――――火星。
つい数ヶ月前までは紛れも無く人がそれぞれに生活していた場所。
今は、各地共に先の襲撃の跡が生々しく―――、
実際、地表には人の姿など無いに等しくなっていた。
それは一番外的損害の少ないユートピアコロニーにおいても当て嵌まる。
ただ、それはあくまでも地上の―――見える部分での話。
今は。この地の何処かで―――、
見えぬ場所で、足掻く人がいる。
機動戦艦ナデシコ
もう一度逢う貴方のために
第4.5話
火星、オリュンポス山付近、某所―――
其処では、そんな地上の様相など綺麗に無視したかのように、何やら作業をしている人物がいた。
「……さぁて、どう……かな?」
また何かコンソールを操作して、ディスプレイを高速でスクロールするそれに平然と目を通していく。それで何かを確認し、これまた何かの図面らしき物を引き出し目を通し―――、今度はディスプレイ中の画像をいじりだす。
目の前には、直径3,4メートル程の大きさのエンジンらしき物と、それを取り囲む機器。それよりも離れた所に端末を操る、ツナギをはだけさせた女性がいた。
見るからに憔悴はしている様子だったが、動きを止める素振りが無い。疲れ以上に、それをやらなければいけないとでも思っているのか、集中を途切れさせない。
そして、それより更に十数分後。
「……ん―――…………良し」
出来映えに満足でもいったのか、にんまりと笑う。
「後は、実際に手を加え直して、と……」
肩の関節をほぐしながら、エンジンの下へと向かって、
「―――どう、はかどってる?」
背中からくる、よく知る人物の声に、右手を上げて答えた。
「……まあ、ぼちぼちね」
作業着姿の女性と声を掛けてきた人物。
マオ・トリアノスにイネス・フレサンジュの二人だった。
「…にしても、また形、変える気……?」
少し呆れ気味なイネスの視線の先にあるのは、それ用の台座に固定された漆黒の巨人―――機動兵器だった。
艶の無い黒色で統一され、装甲の縁等に紅が差してある、それ。
外観はエステバリスタイプに近い物はあるが―――、
横から見れば機体の腕をゆうに覆える大きさの肩部装甲。
腰部分の装甲もそれぞれが大きく作られてあり、腰の横の装甲はそのまま足の長さに近い程にある。
背中には、折り畳まれたウィング―――骨格部分が奇妙なほど膨らんでいる―――が、中央部分に位置するテールバインダーを挟む様に収まっている。
それは、先日アキトが乗り、空から落ちてきたチューリップをも難無く凌いで見せた機体だった。
今は各部ごとに端末からコードを繋げられ、或いは装甲を外され中身が剥き出しになった部分もあるが、完全な状態で立ち上げれば十数メートルに達する事だろう。
「ん。当――然ね、この前ので少しはデータ取れたし」
言いつつ懐から煙草を探る仕草をし、懐に無い事を思い出して顔を顰める。
「……それはいいんだけど。…グラビティブラストが無くなってるわね」
そうイネスが言うように、
機体から、かつては有った筈の背部の砲門が消えていた。
「……聞きたい?」
「……ま、そうね」
「うんうん聞きたいわよね? OK、OK。じゃ、まずは兵装の仕様、一部変更について―――――」
何時の間に取り出したのか、先ほどまで向かい合っていた物とは別の、クリップボードのような端末を片手に説明を始めた。
先ほどまでの疲れは何処へやら。
その顔は実に楽しそうだ―――
世の科学者技術者は、揃ってこんな感じなのだろうか……?
(……ハタから見れば、私もこんな感じなのかしら……?)
不意に浮かんだ己の考えに、両目にほんの少しどんよりとしたものが浮かぶ。
「イネス、聞いてる―――?」
「…はいはい、聞いてるわよ。……そういえば、相転移エンジンの方はどうなってるの?」
その時マオの眉が動いたのをイネスは見逃さなかった。
「…エンジンの小型化そのものは、彼のおかげで何の問題も無かったけどね。どちらかといえば……エネルギー変換―――はともかく、伝達に掛かる負荷の問題の方が深刻だったわね。……ま、それも何とかなりそうだけど」
最後には、何の気負いも無く言いきった。
言ったからには、やり遂げてのけるだろう。この人物なら。
イネスがネルガルに入社した頃からの付き合いである、マオ・トリアノスという女性はそんな人物なのだから。
「にしても、驚かせてくれるわ……。確かに相転移エンジンの小型化の話は挙がってたし、企画の段階なら、それ搭載の月面フレームなんてのもあるけど―――。ここまで癖のある機体になっちゃうとはね……」
苦笑するマオに、イネスが混ぜっ返す。
「直接作ったのはアナタでしょうが」
「あんたもね」
この機体が完成した時イネス達がした事は、まずこれを完膚なきまでに隠蔽する事だった。
それは、まっとうな研究所では置いておく事もできない。それ程のものだったから。
幸いな事―――なのだろうか、この地には元々秘匿性の高い所が多く、誰が作ったのか研究所の記録にもない場所まであり、隠す場所に事欠くことは無かった――――
「……さて―――――、現在火星に居るのは、最低でもこの研究所にいた面子と私達を含めて僅か数十人って所でしょ。こんな状況で、来るの?」
「来るわね。確実に」
マオの、まるで天気予報でも聞くような口調に対して、
イネスは迷わず断言した。
それは彼女からすれば確定した事だ。
火星会戦時、軍は出来うる限りの避難民の救助を行なったが、それが出来たのは戦線を維持できていたユートピアコロニーを含めた僅かな地点のみ。
ましてや辺境とも言える地の研究所にいて火星から出られた者など、それこそ僅か。―――ネルガルが今最も推し進める研究の主要メンバーは火星に残っているのだから。
何より。
ここに来る、と。そう決めた男がいる限りは。
イネスの口調に何を感じたのか、目を細め暫く声を途切れさせて。
不意によぎった事柄に声が洩れる。
「…あ。…それで思い出した。……ユートピアコロニーのみんなの方はどうなってるのよ?」
「無事よ。……無人兵器の識別装置をガメて流用したのが効いてるみたいね―――」
台詞の中に一部不穏当な物がある気もするが、それについて言及する者は何処にもいない。
頭の内で色々整理したのか、マオが息を吐きながら呟く。
「……じゃあ、差し当たっては、私達の今後ね。もうすぐ、このコも完成、というか最終調整終わるから――――」
「アキト君なら当分来ないと思うわよ」
至極冷静なイネスの一言に、マオの動きが止まる。
「……なんで」
「正確には、向こうの連絡が無い限りこちらはどうしようもない―――と言う事だけど」
そう言って後、何か思い出しでもしたのか口許がほころんだ。
―――向こうは向こうで今頃大忙しといった所だろう。
イネスの脳裏には、今頃地球で彼方此方へ飛び廻っているかもしれない男の、少し困ったような顔が浮かんでいた。
そんなイネスの様子とは別に、マオが頭をがしがしと掻いて溜息をついた。
「……もし何か起きたとき、どーすんのよ?」
明らかに「面倒くさい」とでも言いそうな表情だ。
その顔は地球でも例の台詞を言っているだろう、ある人物を思い出す。
(―――こういう所はそっくりだわ、この兄妹)
当人達から文句の来そうな台詞は、そう胸中に言うだけに留めておいて。
「……こういうものが有るわ」
イネスが懐より取り出し足るは―――、無針注射器だった。
中に入った不思議な輝きを持った物体からして、IFSの投与機なのは間違い無い。
「まさか―――」
「ま、保険よ。もしもの為の」
口半開きで呆れ顔のマオを見て、イネスはまた笑う。彼女のそんな顔は、結構珍しいのだろう。
「はー……。じゃあ、<エリンギウム>の慣性中和システム、もうちょっといい物にしないとなんないわ……」
私に肉体労働なんて割に合わないんだけどね―――、と呟きながら作業に戻ろうとする。
そんなマオに対して。
何か疑問でも沸いたのか、イネスが聞き返す。
「…………<エリンギウム>……?」
「ん? あぁ、このコの名前」
格好良いでしょ? と、やけに爽やかな笑顔でのたまうマオに少し呆れながら、
イネスはまた、その機体を見上げる。
黒と紅。
機体の色をそう指定をしたのはアキトだ。
でも名前に関しては付けず終いのままだった。
(……まあ、妙な名前付けられるよりは―――良いわよね?)
イネスはかつてのアキトの機体の名を知らない。
恋、そして、呪い。
―――それはかつての或る世界の、或る男の残照。
これからを思うのならば、
そんな名を冠されるよりは、良いのかもしれない。
「……ほらほらイネス、手伝いなさいって」
「はいはい。判ってるわよ―――――」
マオに急かされる中、イネスはもう一度彼の男の事を思い浮かべる。
―――今、如何しているのだろう?
今も足掻き続けているだろう男を思って、
意識はしていなかったのだが―――、唯静かに笑みを浮かべた。
◆◇◆
―――視界はほぼ真っ黒だった。
その空間の中にいるのは一人の女性。
取り敢えず、その空間に目新しい物はない。
彼女の視界に見える物といえば、
『GAMEOVER』
そんな画面が目の前に表れているのみ。
そんな状況の中、彼女は。
がっくりとうなだれていた。
……まあ判っていてはいたのだけれど。
はふ。
とさして意味もなく溜息が出る。
そんな状態のまま。彼女―――イツキは、
真っ暗なその場所―――筐体から這い出ていった。
「……はぁ」
「お疲れ。結構やるようになってきたかな」
隣にあった筐体からも人が出てくる。アキトだ。
「……」
アキトの言葉にもイツキは反応しない。と言うよりも、幾分か半眼気味な視線で見返す。
「…説得力無いですよ。これで何連敗だと思ってるんですかぁ……」
「……」
返答に詰まってアキトが苦笑した。
二人が今いる場所はネルガルの所有する某研究所―――訓練施設と言い換えてもいいが―――その最新型シミュレーター・ルーム。それは本来別の地にあったものだったのだが、ここでは一部ながら機動兵器関連の研究もあり、新たに新設したのだ。
そして先程の光景。
あれはそのシミュレーターにて、ここ最近見うけられる光景だった。
「―――これでカザマの45敗目、と」
シミュレーターの内容をモニターで見ていた男―――リカルドが、これまで数えていたのだろう、実にあっさりと言った。
イツキの肩が目に見えて下がり、沈黙した。
「…………うぅ」
イツキがこうしてアキトにシミュレーターでの訓練を受け始めて1ヶ月近くは経つのだろうか。
元々の下地があった所為か、呑み込みがやけに早かった。
だが、それでもアキト相手では、いいようにあしらわれるだけだった。
「……じゃあ、やめる?」
ふとアキトが僅かに目を細めてイツキに問う。
「―――やります」
それは全く間を置かずにきっぱりと。
そうして返ってきた答えに、
少しだけアキトは苦笑しながらも、ゆっくりと頷いた。
リカルドは二人の様子とは別に、彼は彼で作業を続けていた。それと言うのも、何処ぞの誰かが無茶極まる依頼をしたからだ。
その張本人を横目にし、
「……アキト。コレは、本当にこのスペックでいいのか?」
「いいんじゃないですか? そのままで」
二人の会話の主題は幾つかの原案―――エステバリスのカスタマイズタイプ、その先行試作型の事だ。
ただ、新しく様変わりした重力波ユニットを通常より増設するという事は、より高機動戦闘を可能とさせる。
その代わりに、それに見合った―――或いはそれ以上の能力も要求するが。
リカルドの言はそこから発する物だが、
「それ以上性能を下げたら、カスタム機の意味が薄いですよ」
アキト的には、これ以上のデチューンは容認できないらしい。
「んじゃ、こっちだ。……こんなモン造ってどうすんだ?」
「……それこそ、いつかは必要になります」
ディスプレイに映るそれへの、短い会話。
「……ま、いい」
苦笑気味に溜息を吐き、次いで指を差す。部屋を出ようとしたイツキが何事かとこちらを見ている。
「造る分には構わないが……後始末もきっちり出来る様にしとけよ?」
「……やれやれ。……仕方ない、か」
リカルドは先のことを思って溜息を吐きそうだった。
さっさと終われば後腐れも無いんだが。
そんな埒もない考えが浮かんでしまうが、ま、これは寝不足の所為だろう。ここ3日ほど家にも帰らずの状態である事だし。
手持ちの端末を操作しながら、家で待っているだろう家族のことを思っていた。彼からすれば、そっちの方がある意味脅威だ。
だが、先の事は予想できはしない。
これから何が起きるのか、どう世の中が動くか。
「まあ、それこそ考えても仕方が無いか―――――」
呟き、懐を探る。
目的の物―――煙草はあった。が、
「……」
最近禁煙している事を思い出したのか、
今度こそ気怠く溜息を吐いた。
地球。そして火星。
戦いの舞台は、まだ仕上がっていない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
後書き
後半のイツキ達はちょっとオマケ。その内地球での話も書くとは思いますが……まあ一応。
それはそれとして。マオさん、なんか楽しそうです。
そのせいか……イネスさん、意外にまともだなぁ……。
……あれ?
済みません、挨拶が遅れました。
去年は去年で色々ありましたが、何とか無事に2002年を迎えました。
今年もよろしくお願いします。
さて。
……火星のオリ(ュ)ンポス山は火星―――太陽系で最大級の“山”です。
高度、25〜8キロメートル……。
そんなバカみたいにデカイ山があって研究所がひとつというはちょっと考え難いかな、と。
TV版の記憶もうろ覚えに(殆ど覚えてない)なってきた今日この頃―――――
設定、色々いじってあります。
……今回で、名無し君には、エリンギウムと名前がつきました。理由は、花言葉です。
詳しいスペックはまた今度。まだ顔見せですから。
その前に。
劇ナデのブラックサレナ、実は相転移エンジン積んでないんですよね。エステバリス・アキトSPの特製バッテリーに、バッタのエンジンを追加装甲に搭載―――が全容の筈です。
プロローグでちょっと出没したアレは火星での決戦後何度かVer.Upした物で、劇場版のとは内容が似ても似つかない物です。…言い忘れてましたが。
まあ、元々ブラックサレナには決まった形なんて無かった事ですし、ね。
で、月面フレームに付いてた時の小型相転移エンジンの大きさが約5メートル前後。更に小型化したとして―――。
……上記がエリンギウムの巨体の理由の一つです。
――作者的補足――
エリンギウムはセリ科の植物で、花期は夏です。
で。花言葉は―――――、
『光を求める・秘密の愛情・無言の愛』
……以上!
代理人の感想
エリンギウム・・・・・・御免なさい、キノコしか想像できないです(核爆)。
「ZOIDS /0」のお兄ちゃんがそんな頭してたな〜、とか。
寒い季節、鍋物に入れると美味しいんだこれがまた、とか。
は、まさかゴッドムネタケ専用機っ!?(激爆)