数刻。
上空で激しい戦闘が行われている。
一つ、また一つと鼓動が高まる中、俺はモニターに映る遠く前方の機体を眺めていた。
先には、真っ赤な機体が錫杖を構え、悠然と立っている。
冷
目前に、もはや完全に届く距離に、自分の倒すべき目標が立っている。
幾度となく現れた障害。
すべての始まり。
そして......
『決着をつけよう』
声が聞こえた。
己の鎧から流れる、雑音を灯した声。
全てはこのためだった。
身につけた技量。
培ってきた経験。
それは、このため。このために。このためだけに。
己の拳にイメージを込め、そして、いつでも放てるように構える。
『抜き打ちか。。。笑止!』
再び声が聞こえた。
もう一度、眼前の敵を見つめる。
……ああ、そうだ。
あれだ。あれが原因だ。
あれが。あれが全てを――
感情が不意に爆発した。
全てを。全てを、全ておぁぁぁぁっ!
あれが、俺のっ! あれが、ユリカをっ! あれが、あれがっ、あれがぁぁっ!!
ぁ、、、、
あああああああ!!
心の中で、全ての箍が外れた。
今まで塞き止めてきた何もかも、何もかも、溢れ出すような感情のうねりが襲う!
がぁぁぁぁぁぁぁっ!
イメージは鎧を動かした。
渦巻く感情の中、それの何もかもが、目の前の赤い機体を目指している。
打ち抜け! 破壊しろ! 壊せ! 壊せ!
ぶっ壊せ! 破滅させろ! 殺せ! 殺せ!
殺せぇっ!!
急速に近づく真っ赤な機体。
だが、自分には見えた。
あの鎧の向こう。 あの鎧のパイロットが。
酷薄な笑みを浮かべ、奪い取ったアイツがっ!
一瞬、暴走した感情が再び冷静さを取り戻す。
不意に世界が喪失する。
近づく機体。 徐々に、徐々に、徐々に。
まだ、早い。
一撃を。 己の放つ一撃を放つのはまだ早い。
まだだ。
近づく。
まだ。
すぐ先に。
まだ、
既に拳は届――
ドガァァァァァァァッ!!
全てを震わすかのような、絶大的な打撃!
その一撃。それが、己の鎧を振るわせ、自身の体を震わす。
轟音は、己の耳に届いていた。 震えは、視界にも影響を与えていた。
だが、その一撃をどこか遠い先に感じたかのような気さえした。
そう。今。
今だ。
溜め込んだ拳を、そのまま相手に叩き込んだ。
あぁぁぁぁぁっ!
ぐしゃっ! と、絶妙な手応えを感じる。
そして、ゆっくりと、まるでスローモーションのように、真っ赤な機体が沈む。
はぁっ....はぁっ....はぁっ......
どこかで、息が。
「はぁっ....はぁっ....はぁっ......」
ああ、自分が。 自分が発していたのか。
溢れ出していた感情はまだ静まらなかった。
行き場のなくした感情が、自分の中で蠢いている。
………ああ、全く。
目の前の真っ赤な機体を見つめながら、次第に沈静化していく感情に体を委ね、
………疲れた。
そう、思った。
そして、数刻。
空にはナデシコがある。
………そうだ。後はルリちゃんがやってくれるだろう。あいつのことも。何もかも。
視界に3機。懐かしき戦友の機体がこちらへと近づいてくる。
………後は頼んだ。
そこで、俺は微笑んでその3機を見、
「ラピス、帰還する」
『了解』
己の母艦へと、向かった。
Prince of Darkness
「ユリカ君は再び軍に戻ったそうだよ」
「ほぅ」
目の前の男は、にやにやしながら答える。
「連合宇宙軍大佐だってさー、凄いよねぇ、、うんうん」
軽い。
「そうか」
「それにしても、あの時のニュースは凄かったねぇ。 何せ、あのナデシコの艦長のことだからねぇ。世間も騒ぐって――」
他愛もない、それでいて重要な世間話を、アカツキと交わす。
それを聞きながら、いつも、想う。
……そうか、元気でやってるのか。良かった。
「ん? ……何だ?」
ふと気がつけば、今までの軽さが消失し、真剣に見つめているアカツキの顔がある。
苦笑。
お前には似合わん。
「……ユリカ君には、いつでも情報を渡すラインが繋がっている」
「会う気は無い」
「何故?」
アキトは、いつものようにこう答えた。
「そのユリカに会わなければいけない人間は死んだからだ」
アカツキもまた、いつものように軽薄に微笑みながら、
「ああ、そうだったね。 僕としたことがうっかりしていたよ」
そう応えた。
「艦は?」
「いつでも。 全く、、次はいつ戻ってくるのかねぇ。君は」
そんな呆れにも似た問いに、
「さぁな」
そう答え、
「あまり、無理はするなよ」
そう助言する。
「それは、こっちの台詞なんだだがね。全く……」
苦笑し、
「今、落ち目の会長だと有名だからね。少しはがんばらないといけないのさ」
トホホーと、情けなさそうに肩を竦めた。
「データは送信するよ」
「宜しく」
用件は済み、再びあの漆黒へと身を投じようとした時、そのネルガル会長は、不意に問いを投げかけた。
「・・・・・・そうそう、世間じゃ、君。何と言われているか知ってるかい?」
一瞬立ち止まる。
「知らんな」
興味も無い。
「Prince of Darkness・・・・・・闇の王子様だってさ。なかなか洒落ていると思わないかい?」
「冗談」
苦笑する。
「的は射ていると思うけどね。 君の背景に」
「は」
全く笑えない。
* * *
「アキトは私が好き!」
その言葉が、妙に懐かしい。
一方的とも呼べる愛の言葉。
疎ましかったり、照れくさかったりしたあの言葉を思い出す。
たまに思い出したように見る夢は、あのナデシコでの思い出だったり、
あるいは歩むはずだった遠いユリカとの暮らしだ。
ああ、全く。
お前は酷い奴だよ。ユリカ。
死人にくだらない希望さえ持たせるんだからな。
「愛してる」
仲間からはついに押されたかぁとか笑われたけど、本当に何時の間にかあいつが愛しくなっていた。
結婚するかと己から切り出したことを思い出す。
「は」
我に返る。
馬鹿か。俺は。
『ばか』
頭の中で、ルリちゃんの声が鳴る。
苦笑。
―――全く、その通りだよ。ルリちゃん。
不意に、轟音。
急速に鳴り出す、警告音。
入り乱れるモニターと、ウィンドゥ。
『敵襲』 『方位算出1-2-4』
「何だ! どうした!?」
先程まで、全く反応を見せてなかったユーチャリスのA.I.が目に見えて活動を始める。
すぐ先のブリッジへと走り、
「モニターON」
ラピスの声が響く。
「何故反応が無かった?」
疑問に思ったことをそのまま問う。
『迷彩』 『熱、光学センサー以外の反応無し』 『あるいは亡霊』 『未知の現象』 『宇宙の神秘』
そんなウィンドゥがずらっと並ぶ。
「冗談だろ」
モニターに画像が出る。
なるほど。
あながち冗談でもない。 目の前にはかの『六連』が、映っていた。
「は、、はははははは!」
思わず笑いが漏れた。
『バッタ、射出』
ウィンドゥの出現と同時、バッタが排出。
ようやく捕らえた映像には、『六連』の華々しい活躍が映っている。
全く、愉快極まりない。
「出るぞ」
機動兵器には、戦艦で対処しづらい。
それに、わざわざ地獄から出張ってきている彼らに申し訳ない。
そんな思いつきに笑う。
……うん?
「…………」
ふと気がつくと、ラピスがこちらをじっと見ている。
「何だ?」
「いや、いい」
ラピスが答える。
「元気が出たのなら、いい」
頭を捻る。
相棒の言うことは、いまいち良くつかめなかった。
格納庫に向かう。
鎧を纏い、これから起こるはずの戦いに高揚し、心臓が高鳴っているのが解る。
さぁ、行こう。 行こう。 行こう。 行こう!
宇宙へ飛び出す一瞬、ふと完全に忘れていた事柄を邂逅する。
全く。
ひどいのは俺か。
そんな解りきっている事柄を思い、後は完全に『アキト』の記憶を捨てた。
センサーは役に立たず、立つのは完全にモニターのみか。
『傀儡舞』
こちらからの射撃を不規則な動きで交わす『六連』を見ながら、高揚に身を任せた。
さぁ―――楽しもう!
* * *
『敵影無し』 『撤退、もしくは殲滅したものと推定』 『お疲れ様』
「はぁ....はぁ....はぁぁぁ」
呼吸を整える。
先程までの高揚感が消え去り、何か、ぽっかりと胸が開いたかのようだった。
「疲れたな」
本当に、ものすごく疲れた。
いつもの闇に委ねながら、このまま眠ってしまいたいとさえ思う。
「お疲れ様、アキト」
ラピスが、淡々と言った。
「お疲れ様、ラピス」
言葉を返し、
「帰還する」
己の母艦へと機体を動かす。
――――ああ、会いたいなぁ。ユリカ。
そんな、日々。
後書き
ごきげんよう。旅人です。
ナデシコという作品が公開されてから随分と月日が流れました。
あれからアキトはどうなったのだろうかとか。 ルリルリはアキトを追いかけるのだろうかとか。
これも、そんな妄想に溢れたエピソードでしたが、楽しんで貰えたら幸いです(ぉw
では、また別の話で会いましょうw
代理人の感想
読み終えた後、思わず笑みが浮かんでました。
おかしいんでも苦笑でもなく、ただ好もしいというだけの笑み。
まぁ可笑しいは可笑しいんですがw