彼の意識は暗い闇の中に有った。
そしてその何時果てるとも分からない闇の中を駆けぬけていた。
何故ここに居るのか、何故駆けているのかも分からないままに。
・・・何時までそうしていただろう。
その時、一筋の光を彼は捉えた。
それに向けて彼は駆け、飛び込んだ。
・・・・そして彼は、還ってきた。
だが――――――――
機動戦艦ナデシコ もう一度逢う貴方のために
微かに風が吹いた様な気がした。
どこか懐かしい、土の匂いと共に。
虚ろな瞳が、ゆっくりと、その焦点を合わせ始め、やがて、その視界に入ってきたもの。
それは、黄昏色に染まった、どこか懐かしさを感じる部屋だった。
「・・な・・・・?」
完全に覚醒すると同時に慌てたように見回し、愕然とする。
「ここは―――昔の俺の部屋だと!?馬鹿な・・・・ッ!?」
そこまで考えて 何かに気付き、はっとする。
奴等は、何処だ?
右を見る――――窓越しに懐かしい近所の光景が入ってくる。
左を見る――――見慣れた少ない調度品が置いてある。
振り返る――――置かれた鏡が昔の―――火星に居たころの自分を写し出している。
そして―――――、
弱っていた五感が戻っている。ほぼ完全に失われていた視覚や味覚さえも。
「――――――ッ」
疲れたように首を振ると、衝動的にそこから飛び出していた。
何をする気にもならず、ふらふらと外を歩いていた。
自分でもよく解らない虚無感を持て余しながら、ふと振り返る。
変わらない街並み。行き来する人々。
変わらない日常がそこにあった。
もときた道を戻りながら、周りを見ていく。
今通った曲がり角も、今歩いている道も。何もかも、全て記憶どおりで――――、
住んでいたアパートの前に立った所で、ふと立ち止まった。
(あれは、夢だったとでも言うのか――――――?)
オモイデを守るために戦い。
自分の信じていた『絶対』が最悪の形で打ち砕かれ。
日一日と紅く染まっていく両手。
そして・・・・・・
(夢である筈がない!)
沸き上がる激情のままに壁を殴る。何度も何度も。鈍く、鋭い痛み。
拳に滲み出す、赤い血が現実を宣告する。
やりなおし。リセット。
自分は戻ってきてしまったのだ。
過去へと。
「・・・なにを、今更」
それでも―――、
喜びを感じている自分がいる。
どこまでも生にしがみつこうとする自分が、いる。
「はは、ははは・・・・・」
こらえきれずにアキトは笑いをもらした。己を嘲る、乾いた笑いだった。
暫くして―――、まだまとまりきらない心を静めようと部屋に戻ろうとしたとき。
「・・・あの・・テンカワ、さん・・・?」
「え・・・・?」
自分を呼ぶ声にはっとする。振り返った先にいたのは、二十代前半の女性とその子供らしい
七、八歳ほどの女の子だった。
(・・・・・どこかで・・・)
見覚えがあるようで、思い出せない。
この頃の自分は他者と距離を取り、誰にも関わらない、誰にも関わらせないような所があった。
そのせいでこの頃の記憶は希薄になっている。
余裕が無かったのだろう。今ならそう思う。
それでも記憶を必死で遡っていると、ほんの一瞬女の子と目が合った。
(―――まさか・・・!?)
パズルが一気に出来上がるように記憶が噴き出して、思わずその名前を言いそうになった頃、
「あ、最近越したばっかりでちゃんと挨拶してませんでしたね」
そう言って笑うと、記憶の中の『彼女』と重なる。確かに親子なんだと埒も無く思わせた。
「フィリア・フォースランドです。こっちは娘のアイ」
その言葉と共に母親の服の裾を掴みながらぺこりとお辞儀をするアイに、
「・・テンカワ・アキトです」
そう、答えるのが精一杯だった。
「・・それじゃあ引っ越してきたのは一昨日ですか」
「ええ。引越しが終わったのが夕方で、挨拶しに行った時には留守だったみたいで・・・」
「そうですか――」
フィリアと会話をしながら、もう一つ思い出したのは、この頃の自分がバイトに明け暮れていた事だ。
おそらくその日もバイトだったのだろう。
そんな事を思いながらも、これから起こるかもしれない事に思い至った。
―――この娘は、あの娘なのだろうか?そして、彼女なのだろうか?
「ねえ、お兄ちゃん」
今まで喋っていなかったアイがアキトを呼んで、指差す。
「なんだい?」
「お兄ちゃん、手」
「へ?・・・あぁこれか。少し、痛いかな」
「他人事みたいに言ってないで。ほら、血が出てますよ」
フィリアが思わず自分のハンカチを取り出して、アキトの両手の血を拭う。
「・・済みません」
そう言い、少し照れながら苦笑するアキトを不思議そうに見、そして自分の行為を認識すると、
ほんの少し頬を染める。
「・・・・・」
「・・・・ありがとうございます」
「いえ・・・・」
「?」
アイが二人して照れているのを不思議そうに眺めながら、何となく周りを見回して
―――感嘆の声を上げた。
二人もそれにつられてそちらを見、目を細める。
沈む夕日が世界を黄昏色に染めていた。家を、街を、木々を、行き交う人を、自分達を。
アキトは自然と空へと視線を移す。
火星の空は基本的に雲が少ない。
その少ないながらも雲の腹を使って夕暮れの景観が、黄、橙、朱、赤、紅、といった色彩を見せる。
そしてその色すら微妙に濃淡を変えていく。
自然が生み出す、信じがたいまでの絶景、と言えるだろう。
人なら誰もが見惚れるであろう光景だろうが、アキトには別の感情を思い起こさせる。
赤く染まった街並み。
その光景は、否が応にも自分の『過去』をフラッシュバックさせるのだ。
燃える家。崩れ落ちたビル。廃墟と化していく街並み。
―――紅い、大地。
(・・忘れもしない・・・・忘れる筈もない・・・・!)
アキトは思っていた。
自分にとって、全てはあの時から動き出していた。
ここを去ったあの時も、
戻ってきたあの時も。
自分は、ひたすらに無力だった――――。
今日からあと約一年。それが恐らく、自分に残された最後のモラトリアム。
目の前にいるあの親子が幸せそうにしている。
それだけで粟立っていた心が落ち着いてくる気がする。
(・・・・・もう、戻れないのなら――――――)
アキトは微かに浮かべた、しかし穏やかな笑みで二人を見守る。
もう二度とは手に入らない、失われた過去。これから始まる、二度目の現実。
ふりだしに戻り、やり直し。
ならば―――、後悔はしない。
(今度こそ――――できるのか?いや・・・・・やるんだ・・・・・!!)
そんな思索に耽っていたせいで、目の前の親子が揃って見惚れているのに気づかなかった。
考えなくてはならない。
全てを開放するすべを、
考えなくてはならない。
大切だった者達を護るすべを。
考えなくてはならない―――――――
その、どこか思いつめた表情は、人の胸をつくに十分過ぎた。
「・・お兄ちゃん、どうかしたの?」
アイが思わずアキトの服の裾を引きながら呼ぶと、アキトは我に返ったように目を見開き、
穏やかに笑いかける。
「―――何でもないよ」
「でも」
「いや、少し手が痛くなってね。大した事じゃないよ」
「うん・・・・」
「それじゃ―――」
そう言って部屋に戻っていくアキトを見送ると、アイが母親の手を引っ張る。
「お母さん、帰ろ」
「ええ・・・・・」
少し流し気味に聞きながら、アキトが入っていった隣の部屋を見る。
(でも――――)
声をかける前、彼が浮かべていた表情を思い出す。
様々な感情が複雑にない交ぜになった瞳。
ほんの少し震えながらも、力強く固められた手。
でも、どこか消え去ってしまいそうな背中。
―――そして、
さっきの、あの表情は――――何だったのだろう?
赦されざる帰還者の誓い 〜Fin〜
◇◆◇◆◇◆◇◆
えと、はじめまして。かわです。
なんか、アキトが少しブラック入ってますが・・・まあ許容範囲でしょう(多分)
見てのとおり逆行ものですが、火星時代に跳ばされてます。
もしこの頃に戻されたらどんな反応をするかと思って書いてみましたが、どんなものでしょう?
ちなみに、何か連載っぽいですが、続くかどうかすら決めてません(爆)
下にある次回予告はおまけです。
新しく始まった「二度目」の生活。
アキトは自らを鍛えなおす。
己の望みを果たすために。
その中あった、一つの出会い。
それは時が変わりつつあることを僅かなりとも示すようだった。
最後まで読んでくださった皆さんに感謝です。
それでは。
管理人の感想
かわさんからの初投稿です!!
シリアスですね〜
考えてみれば、Benの作品にここまでシリアス一辺倒な作品はありません。
「時の流れに」も一応シリアスですが、Benの地かギャグは忘れてませんし(爆)
うう〜む、しかし続きが気になるますな〜
アキトは今後どう動くのでしょうかね?
一年と言う猶予はなかなかのものです。
この時間を・・・どう過ごし、どう決断をするのか?
・・・出来れば続きを読みたいですね。
それでは、かわさん投稿有難うございました!!
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