『時の流れに of ハーリー列伝』
Another Story

狂駆乱華

第肆章
「今一度の邂逅を…」

 

 

 

木星と地球、この両者で行われた不毛な戦争は一人の英雄の活躍によって終結を迎えた。

……其の名は、テンカワ・アキト。またの名を『漆黒の戦神』…。

 これは彼が不特定多数の女性を妻に迎え、数年の時が経過した頃のお話……。





 前回衝突事故を起こし、新たな仲間を2名加えたハーリー君。
レザードの連れの捜索を加え、新たな世界に向かいましたが、しかしそこに同盟の魔の手が…(笑)
北斗を加えた同盟との混乱の最中、幽祢とオルトリンデも加わり、場は大混乱。
オルトリンデの神技により、その場の全員が別世界に吹き飛ばされてしまいましたが、
 

 はてさて、吹き飛ばされたハーリー君や幽祢は果たして無事なのでしょうか……?

 

 

 

 

 

 

「何てこと! あいつら、途轍もないモノを造っているとは思っていたけど、まさかこんな……」

 静謐な闇に包まれている、その研究所の様な場所で、彼女はうめいた。

 中々尻尾を出さないその企業の裏の顔を引っ張り出す為、今回然る筋から入手したその情報を元に、かなり強引に事を進めてしまっていて、どうしても確たる証拠が欲しかったのだ。

 その為、研究施設のかなり奥にある、この端末にアクセスし情報を集めていたのだが、こちらが予想していたよりも、事は大事になりそうであった。

「兎に角、このデータをコピーして本部に持って帰って、一気に叩き潰して………」

 その女性がそう息巻いている時、その耳が遠くに響く足音を聞き分けた。コンピュータの駆動音に紛れてはいるが、彼女の耳はそれを確かに捉えた。

 ここに来るまでの道は一本道だ。あの足音は確実にこちらに迫って来ている。

「不味いわね。まだコピーもしてないのに…。兎に角何処かに隠れてやり過ごさないと……」

 端末の電源を落すと、闇に紛れ、彼女は目的の為動き出した。

 

 

 

 

 

 

 ふわふわと何だか身体が浮いている様な、綿で包まれている様な、そんな感覚を全身に感じ、心地好いその感覚に意識を微睡(まどろ)ませ、まったりしている所にその声は突然かけられた。

「ちょいと、起きとくれよ。お〜い。もしもし? 聞こえてるかい?」

 軽くかけられるその女性の声に、身じろぎしてまたまどろむ。

「あ! 今聞こえてたね!? 聞こえてるんならさっさと起きる! こっちとら忙しいんだからね!!!」

 女性のその快活な声に、心地好いまどろみをもっと続けたいという欲望を何とか押さえ込み、意識を覚醒させる。

「う、うぅ〜ん……。何ですか一体? 僕、まだ眠いんですけど……」

「やぁ〜と起きたね? 寝惚けてないでシャンとしなよ!」

 その強い口調に、パッチリと目を開けるハーリー。そして、まずその目に飛び込んで来たのは、先程からハーリーに声を掛けていたであろう人物。

 薄い銀髪をポニーテールにした紫の瞳の、着物の似合う美しい少女がそこにいた。

「えぇ〜と、どなたですか?」

「いきなりそれかい? 相手を問う前に、まずは自分から名乗るもんだろう、普通?」

「へ? あ、はい。僕の名前はマキビ・ハリです。よろしく。それで貴女は一体……?」

「ふふふふ。ある時は死神、またある時は天使と呼ばれたやね…。しかしてその実態は! 三途の川の渡し守、魂の水先案内人、魂案内人(ソウルコンダクター)の牡丹ちゃんどぇ〜す♪」

 激しく陽気に自己紹介をする牡丹に一瞬呆気にとられる。

「はあ…。それでその、牡丹さんは僕に一体何の用なんですか?」

「あのね、あたしの話し聞いてたかい? あたしは魂案内人(ソウルコンダクター)なんだよ? なら用と言ったら一つしか無いじゃないさ」

「そうは言われても、その魂案内人(ソウルコンダクター)ってのが一体どんな事をするのか知らないんじゃ、察し様も無いんじゃないかと……」

「え? あは、あはははははは。そうだね。あたしとした事がまだ説明もしてなかったやね。まあ、説明って言ったってそれ程難しい事は無いさね。ようは読んで字の如く魂を案内するのが仕事なのさ。まあ、魂と言っても普通に死ねば普通に冥界に逝くもんなんだけど、時たま未練や何かで彷徨ってるやつが在る訳だね。それを丁重に冥界に案内するのが、あたしらの仕事って訳さね。判るかい?」

「う〜ん。まあ、何となく……。それって死神とは違うんですか?」

「死神ってのは、神って付いてる位だから、あたしら只の案内人とはランクが1つも2つも上なのさ。しかも滅多に逢えるもんじゃないよ、あの方々には。一般的に死神って思われてるのは魂狩人(ソウルハンター)の人達とか、死天使、お役所仕事の採魂士(ソウルテイカー)達さね」

「へぇ〜。それでその牡丹さんが、僕に一体何の用なんですか?」

 ハーリーのその発言に、思わずガクンっとこける。

「あのね…。ここまで来といて察しが悪い子だね。つまり、死んじまったってのにこんな所を彷徨ってる魂が在るから、冥界に案内しようってんだよ!」

「へぇ〜、そうなんですか。で、その魂というのはどこに?」

「アンタだよアンタ! あたしの目の前にいるアンタの事だよ、マキビ・ハリ!!!」

「え?」

 牡丹の思わぬ発言に呆然とするハーリー。今彼女は何と言ったのだろうか? 一体誰が死んだ魂だと…?

「まったく。こんな時空の狭間みたいな所に魂が彷徨ってるからって、わざわざ迎えに来たんだよあたしは? 感謝しなよ? 普通こんな所まで来やしないよ?」

「僕が…、死んだ……魂?」

「素直に認めちまいなよ? でないと、悪くすりゃ悪霊になっちまうからね」

 段々とハーリーの頭に、牡丹に言われた事が浸透して行く。

「え、えぇ〜〜!!! ちょっと待って下さい! 何で、一体いつ僕が死んだんですか!! 死ぬ様な事をしていた覚えは……」

 そこへふと記憶にある、最後の場景を思い出して行く。

 ………

 ………………

 ………………………

 ……死ぬかもしんない……。

「とにかく、実際ここにこうしてあんたの魂だけが存在してるんだから、事実は曲げ様が無いよ? きっぱり諦めな。それよりも、こんなとこに何時までもいないで、さっさと冥界に逝くとしようじゃないか。ここに何時までいたって意味なんかありゃしないんだからさ」

 そんな牡丹の発言に、かなりのショックを受けるハーリー。まあ普通、あんたもう死んでるから諦めて冥界に逝きましょう、とか言われたらショックを受けない奴はいないだろう。自分が死んでると思っていなかったのなら尚更だ。

「そんな、そん…な。僕にはまだ遣らなきゃいけない事が……。ミツリさんを助けてない…、レザードさんとの約束もまだ…。再会を……約束した人達がいるんです…。アキトさん、ユリカさん、大神さんやさくらさん達、華撃団のみなさん、そしてローズ…。
 僕は、僕は、こんな、こんな所で止まれない、止まれないんです! 牡丹さん! 牡丹さん、牡丹さん、牡丹さん、僕はまだ死ねない、僕がここで死んでしまったら、助けなきゃいけない人が……待ち続けてる人が……だから、だか……ら…。僕…は……う、うぅぅ……」

 いつの間にか涙が頬を伝い、ハーリーは泣いていた。まだ死ねないと、残してきた人達の為に、護らなければならない人の為に、ハーリーは泣いていた。

 まだ自分は何一つ成していない。約束を果たしていない。こんな所で止まる訳にはいかないのだ。

「ちょ、ちょいと、何も泣く事無いじゃないか。男の子だろう? 何だかこっちが悪いみたいで居た堪れないじゃないか……。仕方ないじゃないさ。実際魂だけがここにあるんだから……。……とにかく、泣き止んどくれよ、ね?」

 グスグスと泣いているハーリーの頭を包む様に抱き締める牡丹。

 実際こういう場面は何回まのあたりにしても慣れるものじゃない。その所為で昇進なんかが出来ないでいるというのは、薄々気付いてはいるのだ。
 でも、まあ、こんな自分が結構気に入ったりしているのも事実だから、これでいいかなっと思っていたりもする牡丹であった。

「…すみません、すみ…ません。牡丹さんに言っても、仕方ないですよね。頭じゃ解ってるんです。でも、でも………」

「いいさ。突然「貴方死んでます」って言われて、ショックを受けない人間なんていやしないさ。暫らく付き合ったげるから、全部吐き出しちまいな。それから一緒に冥界に逝こうじゃないか。仕方がないから、あんたに最後までつき合ってやるさね♪」

 微笑ましげにコミカルに。そんな牡丹の配慮が嬉しくて、ハーリーもつられて泣きながら笑みを浮かべる。

「…牡丹さん、ありがとう御座います。でも僕ってどこに逝くんですかね? やっぱり地獄ですかね……」

「う〜ん、どうだろうね。それはあんたの魂の穢れ具合によるんじゃないかね。
 冥界ってのは何層も折り重なって出来てて、言うなれば巨大な魂の濾過器みたいなもんだからね。魂が奇麗になるまで下層へ落ちてく仕組みになってるのさ。
 地獄は九層ある冥界の、上から数えて二層目だからね……。よっぽどじゃない限りは大体二層目までで浄化されちまうんだけどね。あんたはそんなに悪く無さそうだから、一層目の天獄で止まれるかもね」

「天国ですか…。何だか想像出来ないですけど……」

「ふふふ。まあ逝ってみれば分かるさ。どうせ、下の地獄に逝くにしたって、通過する時に途中の層は見れるからね」

 ウインクしながら明るくハーリーに答える牡丹。多分彼女のそんな笑顔に随分と救われた人がいるんだろうな〜と、ぼんやりと牡丹の笑顔を見ながら思うハーリー。

 彼女に逢えた事がせめてもの救いだろうか? そんな事をふと考えていると、突然炎が巻き起こる。

「駄目ダメだめですぅ〜〜!!! マスターはまだ死んでないんです! 冥界になんか逝っちゃ駄目です!!」

 大声で突然現われたのは勿論鳳燐である。ハーリーの腕を取り、牡丹に向かって唸っている。

「ちょいと、なんなんだいあんたは? この子はこれからあたしと冥界に逝くとこなんだから、邪魔しないでくれるかい?」

「駄目ったら駄目です! マスターの身体はまだ生きてるんです! 爆発の衝撃で魂が飛び出ちゃっただけなんです! 早く戻らなくちゃいけないんです!!! それに、マスターが死んじゃっても私の再生の炎で甦らしちゃいますもんね〜♪ ……あ、勿論マスターが御望みになれば、ですけど………」

「ちょ、ちょいと待ちなよ! 突然そんな、そりゃ反則ってもんだろ?!」

「反則でも何でも、マスターは連れて帰っちゃいますんで、悪しからずです〜♪」

 そう言ってハーリーの腕を引き、戻ろうとする鳳燐。そんな鳳燐に引かれながら、何とも言えない表情で牡丹を振り返り見るハーリー。

「すみません牡丹さん! でもまだ生きていられるなら僕は……。色々お世話かけたのに本当にすみません!!」

 鳳燐に腕を引かれながら深々と頭を下げる。そんなハーリーの様子に苦笑を浮かべる牡丹。

「いいさ。あんなに未練があったんだ、今度はちゃんと片してきなよ? 言ったろ? 仕方がないから、あんたに最後までつき合ってやるってさ。だから次に来る時まで待ってて上げるから、後悔が無い様に生きてきなよ?」

 牡丹の慈愛に満ちた微笑みに、ハーリーは涙がこぼれそうになる。

「ありがとう御座います牡丹さん! いつになるか判らないですけど、いつかまた!!!」

 それは、いつになるか分からぬ、それでもいつか叶うであろう遠い約束……。

 ハーリーの中に、また一つ大切な約束が、いつか必ず叶うであろう遠い約束がふえるのであった。

 

 

 

 

 

「ここは……」

 ふと目を開けて気が付いたのは、いつか彷徨った時空の狭間で、ラプラスが張ったのであろうフィールドに包まれ、鳳燐に膝枕をされた状態で、であった。

「お目覚めですか、マスター?」

 ニッコリと柔らかい笑みで話しかけて来る鳳燐。その鳳燐の表情を眩しそうに見詰めながらハーリーは、ふと問い掛ける。

「鳳燐…。今のは夢だったのかな?」

 ハーリーのセリフに、少々迷う様な表情をし、苦笑気味に首を振り鳳燐は話し出す。

「いいえ。夢じゃありませんよ、マスター。先程いた着物の人も、冥界の話も、全部現実にありました。
 マスター、あんまり心配させないで下さい。爆発の衝撃から目覚めて見ると、マスターの魂抜けてるんですから……、驚きましたよ?」

「うん、心配かけてごめん。また助けられちゃったね、ありがとう鳳燐」

 鳳燐はハーリーの殊勝な物言いに苦笑しながら、

「いいですよマスター。そもそも守護精霊ってのはその為にいるんですから。別にマスターが気にする様な事じゃないですよ?」

「それでもさ…。鳳燐には沢山助けられてるからね。だから感謝の言葉を述べるのは当然だろう? 本当は何かで返せたら良いんだけど……」

「お気持ちだけで十分ですよマスター」

 ほのぼのとした雰囲気に微笑み合う二人。

(ほのぼのしとる所を悪いんじゃがな、そろそろ次の世界に突っ込みそうじゃから準備をした方がいいぞ坊?)

「分かりましたラプラスさん。さてと、それじゃ次の世界に行って見ようか?」

 

 

 

 

 

 

「うぅ〜。私とした事が、あんなしくじりをしちゃうとは。流石に不味いわね、あんなのがウロウロしてちゃ……」

 実験施設からの通路を駆けながら呟くその女性。

 先程の足音の主をやり過ごし、今度は別の施設へと向かい証拠集めをしていたのだが……、行き着いた先で発見してしまったのだ、例のモノを。

 まさにこれこそ動かぬ証拠と、その辺りの証拠になりそうな書類やデータを漁っていたのだが……、何故か突然モノを入れたシリンダーが開放され、何の指令もプログラムもされていないソレはいきなり暴走。施設を破壊し始めたのである。

「どうする、どうする、どうする? 幸い装備だけは色々持って来たから、逃げるだけなら何とでもなる。でもあんなのを野放しにして置けないし、でも下手するとココの奴等に見つかっちゃう………。……?
 そういえばアレがあれだけ暴走してるのに、何で誰も駆け付けて来ないのかしら? 何かおかしいわね……。何かあったのかしら。それとも不測の事態か何か……?
 ああ、駄目だ駄目だ。ここで悩んでても始まらない! 何にもせずにアレを解き放つってのは論外!! とりあえずデータ貰ってアレを制圧、これで行こう!」

 方針も決まり、早速行動に移す為、手近な施設の端末を探しアレに関するデータや証拠になりそうな情報を探す。

 丁度その時、彼女の背後で硬質な鉱石を砕く様な甲高い音が響く。

 その音にビクリとしながらも、咄嗟に音のした方に銃を構える。そしてそこで彼女が見たモノは、スチャッと着地したばかりの様な格好でしゃがみ込む一人の少年であった。

 一瞬、何でこんな所にこんな少年がいるんだろうか、と疑問が浮かぶが、その少年が奴等の仲間で無いという保証は無いので、銃の照準をその少年に合わせておく。

 そしてその少年がふと頭を上げ、顔を確認した時、彼女は驚愕した。

「な、な、な?! 何であんたがここにいるの、玻璃?!!」

 その声に「は?」と疑問符が浮かぶハーリー。それはそうだろう。次元を渡って来たばかりなのに、突然名前を呼ばれれば誰だって驚く。

 とりあえず、そのセリフを発した女性の方を見てみる。――アップでまとめた黒い髪に鋭く見据えられた鋼の様な瞳、装備を着込んだ上からでも分かるナイスバディで、こちらに照準していた銃は今は下に下げられている――

 そしてハーリーも驚愕した。何故と言ってその女性はハーリーの見知っている人物で、かなり意外な人であったから……

「それはこっちのセリフだよ。何でこんな所にいるの清音姉さん!!!

 そう、彼女の名前は真備清音。ハーリーの、真備玻璃の姉に当たる人物である。もっとも、血の繋がりはないのだが…。

「私は仕事に決まってるでしょう? あんたこそ、何でこんな危ない所にいるの、玻璃! 姉さんに言ってみなさい!」

 厳しい口調で、清音は弟に問う。それはそうだろう。今現在清音達がいるのは、内調――内閣調査室――の1級捜査官である清音が、少々無茶しなければ尻尾が掴めない様な手強い企業の研究所の中なのだ。普通人がこんな所にいるわけないし、いかせん危険すぎる……。

「何故って言われても……、色々事情があってなんだけど……」

 正直ハーリーは迷っていた。一体どこまで姉に話していいものか…。出来れば何にも話さないと言うのが、心配かけずに済むナイスでベストな選択ではあるのだが……、いかせんこの姉には通用しないだろう。
 今までこの姉に対して上手く隠し事が出来たためしが無いのだ。ハーリーが隠し事が苦手というのもあるが、清音は1級捜査官を遣ってるだけあり、隠し事等に対してえらく鋭いのだ。

 今回とてハーリーの言をジト目で見ている。

「で? その事情ってのは何? 言えない様な事なわけ?」

「え? いや、そんな事はないんだけど…、話すと長くなりそうだし、僕も全部分かってる訳じゃないし、うぅ〜ん」

 記憶が完全でない為、今回のきっかけというのがいまいち分っていないし、それにミツリの所以降の体験なんぞは、流石に馬鹿正直に言えたものではない。何より話したとして信じて貰えるかどうか……。

「まさか軍関係の特殊任務とか言わないでしょうね? まあ、それは無いと思うけど。私達でさえ掴んでる情報は……、情報? まさか…、いえ、その可能性も……、でもそうするとどうして一人だなんて…」

 ハーリーが思い悩んでいる内に、清音は一人で色々と推理している様だ。まあ、正解には辿り着くとは思えないが…。

 その内、何か思い付いたのか神妙な顔をしながらハーリーに話し掛けてくる。

「玻璃、あんたコンピュータ関係得意だったわよね?」

「そりゃマシンチャイルドだからそれが専門だけど、それが?」

「ならコレからデータを引き出してくれないかしら。今この企業の兵器開発なんかの裏事業の証拠を集めてるとこなんだけど、中々上手く情報が出て来ないのよ。頼める?」

「いいよ。そんな事ならお安い御用だけど……」

「とりあえず、あんたがここに居る言い訳は、後から聞かして貰うわよ?」

「は、ははは。了解姉さん」

 渇いた笑いを浮かべながら了解すると、早速アクセスを開始する。とりあえず表面上から怪しい所を順番に見ていき、特にプロテクトの硬そうな所に侵入して行く。

「それで、どんなデータを引き出せばいいの? 裏っぽいのを全部? それとも何か特定のを?」

「……そうね、キーワードは『ゼイラム』で探して見て。さっき奥の施設でその辺がかなり不味そうな情報っぽかったから…」

「『ゼイラム』っと。何が出て来るかな…。………あ、来た来た」

 早速情報が引っかかって来たので、ディスプレイにそれらを写してゆく。

「生物…兵器? 増殖、クローン、仲間の召喚、出鱈目な生体装甲……。姉さんコレって…」

「やっぱり…ね。まさか本当にこんなものを…。玻璃、そこのウィンドウ拡大して」

 拡大したウィンドウに書かれていたのは、この『ゼイラムユニット』の経緯か何からしい。

「コレが現われたのは、大体200年程前の日本。謎の女性により撃退。その後再び2回現れてるわね。160年前の中東と100年前の火星。……? ちょっと待って。そこもう一度…」

 そう言うと清音は操作をハーリーと変わり、100年前あたりの情報を見ていく。

「…まさか、冗談でしょう?」

「どうしたの姉さん?」

「玻璃、あんた100年前の火星での木連の人達とのいざこざは知ってるわよね?」

「うん、まあ一通りは…」

「あれ知った時さ、核ミサイルはやり過ぎだとか思わなかった?」

「うん、それは思った。幾ら邪魔だからって、核は無いんじゃないかって。でもそれは誰でも思ってるんじゃないかな?」

「もし、もしもよ。あの核が木連の人達に向けて放たれた物じゃなかったとしたら、どう?」

「え? どうって、一体どういう……」

「当時の火星に、木連の人達以上に厄介で、絶対隠さなけりゃいけない物で、核を使うしかどうしようもない物がもし在ったとしたらどう?」

 清音のその話にサーっと血の気の引くハーリー。

「ね、姉さん。まさかそれって……」

「…そのまさかよ。100年前の火星で密かに開発されていた生体兵器ゼイラムユニット。どうやら政府筋の施設で研究されてた見たいね。
 200年前のがオリジナルで160年前の中東某国でのゼイラムはコレの細胞片か何かを培養して造られた模造品。その研究を更に発展進化させたのが100年前のゼイラム。
 でも起動実験の際に暴走。研究施設は壊滅。入植の始まっていた近くのコロニーもゼイラムによって壊滅。そしてその近くに偶々木連のご先祖様達が逃げ込んで来た…。
 ゼイラムの被害を重く見た政府はあらゆる攻撃手段を講じたが効果は然程(さほど)認められず。流石にこれ以上は一般にばれる可能性を考慮して遂に最終手段を発動。
 まあ、政府がこんなもの開発していたとなれば、壊滅的打撃を受けるでしょうから、全ての証拠と共に核で消滅。
 木連のご先祖様たちは、これの巻き添えを喰った訳ね…。
 すべてはコレで終わったかに見えたけど、その細胞片を採取していた奴がいた様ね。データと共に流れ流れて何年か前にココに流れついた……。この九龍公司(クーロンカンパニー)に、ね……」

九龍公司(クーロンカンパニー)って、たしかネルガル・クリムゾン・明日香の三大企業の次ぐらいに大きなとこだっけ? たしか華僑中心の会社だって聴いた事があるけど……」

「そっ。会長のリチャード・ウォンが香港系中国人らしくて、華僑中心にかなりの幅を利かせてるんだけど、コレがまた厄介なのよ。
 実力的に三大企業とタメ張れるシェアなんかも持ってるのに1ランク下にいるのは、それほど大きく目立たない為らしいわ。しかも他の三大企業と違って、ガッチリ裏世界と繋がってるらしいの。いえ、殆んど暗黙の了解みたいなものね。そして三大企業なんかよりも、裏にかなりの影響力を持ってるらしい…。でも1回として裏の証拠が上がった事が無い。かなり手強い相手よ…」

 口惜しそうな清音の表情に、閃くハーリー。

「もしかして、姉さんがココにいるのって…」

「ご察しの通りよ。尻尾を掴ませないなら、無理矢理掴んでやるまでよ! 尻尾が手元に来るのなんか待ってられない!ってな感じで潜入したんだけど……。まさかこんな大事になるとはね〜。どうしようか玻璃?」

「いや、僕に聞かれても…」

 本気で困った顔をするハーリーに苦笑しながら、

「冗談よ、じょ〜だん。とりあえず証拠になりそうなデータをこれにコピーしてくれる? ここにも結構強引に来てるから証拠が要るのよ。あ、それと今この施設に何か起こってないか調べてくれる? な〜んか変なのよね。何となくおかしな感じがする……、これは私の勘だけどね」

「勘って…、姉さん……」

 呆れた感じのハーリーに、清音は『だから貴方は駄目なのよ』のポーズを取りながら、

「あら、勘だって馬鹿にしちゃ駄目よ? 勘ってのは、演繹と経験と理屈に裏付けされた物で、思いつきや何となくとは訳が違うんだから♪」

「はいはい。それじゃ目ぼしいデータをこれに入れとくよ? 施設の方はちょっと待って。今調べてるから……」

 施設内のモニターやセキリティー関係のプログラム等にハックし通常時と違う可笑しな所は無いか調べて行く。

「姉さんの勘、ドンピシャ。僕達の他に、誰か入り込んでるみたい。しかも、下手すると研究者一同死んじゃってるかも……」

「どう言う事?」

「この施設内を映してる監視モニターが結構有るのに、殆んど人が映らないんだ。しかも確認できる常時との対比で圧倒的に人が少な過ぎる。モニター数から言ってかなり大きな施設の筈なのに……。どう思う姉さん?」

 ハーリーの言葉に、(しば)し思慮に(ふけ)る。至って冷静な、そして不敵な笑みをその顔に浮かべ、ハーリーに話し出す。

「施設内に(ほと)んど人がいないのは、結構ラッキーかもね。あんなの野放しにする訳には行かないから、制圧しようと思ってたの。人がいないなら、見つかって掴まる心配もせずに済むしね♪ それじゃ早速始めようかしら。
 玻璃、武器の保管庫とか何処にあるか分かる? ナビゲートお願い。それと施設内のモニターやシステム関係をあんた以外が使えない様に出来る? 出来るんなら今すぐ実行して」

 テキパキと指示して行く清音。ハーリーもそれに従い、操作を完了させて行く。

「OK。完了した……けど、どうしたの姉さん?」

 何やら深刻そうな表情で悩んでいる清音に少々躊躇うハーリー。

「ん? ああ、ちょっと疑問に思ってたのよね…。何で100年前の詳細な裏々の事情が、ここにあるのか。政府が木連の人達以上に隠したかった筈の事情が…ね?」

「あ!? 本当だ…。何でこんなのがここに……」

「これは思った以上に根が深いのか…、それともリチャード・ウォンが相当とんでもない奴かのどちらかね……」

「どちらもあって欲しくない現実だな……」

「まあ、理想はそうなんだけどね…。それはともかく、あんたはここでサポートお願いね。私はゼイラムを制圧してくるから。大人しくここにいるのよ? ちょろちょろしてると危ないから。解った、玻璃?」

「ちょ、ちょっと待って姉さん!? 制圧って一人でやる気なの?! 相手は最終的に核を撃ち込まれる様な奴だよ! 姉さん一人で……」

「シャ〜ラプ! だからってあんた一人連れてったって結果は変わらない……いえ、それどころか悪くなるかも知れないのよ? それに、今の武器は100年前とは違い、格段に進歩して強力になってるんだから、早々遅れは取らないわよ。だからあんたはここに居なさい。大怪我なんてしたら母さん達が心配するでしょう? ね?」

 優しく諭す様にハーリーに語り掛ける。そんな姉の心遣いに、ハーリーの心の中の焦燥感がますます増してゆく。

 怪我無く帰って来る保証が何処にある? 絶対死なないという保証は?

 この前までの自分には、人一倍丈夫な身体と不死身なまでの回復力の為に自分は死なない、漠然とそんな思いがあった。しかしそれは間違っているのだと、牡丹との出来事で誰もが死に逝く可能性を秘めているのだと、死なない保証など無いのだと思い知らされた。

 しかも、ハーリーなら兎も角として、清音は至って普通の人間だ。常人よりも丈夫だろうが、ハーリーの方が頑丈で生き残る可能性が高いのは自明の理だ。

 しかし清音は勿論そんな事知るはず無いので、ハーリーを止めにかかる。

「そ、それは……。でも姉さん…」

「サポートだって必要なのよ? その方が生き残る確率も上がるし…。だからお願い、ね?」

 そんな清音の態度に正直迷う。

 両親や姉に心配かけない為には事情を話さないのが一番だ。しかし姉を、清音を助ける為に共闘するには事情を話さない訳には行かないだろう。いや、隠しても聴き出されるのが落ちなのではないかと思う。

 でももし、事情を知られて嫌われてしまったら? 人外並みの力に恐れを抱かれたら? 自分に接する態度が変わってしまったら?

 傷付くのは恐くない。でも、大好きな人達に嫌われ、心無い言葉をかけられるのは嫌だ。
 かけられたらと、考えるだけで泣きたくなる。絶対に絶対にそんな事だけにはなりたくない…。

 喪失している記憶のナデシコならそんな事も無いだろう。鳳燐の話を聞く限り、あそこは人外の巣窟らしいから。
 漆黒の戦神を始め、それらのクルー等で慣れているだろう。

 しかし姉や両親はどうだろうか? 知った後でも今まで同様接してくれるだろうか? 人は理解の範疇外のモノに対しては酷く残酷だ…。

 ハーリーにとってこの決断は、酷く勇気の要るものであった。多分今までこれほど勇気を要した事は無かったのではないだろうか? ある意味自分の中の人生の岐路に立っているのだと、ハーリーは自覚した。

 

 そしてハーリーは、この決断で、清音を助ける事を選んだ。姉さんが好きだから。姉さんを死なせたくないから。死んで欲しくないから。生きていて欲しいから…。残る両親を悲しませたくないから……。

 

「姉さん、僕も行くよ。多分その方が生き残る確率は上がる…。だから一緒に行く。……いや、姉さんが待っててくれても構わないよ?」

「な?! 何言ってるの玻璃!? 自分が何言ってるか解ってる? むざむざ殺されに行こうとしてるって、判ってる? あんた一人で行ったって死体が一つ増えるだけなのよ? その所為で一体どれくらいの人が悲しむか判って言ってるの!!? どうなの玻璃!」

 厳しい口調に鋭い眼差しで、ハーリーを脅し掛ける様に言ってくる清音に、ハーリーは冷静な顔で頷く。

「うん、分ってる。それに僕は、多分今の姉さんより強いと思うよ? 何なら試してみる? そうでないと姉さんも納得出来ないだろうし……」

「お馬鹿な事言ってないで、大人しく待ってなさい! 気持ちは分からないでもないけど…」

 やっぱりと言うか、当然と言うか、ハーリーの言は清音にまったく相手にされていない様だ。

 まあ、この辺は予想していたので、取りあえず無害そうな見せ技を披露する事にした。

「赤の技 神炎祓濯!」

 天蛇剣を抜き打ち、同時に刃から辺りを舐める様に炎が走る。浄化の炎だけに、常人が当たったとしても気分爽快になるだけだ。悪人や極悪人などの穢れた存在はその限りではないが…。

 炎はあたり一面に燃え盛り、室内は火の海と化す。

「きゃっ! な、何?! 何なの?」

「これで信じてくれる気になった姉さん?」

 清音の驚きの声にそう答えると、パチンッと指を鳴らし炎を消し去る。

「…今の、あんたが遣ったの、玻璃?」

 いぶかしむ様な清音の声にコクリと頷き、

「そうだよ。もっとも今のは無害な、ほんの序の口だけど……」

 そう答えるとハーリーは清音の反応を待った。はたして清音は、どう言うだろうか。ハーリーは冷静そうな顔をしているが、内心胸が張り裂けそうな思いだった。

 ハーリーのそんな思いとは裏腹に、清音の反応は実に簡単なものだった。

「へぇ〜。あんた凄い事出来るのね」

 感心する様に頷く清音。ハーリーの予想していたどの反応とも違う、実にあっけない淡白な物であった。

「え?! それだけ?」

「まあ、アレぐらいならね…。もっと非常識な知り合いがいるから……。それにしても、どうやら身内って事で先入観があったみたいね。私とした事が見誤ったわ」

 そう言うとおもむろにハーリーの身体を触りまくる清音。

「うひゃ!? ね、ね、姉さん、何を!!!」

「ふぅ〜ん…。玻璃、あんた結構いい体つきしてるじゃない?」

 サワサワと清音の手が、ハーリーの筋肉の付き方なんかをみていく。

「だからってそんな……、撫で回さないでよ!」

「あはは。ごめんごめん。……さてと」

 そう言うと清音は、ハーリーからスッと離れる。

 そして距離を取ったかと思うと、いきなり鋭く流れる様な回し蹴りを放って来る。

「な?!」

 ハーリーは不意打ちの様なその蹴りを、咄嗟に上半身を思いっきり反らし何とか避け、そのままバク転して構えをとる。

 そこへ間を置かず清音が、凄まじい踏み込みから右拳突きを極める穿疾歩を放つが、ギリギリで見切り身体の回転を利用し紙一重でかわすと、そのまま清音の勢いを利用し足を払い、合気の要領で清音を空中で回すと、背中から床に叩き付ける。

 咄嗟の事で上手く加減が出来ず、床に叩き付けられた清音は衝撃の為、思わず肺の中の空気をすべて吐き出す。

「あ、くっ!? かはっ!」

「し、しまった! 姉さん大丈夫!? 咄嗟で加減が上手く出来なくて…」

「けほ、けほ! だ、大丈夫よ。そんなに(やわ)じゃないから。それにしても玻璃、あんたかなり使えるわね? 今の身のこなしに、難無くやってのけた技の冴え。それに咄嗟の判断にしては悪くない選択。正直予想以上だったわ。これでも職場の中じゃ一番の使い手なんだけど…ね?」

 どうやら一連の攻撃は、ハーリーの体つきからかなり使えると見た清音が、手っ取り早くそれを確認する為のものだった様だ。

 何とも物騒な確認の仕方ではあるが……。

「はあぁ〜。脅かさないでよ姉さん、お願いだから……」

「はは。ごめんてば。でもまあ、これで足手まといだけにはならないって分かったからいいじゃない? それに痛かったのは私だけだし…」

「じゃあ、一緒に行っても?」

「さっきの炎みたいなのも、使い所によっちゃ使えるでしょうし。そうね〜…。取り合えず、主力は重火器関係で私。玻璃はさっきみたいなのでサポートお願いね。それから、先に言っておくけど前に出過ぎない事! それから少しでもヤバイと思ったらさっさと逃げる! そしてもし最悪の場合になった時も、ちゃんと一人で逃げる事! 以上分かった? 了承出来ないなら連れてけないわよ?」

 さらっと流す様に、何やら重大な事を言われたのに気付き、内容を反芻して青くなるハーリー。

「ちょ、ちょっと待って姉さん!? 最悪の場合って………」

「そんな事、なるつもりは無いけど考えて置くべきでしょう? 特に今回はあんたがいるから尚の事…」

「それはそうだけど……」

「取り合えず、これ持って甲野って人を訪ねれば後は何とかしてくれるは。住所は……」

 色々と最低限の事を教える清音。その情報が役に立たない事を祈ってやまないハーリーだった。

「暗記した?」

「う、うん。でも……」

「もう、そんな暗い顔しない♪ こう見えても私は任務達成率97%の1級捜査官よ? 引き際は心得てるつもりだから安心なさい。そうでなけりゃ、今の今まで生き残れて無いわよ。それに、まだイイ人もいないのに死ねますかって♪」

「…そう、だね」

「それで、どうするの? さっき言った事、了承するの? しないの? どっち?」

「りょ、了承」

「よし! それじゃ早速行ってみようか? 外に出る前に何とか止められればいいけどね…」

 こうしてハーリーは清音と共同戦線を張りつつ、生体兵器『ゼイラム』の討伐に向かうのでありました。

 

 

 

 

 

 真備姉弟は端末からのモニターを元に、現在ゼイラムが居るであろう区画を割り出し、今現在その区画に侵入途中である。

 何故分析と推測でもってその所在を割り出しているか? そんな事をせずともモニターに映っている場所に向かえば手っ取り早いのだが、どうもそう簡単に事を進める訳には行かないらしい。

 何せ無数に存在するモニターの何処にもゼイラムの姿を確認出来ないのである。特に外に出たであろう形跡は一つも無いので、研究所内に潜伏していると思われるのだが……。
 どうやら相手は暴れるだけの獰猛な獣ではなく、モニターから映らない様に身を潜めるだけの狡猾さを持っている様だ。存外厄介な相手である事は変わりないのだが……。

「どうやら、ただ単に暴走してるのを止めるだけじゃ済まなくなりそうね…」

「もっと簡単に見つかると思ったんだけどね……」

 二人してブツクサ言いながら侵入した区画の中を探索して行く。今のところ手掛かりになりそうな物も無く、先に進んでいたのだが…

「あれ? 何でこんな所に白衣が?」

 気が付いたのはハーリーで、隅の方に隠れる様にあったのを偶々見付けたのだ。

「ね、姉さん!?」

 少し気になり近付いて見ると、隠れていた部分がグズグズの血まみれになっていたのである。隠れていた所を見ると血の海になっていた。

「こ、これは…。この血の量じゃ、出血した人は死んでるわね。でも一体何があったのかしら。それに死体は一体何処にいったの?」

 嫌な予感がする。何か不味いと清音の脳裏で何かが(ささや)く。

 その時、風を切って何かが飛んでくる。清音とハーリーは咄嗟に左右に分かれ、飛んで来たモノを見た。

 次の瞬間、それは二人の後ろの壁に叩き付けられたが、それは確かに死体であった。しかもかなり奇妙ないでたちのソレは、どう見ても今の様に軽々と飛んで来そうに無い体型をしていた。

 横目で見たその死体の表情は、思いっきり恐怖で固まっていた。

「姉さん…」

「飛んで来た方に、これ投げた奴、確認できた?」

「影すら見てない。やっぱりこれを投げて来たのって…」

「十中八九ゼイラムでしょうね。これだけの重量をあんなスピードで普通投げれないわよ? 超能力があるって言うなら話は別だけど、ここでその可能性は零に近いわね」

「待ち伏せ、してたと思う?」

「さあ、どうかしら? 可能性は半々ね。待ち伏せていたのか、それとも単に私達がここに来たからアレを投げたのか……。できれば前者は勘弁して欲しいわね…」

 ただでさえ強力で有るのに、そのうえ下手に知恵が働くとなると、かなり厄介な相手になる。

 さて如何したものかと二人が考えていると、突然ハーリーと清音に向けて何かが、先程とは別の方向から放たれる。

「玻璃!?」

 言うが早いか、清音はハーリーを蹴り飛ばし、放たれた何かを紙一重で避ける。飛んで来たのはどうやら飾り紐の様な物がついた長い針の様な物だった。それが金属製の床に突き立っているのを見た清音は、脳裏に何やら予感めいたものが走る。

「玻璃、伏せて!」

 その声に咄嗟に伏せると、突然針が爆発する。それほど爆発自体は大きくなかったが、それでもあの針が刺さって爆発すればただでは済むまい。下手をすれば致命傷だ。

 爆発がおさまり、ほぼ同時ぐらいに顔を上げる二人。

「な、な、何?! 今の一体何処から……?」

「どうやら御出ましみたいね…」

 清音がそう言った時、その部屋に何処からともなく呪文を唱える様な、不気味な低い声が響く。

 そして先程、針が投擲さた方から190はあろうかという巨躯に、可笑しな白い顔のあるキノコを思わせる平たい笠、マントの上からでも分かる隆々とした身体、バイザーの様な物をつけたそいつは、殆んど足音もたてずに現われた。

「先手必勝! 喰らえ!」

 いきなり腰のライアットガンを抜き発砲。速射で5連発してみるが、音が五月蝿いだけで効果は無いようだ。

「あら〜、やっぱこんなんじゃ無理か。なら、これはどう!」

 そう言って取り出したのは対装甲戦用の無反動砲である。戦車もエステバリスも当たれば一ころと言う代物である。

 それを連発しながら……、

「ほら、何やってんの玻璃!」

「はいはい! 赤の技 鳳翼千羽!」

 振り抜く天蛇剣から放たれる数百という炎の羽がゼイラムに向かい襲いかかる。

 その凄まじい光景に思わず口笛を吹く清音。

「凄いじゃない玻璃。こんなの貰っちゃ、流石に効いてるでしょ……」

 言い終わらぬうちに爆煙の中からゴオッっと何かがこちらに来る様な気配を察し、横に飛ぶ清音。その一瞬後、先程まで清音がいた空間に、爆炎から飛び出たゼイラムの拳が通り過ぎる。ゼイラムは避けられるとみるや、何処から出したのか先程の飾り針を両手に八本構えると、清音に向かって片手づつ放って行く。

 カッカッカッカッ、カッカッカッカッと突き立って行く針を、不自然な体勢からのバク転で何とか避けると、近くの机の影に素早く入る。その直後突き立った針が次々に爆発して行く。

「流石にこんなんじゃ無理か…。相手はバッタ物とはいえ最終的に核を使わせた相手。クローンを出す前に何とか手を打たないと……」

 そう言いながら取り出したるは、バタフライナイフに手榴弾がくっついた珍妙なモノ2つ。両手にそれを持つと、一つを立ち上がりざまに走り出すと同時に放ち、ハーリーの方に向かう途中にもう一つを投げ、ハーリー共々物陰に隠れた瞬間、チリ〜ンという音と共に先程の針とは比べ物にならない大爆発が起こる。

「足止めぐらいにはなるでしょう。さあ、武器庫まで走るわよ玻璃!」

 またもや手榴弾付バタフライナイフを2つ取り出すと、出口に向かい走り出す清音とハーリー。途中牽制の為手榴弾付バタフライナイフを投げ打ち武器庫に向かう。

「…姉さん。さっきから投げてるその物騒な物は何?」

「これ? 知り合いの高見ちゃんから教えてもらったパイナップルダガー、略して爆飛剣よ! 結構使い勝手がいいのよね〜、これ」

 全然略じゃない辺りが通である。

「……どう言う知り合い? そんな物騒な……」

「ん〜と、たしか警備会社の一社員よ? ローラーブレード履いた」

 どんな警備会社なのだろう、と疑問に思わないでもないが、聞くのがちょっと恐いのでやめておく。

「それで、どうするの? さっきの攻撃、全然効いてないみたいだったけど…」

「そうね……。一応取って置きは有るんだけど…。何か弱点を突いて確実に決めないと。そもそも絶対効くって保証も無いんじゃ無闇に使えないわ。数もそれ程ないしね」

 清音がう〜んと悩みながら走っている内に、何時の間にやら武器庫を通り過ぎかけたので、慌ててハーリーが止める。

「姉さん、武器庫はここだよ! 何処行くき?」

「あ、ごめんごめん。さて、なぁ〜にがあるかな〜〜っと。良いのが有ればいいんだけど……」

 そう言って扉を開き、他人の武器庫を漁りだす清音。

 清音の期待しているのはゼイラムに効果の有る武器が在る事だが、可能性は高いだろう。何せゼイラムの研究をしていたのだから、暴走などの事態も想定していたろう。それなりの武器等は在る筈なのだが……。

「おぉ! あるある♪ 色々と多種多様な品揃えです事。さぁ〜て、この中でどれが使えるかしらね…」

 ゴソゴソと品物を物色していく清音。「これは駄目ね」とか「威力がもうちょいね」とか色々ブツクサ文句を言いながら漁っていると、中々良い品を見つけた様である。

「へぇ〜〜。これ最新式かしら? 結構使えそうね……。あとコレとコレと………、こんなもんかな」

 うん、と納得して満面の笑みで清音が手にしているのは、何やら大口径っぽい設置式の機関砲っぽいのや、何やら丸い地雷らしきものや、その他凶悪そうなフォルムの武装一式が持たれていた。

「ね、姉さん?(汗) どこかに戦争仕掛けに行くき?」

 冷や汗たらしながら聞いてくるハーリーに、呆れる様に、

「…あのね、相手は核まで撃ち込まれた相手よ? 武器が相当強力になっているとは言え、コレくらいの装備は必要でしょう?」

「そう、かな?」

「そうよ♪」

 何やら愉しそうに微笑む清音姉さん。ハーリーはまだ釈然としない顔をしている。

「さて、それじゃ早速罠を仕掛けるわよ。ほら玻璃、あんたもコレ持ってきて」

 そう言って渡されたのは、先程清音も持っていた何やら丸い地雷らしきものである。

「………姉さん。これって手に持っても大丈夫なの? 爆発とか……」

「大丈夫よ。まだ起動スイッチも入れてないんだから、爆発なんかしやしないわよ。そう言う意味では、兵器関連の安全装置とかは相当丈夫に出来てるから、心配しなくても大丈夫」

 無造作に渡されるモノがモノだけに、どうしても心配になってくる。幾ら安全と言っても、流石に清音の様には扱えない。

「…はぁ〜〜。それで何処に仕掛けて置くの?」

「結構長い直線通路が幾つかあったでしょう? とりあえず一番近い所にコレを仕掛けて、ゼイラムを誘き寄せる。罠に掛かった所へ全力で迎撃。その後はその攻撃の成果次第ね。コレの威力はかなりのものの筈だから、ダメージは喰らうと思うんだけど…」

 パシパシと機関砲っぽい物を叩く清音。

「まあ、それはいいけど誰が囮をやるの?」

 ハーリーのセリフに、清音は抜ける様な爽やかな笑顔でもって一言。

「ガンバ、玻璃♪」

 親指をビッと立て、ウインクしながらそうのたまう姉に、クラクラのハーリー。

「本気と書いてマジなの姉さん?」

「本気も本気、大マジよ? 罠に掛かったらすぐにコレで通路の端から狙撃しようと思ってるから。あんたじゃ扱えないでしょ、コレ」

「そりゃまあ、そうだけど……。間違って僕を撃ったりしないでよ?」

 過去にその様な事が続いている為、念の為に注意をしておく。そんなハーリーのセリフに、清音は呆れながら

「あのね、あんたに当たった時点で即死しちゃう様なものを、何でわざわざ当てなくちゃならないの? それにコレの弾だってそんなに多くないんだから、そんなムダ弾使えないわよ」

 弾に余裕があれば当てたのだろうか、という突っ込みは止めておこう。はいなどと言われたら、それこそ恐い。

「分かったよ。それじゃ僕が囮でアレを引っ張って来るから、上手くやってよね姉さん?」

「OK♪ 任せなさい! 1級捜査官の名、伊達じゃないわよ♪」

 まあ、自信が有る事は良い事だろう。自惚れでなく自負であるなら、それはつまり信用になり得るのだから。

 

 

 

 

 そんな訳で一人、囮となるべく先程の道を舞い戻るハーリー。まあ、不安が無いと言えば嘘になるが、それでも清音が居る時よりもホッとしていたりする。

 心中複雑ではある。出来れば自分一人で始末できたらいい、と思っていなくもない。それでも協力しようと思うのは後々の事を考えてである。

 前の北辰の時もそうだったが、自分がいる間はいい。しかし何時までも同じこの世界に自分はいないのだ。もしも居なくなった後に、もう一度同じ事が起きたら? その時自分が居なかったらどうする? はたして無事に乗り切れるだろうか? 姉を信用していない訳ではないが、それでもやはり戦った経験は有るに越した事はないだろう。まあ、できれば姉だけの力で制圧してしまうのが理想ではあるが……。

 

 自分を納得させると早速ゼイラムの気配を探る。もうそろそろあの爆発を堪え、こちらに向かっていると仮定した場合のランデブーポイントの最大予想範囲内に入る頃だ。

「さ〜て、何処に居るんでしょうか〜〜っと」

 軽い口調で呟きながら、隙無く探って行くハーリー。

 曲がり角に差し掛かり、そ〜っと覗いて見る。よし、どうやら居ない様だ。

 そんな感じで先に進んでいる時、ふと開きっ放しのドアが目に入り、何やら違和感を感じたので、気配を殺しそっとその部屋を覗いて見る。

 中は薄暗かったが、大まかに物を見る程度には明るかった。そんな部屋の、わりと隅の方にソレは居た…。

 何かを持って――大きさやシルエットから見て恐らく死体であろうが――ゴソゴソと何かを遣っている様だ。

 何を遣っているのだろうと、よ〜く目を凝らし観察してみる。持っている何かを頭部に引っ付け何かをしている。

 ジュブジュブという微かに聴こえて来る音に、ハーリーは嫌な予感を覚える。

「うぅ。何か嫌だけど、しょうがない。手っ取り早く…、白の技 螺閃光穿!」

 白く光宿る天蛇剣を水平に構え、螺旋を描く様に捻りを加えながら光を撃ち出す。

 渦巻く光線は一瞬にして標的を捕らえ、有無を言わさず吹っ飛ばす。

 よしビンゴ! コレで終わらないかな〜っと儚い希望を抱いてもみるが、当然の如く終わる訳も無く、倒れた先からムクリと起き上がって来る。

 それでも、先程の銃弾や炎弾の嵐に無傷だったのに比べ、焦げている様な感じなので多少はダメージが有った様だが、相手の足取りにそれを感じさせる所はまったく無い。

 まあ、そこまでされてハーリーに気づかない訳もなく、例の妖しい呪文を響かせながらこちらに向かって来る。

「それじゃ、鬼ごっこと行きますか?」

 見失われない様に、誘い込む様に気をつけ走り出すハーリー。

 そんな時、不意に苦笑する。自分は逃げ切る為に鬼ごっこをしているのに、こうして誘い込む為に鬼ごっこをするとは何とも皮肉なものだ

 牽制の為、時々簡単な技をぶつけつつ、清音が罠を張っているであろう地点に急ぐ。

 そして罠の仕掛けられている通路に差し掛かり、目に入って来たのは通路の四隅に仕掛けられている先程の地雷らしき物に、遥か通路の果てで(うつぶ)せながら機関砲らしき物でこちらに狙いを付けている清音の姿であった。

 事前の打ち合わせ通り、それまでよりも段違いのスピードで駆け、アッと言う間に清音の射程圏内から脱し、清音の後ろにつく。

「上手く行った?」

「イイ感じに引き付けといたし、見失わない程度にスピードも加減して来たからバッチリ! もうすぐ来る筈だよ」

「OK! 後は上手く掛かってくれるのを待つのみね……」

 数秒して、例の妖しい呪文詠唱の様な音が微かに聴こえて来る。そして奴が通路に姿を現し踏み込んだ瞬間、清音がトラップのスイッチを入れる。

 パシュンッという音と共に凄まじい電撃の嵐がゼイラムに襲い掛かりその動きを停める。地雷らしき物はどうやら火薬式の爆発系の物ではなく、対電子戦に用いる電子地雷(エレクトリックマイン)の様だ。コレ一個で数小隊を再起不能に落とし入れ、広範囲の電子機器を使用不能にできる物を、四個使ってほんの足止め程度の様だ。

「ターゲットロック、シュート!

 清音が引き金をひき、シュパンッと言う音と共に凄まじい衝撃を巻き起こし弾丸が放たれる。廊下を衝撃が蹂躙し必殺と思えたその一撃は、しかしゼイラムを微妙にズレ、通過時の衝撃だけ与えると、背後の壁を破壊し貫通して行った。

「な?! そんな馬鹿な!? 足を狙ったとは言え、外れる筈が!!?」

 戸惑いと驚きの声を上げつつも、マガジンと弾倉の換装を行ない、再度射撃準備に入る。

 先程の衝撃にも関らず電子地雷(エレクトリックマイン)の効果はまだ続いており、すかさず第二射を今度は身体の中心にぶっ放す!

 しかし、またしても弾道は反れ、身体の中心ではなく左肩をぶち抜くに留まる。

 そして衝撃に耐えられなかったのか、それともバッテリーが切れたのか、時を同じくして電子地雷(エレクトリックマイン)の効果が切れ、ゼイラムが電撃の檻から解き放たれた。

「うわ、マズ!」

 清音が言うが早いか、ゼイラムの右手に飾り針が現われ、すかさずこちらに向かい撃ち込んでくる。

 清音とハーリーも素早く退避し伏せる。次の瞬間、機関砲らしき物が針の直撃を受け破壊されてしまう。

「不味った。折角ダメージを与えられる武器だったのに破壊されちゃうとは…」

「今の何だったの姉さん? やたらともの凄い威力だったけど……」

 爆発が収まると同時にその場から走り出しながら、そんな会話をする二人。

「…………レールガンよ」

「…え? レールガンって、………もっと大きい物じゃなかったっけ? あんな大きさ……」

「造ったんでしょう? 小さく丈夫にコンパクトにまとめて、威力は見ての通りに、ね」

「そんな出鱈目な……」

「有るものは仕方ないでしょう。効く武器が有るのが判っただけでも上等よ。それよりも問題なのは、何で弾丸が反れたかよ。アレは明らかにおかしいわ。どうやらまだ何か有るみたいね…」

「単に姉さんが外しただけなのでは……」

「え? 何? よく聞こえない」

「……いえ、いいです………」

「まあ、冗談はこれくらいにして、あんな動かない的に、何のアクシデントもなく外すなんて有り得ないわ。どう考えたって曲がったとしか……」

 清音は自分の言ったセリフにギクリとする。単に的が外れたのではなく、弾道が曲がったのだとしたら? それはつまり………、

「外れたんじゃなくて、曲がったんだとしたら……。まさか、歪曲場(ディストーションフィールド)? いや、でもまさかね。相転移エンジンをあれ程までに小型化が出来てたら、技術革命が起こってるだろうし……。それとも独自開発に成功した…? とにかくその可能性だけは考慮しておかないと……」

 清音の考察にギクリとするハーリー。既に実用に耐える実例が目の前に居たりするが、まあ、それはあえて言わないで置こう。どうなる訳でもないが、何だか少しドッキドキである。思わず心の中で、ここに成功例がいますと手を上げてみたりする…。

「そうすると、やっぱり強力な実弾兵器か、接近戦による制圧しかないか……。光学系はどんなに強力でも意味を成さないしね」

「あ、でも無制限で張ってる訳じゃ無さそうだよ? さっき光学系の技が直撃してたから、意図的にじゃないと張れないんじゃないかな?」

「それ本当? まあ、無いよりかはましだけど、相対す限り意味は成さないわね。でもこれで取って置きは使えそうね……」

 今後の戦略を考えながら走る二人。

 丁度二人が次に曲がる角に近付いた時、曲ろうとする廊下の方から何やら走って来る様な足音が聞こえて来たのである。

 既にこの研究所内には自分達とゼイラムしか居ないと、何となく思っていた二人は警戒の為その場に停まり、念の為武器を構える。

 そして足音は段々と近付き、不意に曲り角から現われたのは、髪をポニーテールにし、奇妙ないでたちをした30ぐらいのヒゲのオッサンであった。

 そのオッサンもこちらに人が居ると判っていたのか、武器を構えたまま現われ、両者はそのまま膠着状態に陥る。

「アンタ何者? 間違ってもここの研究員には見えないけど、ここに何の用が有るのかしら?」

「それはこっちのセリフだぜ? そっちこそ研究員には見えんが、何者だ?」

「訊いてるのはこっちよ?」

「答えてやる義理があるってのかい、お嬢ちゃん?」

「これが見えない?」

「そっちこそ節穴かい?」

 厭と言うほど高まる緊張の中、清音とオッサンは会話を愉しむかのように問答を繰り返していく。

 そして数秒が経った時、タイミングを合わすかの様に清音とオッサンはニヤリと笑い合い、銃の照準から互いを外す。

「良い度胸してるじゃない? 取り合えず敵じゃないって思っていいのかしら?」

「そっちこそ女にしては肝が据わってやがるぜ。俺はフジクロ。ちょっと人捜しの真っ最中でね。ここに居るらしいんで捜しに来たって訳だ」

 只の人捜しでこんな所に来る奴がいる筈が無い。どうやらこのオッサン、相当とんでもない人物の様である。

「私は清音でそっちが玻璃。私達もちょっとした訊き込みのついでに害虫退治の真っ最中なのよ、これが」

 お互いの目的にニヤリとする清音とフジクロ。互いの目的の確認はこの程度の符丁で十分らしい。

「それはそれは難儀なこって。ところでこういう奴を見かけなかったかい、お嬢ちゃん達?」

 フジクロの手に持つ奇妙な機械から、立体映像でこれまた奇妙ないでたちの男が映し出される。

「あらこいつ、どっかで見たような気が……、何処だっけ?」

「………あ! もしかしてこれさっき飛んで来た死体の人では…?」

 確かに先程飛んで来た死体も、こんな感じの奇妙ないでたちをしていた筈だ。顔の方は恐怖で歪んでいたが、確かこんな感じだった様な気がする。

「死体って、まさかこいつ死んでたのか!?」

 コクコクと頷く清音とハーリーに、フジクロは片手で顔を半分隠しながら重い溜息を吐く。

「おいおい、勘弁してくれよ。こんな辺境まで来てそんなオチか? 死体じゃ半分以下だぜ……。一体何処のどいつだ!?」

「何処のどいつと言うか、暴れる凶器と言うか、あんまり関りにならない方が良いですよ、ゼイラムとは…」

 フジクロの様子に、一応注意を促してみるハーリー。

 しかしハーリーのその一言にフジクロの様子が変わる。

「ゼイ…ラム? …いやまさかな。………笠なんて被ってるわきゃ無いよな!」

「着けてましたよ?」

「………………………。ましてや笠の真ん中に、白い顔なんてある筈ねえよな…」

「あ、そう言えば有ったわね、そんな可笑しなオブジェが…」

「………………………………………………………………………。まさかこんな姿してないよな……」

 先程の奇妙な機械に、今度は少し姿は違うゼイラムの姿が映る。

『あ、ゼイラム』

 ハーリーと清音のその短いユニゾンした一言に、思いっきり顔が引きつるフジクロ。

「な、んで、こんな辺境に、不死身の笠野郎が居やがんだ!!!

 クワッっと、思わず叫んでみたりする。

「フジクロさん、ゼイラムの事ご存知なんですか?」

 フジクロの反応に今更な質問をするハーリー。誰がどう見たって知ってるぞ〜っと叫んでいる様にしか見えない。

 それはそれで謎ではあるが……

「え? いや、知ってるというか知らないというか関りたくないっていうか知りたくも無いって感じではあるんだが………。いや〜、おじさん疲れちゃったからもう帰るわ♪ んじゃ、そう言う事で…」

 わざとらしくも誤魔化しつつ、この場に背を向け去ろうとするフジクロ。

 しかし清音とハーリーがこんな美味しい相手を逃す筈が無い。

「まあまあ、ゆっくりして行ってよ、お客さん♪(カチャ!)」

「そうですよ。サービスしますから是非とも♪(チャキン!!)」

 柔らかな口調で止めに入る清音とハーリーだが、銃と剣を突きつけている時点で既に脅迫である。

「てめぇら何考えてやがんだ! ありゃ普通の奴にはどうしようもない代物だって分かってんのか?! ええぇ、どうなんだ!?」

「まあ、一応分かってるつもりだけど…」

「でも、必然的に巻き込まれると思いますよ? 多分もうそんなに遠くは……」

 三人がそんな話をしていると、遠くの方から何やら妖しげな呪文詠唱とシャリ〜ンという錫杖を振る様な音が聴こえて来る。

「やば! もう追いつかれちゃった…って、当然か。こんな所で長話してりゃ」

「おいおい、何だか聞きたくねえ、嫌な音がしてねえか?」

 フジクロは顔を引きつらせながら、あっけらかんと言う清音に問う…。いや、コレは既に確認に近かったろう。何せフジクロ本人は既に清音側のあらましが何となく想像出来てしまっていたから……。

「はは、はははははははは…。全力転進全員全速退避!」

 ヤバげに近付く呪文詠唱に、爆飛剣を投擲しながら全員駆け出す。こうなれば一蓮托生だ!っとばかりに、抜群の連携を見せる清音・ハーリー・フジクロ(笑)

 効かないまでも、衝撃で吹っ飛ばせる攻撃をしつつ、この場を離れる一同であった。

 

 

 

 

「だぁ〜〜、まったく! 何て事に巻き込みやがるんだ、手前ら!! 俺になんか恨みでもあんのか?!」

 取り合えず安全そうな場所まで退避して、一息入れたところでフジクロが吠えた。

「いや〜、別に恨みなんて無いですけど、ゼイラムについて知ってるんだったら教えて欲しいな〜っと思いまして。ほら、能力とか弱点とか色々……」

「あはは♪ 何せ私達、アレを制圧しなくちゃならないから…。っと言う訳で、お願いよオ・ジ・サン♪♪」

 ちょこっと楽しげに問うてみる清音。そんな清音とハーリーに溜息をつきながら、

「勘弁してくれよ。何の因果があってこんな所にまで来て、あんなモンと関わらにゃならんのだ、おい」

「ははは。それはもう、運命と思って諦めて貰うしか無いですね〜〜」

「諦められるか!!!」

「まあまあ、そう言わずに。それじゃあ早速詳細から行って見ようか?」

「はあぁ〜。その前にそっちの事情から話しな。状況が訳分かんねぇんじゃ、こっちもどうしようもないからな。それが最低限、無理矢理巻き込んだそっちが出来る事だろ?」

 諦めたのか落ち着いたのか、フジクロは清音とハーリーに訊き返してくる。

「ん〜、まあ、そうね。今後のお互いの良好な関係を築く為に、情報交換は必要不可欠でしょうね。いいわ。取り合えず何でここに来たか、その辺から話しましょうか……」

 そう言うと清音は、ここに来た簡単な経緯やこの施設内で見た物の事などをフジクロに話し出した。

……

…………

………………

「それじゃ元は200年前に退治された奴がオリジナルな訳か。ったく、そいつさえキッチリ始末しときゃ、俺がこんな事に巻き込まれずに済んだものを。その女もやるならやるで………………。 ? ちょっと待てよ。こっちで200年前で、ゼイラムを始末したとなりゃ、そりゃ間違いなくハンターか何かだろうが、そんな前にアレ始末しようなんて奇特な奴が………………!!! いた! そんな馬鹿女はアイツしかいねえ!! かぁ〜! 始末すんならもっと完璧にやれよなイリアの奴。たく、何で俺がアイツの尻拭いなんかせにゃならんのだ!? 最近イリアとケイの所は儲かってるらしいからな、後でボブの奴からタップリせしめてやるぜ♪ 覚えてやがれ!

 清音の説明を訊き終わり、感想を洩らしたフジクロだが、感想から考察して行く内に清音やハーリーに聞こえないほど小さな声でブツブツ言い出すと、納得したのか突然顔をあげ清音の方を見る。

「OK、良いだろう。取り合えず俺の知ってる事は教えてやるが、但し、その出所とかを聞くのは無しだぜ?」

「? それは別に良いけど……、何か疚しい事でもあるわけ?」

「まあ、その辺はそっちで勝手に解釈してくれや。単刀直入に言っちまうとだな、ゼイラムの弱点は笠だ。って言うか、笠が本体でそれより下は変えのきくユニットな訳だ、これが」

「え、えぇ〜!!! あの本体ぽいのが? てっきり人間と同じで、脳か心臓だと思ってたわ」

「だろうな。なまじ人と同じ形状をしてやがるからな。さらに言えばあの白い顔、あれが全ての中枢を司ってやがる、人で言う所の脳だ。有機体を捕食しやがる時に、あれが触手よろしく伸びやがるんだが、逆に言やアレが弱点でもある。狙うんならあそこだ。
 あと問題と言えば、今の奴は出してやがらなかった様だが、増殖体(クローン)が大いに問題になってくる。それ自体の能力はそれ程高くないんだが、問題は増殖のスピードだ。1週間も放っときゃあ軍隊でも太刀打ち出来なくなる。しかも有機体を摂取すればするほど増えて行きやがるから手に負えねえ。数が揃えば1日で1国ぐらいは滅びちまう。本体を倒そうにもあの大きさじゃ市街になんぞ隠れられりゃ見つけ出すにも一苦労だ。
 しかもだ、野郎、宇宙の彼方の仲間も呼び寄せられるらしいんだわ、これが。まあ、時間は掛かるだろうが、あんなのが増えるのは正直ゾッとしねえだろ?」

 結構中々色々な事を教えてくれるフジクロを、ポカ〜〜ンとした顔で見ている真備姉弟。

「お〜い。俺の話聞いてるか〜? もしも〜し?」

「うん。聞いてる聞いてる。ただ今オジサンが喋ってるのが意外すぎて信じられなかっただけだから。オジサン、外見によらず色々と物を知ってるのね」

 感心した様に頷く清音に、チョッピリご機嫌斜めのフジクロ。

「今まで俺をどう言う目で見てやがったのか、よ〜く分かるコメントだな、おい! たく、人を何だと思ってやがる。それとな、その『オジサン』ってのは止めろ。背筋に悪寒が走る! 俺の事はフジクロでいい」

「OK♪ さて、弱点も判ったし、そんじゃ早速行ってみようか?」

「行くっておめえ、本気で二人でアレを倒そうって気なのか?」

「被害がまだこの研究所内に留まっている内に制圧ってのが当初の目標なんですよね。何せあんなのを街に出す訳には行かないでしょう? フジクロさんはどうします?」

「どうしますって坊主。どうしろってんだ、俺に?」

「逃げるか戦うか、ね。まあ、フジクロは関係無いんだし、逃げちゃっても良いんだけど、出来れば手伝って欲しいな〜って思うけど、その辺は私達が言ってもしょうがないしね。で、どうする?」

「………………………………………はぁ〜。しゃあねぇ、手伝ってやるよ。幸い秘密兵器も持って来てあるし、ちょっとは何とかなるか?」

 深〜い溜息をつきながら、自分に問う様に話すフジクロ。

 そんなフジクロに清音はニッコリ微笑みながら、楽しげな口調で、

「それじゃあ早速行きましょうか♪」

 

 

 

 

 今度は先程の様な直線の廊下ではなく、何かの実験施設の様な広大なフィールドに戦いの場を移した。

「逆に隠れる場所も無しって感じね。どうにでもココで決着を着けたいところね」

「大丈夫なのか嬢ちゃん。囮役をあの坊主に任せて?」

「大丈夫よ。あの子、アレでかなり強いんだから。さっきだってキッチリ、ゼイラム連れて来たしね」

「ほぉ〜〜、そりゃすげえや。勿論無傷だったんだろ? 何処にも怪我してる様には見え無かったし。人は見かけによらねえもんだな」

「それを言うならアンタもでしょうフジクロ?」

「おぉおぉ、言ってろ言ってろ。ったっくよ、可愛げが無いったらありゃしねえな。何で俺の知り合う女ってのは、誰も彼もこんなイイ性格してんのかね」

「あら、お褒めにあずかり光栄だわ。一応褒め言葉として取っておくわね♪」

「好きにしてくれ。…それで、特に罠なんかは仕掛けなくていいのか? っつってもこれじゃあ仕掛けてもバレバレだがな」

「それでどうにか出来る相手だったら良かったんだけどね。下手な罠は自分達の足枷に成りかねないしね。それでもちょっとこの施設の設備は使わせて貰うけどね」

 クスッと笑う清音に、

「さっき触ってたアレか。その顔は勝算ありって顔だな?」

「中々面白い物が有ったから、それをちょっと使わせて貰おうと思ってるの。これで少しは勝率上がる、かな?」

 問う様な、確認する様な清音のその口調に、フジクロはニヤリ笑いをしながら、

「そっちも奥の手を隠してそうだな。しかも結構自信あり、か?」

「あら、フジクロだってさっき必殺兵器とか言ってたじゃない? 期待してもいいのかしら?」

 含みのある笑い合いをする清音とフジクロ。そこへ囮に出ていたハーリーが()()うの体で戻って来た。

「増えてる増えてる、増えてますよ何だかよく分からないモノが! フジクロさんの言ってた、アレが増殖体(クローン)なんですか?」

「多分な。それじゃあ早速戦闘準備と行きますか?」

「あら、こっちは何時でもOKよ?」

「あ、僕もこのままでOKです」

「へいへい。それじゃ雑魚はどうする? それ程強くはないが、数で来られると厄介だぜ?」

「それは僕が始末します。雑魚の方は任して下さい!」

「例のヤツの準備は出来てるわけ?」

「ボタン一つで御随意に」

 慇懃な口調でそう言いながら、清音にパネルの様な物を渡すハーリー。

「OK! 準備万端、結果をごろうじろって感じかしら?」

 そんな話をする内に、入り口の方から何やら奇妙な生物がゾロゾロと入ってくる。

「うぇ〜、何あれ。勘弁してって感じの外見ね。取り合えずアレは任せたわよ玻璃!」

「任しといて。赤の技 鳳翼千羽!」

 天蛇剣から放たれる無数の炎の羽が、入って来た奇妙な生物をことごとく焼き尽くしていく。

 その光景に思わず口笛を吹いてみせるフジクロ。

「こりゃすげえ。確かに心配なんぞ無用だったみたいだな」

「そう言う事。さあ、こっちの獲物もどうやら到着したみたいよ?」

 見ると、燃え盛る入り口の方から、烈火をものともせず踏み入って来るゼイラムの姿があった。

「おうおう、相も変わらずの不死身っぷりか? 先手必勝、早々に殺らせて貰うぜ!」

 そう言うと背中に吊ってあった奇妙な機械を構えると引き金をひく。瞬間、凄まじい閃光がゼイラムに向かい放たれるが、こちらの予想通り歪曲場(ディストーションフィールド)を張っているのか、その閃光は曲解しゼイラムの背後を突き抜け、施設全ての壁をぶち抜きゼイラムの背後に大爆発を巻き起こす。これによりゼイラムの背後にあった施設は、全て閃光の一撃で壊滅した。

「なに?! ひ、ひ、必殺のボロブディンの一撃を、曲げやがっただ!! そんな馬鹿な!?」

 驚愕の声を上げるフジクロに、スパーンと素早くハリセンで突っ込む清音。

「馬鹿なのはアンタでしょうがフジクロ!!! 相手は歪曲場(ディストーションフィールド)を張ってるかも知れないから、光学系の武器は駄目だって言ったでしょうが!!!!」

「何時言ったよそんな事! 俺は聞いてねぇぞおい!!」

「……あれ? 言ってなかったっけ?」

「初耳だ初耳!!!」

「二人ともこんな時に漫才やらないでよ! 敵が来るよ、敵が!!」

 ゼイラムがもう目の前なのに、漫才を始める二人に突っ込むハーリー。

「判ってる! 取り合えず入り口から離すわよフジクロ。援護お願い!」

 そう言うと左回りで迂回しながらゼイラムの左側面に回り込もうとする清音。

「ち、仕方ねえ。当たんじゃねえぞ、嬢ちゃん!!」

 そう言うとフジクロは懐から、何やら竹とんぼの様な物を幾つか取り出す。そして何か操作をするとその竹とんぼは勝手に回転しだし、それをゼイラムに向け放つ。

 竹とんぼは素晴らしいスピードで疾走し、向かって左側面から火花を上げながらゼイラムの装甲を刻み、数秒後凄まじい爆発を巻き起こす。

 流石にそれには十数m程吹っ飛ばされ、体制を崩すゼイラムに清音が素早く踏み込み、苛烈なまでの双掌打を叩き込み更に数m吹っ飛ばし、それに合わせるかの様に清音も踏み込む。ゼイラムに反撃させる暇も与えず蹴り上げからの踵落し、飛び膝蹴りを極め、連環腿の様な飛び二段蹴りをかます。

 これには衝撃を殺しきれず、思わず倒れ伏すゼイラム。そんなゼイラムを脇目に、清音は飛び退きながらフジクロに、

「フジクロ、さっきのヤツをぶち込んで! 今なら効くわ!!」

「何が何だかだが、任せろお嬢!」

 清音の苛烈な攻めに目を見張り、はやる鼓動を楽しみながら、手に構えるボロブディンをゼイラムに向けて、激烈な閃光を放つ。

 その閃光はゼイラムの下半身に吸い込まれ、次の瞬間大爆発を(おこ)す!

 そして次に現われたゼイラムの姿は、胸の下辺りまで千切れ飛んだ凄まじい姿であった。

 しかしそんな姿には欠片の怯えも見せず、もがくゼイラムを前に清音は腰の方に手をやり、何かを引き抜く様に取り出す。

 それは一見すれば小さめな地雷をワイヤーで繋いだ鞭の様なモノだった。

「さあ、これで終わりよ!」

 それを鞭の様にしならせ、起き上がりかけていたゼイラムの上半身に捲き付く。そして清音の手元のグリップ部分のワイヤーが伸び、捲き付いた部分をそのままに清音は離れると、グリップのスイッチを押す。

 次の瞬間、先程のボロブディンの爆発以上の大爆発が起こり、清音は勿論、離れていたハーリーやフジクロもその爆風に吹き飛ばされる。

「何、今の爆発。凄まじ過ぎ……」

 そう言って一番に起き上がったのは勿論ハーリーである。

「ははは…。流石に百目鬼ちゃんが自慢するだけあって凄まじい威力ね」

 衝撃が治まり爆煙が晴れる中、先程ゼイラムがいた場所はそれ以上無いって程、完膚なきまでに破壊されていた。しかし不思議なのは、その周辺だけが徹底的に破壊されており、ソレより離れた地点にはそれほど被害が見られないという事だ。衝撃波による被害は人同様に有るのだが、直接の爆発の被害が殆んど無いのである。

 その光景を目にし、清音は感心した様な口ぶりで、

「へぇ〜。予想以上に破壊力の収斂(しゅうれん)が出来てるみたいね。流石最高傑作と言わしめるだけあるじゃない♪」

「…姉さん、今の一体何?」

 どう見てもこんな凄まじい破壊の出来そうな武器に見えなかった為、思わず聞いてしまうハーリー。

「あ、あれ? 職場の同僚にああいうのを開発するのが大好きな人がいるのよね。まあ、開発中のβ版をモニターするって条件で貰って来たんだけど…。予想以上だわ、この多機能超高性能爆連弾『チェーンマイン』の威力は♪♪♪」

 あんな物を趣味の様に開発できる職場って一体…、いや、造れる職場もそうだが、造る人物もどうかと思うが……、ましてやそれを使おうなどと………。どうやらハーリーの予想以上に自分の姉はとんでもない人だった様である。見捨てて行っても、十分生き残ったんじゃなかろうか、っとチョッピリ思ってしまうお茶目なハーリーであった(笑)

「はははははは。すげえすげえ! 無茶苦茶やりやがるな、まったく。でもまあ、これだけの腕がありゃアッチでも十分通用するぜ。イリアの奴といい勝負だ! どうだ嬢ちゃん、俺と組んでみる気ねえか?」

「…寝言は寝てから言いなさいよ、フジクロ? 何で今の仕事をわざわざ辞めて、アンタとコンビなんか組まなきゃいけないのよ?」

「ははは、結構危ない橋を渡ってそうだからな、嬢ちゃんは。危なくなったら頼ってくれて構わんぜ? 美人の相棒は大歓迎だ♪♪♪」

「アンタに心配される様なこっちゃないわよ。まあ、その気持ちは受け取っておくわ……」

 清音がフジクロとの掛け合いを続けていると、ふと眼の端に何やらユラユラと揺れる物が見えたので、そちらに注意を向けてみる。

 そちらを見、清音は自身の目を疑った。何故と言って、そこに揺れていたのは人体部分を失ってなお、笠のみで浮かび上がるゼイラムの姿であったからだ。

 しかもそいつは今だ諦めていないのか、白い顔の部分を触手よろしく伸ばし、端正な能面の様だった顔を口裂けた醜悪な(おもて)で、有機体を喰らおうと襲いかかろうとしていたのだ。

「! そこ!!」

 素早く腰の方から先程のチェーンマインを取り出し、勢い付けて醜悪な面に向かって振ると、先端の一つが切り離される。

 次の瞬間、ソレは円周に刃を生やし、凄まじい速度で回転しながらゼイラムに襲い掛かる。

 ゼイラムもそれにピクリと反応したが、いかせん遅すぎた。次のリアクションに移る前に、その顔を縦に切り裂かれながら刃は根元の笠の所まで達すると、次の瞬間爆裂した。

 爆煙が収まり、今度こそ笠なんかが残ってないのを確認し、ようやくホッと息をつく清音。

「今度こそ制圧完了、ね。さすが仕込みにダマスカスを使ってあるだけあってよく切れるわね♪」

 あはははは、っと大活躍のチェーンマインをカチャカチャと腰の所に仕舞いながら、ご機嫌な笑みを浮かべる清音。

「あとはココから無事脱出するだけだね。もっとも人がいないから簡単だと思うけど……」

 ハーリーもようやく大事が終わり、ホッとしながらそう言う。

 そこへ突然ハーリー達以外の声が、施設内に響く。

『ははははは。どうもお疲れ様でした皆さん。まさかアレを倒すとは思いもよりませんでしたが、実にいいデータが集められました事、感謝致しますよ?』

「な!? 誰なのアンタ! 一体……」

『それは実に些末(さまつ)な事です。今ココで気にする必要もありません。そうは思いませんか?』

 どうやら一方的な放送ではなく、アチラ側はこちらの事を全て把握している様だ。しかも今だけでなくゼイラムとの戦闘さえも、である。

「可笑しいよ姉さん! この施設のシステムは全部僕が掌握してる筈なのに、外部からこんな事出来る筈無いのに……」

『それは実に簡単な事です。回線がもう一つ有るんですよ。そちらのシステムからは独立した、ね』

 こちらの言に一々答えるその声。しかしフジクロはそれが途轍もなく気に入らない。至極癇に障る。そう思い、それをそのまま言葉に出す。

「……気にいらねえな。そんな事を話す必要が何処にある? 何で一々答える。そもそも何で話し掛けて来やがった? 何処にそんな必要がある? …いや、何を狙ってやがる? ………違うな。話しても問題無い。問題無くなるってか?」

『おや、鋭いですね。勘も中々、洞察も結構。流石はアレを倒しただけの事はある、と言った所でしょうか?』

 どこか愉しむ様なその声に、何か思いついたのかハッと顔を上げる清音。

「アンタまさかリチャード・ウォン?! 会長みずから御出ましなのかしら? コレはアンタの独断? わざわざ所員を少な目にしたり、色々気に入らないわねアンタのやり方は!! 陰険眼鏡の糸目野郎ってモッパラの噂よ?」

『ふふふ。抜け目無く"フィールド・ジャマー"等を使うだけあって中々、いや実に楽しませてくれますね、お嬢さん。ですが、そろそろお別れしなければいけないのが、至極残念です。出来ればもっと私を楽しませて頂きたかったのですが…』

 清音の不敵な嫌味に、肯定とも否定とも取れない対応をしながら、酷く残念げな口調で話し掛けてくる声。その口調に非常に嫌な予感を覚える清音。こういう場合の悪党の常套手段と言ったら……。

「一体何を………」

『それでは生き残り、またお会い出来る事を祈っておりますよ? おさらばです、皆さん。はははははははははは!』

 木霊するその男の笑い声に反応する様に研究施設全体が揺れ始める。

「うわ、予想通り証拠隠滅?! しかも即座に爆破の予感!? ヤバイどうしよう。逃げきるには奥に来すぎてる。とにかく玻璃、最短最速の脱出経路を……」

 今にでも爆発してしまいそうな雰囲気に、余裕無さ気にハーリーに聞いてくる清音。

「ちょっと待って、今調べるか………あ!」

「何?! どうしたの玻璃!」

 心配そうに聞いてくる清音に、無言の内にある方を指差すハーリー。そっちは先程フジクロがボロブディンを外した方向………。

「………。全員突貫!!!

 清音を先頭に、壊れた壁より、常時では考えられない素晴らしいスピードで駆け出す一同。無言であるが凄まじい気迫を撒き散らしつつ、一気に施設内を抜け外に飛び出す。それでも止まらず、全力走行を続けた数瞬後、背後の施設が凄まじい音を立て爆発しだした。

 一行の最後を走っていたハーリーは、咄嗟に伏せる一同にフィールドで覆う様にかぶさり、爆発を何とか凌ぐのだった。

 

 

 

 

「うわ〜。派手に燃えてますね」

 あれから第一波の爆発を何とか凌ぎ、安全だろう場所まで距離を稼ぎ、現在遠目に今だ爆発炎上を続ける施設を眺めている所である。

「しっかし陰険ねアレは。予告して5分も経たずに爆破する、普通? まあ、それも目的なんでしょうけど……。逃げ切れたから、ざまあ見ろって感じよね♪」

 嬉しそうに言う清音のその姿に、フジクロはフッと笑いながら、

「ったく、アッチも無茶ならコッチも無茶だな。こんなクレイジーな奴等は見た事ねえぜ」

「言う割りに何だか楽しそうじゃない、フジクロ?」

「喜悦満面って感じですよね〜♪」

「まあな♪ やってて楽しかったのは久々だからな。なあ、マジに組んでみる気ねえか? お前さんなら大歓迎なんだが…」

「お・こ・と・わ・り!」

「へいへい。そう言うと思ってましたよ。まあ、気が変わったらコレで連絡くれや。いつでも大歓迎だぜ嬢ちゃん♪」

 そう言ってフジクロは清音に何やら今まで見た事の無いデザインの、木製の様にも見えるカードサイズの通信機の様な物を手渡し一通り使い方を説明する。

「さぁ〜て、それじゃ俺もそろそろ行くとするかな」

 懐から何やらリモコンの様な物をを取り出し操作し、フジクロが少し空を眺めていると、何処からか大きな傘の様な乗り物らしき物がこちらに向けて降りて来た。

「嬢ちゃん達。俺のデンパダンに乗ってくかい?」

「遠慮しとくわ。どう見たって後一人しか乗れなさそうだし、そのまま連れてかれちゃ堪んないしね♪♪」

「言ってくれるぜ。最後までそんなんなんだからよ…。それじゃ元気でな。中々楽しかったぜ、お二人さん!」

 お互いの冗談に笑いながら、苦笑気味に別れを言うと、デンパダンを浮かせ、手を振りながら素晴らしいスピードで去って行った。

 一方ハーリーは、去って行くフジクロを傍目に、そぉ〜っと抜け出そうとしていた。

 なにせ、このまま姉と一緒に家に帰るわけにも行かず、かといって事情を話してからでは色々面倒が起きそうだ。ここは一つ、気を取られている間にコッソリ抜け出して、去るのがナイスでベストな方法ではなかろうか? まあ、次に会った時に、何を言われるか想像もつかないが、説明しようがないので、それで納得する事にした。

 何だかちょっと罪悪感を感じないでもないが、心の中で平謝りしておく。

 

 ………何かちょっと逃げ入ってるかな?

 

「…行くの、玻璃?」

 背中を向けたままそう言われ、思わずビクッと身体を振るわせ止るハーリー。

 深い溜息を吐きながら、こちらに振り向く清音。

 何か諦めた様な表情でこちらを見ながら、可笑しな格好で止まっているハーリーに歩み寄る。

「あんたね、普通アイサツの一つも無しに行こうとする? 残された方がどれだけ心配するか、全っっっ然解ってないでしょう?」

 呆れ半分、諦め半分の表情でそう言いながら、グワシッっとハーリーの頭を小脇に抱えヘッドロックをかます清音。

「いたたた! 痛いってば姉さん!?」

「まったく…。あんたは何時もそう! 何かあるとすぐ自分一人で抱え込んで、家族に心配かけて、どうにかなるまで意地張って…。
 何も出来ないかもしれないけど、それでもちょっとは頼りなさいよね? 何にも知らずに心配する方の身にもなれってのよ!
 ……まあ、私が言えた義理じゃないけどね。それでもあんな、あからさまな態度取られたんじゃ、心配するでしょうが。
 何があったか知らないけどさ、なるだけ早く帰ってくんのよ? 水晶さんも琴音母さんも待ってるんだから、くれぐれも無茶はしない事、いい?」

 ヘッドロックの体勢から、いつの間にかお互いを見る格好になる清音とハーリー。清音に正面から見据えられ、説教されながら頭を撫でられ、我知らずの内、ハーリーの頬に涙が伝う。

 やはりこの姉には隠し事が出来ない。どうやら選択の前の迷いを見透かされていたらしい。

 上手く隠しているつもりでいた。心配掛けてないつもりでいた。自分一人が背負えばいいと思っていた。だから誰にも言わなかったし、大抵の事はどんな事でも自分一人で解決してきた。自分の事情に他人をあまり巻き込みたくなかったから。
 それでも分っていた。父も母も姉も分っていて放って置いてくれた。いや、通す意地で心配をかけていた。

 そんな優しい家族に、優しい姉に、自分は何を返せるだろう? 今は無理でもいつか何かを返せるだろうか? 他人だった自分を受けいれてくれた優しい人達に………。

「姉…さん。僕は僕は………、ゴメン。今は言えないけど、絶対絶対帰って来るから。その時には必ず話すから。だから今は待ってて」

「いいわ。その言葉信じてあげる。水晶さんや琴音母さんには旨く言っといたげるから。元気でね」

「ありがとう姉さん。…あ、それと姉さん、あんまり無茶しちゃ駄目だよ? 一応嫁入り前の身体なんだから……」

「そういうのを『余計なお世話』ってのよ! 減らず口叩いてないで、さっさと行きなさい!!」

「はははは♪ じゃあね姉さん。父さんと母さんにもよろしく。みんな元気で!」

 吹っ切れた様な爽やかな笑顔を浮かべ、ハーリーは旅立つ。

 多くの夢、多くの約束、沢山の明日を背負って。

 

 

 

 さて、多くの願いを抱えつつ、次なる世界に向かったハーリー君。
 他の散った人達も気になる所だが、なにわともあれ、
 勝利のその日まで残り19日!!


あとがき

 ちゃお! お久し振りです皆様方! 狂駆奏乱華の第肆章をお送りしました。初めての方、そして待っておられた方、ども神薙 真紅郎です!

鳳燐「早っ!! これは一体何事ですか!? 出す間が1月チョイだなんて、異常事態です、天変地異です!!!!! あ、こんちこれまた鳳燐です。ちょっと超常現象を目の当たりにして取り乱しちゃいましたね。今回は始めにちょこっと出ただけなんで、こっちの方もお送りします♪」

 酷い言われ様だなオイ。正確には2ヶ月ぐらい掛かってるんだが、よっぽど速いスピードでお届けできたので、よしとしよう。

鳳燐「それにしましても、今回は何やらイイ感じのお姉さん方が出て来ておりますね。いや、一人は真実お姉さんな訳ですけど……」

 まあ、前々から出そうとは思っていた人なんで、出せて満足と言った所でしょうか。それにしても、予想以上に楽しい人になってしまったな、清音さん。かなり過激になってますが、許してやって下さい。

鳳燐「ファンの人達どう思ったろうね? まあ、これも一つの形という事で……」

 うむ。それに姐さんには、まだまだ裏設定とかあったんだが、出し切れなかったのがちょいと口惜しいな。まあ、機会があればまた別のお話で出て来るかもしれないが……。

鳳燐「それはまた次の機会ですね。あ、そう言えば、文中に名前だけ出てきた水晶さんと琴音さんて、もしかして……」

 推測道理というか、そのものズバリ出してるが、真備父こと水晶父さん、真備母こと琴音母さんです。ご本人方が出てくるかどうかは不明ですが……。

鳳燐「はぁ〜。色々考えてるんですね。まあ、この調子でサクサク進めてくれると、まったく嬉しい限りなんですが……………、無理ですね

 あぁ〜ん! 何? 何て言った今? 聞こえんな〜。もう一度大きな声で言ってくれるかね、鳳燐君?

鳳燐「えへ♪ 何にも言ってないですから、気にしちゃ駄目ですよ? そんなんじゃ〜〜、出来る物も出来なくなっちゃいますよ?」

 ほ、ほほぉ〜。そう言う戯けた事を紡ぐのは、この口か、この口か、こ・の・く・ち・かぁ!!

鳳燐「ひたい、ひたいでふ! ひょっとひたひょーくひゃなひでふか!

 ったく。鳳燐、お前さん段々と壊れて来てないか? 某アンバーな人に毒されて来てるんじゃないのか?

鳳燐「痛たたた。酷いじゃないですかまったく。毒されてるって…、そんな事ないですよ? 知らない事はないですけど…………ニヒッ(笑)

 ま、まあ、それは置いとくとして、取り合えずお礼に行ってみようか?

鳳燐「はいはい、行ってみましょう♪ またもや半年ほど空いたにもかかわらず、読んで下さった皆さんありがとうです♪ ユキさん、昭博さん、ノバさん、浅川さん、castさん、感想を頂き有難う御座います。喜んでましたよ、転がってましたよ、吠えてましたよっっってこれは冗談(笑)」

 いやまったく嬉しい限りだニャ♪

鳳燐「うわ〜、…似合いません。気持ち悪いです。どっか行って下さい」

 …酷い言われ様だな。ちょっとお茶目をしてみたかっただけなのに。クスンッ。

鳳燐「まあ、その辺はどうでもいいですし。………あ、そう言えばこの前、気付いたんですけど、このシリーズって一話に一人悪役の人が出てきますよね? 法則ですか?」

 あ、ホントだ。気付かなんだ、一話一悪人。でもこれ今回か次回ぐらいまでしか確実でないな(爆)

鳳燐「またそういう事を……、やめたほうがいいですよ、そういうの」

 ふふふふ。絶対確実でないからそう言っているだけなのだよ鳳燐君。次回を期待していたまへ。度肝を抜いて差し上げるから。

鳳燐「あ、またそんな事言って、出来なくても私知りませんよ?」

 うっ!? いや、まあ、でも、しかし、どうしようかな〜〜、HAHAHAHAHAHA

鳳燐「そろそろこの方、壊れてきましたので、この辺で。次回第伍章でお逢い致しましょう! それでは皆様、再見〜〜♪♪」


 




 ゴールドアームの感想


 ……はっちゃけてますねぇ、いろいろと。
 ノリはいいんですけど、元ネタが全然わからん(笑)。まあ清音さんくらいは判りますが。

 後ちょっと気になったのが言葉の誤用。『話』と書くべき部分がやたらと『話し』になっていました。
 一カ所気がついたんで訂正しようと思って検索してみたら、わらわらと誤用箇所が(笑)
 誤字脱字には気を付けましょうね。特にこういうワープロ誤字は意外と見落としやすいんです。

 でも楽しかったです。これからも頑張ってくださいね。