テンカワアキト――かの人は謀略の波に飲み込まれつつも、必死にあがき続け幸せを見つけ夢を手に入れた男。

 Prince of darkness――かの人は怒りと血に塗れた執念の復讐者。その手に何も掴めなかった男。

 漆黒の戦神――かの人は人の領域を越えた力をもって戦争を止めた男。その手に様々なものを受け取った、永劫なる男の敵、夜の狩人。

 

 そしてこれは、かの人の息子の物語。三つの人生を歩んだ男の後継者、希望の名を純白の船を駆り、星海の大海原へと戦の華を咲かせた男の物語――……

 

〜彼の人は、蒼銀の修羅〜

新たな時の流れに……

by.katana

 


 

 西暦2199年3月3日――通称漆黒の戦神、テンカワアキト、永世中立国家ピースランド国籍となる。

 

 同日――ピースランド法改正、ある種の条件を満たせば多夫多妻の許可が下りる事になる。それはナデシコのモットー、“人格に問題はあっても腕は一流”だった。

 

 同日――ピースランド王立教会にて、元ナデシコ諜報担当、ヤガミナオ――ミリア・テアと結婚。

 昼には純白の花びらが舞い、夜には色とりどりの花火が咲く。多くの者と物に祝福された、幸福をここに極めた結婚式であった。

 この晴れの席を仕切ろうと乱入した得体の知れない神像を掲げた元ナデシコ戦闘オブザーバー、ゴート・ホーリーは新郎の手により撃退。真っ赤な血の花を咲かせ、凄惨をここに極めた姿であった。

 

 同日――ピースランド王立教会にて、元ナデシコ副長、アオイジュン――白鳥ユキナと結婚。

 元木連優人部隊所属、白鳥九十九の襲撃があるも、出席者、各務千沙の“あなたに人の恋愛をとやかく言う資格がありますか?”によって会場全てを巻き込んで硬直。妻、元ナデシコ操舵士のミナトに手を引かれて燃え尽きたまま退席、その後、式は順調に済む。

 

 同日――ピースランド王立教会にて、元ナデシコ副提督、オオサキシュン――フィリス・クロフォードと結婚。

 元ナデシコ医務室勤務、マッド才媛ティスト、イネス・フレサンジュ博士によって二人のなれ初めが克明に説明される。これまでで最も聴衆が熱心に聞いてくれた事に彼女はいたくご機嫌であったが、その間中新郎新婦が椅子に縛られていた上に猿轡までかせられていた、世にも珍しい婚姻であった。 

 

 同日――ピースランド王立教会にて、元ナデシコエステバリスパイロットにして現ネルガル会長アカツキナガレ――元優華部隊筆頭、各務千沙と結婚。

 新郎がこれを機に髪をバッサリと切った事の方が、より注目を集めた結婚式であった。何しろ新婦もそっちに注目していた程である。キザロンゲがただのキザになった瞬間だった。

 新郎いわく、願掛けであったらしい。のろけられまくるのがわかっていたので、誰も願掛けの内容は聞かなかった。

 

 同日――ピースランド王立教会にて元ナデシコエステバリスパイロット、ヤマダジロウ(後に改名、ヤマダガイ)――元ナデシコエステバリスパイロット、アマノヒカル、元優華部隊隊員、御剣万葉と結婚。同国第1号の一夫多妻婚となる。

 式最中、元ナデシコ整備班長、ウリバタケセイヤを筆頭に元ナデシコ整備班の襲撃があるも、新郎が身を盾にして新婦(達)をかばった結果、主に木連からの出席者より漢の鏡と拍手喝采が送られる。

 その際、何故だか彼らが新郎に哀れみの眼差しを、新婦達に恐怖の眼差しをむける。更に、即座に復活した新郎に驚嘆の眼差しが向けられる。

 

 同日――ピースランド王立教会にて、漆黒の戦神、テンカワアキト――某同盟構成員の内元ナデシコサブオペレーター、ラピス・ラズリを除く十四名+1、及び“真紅の羅刹”影護北斗、枝織、更に木連優華部隊指揮官、東舞歌(敬称略)との婚姻を果たす。元ナデシコ整備班の襲撃があるも、妻達の手によって撃退。

 その際、最も戦果のあった天河北斗に初夜の権利が渡される。ただし、権利が使用されるまでに彼女は舞歌の教えを受けた。思考を男性的に調整されて育った北斗がいきなり真っ赤になってしおらしくなったあたり、舞歌が一体ナニをどう言う風に教えたのか、それは某組織、某同盟共通の最優先調査事項になっている。

「い……いや、お、俺は別にその、なァ」

「じゃあじゃあ、私が代わってあげる!」

 怒護!

「イクぞ、アキト!」

 裏拳一発、沈没して鼻血に顔面から浸った元ナデシコ艦長、テンカワユリカに見送られ、二人の夜はふけていく。ユリカは鼻血アンド屍結界によって、某組織、某同盟より見事二人の世界を護りきった。  

 ちなみにアキトは、二番手・枝織の相手の為に二晩寝室を出れず、鼻血が乾いたために入室可能になった三番手・元ナデシコ食堂ウェイトレスのホウメイガールズ筆頭、テンカワサユリによるスタミナ食の供給まで飢えていた。

 ――北斗と枝織も同条件であるにも関わらず、何故だか肌もつやつやで充実感に溢れていた顔で出てきた。この二日間で彼女らはナニかに目覚めたらしい。

「また勝負だぞ、アキト♪」

「女って……ヴァンパイアなんだな――……」

 その後、テンカワユリカはそのまま沈没し続けるのかとも思われたが、四番手・飛鳥インダストリー次期会長、テンカワカグヤ(様)の訪問と共に覚醒、寝室の扉を前に大立ち回りを演じる。その横を様々な衣装を持った天河舞歌が入室し、何故だかスチュワーデスの格好で呆けたような顔をしながら退室するまで勝負は白熱し続けた。

 その後、五番手、白銀の戦乙女、アリサ・テンカワが入室、何故だか退室時には舞歌印のついた首輪だけをつけていた。

「アリサちゃん、服、服!」

「え? キャアアアアァァァァ!」

 ……次はサユリと同じくホウメイガールズのテンカワジュンコ――同僚に習い、スタミナドリンクをたっぷり供給した。

 このままでは埒があかない、と意を決したダブルK.Oで沈黙していたカグヤ、ユリカの両者、二人揃って入室、漆黒の戦神に絶望の悲鳴を上げさせる――が、両名が消耗のため1ラウンドでダウン。漆黒の戦神に安堵のため息をつかせる。

 次のイネス・テンカワの白衣のポケットには催淫薬が入っており、3分後には野獣の咆哮が城内に轟き、続いてのホウメイガールズ、テンカワエリの手にはコンロと包丁、各種調味料、そして滋養強壮の食材が握られていた。

 遂に登場の元ナデシコ通信士のメグミ・テンカワ(閣下)は、香水にムード音楽と場を盛り上げる事に意欲を燃やし、もはや一人おきで来る事が確定したホウメイガールズのテンカワミカコはマムシ酒を気味悪そうに握っていた。

 元ナデシコ整備班、レイナ・テンカワは自作のアレな道具を持って登場、ホウメイガールズ、テンカワハルミの供給するスタミナ食に、より多くの活躍の機会を与えた。

 続いて登場の獅子姫、テンカワリョーコは入る時にも足元がおぼつかなかったが、出る時には目もピンク色にうつろであった。加えて何故だか下半身から尻尾を生やし、手には肉球がついていた。もちろん頭部にはネコ耳がのっかっている。

 元ナデシコ副操舵士、エリナ・テンカワはあまりガツガツとはせずにムードを楽しみ、アキトをほっとさせた。とは言っても、これまでに持ちこまれた様々な物はしっかりと活用していった。元ナデシコ副通信士、サラ・テンカワの退室時、小脇に抱えていた消火器の色艶まで良くなっていたのは、イネスを唸らせた。

 そして最後をしめた電子の妖精、テンカワルリは……待たされた分、様々な意味で過激だったと明記しておく。

 

 その後も、雪谷食堂店長、雪谷サイゾウと元ナデシコ食堂料理長にして現日々平穏店長、リュウ・ホウメイのアキトの師匠コンビによる料理の鉄人対決、その二人を武術の達人と思いこんだ北斗の巻き起こした騒動。

 ウリバタケセイヤの娘、キョウカと元ナデシコ不死身の象徴で、ついでにサブオペレーターであるマキビ・ハリの交際、結婚。

 ラピスの結婚――つまりはアキトハーレムへの復帰、さらにある黒髪の剣道娘のハーレム参加、結婚など、様々な珍騒動を引き起こしながらも、笑いと火薬の臭いが耐えないにぎやかな日々がピースランドを中心に過ぎて行く…… 

 

 それからニ十年後――

 


  

 星々の大海――それはいつの時代も少年少女の心を躍らせる。

 しかし――はっきりいって、毎日毎日モニターの向こうに目立って変わり映えのしない黒々とした空間を見続けていれば、間違うなく、万人が飽きる。

 このネルガル重工と飛鳥インダストリーによる合作、最新鋭戦艦ユーチャリスB――この純白の戦艦においても、はっきりいって、かなりダレた空気が流れていた。

 地球圏で始めてディストーションフィールド、グラビティブラストを搭載したナデシコA。

 その後継機ナデシコB、そして電子の妖精ホシノルリ専用機とも言える、ワンマンオペレーション、電子戦特化戦艦、ナデシコC――そして黒の皇子の城、ユーチャリス。

 かつて蜥蜴戦争に始まった数々の争いにおいて常に渦中にあった勝利と和平の、そして騒動の象徴、ナデシコシリーズ、その最新鋭艦がこの純白の船だった――が、少数精鋭を実現したブリッジはとことんにだれていた。

 誰の趣味なのか妙齢の美女のみで限定されたブリッジクルー。異性のいない事にだれているのか、揃ってパンダの様にたれている。

「――メ〜ティス……なんか面白い通信入ってない?」

「……ないわ」

 ユーチャリス操舵士、白鳥舞子のだれた顔にいっそうの影を走らせたのは、通信士メティス・ヤガミ・テアの一見彼女に何の興味も持っていなさそうな報告だった。

 メティス……随分昔に亡くなった伯母の名をつけられた少女は、歳は十六。母とよく似た容姿だが、ぽややんとした母、または極端な愛妻家の父を反面教師とした結果、冷静であまり表情に変化のない娘に育った。

 ――というよりも、あの父の日ごろの言動が情け無かったために自分がしっかりしなくては、と自律して育った結果、こうなった不幸な少女である。ちなみに彼女は父の仕事振りはあまり知らなかった。

 舞子の方は母の薫陶よろしく、容姿性格ともに、父親を喜ばせるほどよく似た娘に育っていた。

 御歳ちょうど二十歳。先日、成人を共に祝えなかった事を嘆きまくる父を通話で更に泣かせた一幕は、ブリッジクルーの退屈を紛らわせる楽しい一幕として語り継がれている。

 必殺のセリフは“いい加減似合わない髭をそれ!”だった。翌日、白鳥九十九の顔からどっかの誰かとよく似たカイゼル髭は消えたと言う。

 父の顔から髭をなくさせたツワモノはもちろん、一見表情に変化のないメティスでさえも実は内心鬱屈している時間がただだらだらと過ぎて行く。 そんな無意味で無駄な時間、もし何かこの淀んだ時間をかき回してくれる物ならば――

「敵襲でもいいから何か起こって欲しいものだ……」

 格納庫でそんな事を言ったのは、ヤマダセンカ。母、万葉、父、ジロウ(ガイ)の間に生まれた娘で、母そっくりの凛々しい容姿の中で、一つだけ父によく似た濃い目の眉が気になるA級ジャンパーの十七歳。ちなみに名前を漢字で書くと、千華となる。

「退屈だもんね〜〜……ホント、退屈は人を殺せるって奴だね。でも、そーいう事言っちゃうとホントに敵が来るって言うお約束が――……」 

 彼女の異母姉、趣味に走った名前をつけられたヤマダナナコ、十八歳がそんな有り得るはずもない事を言うと――警報の鋭い音がだらけきった艦内の空気に渇を入れた。

「…………」

「…………すごいね、千華ちゃん。君には敵を呼び込む才能があるのかな」 

 メガネがないだけで、やたらと自分にコスプレをさせようとする趣味に走った人生を歩む義母にそっっくりな義姉の顔に向けて、千華は思いっきり大口を開けた。はしたないくらいに。

「そんなわけあるかァァァァァ――――っ!」

 


 

 格納庫で盛り上がっている頃、ブリッジも不謹慎に盛り上がっていた。こちらは妙な会話がなかった分、素直にのめりこめた様である。

「艦長、左舷後方、レーダーに反応有り。ボース粒子確認、ボソンジャンプです!」 

 何故だか報告の語尾が弾んでいたような気がするが、些細な事だった。その後に来る彼女の一言がもたらした物に比べれば。

「アキトおじさん、または他のジャンパー達が訪問の予定はなかったわ、ね……やっぱりアイツかしら?」

 報告をしたのは、かつて木連三羽烏と呼ばれた秋山源八郎と元優華部隊隊員にして、木星の説明お……姉さん、空飛厘の間に生まれた、メガネとおさげ、そして“金色の瞳”が特徴的な美女、秋山日出、二十歳。このユーチャリスBのオペレータにして科学班班長。

 ――これまでの研究データを元に、自らの身体をマシンチャイルド化した究極のマッドである。

 報告を受けたのは一際高い位置にある艦長席に座る高杉神楽、二十四歳。元木連優人部隊にして逆行者、高杉三郎太と、元木連優華部隊の神楽三姫の間に生まれた、艦内最年長の女性で、艦内で最もスタイルがいい。ちなみに対抗馬は舞子一人である。

 現在は思慮深そうな顔をしているが、事、男性関係になるといきなり頭に血が上り母譲りの方言が飛び出す、親子代々の因果で異性関係に苦労する美女だった。

 その苦労する彼女が推測した“アイツ”という言葉が出てきた途端――……彼女も含めて、唐突に艦内に夜叉が幾人も現れた。全員で八名。

『ほう……やはりアイツか……』

『毎度毎度、しつこいよね〜』

 格納庫からセンカ、ナナコ参上。

 何故だか、ウィンドウに映る彼女らの背後からは地鳴りを思わせる音がしていた。目はウィンドウ越しにもハッキリとわかる程にらんらんと輝き、頬は引きつり、こめかみには見事に青筋が浮いている。これでもまだ美人と言う事が出来るのだから、大した物である。

「聞いてたの? そう……アイツよ」

 普通は見る事も出来なさそうな凄まじい表情だが、問題のアイツとやらは彼女達共通の敵なのか、ブリッジクルー(全員女性)も揃って互角の恐ろしい表情を作っていた。 

「ジャンプパターンの解析から言って、その推測にほぼ間違いはないかと思われます。エステバリス隊、発進しますか?」

「……相手が彼女であるのなら、対抗できるのは一人しかいないわ――でしょう、タキカ?」

 神楽の言葉に、彼女の背後に控えていた少女が一歩進み出て答える。このユーチャリスBの副長、アカツキタキカ、十八歳――ネルガルよりのお目付けであり、会長夫妻の娘でもある。性格は……あの父を反面教師にしたのか、母やエリナを見習ったのか、活発ではあるが、苦労性の生真面目な娘である。

 ちなみに、かつての逸話によって白鳥一家には少し複雑な感情を抱いているらしい。

「はい、確かに彼女に対抗できるのは、天斗さんしかいないでしょう。しかし、だからこそ相手の出方を伺う必要も生じます。彼は我々の切り札――彼女を餌に陽動、と言う事も有り得ます。エステバリス隊三機でまずは出方をうかがって……適うならば殲滅。天斗さんには援護に徹していただきたいと思います」

 理路整然と、まさに参謀とはこう言う物だ、と言う模範的な態度で自論を述べるタキカ。しかし、それも神楽の一言で粉砕される。

「そうね、天斗を彼女と会わせたくないものね」

「え?」

 ポン、と音をたてて赤くなるタキカ。アタフタと意味もなく周りの視線をうかがうが……彼女を弁護するような視線は全くない。舞子、メティ、神楽、日出、ウィンドウの向こうのセンカ、ナナコにいたるまで、全員が彼女をしらけた眼差しで見ている。 

「…………わ、私はそー言う私情を作戦の持ち込むような真似は真似は……あううううう……」

 どもりまくる彼女に向けられる視線は、すべからく冷たい。例えて言えば、中に嫉妬と言う熱湯を込めて作られたツララ、という所か。溶けたら溶けたでえらい被害を向けられそうなそれを四方八方から向けられる。

 彼女に救いの道はない。

 いや、一つだけ彼女を弁護するウィンドウがあった!

『……あ、あの……そ、そんなにタキカさんをいじめないで下さい……お気持ち、よくわかりますし……』   

「ユリちゃん!」   

 彼女らの前に、厨房より現れたのは月臣由里、十五歳。元木連優人部隊、通称三羽烏と言われた月臣元一郎と元木連優華部隊、天津京子の間に生まれた、いかにも気弱そうな少女だ。

 ごく小人数で運営されているユーチャリスの厨房を一手に引きうけている、艦内最高の実力者である……当人の自覚はないが。

『その……嫉妬、と言う物をついしてしまう気持ち……わかりますから……』

「だ、だからそうじゃないって! ボクはあくまでも冷静に……!」

 焦りのあまりにもだえまくり、一人称がプライベートモードになっている。彼女の髪はざっくりと短く切られているが、もし由里のように長髪だった日には、髪がぶんぶんと床に平行になるまで持ち上げられていただろう。

『そうですよね……天斗さん、アレですから……それなのに彼女と戦う時はあんなに楽しそうですもんね……嫉妬しても、しょうがないですよね……』

 ついでに、人の話をあまり聞かない性格は、かつてのナデシコ艦長の天然オバさん(!)を思わせる。 

 艦長、高杉神楽、二十四歳。

 副長、アカツキタキカ、十八歳。

 オペレーター、秋山日出、二十歳。

 操舵士、白鳥舞子、二十歳。

 通信士、メティス・ヤガミ・テア、十六歳。

 エステバリスパイロット、ヤマダセンカ、十七歳。

 同じくエステバリスパイロット、ヤマダナナコ、十八歳。

 ユーチャリス料理長、月臣由里、十五歳。

 そしてある一名を入れて、総勢九名で運営されているのがナデシコシリーズ最新作、ユーチャリスB――……

「そうね、確かに私も彼女と天斗を会わせるのは業腹だし。タキカの作戦でいきましょう!」

『上等だな。あの女……今度こそ私の手で叩きのめしてくれる!』

『害虫退治は迅速に、が基本よね!』

「いや、だからボクはそう言った意図を持って発言したのではなく……って、誰か聞いてよぉ!」 

「捕虜なんてとらなくていいからね♪」

『が、頑張ってください。お料理いっぱい作って待ってます』

 そのブリッジは、年頃の娘が女子大のような雰囲気で運営している,凄まじい戦艦であった。

 最後は、メティスがシメた。 

「……殺すまで、死なないように」

  彼女は更に凄かった。

 

 


  

 ユーチャリスBブリッジがなんだか無駄にアツイころ……

 既に機動兵器が一機発進していた。白銀の尾を引いて、大気のない宇宙空間を駆け抜ける蒼い流星――尋常ならざる加速のそれを、肉眼で確認できる者は、それだけで目に関してなら一流を名乗ってもいいだろう。

 異常とも言えるその機体――その動きを停止していたのなら、肩に描かれた機体名が読めただろう。

 

 ――YAIBA。『刃』と。

 

 それは間違いなく、まるで導かれるようにしてある場所へと向かっていた。ユーチャリスのレーダーが指し示した、ボース粒子反応の元へ。

 ……『刃』は確かにユーチャリスから発進したが、何しろブリッジがアレだったからパイロットはボース粒子反応の出現ポイントを知らない。『刃』は、パイロットは純然に気配を探ってターゲットを補足したのだ。

 真空の宇宙で、次元を移動する相手の気配を探る……このパイロット、真実、人か……?

 ――ユーチャリスよりほぼ十キロ前後離れたポイント――エネルギーウェーブが届かずに通常のエステバリスであれば早急に帰還しなければならない位置で『刃』は動きを止めた。彼はここにあたりをつけたらしい。 

 動きを止めて、始めて機体の全貌があらわになった。そのフォルムはかつての最強機、ブローディアとダリアを思わせる。深く輝くメタリックブルーに塗装された、かつての最強機を更に細くしなやかにしたボディフォルム。

 漆黒の戦神のかつての愛機、ブラック・サレナは追加装甲と言う性質上フォルムが無骨であり、手足の動きが制限されるためにどうしても接近戦には向いていなかった。特にDFSのようなリーチのある武器ならばともかく、ナイフ類など持つだけ無駄とも言えた。

 それは後のブローディアにおいては『ガイア』という可変追加装甲によって随分と改善され、接近戦も充分にこなす機体となっていた。独特の武装、フェザーとDFSがあったとはいえ銃火器に頼らない戦い方は、むしろ、接近戦用の機体に生まれ変わったとも言えるだろう。最も頻繁に戦った対ダリア戦ではラグナランチャーの出番はほとんどなかったと記録されているのだから。

 ――おそらく、DFSでの接近戦でなければ、お互いに命中させる事が困難だったためだろうと言うのが後の戦術家の分析である。

 この『刃』――ブローディアをモデルにして、ウリバタケセイヤが指揮を取ってネルガルと明日香インダストリーで共同開発した物である。その際のテーマは“接近戦に特化した機体”だった。

 すなわち――DFSの可能性をとことんにまで追及した機体。

 マイクロブラックホールの攻撃利用に始まって、DFSの発案者であるテンカワアキトの示したDFSの可能性は凄まじい物だった。扱える者などいるはずがない、と頭のどこかに常にその思いを抱いて作っていたウリバタケは自分の想像をはるかに上回る結果に発奮。

 戦争が終わり、ナデシコシリーズやそれぞれの専用機の整備をする必要がなくなって以来、彼はDFSの可能性をとことん追及していった。ピースランドに親子揃って引っ越すと、同じように腰をおちつけた天河北斗の協力を取り付け、国の依頼で新型アトラクションを開発する傍らにシミュレーションを通して様々なDFSを開発していった。

 『刃』は永世中立国で行われた、二人の法律を気にしないマニアの努力、それらの集大成とも言える機体である――そして、それ故に扱いづらさは並みではない。戦神、羅刹クラスの腕前でなければほとんどの武装が作動さえしないのだから。

 その、使用が至極困難な機体のアサルトピットの中を、人の呼吸音だけが支配する。

 始まりは荒く、せわしない呼吸。しかし徐々に深く、静かに――……呼吸と共に、心を平静に。まさに湖面の様になだらかに――表情もなく、能面のようなその顔は、極限の集中の証。

 彼はこの『刃』を扱い得る唯一のパイロット――当代の最強のエステバリスライダー。

『ボース粒子反応最大。質量、機動兵器クラス――ボソンアウトします』

「来たな……BULLET――風那よ!」 

 現れた虹色の光を見つめ、彼は歓喜の表情を浮かべながら意識を集中する。『刃』の背に赤い輝きがともる――全十ニ本のDFSの輝き! 

 彼の表情が動き、これから始まる勝負への期待が歓喜となって胸に膨れあがる――男は背骨の芯を通って脳にまで這い上がってくるゾクゾクとした物の起こす衝動のままに叫んだ!

「強襲戦艦ユーチャリスB所属、機動兵器『刃』専属パイロット――天河天斗、参る!」

 阿修羅の腕か、堕天使の輝翼か、赤い光を背負いつつ―― 

 戦神と羅刹の間に生まれた男――次世代のエース・天河天斗は、父から受け継いだ面を凄絶な笑みで綻ばせ、母とよく似た鋭い眼に闘志と歓喜を浮べて、像を結び始めた宿敵に襲いかかる。

 ――彼の人の二つ名――蒼銀の修羅の名のまま、荒々しく、力強く!

 

 ……名乗りをあげたわりには、不意打ちだった。

 


 

 永世中立国、ピースランド――

 その郊外の湖の辺に建てられた、巨大な屋敷――通称ナデシコ長屋・改。

 とても長屋とは言えないのに、かつてアキトと彼の記憶を垣間見た人々の発案により長屋などという名のつけられている巨大屋敷――たまに爆発音が響く――の最も高い塔の頂上に、一人の美女が立っていた。

 腰まで伸ばした赤い髪を無造作に後頭部でまとめた、鳶色の眼に鋭い物を宿した大体十代後半から、せいぜい二十代前半程度に見える小柄な美女が風を浴びて目を細めていた。

「――北斗」 

「アキトか?」

 背後から声が掛けられた。彼女はそれを聞くより早く、気配がない事から声の主が自分の夫だと気づいていた。次分の背後を取れる人物など、彼女は夫を含めて二人しか知らない……どちらも自分の家族。

 振りかえれば、やはり予想通りの人物が立っている。よくて二十代前半にしか見えない彼女の夫――テンカワアキト、既に四十代……絶対妖怪だ、お前。

「冷えるだろう……もう夜だ、夏と言っても馬鹿に出来ない」

「――俺を抱きたいのならそう言え……自分の方こそ人肌恋しそうな顔をして……」

「……お互いに、な」

 そんなアキトの腕に抱かれてぬくもりに目を細める女性――彼女の名は天河北斗。初対面の相手は絶対に信じないが、これでも戸籍年齢は四十を数える一児の母だった。

 ――アキトは、激戦を潜り抜けて手に入れたナノマシンと昂気の併用によって遺伝子レベルで肉体が変質していた。

 彼のナノマシンは、元々一般のナノマシンとは一線を画していた。一度アキトの肉体をDNAのレベルで書き換えたナノマシン。その能力には“肉体への遺伝子レベルでの干渉”という特殊能力が加えられていた。

 そのナノマシン――火星の人間なら大部分がその身に備えているソレに、新たにとんでもない刺激を加え、特殊能力を追加させたのはそのナノマシンを備えた者の内、アキトのみが会得した、昂気だった。

 昂気の一能力――肉体の強化。

 戦闘に特化された肉体になったと言いきっていいアキト……ナノマシンの肉体変換能力は昂気によって刺激され……彼の肉体から『老化』の2文字を完全に打ち消した。結果、アキトは不死ではないが,不老を手に入れたのだ。

 この時点でアキトは超人をすら超えて、妖怪になったと言える。

 更に、この妖怪には量産機能もついていた……かなりの高レベルで。

 アキトの子供達はもちろん、妻達にも夜の生活を通してこの不老機能付与能力を持ったナノマシンが移動され、彼女らは不老を手に入れた。

 これに最も大喜びをしたのは、成人して以来、いずれ必ず来る肉体・戦闘能力の衰えを気にしていた北斗。そして言わずもがな、イネスと舞歌だった。なにしろ、このナノマシンはただ不老にするというのではない。

 “肉体年齢を、最も戦闘に向いている年齢に固定する”のがこのマシンの目的だったのだから。

 ……若返ったイネスと舞歌によって、アキトは1週間ベッドルームに監禁されたらしい事からも、二人の喜び様がうかがえる。

 ――特にイネスの喜び方は凄かった。年齢のせいもあるが極めて興味深い研究テーマが与えられたのだから。この事実が判明した時には浮かれまくったものである。

 残念ながら研究内容は発表できないが、別に、人類社会に大きな混乱をもたらすからとかそんな事はこれっぽっちも考えちゃいない。

 問題はたった一つ。こんな事実を公表した日には、漆黒の戦神に抱かれようとする女が世界中からハイエナの様に集まってくるに違いないからである。

 加えて、アキトの妻以外の女性達と男達の要求を受けて、木連のマッドが一念発起! 例のナノマシンの研究を重ね、イネスの協力の元、ついにナデシコ一族全員が見事、若さと不老を手に入れる事になってしまった。

 そんなこんなで、戸籍年齢は中年になろうが若さぴちぴち十代の人間がナデシコ長屋には溢れる事になったらしい。

 ゴートはこれも神の加護だ、などとほざいて、アキトを生き神に祭り上げ様としていたが。

 ――フクベは今世界中を駆け回って新たな青春を謳歌しているとか、ウリバタケは奥さんにしっかり手綱を握られているようだ。

 その、良人にもらった若さ溢れる美貌を、しかし北斗はうつむけていた。

「天斗は……俺達の子は今、どうしているだろうか……?」

「――それを伝えに来た」

 アキトは北斗の豊かな髪に顔をうずめながら低い声でつぶやいた。小さな声だったが、耳元での囁き、北斗の鋭敏な聴覚にはハッキリと聞こえていた。

「……そうか。もう一人の俺と接触したか」

「単独で指示を待たずに出撃――やはりアイツは周りを信じていない――いや、愛されていないと思いこんでいるらしい……求めているのは、戦う相手……北辰がお前を失った事と、俺達に対する復讐とを燃料にして燃え上がらせた執念が作り上げたもう一人のお前……」

「……アイツをそうしたのは、俺だ……あいつの心にも身体にも……未だに癒えない傷をつけてしまった……俺は、親に向いていないのだろうか……?」

 悔し涙に潤んだ眼差しで夫を見上げる北斗。

 その目はアキトを通して、よく似た息子を見ている――そして、彼が自分と疎遠になった原因である事件を思い返した。

 天河天斗――アキトと北斗の間に生まれた青年。

 父譲りの童顔だが、母とよく似た鋭い眼差しが幼くさえある風貌を引き締まったものにしている。背の半ばまで無造作に伸ばした黒髪、二つ名『蒼銀の修羅』の名の由来、青一色に統一された服装を好む。

 白兵戦と機動兵器戦においては無類の強さを誇る、未だ二十歳の若過ぎる程に若い当代きっての英雄……

 北斗は彼をその眼で見たのは、胸に抱きしめたのは、彼が幼少のころだけだった。

 天斗が五歳の時に起こった、あるとんでもない――しかしナデシコに限っては結構頻繁に起こる事件以降、彼女もアキトも、息子と言葉を交わした事もない。顔も写真以外は遠目でしか見れない。

 

 ――天斗は明らかに家族を避けて生きてきた。

 

 それは全て、北斗が息子に背負わせた重い重い十字架だった。息子を殺しかけてしまった、北斗の――……

「……いや、どっちかって言うと、トドメをさしたのは皆だと思うんだが……あの時は皆目の色変わってたし――北斗?」

 あの時、のあたりから北斗はアキトの背中をぐわしっっとつかんだ。寄り添うと言うよりも――とっ捕まえている。

「あの――北斗さん?」       

「思い出したんだ、あの時の事」

 アキトの背中を冷たい物が熱い痛みと主に駆けぬける。彼と北斗の腕はほぼ完全に拮抗しているはずなのだが、なぜだか逆らう気もおきない。

 絶対不変の、抗う事の出来ない死――それが今アキトの前で人の形を取っている。

「そ・も・そ・も・の・事の原因はお前だろうが―――っ!」

「誤解だァァァァアァァ!」

 北斗の腕は何時の間にか背中にではなく、背骨にまわされていた。

「お前が浮気して、しかも制裁から逃げ回るから天斗が巻き込まれたんだろうがァァァァァ――――――っ!」

 他の妻達のお仕置きは精神的な物だが、北斗のそれは鉄拳制裁である。たまにダリア(改)で襲い掛かってくる事もある。

 今回のお仕置きは、鉄球を砂に変える握力が採用された。

「愚か者が!」

 ……要するに、天斗の死因「死んでないっっ!」は、毎度毎度の騒動に巻き込まれての事だった。

 天斗――父親そっくりの容姿、その中で鳶色の柔らかな光を宿す眼が枝織の面影を宿す少年……北斗にとって、息子は自分が生きてきた証だった。

 人が生きるのは、己の生きた証を人々の心の中に残す事だ――ルリから異なる時間軸を生きたアキトとの墓地でのエピソードを聞いてから、彼女の心に刻まれた物はソレだった。

 当初、武の流派を確立する事を考えていた彼女だったが、胎に新たな命を宿して以来、子の誕生を夢見ながらアキトと一晩中子育てについて語り合い、または三姫達先輩に子育てのコツ、苦労談を聞いて自分が息子を抱いているのを空想するのが彼女にとって最も心の弾む時間になった。

 生まれた子供は男の子――育つにつれて夫によく似てきた息子を通して、話にしか知らない夫の子供の頃を夢想し、鳶色の目を見ては自分との血の繋がりを確認して微笑む。 

 何より嬉しかったのは、天斗が自分と枝織それぞれを“北斗母さん”、“枝織母さん”と呼び、人格を認めてくれた事だ。北斗は自分の特殊さが息子を混乱させ歪ませる事を、最も恐れていた。

 天斗はまさに宝だった。夫と二人で作り上げ、これからも育て続けていく、生きた証――……だがしかし!

 

「待たんか、この浮気者ォォォ――ッ!」  

「だ、だから! 誤解だっての――!」

 十五年後と同じ言い訳を叫びながら、アキトは北斗を始め、妻達に追っかけまわされていた。

 毎日毎日妻達に分単位でスケジュールを決められていたアキト。さすがに息が詰まったアキトはディアとブロスのサポートによって見事彼女らを出しぬき、一週間の休暇を満喫してきたのだが――結果がこれである。

 アキトが失踪していた一週間の中には北斗との稽古が三日分入っていた為に、最もワリをくった彼女が怒りに任せ拳を振りまわしたのは当然の帰結だったが――両親の追いかけっこを遊んでいると勘違いした五歳の天斗は嬉しそうに二人の元に近づいてしまった。

 間の悪い事に、角を曲がったアキトと入れ違いに、アキトとうりふたつと言われた――少なくとも、頭に血の上った北斗には区別がつかないくらいに似ている顔だけ出して。

「そこか! アキトォォォ――――ッ!」

 アキトが1週間も自分達の監視外にいたのなら、新しい女と浮気をしているに違いない! 少なくとも、ナンパされているに違いない!

 随分とアキトに対する理解が進んだ北斗渾身のサッカーボールキックが、天斗の腹にジャストミートした――アキトと暮らす事でトレーニングの相手に事欠かなくなり、飛躍的に腕を上げた北斗の蹴りが。

 天斗が胴体部から真っ二つにならなかったのは奇跡以外の何物でもなかった。

 宙を舞う天斗は両親の血か、真っ赤に染まりながらも意識を保って、蹴飛ばされた先(飛距離およそ二十メートル)で遊んでいた姉妹達に助けを求めたが――……

「ネ……義姉サン……タ、ス、ケ……」

「あれ? ハ―リーオジさん?」 

 声も出せず突っ伏した彼は不幸なサブオペレーターに間違われて、彼は助けられるどころか、足蹴にされた。

「もう、せっかくいい所だったのに邪魔しないでよ、オジさん!」

 ――既に成人間近のハーリーと五歳児の天斗では明らかにサイズが違うのだが、ナデシコにおいては血塗れで引きつく男はハーリーかヤマダであると言うのが不文律である。

 居合わせたルリの娘、メノウはそのハーリー(未確認)に対して母と同じ対応をした。日ごろ可愛がっていた義弟を見事に足蹴にしたのである、ぐりぐりと。

「さ、いこっか、オモイカネ」 

 真っ赤になった視界で必死に伸ばした手を見つめながら、母と義姉に裏切られた事を天斗は悟った

「む……? おお、こんな所にいたのか、我が神の供物よ!」 

 彼が最後に確認したのは、ごつい顔を嬉しそうに綻ばしながらこちらに近づいてくるゴート。

「こんな所に“生肉”が転がっているとはな。これも我が神のご加護か」

 天斗は暗闇に身を浸しながら、もはや肉としか認識されていない自身の存在意義と言う重いテーマに幼い脳で立ち向かっていた。

 

 次に天斗が認識したのは自分の手を包む大きく堅い手の感触。暖かなそれに導かれて覚醒した彼は、病室で自分の手を握り締めて無事を祈ってくれる父の師を見つけた。

 その事実は天斗の中にホウメイに対する信頼と、北斗、アキトを始めとする家族への不信を芽生えさせた。

 ――実際には、アキトは天斗と同じ病院にて入院加療中。他のメンバーはピースランドにもたらしたとんでもない被害の謝罪に右往左往していたのである。

 事件から1週間後、天斗覚醒から36時間後――北斗とアキトが手製の病人食を持って見舞いにきた。二人は天斗から向けられるあからさまな不信の眼差しにかなり傷つきながらも、これも自業自得と割り切って自信作である病人食を進めた。

 イネスの治療によって、1週間で胃もだいぶ回復した天斗は幼い頃から慣れ親しんだ両親の料理を食すべく、怪我と空腹に弱った胃につめこんだ。

 気を効かせたユリカ、メグミ、リョーコがこっそり手を加えた料理を。

  

 天斗は両親が自分にトドメを刺しに来たのだと確信した。 

 

 天斗が両親は自分を疎んでいるのだ、と言う彼の中の真実を噛み締めながら退院した三ヶ月後――彼はその日以降家には帰らず、月臣を始めとする木連式柔の使い手達の間を渡り歩き,かつての父にも勝る執念で己を鍛え始めた。 

 退院したその日、彼は偶然聞いてしまったのだ――

「こう言ってはなんですけど――正直、天斗君が入院してくれて助かりましたね」

「うん、うん! おかげで長屋も平和平和!」

 ルリとユリカの会話である。

 彼女らは天斗が入院したおかげで“アキトが誤解の原因となる行動を極力避けるようになり”長屋が平和になった、という意味で言ったのだが……途中から聞いていた天斗は、事件以来彼を支配していた自虐的思考も手伝って、完全に誤解した。

 真意が歪みなく通じても充分にひどい発言ではあるが。

 そして彼は決意した。

 ――一たとえ一人ででも生きていけるように強くなろう。 

 以来、天斗はまず秋山夫婦に頼み込んで気配の消し方を習い、昔のジュンの記録を参考にして自分なりに磨きをかけて皆から姿を隠した。なんとアキトや北斗にもめったに見つからなかったくらいである。

 そして彼はホウメイから料理を学び、どこでも食べるには困らない技術を身につけた。

 続いて月臣、白鳥の二人に師事し木連式柔を学んだ。結果、十三歳で昂気を身に纏う“武羅威”に目覚める。

 両親と言う前例があった為に、彼は昂気の扱いに関しては随分と早い成長をした。手探りで扱いを学んでいった者達と、ある程度の知識があった者との差だろう。

 そしてIFSを注入、仕上げに機動兵器操縦の訓練を積んでいった。これで頼りになったのは、ガイとウリバタケ、プロスペクタ―である。

 ガイは強くなりたい、と言う天斗のシンプルな要求に何も考えずに付きあった。特訓と言う言葉に燃えたらしい。

 ウリバタケはウリバタケで、この逸材の力を生かしきる最高の専用機を作ってみたい! という強い欲求に駆られた。

 スカウトマンでもあるプロスペクターにしてみれば、天斗という素質にも環境にも恵まれた少年のやる気をスポイルするのはたとえ問題があっても忍びなかったのである。つまり、彼の成長を見たい、という要求に逆らえなかったのだ。 

 そして、日々の修行のさなかに、元ナデシコクルー達は北斗を筆頭に天斗との和解を試みたのであるが――少年には避けられ、たまの接触にも些細な誤解を“天斗式曲解機能付自虐フィールド”によって拡大解釈され、もしくは主にユリカ、ハーリーを筆頭とする『ナデシコうかつ軍団』のドジによって、少年の人間不信は加速度的に増していった。 

 結果――天斗は十八歳の誕生日を切っ掛けにユーチャリスB専属機動兵器パイロットに就任。完全に長屋から出てしまった。

 その一月後に遭遇した謎の海賊船……和平後、二つの世界の融合に相入れなかった者達の多く、特に軍人崩れは非合法の生業に手を染めて日々の糧を得ており、ユーチャリスBの任務は主にその海賊の駆逐だった。

 ユーチャリスBの三度目の実戦――それは天斗にとって始めての苦戦と、何よりも人生で最も大切な出会いを果たす、重大な一戦となった……

 

「――あの事件以来……天斗はすっかり変わってしまった……いや、変えたのは俺達か。なんと無残な大人に育ってしまった事か……」

 北斗の独白に渋い声が重なった。

「うむ、全くだ。やはりあの事件の時に、我が神への供物となるべきだったのだ、彼は」

 凡人だろうが超人だろうが理解できないセンスの服をきて、狂人でも逃げ出すような踊りを踊りながら現れたのは、ゴート・ホーリー。

 最近は“ハーリー、ホーリー天気予報”というピースランド限定番組に出演して信者の増強をもくろんでいると言うが、それに増長したのか、なんだかとんでもない事を言っている。

「天斗よ……お前ならば我が教団の枢機卿の地位も得られる……さあ、早く召されると良い、我が神の元へ!」

 ――召されてどうする? 

「いいから貴様は寝てろ――――っ!」

 北斗はどこからともなく取り出した黄金のハリセン――金紙に墨痕鮮やかに“一撃必倒くん”と描かれた、打撃面の内側に木材を仕込んで強化されたソレ。

 何を考えているのか、怪しげな自作の像に『たかと』と書いて火をつけて燃やし始めたゴートは天高く舞いあがり、再びの神との出会いによって新たな悟りを得た。 

 


 

「オオオオォォォォォッ!」  

 咆哮と共に襲いかかってくる赤い阿修羅の腕を、彼女は左腕についている手甲と言った方がいいような形状のシールドで簡単に受け止めた。

 『刃』のDFSによる一撃を受け止めたのは、同じく赤い輝き――……DFSのシールドだ。DFS同士が干渉し合い、生まれた巨大な斥力が両機を弾き飛ばす。

 バランスを立て直す際に生まれたGが二人の身体を心地よく締め付ける。

『不意打ちとは随分と礼儀知らずだな、天斗』

 ウィンドウが開き、美しい女が映し出された。真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばした、目鼻立ちがきりりと凛々しい東洋系の美女――天斗にとっては既に馴染みの相手……彼とは因縁浅からぬ、目の前にいる今切りかかったばかりの純白の機体を操っている女だ。

「――礼儀知らずとはひどい事を言う……ちゃんと挨拶はしただろう?」 

 にやりと笑う美女に対して、天斗はかすかに眉を動かしただけだった。何とも表情に乏しく、それが美女には不満だったが……彼女は知らない。

 天斗が、彼女との勝負がヒートアップしていくに連れて表情を増やし、叫び、躍動感に満ちた闘いを繰り広げるのだと言う事を。彼の表情らしい表情など、常日頃彼の側にいる女性たちは負の方向の物しか見た事がないというのに、だ。

『いつした?』

「……今の一撃……挨拶代わりだ……」

 ウィンドウの向こうから、あからさまに呆れたという空気が漂ってくる。

『――本気で言っているのだろうな、お前の事だから……私とBULLETでなかったら先の一撃であっさりと一刀両断だぞ?』 

「……お前だから斬ったのだ、風那」

 一応の常識はわきまえてると……言っていいものかどうか? こんな事をしれっと言われては、美女――風那とて苦笑するしかない。

『では、こちらの挨拶も受けとって――』

 言葉の途中――純白の雪色に咲き誇る花が真っ赤な蜜を『刃』に向けて放った!

「――もらおうか!」

「……これも挨拶代わりか?」

 紅――DFSの弾丸を天斗は難なくかわした。挨拶には挨拶で返したと言う所だろうか? しかし、あの一発の直撃を受ければ、いかに強力無比なディスト―ション・フィールドに保護されている『刃』とて沈む。

 蒼銀の修羅の愛機と同じくDFSの可能性を追求した機体――白い恐怖、BULLET……開発テーマにDFSの可能性の追求を置き、しかしよく似た『刃』とは異なって近接戦闘ではなく遠距離戦闘に焦点を絞り、両肩、腰、右腕に巨大なDFS発射装置を、胸部、アサルトピットの前にグラビティ・ブラストを設置した――

 かつてのダリアと同じく、木連の過激派によって奪われたウリバタケのデータを元にヤマサキが開発した、北辰とヤマサキが育てた新たな羅刹――白い恐怖、風那の乗機であった。

 白と蒼――暗黒の宇宙においてはどうしても目立たない色だ。しかし、輝くDFS、その赤い光が彼らの舞踊のような闘いに文字通り色を添えている。

 本来は戦艦のグラビティ・ブラストの直撃であろうと防ぎきる防御能力を備えている、バケモノ的な両機……しかし、扱っている武器がDFSである以上、全ての防御は無意味だった。

 例外はBULLETの左腕についたDFSシールドのみである。その一撃でも命中すれば助からないぎりぎりの戦場を、しかし二人は心からの歓喜を浮べながら存分に力を振るって疾駆していた。

 天斗は相手の懐に飛び込もうと、尽きる間もなく襲来する赤い凶器を傀儡舞でかわしながら一気に間合いを詰め、風那はそうはさせじと全部で五門の大砲を駆使して『刃』を追い払い、それでも近づけばDFSシールドで天斗の赤い一刀を弾く。

 しかし、天斗のDFSソードは背面に十二本、両腕に一組、合わせて十四本ある。これは一つきりのシールドで避けられるはずもなく、BULLETのボディにはかすり傷が接近の度に増えている。

 いや、蒼銀の修羅の攻撃をこの程度ですませている風那はむしろ誉められるべきか。

「……まったく、よく受ける。しかし、アサルトピットに傷があるのに、銃身は無傷、か……性格が出ているな」

『余計なお世話だ! お前こそ、無駄に口の軽い性格を直せ! 戦闘中に敵と通信回線を開きっぱなしにするような奴がどこにいるか!』

「……お前相手だからなのだがな、口数が増えるのは」

 ともかくそのまま、戦局は天斗優勢のまま中盤を終えた。しかし、間合いを外して純白の機体を見つめている天斗の顔には余裕はなかった。

 ――自分と機体の集中力、体力、耐久力が限度に近づいてきている事を天斗は悟っていた。風那に比べて機体の特性上天斗はどうしても動き回らざるを得なく、消耗は白い恐怖に比べ極端に高かった。

 持久戦になれば不利。

 今回もそうなると踏んだ天斗は、まだ体力と集中力に余裕が残っている内に一気にカタをつける事を選び、DFSを一気に活性化させる。

 その背後に炎を背負うように見える『刃』を見つめ、風那は天斗の意図を見抜き、同じようにDFSを活性化させる。彼女が逃げを選ばず勝負を受けた事で、天斗の口は嬉しそうに綻んだ。

「やはり――俺達の逢瀬にはこの赤い輝きが最もふさわしいと見える」

『……妙な言い方をするな! 誤解を招くだろうが!』 

 叫びながら発射されるグラビティ・ブラスト。しかし、搭載しているのが機動兵器であるが故に、更には広域放射を目的として収縮率が低いために、攻撃範囲と命中率は高いが威力は低い。

 これはあくまでも雑魚相手か――『刃』相手と言う事ならば、足止めのためだ。いわば白銀の戦乙女と呼ばれたアリサの得意手、ムーン・ストライクと同じ効果を狙ったのである。

 風那の狙い通り、『刃』はグラビティ・ブラストの攻撃範囲から逃げられず、攻撃その物は防いでいるが一瞬足が止まった。

『! もらった!』

 BULLETの各所に備え付けられていたDFSが『刃』に一斉に照準を合わせる! 

「……甘い」

 が――なんと、『刃』はBULLETの攻撃が命中するよりも先に――真っ赤に燃えあがってしまった。

『へ……?』

 あんまりと言えばあんまりな展開に思わず目が点になり、風那はついつい呆けてしまった。若輩ながら歴戦である彼女らしからぬミスだった。

 『刃』は自爆したのでも、どこかから不意打ちをうけたのでも、故障したのでもない。機体を被った火炎は、背面と両手のDFSより発せられたものだったのだから。

「オオオ――……オオオォォォォォォォッ!

 通信機越しにピット内の空気を振るわせる天斗の咆哮に合わせ、『刃』の両腕が天高く突き上げられる。それは炎に被われて、孔雀と似た、しかし遥かに神々しさを感じさせる頭に変化する。

 『刃』の全身を火炎が被う。何時の間にか短く折りたたまれた足が、たくましい猛禽の物に変化する――

 『刃』の背のDFSの内、三対が後光のように上向きになって広がり、それは炎に包まれた雄大な翼になる――

 残る六本の紅刃は下方に引かれて鎖の様にしなやかに広がる――

 現れたのは双頭、六枚の翼,六枚の尾羽を生やした一羽の鳳凰! 

「我流、昂気功術・紅蓮鳳凰―――ッ!」

 

    劫ッ!

 

 紅蓮の鳳が、純白の花を燃やしつくさんと襲いかかった。

   


 

 私は風那――名字はない。

 歳は十八、容貌はアジア人系、モンゴロイドの物。黒髪黒目の女で――かつてはある組織で暗殺者をしていたテロリストだ。

 私が普通の生まれであれば、家族や友人がそんな私を嘆いて止めてくれたのかもしれない。

 しかし、そんな者はいなかった。私は培養カプセルの中で生まれた存在――……とある女を誘拐して、その卵子を元に作られた偽りの生命体。

 北辰――元々かつての戦争でずいぶんとハバを利かせた暗殺者らしいが、現在は飼い犬に手を噛まれて、半身不随のサイボーグだ。ついでに盲目。

 ヤマサキ――ニタつきながら人を解剖する変態だ。ソレ以外の何者でもない。この二人が南雲と言う男を担ぎ上げて作った組織――“火星の後継者”……私が暗殺者をしていた組織だ。

 こいつらが組織の為に私を作り、私を育てた――考えてみれば、こんな奴らが育ての親である私は、とても不幸なのかもしれない……世の中、深くなくていい所でも結構奥が深い物だ。この場合、不快でも概ね間違いじゃないな。

 こいつらが私という人間兵器を作ったのは、かつて北辰に噛みついた飼い犬――北斗と言う女の存在による。

 コイツとコイツの中にいるもう一人……枝織とか言う女。

 二人によって最高の暗殺者として作ったはずのそいつは、父親でありながら自分から母を奪い、人として歪められた人生を送らせた北辰を憎み、ついには力による決着をつけ、戦闘能力を奪ったそうだ。

 それによって狂気に犯された北辰――アイツは北斗と、北斗を変えた漆黒の戦神に復讐するために、漆黒の戦神の

側にいた北斗に次いで戦闘力の高い女を誘拐、その卵子に保存してあった北斗の遺伝子を植え付けて私を作ったのだ。

 ちなみに誘拐された女は自力で脱出。

 置き土産に北辰、ヤマサキ、南雲を九分殺しにしていったそうだ……“テンカワアキトの影響”とやらで薬も効かなかったらしい。彼女を誘拐した手段は“酔い潰し”だった……どんな身体をしている?

 私がその事実を知ったのは十二の時だ。

 自分の育ちが普通でないのはわかっていた。北辰に常々その事を叩きこまれていた。

「お前は我らと同じ影の存在、断じて光と共にあれるなどと妄想は抱くな! 世界はお前を拒絶する、光はお前を消し尽くす! お前はこの世の異端者なのだ!」

 テンカワアキトに引かれて光の中に導かれた北斗を認めたくない故の、北辰の口癖だった。

 そんな私だったが、北辰に己の異常性を説かれる度に自分のルーツが気になった……ヤマサキの目を盗み、自分のカルテを覗き見て……私は暴走した。

 日々虐待のような訓練をする北辰、私を人と見ていない事がはっきりと判るヤマサキ……

 こいつらの言葉こそが真実だったのだ、正解だったのだ。

 逆上した私がヤマサキを引き裂いて、BULLETで“火星の後継者”の根城を破壊したとしても、なんの不思議がある?

 “火星の後継者”の根城を滅ぼし、北辰、ヤマサキ、南雲の三人を殺した私は、その足で地球に向った。

 母とは言えないのかもしれない。私はバケモノでしかなく、彼女にしてみれば忌まわしい存在でしかないのかもしれない。

 それでも、一度会ってみたくて……!

「天斗、これが神鳴流の奥義だ。これは想いを断つ剣であり、退魔を生業としている我が流派においては必要不可欠な技であり、同時に会得も非常に難しい……確かにこれならば、意志の力であり魂の輝きでもある昂気に対抗できるだろうが……」

 黒髪のきりりとした面差しの女性、私の見たファイルの写真の女性だった。その彼女が、天斗と呼ばれた、拗ねた瞳をした私よりも少々年上の少年にはっきりとわかる気遣いの目を向けていた。

「……天斗。お前、まだ家に帰る気にはならないのか?」

「……ええ」

 少年が陰気にうなずく。見るからに訳ありの様子……しかし私にはそんな事はどうでも良かった。

 彼女に心配されながらも、無碍な態度をとる少年と、覗き見ている惨めな私……比べるだけ、涙も出てきた。私はハッキリとした嫉妬の目で彼らの稽古を見つめていた。

 それから私は一人海賊稼業を始めた。儲けも何も考えはしない、ただ苛立ちをぶつける相手が欲しかった、誰でも、何でもいい――奪う事で何かが手に入ると想いたかった。

 そんな生活を続け、二つ名付きで名前が売れ始めた頃――あいつは現れた。

 無敵を誇った私が、油断から海か空のような青に染め上げられた機体に一蹴され、腐っていた頃……夜の街で偶然アイツと出会った。

 強いという事が一目でわかるアイツを私はストレス解消のための遊び相手に選び――酔いが回って途中で無様に潰れた。気がつけば、アイツの膝枕でベンチに横になっていた。

 状況を悟って硬直する私に、あのアホは真顔でとんでもない事をした。

 私が起きていないと思って、微笑みながら髪をずっと、夜明けまで撫で続けたんだ! 寝たふり以外にどうしろって言うんだ! 

「……ね、寝てるよな……」

 夜明け、アイツが寝付いたのを見計らってゆっくりと起きあがる。万が一にも目を覚まされたら――

「……もう行くのか?」 

「うわわわわ!」

 気がつかれない内にトンズラしようとした私はあっさりとアイツに見つかった。自分でも理解できない衝動に駆られておたおたと無意味に手を振る。これほど無様におたついたのは、ハッキリ言って初めてだ。

「くっくっくくく……」

「わ、笑うな!」

 陰気さが漂う顔も、笑えば変わる。コイツの笑顔は……私に振り上げた拳を止めさせるだけの力があった。笑うだけで、どこか疲れた雰囲気を漂わせているのがうってかわってほのぼのとした日溜りのような雰囲気に変わる。

 ――後に聞いたところによると、これが数多くの女性を虜にしてきた“天斗スマイル”だったらしい。父親が始終微笑んでいる拡散型とすると、めったに見せない代わりに威力が高い収束型だそうだ。

「……可愛いと思っているのだ、怒る事もあるまいに……」  

 か、かわ!?

「さ……さらっと突拍子もない事を言うな!」

 私は音を立てそうな激しい動きで背を向けた。そのまま一瞬も振り返らずに歩き出す。たとえ真顔であんな事を言われたのが生まれて始めてだったとはいえ、こんな情けない顔を人に見られてたまるか!

「もう少しゆっくりしていってくれてもいいだろう……また……会えるか?」

「知るかぁ!」

 私は真っ赤になった顔を隠す意味もあってあいつから早足で距離を取った。走って逃げたとは思われたくなかったが――あんまり意味はないのかもしれない。あいつが大きな声で笑うのが聞こえてきたから。

 ええい、早朝の町で迷惑な奴め。酔いもさめた事だし、昨夜の復讐もかねて実力行使で馬鹿笑いを止めてやろうかと思った私の前に、突然私よりも少し幼い少女が現れた。何やら呆然として、アイツを見つめている。

「た、天斗さん……笑ってるの? あんなに大声で……」

 ――そうか、アイツは天斗と言うのか。しかし、そんな大げさに驚くほどあいつが笑うのは珍しいのか? 

 私の見つめる先で、天斗の元に駆け寄った女――髪をざっくりと切った十代のなかなか美形の少女――何とはなしに腹がたつ。と、奴の雰囲気が私といた時に比べて、がらりと変化した。

「やっと見つけましたよ、天斗さん!」 

「タキカか……なんの用だ?」

 器用な事に笑いは一瞬でなりを潜め、全身から他人を拒絶する空気が漂い始めた。もしや、これがアイツの日頃のスタイルなのだろうか? だとしたら、あの驚き様も納得がいく。

 ――私は世界を拒絶しているあの姿に、自分が重なって見えて……慌てて目をそらすと明け方の公園を後にした。

 何故アイツが私に微笑みかけたのか、膝の上を許したのか……なんとなくわかった気がした。

 


 

 人扱いされていなかった幼い時代……そしてそれが現実だったのだと突きつけられた少女時代……腕と衝動に任せて 暴れ回った今……私は常に人から恐怖と嫌悪を向けられて生きてきた。

 笑顔を向けられたのは、天斗からだけだった。 

 こんな私を唯一人間扱いするのがあの時妬んだ少年だったと言う事実も、そしてその男が今私と争っていると言う事実も……全く持って、皮肉だ。

「――運命の女神か……お前も天斗に惚れているから、私の敵になるのか?」

 私は自分の人生が皮肉に彩られている事を噛み締めながら、あの時覗き見て習得した我流混じりの隠し技を、襲いかかってくる鳳凰に向って放った。 

 私の技を見ぬいたのか、鳳凰から微かに動揺の気配がする。DFSシールド――場合によっては剣にも出来る私の裏技の真ッ赤い輝きが、あの時の、立ち聞きしていたあの人の言葉を蘇らせた。

 

 ――これは想いを斬る技だ。これならば昂気にも十分対抗できる。

 

 私は天斗の昂気とDFSの赤が混じった、銀混じりの紅に向かって赤い刃を振りかざした。昂気がなく、出力も低いDFS……しかし、技によってそれを補う事が出来る!

 

「神鳴流奥義、斬魔剣・弐の太刀――ッ!」  

 

  斬! 

 

 ――私の一撃が鳳凰の首を斬り飛ばし、鳳凰の翼が私を打ち据え――私達の闘いはいつも通り、引き分けに終わった。いや、天斗はまだまだ戦う事が出来そうだが――私の機体は後はジャンプしか出来そうにない。

 実質は私の負けと言える。フルバーストを使えば天斗にもよりダメージを与えれたかも知れないが、あいにくと一匹狼で支援もない私にはそんな真似は出来ない。

『質量、機動戦艦クラス――ボソンアウトします』

 ――フルバーストが出来ない理由が現れたようだ。今回はもう、頃合だ、な。

『……行くか?』

「ああ――止めて見せるか?」

 漂う『刃』は、片腕がなくなったとしても、今のBULLETなら問題なく取り押さえられるだろう。だがあいつにはそんな気はないようだ。

『……また、な』

 ウィンドウの中で子供のように小さく手を振る天斗――時折見せるひどく子供っぽい動作に苦笑をしながら、私はつぶやいた。

「――ああ、また、だ」

 宿敵のはずの男に見送られて、私はねぐらへと帰る。

 天河天斗――私の宿敵。

 ――私の元となった女、私が作られる原因となった女の息子。

 ――かつての英雄達の間に生まれたサラブレッド。

 ――その生まれと腕のわりには、あんまりいい目を見ていない男。

 ――当代最強のエステバリスライダー。

 ――そして、かつて私が嫉妬した男……私に唯一微笑みかける人間……

 私はアイツと見詰め合いながら、虹色の衣をまとって消えた。

「――ジャンプ」

  


 

 帰艦した『刃』を私達は厳しい眼差しで見上げていた。

 別に単独行動を責めているわけではない。普通の軍隊ならば責められる事かもしれないが、私達はネルガルの民間船だ、なんの問題もない――なにしろ我々はナデシコの血を引いているのだから。 

 問題は――……  

  

 怒苛! 愚者ッ! 滅死ッッ! 

 

 天斗はあの後、物も言わずにヴァーチャルルームに入っていったままだ。真っ青な空の中で何もせずに眠り続けるのが天斗の使用法である。いったん入ると三時間は出てこない。 

 ――戦闘が終わった後、表情こそ変わっていなかったが、足取りが軽かった事、その原因を考えると腹も立ち――私、センカ、と義姉のナナコのパイロット組は出番のなかった事の鬱憤晴らしもかねて、シミュレーションで風那をボコボコにしていた。

 具体的に言えば、磔にされたBULLETにむかって、拳をひたすら撃ちこみまくったのである。打ち、ではなくて撃ち、なのがポイントだ。

「……天斗は相変わらず、か」

『私達に好かれてないって思いこんでるもんね〜〜〜……』

 私達ユーチャリス女性クルー、全八名は全員天斗に惚れている。ミナトオバさん達の言う所では、とてもナデシコらしい話だと言う。

 天然スケコマシの遺伝を、イネスオバさん達は真剣に調査中だと言うが……

 しかし、人が人に惚れるのにはまずどこからだろう? 元々親しい間柄でもなければ、まず第一には、やはり目に付く顔や名前などに引かれるのだろう。 

 父の場合は大声で母達の気を引いたのかもしれんが……私達は天斗の暗い目に引かれた。

 天斗の事は昔から知っていた。生まれた場所が同じナデシコ長屋なのだから当然だが、それ以上に天斗は、長屋では唯一の少年だったのだ。

 ――ウリバタケのオジさん達はアキトの陰謀だ、と騒いでいたが、私達、父達から見た新世代の人間は、天斗を除いては全員女しかいなかった。彼を除けば最も歳が近いのはハーリーさんくらいのものだ。

 当然、天斗は元々目立っていた。アキトオジさんと北斗さん(オバさんなんて怖くて言えない……)の息子と言う事も手伝って……正直天斗は目立っていた。逆に言えば、浮いていたとも言えるかもしれない。

 ――あの環境でも性格が女性的にならなかった奇跡を、私は心から喜ぶ。木連組と何故か父、男性的で熱血しまくっている面子の暑苦しさが相殺してくれたのか。 

 ……アキトオジさん?

 あの人は日頃から女性に頭が上がらないから範疇外だ。

 ともかく、そんなこんなで元から目立っていた天斗だったが、例の事件からその目立ち方が変化した。まるで、今にも破裂しそうな風船から目も離せない。そんな雰囲気だった。

 私達子供も例外ではない。元々テンカワシスターズ、つまりアキトオジさんの娘達、天斗の姉妹とは懇意にしていた私達は、事件を知りながらも彼女らを遠ざける態度の天斗に苛立ち、きつい事を言ってしまった。

 天斗は――何も言わずにただその場を去っていくだけだった。

 ただ、瞳の中の暗い色がより深く淀んだ事が気になった。しかし、それは反感が強まるだけの気になり方だった。

 悶々とものを抱えて三日ほど過ごした私達は、数日後に旧木連の過激派軍人達に襲われた。若手の数人――漆黒の戦神のサーガも真紅の羅刹の伝説も、他人から伝え聞いただけで恐怖を実感として知らない若い世代だ。

 短慮、未熟を絵に描いたような連中だが、それだけに子供相手でもためらわずに引き金を引けるゲスな連中だ。その時、一番前でアイツらに銃を突きつけられていたのは私だった。

 虚勢を張る事も出来ない、悲鳴を上げて助けを呼ぶ事も出来ない弱い自分を自覚した。

「ひ……」

 首をつかまれて、引き金にかかった指に力がこもったのを見た時、私の恐怖は頂点に達し――しかし、私が失神するよりも先に、男の眼から光が消え、倒れた男の後に天斗が立っていた。 

 そして天斗はもう今では見られない明るい瞳をして私達を振り返った。助けた事を切っ掛けに、仲良くしたい――そう言っているのがハッキリとわかる眼だった。しかし、私の口は天斗に何を言わせるよりも早く、彼にこう言ってしまった。

「お、お前なんかに助けられたからって、恩になんか着ないし、感謝もしないからな!」

 ――この時私はたぶん、始めて突きつけられた剥き出しの殺意によって湧いた恐怖をごまかすためにこんな事を言ったのだろう。頭が冷えてから、ひどい事を言ったと自覚し、後悔した。

 だが、その時にはもう天斗はいなかった。

 帰ってから、私は両親にこの事で叱られるのを覚悟で帰った私に、しかし両親は何も言わなかった。許したのではなく、知らなかったのだ。天斗の報告は過激派の侵入に限定されていた。

 私はそれを知った時、得体の知れない恐怖を子供心にも感じて天斗を探し回った。

 だが、天斗はアキトオジさん達にするように、私の前から姿を隠した。

 ――つまり、天斗は私に愛される事を諦めたのだ。

 それ以来、私は天斗を追い続けた。たった一言、ゴメンナサイと言いたかった。聞いてくれるのなら、仲良くしたいと言いかった。

 たゆまぬ努力の甲斐があったのか、天斗は次第に私の前にも姿を現すようになったの三ヶ月後……途中からはほとんど未確認生物探索の気分だった。

 遠目には見れても、近くに行くと消えてしまう……蒼銀の修羅と言うよりも、逃げ水と言う二つ名の方がよほど似合うな、アイツは……

 それから一体何年たったのか。たとえどれほど月日がたとうとも、天斗に私の謝罪の言葉は届いても、好意の言葉は届きはしなかった。

 理由は――いつの間にやら私同様天斗を愛した皆が邪魔をしてくれたからだった。

 おかげで天斗は私達の好意には気がつかないままだ。そして――それぞれが牽制しあって結局何の進展もしないまま……あの女、風那が現れて横から掻っ攫ったのである。

 私のエステバリス――サレナタイプは、私の殺意の命じるままに内角を抉る様に繰り出した拳でBULLETのアサルトピットを叩き潰した。

「「「「「「「「あ・ん・の・泥棒ネコ―――ッ!」」」」」」」」  

 

 誅ッ怒ォ怨―――ッ!

 

 爆音を背にした叫びは、何故だか艦内クルー一同がハモっていた。

 


 

 ちなみに、その頃の旧世代は――……

「諸君! かつて、我々はあるに花園を蹂躙された! その悪の胤は今まさに,新たな世代を蹂躙しようとしている! こんな事が許されていい物だろうか! いや! いいやっ!

 断じて、断じて! 断じてっ! だぁんじてっっ! 断じて、否ぁっ!」 

 

  オオオオオオォォォォォッ! 

 

「そう、我々は今こそ蘇る! いや、生まれ変わるのだ! そう、かつて男として立ち上がった諸君! これからは、父として、立ち上がるのだァァァァァ!」  

 

 ウオオオオオォォォォォォォッ!

 

「我々は、ここに愛娘達を護るために! 対鬼畜同盟を発足する事を宣言する!」

 

 アカツキナガレ、ヤマダガイ、ヤガミナオ、白鳥九十九、秋山源八郎、月臣元一郎、高杉三郎太。

 ハッキリ言って、他人の恋愛に口を挟める資格があるのはカラスの二羽しかいないという動かしがたい事実に、彼らは気づいていなかった。 

 特に白鳥さん’S――お前らだよ。大体天斗はお前らの弟子じゃなかったのか?

「ん……? なんか変な音がしないか?」

「音? どんなだよ――……ッ!!!」 

 蟲の羽の音のような音の源を発見し、彼らは硬直した。

 彼らを逃がさない様に囲み、技の威力を凝縮させる結界を張った四色の宝石――四神。真上から赤い輝きが轟音をたてて迫ってくる。 

北斗式秘剣四族が一、蛇王牙斬・北荻―――ッ!」

 

天罰覿面だった。

 

【――続きません】 

 


 

〜後書き〜

 まず、ハッキリ言って見辛いんで注釈つけときます。最後に出てきた北斗の技、北荻(ほくてき)と読みます。四方に住む蛮族の一つを表した言葉で、西戎、東夷、南蛮、そして北荻です。北を示す技として、真上から撃ちます。

 さて、Actionには初めて投稿しましたkatanaと申します。

 唐突に思いついた次世代物語なんですが――この主人公が難物でした。

 これまでに10作ほどSS書いてますが、こんなに扱いづらい主役は初めてです。

 元々のイメージは“ナデシコらしからぬ拗ねた男”。

 ユリカは“根拠もなく他人に愛されていると思いこんで生きてきた天然娘”ですが、天斗は“根拠を持って他人から疎まれていると思いこんでいる拗ね者”です。根拠があるだけ始末が悪い。

 おかげで口数は少なく動きも少ない、ドラマもない。こいつが女にモテるなんて絶対に嘘だ!

 風那を主役にした方が良かったか? 

 当面予定は全くありませんが、もしも続編を書くとすれば、少しはコイツの人格を変える必要がありますね。後は、キャラを増やしすぎたか。

 一発物である事を意識しすぎて、いろいろつめこみすぎたのも問題。

 話と活躍させるキャラクターをもっと絞り込むべし、と言う反省を抱きました。やはり、デンパはデンパか。

 

 天斗の昂気術に、ガイ発案の“ドリルパンチ”があったりする、使いたかったですな。

 

 

 

 

代理人の感想

 

う〜〜〜〜む。

 

結局ガイは姓までは改名できなかった様だな(・・・・・・そこかい!)。

名前こそガイと変えた物の、姓がヤマダのままでは画竜点睛半端も中途。木に竹を継いだ男女半々ミイラ!

「ダイゴウジ・ガイ」と姓名揃ってこそ「魂の名前」でありましょう!