『時の流れに of ハーリー列伝』
Another Story
狂駆奏乱華
第陸章
「定めゆく必然の儘に…」
木星と地球、この両者で行われた不毛な戦争は一人の英雄の活躍によって終結を迎えた。
……其の名は、テンカワ・アキト。またの名を『漆黒の戦神』…。
これは彼が不特定多数の女性を妻に迎え、数年の時が経過した頃のお話……。
前回復活した北辰に修羅場真っ最中のナデシコに投げ込まれたハーリー君。
勘違いでその世界の北辰を殺っちゃい、四苦八苦しながらそこのナデシコに混じりましたが、
またも復活の北辰が現れ、その必殺技同士の衝撃に次元崩壊に巻き込まれてしまいます。
五次元世界で神我人にパワーアップをしてもらい次なる世界に向かいましたが、
はてさて、次なる世界は如何なる所か?
それは何とも奇妙な感覚であったろう。その圧迫する様な感覚、ひりつく様な空気、圧倒的な存在感…。その世界へ現れて初っ端からこんな感覚に襲われるのは初めてで、何なのだろうと見回してみると、そこにはとんでもない光景が展開されていた。
どう表現していいか分からない巨大な、羽の様なものが生えた城ほどありそうなその蒼い生物?の様なものに、圧倒的な存在感で舞い散る光の奔流。その光に思わず苦悶の叫びを上げる蒼い奴。
そしてその光がある程度治まった時、ハーリーから少し離れた所に、その空間から滲み出る様に一人の男が現れた。何やらどこかで見た様なローブ姿に眼鏡がキラリと光っているその男……。
「おや? 誰かと思えば、こんな所で再会するとは奇遇ですね、マキビ・ハリ? 実に久方ぶりです」
「ええぇ!? レザードさん、何でこんな所に!」
そう、そこに現われたのは、共にオルトリンデの神技にふっ飛ばされ、行方不明であったレザード・ヴァレスその人であった。
相も変わらずの飄々としたその態度と雰囲気が、何とも懐かしく感じられる。
「事情の説明は後にしましょう。まずはあれを倒さぬ事には、危なっかしくてまともに話も出来ませんから……おっと!」
レザードは咄嗟に移送方陣を展開し、ハーリーごとその蒼い奴からかなり離れた場所に出現する。それに前後して先程まで居たであろう地点が凄まじい爆発に見舞われた。
「レザードさん、あれって一体何なんですか? 何だか途轍もない力の塊みたいな気がするんですけど…」
「正解です。アレはこの世界で、最上級の魔として扱われる存在。まあ、又聞きではありますがアレがこの世界に君臨する『魔王』らしいですね。いやはや、些か滑稽ではありますがその力、認めぬ訳にはいかぬでしょう。今、とある人物と協力してアレの討伐を試みている訳ですが……。ジークルーネ!」
そうレザードが虚空に向かい強く鋭く呼びかけると、何処からともなくズシャーーっと地面を削る様に少し小柄な、銀髪を三つ編みにした戦装束の少女が現われた。
「ちょっとレザードさん! こんな所でサボってちゃ駄目ですよ!! 早く決着つけなきゃ死んじゃいますよ?」
ダダダダダンっとレザードに文句を叩きつけ、ビシッと指差す少女。そんな少女の態度にクスリと笑いながら、
「それは分かっていますが、ここにきて新たな加勢が来たようです。マキビ・ハリ、紹介しましょう。彼女はジークルーネ。この世界で偶々一緒になった戦乙女さん、らしいですよ?」
特に戦乙女の部分を強調するレザード。その強調に、確かに後で色々聞かなくてはならない様だと納得しながらも、手早く紹介を済ませるハーリー。
「僕の名前はマキビ・ハリ。ハーリーって呼んで下さって結構です。それで僕達は何をどうすれば?」
「へぇ〜。結構凄そうですね。話が早くて助かりますが、とにかくアレを傾がして下さい。隙を見て私が止めを刺しますんで。よろしいですか?」
「了解、分かりました! それじゃあ早速…」
っと、蒼い魔王の方に向きかえると、何やら強力な攻撃の為に溜めをしている様子。
「ちっ、まずい!」
レザードがそう言った瞬間、レザードを中心に三人を囲むかのように真紅の光の五芒星が走り、次の瞬間その姿をかき消すと、数秒遅れてその場を魔王の一撃が荒れ狂う。
場所は移動し、魔王の右斜め後ろくらいの所に真紅の五芒星が走り、出現する3人。
「悠長に話はしていられませんねぇ。とにかく、出来る限りの攻勢を私とマキビ・ハリで行いますので、ジークルーネ、止めのタイミング、お任せしますよ?」
「OK♪ 任されました! それでは早速行ってみましょう!!」
ジークルーネのその一言を皮切りに、蒼い魔王と3人の決戦の幕は切って落とされるのでありました。
ハーリーが戦い始めてまず何に驚いたかと言えば、確かに魔王の強力さも驚いたが、やはりレザードの放つ大魔法であろうか。確かにレザードは只者ではないと思っていたが、ここまで凄まじいとは思っていなかった。巨大な雷龍を呼び出したり、凄まじい爆炎を叩きつけたり、そして今もまた新しい呪文が朗々と読み上げられ、強力な一撃が放たれようとしていた。
「闇の深淵にて重苦にもがき蠢く雷よ。彼の者に驟雨の如く打ち付けよ」
レザードの詠唱が一韻を踏むごとに、魔王の上空には凄まじいまでのプレッシャーを放つ重力塊が膨れ上がり、漏れ出るエネルギーがスパークしながらその出番を待ち構え、
「グラビティブレス!」
その一言によって飽和寸前の高エネルギーは魔王に向かい降下、圧倒的な力の激流が捻じ切り引き裂き叩き潰してゆく。
ゴガァァァァァァ!
何やら叫びの様なものを上げる魔王さんであるがしかし、確かに所々ボロボロにはなっているがいまだその力衰えず、もう少々手痛い攻撃を加えねばならぬようだ。
それを見て取ったハーリーは早速その機動性を活かし、怒りに吼える魔王さんの強力な一撃を何とか避けながら牽制し接近すると、一瞬で魔王さんの真下にたどり着き、その両腕に万色を纏わせ、螺旋を描く様に切り上げる。
「虹舞流 秘奥義 虹蛇滅昇!」
万色の輝きは凄まじい渦流と化し、辺り一帯を巻き込む様に爆流は収束し、全てを巻き込む巨大な虹色の蛇が、魔王を喰らい突き上げる。
凄まじい勢いで放たれたその一撃であるが、ハーリーはその一撃の終わるか終わらないかのタイミングで、即行その場を離脱した。何せあんな声が聞こえてきては、流石にその場に何時までも居ようなどとは思うまい。
「汝、その諷意なる封印の中で安息を得るだろう永遠に儚く……」
相当に喧しい筈なのだが、何故かレザードのその詠唱はハッキリ耳に聴こえて来たのである。そしてその詠唱にあわせ天空に舞い散る光りの羽。そしてそれは渦巻き集束していくと、幾つもの光りの環を形成し、流れる様にその中心に収斂していくと、光の束となって真下へと撃ち出されていく。
「セレスティアルスター!」
括りの一言に、光りの羽を撒きながら凄まじい勢いで、いまだ突き上げを喰らっている魔王へと幾条もの閃光が降り掛かる。その様は雨などと易しいものではなく、まさに豪雨と言って差し支えない威力で降り注ぎ、魔王の体を地上に縫い止める。
そのなんと美しい情景だろうか。一足早にその場を離脱したハーリーも思わず見とれてしまいそうな、そんな光景。そんな光景の展開される最中、これまた嬉しそうな声が何処からともなく聞こえて来る。
「うはぁぁ〜♪ 凄い凄い! 思ったよりもやるんですね御二人とも。それじゃ私も取って置きを見せちゃいましょう!」
光りの乱舞する中、ふわぁ〜っと舞い上がるジークルーネ。そして丁度魔王と相対するぐらいの高さで静止すると、両手を脇に構え力を溜めると、カッと目を見開き、
「その身を散らせ! 神技 サリシャガン・ランページ!」
それを皮切りに、目にも見えない凄まじい
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ、オラァ!」
掛け声ごとに数十発と叩き込まれて行く拳撃に、相当の距離があるにもかかわらず魔王は打ちのめされて行く。しかも外側から撃たれるのではなく、内側から凄まじく爆裂している様に見えるのは気のせいだろうか? その拳撃の嵐に手といわず足といわず体といわず、隅々までボコボコにされ、最後の気合一閃を放った瞬間、凄まじい衝撃と共に、その身は木っ端微塵に砕け散り、辺り一帯をミサイル以上の物理的霊的衝撃が吹き荒れる。
正直洒落にもならないその衝撃を、伏せてフィールドを張り何とかやり過ごすハーリー。それでも元いた位置よりだいぶ動かされるあたり、その衝撃の凄まじさがどれ程のものか判ろうというものである。
何とかその衝撃が収まったのを見計らい、先程の爆心地へ歩いてゆくと、そこには凄まじいまでのクレーターがデンッと出来上がっていた。って言うか一見底が見えないというのはどういういりょくなのか?
「うはぁぁ…。凄……」
その光景に、思わず呆れるハーリー。どれ程のエネルギーがここで暴発したのだろうと考えたりしていると、空中からフワリとジークルーネが、クレーターの円周を歩きながらレザードがやって来ていた。
「御疲れ様です。なんとかかんとか終了です! 通りすがりとはいえ、手伝って頂き申し訳ありません」
そう言ってペコリと頭を下げるジークルーネ。
「なに、特に気にするほどの事でもないでしょう。どちらにしろ、ここにいた時点で巻き込まれる可能性は大であったなら、一方的に巻き込まれるよりも、協力を持って手早く済ませてしまった方が被害も少なかろうというものです」
飄々とそう言い、こちらに同意の視線を向けてくるレザード。
「まあ、そうですよね。それにこういうのには慣れてますし…」
あんまり慣れたくはないな〜っと思いつつ答えるハーリー。そして、ふと先程レザードが言っていた事を思い出し、質問してみることにする。
「それは置いとくとして、ちょっと質問いいですか、ジークルーネさん? もしかして、御知り合いか何かにオルトリンデさんっていらっしゃいません?」
ハーリーのその言葉に、思わずギョッとするジークルーネ。
「え?! なんであなた方がオル姉の事を御存知なんですか?」
ジークルーネのその言葉に、やっぱりかと顔を見合わせるハーリーとレザード。まったくもって御存知も何もあったものではない。
「知ってるも何も、この前彼女の神技の巻き添えを食らって、別世界に吹っ飛ばされたばかりですから」
「私の場合、その吹っ飛ばされた先からもう一度飛ばされたのがこの世界であったという訳です。それからまあ色々あって、貴女に協力するに至るという訳ですよジークルーネ」
ハーリー達の言葉を聞きながら、思わずアチャ〜っと顔に手を当てながら溜息をつくジークルーネ。そして切り替える様に毅然と顔を上げ、スッと改めて礼をする。
「改めて名乗らせて頂きます。私はクロノハイダース・ワルキューレ九姉妹が六女、ジークルーネと申します。この度は我が姉、オルトリンデが大変御迷惑をお掛けした様で申し訳ありません」
「ああ〜、そんなに畏まって頂かなくても結構ですよ。こうして無事にいるのですから、あの時に飛ばされていてもいなくても、さして変わりはありません」
「そういう訳には参りません! 一般ピープルを巻き込まないのが私達の常なんです。それが、魔王退治を手伝って貰った上、姉が御迷惑をかけていたとあっては、見過すわけには参りません!!」
ぷんぷんと胸を張りながら言い放つジークルーネ。確固としたその瞳には、その意志の強さが伺える。なにより、ハーリー達よりも明らかに背が低いあたり、そんな態度も何だか可愛らしく見えてしまって、思わず微笑してしまう。
「あ、そうだ。それなら連れの方を探してもらったらどうですかレザードさん? 僕達だけじゃ相当時間も掛かりますし、手は多い方が良くありませんか?」
「…ふむ。確かにそれは名案かもしれませんね。よければですが協力をして貰えませんかジークルーネ?」
「取りあえず話を聞かせて貰えますか? 私の力だけで何とかなるかどうか聞いてみないと何とも言えませんので…」
神妙な顔をするジークルーネに、今までの経緯なんかを織り交ぜて説明してゆく。
「うはぁ〜。この広い時空世界で迷子なんですか……。それはちょっと私の力だけでは手に余っちゃいますね。こういう時は専門の人に任せるのが一番です。幸い借りもあることですし…。それにそれぐらいの願いなら、何とかなるかもしれません。私も頼んでみますので一緒にお願いしましょう !♪ そうと決まれば善は急げデスね!!」
「ちょっと待っ…、お願いって、訳解んないですってば?!」
「いやはやまったく強引な方だ♪」
ハーリーは混乱の口調、レザードは楽しげな口調で、ぐいぐいと引っ張られながら、ジークルーネに掻っ攫われていくのでありました(笑)
所変わってここは、ワルキューレを始めとした時空神霊その他多くの者達の集まる、四次元世界の要、クロノパレス。強引な客引きに掛かったハーリーとレザードは、ジークルーネに連れられて現在ここに訪れているのであった。
「うわぁ〜〜。呆れるほど広くて大っきいですね〜」
見渡す限りの広大な庭園に感心しながら見回すハーリー。今いるのは何やら神殿らしき施設の庭先で、ハーリーとレザードはジークルーネに連れられて直接ここに降りて来たわけである。
「先程降りる時に見た目算だけでも、この区画一つで大陸ほどの大きさがあるのではありませんか? 空に浮いていた別の島がどれ程のものか判りませんが、どれもこれも桁外れだった様に思うのですが……」
「いえいえ。ここに集まっているのは時空神様の関連施設ばかりで、比較的おとなし目な方なのです。世の中にはもっともっととんでもない所があるんですよ? 例えば夢幻神様が戯れでお創りになられた世界なんて……」
そう言いながら思わずフイッと目を逸らすジークルーネ。何だかとっても遠くを見るような目で、
「アレはもう、どう言っていいのか解りません。いろんな意味で凄い世界でしたね〜〜。奇妙奇天烈摩訶不思議〜って感じで、あはは、夢幻神様ってば本当に楽しい方なんですから…」
ジークルーネの言動が何やらとても怪しい感じに極まって来ているのは気のせいだろうか? 何だか知らないがそろそろヤバイノデハっと思ったハーリーは、先を促してみる事にした。
「あの〜、ジークルーネさん? 僕達は何時までここに居ればいいんですか?」
「え? あ! はいはい、そうですね。何時までもここに居ても仕方ありませんし、中に入りましょうか」
そう言って、ジークルーネに促されるままその神殿らしき建物に入っていく事となった。中もこれまた凄く広く美観的にも整った感じで、しかし重いといった感じはなく、どちらかと言うともっとライトな感じで清浄さをまず印象に受ける事だろう。
「おや? 帰って来ていたのですか、ジークルーネ?」
いきなりそう声をかけてきたのは、ジークルーネよりも些か軽装な、ショートの銀髪に単眼のデータグラスをかけた、理知的な印象の美人さんであった。
「あ! シュウェル姉、ただいま♪ 今さっき帰ってきたとこだよ!」
「意外に早かったですね。それで、『
小首を傾げる様に聞いてくるシュウェルにジークルーネは元気一杯といった感じで答えてくる。
「それはもう、バッチリグッドだよ! 完璧に葬り去っちゃいました♪ ……まあ、途中で色々とありはしちゃったんだけど」
そう言いながらハーリーとレザードの方をチラリと盗み見るジークルーネ。その視線の方にシュウェルも注目し、
「何やらあったみたいですね。まあ、人を連れて来ているのですからそれなりの事情があるのでしょう。姉上方は今出ておられるので、私が事情を伺いましょう」
ふむ、と納得する感じで言ってくる。
「え? 大姉達今いないの? 三人そろって?」
「ええ。姉上方は今、某所で発生した事象相克界の後始末に向かわれています。何やら今回起こった災害は今まであったどれよりも被害が大きいとか…。作為的なものも感じるとの事で三人揃って出向かれましたよ」
「ふえ〜。大姉三人が出向くなんてどんな被害が出てるの、シュウェル姉?」
「ある一点の世界を軸に他の多々ある世界が融合しているとか。被害がどんどん増えているらしいので、その辺の調整などをしに行ったみたいですね…」
「それはまた…。一部世界は大混乱!って感じだね」
「当事者の方々からすればそれどころの話ではないでしょう。そこが良く似た場所であっても、まさに見知らぬ世界に放り出される様なものです」
淡々と語るシュウェルであったが、ハーリー達の方に視線を向け、少し考える。
「……まあ、客人もいる事ですし何時までもここで立ち話もなんでしょう。あちらでジークがお茶を入れている筈ですから、話しはそちらでいたしましょう」
何やら話が長引きそうだと踏んだシュウェルがそんな提案をしてくる。ジークルーネはそれに激しく同意し、ハーリーとレザードもそれに従う形となった。
「それでは参りましょうか?」
先程までいた神殿らしき建物を今度は来た時とは逆方向に抜け、出た先に広がっていたのは先程の庭園とはある意味逆の、平原や森やティーテラスが…………? 何故にこんな所にティーテラスがあるのだろう? どちらかと言うと先程の庭園に在る方が似つかわしい気がするのだが…。
そんな奇妙な空間で、何やら人当たり優しげな青年と物静かそうな少女が、一緒のテーブルで美味しくお茶を頂いているようだった。
「おや、今日は何だか大所帯ですねシュウェル? お客様が来るのは久しぶりじゃないですか? ささ、お茶を入れますから御席にどうぞ」
ニコニコ微笑みながらそう言うと、青年は席を立ちお茶を淹れだした。同席していた少女もそれを手伝う様に立ち上がり、青年の方へと向かう。
「貴方達だけですかジーク? カインやエマ達の姿が見えませんが…」
「エマはルーネがいませんでしたから、グリムを連れていつも通り森の奥で鍛練してると思いますよ。カインはさっきまでその辺の木の上で昼寝をしていたみたいですが、オルが新人を連れてきまして、挨拶回りの案内を頼まれて付いていったみたいですね。クーとロスは相も変わらず何処にいるやら見当もつきませんが……」
お茶を淹れながらそう答えてくる青年に、それに同意する様にうなずく少女。その返答にシュウェルはふむと頷きながら、ハーリー達に席を勧め、はふっと一息つくと早速事情を訊き始めるシュウェル。
「それで、どういった事情でそこの二人を連れて来たのですかジークルーネ?」
「……実は魔王討伐を手伝って貰っちゃったの。それで今回は早く終わったんだけど、でもそれだけだったらここまで連れては来てないよ? オル姉の名前が出てこなければね〜」
「どういう事です? 何故そこでオルトリンデの名が出てくるのですか?」
「なんか、以前オル姉が迷惑をかけたとかなんとか…。詳しい事情は直接本人さん達に訊いてみて下さい」
ジークルーネは笑って誤魔化すように、よろしく〜〜っとジェスチャーでハーリーとレザードにふる。
「それでは御二方、事の顛末をお聞きしてよろしいか?」
そう訊いて来るシュウェルに、レザードは何やら渋い顔をしながら、
「…まずは名を知る所から始めるのが、物の道理だとは思いませんかお嬢さん?」
「! これは失礼した。私はクロノハイダース・ワルキューレ九姉妹が四女、シュウェルトライテと申す。あちらでお茶を入れているのがリーブラナイトのジークフリートと我らが末妹のブリュンヒルデ。御二方の名を伺ってもよろしいか?」
何処までも実直なシュウェルトライテに微笑しながらも、答えを返すレザード。
「我が名はレザード・ヴァレス。そしてあちらが…」
「マキビ・ハリです! ハーリーって呼んでくれて結構ですよ? まあ、色々事情があってこの前オルトリンデさんに遭遇したんですけど、間の悪い事にその場に幽祢が居たんですよね。それでまあ、幽祢を追ってたオルトリンデさんが幽祢に手玉に取られて、激昂して神技を放った結果、その場に居た民間人?らしき人達含めて全員が別次元に吹っ飛ばされちゃったと言う訳です。はい」
淡々と普通に話すハーリーに、その内容を聞いていたシュウェルトライテとジークルーネが驚きの顔を見せる。
「え!? 幽祢って確か結構上級の指名手配犯じゃなかったっけ?」
「1級全時空指名手配されていたと記憶しています。…しかしこれはまた厄介な者を相手にしたものですね。オルトリンデの性格を考えるなら、なお相性の悪い相手でしょうに…。しかも周りの被害を考えられないほど激昂するとは、オルトリンデを未熟と言うべきか、幽祢が上手であったと言うべきか、まったく……」
深い溜息をつきながら、シュウェルトライテは思わず額を押さえる。
「まあ、そんな訳で、これはこっちの身内の失態なんだから借りは返しておかなくちゃ、って思っちゃったわけなのよシュウェル姉。そいでもって、レザードさんの連れの人が現在行方不明で、この広い時空世界のどこかに居るらしくて、その人を捜す事で借りを返そうと思ったんだけど、そんな事私達じゃ人にもよるけど難しいじゃない? あの御方に頼めば一発だし、これぐらいの御願いなら私達が嘆願すれば何とかなるかな〜っと思ったんだけど……」
どうなんだろうとシュウェルトライテの反応を窺うジークルーネに、シュウェルトライテは何やら悩みながらも答えを返す。
「…そうですね。非はこちらにあるようですし、我々が嘆願するなら聞いて貰えぬ事もないでしょうが………、いいでしょう何とかしましょう」
シュウェルトライテの色好い返事に、ジークルーネは思わず笑みをこぼし、
「ヴィクトリーーー!!!」
っと思わずハーリーとレザードにVサインを送ってみたり(笑)
「話はまとまったみたいですね。ささ、熱い内にお茶をどうぞ皆さん」
「……どうぞ」
タイミングを計っていたのか、そう言ってテーブルに熱いお茶を置いていくジークフリートとブリュンヒルデのコンビ。
「あ、どうもすみません。ジークさん、でいいですかね?」
「ええ。長いでしょうからそれで構いませんよ」
ホワ〜っと何やらほんわかした雰囲気をハーリー達が醸し出す中、突然遠くの方から凄まじい爆音が響いてきた。
「な!? 何なんです?! 一体何が!」
突然の爆音に焦って周りを見回すハーリーだったが、ハーリーとレザード以外はいたって何か変わった様子もなく、美味しそうにお茶を飲んでいた。
「えぇっと、皆さん?」
怪訝そうに疑問を投げかけるハーリー。
「あはは、大丈夫大丈夫。別に何かがここに攻めて来たとかじゃないから♪」
笑って答えるジークルーネだったが、そんなセリフの最中も何度も爆音が響いている。
「今日は少し派手目ですね…。心配は要りません。あれは多分エマがグリムゲルデと技の応酬でもしているんでしょう。いつもの事です」
そんなシュウェルトライテの答えに思わずハーリーは呆然としてしまった。一体どういう鍛練をすればあんな凄まじい爆音が響くというのだろう? しかも日常化しているあたり、ここの凄さが窺い知れるというものだ。
爆音の方はまだまだ続きそうであったが、呆然としているそんなハーリーをよそに、この場に居ない誰かの声がふいに聞こえて来た。
「まったく、加減というものを知らないのでしょうかあの二人は?」
「まあ、どっちもバトラーだからな。誰も止めなきゃ行くとこまで行くんじゃないか? 新入りもあいつらに喧嘩を売るのは止めといた方がいいぞ? 死にはしないがボロボロにされる事請け合いだからな(笑)」
「………………」
爆音のする森の方から格好のバラバラな三人組が、何やら文句を言いながらこちらに歩いて来ている様だ。そんな三人を発見し、
「おやおや。今日は本当に千客万来だな。これで総勢9人ですか。久々に賑やかで楽しいお茶会ですね♪」
そう言いながらジークフリートはまたもその三人の為にお茶を入れるべく席を立ち、ブリュンヒルデはトコトコと三人の方に向かい声をかける。
「…ジークがお茶を用意してるから……どうぞ」
抑え目ながら通る声でそう言うブリュンヒルデに気付き、
「お、ありがとよヒルデ嬢ちゃん。へぇ〜、今日は何だかお客が沢山だな」
「ありがとうヒルデ。それではありがたく頂くとしましょう。ジークのお茶は絶品ですからね」
「…ふむ、それは楽しみだ」
と返す三人。なにやら格好も雰囲気もバラバラで、一人はだらけた感じのぐうたら昼行灯といった感じの男、一人は凛とした面持ちの銀装の少女、一人はクールで静かな漆黒の青年、といった風情である。
そんな三人に一同目を向けるが…
「あぁーーー!!! アルカードさんじゃないですか!」
思わず叫び声を上げるハーリーに、これまたビックリと反応したのはクールで静かな漆黒の青年である。
「その声、もしかしてハーリーか?」
これまた驚いた顔をしているのは、紛う方なきあの悪魔城で出会った漆黒のヴァンピール、アルカードその人であった。
「ハーリー、新人の彼を知っているのですか?」
「えぇ、まあ。色々事情がありまして、昔一緒に悪魔城を攻略した仲なんです。オルトリンデさんに会ったのも、アルカードさんをスカウトしに来た時が初見ですし」
ハーリーのそのセリフに思わずピクッと反応するシュウェルトライテとアルカードの傍にいる銀装の少女。おや? よく見るとその少女は武装が減ってはいるが、幽祢を追いかけていた、あのオルトリンデその人ではなかろうか?
あれ?とハーリーが思いつつ見ているのにオルトリンデは気付いたのか、ギクリとしながら目を逸らした。拙いな〜っといった表情をしている所に、ポンと不意に肩を叩かれる。ヒキッと引きつるオルトリンデの肩を叩いたのは、いつの間にそこまで移動したのか、先程まで向かいの席にいた筈のシュウェルトライテさんであった。
「…オルトリンデ。貴女私に隠し事がありましたね? あちらの少年から色々と興味深いお話しを伺ってますよ? ふふふ。何やら1級全時空指名手配犯がどうとかこうとか…」
「は、は、はひぃ(涙) あ、あの、シュウェル姉様? その、少しわたくしの御話しを聞いて頂きたいな〜とか思うんですが、あのその……」
幽祢相手に確固として折れなかったあの毅然とした少女はその姿見る影も無く、肩に置かれるシュウェルトライテの手に恐怖し顔を引きつらせる只の女の子がそこに居るのみであった。
「ほほぉ〜。何か言える様な立場だと思っている訳ですね、この口は? 久し振りに愉しいジョークが聞けて嬉しいですよ? あらあら、どうしたのですオルトリンデ、そんなにほっぺたを伸ばして? あらあら本当に良く伸びるほっぺね? 何処まで伸びるか試してみたくなるわ♪♪」
笑顔のままフニ〜っとオルトリンデのほっぺたを伸ばしにかかるシュウェルトライテ。やられているオルトリンデは涙目になりながら「やふぇてやふぇて姉さふぁ」と訴えている。
そしてその顔に笑みを浮かべたまま、ぐうたら昼行灯風の男の方に向き、至極丁寧な感じでシュウェルトライテが御願いをする。
「ちょっと御願いがあるんですけど、いいですかカイン・マクラクラン?」
「Yes ma'am! いかな御用でしょうかシュウェルの姐さん!!!」
「この戯言をのたまうタワケを反省房まで連れて行ってもらえませんか? 私はこれからコレの尻拭いをしに出かけなくてはならないので…。頼まれてくれますか?」
「謹んでお請けします! 御任せ下さい姐さん!!」
まっこと変わらぬ美しい微笑みのままデータグラスを光らすシュウェルトライテに、カインは足をガタガタブルブルと震わせながらも力強く答える。誰も逆らいがたいその雰囲気に、一同一様に口を挿めないでいる様だった。
そして尚も素晴らしく素敵な微笑を浮かべるシュウェルトライテ。
「カイ〜ン♪ もしまかり間違って逃がしたり逃走を許した場合…、解ってますね?」
「勿論であります!!! この
「よろしい。それでは引っ立てなさい♪」
「はっ!」
「いぃやぁ〜! たすけて〜〜! ちがう、ちがうんです〜〜!! はなしを、はなしをきいて〜〜〜!!!」などと涙ながらに訴えるオルトリンデを引きずりながら、
「すみませんジーク。お茶の用意を2杯分無駄にしてしまって」
先程とうって変わって、至極普通のシュウェルトライテに苦笑しながら答えるジーク。
「いえ、構いませんよ。丁度僕とヒルドのお茶を淹れようと思ってたところでしたから」
丁度空になっていたカップを指しながらそう言うと、一人残っているアルカードのお茶を入れるジーク。
一方再会を果たしたハーリーとアルカードは…、
「…そうなんですか。じゃあ、僕達が吹っ飛ばされた後スカウトし直しに行ったんですね」
「こういう展開になるとは思いもしなかったがな。まあ、オルトリンデには母上の件で借りもある…」
「あ、でもマリアさんの事ですから、どんな所に居ようが追いかけて来る様な気がしますけどね(笑)」
「……否定出来ない所が恐ろしいな(苦笑)」
御互いに今までの経過などを話し合い、不意に出てきたマリアの名に互いに苦笑する二人。あながち間違っていないあたりマリアの恐ろしさが窺える。アルカードの中でさえ既に彼女、マリア・ラーネッドは謎少女なのである(爆)
しかもまんざら嫌いという訳でもないらしい(核爆)
「さて、それではそろそろ行くとしましょう御二方」
そう言いハーリーとレザードに声をかけるシュウェルトライテ。その言葉にジークルーネも食べていたお茶菓子を急いで口に入れ、残っていたお茶で流し込む。
「あ、はい。それじゃあアルカードさん、縁があったらいつかまた」
「ああ。心配しなくても、こうして再会できたんだ。縁があるのは確実だろうからな。またな、ハーリー」
お互いに微笑みで返すと、それじゃっと手を振りレザード共にシュウェルトライテ達の方に歩を進める。
いまだ響き続ける爆音をBGMに森と隣り合った道を歩き出す一同。
「さて、それでは御二人を今からある所に御連れしますが、そこではくれぐれも失礼の無い様にして下さい。ハッキリ言ってこれから行く所は、私達とは管轄の違う別世界といいますか別次元といいますか……。兎に角、私達が御願いに上がるのはとんでもなく上の方ですので、機嫌を損ねたり、まして怒りに触れようものなら、どうなるかはまったくもって保障できません。…まあ、あの方が御怒りになるなんて事はまず無い事ですが、一応注意しておきます」
真剣な面持ちで話しかけて来るシュウェルトライテに、思わず神妙な顔で頷く二人。
「まあ、問題なのはあの御方じゃなくて、その前の方なんだけどね…」
何やら意味あり気に笑っているジークルーネに、どういう意味か聞こうとするハーリーであったが……、
バキバキバキ! ボゴォウン!!!
などという凄まじい音と、目の前で薙ぎ倒される木々と起こった爆煙に一瞬呆気にとられてしまった。
「な?! 今度は一体何なんですか!?」
「いつつつつつ。やっぱやるねグリムのやつ。流石ルーネと並ぶ武闘派。楽しませてくれるわね♪」
そう言いながら爆煙の中から出て来たのは、禍々しいほどの深紅の槍を持ち喜々として嬉しそうな顔をした、シュウェルトライテとはまた違った意味の美人さん。ザンバラとした感じの髪を後ろでお下げに編込んだ蒼髪、深紅にぬれたその瞳、凶悪なまでに自己主張しているそのスタイル、そしてなによりその纏う雰囲気が彼女自身を引き立たせ、とても活動的な印象を受ける快闊美人に仕立てていた。
そんな美人さんに深い溜め息をつきながら話しかけるシュウェルトライテ。
「もう少し被害を抑える事は出来ないものですかね、エマ・フーリン?」
「え? ありゃま、シュウェルじゃない。あはははは、いや〜〜ちょっと鍛練に力入っちゃってさ。それもこれも全ては鍛練時に居なかったりするルーネの所為……」
「勝手に人の所為にしないで下さいエマ!」
誤魔化すが如き微笑を浮かべて、おもむろにジークルーネに責任転嫁しようとするエマに、思わず突っ込みを入れるジークルーネ。
「あれ〜? 何でここに居ちゃったりするのルーネ? あんた確か任務とか何とか言って出てたんじゃ…」
「さっき帰って来たんです! まったく何で貴方はいつもそうなんですか? 基本的に雑なんですから…。一応女性の最上形容を貰った身でしょう! そんなんじゃ
「んなもん別にあたしが望んだわけじゃないし…。まあ、便利だから使ってるだけで、名に引っ張られるのは違うだろ? あたしはあたしの遣りたい事を遣りたい様に遣るのみなのですよ、ルーネさん?」
その人をチョッピシ小馬鹿にする様に言うエマに、少々こめかみ辺りに血管が浮かぶジークルーネ。
「巫山戯てますね…。ええ、巫山戯てる! 貴女には淑女の嗜みとかそういうものは無いんですか!! 戦闘に関しては、ええ何も言いませんとも。それが本分であるわけですし、それに口出しはしませんとも。でも仮にも
「うへぇ、薮蛇…。まあ、その件に関しては善処だけはしよう。そいじゃグリムも待ってるだろうし、あたしはこの辺で。バッハハ〜イ♪」
「あ、こら待ちなさいエマ! 貴女は本当にこの場で考えるだけなんだから、たまには実生活に結果を反映させ……、ってこら! 話し聞け馬鹿!!!」
ムキ〜っと怒るジークルーネを爽やかに笑いながらいなし、すたこらと逃走するエマでありました。
「まったくエマにも困ったものです。もう少しリーブラナイトとしての自覚を持って貰いたいものですが…、まあ仕方ないでしょう。アレが彼女ですしね。…さて、ジークルーネ、いつまでも遊んでないでさっさと行きますよ。ここで時間を潰しても仕方ありません」
「ううぅ〜。それはそうなんだけど…。シュウェル姉からも言ってあげてよ、あの雑な所を直せって」
「言って直るようなものでもないでしょう。それに彼女は彼女で存外見違えるほどの態度をとる時があります。遣るべき時に遣るというのなら、それはそれで良い様にも思うのですが…」
「それはそうなんだけど…。女の子としてアレはどうかって思うんだよね私は……」
先程の姉の様に深い溜め息をつきながら、お手上げですみたいなジェスチャーを入れる。そんなジークルーネに苦笑しながら、一行は先に歩を進めることにした。
そうして森と隣り合った道を進む事しばし、幾つかの建造物を尻目に奇妙な形の東屋の様な物に入り、見知らぬ所に転送され、そうして行くうちに何やら立派な建物の前に一同は到着していた。
「こりゃまた凄い……、神殿、ですかね?」
「これまで見て来たいずれとも比べ物にならない、凄まじい施術が成されていますね…」
その威圧感と尋常でないほどに組まれている圧倒的な術の数々。人ではとてもではないが成せぬであろうその神秘の塊に、流石のレザードも少し背中に冷や汗が伝う。
「まあ、ここが何が在るのかを考えれば、これぐらいは当然。いやまだぬるい位でしょうか」
そんな言葉に、中には何があるのだろうと考えようとするが、その間もなくシュウェルトライテに呼ばれ中に入る事となった。
中は中でこれまた外に劣らず凄まじいものがあった。レザードの見る限る、かなりエグイ仕掛けや、正気とも思えない様な罠の数々が巧妙に、それこそそこらじゅうに仕掛けられているのではなかろうか? 正式な訪問以外では、絶対に訪れたくない場所である。
「さて、この扉の向こうが、まあ受付の様なものです。こちらの事情等を説明しますが、くれぐれも無礼の無い様に御願いします。一応中に居るのは私達の同僚なのですが、場所が場所だけに揉め事を起こすのはよろしくない。よろしいか御二方?」
「はい、解りました」
「承知した。……しかし、ここは一体何なのです? この尋常でない結界群、正気とも思えない程の攻勢防護陣の数々…。生半可な施設でないのは判りますが…」
整然と奇麗に鮮やかに、一分の隙無く組まれているその圧倒的な陣式にレザードは疑問を口にする。それに今度はジークルーネが答えて来る。
「重要も重要、なんてたってこの奥は全ての世界の運命を紡ぐ運命の三女神様方に降臨願う祭壇があっちゃうんですから!」
正直何を言われたのか一瞬解らなかった。ジークルーネの言葉が段々と頭に染み込んでいき、言われた言葉の意味を理解して驚愕した。
「どえぇぇ! それってかなりとんでもない事なのでは…」
「ほほぉ〜、そういう事ですか。確かにそれならたった一人を見つけ出すことも可能でしょうね。…しかしこれは、私が言うのもなんですが、かなり無茶な事ではないのですか?」
「HAHAHA。そうなんですよね〜。これってかなりの反則技なんですけど、まあ今回の非はこちらに在るという事で何とか押し通しますんで、そこんとこよろしく!」
まあ、暗に「無茶するから覚悟はOK?」と聞いている様なものだ。ここまで来て引き下がる訳にもいかず、ハーリーとレザードは覚悟完了させ向かう事にした。
「それでは参ると致しましょう」
まあ、端的に言えばその豪壮豪奢な、部屋と呼ぶのもおこがましい様な広さの神殿の室内に、それぞれを象徴する様な鎧を纏った金銀黒の三女神がそこにおわした。
一人は黒。流れ
一人は銀。後ろで編まれた銀髪をたらし、機能を重視した様な白金に縁取られた紺碧の鎧の冷静そうな美人。
一人は金。ウェーブがかった金髪に、嫌味無く似合っている黒に縁取られた白金の鎧の穏和そうな美人。
そんな三人の中から銀の美人さんが代表する様に話し出し…、
「汝ら何用か? ここは運命司る三女神の「おおぉ〜、何という事でしょう! まさかこの様な所で再び出会おうとは、まさに運命としか言いようが無い!!! そうは思いませんか、我が愛しき女神よ!」……は?」
行き成りのレザードの言葉に口上を遮られた上、レザードは瞬間移動したとしか思えない速さで迫り、その両手を握りながら銀の人を口説き落そうとしていた(笑)
「ちょっと待て貴様! 一体何を言って「ははは、照れる事はありません。今更貴女と私の仲ではありませんか。いやいや、照れる貴女も中々にチャーミングですよヴァルキュリア♪」」
「何だ、あの男レナスの知り合いか? シルメリア知っていたか?」
「いえ、わたくしもトンと今日まで知りませんでしたわ。でもレナス御姉様も遣るときは遣る方だったんですね♪」
などと、銀の人が口説かれる中、黒の人と金の人は何やら微笑ましげに見守っている様子だ。先程からの銀の人の戸惑いは無視の方向なのだろうか?
「うわ〜。あれっていいんですかね?」
「え〜、いや〜、どうなんだろう? 本当に知り合いだったら野暮ってもんですし、そうじゃないんだったら止めるべきなんでしょうけど……」
「……(呆)」
判断に迷うジークルーネは如何するべきかシュウェルトライテの方を窺うが、あまりの事態に流石のシュウェル女史も呆気に取られていた。
そして尚も続くレザードの攻勢であったが、何を思ったのか銀の人――レナス――はふむと何かを思い直し、満更でもなさげな態度にでた。
「お前、中々の男の様だが先程からの事、本気か?」
「当たり前ではありませんかヴァルキュリア。貴女を前に、どうして私が虚言を呈する必要があるのです?」
「なら少しばかり付き合ってやっても構わんが…」
「………」
そんなレナスの態度に何を感じたのか、好意的な返答を返されているにもかかわらず、レザードの顔には不審げな表情が浮かんでいた。
「どうした? お前の言葉通りに付き合っても構わんと言っているのに嬉しくないのか?」
「……………………。貴女は誰です? 私とした事が我が愛しき女神の御姿に、少々我を忘れしまった様だ。貴女は私が愛した唯一人のレナス・ヴァルキュリアではありませんね?」
疑念は確信に変わりそう言うと、レザードの鋭い眼差しを受けてなお、レナスはその顔に楽しげな表情を浮かべる。
「ほぉ〜、流石に見抜いたな。いかにもこの身は貴君の知るレナス・ヴァルキュリアではない。しかしまったくの別という訳でもない。私の名は確かにレナスであるし、この容姿も貴君の知るものとほぼ同一だろう。ただ私は彼の世界の創造神ではなく、クロノハイダースが一、現在の女神守護役であるだけだ」
「ほぉ、それはまた…。これもまた一つの因果という奴でしょうかね? 我が愛しき女神も運命の女神でありましたが、同一存在である貴女もそれに近い位置に居るというのは……。どうやら如何に環境や世界が変わろうと、同一存在はその因果の在り様ゆえに似通った要因・選択・結果に片寄ってしまうようですね。在り様如何にして尚変わらず、と言った所でしょうか」
「つまり根っこは一緒って事ですねレザードさん?」
「………それでは身も蓋もありませんよジークルーネ」
身も蓋も無いジークルーネの言い様に、レザードといえど少々いじけてしまいそうだ(笑)
「へぇ〜、別世界のレナス御姉様ってあの方に迫られてたんですね〜。別世界の御姉様も堅そうですけど、意外にあの人に落とされちゃって、メロメロのラブラブになっちゃったりして(爆)」
「レナスはああ見えて、意外に一度崩れると脆そうだからな。あるかもしれん…」
「あぁん。やっぱりアーリィ御姉様もそう思われるんですね? はぁ〜、恋するレナス御姉様、ちょっと見てみたいですね〜」
何やらレナスの後ろの方でコソッとした口調で堂々と喋る黒の人――長女アーリィ――と金の人――三女シルメリア――。隠す気全然無し。からかう気満々であろうか?
「はぁ、まったく。そんな事とは縁が無いだろうシルメリア? 共々に埒外でしょう…」
レナスとしてはここの守護役を任されているのだから、私達にそういう機会は無いだろう、とそういう気で言った。しかし……、
「…え? レナス、御姉様? 私達だけって…」
脳内変換⇒お前は男運とか無いから知り合えさえしないでしょう? アーリィ姉さん共々機会も何も無い。私はそんな運命とは関係ないけれど♪
………。
三女シルメリア、ちょっぴり想像力豊かな元気っ子。情報収集と早合点が得意技である(笑)
「ふ、ふふふふふふふふふ。駄目ですね、駄目ですよ。いくら敬愛するレナス御姉様でも、人には言って良い事と悪い事があるんですよ?」
「シルメリア、一体何を言っているのだ? 実際真実だろう。ここの重要性を考えるならそれぐらいは……」
「あ、駄目ですよ?! わたくしの憧れの方まで捕ろうだなんて、いくらレナス御姉様でも許しません!!!」
「は!? え? シル、メリア?」
ますますもって先走るシルメリアの思考に、こういう面を見るのは初めてなのか、シルメリアの言っている事が理解できず戸惑うレナス。
「待たんかシルメリア! レナスはそういう意味で言ったのでは…。聞いているのかシルメリア!! ちっ、耳に入らんか。……拙いな。シルメリアが切れると見境が無くなる。………仕方が無い。おいお前達、早急にこの部屋を離脱するぞ。いくら私達といえど、アレを喰らってはただではすまん! 」
呼びかけにも答えないシルメリアを諦め、ハーリー達を急かしこの部屋からの離脱を図るアーリィ。その瞳に悲しみを浮かべながら、シルメリアに迫られるレナスに、
「すまぬ。生き残れよレナス…」
そう呟くと、そそくさと一同と一緒に部屋の外に脱出し、素早く扉を閉ざしてしまった。
長女アーリィ、沈着冷厳で大人な人。冷徹な判断と押しの弱さが得意技である(笑)
一方室内では……、
「シルメリア待て! いくらなんでも宝具を出すのは遣り過ぎだ!! 姉さんも何とか言って……って、ああ!いない!?」
不気味な笑い声を上げ、頭上で柄長で打頭部が小さめの金の槌を振り回しながら迫るシルメリアに、何時の間にか自分以外部屋を脱出した事に愕然とするレナス。
「ふふふ。それじゃあレナス御姉様、神様へのお祈りは済ませましたか? 部屋の隅でガタガタ震えながら逝く準備はOKですか?」
「本気で待てシルメリア!!? これ以上は私も剣を抜かざるおえ……」
「光と消えよ! 神技 ゴルディオン・インパクト!!!」
「ちょ、ま、うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
全てのモノを光に還す黄金の鉄鎚の放つ光の奔流の中、レナスの女の子らしい悲鳴が室内に響きわたるのであった(合掌)
「ふむ、そういう事情でここに来たわけか。まあその程度の事なら多分あの御方も御引き受け下さるだろう。…いや、既に見知って呼ばれるのを待っているかもしれん。なにせ今起きている事象は、あのお方には全て御見通しだろうからな」
部屋の扉を閉ざしてから幾ばくかの時間が過ぎ、一同はここに来た事情をアーリィに話し現在に至っていた。
「女神様って結構お茶目な方なんですか?」
「ん? いや必然の君はそれ程でもない。まあ、軽い悪戯程度を時々為さるぐらいだ。どちらかと言えば困り者は運命の君だ。あの方は守護役である私が言うのもなんだが、かなりの悪戯好きだ。過去の女神で在らせられるからか、過去から予測されうる観測から最も効果的な方法を選択し、罠を仕掛けられる。憎めない方ではあるのだがな〜。本気で嫌がる様な事をしないだけになお性質が悪い」
何やら守護役としては有るまじき発言を聴いた様な気がするが、まあ聴かなかった事にして置く方が無難だろう。面倒な立場に立てば立つほど愚痴を言いたくなるものだ。
「苦労しているのですねアーリィ。解りますよその苦労。うちの上司や姉妹方にも苦労させられている身としては…」
「シュウェル…。貴女…」
グワシッと握手するアーリィとシュウェルトライテ。どうやらお互いに苦労人な女同士、友情が芽生えた様である(笑)
「それにしても中は大丈夫なのですかね? 先程視た感じではかなり危険な攻撃であった様に見受けましたが?」
「あれは下手すると神技クラスの技を使おうとしてたんじゃないかな?」
お互いの疑問を口にしながら首を傾げ合うレザードとジークルーネ。結構馬が合っている様だ。
そんな当然な疑問に、友情を確かめ合っていたアーリィがフムと頷き、
「確かにそれは言えるが……、まあ仮にも運命の女神守護役を仰せつかっている身だ。何とか死ぬ様な事は無いと思うが…」
何かを計る様な顔で扉を見、
「頃合いか、な? そろそろ冷静になっているだろう」
そう言うと扉に近づき、先程素早く閉めた扉をゆっくりと押し開けだした。っと、
「うわぁ〜〜ん、レナス御姉様しっかりして下さい。傷はきっと浅いですから、目を覚まして下さい〜(泣)」
などという泣き声が中から聴こえて来るのであった。
「目を覚ましたかレナス? どうやら無事な様で安心したぞ」
「うぅ、私、は、何とか、生きてる? は、ははは! ……まあ無事だから良しとしましょう。それより姉さん! 知っていましたねシルメリアの事?!」
「ははは。まあ、前に一度切れる所をな…。お前の前ではそういう事もほとんど無かったので言うのを忘れていたのだ。すまぬ、許せ」
気まずげに説明するアーリィに嘆息しながら、
「早合点が得意技だとは思っていましたが、あそこまで飛び抜けるとは思ってもみませんでした。今度からは前段階でシッカリ止めて置かないと」
「身内だから良かったが、予兆が見え次第大事になる前に止めて置くに限るな」
うんうんと互いに新しい姉妹の誓いを立てるアーリィとレナスであった。
「まあそれはそれとして、立てるかレナス? お客さんがお待ちかねなのでな、お前が立てなくては話にならんのだ。事情は私が訊いておいた。必然の君への呼び掛けを願えるかなレナス? 久々に降臨なさって頂こう」
「………分かりました。事情は後でタップリと聴かせて頂きましょう。幸い姉さんに訊かなければならない事も色々有る事ですしね?」
「御手柔らかに頼むよ、レナス」
姉の返事にまたも嘆息しながら何とか起き上がり、神殿内の奥にある数段高くなっている斎場の様な場所の手前、一段高くなっている他とは違った設えの祭壇の様な場所に立ち、その手にいつ出したのか、何かの意匠が施された幾何学的な両刃の剣をその手に持ち、何かの儀式めいたソレは始まった。
「……十天に配するその法に、六天に御座すその御名以って、此の呼びに御答下さい必然の君よ!」
荘厳なる神殿に韻が響き、括りの言を発した瞬間、斎場に凄まじいまでの力の渦流が発生し、同時にそこから物理的圧力さえ持った凄まじい気配が出現。確かにその場に何かが現れた事を示し、光り渦巻いていた力が治まり始めた時、それはやって来た。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ〜〜ン♪ってあれ? 外しちゃいました?」
あは♪と言いながら現れたのは、何と言えばいいのか、腰まである長い白金の髪に、どこまでも澄み切ったメタルブルーのその瞳、清楚に纏っている巫女の様な服装に、嫌味でない程度に髪や全身を飾る宝飾装飾の数々。静かに優しい力の具現の様な妙齢な女性がそこにあった。
「ベ、ベルダンディー様……。あ、貴女という方は、貴女という方は貴女という方は貴女という方は! どこまで御巫山戯になられれば気が済むのですか!!!」
「ひゃん?! もう、レナスちゃんは相変わらずお堅いんだから。変わりがなくて安心したけど。アーリィちゃんもシルメリアちゃんも元気そうね。シュウェルちゃんとルーネちゃんは久し振りかな? ……そして、初めまして、ね、ハーリー君にレザード君?」
ニコニコと微笑みほんわかとした雰囲気を醸し出しながら、名乗りもしていないハーリーとレザードの名前を、さも当然の様に言ってくるベルダンディー様。その如何にも前から見知った者に今日初めて会う、みたいな口調に思わずギョッとするハーリー達。
「あの〜、何で僕達の事を御存知なんですか? 何所かで会ったなんて事は無かったと思うんですが……」
「うふふふ。そうね、会うのは今日が初めてね〜。でも知ったのは少し前になるわね。スクルドが面白いのがその内ここに来る事になるって言うものだから、どんな人達なのか興味が湧いて、ちょっと前から見ていたの」
「はぁ〜。それでは我々が何の為にここに来たかという事も先刻承知、という事でよろしいのでしょうか?」
「勿論です♪ その原因とか、何でそうなったかなんて過程まで、全部お見通しだったりするのよ、これが♪ ね、シュウェルちゃん?」
「グッ、至らぬ妹で申し訳ありません」
「いいのいいの。全ては必然のままに、よ。それと、あんまりオルちゃんを苛めちゃ駄目よシュウェルちゃん? 何だかんだ言って、あの娘もカクちゃんに手玉に取られてたし、あまり責めるのも酷よ?」
ダメダメよ、っと嗜める様に指を振りながら微笑むベルダンディー。既にそんな仕草だけで大方の者の毒気を抜いてしまうであろう彼の方に、恐れ入ってしまう守護役三姉妹以外の一同。
「…御心のままに」
思わずそう言い、身を傾がせ礼を執ってしまうシュウェルトライテであった。
「それで、捜して貰いたいって子の事を……、めんどいからこっち来て頭に浮かべてくれるレザード君?」
「了解しました女神殿」
内心、自分の力だけでこの女神をどうにか出来ないものかと企んでいたりするレザードだったが、流石に相手があのレナス・ヴァルキュリアよりも高位な上、この布陣ではどうにも成らぬだろうと、自らの案に没を出すレザード。そこにコッソリと、ベルダンディーがレザードに呟く。
「ふふふ。やってもいいけど返り討ちにしちゃうから、痛い分だけ損よ?」
どうやらこの女神様には全てお見通しらしい。レザードにしては珍しい事に、心の中で自分の完敗を素直に認め手を上げてしまった。
「貴女にはまったく敵わない様だ。素直に敗北を認めましょうベルダンディー殿」
「そういう素直な所が可愛いわよレザード君? さ、貴方の捜している子の事を頭に浮かべて」
可愛いなどと言われ、苦笑しながら目を瞑り、自分の連れであるあの娘の事を頭に思い浮かべる。共に前の世界を脱出した時の服装に、その手に抱えられるAIの核玉。あの衝突に巻き込まれ怪我などしていなければよいのだが…。
「見つけたわよ。これは……、何だかお城みたいな所に居る様ね。うん、怪我とかは大丈夫みたいよレザード君」
始めて10秒と経たない内に、まさに速攻で見つけられてしまった様だ。流石女神様、仕事が速い(笑)
「そうですか。あの衝撃でしたから怪我が無いのは僥倖でした。まあ、取り敢えず一安心といった所でしょうか…」
「それも、今の所、だけどね? 早く迎えに行ってあげるのに越した事は無いんじゃない?」
「まあ、場所が判ったんなら早速……って、ああ、しまった! 僕じゃ場所を教えられても行き方が…」
ベルダンディーの「今の所」発言に、少し焦ってしまうハーリーだったが、自分では次元は渡れるが一度行った場所でなければ場所を教えられても行き方が解らない事に思い至り、あうあう言いながら悩みだした。
まあ、その点はレザードも同じであったが、ハーリーとの違いは利用出来るものはすべからく、容赦無く、完膚なきまでに利用し尽くす、ある意味手段を選ばない点であろうか?
これに関しては、ここまで来たのだからそれなりの手段が用意してあるのではという、可能性としてはそれ程低くない予想が立つ所為もあった。
そして案の定…、
「ああ、レナスちゃん。アレ持ってない、ほらアレ。ここまで来たらついでだから送呈しちゃった方がスッキリするし♪」
「いえ、私は今持ち合わせが…。私達よりもシュウェルトライテやジークルーネの方が持ち合わせているかと思いますが」
「アレって、もしかしてコレですか? 私はしょっちゅう飛び回ってますから幾つかストックがありますけど…」
そう言ってジークルーネの取り出したのは、溜息が出るほど深く透き通った、血よりもなお深き深紅の神秘の雫。
「時空珠パランティアの照影の一滴、ティアレプリカ。私達はティアガーネットって呼んでいる、まあ次元間移動時の扉の開閉と、通行手形を併せた感じの物よ。コレに目的世界の座標を入れておくから、後はコレで扉を開けば勝手に目標世界に連れてってくれるわよ」
「これはまた、何とも凄まじい神秘を秘めた宝具ですね。私でも次元の扉を開くには相当の時間とリスクを背負ったというのに、コレはそれらを一切無しで行おうというのですから…」
「? 開くだけなら僕の双剣でも出来ますよ? 何処に行くかは運任せですけど(笑)」
何気ない様に言うハーリーに、レザードは嘆息し肩をすくめながら、
「マキビ・ハリ、貴方は解っていないようですが、貴方の持つその双剣も人が持つには相当に過ぎた宝具ですよ? 本気でその力を解き放てばどうなるか判ったものではありません。まあ、その剣自体が貴方を認めているようですので、どうにかなる事は無いと思いますが、ね。
それにその双剣には元々それを行える属性機能が付いているようです。それを行える事自体はそれ程不思議ではありませんよ?」
「へぇ〜、コレってそんな物凄い物だったんですね。流石ミツリさん、免許皆伝祝いにこんな物くれるあたり、やっぱり只者じゃないですね〜」
「うん、結構良い対剣ねそれ。もしかしてレナスちゃん達の宝具とも遜色無いかも。まあ、それはそれとして、はいレザード君」
そう言って、いつの間に受け取ったのかティアガーネットをレザードに差し出してくるベルダンディー。そんなベルダンディーの行動にレナスは一瞬呆れ、
「ベルダンディー様! そういう物は一旦私に預けて下賜するのが筋というものでしょう! 貴方が直接御渡しになって如何するのですか!!!」
「もぉ〜〜〜、レナスちゃん堅いってば! 良いじゃない、そんな一々畏まらなくても。それに一旦預ける分、時間の無駄よ」
「ああぁ、もう! 何故貴女はそんなに分らず屋なんですか!!! 私は、私は、貴女の為を思って…」
「スト〜〜ップ。それ以上は不毛な言い争いになっちゃうから一旦置いときなさい。それよりもまずはこっち」
そう言ってレザードの前まで来ると、その手にティアガーネットを渡す。
「ハーリー君は一応その剣で行き来できるみたいだから、これはレザード君が持ってなさい。一応コレがあれば次元間移動が自由に出来る様になるけど、悪い事に使っちゃ駄目よ? さっきも言ったけどコレは通行手形みたいな役割もあるから、見つけ様と思えば一発でばれちゃうから。あと、コレを使った後は必ず魔力の補給をしときなさい。数回なら補給無しで稼動するけど、限界超えると砕けるからね。
取り敢えずはこんな所かな? 何か質問とかある?」
「いえ、知り得るべき事はほとんど貴女が補完して下さいましたから、私からは特にありません」
「ああ、僕からも特には無いですね」
「そう。ならそろそろ御行きなさい。それの使い方はシュウェルちゃんかルーネちゃんに訊きなさいね。私はちょ〜〜っとレナスちゃんとさっき置いといた話し合いをしなきゃいけないから」
ふふふふと綺麗に笑いながらレナスを見つめるベルダンディー。そんなベルダンディーに怯みながらも、負けじと見つめ返すレナス。そんな二人にヤレヤレと肩を竦めるアーリィとシルメリアの二人。
「それでは、御世話になりました皆さん」
「このぐらいの事、気にしなくて良いわよ。それじゃ色々頑張りなさいね二人とも」
そう言って微笑むベルダンディーに見送られ、一行はひとまずこの神殿を後にするのであった。
「それじゃ、さっき言ったとおりに力を通せば扉は開くから、後はそのまま身を任せていればオールOK!」
「恐らく到着点は多少の誤差が有ると思うが、そこは済まないが自分達で捜索してくれ」
そう言いビッと親指を立てるジークルーネと、付け足す形で口を挿む毅然としたシュウェルトライテ。
「それでは色々御世話になりました。何だか皆さんとは縁があるみたいですから、また何所かでお会いするかも知れませんけど、その時はまたよろしく」
「中々に貴重な体験、感謝致しますよ。機があるならまたいずれ…。ああそれと、貴女とのコンビ、存外悪くありませんでしたよジークルーネ?」
「レザードさんは本っっっ当に素直じゃありませんよね〜。でも…、うん、結構私も楽しかったです。またいつか機会があれば御一緒しましょう♪」
悪戯っぽく微笑むジークルーネに苦笑を浮かべ背を向けるレザード。
「それでは行きますよ」
そう言いティアガーネットを起動させ門を開くと、チラリと後ろを見、小さく手を振るハーリーと共に門へとその身を躍らすのであった。
それは事の起こる数日前の出来事。
さる森にて、買い物帰りであったその白いメイドさんは帰り道の最中に、行く時には居なかった筈の人影が倒れているのを発見し、ハテナ、と思いつつ近寄っていった。
「大丈夫? こんな所で寝てると、風邪ひく」
ユサユサと揺らしながら片言っぽく聞こえる口調で、倒れているその少女に話しかけるが、返事は返ってこず。しかし触った感じ体は暖かく、別に死んではいない様だ。
生きている事を確認し、しばし何事か考えると、おもむろにその少女を担ぎ、意外にシッカリした足取りで歩き出した。
見た目よりも遥かにパワフルな痩身のメイドさんは、この子を連れ帰った場合の事をふと考えていた。………実に面白い事になりそうだ。主に同僚で遊べる。
中々に愉しげな事を考えながらも、その表情を表に一切出さず、無表情なままメイドさんは帰りを急ぐのであった。
平凡な世界、平凡な日常。それが実に崩れやすく脆いものであるか、という事を知る者は、実際平和の中であるのならまっこと少ない。それが平和や日常の象徴の様な場所ならなおさらである。
そしてここにも平和を満喫している昼休み最中の学校があり、時は冬だというのに屋上でお弁当さんを食べる二人の男女がいたりした。
まあ、何とも牧歌的な恋人同士の様に見えなくも無いが、その二人、5時限目の鐘が鳴っても戻らず、コーヒーを飲みながら話をしている。どうやらサボリの様だ。
そんな日常的な光景の中、奴らは遣って来るのである。
「おっと。どうやら着いたようですが…、さてここは何処でしょうね?」
「はれ? ええぇっと、もしかしてここって学校?なのかな??」
妖しい…。もうひたすら妖しすぎるその二人は勿論我らがハーリーとレザードである。ちなみにどこが妖しいかと言えば、いきなり屋上の給水塔の上に立ち、普通でない格好をし普通でない発言をすれば十二分に妖しいだろう。
「…ふむ、おかしいですね。ヴェルダンディ殿は「城みたいな所」と言っておられましたが、ここら辺にはそれらしき物が見当たりませんね」
周囲を見回しながらそう言うレザードであったが、不穏なものを感じパッとその場を二人して離れる。どうやら自分達に向かい何者かが呪いを撃ち込んで来た様だが……。
「妖しい、妖し過ぎるわよあんた達! さてはあんた達が4人目の魔術師ね!」
屋上に降り立ったハーリーとレザードにいきなり掛けられる鋭い声。掛けてきたのはそこに居た学生らしき男女の内の女の子の方らしい。
ツインテールにした黒髪。必要以上に鋭いその眼差し。戦闘準備完了みたいな体勢でそう言ってくるその女の子。その雰囲気は例えるなら炎の赤だろうか?
男子の方はボケボケした雰囲気があるが、それでも精一杯鋭い眼差しをこちらに向けてきている。
「いきなり何なのですか貴女は? 初対面の相手に向かっていきなり呪弾を撃ち込むとは、それなりの覚悟があっての行動でしょうね? 相手によっては殺されても文句は言えませんよ?」
言ってる事は物騒だが、つまり「殺る覚悟があるなら、殺られる覚悟もしろ」という事だ。まあ、真っ当と言っていい意見であろう。
「レザードさん、それはあまりに物騒ですよ。ここはひとつ理由を聞いて、害意あれば居なくなって貰う、って事にしないと」
一見穏便そうな意見ではあるが、その実否定も肯定もしていないあたり、その真意がどこにあるのか計りかねる意見だろう。裏が有ると思えば思うほど物騒な結論に行き着く様な言葉ではあるが、本人的には特に意識していないあたり、サラッと出て来るほどの修羅場を超えて来た事が何気に窺えたりする。
「お惚けは無しの方向で願いたいわね。そんなあからさまな格好して、冗談ポイッて感じだわ。サーヴァントを出さないのは余裕のつもりなのかしら?」
「…ふ〜む。察するに、どうやらここで何かのイベントが行われているようですね。魔術師限定、殺し合い有りの若干規模大き目……。なによりこの発動寸前のドレイン系結界がその事を物語っていますね」
微笑みながら怒っている目の前の女の子の言葉から推測した事を、そう口にした瞬間、突然世界は真紅に染まった。
「ちっ! …これはあんた達が遣ったんじゃないっての?」
「何か発動させた様に見えましたか?」
「いいえ。どうやらこっちの勘違いだったみたいね。疑って悪かったわ。行くわよ衛宮君!」
「あ、ちょっと待てくれ遠坂」
そう言うと学生の男女はバタバタと校内に駆け込んで行った。
「この結界に抵抗できているという事は、二人共魔術師という事ですか……。それでいかがしますかマキビ・ハリ。この結界、かなりエグイ仕様のようですが…」
「エグイって具体的にどうなるんですか?」
「血肉を融解させ、魂を肉体ごと吸収する物のようです」
「大変じゃないですか!! 早く止めに行かないと!」
そう言って駆け出していくハーリーに、苦笑しながら付いていくレザード。
「まあ、こうなるだろうとは思っていましたが…。はてさて、今度はどのような世界なのでしょうかね」
校内に駆け込んでハーリーは早速一番妖しげな気配、すなわち4階の気配へと走り行こうとしていたが、そこへ進路を遮る様に骨兵の集団が現れていた。
「な?! 何でこんな物がこんな所に。ええい、うざい!」
そう言って双剣を抜くと並来る骨兵軍団を丁々発止とバラしていく。
「また何やら奇妙なものが…、おや? これは……」
その骨兵の残骸を見、何かに気付いたらしいレザードであったが、進むハーリーの前に人影が現れた事により中断された。
「遣ってくれるわね。その腕とこの結界内で大丈夫な所を見ると只の人間、っと言うわけではなさそうだけど。坊やじゃないわね。そちらの貴方がマスターなのかしら?」
現われたのは紫のローブを目深に被った、口元のみ見える怪しげな魔術師風の女性。レザードの格好も少々怪しげだが、その女の格好はそれに輪を掛けて怪しすぎる。ハッキリ言ってその格好のままでは、外を歩けはしないのではないか、と思われる怪しさだ。
「おやおや、これはまた見るからに正体明かしていそうな姿格好ですが…。貴女ですね、この竜牙兵の主は?」
「それが何? 私はマスターかどうか聞いているのよ? ただでさえ短い命を今ここで散らせたくは無いでしょう? それとも自殺願望でもあるのかしら?」
「く、ははははは。これはまた御粗末な。貴女如きが私をどうにか出来ると? 腕だけでなく思考や認識もつたない様だ」
「なん、ですって!? たかが人間の魔術師風情が、このキャスターのサーヴァントたる私に勝てるとでも?!」
「そういう口はせめて、これぐらい遣ってから叩いてほしいものですね」
そう言うと、レザードは手に持っていた、先程廃品回収した竜牙兵の元たる竜の牙を一つ投げる。するとソレは瞬く間に変化し、目の前の竜牙兵の数倍はあろうかという巨躯で骨ばった竜づらの、双刀を持った凶悪そうな竜牙兵が出来上がっていた。
「え? あ、な…?」
「さあ、やりなさいドラゴントゥースウォーリア! そこのガラクタどもを壊し尽しなさい」
レザードの号令を合図に、無骨なまでに刃広で巨大な、刀と呼ぶのがおこがましい様なそれで、一振り数体を巻き込み廊下を埋め尽くしていた竜牙兵を次々と屠っていく。
「う、嘘。こんな…。貴方一体何者よ!!」
「私ですか? 我が名はレザード・ヴァレス。天才錬金術師にして天才屍霊術師でもある、一介の魔術師ですよ」
「うわ〜、流石レザードさん。言い切りましたね〜。あ、僕はマキビ・ハリって言います。ついでによろしく♪」
少しうろたえるキャスターに、痛烈な嘲笑で自己紹介するレザードに、馬尻に乗るハーリー。そんなやり取りの中、レザードはふいに後ろを睨め付け、
「どうやらまたお客様のようですね…。マキビ・ハリ、御願い出来ますか? あちらはどちらかと言うと貴方の担当のようだ」
「あ、そうみたいですね。どう見ても魔術戦って感じじゃないですもんね。それじゃレザードさん、そっちのお姉さんをお願いしますね」
そう言ってハーリーは後ろから迫って来ていた銀鎧青装金髪の少女に双剣を持って対峙する。相手が見かけ通りでないのは気配で解る。結構とんでもなさそうだ。
「すみませんけど、ここはしばらく通行止めなんで、お引取り願えませんかね?」
「何を言っているのです、お引取り願うのは貴方がたの方だ。そちらの女はキャスターのサーヴァント。ただの人間にどうにか出来る者では……え?!」
「きぃ〜〜〜!!! 覚えてなさいよ! この借りはきっと返してやるんだから!!」
目の前の少女が呆然とする中、レザードに負かされたのかキャスターの人は捨て台詞を残し転移し消えた様だ。そして計った様に先程まで赤かった空間も、結界が解けたのか元に戻っていた。
「あっちは終わったみたいですけど、どうします?」
「私の目的は元々先程の者の討伐にあります。貴方達と争う理由が元から私にはありません。……しかし、御身らがマスターであるというのなら話は違ってきますが…」
「あの〜、一つ訊いていいですか? さっきから皆さんマスターがどうしたこうしたと言っておられるんですけど、それって一体何なんですかね?」
「はい?」
どうにも疑問顔なハーリーに、思わず御間抜けな表情をする少女でありました。
それからしばらく後。ハーリーとレザードは先程屋上であった少年・衛宮士郎の家に連行されていた。
正確には連行したのは家主の衛宮士郎ではなく、先程屋上で呪弾を撃ち込んできた少女・遠坂 凛であったが…。
結局あの後、駆けつけて来た士郎と凛によって戦闘は回避されたが、場所を移そうという事になり、途中合流した赤装銀髪の男を背景に凛に半ば脅迫されるような形で衛宮邸へと連行されてしまったわけである。
そして現在、遠坂 凛による尋問が執行中であったりした。あの場に居たこと自体はともかく、……いや、良くは無いがそれは一先ず置いといて、人の身でサーヴァントを退けた実力と、目的、気になるその正体について言及されていた。
「さあ、キリキリ話しなさい! あんた達の正体と目的は何!? しかも人の身でサーヴァントを追い払うなんて、出来るわけ……いえ出来ない筈なんだから!」
まあ、ハッキリ言って逃げようと思えば即座にこの場から逃げる事は出来る。レザードが移送方陣でも使えばそれで終わりだ。
しかしそれでは事態が進行しないし、何よりこちらも探しものをする身だ。地元のこの者達が何か知っていればいいのだが…。下手すると捜し人もこの戦いに巻き込まれていないと言えない所が留まっている理由の一つかもしれない。
「目的……と言われましても、ここにはただ単に人捜しによっただけですよ? それに先程からサーヴァントやらマスターやら何の事を言っているのか理解しかねるのですが…。まあ、なにやら大掛かりな魔術儀式なのでは、と予想は出来るのですがね?」
「そう、貴方も魔術師なら、まあ、話してもいいかな? いいわ、事情だけは話してあげる…」
こうして凛嬢により現在行われている聖杯戦争についての概要が語られた。7人の魔術師と七騎のサーヴァントによる聖杯を巡る殺し合いの争奪戦。残るものはただ一組のみ。参加資格は令呪を持つ事とセイバー・ランサー・アーチャー・ライダー・キャスター・アサシン・バーサーカーの内のいずれかを召喚する事。
そして今、目の前にいるのが剣騎セイバー。屋根で見張りをしているのが弓騎アーチャー。学校で対峙したローブの女が唱騎キャスター。今は消えたが、学校の結界を張っていたのが乗騎ライダー。そしてその誰もが世界に認められ英霊となった、かつての英雄であるらしい…。
「ふむ。つまり願望機を賭けた魔術師同士の殺し合い、と言うわけですか。しかも英霊を…エインフェリアを呼び出しての殺し合いとは……、いやはや」
「殺し合いってのは頂けないですけど、英霊を呼び出して、ですか。英霊って精霊みたいなもんなんですかね? それって…「私みたいなのですか♪」」
そんな声と共に、突然炎が舞い現われる鳳燐さん。その突然さに呆気に取られている士郎と凛をよそに、セイバーの対応は実に素早く、咄嗟に二人の前に立ち不可視の風の刃を構える。遅れてアーチャーも現われるが、鳳燐は気にしてないのか笑んでいるままだ。
「何者です! やはり貴方達は別のマスターとサーヴァント……? いや、でもサーヴァントの気配が無いから違うのでしょうか? 貴方は一体…」
「落ち着けセイバー。視たところ人ではないな。どこから出てきたかは知らんが精霊の類の様に見受けるが…?」
「パンパカパ〜〜ン♪ アーチャーさん大正解〜! 私は鳳燐。神霊 鳳凰の化身にして、我がマスター、マキビ・ハリの守護精霊なので〜す♪♪」
実に嬉しそうな表情をしながら、その真紅の髪をなびかせて、おもむろにハーリーに抱きつく鳳燐。ハーリーも咄嗟の事で思わず照れる。
そんな中、先程から呆けていた凛が鳳燐のセリフに頬を引きつらせ、十分に理解した所で声を上げた。
「何じゃそりゃ〜!! 何よ何が何なのよぉぉ!!! 精霊、精霊って、神霊がそんな、守護精霊って、無茶苦茶よアンタァ〜!」
「落ち着け凛! 無茶苦茶なのは君の方だ。そら、まず深呼吸をして。頭の中を整理しろ。そして言いたい事の道筋を立ててから口にする」
「解ってるわよそんな事! す〜は〜、す〜〜は〜〜〜。………うん、落ち着いた。ごめんアーチャー、少し取り乱しちゃった」
「かまわんよ。これもまあ、一応サーヴァントの義務みたいなものだ。しょっちゅうなられても困るがな」
「う!? わ、分ってるわよ!」
皮肉気に苦笑するアーチャーにぶっきらぼうに答える凛。
「へ〜、精霊か。どうりで綺麗なわけだ。…? でも精霊ってそんな簡単に出て来れるもんだっけ?」
「そう! 私もまさにそれが言いたかった訳よ! たまには良い事言うじゃない衛宮君♪」
「たまにはって、遠坂お前って……。いやまあ、いいけどな…」
凛の発言に思わず諦めの入る士郎。ちょっぴり背中が煤けている様だ。
「あら、だってそれはマスターですし。私を支えて下さるぐらい、今のマスターには造作も無いですよ♪」
「いや、そういう問題? まあでも相性ってのも確かにあるだろうけど、そんなホイホイ出て来れるようなもんでもないでしょう?」
「それを言ったら英霊もそうですよ? それにマスターの場合は並大抵のヘッポコな努力はしてませんもの! 涙無しには語れない、血と涙と努力と不幸のどん底の様な体験が……くぅう(涙)」
思わず思い出し泣きして、目元を隠す鳳燐。本気で涙無しには語れそうになさそうな雰囲気に、流石の凛も追求を躊躇ってしまう。
「精霊をして泣かせるような体験って……。そんなに凄い事されちゃったの?」
「え〜、どうなんですかね? あ、でも、ショックでそこら辺の記憶が無くなっちゃう位だから、結構凄かったのかな?」
サラッと平気な顔して物凄い事をのたまったハーリーに、思わず顔が引きつる士郎・凛・セイバー。そんなサラッと言うような内容じゃない気がするのだが…。
「もう、マスター! 無理に思い出しちゃ駄目って言ってるじゃないですか!! …あんな事、思い出すのも辛いんですから」
「鳳燐。大丈夫、大丈夫だよ。僕だって随分と強くなったし、君を残して壊れたりなんかしない。僕達パートナーだろう? だから君には信じて欲しいんだ。僕の大好きな鳳燐に…」
「マスター…」
目をウルウルさせながら抱きつく鳳燐に、暖かく抱きしめ返すハーリー。お互いがお互いの存在を感じ、これ以上無いってくらいの優しい表情で抱き締め合う。
外野そっちのけでラブラブ空間を展開する二人に、顔を赤らめる士郎・凛・セイバー。アーチャーはどうしたものかと思案に暮れているし、レザードは苦笑しながらヤレヤレと肩を竦めている。
まあ結局、このままでは話が全然進まないので、キリの良い所でレザードが割って入り、凛が話を進める事となった。
おおむね普通の世界で差し障りなさそうな事情を話しながら、ここに来たのは偶然だと凛達(おもに凛とアーチャー)に納得してもらう事に成功するレザード。この辺は年季と性格と巧みな話術がものを言った。まあ、術士としての経験やなんかも違い過ぎたのも原因の一つではあろうが。
「事情は分ったけど、二人とも泊まる所とか当てはあるのか? 無ければ家に泊まって行っても構わないけど…」
士郎がそんな何気ない提案をした時、凛の脳裏にとんでもなくナイスな考えがうかび、ニッコリと知らぬ者には極上の笑み、知っている者には「あかいあくま」とさえ称される笑みを浮かべる。
「そうね。いく当てもないなら泊まって行って、ここを捜索の拠点にしてもいいんじゃない?」
「う〜ん、そうですね。別に当てもないですし、僕は賛成ですけど。どうしますレザードさん?」
「…ふむ。お嬢さんが何か企んでいるようですが、まあ別に構わないでしょう。ここは御好意に甘えると致しましょう。…で?その微笑みの下に何を思いついたのです、遠坂 凛?」
ハーリーはすんなり行ったが、レザードに企みをズバリと指摘され、少々怯んでしまう。
「うっ、お見通しって訳ね。賛成してくれるんならそれに越した事は無いんだけど、ここに泊めてあげる代わりに、必要な時に手を貸してくれないかしら? サーヴァントに対抗し得る貴方達の力は勿体無いし、ピンチの時とかに手伝って欲しいんだけど……、駄目かしら?」
上目遣いにそんな提案をしてくる凛であったが、ハーリーがそれを蹴る訳も無く、一時協力関係を結ぶ事に相成ったのであった。
≫2月7日(木)
翌日早朝。いつもの鍛練の為、ハーリーは夜明け前から起き出し庭に出ていた。伸びをし体を動かしながら準備運動をしていると、この早い時間だというのに士郎とかちあった。
「あれ? どうしたんだこんな朝早くから。普通の人には結構早い時間だろ?」
「あ、おはよう士郎。時間はそうでもないよ。僕大体いつもこの位の時間から起きて、毎朝鍛練するのが日課になってるから。士郎こそどうしたの?」
「ああ、俺も大体この位の時間から起きて朝飯の準備を始めるんだ」
話しながらも鍛練を進めていくハーリーに、それを少しの間見ている士郎。士郎から見てもハーリーはかなりの腕だ。双剣を使う所はアーチャーと似ているが、しかしその技はまた別系統。アーチャーが攻を主体とした実の剣なら、ハーリーは守を主体とした虚の剣だろうか?
大幅に傾いている訳ではないが、ハーリーの鍛練を見ていて何となくそんな事を思う士郎であった。
「おっと、いかんいかん。ずっと見てるわけにもいかないからな。早く朝飯の準備をしないと」
起こすまで寝ているだろうが、万が一にも腹ペコセイバーが起き出して来ないとも限らない。それにこの家にはもう一匹飢えた猛獣が襲撃しに来るはず……。
「あ、そういや藤ねえがいたんだったか。どう説明しよう…」
そんな事を悩みながら時間は過ぎ行くのだった。
「誰よこの見知らぬ人達は! 何でまた人が増えてるの士郎〜!! いつの間にここは旅館になっちゃったのよぉ!?」
案の定、朝食の席についていたハーリーとレザードを見、しばらく何事も無く食っていて、突然虎が吼えた。
初めてのハーリーとレザードは驚いてポカ〜ンとしているが、慣れている士郎とこの数日で慣れてしまったセイバーはどうと言う事無く食事を進めていた。(ちなみに凛とアーチャーは昨日の内に自宅に帰っていたりする)
取り合えず藤ねえを落ち着かせる為、ハーリーとレザードは士郎の親父・切嗣の知り合いという事で纏めておいた。セイバーの時にも使ったベタな手だが、アノ親父だからと、またもやそれで誤魔化される英語教師・藤村大河。
いい大人がそれでいいのか?という疑問は置いとき、大河が昨日の学校の生徒の経過について話しをしてくれた。
結果から言って、一階以外の生徒は昨日のうちに回復しており、結界の基点であった一階の生徒もそれ程重症の者はいない様であった。どうやら大河は昨日、ずっと被害にあった生徒達のもとを飛び回っていたらしい。
「御疲れさん藤ねえ。えらいえらい」
「ちょ?! ちょっと士郎!!」
「あ、ごめん。つい」
思わず大河の頭を撫でてしまった事を、苦笑しながら謝る士郎。照れた顔も中々可愛いなどと思いつつ…、
「おっと、時間大丈夫か藤ねえ?」
「え? あぁ〜、いけない! もう行かなくっちゃ! んじゃ行って来るね♪」
そう言ってこちらの返事も待たず、大河は学校へ飛び出していくのであった。
「ごめんな騒がしくて」
「ははは。楽しくていいじゃないですか。良いお姉さんですね、大河さん」
「うん。騒がし過ぎるのが玉に瑕だけど、そう言ってくれると助かる。それで、ハーリー達はどうする? セイバーは自宅で待機、俺はこれから学校に行くけど…」
「一応この辺の街を探索してみようと思ってます。来たばっかりで勝手も分りませんしね。あ、そうそう、訊きたい事があるんだけど、この辺に城ってあります?」
「城? はて…、この辺にそんなのは無かったと思うぞ? ハーリー達は城を探してるのか?」
「うぅ〜ん、どうなんだろ? そのものズバリじゃなくて、何か暗示的なものだったのかな。…そう言えばあの時『お城みたいな所』って言ってたから、それに近い似ているものなのかな? ううぅ、とにかく探してみるしかないみたいですね。うん、こっちの事情だから士郎は気にしなくてもいいよ」
「そっか? …ああ、それとだな、一つ聞きたいんだけど、探索に行くのはいいんだけどその格好のまま行くのかレザード?」
レザードの格好は現在、レトロな衣装にローブが怪しい、やくざな雰囲気の戯け者、っといった感じであろうか? ハーリーの方はまだ外を歩いても違和感なさげな格好だが、それでも腰の剣がちょっぴり怪しい。剣は布で巻くなり竹刀袋に入れるなりすれば何とかなるが、レザードの方はどうにも…。
「御心配無く。こうゆう所で着れる服ならちゃんと用意してありますので、まあ特に怪しまれる様な事は無いと思いますよ衛宮士郎」
「あ、そうなのか。余計な心配だった見たいだな、ごめん」
「いえいえ、気遣いには感謝しますよ」
そんな感じで少しの間益体も無い話しを続け、時間になった所で士郎は学校に行ってしまった。そしてハーリーとレザードも準備を整え、セイバーに声をかけた後、周辺の探索に出発するのであった。
≫interlude
その日の学校帰り。彼女は家の近くで倒れている、変わった格好の女の子を発見した。見た目十歳ぐらいの、可愛い感じの女の子である。
何とも奇抜な和装?の、小っちゃな巫女さんといった風情に、一瞬気を取られたが次に考えたのは「この子どうしよう」である。
まあ、普通なら救急車を呼ぶのだろうが、どうも視た感じそれでどうにかなりそうな感じではない。どちらかと言えばこれは魔力切れに近い症状ではないだろうか?
これでも彼女は魔術師だ。それぐらいの事は判る。
でもこの子はどうも、現在行われている聖杯戦争のサーヴァントではない様だ。元マスターだけに、それも視れば何となく判らない事は無い。
ますます困った。
本当にどうするべきだろう。そう考え、取り合えず声を掛けてみる事にした。
「あ、あの〜、その、大丈夫ですか? 生きてます、よね? あの、あの……」
正直困った。
ユサユサ揺らしても起きてくれない様だ。
散々考えあぐねいた末、今の所特に危険は多分無いと思われる自分の部屋に連れて行く事に決め、えっちらおっちら苦心しながら少女を運ぶ事にした。
らしくないとは思いつつ、そんな自分に微笑む間桐 桜であった。
≪interlude out
一方その頃のハーリーとレザードは、主に深山町を中心に探索を行っていた。学校、公園、和洋の住宅地と見て周り、現在マウント深山商店街に差し掛かっていた。
「特にこれといって目ぼしい所はありませんね。洋館のある住宅地の方にも、屋敷と呼べる建物はあっても、城と呼べるほどのものは無かったですしね」
「まあ、一部結界が張られていた洋館があったのは御愛嬌と言った所ですか。恐らくどちらかが昨日の遠坂 凛の屋敷でしょう」
昨日会った激しい印象の赤の主従を思い出し、おもわず思い出し笑いをしてしまうハーリー。
「なんて言うか、凄かったですね。何だか一人人間タイフ〜ンみたいな感じで。結構良い人っぽかったですし」
「ふむ、そうですね。力も中々、智謀にも長けていそうでしたが、経験が足りないのか根がそうなのか、基本的にお人好しな部分があるようですね。人としては好感の持てる部分でしょうが、戦場で戦う者としては少々甘くもあります。理性でその辺を抑え付けている感がありますが……」
「無理は体に良くないんじゃないですかね? あ、この場合は心でしょうか?」
「まあ、本人は無理などしていないと思っているでしょう。こればかりは外から突っつくと意固地になりそうですので、そうゆう人が現われるのを待つしかないでしょう」
「そうゆう人ですか?」
「ええ、そうゆう人です」
二人して何を考えたのか、顔を見合わせ同時にニヤリと笑い合う。どうやら二人とも想像した事は同じの様だが…。
「修羅場ですね♪」
「ええ。今ではありませんが、きっと修羅場ですね」
実に楽しそうに笑い合うハーリーとレザード。この光景を士郎が見ていたら、二人の笑みにある種「あかいあくま」に通じる何かを見出したかもしれない。
そんな感じで笑いを見せながら商店街を歩いていると、そこへ何やら叫びらしきものが二人の耳に入ってきた。
「や〜め〜ろ〜〜! 我は、我は入らんと言っているだろうが!! 斯様な劇薬と言っても過言でないモノを、我に食わせ様とは万死に値するぞ!!!」
「なに、大丈夫だ。つらいのは始めだけだ。喰えば喰うほどアレが快感になってゆく様になる。ようこそ素晴らしき辛殺空間へ♪」
「ぐわ〜〜!!! 止めろ、止めろ〜、言峰〜〜! ぶっとばすぞ〜〜〜〜〜!!」
何やら中華飯店の前で壮絶な死闘が繰り広げられていた。金髪の青年をそろそろオッサンかと思える神父が、店の中に引きずり込もうとしている様だ。青年のその嫌がり方はとても切実なもので、思わずハーリーが助けに入ったほどである。
トスッと言う音と共に今まで強引に引き擦り込もうとしていた言峰と呼ばれる、いかにも悪人ズラの神父はアッサリその場に堕ちた。
「あの〜、大丈夫ですか?」
「はぁ〜はぁ〜はぁ〜はぁ〜…。いや、済まぬ。助かった。もう少しでアノ悪夢が再臨する所であった。礼を言うぞ雑種」
そう言って荒い息を治めながら、ヨロリとその身を起こす青年。改めて見るとその整った容姿とセンスの良い服装、何より纏っている雰囲気が只者ではないと言っていた。まあ、そんな印象も先程の醜態を見ていてはぶっ飛んでしまっていたが(笑)
「それは別に構いませんけど…。本当に大丈夫ですか?」
何か思い出していたのか、少々顔色の悪い青年にそう問いかけるハーリーに、何とか持ち直したのか金髪の青年が、
「要らぬ気遣いをさせた様だな雑種。どれ、我の危機を救うという滅多にない手柄を立てたのだ、我自ら褒美を取らせよう。何でも言ってみるが良い」
そう言ってくる青年のその言動は実に偉そうであるが、言葉の端々から見るにコレがこの青年の持ち味なのではないだろうか?と感じ、礼など別にいいと断ろうとした時、足元からうめく様な声が聴こえて来た。
「ぬ、いかん! 言峰のヤツが目を覚ましかけておる。ここに居るのは非常に不味い! 行くぞ!」
そう言うが早いか、青年はハーリーとレザードを引きずる様にこの場を離脱するのであった。
結局その後、中華飯店(泰山と言うらしい)から少々離れた所にあった茶店に入り、現在一同一服中であるのだが…。
「…そうなのだ。騎士王の奴め、我がコレほど思っていると言うのに十年も待たすとは、まったく罪な女よ」
「その気持ちよく解りますよ。私にも恋焦がれ想う女性がいますからね。しかし私がこれほど想っていると言うのに、我が愛しき女神は中々振り向いてはくれないのです」
「僕にも解りますその気持ち。ずっと思っているのに好きな人に振り向いて貰えないのって辛いですよね」
「しかしそのつれない態度もまた愛いのであろう?」
「そうなんですよね。振り向いてくれないけど振り向いてもらいたいって…」
「我の場合はそれで、ついちょっかいをかけて怒らせてしまったりするのだが…」
「怒ったところもまた愛しい、と。惚れた弱味というやつですかね?」
……どうも一同女性観で意気投合してしまったらしい。
まあ、何と言うか、三人はその後も女性談議に花を咲かせ、飲み物やら何やらをお代わりしながら数時間をその茶店で過ごした。そしてそろそろ御開きにしようという時には互いに友情が芽生えたりしていた。
「これほど心通じ合ったのは実に久し振りだ。名を、名を聞かせてくれぬか? 我はギルガメッシュ。英雄王ギルガメッシュだ。汝らは?」
「我が名はレザード。レザード・ヴァレスです」
「僕はマキビ・ハリって言います。親しい人はハーリーって愛称で呼びますけど」
「相判った。レザードにハーリー…か。我が友に相応しき者達よ。その名、憶えておくぞ。ではな」
この王様にしては珍しく、実にいい笑顔でそう言うと上機嫌で去っていった。払いまで持ってもらって何だか悪い気もしたが、あんな笑顔で言われては何も言えない。
互いに心に充実したものを懐きつつ、今日という日を終えるのであった。
≫2月8日(金)
≫interlude
今日も今日とて士郎と凛が学校へ行き、ハーリーとレザードが街を探索している頃。
郊外の森にひっそりと佇むアインツベルン城にて、無表情な白いメイドさんがお茶の時間にケーキを出したりしていた。
「お茶請けにケーキ、買ってきた。今日のはお気に入り」
「うわぁ〜、どれも美味しそう♪ 流石リズ、やるわね。 ど・れ・に・し・よ・う・か・な、これに決めた! ほらほら、ラピスはどれがいい?」
「それじゃ私は……コレ! リズは?」
「私はコレ。今日はモンブランが食べたい気分。ここのモンブラン絶品」
「…………」
「セラどうした? セラの分も買ってきてる。好物の紅茶シフォン。とても美味しそう」
何やら苦々しい表情でリーゼリットの事を見ていた、外見リーゼリットと瓜二つのこれまた白いメイド服を纏ったセラは、そんなどこか惚けた様な物言いに深い溜息をつきながら、
「………はぁ〜。どうして貴女はそうお気楽なのですかリーゼリット。何より、全てにおいて余分が過ぎます。私達はあくまでイリヤスフィール様の世話係を申し付かった身。それ以上でもそれ以下でもありません。だと言うのに貴女は……」
「もう、セラってば硬いんだから」
「イリヤの言う通り。…セラ、そういうの疲れない?」
「…余計な御世話です!」
何か諦めたのか、憤然やるせない表情をしながらテーブルにつき、好物の紅茶シフォンケーキをパクリと食べだすセラ。そんなセラの様子に、イリヤはホワイトチョコのケーキを、ラピスは苺のタルトを食べながら苦笑し合い、リーゼリットはモンブランを食べながら頷いていた。
「本当、セラって意地っ張りだね。イリヤやリズがああ言ってるんだから、もっと気楽にやればいいのに、ねえミーミル?」
《それは仕方が無いのではないかと思います。タイプ的に言ってセラはエリナ女史同様、ある意味型にこだわる方のようですから。矜持というか
お茶の後、先程のセラの言動について話し合っている、真っ白な肌に薄桃色の髪をした金の瞳の少女と、その手に持たれている黒いAIの核玉。少女の名はラピス・ラズリ、そしてそのAIの名はミーミル。共にレザードが探していた連れの二人?である。
「そうそう。セラとリズは足して2で割ると良い感じになるのよね〜。でもまあ、今の二人も楽しくて私は好きだけど」
笑いながらそう言ってくるのは、リズとセラの主人にしてこの城の主、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンである。外見ローティーンにしか見えない銀髪紅眼の雪の精を思わせる少女であるが、その言動等は立派に淑女しているあたり、彼女の精神年齢の高さが窺える。
リーゼリットにラピスが拾われてくること数日。外見年齢等の似ているイリヤとラピスはこの数日ですっかり仲良しさんになっており、実に身近で色々な事を話す仲になっていた。
「それよりもラピス。この前言ってたレザードって人の事聞かせてよ。あの態度からして、貴女のイイ人と見たわ♪」
「うっ、流石イリヤ、鋭い。うん、レザードはね〜、何を隠そう私の未来の旦那様なんだから♪」
そこから少々ラピスと、ミーミルのフォローを入れた自分に関しての経緯が語られた。ぶっちゃけマシンチャイルド云々の話しである。レザードとの出会いや経過、そして昔の恋人などについて語られる。
「ふ〜ん。昔の恋人が逆ギレね。淑女の嗜みが足りないわねその人。でも何でそれで家の森に倒れてたの? 別にこの近くじゃないんでしょう、その現場って?」
「え、あ、う〜〜ん、どう言えばいいんだろう? …普通は信じられない話だし、……でも……どうしよう」
どうやら何かの問題にぶつかったのか、思いっきり悩みだすラピス。そんなラピスの様子に、イリヤは苦笑しながら、
「いいよ。私、大体の信じられない様な事でも信じられるから、言ってみてラピス♪」
歌う様な調子でそう言うと、さあさあとラピスを促す。そんなイリヤに押されてかポツリと語り始める。
「…レザードって実は違う世界の人らしいの。偶然の事故で私の世界に来たらしくて、帰る為の研究の手伝いみたいな事を私はやってたんだけど、まあ、成り行きはさっき言った通り。
それで色々苦労して何とか次元の扉を開けて一緒にその世界を出たはいいんだけど、レザードの世界に向かってる途中、さっき言った昔の恋人と頭の軽そうなお姉ちゃんが邪魔しに出てきたの。
それで一緒にその二人に吹っ飛ばされてる途中で、何かよく解らない衝撃が襲って来て、レザードとはぐれちゃって、気が付いたら森でリズに拾われてたの。ね、ミーミル?」
《色々と説明不足な点は否めませんが、
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって第二魔法の御技なんじゃ…。ああ、いえでも別世界って言ってたしスッゴク発達した知らない科学って可能性も…」
いつもどこか悟った様な余裕のあるイリヤが、ラピスの話を聞き少々驚いている様だ。何せ次元を越えるは人の手にあらず、ただ律法を超えた魔法のみ、と言うのがこの世界での今の常識だ。現在において魔術や科学等で実現不可能な『結果』、神秘の奇蹟、それを実現しうる五つの魔法と五人の魔法使い、その第二魔法である筈なのだから。
――もっとも、第一魔法の使い手は既に亡くなっているらしいので、現在は五つの魔法と四人の魔法使いである。未だ第六法を手にした者が居ない為でもあるが…――
「まあ、科学だとは思うよ。ボソンジャンプって言う時空間転移の制御コアを使って次元の扉を開けたし。……でもレザードが魔術師じゃなかったら出来なかったんじゃないかな? レザードの情報処理能力ってマシンチャイルドを超えてるみたいだし。流石は未来の旦那様、す・て・き(うっとり)♪」
「ま、魔術師なのその人?」
「うん。レザードの使ってた大魔法とか凄いんだから! 研究所を一発で壊滅させたり、居並ぶ大艦隊を一撃で殲滅しちゃうんだから♪」
…とんでもない話だ。ミーミルが否定しないあたりラピスが言った事は事実らしいが、それにしたって規格外だ。たった一人の人間、それも魔術師に、果たしてそれだけの事が出来るだろうか?
真似は出来ても一撃では無理だ。いや人間で一人などと言うのは論外だ。恐らくどの英霊であっても、一撃で、と言うのは無理なのではなかろうか?
出来そうなのは精々真祖の姫君とか破壊の魔法使いぐらいしか思いつかない。そういう意味ではレザードは既に魔術師と言う枠を超えているだろう。
「まさかその人、マスターになってたりしないよね? まあ、可能性は低いと思うけど…」
「え? 何の話?」
「え?! ううん、何でもない! ただちょっと考え事をね」
イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはラピス・ラズリと、既に親友と言ってもいい間柄になっている。出来ればそうゆう面倒事は起って欲しくは無い。ラピスには話しても大丈夫そうだが、結果巻き込んでしまうのは勘弁してほしい。しかしバーサーカーが最強とはいえ、絶対などはない。
どうしようと頭を悩ませるイリヤと不思議そうなラピスは、そんなちょっとした疑問を抱え、悶々と一日を過ごしていくのでありました…。
≪interlude out
「つまり葛木が怪しいと思うのよね!」
帰ってくるなり何の前置きも説明も無く、ハーリー達に遠坂凛嬢は突然そうのたまった。いきなりで正直ワケガワカラナイ…。
「…だから遠坂、それじゃ何の事だか判らないって」
一応士郎がそう突っ込みを入れ、昼間あった事の顛末について語ってくれた。
どうも郊外にある柳洞寺という寺にキャスターが潜んでいるらしいのだが、そのマスターが学校関係者らしい。そこで学校での柳洞寺関係者を捜した所、生徒会長である柳洞一成と現代社会と倫理の教師 葛木宗一郎が浮かび上がってきた。その内、柳洞一成は親友の士郎が責任もって剥き、マスターでない事を確認して白。それで残った葛木宗一郎が怪しいと言う事らしいのだが…。
「それでどうやって確認するんですか? まさか先生を引ん剥くわけにもいかないでしょうし…」
「あら簡単よ。帰る道すがら、人気の無い所で背後からガンド撃ち! これで決定ね♪」
言ってる事が実に物騒だ。通り魔的に背後から呪弾を撃ち込もうとは、普通は考えても遣らないだろうが、凛は実にやる気満々でいるようだ。
「それで、何時始めるのです? 帰って来たという事は、もうしばらく後のようですが…」
「いやいや、その前に他にどうにかする手段は無いかとか考えて止めようよ!」
「でも凛さん、いやって程やる気満々みたいですけど…」
ハーリーに突っ込まれて、思わずウッと言いながら止まる士郎。止めようとはしたのだ、しかしこれと言って決定的な方法が無い為止められずにいるが、やはりこんな物騒な手段は士郎的にどうかと思うわけである。
「まあ、あれですね。僕達がどう言おうと、凛さんは遣っちゃう様な気がしますけどね」
まったく持ってその通りなだけに、言葉も無い士郎であった。
「とりあえず夕飯を食べたら早速張り込みに行くわよ。遅く帰る様に手は打っといたけど、待ち伏せるのに早いに越した事は無いから、ね?」
そんな訳で一同は葛木宗一郎を闇討ちするべく、柳洞寺に向かう為に必ず通る、人気の無い路地近くの茂みの中に潜伏中であったりする。
まあ、一人士郎が(闇討ち? それは正義の味方としてどうなんだ? いいのか? これでいいのか衛宮士郎? 本当にこれで…)などと思い悩んでいたりするが、概ねその他全員は今回の襲撃に否定的では無いので、悶々と悩んでいるのは士郎一人である。
「もうそろそろ来ると思うんだけど…。とりあえず、葛木がここを通り過ぎたら私が狙撃するから、それまでは誰も動かない様に。予想通りキャスターが出てきたら、全員で始末をつけましょう。こっちにはセイバーもいるし、これだけ揃ってりゃ、まあ何とかなるでしょう」
計算高いんだかアバウトなんだかよく判らん事を言いながら、一同に確認する凛。士郎は納得いかなげに、その他はそれぞれ個々人らしい肯定を示す。
意見もまとまり、待ちに入ってからしばらくの時間が過ぎる。
ちなみに季節は真冬。それなりの格好はしているが、長時間いると流石に寒い。
待ち伏せているので動く訳にもいかず、いい加減寒さに震えてきた頃、ようやくこちらに向かってくるターゲットの影が…、
「うぅ〜、やっと来たわね、寒いじゃない! これはちょっと威力を上げてスカッとしないと割に合わないわね」
「は?! ちょ、遠坂! なに訳の判んない事言ってんだ!? お前大丈夫か?」
「う…、五月蝿いわね! ちょっとしたジョークよ。失礼な事言わないでくれる?! あんた、後で憶えときなさいよ」
ギロッと威嚇しながら士郎を睨むと、プイッと前に向きなおす凛。一応小声で遣り取りしているあたり、待ち伏せをしているという認識はある様だが…、無駄に芸が細かい(笑)
ともあれ、こちらに近づいてくる人影を無言でやり過ごし、丁度いい感じに距離が離れた所で凛がそっと指を構え、物理破壊出来るほどの強力なものでなく、精々倒れて二、三日程度の極弱めの呪いの風を静かに撃ち出す。
呪いが至近距離まで迫り、一瞬凛の脳裏に(もしかして間違い?)などという考えが一瞬よぎり焦ったが、それも次の瞬間には消し飛んだ。
何せ当たる直前、マント?らしき物体が突然そこにひるがえり、呪いを一瞬の内に消し去ってしまったのだから。
「だから言ったでしょう宗一郎様! 今このタイミングで外を出歩くのは危険だと」
「ふむ。しかし獲物は釣れた様だ。無駄という訳でもあるまい?」
「うっ、それはまあそうですけど…。確かに大漁ではありますね。さあ、そこから出てきてはどう、御莫迦さん達?」
嗜める口調で葛木に意見するキャスターであったが、既に見透かされているのか、一同が潜伏している茂みを眺めてくる葛木と共に、そうのたまってくれるキャスター。
そんなキャスター側の反応に咄嗟に持って来ていた木刀を抜き強化する士郎。
「あら、出て来ないの? 出て来ないなら茂みごと木っ端ミジンコにしちゃいますわよ♪」
実に楽しそうに言ってくるキャスターに、凛は「物騒なポンポコタヌキめ…」などと小声で呟き、士郎は何か考えがあるのか神妙な顔をし、レザードは何やら実に楽しそうに哂い、ハーリーは「はふ〜」と溜息をつき、そんな中セイバーだけが冷静に指示を待っていた。ちなみにアーチャーはこれまでのペナルティーが祟って、現在遠坂家で謹慎中である。
「ちっ、仕方ないわね。準備はいい、みんな? セイバー、先鋒任せるわよ」
「ごめんだけど遠坂、それは後にしてくれ」
そう言って一人堂々と出て行く士郎。この瞬間、凛の中にあった多種の作戦が色々崩れ、(何しやがってるんですか、このオタンチン!)などと心の中で毒を吐いていたりしたが、それには誰も気付かず、放っておけないみたいな感じでセイバーと共に出ていった。ハーリーとレザードは今はまだ出ず、様子を見ているようだ。
「衛宮に遠坂か。…間桐だけで無くお前達までマスターとは、な。何とも難儀な因果だな魔術師というのも」
いつもの冷静な表情の葛木に余裕気なキャスター。
「どうした衛宮。何か言いたい事があったのだろう?」
真っ先に飛び出した士郎に何か意図があったのだろうと訊く葛木に、何かを考えていた士郎はキッパリ言った。
「葛木先生、キャスターは悪い子です!」
……………………………………。
…痛い。非常に痛い空気が士郎と葛木本人以外に流れる。
「その根拠は何だ衛宮? 言ってみるがいい」
「キャスターは柳洞寺を根城に町中の人間から魔力を集めてるんです! 最近連続してる昏睡事件は全部それが原因なんです。このままじゃ人死にもそう近くないうちに出るかもしれません!」
「な、な、な、何言ってるのよ、この据え膳も食えないヘタレで甲斐性無しの
士郎にイケナイ秘密を告げ口され「はわわわわわ」とか言いながら思わずオロオロし、とんでもない事を口走るキャスター。もしかして覗いてた?俺ってプライバシーとかゼロっすか?などと、呆然としながら考える士郎に、あくまで冷静な葛木。
「キャスター、童貞に関しては秘密にしてやれ。男として言われたくは無いものだ。それはそれとし、随分とお茶目な事をしているなキャスター」
「いえ、あの、そのですね宗一郎様。それはその色々と訳がありまして…。う、ううぅ(泣) だって、だって仕方ないじゃないですか! 七騎のサーヴァントの中でキャスターのクラスはハッキリ言って最弱なんですよ!! 身体能力は最低、魔力が無ければ只の木偶の坊! クラス能力の陣地作成や道具作成だって魔力が無ければ造れないし、自慢の魔術だって対魔力を持ってる奴には効きにくい上に、セイバーに至ってはまったく効きもしないんですよ!!! それで一体私にどうしろって言うんですか! 私だって、私だって…、私だって一生懸命頑張ってるだから!!?」
思わず涙ぐみながら地団駄踏むキャスター。その様子に何だか自分が虐めている様な気になってしまう士郎。そしてその様子をコッソリ覗いているハーリーは(何だか可愛い人だな)などとチョッピリ場違いな事を微笑ましく考えていたりした。そこへこれまた場違いな事に、抑え切れなくなってこぼしてしまった様な笑いが聞こえてきた。そう、おもに茂みの方から聞こえてくるそれは、珍しい事にレザードその人であった。どうも最近彼の思考は、こういった笑いに関する感性が磨かれてきている様な気がする。
「あ〜、いや、これは失敬。あまりに可笑しかったのでつい笑みが零れてしまったようです」
「あぁーー! 貴方この前の陰険魔術師! 確かえ〜っと、レ、レ…、レザード・ヴァレス!!?」
「ははは。憶えて置いて頂けて光栄ですよ、お嬢さん」
うきゃ〜!っと叫ぶキャスターに、左手を腹に右手を横に上げ、片目を瞑りながら恭しく礼をするレザード。その礼は実に様になっているのだが、キャスターから見ればそれは道化師の礼に映ったろう。実際レザードもその辺を含んでの事であったろうが…。
「貴方、何でこんな所に?!」
「いやいや、これがまた
「な? な?! な!!? そんなの…そんなの……卑怯じゃない! こちらはたったの二人なのに、何でそっちはそんなにゾロゾロと連れてるのよ!! しかもそっちにはセイバーまでいるなんて、そんなの卑怯よ犯罪よ最低よ酷過ぎだわ〜、この似非魔術師の皮を被ったケダモノ、犯罪者、卑劣漢(泣)
そうよ、何時でもそうなんだわ! 何だかんだ言っても男なんてみんな嘘吐きの碌で無しばっかなのよ。利用するだけ利用して、騙して、汚して、弄んで、そして要らなくなったら有無を言わさぬ非道さで壊れたオモチャを捨てるみたいにポイッて棄てちゃうんだわ!!! 男なんて…男なんて…神も人もみんな、み〜〜んな、ロクデナシのオタンチンばっかりなんだから!!!!」
レザードの存在がキャスターの心に火を点けたのか、限り無くヒートアップしていくキャスター。神に操られ、弄ばれ、裏切り続きだった己が一生と相まって、何やら思考が凄い所に逝っている様だ。
「はぁはぁはぁはぁ…。……あ、でもその…、宗一郎様だけは別ですよ? その…、世界で唯一人の……その、私の……人ですもの…」
「……そうか。なら私もその期待に応えようキャスター。…それと、遣るならトコトン遣るべきだな。中途半端は良い結果を生まん」
「…え? ……あ、は、はい!」
どうも先程の士郎の訴えに、キャスターの所業が中途半端だと諫めている様だ。
そんな葛木の言葉に、キャスターは自分の行為を肯定されて恋する少女の様に喜び、士郎はその言葉の意味に愕然とした。それはつまり葛木がキャスターの行為を容認する様な考えの持ち主だという事だ。しかし士郎は日常の生真面目な葛木を知っている為、その言葉が信じられなかった。
「何故だ!? 葛木先生、あんた別にキャスターに操られてる訳じゃないんだろ? なのに何で…」
「正常な人間であるなら止める、と? 生憎だが私は人の生死にそれ程禁忌を抱いていない。…この身は所詮、枯れ果てた殺人鬼。何よりこれは私の始めた事だ。なら全力を尽くすは必定だろう?」
「……そうか。なら俺はあんたを全力で止める! そんな事絶対に遣らせやしない!!」
激しく舌戦する葛木と士郎を横に、そんな凛々しい葛木にポォ〜っと見とれるキャスター。ウットリしながら、「流石は宗一郎様、素敵ですわ」とか言いつつ、その素敵さに微笑みを浮かべている様だ。
そんなキャスターに声を掛けたのは、先程なんない一言でキャスターを混乱の坩堝に叩き落したレザードその人であった。
「さて、そろそろ無駄な戯れ言は済みましたか? まったく、弱い狗ほどよく吠える、とはよく言ったものです。…あ〜、いや、別に貴女の事を言った訳ではありませんが……、なに?それこそ空々しい讒言だ、と? ははは、中々面白い方ですね。
貴女を見ていると故郷の妹弟子を思い出します。それはそれは理知的な美人なのでしょう? いやいや、メルの何処を理知的と呼んでよいものやら…。奸智には長けていましたが、あれは……、何とも暴力的な所はそっくりですが。後は壊れた妄想狂な所とか…。メルなどは「夢を見続けらるなら、ずっと眠っている方を選ぶ」等とかなりアレな発言をしていましたが、貴女もどうやら御同類らしい。
おや、どうしました? 我慢の限界? 問答無用? 何とも忍耐の無い、所詮は二流ですか…。ほぉ〜、全殺しの滅殺? 灰すら残さない? ははは、何故そんなに興奮しているのですか? まったく理解に苦しみますが……、そうは思いませんか皆さん?」
『挑発してどうする!! 挑発して!!!』
思わず全員からつっこみを入れられ、同時に切れたキャスターによって戦いの幕が切って落とされるのであった。
飛び交う光弾、荒れ狂う嵐。ただの路地にもかかわらず、そこはまさに弾丸飛び交う戦場であった。全員入り乱れての大混戦である。キャスター側はたった二人にも関わらず、実によく善戦していた。
とにかく見境無くそこら中に魔弾・光弾・呪弾がばら撒かれ、迎撃する凛・レザード・ハーリーであったが、そこへ攻撃の合間を縫う様に葛木が懐へ飛び込み、一人を他の迎撃している者の方へ吹っ飛ばし、体勢が崩れた所へキャスターが魔弾を撃ち込み、セイバーが咄嗟にそれをフォローする。そして魔術の迎撃に関してまったくの無能と言っていい、セイバーのフォローで何とか無事な士郎の元へ、葛木がその手を伸ばすが、咄嗟に編んだ投影魔術による陰陽夫婦剣・干将莫耶をその手に握り、葛木の猛攻を何とか凌ぐ。
葛木が掻き回し、キャスターがセイバー以外の者に攻撃を加える。格闘戦では葛木が一歩リードし、魔術においても凛は秘蔵の宝石を、レザードも大魔法は使えず増幅した攻撃魔術を使っている。ハーリーはというと、これまた何とか順当にその身のこなしとそれなりの技を使い応戦していた。
底無しかとも思える魔術を放ち続けるキャスターであったが、やはり戦力不足は否めない。あと一手、たったのあと一手押し込めるだけの駒がこちらにあれば何とかなるのだ。せめて柳洞寺の山門を護っている彼女のサーヴァント、殺騎アサシンこと佐々木小次郎がいればと思わずにはいられない。しかし彼は山門に括られた存在だ。ここには呼べない。それが何とも歯痒い。
彼女のマスターたる葛木宗一郎は、彼女が思っていた以上に凄まじい人物であった。常人では適う術は無く、その技はセイバーにダメージを喰らわすほどだ。しかし、そも人数が違いすぎる。今はそこそこに善戦しているが、破綻はすぐそこに見えているのだ。ここは一旦引くべきだと、魔弾乱射で少しは冷静になった頭でキャスターは考えると、宗一郎を逃がす為特大の魔術を編込んだ。
「宗一郎様!」
その一言に反応すると、葛木はその場から凄まじいスピードで離れ、間断入れずキャスターが魔術をぶち込む。それに反応し、セイバーが真正面に立ち、気合一閃と共にその魔術を弾き飛ばし、場は再び両者が対峙する形で一瞬の静寂に包まれた。
「流石にセイバーがいると、こちらの不利は否めそうに無いわね。私達はまだ負ける気は無いから、今回は引かして頂くわ。それと、そこの腐れレザード・ヴァレス! 貴方とはいずれ決着を着けるから、憶えておきなさい!!!」
そう悪役のセリフを言うが早いか、こちらが何か言う暇も無くその身のローブを翻し、葛木とキャスターはこの場より消え去ってしまった。
「ちっ! 空間転移ですって!? 遣ってくれるじゃない! この戦力差であれだけの戦いをやるなんて、流石は神代の魔術師。正直葛木先生の実力も侮ってたわね。これであいつら、そう簡単に柳洞寺から出てこなくなっちゃたわね」
しくじった、っと悔しげな顔をしながら溜息をつく凛。士郎とハーリーはホッと一息つき、セイバーは冷静な表情で何かを考え、レザードは久々の戦闘に何かを考え微苦笑していた。
「このまま追撃したい所ですが、場所が悪いですね。柳洞寺は、あそこはサーヴァントにとっては鬼門。容易くは行かない上、あそこの山門にはアサシンがいます。力押しでは難しい」
「作戦立てないと駄目なんだろうけど…、流石に疲れたわ。取り合えず今日は帰りましょう」
まあ、反対意見が出るわけも無く、今日の所はおとなしく帰宅と相成るのでありました。
≫2月9日(土)
今日も今日とて鍛練・朝食の用意と、まだ数日しか経っていないにも関わらず、日常と化した感のある朝がやって来ていた。
ただ少し違うとすれば、それは昨夜から、投影魔術を使った影響か士郎の体を苛む激痛と、それに伴い現在陥っている左半身麻痺の症状だろうか。激痛自体は起きたらしなくなっていたが、その代わり半身が麻痺していた為、いつも通り朝食を作ろうとするのに、えらく苦労をさせられた。
士郎本人的にはその内治るだろうと軽く見ていたが、その挙動の僅かな不審さを、朝食の後、大河が出勤して行った後にレザードに指摘されていた。
「衛宮士郎、貴方ズバリ今半身が利いてませんね?」
「な!? え? 何で判るんだそんな事? 俺別に…」
「いやなに、昔貴方よりも酷い症状の患者を診た事がありましてね。そういう患者には少し鼻が利く様になったんですよ」
「な?! それは本当なのですか士郎!? そういえば少し動作がぎこちなかったり、珍しく皿を割ったりしていましたが…」
「それで大丈夫なんですかレザードさん? さっきまで普通に動いてたみたいですけど?」
「そうですね…。取り合えず上着を脱いでそこに座りなさい。どれ程の症状か見て差し上げます」
言われるままに上着を脱いで座る士郎。そしてその背中にそっと指を這わせていくレザード。
「…ふむ。これはまた特殊な…。ある意味仕組み的には私の研究していたIFSの効率化と通じる物があるようですね」
そう言って士郎の背中を探りながら、その何ヶ所かに何かを打ち込む様にすると、その部分が焼け付く様に熱くなり、まるで針を刺された様な感触に士郎は何とか耐える。
「これで恐らく大丈夫でしょう。どうやら術を使う為の回路が突然開き、回路自体が驚いた状態のようですね。しかも通常、その回路は神経とは別に形成されているものなのですが、貴方の場合は神経が回路と一体になっているようだ。その為閉じていた回路を開いた時のショックで、その部分の回路になっている神経が驚き、麻痺してしまったのでしょう。まあ、この調子なら丸一日、魔術を使わなければ全快するでしょう。もし使った場合、麻痺で済むかどうかは保証の限りではありませんので悪しからず」
「まあ、使わない様にはするけど…、魔術回路と神経が一体になってるのって珍しいのか? 俺には良く判らないんだけど」
「…そうですね、『異端』と言ってもいいのではないですかね? 今の今までこの私が視た事も聴いた事もありませんでしたからね」
「そうですね。私も魔術が専門と言うわけではありませんが、初めて聞く話です」
レザードとセイバーの意見に、そんなもんかと思いながらふと時計を見る士郎。何時の間に時間が過ぎたのか、時計は既に走って遅刻ギリギリの時間を指し示していた。
「ま、不味い!! もうこんな時間だ! ごめんだけど俺学校に行くから、後よろしく!!」
そう言うと士郎は急いで上着を着直し、鞄を持つと慌ただしい足音を立てながら、学校へと行ってしまった。
そんな士郎に一同ヤレヤレと一息つきながら、衛宮家の朝はこうして過ぎていったのだった。
まあこの後昼食時に、ポロッと漏らしたセイバーの一言から、朝の魔術回路の一件や昨日の士郎の投影の事などが凛によって激しく厳しく烈火の如き勢いで士郎に追究されたりしたが、その場に居ないハーリーとレザードにはこれまた別の話であったりするのであった。明日の為に、耐え抜け士郎!(合掌)
≫interlude
その日の学業を終え帰宅した間桐桜は、早速自分の部屋に泊めている少女の様子を見に行った。
ここ数日であの少女も随分と良くなり、今ではもう健常者と変わらないだろう処まで回復していた。あの少女が見かけ通りでないのは知っているから、今日の様子見は、まあまだここに居るかどうかの確認の意味もあったりするのだった。
ただいま〜っと言いながら部屋のドアを開けると、そこには予想に反してニコニコ顔の少女がベッドに腰掛けて出迎えてくれた。
「あ、お帰りお姉ちゃん♪」
「はい、ただいまです。…その〜、もう、大丈夫みたいですね。まだ体調とか悪い所ありますか?」
「うんん、大丈夫だよお姉ちゃん! それより、ありがとう助けてくれて。実は変な人につけ回されて、逃げるのに走り回って力を使っちゃって、助けて貰ってなかったら危なかったかも」
「そうなんですか。気を付け無いと、世の中変な人がいっぱい居ますからね。それに最近頓に物騒ですしね」
「ふふふ。それでね、助けてくれたお礼がしたいんだけど、お姉ちゃん何がいい?」
「お礼なんて…、別にいいですよ。そんなつもりで助けたんじゃないですしね」
苦笑してそう言う桜だったが、ふと、まだお互いに名前すら知らない事を思い出した。
「そう言えば、私達まだ名前すら知りませんね。私の名前は桜、間桐桜です。貴方のお名前聞かせてくれますか?」
「うん。私は幽祢、よろしくねお姉ちゃん♪」
「幽祢ちゃんですね。か・く・り・ね…、不思議な響きだけど良い名前だね」
「ありがとう♪ お姉ちゃんも桜って綺麗な花の名前だよね♪」
「そうですか? 私はそうでもないんですけど…」
一瞬、何かを思い沈み込んだ表情になる桜。それもすぐに消え、思考を戻し幽祢の方を見ると、そこにはこちらをジッと見つめる幽祢の視線があった。
「えっと…、どうしたの?」
「…お姉ちゃん、蟲嫌い?」
「え?! な、何でそんな…。…そのどちらかと言うと、そんなに好きじゃないけど…」
「そうなんだ…。それじゃ、面白いモノ見せたげるから、ちょっと目を瞑ってみて」
「へ? あ、うん。…こう?」
言われるままに桜が目を瞑ると、幽祢は何やらゴソゴソやりだし、十秒もしない内に「もういいよ」と声を掛けられたので目を開けると、そこには驚くべき事に桜そっくりの人形の様な物が佇んでいた。生気を感じない所が人形の印象を深めているが、それを除けば桜のクローンと言っても疑われないだろう。
流石の桜もギョッと驚き、一歩引いてしまう。
「な、何なんですか、これは一体? 如何して私の人形がここに…?」
「言ったでしょう、面白いモノを見せたげるって。コレはその小道具なの。さて、It's a show time!」
言うが早いか何処から取り出したのか、光の輪っかの様な物をその人形の様な物に上から通していくと、不思議な事に留める物すらないのにそこに止まるのが決まっていたかのように、等間隔でピタリと停まっていった。
そして幽祢が右手に何も無いのを示す様にヒラヒラと手を見せ、おもむろに桜人形の胸に手を突込みその体内をまさぐりだした。
その様子に桜の気分が少し悪くなって来た頃、何かを探す様にしていた幽祢がおもむろにその手を引っこ抜き、何かを掴み出した。
「…あの、一体何を?」
「ふふ〜ん、これな〜んだ♪」
そう言って幽祢が見せたその掴んでいる物は、ピチピチ跳ねる血に塗れた醜悪な小蟲であった。
「そ、それは…、まさか?!」
「んふふふ〜、えい♪(グチャッ)」
握っていた蟲を潰すなり、幽祢は先程桜人形にかけた光の輪を次々に横に引いて行くと、輪っかは人形をすり抜け、人形の体内から何かを引きずり出す様に引っこ抜き、完全に出た所でその輪は一気に縮まりその何かを拘束してしまった。
「は・じ・け・ろ♪(ビチャッ、グチャッ、グシャッ、バシャッ)」
幽祢が一韻ごとに光の輪に触れていくと、輪は瞬間的に縮まり、拘束されていたモノが愉快な音を立て次々に弾けて逝った。
「うん、中々面白い遊びだったね。変な音立ててたし、あはは♪」
そんな幽祢の様子に、ただ呆然とその光景を見続ける桜。今一体何が起こったのかいまいち解っておらず、混乱しながらもその手は自然と自分の胸に当てられ、視線もそちらに移る。
先程まで自分の体を体内から蝕んでいた筈の刻印虫の反応が、今は奇麗さっぱり無くなっていた。そしてさっき幽祢が見せたパフォーマンスを鑑みるに、もしかして?と連想せずにはいられなかった。
「あ、の…。幽祢…ちゃん? 今一体何を? わ、私の体、その…、どうにかなっちゃった、の?」
「うふふふ。本当はお姉ちゃんも何となく想像出来てるくせに♪ お姉ちゃんの思ってる通り、今お姉ちゃんの体内に巣食ってた、文字通りのお邪魔蟲を一匹残らず駆除しちゃったの♪♪ 怪異バグじーさんも一コロだね♪」
幽袮のお遊びにより、500年を生きた蟲の怪老・間桐臓硯、
「う、う…そ…。本、当に、そんな…。じゃあ、私、私…、間桐に縛られなくて、いいんですか?」
上手く力が入らないのか思わずその場にペタンと座り込み、桜は自分でも気付かない内に、何時の間にかその頬を涙で濡らしていた。自身分かっていないそんな様子に、幽袮は微笑みながら近づいていき、
「あの蟲が縛りになってたんならそういう事になるね。言ったでしょう? これは助けてくれたお礼なの。それにお姉ちゃんもあの蟲嫌ってるみたいだったしね」
そう言うなり、幽袮はそっと桜の額に自分の額を近づけ、目を瞑りながらオデコ同士をくっつける。
「あとは憧れのアノ人に告白できれば、桜お姉ちゃんのハッピー完了だね♪」
「な、な、な、何言ってるんですか!? か、かく、カク、かく、カクちゃん?!!」
間近でとんでもない事を言われ、顔を真っ赤にしながら混乱の為思わず短縮した呼び方で幽袮を呼ぶ桜。そんな桜の呼び方に、何か想う所でもあったのか、プッと笑いを漏らし幽袮は実に楽しそうだ。
「あはははは♪ うん、お姉ちゃん最高! そんな所見せられたら、もっと協力したくなっちゃうじゃない♪ 本当に可愛いね、桜お姉ちゃん♪♪♪」
満面の笑みを浮かべ、狼狽する桜を抱きしめながら、幽袮の午後は過ぎて行くのでありました。
「それに、中々遊べそうな面白いイベントもあるみたいだしね。クスッ♪」
≪interlude out
さて、時は昼食時、衛宮士郎がセイバーの思わぬ一言から遠坂凛に激しい追い討ちを掛けられている頃。
今日の探索は新都方面に決め、オフィス街等を回り、現在昼食片手に冬木中央公園の方に向かうハーリーとレザードの姿があった。
ちなみに今日のメニューは士郎特製シャキシャキサンドウィッチである。はさまれているレタス等の歯応えが堪らない、絶妙な一品である。
「いけますね、この一品は。下手な店より腕は上なのではないですかね、衛宮士郎は?」
「う〜ん、このシャキシャキ感が堪りませんね。味だけじゃなく食感まで楽しまそうなんて、普通の人より一歩前って感じですかね?」
二人ともその味と食感のコラボレーションに御満悦だ。特に自分でも料理を作るハーリーは、その精妙さにうんうんと感心している。
そんな昼食の一時を味わっていた二人だが、こと冬木中央公園の中央広場に差し掛かり、昼食を一時止め眉を顰めた。何せ一般人でも避けて通りそうな――実際人は寄り付いてもいなかったが――瘴気漂う場所であったのだから。
「これはまた…。何があったか知りませんが、なんと嘆きと悲しみと絶望に縁取られた、怨念こびり付く場所なのでしょうね」
「うは〜〜、ドロドロですね。気分悪くなりそうですし、浄化しちゃいましょうか?」
「この広さを一人でですか? しかし流石に時間を掛けて人の目に付くのは拙い…」
「大丈夫です! 事は一瞬で済みますよ。鳳燐!」
その呼び掛けに、今回少々おとなしめの演出で参上する鳳燐。
「はいな〜♪ 御呼びによって参上で……うっぷ?! な、何ですかここ? 何だか気分悪くなってきますね。例えるなら軽い二日酔いと言った所ですかね?」
「この広場を浄化しちゃうから手伝って鳳燐。事は一瞬で、人に見付からないうちにね」
「任務了解です♪ それじゃ早速始めましょうマスター」
「それじゃ…、赤の技 神炎祓濯!」
「浄焔 鳳仙花!」
同時に放たれた浄化の焔は、一瞬にして瘴気放たれる広場を覆い、瘴気を焼き尽くし、その一瞬後には何も無かったが如くその焔は消え去った。
二人掛りの浄化なら、大体普通の穢れは一瞬であろうに、少し時間が掛かっている辺り、その濃さが窺えようというものだ。
「おお、サッパリスッキリ清々しいくらい奇麗になっちゃいましたね」
「…しかし、見た所ここに表出する筈の霊脈の井戸は、未だ壊れたままのようですね。修復は……まあ、ここの土地の管理者さんがしてくれるでしょう。我々が関わるのも面倒ですし…。それはそれとして、マキビ・ハリ気付いていますか?」
「何か凄い気配がいますね。ヤッパリこれってサーヴァントなんですかね?」
困ったな〜っといったさして困ってなさそうな風情のハーリーに、苦笑する鳳燐にニヤリと哂うレザード。
「何だ、もしかしてバレバレか? それにしても、アレだけの瘴気を祓っちまうとは、お前ら只者じゃねえな? サーヴァントの気配は無いし、もしかしてマスターか?」
一同は実にアッサリそう声を掛けてくる相手に目を向けると、そこには何と言うか、青い兄ちゃんがそこに居た。後ろで結った髪も青けりゃTシャツの上に羽織ったGジャンも青く、勿論穿いているズボンも青い始末。しかしその気配は、間切れも無く人ではないと訴えていた。
その姿にフムと考える。衛宮家に居るのが剣騎・弓騎、消えた乗騎にこの前対戦した唱騎、聞いた話では見上げるほどの巨漢の狂騎に柳洞寺の山門に居る筈の侍姿の殺騎。自然と残るのは遠坂凛の言っていた青かったという槍騎ランサー位だろうか?
「はは〜ん。青い貴方はランサーですね!」
「どういう判断基準だそりゃ!!」
ハーリーの一言に思わず突っ込むランサー。中々面白い奴の様である。
「でも槍さんなんでしょう? 青いですし…、ネタは挙がってますよ?」
「だぁ〜、俺の
「まだ惚ける気ですか? 槍さん案外イケズです♪」
「………………お前、精霊だよな? 何でそんなお茶目なんだよ? 普通違うだろ、って言うか俺が今まで遇った精霊はそんなんじゃなかったぞ? …いや、確かに俺がランサーだけどさ。ああ、何か俺の精霊への認識が、チョッピリ破壊された気がしてならねぇぜ、なあおい嬢ちゃん?」
鳳燐の物言いに、酷く打ちひしがれた感じになるランサー。きっと自分の中の幻想の一つが、たった今木っ端微塵に砕け散ったのだろう。世界は広かった、っと言う事を認識しないランサーではないので、こんなのも有りなのだろうと、認め様として酷く精神力を消耗している様である。
「で? 青の槍さん何か用なんですか?」
「くっ!? …もういい。それに関しては譲ってやる。そうでないと話しが進みそうに無いからな」
「槍タイツ」
「………でだ、一応そんな凄ぇ精霊連れてるぐらいだから、当然聖杯戦争のマスターなんだろうと踏んで来たわけだが…」
鳳燐が小声で茶々入れるが、何とか無視の方向で話しを進めるランサー。強敵との死力を尽した戦いが生甲斐と言って憚らず、その為だけに呼ばれ、それを期待しここに出て来たランサーであったが、しかしその望みも速攻で遮られた。
「残念ですけど僕達二人ともマスターじゃないんですよね。僕達がこの町に来た時には、もう聖杯戦争始まってましたし。ですから無関係な僕らを襲っても何の得にもなりませんよ?」
「な!? マジかよ? それだけの力を持っていながら勿体無い。お前らがマスターなら相当イイ勝負が出来たろうに…。人生儘成らんぜ。もっとも俺の人生はとっくに終っちまってるんだがな(笑)」
爽やかに笑ってくださるランサーさんに、ますます面白い人だ〜っという印象を深める一同。
「あ〜、しかしアレだな。そうなると姿見せたのは不味かったか? 目撃者は消すってのがセオリーなんだが、流石にこっちの勘違いで殺生するのは後味が悪い。それに今は昼間だし、誰に見られてるともかぎらねぇしな……」
うんうん悩みながら、唐突に顔を上げ、
「悩んでも仕方ねぇ。軽ぅ〜く一戦やっとくか?」
色々悩んだ末、それが一番都合良さ気だと判断し、しかし如何にも悩んでませんといった顔で言って来るランサー。ハーリーはあまり戦いたくない為渋ったが、レザードはランサーの意を汲んだのか、ランサーの意見を推してきた。
「確かに彼の言う方法が、一番当たり障り無く冴えた遣り方なのでは、と私も思いますがいかがですか?」
「う、うぅ〜ん…。レザードさんがそう言うんなら、今の提案は理に適ってたわけですね? 解りました、それじゃ一戦やっときますかランサーさん?」
「はっはぁ〜〜! そうこなくっちゃ戦士の名折れよ♪ それじゃ早速始めるか!」
ランサーはいつの間にやらその手に、禍々しくも名高き深紅の魔槍を握っていた。ハーリーも早速双剣を腰に佩し、スラッと抜き構える。
その闘いはまったくもって唐突に始まった。
先手は様子見の為かランサーが試すような突きを数撃放ち、ハーリーも難無くそれを受け流す。その最初の攻防にランサーは少し面白そうな顔をしながら、今度はさっきよりも一段早い突きを一撃放つ。その突きも地蛇剣で跳ね上げ、今度はお返しとばかりにハーリーが空いていた天蛇剣、地蛇剣と切り込むが、これも凄まじい引きで還された槍によって防がれる。
「やるじゃねぇか坊主…。ならこれはどうだ!」
先程とは段違いに鋭い一撃が放たれるが、これも危なげ無く双剣でいなす。この辺までは、まあ、人の闘いであったろう。何より眼に見えるし、達人とかなら何とか再現できるレベルではあった。
しかし後からの攻防は、まさに人ではない者の闘争であったろう。映画だといえば納得されてしまう様な、そんな非常識な攻防が繰り広げ出した。
まさに先程までのは様子見の序の口。今目の前で展開されている、眼で追えるかどうかという間断無き連撃の攻防は、最早人では再現しきれないだろう。
喜々とし残像が見えるほどの連続突きを放ち続けるランサーに、こちらは少し苦しげに、それでもその常識外れの怒涛の攻撃を捌きかわし流しいなしているハーリー。状勢は少々ハーリーの方が拙い様であった。この、人には再現不可能なスピードに何とか付いてはいってるが、いかせん技量経験その他が違いすぎる。この様な凄まじい攻防も初めてなら、ここまでのスピードで渡り合うのも初めてなハーリーである。
思考・判断・意識等をマシンを扱う時の要領で
このまま打ち合い続けるのは不味いと、一段強く弾き、何とか間を空け、ハーリーは自分の機動性を活かした空間戦闘を行う為、ラプラスに空中の足場を任せ空に駆け出す。
その様子に流石のランサーも驚くが、すぐに面白い物を見るかの様な笑いを浮かべ、ワクワクっといった感じで楽しそうにハーリーの襲撃に備える。
ランサーの周りを文字通り縦横無尽に駆けるハーリーだったが、ランサーもその動きが判っているのか、忙しなげに眼を動かし追っている。
「赤の技 鳳翼千羽!」
並みの攻撃や不意打ちでは無理だろうと、駆けるこの機に技を放つハーリー。無数の炎の羽を放つこの技を今の状態で放つと、文字通り四方八方360°から炎の羽が襲い掛かってくる。しかしランサーは慌てず騒がず物凄いスピードで槍を回転させ、赤い円盤を作ったかと思うと、これまた凄い勢いで縦横無尽に振り回し始めた。
まさに冗談の様な光景であった。回転する槍の軌道がランサーを囲むが如く球となり、それに侵入しようとした炎の羽を一枚残らず打ち落とされていった。
何て出鱈目…。これじゃあ付け込む隙すらありゃしない。
全ての羽を打ち落とし、ニヤリと笑いながら回転を止め再度構えなおすランサー。しかしハーリーもその瞬間を狙い、利き手とは逆で狙いにくいランサーの左後ろ極低空を地面ギリギリに身を傾かせながら疾走し、逆袈裟に双剣で斬り上げる。
しかしそれすら見切っていたのか、ランサーは斬り付けの直前、垂直に跳躍しハーリーの斬撃が空振った所を狙い、真下に向かい無数の刺突を繰り出した。
堪ったものでないのがハーリーである。決まると思った一撃を透かされた上、カウンター気味の反撃まで喰らったのでは堪らない。
掠める様な攻撃を、ハーリーは無理な体勢から双剣を使い、紙一重転がる様に何とか回避に成功する。…危なかった。正直今のはかなり危なかった。反応が一瞬でも遅ければ死んでたかもしれない…。
「凄ぇ凄ぇ! お前本当に生身の人間なんだよな? それで今のを躱せるなんざぁ只者じゃねぇな坊主♪ その双剣の宝具といい、死んだら即英霊にスカウトされるんじぇねえか?」
「危なぁ〜。お褒めに預かり光栄なんですけどね、今のの何処が軽くなんですか?! 危うく死ぬとこでしたよ!」
「悪ぃ悪ぃ。つい面白すぎたんで調子に乗っちまった♪」
ランサーは悪びれもせず、思いっっっきり笑った顔でそう答えてくる。何やら非常に愉しそうな様子である。
「まあ、でもあれだ。これだけ梃子摺るんじゃ引かねぇ訳にはいかねぇよな? 何たって今はまだ真昼間な上、ここは誰が見てるとも判らねぇ公園のど真ん中だしな。こっちとしても色々言い訳が立つわけだ」
「それは…そうなのかもしれませんけど。何か納得いかない気がします。どうにもランサーさん一人が得した様な…」
「まあまあ良いじゃねぇか。正直俺が一番得したってのは、あながち間違いじゃねぇがな。それはそれで置いとくとして、名前、教えてくれないか? ここまで戦った一端の戦士に、何時までも坊主とか少年とかじゃ悪いしな」
「僕はマキビ・ハリです、親しい人はハーリーって呼びますけど。それであっちがレザードさんです」
「ハーリーにレザードか…、覚えとくぜ。俺の名はクー・フーリンだ。本当はサーヴァントなんだから真名を名乗っちゃ拙いんだが、お前にはサービスだハーリー」
ニッと爽やかな笑顔で言ってくるランサー。それに対し、その名に驚きを浮かべるハーリー。
「クー・フーリンって……、確かケルトの大英雄じゃないですか!? うわぁ〜、まさか本物に会える日が来るとは……。 ? はて? 最近似た様な名前を聞いた様な…?」
何だか聞き覚えのある響きに悩むが、ふとこの前行った…クロノパレス?だったか、時空神殿で会ったジークルーネ曰く雑な人がそんな姓を名乗っていた様な…。確か名をエマ・フーリンと言わなかったか?
「つかぬ事を伺いますけど、もしかして御知り合いにエマさんって方いらっしゃいます?」
「はぁ?! 何でここで俺の女房の名前が出て来るんだ?」
「えぇ!? 奥さん、なんですか? …そうか、あの人がランサーさんの奥さんだったのか。でも結構似た者夫婦なんじゃ…、性格とか雑な所とかそっくりですもんね」
「はい? それこそちょっと待て。似た者ってエマは俺とは正反対の性格だぞ。確かに芯の強い女だったが、雑どころかよく気が利く実にイイ女だった」
生前を思い出したのか、実にいい笑顔でクックッと思い出し笑いをするランサー。
「そうなんですか? でも名前もエマ・フーリンって偶然じゃなさげな名前でしたけど…」
「は!? 一体それは何処で会ったんだ? そもそも前提として間違ってる。クー・フーリンってのはもともと『クランの猛犬』っていう意味で、俺の通り名みたいなものなんだぜ? エマって名前はいいとしても、フーリンって姓は可笑しいぜ?」
「ええぇ!? そ、そうなんですか? 僕はテッキリ…。あ、でも、実はそんなに遠い存在じゃないかもしれませんよ? 別世界の奥さんて可能性も…、何せエマさんと会ったのは四次元の時空神殿でしたしね。しかもそこ直属のリーブラナイトとか何とか言うのに入ってるみたいで、凄く強そうでしたし…。それにランサーさんの持ってる槍によく似た、深紅の槍を持ってましたし」
「はひ? こいつとよく似たって、…見た目がか?」
「見た目もですけど、持ってる雰囲気とか受ける印象とかが似てるんですよね…。あっちもこんな感じで禍々しいぐらいの深紅でしたし」
「はへぇ〜、それはそれは…。世の中まだまだ不思議な事が色々あるもんだな。
想像を思い浮かべながら、ハーリー曰く自分によく似た妻の同一体にランサーは酷く興味をそそられていた。まったくもって実に面白そうであるが、今この状況サーヴァントたるこの身ではそれもまた無理そうだと、残念ではあるが納得もしていたりした。
「今回の召喚は偵察任務ばかりで詰まらなかったんだが…、お前らに会えて良かったぜ。面白い話しも聴けたし、久々に面白い闘いでもあった。出来ればお前さんとはキッチリ決着を着けたい所だが、まあ今回はこの辺で退散させてもらうぜ」
「まあ、また機会があれば、ですね」
「ははは、違げぇねぇ! それじゃ、またな」
ランサーは実に愉しそうにそう言うと、背を向け一瞬にして掻き消えていた。
「実に面白い人でしたね。でも、キャスターの人もそうでしたけど、サーヴァントって皆さんあんな面白い人ばかりなんですかね?」
「一概にそうとは言えないでしょうが…、くくくく、そのセリフ、昨日のキャスターに聞かせたなら、地団駄踏むこと間違い無しですね(笑)」
「ぷっ、あははははははははは♪ それを言っちゃうと、きっとセイバーさんもそのカテゴリーに入っちゃいますね。あの食いしん坊ぶりは既に芸に入っちゃってますよ」
この数日見てきたサーヴァント各種の所業が思い出され、爆笑する鳳燐に釣られる様にハーリーとレザードも思わず吹き出し笑ってしまった。
一同は笑いが何とか治まると衛宮家への帰途についたが、帰るなりキシャーっとばかりに士郎を攻める凛、真っ白になりながら乾いた笑みを浮かべる士郎、不用意な一言から士郎をピンチにしてしまい、はぅ(オロオロ)と困ってうろたえるセイバーの姿に、再び笑いのツボにはまったハーリー達は大爆笑のうちにその場の空気を白けさせ、沸点が非常に低くなっていた遠坂凛を噴火させてしまった。全員を巻き込んだこの大混乱は虎の来襲まで続くのであった。
そんなこんなで、今日も今日とて一日が無事過ぎ行くのでありましたとさ。
≫2月10日(日)
この日は朝から、なんともすったもんだな騒ぎが起り、士郎・凛・セイバーの三人はこの非常時にデート?へ出かけてしまった。一対一じゃないのにデートってどうよ?とか、この非常時にそれでいいのか?とか、色々言いたげな事はあったが、それを言う筈のアーチャーも少々挙動不審で、曰く「何故治っているのだ?」等よく分からない事を言い、結局出発を許してしまった。
それ故、今この衛宮の家に居るのは現在、周辺地域を見て回り城が無い事を確認した、ちょっと暇なハーリーとレザード、そして先程昼前にやって来た大河の三人だけであった。アーチャーは朝以来姿が見えない為、どこかに出た様である。
「えぇ〜! 士郎ってば居ないの?!」
「朝からデートだぁー、って凛さんがおっしゃいまして、セイバーさんも連れて三人でデートに出かけちゃいましたよ?」
「しょんな…、三人だけでズルイ! きっと美味しい物とか食べてるに決まってるんだから!! うぅ、お姉ちゃんも一緒に行きたかったよぅ」
子供の様にしょげる大河にハーリーは苦笑しながら、
「じゃあ、昼御飯は僕が作りましょうか? これでも結構腕は立つ方なんですよ?」
「え、いいの? 本当に期待しちゃって大丈夫?」
「任して下さい! これでもうちの師匠に随分鍛えられましたから」
やったのだぁ〜、とか言いつつ喜ぶ虎を見、久方ぶりに腕を振るいますか、っと意気揚々と台所に入るハーリー。そんな二人をはてさてと見ながら、ふと外に何かを感じたかレザードが外を見るが、しかしそこには何も無く、気のせいだったかと首を傾げ、台所のハーリーの様子を見に戻るのでありました。
「おまちどうさま、出来ました♪」
そう言って出てきたのは、昼食と言うにはちょっと豪勢で量も結構ありそうな献立であった。なにせでかい大皿にデンッとなにやら煮込みの様な物が、それこそちょっと多いのではないか、と思えるぐらい盛ってあったし、他にもメインが張れそうな肉じゃがとか青魚の塩焼きとかが、まったくもって実に美味そうな匂いを醸し出していた。
「何か冷蔵庫に良さ気な臓物が有りましたんで、メインに臓物の煮込みを作ってみました♪ これがまた、一見野卑な料理ですけど恐ろしく旨いんですよね!」
思わず『おおぉ〜』とその出来映えに驚きの声を上げるレザードと大河。何はともあれ早速食べようと一同は席に着き、
『いただきま〜す♪』
そう言うが早いか、猛然と食べだした。
比較的量は用意してあったので、アッと言う間には無くならなかったが、全員のこの食べっぷりならこれだけの量が有っても残りはすまいと思えるペースだった。
「これはこれは…。この臓物の煮込みは絶品ですね。見かけは何とも言えませんが、…クセになりそうだ」
「本当、凄く美味しいよぅ! 士郎や桜ちゃんの料理にも引けを取らないわね、これは! はふ、はふ、(もぐもぐもぐ、ゴックン) ああぁ、熱々で美味しい。しゃぁ〜わせぇ〜♪」
「確かにいけますわね。こっちの肉じゃがも美味しいですけど、やっぱりこの煮込みですわね! これは早速帰って作ってさし上げませんと♪」
「いや〜、そんなに褒められると照れちゃいますけど、喜んで貰えれば僕も作った甲斐があるってもんです」
口々に舌鼓を打ちながら、一同は次々と料理を平らげていき、粗方片付いた所でふと疑問が出て来た。
オカシイ。今この家には自分とレザード、大河の3人しか居ない筈なのに、何で料理の感想とかが3人分あったりするのだ? しかも良く見ると料理も4人分あったりして、益々オカシイ…。っていうか、そこに座っている、思わず見取れてしまいそうになる蒼銀長髪の美人さんは一体誰なのだ!?
「っていうか、一体貴方誰なんですか?! 一体何時の間に、気付かれもしないでどうやって…」
「あら、ようやく気付いたの? おほほほ、昼食は美味しく頂かせて貰ったわ♪」
「その声……、もしかしてキャスターさん? 何でここに…、っていうか何で紛れ込んでるんですか?!」
思わず問いかけるハーリーの声に、立ち上がり様子を伺っていたキャスターの顔に、痛い所を突かれた、みたいな表情が浮かぶ。
「え!? それはその…、セイバー達が朝出たのが確認できていたから、今の内に色々しておこうとここの正門まで来たんだけど、…その、何だかとっても美味しそうな匂いがしたんで、ついフラフラァ〜っと、ねぇ? おほ、おほ、おほほほほ……。
………だって仕方ないじゃない! 私だって宗一郎様に日々美味しい物を食べて頂こうと色々挑戦しても、生きてる頃は料理なんか全然作ってなかったからイマイチなモノしか…、いいえ、よりハッキリと美味しくない物が出来上がっちゃうのよ?! それでも何とかしたい所だけど、今は聖杯戦争中だし…。そんな時、偶然訪れたここでやたらと美味しそうな匂いがするじゃない! こんな感じのいい匂いをさせて、美味しい御料理を宗一郎様に出せたら…、そしてそれを食べた宗一郎様は…、うふうふうふふふふふ♪ ああぁ、きっと幸せでしょうね〜。うんうん。
……ふぅ、幸せ…か。……幸せが、欲しいわねぇ〜…」
途中まで妄想寸劇を展開していたキャスターであったが、最後にボソリと言った時の表情は、今まで見た事も無い様な、実に儚げで、何処かずっと遠くを見ている様な、愁いと憧憬と悔恨と懊悩が入り混じった様な、そんな衝撃を与えていた。
今にも泣いてしまいそうな、そんな雰囲気に、今まで黙って話を聞いていた大河がキャスターの手をグワシッっと掴み、
「諦めちゃ駄目よ、えぇ〜っと…、そうキャスターさん! ちょっと料理が下手だからって、ちょっと人より不器用だからって、それで物事を諦めちゃ駄目よ!
過去に何があったか私には分からないけど、でも今はその大好きな人が貴方の傍に居るんでしょう? なら諦めるなんて事しちゃ駄目! 出来なければ習えばいいわ。誰だって最初は素人なんだから♪ 最初から上手い人なんかいない、情熱と努力と根性で上達していくのよ!
そのいい例がうちの士郎! 今ではそこらの店にも負けない様な美味しい料理を作れるけど、最初はそうじゃなかったわ。この衛宮の家に貰われて来た時なんかそりゃもう、とてもじゃないけど食べられるもんじゃなかった。でもね、この家には家事を出来る人材が居なかったから、切実に努力した結果、驚くほどのスピードで腕を上げていったの。人間、必要に迫られると何でも出来るようになるんだなぁ〜って思わされた瞬間だったわぁ…
本当、つくづく切嗣さんて日常生活において生活無能者だったから、士郎は苦労してたわぁ〜。でもその結果今が在る訳だし、これで良かったのかなって今は思うわけだけど…、その辺どうなのよぉ?
…って何だか話がずれてる様な気がするけど、兎に角、だから、ようするに、乙女のハートに不可能は無いのよ!!!」
っとそんな事をそのバックに猛虎の姿を幻視させながら熱く語っていた。どうやら虎の胸の乙女回路が激しく反応し、フルスロットルで活動を開始した様である(笑) しかも何気に話しの内容は乙女のハートとはまったくもって無関係だった様な気がする。何より士郎は乙女ではない(核爆)
しかも大河のその言動に激しく衝撃を受けている様子のキャスター。あぁ〜、何やら嫌な予感がしなくも無い…。
「なんて…、なんて事。私ってばそんな基本的な事を忘れてしまっていたなんて…。ありがとう大河! 私、随分昔になくしてしまった大切な事を思い出せた気がするわ!
…そう、そうよね。始めから何もかも上手く進めようだなんて、危うくどっかの馬鹿神同然の過ちを犯す所だったわ! そうよ、私達には一歩ずつ進んで行ける力があるんだもの。絶対宗一郎様に美味いと言わせてみせ………あ、しまった!?
そうよウッカリだわ。受肉してこっちに居なくちゃ、それも出来ないじゃない! そうよそうだわそうなのよ! これは是が非でも勝ち残って聖杯を頂かなくっちゃ…。私のささやかな幸せの為、宗一郎様との幸せな家庭の為、まずは厄介な障害物を一つ一つ排除していかなくちゃ…。それにはまず、貴方達が邪魔になって来るわよねぇ〜♪」
うふふふ、っとキャスターは実にいい微笑みでハーリーとレザードの方を窺っている。微笑まれているだけだ、微笑まれているだけなのだがしかし、その微笑みを向けられているハーリーとレザードにはどう見ても微笑みには見えていなかった。
例えるなら腹を空かした子供達の餌を見つけた雌ライオンとでも言うべきだろうか? 実に物騒な雰囲気に、思わずハーリーもレザードも一歩引いた。
「んふふふふふ♪ さあ、私の明るい未来の為に、磐石な礎となりなさい!」
こうして衛宮邸を舞台にした、第一次魔術大戦の火蓋が切られてしまうのでありました。
「何よこれ! 一体何が…」
曇天の為、雨が降る前にとデートを早めに切り上げた凛一行は帰って来るなり呆気にとられた。何と言って、道場が半壊・土蔵が全壊・家屋の方も居間や台所は大丈夫の様だが、少しずれた箇所は半壊とは行かないまでも損傷。庭にもボコボコとクレーターらしき物が穿たれており、ハッキリ言って散々な状況である。
「これは……、サーヴァントの襲撃でしょうか? しかし我々が居ないにも関わらず、何ゆえにこの様な…」
「なんて、事だ。家が、家が……あ、でも居間と台所と寝る所は無事みたいだから、まあ何とか生活は出来そうだな。直すの大変そうだけど…」
「あのね! 今はそんな呑気な事言ってる場合じゃ無いでしょう?! 兎に角あの二人が大丈夫か確認しないと…」
そう言うと凛は士郎とセイバーを引き連れ、安否確認の為庭から回り込んで行ったのだが…。そしてそこで一同が見たものは、気絶しているらしい大河を起こそうと頬をペチペチしている着衣の乱れたキャスターと、ケホッケホッと咳き込み文句を言いながら煙を払っているレザード、そして虚空に向けてヤバ気に乾いた笑いを零しているハーリーであった。
ショウジキ、ワケガワカラナイ…。一体何なんだろうこの状況は?
キャスターが大河を人質にとり硬直状態、というのなら分かる。キャスターが居なくて気絶した大河にホッとしている、というのも分かるし、大河を護って乱戦中、というのも分かる。しかしこれはどれとも違う。何をどうしたらこういう状況になるのだろうか?
キャスターは大河を人質に取るどころか気絶しているのを起こそうとしているし、レザードは……まあ何かしらの被害を受けたのは判る。しかしハーリーは一体何故あんな状態になったのかがサッパリ判らない。
「いい度胸ですキャスター! 大河を人質に取るとは卑怯千万! 今すぐその手を離しなさい!!」
そう言って一歩前に出たのはセイバーだ。とりあえず、キャスターがペチペチしていた事等は無視の方向で行くらしい。
「な? え?! ちょ、何でもう帰ってきてるのよ貴方達! そんな時間は……って、嘘!? 何時の間にか結構な時間が過ぎてるじゃない! 迂闊だったわ…。私とした事がつい夢中になって………ってそれは取り合えず置いといて、あぁ〜〜うぅ〜〜如何し様? えっと、えっと、……! とりあえず動かない事ね。こちらには幸い人質が居る事ですしね?」
混乱をきたしていたキャスターだったが、何とか冷静さを取り戻し、狡猾な魔女の振る舞いを装いつつ不敵な笑みを浮かべてみたりする。何とかシリアス路線に戻そうというセイバーとキャスターの思惑は、どうにか形には成った様である。
「ケホッケホッ、いやはや、貴女も中々やるではありませんか。まぁ認めてあげましょう。故人は褒めて二度殺すのがスジらしいですからね」
「…………はっ! あれ? 何時の間にか終ってる? あ、レザードさん……に皆さんも、いつのまに帰って? って、あれ? キャスターさん? どうしたんですか、そんな所にへたり込んだりして?」
どうにも先程までセイバーとキャスターで形成していたシリアス気な雰囲気は、この二人の回復により雲散霧消して行ったようだ。
「雰囲気を察するとか、そういう細やかな配慮が何で出来ないのよ貴方達!? これでも状況の好転を計ろうと色々とアドリブでやってるのよ?! なら貴方達も察して動くべきでしょう! 何でそうやっていつもいつもブチ壊して行くのよ!! 私だって一生懸命やってるんだから! うわぁぁぁぁ〜〜〜ん(泣)」
話している内に感極まったのか、キャスターはおもむろに走り出す。そして何を思ったのかある地点でピタリと止まり、ハーリーの方に振り向くと、ハーリーにだけ聴こえる様に言霊に乗せて『大河をお願い…』という声が届き、それを確認もしない内に再び走り出すキャスターであった。
昼間の出来事からハーリーは、キャスター意外に良い人?と思ってみたり…。
「あ!? し、しまった! あまりの出来事に見逃しちゃったじゃない!!」
「おおぉ、本当だ。まったく、うっかりだな遠坂」
「平然とした顔でアンタが言うな! このヘッポコ!!!」
凛がうっかり属性を発動させ理不尽に怒ったりしていたが、見逃した、という意味では士郎も変わらない為、特につっこまず凛のギャラクティカに唸りを上げるパンチをヒョイヒョイ避ける事に専念する。それがかえって凛の機嫌を悪くしているのだが…、まあ士郎は気付きはしないだろうから捨て置こう。
何はともあれ、何で逃走に転移魔術を使わなかったのかとか、色々突込み所はあったりするのだが、とりあえず母屋の修理をするのが先決と修理で午後のひと時を過ごす事となる一同でありましたとさ。
………結局士郎はあかいあくまの奸智にかかり、張っ倒されたそうな(南無南無(笑))
≫interlude
グスグス言いながら柳洞寺に帰ってきたキャスターであったが、それを出迎える様に、山門を通っていると侍姿の人影がフッと現われる。キャスターが呼び出したサーヴァント、アサシン・佐々木小次郎である。
「ん? どうしたキャスター。気丈なお主らしくも無い、いつもの女狐っぷりはどうした?」
「………うる、さいわね、グスッ。今は、アンタの相手、する気分じゃないのよ。ウゥゥ」
「やれやれ、いつもの悪女っぷりはどうしたのだ? それではお主が可憐な乙女に見えてしまうぞ? 思わず鳥肌が立ってしまうではないか」
「な!? 小ぉ〜次ぃ〜郎ぉ〜〜〜、高だか出来損ないの亡霊が、口の利き方に気を付けなさい!!!」
キャスターがそう言うなり、突然小次郎の胸が内側より爆ぜる。召喚時に埋め込んでおいた腫瘍が、八つ当たりで作動した様だ。
「ゴフゥ! これは手酷い。回を重ねるごとに酷くなっておる気がするのだがな、キャスター」
「ふん! 分をわきまえないからよ。次から気を付けることね。この次は上半身と下半身が泣き別れになっても知らなくてよ?」
「ふふ、気を付けるとしよう…」
「……解れば、いいのよ。……………」
小次郎は悪態つきながらも微笑みを絶やさず、その幽微な様は八つ当たりしたキャスターを困惑させた。ここまでの事をされて、何故笑っていられるのか、と。
そんな困惑を抱えつつ、キャスターはそのまま境内へと上がっていった。そんなキャスターの後ろ姿を見守りつつ、
「…主には泣き顔など似合わんからな。笑顔であるならあの月の如くもっと美しいだろうに……」
そんなセリフをどこか愉しそうに月に捧げる、アサシン・佐々木小次郎であった。
≪interlude out
≫2月11日(月)
明けて翌日。昨日のあの時、折角人質を取っていたのだから、それを楯にしていればセイバーを手に入れられたのではとか、何やら色々と後悔やら反省やらする点にズゥ〜ンと落ち込んだりしていたキャスターであったが、このままではイカンと一念発起し、先に聖杯の器を手に入れておこうと新都の冬木教会に殴り込みをかけるべく行動を開始していた。
実はこの行動、凛の使い魔である宝石梟に見られていたのだが、この時のキャスターにはそれに気付けるほど冷静では無かった為、そのままあかいあくまに筒抜けだったりするのであった。
「っと言うわけで、行くわよ冬木教会! ちょっと遅れて行って綺礼が倒されたりなんかしてるとなお良し♪」
何やら不穏当でブラックな発言が聴こえて来た気もする士郎であったが、取り合えずそれは聴かなかった事にして話しを進める。
「ああ、これは前にも言ったんだが、行き成りそれじゃ何の事だか判らないって。前置きとか説明を入れてくれ、お願いだから」
「む、士郎の癖に生意気よ? …まあ、今回それは後回しにしといてあげる。とにかく、キャスターが動いたわよ。どうやら先に聖杯の器を手に入れる為に綺礼の所に行ったみたいね」
「それって不味いんですか?」
「そりゃ不味いでしょう。相手はキャスターなんだから、どんな隠し技持ってるか分からないし、使える手段は増やさせないにこした事は無いでしょう?」
「言われるまでもありませんね。口上垂れる暇があったら、さっさと討ってしまった方が手早い…、わざわざ相手に行動の猶予を与える程余裕もありませんしね?」
意見の一致を見た所で、一同は念の為遠坂邸のアーチャーを加えてから新都は冬木教会へと急ぐのであった。
≫interlude
「無い、ない、ナイ! 何で何処にも無いのよ!! 辛うじて有ったのは機能していない出来損ないが一つだけ……。こんな事ならあの似非神父、もっと締め上げておくんだったわ」
一方こちらは勢い込んで教会に殴り込みを掛けたキャスターさんでありましたが、幾ら探せど此度の聖杯の器が見付からず、襲撃の時に逃がした悪人面の似非神父の事を思い出したりして、現在地下聖堂の一室で、はうぅ〜と落ち込んでいたりした。
「あぁ〜、これじゃ意味が無いじゃない。折角良い手札の一つも手に入るかと思ったのに、これじゃリスクの分だけ私の負け越しだわ……」
つくづくもって運が無いと、チョッピリ自分の不幸さ加減に嘆きが入りかけたが、そんな思考はこの階下へと降りて来る靴音と声によって中断された。
「どうやら望みの物は見付らなかった様だなキャスター」
「な!? 宗一郎様、何でココに?!」
「……奇妙な鳥を見てな。遠目ではあったがお前らしき人影を追っている様だったので追って来た。不思議な事にその鳥は宝石で出来ていたのだが……何か心当たりはあるかキャスター?」
そう言って宗一郎はキャスターに何かの残骸らしき砕けた宝石を差し出してきた。それを見てキャスターは己の迂闊を呪った。冷静さを欠いていたとはいえ、こんな使い魔につけられて気付かないとは……。
そして宝石の使い魔を使って自分をマークしようとする魔術師など、思い当たるのはたった一人しかいない。3日前の闘いで宝石を使って魔術を行使していたあの小娘…。
そう考えると非常に不味い。既に居場所は知られ、戦力を整えこちらに向かって来ているだろう。今度は恐らくアーチャーも連れて来る筈だ。そうなっては此方が圧倒的なまでに不利過ぎる。ここはとっととこの場を離れ、可及的速やかに柳洞寺に戻らなくてはならないだろう。
「不味いですわ宗一郎様。どうやら敵がここに向かっているようです。早く柳洞寺に戻らなくては……」
「…ふむ。しかしそれは少々遅かった様だ」
≪interlude out
「ちっ! 使い魔を潰された。急ぐわよ!!」
アーチャーを加えた一行は現在冬木大橋を渡り、坂の上の教会目指して疾走中である。
冷静さを欠いていたキャスターの監視を、上手い具合に凛の使い魔がやっていたのだが、教会の外で待機させていると突然何かの顔が一瞬映り、その直後一瞬にして使い魔が破壊されてしまったのである。
ハッキリ言って許せん。あの使い魔だけでもそこそこな値段がしてしまう。高校生の小遣い程度では端金にもならんぐらいの御値段はしてしまうのだ。某人物風に言わせると「こいつはメチャ許せねぇよなぁぁぁ!」みたいな感じである。口汚く「ビチグソがァ〜!!」とでも罵りたい気分であるが、それはまあ被っている猫を50匹ぐらい犠牲にして何とか抑えている。
流石はその名も響く遠坂 凛。被る猫の数も並ではない。その数実に108匹は下らないとか何とか…(笑)
内心燃え滾る激情を押さえながら走るうちに、何時の間にやら教会に到着していたりした。周りの者は正直、使い魔が壊されてから凛の内から溢れる不機嫌オーラに引き気味であったが、ここは何とか素知らぬ振りで通す事にした様だ。流石に1週間近くもアノ性格を見ていれば、嫌でも対処を憶え様というものである。
「どうやら一戦終わったみたいね。魔力は残留してるけど……。死体が無い所を見ると綺礼の奴、死んでないわね。チッ! まあいいわ。とにかく今はキャスターよ!」
凛が実に口惜しそうにそう言い、残留魔力からキャスターの行方を追う。程無く地下聖堂への階段を見つけ降りる一行の元に葛木とキャスターの話し声が聞こえて来た。
「不味いですわ宗一郎様。どうやら敵がここに向かっているようです。早く柳洞寺に戻らなくては……」
「…ふむ。しかしそれは少々遅かった様だ」
「あぁ〜ら、もう御帰りなのキャスターさん。折角こうして私達も駆け付けたんだから、もう少しゆっくりして行ったらどう?」
ふっふぅ〜んと猫被った笑みで凛はキャスターを挑発する。そんな凛の声にその到着を知り、思わずキャスターは苦い顔をしながら、懐から奇妙な輝きを見せる歪な形をした、実用的とはとてもいえない――どちらかといえば祭儀等に使われる祭器の様な――奇妙な短剣を取り出し咄嗟に構えた。
「余計な事だけ矢鱈と素早いわね小娘。生憎私は貴女ほど暇じゃないのよ。時間も無いというのに本当に鬱陶しい…」
「そんな減らず口、何時までも叩けると思わない事ね。もしかして貴女、この布陣で逃げられるとでも? ハッキリ言ってあんたに勝ち目は無いわよ? しかもこっちは先日と違いアーチャーまで居るんだから、貴女が勝ち残る確率は限りなくゼロに近いんだから!」
まったくもって凄い自信である。キャスターもいささか怯み気味の様だ。確かにサーヴァント二人に魔術師三人もいればお釣りが来るだろう。サーヴァントが一人少なければまだ何とかなるかも知れないが、現実は変わらないので今ifに意味は無い。しかもサーヴァント二人は既に戦闘態勢に入り、セイバーは風鞘剣をアーチャーは無駄無しの弓を構えキャスターを狙っている。
その辺の事はキャスター自身にも解っているのか、ますます顔が険しくなりる。っとそんな中、凛の必勝ムードをよそに、
「あのぉ〜、ちょっといいですか?」
ハーリーがそう言いながら一同から一歩前に出て来た。
「ちょっ?! 一体何を……」
ハーリーの行き成りの行動に戸惑う凛であったが、ハーリーはそんな事は気にせず話を進める。
「どうしても訊いておきたいんですけど、そうまでして叶えたいキャスターさんの目的って一体何なんですか? それって聖杯じゃなきゃ叶わないものなんですか?」
「ちょ?! マキビ君一体何を…」
イキナリ何を言うのかと、凛は戸惑いながらハーリーを見る。そんな中、ハーリーの言葉に何事か考えていたキャスターが、考えが纏まったのか顔を上げながら静かに訊いて来る。
「…私の目的は、受肉して第二の生を宗一郎様と共に歩む事。それが一体なんだと?」
「それって自力で出来ないんですか? それが出来るならこんな争い、する必要も無いと思うんですけど…」
「……現界だけなら今ある魔力だけで事足りるでしょうけど、でもこの器では不安定なの。何があるか分からないのに、魔術が使えないのは正直きついわ。だからちゃんとした肉体が無いと……、それにその…ちゃんと赤ちゃんとかも欲しいですし」
「ふむ。一つ訊きたいのですが、貴方の力で素体を創りあげる事は可能ですか?」
ハーリーとキャスターの遣り取りに、何か考えていたらしいレザードはキャスターにそう問う。
「それは………、多分可能だと思うけど、それが…?」
「以前も言いましたが、私は天才錬金術師にして天才屍霊術師でもあります。ゆえに肉体と精神、そして魂に関わる術に詳しくもある。貴方が素体を用意するのであれば、我が輸魂の呪をもってその魂を素体に受肉させる事も出来なくは無い」
「ほ、本当なの! 本当にそんな事が…」
「だぁぁ〜〜、ちょっと待ていあんたら!! 何勝手に私抜きで話しを進めてるのよ! しかも懐柔みたいな提案までして! 相手はキャスターなのよ?サーヴァントなのよ?敵なのよ?倒さなきゃいけない相手なんだから! っていうか、私抜きで話しを進めるんじゃなぁい!」
イキナリの展開に思わず乱入してしまった凛であったが、結局イニシアチブを取らなければ気が済まない性格ゆえの暴走であるらしかった。まったく難儀な娘さんである。
「まあまあ、落ち着け遠坂。聞く限りそれほど悪い展開でもないみたいだし、もう少し様子を見てても……」
「黙れヘッポコ! 私に意見しようだなんて10年早い」
凛の苛烈な言葉にグハァとか言いながら凹む士郎。幾らなんでもあんまりだ。
そんなマスターの様子に、武器は下ろしているが警戒はしたままでセイバーとアーチャーはやれやれと肩を竦める。
「はぁ……、とにかく受肉は可能と考えてもよろしいのですね?」
「ええ。そう考えて頂いて結構です。……もっとも、それだけの事を為すのですからタダと言う訳にはいきませんが……まあ、その辺は要相談と行きましょう」
「ええ、それで結構よ」
レザードの提案も苦にならないぐらい喜び溢れていたキャスターであったが、何かにハッとし、堅くなった表情のまま恐る恐る宗一郎の方を窺う。
「…あの、その、そ、宗一郎様。勝手をして申し訳ありません。私の…、私の望みは宗一郎様の傍で第二の生を生きる事です。御迷惑でなければ置いて頂けませんか? ……その、勿論迷惑ならそれも望めませんし、宗一郎様が聖杯を望まれるのでしたらこの取引も無効にして全力を尽くしますが……」
キャスターはどこか不安そうな様子でそう言いつのっていたが、それを止める様に葛木が話す。
「それがお前の望みなのだろうキャスター? 先にも言った、私はお前の期待に応えようと。だから何も気にしなくていい。お前はお前の望む事を望む様にすればいい。それにこれは私の始めた事でもある。ゆえに私は最後までお前に付き合おうキャスター」
それは何とも不器用な告白にも聞こえたろう。もしかしたら本人にはそんな気は無かったのかもしれないし、ただ単に気が付いていないだけかもしれない。しかしそれでも、それだけの言葉で、それが素っ気無い態度に見えても、恐らくこの場で彼を一番理解しているのはキャスターだろうし、彼女もそれで、それだけで十分だった。
「宗一郎様、私、私…」
宗一郎のその言葉にどれ程の感動と愛しさを感じただろうか。キャスターは思わずその瞳から涙を一雫零しながら、葛木に抱きつこうとした。
が、しかし、何の偶然か葛木に抱きつこうとしたキャスターは、自らのローブの裾を自ら踏み、思いっきりその手をバタつかせ、派手にこけ…そうになった所を、咄嗟に動いていた葛木に抱き止められていた。
が、これまたしかし、これまた運が悪い事に、その転びかけた際にキャスターの手に握られていた奇妙な短剣が、その手をすっぽ抜け、空中を舞い、ものの見事に、その先に居た運の悪い赤い弓騎(幸運値:E)の胸にサックリと刺さってしまった。
悪意や敵意や戦意があったなら、まだ心眼のスキル等で回避は出来ただろうが、今回のこれはまったくの事故、まったくの偶然、まったくもって運の問題……。ゆえに幸運値が最低のEであるアーチャーに、この偶然を避ける術は在りはしなかったのである(笑)
「な、に?」
「ああぁ!?
その瞬間、
「おおぉ」
その素晴らしい威力に思わず唸るアーチャー。流石は剣マニア、思わずウットリである。
「ちょ?! キャスター、アンタなんて事すんのよ! 何か知らないけどアーチャーとの繋がりが消えてるじゃない!?」
「はうぅ!? ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 私ったらつい浮かれちゃって何時もはしない様なミスを……」
怒る凛に落ち込むキャスター。ここに来てキャス子さんドジっ娘属性発動である(笑)
そんなキャスターの様子に、凛はなにやら毒気を抜かれたような顔をする。
「……まあ、ワザとじゃないみたいだからいいけど。それにしても凄まじいわねその短剣の威力。流石にキャスターの宝具って所か。何はともあれアーチャー、契約切れちゃったから再契約を……、アーチャー? ちょっとどうしたのよ??」
正直これはチャンスではある。アーチャーの目的は聖杯などではなく目の前の小僧、衛宮士郎を自分の手で抹殺する事であるのだから。しかし、ハイリスクである事もまた理解している。
これだけのメンバーを敵に回しては、果たして自分の切り札である心象投影の大禁呪・固有結界『
ここは一撃をもって衛宮士郎を斬り捨て、それが叶わぬ時は全力を持ってここを離脱するが上策であろう。今でなくても討てるチャンスを待てばいい。幸いにして時間はまだ有るのだから…。
アーチャーは凛の疑問の声から僅かに1秒足らずでこの思考を完成させると、無駄なくそれを行動に移した。
駆け出しながら一瞬でその両手に陰陽剣・干将莫耶を握ると、瞬きの間に士郎に斬りかかる……が、これもまた予想の通りその抹殺の斬撃はセイバーの剣によって止められていた。
「アーチャー!? 貴様一体何をする!! 我がマスターを斬ろうなどとは正気ですか?!」
「私は至って正気だが……ふむ。ここは少々不利だ。今回は引かせて貰おう」
他の者達が呆気に取られている中、誰かが声を掛ける間もなく、アーチャーは素晴らしいスピードでこの場を脱出して行った。
「な、ちょ、何なのよ! どうしてこんな、訳分かんないじゃないアーチャァァ〜〜〜〜!!!」
アーチャーの突然の離反に訳も分からず、ただ遣る瀬無い激情を乗せたその叫びが地下聖堂に木魂するのであった。
≫interlude
「ただいま〜」
今日も今日とてお勤めを果たし学校から帰宅した間桐桜は、ここ最近し始めた帰宅の挨拶に少々明るい響きが混じる。心が少し軽くなったのだろう、昼間も弓道部主将の美綴綾子に少し明るくなったか?と聞かれたりしていた。
「幽袮ちゃん?」
屋敷に入ってから、この陰気でどこか腐臭が漂って来そうな雰囲気だった屋敷に、場違いな紅茶のいい匂いがキッチンの方から漂ってきていた。あの子が一人で紅茶を淹れたのだろうかとそちらの方を覗くと、見知った幽袮は兎も角、何やら見知らぬ赤い人が幽袮の為にお茶を淹れている所だった。
「あ、お姉ちゃんお帰りなさい♪」
「はい、ただいまです。……えぇ〜と、幽袮ちゃん? 何だか見知らぬ人が屋敷の中に居てなおかつ紅茶なんか淹れたりしてるんですけど、その人は一体…?」
「あ、そっかそっか。ねえねえ、お姉ちゃん聞いて聞いて! 私ちょっと外を御散歩してたら、偶然何だか職にあぶれた感じの野良サーヴァントを拾っちゃったの♪ それで早速役立って貰おうと思って茶坊主に♪♪♪」
ほらほらと赤い外套の男を指差す幽袮に流石の桜も一瞬呆けた。この娘は一体何を言っているのだろうかと…。
「不本意ながら、だ、マスター」
やれやれと実に不満そうにそう言うその赤い男、言うまでも無く偶然の賜物で凛の令呪から脱したアーチャーその人である。
あの後、衛宮士郎の抹殺の機会を窺う為、どこぞに潜伏を考えていたアーチャーであったが、そこに偶然通りかかった幽袮に捕獲されてしまったのである。
抵抗も試みないではなかったが、全ては徒労に終ってしまった。その外見に初めこそ怯んだが、その後の油断は無かったというのにそれでも彼は幽袮には勝てず捕獲されてしまった。その上面白そうの一言で契約まで結ばされ、彼の機嫌は至極宜しくなかった。
サーヴァントなど居なくても勝ち抜けるだろうに、っと言うのがアーチャーの正直な感想である。幽袮にすれば、その辺も拘ってこその遊び。精々楽しませて貰おうと考えている様である。
「茶坊主ですか……って、その人サーヴァントなんですか?! って言うか、野良ってイッタイ…」
「気にするべからずだよお姉ちゃん♪ それよりほら見て。契約したらこんな感じの矢と的を意匠化した聖痕が浮かんできたんだよ! 結構奇麗だよねこれ…。ねぇ、アーチャー?」
「はぁ〜。恐らくそんな風に令呪を捉えるマスターなど、君が初めてだろうよ」
「そお? (グビリ)うんうん、やっぱり美味しい。やるわねアーチャー! それじゃ今度は夕飯をお願いね? 料理も得意でしょ、アーチャー♪」
「クッ! …了解した。地獄へ堕ちろマスター」
幽袮がアハハハと笑う中、アーチャーは眉間に皺を寄せながらそう言い台所へと向かう。
「…幽袮ちゃん、何だかあの人の背中、とっても煤けた感じがするんだけど、ちょっと苛めすぎなんじゃ…」
「大丈夫大丈夫、これも掛け合いみたいなものだから。私達の関係は至って良好だよ桜お姉ちゃん♪ そ・れ・よ・り・も、素敵なアノ人に告白したりしちゃう覚悟はOK?」
「なななななななな、何言ってるんですか幽袮ちゃん! 私がそんな、先輩に告白だなんて…。わ、私の事そんな風に見ててくれてないかもしれないし、それにそれに、今は聖杯戦争中で会いに行く事だって出来ないし、それにそれにそれに、そんな私の心の準備とかも十分出来てないし、それにそれにそれにそれに、私なんかじゃあんな素敵な先輩に釣り合うのかな〜、とか考えちゃいますし……」
「しゃ〜らぷ、お黙り、無問題! そんなの遣ってもみないで判る訳無いでしょお姉ちゃん? 心の準備だって家に行くまでに整えればバッチリ♪ 釣り合わないなんて事も無い筈なんだから、それも却下! それに聖杯戦争中だから? そんなのこの2、3日中に終らしちゃうから安心安心、だね♪」
「ふえ? ふ、ふええぇぇぇ〜〜〜!!? か、か、カクちゃん、そんな無茶なぁ〜〜!!!」
「無茶が通れば道理は引っ込むんだから♪ 万事OK! どぉ〜〜んと私に任せちゃってよ、桜お・ね・え・ちゃん♪」
桜の「ほぇ〜?!」などと言う声が響く中、幽袮による『桜のハッピー大作戦』は始まろうとしているのだった。
「やれやれ、忙しくなりそうだな…」
幽袮とのどうしようもない力の差を感じつつ、諦めが少し入った口調で語るアーチャーであった……が、本当にこれでいいのかアーチャー!?
こうして幽袮の気紛れと、好奇心と、遊び心により、迷走しだしたアーチャーの運命はどっちなのだろうか……。それは星だけが知っているかもしれない(笑)
≪interlude out
≫2月12日(火)
結局昨日、アーチャーの突然の裏切りと失踪にキシャーとばかりに暴走する凛を何とかなだめ、和解した葛木とキャスターと生き残る為の同盟を結び、ついでに葛木とキャスターの両名も衛宮家に居候する事となり、現在衛宮家には居候が何時の間にやら大量に棲息していた。
「取り合えず現状で判明している身元明らかな相手に仕掛けようと思うんだけど…」
現状確認と今後の方針の為一同集まり、凛を中心に話し合いが始まっていた。
「セイバーは外して、アーチャーは行方不明だよな」
「キャスターは居候中ですし、アサシンはキャスターのサーヴァントなのですから特に問題無いのでは?」
「ライダーはもう倒したし、ランサーは未だマスターも分かってないからあっちから来ない事にはどうにも成らないでしょうね」
「そうすると後残ってるのはバーサーカーか…。こうしてみると後如何にかしないといけないのはランサー、アーチャー、バーサーカーか。ランサーとアーチャーはこちらからはどうしようもないし、後はバーサーカーとイリヤの組だけ…。でもイリヤ達の居場所も分かってないんだから、どうしようもないんじゃ……?」
士郎、セイバー、凛と意見を言う中、改めて確認すると状況は膠着しているのでは、と士郎は疑問を凛に投げ掛けてみた。
「いいえ、イリヤの居場所は多分予想がつくわ。詳細な場所は分からないけど……」
「? それって一体どういう事だ遠坂? 居場所が分かってるのに場所が判らないって…」
「家の聖杯戦争関係の書物にアインツベルンの事も載ってたんだけど、それによればあそこの一族、どうやったかは知らないけど郊外の森の奥深くに城を持って来て拠点にしてるらしいのよね。だから居るとしたらそこだと思うのよ」
ピッと人差し指を立てながら実に凛々しい口調で凛が説明していく。凛のそんな言葉に大いに反応したのはハーリーとレザードである。凛は確かに『城』と言った。どうやらようやくベルダンディーの言っていた手掛かりが掴めそうである。
「キャスターは何か意見ある?……っていうか出来ればアーチャーとランサーの探知をして貰いたいんだけど…」
「多分ここじゃそれ程広い範囲は探知できないわね。柳洞寺なら霊脈を使って街全体をカバーできたけれど…。まあ、幸い柳洞寺はまだ誰の襲撃も受けていないみたいだから、一時そちらに行って調べるのも一計かしら」
「そうしてくれるとありがたいけど、……ああ、そうね。ねえキャスター、貴女の魔術ってランクAを超えられる? って言うか、ぶっちゃけヘラクレスにぶっこんで殺れちゃったりするのかしら?」
実に爽やかな笑顔で後半自棄気味な凛の質問であったが、それを受けたキャスターはそれ所ではなさそうだ。ヘラクレスの名にかなり顔が引き攣っている。
「ちょっと待ちなさい凛! ヘラクレスが、アノ男が今現界しているのですか!?」
「いや、だから、バーサーカーって話でしょう……ってもしかしてキャスター、ヘラクレスと知り合いだったりするの?」
「へ?! え、えぇまあ…。知人というか何と言うか、アルゴー号に乗り合わせた仲ですわね。おほほほほ〜」
「へぇ〜そうなんだ……って、もしかして貴女の真名ってコルキスさんちの王女のメディアさんだったりしちゃうのかしら?」
「…もしかしなくてもそうですわよ。はぁ〜。それにしてもヘラクレスですか。しかもよりにもよってバーサーカーとは……、最悪ですわね。あんなマッチョに暴虐されたら抗う術がありませんわよ? 多分私の魔術もそれ程効かないんじゃ………あ」
困惑の表情を浮かべていたキャスターのメディアさんであったが、何かを思い出すかのように、ふとある一点を見据えだした。
「ふっ。私なら、この天才錬金術師にして天才屍霊術師たる私なら可能ではないかと思っていますねメディア・コルキス!」
「で? 出来るわけ?」
「その程度、よくは知りませんが雑作も無い。神をも屠る我が力、御目に掛け様ではありませんか」
セリフの端々が妖しく、何だか良く判らんが兎に角凄い自信だと一同思っている事だろう。えてしてこういうセリフを吐く者は実際は弱いと相場が決まっているのだが、レザードの場合文字通りの実力があるだけに性質が悪い(笑)
「そういう訳ですから、レザードに行って貰って下さいな。その間に私はアーチャー・ランサーの探索とここの結界の強化なんかをやって置きますから」
「それじゃお願いするわメディアさん」
「はい、任されました♪」
「じゃあ早速行くとしますか」
出発から数時間かけて、現在一行は冬木市郊外のアインツベルンの森を彷徨っている最中であったりする。最初にアクシデント―森の結界を越え様として、凛のみが激しい電撃に見舞われ、何処からか聴こえて来る少女の嘲笑に凛嬢が怒り狂ったり―があったりしたが、概ねここまでは何事も無く来ていた。
そう、まったくもって不気味なほど何事も無く、である…。
「ん?」
そんな時、ハーリーが何処からとも無く響いてくる何かの轟音らしきものを聞き止めた。
「何か聞こえませんか? 何かこう…、腹に響く様な音が聴こえるんですけど」
「へ? どれどれ………。あ、本当だ! 方角はあっちね。どうやら私達より先に、誰かバーサーカーと一戦やってるみたいね。急ぐわよ!」
凛がそう言うが早いか、一行は音のする方へと走り出した。何とも木の根や苔等がうざったかったが、一同何とか誰も欠けずに城まで来ていた。こう言っては何だが、密かに一番身体能力が低かったりするのは凛嬢であったりするのだ。
「これはこれは、また立派な城ですね。どうやら我々の目的地はここの様ですね、マキビ・ハリ」
「ベルダンディーさんの見立て通りならここに居る筈ですけど……、『今の所』ってとこまでズバリですね。あまり当たって欲しく無かったですけど…」
「さて、行くにしても流石に正面からってのは不味そうね。誰が戦ってるのかは知らないけど、結構な時間バーサーカーと遣り合ってるみたいだし、ここは二階から侵入して、コッソリ覗き見してからにしましょう」
言うが早いか、凛はセイバーを引き連れ城の側面に行き、セイバーの組んだ手で打ち上げてもらい、窓を突き破って侵入してしまった。
「遠坂…、一々やる事が派手なんだよな〜。ここまでする意味が何処に……」
とか何とかブツブツ文句を言いつつ、士郎もセイバーに打ち上げてもらいサッシからヒラリと中に入って行った。
「御二方は如何されます?」
「いや、お気遣い痛み入りますが、この程度は雑作もありませんので」
レザードはそう言うなり常人では考えられないスピードで動き、城の壁を蹴りながら士郎達と同じ窓へと侵入していった。
「あ、僕も大丈夫ですんで」
ハーリーもそう言うと、城の壁に足をかけ、スタスタと壁をあたかも地面の様に歩き、窓へと入って行った。
そんな二人の様子に、流石のセイバーも呆気に取られてしまった。
「何なんですかアレは…。あの二人は一体……」
少々呆然としつつ、皆に遅れて窓に侵入するセイバーであった。
「方向からしてあっちがロビーね。どうやらあのT字路が広間の両側のテラスに通じてるみたいね…。取り合えずあそこで二手に分かれましょうか? どちらかが見つかっても、もう片方が相手の不意を衝ければ何とかなるし、ね?」
それでどう?と皆に尋ねる感じで見回す凛。それに答える様に考えを巡らしていたらしいセイバーが、即に応じる。
「そうですね。伏兵は有用な兵法でもあります。『兵は詭道なり』とも申しますし、いいのではないですか?」
「セイバー…、一体何処でそんな言葉覚えたんだ? それって孫子の兵法だろ? 何でセイバーがそんな事を…」
「前の戦いの時に切嗣から教わりました。……奸知を持って状況を征し、正義を持って勝利せよ、っと。そう言って色々と私の知らなかった戦法戦略理論論理を教えてくれました。それを聴き改めて思ったものです、他の誰がどんな力を持っていても彼には勝てない。彼は、切嗣は最強なのだろうと…」
「そう、か。ジイさんがセイバーに…」
セイバーのセリフに在りし日の養父の姿を思い描きながら、やはり凄かったんだなと改めて思う士郎であった。
「遊撃手がもう一人ほどいても良いのでしょうが、まあこのままでもさして問題ないでしょう」
「それじゃあ行きましょうか皆さん?」
話が纏まった所で一行は進む事となり、右の道には士郎・凛・セイバーが、左の道にはハーリーとレザードが行く事となった。
それではと、廊下の端で頷き合い、同時に進んでいく一同。そうして着いた先のテラスから見たものは、そこらじゅうを破壊されまくっている広間と、今だ止まぬ戦争の轟音を奏でる無数の剣弾、中空より現れている鎖に縛られながらそれを受け、ほとんど死に体の鉛色の巨人。そして銀髪の少女の胸に手を埋めた金髪にライダースーツの男と、入ると同時に聞こえて来たたった一人の、無力な少女の悲痛な叫びであった……。
≫interlude
…それは突然やって来た。
始まりは一発の轟音だったと思う。それから立て続けに響いてくる轟音に、彼女は音源を求めて城の中を彷徨った。
それを見つけるのにそれ程時間は掛からなかった。何せロビーの広間だ。この城の入り口。そこでその非常識な戦いは……、いや、そんな生易しい表現では追いつかない、たった二人での『戦争』は繰り広げられていた。
「何、これ?」
金髪の人の背後の空間が揺らめき、次々に現われては発射される剣、槍、斧、矢、鎌。あらゆる武器が目の前の鉛色の巨人に殺到するその非常識に彼女、ラピス・ラズリは眼を瞬いた。――視界の端に何やら喚くワカメの様なモノが映ったが、何の力も迫力も感じないそれは取りあえず無視の方向で…ー―
いや確かに世の中にはレザードの魔法みたいに信じられないものもあるのだから、武器が空を飛んでいったって不思議ではないが…、それにしたって空間から滲み出てくるアレは一体何なのだろう?
それにも増して武器の弾丸を撒き散らす方も非常識なら、それを受け悉く弾き飛ばし、それでも前へ進もうとする鉛色の巨人はもっと非常識だ。
どういう身体構造をしているのだ? ラピスには正直訳が分からない。…分からないが、それでも彼の巨人はその背後に、この世界で唯一の彼女の友人であるイリヤスフィールを護り、それ故に前へと進んでいるのだと理解は出来た。
アレはイリヤを害する者だ。だから彼は前へと進む。それしか無いから、それ以外出来無いから、だから彼は愚直に進む。
そんな様子をハラハラしながら見ていたラピスであったが、そんな場景にも変化が訪れた。雲霞の如きその武器の攻勢も、その身に武器が刺さりながらも凌ぎ切る巨人に金髪は痺れを切らしたのか、武器を放った直後、彼が指を鳴らすと巨人の周りの中空から鎖が生え、巨人を雁字搦めにしてしまったのである。
金髪はその好機を見逃さず、巨人を串刺しにすると、路傍の石の如く巨人を無視しイリヤの方に迫って行った。
「うそ…。バーサーカーが…、私のバーサーカーが負ける筈……。そんな事、そんな……」
巨人が磔にされている事に呆然としているイリヤ。そんな彼女に金髪のあの男が一歩近づく度にラピスの中で厭な予感が増していく。
アレは駄目だ。近づかせては駄目だ。アレをイリヤに近づけるのはよくない気がする。決定的な何かが失われる、そんな予感がラピスの中で渦巻き、そして次の瞬間それは弾けた。
気が付いたらラピスは奔っていた。レザードの研究成果により、七倍にまで高められている身体能力を使って、イリヤを助ける為全力で駆けていた。
「駄目ぇぇぇ〜〜!!!」
そう叫びながらラピスは金髪の男に攻撃を加えた。常人の七倍もの身体能力を持つラピスなら,大人二人程度は簡単に吹っ飛ばせるだけの力を秘めている。…そう、あくまで常人なら、の話しである。ラピスの攻撃した相手が常人な訳が無く、大人数人を薙げる一撃を事も無げに掴み、無造作と思える動作で壁へと投げた。
「我が前に出るなど不遜であるぞ雑種。……娘、貴様変異種…いや、只の変異種ではないな。何をされたかは知らんが中々に面白い。事の後に遊んでやる。少々そこで待っているがいい」
何か面白い玩具でも視る様な眼でラピスを一瞥すると、男は再びイリヤの方へと向き直った。一方壁へ投げられたラピスは受身を知らない為まともに壁にぶつかり、意識が有り喋れるものの痛みと衝撃でその場から動く事が出来なくなり、これから展開される場景をただ見る事しか出来なくなってしまっていた。
「ふんっ! まったく手間取らせてくれる。しかし無駄な足掻きもここまでだ。それでは早速聖杯を…「■■■■■■■■ーーっ!」(パチンッ! ドンッドンッドンッドンッドンッドンッ!)黙れ。貴様の出番はもう無い。疾く消えよ。
要らぬ邪魔が入ったが、今度こそ聖杯を頂く。貴様には必要無かろう出来損ない?」
そう言ってイリヤの胸に手を伸ばしていく男。
だめだ、ダメだ、駄目だ、ダメダ! それ以上は駄目だ。悪寒ともいえる感覚が身体中を駆け巡り、戦慄する。イリヤは友達だ。この世界で初めての、いや自分に出来た初めての友達だ! 無くしたくない!! 悪寒と戦慄はそれを告げていた。
自分じゃ駄目だ。動けない、敵わない、どうにも出来ない。誰か誰か誰か、彼女を、イリヤを、私の友達を助けて!
誰か、という想いは彼女の知るもっとも強く、絶対的なイメージで彼女を叫ばした。
「助けて、助けて、助けて! 助けてレザードォォォォォ!!!」
その瞬間、男の手によりイリヤの胸から心臓が引き抜かれてしまうのであった。
≪interlude out
一同がテラスに潜り込んだ瞬間、少女の悲鳴とも絶叫とも取れる叫びが響いた。そこで一同が目にしたのは、串刺しの巨人とうずくまり叫ぶ少女、心臓を掲げる男と、士郎がいつか見た雪の精を思わせる銀髪の少女の無残な姿であった。
その瞬間、ハーリーとレザードが咄嗟に動いた。遅れて士郎とセイバーが続き、テラスの高さなど気にもせず血濡れの少女の元へと駆けた。
最短で着いたハーリーが治癒に当たるが、抜かれた部分が主要臓器である心臓では然程の効果が見受けられず、
「鳳燐!!」
自分よりも治癒に長けている筈の自分の守護精霊を呼び出した。炎が上がり、一瞬で現われた鳳燐は状況を既に承知なのか苦い顔をしながら、
「マスター、力を!」
そう言って血塗れのイリヤを抱き締める。鳳燐の声に応える様にハーリーは自分の力を解放し、鳳燐に注いでいく。
「頑張って。まだ大丈夫だから。転生の炎ぉぉぉ!」
同時に鳳燐と彼女の抱くイリヤが凄まじい炎の渦に飲み込まれる。しかしソレは熱くなく、それどころかこの炎を見つめていると、何故かその美しさその尊さに涙が溢れてくる様であった。
そしてその炎もしばらく燃え盛ると何も無かったが如く収まり、その後には荒い息の鳳燐と服の胸の部分が破れた状態ではあるが何の傷口も無く、至って健やかそうに眠る少女があるだけだった。
「はぁっはぁっはぁっはぁっ、流石にこれを、はぁっはぁっ、マスター以外の他人に、掛けるのは、無茶でした」
「な?! 大丈夫、鳳燐?」
明らかに普通の状態でなさそうな鳳燐にそう声を掛けると、無理を押す声で、
「はい、何とか、大丈夫です。ははは、ちょっと力を無茶に使ったんで休まして貰いますね? でわ〜」
そう応えると、ハーリーが声を掛ける間も無く、鳳燐はハーリーの中へと戻っていった。
「…ごめん鳳燐。僕は君に無茶ばかりさせちゃうね」
一言、そう泣き言を言うと、ハーリーは無理矢理心を切り替えて、今鳳燐が助けた少女の心臓を抉り抜いた者の方に向き直る。
こちらの様子を気にしていた士郎は何とかなったかと安堵し、その他は何やらややこしい事になっている様であった。
「な!? 貴方はアーチャー?! 何故貴方が今ここに現界している!!」
「何故、とお前が我に問うか騎士王? その様な事決まっておろう? 10年前の返事を聴かせて貰おうか。よもや否とは言うまい?」
「何を戯けた事を。その返事ならあの時既にした筈です。私は貴方のモノなどになりはしません!!!」
「ふん。戯れ言だな騎士王。我を待たすとは戯けた女よ。…いや、お前にはつい先日の出来事であったか。それならば致し方あるまいな。まったく我を焦らすとは何とも愛い奴よ♪」
「ええぇい、貴方という人は、人の言う事をちゃんと聴いているのですか?! 何をどうすればその様な解釈になるのです!??」
「照れるな騎士王♪ 愛して已まぬ主の事ぞ、我に解らぬ筈が無かろう?」
「むきぃ〜〜! 少しは人の話を聞きなさいぃーー!!!」
(本当の意味で)怒りに我を忘れるセイバーさん、などという貴重なものにお目に係れるとは思いもよらなかった。只者でなさそうな相手は一体誰だと、そちらの方を見ると、これまたハーリーには意外な人物がそこに居た。
姿格好は変わらぬままに、その手に持つ心臓以外は先日会った時と変わらぬ金の英雄王ギルガメッシュその人であった。
「さぁ、大丈夫ですか、ラピス? 少々筋を痛めていますね。キュア・プラムス! …どうです、もう動けると思いますが……」
ハーリーがイリヤに係り、ギルガメッシュがセイバーを口説き落そうと画策する中、レザードはようやく見つけた迷子のラピスに声を掛けていた。一方ラピスは突然の事に少々呆っとしながらも、恐る恐る目の前のレザードの顔を信じられない表情で触れていく。
「う、嘘。こんな都合よく物事が進む訳、無いのに……。でも、でも、本当に、レザード、なの?」
「ちゃんと触れているじゃありませんかラピス。この温もりは本物ですよ? ふふふ、随分と探しましたよ? 魔王と戦ったり女神に遇ったり、墜落するし吹っ飛ばされるし巻き込まれるし…。まったく波瀾万丈な旅路でしたよ(苦笑)」
「レ、ザード、レザード、レザード、レザード!!! 逢いたかった、逢いたかったんだから! うわぁぁ〜〜ん(泣)」
レザードの首にシッカリと抱きつくと、ラピスはワンワンと泣き出し、そんな様子に仕方なさげに少し困った顔をしながらレザードはラピスの頭を撫でてやっていた。
「貴方もご苦労でしたねミーミル。何か変わった事はありましたか?」
《いえ、特に異常は見受けられませんでした。ただ、こちらの世界でラピスに友人が出来た様です》
「そうですか。どうやらこの彷徨も無駄なものではなかったようですね」
苦笑しながらも、泣く子を抱きながら士郎たちの所に向かうレザードでありました。
「え? えぇ!? そんな、なんて巡り合わせ。よりにもよって何で貴方なんですかギルガメッシュさん!」
「まったくです。運命の皮肉というやつを感じずに入られませんね」
そう言ってギルガメッシュと対峙するのは我らがハーリーとレザードである。(レザードに抱きついていたラピスは、後ろに居る様にレザードが言った様である)
「まったく現世は儘ならぬものよ。まさかこの様な所で騎士王のみならず主等と再び見えようとはな、ハーリー、レザード。我が友と呼びし者達よ」
この巡り合わせに流石の英雄王も驚き、その英雄王に友などと言われたハーリーとレザードに士郎も凛も特にセイバーも驚いている様だ。
「ちょ、待ちなさい?! 二人とも、一体何処でアーチャーと……、いえギルガメッシュでしたか?と出会ったというのです!?」
「何処って言われましても…、街を探索している時に商店街で偶々助ける事になって、それで話しが盛り上がって友達に成っちゃったんですけど、何か不味かったですか?」
どうやったらアンナとんでもない相手を助けられるのかと、疑問の視線がとっても熱い…。
「でも何故なんですか? どうしてギルガメッシュさんがあんな小さな子の心臓なんかを……」
「出来損ないが持つには過ぎた器であったのでな、故に持つに相応しい王である我が頂いたまでの事…」
「そんな!? だからって心臓を抉り出すなんて無茶苦茶ですよ!」
「…そうですね。出来れば私も止めて頂きたい。あの娘はラピスの友らしいのでね。……まあもっとも既にその必要も無いようですが。そう、それが奇蹟汲み取る器の杯と言う訳ですか、ギルガメッシュ?」
「ほおぉ、これまでの言動だけでそこまで察するとは、流石はレザード、我が友の名に相応しき男よ」
「世辞は要りません。それで、どうしますか? 私としてはどちらでも構いはしないのですが…」
レザードがそう言い見たのは士郎達の方。遅れた凛も合流し、現在凄まじいギルガメッシュの気配にこちらを警戒しながら行く末を見ている様だ。
「……まさか我と戦うなどと言わぬだろうな? 例え騎士王がそちらに付こうが、我に勝とうなどと思うわ不遜の極みぞ雑種ども!?」
一段と凄くなったギルガメッシュの気配に、思わず僅かに後ずさる士郎と凛。それに合わせてギルガメッシュの背後の空間が揺らめき、続々と何かの柄の様な物が突き出てくる。その数有に50を超える。それはあたかも、確実なる死の予感……。
その様子に士郎と凛の背中に冷や汗が流れ、ギルガメッシュを睨みながらセイバーは士郎と凛を護れる様に前に出、ハーリーとレザードはアレを喰らっては不味いとラピスとイリヤの前に立ち迎撃の態勢をとる。
「ふっ! 流石の遠坂も僕のアーチャーの前では只の小娘だね。どうだい? 命乞いするなら生かしてやらなくもないぜ?」
「で、どうするのだ? 騎士王が我のモノになると言うのなら、見逃してやっても構わんのだぞ?」
「はっ! 冗談。誰がそんな事すると思うわけ? たちの悪いジョークは他でやってよね」
「何だよ遠坂。お前、今の僕に逆らえると思ってるわけ? 僕が一声命じれば、お前らなんかアッと言う間にズタズタに………」
「愚かだな雑種。いや、愚か故に雑種なのか…。貴様ら如きが我に敵う術など無い! その程度の事解らぬとは、まったく低脳なモンキーよ!」
「誰が猿かぁ〜!!! ちょっと金持ちそうだからって、舐めんな金ぴか!!!!」
「おい! 聞いてるのかよ僕の話を!」
「HAHAHA♪ これは可笑しいな? モンキーが我に話しかけ様としているぞ? 勿論我には下等なモンキーの言葉なぞ解りはせぬがな(笑)」
「むきぃぃ〜〜! 何よその憐れなモノでも見るかの様な眼は! セイバー! あいつと付き合うフリして後ろからバッサリ殺りなさい!! そして絶望に歪む金ぴかの顔を私に見せるのよ!!!」
「………………………………………」
「………ああぁ、凛? 幾ら何でも流石にそれは酷いと思いますよ? って言うか、何で私がそんな外道な事をしなければならないのですか?! 何よりその様な行ないは私の騎士道に反します! 騎士道大原則一つ!騎士は非道を行ってはならない!っというやつです。そう、例え相手が変態さんであっても…」
「そうだぞ遠坂。今のはあまりにもアレだ。流石に人としてどうなんだ?って感じだぞ?」
「な、何もそこまで言うこと無いじゃないのよ! 相手は人間じゃないんだから、手段なんて選んでなんて………」
「ちょっとは僕の話を聞けよお前ら!!!!」
「あら? 慎二、アンタ居たの?」
「うわぁぁ〜〜〜ん!!! お前ら憶えてろよ! 絶対仕返ししてやるぅぅぅ〜〜!!!!」
憐れ慎二。折角の必死のアピールもあかいあくまの無碍の一言でアッサリ破れ、泣きながらダッシュで退場である。
そんな生温かい光景に、何やら自らの過去が思い出される様で、ちょっと涙するハーリーであった。
「…やれやれ、とんだ茶番を演じさせられたものだ。気が抜けた、今回は見逃してやる。寛大な我に感謝するのだな。………こんな事になるとは思わなんだのでな。また話せる時が来る事を願うぞ我が友よ。ではな」
そう言うと、ニヒルな笑みを浮かべて肩で風を切りながら歩み去る、とっても王様なギルガメッシュなのであった。
「はぁ〜〜。今回は慎二の馬鹿のお蔭で何とか助かったわね〜。でもどうやらキャスターの言ってた聖杯の器はあっちの手に渡っちゃったみたいね。まさかイリヤの心臓がそうだとは思わなかったけど、アインツベルンの老人方も色々と小細工してくれるじゃない」
ギルガメッシュの去った後、一同ようやく一息つける様になり、思わずそんな愚痴を溢す凛であった。現在城は静まり返り、先程まで床に縫い付けられていたバーサーカーの姿は、今は何処にも無くなっていた。
「鳳燐が何とかこの子の心臓を再生させたみたいなんですけど、結構無理してたみたいなんで、何処か綻びとかありませんかね? 鳳燐に確認してもらうのが一番なんですけど、今無茶な力の使い方したらしく僕の中で眠ったままなんですよね…」
「レザード、イリヤはイリヤは大丈夫なの?」
一方こちらは鳳燐が心臓を再生させたイリヤを心配して、イリヤの周りにハーリー、ラピス、レザード、士郎が集まっていた。
「まあ待ちなさい。…本来私はこの様な医者の真似事などしないのですが、はぁ〜、まあ仕方ありませんね。聖杯の器であったこの娘にも興味ありますし、その上あの様な望外の奇蹟を目の前で体現されては、一魔術師としてそれを確認しない訳には行きますまいな」
どこか皮肉気な笑みを浮かべ、そう言いながら実にワクワクした感じでイリヤの体を調べていくレザード。心臓を抉られた為、胸の部分なんかは破れて丸見えであったが俗な厭らしさは感じられず、周りの服は血塗れなのに対し、その身体には血の一滴すら着いておらず、その雪の様に白い肌と相まって人らしからぬ美しさを醸し出していた。
「ふむ。どうやらこの娘、人でなくホムンクルス…なのでしょうね。昔私もこの手の素体を扱った事がありますからまず間違いないでしょうが……、やれやれ何とも出来の悪い…、っと言うかバランスが悪いと言うか、調整が悪かったと言うべきか。そうですね、心臓自体は問題なく稼動していますし綻び等も無さそうですからその点では問題ありません。しかし、元々の仕様なのかこのままではそう長くは生きられない。持って数年が限度でしょうか…」
「な?! どう言う事なんだレザード!? 持って数年って、何でイリヤがそんな…。この子はまだこんなに小さいのに……」
「聖杯としての機能に特化させ過ぎたのでしょうね。聖杯自体が無いのでこれ以上は何とも言えませんが、まあ問題ないでしょう。この程度の事は問題にもなりませんよ。要はもっと出来の良い身体に移れば何の問題も無い訳ですからね」
「……そんなの出来れば誰も苦労しないと思うんだけど?」
「おや、起きたのですか、ええ…「イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」ではイリヤスフィールと」
「イリヤ! 大丈夫? どこも痛くない? よかった、本当によかったよぉ〜(涙)」
「ありがとうラピス。………バーサーカーは消えちゃったのか。ごめんねバーサーカー……。
でも正直あの状況で助かるとは私も思って無かったけど……、何で私助かったの?」
本当に不思議そうに周りを見ながらそう聞いてくるイリヤに説明をしたのは、先程まで診断していたレザードだった。
「簡単です。貴女の身に少々の奇蹟が降り注いだだけの事。まあ、感謝はそちらのマキビ・ハリにして下さい。彼が居なければ多分貴女は助かりはしなかった」
「そうですか。…あ、くうっ! ははは、ちょっと立てないみたいなんでこのままで失礼。この度は私イリヤスフィール・フォン・アインツベルンの命を、助けて頂いて感謝致しますマキビ・ハリ様。この命助けて頂いた恩には、必ず報いさせて頂きたく……」
「ああ待って、待って下さい。そんな見返りが欲しくて助けた訳じゃないですし、それに正確には助けたのは僕じゃなくて、僕の守護精霊の鳳燐なんだし、僕がイリヤちゃんに何かして貰うのは筋違いな気がするんで…」
「でもそれは貴方の意思であったのでしょう? なら貴方が決めなければ精霊さんも従わなかっただろうし、貴方に報いるのは間違ってはいないと思いますよ?」
「へ? そう、なのかな?」
「そうそう。だ・か・ら、ちゃんと御礼はするよ、ハリお兄ちゃん♪」
先程までの淑女然とした口調から、一気に砕けた口調になり、イリヤは極上の笑みをハーリーへと向けるのだった。
「まあ、それはそうと、イリヤはこれからどうする? 今自分一人じゃ動けないし、この城に他に誰も居ないんならウチに来るか? 今うちには何故か知らんが居候が大量に棲息してるから、イリヤぐらいは気にもならんし、どうだ?」
「え?! ほ、本当? 本当にいいの? お兄ちゃんがそう言うんだったらお邪魔しちゃおっかな〜♪ この城ももうボロボロだし…。あ、でもその、後二人お供が居るんだけど、一緒に行っちゃってもいい?」
「あと二人?」
不思議そうに聞いてくる士郎に頷きながら、イリヤはラピスにお願いする。
「ごめんだけどラピス、リズとセラを呼んで来てくれる? 色々準備もしなくちゃいけないし……」
「OK! ちょっと待ってて」
そう言ってテッテケテーと奥に走って行くと、数分後二人の白いメイドを連れてラピスが帰って来た。
「イリヤ、大丈夫?」
「お嬢様、お怪我を為さったと聞きましたが、大丈夫なのですか?」
「あ〜、うん。怪我の方は大丈夫。ただ体中が痛くて動けないだけだから。それよりも、お兄ちゃんの家に居候する事になったから準備して。勿論二人とも来るわよね?」
「OK、分かった。すぐに準備する。イリヤ一人にするの、心配だから、リーゼリットも付いていく」
「私もですわ。どうせ本家に戻っても廃棄される身。最後までイリヤスフィール様にお供します。……それが役目でありますし、それにリーゼリットが大ボケしないか心配ですし、ね?」
ちょっとだけ不安気に聞くイリヤに、リーゼリットは無表情・片言気味に答え、セラは最初こそ仕方なさげに、後半リーゼリットに皮肉を込め珍しい事に苦笑しながら答えた。
「相変わらずセラは意地っ張り」
「そう言う所がセラらしい所だけどね♪」
「そんな不器用な所が可愛いんだけど♪」
「何を話されているのですかお嬢様方! リーゼリット! さっさと荷物を纏めますよ!! お嬢様、一時間以内に準備いたしますので少々御待ちを」
コッソリ話すリーゼリット、ラピス、イリヤを嗜め、セラはリーゼリットを引き連れ荷物を纏める為に駆けて行ってしまった。
この後、準備が出来るまでお茶にしようと、ラピスに案内されたキッチンで士郎とハーリーが紅茶を淹れ、一同マッタリ休憩していると、本気で一時間内に荷物を纏めてきたセラとリーゼリットに、その荷物の多さ共々驚かされる一同があった。
何やかやと色々有ったが、こうして一同は何とか衛宮邸へ帰宅の途につくのでありました。
一方こちらはアインツベルン城外の、ある木の上。
ここで二つの影が一連の城内の様子を観察していたりした。しかも結界主のイリヤに気付かれず侵入し、サーヴァントにすらその存在を感知されていないこの二人…。凄惨な聖杯戦争ですら遊びと言わしめる幽袮と、野良の所を無理矢理拾われ理不尽な現実に涙するアーチャーのコンビである。
「んふふふふ。段々と面白くなってきたわね、アーチャー。この調子なら早ければ明日ぐらいにちょっと面白い事になりそう♪ 今回は出遅れたけど、次はシッカリ参加しなくちゃ♪♪♪」
「……はあぁ〜。まったく君は遊びが過ぎるのではないかねマスター? わざわざ出て行かなくても、相手が勝手に潰し合ってくれるのならそれに越した事は……」
半分諦めの口調で一応マスターにそう提言してみるアーチャーであったが、彼の予想通り幽袮は、
「お祭りに参加しなくて何が楽しいって言うの? お祭りは終わった後行っても虚しいだけよ。面白可笑しい時にキッチリ参加しておかないとね♪ ねえアーチャー?」
そう楽しげにアーチャーに言って来た。
こうしてこの外見可愛らしくも憎らしいマスターの所業に、溜め息の尽きないアーチャーでありましたとさ。
≫interlude
泣きを入れながら慎二ダッシュをかますヘタレマスターに追い着いたギルガメッシュは、その足であらかじめ決ていた合流地点へと向かっていた。
「着いたか。それで、首尾はどうなのだ?」
そこで待っていたのは、神父なのに見るから怪しい、服の上からでも判る悪人面のマッチョな神父、言峰綺礼その人である。そう、キャスターの襲撃から自力で逃げ延びた、凛の兄弟子にして聖堂教会の代行者でもある此度の聖杯戦争の監督役である。
「我に不備など有る筈なかろう。この通りよ」
「僕が付いてたんだ、ヘマなんかする筈無いだろう?」
得意気に答える慎二であったが、二人に訊いている様であってその実、神父の眼はギルガメッシュにしか向けられていなかった。
「それで、これから如何するんだよ言峰?」
「後はこれを優れた魔術回路に繋げるだけなのだが……、正直凛を使うのは今の段階では難しい。あちらに戦力が残り過ぎているからな」
「なら一体如何するんだよ? どうやって聖杯を手に入れるってんだ!?」
ヒステリックな慎二の叫びに、しかし綺礼もギルガメッシュも眉一つ動かさず、嘲笑すら――それとも苦笑だろうか?――浮かべている。
「なに簡単だ。依り代はここにも一つある」
ギルガメッシュはそう言うと、無造作に心臓を持つその腕を、慎二の腹へと突き立てた。
「え?」
どすっ、という腹から聞こえてきた音が何なのか、慎二には最後まで判らなかった。
見下ろしてみるとそこには、痛みも出血も無いくせにギルガメッシュの腕がめり込んでいた。
「聖杯が欲しいのだろう? ならばくれてやる。二度と手放すなよ?」
少々の違和感の後、彼は間桐慎二でなくなった。
「げびゃ、ぶひゃう、ごの、びち、びち、びちぐそがああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああああぁぁああああああああああああああああああああああ……!!!」
叫びながらソレは内側より膨れ上がり、増殖と死滅を繰り返し膨張していく、まさに肉のオブジェである。
「力ある魔術師なら変貌もしなかっただろうが……、まあ仕方があるまい」
ギルガメッシュがそう言うと、唐突に中空から鎖が伸びる。そう、あのバーサーカー・ヘラクレスすら繋げてみせた天の鎖が、今膨張と腐敗を繰り返す肉塊を拘束してしまった。
「ちっ! 正直胸糞悪くなるぜ!」
虚空から現れたランサーは目の前の異常と言える光景に、唾を吐きながら毒づく。現マスターである言峰綺礼が発した、最初の偵察任務にもウンザリしていたが、これはその数倍気に喰わない光景である。まさに外道の所業。前マスターであるバゼット・フラガ・マクレミッツが令呪を言峰に奪われた事が悔まれてならない。
「丁度いい。ランサー、先に柳洞寺に行ってアサシンを始末してきてもらえるか? 手段は任せる」
「どういう風の吹き回しだ? お前にしては至極まともな命令じゃないか?」
「なに、今後の拠点を柳洞寺に移すのでな。それには山門を護るアサシンが邪魔なのだ。お前ならば適任だろう」
「いいぜ、行ってやる。お前が出すもっともまともな命令だしな。それにソレは俺の望みでもある。キッチリ片をつけて来てやる」
ニヤリと笑みを浮かべそう言うと、ランサーは一瞬にしてその場から離脱し柳洞寺に向かって行った。
「さて、宴もそろそろ
≪interlude out
往きも多かったが帰りはそれに倍するほどの数に増えて、現在一行は衛宮邸の庭にてイリヤ達の荷物を部屋へと運び込んでいる最中である。往きと違い帰りは実に早かった。なにせレザードが移送方陣を使った為ほとんど一瞬で着いてしまったのである。その為またもや凛が暴走したが、レザードの毒舌に凹まされ鎮圧されてしまった。
そしてココに、思いがけない出会いが一つ…。
「ラピス? 君はラピス・ラズリなのか?」
「そう、だけど。貴方一体誰?」
「僕はハリ。……マキビ・ハリって言って分かる?」
「え? …マキビ・ハリって、ええぇ〜!!! あの、その、もしかしてハーリー? 嘘ぉ!?」
ラピスまさに驚愕である。前まで幼児同然だった知り合いが、いきなりハイティーンになって現われれば、そりゃ驚きもするだろう。体格などは既に別人である。
ある意味御両人とも驚く現在の状況である。一応情報交換などしてみた。それで判ったのは、どうやらこのラピスはハーリーの知っているどのラピスでもない様である。大まかな流れ的にはハーリーの元々居た逆行前の世界とそれほど変わらない様であるが、レザードがその世界に関わった為、細部は大きく変化した様である。
つくづくラピスとハーリーは縁が在る様だ。このラピス然り、同盟のラピス然り、ローズ然りである。
しかもこのラピス、話していて感じたのだがやはり変……と言うかずれていると言うべきか、何やら壊れの予感がビンビンである。少なくとも元々居た世界の、聞く限りのラピス像とはかけ離れている模様である。
「アキトさんに転びアニメに転びレザードさんに転び…。ラピスってなにかしら影響を受け易い子だったんだな〜」
ふとそんな事をシミジミ想い、何やら優しげな眼でラピス嬢を観るハーリーでありました。
そんなこんなで引越し作業も一段落し、夕餉の時間と相成った訳であるが、これまた凄まじく賑やかな物になった。何せやたらと人数が多い上、トラブルメイカーも多数存在している為、騒がしくならない道理が無い。
居候を含め総勢11名の大所帯である。台所もフル稼働で調理にあたった。っと言っても、台所もそれ程広くは無いので最大で詰められるのは3人まで、なので料理の出来る士郎、凛、ハーリー、セラが交代で調理にあたっていた。メディアも宗一郎の為に料理を作りたかったのだが、まだまだ修行中の身ゆえ見学に徹し、交代し空いている料理人にその作り方などを訊いている様であった。
一方居間ではラピス、イリヤ、リズ、セイバーが何やら恋話で盛り上がっている模様である。イリヤは転生の炎の影響か、自分では上手く動けない様子であったが、メディア特製の万能薬のおかげで無理をしなければ動ける程度には回復していた。どうやら宗一郎の怪我に備えて、メディアがあらかじめ作って置いた物らしい。
そんな姦しさを余所に、レザードと宗一郎は縁側で茶を啜りながらお茶菓子を頂いていた。何やら居間の騒がしさが嘘であるかの様に、実に静謐な雰囲気が漂う空間が形成されていた。
「で? キャスターの方はどうだったの? 柳洞寺に行って探索はかけてみたんでしょう?」
和・洋・中と無節操に並べられた数々の料理を、一同貪る様に喰らい尽くし――主に激しくセイバー、坦々とリーゼリット――、一息入れてお茶にした所で凛がメディアに本日の成果を訊いていた。
「ええ。でも結果は芳しくありませんわね。どうも両者とも結界にでも入っているらしく、私の広域探知では発見出来ませんでしたわ」
「…そっか。まあ、そうでしょうね。ここまで来れば後は私達とアーチャー、ランサーだけですもんね。それなりに警戒………いえ、もう一人居たわね。セイバー、あの金髪のアーチャーは何者? 貴方は知ってるみたいだけど…。それとそこの二人もね!」
ギヌロとハーリーとレザードの二人を睨め付けながら、凛はセイバーに訊いてみる。
「あのアーチャーは、御二人の話では彼はギルガメッシュらしいですが、前回の、第四回聖杯戦争時私と戦ったアーチャーです」
「前回のって、あいつ前回からの生き残りな訳?! そんな事ある筈が………って、それ目指してる人がうちにも一人居たっけね。あいつが居るって事は、つまり可能って事な訳ね」
「はい。どういった手段でかは判りませんが恐らく…」
「聖杯はあいつが持ってったし、まったく厄介な事になったわね」
凛がはぁ〜っと深い溜め息をついていると、食事中から宗一郎にベッタリでラブラブバカップルぶりを発揮していたメディアが、突然左手を押さえ「ひゃう」と短い悲鳴を上げた。
「キャスターさん、どうしたんですか?!」
「今、私と小次郎――アサシンを繋いでいた令呪が消えましたわ」
「な?! まさかあのアサシンが、佐々木小次郎が敗れたと言うのですか!?」
「十中八九間違いないでしょうね」
一度対戦し、彼のアサシンの腕前を知っているセイバーは、その事実に驚愕した。彼は生半可な腕で倒せる様な相手ではない。しかしそれも接近戦をもってすればの話である。強力な遠距離攻撃―――対軍・対城宝具等―――で攻撃されてしまえば…。
「相手はアーチャーでしょうか? どちらのかは判りませんが」
「どちらにしても、次のターゲットは決まったわね。何かされても困るし、明日、柳洞寺に朝駆けをかけるわよ」
≫2月13日(水)
「それじゃあキャスター、葛木先生、ラピスちゃんとイリヤ達を頼みます」
「……任されよう」
「任せなさい。この家の結界も相当強力にしてあるから、滅多な事では破れはしないわよ。貴方達も無事帰ってきなさいよ? 特にレザード! 貴方が帰ってこないと何にもならないんですからね!!!」
夜も明けぬ内に朝駆けする為、襲撃メンバーであるハーリー、レザード、士郎、凛、セイバーは玄関にてメディアと宗一郎に見送られていた。ラピス・イリヤのお子様組は、疲れてもいたのだろう、起きて来る気配すらない。
「私を誰だと思っているのです? この天才錬金術師にして天才屍霊術師たるこの私に、その様な心配など無用です! くくく、ははははは、待っていなさいサーヴァント! 直ぐにこの私が冥界の霊柩に送呈してあげましょう!!!」
「はぁ〜〜、まったく何言ってんだか…。とりあえずそのいかにも悪役って感じのセリフ、何とかしなさいよね!」
「まあ、ノリノリだし良いんじゃないか遠坂?」
「士気が高いというのは良い事です。不利な戦いも活路を見出せますしね」
「あははは、あれはもうレザードさんの一種の味ですからねぇ〜」
未だ明けぬ空に向かって嘲笑と共に宣言するレザードに、曲がりなりにも止めに入ったのは凛のみで、その他二名は助長すらしている。……気付かぬ内に彼等も染まってしまった様だ。何にとは言わないが…。
ちなみにハーリーは、こんなノリには既に馴れっこである(笑)
「さて、それじゃあ行くわよ柳洞寺! 作戦通りサーヴァントであるセイバーとハーリーは正面から、柳洞寺の結界に引っかからない私達三人は裏から回って挟撃。何か質問はある?」
各々首を振ったり肩を竦めたりと否定の意味を示し、特に意見は無い様である。
「よし! それじゃあ
そう言うと共に一同を中心に真紅の輝きが方陣を描き、
「いってらっしゃ〜〜〜い?」
手を振りながら新妻の如き声援を送るメディアに見送られ、一部カクッと力が抜けながらも掻き消す様にその場を後にする一同であった。
柳洞寺近くに出現した一同は、作戦通り二手に分かれ頃合を見計らい作戦を決行にうつした。ハーリーとセイバーは正面階段を駆け上がり、レザード・士郎・凛は裏から廻り込み侵入を試みていた。
柳洞寺正面のやたらと長い階段を行くハーリーとセイバーであったが、どちらも常人の足でない為然程時間もかからず山門に着こうとしていたが、しかしそこにいる人影により足を止める事となった。
やたらと長い深紅の槍を持つそいつは、ハーリー・セイバー両人とも一度は戦った相手。槍騎ランサーことクー・フーリンその人であった。
「よう、久しぶりだな。悪いがここで一人、足止めさして貰うぜ?」
「…ランサー。アサシンを倒したのは貴方でしたか」
「ランサーさん!? 何でこんな所に……って、そうか。よく考えたら残ってるのって、僕の知ってる人ばっかりなんですよね〜。ランサーさんにしろギルガメッシュさんにしろ…」
「ハーリー? 貴方はランサーを知っているのですか? 貴方とはまだ一度も会った事が無い様に思うのですが」
「ああ……、皆さんに言うの忘れてたんですけど、実は先日ランサーさんと会って戦闘になっちゃったんですよね〜。それでまあ知り合いになっちゃいまして。結構いい人ですよランサーさんって」
「ははは。俺もまさかこの場面でお前と再会する事になろうとは思ってなかったけどなハーリー。けどまあ、足止めを言い付かった身としてはここを通すわけにはいかないわけだが……、お前と決着つけるのも魅力的なんだが、やっぱりここはサーヴァント同士最後のケリといこうやセイバー?」
ランサーは少しの間悩む振りをし、おもむろにセイバーに向かいニヤリと笑いながらそう言った。そんなランサーの様子に、セイバーも苦笑いしながら、
「いいでしょう。貴方との決着、ここで着けるとしましょう。ハーリー、申し訳ありませんが先に行って貰えますか? すぐに追いつきます」
「くくく、中々言ってくれるじゃねぇかセイバー! …つぅ〜訳だから、先にいきなハーリー。上で待ってるやつが居るからよ。出来れば俺が行くまで死ぬんじゃねぇぜ?」
二人してハーリーに先に行く事を進めると、お互いに不敵な笑みを浮かべながら得物を構え、先読みの睨み合いが始まった。そんな二人の言葉に頷くと、ハーリーは山門を抜ける為に走った。出来るなら二人とも無事であって欲しいと、そんな有り得ない願いだと判りつつもそう祈りながら……。
暁闇あけぬ山門を抜け、その先の境内で待っていたのは、そこに在るだけで光を放っていそうな程の圧倒的な存在感を持つ男、金色の鎧を身に纏った英雄王ギルガメッシュが威風堂々と両手を組み、眼を閉じたまま、その場に現われるであろう相手を待ち続けていた。
「ようやく来たか。しかし、まさかお前がここに来る事になるとは思いもしなかったぞハーリー?」
「…それは僕もです。まさかこんな所でギルガメッシュさんに逢う事になるなんて、思ってもみませんでしたからね」
「奇縁と呼ぶべきなのだろうな。我は、友と呼ぶ者とは一度敵として戦わねばならぬらしい。まったく因果なものよ…」
「昔の事にのっとって、運命の女神様が悪戯したのか気を利かしたのか…。皆さん悪戯好きみたいですからね、あの方々は」
ハーリーは少し前に会った、悪戯好きで気の良い運命の女神様の事を思い出しながら、思わず微笑を溢し可笑しそうにそう言った。
「まるで女神を知っているかのように言うのだな? 我の経験上、女神に碌なのはいはせんぞ?」
「大丈夫です。実際会いましたし。現在の女神様、いい方でしたよ?」
「な?! ……本気かハーリー?」
「はい、至って本気ですよ? 何より凄い美人でしたし」
最初ハーリーをポカ〜ンと見ていたギルガメッシュであったが、それが少しずつ微笑に変わり、大笑いされてしまった。
「お前が言うのだ、嘘ではなかろうよ。…しかしその外見からは思いもつかぬ波乱な定めらしいな。まったくもって面白い。出来ればお前とは戦いたくないのだが……」
「ならばそうして貰うとしよう。君の相手は私が務めさして頂くが、それで良いかね英雄王?」
ギルガメッシュに突然そう声をかけて来たのは、本堂の屋根の上に佇む赤い外套の騎士。先日凛から離反した弓騎アーチャーがそこに居た。
「え? アーチャーさん?! 何でまたこんな所に…」
「……それについては何も言うな。私は潰し合ってくれるなら漁夫の利を取れば良いと言ったのだがね。我がマスターは火中の栗を拾うのが好みらしい。……いや、敢えてマスターの言をとるなら、お祭りは終わった後行っても虚しいだけ、面白可笑しい時にキッチリ参加しておかないと、だそうだ」
「ふん。どうやら随分と自信家なマスターらしいな」
嘲る様にそう言うギルガメッシュを余所に、そんなアーチャーのセリフにハーリーは途轍もなく厭な予感を覚えていた。何故と言って、実にそういう事を言いそうな人物をハーリーは知っていたし、前に実例を見せられた事もある。ハッキリ言って、もし彼女がこの戦争に出張って来たら、様相はますます混迷してしまうだろう。
そしてそういう悪い予感ほど当たるもので……、
「じゃっくぽっと♪ ビンゴ! 大当たり〜〜♪ でも気付くのがちょっと遅かったね?」
そんな声がハーリーの頭のすぐ後ろから聞こえてきたのである。途端、有無を言わさず首に手が回され、後ろから抱きつかれてしまった。
「MissionComplete♪ 捕まえたよ、お・に・い・ちゃん♪」
「わひゃ〜〜!? か、か、か、幽祢さん?! そ、そんな…こんなあっさり……。ああ、今までの苦労がぁ〜〜。……あ、でも確か、僕が捕まった場合幽祢と一戦、闘って勝つか引き分けたら逃走続行でしたよね? ね? ねぇ?!」
「あ、憶えてたんだ。そうそう、そういうルールだったよね♪ ここまで結構頑張ったけど、果たして私に勝てるかなぁ〜♪♪♪」
幽祢が何だかやたらと嬉しそうにそう言うのはいいのだが、抱き付かれたままの為息づかいとかが耳に当たったりなんかして、何だかとってもイヤンな感じである(笑)
「それでマスター、こちらは始めてしまっても構わんのかね?」
「OK〜♪ 囮ご苦労さまアーチャー。後はこっちの決着が済むまでその他の足止めお願いね♪」
「了解した。…さて、それでは始めるとしようか英雄王。武器の貯蔵は十分か?」
≫interlude
一方こちらは寺の裏側から侵入を試みた凛一行であるが、そこに入るなりいきなり目の前にとんでもないモノを発見してしまった。裏から侵入した凛達は丁度寺の池辺りに出るのだが、そこにはかつて美しかったであろう池の姿は欠片も無く、ただそこには池に浮かぶ醜悪な肉の塊と水の代わりに黒いヘドロの様な物だけが池を埋め尽くしていた。
その場景の何と吐き気を催す程の醜悪さと倒れそうになるぐらいの瘴気、見ているだけで狂いそうになるほどの禍々しさなのか。普通の人間ではこの場に立っているだけで辛い事だろう。
「何なのよこれ。見てるだけで気分が悪くなる…。もしかしてこの泥全部が呪いの塊だっての?! 何てデタラメ……。これだけで国の一つや二つは簡単に滅びそうね」
「な?! これってそんなにヤバイ物なのか?」
「……あのね。それぐらい見て判りなさいよね、このヘッポコ!!!」
「うっ……、確かに物凄く厭な感じはビシビシ感じるけど…」
悔しさも有ってか、士郎がその泥を彼お得意の『解析』で調べ様とした時、
「やはりこちら側からも来たな。しかし…、お前がこちらに来るとは、よほど縁が有る様だな凛?」
不敵で何所か不快なその声の主が、一同の行動を一瞬にして凍らせながら現われた。
「な?! 綺礼、何であんたが………、いえ、そういう事。つまりあんたが黒幕だったわけだ?」
「黒幕とは心外だな凛。私は少々の暗躍はしたが只の一参加者に過ぎん。それに聖杯戦争とは元々そういう物だろう? どれ程の奇麗事を並べても、所詮殺し合いに綺麗も汚いもありはすまいよ」
綺礼はさも当然の如く微笑すら浮かべてそう言った。その言動に何か言い返そうとした凛だったが、士郎の上げた声に中断を余儀無くされた。
「遠坂、あそこ! あの肉塊の所見てくれ!? あれって、あれって……」
「な?! 慎二じゃない! 綺礼、アンタっ!!!」
「くっくっくっ。いやなに、手近に適当な器が無かったのでな、少々使わせて貰っただけだ。本人も聖杯を欲しがっていた事だし丁度良かろうと思ってな」
「まったく、相も変わらず悪趣味ね綺礼。アンナ物を造りだそうって神経が………って、あんたは何やってんのよ士郎!?」
慌てて叫ぶ凛の視線の先には、今にも泥に入ろうとする無謀な士郎の姿が有った。
「何って、慎二を助け様としてただけだけど……」
「そういう事は一人前の術士になってから言いなさいこの馬鹿、大馬鹿、特上馬鹿!!! あんた抗魔力がザルなんだから綺礼の足でも止めときなさいよね。……はぁ〜、非常に不本意で遣りたかないけど、仕方が無いから馬鹿慎二の方は私が行ったげるわよ」
実に厭そうな顔をしながらそう言い、宝石片手に泥に向かおうとして、
「ああ、ちょっと待ちなさい遠坂凛」
っと今度は凛がレザードに襟をつかまれ、猫の様にぶら下げられてしまった。
「うにゃ?! 何するのよレザード!? 猫じゃないんだから放しにゃさいよ!」
「まあ待ちなさい。別に、貴方の損にはなりませんから、少々見ていなさい」
レザードはニヤリと笑いながらそう言うと、懐から何やら杖らしき物を取り出しながら泥の方に向かっていく。
「ふっ、これは何とも都合がいい。この全てが情報の塊とは、まったくもって素晴らしい。その全て、頂きます」
言うなり杖の先を泥に浸けると、
「さあ、今一度その内にその知識のことごとくを蓄えなさい賢者の石よ!」
レザードの言葉とほぼ同時に、杖の先に仕込まれている石がうっすら光り、触れている泥の尽くを吸い込み始めたではないか。
「嘘……。何よそれ。何てデタラメ……って言うか、最近デタラメの大バーゲンセールだわ、本当…」
「何とも素晴らしい情報量ではありますが……、それでも1%にも満たないか。まあいいでしょう。
ガード・レインフォース! これで少しはマシでしょう。さあ、行きなさい遠坂凛。私がこの泥を抑え道を創りましょう」
「え、あ、うん、了解。泥は任せたわ。それと士郎、綺礼は八極拳の使い手だから十分気をつけるのよ? 油断してると速攻殺られるわよ!」
「解った。任せろ遠坂! ……さてと、それじゃあこっちも始めるか似非神父?」
「フッ…。果たして貴様程度の腕前で、私を打ち負かせられるのかね? 私という試練は酷く苛烈だぞ?」
「上等っ! それすら抜けられずして何が正義の味方か! 救えぬ正義に意味は無く、正義無き力もまた然り。俺はあんたを抜いていく!! 覚悟完了!
≪interlude out
≫interlude 山門
階段という不安定な地形にもかかわらず、その場で争う銀と蒼の影は何とも危なげなく人知を超えたスピードで斬り合いをしていた。
長柄の得物のランサーであったが剣を自在に操るセイバーと近接し、その技量を持って互角以上に渡り合っている。近接では槍の方が不利にもかかわらず、まっこと並外れた腕前だ。古今東西顧みても、彼ほどの槍使いは恐らく片手で足りてしまうのではないだろうか?
そんなランサーと互角に斬り合っているセイバーも相当にとんでもない。体格から言っても不利なのはセイバーの方であるからして、その実力推して知るべしである。
「流石ですランサー。やはりそう簡単には倒せはしない様だ。どうやら最初の邂逅はまったくの本気ではなかったようですね」
「はっ! あの時はいけ好かねぇマスターに偵察任務を言い付かっててね、本気なんぞ出せる状態じゃなかったのさ。それにしても流石というのはお前もだなセイバー? 流石は最優のサーヴァント。俺とここまで戦えた奴なんざそうは居やしねぇぜ?」
「ふふふ、貴方にそう言って貰えるのは何ともこそばゆいですね。彼のクー・フーリンの英雄譚には、幼き私も心踊らしたものです。その本人とこうして闘えるのです、それだけでこの戦いに参加した意味はあるというもの」
「ははは、嬉しい事言ってくれるじゃねぇかセイバー! これを聞くのは不味いんだろうが、セイバーお前の名を聞いてもいいか?」
「いいえ構いません。私はかつてのブリテン王 ウーサーが一子、アルトリア・ペンドラゴン。もっとも一般的には私は男として知られていますので、アーサー王という名の方が判り易いでしょう」
「そうか、お前があのアーサー王なのか。知ってるぜ、お互いモルガンの姐さんには苦労した口だもんな?」
「ぷっ、…いや失礼。そうでした、貴方も彼の姉に苦労させられたのでしたね。いやまったく奇遇です。そんな私達がこうして争っているのですから、世の中とは儘ならないものです」
「まったくだ。しかしお前とはスッキリと決着が着けれそうだなセイバー!」
「お互い、後は必殺の一撃のみでしょう。受けてたちますよランサー!」
互いに何かを吹っ切った様なスッキリした顔でそう言うと、お互いに階段の上下に飛び別れ、スチャッとお互いの武器を構えたかと思うと、ランサーの槍からは凄まじい魔力の高まりが、セイバーの剣も風の鞘を取払い魔力と共に凄まじい黄金の輝きがほとばしった。
「ならば受けるか、我が必殺の一撃を!!!」
「見事受けましょう、我が必殺の一撃で!!!」
限界まで高まった互いの魔力を感じながら、今現在自分が撃てる最高の一撃を見舞う為、ランサーは助走をもって跳躍し、セイバーは光束ねる剣を振りかぶり、二人は、幻想を、解き放つ……。
「―――
「―――
その瞬間、互いの武器は烈光に包まれ、
「
「
怒号と共に撃ち出された破滅の魔弾と、全てを薙ぎ払う閃光の刃が山門へと続く石段を陵辱しつくし、その中点に互いの破壊を収斂した。凄まじい音と余波を辺りに撒き散らしながら、魔弾と光刃は互いの相手を滅ぼそうと鬩ぎ合い、人の手では辿り着けぬだろう神秘を存分に放ち責め苛んだ。
その光りは滅びの閃爍でありながら、なんと美しい光のグラデーションを描くのだろう。その先に破滅が待っていようとも、それでもなお魅せられる様な、そんな情景。
しかしそんな情景も、そう長くは持ちはしなかった。互いに鬩ぎ合っていた貴き神秘は、その勝負を槍の減速で決したのである。
その瞬間、光の奔流は山門への石段を嘗め尽くし、階段の仰角のまま山門を吹き飛ばしながらランサーに直撃したのであった。もっとも先程の競り合いで光刃の威力も削がれており、完調でなかったにしろサーヴァントを滅するには十分な威力ではあったが、それでも何とか消滅を免れてそこに在ったのは一重にランサーの生き汚なさのお蔭だろうか?
「…いい死合いだったぜ。俺の負けだセイバー。まさかゲイボルクが破れるとはな」
「いえ、完調であればこその勝利でした。あの一投は間違いなく最強クラスの一撃。私の魔力がもう少し足りていなければ、敗れていたのは私だったでしょう」
「まあ、その辺は武器の性能と出力の差が出ちまったかもな。俺のは雷、おめえのは洪水だ。どっちも巻き込まれりゃ死ぬが、どっちが凄いとも言えんし、正面からぶつかりゃやっぱ洪水の方が有利だろうな。何にせよ満足いく闘いだった。礼を言うぜセイバー……いやさアルトリア…だったよな?」
「はい。ランサー……いえ、クー・フーリン。この一戦と貴方に感謝を。縁あらばまた何時か…」
「ああ、また何処かの戦場でな…」
ランサーは満足しきった顔でそう言うと、いまだ夜明けぬ空と目映い笑みと共にセイバーに見送られ消え逝くのであった。
≪interlude out
現在境内では何やら爆音響かす、たった二人の文字通りの『戦争』が行われていた。
撃ち合い、圧し合い、落とし合い、舞い散る宝具、宝具、宝具、宝具、宝具の数々。ある種の人々が見れば卒倒しそうな光景を展開しつつ、ギルガメッシュとアーチャーはいまだ均衡を保ったまま射出するその数を増やしつつ宝具の撃ち合いをやっていた。
「おのれ
「それじゃあ、僕達も始めるとしますか」
適度に体をほぐしながらハーリーがそう言うと、
「そうだね。ふふふふ、お兄ちゃんはどれくらい遊んでくれるか楽しみだな〜♪」
実に楽しそうに、そう幽祢に返された。
そこに居るだけだというのに、サーヴァントよりもよっぽど怖い気配が感じられる事に、流石のハーリーも冷汗伝うのが自身で分かる。果たして自分がこの存在から、最低でも引き分けをもぎ取る事が出来るのだろうか?
戦慄と不安を隠せないが、それでもやるしかないと意気を改め、開戦に臨んだ。
口火を切ったのは互いに火の技。
「火鳥閃!」
「
火鳥と炎塊がぶつかり、弾けると同時に両者が動き出した。ハーリーは弾けた炎を目眩ましにして前進し、幽祢は笑いながらスイッと滑る様に後退。
弾けた炎から突っ込んで来ると予想していたのか、驚きもせずハーリーの斬撃を、剣を振りぬく分だけ後ろに短距離瞬間移動して躱し、続く斬撃のことごとくを紙一重に、唐竹、袈裟斬り、右薙ぎ、斬上げ、逆風、左薙ぎ、逆袈裟を上下左右に現われ避けきった。
そうして斬撃の続きとばかりにハーリーの背後に現われると、空間移動時に両手に蓄積された位相を、触れると同時に反転放出させ、極度の衝撃でハーリーを吹き飛ばした。
「ぐっ、がはぁ!」
何とか、吹っ飛ばされる中体勢を立て直し、双剣を地に突き立て衝撃の慣性を後ろに引き摺られる事で殺したが、ハーリーでなければ今の一撃で背骨を粉砕されていただろう。
「なんて一撃くれるんですか! 今度はこっちの番です。白の技 螺閃光穿!」
一瞬にして閃光が貫くが、既にそこから幽祢は消え去っていた。
「駄目だめ。そんなんじゃ私は捉えられないよ♪」
ハーリーの周りを瞬間移動で回りながら楽しげにそう言う幽祢。
「ええい、ちょこまかと! ならば、赤の技 鳳翼千羽!」
言うが早いか、炎を纏った天蛇剣を周りにくまなく振ると、炎の羽がハーリーを囲む様に地面以外の方向に配置され、剣で地を衝くと同時に辺り一帯へ全方向射撃が開始された。
「あはは、凄いスゴ〜イ! 奇麗で面白いけど、この程度じゃまだまだ……」
「そこか! 深紫の技 金剛槍破!」
余裕で炎の羽を防ぐ幽祢の声を聞くと同時に、地蛇剣を地に突き刺すと剣を中心に深紫の光線が地を走り、次の瞬間線同士を結ぶ横の線が走ったかと思うと、走った線を中心に猛烈な勢いで結晶の槍が突き出した。
その様相はまさに針山。人ほどもある鋭利なダイヤモンドの槍がハーリーを中心に乱雑に飛び出していた。こんな物をまともに喰らったらどんな者でもただでは済むまい………が、
「やるじゃないお兄ちゃん。今のはちょっと驚いたよ?」
言葉の通り驚いただけで、幽祢にはちっとも効いていない様である。それどころか、突き出した槍の先端に爪先立ちで笑いながら立っている上、腕の一振りで結晶群を総て砕いてしまったのである。
「今度はこっちの番だね。寂静として万空に渉る理の音♪」
幽祢が両手を水平に振ると同時に、なんとも絢爛な多色の光輪がハーリーに向かって扇状に放たれる。
「紫の技 破刃滅却!」
鮮やかな紫に染まる双剣をもって、ハーリーは襲い来る光輪を次々と薙ぎ払い消滅させていく。流れる様なその動作であったが、幽祢はその隙に唇の薄紅を指で拭い、
「んふふふ、よけちゃだめだよ♪」
言うが早いかその指で袈裟切りの動作をすると、それと同時に光輪を払っていたハーリーに魔力衝撃波による斬撃が直撃し、胸を浅く切り裂かれ、払い切っていなかった光輪に吹っ飛ばされてしまった。
「あん、まだだよね? 私はまだまだ遊び足りないよ、お兄ちゃん♪」
「けほっけほっ、がはっ、ペッ。…当然、これくらいじゃ終われないですよ」
起き上がり、首をコキコキ鳴らしながらそう言うと、ハーリーは少々手足をほぐし、微笑すら浮かべて今一度相対した。
一方その頃ギルガメッシュ達は…、
「流れ火矢に気を逸らしたな? 受けろ
「ぬっ!? やらせんぞ英雄王!
こんな感じである。
隣で何やらガリガリ言ってるが気にせず、ハーリーと幽祢の二人、お次は機動戦に突入した模様である。
地を空を縦横無尽に駆けるハーリーに、飛行と瞬間移動でこれまた掻き回す幽祢。互いに速射性の高い技で無闇やたらに撃ち合いを開始するものだから、周りは堪ったものではない。具体的に建物やら金のやら赤いのやらが被害をこうむっている様だが気にしてはいけない。
「イキナリ背後からとは卑怯な〜」とか、「あんまりだぞマスター?!」とか聴こえて来た気がするが、まあ気にしている余裕もないし、アノ二人なら気にしない(爆)
「もぉ〜〜、いい加減当たってよ〜。沙時灯、沙時灯、沙時灯! それそれそれ♪」
「そう簡単に当たって堪りますかっての! 黄の技 封鎖雷迅!」
瞬間移動しながら即撃の衝撃波を乱れ打ちして来る幽祢に、その身の素早さで躱し捌きながら剣より放つ雷の鎖で捉えようとするハーリーだが、その一瞬前に瞬間移動され躱されてしまう。
お互いに手を尽くすが、これまた中々決定打が与えられずにいた。速さでハーリーに多少分がある故、何とか負けずにいるが、やはり劣勢はハーリーの方だろう。二人にして、出力と余裕が違っているのだ。後が無く少し焦りのあるハーリーと、まだまだ遊びの部分のある幽袮。逆に言えばその遊びの部分を何とかできればハーリーにも勝機はあるのだが……。
(仕方が無い、何とか一気に薙ぎ払って体勢が崩れたところに止めの一撃。はたしていけるか? やるしかないけど(苦笑))
そうと決めたハーリーは激しい機動を止め深く息をつく。
「どうしたのお兄ちゃん? もう終わり?」
「いや、これからちょっと試させて貰うよ。どこまで通用するか分からないけどね」
力を溜めながら十字斬りの体勢をとる。右腕は左脇に、左腕は上方に構え、双剣の刀身が橙色の光に染まって行く。
「橙の奥義 重操襲星断!」
隕石すら断ち切る一撃が水平方向より幽祢に襲い掛かる……が、これさえ紙一重で瞬間移動され避けられる。しかしハーリーの攻撃は終わる事無く、横薙ぎの一撃はそのまま体を回しハーリーの周囲が薙がれて行き、ある一点でその動きが止まった。そう、ちょうど幽祢が出現した所に横薙ぎの一撃が直撃したのである。
「もらった!」
すかさず振り上げたままでいた左手を振り下ろし、止めの一撃とばかりに幽祢に叩き付けた。瞬間、エネルギーの奔流が巻き起こり、幽祢が居た所を中心に辺りを吹き飛ばした。
これなら流石に、とハーリーに思わせる威力であった先程の爆発。実際爆心地でもないのに吹っ飛ばされたサーヴァントが居たり居なかったりする辺りからその威力も窺えて、ほんの少し期待したのだが、それもどうやら虚しき希望であったらしい。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!
面白い、面白いねお兄ちゃん! こんな手応え久しぶりだよ♪ やっぱりお兄ちゃんは私を愉しませてくれるんだね?」
「貴様! 手加減と言うものを知らんのか?!」
「もう少し威力の軽減は出来んのかねマスター? これではこちらの身も……」
「そこ五月蝿い。私今楽しんでるんだから、貴方達は向こうで遊んでなさい!」
『ぎゃひぃ〜〜!!』
文句を言ってきたギルガメッシュと己がサーヴァントのアーチャーを言葉端に言霊を乗せて吹き飛ばす幽祢。もう何が何やら訳が分からない(笑)
「まさか本当、
幽祢は笑いながら怪我した腕から流れる血をペロリと舐める。愛しいモノの様に自分の血を舐め取るその様子が、何だか美妙で艶めかしく淫靡な感じですらある。
「御返しはしなくちゃね♪」
正直少し惚けていたのだろう。舐め取って血に濡れる唇とか、今まで見た事も無い幽祢の表情に少々ドキッとしながら観ていたものだから反応が遅れた。
消えた事すら認識させぬ間に現われハーリーに抱き付くと、血に濡れたその腕で抱き締め、唇で頬にキスをした。
「なぁっ??! 一体何を何でぇ!??」
ハーリーが混乱している間に幽祢は再び離れ、ニッコリと笑いながら、
「血染め、血祭り、血飛沫、血塗れ。血花を咲かせよ即滅莎訶♪」
瞬間、ハーリーの幽祢の血が付いた部分が突如として爆裂した。見た目は言葉通り血花が咲いたが如く。幽祢が己が血を媒介に、ハーリーの血を内部から破裂させたのである。ハーリーだから良かったが、常人なら即死の荒業である
「
結べ結べ冷たき調べ、心御魂も
血の破裂に怯んでいたハーリーだったが、次の瞬間その辺り一面を魂すら凍らせてしまう様な氷結が駆け巡った。空間時間すら凍らせる様なその言霊だったが、しかし掠る程度で何とか済んだのはまさに僥倖だろう。それでも相当のダメージを喰らうあたり、正直直撃したらと思うとゾッとする。
「もっとだよ、もっと楽しもうよお兄ちゃん?」
一方先程幽祢に吹っ飛ばされたギルガメッシュとアーチャーは……、
「許さぬ、許さぬぞあの小娘!!! よくも我にこの様な扱いを! 万回殺しても飽き足らぬ!! 目に物見せてくれるわ!!!」
言うなりギルガメッシュは両腕を上方に掲げて両手を組み、両足を肩幅ほどに広げた。
「何をする気だ英雄王? 確かに今の扱いは屈辱的であるし、うちのマスターとは言えその怒り解らぬでは無いが……」
「我が貴様が如き
次の瞬間空が翳り、何かと上空を見たアーチャーは絶句した。そこに蒼き空は無く、ただ一面、刃、刃、ただ刃の隙間無く覆い尽くす武器の群れ。正直途方も無い数だ。何本集めれば空が消えるほどの武器の数になるのか……
それがこの辺り一面を覆っていた。もちろんアーチャー・幽祢を含むこの一帯である。
―――掲げたその腕は、あたかも振り下ろそうとする槌の如し―――
「
ギルガメッシュが両腕を振り下ろすと同時に、空を覆っていた武器の群れが一本の遅れも無く同時に大地へ着弾した。その一撃はまさに殲滅の鉄槌。有象無象の区別無く、ただ殲滅あるのみなのである。
いきなり武器が降って来た。しかも一本とか十本とか数えられる様な本数ではなく、それこそ辺り一面隙間無く降って来た。ハーリーはギリギリそれの射程外だったから良かった様なものの、直撃していたら唯では済むまい。何せ降って来た武器のどれもが普通の武器ではないと、気配がそう主張していた。
流石にこんな物凄いのに巻き込まれては、幽祢も無事ではないだろうと思っていたのだが……、
「痛ぁ〜〜い! いきなり何なのよ一体! 人が折角気持ちよく遊んでる所に水差すなんて!! ……ああぁ!あんたねそこの金髪! 何やってるのアーチャー! 任せるって言ったでしょう!?」
甘かったがチャンスである。幽祢は今までの雰囲気等を今のにブチ壊され、かなり御立腹の様子である。ぶっちゃけハーリーに意識を向けておらず、犯るならまさに今である(爆) ちょっと卑怯くさいが、四の五の言ってられる相手ではないのだ(笑)
「紫の奥義 神魔破妖斬!」
幽祢がアッと思った時には遅かった。紫光の破刃が幽祢を切り裂き、その膝を遂に地に着けさしたのである。
一方その頃のギルガメッシュは…、
乖離剣エアを除けば、今の一撃はまさに取って置きの必殺技である。例えどんなサーヴァントであったとしても、一撃で仕留められるであろう必殺の一撃。しかし、そんなギルガメッシュ自慢の一撃も、幽祢の前ではけんもほろろである。キッチリ生き残っている上、文句までしっかり言われてしまった。
苦々しくもそんな事を思っていたせいだろうか? それ以前に必殺の一撃ゆえ油断があったのかもしれない。気が付くと自分の胸に黄金の剣が刺さっていた。しかもそれがエクスカリバーとは一体どういう皮肉か?
「…な…に? 馬鹿な」
「抜かったな英雄王。君は私が生き残る事を想定しておくべきだった。君が言ったのだぞ? 私は
アーチャーの手にしているのは鞘。何と目映き光を放つ、貴き幻想の一滴。何者にも犯されざる神秘の護り。その一身に宿りし半身の金色。はや辿り着けぬ一つの世界。
―――故に、
「
いや、中々に楽しかったぞ贋作者? ではな…」
そう言って黄金の英雄王は苦笑を残し消え逝くのであった。
「あぁあ、あそこで一撃喰らっちゃうなんて、まさに不覚よね。今回は私の負けだね、お兄ちゃん」
あの奥義をまともに喰らっておきながら、幽祢は平然とそんな事を言ってのける。効いてない訳ではあるまいが、行動不能に陥らせるほどでもないらしい。流石幽祢、まったくもって底が知れない。
「はぁはぁはぁ、疲れたぁ〜〜。でもこれで逃走再開出来ますよね?ね?」
「まあ、約束だからねぇ。でも、次は負けないんだから♪」
「はははは、まあお手柔らかにお願いしますです、はい」
っと、ハーリーがヘニャリとなごんでいるそんな時、山門を打ち砕き閃光が天へと昇っていった。どうやらセイバーの方も決着が着いたらしい。そして少し時を置いて寺の裏の池辺りに今度は天から光の羽を振り撒いて烈光の御柱が何本も突き立っていくではないか。裏の方もレザードの大魔法が出たのだ、決着は着いたのだろう。
「どうやら他も決着ついたみたいですけど、みんな無事かな? 無事ならこれで何とか終わりに出来るんだけどなぁ〜」
「ふふふ、果たしてそれはどうだろうね〜。きゃは♪」
≫interlude
「はっ、しゃっ、せいっ、どりゃぁぁ!」
「はははは、この程度か衛宮士郎! 純然たる悪はココにある。もっとだ、もっと力を見せてみろ『正義の味方』!!」
何やら熱い男のど突き合いが、現在進行形で池のほとりで展開されていた。曰く正義の味方と、曰くワル神父のヤッパと拳の対決である。
「―――
―――
―――
―――
―――
いやに手に馴染むアーチャーの陰陽夫婦剣の経験を読み取り、この陰陽剣に秘められている必殺の一撃を共感し再現する。
この一撃には流石の綺礼も避けれまいと思ったのだが、しかしこの一撃は士郎が技を完全に再現仕切れなかった為、何とか綺礼も紙一重で躱した。綺礼が苦笑し通り過ぎていく陰陽剣。しかし士郎は今一度陰陽剣を投影し、この剣の『互いに引き合う』という性質を利用して先程飛び去った剣を引き戻し、その上今投影した剣を今一度投げ、四方からの同時攻撃を再現して見せた。
しかしこれだけの技を仕掛けるも、綺礼は未だ余裕を崩さず、この四方からの攻撃に対処しようとした、まさにその時! 突然綺礼が体勢を崩し、襲い掛かる四つの刃が尽く綺礼の体に突き立った。
「な?! なんで!?」
まさか抵抗もせず総てまともに喰らうとは思って居なかった士郎が、思わずそんな呻き声を上げる。
苦しそうにに唸る綺礼であったが、しかしその実、体に刺さっている陰陽剣のせいではなかった。兇刃が襲い掛かって来たあの瞬間、突然綺礼の心臓部分が活性化し、綺礼の全身を凄い速度で蝕み始めたのである。
元々10年前の第四回聖杯戦争時に自らの心臓を失い、聖杯から溢れた『泥』が綺礼の心臓の代わりをしていたのである。それが今急に活性化し、綺礼を喰らい始めたのだ。
「こ、これは……、ギルガメッシュめ、しくじったのか…。くっ、仕方があるまい。もう少しでアレが産まれると言うのなら、私は喜んで栄養となり、その誕生を祝福しよう。………産まれ来る、命の、ため、に、……エイ…メン」
最後の力で十字を切った瞬間、綺礼はその心臓の黒い穴に、その総てを飲み込まれ消えてしまうのであった。
「一体何が?」
突然の出来事に思わず呆然とする士郎だったが、それらの様子を見ていたレザードは何やら嫌な予感にとらわれる。先程一瞬、綺礼の心臓辺りから出てきたアレは一体なんだ?
その時ふと閃くものがあり肉塊の方を見ると、先程よりも何やら活性化している気がする。
「不味いかも知れませんね…。何を遣っているのです遠坂凛! さっさと出て来ないと命の保証をしかねますよ?」
「んな無茶言わないでよ?! 何か肉壁がグネグネ動いて道塞がるし、床も何だか動いてるっぽいし、こっちは人一人支えてるんだから、思う様に先に進めないのよ!?」
思わず叫ぶ凛であったが、実際どうにもスピードが上がらない。凛が見ても何やら先程とは様子が違う事が見て取れる。レザードの言う様に時間が無いとは思っているのだが……。
「埒が明きません。私が道を創って差し上げます。そこを動いたら……死にますよ?」
「な?! ちょっと!??」
「クロスエアレイド!」
レザードの手より発生した無数の十字真空刃は、蠢く肉塊を易々と切り裂き、姿の見えていなかった凛と支えられている全裸の慎二の姿が現われた。
「なんて事すんのよアンタは!!! 後数cmずれてたら私の首が飛んでたじゃない!?」
「文句は後で聞きます、少し黙りなさい。…座標確認、方陣展開。逝きますよ!」
レザードの足元に光の方陣が展開されると、慎二も含めたレザード・士郎・凛の姿がその場に溶ける様に消えていく。
「汝、その諷意なる封印の中で安息を得るだろう永遠に儚く……」
呪文を唱え始めると同時に空に光の羽が舞い散り、いくつモノ光輪が現われ、それは収斂していくと、流れ落ちる様に閃光の柱となり降り注ぐ。
「セレスティアルスター!」
光の羽を撒き散らし、辺り一帯を埋め尽くしていく光の豪雨。まったくもって圧倒的だ。先程まで池を埋め尽くしていた肉の塊も、この光雨の前では何の抵抗も出来ず焼き尽くされて行く。
一部地形が激しく変わっている気がするが、まあきっと気のせいだろう。少なくともレザードは気にしない(笑) 凛も知らん振りだ(爆)
そうして光の豪雨が収まった時、そこには何も無くなっていた。勿論池も無い(笑) ……いや、肉塊や泥は確かに無くなっていたが、代わりの様にその上の方に黒い穴の様なものが出来ていた。その穴から受ける印象は、どうも先程の肉塊や泥よりも凶悪な気がしてならない。
「往生際が悪いですね。私が否定したのだ、さっさと消えて仕舞いなさい。
我、久遠の絆断たんと欲すれば言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう…」
そんなレザードの詠唱で今度現われたのは、紅き呪言の刻まれた、闇を固めたが如き漆黒の刃持つ巨大な槍であった。槍は遥か上空にまで昇ると縦回転を初め、
「ファイナルチェリオ!」
狙いを定め、勢いのまま一気に黒い穴へと突き進み、そして実にアッサリ虚空の穴を切り裂き消滅させた。
そんな一連の様子をポカァ〜ンと呆けた様に見ているのは我らが遠坂凛嬢である。いやもう文字通り呆けていた。目の前で展開されたのは、まさに儀式級の大魔術。いや、キャスター位しか扱えなさそうなソレは魔法クラスと言ってもいいかもしれない。強いとは思っていたがここまで無茶苦茶だとは……。
「いや〜、今の凄かったなレザード! あんな事も出来るんだな、俺驚いたよ」
「あの程度雑作もありませんよ。まあ、あなた方への防御方陣を作らなければ、さらに威力を高められたのですがね」
「ああ、アレやっぱりレザードだったのか。確かにアレが無かったら俺達もやばかったかもな、ありがとう」
「……って、何でアンタそんなに平然としてる訳?! 普通もっと驚くでしょう!? アレってどう見たって儀式級か魔法クラスの代物よ!!? それをあんな数小節の呪文だけで顕現させるなんて、無茶じゃないのよ!?」
「まあまあ、その辺はレザードだしな? それは置いとくとして、慎二も助けられたし、後は表の方だけど、大丈夫かな?」
「ううぅ〜、まあ今さらな理不尽追求してもしょうがないか。取り合えず表に回ってみましょう。確かにセイバー達が気懸かりだわ」
≪interlude out
「あ、セイバーさん無事だったんですね。……でも、そうするとランサーさんは…」
「御察しの通りです。ですがあの戦いはお互いに満足のいく戦いでした。ランサーも悔いは無かったと確信しています」
満足気に頷くセイバーに、ランサーの望みは叶ったのかと、ハーリーはふとランサーを想った。
「それはそうと、そちらの女性は一体? それとアーチャー、何故貴方がここに居る?」
剣を構え、アーチャーを睨みながらそう言うセイバー。それに対し、アーチャーはヤレヤレと肩を竦めながら。
「私に聞くな。私とてこの場に居合せるつもりなど無かったのだ。そういう事はマスターに訊いてくれ」
目線で幽祢を指し示しながら、構えすらせずそう言った。
「マスター? 貴方がアーチャーの新しいマスターなのですか? ………にしても、何故ハーリーに抱き付いているのですか貴女は?」
「はははは…(渇笑) 何故なんでしょうね? それは僕が知りたいです……」
「えぇ〜? いいじゃない別に。今回は結構面白かったし、それのお礼とでも思ってもらえれば♪」
明るい笑顔でケラケラ笑うオンブお化け。もう何が何やらである。
そこへ一連の決着をつけ、レザード達が合流して来たのだが…。
「アーチャー?! アンタなんでここに!!!」
当然こうなる訳で…。レザードは成る程としたり顔で、士郎はアーチャーを警戒しているが何がどうなっているって顔をしている模様である。
「はぁ〜。それでマスター、これからどうするのだ?」
「そうね…。これで役者も全員そろったし、最後の仕上げといきましょうか♪ いいわよアーチャー、貴方の好きになさいな。私は特等席で見物してるから♪ あ、でも障害は自分で何とかしてね『エミやん』♪ あ、それとも『シロりん』がいい? ねぇアーチャー?」
愛称を訊いてくる振りして、何気に真名をばらす幽祢。
「感謝するマスター。……だがその愛称は止めてくれ、気が抜ける。アーチャーか姓名で呼んでくれ。その方が幾分マシだ」
いい加減そんなマスターの性格にも慣れてきたアーチャーは、最後の一線は守りつつ後は好きにしろと言い放った。
「ちょっと、待ちなさいよ! エミやんって、シロりんって、まさかそんな、アーチャーの正体って……」
「察しの通りだよ凛。私はそこに居る戯けの成れの果てだ。歪な理想を抱いたままその間違いにも気付かず、誰かの為にという強迫観念に突き動かされ、その苦痛も破綻している事も気付く間もなく走り続けた。裏切り続きの一生だった。理解されずにたった独り理想の果てを夢見て、あろう事か世界に死後を売り渡した。
私はね凛、英雄などに為らなければ良かったんだ。下らん理想を夢見続け、大切な人一人護れん様なそんな下衆の後知恵など狗にでも喰わせてしまえばよかったのだ!!!
正義の味方? はんっ! 自分一人救えん愚者が、何世迷言をほざくか!! あの夜も言ったがな、貴様のような痴れ者は理想を抱いて溺死しろ!!!」
「勝手をほざくな! それでも目指すのが理想だろ! 誰かに負けても自分にだけは負けてやらない。間違っていたなら正してみせる。世界総ての人を救おうとは言わない、でもお前が救えた人は一人もいなかったのか? 一人もお前に感謝しなかったのか?! 唯の一人もお前に助けられ無かったって、そう言いきれるのか?!!
そんなもんじゃないだろう? 俺の理想は……、
「ぬかせ小僧! やはり貴様はここで終わらせる! 万分億分の可能性だったのだ、貴様を我が手で殺し、そのパラドクスで俺自身を英霊の座から消滅させる!!! …それが、それだけが、今ある俺の全ての望みなのだから…」
「もういい判った。言っても解らないなら解らせるまでだ!」
「言ったな小僧、上等だ! 貴様との決着ここで終わらせる!」
『
共に投影したのは陰陽夫婦剣・干将莫耶。互いに最も得意とするこの剣で、同じ名を持つ二人は、今……。
「待って下さい二人とも!? 自分自身と何故闘わなければ為らないのです?! 二人とも士郎なのでしょう? 私が守り剣と為ると盾と為ると誓った人なのでしょう? なのに何故? 何故なんですかアーチャー?!」
「君は先程の話を聞いていなかったのかセイバー? もうその様な段階は過ぎてしまっているのだ。正純な英霊には解らんよ、私が守護者として送り込まれ続けたあの地獄を! もう遅いのだ。人間がどれ程愚かかは十分に承知している。君はそこで見物していたまえ。この戦いだけは、何処の誰にも邪魔はさせん!! それがセイバー、かつてオレが愛した君だとしても…。
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その瞬間、大地に火線が走り、瞬く時の間に、そこは荒れた大地に無数の剣が突き立ち、燃え盛る炎と灰色の空一面に回る大小様々な歯車。そこは火と鋼の支配する製鉄場だった。
「まさ、か……、
凛の驚きの声が響く中、アーチャーはオーケストラの
凛の方には2mを越す大剣が隙間無く周りを埋め、セイバーの方はそれに加え楔の様にAクラス以上の剣や槍などが打ち込まれ、
「それでもまだ不安なのでな、さらに保険をかけさせて貰う。四方に結べ結界剣!」
さらにその周りに二重三重の方位結界が張られ、上空にも睨みを利かした剣が舞っていた。
「さてそれでは始めるとしよう。覚悟はいいか衛宮士郎? 錬剣の英霊エミヤ、推して参る!」
こうして過去と未来のエミヤシロウの闘争は幕を切るのであった。
「うわぁ〜、何だかとっても大変な事に…。停めなくて良いんですかね?」
「いいのいいの、うっちゃっとこうよお兄ちゃん。あんなの自分自身と喧嘩してる様なものなんだから、納得するまで放っとくしかないよ?」
「まあ、それも仕方なしと言った所ですか。自分のアイデンティティーとレーゾンデートルが関わっているのです、私達は観戦といきましょう」
あちらの緊迫した真剣さとは裏腹に、こちらはすっかり観戦モードである。双方が双剣をもって打ち合う度に、「おおっ」とか「ぬぬっ」とか「危ない!」などと歓声を上げる始末。「ああ、そこは駄目だ」とか「もう少し足りない」とか、いつの間にやら何処から持ってきたのかポップコーン等を食べながら一同白熱していた。
まあ、そんな闘いも一時間も二時間も続く訳ではなく、それ程なくして終結した。結局勝者は、最後まで己が理想を貫き通した魔術使い衛宮士郎に軍配が上がった。
お互いを否定していたエミヤシロウ二人であったが、今は何やらスッキリした顔をしている様だ。何らかの展開が有った様ではあるが…。
何はともあれ総力を尽くした先程の決闘により両者とも疲弊しており息を荒くしながら、アーチャーは片膝をつき、士郎は仰向けになっていた。そんな士郎に駆け寄るのはセイバーと凛。アーチャーには何時の間にか幽祢が近寄っていた。
「御苦労様アーチャー。中々面白い仕合だったね。今回のゲームのフィナーレを飾るに相応しい、白熱した激戦だったよ♪」
「君には敵わんよマスター。まあ、お褒めの言葉と受け取っておくがね。……で、一体何が言いたいのだ? 君が何の考えも無く動くとも思えんのだがなマイマスター?」
普段の行動から今の行動を皮肉り、揶揄すると幽祢はクスリと笑いながら。
「流石はアーチャー、心眼(真)は伊達じゃないわね。うん、ちょっとした取引をしようと思ってね。ふふふ、貴方にはとっても魅力的な内容だと思うけど、どうする?」
「………内容を聴こうマスター。話しはそれからだ」
この後密談が行われるがその内容までは聞き取れず、唯一つアーチャーが頷くのだけが見て取れた。
「さて、それではそろそろお別れですね」
最初にそう言ったのはセイバーだった。
今まさに日が昇る中、世界が紫から黄金へと変化して行くその一瞬に、恐らく永遠と呼べるかも知れない別れが訪れ様としていた。
「士郎、貴方に出会えて本当に良かった。私は貴方に逢えた幸運に感謝してやみません。貴方と駆け抜けた夜を私は忘れない」
「そう言われると何か照れるけど、俺もセイバーに逢えて良かった」
深く握手するそんな二人を尻目に、アーチャーは昇り往く朝日を眩しげに眺めていた。
「アンタは私に何か言う事は無いわけ? まったく、アンタのお陰で散々振り回されたわよ。事情があったのは解るけど、一言ぐらい言っときなさいよね。心配するこっちの身にもなれっての…」
尻切れな凛のセリフにくっくっと笑いながら、
「色々すまなかったな凛。どうも君には迷惑ばかりかける。まあ、だからと言うわけではないが、一つ助言を。凛、君はもう少し素直になった方がいい。後で悔やんでも、まさに『後の祭り』だ」
「な!? それ一体どういう意味よアーチャー! アンタって奴は最後の最期まで……」
「こんな別れも我々らしかろう? ……元気でな凛。君は時々平気で無茶を通すわ、肝心な所が抜けてるわ、心配の種が尽きん」
「それこそ大きなお世話だっての」
背中で語るアーチャーに、凛は不覚にも少々涙ぐんでしまう。この二週間を共に駆け抜け、確かに楽しかったと言える日々に笑顔で応える。
「ではなマスター」
「じゃあねアーチャー」
一方幽祢との挨拶は実にスッキリと一言である。
「凛・ハーリー・レザードも御元気で。ここで過ごした日々は私の中で一際輝く思い出です。貴方達と過ごせてよかった」
「私もよセイバー。この数日、とても楽しかったもの♪」
「僕もですセイバーさん。それじゃあまたいつか、縁があったら」
「貴重な経験に感謝しましょう。元気で、と言うのは可笑しいのでしょうが、エインフェリアならまた何処かで会うかもしれませんね」
一同セイバーと別れを惜しむ中、こちらエミヤシロウ同士は…、
「精々気を付けるのだな。貴様の可能性が私に傾かない事を祈っていてやる」
「きっと大丈夫だ。俺はもうお前じゃない。より良い未来を紡いでみせる」
「まあ頑張るがいい。……最後に一つ、女心をもっと理解できれば確実に人生変わるぞ? まあ、無理だろうがな(笑)」
「う?! …やっぱり変わるか?」
「……言わせるな」
何だか微妙な問答に、まったり生温い空気が漂っていたりした(笑)
「それでは!」
一陣の風が吹きそんな言葉と笑顔を最後に、昇る日の輝きに眼を閉じ再び明けた時、セイバーとアーチャーの姿は既に無くなっていた。
「さて、それじゃあ帰りますか」
誰とも無くそう言うと、一同衛宮邸へと帰途についた。
………
っで、衛宮邸に帰り着いてみると、見るからにガッカリしたキャスターのメディアさんが待っていた。
「ええぇ〜?! セイバー帰っちゃったのぉ!? そんな〜…、折角カワイイ服を着てもらおうと思ってたのに……残念、クスン(涙)」
実に悔しそうな様子である。そもそも論点が間違っている。あれだけ奇麗な別れ方をしたのに、いろんな意味で台無しである(爆)
「レザードはちゃんと帰ってきたわね、よしよし。…………ところでさっきから気になってたんだけど、ハーリーの背中のその娘、誰?」
そう、それがさらなる問題である。幽祢さんは未だ帰らず、ハーリーの背中でオンブお化けをやっていた(爆)
「あ、それは私も知りたいとこなんだけど………、あ〜、何か不味い?」
「不味か無いですけど……無いですよね?」
「ども〜♪ 私は幽祢、たった一人の存在でぇ〜す♪ お兄ちゃんとは追いかけっこしたりする仲です。よろしく〜♪」
何やら自己紹介を軽く流された気がするが、まあいいだろう。ちなみに顔見知りのハーリーとレザード以外で彼女の事に気付いてるのはメディア位だろう。凛はいぶかしんでいるが気付いてはいない様だ。
「……まあ、いいわ。お子ちゃま達はまだおねむみたいで起きて来てませんし、これから朝食の準備をしようかと思っていた所です。手伝って頂けまして?」
「おう、喜んで!」
笑顔のメディアに士郎が応え、少し遅い朝食の準備に取り掛かった。
セラとリーゼリットに起こされたイリヤとラピスを加え、一同は朝餉と相成った。
「シロウ達が帰ってきてるって事は旨く行ったんだね。セイバーが居ないのは判るけど……何か一人増えてない?」
イリヤの視線は勿論ハーリーの隣で一緒に朝餉を食す幽祢に向けられていた。視線を向けるとニパッと笑ったり、印象は悪くなさそうなのだが…。
「妹キャラ的立場の危機?」
それを言ってはイケナイ。
何やら自分とよく似た臭いのする少女である。イリヤちゃんは警戒している模様である。
「彼女は幽祢ちゃん。ハーリーの連れらしい。まあ仲良くやってくれ」
士郎の言葉に一応は納得し、取り敢えずは何事も無く朝餉は進んで行った。
そして一同朝食を終え、一服しているところで幽祢が済まさなきゃならない用事があると言って一旦姿を消した。そんな中、葛木宗一郎は聖杯戦争の終了を確認すると「そうか…」と言って学校に出勤して行った。勿論メディアが若妻よろしく見送りに行ったり(笑)
一方学生組は、流石にあんなとんでもない戦いを明け方に遣った為、疲れもあるし今日は自主休校である。そしてかねてよりの約束もあり、レザードとメディアは素体の生成や輸魂の呪等の設計や確認のすり合わせを始めていた。勿論そんな上級魔術談義に魔術師・遠坂凛が反応しない訳も無く、結局三人で話し合いを始めた。
そしてハーリーと士郎とはイリヤとラピスの相手をしていた。
ちなみにセラとリーゼリットは、居候なのだからと家事に従事しているのであった。勿論リズはセラに引き摺られていったが(笑)
そんな時分、幽祢が人を一人連れて帰って来た。そしてその人物を見て士郎と凛は激しく驚いた。幽祢の連れて来たのはもちろん間桐桜である。
両人とも思う所は、何故幽祢が彼女を連れて来るのか、である。
「こ、こ、こんにちは先輩! それと遠坂先輩も。……何だか私の知らない間にこの家も人が増えましたね」
「あ、ああ。まあ、みんな居候なんだけどな。色々事情があって泊める事になっちゃったんだ。…その、家族の桜に黙ってたのは悪かったと……」
「あ、いいんですよ先輩!? 別に、その、責めてる訳じゃないですし」
先程から緊張し、顔を赤くしながら話す桜。そんな桜の様子を幽祢はニコニコと見守っていた。
「あの……ですね、先輩。その、私、その………、カクちゃん、本当に言わなきゃ駄目?!」
「もお、ここまで来て怖気付いてどうするのお姉ちゃん! ほらほら早く♪」
「ううぅ〜〜。せ、先輩! その、二人っきりでお話があるんですけど、その、ちょっと時間…いいですか?」
「それは別に構わないけど……、大丈夫か桜? 調子悪いんだったらまた今度にしても…」
「いえ!全然大丈夫です!!」
「そうか。ならいいんだけど…」
ガッツポーズをしてみせる桜に、取り敢えず安心してみせる士郎。そして場所を移すこととなり、二人は道場へと向かった。
そんな二人のやり取りを見、凛は桜の様子に何かを察したのか、
「はっ!? まさか桜ってば、……そんなまさか。でもその可能性は高い……か。そうね、ここは一つ確認を…」
そう言って道場に向かおうと顔を上げると、そこには誰も居なかった。
「へ? どうして誰も……? って、ま、まさか?!」
思い至ったか、遠坂凛は道場に向かって駆け出すのであった。
凛の予想通り、道場外は満員御礼状態であった。全員が全員ともここに集まっていたのである(笑)
「(何やってんのよ、この暇人共!)」
「(そう言う凛こそここに何しに来た訳?)」
「(私は別に……、ちょっと散歩よ)」
「(嘘おっしゃいな♪ 貴女だって見物に来たんでしょう♪)」
「(違うわよキャスター! 私は別にそんな……)」
「(素直が一番、だと思う)」
「(そうそう、リズの言う通り! ここは素直に……)」
「(だぁ〜〜!! 違うって言ってるでしょう!)」
「(少し黙りなさい遠坂凛! 騒ぐとばれるではないですか)」
「(レザード、アンタまで……。それにセラさんも何で?)」
「(私はお嬢様の……)」
「(シィー! 始まるみたいですよ皆さん)」
「(わっはぁ♪ 桜お姉ちゃんガンバ♪)」
「それで、話って何だ桜?」
「はい! えと、その、私色々考えたんです。幽祢ちゃんからも話を聞いて、一体どうするか何度も考えました。先輩の理想は知ってます。可能性も聴きました。私に出来る事ってなんだろうって、私がして上げられる事って何があるんだろうって…。いっぱい悩みましたし、いっぱい考えました。……それでも出てくる答えは、あまり変わらない物ばかりなんです」
「…えっと、幽祢ちゃんから聞いたって、一体何を聞いたんだ桜? 可能性って…」
「あ、はい。アーチャーさんが先輩の一つの未来の姿って事とか、何で今に至るのかとか……」
「?! 何で桜にそんな話を!? それに桜もそんな話信じたのか?」
「え? ああぁ! 先輩は知らなかったんですね。幽祢ちゃんは何日も前からうちに泊まってるお客様なんです。それにアーチャーさんも一昨日からうちで茶坊主やってましたし、その時に色々聞けたんですよ?」
「な!? …桜の所に居たのも驚きだけど、茶坊主って、あいつらしいのか、何やってるんだか。それにしてもお客様って一体?」
「それはその………、ま、ま、魔力不足で倒れてたんで、その…助けたら御礼とかされちゃいまして、まあ色々なし崩し的に。それで逆に助けられた分が多過ぎだったんで何かお返しが出来ないかなっと等価交換を…。私も一応魔術師ですし。……ヘッポコですけど」
「…………え? さく、ら? 魔術師って…、ええぇ!?? ……桜、魔術師だったのか!?」
「は、は、は、はい! ですからその、先輩が魔術師だって事も前から気付いてたんです。黙っててスミマセンスミマセンスミマセン」
「あ、いや?! 桜を責めてる訳じゃないんだ。俺もヘッポコだからその辺は仕方ないと思ってるし」
「そうですか、よかった。…それで、ですね、私が私として先輩に何が出来て何をしてあげられるだろう…とか、いっぱい考えるんですけど私が出せる答えなんてそれ程多くも無くて…。そんな事考える中でもやっぱり想う事は変わらなくて…。それで私は伝える事をまとめようと思ったんですけど…、けど……」
「けど?」
「でもやっぱり出る答えは一つなんです。…私は、間桐桜は、…先輩を、衛宮士郎を、……愛してます。他の何にも変えがたいぐらい、他の何よりも、他の誰よりも、ただ愛しい貴方が大好きです! ……私には他に何も無いから、…何も出来ないから、でも愛するって気持ちだけは他の誰にも絶対負けません! 私じゃ、駄目ですか? 私は先輩とずっと歩いていきたいです」
「桜……。俺でいいのか? 桜なら俺なんかよりずっといい奴と付き合えると思うぞ?」
「駄目なんです! 先輩じゃなきゃ…、駄目なんです……。先輩は私の、たった一つだから」
そんなラブラブなフィールドが道場内で展開される中、道場外ではそんな展開に乱入しようとする凛とイリヤを一同がもって止めていた。
「(う、ぅうぅ! ううぅう!?)」
「(何しようっていうのこの娘は)」
「(お姉ちゃんそういうのは止めなきゃ。そういうのを野暮天って言うんだよ♪)」
「(まあここは諦めて下さい。流石にアノ中に乱入させるのは気が引けますんで)」
「(善を急いだあのお嬢さんの勝ちという所でしょうか?)」
暴れる凛の口をメディアが塞ぎ、足を幽祢、両手をハーリーとレザードが固めていた。
「(むぅ!? む〜む〜むぅぅうう!)」
「(駄目だよイリヤ。同じ乙女なら判って上げなくちゃ)」
「(イリヤ、野暮は駄目)」
「(落ち着いて下さいお嬢様。淑女がその様なはしたない事を為さるものではありません)」
一方イリヤの方は口をラピスが、両脇からリーゼリットとセラが固めていた。
「桜……」
「先輩……」
熱く熱く見詰め合う二人は、そのままどちらがとも無く抱き締め合い、そんな幸せすぎる展開に桜は少しだけ、そして生まれて初めて嬉しさのあまり涙をこぼしていた。
それからいく時かのち、顔を赤く染めながら、幸せそうに笑いあう二人が目撃されるのでありましたとさ。めでたしめでたし(笑)
そんなこんなで昼時は過ぎていき、凛とイリヤが不機嫌そうな顔のまま、大混乱の夕食時へと突入していった。
今夜は何故かパーティー並みの豪華なメニューである。一応聖杯戦争終了の記念でもあるが、その日より何故か都合よく藤ねえこと藤村大河も加わり、未曾有の食卓戦争へと発展していった。まあ、食事の前にも大河によって一波乱あったが、ここでは割愛である。大体皆さんが思っている通りの事が起こったと思って頂ければ間違い無いかと(笑)
大混乱の中、どいつもこいつも
まあ、そんな訳で、今回一番割りを喰っているのは士郎・セラの常識人コンビである。
「ごめんセラさん。後で何か簡単な物でも作るよ」
「いえ御構い無く。元々私達はお嬢様にお仕えするメイドですので、本来なら後で頂くのが普通なのです。…なのですが、リーゼリットがアノていたらくでは説得力がありませんね」
「はははははは」
これにセイバーが加わっていれば、もっと凄まじかっただろうと笑いながら考える士郎であった。
「こんなに食べたの久しぶり…。うん、満足満足♪」
幽祢がそんな事を言ってる中、ようやく夕餉の戦争も終息し、満足気に大河は帰っていき、一同はまったりとしつつ、昼間の続きとばかりに素体等の話し合いが再開されていた。
「そう言えば、幽祢さんは何で魔力不足になんかなってたんです? そう言えば最近見かけませんでしたけど、何か有ったんですか?」
昼間の道場覗きの時に得た思わぬ情報をふと思い出し、質問をしたハーリーであったが幽祢はその質問に珍しくちょっと渋い顔をした。
「うっ、それは……、まあ、あんまり人に言えた話じゃないんでけど…。この前のアノ爆発で別れちゃった後、切れたあのお姉ちゃんの攻撃でちょっぴり傷ついたんだけど、その後変な人に因縁付けられちゃって、どこの田舎魔王か知らないけどいきなり喧嘩売ってくるんだよ? 面倒くさいから適当にあしらったら増えるし。
仕方が無いからお仕置きチョメってやってたら、今度は斧とか剣とか鎌とか持った、ほらこの前会ったクロノハイダースのお姉ちゃん、多分あのお姉ちゃんの姉と思わしき三人組のお姉ちゃん達が乱入してきてもう大変!
まあ、何が大変ってその増殖魔王をアッサリ壊滅させて、いたいけな私を三人で追い掛け回してくるんだよ? それでウザイと思いつつ紆余曲折があって何とか撒けたんだけど、あのお姉ちゃん達本っっっっっ当にしつこくて、大分力を使っちゃって何とか流れ着いたのがここで、ちょっとへばってた所を桜お姉ちゃんに拾われたって言うわけ」
大振りな表現を交えつつ、説明されたハーリーは呆れた。魔王って何?とか、幽祢をへばるまで追い掛け回すお姉さん達って一体?とか、色々言いたい事は有るのだが取り敢えず一言。
「お疲れ様です」
その言葉に、「はにゃぁ!」とか言いつつ畳の上をゴロゴロする幽祢が居たとか何とか……。件の追撃はかなりの嫌がらせになっていた様である。
「そういえば幽祢ちゃんが作ったアレって素体として使えちゃったりするの?」
まったりとしつつ幽祢がゴロゴロしている中、素体に関しての話題を何気なく聴いていた桜から、ふとそんな話が出た。ゴロゴロを一旦停止し勿論と答える幽祢に、どういう事?と凛達が訊いて来るので、こんなんでいいの?っとバグ爺さんを殺った時に作った、桜の生き人形?をもう一度作って出した。イキナリ出て来たソレに驚く一同であったが、レザードだけは繁々とその人形を舐め回す様に観察し、手に触れて調べだした。
「ふむ。即興にしては凄い出来ですが、これでは使えませんね。外見は完璧でも中身がスカスカだ。完全に人の体として機能するものは出来ませんか?」
「ちょっと時間をかければ出来るけど……、そんなの何に使うの?」
これまでの素体が必要な事情を幽祢に話していく。何気なく聞きながら、イリヤやメディアの方を見回し、
「別にいいよ。今回は中々楽しませてもらったし、サービスしてあげる♪」
その答えに思わずノリでハイタッチするメディアと凛。これで素体の準備期間等が大分短縮される事になると、喜びが隠せない様だ。
そして、ハーリーが一同のそんな様子を見ながら、
「まあ、これで大体の心配事は無くなったか。名残惜しいけど明日にでも出るとしますか」
誰にも聞こえないそんな呟きがこぼれたのである。
こうして夜は更け行き、いよいよ旅立ちの時である。
それは騒がしい朝食が終わり、準備もそこそこにいよいよ出ようかという時である。
もう相当の日数を色々な世界で過ごし、そろそろ期日も近付いた筈と、例のカウンター代わりの水晶盤を取り出して見てみた所……、
「あれ? ええぇ〜〜っと、一、二、三、四、………あれあれ? 気のせいか炎が30個位見えるのは気のせい? あれあれあれ?! なんで!どうして!?」
オカシイ、可笑しすぎる。確か残すとこ後一週間程だった気がするのだが、これは一体どういう事なのか? 故障とかそういう類いなのだろうか? どちらにせよ幽祢に聞くのが一番だろうと、中庭に居る筈の本人に訊きに走った。
「か〜く〜り〜ね〜さ〜〜〜ん! これ何?! どうして何で何故にWhy?!」
「お兄ちゃん落ち着いてよ。それで、何がどうしたの?」
「これこれ、これですよ!」
「? それがどうかしたの? 正常に作動してるみたいだけど」
「正常にって、後一週間ぐらいだったのに数が最初に戻ってるじゃないですか!」
「うん。だから正常って言ってるじゃないお兄ちゃん」
「は? それは一体どう言う事でしか? だって約束は一ヶ月の筈じゃ……」
「そうだよ。だから戻ってるんじゃない」
「え? は? どういう事なんでしょうか? サッパリ訳が解らないんですけど…」
「だ・か・ら、昨日一回追いついちゃったでしょう? 私ちゃんと言ったじゃない、勝つか引き分けで逃走続行。お兄ちゃんの勝利条件は『
「……ま、まさか(汗)」
「そっ♪ 一回追いついちゃったからカウンターがリセットされちゃったの♪ 期間はまた一月だから頑張ってね♪ また追いついちゃうとまたまたリセットだから気を付けて!」
「嵌〜〜め〜〜ら〜〜れ〜〜たぁ〜〜〜〜!?(泣)」
そんな愉快会話をしつつ、幽祢の言葉のエンドレストラップにズゥ〜ンと落ち込んだハーリーであったが、ここに集まって生温かく見守っているメンバーの事を思い出し、何とかヘロヘロになりながらも挨拶を済ましていく。
「はうぅ〜。それじゃ皆さん、名残惜しいですがそろそろ行く事にします。……本当はもうちょっと居てもいい気はするんですけど…」
「んふふふ♪ また遊んでくれるのかな、かな?」
「…已むに已まれぬ事情もありますので、一旦ここでお別れです。レザードさんはしばらくここに残るんですよね?」
「そうですね、まだ終わらぬ仕事もありますし、何より……あぁ、いえ、これは言わぬが花でしょう」
そう言いつつチラリと窺うのはラピスの方。苦笑混じりのその顔が何を意味するかは一目瞭然である。
「そうか、もう行っちゃうのか…。何だかんだでこの数日、とても楽しかった。機会が有ったらまた来てくれよハーリー!」
「まあ、悪くはなかったわ。ツッコミも多かったけど充実した日々だったし、また来るって言うんなら歓迎するわよ?」
「凛も素直じゃないんだから…。ふふふ、私はちゃんと歓迎するから、またねお兄ちゃん。やっぱりなにも返せないのってスッキリしないから、今度はちゃんと精霊のお姉ちゃんと一緒にね♪」
「ご飯美味しかった。またね、ハーリー」
「リズ! 貴方はまったく……、はぁ〜。ああぁ、その、すみません。またのお越しを御待ちしておりますマキビ様」
「あの、アノ……、その、何て言ったらいいか判んないけど、バイバイ、ハーリー。またどっかで私……かどうかは知らないけど、兎に角逢ったらよろしくね! 以上!」
「それでは、また何処かでお会い出来る時まで…、マキビ・ハリ」
「はい、それじゃまた来て下さいねハーリーさん♪ …その、カクちゃんとも仲良くね?」
「貴方の事はレザードほど嫌ってないからまた来なさいな。今度は人の体で、奥さんとして待ってるわよ♪ ねぇ、宗一郎様?」
「ふむ、……息災でな」
何とも居心地の好かったこの地との別れに、士郎、凛、イリヤ、リズ、セラ、ラピス、レザード、桜、メディア、宗一郎の面々がそれぞれ、らしい挨拶で別れを告げてくれる。
「はい…、ありがとうございます皆さん! それじゃまた……」
「それじゃまたねお兄ちゃん♪ 今度もまた同じ頃に捕まえちゃうんだから♪ ほんとたのしいわね、アソビって♪♪♪」
「ふえぇ、う、ううぅ、うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜ん(泣)」
トラウマを抉る様な幽祢の言葉責めに、思わず泣きながらハーリーダッシュで逃走するハーリー君なのでありましたとさ(合掌)
その直後、幽祢の爆笑と次元移動時の破砕音とそんなとんでもない光景を目の当たりにして錯乱したかの様な凛の叫び声が上がったが、それはまた別のお話でありました(爆笑)
さて、追撃戦で何とか勝利をおさめたハーリー君。
しかし幽祢の仕掛けたエンドレストラップに見事嵌り、まだ見ぬ未来に不安が隠せないようです。
はてさて、ハーリー君の明日はどっちだ!?
何はともあれ、リセットされつつ勝利のその日まで残り30日(核爆)
あとがき
えぇ〜、どうもこんにちは神薙真紅郎です。初めての方ばかりかもしれませんが、どうぞよろしく。そんな訳で狂駆奏乱華の第陸章をお送りしましたがどうだったでしょうか? お楽しみ頂ければ幸いなのですが……。
幽祢「どもども皆さぁ〜ん♪ 久々に復活の幽祢で〜〜す? みんな待っててくれたよね? もう何だかとっても久しぶりな気がしちゃうんだけど……」
ぐふっ!! 何気に鋭く人の急所を突いてくるね幽祢君。ほんと久しぶりだとは思えん言葉の切れだ。
幽祢「そうは言われてもねぇ〜〜。15ヶ月ちょいってどうなのお兄ちゃん?」
げぼはぁ!!! い、言わんでくれ、そんな事は本人が一番わかっている。一応散々な苦労してるのよ? それに今回以上〜〜に長い! 260K近くってどうゆう事よ!?って本人が一番ビックリしてたりするわけだよ幽祢君。通常の3〜4話分ぐらいありますよ、これ?
幽祢「切れば良いのに切らなかったせいでしょう? それはお兄ちゃんのせいね♪」
まあ、色々考えた結果だ、許してくれ。しかしこの量、下手な文庫本ぐらい有りそうな量だな。ここまで読んで頂いた方々、真に御有難う御座います。待っておられた方がもし居たら、重ねて言いたい、本当に御有難う御座います! 最初はもっと少なかった筈なのに、書いてくうちにあれよあれよと増えていきこんな量になってました。
幽祢「ほんと、へたれでごめんなさい」
へたれ言うな! はぁ〜。まあそれはそれとして、早速お礼のコーナー行ってみましょう。ナイツさん、桃次郎さん、ノバさん、castさん、アガレスさん、感想頂き恐悦至極。何とか書き上げれたのは皆さんのお陰です。一時、今から考えると鬱になっており、数ヶ月まったく筆が進みませんでしたが何とかここまで来ました。
幽祢「本当本当。よければ次回も期待してあげて下さい。へたれで困ったお兄ちゃんなんで……」
だからへたれ言うな!
幽祢「あいあい♪ それでは今回はこの辺で♪ おまけが見たい人はソースへGo! それでは次回第漆章で逢おうね♪ 再見〜〜〜〜♪」
代理人の感想
くはー、読むの疲れた。w
まぁ、15か月分の努力の成果は見せていただきました。
良く頑張った、感動した!(爆)
ただ、出てくるキャラクターが元ネタと別人としか思えないのはいけませんネェ〜。
原作なり何なり、ちゃんと見返すことをお勧めします。