川の土手を一人、歩く。

 

 河川敷ではしゃぐ子供。

 

 或いは散歩をする老夫婦。

 

 ―――何処にでもある、平和な風景だった。

 

 ・・・例えそれが仮初のものでも。

 

 

 空を見上げる。

 

 青い空、それは火星のものとそう変わりがあるものではない。

 

 だが、

 

 火星の空のほうが澄んでいたように感じるのは何故だろうか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦艦ナデシコ  もう一度逢う貴方のために

第5話

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――彼は、唐突に現れた。
 それも、未だに解明されていない、生体ボソンジャンプ、等という方法によって。
 そして自分も含めた一連の幹部を下がらせると、会長と二人で何らかの会話をした。
 その時どのような会話が有ったのかは知らないが―――、
 その直後の二人の表情を見比べるに、どちらに主導権があるのかは判ろうもので。
 それからというもの、彼はネルガルの抱える幾つかのプロジェクトに
新機軸の技術とアイデアを持ちこみ、協力している。

 

 だから、と言う訳でもないが、ネルガルにとってVIP中のVIPである事は、間違い無い。
 それが――――、
 そんな彼が――――、

 

 

「ん?テンカワの奴なら、今は休憩中だ」

 

 ・・・何でコックなんてやってるのだろう?

 

 一瞬、自分の頬が引き攣った―――ような気がした。

 

 

 

 

 

 

「・・・まあ、アイツの事だから土手の方にでも居るんじゃねえか?」

 

 店の入り口で佇むその女性、エリナ・キンジョウ・ウォンの姿が余程不憫に思えたのか、
その食堂の主人が顎に手をやって呟いた。

 

 そういった、アテになるのか解らないコメントを頼りに、
それなりに歩いて歩いて探し回ったその先に、

 

「・・・いた」

 

 河原の土手で寝そべっていた。
 無造作に。

 

 探し回った挙句がそれなのだから、怒鳴るなりしたい気もするが、実際には呆れた顔を浮かべ、
苦笑してしまう。
 そして別に必要も無いのに、自然と足音を忍ばせてしまう。だが。

 

「・・・ん――――――」

 

 呼んだ訳でもないのに薄っすらと目を開け、ゆっくりと体を起こす。

 

「あ・・・、起こしちゃった?」

 

 その方が都合が良い筈なのだが、心持ち残念そうな顔でアキトの隣に立ち、座りこむ。

 

 アキトの眠りは浅い。実際には浅い訳ではないのだろうが―――
そのような訓練を積んだのか、或いはそのような生き方を常としなければならなかったのか。
それこそ分からないものの、誰かが近づけば即座に目覚める。

 

 相手によっては覚醒もしないままに殴り倒す、と言う話を聞いた事があるし―――、

 

 

(そう言う意味では信頼されているのかしら?)

 

 そんな思考とは裏腹に、自然と出るのは溜め息混じりの文句だった。

 

「人が来るの解ってるんだから、もっと解り易い場所に居て欲しかったわね」

 

「・・・携帯持ってるんだから、そっちで確認すれば良かったんだと思うけど?」

 

 そう返されて沈黙するしかなかったエリナは、憮然とした表情でそっぽを向いて―――
何とはなしに視線だけを向けて。

 

 どこか透明なその表情に、何となく落ち着かなくなる。
 アキトの浮かべている表情―――多少なりとも笑みを含んだ目は、
まるで久しぶりに会う友人や家族が、以前と比べてあまり変わらない人に向けるようなもので、
どうにも妙に落ち着かなくなるのだ。

 

 アキトが口を開いたのはそんな時だった。

 

「・・・珍しいな」

 

「何が?」

 

「スーツ姿じゃないエリナを見るのは初めてだな―――ってね」

 

「・・・」

 

 言葉のままに自分の服装を見る。
 白のブラウスに黒のフレアスカート。
 普通の格好だろう。普段の自分を知る人が見れば、気味悪がるかもしれないが。

 

「・・・あのねぇアキト君?」

 

「うん?」

 

「この間あの食堂に行った時の事覚えてる?」

 

 そう言われて思い出すのは、エリナが一度だけ雪谷食堂に来た時の事。
 大衆食堂に、白いスーツで身を固めたエリナ。

 

 どういう訳か、妙に浮いていたのを覚えている。

 

 アキトが何を連想させているのか解り過ぎるくらいに解ったのか、ほんの少し頬を染め、
遮る様に手に持っていたファイルを手渡す。

 

「・・取り敢えず、クルーが決まったわよ」

 

「遅かった―――ん?」

 

 極秘と銘打ったファイルを読み進めていって、その最後。違和感を感じ、もう一度目を通す。
 そこに本来なら載っている筈の項目。それが無かった。
 向けられてくるアキトの視線の意味を正確に感じ取ったのか、エリナは肩をすくめて答える。

 

「予想はしていたんじゃないの?」

 

「まあ、ね。しかし、往生際が悪いとも言えるな」

 

 ファイルの抜けている事柄から、二人は言葉少なにやり取りをし、思案深げに眉を寄せる。

 

「・・少しやりすぎたんじゃない?・・・・
 まあ、軍のお偉方の鼻柱を折ったのは小気味よかったけどね」

 

「・・・・」

 

「で、その張本人は何かと人が忙しい時に行方不明になるし」

 

「それは言いっこなしだよ。それに大体は日帰りで済んでいるんだが」

 

「少しは大人しくしていられないの?」

 

「多分―――無理だろ」

 

「居直り?」

 

「人聞きの悪いことを言わないでくれ」

 

 アキトが苦笑して目をそらすと、エリナもまた軽く咳払いをし、

 

「まあ、いいわ。それより、それの件で会長が会いたいって」

 

「どっちのだ?」

 

「そのファイルの件よ」

 

 その言葉に、もう一度ファイルに目を向け、僅かに表情を歪める。

 

 安心とも困惑ともつかぬ、何とも言えない微妙な表情。
 一度目を閉じ、見開いた時にはそれも消えていたが。

 

 

 

 

「――――わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 サセボの住宅街、その中の一画――――

 

 アキトは一人、ベランダに置いた小さなベンチで腰掛けていた。
 月が見えていた。薄い雲がヴェールの様にかかった、少しぼやけた感じのする満月が浮かんでいる。
 それでも尚、白銀に輝く月光が、ベランダから見える風景を薄っすらと照らし出していた。
 アキトは、ずっとそれを見つめていた。飽きるでもなく、ずっと。

 

 一陣のなびく風が―――髪を緩やかに揺らしていた。

 

「アキトさん?」

 

 背後からかけてきた声。
 少し前から其処に居るのは知っていた。それが誰かも。

 

「―――どうかした?こんな時間に」

 

 だから、肩越しに問いかけた。

 

「えぇと―――――」

 

 上手く言葉が見つからなかった。だから、首を少し傾げさせたままで近寄る。

 

 

 ベンチに座るアキトの横に、寝巻き姿のイツキが立った。
 アキトがちらりとイツキを見ると、何故か少し不安そうな表情でアキトを見ている。
 おずおずとアキトのに向けて手を伸ばし、確かめる様に顔を掌で包み込んで。

 

 ―――掌から伝わる温かさに顔を綻ばせる。

 

 アキトはそんな様子に、ただ静かに微笑む。

 

「別に幽霊の類じゃないよ」

 

「判ってますよ。ただ何となく―――です」

 

 イツキは照れたようにそっぽを向く。

 

 それからまた、どちらからと言うでもなく、無言で目に見える風景を眺めていた。

 

 もう一度、先程よりも強く風がなびいた。
 さあっと風が擦り合う音がした。

 

 

 静かな、穏やかな夜だった。

 

 

「あともう少し、でしたよね」

 

「―――――」

 

 イツキの言いたい事は解っている。

 

 スキャバレリ・プロジェクト。
 現在の所目的がはっきりとしていないものの、このプロジェクトの為に、
今現在、各分野のエキスパートが集められている。が、その全容を知っている人間は極僅かだ。
 今同居している二人もまたその目的を知った上で、否、知ったからこそ、それに参加していた。

 

 

「やっぱりついて来る―――みたいだね、その顔じゃ」

 

 もう一度問うつもりで顔を向けて、表情が何よりも雄弁に語っているのに気付き、微かに苦笑する。

 

 

 その本来の目的を知れば、付いてくるのは解っていた筈なのに、
話してしまったのは、何故だろうか―――。

 

 自分でも解らなかった。

 

「・・・行くも何も、もう契約済みじゃないですか。―――往生際が悪いですよ」

 

 そう背中からかかる声に、今度こそ苦笑する。

 

「起こしちゃいました?」

 

「ええ。―――というより、何となく、起きてしまいました」

 

 ストールを羽織ったフィリアがベンチのすぐ後で佇んでいた。

 

「それに―――、アキトさんの話だと、アイはまだ火星にいるかもしれないんでしょう?」

 

 そのフィリアの問いに、アキトの瞳が僅かに揺れる。

 

 そう―――、
 アキトは、今自分や彼女達がここに居る原因―――
 ボソンジャンプに関して、辺り障りの無い所まで話していた。
 無論、核心に触れる事柄を話せるわけは無いのだが。

 

 ―――今の所は。

 

「―――えぇ。少しややこしい事になってそうですけど」

 

「なら、決まりですね」

 

 少し歯切れの悪いアキトの返答に対して、フィリアは笑顔ながら有無を言わせない様子で言いきる。

 

 そんな光景をイツキがぼんやりとした表情で見ていた。

 

 最近になって、アキトの笑顔を見ることが多くなった。
 火星にいるときもあまり見ることの無かった、笑顔。
 これまでの事、これからの事を思えば、それは喜ばしい事なのだろう。

 

(・・・でも―――――・・)

 

 アキトは気付いているだろうか―――――

 

 自身が闇夜に包まれる時、月光に照らし出されていなくても、
何処までも儚げな雰囲気を纏っている事に。
 何時か感じた、あの消え去りそうな背中そのままに。

 

 これだけは、あの日から接し続けても完全に消える事は無かった。

 

 それだけは残念に思う。

 

 ―――ひょっとしたら、それが理由で乗り込むのかもしれない。
 それはフィリアにも言える事で、アイの事を除いたとしても、
そこには似たような思いがあるのだろう。

 

 そこまで考えて―――、
 イツキは自分が苦笑しているのを、何となく自覚していた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 サセボ港の軍事区画、その数百メートル地下。
その広大に広がる空間に設けられたドックには、純白の戦艦が横たえられていた。
 ナデシコ。それがこの艦に与えられた名だ。
 通常の艦とは一線を隔した形状の、そのブリッジ部分で、

 

「―――――よし、今日はここまでにしとこうか」

 

【はい、アキト】

 

 アキトの言葉に一つの文字だけのウィンドウが開き、答える。
 ―――オモイカネ。純白の戦艦、ナデシコのシステムを一括管理する思考型中枢制御システムだ。

 

 アキトの居る場所は、後にオペレーターが座る事になるだろう場所。
 まだ微調整の最中なのか、剥き出しになっているコードや機械の類に埋もれた席に座っている。

 

「あぁ、オモイカネ。言い忘れてたけど―――」

 

【何でしょう?】

 

「あと二月位で、ここに乗り込むクルー達がやってくる事になるぞ」

 

【はい、アキトの記憶にあった人達ですね】

 

「・・ああ」

 

【今から楽しみです】

 

 何時になくカラフルなウィンドウが開くと、一瞬虚を突かれたような顔になり、
その一瞬後には笑みを浮かべていた。

 

「―――ああ、きっとおまえも気に入ると思うぞ。オモイカネ」

 

 最初の頃の記憶に有るよりも遥かに人間くさくなってきたオモイカネに、そう応えて、
その場所を後にした。

 

 

 

 

「もう冬か――――――」

 

 家路へと至る並木道を通りながら、その事を改めて実感する。

 

 こうしている間にも、その時は近づいてきている。

 

 今もこうして感じる冬の気配が、否が応にもそれを感じさせるのだ。

 

 

 後、一ヶ月。
 またあの場所に集まるであろう人達。

 

 ―――あの、懐かしい人達。

 

 ・・・元気にしているだろうか―――――

 

 ふと想い、それを切に願う。

 

 空を仰ぎ―――――、

 

「もうすぐだ――――――・・・」

 

 たった一言。
 零れ落ちる様に呟かれた一言に、
 どれだけの想いが込められているのだろうか―――――

 

 

 

 何処にでもある、一見穏やかな日差しの下。

 

 アキトは懐かしむ様に、或いは焦がれる様に――――、

 

 ―――静かにその時を待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 魔術師は静かに“時”を待つ 〜Fin〜 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 エリナ、ようやく登場です。

 

 アキトもそこはかとなく昔の雰囲気に近づいてる、のかな。
 微妙に枯れてる気もしますが。

 

 補足的な話になりますが、某食堂とサセボとの距離は結構ありますよね(TV1話参考、多分)。
それでも其処で働いているのは(というかバイト(?))ちょっとした我侭(或いは恩返し)
みたいなものです。

 

 しかし、
 今回で本編一話初め辺りまで行くと思ったんですが、読みが甘かったようです。
おまけに結構削ってしまったし・・・。
 次回こそナデシコメンバーが全員登場―――するといいなあ(少し自信ナシ)

 

 

 ああそれと。
 良くある質問で来るのが『ヒロインって誰?』とかいうのですが。

 

 ・・実は全く考えてませんでした(汗)
 が。
 気付いてる人はいっぱいいるでしょうが、作者の思考、及びその嗜好はマイナーです(爆)

 

 

 ・・・つまりはそういう事です(謎爆)

 

 

PS1:イツキってこんな性格だったっけ?
    なんか定着してしまったんですが・・・。
    いっそオリキャラと断じても、問題無いように感じてしまった
    今日この頃(苦笑)

 

 

 

PS2:最近色々あってネットに繋ぐ事が減ってます。
    ・・そういった理由でメールの返信が遅れてます(汗)
    今週末くらいには返信できると思うので、「まだ返信が来てない」
    って人はもう少し待ってて下さい。

 

 

 

 

 その日、あの「思いで」が始まった日。

 

 また会う、だが初めて会う人たちの中で―――、

 

 アキトは改めて時の道筋が変わりつつある事を実感する。

 

 そしてまた―――時の歯車が噛み合う。

 

 次回 第六話 「変わりゆく世界の中で」

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

 

かわさんからの投稿第七弾です!!

う〜ん、着々と準備をしてますね〜

それにしても、アキトとアカツキの会話ってどんな感じだったんだろう?

なんだかエリナは既に、アキトを気に入ってるみたいだし(笑)

でも、本当に誰がヒロインなんでしょうね?

 

・・・ま、Benがそう聞き返されたら、困りますけど(爆)

一番気になるのはマオさんの現状です(核爆)

 

それでは、かわさん投稿有難うございました!!

 

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