『つまらないと思った本を壁に叩きつけず最後まで読むことを勇気と呼ぶ――
                                         太宰 治』





 「………終わりましたか? 大尉」

 「ええ。地上は沈黙を保っています……我々の説得が通じた証拠では?」

 にっこり微笑む女性士官。


 それに応じるように彼女は微笑む。

 「本当に、素直な人達でよかったです」









 地上からは煙が上がっている。

 ほんの少し前までは、そこかしこで戦闘が起こっていたのだが、今その気配はない。

 戦争は終わった。

 
 だが、いったい何故ここで戦闘が行われていたのだろう。








 「……降伏勧告にも、皆さん素直に応じてくれて、何よりでした」




 「本当に、ここに鍵が?」

 「ええ。確かにあるようです……ホシノ中佐」


 少し暗い顔をしたその幼き中佐に向かって、その女性士官は問い掛けた。


 「そういえば、『鍵』とはお知りあいでしたか?」


 「ええ」

 彼女は憂いを帯びた微笑で、こう答えた。

 「弟のような存在です」


   









ハーリー列伝

第九話










 



 最近、私を虜にしたとある『SSの台詞』

 『抜き打ちか・・・勝負師め!』




 ハーリーは、確かにその音を聞いた。

 しかし、それは幻聴のはずだ。

 ダンボールの取っ手から覗いた風景は、まるで悪夢のようだった。

 いや、まるででなく、悪夢だ。

 それが現実であるはずはない。


 もう、自分はそんな幻想やまやかしに負けたりしないのだ。

 それは、自分という存在を確立する上で、絶対的な行動でもある。

 何故ナデシコSS界でハーリーという存在が不幸の代名詞であるのか。

 そんなことをずっと考えたりしていたせいだろう。 



 「全た〜〜い、かまえ〜つつ〜〜!」

 はっきりと、声が聞こえた。

 しかもその声は、自分が幾度となく見た夢であり、絶対的存在感のある声だった。

 だがしかし、それでもこれは何かの夢であると、そう思い込もうとする。


 ざっと何かが近づいてくる音。

 「ホシノ中佐!」

 それにかけられる声。

 ハーリーの体が硬直する。

 それから心臓が早鐘のように鳴り出した。

 恐怖か。期待感か。それすらもわからず、ハーリーの意識が覚醒に向かっていく。




 ザッ と、足音が不意に止まる。

 五メートル。

 それ以上に遠すぎるということは絶対にない。


 どうしよう。

 どうしよう。


 静寂感が押し寄せ、耐え切れなくなり、思わずハーリーは取っ手の中から外を覗く。






 
金色の瞳が、こちらを見ていた。








 思わず悲鳴を迸らせようとする口を、ハーリーは必死になって押さえた。

















 ルリは、思わず飛びのいた。

 目の前の箱が微かに揺れている。

 中身を確認しようとしたのだが、真逆、こちらを覗いているとは思わなかった。


 
 「はーりー君。もう、逃げ場はありませんよ。おとなしく出てきませんか?」 気を取り直し、ルリは言った。

 微かに揺れていた箱は今、元の穏やかさを取り戻している。まるで、何もいないかのように。

 ルリは顔をしかめた。

 
 
 どうして、こんなことになってしまったんでしょうね? はーりー君。

 私、こんな事、本当はしたくないのに。

 私、本当にはーりー君のこと、かわいかったのよ。ええ。本当に。


 泣くはーりー君がかわいくて、いつも無理しているはーりー君がかわいくて。

 きっと、今姿を見ても、無理して微笑をうかべるんでしょう。早く、その姿がみたいなぁ。



 でも、私はだめね。あんまりにもはーりー君がかわいくて、だから……………

















 ………かわいさあまって、にくさ百倍という奴でしょうか?

 だから、殺します。ええ、遠慮なく。








 あなたが悪いんですよ。アキトさんのことを隠したりするから。

 それも、……あなたが首謀者だと言う話ではありませんか(微笑)



 ねぇ。はーりー君、愛しい愛しい、私のはーりー君。私に早くあなたの姿を見せてください!



 
 「さて、いいかげんに出てきてくれませんか?」 ルリは言う。


 「ホシノ中佐!」 誰かが叫んだ。

 大丈夫ですよ。と、答えてダンボールに歩み寄る。

 もしかして、がたがた震えてるかもしれない。


 それとも、必死になってこの状況を夢だと思い込もうとしているのだろうか? だとしたら……可愛いなぁ。




 ばっとダンボールをけりあげる。

 スローモーションのように、ゆっくりと空に舞い上がる箱。

 「さて、はーリー……君?」

 そこには、何もなかった。いや……求めているものは確かにないが、穴が一つ

 周りには少し膨らんだかのような盛り上がりを見せる土。



 ほぅ?  つまり……掘っていたということなのでしょうか? やってくれますね。はーりー君!


 彼との再会は未だ果たされていないが、それでも浮かんでくる微笑は隠すことができない。


 


 「重要証拠人、マキビ=ハリを追います。おそらく、この島のどこかにいるはずです。ただちに、捜索にあたりなさい!」

 凛とした女王の声と同時、ばっと何人もの兵隊が、その場から散った。





 ルリは考えていた。


 どこで、はーリー君はあのダンボールを手に入れたのだろう、と。

 しかも、日本製のを。
















 ☆ ☆ ☆














 ハーリーは、人生について考えていた。

 人間とはどうあるべきかを考え、次に自分が幸せになれるかどうかについて考えていた。

 思うに、幸福になるためには何かしらの試練を乗り越えなければならないのだ。

 だから、この不幸をのりきれば幸福になるのだろう。きっと。


 もっとも、これが『某作家』なら、逃れた所ですぐに『絶望の序曲』を奏で始めることだろう。これは確信だ。

 なにしろ、仲間内から『大魔王』などと呼ばれているような作家なのだ。

 トムと呼ばれた猫に負けて、『大蒲鉾』の呼称で呼ばれるようになった彼だが、ハーリーはわかっている。

 あれは、擬態であると。

 とりあえずは違ったことを喜ぶべきなのかもしれない。


 だからといって、自分が幸せになれる保証など、どこにもないが。



 ハーリーは土の中にいる。

 人生について考察し、ビッグバンはどうして起こったのだろうか? 神は本当にいるのか? 自分はこれからどうすべきか?

 ……と、土の中で真剣に悩んでいる。



 ハーリーは神の存在について考えていた。

 思うに何もなかった世界であっても、そこに何者かが存在するなら、それは神だ。きっとビッグバンぐらいは起こせるのだろう。

 神の存在については、確かな証拠がある。ゴートとかいう人物だ。

 もっとも、それが本当に正しいのかについては、著しく謎ではある。



 ハーリーは、将来について考えてみた。

 そろそろ、人類が太陽系を飛び出し、新たな移住惑星をみつけることだろう。

 自分が幸福になれるかどうかについては不明だった。



 ハーリーは、不幸という事柄について考えてみた。

 自分はそんなに不幸であるのだろうかと。

 考えても見れば、アキトとかいう彼女達が追っている人物のほうが、遥かに不幸であるかもしれないとは思う。

 妻を失い、五感は鈍くなり、中にはスペランカー化している存在だっている。

 だから、今ぐらいの幸せは暖かく見守ってやるべきだ。

 言うなら自分の不幸さは、とある公王ぐらいではないだろうか?

 思わずTRPGで悪い目が出たりするぐらいの不幸さを持った存在。

 それがハーリーという概念ではないのだろうかと。



 ハーリーは、これからのことを考えることにした。

 さて、これからどうすべきだろうか?

 掘ってきた穴は塞いであるし、ガスを入れられても全く問題はない。

 ならば、このまま土の中にいた方が安全だろう。

 だからといって、問題解決には全くならないが。


 ルリは確か短気な猫だったような気がするけれども、今回はアキトのことが掛かっている。

 紅茶を飲み、ゲームをしながら、最低でも一ヶ月は留まるだろう―――――耐えられるだろうか?



 無理。


 ハーリーはそう決断し、外に出ることにした。

 あれからたぶん、五時間が経過している。なら、そろそろまばらになってきた頃だろう。


 ハーリーは、上へ上へと穴を掘り始めた。


 『不幸の後には幸福が待っている』

 などという考えが、実は最初から破綻しているのではないかと、考えながら。



 光が見えた。こういう時に、何か言う言葉があったはずだ。










 思い出せなかった。



 















 後書き

 猫ネタはもう止めようと思うこの頃。


 次回予告


 深い穴ぐらから抜け出し、やっと世界の広さを知った彼の前、

 衝撃の鈍器と共に、

 一人の女性が立ちはだかる。

 その時少年はどう行動し、何を想うのか。

 運命の転機か、運命の終焉か、それともただの通過点か……

 次回、 『其の名は赤』

 ……赤?



 


 

 

代理人の個人的感想

・・・・・筒井康隆の小説みたいだなぁ、と(笑)。

その昔「虚人たち」だったかな、小説の構造自体を小説で表現しようとした小説を、

それを読んだ時に感じた感覚と似たようなものを感じましたね〜。

 

ゆけゆけごーごー、めいびーごーいんぐゆあうぇい。

 

 

 

 

 

・・・・・・文法間違ってるかな?(爆)