死して尚続く家族(ひと)の絆








3/

  星野ルリの存在より天川アキトと御統ユリカは私の存在より大切な人たちです。

 いつも笑顔を浮かべて楽しそうにラーメンを作ったり、失敗しながら一生懸命家事に勤しんだり、私はそんな家族と供に居られるだけで幸福(しあわせです。

 真実(ほんとうは、初めて『私』がアキトさんの前に立ったときに、恐怖と後悔と希望に胸の中はぐるぐるとかき乱されてしまいました。

 もしかしたら、
 拒絶されてしまうのではないか、
 悲しませてしまうのではないか、
 受け入れてくれるのではないか、
 と胸の中を様々な思いが渦巻いていました。

 私は死した後に『世界』に現れて、真っ先にアキトさんとユリカさん、私のアパートへ向かいました。
 そして、私の位牌を前にイスに座っていたアキトさんをしばらく眺めていた。話しかけようと思ったけど、怖かった。拒絶の言葉がつむがれるのではないかと思うと、心臓がきゅうっ、と締め付けられた。
 だけど。
 万が一にでも、星野ルリとの別れを経験して尚私を受け入れてくれるなら、アキトさんと供にいたい。私は他に願いなんてなかった。アキトさんと供にいる。唯一私が願った望み。計算でも計画でもプログラムでもなくて、星野ルリが純粋に願った一つの願い。

 引き取ってもらった後に、アキトさんがユリカさんに私へとは違う微笑みを浮かべているのを見たときは、イバラで体を縛られてしまった。少しでも動くと棘に裂かれて血が流れた。幾数も傷ができ、止めどなく血は流れ、白い肌膚は真っ赤に染まり、ポニーテールを解いた蒼みがかった銀色の髪も紅く染まりました。
 でも。
 私はユリカさんも好きなんです。いつも笑顔で皆を明るくする太陽の様なユリカさん。真っ直ぐで優しくて何もかも包み込んでしまう温かさを持っている私の姉。
 私が持っていないものをたくさん持っている人です。私は彼女みたいにはなれないと思う。いつも真っ直ぐなユリカさんが羨ましい。そして、そんな彼女が大好きなんです。



 『私』が私になってから綻びに気付いてしまったときは愕然としました。『星野ルリ』が死んで私が現れたから、私は存在するのだけれど、アキトさんとユリカさんの時計の歯車が欠けてしまった。たった一つの部品がなくなって、時を刻むことができなくなっていた。

 家族が亡くなるという絶対の節目。

 私だったらナデシコに乗る前に戻ってしまうと思います。無関心で、決められたことをこなすだけで、感情の起伏がない私。否。あのときよりも酷い。なまじ感情というものを理解してしまったが故に、壊れてしまう。いつまでも動かない、壊れた機械。惰性に生きて、ただ生きるだけな私。

 もしアキトさんが亡くなったら、
 私の心は死んで、
 もしユリカさんが亡くなったら、
 私の心は死んで、

 けど、アキトさんかユリカさんが居たら私は私で居られると思う。お互いに抱き合って泣きに泣いく。

 もし二人が居なくなったら、心臓にナイフをずぶりと突き刺されたままに、彷徨町をふらりふらりと浮浪者の如く歩き回ることになってしまいます。死んだ心に鉄の面を被せて。否。
 まずは行動です。私の望む真実を求めるために、その事実が真実(ほんとうかを確かめなくてはいけません。死んだなんて――信じない。信じたくない。

 けれど。
 だが。
 しかし。
 もし真実(ほんとうだったならば、私は終わってしまう。泣いて泣いて泣いて。嘆いて嘆いて嘆いて。信じたくない事実を覆い隠したくて、私が情報体となっても一緒に居たいと想うが故に、私は――耐えられなくなる。

 そう、死とは別離の極致。
 生まれながらにして存在全てが内包する終局。人が生きて行く過程で避けられない事象。

 そして、人が乗り越えて行くしかない壁であり節目です。身近な人が亡くなった場合、時間をかけて人はそれを乗り越える。

 アキトさんとユリカさんは私の死を経験したんです。
 死のとき、私自身は心と意識、体は停止してしまったが、二人は違う。死別という儀式を心に刻み込み、時間をかけて記憶を思い出に昇華していた最中でした。悲しみの底にて時間をかけて癒すはずの心の痛み。
 しかし。
 死んだはずの『星野ルリ』が想いを整理していた最中に現れた。心と意識を持った私が想いの境界を彷徨っていた最中に現れた。

 人は死ななかったら良いのに、生き返ったら良いのにと思うときがあります。けれど。
 それは絶対に叶わない空想でしかないんです。夢や幻のようなひとときの邂逅ならば良いが、死した人に会うことは、暮らすことは叶えてはいけないことだったんです。

 霊や冥界などは『世界』には存在せず、それは人の心の内側にあるものです。
 人が亡くなったら会うことは叶わない。ならばなぜ幽霊などが存在するのか。それは人の心が望むが故に現れる幽玄の存在です。会いたいという想いが幻を紡ぐんです。
 だから、残された人は死を認識してちゃんと冥界へと送らないと死霊は祟り、人の心に巣くうんです。

 星野ルリが死んでしまったという信じたくない現実と星野ルリが死んでいないという創り上げた心の幽玄の境界に立っている二人の前に私が現れたから、現実にも幽玄にも片寄れずにアキトさんとユリカさんは境界で停止してしまったんです。

 『世界の理』から外れた現象は、悲劇を生みます。私の停止に引きずられる様にアキトさんとユリカさんも停止してしまった。成長を停止してしまった。

 だけど私はわがままだから、アキトさんとユリカさんと離れたくない。
 今の私が二人を縛り付けてしまっても、一緒に居たい。
 別れたくないんです。
 大切な人の側に居たい。
 ただそれだけなんですよ。
 星野ルリが望んだことはたった一つの願い――。
 ――大切な人と共にいたい。
 ――それさえも許してもらえないんですか。
 ――それだけは叶えてくれてもいいじゃないですか。
 ナデシコでの生活は代えがきかない大切な思い出です。
 アキトさんとユリカさんとの生活は、いつまでも続いたら善いな、と思っていました。
 大切な、大切なこれからも続いて行くと信じていた夢です。
 それがなんでこんなに早く終わってしまうんですか。
 幸せを享受してはいけないんですか。
 ――私は一緒に居たい。
 このような姿になっても共に歩きたい。

 私はアキトさんとユリカさんと一緒に居たいんです。

 これは、私の初めてのわがまま。そして全てであり、罪、です。























「わぁ〜〜。綺麗だねぇ。アキト、ルリちゃん」

「そうだね。なんか一枚の絵画みたいだ」

「すごいですね。辺り一面桜色です」

 澄み渡る青空の下、私たちの眼下には幾百、否、千を超すと思える桜が咲き誇っています。桜を見渡せる高さに造られた展望台から観える光景は、数え切れない花びらが舞い踊り、幻想的で綺麗で目を奪われてしまいます。

「ユリカがすごいすごいって言ってたから来たけど、本当にすごいところだね。なんで今まで教えてくれなかったんだ」

 アキトさんが桜を観たままユリカさんに言いました。

「えっとね。小さい頃火星から地球に来たときに、一度だけお父さまが連れて来てくれたの」

 ユリカさんはアキトさんへ向き、それに気付いたアキトさんはユリカさんへ顔を向けました。
 私は二人の間をふわりと浮いています。

「だけど、火星がああなっちゃって、アキトがどうなっちゃったか心配で心配で、それで記憶がちょっととんじゃったの。ここはその一つ。それだけショックだったんだからね。けど、最近思い出したの。どうして思い出せたか解らないけど、今がとっても幸せだからかな」

 そう言うとユリカさんはにぱっ、と微笑いました。深い蒼色の髪がサンサンと輝く太陽に照らされて、キラキラと光っています。

 記憶が一部欠けてしまったというのに、それに対して恐怖を一片も持たないのは驚きでした。そしてユリカさんはそのことをまったく気にしていないようです。強いな。大切な記憶もなくしてしまったんじゃないか、と私なら不安に思うのに、ユリカさんの笑顔にはそういうところが見えません。

 それだけ子供の頃からアキトさんを好きだったんですね。ユリカさんにとってアキトさんの存在は『世界』と同義で、それほどまで愛している。

 そっか、とアキトさんは言い、恥ずかしいのか鼻の頭を掻いて桜の方を向きました。

 舞い上がる花びらは桜の雪となって世界を覆っています。

「じゃあ。桜を背景に写真を撮ろうか」

 そう言うとアキトさんは肩にかけたバックから年代物のカメラを取り出しました。脚立などを準備するアキトさんの表情は穏やかで柔らかな微笑みを浮かべています。



 本当に来て善かったです。無理して来たかいがありました。
 アキトさんとユリカさんに言っていませんが、実は外を出歩くことは『私』を維持するのには適切でないんです。

 生きることは『世界』に満ちる『情報』を新規に記録することになるので、様々な『情報』に私の存在はなぶられてしまいます。

 オモイカネのようにユニットに記録することはできず、人のように脳髄に記憶することが私にはできません。私は『世界』の一カ所に『星野ルリ』という『情報』を収縮させて存在しているんです。新しく記憶すべき事柄が増える度に『星野ルリ』の『情報』も増えてゆきます。
 しかし。
 『星野ルリ』に関係がない『情報』も過ごして行くなかで記録されてしまいます。その無駄な『情報』が私を蝕むんです。
 『星野ルリ』の『情報』を整理しようと私の存在の『均一化』をしてしまう。私を消してしまう。

 つまり、星野ルリというコップが置いてあり、中に蒼色の液体が入っているとする。この蒼色が星野ルリを星野ルリたらしめる『情報』とします。そこに日々暮らして行き、新しく記憶する事柄である透明な水を加えて行くと、コップの中の液体の濃さが薄くなってしまいます。薄らいだら星野ルリを形成するのに不都合なので、液体は時が経てばしだいに濃さを取り戻してゆくようになっています。けれど復元するのにも限界があります。

 もし『世界』を相手に『情報』を取り扱ったらば、大量の水をコップに注ぐことになり、液体は溢れ、星野ルリを形成できなくなって星野ルリは消えてしまいます。液体の濃度が星野ルリを成り立たせる情報のなので、それが薄らいだら星野ルリは消滅してしまうんです。時間によって濃度を取り戻していっても時がかかり、場合によってはもう形成できないかもしれません。

 なので出歩くことは必要でない情報も自動的に記録されて、私に悪影響なんです。



「あと、一週間ですね」

 私はアキトさんがカメラの準備している姿を見ながらポツリと呟きました。

 一週間後、天川アキトと御統ユリカの結婚式が開かれます。私の愛する人と大切な人が世間から家族と認められる儀式です。

「そうだね」

 ユリカさんが私を背中からふわりと抱きしめました。抱きしめるといっても触れることはできないので、優しく覆う感じです。



 ――ありがと。ルリちゃん



 声が聞こえた気がしました。けれどユリカさんは言葉を発していません。
 想いが伝わりました。様々な想いです。嬉しさ、謝罪、優しさ、既存の言葉では足りない。想いがじかに心に中たりました。

 これからアキトさんと結ばれた証をもつ、嬉しさ。
 私のアキトさんへの想いを知ってるが故に、謝罪。
 いつまでも私たちは一緒だよという共の、優しさ。

 アキトとユリカ、そしてルリちゃんも含めて家族なんだよ、というユリカさんの想い。

 嬉しくなって私は顔を俯けました。温かいな。とても温かい。心がじわじわと温かくなって、ぽかぽかしてます。火星への新婚旅行は留守番で見送りにも行けないけど、それからはずっと一緒に居られる。これから幸せな生活が待っている。ああ、嬉しい。こんな姿になっても受け入れてくれる家族がいるとは、なんて幸せなんだろう。



 カシャリ。



 シャッターを切る音が聞こえて顔を上げると、アキトさんが柔和な微笑みのままカメラを構えていました。

「今度は俺も入れて写真撮ろうよ」

「「うん」」

 私とユリカさんは異口同音で声をそろえて返事をすると、顔を見合わせて私たちは頬を弛まし微笑みを浮かべてました。

 アキトさんはカメラを脚立にセットし、タイマーを入れて小走りで私たちの下へ来ました。

 私が真ん中で左右にアキトさんとユリカさんが並び、桜の雪の中に家族三人が寄り添っています。



 カシャ。



 小気味よい音が響き、これからも続いて行くアルバムの一枚が加わりました。もっとたくさん一緒に思い出を撮りたいです。

 ふぁさり、と風が吹きました。

 さら。さら。さら。

 桜の花びらが舞っている。
 数え切れない花びらが、
 美しく空で踊ってる。
 綺麗に咲き誇る桜。
 桜が舞っている。
 幻想的な景色。
 私の想い出。
 しあわせ。
 家族仲。
 大切。
 愛。

 いつまでも、続いたら良いな。






3/ 終幕








あとがき


 ム ズ か し い。
 心情描写書きまくりです。一人称は難しいし、ルリの現象も説明するしかないし、皆の心境が複雑だから、ちゃんと描ききれているか心配です。

 それと新婚旅行がどうとか出てきました。新婚旅行ってさ。ナデシコじゃ禁忌の域じゃないかな。なんつうか、悩み苦しみ大変なのに、より辛いのが待ってるじゃないですか。
 前も言いましたが、キャラが可哀想になってきたです。頑張れぇ、と声援を送っときます。書くのは私だけど(苦笑)

それでは

追伸
 ゴールドアームさんの助言のを聞いて少し修正しました。




 ゴールドアームの感想
 
 ゴールドアームです。辛口希望とのことですが。
 
 ……うーむ。珍しいことですが、『私』的に見ての辛口批評で取り上げる欠点がほとんど見あたりません。
 もちろん、『ユリカの言葉遣いがらしくない』などの欠点はあります。ですが、それは作者の知識不足によるもので、本質的な欠点とは少し違います。
 以前別の場所でいろいろ意見を言わせてもらった頃とは雲泥の差です。うまくなりましたね、という言葉を贈らせていただきます。
 
 で、一応あら探しをしますと(笑)。
 
 ・地の文、一部『だ・である』調と『です・ます』調が入り乱れている。
  ルリの場合、『です・ます』調で統一すべき。その方が雰囲気が出る。

 ・ユリカの台詞回しがまだ変。
  ユリカの話し言葉に違和感が多い。まだユリカの話し言葉の特徴をつかみ切れていないせいでしょう。
 
>「えっとね。小さい頃火星から地球に来たときに、一度だけお父さまが連れて来てくれたんだよ」
>「だけど火星が木星蜥蜴に攻められて、アキトがどうなってしまったか心配で心配で記憶が一部なくなってしまったんだよ。その中の一つがこの桜公園の思い出。それだけショックだったんだから。けど最近思い出したんだ。どうして思い出せたか解らないけど、今がとっても幸せだからかな」
 これらの台詞は、ユリカ(あくまで私風)ならこうなるでしょう。
 
 「えっとね。小さい頃火星から地球に来たときに、一度だけお父さまが連れて来てくれたの」
 「だけど、火星がああなっちゃって、アキトがどうなっちゃったか心配で心配で、それで記憶がちょっととんじゃったの。ここはその一つ。それだけショックだったんだからね。けど、最近思い出したの。どうして思い出せたか解らないけど、今がとっても幸せだからかな」

 ユリカの台詞としては、私の解釈ですので、人によってはこれでも違和感があると思います。私はユリカが『だよ』という語尾を連発するタイプだとは思っていませんし。ただ、無視できないのは、ユリカはこういう状況の時、まず説明的な言葉は使いません。その最たるものが『火星が木星蜥蜴に攻められて』の部分です。この状況において、ユリカの話を聞いているのはアキトとルリです。今更『木星蜥蜴に攻められた』などという説明的な言葉を使う可能性は全くありません。せいぜい『あのとき』『あのころ』だと思います。ここは読者がさっぱりわからない話であっても、あっさりとした言い回しを使うべきです。『記憶が一部なくなってしまったんだよ。』も同様。親しい身内にこんな説明的な長台詞はまず言いません。
 こういうのは慣れですので、以後の作品のために役立ててください。

 ゴールドアームでした。








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