「で、あなたはどうするの」
若い女の声だった。
やや甘いアルトの音域と、教養を感じさせる口調とを併せ持っている魅力的な声だ。
酒場から船へと帰ってきたアキトは、操縦席に脚を投げ出して座り、これからのことを相談するために酒場での出来事を相棒ダイアナ・イレブンスに語っていた。
「おいおい、ダイアン。俺は相談してるんだぜ。で、はないだろう」
「そんなこと言われても、私はあくまで機動兵器のAIなのよ。決定権はいつでもあなたが持っている。それにもう、決めているんでしょ。ほんとに乗る気が無かったら、あなた、そんなこと私に話さないじゃないの」
アキトは、苦笑をかみ殺しながらスクリーンに映っているダイアナに答えた。
「まあ・・・な。なんか懐かしい名前も聴いたし、あいつには借りがあったからな」
「そうね。ほんと懐かしいわ。彼女、元気かしら。十年近く会ってないからだいぶ変わったでしょうね」
「そうだな。別れたのはお互いガキの頃だったからな。しかし、あいつがネルガルにいるとは思わなかったぞ。どういうつもりなんだか」
「いろいろあったんでしょう、別れてから。それよりアキト。ネルガルの戦艦に乗るのは決めたみたいだけど私を置いていくつもりじゃないでしょうね」
ダイアナがいたずらを思いついた子供のような笑みを浮かべ尋ねてくる。
「そんなつもりは無いさ。向こうもお前のこと知ってたみたいだぜ、ダイアン。ぜひ一緒にきてくださいだとよ」
「そうなの。それで契約はどんな感じになるの」
「いたって普通だよ。俺達はネルガルの派遣社員という形になるみたいだな。条件をつけたければ相談に乗るそうだ。それよりここ見てみろよ、クルーの選考基準が性格二の次・腕は超一流だってよ。どんな奴らが集まるんだか」
「ほんとね。ま、私達もそうなんでしょうけど。それで条件ひとつ付け加えといて。私には絶対に手を出さないこと。いじろうとしないこと」
「ひとつじゃないじゃないか」
「同じようなことでしょ。返事は」
「オーケー、わかってる。それが俺達が組むときの約束だからな。あいつらにお前専用のドックでもスペースでも作ってもらうよ」
「それなら私からはもう言うことは無いわ。あとはあなたが望むように」
「ありがとよ、ダイアン」
機動戦艦ナデシコ
星奏曲
第ニ話
目の前で何が起こったのかわからないほど子供ではなかった。
あの宇宙港のテロ事件を生き残ってしまった自分達は幼いままでは生きてはいけないと、それこそ死にものぐるみで半年間いろいろなことをこの孤児院で学んできたのだから。
それでも目の前のことを信じることを頭が拒否していた。
私を守るように覆い被さっている黒髪の少年は顔中血だらけになっていた。
倒れこんだときに鳴り響いていた銃声にやられたのだろうか、右目がなくなっていた。
声をかけようとする私に少年は残った左目を向け『じっとしていろ』と唇だけを動かした。
二十分もすると動いているのは、孤児院から立ち昇る煙と襲ってきた男達だけになっていた。
「あーあ。なんで連合軍の特殊部隊が孤児院なんか襲わなくちゃいけないんだか」
「まったくだ。火星独立の過激派の住処なんていわれても信じるわけ無いよな。しかもそれをやったのがそいつらのように偽装しろとは呆れて声も出ないぜ」
「この分だと半年前の宇宙港のテロ、あれも連合の工作じゃないか?」
「たぶん、そうだろうなー」
少し離れていたところに立っていた男達の会話が聞こえてくる。
心が凍り付いていくのが自分でもはっきりとわかった。
市民を守るためにあるはずの連合軍が自分達を襲うなんてそんなことがあってもいいのだろうか。
あまりのことに私の体はわずかではあるが震えてしまい近くにあった瓦礫を崩してしまった。
「まだ、誰かいるのか?」
男達は物音に気が付き辺りを見回し始めた。
しかし収集があったのか男達は瓦礫の山を一瞥すると去っていき、後には私と傷ついた少年の二人だけが廃墟となった孤児院に残された。
PiPiPiPiPi
「・・・・・・ゆ・・・め・・・だったのか」
長い黒髪をかきあげ目覚ましを消したミズキ ナツメは美しい眉を寄せた。
「何で今ごろあんな夢なんか」
ふと視線を上げるとカレンダーが目に入る。
今日の日付には赤いマル。
「そうじゃ。今日はあの二人がナデシコに来る日だったのー。だからあんな昔の夢を」
ひとり頷いてからシャツを脱ぐとナツメはシャワーを浴びるためバスルームへと向かっていた。
「なんで、山の上なんかに戦艦のドックなんて造るかなー」
下がってきた丸いレンズのサングラスを押し上げながらトラックを運転しているアキト。
邪魔にならない位置にスクリーンを出してそれに映っているダイアナは少し困ったような顔をしていた。
「しょうがないわよ。街中に造るわけには行かないでしょうから」
「まあそれはそうなんだけどな。でも、もし歩いていくことになったらたまったものじゃないぞ」
「そんな奇特な人なんていないでしょう。あら、アキトなにそんな顔しているの」
「いや、そんな奇特な人がいるみたいだ」
「えっ、うそでしょう」
ダイアナはアキトの右目の義眼(ダイアナが作ったナノマシン集合体の義眼)から映像をもらって確かめてみる。
「あら、ほんとだわ。大変そうね。ねえ、アキト。あの人乗せてあげたら。助手席空いているでしょう」
「しょうがないか」
苦笑して窓から顔を出し必死になって自転車を押している人に声をかける。
後姿からはわからなかったが必死になって自転車を押していたのは若い女性だった。
「ほんと助かりました。知り合いを追いかけてきたんですけど、さすがに自転車じゃ車に追いつけなくて」
「あなた、自転車で車を追いかけていたの」
ダイアナはとても楽しそうに微笑んでいる。
「ええ、昔の知り合いにあったんですけどその時は気が付かなくて。落としていった写真を見て気が付いたんです」
「そうなの。すごい形相で自転車押しながら走ってるから何事かと思ったわ」
「ええー、わっ、わたしそんなすごい顔してました?」
「ええ、そうよ・・・・・・って、そんな顔しないで冗談よ冗談」
「・・・・・・よかった。そんな顔人には見られたくなんて無いですから」
女性二人?がにこやかに話している間、黙々とトラックを運転していたアキトは目的地前で二人に声をかけた。
「お二人さん、目的地だ。ここからは関係者以外立ち入り禁止だろうからな。あそこに係員がいると思うから知り合い呼び出してもらいな」
「あっ、ありがとうございました」
「知り合いに会えるといいわね」
「はい」
女性はトラックが施設に消えるまで見送った後、係員の方へと歩いていった。
「あっ、あの人達の名前聞くの忘れたわ」
あとがき
2話です。
今回初、オリキャラ登場。
ミズキ ナツメと後半アキトが拾った女性です。
ネタバレになるため、後半アキトが拾った女性の詳しいことは次回ということで。
ひとつだけ言っておくと、TV版のアキトの立場に入ってもらうことに。
登場人物のプロフィールはこんな感じです。
テンカワ アキト 男性
宇宙港のテロで両親を亡し孤児院へ
孤児院での事件で右目を失う
ダイアナと出会うのはこのころ
その後、孤児院・宇宙港のテロの関係者を暗殺する
裏の世界では名の通ったエステバリスライダー
ダイアナ イレブンス 女性?
アキトの操縦するエステのAI
しかしそのエステは、ほとんどダイアナのオリジナル
どこかのマッドサイエンティストがオモイカネのオリジナルの遺跡に二十一世紀最大の天才と言われた人物の脳を融合したもので、自分で自分の調整や性能向上をやってのける異常な奴
もともと機械なのでハッキングなどの能力はマシンチャイルドを凌ぐ
モトネタは茅田砂胡先生の小説『スカーレット・ウィザード』のダイアナなので詳しくはそちらを
ほとんど設定は変えないつもりなので
ミズキ ナツメ 女性
長髪(長さは腰までくらい)黒髪黒眼長身痩躯
スタイルもよくイメージ的には黒豹
気の強そうな美人系
一人称は「儂」
宇宙港のテロで両親を亡しアキトと同じ孤児院へ
その後、数年間復讐のため一緒にいる
年はアキトとおなじ