地球連合宇宙軍本部基地。
私は今、基地内の庭に備え付けられたベンチに座っている。
後三十分で今回の出撃の報告をする事になる。
それと同時に、火星の後継者に対する対策を練る事になるだろう。
でも、今の私にはどうでもいい事でもある。
「彼が、動きましたね」
「はい。それについて会長から話がある、と」
「判りました。此方の報告が終わり次第伺います、とお伝えください」
「はい」
私の背後から、人の気配が消える。
塀越しに話をしていた相手が立ち去ったのだろう。
さて、そろそろ移動した方がいいかもしれない。
この基地は無駄に広いから。
機 動戦艦ナデシコ―刹那の邂逅―
「やぁテンカワ君。ずいぶんと派手にやったようだねぇ」
「あぁ。次でかたをつける」
ラピス君を連れて部屋に入ってきたテンカワ君が言葉少なにそういう。
ちなみに、推定年齢十歳前半なラピス君を連れた黒ずくめの男は犯罪者に見える。
まぁ、そっちじゃないけど犯罪者である事は間違いないね。
「それで、だ。彼女にも動いてもらう」
「彼女、か。本当に良いのかい会わなくて?
君、本当は彼女を・・・」
「言うな! 俺にはそんな資格はない」
・・・そんな資格はない、か。
そんなとこまでそっくりだよまったく・・・
君も彼女も、もう少し素直になれば良いのに・・・
「ナデシコCは月ドックで最終調整に入っている。
宇宙軍にももう連絡はしてあるから後は待つだけだよ」
「そうか」
「・・・まだ時間はあるし、彼女に一度会ってきたらどうだい?」
「・・・考えておく」
と、言って部屋を出て行く二人。
それを見送って後ろに控えていた月臣君が話しかけてくる。
「よろしいのですか?
彼女の事を教えないでも」
「彼女たっての願いだしね・・・それに、いずれ知る事だろう」
「それは・・・そうですが・・・」
まぁ、後は君しだいだよ。
どうする、ルリ君?
「ぷろすぺくたぁ?」
「本名ですか?」
まぁ、誰でもそう思うよね。
「いえいえ、ペンネームみたいなもので」
そういえばプロスさんの本名ってなんでしょう?
結構長い付き合いになるんですけど、知りませんね。
「それでは各人手分けして人集めといきましょうか。
歴史はまた繰り返す。ま、ちょっとした同窓会みたいな物ですかな」
「えぇ」
「ルリさん、会長からお話があるようで・・・」
「聞きました。後はお願いします」
「はい」「え?」「はい?」
「ハーリー君、サブロウタさん、私は少し用事があるので人集め、お願いします。
日々平穏で会いましょう」
「え? ちょ、ちょっと艦長!?」
何か言っていたが、それを無視して歩き出す。
さて、何の話なんだか・・・予想はつきますけど。
「久しぶりだねぇルリ君?」
ネルガル会長室。
入室一声目の台詞は彼のこの台詞でした。
「えぇ。アキトさんが行動を開始したという報告を受けて以来1ヶ月ぶり・・・
いえ、実際に会うのは私が宇宙軍に移って以来1年ぶりでしょうか?」
「そうだね。で、話の予想はついていると思うけど・・・」
「アキトさんのことですね?」
「そ。次でけりをつけるつもりだからって。
で、その前に君にやっておいてほしい事が・・・」
「その前に、一つ良いですか?」
私がそう言うことを予想していなかったのだろう。
意外そうな顔をしてこっちを見ている。
「ん? なんだい?」
「何故ナデシコのクルーを巻き込んだんです?
正直、私だけでも終わらせる事は可能ですよ?」
「用心のためさ。
できる事は、しておいた方が良いだろう?」
「・・・まぁ、そういうことにしておきましょう。
で? 私に何をさせたいんです?」
「一つ研究施設を潰してほしい。
大変なのは知っているけど・・・」
「今晩ですか?」
「そうだよ。月臣君たちは出張っちゃっててね、頼めるのが君とテンカワ君くらいしかいないんだよ」
「・・・ま、いいでしょう。では、早速準備をしてきましょう」
「たのむよ“滅天使”君」
「えぇ。それではまた後で」
滅天使、か。
その名前で呼ばれるのも一年ぶりですね・・・
終わって、今イネスさんの研究室。
まぁ、定期健診みたいなものです。
「・・・まったく、狂ってるとしかいえないわね・・・」
「狂ってる、ですか。まぁ、そうでしょうね」
「ナノマシンによる身体能力の向上、それを使いこなすための無茶な訓練・・・
このままじゃアキト君より先に貴女のほうが死んじゃうわよ?」
私は彼が火星の後継者に連れ去られたのを知ってネルガルに入った。
そして自らの身体を、文字通り改造し、彼を助ける力を得た。
その代償がこれ。私の体はボロボロで、いつ死んでもおかしくない状況だ。
「いつまで持ちます?」
「後長くて3年・・・悪ければ今年中に・・・」
「彼の復讐が終わるまで持てばいいです。それ以上は望みません」
「・・・そう」
でも、後悔はしない。自分で望んだ道だから。
私が死ぬより、もう一度彼を失う方が嫌。
せっかく生きていたのに、もう一度失うのは・・・怖い。
「はぁ、お出かけなんすか・・・」
「えぇ・・・ちょっと町内会の寄り合いで・・・あの、何の御用でしょうか」
「あのですねぇ・・・・・・」
「いえ、なんでもないっす。ちょっと近くを通ったもんで・・・
赤ちゃん、元気に生まれるといいっすね」
ハーリーの言葉を遮ってそう話を打ち切る。
ってかもう少し気を使えよ・・・だから艦長にも気付かれないんだ。
で、日々平穏。ちなみにホウメイシェフは無理だそうだ。
さて、艦長が合流するらしいけど・・・
「これで二十人目・・・歴戦の勇者また一人脱落っと」
「ハーリーお前しつこいぞ」
一人落ちるたびに愚痴愚痴と。
「だ、だって・・・」
「だって、何だよ?」
「何を言い争っているんですか?」
「「あ、艦長」」
「ホウメイさん、ラーメン」
「はいよ」
店に入ってきた艦長が注文をして俺の隣に座る。
「で、何の話です?」
「そうでした! 艦長、どうしてもなつかしのオールスター勢ぞろいする必要あるんですかぁ!?」
「ハーリー!」
「・・・あぁ、その事ですか・・・」
「その事って・・・艦長?」
「私たち三人でも勝てるかもしれない。
でも、勝てないかもしれない。備えあれば憂いなし。
不測の事態に備えるための保険です」
「ラーメンお待たせ」
「どうも」
ホウメイシェフが持ってきたラーメンを受け取って食べ始める艦長。
そしてなんか納得していないハーリー。
「でもでも、どうしても昔の仲間集めないといけないんですか?
リタイアした人たちだって今の生活があります。
無理に集める必要ないじゃないですか!」
「えぇ。仕事をしている人たちまで無理に集める気はありません。
正直な所、私も無理やり引っ張ってくるのは反対ですから」
「ならっ!」
「言ったでしょう? これは保険です。
戦場ではなにが起こるかわからない。
なら、準備は出来るだけしておいた方がいいんです」
「・・・そういう・・・ことなら・・・」
お見事! って、言いたい所だけどな・・・
なんか本心からいっているような気が・・・
艦長、昔の仲間に会いたくないのか?
「ホウメイさんおかわり」
「あいよ」
・・・よく食べますね艦長・・・
あーここだここだ。
ホウメイさんのお店、こんなとこにあったんだ。
もう少し判りやすい所にあってくれてもいいのに・・・
「いらっしゃいませ。すいませんね、開店は六時から・・・おや?」
「久しぶりね、ホウメイさん。それに・・・」
「お久しぶりです、ミナトさん」
「えぇほんとに。貴女が行方不明になってから約二年ぶりかな?
ねぇルリルリ?」
「正確には一年十ヶ月と23日16時間ぶりです」
いや、そこまで細かく言ってくれなくてもいいんだけど・・・
それはそうと・・・
「今まで何処にいたの?
なんであの時何も言わないでいなくなったの?
何で今までまったく連絡してくれなかったのよ?
こたえなさああぁぁあい!!」
「ま、まぁまぁ落ち着きなよこっちに座ってさ」
私は大人しく指定された席に座る。
「で? なんで?」
「一年前から、地球軍にいました。
その前のことは言えません。
連絡しなかったのは私が何処にいるか知られないためです」
「ちょっとルリルリ! 何で私に知られたく「ミナトさんにじゃありません!」
「え?」
「火星の後継者、私も狙われていたんです。
だから彼らに見つかるわけにはいかなかった。
それが、連絡をしなかった理由です」
「ちょっと待ってください! 何で艦長が狙われるんですかぁ!?」
「理由は、私がマシンチャイルドである事。
・・・もう一つの理由は今は伏せておきます」
「なんで!」
「いずれ、判りますよ」
「昨日、艦長の部屋に泊まっただろ?」
「な、何でそれを!」
「むふふふふ・・・で? 優しくしてくれたのか?」
「は、はい」
真っ赤になって俯くハーリー君。
どうでもいいことだが・・・
「オー言うねぇ、で?」
「フルーツ牛乳ご馳走になって」
「それから、それから?」
「手を繋いで、寝ました」
「はぁ?」
十代前半の、さらに前半の少年にどんな事を期待してたんですか貴方は?
「ルリルリ如何したの?」
「そろそろハーリー君飛んだ頃です」
「あぁ、そういえばそうね。お見送りしてあげればよかったのに・・・」
「何年も墓参りしてないからって引っ張ってきたのは誰ですか?」
「それはルリルリがいけないんでしょ」
「まぁ、否定はしませんが」
カタン、とミナトさんが持っていた手桶が落ちる。
「今日は、三回忌でしたね」
目の前には黒ずくめの男性。
自分から全てを奪った相手に復讐する事を誓った黒い皇子。
星野ルリが好きだった男性。
それが、目の前にいる。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
沈黙が続く。
墓にはイネス・フレサンジュと書かれていた。
でも、私は彼女が生きている事を知っている。
当然彼も知っているだろう。
「・・・ちょっと、一体どういうこと?
何でアキト君がいるのよ?」
「あの頃、行方不明になったり、死んだりした人はアキトさんや艦長、イネスさんばかりではなかった。
ボソンジャンプのA級ランク・・・遺跡にイメージを伝えられるナビゲーター。
みんな、『火星の後継者』に拉致されていたんです」
「! ・・・そう、そういう事・・・」
「えぇ。そういうことです」
再び、その場に沈黙が降りる。
それを破ったのは、やはりミナトさんだった。
「ルリルリは、アキト君から連絡受けてたの?」
「いいえ。アキトさんに会うのは、あの日以来今日が初めてです」
私の言うあの日、とは事故のあった日ではない。
約一年前、私がアキトさんを研究所から連れ出した日の事だ。
その日、艦長は助けられなかった。
もう、違う場所に移されていたから。
「教える必要がなかった」
「・・・そうですね」
「「・・・・・・・・・」」
「あんた、何てこと言うのよ!
あんたそんなんでよくあの時この子引取るなんていえたわね!
謝りなさいアキト君、謝って!
この子はね、アキト君のことホントは「ミナトさん!」ッ!」
「いいんです」
「ルリルリ! あなた本当にそれでいいの!? 自殺未遂するくらいまで・・・」
「いいんです! 私も、たいして変わりませんから」
「・・・自殺未遂・・・だと?」
「昔の事です」
「昔の事じゃないでしょルリルリ! あんな事までしておいて・・・! あ、アキト君?」
アキトさんがミナトさんに銃を向ける。
そして、そのままずらして行き・・・ん? どこかで見たような人たちですね・・・
組傘にマント・・・どこでしたっけ?
「迂闊なりテンカワアキト・・・我々と一緒に来てもらう・・・」
「な、なに、あれ?」
「火星の後継者の暗部でしょう」
あぁ、思い出しました。
あの時の・・・どうやら一人補充したようですね。
六人いないといけないんでしょうか?
バン、とアキトさんの銃が火を噴く。
それが、片目の男に当たって弾かれる。
どうやら、私とやりあったときよりいい装備をしているみたいですね。
まぁ、1年もたてば・・・
「重ねて言う。一緒に来い」
「・・・・・・」
「あ、アキト君?」
「手足の一本は構わん。斬」
「あんた達は関係ない。とっととにげろ!」
「こういう場合、逃げられません」
「そうよねぇ」
それに、その必要もありません。
「女は?」
「殺せ」
「小娘は?」
「あやつは捕らえよ。ラピスと同じ金色の瞳・・・人の業にて生み出されし白き妖精。
地球の連中はほとほと遺伝子細工が好きと見える・・・
汝は我が結社のラボにて栄光ある研究の礎になるがよい」
「一人補充したんですね」
「むっ!?」
「その右目も私にくれるんですか?」
「「「「「!!」」」」」
「「?」」「?」
アキトさんもミナトさんも訳判らんって顔してますね。
まぁ、敵も一人そんな顔してますけど。
「そうか、貴様、あの時の・・・」
「隊長、如何します?」
「・・・右目も・・・って、なに?」
「秘密です」
「・・・ここでかたをつける。全ては、新たなる秩序の為に!」
「ハッハッハッハッハ!!
新たなる秩序、笑止なり」
「何ッ!」「え?」
月臣さん・・・隠れてたはずですからこのタイミング狙ってましたね?
「確かに破壊と混沌の果てにこそ新たなる秩序は生まれる。
故に生みの苦しみ味わうは必然! しかし!!
草壁に徳なし」
「久しぶりだな月臣元一朗。木星を売った裏切り者がよく言う」
「そうだ。友を裏切り、木連を裏切り、そして今はネルガルの犬・・・」
その言葉を聞き、ネルガルのSSが姿を現す。
「テンカワにこだわりすぎたのが仇となったな、北辰」
「え? ええ? えええ? きゃ!?」
「久しぶりだな、ミナト」
「そ、そうね。あ、あはは、あはははは・・・」
ところでゴートさん、いつからそこに植えられていたんですか?
ミナトさんが引いてますよ?
「ここは死者が眠る穏やかなるべき場所・・・北辰! 投降しろ!」
「しない場合は?」
「地獄へ行く・・・」
「・・・そうかな?」
・・・なにかするつもりですか?
「跳躍」
北辰の体が光りだして・・・っていきなり逃げますか?
「ボソンジャンプ!」
「いきなり逃げますか普通?」
「我とて彼我の戦力差がわからぬほど愚かではない。
ふははははは、 テンカワ
アキト、そして滅天使よ、また会おう」
あなた前回、次あったら殺すって言ってませんでしたか?
まぁ、別に良いですが・・・
「やつらはユリカを堕した」
「え?」
「草壁の大攻勢も近い。だから」
「だから?」
「君に、渡しておきたいものがある」
・・・私には何も聞かないんですね。
私にとってはありがたいですけど・・・
「ッ! これは・・・」
「もう、必要ないんだ・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「君の知っている、テンカワアキトは死んだ。
彼の生きた証、受け取って欲しい・・・」
「・・・私が、受け取るわけにはいきません。
ユリカさんを助けた時、あなたからユリカさんに渡してください」
そう。私は、星野ルリじゃないんだから。
ここにいるのはただの滅天使。
破滅を誘う、堕ちた天使ですから。
「・・・やっぱり、知っていたんだね」
「ごめんなさい」
「いや、いいよ。連絡しなかったのは俺だ。だが、これは受け取って欲しい。」
「・・・・・・私は・・・」
「頼む」
そんな顔して言われては、断れないじゃないですか・・・
「判りました」
「ルリちゃん・・・」
「ナイフはありますか?」
「ん? あ、あぁ」
「貸してください」
「いいが、なんに使うんだ?」
その質問には答えず、私は髪留めをはずす。
太もも辺りまである長い髪が、風になびく。
私は、それを適当な長さで掴み、受け取ったナイフで切る。
「! ルリちゃん!?」
「違います。私は滅天使です。」
「え?」
切った髪を一つの髪留めで留め、それを渡す。
「遺髪です。どうぞ」
「ルリちゃん?」
「あなたの知っている、星野ルリは死にました。
今はそれしか言えません。全てが終わったときに、また」
「・・・・・・」
「全てが終わったとき、貴方は私を恨むかもしれませんね・・・」
髪を渡し、紙を受け取って私は彼に背を向ける。
彼は、そんな私を見て困惑しているようだ。
「ルリ、ちゃん?」
「ッ!」
振り返りそうになって、それを抑えて前を向く。
・・・あ、まずい・・・私、いわなくてもいい事を言いそう・・・
「・・・・・・“黒い皇子”、“星野ルリ”は、きっと“天河アキト”の事が好きでした。
父親としてでも、兄としてでもなく、一人の男として・・・
そう、伝えておいてください」
「! ・・・そうか。“星野ルリ”に伝えてくれ。
“天河アキト”も、君の事を好きだった。きっと、一人の女として」
「・・・ありがとう」
「・・・・・・・・・」
「全てが終わったとき、また会いましょう」
黒い皇子と破滅の堕天使・・・
二人の想いは重なる事は無く・・・
終焉に向けて進んでいく・・・
その先に何が待つのかも知らず・・・
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後書き
結局続きを書いてしまった計架です。
いきなり話が飛んでますが・・・
つぎで、終わらせ・・・られるかな?
代理人の感想
は、次回で。