死して尚続く家族(ひと)の絆








1/


 星野ルリは俺の大切な家族であった。
 清廉で恥ずかしがり屋で優しい少女であった。
 肌理の細かい柔らかな白い肌膚と蒼みがかった銀色の髪、硝子玉の様な綺麗な 瞳を持った少女であった。

 それが、如何してこんな事になったんだ。不条理じゃないか。彼女はナデシコ に乗って、初めて生きているのを実感したと言っていた。戦場の最前線で活躍を 余儀なくさせられる、戦艦のオペレーターという、普通の少女では体験しえない ことをしていた彼女だ。ナデシコは良い処だったけど、戦争が終わった今、女の 子としての幸せを感じて貰うために、俺とユリカが引き取ったのに――。
 ――死ぬだなんて。



 一週間前のことだった。彼女が、白い肌膚を更に白く。朝には温もりがあった のに冷たい肌膚で帰って来た。帰って来たと言っても、ネルガルのビルでの再会 だった。

 アカツキに促されて扉を開けて目に入ったのは、白い布を顔に被せられたルリ ちゃんだった。俺は厭な汗がどっと噴いた。体中の汗腺から脂汗が噴き出した。全身に 水を浴びたように冷たくなった。足は宙に浮いたような浮遊感に包まれた。手足 が震た。
 隣に居たユリカは俺より先に気付いたのか、涙を流して反狂乱になりながら、 ルリちゃんだった物を揺すって、抱き付ついて、嗚咽を洩らしていた。
 やっと理解出来た俺は、安定感のない足取りでユリカの下へ行き、ユリカを抱 き締めて、一緒に泣いた。既に目が真っ赤になっていたアカツキも壁に寄りかか りながら泣いていた。

 後から聞いたが、ルリちゃんは学校の友達が手摺から落ちそうになったのを助けよう として、自らが代わりに落ちてしまったそうだ。ルリちゃんらしいな、と思ったが、死 んだら如何にもならないじゃないか。

 ナデシコクルーと関係者によって通夜、葬式を行った。皆が悲しんで皆が泣い た。ミナトさんなんか見ていられなかった。心が苦しく、心が慟哭した。



 俺の目の前にはルリちゃんの位牌が置いてある。ユリカはミナトさんの家に出掛けた 。理由は、聞かなくても解った。

 カチ、カチ、カチ、と時計が動く音が聞こえる。何時もならば道端の蟻並に気 に掛けないのだが、一度気付くと音が無いと思っていた部屋に一定のリズムが刻 まれる。それが寂しさを余計に増して、再び胸が苦しくなった。寂しさを紛らわ す為に、位牌を指で、つうと撫でた。

「――ルリちゃん」

「はい?」

 独白に返事が帰って来た。忘れられない声だ。

 幻聴さえ聞こえたか。それだけ俺が悲しんでいるということだな。死んだら会 える筈ないのに、変に期待する俺が居る。

「アキトさん」

 また幻聴。

「アキトさん」

「えっ?」

 視軸を位牌から上に向けたら、蒼銀色の髪の女の子が居た。

「――ブイ」

 此方にブイサインをしている少女。ルリちゃんに似ている。
 否。
 えっ?

「お久しぶりです」

 少女が腰を曲げて挨拶をした。その際に二つに束ねられた髪が揺れた。

 俺は思考が混濁し、言葉が発せない。頭の中を何かが勢いよく走り回っている 。ルリちゃんに似ている少女。
 否。
 ルリちゃんがそこに居る。

 俺は何か言おうと口をパクパクと金魚がするように動かす。とても滑稽な様子 だが、そんなことは言ってられない。

「ルリ――ちゃん?」

「はい。星野ルリです。やっと安定しました」

 ルリちゃんが柔らかく微笑っている。

「ぅわああ〜〜〜!!!???」

 俺の声が部屋に響く。恥ずかしいことだが、俺はこの時意識を失った。























「アキトさん」

 暗闇の中で、もう聞けないと思っていた声が聞こえる。

「お〜い。やっほ〜」

 俺の思考を真っ白にさせた現実で、聞こえるはずがない声が鼓膜を振動させた 気がする。

「起きてください」

 夢。夢ならば彼女に会えるだろう。脳髄に幾度も記録された出来事を、まるで 壊れた映写機の様にパラパラと、希望と不安を繋ぎ合わせて再生する。そして。
 映写機が突然止まった。

 俺の意識が覚醒する。目映い光に目を細めて、視軸の先に。
 ――彼女は居た。

「夢じゃ――ない」

 ルリちゃんが目の前にいる。
 肌理の細かい柔らかな白い肌膚と蒼みがかった銀色の髪、硝子玉の様な綺麗な 瞳を持ったルリちゃんが目の前にいる。

「夢ではありませんよ。アキトさん」

「なんで? えっ。如何なってるんだ」

 死んだルリちゃんが目の前にいる。けど俺は、ありえない筈の現実を嫌悪せず、受け 入れている。否。
 ルリちゃんが夢ではない、と言ってもそれさえ夢なのかもしれない。現と幻の境界に 立たされて、俺の自覚が曖昧になってこの状況を受け入れているのだろう。自 らのことも把握出来ていない。

「それはですね。ん〜。難しいんですが」

 ルリちゃんは口唇に人差し指を添えて眉を顰めた。

「オモイカネの様に、『情報』として在るんです」

 ぽつりと言った。

「オモイカネ?」

「はい。パイロットやオペレーターはナノマシンを体内に入れますよね。それが 補助脳を形成して機械を直接動かすのですが、マシンチャイルドであった私の場 合は体内に含まれたナノマシンの量が多かったんです。半ば機械としての存在で あって、私を成り立たせている『情報』が――死んで肉体から解放されたモノ― ―が溢れだしたんです。時が経ち、『情報』が『世界』に安定して私が存在する に値する現状が形成されました」

 俺にはよく解らなかったが、つまり今の彼女は、本体がいらないオモイカネな んだろう。
 人間としての脳髄が少なかったために星野ルリの記憶は、肉体が朽ちたら共に 消滅するのではなく、物理的に記録されていたモノが残ったのだ。しかし。
 情報を記録するための容器は無く、様様に拡散してしまったモノを掻き集めて 形を為すことができたのだろう。

 オモイカネには意志がある。目の前のルリちゃんにも意志がある。

「幽霊のようなモノ?」

「――違います」

 ルリちゃんの眉が吊り上がって睨まれた。

「うぅ」

 怖い。

「自律稼動する『情報』の集合体です」

「う〜む。難しくてよく解らない。ルリちゃんはルリちゃんとして、俺の目の前 に居るってことだよね?」

 俺は胡座を掻いて人差し指を立てて訊いてみた。

「はい。そうです」

 ルリちゃんは俺の言葉に柔らかく微笑んでくれた。あれ。でも――。

「如何して俺はルリちゃんを見えるんだ?」

 『情報』という形が無いモノは視ることは出来ない筈だ。

「それはですね。私がアキトさんの脳髄に干渉して、視覚的に見える様に投影さ せているんです」

 俺の脳が、ルリちゃんの姿を見えているという風に誤解しているのだろう。幻影を視 ているのだ。だからルリちゃんが干渉しない場合、俺はルリを認識出来ないということ か。

「やっぱり幽霊?」

「――違います」

 眼光鋭く睨まれた。

「うっ」

 さっきよりも怖い。

 考えてみると、またユリカとルリちゃんと暮らせるってことだ。それは嬉しい。ルリちゃん の状態が変わってしまったが、幸せにするということは今ならまだ果たせるかも しれない。それが俺の勘違いだとしても。

「ルリちゃん――」

「はい?」

 ルリちゃんが可愛らしく小首を傾げた。俺はこの娘の笑顔を――。
 ――ユリカと共に。

 傲慢だと解っている。
 自己満足だと解っている。
 自分勝手だと解っている。

 だけど。
 幸せにしたいんだ。

「――おかえり」

 俺は笑顔で言えただろうか。変に歪んだ表情になっていなかっただろうか。目 頭が熱い。だけど。
 俺は涙を流さない。今泣いたら、ルリちゃんが困惑するだろうから。何故か、 決意も一緒に流れてしまいそうだから。

 この不可解な現状を受け入れて、俺は微笑む。

「ただいま帰りました」

 ルリちゃんの、とても穏やかで柔らかな笑顔。さらりと揺れる蒼銀色の髪が綺麗だ。 俺はこの笑顔を護りたい。

 カチャリ、と玄関のドアが開く音がした。靴を脱ぐ小さな音。いつもならばパ タパタと元気な音を起てるユリカの足音が聞こえる。
 ルリちゃんのことを知ったら喜ぶだろうか。怖れるだろうか。否。待てよ。その前に 。

「はうぅ〜〜〜」

 角から現れたユリカは、間延びした声を上げた後に、ドサッ、と倒れた。

 俺も気絶したし、死んだ筈の人物が居たら吃驚だけではすまないからな。

 俺はルリちゃんと視線を交えると、二人で苦笑いを浮かべた。







1/ 終幕










あとがき


 ルリが死んでしまいましたが、別の形で生きています。
 それにしてもアキトの一人称に違和感があるかもしれませんね。幽霊っぽい存 在を認めるなんて出来るのだろうか。アキトならば出来るかな(苦笑)

 そして、まだ書き出しなので、何が言いたいのか書ききれていませんね。

それでは

 

代理人の感想

うーむ、いい!

ただ、一人称で書いているにもかかわらずルリの呼び方が

「ルリちゃん」ではなく「ルリ」なのはおかしいかと思います。

三人称でこそルリは「ルリ」として認識されますが、

アキトはルリのことを「ルリちゃん」と認識してるわけで。

まぁ、平たい話がこの時点のアキトの一人称だったら

ルリは「ルリちゃん」と認定呼称されるはずだと言う事です。

 

また地の文もちょっとらしくないかなと。

一人称だとアキトの独白という形になるのが普通ですが、この文章からはアキトっぽさが伝わってきません。

少なくともアキトの話し言葉に近い形にしないと、

折角の一人称が半ば意味を失ってしまうと思われるので気をつけてください。

 






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