機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第2.2話 Aパート

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が、僅かに揺れた。
 はっきりとそう感じ取れる程ではない。それどころか、僅かに冷えた空気がすうっと突き抜け続けている。
 その空気の揺れは、それに釣られたような、微細なものだった。
 一枚の木の葉が、ひらひらと舞っていた。

 

 辺りは、薄っすらと暗く。
 夜明け前に見る、漆黒の闇が広がっていた。

 

 木の葉が、引き寄せられる様に降ってくる。

 

 まだ、動かない。
 距離が一歩半に縮まる。

 

 緩やかに腰を落として、上体を右に捻る。
 右の掌を繰り出す。
 速い様にも、かといって遅くも見えない動作。

 

 右の掌と、木の葉がぴったりと触れ、

 

 空気が、へこむ。

 

 木の葉が文字通り砕け散るのと、右足が通常では考えられない踏み込み音―――震脚を鳴らすのは同時だった。

 

 

 

 それを見て、アキトは構えを解く。

 

「・・・・・4割、といった所か――――」

 

 そして、深く息を吐く。
 力を抜き、それに遅れて感じる疲労。
 浅く息を吐き、呼吸を整える。

 

 最後に、体の不具合を見る。

 

 身体は僅かに軋み、深い疲労を感じる。
 筋肉自体の疲労もあるだろうが、筋肉の瞬間的な収縮に、神経が一瞬で疲弊をしていた。

 

 ただ、それにも増して感じるのは、
 限界と言う名の壁を突き抜けた果てにある、一種の解放感。

 

 元から素質が有ったかどうかは今も解らないが、
 思ったよりも自分はこういう事に向いているのかもしれない。

 

 或いは、身体が記憶に追いつこうとしていたのかもしれないが。

 

 

 

 

「戻るか」

 

 僅かな手荷物を手に、ゆっくりと帰路につく。

 

 街は朝靄に包まれていた。
 さすがに、誰の姿も見えない。

 

 吐く呼気が、まだ白い。
 ―――火星は、コロニーのある付近に関して言えば、基本的に気候が安定している。
 それもナノマシンの恩恵ではある。が、気温は全般的に低い。
 特に早朝ともなれば、それを否が応にも思い知る事になる。

 

 今も、少々肌寒さを感じる。

 

 不意に空を見上げる。
 濃い藍色が、夜明け前だと告げていた。

 

 アキトがそれを見続ける中、空が微妙に色彩を変えていた。

 

 風が出てきた。
 髪が揺れ、朝靄が消えていく。

 

 空は静かに白みを増してきていた。

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 視線の更に先、
 何時もと変わらぬ空を見上げ――――、思う。

 

 平和だ。
 平和な街の、平和な高校。

 

 天は高く、雲は流れて―――――
 澄みきった青空が、少しずつ、緋色を帯びてゆく。

 

 今日もすべからく事もなし―――――
 意味なんて特にないが、そんな気分だった。

 

 机に頬杖をつきながら。
 イツキは、まあ、ぼんやりとそんな事を考えていた。

 

「あれ、まだ残ってたの?」

 

 その隣にいた、中の良いクラスメートの一人が鞄を抱えながら言った。

 

 授業も終わって、教室の人口密集が徐々に減ってきている。
 まだ人の残った、放課後の教室。
 テストが近いのだろうか。意外に多くの生徒が、教室に残っていた。
 だからだろうか。その少女もまだ帰る素振りは見せない。

 

「イツキはいいの?」

 

「良いわけじゃないけど」

 

「んじゃ、どうしたの?」

 

「別に・・・・平和だなぁ、って」

 

「はぁ?」

 

 何それ?とばかりに首を傾げるが、深く気にせず、取り敢えず前から思ってた事を口にする。

 

「そういえば、さ」

 

「はい?」

 

「そういえば、イツキって、テンカワ君と仲いいんだっけ?」

 

 言われるほど仲良いかな―――と思いつつも頷く。

 

「・・まあ、お隣さんですから」

 

「へえ」

 

「・・ふうん」

 

「ほうほう」

 

 ―――気が付いたら、囲まれていた。

 

 級友達の、形容しがたい笑みに、どう反応する事もできず。ただ微妙な反笑いしかできなかった。
 ひょっとしたら、引き攣っていたのかもしれない。

 

「男に縁がない―――ていうか『寄らば斬る』って感じだったのに」

 

「・・・。まあ概ねそうね」

 

「これは、本人に確かめるべきだよね〜」

 

「そだね」

 

 

「へ? あ、ちょっと―――――」

 

 イツキの制する言葉もそこそこに、行ってしまった。

 

 

「・・ぁ」

 

 暫く硬直していたが、我に返るとほんの少し熟考した。
 考えるまでもなかったが。

 

(・・・・逃げないと駄目? かしら)

 

 そう思い始めると、何やら其処には居てはいけない気がして、その場から走り去った。

 

 なんとなく、何処からか断末魔の声が聞こえたような気がしたが、
 額にじんわりと汗を浮かべつつも、気にしない事にした。

 

 

 ―――ごめんなさい、アキトさん。
 あとで謝りますから、どうか、耐え切ってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時の公園。
 夕陽が周囲を茜色に染めている。

 

「すみません。何か、レン達が押し掛けたみたいで・・・」

 

「まあ、そういう事もありますよ」

 

 いつか会った事もある公園での、そんな会話。
 既に、ゆったりとした演舞らしきものをしていたアキトに、声をかけて暫くした後の事だった。

 

 アキト達の居る森林公園は、ユートピアコロニー全体から見て、南西部地区に位置する、
とある住宅街付近に位置している。
 その区域には、住宅街というのもあってか、元々少なからず公園が点在するが、件の場所は人入りはそこそこの、
住宅地よりも少し離れている所だった。
 住居からも近く、早朝と夕方に出入りするアキトにとって都合の良い場所だった。

 

 

 アキトがまた、腰を落として構えを取る。
 手持ち無沙汰になったイツキは、
 近くの木のベンチに座り、再開したアキトの舞にも似た〈型〉を見ていた。

 

 ―――と、
 不意に自らを鎮めるように息吹をし、構えを解く。

 

「今日はもう終わりなんですか?」

 

「そう――ですね」

 

 学校帰りから直だったのか、学校でよく見かけるナップサックに制服を仕舞い込んでいる。

 

 

 

「もう、一月です」

 

「・・こっちに来てから?」

 

「はい。―――昔はこっちに居たんですけど」

 

 初めて会った時の事を思い出しているのだろうか、
 少し苦笑気味になっている。

 

「まあ何年かすれば、それなりに変わりもするよ」

 

 何処か曖昧な表情で、アキトはそう答えた。

 

「そう、でしょうね」

 

 イツキはアキトを見ながら、
 何かを言おうと口を開きかけて、また閉じて。
 何かを、言いたい筈、なのに。
 言葉にしようとすると、何処かあやふやになってしまう―――

 

 

「―――帰ろうか?」

 

「そうですね」

 

 自分でもよく判らないもどかしさを抱えたまま、
 イツキはつい頷いてしまっていた。

 

 

 

 次第に増してゆく夕闇の中―――――
 陽に照らされた影が、長く伸びる。
 それを踏むように家路を辿る。

 

 夕陽がアキトの貌を
 その貌はとても

 

 不意に何かが解かった気がした。自分が何を聞きたかったのかを。
 イツキが顔を上げ、問う。

 

「あなたは―――、私を知っているんですか?」

 

 奇妙な、でも何処かで納得する問い。
 あの時から、思っていた。
 何時もの、あの人を安心させる、深く穏やかな眼差し。
 その、いつか見た一瞬の、
 見ている方が辛く感じるような虚ろな眼。

 

 だからふと思う。
 彼にとって自分は何なのだろう、と。

 

 自分はこれでも、人見知りする方―――だった筈だ。
 出会い方が、
 状況が状況だったが、気がつけば受け入れてしまっている自分がいる。

 

 だから、聞きたかった。
 貴方は、私を、知っていますか。

 

 貴方は―――――

 

 

 

「・・・」

 

 真っ直ぐに向けられた、瞳に対して、

 

 自分はいったい、何を言えば良いというのだろう―――――
 それすらも解からなくて。

 

「・・イツキさんと会ったのは、あれがはじめてだよ」

 

 ただ、それだけを答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 陽は落ち、染まった空も、やがては沈みゆく。
 漆黒の色――――無の色へ。

 

 深夜ともなれば、辺りの灯りも一部を残して消える。

 

 電気は付けていない。
 その代わりに、外からの光が差し込んで来る。

 

 煌々と輝く星が、空を埋め尽くしていた。

 

 アキトは、朝と同じく、空を見上げていた。
 それを見る表情には、何も浮かんでいない。

 

「・・・・」

 

 最近になって、自覚した事がある――――

 

 何の事はない、
 自分のこころは壊れたままなのだ、と。

 

 今も、絶えず叫ぶのだ。

 

 今直ぐにでも奴等を――――
 草壁を始めとした、あの連中を残らず消し去りたい――――

 

 かつての、紛れもない自分自身が、
 『過去』
 という名の黒き妄執が、そう叫ぶのだ。

 

 それは、形を為した、甘美な誘惑だった。

 

 でも。
 それを必死に押し止める心もまた、在る。
 今の自分ではそれを為す事は不可能だと、理性が押し止める――――

 

「・・・違う」

 

 そう、違う。
 それが無い訳ではないが、
 それ以上に、願ってしまったのだ。

 

 ・・・もう一度逢いたいと。
 もう一度、あの時を過ごしたいと。

 

 何の痕もない筈の体に、激痛が走った気がした。

 

 もし、このまま時が至れば、
 あの時のように、後悔が訪れるだろう。
 全てはあの時のままに。

 

 また、このままのかりそめの平和を願うのなら、
 もう、あの日々に戻る事はできないだろう―――

 

 “もしも”

 

 誰もが、一度は思ったかもしれない、それ。
 そんな現実が“今”。

 

 それがもたらした、現実に、

 

 自分はどうやら思いあがっていたのか――――

 

(・・・・神でもなったつもり、か?)

 

 一瞬、昨今浮かべた事の無かった、嘲るものが浮かぶ。

 

 それこそ、あの時自分から全てを消し去った連中と大差がない―――

 

 そう、胸中で吐き捨てた。

 

 遥か彼方に輝く星々を見つめ、
 静かに目を閉じる。

 

 

 

 ―――――今はまだ―――――

 

 

 

 

 ―――――まだ時には至らぬ―――――

 

 

 

 

 

 

 唯、未だ来ぬ時を待ちて・其の壱 〜Fin〜 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 外伝・火星編(平和時)一段目です。
 アキト達の居る公園ですが、イメージ的には新宿公園です。
 それにもうちょっと木が増えた感じで捉えてもらえるといいかと。

 

 コロニーの規模は、どのくらいだと思います?

 

 ユートピアコロニーは、比較的大きな所、という事で。
 一応、東京都内の数区がくっ付いたくらいの大きさ(少しデカ過ぎか?)と判断して書いてます。
 ―――思いっきり余談ですが。

 

 

 この話(2.X話)だけで何話か書けそうな気がしてなりません・・
 時間ないんですが(死)
 でも、この話はあと1、2話程続きます(多分)

 

 アキトが壊れかけなのは、まあ戻ってきてからまだ2ヶ月しない位なので、です。
 ・・本当に本編とリンクできるか少し心配(爆)

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿です!!

う〜ん、外伝的なお話ですね。

しかし、イツキ・・・Benの書いてる本編とのギャップが凄すぎ(笑)

でもアキトの学園生活なんて思いもよりませんね〜

今後、この外伝ではどんな話が続くのでしょうか?

 

・・・やっぱり、イツキ×アキトなんすか?

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

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