十一時を少し回った時刻。

 ちらほらと街灯に照らされる暗い夜道を彼、テンカワアキトは歩いていた。

「あー、疲れた。今日もさっさと寝よ」

 今日も今日とてバイト先の雪谷食堂の店主サイゾウにこってり絞られたアキトは、

いつもの如く疲れきっていた。

 彼が余計に疲れた原因に大学で再会「してしまった」幼馴染の来襲や、熱い濃い煩いの

三点拍子揃ったゲキガンオタクの常連客に関係があるかどうかは定かではない。

「にしても親父達も研究は良いからもう少し仕送りの額を増やして欲しいもんだよな〜。

このままじゃ定期的に銭湯にも通えなくなっちゃうよ」

 カンカンカン、と安普請のアパートの階段を駆け足で上っていくアキト。やがて自身の

部屋の前で足を止めると尻ポケットから家の鍵を取り出し、鍵穴へと差し込んだ。

「――ん?」

 いつものように鍵を捻れど手応えは無い。自分以外には両親しかこの部屋の合鍵は持っ

ておらず、その両親はいつも世界の何処かで怪しげな研究で一人息子の事等覚えているの

かも怪しい。

 とりあえず泥棒――とは言っても貧乏苦学生のアキトの部屋に大した金目の物があるわ

けではないが――に備えて身を硬くしてゆっくりとドアを開け放ったアキトが見たものは……



「あ、お邪魔してます」

 狭い六畳一間の中央に敷いてある薄っぺらい布団の上にちょこんと正座した、

瑠璃色の髪をした猫耳少女であった。

 この瞬間より、平凡な大学生テンカワアキトはこれまでの日常と別れを告げたのだった。





   〜大学生アキト君〜

   『猫、飼いました』






「……………………」

 目がばっちり合った。

 金色の綺麗な瞳だった。

 取りあえずアキトは部屋を出るとドアを閉め、一歩下がって表札を確認した。

 『テンカワアキト』間違いなく自分の部屋だ。

 次にアキトは今朝、自分がちゃんと部屋に鍵を掛けたかを確認した。

 ちゃんと掛けた。鍵を掛けた後に一度ドアノブを捻って引くと言う横スライド式のドア

が普及した現在では忘れられかけた確認もした。

 そしてアキトは考える。

 アレはなんだったんだろうか……と。

 『不法侵入者』。この単語がアキトの頭の中でピンと閃いた。

 犯罪者の割りには堂々としていた様な気もするが。

 取りあえずさっきの猫耳少女はアキトの中では不法侵入者でカタがついた。

 吸って、吐いて。吸って、吐いて。大きく深呼吸。

 そして再びドアを開けて室内に踏み込んだアキトの目には、やっぱりそこには昨夜から

(と言うか連日)敷いたままだった布団が敷いてあり、その上にちょこんと正座して、首

なんか傾げてる年のころ10歳位の可愛らしい猫耳少女が居たりした。

「はじめまして、テンカワさん。これからよろしくお願いします」

 アキトが口を開くよりも早く、問題の猫耳少女がそういってふかぶかと頭を下げた。

芸の細かいことに三つ指ついてたりする

「えっと……取りあえず、誰?それより、どうやって部屋の鍵開けたの?」

 機先を制されて、やや面食らったアキトが至極最もな疑問を口にする。

「ホシノルリ、11歳です。部屋の鍵の方は、テンカワさんのご両親から合鍵を預かって

きましたので……。あ、この部屋の近くまで送ってくださったのも、テンカワさんのご両親です」

「え!?親父達が近くに来てるのか!?」

 突然の事実に驚くアキト。取りあえず両親の事は目の前の問題よりも彼の中で優先されたようだ。

「いえ、今は『遠い』場所に行ってしまいましたが……。あ、これ手紙です」

 そう言って畳張りの床の上にすっと白い封筒を差し出すルリ。

 アキトは取りあえず封筒を開いて、中から出した白い便箋を読み始めた。



『Toアキト


 アキト、元気にしているか?父さんと母さんは元気にやっているぞ。

 さて、この手紙を読んでいると言うことはルリ君とは上手く接触できたようだな。

 突然だが、彼女ホシノルリを今日からお前に引き取ってもらいたい。

 書類上では扶養家族と言う事になるがな。

 何故かと言うと、彼女はこれまで父さんや母さんの勤めてる研究所に住んでいたんだが……

 先日、その研究所が潰れてしまってな。

 彼女はその容姿が示す通りに、普通の子じゃあない。

 今では本来国際法で禁止されている遺伝子改造を受けた人間だ。

 これまではその法の穴をついて研究を続けてきたんだが……

 ついに、研究そのものも禁止されてしまってな。研究所を閉じなければならなくなったのだ。

 父さん、母さんは事後処理で手一杯で、とてもじゃないが彼女の面倒を見てやれる余裕はない。

 ネルガル本社に任せようとも考えたが、まあ大人の都合と言う奴でな。色々あるんだ。

 そこで、信用できるお前の所に預けようと考えてな。

 まあ、そういう訳だから暫く彼女の面倒を頼む。

 彼女自身についての詳しい事は、ホシノ君自身に聞いてくれ。それじゃ。


PS:いくらルリ君が可愛くても襲っちゃ行かんぞ、双方同意なら構わんが


                         Fromパパ&ママ(はぁと)



 ビリリリリッ!ダン、ダン!

 両親からの手紙をアキトはビリビリに破くと、畳に叩きつけ何度も何度も踏みつけた。

「何が面倒を頼む、だよ!普段碌に生活費も入れないで一体何考えてんだよ!?」

 アキト君、魂の叫び。

 まあ、理不尽な現実と言うのは突然やってくるものだから、ね。

「ちきしょー!次あったら絶対に文句言ってやる!」

 と、その時。

 ドンドンドン!

「うるせーぞこるぁ!今何時だと思ってやがる!?」

「あ、はい!すみません!静かにします!」

 玄関の戸を叩かれ、外から室内に叩き込まれる怒声。それにアキトは平謝りに謝った。

 やがてアキトの部屋に完全な沈黙が落ちた。

 ルリは未だ布団の上に正座したままで。アキトは靴を脱いで部屋に一歩入ってすぐの所

に突っ立ったままで。

 先に口を開いたのは再びルリの方だった。

「え……っと。ご迷惑だとは重々承知ですが、今後ともよろしくお願いします」

 ペコリ。

 良く見たら頭頂部から生えている猫耳も神妙そうな様子で畳まれている。

「えっと、その……まあ、こちらこそよろしく」

 何と言って良いか分らず、アキトも適当に挨拶を返した。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 再び部屋に沈黙が落ちる。

 そしてこの沈黙を先に破ったのもやはりルリの方だった。


 くぅ〜。


 可愛らしいお腹の音。それはルリの腹の虫の声だった。

「……………………」

 顔を真っ赤にして気恥ずかしげに俯くルリ。

 だがアキトはその様子を見て硬くしていた表情を緩ませ、ある事実に気が付いた。

「えっと……ルリ、ちゃん?そういや君、どれくらいここで待ってたの?」

 そう。ルリはアキトの両親にここの近くまで送ってもらったと言っていた。だがそれは

何時頃なのか?

「確か十八時少し前、でした」

 十八時前。即ち午後6時前。つまりルリはかれこれ5時間近くこうやってアキトを待っていた事になる。

「途中、何か食べた?」

「いえ、何も」

 ルリの答えにアキトは顔を引き締めると、冷蔵庫の戸を開けて中から卵と冷御飯、それ

とハムの切れ端等を取り出してキッチン台に放り投げた。

「じゃあ、今から軽く夜食作ってあげるから、少し待っててね」

 エプロンを見につけながら微笑む。

 テンカワアキト。彼はお腹を空かせた人間は放って置けない性分の人間だった。



 そうして待つこと数分。

 先ほどまでルリが座布団代わりにして座っていた布団は部屋の隅に押しやられ、この部

屋の数少ない家具の一つである折畳式の小さな卓袱台が部屋の中央に陣取っていた。

 そこに置かれたのはアキトが冷御飯で即席に作ったチャーハンを盛った皿。アキトはル

リの前に皿を置くと、自分もルリの対面に腰をおろした。

「はい、召し上がれ」

「……いただきます」

 ルリは申し訳なさそうに小さく呟くとレンゲを取って目の前に置かれたチャーハンを食べ始めた。

 その間、アキトは始終ニコニコとルリが料理を口に運ぶ様を眺めていた。

 やがて皿に盛られた量が半分程になった頃。

「あの……そんなに見ないで下さい……」

「あ、ゴメンゴメン。俺ってコック目指してるんだけどさ、まだまだ修行中の身でね。目

の前で自分の作った料理誰かに食べて貰うなんてあまりなかったから、嬉しくてさ」

 そう言いつつも笑顔をルリに向けたままのアキト。やはり彼も料理人の端くれ、自分の

作ったものを誰かに食べてもらえる事が非常に嬉しいらしい。

 ルリはそう言ったアキトの様子に諦めたのか、黙って食事を再開した。

 やがて皿に盛られたチャーハンは綺麗に無くなり、ルリは手にもったレンゲを皿に置いた。 

「私、迷惑じゃないんですか?」

 ぽつり、と呟く。

「ん?良いの良いの。最初は『なんだよそりゃ!』って思ったけど、まあウチの両親の事だし。

 それに君が別段悪い子ってわけでも無いみたいだし、新しい家族ができた事を喜びこそすれ、

迷惑だなんて思うわけ無いじゃないか」

 優しい笑顔で本心から答えるアキト。幼い頃から一人で過ごす事が多かったアキトは、

新しい家族ができた事を心から喜んでいた。

「さ、取りあえず今日はもう遅いから寝よう。明日は大学の講義もお休みだからお昼まで暇だし、

君自身についての詳しい事は明日にでも話そう」

 そう言って食器を流し台に運ぶアキト。

 そして卓袱台をたたんで再び部屋の隅に立てかけ、布団をもう一度引きなおすと今度は

押入れを開けて中から古びた毛布を一枚引っ張り出した。

「取りあえず近いうちにルリちゃんの分の布団も用意するけど、今日は俺の布団を代わり

に使ってよ。まあ、ちょっと汗臭いかもしれないけど、そこのところろは我慢してね」

「え、でもそうしたらアキトさんのお布団は……」

「もうすぐ夏だしね。こいつだけで十分だよ」

 そう言って古びた毛布を被るアキト。

「いえ、そんな……悪いですよ。アキトさんの布団なのに……。本来なら、押しかけてき

た私が毛布で寝るべきです」

「でも、ルリちゃんはもう家族だし。まだ小さいんだからさ。無理はしない方が良いよ」

「いいえ、アキトさんが布団を使うべきです」

 頑なにアキトを差し置いて布団を使うことを拒むルリ。

 そしてルリに布団を使わせようとするアキト。

 二人の言い合いは完全な平行線を辿っていった……。

 そして――



 結局、ルリの提案で二人で一つの布団を共有する事になった。

 アキトは最初以上に強く反対したのだが、ルリの懇願に負けた形となった。

 孤独に震える子供の心細さを身をもって体験しているアキトには断りきれなかったのだ。

 ま、そんな訳で現在アキトとルリの二人は同衾状態であった。

 当初こそ眠るどころではなかったアキトだったが、日中に余程料理の師匠であるサイゾウに

厳しくされたようで結局すぐに眠りについてしまった。

「アキトさん……」

 もぞもぞと身体を動かし、アキトの胸元におさまるルリ。

「温かい……」

 ルリはアキトに身体を密着させ、その広い胸板に頭を擦りつけるようにしてほお擦りをする。

 その姿はまさしく身体を温もりを求めて摺り寄せてくる猫そのものであった。

「おやすみなさい……」



 こうしてテンカワアキトとホシノルリの奇妙な同居生活は始まったのだった。






やっちゃいました♪テヘッ©
いや、つい……「猫耳ルリが読みたいな〜」って。
取りあえず反響が良ければ続きます。
もともとラヴラヴSSって好きですし……。2,3くらいネタのストックはあります(笑)。

 

 

 

代理人の感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カチャッ

 

 

 

「ただいまジンマシンを体中に発生させて悶えておりますので感想が書けません。

 ご用の方は『ピー』という音がなった後に掲示板かメールでお問い合わせ下さい」(爆)