絵本

 

by.katana


 

「アー君、アー君、ご本読んで!」

 和平の使者に便乗して再びナデシコを訪れた枝織――彼女が就寝直前のアキトとラピスの部屋に元気よく飛び込んできて、頼み込んだのはそれだった。

「……絵本?」

 彼女が満面の笑みを浮かべて差し出した物を見下ろして、アキトが思ったのはこの場にラピスがいなくて良かった、と言ういささか情けない事だった。

 ハーリーと交代でルリのサポート業務を行っている彼女がいればまた余計な騒ぎが起こる事だろう……

 頭の半分でその“余計な騒ぎ”を様々にシュミレーションしながらアキトは枝織の差し出した絵本を受け取った。絵本ならば読み方次第、内容次第で一冊十分もかからずに読み終えれるはずだ。

 そう考えたアキトは余計な混乱と……負傷事を避けるために彼女のお願いを聞き届けた。

 しかし……手渡された本を改めて見てみれば見覚えがある表紙だ。

「あれ? これは俺がラピスに買ってやった……」

 そう、既にほとんどの人間が忘れているが、アキトはラピスの養父である。

 けしてそれ以外の関係ではない。

 これは半年間離れて暮らした娘と再会した時に少々問題のある感性を育てていたために、その矯正のために彼女に買い与えた物なのである。

 これでなんとか彼女の頭からGガン○ムを消せれば……

 そう一縷の儚い願いを込めて買ったものだったが……ラピスはアキトと寝るとコアラの様に彼にしがみついたまま三分で眠ってしまうために、現在彼女の頭の中に完全にストーリーが記憶されているのはせいぜい三冊分程度であった。

「いつの間に……ま、まあいっか」

 結構簡単に納得した……と言うか、女性問題に関してはなんとも押しの弱い彼は布団の上にあぐらをかいて、聞き手を隣に座らせると絵本を選び始めたが……枝織の選んできた二冊の本のタイトルに気がつく。

「人魚姫……ピノキオ……?」

「うん!」

 ――彼女は、何を意図してこれらを選んだのだろう? 

 アキトは涙を隠す意味で枝織を膝に乗せて、せいぜい明るい声をだして絵本を読み始める。

 まず最初にピノキオを。

 次に人魚姫を。

 そしてもう一度、ピノキオを……

 そのアキトの心遣いに気がついた者は、アキトの膝の上で笑い、泣き、そしてもう一度笑った枝織の胸の奥で彼女と同じようにアキトの朗読に耳を傾けている北斗だけだった。

「……この、馬鹿者め。神経が細かすぎだ……」

 枝織が何度もアキトにピノキオをせがみ、十回以上を数えていつしか二人が共に寝入ってしまった部屋の暗がりの中……一人起きていた北斗は二人――アキトを起こさない様に気を使いながらピノキオを読みながらつぶやいた。

 北斗の読んでいる絵本の前には、彼女を抱きしめて寝こけるアキトの顔があるのに、その顔も、眠りながらも自分の頭を撫でる手も、どちらもはねのける気にはなれなかった。  

「おやすみ、アキト……良い夢を」

「むにゃ……おやすみ、北斗……枝織ちゃん……」

 一瞬目を見開いた北斗はくすくすと笑いながら明かりを消した。

 おやすみ、と初めて言った言葉に、そしてそれがしっかりと返ってきた事に心地よいものを感じながら。

 ――良い夢を見られるのは俺の方のようだ……

 


 

 ……これはSSBBSに書きこんだものをもう一度書き起こした作品です。

 結構好評だったので。 

 

 

 

 

代理人の感想

 

ほろり、と来ますね。

上手いです・・・・・が、それはさておき。

 

年頃の女の子をさりげなく膝の上に乗せるアキトが素敵(爆)。

 

そして。

 

 これでなんとか彼女の頭からGガン○ムを消せれば……

 

否ッ! 否否否否否ッ!

アキトよ、一度燃え上がった魂の炎を消す事など

不可能と知れ(爆)!