『時の流れに of ハーリー列伝』
Another Story

駆奏乱華

第伍章
「復活は突然に…」

 

 

 

木星と地球、この両者で行われた不毛な戦争は一人の英雄の活躍によって終結を迎えた。

……其の名は、テンカワ・アキト。またの名を『漆黒の戦神』…。

 これは彼が不特定多数の女性を妻に迎え、数年の時が経過した頃のお話……。





 前回吹っ飛ばされた衝撃で魂が飛び出し、危うく冥界に連れて行かれかけたハーリー君。
何とか冥界逝きを免れ、別世界に飛び込んで事無きを得ましたが、
そこで元の世界での姉である、清音との邂逅を果たします。
有耶無耶の内に事件に巻き込まれ、爆発から無事脱出し、平穏の内に旅立つ事が出来ましたが、
 

 はてさて、次なる世界に平穏は有るのか? そして不気味に沈黙する幽祢の行方はいかに……?

 

 

 

 

 

 

 何時もの様に、何時もの如く、ハーリーは次なる世界へと向けて次元間移動をしていた。まあ、この辺はいつもと変わらない事なのだが、今回ハーリーがふと目を向けた先にソレはあった。

 最初は、こんな所に星?と思えてしまう様な光点を見つけたのだが、こんな所に星が輝いているわけがない。

 何だろうと少々注目していると、どうやらソレはこちらに近付いて来ているのか、どんどん大きくなり、そのモノが何なのか確認出来るほど近づいて来た時、ハーリーは自分の目を疑った。

 疲れているのかと、目を擦って再度観て見るも、その物体は変わらず、それどころか先程よりもかなり近付いて来ている。

 そしてハーリーは考える。アレは一体何なのだろう?

 自分の記憶を走査し、アレに当てはまりそうな名を探し当てる。

(そうだ! 確かアレって、デコトラって言うんじゃなかったっけ?)

 そう! この次元間を輝きながら走っていたのは、たがう事無くデコトラ――デコレーショントラック(電飾や絵等で飾付けた、とても派手派手なトラック。主に長距離の運ちゃんが使用)――であった。

 派手な電飾を輝かせ、物凄い勢いでこちらに向かってくるデコトラに、呆気に取られるハーリー。

 更によく見ると、そのデコトラの上に立つ人影が一つ見えた。しかもその人影が纏う笠と装束はどこかで見た様な……。

 そしてその人影の顔が確認出来た時、ハーリーは愕然とし思わず叫んでしまった。

「な!? ほ、北辰!!」

 そう、デコトラの上に立つ人影は、ハーリーが随分前にディラックの海に放り込んだ相手、北辰その人であった。

 いや、確かに北辰ではあるがハーリーの知っている北辰とは限らない。何せルリの例もあるし、何よりアソコに落されて無事な筈ないと思い直す。

 そして丁度デコトラと並走する形になるハーリー。

「くくくく。ようやく見つけたぞ。まさかこの様な所で再びまみえ様とは、思いもせなんだがな、マキビ・ハリ?」

 やはり同一人物であった様だ(笑)

 淡い期待を打ち砕かれながらも、キッと北辰を睨み据えるハーリー。

「北辰! 何でこんな所に! いや、それよりも何で生きてるんだ!?」

「ふふふふふ。確かに、あの穴に落された時、流石の我も幕を引かねばならぬところであった。しかし、貴様への恨みの一念をもって、我は新たなる力を手に入れ甦ったのだ! 幾度も想い描き焦れたぞマキビ・ハリ、貴様との再会を。まるで恋する乙女の様にな! ぬははははは」

 流石のハーリーも、北辰の最後のセリフに嫌な顔をしながら、

「ならもう一度、今度こそ甦らない様に終わらせるまで!」

「出来るかな? そのセリフ、我が新たなる力を受けてから言うがいい。受けろ!必殺 地獄の一丁目!

 その言葉と共に、何処からともなく無人のオフロードバイクが、ハーリーを轢こうと迫り来る!

「そんなのがフィールドを張っている今の僕に効く筈…(バゴンッ!) な、にぃ〜!?」

 フィールドに阻まれると思いきや、バイクはフィールドを無いが如く無視し、凄まじいスピードのままハーリーを刎ね、何処へともなく消え去った。

 一方刎ねられたハーリーは、その勢いのままふっ飛ばされ、そのまま別世界へと突入していった。

 その様子を愉しげにデコトラの上から眺めていた北辰は、その状況に笑いながら手を広げ、宣言するが如く言い放つ。

「世界よ! 我は帰って来たァッ!! 見ているがいい。お楽しみはこれからだ、マキビ・ハリ。ぬははははははははは!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「くふふふ……心地よい視線よ。さあ、早くせぬと小僧の首が胴から離れるぞ?」

 ここは何時かの某戦艦内艦橋。愉悦の笑みを浮べるその男の部下が、いつの間にか少年の首に、短刀を突き付けていた。

 現在この戦艦は、この男の一派に襲撃され、かなりピンチに危険な状態なのであった。

「くっ!! 卑劣な!!」

 銀髪にツインテールの少女が唇を噛み締めながら、コンピュータで作業を淡々とこなしていたが、顔に口惜しさが、僅かにだが浮かんでいる。

「変な細工はするだけ無駄だ。…どちらにしろ、我が軍にお主も連れて行くのだからな」

『なっ!!』

 その男の発言に、思わず声を上げる一派以外の一同。

 その言葉に恐怖を覚える者、茫然とし自失している者、緊張し戦慄する者。反応は様々だが…

「…終りました。」

 そう言って銀髪の少女がディスクを差し出すと、男の部下の一人が受け取る。

「今後の指示は?」

 別の一人が男に指示を仰ぐと、男は艦橋に目を走らせ、事も無げに言い放つ。

「…三人もいらん。二人の妖精を残し、後は全て消せ」

「!!」

 その男の台詞に、ブリッジに絶望の声があがり、艦長らしき人物が思わず声を上げる。

「そんな約束と…」

 そう言った瞬間、そのセリフを続けるよりも先に、いきなり空間中空は割り砕いて現われた者がいた。その者はその勢いのまま少年に短刀を突きつけていた者を激しく巻き込み、床にバウンドし、顔から床に突っ込むと、そのまま数メートル、顔だけを支えにズズズズズッと進み、ようやく止まったかと思うと、重力に従いパタリと体を倒した。

 

 その凄まじく行き成りな事態に、思わず総ての者の動きが呆気に取られ凍りつく。

 

 そして、そこまで凄まじい一連の状況で現われた人物――先程北辰に派手にぶっ飛ばされた我等がハーリー――は「痛ててて…」などと言いながら、少々痛む顔をさすり起き上がってきた。

「油断した。まさかフィールドを突っ切って来るなんて、予想だにしなかったな〜。顔もこすれて痛いし。それよりここは一体ど…こ?」

 まずは状況確認と、周りを窺うハーリーだったが、何やら呆気にとられているどこかで見た様な人達に、そして…笠に装束のどこかで見た様な連中が……。

「北辰!!!」

 先頭のその男に向かい叫びを上げるハーリー。先程バイクをぶつけてくれた張本人が既に目の前に居るではないか。呆気に取られている一同を尻目に、今度こそ油断なき様、双剣を抜き素早く構えるハーリー。

 そんなハーリーの行動に、一同ハッと正気を取り戻す。

「何者だ貴様? 裂風は…沈んだか。まあいい。いずれにしても消すまでよ」

「出来るなら…な!」

 そう言うと、本気で目にも留まらないスピードでもって踏み込み、痛烈な一撃を北辰の腹に見舞う。その一撃に、見事なまでに吹っ飛ぶ北辰。何とか倒れずにすんだのは流石と言うべきだろうか? それでも苦悶の表情を浮かべ憎々しげにハーリーを睨んでいるが…。

「がはっ! 我が避ける事すら出来んとは…。貴様一体……」

「? 何言ってる? 今度こそ二度と復活出来ないよう、キッチリ始末をつける!」

「訳の判らぬ事を…。しかし今の状況ではこちらがかなり不利。ここは退かせてもらう」

 サッと素早く下がったかと思うと、両手に八本の投擲剣を何処からともなく取り出し、一気にハーリーに向け撃ち込む。

 飛来する八本の凶刃を両手の双剣ですべて叩き落していくハーリー。その隙に北辰一派は倒れていた裂風を担ぎ、恐ろしく素早い動きで遁走に入った。

「!? このまま逃がすと思うか!」

 そう言うとハーリーも遁走した北辰を追って飛び出し、あとには呆然とする面々が残されるのであった。

「一体何なんですか、今の人は?」

 

 

 

 遁走する北辰一派に追うハーリー。距離は結構離されていたが、ハーリーにはどうと言う事のない距離であった。

「そんな速さで僕から逃げきろうだなんて愚かの極み! すぐに…(どぐん!) あ…」

 ちょっとスピードを上げたハーリーに、みごとに轢かれる北辰以外のその他3名。派手に吹っ飛ばされ、かなりピンチの様だ。

「……ふ。さあ、覚悟しろ北辰! 逃げ場はもう無いぞ!」

 勢い余って通り過ぎ、何事も無かったかのように振る舞うハーリー。どうやら無視する事に決めた様である。

「外道なら兎も角、人としてその反応はどうかと思うぞ、我は?」

「そんな事をお前なんかに言われたかない! ……?? あれ? そう言えば配下の人達は前の時に浄化した筈なのに……? 新しい人達? まあ、そんな事はどうでもいいや。重要なのは今、この時、眼の前の北辰のみ! 今度こそ迷わぬ様、キッチリ冥界の霊柩に送呈して差し上げます!」

 油断無く構えるハーリーに、思わず舌打ちする北辰。先程からの一連の騒動だけで、かなりの人外であると判明しているだけに、ここで逃げ切れなかったのはかなり痛い。果たして脱出の道筋はあるものかと、必死に考えを巡らす。

 その時、倒れている配下にチラリと目を向け、一つの手段を考え、早速実行にうつす。

「どうやら蹴りをつけねばならぬようだな? まさかこれほどの者が戦神以外におろうとは、まったくもって計算外であったわ。されど斯様(かよう)な所で落ちゆくわけにも行かぬでな。如何様にしてもこの先、推して参るぞ?」

 その立場、不利にも拘らず不敵な笑みを浮べる北辰。そんな北辰を油断無く()め付けるハーリー。

「さっきは油断してたけど、今度はそう上手くは行かないぞ、北辰!」

「? 先程から異な事を…。我は汝に先程初めて(まみ)えた筈だがな?」

「は? そっちこそ何を言って……「北辰!」」

 ハーリーが疑問を口にしようとした時、突然その声に遮られ、その声の主は北辰に飛び蹴りくれながら現われた。

「ちっ! 不意討ちとは何奴?! ……貴様か、テンカワ・アキト」

「北辰、貴様は変わらん様だな。過去も未来も現在も…。ならばここで逃がすわけには行かない。貴様との宿業、ここで終わらせる!!」

 その全身から凄まじいまでの鬼気を放ちながら、「漆黒の戦神」テンカワ・アキトがそこにいた。

「え? テンカワ…アキト? 何でこんな所にアキトさんが? それに何であんな…、あんな鬼気を出す様な人じゃ…」

 イキナリ出て来たアキトの名と、鬼気を発している本人に当惑するハーリー。確かに顔は何となく似ていない事は無いが、その雰囲気から、別人と言われればそうかと納得してしまいそうな程の差があった。

「…今日はまっこと異な事の多き日よ。初めて(まみ)える者に再開の口調。それも二人共にとは、これまた奇妙…。
 …まあよい。この素晴らしい鬼気に比べれば些細な事よ、そうは思わぬか、テンカワ アキト?
 何が主にその業を身に付けさせたのだ? その気勢、まさに修羅……」

「ごたくはいい…。ただ、決着(けり)をつけるのみ!」

 北辰の御託に流すアキト。共に牽制、放ちながらも睨み合い渦巻く兇気。それには呑まれず、別の意味で呆然としながら問いかけるハーリー。

「…アキト…さん? 本当にアキトさんなんですか? あんなにいい笑顔を見せてくれてた、ユリカさんと一緒に屋台の話をしてくれた、あのアキトさんなんですか?」

 ハーリーのその問いに、北辰と対峙しているにもかかわらず、思わず驚愕の表情を見せるアキト。

「なっ?! 君は一体…」

 北辰から目を逸らさず、問いかけるアキト。しかし、それでもやはり隙は生れてしまう。常人では突けぬであろうが北辰には十分な隙だ。

「疾っ!」

 装束の内より投擲剣と煙幕弾が放たれ、一瞬にして煙に巻かれるこの場いったい。舌打ちしながらも放たれた投擲剣を弾くアキトとハーリーに、煙の外より連続で撃ち込まれて来る投擲剣。何とか風切り音と気配を頼りに打ち落として行き、艦内の換気システムにより煙が晴れ出した頃には既に遥か先を遁走する北辰と手下一名の姿が…。 

『ち! 逃がさん!!』

 思わずハモッてしまうアキトとハーリー。そうして二人が走り出した直後、いきなり背後で何かが爆発し、その爆風に巻き込まれ吹っ飛ばされてしまう。

 どうやら、倒れていた北辰配下の二人が爆心の様だ。他に爆発物も考えられず、どうやら先程の煙幕、役に立たない配下を自爆させる為でもあったようだ。

 …北辰、まさに外道の所業である。

「外道が! 自分の仲間ですら何の躊躇いも無く殺すのか!!」

 爆風に煽られ、打撲した身体を何とか起き上がらせながら、何が起こったのかを理解したアキトは、怒りの声音を上げながら、北辰が進んだであろう廊下を睨む。

 っと、アキトが起き上がらぬ内にその横を凄いスピードで駆け抜けてゆく影一つ。やはり爆風の影響から、いち早く立ち直ったハーリーである。当然何が起こったのか、アキトと同じ様に理解し、ハーリーはとても怒っていた。

 まあ、前回六人衆をアッサリと浄化せしめはしたのだが、アレとコレとはまた話が別である。仲間を、しかも腹心の部下達を、まるで要らないオモチャを棄てるが如く、自爆させるなど許せる行為ではない。

「どこまで腐ってる! 今度こそ黄泉還れない様、完全に屠る!」

 怒りの声を上げながら、追跡に入るハーリー。っと言っても、高々戦艦内の距離など大した事もなく、然程待たずに追いついてしまう。

 一方北辰も真っ先にこちらに気付き、迎撃の為か立ち止まる。

「隊長…」

「致し方あるまい。お前ではどうにもならぬ。行け」

 北辰と共に足を止めた手下其の一であったが、数秒を待たず走り出す。

 そして追い着いたハーリーと対峙する北辰…。

「何とも凄まじいスピードよ…。アレだけの距離をこの様な短時間で詰めて来るとは、はたはた計算違いであったわ。どうやら本気で決着を着けねばならぬと見えるな?」

「…決着? それは随分前に着いてますよ? 此度はただ、二度と黄泉還らない様、完璧に屠るのみ!」

「戯けた事を…。しかし我とて暇ではない。この様な所で貴様のような名も知れぬ輩と遊んでいるわけには行かぬでな。如何様にしてもこの場、決着を着け抜けさせてもらう」

 いつ出したのか、小太刀をその手に構えながら、その身を沈めていく北辰。それに合わすかのようにハーリーも双剣に力を集めていく。

「寝言は永遠に眠ってから言って下さい。深紫の技 紫晶蝕柩!」

 地蛇剣を床に突き立てた瞬間、北辰をつつもうと、辺りに紫の霧が床より立ち昇り始めた。その瞬間、北辰は己が直感を信じハーリーに向け踏み込む…。

「な、にぃぃ!? 馬鹿な!! 体が、我の体がぁぁ!??」

 踏み込み自体の判断は良かったのだが、少し…ホンの少しだけタイミングが遅かった。紫の霧を抜けきる前に、いまだ霧に包まれていた腹より下と左手部分が、まとめて紫水晶に結晶化してしまう。

「今度こそサヨナラです。前の様に何所かに送るなんて不確かな方法はとりませんよ? この炎で確実に浄化せしめます!」

「貴様! 貴様は一体何なのだ!! 何故この様な真似が……。こんな、こんな馬鹿な事がぁ!!?」

「前にも言いましたよ? 僕の名前はマキビ・ハリ。冥土の土産に持って逝って下さい♪ 赤の技 消魔鳳凰斬!」

 下半身が結晶化して動けない北辰へ、その身に炎を纏い鳳凰が如く翔ける。

 焔の羽ばたきに北辰が襲われる中、炎だけを残し双剣を振り抜いた状態で現われるハーリー。

「浄化せよ………紅蓮

 ハーリーの呟きに一気にその勢いを増し、北辰を焼き尽くす炎の鳥。

「デラ・ベッピィ〜〜ン……」

 こうして北辰は、奇声と共にこの世界より消え去ったのであった(笑)

 

 

「今のは、今のは北辰だったのか? 一体何が……」

 少し離れた所から漏れるそんな呟きに振り返ると、北辰を追って来たのであろうアキトが呆然とした様子で立っていた。

「今のは……君がやったのか? 君は一体……。 ? 気のせいかどこかで見たことがある様な…」

 そんなアキトの様子を見ながら、とりあえず眼の前の重大事が一段落した事に一息つくハーリー。

「アキトさんこそ何言ってるんです? この前会ったばかりじゃないですか…」

「? いや、君とは初対面だと思うんだが……」

「え? 初対面って、そんな筈………あ!」

 ここに来てようやく事態の可笑しさに気付くハーリー。

 脳裏によぎったのは、この前されていたレザードとルリの会話。そう言えば何となく状況が似通っている。レザードは確か言っていた筈だ。同一存在ではあるが別人であると……。

 つまり今、目の前にいるテンカワ・アキトは、ハーリーの知る彼ではなく、この世界のアキトではないのかと…

「あう!? もしかしてまたシクジリ? それは兎も角…、 そうですよね、初対面ですよね、はは♪ あ、僕はマキビ・ハリって言います。よろしくアキトさん」

「は?!」

 ハーリーのワザとらしくも微笑ましい自己紹介に、思わず変な顔になるアキト。

「………君、もしかしてハーリー君?」

「はい!? え〜〜っと、何の事でしょう(汗)」

 何やら次々と自ら墓穴を掘っていくハーリー。ここまでくると、もう誤魔化しようがない気もする。

「そうだよ、どこかで見たはずだ。君がハーリー君なら答えそのものだもんな」

 おまけにアキトの方は、その線で勝手に納得してしまった様だ。

「でもその姿……、それにさっきの言動から考えて、君も逆行者なんだろ?」

「え? あ、いや。何と言いますか。う〜〜ん。どう言えば……」

 確かに逆行者と言えなくもないのだが、正確でもなく。かと言って今までの事を全て言う気もなく、何をどう言えばいいのか迷っていると、

(マスター、マスター! ここは一つ、話を相手に合わせちゃいましょう。色々言うのも面倒ですし、当り障りなく話を合わせてれば、相手が勝手に解釈してくれますよ)

(そういうもんかな?)

(そういうもんです。人間、信じたい事を信じるもんなんですから♪)

「そうなんですよ♪ いつの間にやら、気が付いたらここに跳ばされちゃってて……。まったくどうしようって感じなんですよ」

 わざとらしくも明るく可愛らしげに言ってみるハーリー。しかし今だ多少の動揺から抜け切っていないアキトは、その態度を別に可笑しいと思わず、逆に共感の思いでハーリーに言葉をかけた。

「そうなのか……。そうだな…、元の世界に戻れるあてなんか……あるわきゃ無いし、こっちでのあてなんか……無いよなぁ…。逆行者である事は、ここにいる限り多分早々とばれるだろうから、俺の事を黙っていてくれるなら、何とかこのナデシコAに居れる様に話してみるけど、どうする?」

「あ、はい。そうですね! そうして下さると助かりますけど……。……? 何で早々(はやばや)とばれるんですか?」

「だってこの艦には6歳の君が居るんだよ? 他人と言うには似すぎているし、かと言って兄弟とか言っても調べられたら一発でばれちゃうしな……。そんなわけで、自分の言い訳を考えといてくれよ?」

「まあ、それはこっちで考えますけど……」

 何とも妙な具合になってきた様だ。他に知り合いがいるわけで無し、別にここに居てもいいのだが、何ともなしに妙な気分である。

 ハーリーが思い悩んでいるそんな時、アキトの近くに1枚のウィンドウが開いた。

『アキトさん、大丈夫ですか?』

 そこに映っていたのは、何とも可愛らしくも真剣な表情を浮べる銀髪の小妖精(フェアリー)であった。

「こっちは無事だよ、ルリちゃん。北辰も何とか倒せたし…」

『ほ、本当ですか!? 凄いですアキトさん! これで、色んな意味で当分大丈夫そうですね。こっちもナオさんや怪我をした人達を医務室に運んでいる所です』

「随分と怪我人が出てしまったな…。俺がもう少し早く着いていれば!」

『いえ。アキトさんは全速力で急いで来てくれました。あれ以上はどうにもならなかった筈です。それよりも死亡した人が居なかっただけでも僥倖ですよ』

「そうか…。そうだな。起こってしまった過去を後悔してもしかたが無い。ただ今できる事を全力でやるのみ、だね?」

 苦笑とも取れる笑顔を浮べながら、ルリに問う様に話すアキト。

『はい! それでこそアキトさんです♪ あ、それと先程この艦から脱出した機体が敵艦隊に合流したようです』

「白鳥九十九か?」

『…いえ、そのあとです』

「…………もしかして、北辰の部下か?!」

『の、ようです』

「しまった! 北辰しか見えていなくて、見逃したか!?」

 自分の迂闊さに思わずうめくアキトだったが、そんなアキトにルリが合いの手を入れてくる。

『いえ、追いかけなくて正解だったかもしれません。どうも木連側は逃走する機体の様子をモニターしていたようです。もし不用意に追いかけて撃墜しようものなら、『無抵抗の友軍を虐殺する地球連合の手先』とかなんとか、良い様に利用されていたかもしれません…』

「!? そうか。如何にも抜け目の無い北辰の事、そのぐらいの手回しは準備していて当然か。下手すると引っかかって、社会的に抹殺されていたかもしれないな。………しかしルリちゃん、その情報は何所から?」

 その質問に、思わず悪戯っ子の様な楽しげな微笑みを浮かべながら、

『はい、私のプライベートアドレスにメールで知らせが届きました。これは、私があの時に使っていた秘匿アドレスです。…アキトさんの予想されていた通りの人ですよ♪
 それと、ミナトさんとレイナさんは無事に、白鳥さんの艦隊に保護されたそうです』

 そのルリの答えに、アキトの今まで張り詰めていた肩の力がやっと抜けた。

「そうか……。これで木連に一応、一つパイプが通じたな」

 この結果、アキトの中の色々な予想が実証された事になるのだが、まあハーリーには関係ない事なのでこれはひとまず置いておこう。

「それとルリちゃん……ラピスの様子なんだが…」

 その質問に、お互いの顔に悲壮さが増していくアキトとルリ。それでも何とか呟く様に、しかしハッキリと告げる。

『………かなり、…酷いです』

「そうか……。直ぐにブリッジに向かうよ」

『はい』

 そしてルリとの通信ウィンドウは閉じたアキトは、深い溜息をつきながらハーリーに振り返る。

「どうやらラピスの様子が相当不味いらしい。直接ブリッジにいって、居られる様に話はつけるから、その後の事は頼めるかい? 多分俺はラピスに付きっ切りになると思うんだが……」

 神妙な顔で言ってくるアキトに頭を振りながら、

「皆まで言わないで下さいよアキトさん。それだけ深刻な顔をされちゃ、逆にこっちが心配しちゃいますよ?」

「そう言ってくれると助かる。それじゃ早速ブリッジに……」

 早速ハーリーと共にブリッジに向かおうとしたアキトであったが、

「アキト……ちょっと、いいかな?」

 気弱げに言ってくるこの船の艦長、ユリカのそんな言葉が、アキト達の歩を止めた。

 

 その後、アキトを巡るちょっとした修羅場が展開され、ハーリーの存在は無視されたまま……、いや認識されないままアキトは連行され、一人取り残されるハーリーであったが、行き成り駆け付けて来た警備の者に不審者として囚われてしまう。
 プロスペクター氏の取調べに対しアキトの名を口にして、アキトの確認と口添えで難を逃れたのだが、アキトはそのまま顔も出さぬうちに月に行ってしまい、ハーリーはチョット困った立場に立っていたりするのである。

 

 何はともあれ、尋問からは逃れたハーリーであったが、今現在口裏を合わせてくれるアキトが居ない為、全ての詐称を創作せねばならない訳なのだが……

「で? 貴方は一体どこの誰さん何ですか?」

 現在ブリッジで晒し者状態で、まずはユリカの質問を受けていたりした。

「え、え〜〜っと………、吉備津(きびつ)……玻瑠(はる)っていいます。その〜…ちょっとした事故でこの船に乗り合わせる事になっちゃいまして、まあアキトさんと知り合いというか何というか。そんな感じなんですが……」

 アカラサマに妖しげな自己紹介に、不審の眼差しのブリッジクルーその他一同。っと言っても、操舵士のハルカ・ミナトは捕虜になったため居ないし、通信士のメグミ・レイナードはアキトと共に月に向かったらしくこっちも留守。正規のブリッジクルー揃い踏みではないのだが………、おや? そう言えば操舵士と通信士の席に着いている黒髪と金髪の女性、どこかで見たような……?

「ハル君っていうんだ。私はこの艦の艦長さんでミスマル・ユリカ、よろしくね♪」

 他の者達が(いぶか)しむ中、平然と声をかけるユリカに、毒気を無理矢理抜かれた様なクルー一同は、アキトの口添えも有った訳だし、先程の北辰の様な不審人物ではないだろうと思い、ユリカに続くように自己紹介をしていく。

「先程もお会いしておりますね。私プロスペクターと申しまして………いえいえペンネームみたいな物でして、長ければどうぞプロスとお呼び下さい」

「俺はこの艦の副提督を務めるオオサキ・シュンだ。よろしくハル君」

「メインオペレーターのホシノ・ルリです。よろしく」

「通信士のサラです。サラ=ファー……」

「え?! サラ=ブライアンさん?」

 フルネームを続けて言おうとしたサラに、思わずボケてみるハーリー。

「お兄ちゃん……って違います! 私には妹しかいません!」

「ああ! 妹さんはジャッキーっと……」

「いいません! まったく、いい加減にして下さい。私の名前はサラ=ファー=ハーテッドです。妹はアリサ、覚えておいて下さい?」

 その時、不意にサラの後ろに赤い幻を見るハーリー

「あ、赤い幻が……」

 そんな呟きに思わずギクリとするサラ。それを誤魔化すように次の人に話題をふる。

「ささ! 次はエリナさんですよ、どうぞどうぞ!!」

「え、ええ。こほん。私は副操舵士を務めるエリナ=キンジョウ=ウォンよ。よろしくね」

 クールに決めるエリナに、その名前からふと思い出した事を告げてみるハーリー。

「ウォンって、まさか九龍公司(クーロンカンパニー)のリチャード・ウォンのご親戚かなんかですか? あ、いやまあ、知らないんならいいんです…け……ど?」

 ハーリーのそのセリフに、見る見るうちにエリナの表情が底冷えする恐ろしいものに変わっていく。流石のハーリーも少々怯んでしまう。

「リチャード……ウォン、ですって?! あなた!あのウォン家の面汚しの事を知ってるの!!!

「ひえぇぇ〜。知りません知らないです、ちょっと前、耳にした事があったんで、試しに言ってみただけなんです。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいです!

 エリナの剣幕に思わず謝ってしまうハーリー。そんなハーリーの様子に激情を何とかおさめ、目付きが鋭いながらも普通の調子に戻るエリナ。

「そうね。普通はそうなんだけど、思わず取り乱しちゃったわ、ごめんなさい」

「いえ、それは別に構いませんけど…」

 取り合えず、これは禁句としてハーリーの中に刻み込まれるのであった。

 

 

「あの、質問いいですか?」

 何とか自己紹介を乗り切り、騒ぎが収まったのを見計らって、ルリがそんな声を上げた。

「一つ聞きたいんですけど。貴方、もしかしてマシンチャイルドですか?」

 その言葉に真っ先にピクリと反応を示したのはプロス・エリナのネルガル組であった。

「え? え!? あの、何でそう思うんですか? 僕は別にそんな……」

「いえ、ただその手の甲のタトゥーがマシンチャイルド特有の模様だったもので…」

 どうやら逃げ道はルリの手により塞がれてしまった様だ。

(そりゃないですよルリさん(涙))

(はは、それは仕方ないですよマスター。相手はこっちの事情を知りませんしね)

(それにしたってさ、よりにもよってルリさんだなんて、運命の皮肉を感じるよ僕は……。僕に一体どうしろって言うんだろうね?)

(取り合えず誤魔化してお茶を濁してみては? 謎のマシンチャイルドとか何とか言っちゃったりして(笑) どうせそんなに長くいないでしょうし)

(う〜〜ん、そうだな……。まあ、いざとなれば逃げればいいし、変な隠し方はよけい話をこじれさせそうだから、その線で行ってみようか)

 この間数秒ほど悩む様な外見で周りを誤魔化し、ヤレヤレと言った感じで話し出す。

「ええ、まあ、一応それなりに扱えますけど、それが……」

 ハーリーのそのセリフに、思わず眼鏡をキュピィ〜ンと光らせるプロス。

「ほほぅ。本当にマシンチャイルドなのですかな? いやいや、これぞ天の采配渡りに船と言うやつですかな。実は今、サブオペレーターのお二人が怪我などで働ける状態ではないのです。それでいかがでしょう、このナデシコで働いてみる気はありませんかな? お給料は弾ませて頂きますよ…(ピ、ポ、パッ)…これぐらいで」

 プロスの提示した金額は、一般から見ればかなり高額のものであった。

 そんな風に話を進めるプロスに、そっとエリナが近付きプロスにだけ聞こえるような声で、

「ちょっとプロス、少し性急すぎない?」

「いえいえ、身元の追跡調査などは後からでもできますし、何よりテンカワさんの口添えも有りますからな。それならいっそ手元に置いておいた方がよろしいでしょう。ちょうどハリ君もラピスさんも居られませんし。下手な手合いに持っていかれるよりはよろしいのでは?」

「それはそうだけど……。いいわ。その辺は貴方に任せるわ」

「それで如何ですかな?」

「はい。別に構いませんけど…」

「そうですか! それでは早速この契約書を…」

 言うなり懐から折り目のついていない契約書を取り出すプロス。どうやって入れていたのか謎な上に、こんな物をいつも持ち歩いているのだろうかこの人は?

「これでいいですか?」

「はい、よろしいですよ。これで貴方は本日付をもって、機動戦艦ナデシコのサブオペレーターです」

「そんな訳で、改めてよろしくです、みなさん」

 一同を見、微笑みながらそう言うハーリー。クルー一同の反応は、まあそれほど悪くは無さそうだ。あからさまに敵意や疑問の眼差しを向けてくる者はいないようなので、上々と言っていいだろ。

「あのプロスさん。早速なんですが、その人の力量を知りたいんですけど……」

「おお、そうですな! それでは早速、よろしいですかなキビツさん? どれ程の腕前か確かめておきませんと、いざという時困りますからな〜」

「はい。かまいませんよ」

 そんな訳で、どうやらルリと能力測定を兼ねたハック対決をせねばならない様だ。

 元々、席はサブがあったので準備といってもそれ程する事は無く、早速始める事となった。

「う〜ん。なんかこういうのに触るのも久しぶりだな…。はてさて、どこまでいけるかな?」

 あてがわれた席につき、指をワキワキさせながらそんな事を呟き、コネクトに入るハーリー。

 それに間を置かず、ルリもコネクトし、早速電脳戦が開始される。

(あれ? 何だか反応が遅い様な気が……。気のせい…かな?)

 システムを構築していく最中、そんな感じを受けるハーリーだったが、それが気のせいでないと確信したのはルリとの攻勢が始まってからである。

 さながら、処理落ちするゲームの画面で必死にコマンドを入力している様なものだろうか? こっちがいくら正確にコマンドを入力しても、タイミングが合わず、コマンドの一部しか受け取ってくれない、そんな感じである。

(うがぁ〜! 何なんだこの遅さは?! ここはナデシコなんだから、オモイカネが載ってる筈なのに…)

(それはですな、オモイカネのスピードが遅いのではなく、マスターの処理速度が速すぎるのです)

(え? そうなんですか、マクスウェルさん?)

(まあ、自覚なさっておられなくても仕方ありませんな。今のマスターは昔に比べて数倍の処理速度を誇りますゆえ。2倍でもかなりの遅さを自覚できますから、今の状態がどれ程のものかは……察っせますかな?)

 どうやら例の人体実験場での成果は、ハーリーのマシンチャイルドとしての能力自体をかなり引き上げていた様ではあるが、脱出後にそれと気付くほどの電脳戦が行なわれなかった為、今の今まで気付かないでいた様だ。

 そう、確かに能力自体は上がっていたのだ。いたのだが、いかせん慣れと経験、それにこの処理速度の遅さが徹底的にハーリーの不利に働いた。結果は惨敗……、ではなく僅差でルリの勝利。もっとスピードの速い、能力が十分発揮できる機体なら勝利していただろう……。
 …いや、自身の処理速度をもっと落とせば問題なく対応でき、勝利も出来たのだろうが……、それに気付かないあたり、流石はハーリーといったところか(笑)

「何とか私の勝利です」

 ふぅ〜、と息をつきながらそんな言葉を零すルリ。

「あう〜。負けてしまいました〜」

 能力が上がっていたのに負けてしまったハーリーは、ちょっとヘコミ気味である。

「それで、如何でしたかなルリさん? キビツさんの腕前は?」

「はい。結構凄いです。今回は何とか私が勝てましたが、次回はどうなるか分りません」

「ほぉ〜。ルリさんにそこまで言わせるとは、これはとんだ拾い物をしましたかな」

 上々の結果に満足げに頷くプロス。かなりの戦力になりそうと満面の笑みである。

「いやいやキビツさん、お疲れ様でした。中々素晴らしい腕前をお持ちのようですな〜」

「そんなに、素晴らしいって程良い結果じゃなかったと思うんですけど…」

「いえいえ。ルリさん相手にこの結果なら上々です。何せ彼女は今の所、世界でもトップレベルのハッカーでしょうから…。それを鑑みれば、おのずと腕前の確かさも判ろうというものです」

 少々ヘコミ気味のハーリーに、そんなフォローを入れるプロス。

「そんなもんなんですかね?」

「はい。同じ条件でも彼女に切迫できる方は、そうは居られないと思いますよ? それだけの腕を御持ちになられておられれば十分です。改めまして、ようこそナデシコへキビツ・ハルさん。我々は貴方の乗艦を歓迎致しますよ」

 こうして、何はともあれナデシコの乗艦に成功するハーリー君でありました。

 

 

 

 ハッカー対決より時は少々過ぎ、ナデシコはようやく月に到着を果たし、息つく暇も無く早速ナデシコのYユニット改修作業が行われていた。

 ハーリーはというと、何するでもなく食堂辺りでマッタリと暇な時間を満喫していた。サブオペレーターといってもやる事はまだ後らしく、今をこうして楽しんでいたりするのだ。何せこの追いかけっこを始めてからというもの、これほどマッタリとできる時間は皆無に等しかったわけであるから…。

「ああ〜。やっぱり平和が一番だにゃ〜〜」

 こうしてテーブルに頭を乗せてだらけていてもしようがないのだ………っと自分を納得させていたりするハーリーであったが、こういう時間はそうは続かないものである。

 なにやらブリッジに主要メンバーの召集がかけられ、何だろうとなんとなく行ってみると、イキナリ木連関係の暴露大会が始まったのである。

 何気に歴史の1ページにいるんだな〜〜と、感慨深げに頷くハーリー。そして暴露大会は最後の佳境に入り、アキトが締めのセリフを言い放つ。

「・・・この戦争は、過去の亡霊達の戦争じゃない。俺達の戦争だという事だ!!

 そんな強烈なアキトのセリフに思わず目が行ってしまうハーリーであったが、その近くにいるある人物を認識した時、その意外さに虚をつかれ、驚愕・困惑・疑問と続いた。そう、それはハーリーにとっては意外な人物。薄桃色の小妖精が居たのである。

「ローズ?! 何で、何でこんな所にローズが……」

 しかもアキトととても親しそうな様子だ。ハーリーにすれば何がなんだか分らなかったろう。

 そうして間をおかず、ブリッジを後にするアキトとローズを慌てて追いかける。

「アキトさん! 待って下さいアキトさん」

「ん? そんなに慌ててどうしたんだい?」

「あ、いや、その………」

 そう言うと、チラッとローズの方を見るハーリー。

「彼女の事なんですけど…」

「ん? ラピスがどうかしたのかい?」

「へ? ラピス……って誰です?」

 そんな困惑したハーリーのセリフに、可笑しな事を聞くな〜っといった感じの顔で、

「誰って、眼の前のラピス・ラズリしかいないだろ?」

 ポンポンとラピスの頭を撫でながらそんな事を言うアキト。

「ラピス……ラズリ? 彼女の名前はラピス・ラズリって言うんですか?」

「? そうだけど、それが?」

「そう…ですか。いえ、別にそれだけなんです。名前を……知らなかったもので…」

 そう言うとハーリーはこの場を後にし、一人になれる様な場所に歩きながら考える。

(…………鳳燐。知って…いたよね勿論)

(……はい、マスター)

(彼女も、僕の無くした記憶の中で出会っていたんだね?)

(…はい)

(彼女の本当の名前も、どんな素性なのかも知っていた?)

(……はい)

(それでも故意には知らせなかった…)

(………………)

(それがキッカケで記憶が戻ってしまうかもしれないから?)

(…………はい

(そうまでして記憶が戻ってしまう事を拒むのは何故なんだい?)

(………………………)

(普通なら戻る事を喜ぶと思うんだけど……)

(そんな事ないです! 無理に思い出さなくてもいいんです! そんな事しなくても……。もう、悲しみ嘆く貴方を見たくないから…。マスターにはずっと笑っていてほしいから

 激しい鳳燐の口調に哀しみの声音を感じ、そうまでして拒むその記憶について考えなくもなかったが、鳳燐のこの様子から余程真っ当ではないだろうと思い……、

(…わかった。もう記憶の事は聞かないよ。戻る時には戻るだろうしね。第一鳳燐にそんな哀しみは似合わない。鳳燐には笑ってて欲しいからこの話はここまで。ね?)

(マスター……)

 グシグシと何やら鳳燐の泣いている様な雰囲気が伝わってきて、思わず苦笑するハーリー。

(ほら、もう泣かないで鳳燐)

(うぅ。な、泣いてないです! 泣いてなんかいないですよマスター?! そんな事…無いんですから……

 そんな鳳燐のいじらしさに、思わず暖かく微笑む。まったく困ったお姫様だと言いたげな感じで、

(うんうん。そうだね)

(あ! 信じてないですね?! 本当の本当に本当なんですからね!?)

(ははは。疑ってないってば)

(はぅ!? その微笑みが嘘だと言ってます!)

(そうかい?)

(そうです!)

 なにやら泣き笑いの様な口調で語る鳳燐。なんとも、はたから聞いていると気恥ずかしい会話であるが、本人達はいたって真面目………いや、ハーリーは愉しんでいる様だが。

 兎に角、先程までの妙にシリアスな雰囲気は消え失せ、ラブコメ調のやり取りが蔓延する中、ハーリーはそんな時間に身を任せていたのだが、突然外の方から凄い振動が伝わってきた。

 それから間も無く敵の襲撃を知らせるアナウンスが艦内に響き渡ったのである。

 

 

 

 そこからは、まあ色々と不思議なモノを見た気がした。

 何せこの時代に無い筈の、あのブラックサレナがイキナリ出撃していったり、昔何かの資料で見た木連のダイマジンだったかな? あのやたらデッカイ機動兵器が出てきたと思ったら一瞬で木偶にされちゃうし、しかもその後アキトのアキトとも思えぬ冥い表情での「木連の人間、全てを消す!!」発言があったりと、前のアキトを知っているだけに、何とも信じられず驚愕したが、どうやらこの艦の人間全て意識改革をする為の芝居であったらしい。

 そして除け者にされたユリカとメグミの雰囲気に戦々恐々としていたそんな時、月の衛星軌道上を航行中の地球連合艦隊から救難信号が送られてきたのである。

 

 アキトのブラックサレナが先行し、ナデシコが追いかける様に向かっている途中、ソレは起きた。

 突然通信ウィンドウが開いたかと思うと、物凄いノイズに混じって誰かがこちらに話し掛けてきたのである。

『………聞こ……そち………いるの………答え……キビ…リ!』

 酷く不鮮明なノイズ交じりの声は、段々と鮮明になっていき、そして確かにこう聞こえたのである。即ち『聞こえているであろう。其方に居るのはわかっている。答えよ、マキビ・ハリ!』っと。

 ブリッジクルーがその通信を不審に思う中、ハーリーはその声の主の存在に驚愕しながらも何とか答えらしき言葉を洩らす。

「ば…かな。そんな馬鹿な?! 倒した筈だ。何でそこから声が聞こえてくるんだ!? 北辰!!」

 先程までノイズ交じりに発せられていた声は、その洩れた答えを聞くなり黙り込み…

『答えたな、この我に! そこにいたか。随分と捜したぞ、マキビ・ハリ!!!』

 今度は先程とは比べるまでも無い鮮明な音声で、そうのたまってきた。

「そんな、さっき確かに倒した筈なのに、ナンデ……」

『くくく。お楽しみはこれからだと言ったであろう……、おっとそれは吹き飛ばした後であったな。まあよい。兎も角早くここまで来るがよい。今、黒き機体が駆けつけようとしておる、この鋼漂う虚空の戦場へな』

 そう言うと笑いの余韻を残し、ノイズの走るウィンドウは閉じるのであった。

 

 始めに誰が言っただろう、

「なに、今の人? マキビ・ハリってハーリー君だよね? 本人は医務室にいっていないのに、何言ってるんだろう……」

 っと。

 その不審さには全員が気がついていた。しかし誰もが正確な答えを出せずにいた。そしてその答え本人はと言うと、

(ああ、何てことだ………。まったく本当になんて無様。確認するチャンスはあったのに…。確かめる機会は有った筈なのに……)

 などと、先程倒した北辰は、ハーリーを吹き飛ばした北辰じゃなく、この世界の北辰であったのかとちょっとブルーな気持ちのハーリー。

 つまり大いなる勘違いにより人一人殺っちゃった訳である。これだけ聞くと物凄くヤバそうだが、まあ、北辰だから別にいいか、と開き直ってみたり(笑)

 兎に角、今度こそ間違い無くアノ北辰を仕留めなければなるまい。間違いで殺られた、無関係だった北辰には少々気の毒だが……(合掌)

 そうと決めれば早速行動。あれほどの力を持っていた北辰だ、こんな戦艦の中にいたのでは御話しにならないだろうと、艦を出て単独で行く事に決めると、早速ブリッジを出る事にした。

 イキナリここから外に行ってもいいのだが、まああまりに人の目も多い事だし、余計な厄介事を起こさない為そうする事に決める。

「すみません。用事を思い出しましたので、これで失礼します♪ それでは〜

 有無を言わさぬ強引さで、誰も声をかける暇も無くブリッジを後にするハーリー。

 突然のハーリーのその所業に、思わずツッコミ遅れたブリッジクルー達が思わずつぶやく。

「まだ勤務時間中なんですけど……」

 

 

 一方こちら廊下を疾走中のハーリーは、適当な所まで来ると双剣を抜き、おもむろに壁の空間を切り裂くと有無を言わさず突入し、フィールドを張って艦外へと飛び出すと、目的地へ向け全力疾走を始めた。

 それにしても、走り出すなりナデシコを追い越すとは、恐るべしハーリー…っといった所だろうか?

 それからしばらくして、例の連合艦隊がいたであろう場所に到着した。しかしその周辺には戦艦の残骸ばかりで、生き残っていそうな艦は1隻たりとも存在していなかったのである。

 そして同じくこの場に到着していたブラックサレナを見つけたので、ハーリーは近付きその肩にとまる。

「アキトさん」

「どわぁ〜! な、な、な、ハーリー君?! 何でそんな所に??!」

「いえ、気にしちゃ駄目です。それより何か見えましたか?」

気にしちゃって……。いや。これといって何も見てないんだが」

 何やら途轍もなく理不尽を感じるアキトであったが、まあ実際眼の前にいるものは変えようが無い。

 そんな会話をしている所へ突然音声のみの通信がつながる。

『来た様だなマキビ・ハリ。余計なオマケも付いている様だが、まあ土産代わりにするまでよ』

「どこだ! 出て来い!!」

『そう急くな、もう直ぐ近くまで来ておる。…それ見えてきたぞ』

 その言に辺りを見回し、ちょうど斜めむこうより現われる紅い機体が一機。そして良く見ると、その機体の肩にハーリーと同じ様にとまる人影が……。

「馬鹿な!? 何で北辰が?! さっき確かに……」

「いえ。アキトさんの知っている、この世界の北辰は確実に先程倒しました。あれは僕の知っている世界の北辰です」

「そ、そんな事が……。!? しかもアノ機体は、まさかサレナなのか?」

 そんなアキトの驚愕はさておき、比較的険悪なハーリーと北辰の方は、北辰のニヤリから話し始めた。

「ようやくまともに(まみ)えたな、マキビ・ハリ? この時を実に待ちかねたぞ?」

「まったく、また出会う事になるなんて思いもしませんでした。しかも妙な力をつけたみたいですね?」

「それに関しては感謝をせねばな。アソコに送られねば身につかなんだ力よ。それに忘れていたモノを久々に思い起こさせてくれもした。
 ……くくくく。まさかこの様な所で過去になくしたモノと相見るとは思いもせなんだがな。おお、そうだ。丁度良いから紹介しておこう。我が愛娘の北斗だ」

 北辰がそう言うと、突然コミュニケからウィンドウが開き、チョッピリ不機嫌げな白い制服を着た赤髪の美戦姫がいた。

「誰が愛娘だ、このクソ親父!! 貴様のその言動には虫唾が走る!」

 少々口が悪い様であるが……。

「ん? どうしたのだ北斗? 先程から機嫌が悪い様だが、照れておるのか? ふふふ、愛い奴め。そうだ、我の事をパパと呼んでもかまわんのだぞ?」

「ふ、ふ、ふ、ふざけろよクソ親父!!! 誰が貴様なんぞを!! …………パ、パ、パ、パ(パシッ)」

 思わずあらぬ事を口走ろうとした口を、咄嗟に手で塞ぐ北斗。どうも今のは北斗の意志ではなさげだが……。

「貴様、一体俺に何を…。そう言えば先程一瞬気が遠くなった様な…」

「ぬふふふ。何、別にこれと言って何かしたわけではない。まあ、少々記念写真を撮りはしたがな。ほれ」

 そう北辰が告げた瞬間、北斗の顔色がみるみる変わっていく。どうやら途轍もなく激昂している様だ。モニターに何か映っている様だが、一体何が映っているのだろうか?

「き・さ・まぁ〜〜! 殺す。叩き殺してやるぞクソ親父!!!

「何を怒っておる? 実に可愛らしく、愛らしい姿ではないか。枝織も大喜びするであろう♪」

 嬉しそうな北辰のセリフと共に、ハーリー達のウィンドウがもう一枚開き画像が映し出される。

 ソレは確かに北斗だ。黒と赤のコンストラクトも鮮やかな、いわゆるゴスロリと呼ばれる衣装を身に着けてはいたが(笑)

 眠り姫の様なその姿は、実になまめかしくあでやかであり、あえかなその姿に思わず見惚れてしまいそうだ。もっとも本人の前でそんな事を言えば、即瞬殺されるだろうが。

 

 余談であるが、この画像、実はナデシコにも映されており、後に某女指令と某幼馴染に高値で取引されたとか…。しかも命知らずなアイコラ野郎まで出る始末。ばれれば即刻抹殺されるだろうに……。まあ、その者達がどうなったかは、また別のお話。

 

「くそっ! 何で動かない!! さっきまで動いていたのに、この肝心な時に!」

 必死に真紅のサレナを動かそうとする北斗であったが、何故か動かないらしい。そんな娘の様子を見ながら、

「さて、我が娘の可愛さをアピ〜ルするのはこの辺でよかろう。我も堪能した事であるしな。それでは我々の話に戻るとするか、マキビ・ハリ?」

 そう呼ばれたハーリーはというと、ウィンドウを見ながらウンウンと頷いていた。

「やっぱり思ったとおり。北斗さんは可愛いんだから、こういう格好も似合いますよね〜」

 北斗自体には前に会っていたので、こんな意見の言えるハーリーであるが、アキトの方はちょっとショックを受けているようだ。
 「娘? アノ北辰に娘? ああぁ、でも親には似ずに結構可愛い。…可憐だ」などと言っているあたり、ウィンドウの映像のみの感想なのだろうが……、この後彼の身に惨劇が訪れそうな予感がするのは気のせいだろうか? いや、あえて気にすまい。未来の惨劇よりも彼の今の幸せを祈ろう。それがせめてもの手向けであろうから……。

 

 閑話休題。

 

「さて、それじゃそろそろ始めましょうか? 僕達の決着というやつを?」

「望む所よ! ……主は双剣を使うのであったな。ならば我も一つ、武器を使わせて貰おう。武想具現!」

 そう言って北辰はイキナリ上を向くと、身体を振るわせ、その口よりゴボリと何かを……、いや有り得ない長さの物――正確に言えばそれは恐らく錫杖だろう――を引きずり出した。

「な、な、な?!」

 流石にその異様な光景に絶句するハーリー。一方北辰はそんな反応にニヤリとしながら、

「どうした、何を驚くマキビ・ハリ? あれほど妖しの技を使うお主でも、コレは少々驚きであったか?」

「少々って言うか、今のはどう見ても人間技じゃ無い様な気がするんですけど…?」

「ふははははは。この様なもの、我が力の序の口に過ぎぬ。例えば……、そうよな。それその画面を見ておれ」

 そう言うと1枚のウィンドウが開き、ハーリーから見て丁度北辰の隣あたりに浮かぶそれには、先程までいたナデシコのブリッジの様子が映されていた。

「それ、例えばこの様な事もできるのよ」

 何をするのだろうと思っていると、北辰はハーリーの見ているウィンドウの方に進み、あたかも続きの空間であるかのようにウィンドウの中のブリッジに現われる。

「あんがぁ! そ、そんな馬鹿な…」

 ハッキリ言ってその現象は映像効果で騙されているんじゃないだろうかと疑いたくなる様な出来事であった。しかし実際に移動し、しかも北辰はウィンドウの中から声をかけてきた。

『如何かな我が力は? 他にもこのような愉快な使い方もあるぞ?』

 突然現われた北辰に、混乱するナデシコブリッジであったが、その北辰に勇敢にも立ち向かう者がいた。現在艦内の警備を任されているヤガミ・ナオその人である。

 しかし力量差は天と地ほどもあり、ナオが思いっきり吹っ飛ばされ、それにタイミングを合わすかの様に奇妙なリズムとフレーズを口にしながら迫る北辰。

「ハゲ、ハゲ、ハゲ、ハゲ、ハゲチャビン!!!」

かぽっ♪

 などという軽い音と共に、スポッと外れるナオの髪の毛…(笑) 何をされたのかイマイチ解らず、呆然としながらもナオは自分の頭にソロソロと手をやってみる……。

「あ、あ、ああぁぁぁぁぁ!!? 俺の、俺の髪がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 思わず絶叫を上げ叫ぶナオ(爆笑)

「ぬはははははははは! 怖かろう恐ろしかろう、いかに理性で鎧おうと、我が力の前に恐怖からは逃れられんのだ!!!」

 愉快そうに笑う北辰に、それを恐怖の表情で見るブリッジクルー。特に女性の方々は(おのの)いている様だ。まあ、確かに男性よりも女性の方が深刻だろう。かぽっとかいってお手軽にハゲにされた日には………。

「それ、これは返してやろうな。しかし我が力なくば、その頭に二度と髪は生えぬであろうがな♪ ははははははははは」

 ひとしきり笑い、色んな意味で恐怖を撒き散らし、北辰はナデシコからハーリーの居る宙域に、先程と同じ様にして帰ってきた。ナオの髪を直さぬままで…。

「いやいや、まったく。我とした事が少々座興が過ぎた。しかしこれで我が力の凄まじさ実感できたかマキビ・ハリ? これこそが我が新たに手に入れし力、妄想具現化(マーブルデルシヴ)よ!

「も、妄想、具現化?」

「然り。この力の前には、さしもの主と言えど勝てはすまいよ。…くっくっくっくっ。それではいざ、戦いの舞台へ参ろうか、マキビ・ハリ?」

 その言葉を皮切りに、機動兵器の肩を蹴り、両者の戦いの幕は切って落とされるのであった。

 

 

 

 両者の戦いは、何と言うか理不尽さに熾烈を極めた。ハッキリ言えば出鱈目な戦いである。重力波を放てば波乗りを始め、光術を撃てば波に向かって泳ぎだし、真空中なのに炎が舞い、無重力下を走りまわる始末。

 少々人よりも強いとは言え、まだ辛うじて人の範疇に入るアキトと北斗の二人は、そんな既知外じみた戦いに呆然としながらも、すこし遠くなってゆく戦いの様子を何とかできる限り気にせずに話をしていた。

「あぁ〜、なんだかいつの間にか凄い事になってるようだけども……。っていうかアレは現実? うぅ…ちょっと信じがたい光景なんだが……」

「あの親父はいつの間に人間やめてたんだ? いや、元から外道ではあったが、少なくとも人間だったような気がするんだが…」

「それを言えばハーリー君も……。いや、北辰の方がより人間やめてる様な気もするけど、この際どっちも変わらない気もするな〜」

「アレを見ていると、強さとか人の力って何なんだろうと疑問が浮かんできそうだな。いやもうアレは悪夢としか言い様がない。ゲキガンガーも真っ青だな…」

「俺もそこそこ強いとか思ってたけど……、儚い幻想だったな〜」

「……ん? はっ! 今まで気付かなかったが、お前テンカワ・アキトか!」

「え? そうだけど…。何でそんな事を君が知って…?」

危うく忘れる所だった。知っていても可笑しくなかろう? お前は結構有名人だからな。戦ってみたいと思って、『場』の準備もしておいたんだが……そこへあのクソ親父が突然現われて有耶無耶になってしまったが。兎に角、貴様には戦ってもらう。その強さがどれほどのものか、試させて貰うぞ!」

 そう言って、今まで対峙する様に浮かんでいた二機のサレナの内、北斗の真紅の機体が唐突に翔け、ブラックサレナに不意の一撃を放つ。

「危なっ! 何するんだ突然?!」

「ふっ。惚けた事を抜かすな! 元々お前と戦う為に用意した『場』であり機体だぞ? 期待に答えて貰うぞ、テンカワ・アキト!」

 こうして、こちらはこちらで戦闘に入る北斗とアキト。こちらも一般的に非常識な戦いを展開するのだが…、やはり理不尽具合ではハーリーと北辰には敵わない様だ。

 

 一方そのハーリーと北辰はと言うと、今だ激しく熾烈な戦いを繰り広げていた。

「非常識だ…、理不尽だ…、滅茶苦茶だ!?」

「ぬははははは♪ ぬるいぬるい! この程度の攻撃では我を倒す事など、できはせんぞ!」

 結構強力な放出系の攻撃を色々と繰り出し、北辰に向け命中はしているのだ。がしかし、そのどれもが理不尽で出鱈目な避け方や返し技等で応戦迎撃され、一つとしてまともに効いてはいなかった。

「このままじゃ埒があかない。……あんまり近付きたくないけど、こうなれば直接斬り捨てるまで!」

 キッと北辰を見据えると、今までの『つかず離れず』から『一気に接近』に切り換え、双剣抜刀の構えのまま一瞬で距離を詰め、有無を言わさず斬りつける。

「ぬ!?」

 次の瞬間、カキンッという音と共に信じられない場景が展開されていた。双剣抜刀で二刀両断にしようとした所、双剣の刃先を錫杖の両端で止めていたのである!

「な!? そんな馬鹿な!!」

「ようやくその武器で戦う気になった様だな?」

 神速と言っても過言ではなかったであろうその斬撃を、止められてしまった事が信じられず、驚きを隠せないハーリー。北辰の方も、待ってましたと言わんばかりに、愉しそうな表情を浮べながら、

「くくく。不思議か? 今の斬撃止められたのが? 主の抜刀は実に鋭く正確であったが、逆にそれ故こうして止める事も可能なのよ。しかし今の一撃を見、安心したぞ? これならば接近戦も楽しめそうだ!!」

 言うが早いか両者ほとんど同時に離れ、またも素早き踏み込みもって、熾烈な打撃斬撃を交し合う。

 しかし今度の斬り合いは先程の撃ち合いと違い、両者共に傷付きながらダメージを負っている。

 そしてハーリーの技も放出ではなく剣に付与するものならば、何とか北辰に効いている様だ。

(よし! これなら奥義も効きそうだ! …………当たればだけどね

 色々と考えを巡らしながら、常人にはついていけない速さで切り結び、浅い傷の増えていく両者。一合二合三合四合と神速の舞踏を展開しながらも、しかしお互いの技を見切るかのごとく、次第に斬り合いだけでつく傷は減っていく。

 双剣の斬撃が、錫杖の一閃が、あたかも流れる殺陣の如くありながら、ハーリーと北辰互いの、心を、魂を、熱く熱く燃え上がらせて行く。

 気が付けば笑っていた。ハーリーも北辰も燃え尽きるようなその戦いに、興奮し、熱血し、その身を焦がすほどに二人で舞った。

 身体が燃える、血が(たぎ)る。止まらないその衝動に身を任せ、今のこの一瞬を、他の何者をも忘れ、互いに互いを思って舞った。

 戦い続ける刃となって、駆け巡る衝撃となって……。

「素晴らしい! 何と素晴らしき闘いよ!! この、身を燃やし、心を焦がす感覚、久しく忘れておったわ!!!」

「まさかこんなにてこずるなんて…。技の実力は伯仲してるってことか。でも何でだろう、はははは、こんなに身体が熱くなるのは初めてだ。…僕は…この戦いが、楽しい、のか…?」

 躊躇いがあった。焦燥にも似たこの感覚にも迷いがあった。しかし認めるしかあるまい。自分は今、確かにこの不倶戴天の天敵との戦いを楽しんでいるのだ。ミツリとの戦いでも、他の誰との戦いでも、今まで感じる事のなかったこの感覚。
 しかし互いに倒さねばならない事に変わりなく、興奮・焦燥・不安・歓喜・期待・殺意、色々な感情がない交ぜになりながらも、それでも自分は愉しいと感じている。

「なんとも甘美な一時よ…。もっと長く味わってもみたいが、そうもいかぬか。互いに最高の技を持って決着をつけるとするか、マキビ・ハリ?」

「ええ、そうですね。残念な気はしますが、仕方ありません」

 そう言葉を交え、お互いに気息を整え、力を溜めていき、タイミングを計るかのように数瞬を緊張し張り詰めた雰囲気が漂う。そして次の瞬間、申し合わせたが如く同時に駆ける。

「武想無式 奥義 絶陽!

「剣斬連舞 

 どこまでも漆黒に染まる錫杖を振るう北辰、そして別々の色に染まる双剣を、答えるが如く放つハーリー。

 凄まじい衝撃波とエネルギーの奔流に、二人を中心に何かが弾けた。

 一振りするごとにその色を変える、双剣の属性攻撃。一撃一撃が必殺の威力であろうその斬撃に、これまた過剰とも思える尋常でない力が込められた錫杖の必殺の攻撃。

 めまぐるしく輝く万色の乱舞。それに混じり、融け合うように、しかし断固としてその存在を主張する様な、深い漆黒とのコントラスト…。

 外から見ればなんとも美しい光景だが、一歩でもその中に足を踏み入れれば、一瞬にしてその身を滅ぼされるであろう力の渦流。互いの力が拮抗し、つくりだされたその光景は、拮抗しているが故にその力の弱まった方に、その全てが流れて行くだろう。それは即ち敗れた側の容赦無い滅びを意味する。

 そんな事を考えているのかいないのか、両者威力を緩めず、何合もその攻撃を見舞い合う。流れる様なその動きで、自然とも思えるそのやり取りを…。

 

 そんな中にあって二人は矢張り楽しんでいた。チリチリ来る様なその危機感も、ゾクゾク来る様な緊張感も、極限状態であろうこの時に、二人揃って楽しんでいた。

 

 しかしそんな二人の状態もそれほど長くは続かなかった。世の中はえてして予想もしない事が起こるものである。そしてそれは隙を突く為のその一撃が交わった時に起こった。

「終わりです!」

「そうは行かぬわ!!」

 隙を突いての渾身の一撃に、これまたそれを凌ごうと無理な体勢から無理矢理放つ渾身の一撃。その双方が交わった瞬間、遂にその空間が、辺りに溢れる凄まじい力に飽和状態を超え悲鳴を上げる。許容限界を超えた力はアッサリとその周辺の次元を崩壊させた。

「「なにっっ!?」」

 三次元では支え切れなくなったエネルギーの奔流は二人を巻き込み、凄まじい爆流となって辺り一帯を巻込みながら別次元へと流れ込んで行く。

「な!? そん、うわぁぁぁ?!!」

「こんな! ばか、ぬわぁぁ!??」

 その力の前に、人など塵芥(ちりあくた)に近く、その勢いのまま二人は何処へとも無く吹き飛ばされてしまうのであった。

 

 

 

 

 

 

To

 

Be

 

Continue(笑)

 

 

 

 

 

 

 

 

なんちゃって♪♪♪