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君の知っているテンカワアキトは死んだ……

 

〜すれちがいの反抗者〜

あるいは、欲望に素直な者達の物語

by.katana

 

第3話 今、下克上の時 


 

ナデシコブリッチにて――……

 

 俺は彼女に会って何がしたいのか……

 俺は彼女らに会って、何が出来るのか――……

 俺はここで、ナデシコで、一体何が出来るのか、俺に唯一残った、サレナを始めとする殺しの腕だけで、俺は彼女らと共に何が出来るのか……

 アキトはサユリとのコミュニケ通信をホウメイガールズの乱入によって終了した後、胸の内に葛藤を秘めながらもナデシコに乗艦を果たした。

 本来極秘プロジェクトを行うために開発された新造の、それも最新鋭の戦艦に、その目の前でそれ以上の戦闘能力を披露した正体不明のたった一機の機動兵器がおいそれと入艦できるものでもない。

 それでもルリとリョーコ、サユリ、そして艦長ミスマルユリカがメインとなって、ミナトやメグミが賛成して入艦許可が下りた辺り、ナデシコらしいと言えた。ついでに言えば、ウリバタケを始めとした整備班も彼の乗艦を支持した。

 ブラック・サレナを整備――いや、改造したいらしい。

 ユリカを始めとする騒々しい女性陣の作り出した爆音――某艦長のせいでそう表現する事が最も妥当となってしまった――に負けたプロスがアキトの事を疑いながらも着艦許可に賛成したが、それまでに非常に居心地の悪い視線にプロスはさらされていた。 

 そして同時にアキトも、やはり居心地の悪い視線にさらされていた。

 整備班の連中が生肉を目の前につきつられけた飢えた狼のような――今にもよだれをたらしそうな表情で彼……いや、ブラック・サレナを見上げていたからだ。 ハッキリ言って、不気味極まる。

 さすがは、ナデシコ一“ヘン”な部署だ。班長にこそ種々雑多、様々な問題があるのだが、人望もまたしっかりとあるせいか、上の為す所に下がこれをしっかりと習ってしまった様である。まだ航海は始まってもいないのに。

 アキトはこれからもナデシコに乗る予定なのだから彼らとは長い付き合いになるだろうが……こうもマッドエンジニアぞろいだと、さすがに薄気味悪い。

「――これを渡せば、しばらくは改造は思いとどまってくれるだろ……」  

 独り言をつぶやいて、アキトはコクピットの隅からサレナの仕様書を取り出した。これで三日は持つだろうが、それが済むまでに彼らにはサレナの内部――追加装甲に隠された本体には触れない様にと説明しなければならない。 

 ……納得させる事が骨である事を確信しながら、アキトは移動簡易タラップを待たずにサレナの装甲の継ぎ目を梯子代わりにして格納庫に降りた。その行為その物と動きのスムーズさ、慣れを感じさせる動きに格納庫のそこかしこから驚嘆の声が上がる。

 アキトは彼にとっては大げさな歓声に苦笑しながら、目を当然の様に最前列に立つウリバタケに向けた。最もヤバ目な、ハッキリ言ってマッド伝染ウィルス発生源とさえ言える彼に仕様書を渡してブレーキをかけるためだ。

 かなり詳しく書いてあるのだ、三日は持つだろう。その間は、ウリバタケも部下に手を出させたりはすまい。アキトは計算を実行すべく白々しいと自覚しながらもウリバタケに初対面の挨拶をした。 

「アンタが整備班長か? ん……?」

「おう、俺がウリバタケ整備班長だ! ……どうかしたか?」 

 アキトは自分をいぶかしげに見つめるウリバタケの顔を見返しながら、何処か違和感を感じた。不快感にも似た、焦燥感にも似た、そんな感覚。ウリバタケの顔を見る毎にその感覚を覚える。徐々に希薄になっているようだが……この感覚、一体なんなのだ?  

 アキトはウリバタケにいぶかしがられているにも関わらず、思考の海に沈みかけた。と、その眼の端を何時の間にか、忘れかけた記憶を刺激する緑色が掠める。

 その色がなんの色なのか。

 悟った瞬間、アキトは顔を青ざめる暇も無く、頬に強い衝撃を受けて床に転がった。そう、この感触をアキトは彼の時間軸では約一年強前に感じた事があった。 

 ――いや、それは認識が作り上げた錯覚に過ぎない。あの頃のアキトには、痛覚も皮膚感覚も、共にないも同然の身体だったのだから。

「――久しぶりだな、リョーコちゃん……」

「アキト……やっぱ、“アキト”なんだな。あの“アキト”なんだな!」 

 涙ぐんで、転がったアキトの腹に乗っかり青年の胸倉を締め上げるリョーコ。その目には安堵と恐怖と慕情が涙を触媒にして混在していた。周りを固める整備員の唖然とした顔に苦笑しながらも、アキトは潤む瞳を素で見つめ返すために、黒のバイザーを乗艦してから初めて外した。

 ――考えてみればアキトがあの“事故”以来バイザーを外して彼女の前に顔を見せたのは、これが初めてではないだろうか? そして、昔のそれとは大きく変わってはいるものの、ハッキリと笑顔を見せたのも。

「そう言う事は殴る前に確認するものだよ。もしも“アキト”違いだったら、随分な話だ」

 腫れた頬でとぼけた顔を見せるアキトにリョーコは泣くべきか、怒るべきか、とっさに判断をつけかねた。まるで、その隙を狙っているかのようにアキトは身を起こしリョーコに微笑みかける。

「久しぶりだな、リョーコちゃん。また、長い事世話になる」

 リョーコは間近に迫った想い人の笑顔と、そしてかつて逃げ出した彼の、己を受け入れる言葉に脳神経がショートしかけた。一体どう返せばいいのか、反則な笑顔に思考が真っ白になる。

 雪原の様に真っ白に染め上げられた思考の中で、ただひとつスキーの跡のようにくっきりと彼女の心に残るのは、これが彼女にとって喜ばしい再会だと言う事だった。

 望んだ男が、目の前にいる。

 傷ついた男が、己に向かって笑っている! 

 この事実、なんで喜ばずにはいられようか!

「アキトォ……良かった……お前が生きててくれて……ホントに……良かった……」

 涙ぐむ、あの時己と共に虹の光に呑みこまれた女の瞳の中に笑っている自分を見つけ、アキトは罪悪感と、そして不謹慎に喜んでいる自分を自覚した。泣き笑いの顔を彼女に作らせたのが自分であるということに、喜びを感じるのを己の卑しさであると、アキトは己に言い聞かせる。

 何よりも、そんな彼女を心の何処かで期待していた……己が彼女らに裁かれる事を望みながらも、まったく正反対に彼女らに受け入れられる事を望んでいる、矛盾した卑しさを持つ自分を自覚し、それでも変われない自分をアキトは嫌悪する。

「アキト? おい、どうした!?」

「……いや、なんでもない。何でもないさ……」

 こんな物言いで、誰がその言葉を信用するのだろう? そう思う女、自覚する男。その自覚は男の中で、自分が無意識に同情を引いているのではないかという己自身に対する邪推につながる。二人の視線が何処か気まずそうに左右に揺れた。

 と、二人は――特にリョーコはここでようやく整備員一同の視線に気がついた。その視線が一箇所に固まっているのにも。

 彼らの注目が向けられているのはハッキリとリョーコの腰――いや、正確にはアキトが置きあがるために支えにした、リョーコの尻……更に言えば、そこに未だ密着しているアキトの左手…… 

「……と、とりあえず、もう一発殴る――ッ!」

 アキトは再びリング(床)に沈んだ。

 


 

 何故、リョーコが迎えに来たのにルリもサユリも、そしてユリカも来なかったのか。 

 それはひとえに彼女らには余裕が無かったせいである。まずルリ――彼女はナデシコのオペレーター。サセボより出発したナデシコを、彼女なしで運営する事など不可能に等しい。

 そしてサユリは……前回、コミュニケごしに炸裂した騒音公害ユリカボイスに倒れた同僚をほったらかして男(アキト)といちゃついていたと言う悪業を、ホウメイを除いた厨房有志一同の手によってお仕置きの真っ最中である。どうやらえんえんと玉ねぎを剥かさせれているらしい。

 ユリカは言わずもがな。ジュン共々、ブリッジでプロスとゴートのでこぼこコンビにお説教を受けている。いちおう、彼らはこの艦のNo1とNo2なのだが。

 その恩恵を受けてリョーコはアキトの独り占めが出来、ブリッジについた時はご満悦。逆にユリカとルリ――……特に、時を越えてもアキトを求め続けたルリは同境遇のリョーコ、そして艦運営の合間に知ったサユリの抜け駆けに不平不満の塊である。

 ついでにガイは、彼女の足元で気絶中である。

「不本意です。本来、家族である所の私が真っ先にアキトさんの元に……ブツブツ……」 

 そんなルリの顔の高さに開いているウィンドウには、アキトのブリッジまでの距離と時間がオモイカネによって計られている。しかし、時々双方共に止まったり、または逆に増えているのは何故だろう? リンクを通して、アキトのうろたえた感情が伝わってくるのも全くもって謎だ。

 ただし、かつて電子の妖精や史上最年少艦長ともてはやされた才媛には愛しい男の身に何が起こっているのか正確に把握する事が可能らしい。さすがである。

「リョーコさん……かなり好き勝手やってますね(殺)」 

 思考が赤系統の色に染まっていくのを悟るルリ。危険な兆候である。

 最もルリ曰くの“好き勝手”のおかげで、アキトがおそらく自分達を避けてはいないだろうと言う彼女にとっては望ましい予測がたてれるのだが……

「それとこれとは話が別です」

 ――ナデシコ職員達はそれぞれ護身用武器を持っている。男性や訓練経験者は銃器類、主に拳銃を。腕力に問題のある女性、ひいては訓練未経験者はスタンガンを所持している。

 スタンガンの方が扱いも簡単であり、また扱う事にためらいはほとんど必要ない。そう言った理由で民間クルーがメインのナデシコではスタンガンの方がもてはやされていた。

「――今回、いろいろと出番が必要かもしれませんね」 

 こめかみにひくつく物を、指先に震える物を自覚しながら、かなり怖い方向に思考を進めるルリ。そう言った事をアキトの前でやれば確実に怖がられると思うのだが。 

 そんな、アキトに知られたら明らかに避けられるだろう思考を進めていくルリ、そして、時々茶々を入れながらもユリカ達への説教を見物し、その合間にルリの顔を被うコワイ物を発見し見ない振りをするミナト、メグミの背後で、空気の抜ける音がした。

 そして扉から吐き出される黒衣の皇子と獅子姫。二人を見て、電子の妖精の頬が色鮮やかに紅く染まる。元々の肌の白さとあいまって、その姿に色香は無くとも驚くほど魅力的だ。ここに某オペレーターの少年がいたらバカの様に呆けていた事だろう。

 ルリはしかしそんな事には一切構わずに、その胸をただ一文で満たした。 

 

 ――やっと、あの人に会える……

 

 一体、どれほどこの時を待ったであろうか? どれほど夜毎に夢を見て、胸を暖め、軋ませ、弾ませたであろう? 

 追いかけ続けたいとおしい人が、今、彼女の元に現れた。それも、彼女達を襲う敵をたった一人で一蹴してのけて。

 自然と気分も盛り上がり、心なしか全身から暖かで、次に起こる事への期待に満ちた空気を発散しているのがミナト達にもはっきりと分かった。

 ルリは劇的に表情を変え、声を弾ませ、躍動感に満ちた動きで振り返ると“大切な人”を己の最高の笑顔で迎えようとする。男の目が自分を見つけ、驚きに見開かれたのを知り、悪戯が成功した子供の顔で微笑んだ。

 ルリはもはや“少女”ではなく“女”だった。

「アキトさ……」 

「あ〜〜〜〜アキトアキトアキトアキトだ――――ッ!!!」 

 ……女でも少女でもなく、子供である人物に妖精の万感の思いを込めた劇的な再会の時は無残に破壊された。

 ミスマルユリカ……相変わらず、天然で己に不利になる思惑を破壊できる大した艦長である。

 


 

「あ〜〜〜〜アキトアキトアキトアキトだ――――ッ!!!」   

「……………久しぶりだな、ユリカ」

 かしましいと言うよりもけたたましいと言う方がより的確。更に言えばやかましく、最も的確である形容はおそらく公害の一言だろう。女性の金切り声と言うのは神経に触り、男性のがなり声というのは腹に響く物だ。

 ナデシコ艦長ミスマルユリカの金属質の大声は、それをぶつけられたテンカワアキトを始め、彼に寄り添っていたスバルリョーコ、そしてアキトに全神経を集中していたために聴覚が無防備だったホシノルリにまで強く影響した。

 彼らの周りの人々はちゃっかり耳栓をしている所に、当然の自衛行為と分かっていながらも薄情な物を感じる。しかし慣れてるな、ジュン。

「ゆ、油断しました……きゅう……」 

 ルリの金色の瞳が白目に変わるのを見たアキトが顔を青くする。どうやらかなり真剣に彼女の頭蓋骨の中身を心配している様だ。失礼な事かもしれないが。

 そして、そんなアキトにハゲタカのごとく襲いかかる影一つ。

「ア――キ―――トオォォォォッ!」

 鼻の穴を膨らませ、血走った目でアキトに飛びかかるユリカはまさに不気味の一言だろう。それを見たくないからなのか、アキトは視線を無意識に背後で涙ぐむジュンに向けている。

 そして―――……鈍く重い(失礼)音がした。

「おお、まさに闘牛士のごとくですな」

 リョーコを始めとするブリッジ一同は、アキトに襲いかかったタックルをかわされた、顔面から床に杭のごとく沈み……いや、突き刺さっている、一体どんな力で飛んだんだと言いたくてたまらないユリカを見るべきか、それとも唐突に現れた克目すべき戦闘能力と恐るべき服のセンスをしている男に介抱されているルリを見るべきか、かなりどうでもいい事に悩んだ。

 例外は彼女の幼なじみであるアオイジュン。彼はルリとアキトの構図を見ると、目に見えてほっとして、ここぞとばかりにポイントを稼がんとユリカを介抱する。その手を微妙な所に触れさせるか否かを悩んでいる姿は、肉体的に健康と言うべきか、それとも精神的に不健康と称すべきか。

「ルリ――ルリ! しっかりしろ! いくらなんでも、こんなアホらしい事で死ぬのはお前のキャラクターじゃないだろう!?」

 誰でもそんなキャラクター性は持ちたくないだろう。

 その背後で、ユリカがジュンの手を無視してゾンビのごとく立ちあがる。しかし、杭のごとく床に突き立ったにも関わらず鼻血も流さず髪も乱れてはいないのは一体どう言う事か。これも女性のたしなみと言うものなのだろうか?  

 しかし、アキトはそんなユリカには目もくれずにルリを抱き上げると、医務室を目指した。彼の黒い瞳は今は見えない金の瞳を望み、そして緑の髪にこの場を任せようとする。ちなみに、アキトの抱き方は当然のごとくお姫様抱っこ――ならず小荷物よろしく小脇に抱える、ヒーローとヒロインの構図にしても病人を運ぶにしてもかなり問題のある抱き方でルリを運ぼうとする。

「彼女を医務室に運ぶので自己紹介は後だ。が、一応名前だけは名乗っておく、俺はブラック・サレナ専属パイロットのテンカワアキトだ。」

 この数年人を運んだ事などめったになく、大抵は桃色の髪の妖精を肩車するくらいだったアキトはとっさに彼女を人間扱いするのを忘れたらしい。とっさに忘れてしまえる当り、中々に重症である。

「え〜〜、待ってよアキト、ねえねえねえねえねえ! 私の事覚えてないの!? ほらほら、火星でお隣だったユリカだよ〜〜!?」  

 ユリカはルリには目もくれずにアキトに食いつこうとする。いくら久方ぶりの再会に盛り上がっているとしても問題だ。

「懐かしいよね〜〜、ほら十年ぶりじゃない。私のピンチに颯爽と現れて悪い奴をカッコよくやっつけるなんて、さっすがアキトは私の皇子様!」 

「――リョーコ、後は頼む。彼女を医務室か自室に寝かせたら、またブリッジに来る」

 アキトはそんなユリカを空気の様に無視すると、ルリを抱えて医務室へと向かう。

「あれ? アキト、何処行くの? アキトォォォ!」

 ……空気と共に、ビクンと大仰にルリの身体を震わせたミスマルユリカの絶叫をバックにしながら。

「……ルリの耳をガードすべきだったか」

 先に述べた様に、アキトはかなり真剣にルリの容態を心配している。しかし、極端な指向性があるわけでも無し、いくらなんでも大声だけで簡単に人が気絶する物だろうか? ……一応、答えは否である。それを可能にしてしまえるユリカボイス、恐るべし。彼女には亀型怪獣を相手に大暴れをした翼竜モドキの血が混ざっているのだろうか?

「……アキトさん、年頃の女性としてこの扱いは不満です」 

 それ以前に人としてではないだろうか? どうやら先の大声が活を入れる事になったらしく、ルリは何時の間にか目を覚ましていた。蘇生と言う方が適切ではあるが。

「……もう立てるか?」 

「K.Oされたボクサーじゃないです」 

 言いながらルリはアキトに首に手をかけて、抱き方を変えるようにリンクを使って要求した。リンクの利点は、言葉でしか伝えられないイメージを映像でも伝える事が可能だと言う事だ。

「……床に下ろすぞ」 

 アキトはあくまでも口を使って拒否する。いくらブリッジ近辺のクルーが全員ブリッジに固まっているとは言っても、廊下で、しかも妹の様にも思っていた娘をお姫様抱っこする気などない。誰も認めはしないが、アキトは今でも常識人のつもりである。

「……ルリ?」 

 首の後ろに回された白い手は、離れなかった。

「久しぶりに、しかもあんな別れかたをしたんですよ? ……もう少しぐらい、こうさせてください」 

「………」

 金の瞳が、数年ぶりに素のままの黒の瞳を覗き込む。その中に映っている自分が、自分のクチャクチャの泣き顔が、醜く見えていないかどうかがとても不安だった。アキトの匂い――もう数年振りのそれ。

 かつてのルリは、けしてアキトに抱きついた事などは無かった。彼の匂いなど直に知りはしなかった。彼女の知っているアキトの匂いは、アキトのいた空間の匂いにすぎない。自分の記憶の中でかすれ、変形した匂いが今まで感じた事の無いほどに強く彼女の鼻腔を刺激する事がたまらない快楽だった。

 その姿にアキトは内心では多少の抵抗を感じた。彼にとって、ルリはユリカに最も深くつながる相手であったから。しかし、彼女に対する負い目が抵抗する気力を失わせ、結果、彼は彼女に抱きしめられる事となる。

 まるでネコが飼い主の膝に擦り寄る様にアキトの胸に頬を摺り寄せるルリ。彼女の顔は完全に、色に呆けている様に見える。その事にアキトは内心安堵した。

 ブリッジにて彼の内面に、ルリには気づかれたくない事が起こったのだ。そう、ユリカを慕っているはずの、ルリにだけは。

「ところでアキトさん……」  

 ルリが、アキトの胸に顔をうずめたままで彼の背中をなでさすりながらルリが少しは真面目そうな顔をする……その顔に、アキトは少し身構えた。彼女が何を言うのか――それはたぶん今後の事か、これまで何をしていたのか、と言う事だろう。

 彼女が聞きたくなるのは当然だ。

 ブラック・サレナがなぜこの時代にあるのか、一体アキトはいつ頃からこの時代に逆行していたのか、“戻って”から今まで何をしていたのか……アキトは何を話すべきか、何を話さざるべきか、事前に考えていた事を頭の中で、ルリには読まれない様に取捨選択を開始した。

 少なくとも、カグヤの元で一年世話になって随分懇意になった事は話さない方がいいだろう。そのくらいの判断は、たとえアキトであっても出来るのだ。

 他には――……あのブラック・サレナの“本体”については、話す時期を考慮しなければならない事柄だろう。あれがアキトの想像通りの物であると言う保証は無く、むしろ、確実に彼の小さな脳で想像した範疇を超えた物体だと言う根拠のない確信が彼の胸にはある。

「お伺いしたい事があります。包み隠さずに答えてくれますか?」 

「……例えば、どんな事を聞きたいんだ?」

 彼の口調が昔とは微妙に違う事を嘆きそうになる自分。それを、彼の意外と抜けたままの心を知る事で精神の平衡を取り持った。

 嘘はつかないぞ、とやす請け合いはしないアキト。彼が自分には嘘をつかない事が嬉しい。だが……この質問は、その二人の関係を壊すかもしれない。しかし、例えそうであっても、彼女はこの言葉を口にしなければならなかった。

「何故……ユリカさんを嫌悪するんですか?」 

 


 

 その頃、ブリッジでは二人の話題の中心であるミスマルユリカが踊るようにアキトとルリの関係に苦悩したり、アキトの正体について独自に調べていたプロスとゴートが昨日付けで送られてきたメールの中に、

「元・明日香インダストリー会長の推薦により、テンカワアキト氏を出向社員扱いでスキャパレリプロジェクトに加える。ライバル社の推薦だし、彼と明日香は無関係だとは言うけれど、彼の行動にはいろいろと注意してね♪」

「……忘れてましたな……会長!」

 と言うキザロン毛よりのありがたくもないお言葉を発見してこめかみに引きつる物を量産したり、ハルカミナトとメグミレイナードがスバルリョーコにアキト、ルリ、ついでにユリカも交えた四人の関係を根掘り葉掘り聞き出そうと奮戦したりもしたが、それでもナデシコは順調に航路をとっていた。不思議だ。 

『……ルリ、目を覚ましたのなら早く来てください』

 頑張れ、オモイカネ。

  


 

 気がつかれてはいない、と思ったのは己の早計でしかなかったようだ。  

「……いつから気がついていた?」 

「運ばれている間中……あの時、私が気を失ったのはほんの一瞬です。アキトさんは私が気絶した物と決め込んで、リンクを閉ざす事を忘れていましたから……」 

 目を伏せる娘に恐怖する。彼女にはこんな自分など嫌われて当然……そう決め込んでいたのに、それでもそうなる事を恐れていた。

「アキトさんは……嫌悪しました、あのミスマルユリカさんを。何故ですか? あの病院の件が許せないのですか?」

「違う……そうじゃない。アレには確かに傷ついた、でもそうじゃない。そうじゃないんだ……」 

 アキトは混乱を示す様に首を振る。 

「――俺には……彼女がユリカには見えなかったんだよ。確かに言葉使いも、容姿も、俺には見えもしないが、心だって遺伝子だって同じだろう。こんな事になった経験がないのだから、断言は出来ないけれどね……」

 改めて非常識な己の身の上を嘲るアキト。

「なのに……アイツがユリカには“見えなかった”。いや、あいつだけじゃない。ジュンも、ウリバタケさん、ミナトさん、メグミちゃん、プロスさん、ゴートさん……彼らにユリカほどではなくても違和感を感じたんだ、俺は……」

 改めて思い返す、ミスマルユリカの顔。アキトの目に彼女は――……ミスマルユリカにそっくりな別人に見える。

「ひどい話だと言う事はわかっている。でも、アイツはユリカじゃないんだ。少なくとも、俺の愛した女じゃない。アイツとの間に共有した記憶がない以上、アイツにとって俺の想い出は空想の産物でしかない。でも……それは……あの想い出に縋って生きてきた俺には見過ごせない違和感なんだ……」

「………」 

 どう、言えばいいのだろうか?

 ルリはアキトに返す言葉を思いつけなかった。

 ユリカにとっては確かにひどい話だろう。彼女にとっては全く預かり知らぬ話でアキトに拒絶されているのだから。

 これは、人格を構成する物は一体なんなのか、と言った議論になる。顔が同じで、遺伝子も同じ……しかし心は……心のあり方が同じであっても、心を研磨してきた記憶に違いがあれば、別人と言えるのかもしれない。両者の関係が濃ければ濃いほど、違和感は強くなる。

 例えば記憶喪失の様に“失った”のであれば考え方を変える事も出来るのかもしれないが、始めから持っていないのであれば……しかも、彼女の記憶は自分たちイレギュラーの存在によって確実に、大きく変化していくのだ。アキト達の変貌が、彼と彼女らの予備知識が、ナデシコを大きく激しく変化させていくだろう。

 その認識が、“テンカワユリカではないミスマルユリカ”をアキトの中で生む結果になったのか。

 アキトは違う、などと言いはしたがあの病室での一幕が彼の心にユリカへの嫌悪を植え付ける一因となったのは間違いないのではなかろうか? それならば……自分に一体何が言えるだろう?

 ルリとて、あの病院の件を許せない。いや愛していたアキトを敢えてユリカと引き合わせた彼女の受けた心の傷は、ひょっとすればアキトよりも根が深いのかも知れないではないか。

 ルリはそんな自分が何を言っても偽善にしかならないと自覚した。

 背中に、冷たい鉄の感覚がする。

 いっそユリカを否定してしまおうか? いや、そんな事をしてもこの不器用な男に意味を為すとも思えない。根本的に心の切り替えが、開き直りが下手な男なのだ、彼女の愛した男は。

 ――ならば……

 金の瞳の奥に決意が宿った。

 意思は固まった。そう、ミスマルユリカを押しのけて、彼女以外の誰かがアキトの一番になれば……アキトの苦悩は無くなるはずだ。短絡的な結論に過ぎない。今思いついただけだ。

 後になって冷静に考えれば、愚劣としか言い様のない結論なのかもしれない。

 ただ、今はそれがさも名案の様に思えるのだ。

「あの――ルリちゃん? 周りの状況わかってる?」

「え? は、ハイ! アキトさん」

 ……気がつけば、ルリは呆れ顔のアキトと一緒に背中に銃を突きつけられていた。

「い、一体いつから!?」

 かつての最年少美少女艦長、通称電子の妖精ホシノルリ……

 銃を突きつけている軍人はおろか、彼らの奥で最もアキトから離れた位置に立っているムネタケにまで呆れられる、それが彼女だった。

 天才、と言う者はその能力を引き換えにして情緒面ではいささかならず欠けている部分が多いのだと言う。いわば、その異常な精神が彼ら彼女らの能力の基盤となっているのかも知れない。

 ミスマルユリカは常識と理性に欠け――ホシノルリはテンカワアキトに限定していきなりヘッポコになるあたり、結構似た者同士の二人だったりもするのかもしれない。

 まさに麻薬の如し。恐るべし、テンカワアキト。

 


 

 かつて、プロスさんは言いました。

「妨害の危険を避けるために、今までナデシコの目的を秘密にしてまいりました。これより我々はスキャパレリプロジェクトを決行、軍とは別行動をとります」

 そして、フクベ提督は言いました。

「我々の目的地は、火星だ」

 ――そして今は……  

「我々の目的地は、火星です!」 

 プロスが必要以上に力を込めて宣言し、同じにゴートがやはり勢いをつけすぎる程につけてうなずく。どうやら極楽会長の抜けっぷりに、思うところがあるらしい。その背後では、ちょっとフクベが寂しそうにしている。

 クルーも、ミナトやメグミが驚いたのは目的地が意外だと言うだけでもなかったろう。

「そんな! 現在地球で行われている侵略行為を見過ごすと言うのですか!?」

 アオイジュン、今回もやはり納得がいかないらしい。

「連合軍は木星の襲来以降防衛ラインを地球に限定してきました。残された火星の人々や資源は一体どうなったのか? 確認してみる価値はあります」

「しかし――しかし、これほどの艦を! 火星は一年前に壊滅したんでしょう!? 今更そんなあいまいな事にこれほどの力を費やすだなんて!」

「でもね〜〜、副長。私としては戦争に行くよりもそっちの方が有意義だと思うな」

「そうですね。人助けですし」

「地球圏で戦うのも十分人助けです!」

 ジュンは基本的に安全策を取る人間である。その割りにそこそこ危ない橋を渡っているのは基本的にユリカのせいなのだが、ともかく確実性に欠けるスキャパレリプロジェクトには賛同しがたいらしい。

「副長、俺からも一言だけ言っとく。あいまいじゃねぇよ、火星の人達は生きてる」

「おや? スバルさん。イヤにはっきりとおっしゃる。して、その根拠は?」

 プロスの目が油断無く光る。様々な危険さを感じさせるアキトの登場によって一気に怪しくなったリョーコ、ルリ、サユリ。ここらで一つ探りを入れておこうというのだろう。一方、リョーコも彼女の主観ではやましさはない。プロスが意外に思うくらいに堂々と受け答えする。  

「アキトだ。アイツは壊滅した火の星からの脱出者だよ」

「ふへ? アキト? ……って、スバルさん! どーして貴方がアキトの事をそんなに知ってるんですか〜〜〜!?」 

「いいから艦長は黙っていてください!」

 プロス一喝! ユリカに質問を先越され、怒っているのである。何しろ、彼女のせいで“ゴシップ趣味による質問”と言う印象が生まれてしまったのだから。言い逃れが出来る状況を作ってしまったユリカを怨みつつ、それでもなんとかリョーコを追求する。

「火星からの脱出者……貴方は何故その事をご存知で? それに、貴方もルリさんも、そして食堂勤務者であるにすぎないはずのサユリさんも、何故あのブラック・サレナと言うらしい兵器をご存知なのです?」

「あたし達がサレナを知っていたのは、アキトを知っていたからだ。アレはアキトの専用機だからな。アレを誰が作ったのか、とかそう言う事は知らないよ。あたしにとってはそんな事よりも、アキトの機体である事と、性能がかなり高いと言う事、重要なのはそれだけだからな」

 確かに、パイロットとはそう言う物なのかもしれない。興味を抱いても調べはしない。

「俺はメカニックじゃないしな」  

 リョーコの一言がそれ以上の質問を封じた。アキトの事を追及する事も出来たのだが……のろけられそうな気がするし、ユリカを始めとして女性陣がまたしてもかしましく騒ぎそうな気がする。

「……しかたありませんな。そう言った事は後でアキトさん当人にお伺いするとしましょう。では艦長、いざ発進を!」 

 相変わらずやけに力が入っているプロス。

「は〜〜い……スバルさん、ルリちゃん共々アキトとどう言った関係かハッキリ伺いますからね!」

「真っ平だね。その間にサユリに漁夫の利拾われたんじゃたまらない」

 ユリカ、撃沈。 

「ま、まだいるの〜〜!?」

「お盛んねぇ、あの黒ずくめ君」  

「……でも考えてみれば、艦長の方が後から出てきたような物なんじゃありません? ルリちゃん達の視点から見れば」 

 騒ぐユリカ、倫理上問題のある発言をするミナト、冷静に、一見は正解そうな意見を述べるメグミ。メグミの発言にますます騒ぎそうなユリカの頭を、プロスが後からグワシッと掴む。

「う、うははははは……そ、それでは火星に向けて! ナデシコ、発し〜〜〜ん!」 

 ポーズをとるユリカ。

 見栄えがよく、特に男性の士気を高めそうなその姿に整備班でも押し寄せたのだろうか? 彼女の背後で、ブリッジの扉が開く音がする。

「と、そんなわけにはいかないのよネェ」 

「ふえ?」

 ――キノコ、アキトとルリに銃を突きつけて、部下も引き連れて登場。リョーコがアキトとアイコンタクトをして、体から力を抜く。

 二人を他所に、ルリの姿にナデシコのお姉さんたるミナトが悲鳴を上げた。

「ルリルリ! ちょ、ちょっとあなた! 女の子に銃をつきつけるなんて何考えてるのよ、このキノコオカマ!」

「血迷ったか! ムネ!」  

 彼の上司たるフクベが叫ぶ。珍しく、眉の下から細い眼が全開にされている。

「別にあたしは血迷っちゃいませんよ、提督。これは予定の行動……ナデシコは、宇宙軍が有効に活用させてもらうわ」

 プロスがその言葉を聞いて、メガネを押し上げながらムネタケに向き直る。銃を持った相手に大した胆力だが、両者の実力差を把握しているアキトにはむしろ当然の事と思える。

「困りますな。軍とは既に話がついているはずですが?」

「そんなの私の知ったこっちゃ無いわ。そもそもこの船が火星に行く事だって聞いてないし。でしょう? 提督」

 ムネタケの責める目にフクベが沈黙する。沈黙を持って事実が認められた。

「ま、どうせ反対されると思ってたんでしょ。それもそうよね。あいにくと、軍部は提督、貴方のワガママを見過ごすつもりは無いそうです」 

「ワガママ、だと!? 一体どう言う……」

「その辺はご自身が一番よく分かっている事でしょう? ……企業の利益と一人の老人のワガママで、平均年齢が三十にも満たないようなクルーをまず絶対に帰ってこれないだろう、敵の占領下に送られるなんて馬鹿な話があって!?

 ミスター、あたしも今回の事が契約違反だって事は重々承知。軍部がただナデシコを欲しがっているだけと言う事も。それでも、あたしもこの船が火星に行くのは反対なのよ。火星戦役の生き残りの一人としてはね……

 そう言うわけだから、食堂にでも固まってもらうわよ」

 敵の恐ろしさを知っているからだ、と言う彼の言葉。そして、彼の態度にアキト、ルリ、リョーコ……帰還者達は呆然とする。ブリッジ一同、特に軍関係者の動揺は強い。プロスでさえ唖然としている。

 そう、一同は己の描いていた人物像とは大きくかけ離れていたムネタケを目の当たりにして、いかにも無防備そのものだった。そこにコレが来た。

『ルリ、軍から通信だよ。旗艦トビウメからだ……って、聞いてないね。つなぐよ』

 オモイカネ、君の選択は誤りだ……今回に限っては。

 

『ユゥゥゥウゥゥゥゥゥリィィイィィィィカァァァァァァァアァァアッ!!!』

「お父様ッ!?」

 

 艦内を、爆風が轟いた。 

「ほんとに人間ですか、あの親子……?」

 どうだろう?  

 


 

「ねーねー、アキトー! 一緒にトビウメ行こうよ! お父様に紹介したげる!」

「ゆ、ユリカ〜〜〜〜……」

 幼児のようにアキトの黒マントを引っ張って、アキトを地球連合軍旗艦トビウメに連れて行こうとするミスマルユリカ。彼女の背後で涙ぐむジュン。断っておくが、彼女らがトビウメに向かうのは断じて父親公認の交際を始めるからではない。

 ユリカの頭の中ではどうなっているのか知らないが。

「別に今更紹介などされなくともいい」

 火星ではお隣だったのである。それを除いても、アキトにとってはかつての義理の父であったのだから、今更改まって紹介などされてはボロの出る可能性が大である。

「ええ! アキトいつの間にお父様と仲良くなったの!? ああっ! もしや、もう既にユリカとアキトの結婚は秒読み段階!? 私を驚かせるためにアキトとお父様が影で頑張っていたのね! さっすがアキト、やっぱりあなたは私の皇子様! うん、子供の頃からそうだったモンね、ほらほら、アレは五歳の時……」

「プロスさん、トビウメに交渉に行くのか?」 

 アキト、妄走にひた走るユリカを横にプロスに事態の展開を問いただす。ちなみに彼らは既にお互い自己紹介済み……銃を突きつけられながらも平然と自己紹介などが出来るところはさすがナデシコクルーである。その間中のムネタケ一派とミスマルコウイチロウの顔は見物と言えた。特に、ユリカの『アキトは私の皇子様! 私がピンチの時にはいつでも助けに来てくれるの!』発言にはコウイチロウがどんな顔をしたか、筆舌尽くしがたい物があった。 

「ええ、さすがに軍と真っ向から事を構えるのは出来得る限り避けたいので、一先ずは交渉です」

「交渉、ね……諦めるつもりは無いのだろう?」

 皮肉を言うアキトに、プロスは人のいい笑顔をむける。しかし、それだけで無いのはアキトの中に育まれたこれまでの経験が教える。

「それでは、私が交渉に伺いますので、艦は……」

「待ちたまえ、プロス君。ナデシコのマスターキーと艦長は、こちらで確保させてもらう」

「あ、そうなんだ、それじゃ、抜いちゃいま〜〜す!」

 あっさり、ひょい。

 あんまり簡単に、ナデシコは機能停止となった。

『オモイカネ、マスターキーの解除確認、相転移エンジン機能停止確認』

『ナデシコ、停止します』

『艦内安全』

『火の用心』

『おやすみなさ〜〜い』

 ……オモイカネウィンドウが、ナデシコ全機能の休眠を告げる。

「ユリカ……いつの間に妄走から還って来た……?」

「……艦長、マスターキーと言う物はそんなに簡単に抜き差しする物ではありませんよ?」 

「艦長! 我々は軍人ではない、軍部の理不尽な命令に従う事は無い!」

「い、いや、それでいいんだ、ユリカ! この件に関しては、提督が正しい!」

 ちなみに、彼女は最初から最後までミスマルコウイチロウの事を“お父様”と呼んでいる。彼女は提督や軍部を相手にしているつもりが、始めから無いのかもしれない。 

「――まあいいでしょう。ここで押し問答をしても始まりませんし。では、艦長、行きますよ」 

「あれ? アキトは?」 

 行くもんかい。

 アキトは目を丸くして、アキトが自分達に着いてくる事を当然の事としているユリカの前を通りすぎ、勝手にユリカについていこうとしているジュンを捕まえた。

「副長、何故ついていこうとしている」

「え……? な、何でって、僕は副長だぞ!」

「……副長だからこそ、艦長不在の艦を統率しなけりゃならんのだ。お前はここにいるべきだ。軍人としての教育を受けたお前が、民間クルーとこいつらシージャック犯との関係の緩衝材にならなけりゃならんだろう。お前は、ここに残るべきだ」

「う……た、確かにそれはそうだが」 

「ちなみに、俺は元々ネルガルの人間でもないしな。艦長に同行はせんよ。それで構わんな? ミスマル提督」  

 もちろん、コウイチロウが首をどちらの向きに振ったのかは、とても分かりやすい結果だった。

 コウイチロウは、実を言えばアキトに来てほしかった。

 提督としては、サセボにおいてたった一機で無人兵器群を殲滅せしめた謎の機動兵器とそのパイロットを見逃すわけにはいかないのだ。

 ナデシコそのものの戦闘力こそまだ不明であるが、サレナが確保できるだけでも十分だ。けれども、私情と公務をぶつけあわせれば、もちろん私情を優先させる男であるミスマル提督はアキトの乗艦を拒否した。

 ジュンにしても、アキトが行かないと言うのであれば抵抗も少ない。プロスにしても、艦内でのアキトをゴートに任せておけば、むしろ取引に他社の人間(と言う触れ込み)であるアキトの同席は極力避けてもらいたい。

「で、でもでも! ほら、やっぱり私とプロスさんだけじゃ! ボディガードとかがいるでしょ!?」

 プロスの実力を考えれば恐ろしいいセリフだ。隠しているのだから仕方ないが。

『ユリカ〜〜〜、お父さんはユリカに危害を加えたりはしないぞ〜〜〜』

 アキトは往生際の悪いユリカに肩をすくめると、プロスに向き直る。

「今聞いたように提督がミスマルコウイチロウである以上、艦長の安全は、むしろナデシコにいるよりも保証されているくらいだ。そしてプロスさん……あんたは、一人だけなら例え戦艦であっても無事戻ってこれるはずだ。違うか?」

「おやおや、これは買いかぶって頂いたもので……私は一介のサラリーマンですよ?」

「どうかな……」

 アキトの口元、それが険のある笑みを作る。二人の雰囲気が何処か危うい物になる。

「――足手まといはいらんだろう?」

 プロスとアキトの笑顔。にこやかなそれと、暗いそれとが何故だか重なり合うイメージをもたらし、ブリッジのクルーと何よりも、形としては二人を拘束しているはずのムネタケ一派の額に汗が浮かぶ。

 ずん、とゴート色に重くなったブリッジに空気を乱したのはやはりこの人。場の空気を読まない人コンテスト、ナデシコ女性クルー代表たるミスマルユリカである。こう言う状況では実にありがたい女性だ。

「む〜〜、いいじゃない、アキトォ。一緒にお父様の所に行こうよ! アキトは私の皇子様なんだよ!」

 ――アキトは私の皇子様。

 十年ぶりに出会った幼なじみを決め付ける言葉に、アキトは軋む物を胸の奥に生まれさせる。 

「違う、この人はアキトじゃない! アキトのわけないじゃない! アキトはコックさんだもん、アキトはユリカの王子様だもん! こんな黒ずくめじゃない、こんな顔してない! 優しい顔して、白いエプロンしてるのがアキトよ!」

 思い出した白い部屋での一幕が、アキトの唇を割って痛烈な言葉を吐かせる。

「ユリカ……お前が見ているのは思い出を通してお前が作り上げた皇子様、だ。今を生きているテンカワアキトを見ていない以上、俺はお前を受け入れるわけにはいかない……最後にハッキリと言っておく。

 ――君の知っているテンカワアキトは死んだ

 かくしてアキトはルリ、リョーコと共にサユリの待つ食堂へと赴いた。未だ気を失ったままのガイを引きずって……

 たった一人、ユリカだけの不満を背負い。

「ふえええ〜〜〜! アキトアキトアキト――ッ! まだ全然お話してないのに―――ッ!」 

 アキトの膝が、かくんと曲がった。

 


 

――……食堂にて

 

 現在コミュニケごしに軍とネルガルの交渉に参加している副長、アオイジュンを除くナデシコクルー一同が集められ、寿司詰めになっているナデシコ食堂。

「ふ〜〜ん? ねぇ、テンカワ君?」 

「……何か?」

 ユリカとの口論(と言いきる事は出来ず)が尾を引いて、アキトはいまだにダークモードである。ユリカがあのような言動に走るのも無理は無い……そう納得していたはずが……アキトは己を身勝手と断じている。

 客観的に見て、アキトはむしろ己を押さえていると言えるだろう。普通に考えれば、ユリカの言動はかなり身勝手で押しつけがましいものなのだから……それ以前に常識と言う物に欠けた話である。それでも、かつて“ユリカ”を護れなかった事が重くのしかかる負い目となっているアキトにとっては、彼女を傷つけた事が更なる負い目となっているらしい。

 ……と言うのは所詮アキトの主観。

 現実のミスマルユリカにはそんな繊細さなどかけらも無い。彼女は傷ついてなどこれっぽっちもおらずに元気よく父親の元へと勇んで行った。テンカワアキト、取り越し苦労の得意な精神年齢24歳である。

 その肉体年齢十七歳の男に、精神肉体ともに二十と三歳を数える美女が声を掛けてきた。ちょっとためらいがちに。

「……その、ちょ〜〜っとね。いくらなんでも、ちょっとお盛ん過ぎないかな、と……周りの視線、イタクない?」

「……気にしてないとでも思ってるのか?」

「してたの?」

 爽やかに疑問符をぶつけるミナトのあまりのストレートさにアキトは顔を押さえようとして、失敗した。右手に電子の妖精がしっかりとしがみついているからである。今度は身じろぎしようとして、失敗する。顔を紅くしながらも、リョーコがつかず離れず彼にくっついているからである。

 更には食堂の奥ではアキトの夢の名残と言える少女が、彼らを気にしつつもアキトのためにチャーハンを作っていた。そんな彼らの周りでは、意識を回復したヤマダがゲキガンガーを見ている以外は誰もがアキトを気にしている。

 ゴートは明日香の息のかかった(と思われる)アキトを警戒しているのだが、他は男女問わずに純然たるゴシップで彼らに注目しているのである。アキトは己の背中にかかる視線を自覚した。しかも、ホウメイガールズと整備班の視線が特に興味津々であった。

「……俺は元来、けして図太い性質ではない」   

「ふ〜ん? じゃ、あの艦長の相手はさぞかし大変だったでしょうね」 

 こう言う事を口にしてもイヤミにならないのは口調のためだろう。それとも、アキトが彼女の“かつて”を知っているからだろうか? 

「……そのセリフは副長に言ってやれ。苦労の年月から考えれば彼の方が遥かに長い」

「そうなの? そう言えば、さっき艦長が言ってたっけ。十年ぶりの再会だって」

「ああ……それとゴート。聞き耳をたてているのは分かっている。不気味だから背後から興味津々の気配をぶつけるのはやめろ」 

 ビクン、と身体を震わせて唸る大男。表情は無いが、中々に分かりやすい。

「俺が明日香インダストリーの派遣社員としてナデシコに乗りこんできたから興味があるのだろうが、心配するな。俺は明日香の社員じゃない。ナデシコに乗るのに、たまたま明日香の力を借りたまでだ」

「あら? どうしてナデシコに乗りたかったの、アキト君」

 ゴート自身が聞いた方がいいのかもしれないが、彼は元々交渉が専門ではない。ここは、アキトの言動をきっちりと記憶、記録してプロスに報告したほうが建設的だろう。そう考えた彼にとってはあれこれ質問して自分の好奇心を満たそうとするミナトの存在はありがたいものだ。

 アキトにしても、こちらの事を知りたがるミナトの行動はナデシコの総意である事は悟っている。異常な機体に乗り、決まりすぎるほどドラマチックな登場をしたアキトは艦内一同の注目の的で当然だ。

「……この艦の目的地が火星である事は知っていた」

 ゴートを始めクルー一同が目に見えて驚くが、敢えて誰も突っ込まない。

「火星、ユートピアコロニーは俺の故郷、両親の墓もある。取り戻したいと考えても不思議じゃあるまい」 

「……しかしテンカワ。こう言ってはなんだが、ユートピアコロニーは壊滅したと聞いたぞ。お前の両親の墓とやらも残ってはいないのではないか?」 

 ゴートの質問……と言うよりもアキトの言の真偽を確かめる言葉に、苦笑しつつ答える。しかし、その目はゴートの隣に静かに座るフクベ提督の顔がわずかに引きつるのを見逃しはしなかった。

「俺は両親を共に失った。俺の両親は結構高名な学者だったし、殺された理由はテロに巻き込まれた、と言う事だったから多額の保険金と遺産は残された。しかし、だからと言って別に高額の墓など立てる気は、俺も無かった。そもそも、火星は開発をある程度終えたばかりの惑星。都市近郊には墓地の為にさく開けた土地などほとんど無い。自然と両親の墓は、木星の攻撃とはあまり縁の無い郊外にできる事になったのさ」 

「……そうか。すまない事を聞いた。しかし……空港テロで亡くなった学者のテンカワ夫妻? まさか……」

 何かに気がついたゴートが詳しい事を聞き出そうとするが、メグミとミナトを始めとするクルー一同が冷えた眼差しを向けて来るので断念。どうやらアキトの言葉は素直に受け入れられ、同時にクルー一同からの同情にも近い感情を得たらしい。

「ウゥオオオォォォォォッ! 自分の生まれ故郷を悪の侵略者から取り戻すために戦う! これもヒーローの宿命だっ! テンカワ! いや、アキト! お前もゲキガンガーの同士だったんだなぁぁあぁああっ!」 

 ……どうやら何時の間にか観賞会も終わっていたようで、敢えて名前を出さないが、ある一人の濃い顔の男が突然アキト達の背後で滝涙を流しながら叫ぶ。発言内容もアレだが、ユリカの声は頭に響き、この男の声は腹に響くのがリョーコの気に触る。少なくとも、背後で突然叫ばれるには心臓に悪すぎる大声だ。

「いきなり背後から怒鳴るなっ―――……」 

 リョーコの声が尻すぼみに途切れた。

「アキトさんを妙な道に引っ張ろうとしないで!」

「誰が同士ですか、誰が!」

「むぎょおおぉぉぉ!!?」

 厨房より飛来したサユリの鈍器強襲攻撃(フライパン)とルリの裏拳(コミュニケ装備型)が前後からガイを挟み込んだからだ。恐ろしい事にその速さ、ゴートの目でもギリギリ視認できるかどうかである。

 ――本当に非戦闘員なのだろうか、この二人?

 アキトを始め、食堂に集う一堂は見事なユニゾンを発揮して疑問符を表現した。どこかの金髪マッド(黒眉毛型)がいれば、非論理的と喚く事請け合いの一致率である。

 しかしいくらなんでも、その科学を超えた一同の目の前で某ダイゴウジ氏の生命力を超えているであろう紅い流れが生まれているように見えるのはきっと勘違いだろう。

 ――鈍器(調理道具)であるはずのフライパンが倒れた男の頭にしっかりと刺さっている様に見えるのも、もちろん気のせいである。あまつさえ傷口から、ちらりとピンク色の何かが見える事など……妄想としか言いようが無い誤認だ。

 そうに決まっているのだ。だからガイは死んでないのだ。

 自分に言い聞かせている自覚が彼自身に開き直りきれてはいない事を示す悲しい男――即ち、服の趣味の悪い男ことテンカワアキトは、出来るだけフライパンの離陸方向と着陸地、及び己の傍らを見ないようにしながら、バイザー越しに空を見つめている。

 見えるのは白い天井だけだったが。 

「ル、ルリルリ……気持ちはわかるけれど、さすがにこれは無いんじゃない?」

「いいんです! アキトさんを汚染されないためです!」

 力説するルリの向こうでホウメイに叱られているサユリを見ながら、ミナトは嘆息した。

「黒マントにバイザーってスタイルでもう……似た者同士だと思うけど?」

 汚染源(ガイ)を介抱しているアキトの肩がピクリと揺れる。さすがにそう言う言われ方はイヤだったらしい。

「アキトはこんな変態と同類じゃない!」

「誰が変態だ!?」 

「うお!!?」

 ガイ(汚染源)がリョーコの叫びに反応し、いきなり飛び起きた。随分と元気良く。アキトが驚きの悲鳴を上げるくらいに元気だ。立ちあがって発言者のリョーコに食って掛る彼の後頭部からフライパンが抜けるが、何故だか血の跡も傷痕も見えない。

「……イネスさんが見たら解剖したがりそうですね」

 そう言えば、“前回の歴史”では両者は出会っていなかった。

 ともかくも、ルリの発言がゴートの耳に届かなかったのは幸い、アキトは内心ガイの生命力……と言うか理不尽さに感動的でさえある驚嘆を胸に抱きながらも、被ガイ者を食堂の椅子を連ねて作った簡易ベッドに寝かせる。

 そして、そのマメに世話を焼く姿に三人がこめかみをひくつかせて嫉妬する。 

 先程から自分たちをほっぽって男の友情を確認しているのだから、生死を賭けて時間を超えてきた彼女達には納得のいかない話かもしれない。

「……アキト、そいつはいいから早いところ今後の行動を決めようぜ。ここに集められてからもう三十分近くたっている。今後どうするにせよ、そろそろ行動は起こすべきだ……お前、一体どうしたいんだ?」

「……行動方針が二つある事は間違いないだろう」

 アキトは改めて立ちあがり、マントを翻して一同を見まわす。

「二つ? 二つってなんだ?」

 聞き返すリョーコ、彼女も食堂内の誰もが自分たちの会話に注目して静かになっている事に気がついている。この分では素早く行動を開始しなければ、ドアの向こうで銃を構えている見張りも気がつくだろう。

「一つ、このまま何もしない事。二つ目は、戦ってこの船を取り戻して火星に向かう事。これらの行動の根拠としては、一つ目の場合は言わずもがな……軍にケンカを売る事になるが、それは避けれると言う事。しかし、よしんばこの船を下りても最新鋭の戦艦内で数日過ごし、1日とは言え運営してきたクルーを、軍はほうっておかないだろうな。特に整備班」

 整備班は普通の整備班でもナデシコのテクノロジーには精通しているはずだ。しかも、この趣味に走ると止まらないウリバタケ率いる整備員である。現時点でナデシコを最も良く知っているのは、火星に取り残されてしまったネルガルのナデシコ開発スタッフでなければ、彼らメカニックだろう。

「なにぃ!? するってぇと俺達は軍人にされちまうって事か!?」

「徴兵はされるだろうな」

 アキトはさも当然のように言うが、てっきり妻の待つ自宅に帰るだけだと決めてかかっていたウリバタケには寝耳に水。民間船と言う名目であるから乗ったのだ、軍人になる気などウリバタケを始め、一同これっぽっちもない。

「じょ、冗談じゃねェ! 俺はそんなのは真っ平ゴメンだ! くそ! あんにゃろう、ちっとまともな事言ったみたいだからおとなしくしてりゃあ、キノコ野郎め!」 

「……今のは俺の仮説にすぎんし、副提督の言の真偽もわからん。ただ、俺は火星を諦めるつもりは無い」 

 アキトはいきり立つウリバタケ、そして彼にちらほらと同調し始めた整備班を押さえる様に、冷静に分析を続ける。しかし、足は既に食堂出入り口の方へと向かっている。

「……まだ俺は、ここに来た意味を何も見出せてはいない。俺がここに来たのは、俺が今いる意味を、探すためだ」

 拳を握り、一同を見渡せる位置に来ると振りかえる。

「目的と、戦うための力はあるから。自分が嫌いな俺が、自分を好きになれるだけの何かをするために、俺はここにいる」

 ビデオムービーを上映していたためにうす暗がりだった室内でもかけっぱなしだったバイザーを外し、強い意思を秘めた裸眼で彼らを見つめる。いや、眼に宿るのは意思ではなく、執念なのか。

「サユリに言ったように、この一年死のうと思い続けもした。けれど……俺が巻き込んだ三人に出会ったら、嬉しくて、懐かしくなったから。そんな自分をあつかましいと思うけれど、全てがリセットされた今、俺が死ぬだけでは何も終らないと思うから……」 

 黒の瞳に、うっすらと虹の光が通りすぎるのが見える。それはナノマシンの残光。

「再会して嬉しく思うような人を、この戦争の中に残しては逝けないと思うから……俺は艦を取り戻す。火星に残してきた人と、もう一度出会うためにも」 

 そして、絶対にこの戦争の渦中に巻き込まれるだろうルリのためにも。

「この戦争が終るまでは、全力で戦い続ける。そしてその間に、俺は俺自身の生きるか死ぬかを決める。だから、絶対にナデシコで、火星に行く」

 皆は、どうする?

「……俺にゃあお前の事情はわからんが……まあ、俺も軍にこき使われるのはゴメンだな。一応は人命救助を旗にしてるネルガルに腕を貸す方が、帰った時に女房子供に胸が張れそうだ」

「俺は元々ネルガルの社員だ。ミスターから出掛けに軍の交渉には応じないと耳打ちされている以上、そろそろアイツらを追い出すべきだろう。軍の交渉は、ナデシコではなくネルガルとやるべき事。我々は火星を目指すのみだ」 

「そうね、そもそもこう言う高圧的なやり方は気に入らないし!」 

「あたしは作った料理を大きな声で美味いと言いながら食べてくれるアンタ達が気に入ってるよ!」

「火星に行っても死ぬなんて限ってません! テンカワさんだっているじゃないですか!」 

 ウリバタケ、ゴート、ミナト、ホウメイ、メグミ、彼ら代表を通し、ナデシコの意思は固まる。その彼らの目に宿るのは、かつての“私らしく”の光。

「副提督の言った事。まだ若い私達を敵の占領下に送るのは非道、との言葉……でも、今からこれは私達の意思です」

 ルリの言葉は不思議だ。

 けして大きな声ではないのに、何故か誰の耳にも届く。 

「私達が、全てを承知の上で私達の意思で火星に行く事を決めたのならば、なんの問題もありません。たとえ楽天的が過ぎると言われようとも、コレが私達らしく、です。」 

 彼女の胸元に光る取り出された金色の鍵に、しかし誰も注目はしない。それ以上に魅力的な光が少女の金の眼に宿っているのだから。

「しっかし、前向きなんだか後向きなんだかわからねぇ奴だよな、お前も!」

 何があっても生き続けるとは断言しないその弱さと不器用さを、リョーコは悲しくも、嬉しくも思う。彼が自分達に嘘はつかないという事は、わかったから。

 だから、威勢良く彼の背中を叩く。自分の想いが彼の生きる糧になるように。

「そんじゃ、いっちょう“俺達らしく”行くか!」

 

「「「「「「「「「―――ッ!」」」」」」」

 

 リョーコの激励に、艦内の一同が大きく胸を張る!

 

「アキトさん、チャーハン出来ましたよ♪」

「あ、悪い。皆先に行っててくれ」 

 何があっても出された料理は残さず食べる、食べ物には常に感謝の心を忘れない元・料理人テンカワアキト。 

 複数のこぶを頭に作りながらも、彼は残さずチャーハンを平らげた。 

 


 

「け〜〜ど、ルリルリ? さっきの“私らしく”って、なかなかの名言じゃない? お姉さんジ〜〜ンときたわよ♪」

「あ、あのセリフは盗作です。私に……私達にそれを最初に言った人は別にいるんですよ」

「……あら? そうなの。じゃ、どんな人?」

「一口に言えば、天真爛漫な方です」 

「……なんか、艦長みたいね」

 


 

「破!」

 アキトの掌打に心臓を直撃され軍人がまた一人沈む。

 うめく事も許さないアキトの技を恐ろしく思いながら、ゴートは肩に担いだミナト、メグミ、ルリの三人の体重に辟易していた。いかに元々大柄な体躯を誇り鍛えているゴートとはいえ、銃を持った男達の中を女性三人肩に担いで駆けまわるのは十分に重労働だ。

 結果、アキトが一人で戦う羽目になる。

「まずはブリッジと格納庫の確保! ナデシコとエステを物にする!」

 何時の間にか、自然とアキトが主導権を握っている。これが、最初に立った者の特権か。

 ゴートはこの状況下で考え事をしている自分に苦笑しながら、アキトの後を駆けぬける。重労働と言いながらも女性陣が自力で走るよりも速く走れるのには呆れたものだ。

 現在ブリッジに向かっているのはアキト、ゴート、ゴートの肩に担がれているメグミとミナト、ミナトの膝に乗っているルリ。そして彼らに続くメカニック数名である。彼らの辿ってきた道筋には幾人もの軍人がうずくまり、もしくは倒れている。

「しかしテンカワ、ナデシコを確保するといってもマスターキーは無いぞ。艦の確保よりも機動兵器の確保を優先した方が良くは無いか? お前はパイロットなのだし」

「そっちはリョーコとウリバタケさん達に任す。それより、着いたぞ!」

 白い扉、この向こうにはブリッジの中でも艦長席がある。おそらく、ムネタケもジュンも艦長席にいるだろう。  

「ゴートさんは副提督の拘束。俺はブリッジの軍人達を一掃する。しかる後オペレーター、通信士、操舵士は自分の席を確保。メカニックの皆はブリッジ及び艦内で気絶している軍人を格納庫に集めて。コンテナにでも詰め込んどいてくれ。事が終った後でトビウメにでも送る」

 言うや否や、青年は黒衣を翻し一気にブリッジに殴りこむ!

「彼女達を下ろす時間ぐらいは取っておくべきだぞ、テンカワ!」

 突撃の際のタイミング合わせは最も難しい事だと言われているが、あの青年には関係無い。電子戦や艦戦ならばともかく白兵戦闘は常に一人で行ってきた彼には連携が無いのだから。

「……アンタ一体何者?」 

 ゴートが入ってきた時には、既にジュンとムネタケ以外は全員がブリッジの床にベーゼをしていた。お熱い事である。

「ただの元・コックさ」 

「何処の世界にこんな見てくれのコックがいるのよ!」

 正論とは時に……と言うか、けっこう力づくで叩き伏せられる事が多い。例えばキノコオカマのヒステリーとか、女性の涙とか、病院でのトラウマを抉られた某元コックの鉄拳とかで。

「副提督……貴方の言った事は正しかったのかもしれない。しかし、銃を突き付けながら言う事じゃない……俺達は、俺達が求めるものがここにあるから……ナデシコは、譲れない」 

「気絶させてから言う事でもないと思います」 

 ホシノルリ。

 生まれながらのツッコミであるのかもしれない。後日合流するであろう漫才女との掛け合いが楽しみである。 

「……絶対やりません。殺しても

 ――死んでも、ではないようだ。

 


 

 その頃の食堂では――……フクベがガイと共にゲキガンガーを肴に茶をすすっている姿をホウメイ以下六人が見物していた。

 山田の表情の変化は、少なくともあのアニメを見るよりも面白かったと言うのが一致した見解である。

 ヤマダジロウ、魂の名前はダイゴウジガイ――エンターテイメントとしてのゲキガンガーを超えた男だった。

 


 

「て、テンカワ! これは一体どう言うつもりだ!?」

「ナデシコクルーの総意だ」 

 くって掛るジュンを適当にいなすアキト。しかしジュン、一目でこの騒ぎの主導者がアキトと見抜いたらしい。もしくはただ単にアキトが大暴れをしたからと言うだけかもしれないが。

「そう。私達は火星に行って人命救助する事に決めたのよ、副長!」

「な……ちょっと待ってくれ、ミナトさん! ……そもそも、マスターキーが無いのにこんな反乱を起こした所で!」

 ……軍部、つまりはムネタケ達の行動こそが反乱なのだが、軍人としての教育を受けてきたジュンはそう思わないらしい。しかし、彼の言っている事の後半部は正しい。

 マスターキーが艦長諸共トビウメにあるのでは、ナデシコはエステバリスの発進も出来ずに宙に浮くぐらいの事しか出来ない。  

「ならば取り戻せばいいだけ――……」

「マスターキーならありますよ」

 ……

「「「「「え?」」」」」 

 ルリがオペレーター席ではなく艦長席に立っている。その手に握られているのは、金色に鈍く光るオモチャのような鍵が……間違いなく、このナデシコのマスターキーだ。

「……ル、ルリ君、なんで……?」

 ジュンが代表して、震える指でマスターキーを指す。因みにアキト、ゴートのマスターキーの重要性を特に良く分かっている二人は完全に固まっている。

 キーの重要性をよく実感できていないミナトとメグミは、

「あれ〜〜? もしかしてルリルリキーを艦長からもらってたの?」

「あ、二つあったんですよ、きっと!」

 いや、そんなはずは……

「はい、メグミさん、正解です」

「「なにぃっ!?」」

 アキトとゴートがハモった。いっせいにルリの方へと食い入るような目を向ける。特に彼女の発言を見過ごせないのは当然ゴートだ。 

「どう言う事だ、ホシノルリ! マスターキーは艦長が持っている物が一つだけのはずだ!」

「“艦長とネルガル会長のみが扱える”マスターキーは、これ一つですね」

「!? まさか……偽造かっ!?」

 顔色を変えるゴート。ナデシコのマスターキーがそう簡単に偽造できる物だったらそれはナデシコの根幹に関わってくる問題だ。しかしルリは珍しく表情をあらわにする巨漢のシークレットサービスとは対照的に至極冷静だった。

 ちなみに彼女以上に冷静なのは、黙々とキノコ一派を格納庫まで連れて行こうとしているメカニック陣である。

「そんなわきゃありません。これ、ネルガル会長とオペレーターが扱えるマスターキーなんです」 

「……何?」

 元々ナデシコはマスターキーがあろうが無かろうが、オモイカネを扱えるのはオペレーターのルリだけである。オモイカネを自在に寝起きさせれるのがマスターキーであり、オモイカネの御者として乗っているのがオペレーターなのだ。

 ……つまりはっきり言って、オペレーターとマスターキー、どちらかを押さえればナデシコは少なくともそのフルスペックを発揮する事が出来なくなるのである。

 マスターキーを起動させれば艦が動く事はできるが、オペレーターがいなければ艦の運営は出来ない。オモイカネに全てを任せている弊害と言える。正直言って、艦長にマスターキーを預けておくのは機能面に限定すれば二度手間である。

 それを行っているのは防犯上の有利と、艦の責任者はあくまでも艦長であると言う明確な証明となるためだ。

「けれど今回のようなケースを想定し、私の進言でオペレーターの私とネルガル会長用のキーが作成される事になったのです」 

「……今回のようなケース? 艦長とキーが同時に奪われる事か」

「同時に、艦長の独断先行も想定されるケース内に入っています。彼女のごういんぐまいうぇいな性格は有名だったそうですから」 

 確かに、がちがちの軍人を養成するための連合大学で、ミスマルユリカのあの性格が目立たんわけはない。しかし、実際にルリが想定したのは、ネルガル会長によってナデシコが奪われた――と言ってもクルーの主観であり、ネルガルの側からすれば艦を持ち主の懐に取り戻しただけなのだろうが――かつての歴史でのケースなのだが……それを彼女は考慮し……そして万一ユリカが間に合わなかった事を配慮して自分用のマスターキーを確保する事にしたのである。

 その際に、アカツキをマシンチャイルドの能力を使って脅したとか、実はネコスーツを着る事を結構楽しみにしていたとか言う事は彼女の秘密である。

「納得しましたか? では――おはよう、オモイカネ」 

 金色の鍵に反応し、思慕の花が蕾からまた、花開く。

『マスターキー確認、相転移エンジン始動!』

『艦内管制OK』

『発進準備完了!』

『問題無し!』

『良く出来ました』

『おはよう、ルリ♪』 

 ――ナデシコ、発進。

「副長……指示を」

「え? し、指示をって……ぼ、僕は軍への協力に賛成なんだ、このままなし崩しに協力なんてする物か!」

「でも、その軍の船が二機、チューリップに呑みこまれかけてますよ」  

 ……オモイカネ機動によって開かれたウィンドウ。そこには、黒いナマコモドキに飲み込まれようとしている二隻の連合軍戦艦……クロッカスとパンジーが見える。まだ脱出の余地はありそうだ。

 それを見て黒い影が物も言わずに飛び出すのを尻目に、ルリは冷静にオペレーター席に腰掛ける。

「とりあえず救援にミサイル。えい」 

 ナデシコに搭載されている2種の武器、対艦ミサイルがわりかし無造作に発射される。しかし発射が無造作であっても命中制度と威力はさすが最新鋭。

「とりあえず、爆風によって二艦ともチューリップの影響下から脱出が出来ました。副長、どうします? 今のでチューリップはナデシコに戦意を向けてますよ」 

 ルリが他人事の様に言うが、それは非常にまずい。ジュンは内心どうしてそんなに冷静なんだと叫びたいのを無視して、指揮を始める。ちなみにルリが冷静なのはもちろん、生来の資質に加えて彼女がこうなる事を知っているからである。考えてみれば大した反則だ。

「ふ、副長権限で艦長代理、指揮を取ります! 目標は艦前方のチューリップ! 目的は殲滅! 囮として機動兵器の発進を要求します! ……あ、そう言えば、格納庫の方はどうなってるの?」 

 副長が意外にも毅然と指揮を取ろうとする、その彼の疑問に獅子姫が答えた。

『了解! スバルリョーコ・エステバリス空戦フレーム、発進するぜ!』 

『いよお、副長! あんたもやっぱり軍にはムカッと来てたんだな!? いやあ、やっぱりアンタも同士だったか!』

「……え!?」

 ナデシコ代表マッドエンジニア登場、何か勘違いをしているらしい……ジュンが自分たちと同類だと言う風な。

「い、いや、僕はそんなつもりじゃ……」   

『そんじゃ、このキノコの詰め合わせは俺がトビウメに届けに行くぜ! しかるのち、チューリップへの囮になる! んじゃ、行くぜェ!』

『お――ッしゃあ! いっちょうカッコよく決めてこい、リョーコちゃん!』  

『応!』

「僕の話を聞けェェェえええ!」

 副長の愉快な檄を背におって……獅子姫には正直言って似合わない青いエステバリスがコンテナ抱えて、より深い青を湛える海へと向かって飛び立っていった。

「う〜〜ん、やっぱりいい腕してるぜ、あの嬢ちゃん」

「……本人を前にした時に“嬢ちゃん”呼ばわりは避けた方が無難だな」

 独り言に答えが返ってきた事に驚く整備班長の振り向いた先に、目が悪くなりそうな黒尽くめが立って、彼のそれよりも更に深い黒で身を固めた機動兵器を指差している。

「……出せるか?」

「応よ! ナデシコ整備班の腕を見せてやらぁ! ……お前ら――っ! このけったいな黒尽くめも発進だ! ブラック・サレナの発進準備開始ーっ!」   

 ウリバタケセイヤ。

 シチュエーションに引っ張られてハイになっているらしいが、背後でアキトが口元を引きつらせているのに気がついていないのだろうか?

 ……因みにその頃、トビウメからネルガルのマークをつけたヘリが飛び立ち、両手をコンテナでふさいだリョーコの空戦エステとすれ違った。

「お、艦長とプロスも帰艦か。そんじゃ、あたしも一丁派手に暴れるか! 前回の分もな!」

 独り言だと一人称が“あたし”になっている事に気がつかない獅子姫は、もう一つの重大な事実も気がついていなかった……彼女にとっては嬉しい事である事実に。

 ヘリには、操縦者を含めて一人しか乗っていないという事実に……

『テンカワアキト、ブラック・サレナ……出る!』

 ヘリの着艦と同時に、巨大な黒い影が鏑矢のように飛び出す。ぎりぎりと、音をたてんばかりに引き絞られた弓より放たれた黒い矢の向かう先では、青い機影が暗い蠢く森の中で命がけの散策をしている。

「無茶しないで下さいよ、テンカワさん」

「頑張ってね〜〜♪」 

「いってらっしゃい、アキトさん」

 なんともお気楽に声援を送る女性陣の背後でブリッジのドアが開く音がする。

「あ、プロスさん。お帰りなさい」

「ミスター……交渉の件は?」

 家に帰って来た家族に対するような挨拶をするメグミを他所に、ゴートが一人黙然と佇むプロス――ひいてはネルガルの決断を仰ぐ。ブリッジで仕事に励むそれぞれにプロスはにこやかに会釈をすると、迅速にこれからの方針を発表した。

「会長の判断を仰いだ結果……まあ、その際にテンカワさんの件でいろいろと話もしましたが! ネルガルの方針は変わらず……つまり、我々はこれより軍を振りきって火星へと向かいます!」

 プロスの断固たる主張にジュンだけが顔色を変えてプロスに食って掛ろうとするが……ある事に気がつき、そのエネルギーを別の事に向けてプロスに放つ。

「プロスさん、ユリカは!? ――一緒じゃないんですか?」

 嫌な予感……それは胃袋の下に湧き起こり、眼の奥の部分にたまる物だと、青年は知っている……この時も、それは起こる……アオイジュンの内懐で。

 彼の前で、もはや半ば敵とさえ思えるメガネの中年がくい、と彼をいらだたせる程に静かな動作でメガネを押し上げ、至極冷静に言葉を放った。

「艦長ならば、トビウメに置いてきました」

 その言葉はまさに無形の爆弾であった。ジュンはもちろんの事、ルリやゴートでさえも顔色を変える。

「な……なんで……あ、あんた……ユリカがミスマル提督の娘だから置いてきたって言うのか!?」

 副長の予測は至極現実的であった、しかし現実……と言うかユリカは彼の考えよりも非情……いや、非常識だった。

「……艦長は私の話に一切耳を貸さず、ひたすらケーキをがっついていました」

 彼ら、彼女らの間に横たわった沈黙はイタかった。 

 


 

「ユリカ、私にマスターキーをよこしなさい! ナデシコの指揮は私が取る……って、ユリカがキーを持ってるのになんでナデシコが起動しているぅぅぅぅぅ!? はっ! それにプロス君は何処だ!?」 

「ほえ?」

 


 

 考えてみればこれは極めて懐かしい事だった、とアキトは後に述懐した。

 ナデシコブリッジがマキ・イズミ以外の原因によって硬直していた頃、アキトは懐かしい感覚に浸っていた。その発生源は、黒百合の隣を舞い踊る一際華奢な青い機神……

  自分の背中を任せれる相手が存在すると言う事は、ずっと一人きりで戦ってきたアキトには至極新鮮な事実だった。忘れかけていた物が甦るとでも言おうか。

『どうする、アキト? トビウメからはだいぶ離れたぜ?』

「……もう少し離そう。チューリップを追う、と言う名目でナデシコがトビウメから離れられる。まあ、既にユリカは帰還したろうから少しの話だとは思うがな」 

 ユリカ、の名前の所で刹那アキトの眉がしかめられたが、バイザーに隠されていた事により、リョーコは気がつかなかった。ただ単に、この戦いの中アキト唯一のパートナーである事に浮かれているだけかもしれないが。 

「……さて、前回は俺一人で全て片付けてしまったからな……今回はナデシコに花を持たすべきか」

 ここでユリカの実力とナデシコのスペックの能力をクルーに認めさせなければ、何しろあの言動である。艦内にユリカを軽んじるムードが生まれるだろう。

 これから命がけの戦いを繰り広げるのだ、長く、二年近くの期間を。まとまりの無い戦艦一隻で勝ち抜けはすまい。

『……アキト、その物言いはサレナでチューリップを破壊できるって言ってるように聞こえるぞ』

「ああ、このサレナのフルスペックを使えばなんとでもなるさ」

 当たり前の様に言う黒の皇子に獅子姫は絶句した。チューリップをエステ単機で破壊できると言う事は、つまり、サレナは機動兵器であるにも関わらず戦艦の主砲クラスの破壊力を持った攻撃方法があると言う事実を示している。

『……なんという事だ、あの新型は戦艦の主砲並みの威力を持っているのか!?』 

「……リョーコ?」

 何やら赤くて三倍速な人に取り憑かれたらしい獅子姫に、マントの奥で冷や汗をかいている黒の皇子。その二人の機体に、それぞれナデシコからデータが送りこまれてきた。

「……これは……ナデシコと俺達のコースか。うん……? 背後からのグラビティ・ブラスト?」

 おかしな声を上げるが、チューリップは側面と背後がほぼ無防備である。

『変な声出す事でも無いだろ? 順当じゃねぇか』

「……いや、俺が“知ってる”のとはだいぶ違う物で……」

 これ以上は通信では言えないが、前回わざわざ内側からグラビディ・ブラストを発射した事実はあまりのインパクトにアキトの記憶に深く刻まれていた。ついでに、いくらディストーションフィールドがあってもまったく必然性がないのに危険性だけはてんこもりな事も……ミスマルユリカ、あの時は一体何を考えてわざわざ異次元に突撃したのだろう?

『……お前も俺達も随分前と違う事したからな。そのせいで艦長も考え変えたんじゃねぇか?』 

「……なのか?」

 それぞれの開いたウィンドウには綿密なコースが書かれている。トビウメと指揮下の二隻を巻き込まない様にグラビティ・ブラストの発射角に気を使ったコースを選んでいる。

 今回ナデシコが想定している条件は、トビウメを巻き込まない事、チューリップの背後から攻撃する事の二つ。もしや、前回ユリカがチューリップ内部に突撃したのはトビウメを発射角に巻き込まない事だったのか?

 それにしても、内部が全く不明のチューリップに突撃するのはいくらなんでも思いきりが良すぎると思うが……

「まあ、考えてる時間は無いな。作戦には問題はないようだし、後は俺達とミナトさんの腕次第だ」

『そう言う事ならまかせとけって!』

 ――そして二人は順調に指示されたコースを辿って黒い岩の塊のような巨体を、闘牛のように目的地に誘導した。チューリップが体表(?)の前方から生やした触手以外は攻撃方法を持ってない以上、この質量比でサレナとエステに一撃を加えるのは難しい。しかも、サレナはたとえ当てられても損害は皆無だ。

 そして、黒と青の競演は演舞の様に舞い踊り、黒の林を駆けぬける。チューリップの触手を交わしていく姿、無骨なサレナはともかく、華奢な空戦フレームが小回りを効かせて攻撃をかわしていく姿は大陸の剣舞を思わせ、見る人々にため息をつかせる。

「へぇ、あのスバルさんって人も結構上手いんですね」 

「結構どころか、エースクラス……いえ、それ以上の腕前です。テンカワさんが機体も腕もずば抜けておられますので目立ちませんが……いや、私の目に狂いはありませんでした、思っていた以上の腕前です。

 ――お、誘導ポイントまできましたな。さあ副長、ご存分に!」

 銛撃ちの出番はこれで終り、後はマタドールの出番――

 

「グラビティ・ブラスト発射ああああぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 白い士官服に包まれた腕が振り下ろされると同時に、黒い槍が背後から岩の花を貫き通し、四散させた……!

 

「……尻の穴からぶっ刺したのか……なんだかなぁ……」

 整備班長の発言は、その人望があっても聞かなかった事にされた……

 


 

トビウメ・ブリッジにて――……

 

 彼らの目の前には、ナデシコのもう遠くなってしまった影が映るのみだった。 

「提督! 追跡命令を出さずによろしいのですか!?」

「……無駄だ。戦闘中に獲得したデータが正しければ、稼動しているナデシコには追いつく事も、捕らえる事もできんよ。それよりも、ムネタケ准将はどうしているかね?」

「は、ナデシコよりコ……コンテナに詰め込まれて乗艦――現在は准将を始めとして医務室で加療中。意識はありませんが、全員軽傷との事です」

「手加減してくれた……という事かね? 銃器を持った軍人相手に民間船のクルーが」

「はっ、申し上げにくい事ながら」

 そのわりにゃハキハキ答えとるよ、君……構わんがね。

「……その辺も、一体何者の仕業なのか准将に聞いてみなければならんな」  

 コウイチロウはご自慢のカイゼルヒゲをひねると、謎めいた脅威の戦闘力を持つ民間船の航海を見送る。

「……副長。ブラック・サレナ――だったな、サセボで無人兵器を壊滅せしめたのは」 

「は、ムネタケ准将閣下の報告によりますと、パイロットはテンカワアキト。ネルガルの社員ではなく、明日香インダストリーよりの派遣社員との事です……提督? こめかみがいい感じに引きつっていますが」

 テンカワアキト、の部分で口元を震わせるコウイチロウ。しかし、彼はすぐに勝ち誇る。

「ふ……ふふふふっふふふ! テンカワアキト――あのテンカワ博士夫妻の息子さん、か……ユリカの皇子様とはな……ふふふふふふふ……だが! 渡さん、ユリカは渡さんぞ、テンカワアキト! そもそもお前の負けは既に決まっている! ユリカはお前のいるナデシコではなく、私のいるトビウメにいてくれるんだからなぁあぁああああ!」

「――ところで、あのブリッジの片隅の灰はどうします? とりあえず、海にうっちゃっときましょうか?」 

 何故だかトビウメブリッジには多めの灰がこんもりと。人型の様にも見えるし、フラフラと、まるで生きているようにふらついているが、気のせいだろう。

「アアアアァァァアアアキィィィイイイイイトォォォォオオオオッ!!?」

「にぎやかな親子ですな」

 いや、まったく。

 


 

ナデシコ・ブリッジにて――……

 

「おお、副長……下克上ですな?」

 つまりは、そう言う事らしい……良かったな、ジュン。

 

我ら、一路火星へ!!!

 

to be continue.......


 

 アカツキぶっ壊し策、断念……むう、おのれキザロン毛(笑)。

 ほんとはただのメールではなく、アカラ皇子のコスプレしたアカツキが勢いに任せてプロスをごまかすシーンが入ってたんですが……

 しかし、三人称が何だか書き辛い気が……

 場面毎に切りかえる一人称と三人称を平行して使う事にしようか?  

 さて、次回はユリカの艦長復帰とビッグバリア突破! 以前から予告していた彼女が、ユリカと共にナデシコに立ち塞がります。しかし、念のために……カグヤにあらず!

 ――女性キャラクターばかり増やして、ほんとに収拾つくのかね……?

  それでは次回、「思いがけぬ、再会……(仮)」と、第五話「燃えろ! いい男(仮)」第六話「萌えろ! いい女……達(仮)」をどうぞよろしく!

 

 

 

代理人の感想

 

「俺の歌を聞けェェェェェェ!」――熱気バサラ

 

「僕の話を聞けェェェえええ!」――アオイジュン

 

 

 

・・・・・いやなんとなく(笑)。