「まあ、仕方ない。恨みは面倒ごとやらかしたキノコにぶつけるとして……各自武器隠しもって連中の制圧まで適当に待機していろ」
「「了解!!」」
アキトの言葉にカイトとレナが敬礼しながら答えると、それぞれが部屋を出て行く。
二人が出て行ったあと、アキトは大型のブラスターを隠し持つと食堂へと向かっていった。
守護者、そして……
第四話
男は歩いていた。
青い火星防衛軍海兵隊型の戦闘服を身に付け、右手にスタンナイフと呼ばれる電磁ナイフを握っている。
腰には45口径の軍用拳銃が固定されていて、いつでも抜き放てるような状態だ。
と、彼の目の前にナデシコの服を着て武装した人間数名が背中を向けていた。
一般人が銃を持っているわけではない。彼らから発せられる気配は訓練された兵士のそれだ。
すぐさま男たちに接近し、一番近くにいる人間に右手のナイフを振るう。
バチッ
一瞬だけ蒼白い閃光が通路を照らす。
「なっ!?」
仲間の一人の異常に気付いた男たちは後ろを振り向こうとする。
しかし、後ろを振り向くまでに青い戦闘服を着た男に二人を倒される。
五人中三人の犠牲を払って男へと銃を構え、引き金を引こうとした二人。
「甘いんだよ。生身でバッタと戦った事も無いくせに」
男がそう言い放ち、遠くにいる兵士へとスタンナイフを投げつける。
通常のスタンナイフはスイッチをし続けることで作動する。
だが男が持っているのは改造されてもので、一度スイッチを押せばもう一度押さない限りは作動し続ける代物だ。
「がっ!」
「はいはい。運が悪いと思って寝てろ」
同時に残る一人の腹部へと強烈なパンチを放ち、意識を刈り取る。
どさりと床に伏せる男たちを一瞥し、軽くため息をつく男。
テンカワ・カイト。火星では紫騎士と呼ばれる戦士だ。
「ったくもう、あのキノコは…ナデシコは民間運営とはいえ、300m級の戦艦だぞ。その制圧に1個分隊だけで足りると思ってんのかね?」
気絶させた男達を用意していた手錠と、ワイヤーロープで縛り付けてずるずると引きずりながらカイトはぼやく。
「こちら<騎士>。哀れな兵士5人確保」
肩に固定されていた通信機と小型マイクがきちんと接続されていることを確認してカイトは呟く。
小型の通信機だが、軍用で高性能な代物だ。ナデシコ内ならば何処でもカヴァーできる。
『<百合>より<騎士>へ。こっちも5人確保。<絶対>は10人確保だと。今までのも含めて総計30人。事前情報が正しいならこれで全員だ』
すぐさま返答がきた。アキトだ。
彼も同じようにナデシコ艦内を制圧しようとしている兵士を逆に制圧している最中だ。
『あ、連邦政府情報機関
双方向回線なので聞こえていたのだろう。レナが会話に入ってきた。
反対側からアキトの苦笑する声が聞こえてくる。
「じゃ、残るはブリッジの5人プラスキノコだな」
『そうなる。急いで集合しろ。奴にとってはナイスなタイミングで邪魔してやる』
「はいはい」
そういってカイトは通信を終了すると、あらかじめ用意されていたコンテナへと兵士達を放り込む。
中には既に気絶した兵士達がコンテナの壁に背中を預けている。
10名ほど両手両足の関節が外されているが、そいつらのことは意識的に排除する。
「間に合うかね?」
極力足音を立てずにブリッジを目指して走る。
火星での戦いを思い出し、怒りがこみ上げてくるのを抑えながら。
カイトがブリッジ前に到達して、数秒後にはアキトとレナが駆け寄ってくる。
アキトは大型ブラスターを手にもち、レナは巨大なハリセンを手に持っている。
「キノコは?」
「聞いてみろ」
ついさっき、彼らのコミュニケが強制オープンされてこの船の行き先が火星だと言う事を発表された。
そして今はムネタケとその護衛がブリッジへと入った直後である。
『この艦は私が貰い受けるわ!』
コミュニケのウインドウは高笑いをし始めるムネタケを見つめるブリッジクルーが映されている。
「ほう。やれるもんならやってみろ」
「カイト、落ち着け。………いくぞ」
アキトの静止とともに彼の右手が振られる。
その手は指を立てており、振るたびに立っている指が減っていく。
指がすべて握られると、次にあるサインを示した。
――突入! 突入! 突入!
レナがドアのセンサー領域に踏み込み、ブリッジへの通路を確保する。
続いてアキトとカイトが音も無く突入し、ムネタケの背後に迫る。
「ほ〜ら、私だけじゃないでしょ?」
突入してきたアキトたちに気付かないムネタケは自慢そうに大笑いし、次の瞬間にブリッジクルーの視界から消え去った!
銃声と、何かが殴られるような音とともに兵士達は床に倒れるが、それ以外は何の変化もない。
兵士達を倒した人間の姿も、ムネタケも。
摩訶不思議な事態に、ブリッジクルーは沈黙する。
ルリや、この中で一番冷静そうな男であるプロスペクターもあんぐりと口をあけている。
「な、なんだったの、今の?」
「さ、さあ?」
ミナトの呟きに、近くにいたメグミがかろうじて答えた。
静まり返ったブリッジの中に中年男性の声が響く。
『こちら極東艦隊旗艦、トビウメ! ネルガル所有機動戦艦ナデシコ! 直ちに停止………って、聞いてます? そこのみんな』
ウインドウ通信が展開。送信元は地球連合軍極東艦隊旗艦のトビウメ。
基本的には日本の呉軍港を母港としている船で、極東艦隊総司令が乗艦する軍艦である。
本来ならば、海中から飛び出し、注目の的だったはずだ。
しかし、先程の不可解な事態でフリーズするブリッジでは……残念なことに彼、極東艦隊総司令のミスマルコウイチロウは無視されていた。
『おーいナデシコぉ……聞いとるかぁー? ねぇ、聞いて欲しいんだけどね。私』
小さな声で呟くコウイチロウは、どうみても情けなかった。
ムネタケ・サダアキは、素晴らしく気分が良かった。
生意気なクルーを尻目に高らかに制圧を宣言したのだから。
これで、また評価が上がる…と思った矢先にいきなり薄暗い部屋に連行されてしまった。
「どぉもぉ。ムネタケ・サダアキ閣下。お久しぶりですねぇ」
やけに調子のいい声が後ろから聞こえてくる。
喉に突きつけられているのは、冷たい金属製の何かだ。
「あ、あんた達何者!? 自分のしてることが分かってるの!?」
「ああ、十分にな」
ぞくり、とするような酷く冷たい男の声。
「俺達はアンタが逃げ出したのを恨んでるのさ」
先程の男よりは幾分か柔らかい声だが、それでも十分な怒りと殺意が伝わってくる。
「安心してくださいな。殺すつもりじゃありませんよ。今回は」
「二度とナデシコにかかわらないで欲しいですね」
男の声が聞こえ、ムネタケの足ががくがくと震える。
戦場の空気を知らないこの男は、生まれて始めて恐怖というものを知ってしまったのだ。
「じゃ、おやすみなさぁい。安心してくださいね〜。両腕と両足の関節みんな外すだけですからぁ」
やけに楽しそうな女の声が聞こえると同時に、首筋に痛みが走ってムネタケの意識は消えた。
力が抜けたムネタケを床に転がし、カイトが何度かスタンナイフを押し付ける。
そのたびにびくっびくっ、と反応するが、意識自体は完全に消え去っていた。
「まだ弾が残ってるな…空にするか」
アキトのブラスターが火を噴き、ムネタケに命中するが、まだ生きている。
弾が非致死性のゴムスタン弾だったのだ。
もっとも、至近距離では十分な殺傷武器ではある。
「あ〜あ…関節外すの。やめたほうがいいでしょうかね?」
口から泡を吹いているムネタケを見て、レナが呟いた。
それに反応し、アキトとカイトがレナへ向けてにやりと笑みを浮かべる。
「いや、一応外しとけ」
「え〜、でもー」
アキトとカイトのにやり笑いに引きながらもレナは口を開く。
無意識に後ずさりしてる。
(や、やっぱこの二人兄弟よ………本当にあのアキトさんですか?)
「レナ、やる…よね? やってくれると前欲しがってた本、あげるけど?」
「あ、分かりました」
ごきり、ぽきっ、ぱきっ、めきょり、とすぐさま関節を外しにかかるレナ。
欲しいものを譲ってもらえるというのと同時に、彼らに逆らわないほうが懸命だと、身体が言ってるのだ。
「はい、終了」
「ご苦労さん。アキト、頼む」
「ああ、まかせとけ」
軟体動物と化したムネタケを引きずりながら、アキトが部屋を出て行く。
それを見つめた後、カイトは部屋を掃除し始める。
痕跡を残さないように。
作業を見つめながら、レナは部屋を退出しようとしつつ、考え事を始める。
(忙しい日々になりそうですね……次は……サツキミドリ撃破阻止…でしたっけ?)
はずれ。
次は地球脱出イベントです。
(歴史っても、昔のことだから大まかなこと以外わかんないんですよね…それに、戻るの失敗してだいぶ経つし)
彼女の予定では、アキトが15歳くらいの時に干渉する予定だったのだが、イメージングをミスった上、サポートも失敗してほぼランダムジャンプしたようなものなのだ。
おかげで、カイトという存在や連邦政府の存在までいろいろと予想を狂わせてくれる。
(まあ…最終的にあの結果を妨害すれば、いいんですけどね)
自分が良かれ、と思っていることをやっているが、それが成功するとは限らない。
逆に、悪い方へといってしまう可能性もあるのだ。
その可能性を踏まえ、もう一度気をつけるようにする。
が、すぐに集中力が切れていつもの自分へと戻っていくのをひしひしと感じる。
(……はあ…ハリセン使わなかったなぁ…)
そのせいか、妙にずれたことを考え始めてしまった。
まあ、メイド服に自身の身長ほどもあるハリセンを持った彼女もこの場には十分不適格だが。
「せっかく作ったのになぁ……」
部屋を出ると整備班ご用達のツナギ姿でぽんぽん、と肩をハリセンで叩きながら自室へと向かっていく。
……………どーやって着替えた貴様!
そこそこ上質な執務机に一人の男が座っている。
スーツ姿で銀髪をざんばらにした男は、机の上に広がっている書類に目を通しつつ、サインを書き込んで処理していく。
と、同時に机の周りに展開された数々の空中投影式ウインドウに映るデータも処理していく。
書類の数は多いが、空中投影式ウインドウのデータは優に10倍以上ある。
主に重要なものはいまだに使われ続ける紙の方だ。電子データは関係各所からの苦情や意見・要望などから始まり、資金など多岐にわたる。
「ったく」
愚痴を漏らしながらもその男は手を休めない―――否、休めれない。
鍛えられ、叩き上げの軍人が持つ冷静そうな雰囲気と知的そうな容貌の男の名はエリス・レーヴァンと言った。
公の立場で言うのならば、第3代地球連邦政府総監である。
ちなみに、連邦政府とは太平洋の島大陸とその周辺にある小国家が連なったものであり、正式にはナインスアース大陸周辺諸国統一連邦政府国家と呼ぶ。
多くの国家が一つの政治機関の元に動いているという意味では本来は統一連邦政府と呼ぶべきなのだが、通称は地球連邦と呼ばれている。誰が言い始めて誰が伝えたのかはわからないが、これが通称として受けられている。
そして連邦政府はきちんとした地球連合の加盟区域でもある。規模からある程度の自由は認められていたが。
「ん?」
机の上においていた端末が着信のサインを示す。種類は映像会話。メールデータなどではない。
エリスは電子データの処理を一旦止め、新たなウインドウを正面に表示させた。
『着信:機動軍統合作戦部長サキ・ランスバール元帥』
最初に送信元が表示され、すぐに相手の顔が映る。
特徴という特徴を持たないのが特徴というその男は、連邦政府の軍事組織である機動軍の統合作戦本部責任者である。
今は地球連合軍の緊急総会に出席している。
「どうした? 対象
『それです。大佐』
深刻そうな表情のサキにつられてエリスもまた真剣なものへと表情が変わる。
「何があった?」
『監視対象のナデシコは地球圏離脱を宣言。目的は火星とのことですが……艦長の決定により強引に通過するそうです』
「はあっ!?」
呆気にとられたような表情でエリスは驚く。
そのまましばらく天井を見つめると、ウインドウへと視線を戻す。
「つまりは、『軍と議会は防衛ラインを解除してくれないから、強引に通ってやる!』ってことか?」
『そのとおりです』
「はぁ……大胆な艦長だなおい」
額に手を当てて『参った』とでもいいたそうなエリス。
それに対し、憮然とした表情なのはサキだ。
『学生気分が抜け切らんのでしょう。思い込みが激しい上に責任というものを軽く見ているようですが…それでは、いくら戦略・戦術シミュレーションの成績が良くても艦長としては不適格ですな』
どうやら、彼はナデシコ艦長であるユリカに対して艦長という人材ではない、と判断しているらしい。
「いきなり艦長というのが拙かっただけだろう。この後人の生死にかかわる戦<いくさ>をすれば自然に身に付く……壊れなければな」
『ま、そうなったら我々に欲しい人材ではありますがな』
「で、私に連絡してきたのはそれだけか?」
『いえ。これからが本題です。私の一存ではどうにも…』
今度は困った顔でサキが頭を掻く。
「ん?」
『現在、ナデシコに対して議会は撃沈命令を出すか、で揉めています』
「ふん、で?」
『このままでいくと、撃沈命令は確実…ですが、最悪の場合は総動員させてくれるそうです』
「つまりは機動軍の戦力も出せと?」
『はい』
その言葉を聞いたエリスはあたらなウインドウを一つ出し、電子認証などを表記した上で何かの文章を記入していく。
しばらくして出来上がったその文章を目前の彼宛に送信すると、再び口を開く。
「現在、あきづき級は2隻のみ就航していたな?」
『はい。ネームシップの『あきづき』と2番艦『ふゆつき』の2隻です…そういえば、何故機動軍の艦艇は花の名前じゃないんでしょうか?』
前々から疑問に思っていた、といった表情でサキがエリスへと問う。
「連合軍と同じにしたら識別がつかないだろ…ま、私の旧軍の名前はあまり無いから、今後は適当につけるさ……名前を命名するのは趣味だからな」
『ああ、なるほど』
にやりと笑うエリスに対して、納得、といった表情でサキが頷く。
「では伝えよう。全権を君に委任する。機動軍の戦力抽出を全力で阻止しろ!」
『了解しました。大佐』
軽く敬礼すると、サキは受け取ったデータを読み流す。
「ああ、あの利権争いしか能の無い軍総司令が何か言ってきたら適当に言っておけ……まったく、ミスマル中将が総司令になってくれればいいものを」
『無茶をいわんでください。ミスマル中将は早速『出撃中だったため出席が遅れる』みたいですしね』
一部の台詞を強調しながらサキが言う。
「ではハーテッド氏は?」
『発言権無視されとりますな』
「……我々でいう他の『まともな』人材は」
『どれもこれも発言権無視されとりますな』
「………腐っとる。かまわん、相当悪辣にしたまえ」
『了解』
苦笑しつつ、再び敬礼するとサキとの通話ウインドウが閉じる。
それを見届けると、利権争いをする無能者へ悪態をつきながらも書類の処理を再開する。
「あきづき級はDF装備の超高速実体弾のみの艦だからな……ナデシコ撃沈には確かに有効だが、連中は考え付かんのかね。まあ、考えられれば総出撃するなんて案は出ないか」
『今年度の軍予算使用量:定期提出』『あきづき級増産計画』『新型戦闘艦建造計画』など数々の書類に目を通し、サインを入れて処理済と書かれたボックスへ入れていく。
既に、ボックスは満杯状態だが無理すればまだ入りそうだ。
「できればグラビティ・ブラストも付けてやりたいが技術は無いしなぁ……グラビティ・カノンで妥協させるべきか?」
余談だが、あきづき級にはディストーションフィールドは搭載されているが、機関は相転移エンジンではない。
ほとんど大気圏内戦闘を前提としている機動軍にしてみれば相転移エンジンなどという機関はデメリット以外何も無いのだ。
その上連合軍の核パルスエンジンよりは高出力で、相転移エンジンよりは出力と効率で劣っているが安定性はある代物があるわけだから、いちいち新型機関の開発に予算取られるよりも既存機関を改良・増産したほうが良いという意見に達した。
「どのみち…あと6ヶ月は現状維持してもらわねばならんのだがね……面倒でたまらん」
エリスはそう呟くと、満杯になった書類を回収するようにと部下を呼び出した。
代償として、回収するのとほぼ同じ量の追加書類が届けられたが。
彼が総監という地位は、下から回ってくる書類の量が一番多いという事実に本日4度目の弱気な声を漏らした。
地球連合軍の総会議場。
連合軍の中将以上の将官が座る席が確保されている大会議場だ。
現在はあまり座っている将官はいないが、代わりにコミュニケが多数席の上に展開されている。
突然の緊急総会なので、ほとんどの人間が間に合わなかったからだ。
そして、会議場の正面にはひとつの席があり、そこに一人の男が座っている。
連合軍総司令の肩書きを持つその男は今、身体を震わせている。
後ろにある大型スクリーンには、サセボ沖に出現し、集まっている木星蜥蜴を一掃する白い船を映し出していた。
「我々連合は今! 協力し合い人類の敵と戦っているのである! しかし、この民間企業が作り出した船は地球の防衛ではなく火星に向かうという! つまり、我々の行動を邪魔しているのだ!!」
多くの将官が賛同の声を上げるが、一部は顔をしかめ、ごく一部の人間は声高らかに演説している男をあざ笑う。
「私は地球件の協調を乱すこの船の処分を検討している。そして結論に至った。接収と! なお、接収できぬ場合は撃沈もやむをえん。みなの意見を聞きた…」
「総司令!」
会場の管理者らしき若い男が総司令へと駆け寄ってくる。
「なんだ!? 今は重要な…」
「ここへ通信が入っております!」
「今はナデシコの今後について話し合っているのだ、そんなことは後にしろ」
「いえ…その、それが、通信元はそのナデシコです!」
「何だと…………つなげろ!」
しばらくすると、正面スクリーンに若い女性の顔が大写しになる。
華やかな晴れ着をした、青い髪の美女である。
『あっけましておめでとーございます! ナデシコ艦長のミスマル・ユリカでぇ〜すっ!』
第一声がこれだ。
コミュニケのウインドウの一部が『ゲイシャガール!』だの叫んでいたりするが、呆れている人間がほとんどを占めている。
呆れているのはサキも同じである。
「な、なんて挨拶を………正気か?」
うめくように呟き、スクリーンに注目する。
スクリーンの奥に座っている初老の男――フクベ・ジン元提督――がうなりながらユリカに声をかけた。
『か、艦長………それは拙いんじゃないのかね?』
『大丈夫ですよぉ〜。どうせ日本語なんて分かりませんから!』
確かに大部分の人間は日本語はわからない。
だが、現在会議場は各国の人間が集まり、話し合っているのだ。
こういう場所には同時翻訳機能があったりする。そして今は稼動中。
つまり先ほどからの会話は全員が理解していたりする。
「君はまず何よりも先に礼儀を学ぶべきだな」
『あらそうですか? ま、そんなことはどーでもいいんですよオジサン』
嫌味を含めた言葉だが、ユリカには通じない。
「っ! 用件は何だ!! 我々に投降するとでも言うのか!!」
『まっさか〜。今ナデシコは大気圏離脱のため上昇中です。で、防衛ラインが邪魔なんですよ。特にビッグバリア』
ビッグバリアは高軌道衛星軌道上にある複数のバリア・フィールド・ジェネレーター衛星によって常に張られているバリアのことだ。
チューリップに対しての効果はそれなりでしかないが、それでも重要な設備であることは確かな代物だ。
『でぇ〜。ビッグバリアを解除して欲しいんですよね。してくれたらユリカかんげきぃ〜っ!!』
「ビッグバリアを解除しろだと! ふざけるな!!!」
顔を真っ赤にさせた総司令が怒鳴り、机をたたきながら立ち上がる。
『え〜。う〜〜〜分かったもん! 勝手に破りますもんね!!』
拒否されるとユリカは頬を膨らませて怒ると、そう宣言してから通信を終了する。
ご丁寧に『あっかんべ〜だ!』っと舌を出しながら通信が閉じる。
「ぐぬぬぬぬ………これで分かった! ナデシコは地球の敵だ!」
地球の敵というよりは個人的な怒りで出しているようだが。
「総攻撃だ! 総力をあげてナデシコを撃沈しろ!!」
『お待ちください、総司令! 今そんなことをしては…』
北欧戦線の司令官である老人、グラシス・ハーテッドがその決定に異を唱える。
「黙れハーテッド中将! 君に発言を許可した覚えは無い!』
だが、その声はあっさりと怒り狂った司令官にさえぎられる。
『し、しかし…これは重要な…』
「黙れといっている! そいれとも貴様も反逆者か!!」
完全に切れた総司令はそう叫ぶと、再び机を叩く。
「撃沈しろ! それ以外は認めん! いいか、撃沈だぞ! 連邦政府にも協力を要請する!!」
そう怒鳴る男に対し(ついにきたか…)と、サキは思いつつも、首を振る。
「不可能ですよ」
「何故だね!?」
唾を飛ばしながら、総司令はサキへと詰め寄る。
「現在機動軍は艦隊の編成中です。モスポールされていたんですよ。そうすぐに使えるわけじゃないんです。しかも『開封』した戦闘艦は182隻。現在は平行して兵士も募集中ですが、あと6ヶ月は動けませんな」
「では、あのあきづき級とやらを出撃させろ! 艦隊行動は取れなくてもいい! とにかく戦力を出してあの人を馬鹿にした船を撃沈しろ!」
ふぅ、とサキはため息をつく。
―――この男は、何も分かっていない。所詮はエリートの文官か。醜い政治争い程度しか能に無いな。
「どれも乗員不足です。兵士の不足は連合軍よりも深刻なのですよ我々は。そちらとの条約上、我々は、連邦の人民しか募集できません。また連邦は徴兵制度を採用してません。今は前線にだす兵士すら不足しているのですよ」
「しかし、動かせるものは動かせるだろう!?!」
「はぁ……。いいですか、そんなことをすればチューリップが活性化しますよ絶対に。その混乱を収めるだけでどれだけの被害が出るか…」
「……っ! もういいっ! 貴様らなんぞに頼らん!」
そういうと、男は命令で次々と艦艇を緊急出撃させていく。
「この愚か者めが」
ため息をついたサキは、肩をすくめると正面スクリーンに3Dで出された連合軍の艦艇を示す青の輝点が上昇し、すぐ近くのあちこちで赤い輝点が出現。青の輝点は赤の方へと向かっていき、そこで混ざり合う。
「な、なんだ!? どうした! 何故おわん!」
「だから言ったでしょう。チューリップが活性したんですよ。少しぐらい頭を使えば分かることですがね…では、私は再編成があるので失礼いたしますよ」
荷物を纏め上げ、手に持つとサキは会場の出口へと向かい、ドアを開けて閉める。
長い廊下を歩くが、後ろからはぎゃあぎゃあと叫ぶ声がうるさく響いている。
「ったく…俗物めが」
サキは顔をゆがめ、吐き捨てると会議場を後にした。
結果的には、連合軍はビッグバリアを破壊され、バリア・フィールド・ジェネレーター衛星の反応炉が爆発。大規模な電磁パルス<EMP>が地球全土を襲い大打撃を受ける。
被害を免れたのは、クリムゾン・ネルガル・軍の電子硬化処理をした艦艇・連邦程度にとどまる。
また、その直後に連合軍総司令は罷免され、後任には副指令が総司令となる。
あとがき
いや、結構早く日本海から這い上がってこれましたよ。
まあ、途中で鮫に襲われたり、北○鮮のお人に拉○られかけたけどね(そのネタからヤメロ)
今回はナデシコが上昇途中を連合軍側から見たものです。
……なんか、微妙に変かも…(気のせいだな、きっと)
…一度筆が進むと、進められるうちに進めないと途中で止まるからな〜(汗
てか、何気なく執筆速度は過去最短だったりして。
補足。
テンカワカイトについてです。
彼は、ゲーム版のカイトではありません。
作者がアキトの弟を出すと決定した時、名前が出てこなかったのでカイトの名前使っただけです。
ということで、ゲーム版などとは別人ですのでご注意を。
まあ、アキトをちょいと若くした外見だったり。
さて、主人公三人に首しめられないように、さっさと退散して執筆します。
では、では。
……あ、また忘れてた。
次回予告
地球を飛び出してずんずん進むナデシコ。向かう先はサツキミドリ。
ひと癖もふた癖もあるメンバーが乗るナデシコに暇は無い! いつもいい意味でも悪い意味でも大騒ぎ。
さて、次回はいったい何が起こるのでしょうねぇ………
さてと……予告も終わったし帰るか。
そーいや、まだナデシコメンバーってあんま台詞ないなー(殴
(後ろには修羅がたくさん)
では。
管理人の感想
KEIさんからの投稿です。
意外とあっさり許されましたね、ムネタケ(爆)
いや、まあ生きてるのは良い事だ(苦笑)
このお話では、ジュンは置いてきぼりにならなかったぶん、出番が無いです。
ついでに言えば、台詞も存在感も無いです(爆笑)
幸薄い副官に敬礼!!