赤き力の世界にて
第30話「それぞれの進む道・・・・」
ゼフィーリアの首都、ゼフィールシティの上空に、三頭の黄金竜が現れた。
数ヶ月前の事件・・・ゼフィーリア王都襲撃の恐怖を覚えている者にとって、それは悪夢のようなものだったろう。
それが降り立つまでは・・・・・
街中の広場に着陸した、三頭の黄金竜の背より、
この国の象徴の一つであり、英雄たる『赤の竜神の騎士』ルナ・インバースが降り立ったのを見た住人達は、
竜王の異名を保つ黄金竜を従えている・・・そう感じたに違いないだろう。
本人達に、その気は微塵にもないにしろ・・・・・
「ありがとう、ミルガズィアさん。それに後ろの方達も・・・・・」
「気にしないで頂きたい。我らこそ、貴方達に恩があるのです。
我らでは、とうてい止めることができなかったことを成し遂げたのですから・・・・」
「それこそ気にしないで。私達は偶々関わっただけなんだから」
「そうですか・・・・人間が騒がしいようですから、我らはこれで失礼する事にします」
ミルガズィアと二匹の黄金竜は、翼を広げ、再び大空へと舞い上がった。
そして、街の上空を二度ほど旋回すると、竜達の峰に向かって飛びさった。
「ありがとね〜。ミルガズィアさん」
「あんがとな〜。トカゲのおっちゃん!!」
ガウリイが言葉が聞こえたのか、真っ直ぐ飛んでいたはずのミルガズィアが、カクッと落ちる。
すぐさま、体勢を立て直しはしたものの、どことなく、ふらついているようにも見えなくもない。
「リナさん。ガウリイさんはこういったことばかり言ってるの?」
「まぁね。そう思っててくれても構わないと思うわ。メアテナ」
そうリナに言われたメアテナは、珍しい珍獣でも見ているかのような目で、ガウリイを眺める。
生まれてからずっと、外に出ることもなく、人とふれあうことがなかったメアテナにとって、
この個性あふれるメンバーと、外の風景に圧倒され続けているのだ。
メアテナも、そういったものが楽しくて仕方がないらしく、あれこれとリナ達に質問をしているのだ。
「さて、上空から見たときに、以前見た鉄の巨人がうちの庭にあったから、無事帰ってきてるんだろうけど・・・
早く家に帰りましょうか、姉ちゃん・・・・っていない」
リナが隣を見ると、降り立ったときまで居たはずのルナが、いつの間にやら居なくなっていた・・・・
よく見ると、アメリアの姿もすでになかった。
何処に行ったのか?と、周りを見回すリナに対して、ニースは口を開いた。
「あの二人なら、竜が飛び立ったのと同時に走っていったぞ」
「あ、そうなの・・・・よっぽど心配だったのね。じゃ、私達も行きましょうか。
とりあえず、これからのことも聞きたいから、一緒にきてくれない?」
「そうだな。メアテナ、行くぞ」
「はーい」
子供みたいな返事をするメアテナ。
実際に、十代半ばの身体とは裏腹に、精神年齢は十二、三歳程度なので、仕方がない。
「ガウリイ、私達も行くわよ」
「わかった」
リナ達は、群がっていた住民達に愛想笑いをふりまきながら、家へと戻っていった。
「ただいまー・・・・あ!?!」
「お!??」
リナ達が家の玄関をくぐったところで驚きのあまり、驚愕の声と共に身体が硬直した・・・
リナ達が見た光景・・・・それは、見たこともない男性に泣きながら抱きついているアメリアの姿だった。
男性も、抱きついているアメリアを愛おしげに、頭をなでていた。
「そろそろ泣くのをやめろ。リナ達が見ているぞ」
「え!すみません・・・・なんだか恥ずかしいです」
抱きついていたアメリアが、顔を真っ赤にしながら男性から離れた。
男の方も、なんだか気恥ずかしいのか、顔を赤くしながら頭を掻いていた。
そんな微笑ましい光景に唖然としながら、リナとガウリイは男を指差しながら一言・・・・・・・
「「・・・・・・あんた(おまえ)誰?」」
「いきなり二人そろって何バカなことを言っているんだ」
「いや、だって見たことが・・・・あるような無いような・・・・」
「少々外見が変わったぐらいで、区別もつかんのか・・・」
男は呆れたように溜息を吐いた。
横にいるアメリアは、男の言葉に苦笑していたが・・・・
「無理ありませんよ。ゼルガディスさん」
「「ゼルガディス!?!?!」」
リナとガウリイはしばしの間、口をあんぐりと開けて、呆然と男・・・・ゼルガディスを見た。
髪は銀色から黒色へ、そして蒼っぽかった岩肌は、少々日に焼けてはいるが、白い肌になっていた。
そして何より、リラックスしているときでさえ、どことなく張りつめていた気配が、
まるで別人のように、穏やかなものへと変化していた。
「だって・・・ねえ・・・・・偽物?」
「誰がだ!!正真正銘、ゼルガディス・グレイワーズだ!」
「そうだぞ、リナ。こいつはゼルだ。少々、あくが抜けてさっぱりとしているがな」
「おい!俺はスープに出汁をとられた出汁がらか!」
「「冗談だって、気にしない気にしない!」」
同じ様な笑顔を張り付け、口調も同じくゼルガディスに謝る(?)リナとガウリイ。
あまりの出来事に、思わず脳が、その情報を拒否してしまったともいえる。
「いつまでも玄関先に立ってないで、中に入ったらどうかな?リナちゃん」
「アキト!」
家の奥から、アキトが姿を現す。その隣には、微笑をうかべるルナの姿があった。
(アキトの無事な姿を見て、やっと落ち着いたみたいね、姉ちゃん)
ルナの表情を見て、リナはホッと安堵の息を吐いた。
表面上は、平静を装ってはいたが、アキトに会うまではかなり気を張っていたことに、リナは気がついていたのだ。
もっとも、リナがルナからうけた印象はといえば、爆発寸前の火炎球といったものだったが・・・
「ニースとメアテナちゃんも入ってきて。いいですよね?ルナさん」
「もちろんよ。遠慮しないで入ってきて」
アキトとルナの声に、中に入ることを躊躇っていたニースとメアテナが、玄関の扉をくぐった。
「すまないな。お邪魔する」
「お邪魔しま〜す」
「「いらっしゃい」」
かくして、『完全体の魔王とでさえも互角以上に渡り合えるのでは?』と思われる、
最強のメンバーがインバース家に集結した。(本人達に自覚はないが・・・・)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「で?一体ゼルに何があったっていうの?」
皆が居間にそろって、一番に口を開いたのは、リナだった。
ロウとレナは、店番があるためこの場にはいない。
といっても、あらかたアキトの口から聞いていたからだったが・・・
「なにがって言われても・・・・」
「この世界の技術では合成獣化されたゼルを元に戻す事は不可能。
アキトだって、自分の世界にはそんな技術はないって言っていたのに、これはどうゆうわけ?
もしかして出し渋っていただけ?もしそうだったら・・・・」
「ストップ!!ちゃんと説明するから」
「そうよ、リナ。人の話はちゃんと最後まで聞きなさいって言ったでしょ?
忘れたのだったら、もう一度、再教育しなくちゃなんないけど・・・・どうなの?」
「い、いえ!申し訳ございませんでした!アキトお義兄さま!続きをどうぞ!!」
ルナの忠告に、脂汗を流しながら直立不動になって固まるリナ。
アキトの方も、もはや見慣れた光景なので、今さら何も言うことはない。
リナの一言はそれなりに気になってはいたが・・・・・
「じゃぁ、通信を切った後から話そうかな・・・・」
アキトは、ルナとの通信を切った後、アーウィンの研究室まで戻り、ブローディアを喚びだしたこと・・・
そして、回路の一部に破損があり、100%完全な空間跳躍ができなかったことを話した。
「成功確率が六割ちょっと、ねぇ・・・・確かに半分以上だけど、命を賭けるのはちょっとね・・・」
「そうは言うがな、他に手はなかったんだ。急いで走ったとしても、生き埋めになるのがオチだろうからな」
「だからといって・・・・・」
「そんな顔をするな、アメリア。こうして無事・・・というか、それ以上の結果なんだ。
よくリナが言っていただろうが。『結果オーライ』ってな」
リナがそう言う場合、九割以上はろくでもない手段をとった後なだけに、素直に喜べないアメリア。
それがわかっているのか、リナは乾いた笑いを顔に張り付けただけだった。
「その、ボソン・・・何とかってやつの所為で、ゼルの身体が変化したって言うのか?」
「変化と言うな。元に戻っただけだ」
「ははは・・・俺もビックリしたよ。ジャンプアウトした後、ゼルの安否を確かめようとしたら、
見たことのない・・・って言ったら失礼かな?元に戻ったゼルがいたんだからな・・・・」
「理由はわからないんですか?」
「仮説程度には・・・ボソンジャンプって言うやつはね、魔族がやっているような空間移動とはちょっと違うんだ」
「ちょっと・・・って言われてもね・・・・」
「魔族のやる空間移動は・・・詳しくは分からないけど、空間同士を繋げるとかそう言うのだと思うんだけど?」
「ああ。少なくとも、私のやる空間移動はそうだな」
「ありがと、ニース。それで、俺が行ったボソンジャンプというのは・・・・・詳しく聞く?」
「端的で良いわ。長ったらしい説明になりそうだし、あんまり関わりになるようなことでもないしね」
(ここにイネスさんが居たら、端的に言っても三時間は話すんだろうな・・・・)
アキトは脳裏に恐ろしい光景を思い浮かべて、少しだけ身震いした。
「どうかしたの?アキト君」
「いえ、ちょっと考え事を・・・・気を取り直して・・・・俺が行ったボソンジャンプ。
それは、俺の世界の人達が遺跡とよんでいる装置によっておこされる時間移動なんだ」
「時間移動って・・・そんな事できるのか?」
ニースが驚きに満ちた声で問う。
時に逆らうことは、神や魔の力を持ってしても簡単なことではない。無理と言った方が早いだろう。
ニースの驚きは、この世界の人間にとっては当たり前の反応ともいえる。
「ああ、少なくとも、俺は何度か体験した。そう簡単にできるわけじゃないけどね。
でも、たんなる時間移動と言うわけではないみたいなんだけどね・・・・これは余談かな。
そのボソンジャンプなんだけど、一度遺跡に取り込まれるんだ、そして再びこっちの世界に送り出される。
そして、俺とゼルがやったとき、ディストーション・フィールドは不安定だった。
その為、遺跡がゼルを人間として送り出したんじゃないかな?あくまで予想だけどね」
「つまり・・・ゼルは合成獣だったから助かった。ってことなのか?」
「それはわからない。俺が突発的に思いついたことだからね」
「まあ良いじゃない。生きて帰れて、その上元の姿に戻って・・・・悪い事なんて何一つないんだからさ。
説明云々なんてできなくても、今ある現実が良いか悪いか・・・ぐらいしか、私達には関係ないし」
「それもそうだな。例え世の合成獣研究家がどう言おうとも、解らんものは解らんしな・・・・
それに、俺にとっては念願が叶ったわけだし・・・・そんな事はどうでもいいさ」
「そうそう。これでアメリアも一安心ってね!」
「な、リナさん!!」
「そこまで喜ばれてたら男として本望だな。な、ゼル?」
「・・・・・・・・・まぁな」
ガウリイの言葉に、ホンの小さくだが、肯定するゼルガディス。
アメリアは、その言葉を聞いて、恥ずかしがっている。
ルナやアキト、ニースやメアテナの四人は、そんな光景を微笑ましく見ていた。
といっても、メアテナは皆の笑顔につられて笑っているのだったが・・・それすらも微笑ましく思える。
「あちらの四人のことはおいておくとして・・・これから二人がどうするつもりなの?
もしよければ、この街に住んでもいいように手配するけど・・・・」
「その申し出はありがたい・・・・が、いいのか?私は仮にもこの街を襲った者達の一人なのだが・・・」
「私も・・・・お父さんがこの街のみんなに迷惑をかけたのに・・・・」
「きっと大丈夫よ。ニースがこの街を壊したわけじゃないし。それに女王様達から聞いたわよ。
人質に手出しは厳禁だって、人魔に言っていたってね」
「無関係な人間を巻き込んだのだ。それぐらいは当然だ」
「その気持ちがあるんなら大丈夫。メアテナちゃんの事にしても、
お父さんの事情を話せばわかってくれる人も多いだろうし、
第一、メアテナちゃんが迷惑をかけたわけじゃないんだからね」
「うん・・・だけど・・・」
「それより何より、重傷者はいたみたいだけど、死人はいなかったのが一番ね。
この街の人間は強い人が多いから」
「ルナさんを筆頭にしてね」
「フフフ、まぁね」
「そうだったのか・・・それはよかった」
「うん・・・・人が死ぬのは、悲しいことだから・・・・」
ニースとメアテナが、死人がいなかったことに安堵している姿を見て、
アキトは微笑みと共に、心の中で思っていた。
(こんなに優しいのなら、きっと大丈夫だ。街のみんなだって受け入れてくれるだろう)
「今日中に結論を出す必要もないわ。二、三日ほどゆっくりと考えればいいし。
泊まる所は・・・・まだ部屋が余ってたわね。女王様とティシアも城に戻ったし」
「何から何まですまないな」
「お世話になります」
「いいのよ、ここまで関わったのなら、最後まで面倒を見ないと後味が悪いしね。
じゃぁ、無事に帰ってきたことだし、みんなで食事にでも行きましょうか?
みんな、お昼を食べないまま、ずっと闘っていたしね」
「それはいいですね。リナちゃん達はどうする・・・って聞くまでないか」
「もちろん!おいていったら末代まで祟るわよ」
「リナの食い物の恨みはしつこいからな」
「なら遅れずについてきなさい。ニースとメアテナちゃんも一緒にね」
「わかった」
「は〜い!」
そして、アキト達はリアランサーに食いに出かけることとなった。
店長も、無事に帰ってきたことを喜び、店を貸しきりにして、リナ達の労をねぎらった。
途中から、インバース夫婦も参加、次にシンヤ、アリスにエルネシア、レニスにガイウス親子、
女王、王女までやって来て、夜中まで騒ぐこととなった。
ニースの姿を見て、驚いたものの、すぐさまなんら変わらぬ態度でいた女王に、逆にニースが驚いていたりした。
そして、誰もがゼルガディスの姿に驚き、そして一緒に喜んだ事もあった。
アキトが両手を使えないために、ルナが食べさせようとしているのを、リナが冷やかしていた事も・・・
誰もが、無事に帰ったことを喜び、嬉しいことを皆で祝った。
様々な運命が交わった一日は、騒がしいまま、終わろうとしていた。
それでもアキトは、皆が無事でいたことを嬉しく思い、始終、笑顔でみんなを見ていた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次の日・・・・世界を揺るがすことがあったとしても、太陽はいつも通りに顔をのぞかせる。
ただ、インバース家の朝食の席では、いつも通りの光景が・・・と言うわけにはいかなかったらしい。
「ええ〜!?セイルーンに帰るって・・・・何時?」
「この朝食が終わって、お世話になった人に挨拶をしてからですから・・・・お昼前でしょうか?」
「なんでまた、いきなり・・・・・・」
アメリアの突発的な発言に、リナが呆気にとられる。他のメンバーも、少々驚いているようだ。
変わらずなのは、嬉しそうに朝食を食べているメアテナと、ピーマンをより分けているガウリイぐらいか・・・
「長い間、国を空けてしまいましたから・・・本当なら、先のデーモン騒ぎの事後処理もありますし・・・
無理を言って此処にいたんですけど、さすがにこれ以上は・・・・
それに、事件は大方終わったようですし。覇王の事は気になりますけど・・・・」
「アメリアも、一国の王女なんだ。そこら辺をわかってやれ。リナ」
「ゼルに言われなくても、それぐらいはわかってるわよ。ただ、少々驚いただけよ」
「まぁな、いきなり帰りますって言われたら、誰だってビックリするさ」
きっちり、ピーマンのみを残し、朝食を終わらせるガウリイ。
アキトはそれを見て、腕が治って料理できるようになったら、ピーマンづくしにしてやる。と、思ったとか・・・
「しかたがないさ。人は別れと出会いをくり返すものなんだ。
大切なのは、その人との思いを忘れないことだ。そうじゃないか?」
「ロウさん、良い事いいますね」
「無駄に年を重ねたわけじゃないからな。アキト、お前さんにもいつかわかるさ」
「そうですね・・・・そうなんですよね」
アキトは、自分の心に、刻みつけるように呟いた。
忘れるわけにはいけない想いを、大切にするために。
「だから、皆さんとはここでお別れになってしまいます」
「別に・・・街の門まで見送るわよ?」
「構いませんよ。別に今生の別れというわけでもないですし。
リナさん達だったら、いつでも歓迎しますから、いつでも来てください」
「王宮ってのは堅苦しくてあんまり好きじゃないんだけどね・・・
そのうち寄らせてもらうわ。おいしい料理をたかりにね」
「ははは・・・ほ、程々にお願いします」
「じゃぁ、ゼルはどうするんだ?やっぱりアメリアと一緒に?」
「やっぱり、というのが気になるが・・・そうだ。俺は、一応セイルーン第二王女の護衛ということになってるんでな」
「実は婚前旅行だったりしてね。熱いね、ラブラブカップルは」
「リナ、お前とは一度、決着をつけなければならんようだな」
昨日から同じ様なことでからかわれ続け、いい加減にゼルガディスの堪忍袋も限界が近いようだった。
しかも、筆頭にからかっていたのがリナであったため、限界値はかなり低めに設定されていた。
怒りのあまり、筋肉が引きつり、眉がピクピクしている。(その側には当然、血管が浮き出ていたが・・・・)
ゼルガディスの言葉に、リナは挑戦的な笑みを浮かべて席を立つ。
「あら、良いの?元の体に戻って弱くなったゼルが、私に勝てると思って?」
「昨日試してみたんだがな、なぜか魔力許容量は変わってないみたいなんだ。
体の方も、筋力はそのままだったらしくてな、元に戻って軽くなった分だけ、スピードは速くなったぞ」
要するに、防御力はおちたものの、素早さは今まで以上になったということ。
最近の修行により、スピード重視の戦闘に切り替えていたゼルガディスにとっては、最高の状態ともいえる。
つまり、元の体に戻り、さらに強くなったということだ。ルナの思惑通り・・・・
「ふん!このリナ・インバースに喧嘩を売ろうなんて・・・ゼルのわりには思い切ったことするわね」
「一度俺に負けたくせに粋がるものだな。なんならハンデをつけてやろうか?」
「今思い起こせば、あの時の蹴り一発、まだ返してなかったしね・・・
たまりにたまったツケと一緒に返してあげるわ」
「上等だ。返せるものならやってみろ」
売り言葉に買い言葉・・・二人の会話はどんどんエスカレートしてゆく。
元々、リナもそうだが、ゼルガディスも冷静なわりには過熱しやすい傾向がある。
今までも似たようなことはあったが、先にゼルガディスの熱が下がるため、大事にはいたらなかったのだが・・・
「おいおい。リナ、落ち着けって」
「ゼルガディスさんも、落ち着いてください」
「ガウリイは黙ってなさい!!」
「アメリアは下がっていろ!!」
今回は、いささか冷めにくいようだった。
昨日の激しい戦いを切り抜けた為、少々精神が興奮しやすいのも原因の一つだろう。
表面上はいつも通りに見えても、中身まではそう簡単に切り替えられるものではない。
それができるのは、このメンバーの中でも、ごく一部しかいない。
そして、その一人がリナとゼルガディスを見かねて、口を開いた。
「二人とも、アメリアさんやガウリイさんの言う通り、落ち着きなさい」
「姉ちゃん。これはリナ・インバースとしてのプライドに賭けて、これだけは退けないわ」
「あんたには色々と世話になったし、恩もある。だが、いい加減、俺も腹に据えかねてるんでな」
まさに一触即発。後は火種さえあれば、大爆発間違いなし。
こうなったら、誰にも止められない・・・少なくとも、常人には・・・・
二人の様子に、ルナは『仕方がない』・・・とでも言いたげな溜息を吐きながら、軽く目を瞑った。
そして、ゆっくりと空気を吸い込みながら、おもむろに目を開ける。
「貴方達・・・・・」
ルナが、リナとゼルガディスに底冷えするような声をかける。
それと同時に、ルナの体から殺気や怒気を越えた、闘氣が発せられる。
その高圧力の闘氣に、リナとゼルガディスはおろか、アメリアやメアテナ、ロウやレナでさえも体を竦ませる。
平然としているのは、アキトやニースの二人しかいない。
ちなみに・・・ルナはわざわざ闘氣を発しているわけではない。抑えることをやめただけなのだ。
実際に戦闘になると、これ以上の闘氣を、相手にだけ叩きつけている。
「これ以上、騒ぎを続けるのなら・・・私が相手になります。それとも、もうやめますか?」
リナとゼルガディスは、もの凄い勢いで頭を縦に振った。顔を真っ青にしながら・・・
「リナもいい加減にしなさい。緊張が切れて、ハイになるものいいけど、
やって良いことと悪いことぐらい覚えておきなさい」
「・・・・・・はい」
「ゼルガディスさんも、少しは素直になりなさい。恥ずかしがる事なんてどこにもないんですから」
「忠告として聞いておく・・・・・後悔しないようにな」
「それで充分です」
そう言って、ルナはにっこりと笑う。
その頃合いを見計らって、アキトはルナに声をかける。
「ルナさん。そろそろ氣を抑えたらどうですか?二人はともかく、メアテナちゃんが怯えちゃって・・・・」
「あ!御免なさい。メアテナちゃんにはちょっときつかったわね」
ルナがそう言うと同時に、辺りに満ちていた闘氣も霧散するようにかき消えた。
アキトとニース以外は、内心、ほっと一息つく。
あまり、長い間さらされて、気持ちのいいものではない。
「御免なさいね、メアテナちゃん。怖かったでしょ?」
「ううん。私は大丈夫。それに、ルナ姉さんが優しいって知ってるから」
「ありがとう」
ルナは優しそうな笑顔で、メアテナの頭を撫でる。
その傍で『実の妹より、可愛がってない?』と、リナがぶつぶつ言ってはいたが・・・完全に無視であった。
「それはそうと・・・ニース。これからどうするんだ?」
「昨日、インバース夫妻に頼んでな、しばらくの間、下宿させてもらうことにした。
旅をしながら世の中を見て回るのも良いと思ったのだがな。
メアテナの事を考えるなら、しばらくは一ヶ所に留まっている方が良い様なんでな」
「私としては歓迎よ。可愛い娘が一人増えたみたいだしね」
「まあ、レナもこう言っているしな。これも何かの縁ってやつだ」
「しばらくの間、よろしく頼む」
「お願いしま〜す!」
「よろしく。メアテナちゃん。ニース」
「こちらこそ」
ルナとアキトは、新しい同居人に、心から歓迎の意を示した。
そして朝食も終わり、ゼルガディスとアメリアが帰郷する時が訪れた。
(一人は帰郷ではないだろうけど・・・そうなるのも、もう時間の問題よ・・・・<リナ談>)
見送りはいいと二人は言ったが、ルナやアキトを始め、皆の強い意志で街門まで見送りに来た。
見送りに来たのは、店長やシンヤだけではなく、アナスタシア女王やティシア、その護衛としての四騎士。
街の人も、やや遠巻きながら、二人を見送りに来ていた。
住んでいた期間こそ短かったが、住民との仲は、かなり良好だったらしい。
街の復興をかなり手伝っていたことも一因だが・・・
それよりも、ゼフィーリアの人達が、見た目で判断する人が少ないことも要因だろう。
「では、私達はこれで失礼します」
「ええ、アメリアさん、またいつでも入らしてください。歓迎しますよ」
「またね!アメリアさん」
「はい。アナスタシアさんも、ティシアさんもお元気で」
今の会話に、アナスタシア女王もティシアも、名前に敬称を付けることはなかった。
それの意味は、国交を抜きにして、一人の人間として歓迎するという意味があった。
アメリアも、その意味を理解しており、敬称を付けることがなかった。
「エルさん、アリスさん、ガイウスさんにレニスさんも、お世話になりました」
「色々と迷惑をかけたな」
「あまりお気になさらずに。私達こそ、有意義な時間を過ごせました」
「そうよ。あんた達とつるむのは、結構楽しかったよ。
今度はあたい達がそっちに行くさ。あんた達の結婚式の時にでもね」
アリスのもの言いに、アメリアは顔を赤くし、ゼルガディスはそっぽを向いて頭を掻いた。
そんな様子を、エルとアリスは微笑ましそうにみていた。
「アメリア、心を鍛えることを忘れるなよ。強い心と体を持たないものに、清い氣は生まれんからな」
「はい。心身共に、日々精進します」
「いい返事だ」
「ゼルガディス殿。道中、お気をつけて」
「おう、わかっている」
「女性を助けるのが騎士の役目ならば、女性を支えるのも男の役目。頑張ってください」
「昨日から忠告をうけてばかりだな・・・・」
「それは失礼を・・・しかし、皆もそれだけ、貴方達を好いている証拠なのです」
「わかっているさ。冷やかしにはうんざりしていたがな・・・」
ゼルガディスの苦笑に、レニスも苦笑で返すしかなかった・・・・
「これ、よければ持っていってくれ」
「ま、餞別ってやつだな。悪いが、俺達にはこれぐらいしかできないからな」
傍によってきた店長とシンヤ。二人とも、それぞれ手に何かを持っていた。
「私のは弁当だ。長持ちしやすいように工夫をしているからな。
それでも、早めに食べるに越したことはないが・・・・まあ、持っていってくれ」
「それはありがたい。店長の飯はうまいからな」
「ええ、宮廷料理にも引けはとりません」
「ありがとう。またゼフィーリアに来たときには是非店に寄りなさい。腕を振るってご馳走しよう」
「ああ、また来たときには是非」
「必ずお伺いします」
アメリアとゼルガディスの言葉に、店長は嬉しそうに頷く。
「俺のは店長ほど気の利いたヤツじゃないがな。よかったら持ってってくれ」
シンヤは手に持っていた包みを、ゼルガディスに差し出す。
ゼルガディスは、包んでいた白い布を外してみると、それは鈍い光を放つ数本の短剣と、
蒼い色をした宝玉を埋め込んだペンダントだった。よく見ると、宝玉の中には、六紡星が浮かんでいた。
「この短剣は俺にだな。ちょうど良かった。昨日回収するのを忘れていてな、買い直そうと思っていたところだ」
「このペンダントは私にですね。結構綺麗です」
「短剣は例によって特別製の合金だ。変な小細工はしていないから安心してくれ。
ペンダントの宝玉は、白魔術を手助けする働きがあるらしい。微々たるものだがな。
まぁ、どっちもお守り程度には役に立つだろうさ」
「この剣の事といい・・・あんたにはかなり世話になったな。礼を言う」
「私からもお礼を言います。色々とありがとうございました」
「おう、気に入ってくれたのなら幸いだ。大事にしてくれよ?」
「わかった」
「はい」
一通り、挨拶をすませたアメリアとゼルガディスは、アキトとルナの元に近づいた。
「ルナさん、あんたには本当に色々と世話になった。感謝している。
それにアキト。お前がいなかったら、俺は元の体に戻ることはなかった。ありがとう」
「いいのよ、気にしないで。私はただ、手助けするように根回ししただけ。
そこから先、実力を伸ばしたのは貴方の努力よ」
「俺もさ。元に戻れたといっても、偶然と運が重なっただけ。俺は何もしてはいないよ」
「それでもだ、あんた達二人がいなかったら、今の俺は確実になかった。ありがとう」
「これからも大変よ。頑張ってね」
「自分に素直にな。俺みたいに、後悔することの無いように」
「わかった」
ゼルはアキト達の言葉に、軽く頷いた。
「本当にお世話になりました。この国の人達に知り合うことができて、本当に嬉しかったです」
「ゼフィーリアを気に入ってくれて嬉しいわ。ありがとう」
「こちらこそです。よろしければ、一度セイルーンにもおこしください。歓迎いたします。」
「そうね・・・機会が巡ることがあれば、必ず行かせてもらうわ」
「はい!アキトさんも、自分の世界に帰る前に、是非来てください」
「わかったよ。帰る前に、一度はアメリアちゃん達に会いに行く。約束するよ」
「楽しみに待っています!それでは。行きましょうゼルガディスさん」
「ああ、わかった。本当に世話になった。また会おう」
「元気でね」
「必ず、会いに行くよ」
アキトとルナは、笑顔でアメリア達を送り出した。
おそらく、これから共に歩んで行こうとする、二人の先を祝福するかのように・・・
街門をくぐり抜けようとしたアメリアとゼルガディスの前に、二つの人影が遮った。
ゼルガディス達は、歩みを止めることなく、その人影に近づく。
「やっぱり最後はお前らだな」
「薄々とは予想できましたけどね」
「だってね〜、やっぱ最後のしめは私でしょう?」
「というか、しめたがりの仕切りたがり、だからな。リナは」
「うっさいよ、ガウリイ」
かつて、共に苦難を乗り越えた旅の仲間。
旅をした期間は、人生の長さから見ればほんの一時・・・だが、その密度は人のどんな人生よりも密度が濃い。
仲が良くて当たり前・・・・といっても、本人達は認めたがらない場合が多いが・・・・
今朝みたいな別れの挨拶では、なんとも後味が悪いということで、街門の前で待っていたのだ。
「リナさんとは二度目の別れですね」
「そうね。でも、あの時には、まさかこんな再会になるとは夢にも思わなかったけどね」
「お前と一緒にいると、夢にも思わない出来事がかなりあるのは俺の気のせいか?」
「それは言えてるな」
「うっさいよ。私だって好き好んで厄介ごとにあってんじゃないのよ」
「でも、自分から首をつっこむ場合も多いよな」
「いらん事ばっかりおぼえて・・・・・この脳味噌プリンが・・・」
額に血管を浮かせたリナが、手の平に光球を発生させる。
周りにいたはずのゼフィーリア住民は、いつの間にか避難してる。
「まあまあ・・・・こんな時まで騒がないでくださいよ」
「チッ・・・・わかったわよ。ま、ガウリイは放っておいて・・・
先のデーモン騒ぎで何かと忙しいかも知れないけど、国に帰っても元気でやんなさい」
「はい。今朝も言いましたけど、リナさんも機会があれば是非またセイルーンにおこしください」
「わかってるって。厄介ごと云々をぬきにして、会いに行くわ」
「ガウリイさんも、その時は是非御一緒に」
「わかった。俺が居ないとリナを止めるやつがいないからな」
「誰が理由もなく暴れるかー!!いい加減なことばかり言うな!!」
「つまり、理由があれば暴れるんだな」
「つっこみが厳しいな、ゼル」
「まぁな。いい加減慣れる頃だ。もっとも、いつもリナの面倒を見ている、お前さんの方が大変だろうがな」
「俺はこいつの保護者だしな」
「お前達らしいな。それもいいだろう」
「そうですね。リナさん達には、それが一番似合っているのかも知れませんね」
「どいつもこいつも好き勝手なこと言って・・・・」
リナが怒りのあまり、握り拳を作る。
今にも瞬殺の右が発動しそうなくらいに危ない状況だ。
しかし、ゼルガディスはそんなリナの様子を見て、意地悪く笑った。
「昨日からのお返しだ。少しは懲りたか」
「少しはね・・・後一押しやっていたら、怒りで倍増しそうだったけど」
「そいつは恐ろしいな。そうなる前に退散するとするか」
「そうですね」
「ふ〜〜・・・まったく、まぁいいわ。最後だからね。大目にみるわ」
「少しは成長したんだな」
「そこ、混ぜっ返さないの!とにかく、二人とも達者でね。フィルさんにもよろしくね」
「二人とも元気でな」
「はい。お二人もお元気で」
「元気すぎるものなんだが・・・それは余計な心配だな。じゃぁな」
そう言うと、アメリアとゼルガディスは、セイルーンへと続く街道を歩き始めた。
途中、何度か振り返ったものの、すぐに二人の姿は道の向こうへと消えていった。
「行ったな・・・・」
「そうね・・・」
リナとガウリイが、少し寂しそうに目で、二人の歩いていった先を見つめる。
しかし、リナはすぐに笑顔を取り戻し、帰宅の徒へとついた。
ガウリイも、そんなリナに笑顔を見せ、後をついて行く。
アキトとルナは、そんな二人を見ながら、自分たちも家への道を歩き始めた。
「少し、寂しくなりますね」
「そうね。でも、代わりと言ったらなんだけど、新しい家族も二人来たしね。
明日から、また騒がしい毎日になるんじゃないかしら?」
「特にシンヤさん辺りですか?」
「フフフッ。そうかもね」
ルナは面白そうに笑った。
アキトも、それにつられて笑顔を見せる。
「楽しそうですね。ルナさん」
「ええ、とっても。アキト君が我が家に来てから、私は笑うことが多くなったわ。
周りのみんなも、アキト君が来てからさらに明るくなった。毎日が楽しくてね」
「そうなんですか?」
「そうよ」
「そうですか・・・・」
「・・・・アーウィン・・・彼が夢見たのは、そう言った日常なのでしょうね」
「ルナさん・・・・・・」
「この世界は、良いところだけじゃない、悪いところも確かに数多く存在しているわ。
でも、私は絶望はしない。人が、力強く生きてゆこうとする意志がある限りね・・・
そして、私は私のできることをする。神の力を持ったものとしてではなく、人としてね」
「俺も手伝います。俺の出来る限り」
「ありがとう、アキト君。じゃぁ、帰りましょうか」
「はい」
出会いと別れ・・・・それは、人生において、幾度もくり返す出来事の一つ。
アキトとルナも、いずれは別れゆく定め。
だが、別れた先、その道が再び交差しないとは、誰にもわからない。
道は進むものではなく、作り出すものなのだから・・・・
ルナがアキトへの気持ちを諦めない限り、道が交わる可能性は無限なのだから・・・
だが、交わった運命が離れるのは今だ遠い先の話・・・・・
今はただ、傍にいるアキトを感じていたい・・・・そう考えているルナであった。
―――――あとがき―――――
どうも、ちょっとスランプぎみのケインです。
と、いうことで(どういうことかはつっこまないで下さい)続きます。
アキトを一度帰らせても・・・と、考えたんですけど、あっちの方々が素直に行かせてくれるはずないですからね。
一応、悠久はこの世界の後・・・・ということになっていますから。
続編については・・・・一週間後ぐらいにでも、第一部の反省会もどきの後書きでも書きますので、その時にでも・・・
要するに、一話ずつの反省もどき・・・といえばいいのでしょうか?
とりあえず、細かい話はそちらの方で・・・・
最後に・・・K・Oさん、Dさん、TAGUROさん、watanukiさん、YUーJIさん、アッシュさん、ザインさん。
ぺどろさん、ホワイトさん、下屋敷さん、森乃音さん、鈴木さん。
O2さん、僕らのゆうしゃおうさん、零さん、のほさん、sakanaさん。
御感想、ありがとうございます!
それでは・・・・・・・
代理人の感想
エンディング・・・・と。
余韻溢れる良い終わり方でした。
そこで提案なんですけど、いっそのこと
第二部は永久に始めないと言うのはどうでしょう(核爆)。
いや悠久世界はまだしも、アキトにとっては元の時ナデ世界に帰るよりも
「こっちの世界でルナさんと末永く幸せに暮しました」の方が絶対幸せだと思うんですが(爆)。