ループ:2
一体何処で道を間違えたのだろう。
俺は搬入用エレベーターシャフトを一気にブーストで飛び、地上のハッチをぶち破った。
空を覆うのは雲のような敵・・・敵・・・敵。
宇宙軍と交戦している様だが焼け石に水だ。
俺は引き攣った笑いを堪えながら、間近に迫った戦場へとエステを駆る。
「ううっ・・・契約しちゃったもんなぁ・・・。
やれるだけはやっとかないとなぁ・・・。」
借りたエステの反応が鈍いのが、ますます気分を重くする。
そりゃ、こんな乱戦でDFが無いエステじゃ自殺するようなものだけど、それでも自分のエステに乗るのが楽しみだったから。
確かに俺は暇だとは思ったよ・・・だがなぁ、いきなりこんな最悪の状況にならなくてもいいだろ。
戦いは好きだが自殺願望は無いのだ。
横目に元は宇宙軍の機体だったと思われる鉄塊が墜落しているのが見えた。
数時間後、俺もああなってるのかと思うと他人事では無い。
まだ宇宙軍の戦力が残っているうちに敵を出来るだけ減らす事を考える必要がある。
「ちっくしょぉ〜!」
俺は叫びながら乱戦へと飛び込んだ。
地上用フレームは長時間のブースター使用が出来ない為、俺は小刻みにブースターを吹かしながら地を蹴る様に敵の群れを目指す。
まだ宇宙軍の戦力が有る為に、俺に対しての敵の攻撃は流れ弾が飛んでくるぐらいだ。
それぐらいならDFで弾ける許容量である。
俺は宇宙軍の前線から少し引いた位置で遮蔽物に身を隠した。
手持ちの武器はライフル2丁。
弾はたんまりと持って来たから弾切れの心配は無い。
まだ大丈夫だ・・・先の事は考えたく無いけど。
IFSを通じてレーダーから敵の分布、不謹慎ながら盾となって頂く宇宙軍の位置を把握する。
とりあえず近い位置に居る敵を減らすべきだろう。
バッタやジョロとは長い付き合いだ。
無人兵器ならではの動きや、思考ルーチンは把握してある。
この距離では俺を敵と認識せず、一方的に攻撃を加えれる事が可能だ。
意味も無く目を細め、意識を集中させる。
背にした崩れかけたビルから半身を晒すと、目に入るバッタやジョロを膝を突いた体制で狙撃し始めた。
「・・・なにをする気なのでしょう?」
テンカワさんのエステは何故か戦闘が行われている前線には出ず、ビルの陰に隠れてしゃがみ込みました。
さっきの様子では少し自暴自棄になられている様だったので私の脳裏には不安がよぎります。
まさか敵前逃亡でもするつもりかと・・・。
その光景を不思議に思い、私は仕事を忘れモニターに見入ってしまいました。
仕事と言うのは艦長が間に合う可能性を計算した上でクルーを避難させるかの判断です。
もちろんテンカワさんの働きによって変る可能性があるので、彼の状況を把握する必要があるのですが。
「狙撃か?」
隣りにいたコードさんが軍事顧問らしい発言をなさいますが・・・。
実際問題、エステのシステムではテンカワさんの位置から敵までの距離を狙うのは可能とは思えません。
これ程距離が離れていると予測射撃や弾速の関係でエステのサポート能力が足りないのです。
その上、テンカワさんが装備しているのは狙撃には向かないライフルですから。
「いえ、流石にそれは無理かと・・・。」
私がエステのシステムを説明しようとした時、彼は動きました。
オートマチックであるライフルを器用に2発ずつ敵の方に撃っています。
それはエステと言う機械の腕だと感じさせない様な流れるような動き・・・。
ですが、敵に当っているかどうかまでは私には判別できません。
「ルリさん、今の射撃は?」
私の意図を汲んでくれたのでしょう。
ルリさんは少し間を置いて答えてくれました。
「テンカワ機・・・撃墜スコア11機。
現在の命中率100%。」
「なっ!?そんな!?」
不覚にも驚いた声を上げてしまいました。
私を見てゴートさんも驚いた様で、すぐさま私に問い掛けてきます。
「それは凄いのか?
狙撃の命中率が高いだけで問題無いのでは?」
「ゴートさん・・・貴方はライフルで500m先の動いている目標を狙えますか?」
「むぅ・・・それは流石に無理だ。
普通のライフルでは重力の関係で着弾地点と照準の誤差が大きすぎる。
それに弾速が速い狙撃用ライフルなら分かるが、着弾のタイムラグも大きい。」
「彼はそれを100%当ててる様なものです。」
「なにっ?!」
やっとテンカワさんの常識外れな技術に気付いたのか、ゴートさんも驚いて目を見開いてます。
「ルリさん、テンカワ機の視点を拡大してスクリーンに出してください。」
私の頼みを即座にルリさんが実行して、メインスクリーンにはテンカワ機の視点が映されました。
タタン、タタン、タタタタン!
連続的な射撃音が聞えてから数秒。
スクリーンに映った遠くのバッタ4匹が爆発する。
それは音のズレた映像を見ているように・・・。
「馬鹿なっ?!」
やはりですか・・・ゴートさんも驚いています。
テンカワさんは敵への着弾を確認するよりも速く、次の目標に狙いを定めているようです。
見た目には明後日の方向に飛んでいく弾丸の射線。
ですがそれにバッタが吸い込まれるように近付き、まるで昼間の花火を見ているようでした。
「これ程までとは・・・これなら状況を打開する事が出来るかもしれません。
私はもう一度、艦長に緊急の呼び出しをかけます。
ルリさんは、状況の報告を続けて下さい。」
「・・・ミスター、良いのか?
これは異常だぞ?」
「・・・。」
私は少し考え込み、彼がプロで有る事を信じることにしました。
「ええ、彼には高いお給料を払ってますから・・・大丈夫でしょう。」
「むぅ・・・。」
ゴートさんは未だにテンカワさんを怪しんでいるのでしょう。
ですが、ナデシコ・・・いや、ネルガルとして、この状況では彼の力が必要です。
「テンカワ機、撃墜スコア42機。
命中率97%。」
ルリさんが報告する異常なまでの彼の戦闘力。
それがこの状況で、私には頼もしく感じられるのでした。
俺は極度の集中でズキズキと頭が痛むのを堪えながら、狙撃を続けていた。
「くそっ・・・。」
20分ほどで150機ばかり敵を落としただろうか。
弾はライフル1丁分撃ち切って、1丁目のライフルは脇に捨ててある。
だが、身に迫る危機感は大きくなるばかりだ。
残りの弾薬が問題なのではない。
どう考えても宇宙軍の戦力が足りて無かった。
少しずつ押し下げられてくる前線。
あと10分もすれば宇宙軍は壊滅状態になるだろう。
そうなれば俺は200機以上の敵に囲まれるわけだ。
あと5分もしたら・・・俺は逃げるっ!
25分も稼げばクルーの避難は終わってるだろう。
狙撃は続けながら気楽な考えに切り替えた時だった・・・。
「テンカワさん、艦長が何とか後1時間で到着するそうです。」
何故か安心した表情のプロスがふざけた通信を入れて来やがった。
「え〜っと、プロスペクターさん?
今、何と仰いました?」
30分前と同じように極上の笑顔で聞きなおす俺。
戦闘の中、俺の精神は好戦的になっているらしい。
朝から飯も食って無いし、人間怒りやすくなるのは当然か。
「でっ、ですから、あと1時間でナデシコの支援が受けられます。
それまで頑張ってくだ・・・。」
「・・・クルーの避難はどうした?
俺はそれまで戦えばいいんじゃないのか?」
プロスが言葉を言い切る前に、強引に割り込む。
「テンカワさんの腕なら、後1時間ぐらい稼げますよね?」
俺の質問にプロスも質問で返した。
あ〜、もう駄目。限界。
もう無理っす。
その言葉に、元々我慢が苦手な俺は臨界点を突破したらしい。
「ふざけんなっ!」
驚いたプロスを追撃すべく、俺は精一杯の声で捲くし立てる。
「これ以上は無理なの!
良く考えろ!俺は今まで宇宙軍を盾に何とか戦って来たが宇宙軍の戦力はもう殆ど無いだろうが!
確かに後からちまちま敵を減らして時間稼ぎなら何とかなる。
後5分もしたら逃げないと俺は敵に囲まれて逃げれなくなるんだよっ!
それを後1時間だと・・・本気で俺に死ねと言うのか!」
唖然とするプロス。
どうやら状況を楽観視してた様だ。
「で・・・ですが、現在ナデシコはクルーの退避は中止して、艦長を待っている状況なのです。
こうなったらテンカワさんしか頼れる方が居ないんですよ。」
「・・・。」
「てっ、テンカワさん?」
「・・・。」
「あのぉ、そんな怖い顔をしないで、どうかお願いしますよ。」
「俺の予想では後8分もしたら宇宙軍は壊滅する・・・。」
「・・・はい。」
「その時点で、艦長到着まで後50分。
敵の残存兵力は200以上・・・。」
「・・・はい。」
「200以上の敵に囲まれた状態で、50分間ナデシコの護衛及び回避。
・・・プロス・・・アンタに出来るか?
いや、地球上で可能なヤツに心当たりはあるか?
そいつを8分で連れて来れるか?」
「・・・。」
俺は有り得ない希望をプロスに告げるが、戻って来たのは痛い程の沈黙だけだった。
俺はピシャリと顔を押える。
ああ・・・そうか、そうなのか。
・・・こうなりゃナデシコとは一蓮托生だ。
「あと40分・・・それまでに首に縄を付けて引っ張ってでもいいから艦長を連れて来い!」
「え?」
確かに今回のようなケースは俺にも初めてだが・・・。
プロスが驚く顔は今日だけでもう見飽きた。
自分でも無茶な事を言っているのは理解してるのに、言い出した本人がそんな顔をするなっての。
「戻ったら旨い料理と酒の準備も忘れるなよ。」
プロスさんは神妙な面持ちで、俺に敬礼した・・・って、おいおい。
良く見ると周りのクルーも敬礼して無いか、オイ?
俺の言葉を、これから死に逝く者の言葉だとでも思ってるのか?
「アンタに敬礼なんて似合わない。
それに俺は死ぬ気もないし、これでも往生際が悪い方でな。」
「ははっ、テンカワさんには敵いませんな。」
俺の言葉に笑みを浮かべたプロスだが、目は笑って無い。
だから死ぬ気は無いって。
「それでは御武運を!」
そう言って通信が切れた。
何故か自分が死ぬのを他人に決定されたみたいで悔しい。
・・・ぜってぇ生き残ってやる!
俺は反骨心を燃やしながら、捨てた空のライフルを拾い上げ天を仰ぎ見る。
ああ・・・空はこんなに青くて広いのに、俺はどうしてこんな場所に居るんだ。
「いかんいかん。
現実逃避なんかしてる場合じゃない。
ここは何としても生き残らねば。
そうしてプロス達の予想を裏切ってやらないと気が済まない。」
恐らく宇宙軍の戦力はもうないだろう。
俺が完全に囲まれる前に行動を開始しなければマズイ。
ならば今までとやる事は逆になる。
俺はわざわざ目立つようにライフルを乱射しながら、敵の群れの一角に突入した。
完全な前傾姿勢で地を蹴り、ブースターを最大出力で噴射する。
右手に持ったライフルは乱射状態で、群れと擦れ違う時に左手の空のライフルで2〜3匹のバッタを殴り付けた。
敵も黙ってやられる訳は無く、向うもバルカン砲を撃ってくるのだがこれぐらいは予想通りだ。
エステの最高速度を出して直進している状態では敵の射撃も正確では無い。
それでも有る程度、左右に機体を振り弾を回避しながら敵の包囲を阻む様に、敵の裏側へ突き抜けた。
殴った方のライフルは使い物にならないが、弾切れのライフルを有効活用したつもりだ。
乱射で10機ぐらい撃ち落したのを含めて12機は落としたが、これ以上撃墜数を増やす意味は無い。
ここからは純粋な時間稼ぎだけが俺の仕事だ。
残った宇宙軍はもう居ないのか敵の群れはゾロゾロと俺を追いかけて来た。
敵を突破したスピードを維持しながら、追って来る敵を牽制する。
近い敵を優先して半身になりながらライフルを撃ち、バッタを撃墜した。
俺に近かった敵は、そのバッタ爆発に巻き込まれ連鎖的に誘爆。
これで少しは距離が稼げただろう。
俺はスピードを少し落としながら即座に振り向き、敵に正面を向けながら後退。
今度は後に仰け反りながら地を蹴りながらブースターを全力で吹かした。
「よくもまぁ1機相手に全軍で追って来やがる。
ちょっとは手加減しろっ!」
後退してる為、敵が追って来る光景が嫌でも目に入るのだ。
愚痴の一つでも言わないとやってられない。
速度は保ったまま、全身のスラスターを使い不規則な動きで射撃を回避する。
「しつこいっ!」
砂糖に群がるアリの様に敵が俺を追ってくる。
こちらも必死に後退しているので追い付かれる事は無いが、敵の攻撃は容赦ない。
雨のように降り注ぐ弾幕を回避するのに俺は必死だ。
幾ら機体を不規則に動かした所で全ての弾を回避するのは不可能である。
俺はDFを使い、角度の浅い弾は無理に避けずに弾いた。
それでも直撃コースで飛んで来る弾は地を蹴り、機体を上空に逃がしながら3次元空間を回避に最大限利用する。
10分ほど続いた鬼ごっこだったが、敵も甘くは無い。
「っ!?・・・くそっ!」
敵のミサイルポッドが一斉に開くのが目に入る。
俺の知っている思考ルーチンだ。
ミサイルの一斉射で片を付けるつもりなのだろう。
俺は急激に運動ベクトルを右後方へと変え、ミサイルの発射に備えた。
即座にライフルは右手から左手に持ち変え、右手にイミディエットナイフを持つ。
その瞬間、1匹10発ぐらい、合計2000発以上ものミサイルが俺に向けて発射される。
ドドドドドドドド!
まるで地面が崩れたかと思わせるほどの轟音がなり響き、白い津波が迫ってくる錯覚を覚えた。
流石の俺も2000発以上のミサイルに追われるのに慣れている訳じゃない。
背中を冷たい汗がつたい落ちるのを感じた。
「ちっ!」
俺が速度を出しているおかげで、ミサイルとの相対速度自体はそんなに速く無い。
だが、確実にエステに迫る白い津波に、すぐさま逃げ出すべきだと騒ぐ本能。
俺はそれをグッと押さえ、キリキリと胃が痛くなる様な時間を堪える。
「あと少し・・・。」
それは2秒も満たない時間。
しかし俺にとっては恐ろしく長い時間である。
それこそ永遠かと思われる程。
「ここだっ!」
俺は叫び、右後方だった運動ベクトルを急激に左に変える。
ミサイルは前方5mまで近付いていた。
自分の内蔵が、脳の血が右に寄るのを感じる。
気が遠くなるのを耐えながら慣性で軋むブースター・スラスターを押さえ込んだ。
ミサイルの進行方向は簡単には変らず、俺の右に逸れる進路を取っていた。
それで何とか3分の2は回避出来るが、左方向に平面状に広がった残りのミサイルは回避しきれる筈がないのだ。
俺はブラックアウトしかけた目で凝らし、何とか左側のミサイルに向けて照準を合わせる。
急激な運動でライフルがブレるが、それをも何とか押さえ込みミサイルを撃った。
ドゴォォォォォォッ!
今度は全てがホワイトアウトする視界の中、俺は強烈な衝撃を感じた。
テンカワさんが地上に出て約45分。
操舵士のミナト・ハルカさんと通信士のメグミ・レイナードさんの順に到着しました。
ですが、肝心の艦長が到着してません。
プロスさんは焦るように何度も連絡をしているようですが、まだこちらに到着するには時間がかかりそうです。
私は先程から繰り返している、最新の報告をします。
「テンカワ機、撃墜スコア178機。
機体への被弾は有りません。」
そう、パイロットのテンカワさんの情報です。
私は他にパイロットの人は知りませんのでよく分かりませんが、情報を見る限りテンカワさんは凄い技術を持っています。
400機以上居る敵を半数近く撃墜しているパイロットは、どの軍隊にも所属している情報は有りませんでした。
現在も高度な技術でバッタの射撃を回避してます。
最初、テンカワさんとプロスさんとの通信を聞く限り、私には情けない印象しか有りませんでした。
黒尽くめの妙な格好してますし。
ですが、その印象は彼の戦闘を見て一変しました。
ある意味ではオモイカネを超える射撃能力。
テンカワさんは遠距離からの射撃を簡単にこなしたのを見て、私もオモイカネに演算させた結果は驚くべきものでした。
オモイカネが計算すればテンカワさん並の射撃精度は可能ですが、あれ程の連続射撃となるとオモイカネにも負荷がかかり他の処理を中断させる必要が有るのです。
それを実行できるテンカワさんは人間なのでしょうか?
何事にも無関心だった私は、テンカワさんに初めて興味を持ちました。
その時です。
テンカワさんの表情に今までに無い真剣な焦りが見えました。
すぐにオモイカネで情報を見ると、信じられない事が分かったのです。
「テンカワ機、敵にロックオンされました。」
すぐにプロスさんも気付いたようですが、バッタやジョロが一斉にミサイルを撃とうとしてるのです。
ロックオン元を調べると総勢218機もの敵機でした。
これは流石にテンカワさんと言えど絶体絶命の状況です。
「敵弾発射。」
一瞬にしてナデシコの戦術スクリーンが赤いミサイルで埋まりました。
私は指示を仰ぐべくプロスさんを見上げましたが、プロスさんの表情も固まってます。
「これ、まずいんじゃ無いですかぁ?」
状況を把握してないのか、ミナトさんが間の抜けた声を出しますが答える人は居ません。
テンカワさんを示す青い三角の表示に迫る赤い光点。
「距離20・・・。」
「15・・・。」
「10・・・。」
私はテンカワさんの死期とも思えるカウントダウンを開始しました。
艦長及びパイロットが到着するまであと40分。
テンカワさんの死はナデシコクルーの死でも有ります。
「5・・・。」
そう言った時でした。
テンカワさんの機体が急激なスピードで方向転換を行ったのです。
ドゴォォォォォォッ!
「きゃっ!?」
突然、ナデシコが建造されているドックごと大きな揺れが起こりました。
立っていたプロスさんもゴートさんもデスクに掴まってしまう程です。
私達は席に座っていたので無事でしたが、立っていたら危なかったでしょう。
私も呆然としてしまってます。
「ルリさん、状況はっ?」
一番早く立ち直ったプロスさんに言われ、即座に私はオモイカネを操作します。
ですが多量のミサイルが爆発した影響でしょう。
レーダー・センサー類からは正確な情報は掴めません。
「現在、多量のミサイルの爆発により熱源および電波・磁波のセンサーが使用不能です。
光学観測でも舞い上がった粉塵の影響でテンカワ機の補足は出来ません。
テンカワ機からの返答が無い限り届いているかも不明ですが・・・一応、通信で呼びかけてみますか?」
「お願いします。」
そう言ったプロスさんは粉塵で視界の無いメインスクリーンに目を移し黙り込んでしまいました。
「テンカワさん。テンカワさん、応答してください。」
私はテンカワさんに届いてるか分からない通信で呼びかけます。
5秒。
10秒。
15秒。
ナデシコがどの様な状況かも分からない時間が過ぎて行きます。
唯一、分かる事は、テンカワさんが撃墜された時はナデシコも沈むと言う事です。
私は未だに自分の死と言う物がはっきりと理解出来ずに、人形の様に呼びかけ続けました。
音が聞える・・・。
いや、懐かしい声が。
『テ・カ・・ん、応・・お願・・・す。』
それは何度も何度も同じ言葉を繰り返している。
『テンカワさ・・応答・・願いします。』
音が途切れ途切れで表示されたウィンドウもノイズ混じりだ。
俺は朦朧とした意識で、心配そうな表情のルリちゃんに微笑みかける。
「俺は大丈夫だから・・・。」
今の状態が最初の最後の状況によく似てたから。
俺は長い間、デタラメな時間を生きてきたが、やはり最初の時のルリちゃんや皆を忘れられない。
今の状態が最初の最後の状況によく似てたから。
ルリちゃんが・・・皆が危険だから。
だから俺の体中の血がたぎり、敵を殲滅しろと擦り込まれた本能が叫ぶ。
「ああ、俺なら大丈夫だから・・・ルリちゃん、だからそんな顔をしないで。」
そう言って、俺は通信を強制的に切った。
やる事は一つしか無い。
俺の家族に害を成す物は消してしまえ。
機体は右腕損失・右足破損・右半身のスラスター中破か。
まだまだ、だ。
体中にナノマシンの文様が走っていた。
俺はまだ殺せる。
俺は敵の位置に向かってエステを飛ばす。
レーダーがノイズだらけの状態で敵の位置なんて判別出来た物ではないが、エステが自然と敵の方向に向いた。
敵は粉塵と電磁ノイズで麻痺状態だ。
右腕に持っていたライフルで本能の赴くままに敵を撃ち殺す。
ズガガガガッ!
反射的に反撃をはじめるヤツも居たが、そんな物は当りもしない。
不完全なスラスターでの姿勢制御は難しいが慣れてしまった。
お返しとばかりに、こちらもライフルを撃つ。
どれぐらい同じ作業を続けただろうか・・・。
それでも敵はまだまだ多い。
だが・・・まだ殺せる。
『俺は大丈夫だから・・・。』
テンカワさんからの応答です。
歓声を上げる人達や、安堵の溜息を吐く人達、ナデシコのクルーはそれぞれ違う反応をします。
私も少しほっとしちゃいました。
そしてノイズ混じりのウィンドウには、頭を打ったのか額から血を流しているテンカワさんの痛々しい姿が映ってます。
普段付けている黒いバイザーも外れていました。
クルーの雰囲気は安堵から一変、沈痛な雰囲気に。
テンカワさんの目は虚ろで動きも緩慢としています。
私も僅かに顔を顰めてしまったかもしれません。
『ああ、俺なら大丈夫だから・・・ルリちゃん、だからそんな顔をしないで。』
「えっ!?」
私は突然の言葉に驚きました。
テンカワさんとは直接面識は有りませんし。
何故、私の名前を知ってるのでしょう?
そして突然通信が切れてしまいました。
「ルリちゃん、あのパイロット・・・テンカワさんだっけ?
彼と知り合いだったの?」
いきなりミナトさんから声をかけられて、またしても私は驚いてしまいました。
でも・・・私も分からないんです。
「いえ・・・自己紹介もまだったはずです。
だから何故私の名前を知ってるのか・・・。」
「え〜?そうなの?
彼、あんな状態なのに随分懐かしそうに微笑んでたわよ?」
「それが私には分からないんですよ・・・。」
「そっかぁ。
不思議な人ね。」
「はい。」
ピッ
ミナトさんと話しをしている途中に、オモイカネがレーダー回復の情報を私に伝えて来ました。
その状況を見たナデシコの全ての人達が言葉を失います。
残り200機以上は居た敵が瞬く間に170機を切ってたのです。
戦術スクリーンを見たプロスさんもゴートさんも固まってました。
不規則に動く青い点と、それに合わせて減っていく赤い点。
徐々に視界が晴れてきたメインスクリーンには、まさに修羅の様な戦いを見せるテンカワさんの姿が見えて来ました。
「馬鹿なっ!?
あの戦力を相手に・・・それをテンカワ1機が凌駕すると言うのか!」
ゴートさんの叫びも理解できます。
テンカワさんは相手の射撃を全て読んでる様に回避し、テンカワさんの攻撃は確実に相手を仕留めてるのです。
『おいっ!ブリッジ!こりゃやべぇぞ!』
全員がテンカワさんの戦いに見惚れてるなか、ウリバタケさんが通信をいれてきました。
『あいつの機体をよく見ろ。
言うまでもなく右手はいっちまってる。
それ以外にも機体右側のスラスターがさっきのミサイル食らってまともに動いてねぇんだよ。
あれだけの衝撃を受けたんだ、フレームだって歪んでるだろうよ。
そんな機体であれだけの動きをすりゃ・・・フレームごとバラバラになるぜ?』
「・・・機体の方はどれぐらい保ちますか?」
プロスさんがウリバタケさんに質問します。
こちらでも調べましたが、驚くべき事に機体へのダメージはウリバタケさんが言った通りの状況です。
『分からねぇ。
ただ・・・今、この瞬間かも知れないほど・・・ヤバイ。』
「それじゃ、テンカワさんは凄く危ないんじゃ?」
こちらもいまいち状況の掴めてない通信士のメグミさんが初めて会話に入ってきます。
「当たり前ですっ!
それにテンカワさんが撃墜されるような事になるとナデシコ自体も危険です。
ナデシコの命は彼が握っていると思って下さい。」
とうとう怒り始めたプロスさんの言葉に、メグミさんの顔が青ざめてしまいました。
やっと現状を理解したようです。
「あ〜あ、せっかく秘書を辞めて転職したのに、もう死んじゃうのかな。」
「ちょっと、そんな怖い事言わないで下さいよ。」
「だって、本当の事でしょ?」
「でも、テンカワさんが頑張って下さってますし。」
「そのテンカワ君が頑張ってもロボットが壊れちゃったら、どうにも出来ないでしょ?」
「確かにそうだな・・・。
ミスター、この際、総員撤退した方が良くは無いか?
これでは無駄死にする事になるぞ。」
『あの〜、お取り込み中の所、申し訳無いのですが・・・。』
「いえ、この戦艦ナデシコにはネルガルの社運がかかってまして・・・。
そう簡単に逃げる訳にはいかないのです。」
「だからぁ、こんな状況じゃ無駄死にするだけでしょ?」
『あのぉ・・・ちょっと宜しいですか?』
「「「今はそれどころでは有りませんっ!」」」
先程から警備員の方が連絡をしてきてる様ですが、皆さん混乱状態で取り合ってられ無いみたいです。
仕方が無いので私が代わりに話しを聞く事にしましょう。
「あの、なんでしょうか?」
『あっ、はい、先程ドックに侵入しようとして暴れている男を捕まえたんですが、自分はパイロットだと一点張りでして。
それで一応、人事部の方に確認を取りたいのですが・・・。』
警備員の方は、いきなり私のような少女が通信に出て驚いた様です。
「分かりました。
私が代わりに調べてみます。
それで、その人の名前は?」
その時、私はその人がナデシコを救う英雄だとは考えてもいませんでした。
後書きと言う言い訳のコーナー
前回の投稿から間が開いてしまった閑古鳥です。
執筆ペースが早い作家さんには毎回感心させられます。羨ましぃ。
それで今回は特に何も書けませんねぇ(^^;
たいした進行では有りませんでしたし。
それでは、前回の"お仕置き"が物足りなく感じてしまって、ヤバイと思ってる閑古鳥でした(笑)
そろそろ題名倒れになりつつある代理人の叱咤
ほほぅ。
あんなものでは物足りませんでしたかこう来ましたか。
前にも書きましたが、つくづく「ヒキ」の存在と言うのは大きいですね。
例えば今回の、「警備員からの連絡」のシーンが次回の冒頭に回されていたとしたら・・・・
次回への期待度はまるで違った物になっていたはずです。
後、ついつい微笑ましく思ってしまったのがアキト君。
てっきり第零話で無理矢理承諾させた「独断先行権」を盾にトンズラしようとするかと思ったんですが、
土壇場でお人好し属性が発動してますね(笑)。
おまけにクルーの反応に逆ギレしてるし。
変わってるようでどこか変わっていない(=成長していない?)所は
見ていて何とはなしに安心できます。
さて、ヒキの謎の男ですが・・・・・パターンでは逆行アキトなんでしょうが、既に一人いますしね。(笑)
するってぇとやっぱりガイって事になるんですかいダンナ?(誰や)
まぁ、少し意表を突いて時ナデアキトってのもありかもしれませんが(爆)。
本日の叱咤
>この距離では俺を敵と認識せず、一方的に攻撃を加えれる事が可能だ。
「一方的に攻撃を加えられる」あるいは「攻撃を加える事が可能だ」がよろしいかと。
>背中を冷たい汗がつたり落ちるを感じた。
「伝い落ちるのを感じた」かと思います。