ミツリさんに技なんかを教えてもらってお世話になってます」

「ふぅ〜ん、そうなんだ…。でも残念だったね♪ もう何も教えて貰えないね

「…どう言う意味ですか」

「だって、イハちゃんは私が殺しちゃうから、もう何も習えないでしょう?」

 別段何でも無い様に、さも当然とハーリーに答える幽袮。

「な?!そんな事黙って見てると「ハーリー君!」」

 ハーリーのセリフを止めたのはミツリだ。今までに無く真剣な表情で、

「先程も言ったでしょう? 何があっても口出ししないで下さいと…」

「何言ってるんですかミツリさん!」

「…幽袮、彼を巻き込まないで貰えますか? 元々彼は無関係です」

「わたしは良いけど、おにいちゃんにその気は無いみたいだよ?」

「ハーリー君………」

「…ミツリさん。貴女は恩人です。記憶を無くした僕を救ってくれた…。そんな貴女の危機を、黙って見ていられるほど僕は人間が腐っちゃいませんよ!!!

 ハーリーのその熱い叫びに、彼の精霊達が共鳴する

「その通りですマスター! 及ばずながらこの鳳燐、炎の神霊鳳凰の名にかけてお力になって見せますよ♪」

「それでこそ我らがマスターじゃ!サポートはこのマクスウェルにお任せですじゃ♪」

「よく言った坊!守りは儂に任せておけぃ!」

 ハーリーとその精霊達は、既にやる気十分の様だ。

 そんなハーリー達の様子を面白そうに見ていた幽袮が、何か良い事を思い付いたらしく、会心の笑みを浮かべる。

「ねえ、おにいちゃん。おにいちゃんが遊んでくれるなら、おねえちゃんの事を見逃して上げてもいいよ

「え?! ほ、本当かい!!」

「うん♪ ただし、わたしに勝てたらね そうだな〜、何がいいかな………。そうだ!鬼ごっこで良い、おにいちゃん?」

「僕は別に構わないけど……」

「それじゃ決りね。期間は……、そうだな……一月。一ヵ月の間逃げ切れたらおにいちゃんの勝ちね。
 でもこのままじゃ、わたしがアッサリ勝っちゃって面白くないから、おにいちゃんにハンデを上げる♪
 おにいちゃんの場合は逃げ切ったら勝ちだけど、わたしの場合はおにいちゃんを捕まえて、一戦闘ってわたしが勝ったら勝ち。おにいちゃんが勝つか、引き分けた場合はそのまま逃げ続ける。どお、おにいちゃん?」

「いいよ。その条件で受けよう」

「じゃあ決りね。そうだな、おにいちゃんに一日あげる。わたしは明日の昼から追っかけるから、それまでお別れするなり、先に逃げるなりして良いよ♪ あと、オマケでこれも上げる」

 そう言って幽袮からハーリーに渡されたのは、手の平サイズの円形の結晶体で中に炎の様な物が多数封じ込められている様だ。

「これは?」

「それはカウンター代わりの水晶盤。一日経過すると中の炎が一つ消えるから、炎が全部消えた時がおにいちゃんの勝利の時だよ。それじゃあまた後でね、お・に・い・ちゃん

 そう言って、バックステップでジャンプするとスゥと虚空に溶ける様に消えて行った。



 幽袮が消えるのを確認してから、ハーリーはミツリに頭を下げた。

「済みませんミツリさん、勝手な真似をして。でも僕はあの時ああするのが間違っていたとは思いません。最善とは言えませんが、恩人を目の前で見捨てられるほど、僕は非情にはなれません。いえなりたくないです…」

「構いませんよハーリー君。私も少々焦っていたようです。それに、結果的に巻き込んでしまって済みません」

「…ミツリさん。あの幽袮って娘は一体何者なんです? かなり凄い力を持ってるって事は解るんですけど……」

 一瞬の躊躇を見せ、

「そうですね。語るべきなのでしょうが、今は時間が惜しい。あの幽袮から逃げるのに、時間は幾らあっても足りないでしょうから、その辺の情報はラプラスに渡しておきます。顕現を解けば直接情報を見れるでしょう。彼女の能力を一番理解できるのは恐らく貴方でしょうから、ラプラス老」

 そう言ってラプラスの額に左手を少しの間かざす。時間にして数秒でそれは終わった。

「ははぁ〜。こりゃ確かに厄介な相手の様じゃな。ミツリ嬢ちゃんが心配するのも頷けるわい。しかしこりゃ、ここを出た方が良いな。その方がまだ時間稼ぎになる。」

 そう言うとラプラスはハーリーを急かし出す。

「判りましたよラプラスさん。それじゃミツリさん、そろそろ行きます」

 笑顔のハーリーに何とも言えない表情を浮かべるミツリ……。

「ハーリー君、必ず勝つんですよ。私の事は置いておいて、幽袮は邪魔な存在の消去に迷う事はありません。必ず勝って生き残って下さい…」

 その言葉と共にミツリにそっと抱き締められるハーリー。この温もり、絶対に散らせはしないと、ハーリーはもう一度決意を固める。

「それじゃ行って来ます、ミツリさん。必ずもう一度帰ってきます」

「気を付けるんですよハーリー君」

「はい!」

 返事を返し出て行くハーリーを見送るミツリ。そしてふいにミツリの隣に幽袮が現れる。

「お別れは済んだ、イハちゃん? 楽しみだな。あのおにいちゃんはどれ位楽しませてくれるのかな♪」

「……幽袮」

 二人がそんな会話をしていると、ふいに何かを砕くような高い音が、先程ハーリーの去った方から聞こえてくる。

「…嘘?! あのおにいちゃん、空間の壁を砕いてっちゃった……」

 それはつまり、ハーリーがこことは別の異世界に跳んだという事……

「こんな隠し玉を持ってたんだ♪ ますます楽しめそうだね」

 今にも追って行きそうな幽袮にミツリが釘を刺す。

「…幽袮、分かっているとは思いますが、貴女が出るのは明日の昼。よもや自分から言い出した約定を破ったりしないでしょうね?」

 ミツリのセリフに微笑みながら、

「そんな事しないよ♪ でも明日が楽しみだな。あのおにいちゃんはどれ位遊んでくれるのかな♪♪」

 本当に楽しそうな幽袮を横目に、ハーリーの無事を祈って止まないミツリであった。






ハーリー君の未来に幸あらん事を………



 


あとがき

 こんにちはどうも神薙です。狂駆奏乱華の第壱章をお送りしました!

鳳燐「前回に引き続いての鳳燐で〜す。それにしても今回は結構は早かったね。前回を鑑みて半月から一月は掛かると踏んでたけど……」

 そんなにお待たせする訳にはいかんからな。でも正直急な仕事が入らなければ、もう2、3日は早く上がったんだがな……。まあ、それはそれで仕方が無いが………。

鳳燐「それにしても行き成りの急展開! まさかまた旅立つ事になろうとはね。てっきりこの世界で色々展開するものだと思ってたけど……」

 まあ、敵役が幽袮に決まった時点で飛ぶ事になっちゃったからな。もうちょっと色々出したかったんだが仕方が無い…

鳳燐「それにしても幽袮って、アレだよね……」

 うむ。知ってる人がいるか分からんがエルツヴァー○だ。ある意味ハーリーが主役だから決まった敵役ではあるな。

鳳燐「でもそうすると、もしかしてアノ問答無用な特異監査官とか、マシンガントークな万年お天気娘とか、阿修羅なグラップラー娘とか出て来るんですか?」

 今の所そんな予定は無いが、もしかしたら出て来るかもな。どうなるか分からんが……

鳳燐「何はともあれその辺でご意見のある方、ご要望がありましたら感想と一緒に送って下さいね

 色々善処したいと思いますので……

鳳燐「それじゃ次回もこの調子で頑張って行こう!」

 う、う〜む。次どうしよう

鳳燐「それでは皆さんまた次回♪ 再見!!!」

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

ハーリーが主役を張ってるよ〜(笑)

しかし、奥義はくらって覚えるものって・・・・説得力ありすぎだな(爆)

さてさて、最後に違う世界に跳んだハーリー君

元のナデシコの世界に素直に帰るとは思えないし、何処に行ったんでしょうね?

では、次の作品を楽しみに待ってます〜