赤き力の世界にて・・・
第37話「人災・・・愚かなる者達・・・・」
アキトとルナ達が合流した次の日・・・・・
四人は何事もなく、エルメキア帝国の領地内に入り、そのまま真っ直ぐにセイルーンの王都に向かっていた。
「やはり・・・・セイルーンに向かっている人が多いですね・・・・・」
アキトは、街道を歩いている団体を見ながら呟いた・・・・
年齢はまちまちだが、男女とその子供らしき少年少女・・・それを基本とした数組から形成された団体だった。
おそらくは、何組かの家族が集団になっているのだろう。
「エルメキアの帝都は完全に壊滅だもの・・・あれでは、建て直すよりも、一から造った方が早いくらいよ。
それが待てない人、もしくは生活がままならない家族などは、近隣の街に移るしかないでしょうし・・・・
おそらく、半分以上が他国への移住をするでしょうけどね」
一番武力のある首都が襲われ、なおかつ壊滅させられたという事実がある以上、
それは仕方がないのかもしれない・・・殆どの人は、安全が保証されない所に住みたいとは思わないだろう。
「ゼフィーリアも一度襲われている以上、一番平和なセイルーンに向かうのは当然かもね・・・・」
「しかし、今度はそこが戦場となる・・・・無駄な血が流れぬとよいのだが・・・・・」
ニースの一言が、アキト達の心に重くのしかかる。
だが、それを少しでも軽くしようというのか、メアテナがアキト達に向かって元気な声をかける。
「じゃあさ!早くアメリアさんの所に行って、みんなが避難するようにお願いしようよ!」
「・・・・・そうだね、メアテナちゃん」
アキトは、メアテナの頭を優しく撫でながら、元気づけようとしてくれた事に、心の中で礼を言う。
メアテナは、猫が撫でられたときのように、目を細めながら嬉しそうに微笑んだ。
「おそらく、アメリアさんのことだから、変な意地や見栄を張らず、住民を避難はさせているでしょうけどね」
「そうですね・・・・」
「でも、念のために急ぐことに越したことは無いわね」
「そうだな・・・・では、もう少し歩調を早めるか?」
「そうねぇ・・・・・・」
ルナは少し思案をする・・・・・今現在、アキト達の歩調はかなり早い。
本人達にとっては、ちょっとした早足なのだが、実は旅慣れている人の倍以上の速さで歩いているのだ。
当初は、ルナが精霊の力を借り、地脈の流れに乗って高速移動する術・・・を使おうとしたのだが・・・・
なにぶん人目が多いので、緊急時以外の使用は控えることにした。
先の襲撃事件で気が立っている人が多いのだ・・・無用な混乱を避けるに越したことはない。
「とりあえず、後少しで小さな町につくから、そこで昼食をとってから考えましょうか。もう見えていることだし・・・・」
「それもそうか・・・確か、後二つほど町を越せば、セイルーンとかいう国の境だったな」
「ええ・・・といっても、残りの二つとも、規模は大きめの町くらいって、地図には書いてあるわ。
それなりにセイルーンとの国交があったから、結構潤っているらしいとも書いてるわね」
「さすが諜報関係が用意した地図だな。細かいことまで書いてある」
「結構便利よ。後でアリスにお礼を言わないとね・・・・さ、早く町に行きましょうか」
「は〜い」
メアテナが元気よく返事をする。その様子をアキト達は微笑ましく見ていた・・・・・
しかし・・・・その気持ちは町に近づくにつれて、急速にしぼんでいった。
町が異様なほどに静かなことに気がついたのだ。
(町が静かすぎる・・・・まるで人がいないようだ・・・・)
アキトは氣の探索範囲を町全体に広げるが、人の氣を感じることはなかった。
ルナやニースも、まったく人の気配を感じない事に気がついたらしく、表情を険しいものへと変えていた。
そして・・・・町の中を見た瞬間・・・・その疑問は一気に氷解した。
「酷いな・・・・・・・」
ニースが一言だけ呟く・・・・その言葉は、他の三人が考えていることとまったく同じでもあった。
街壁にあたる囲いのせいで、遠目からはわからなかったが、町の中は廃墟同然だったのだ・・・・
家という家は打ち壊され、道という道に死骸が転がっていた・・・・
まさに凄惨な光景・・・・メアテナなどは顔を青ざめさせているぐらいだった。
アキト達三人は、険しい顔をしたまま、町の中央へと進んだ・・・そこには・・・・・・・・
「酷い・・・・・・・」
「同感だ。これを行った奴に対して吐き気がする!」
「・・・・・・・なんでこんな酷いことができるの・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ルナ、ニース、メアテナの三人は、中央広場の光景を見て、憤りを感じていた・・・・
その口調には、怒りと悲しみが限りなく混ざり合っている・・・・・
ただ、アキトは何もいうことなく、ただ広場の光景を目に焼き付けていた・・・・・
犯され、嬲られた挙げ句くびり殺されている若い女性達・・・・・
まるで数を競い合ったかのように並べられている、体から切り取られた男達の頭部。
それ以外の部分は用済みといわんばかりに、ゴミのように無雑作に放り棄てられている身体・・・・・・
そして・・・手首を縛られ、そのまま木に吊り下げられている子供や老人達・・・・
その身体には、矢やナイフといったものが無数に突き刺さっている。
それも、すぐには死なないような場所ばかりに・・・・
どの顔も、一つとして安らかな顔というものは当然無い。皆、苦悶の果てで死んだ・・・という表情ばかりだった。
「ルナさん、ニース、そっちの女性達をお願いします・・・・・・」
アキトはそれだけ言うと、吊り下げられている者達に近づき、
一人、また一人と丁寧に地面に下ろし、開いたままの目を閉じさせていった。
それを傍目に、ルナは女性達を丁重に横たえ、廃屋で見つけた布地などを被せる。
ニースも、男達の身体を横たえさせ、一列に並べる。
問題はどの身体と頭部が一致するかだが・・・・結局は分からず、仕方無しに別々に並べる。
三人とも、死者への敬意を忘れることなく、ただ黙々と作業を続けた・・・・
メアテナも、手伝おうとはしたのだが、身体が動かず、見ているだけとなってしまった・・・・
ただし、その視線は、決してアキト達から逸らされることはなかった。
「メアテナ・・・よく見ておくんだ。そして忘れるな。人の心にある光と影・・・その影が作り出したこの光景を・・・」
という、ニースの言葉を心に刻みつけながら・・・・・・
作業の途中、アキトは町の入り口付近にかなりの数の氣を感じたが、
それらはすぐに道を引き返すように遠ざかっっていった・・・・
おそらくは、先程追い抜いた数組の団体だろうと、アキトは見当をつけた為、放っておいた・・・・
このままセイルーンに向かわないのであれば、無駄な手間も省けると考えて・・・・
そして、小一時間ほど経った頃・・・・・最後の一人が、大地に横たわった。
広場に並べられた死骸達・・・・・アキト達は一通り黙祷を捧げた後、
ルナは亡骸を葬るため、大地に手をつけて地の精霊達と意志を同調させる。
「・・・・安らかに眠りなさい。母なる大地に抱かれて・・・・・」
大地が突如として銀色の光を放つ。
その銀光に包まれた死骸は、徐々にその身体を薄れさせ、最後に光の粒子となって完全に消え去った。
「ルナさん・・・今のは?」
「以前見せたとおり、大地の精霊力の光よ。浄化の力を秘めた・・・・ね。
純粋な精霊力は、使うものの意思次第で、破邪にも、浄化にも、破壊の力にもなるの・・・・・
本当は、炎でもよかったんだけどね・・・・どうせなら、大地に眠る方が良いと思ってね」
「そうですね・・・・・」
アキトも、この街の住人がいた辺りを見ながら、もう一度、安らかに眠れるように祈った・・・
「それで・・・この後どうする。このまま私達がこの町にいても意味がない」
ニースの言葉に、アキトは思案する・・・確かに、このまま町にいても意味はないし、なんの役にもたたない。
その時、ルナが口を開いた。
「次の町に行きましょう。今現在、この国は混乱していて、盗賊などに対処する余裕はないしね・・・・
だったら、次の町の住民に注意をよびかけていた方が良いわ。
それに、この町の様子から見て、襲われたのは二、三日前・・・次の町が襲われるのには充分な時間のはずよ」
「だったら急ぎましょう。次の町までどれくらいかかるんですか?」
「歩いて一日・・・・私達の足なら四半日といったところかしら」
「そうですか・・・ルナさん、済みませんが・・・・・」
「わかってるわ。緊急時ですものね・・・」
「済みません、お願いします」
「良いのよ、気にしないで」
アキト達は、すぐさま町の外に出て、街道の上に集まる。
そして、アキト達の足元が銀色に光った次の瞬間、四人の姿が忽然と消えた・・・・・
その場に立ったまま、街道を疾風のように滑り行くアキト達四人・・・・
人の身で発動させたものながら、その速さは竜が発動させた術に劣るものではなかった。
むしろ、ルナの術の方が速いかもしれない・・・・・・
凄まじい速さで流れ行く周りの景色を眺めながら、ニースはルナに声をかけた・・・・
「ルナ・・・・先程の町・・・・気がついていたか?」
「ええ・・・・・・」
二人は言葉が少ないながらも、お互いの言いたいことを理解していた。
しかし、アキトとメアテナはさっぱりわからなかったが・・・・・
「ルナ姉さん、ニース姉さん。さっきの町で何かあったの?」
「いや、何もない・・・・むしろ、何も無かったことを気にしているのだ」
「何も・・・・無い?」
メアテナの言葉に、ルナは一つ頷きながら続きを話し始める。
「人が死ぬとき・・・強い思いは精神世界面に残ることがあるわ。残留思念・・・とでも言えばいいのかしらね。
死んだときの感情、又は思いが強ければ強いほど、それは色濃く残る・・・・・・・・・そこまでは理解できる?」
メアテナはルナの言葉を理解したのか、軽く頷いた。
アキトも頷きながら、ルナの言いたいこと・・・・何がなかったのかを、察していた。
「あの町では、無念の死を遂げた人がたくさんいたにも関わらず、それがなかった・・・・綺麗さっぱりね。
あれ程の惨劇があったのなら、残留思念ではなく、悪霊になっていても不思議じゃないのに・・・・・」
「誰が何をやったのかは知らないが・・・あまりにも不可解なのでな・・・・気になったのだ」
「アキト君やメアテナちゃんも、力があるのだから感じるはずだけどね・・・・
初めてだから、気がつかなかったのも仕方がないわね」
ルナが二人に言った初めてというのは、2種類の意味があった。
アキトに対しては、力を手に入れてから・・・・という意味であり、
メアテナに対しては、ああいう場面を見たのが・・・・・という意味だった。
負の感情・・・その残留思念を感じる。それはかなりの苦痛だろう・・・
何も好き好んで、人の苦しむ様を感じたい人などそうそう居るはずもない。
「とにかく、今は情報が足りない・・・次の町で、詳しい話を聞いてみるのも良いだろう」
「そうだな・・・・まず、それが最初だ。どうするかは・・・・その時にでも決めよう」
その言葉とは裏腹に、アキト拳は強く握りしめられ、瞳には激しく強い光が宿っていた。
それから少しすると、遙か遠く・・・・針の先程度にしか見えないが、次の町が見えてきた。
それを見たメアテナを除く三人は、苦渋の表情をしながら、その身に光を纏わせる!
「ど、どうしたの?」
「・・・・・メアテナ。感覚を研ぎ澄ませ・・・・」
「う、うん・・・・・」
メアテナはニースに言われた通り、感覚を研ぎ澄ませる・・・・すると、町の方から大量の殺気や怒気を感じる!
さらには、徐々に近づきはっきりと見えてくる町から、どす黒い煙まで立ちのぼっていた!
「町に入った瞬間に術を解くわ!ニースは向かって右側に、私は左側に行くから、
アキト君は真っ直ぐ進んで、襲撃者を排除して!
メアテナちゃんはアキト君にそのまま付いていって、町の中央にある広場を確保して。
そこに住民を避難させるから。一ヶ所に集めた方が、守りやすいでしょうしね。
大したのは居ないみたいだから、特に警戒することもないでしょうしね・・・・じゃぁ、行くわよ!!」
ルナが言い終わると同時に、アキト達四人は町に入った。
ルナはすぐさま高速移動の術を解除し、先程話したとおりに散開し、襲撃者・・・野盗の排除にあたった!
ルナはアキト達と別れた後、すぐには動かず、燃えさかっている炎に目を向けた。
(このままでは、町が灰になってしまうわ・・・・・・・)
町に放たれた炎は、全てを灰にするため、徐々にその勢いを増してゆく!
木造建築が多い辺境では、小さな種火が業火に変わることは珍しくない。
この町も約七割方が木で造られているため、燃料には事欠かない状態だった!
ルナは先の炎を何とかするべきだと判断し、右の手を炎に向かってかざした!
(炎の精霊達よ・・・意味の無き破壊は止めなさい、その力をふるいたいのであれば、私の元に集いなさい・・・・)
ルナの心の声を聞いた炎の精霊達は、家屋などを燃やすことを止め、ルナの元に集い始めた。
その炎は、ルナの掌の上に集まり、握り拳より少々大きい程度の火球となった。
その火球は、赤竜の力を受け、赤から黄金色へと昇華する!
「ありがとう・・・・私の願いを聞いてくれて・・・・・・」
ルナは炎の精霊達に礼を言うと、人の声と気配がする方向に走った!
そこには、野盗らしき男が、子供と女性をかばっている男に向かって剣を振り上げていた!
「逃げろ!逃げるんだ!!」
「逃げてもらったら困るな〜、新しい剣の試し斬りなのに」
「お前らだけでも逃げろ!」
「さ〜て、何人ぐらいまで切れ味が保てるかな?楽しみだ」
「クソッ!!」
野盗は、家族をかばっている男に向かって、剣を振り下ろす!!
しかし!野盗の振るった剣は男を斬ることなく、ただ空を切ったのみ・・・・
それもそのはず・・・野盗の持っていた剣は、柄から先に刃がなかったのだ!
「危なかったわね、大丈夫?」
「あ、貴方は・・・・・・」
「立てる?立てるようだったら中央にある広場に向かって、そこには私の仲間がいるわ」
「この女!一体何をした!!」
「うるさい、少し黙ってなさい」
ルナの手元にあった火球から、炎が鞭のように伸び、男を締め上げながら宙に持ち上げる!!
先程、野盗の持っていた鋼の刃を蒸発させたのもこの炎の鞭だった!!
しかし、不思議なことに、男は火傷一つ負ってない・・・・ただ締め上げているだけだった。
「な!なんなんだこの炎は!!グアァァァ!!」
男はきつく締め上げられ、骨を軋ませながら絶叫を上げる!
ルナはそれを完全に無視して、男とその家族達を広場に行くように急かす。
「ここからならすぐ近くでしょ?あの野盗達のことは気にしなくていいから」
ルナがチラッと、右の方に目を向ける。その方向には、十人近くの野盗がルナ達に迫っていた!
それぞれ思い思いの武器を持ち、かなり興奮しているらしく、異常に殺気立っている。
しかし、ルナにとってその様な青臭い殺気など気にするほどのものでもない。
「ささ、早く行って。あ、もし、他にも避難しようとしている人がいたら、一緒に連れていってあげて下さいね」
「わかりました!あなたも気をつけて下さい!」
男とその家族は、しきりに礼を言いながら、町の中央広場に向かって走ってゆく。
それを、笑顔と共に手を振りながら見送るルナ。
その家族の向かう先には、野盗達がいないことは気配を調べてわかっているので、まったく心配はしていない。
元々はいたのだが・・・・少し前に急激に減っていったのだ。
(アキト君とメアテナちゃんが広場を確保したのね・・・・)
「この女を裸にひん剥け!犯し尽くしてやる!」
「綺麗な姉ちゃん!素敵なところに連れていってやるぜ!」
「五月蠅いわね・・・・」
ルナは男達に向き直ることなく、ポツリ・・・と呟いた。そんな事にはお構いなく、野盗達は一斉に襲いかかる!!
・・・・・が、それよりも先に、火球より無数に炎の蔦が出現し、男達を締め付けながらつり上げる!
「放せ!放しやがれ!」
「この・・・クソがぁ!!」
口汚くルナを罵る宙づりの野盗達・・・・・
それを見るのも嫌だと言わんばかりに、ルナは決して顔を向けようとはしない。
「貴方達が隣町を襲った盗賊?」
「あ?バカか、誰が答えるか・・・グァァァアアアーーーッ!!」
炎の蔦は、容赦なく男達を締め上げる!
それと同時に肉の焼ける音とにおいが辺りに充満する!
「もう一度だけ聞くけど・・・・・」
「やりました!俺達の仲間が、二日前に!!」
野盗の一人が、悲鳴混じりで叫ぶ!他の盗賊達も、口々に同じ様なことを叫ぶ。
ルナは、男達が放つ精神の波動から、その言葉に嘘がないことを看破する。
「そう、ありがとう・・・・・・」
ルナはおざなりに礼を言いながら、炎の蔦から男達を解放し、そのまま広場に向かって歩き始める。
大地に倒れた男達は、火傷や締め付けられた痛みに耐えながら、憤怒の表情で立ち上がる。
そして、無防備な後ろ姿をさらしているルナに向かって、罵倒しながら一斉に飛び掛かった!
「ぶち殺す!」
「死ね!」
月並みな台詞を吐く野盗達・・・・・・・
しかし、ルナはそれでも振り返ることはしない・・・変わりに応じたのは、黄金の火球だった。
しかも今度は、蔦ではなく火の輪が生み出され、野盗達を瞬時にして束縛した!
「チャンスは一度だけよ・・・・・もっとも、こうなるだろうとは思っていたけどね・・・・・・じゃ、さようなら」
ルナの呟きと共に、野盗達全員が黄金色の炎の柱に包まれ、一瞬にして消滅した・・・・
その炎は、周りの建物や木に引火することなく激しく燃えさかり、そして急速に消え去った・・・
後には・・・野盗がいたという痕跡すらも無い・・・・・・・
「こちら側にいた野盗の半分は片づいたわね・・・残り半分も、さっさと片づけましょうか・・・・」
ルナは住民と野盗の位置を把握しているため、迷うことなく野盗の元へと歩いて行く。
それからしばらくして・・・・大きな黄金色の火柱と共に、残っていた野盗の気配は消滅した・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
時は少し遡る・・・・・
アキト達と別れたニースは、町を赤く染めていた炎が自分の向かう方向とは逆に流れているのを横目で見ていた。
(街中の炎が流れて・・・・いや、集束している。ルナの仕業だな・・・いい判断だ。
炎があのままであれば、住民の避難に支障があるからな・・・・・しかし・・・・・・)
ニースは、殺気と炎が入り乱れる町並みを見ながら、懐かしさを感じていた・・・・
時にすれば遙か遠い昔・・・・ニースにしてみれば、ほんの少し前の記憶・・・・
神魔戦争の末期では、人、エルフなどの種族を問わず、自衛手段のない町は無法者達の略奪の場だった。
元々、傭兵だったニースは、そんな町に雇われることもよくあったのだ。
(あの戦争では、こういった者達がよく横行していたな・・・・滅んだ国の騎士のなれの果てや、
雇われることのない、暴れ者の傭兵など・・・・・武器や強さの質は、こっちの方が圧倒的に下のようだがな・・・・)
物陰から襲いかかってきた野盗を、ニースは創り出した赤い魔剣を使い、一瞬で十字に斬り裂く!
凄まじいほどの剣の技術・・・・・しかし、ニースの顔はなんの変化も見せることはなかった。
本人にとっては、あの程度は当たり前のことなのだろう。
ニースは斬り裂いた野盗の死骸に一瞥をくれると、住民の気配がする方向に向かって歩き始めた・・・・
その胸中に、複雑な思いを抱えながら・・・・・
(この光景が懐かしい・・・か。それだけこの時代が平和なのだろうな・・・・・
平和な時代に、私の居場所があるのかと悩んだものだが・・・意外だな。
今の今まで、そんな悩みなど考えたこともなかった・・・・・
これも、私なんかを慕ってくれるメアテナと、私達を受け入れてくれた人達、
そして、私以上の力を持ちながらも、ただ平凡な日々を過ごそうとしている彼奴のおかげかもな・・・・)
「さて・・・・野盗達はあまり密集していないな・・・・面倒だが、一つずつ駆除して行くか・・・・
とりあえず・・・・後二十人程・・・・いや・・・・・」
ニースの歩く先からこちらに近づいてくる五つの気配・・・・それらはいずれとも、殺気を漲らせていた。
といっても、ニースからしてみれば、殺気とよべるほどのモノではなかったが・・・・
それらが家の角から姿を見せると、ニースに目をとめ、舌なめずりしながら近づいてくる。
ニースは、野盗を特に気にすることもなく、そのまま歩いて行く。
野盗達は不審に思いながらも、所詮は女一人と侮り、ニースを逃げられないように取り囲んだ。
「よお、姉ちゃん。俺達と遊んで・・・・・・」
一人の男が声をかけたものの、不意に言葉をとぎらせる。
その次の瞬間、その男を含めた五人の野盗は、その場に立ったまま動かなくなった・・・
それも仕方がないだろう・・・・・・命令を出す脳が切り離されたのでは、動きようもない。
野盗達は、いつ自分が斬られたかすら知ることなく、絶命しただろう。
「後十五人といったところか・・・・・さっさと片づけるか」
そう呟き、歩き去るニース・・・・・
それからしばらく後・・・・男達の身体は、思い出したように大地に倒れた・・・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
一方・・・・ルナ達と別れたアキトとメアテナは、すぐさま町の中央広場にたどり着いていた。
そこには、略奪したものを運んでいる野盗や、武器を持って抵抗している若い男などが居た!
「メアテナちゃん、中央にある石柱に野盗を集めて!」
「わかった!でもどうやったら・・・・」
「こういう風に!」
アキトは、瞬時に斬り合いをしている野盗との間合いを詰め、蹴り飛ばす!!
蹴り飛ばされ、石柱と衝突した野盗は気絶し、完全にぐったりとしていた・・・・
「わかった!ハァッ!!」
メアテナは、アキトと同じように野盗との間合いを一瞬で詰め、強烈な掌打で吹き飛ばす!
その両の手には、神と魔の力を纏わせているため、かなりの威力がある!
石柱にぶつかる前から、すでに気絶していることから半端ではないことは、誰の目から見ても明らかだった。
アキトとメアテナの二人によって、野盗は瞬く間に広場から駆逐される。
その様子を見ていた野盗と斬り合っていた男が、やや呆然とした表情でアキト達に声をかける・・・・
「あ、貴方達は・・・・・」
「旅の者です。そんな事より、住民をここに避難させて下さい」
「で、ですが・・・・・・」
男は野盗が重なり合ってできた山を、心配そうな顔で見ていた。
おそらく、野盗が居るこの広場に住民を集めても大丈夫なのだろうか・・・と、思っているのだろう。
しかし、その目にはしっかりと憎悪の感情が含まれていたことに、アキトは気がついていた。
「大丈夫です。完全に気絶していますし。住民の皆さんが来たら、頑丈なロープか鎖ででも縛って下さい。
それまでは、この子、メアテナちゃんが護衛してくれますので安心して下さい」
「は、はぁ・・・・・」
「私に任せて!それよりも、おじさんは早くみんなを避難させて!
町の入り口の方は、野盗が少なくなっているから!」
「わ、わかりました!!」
男は、メアテナに急かされて、早く住民を避難させようと走って行った。
町の炎はすでに消えている・・・アキト達は、それがルナのおかげだということを疑ってもいない。
「ここはもういいな・・・メアテナちゃん。俺はこのまま進んで野盗を駆除する。後は頼んだよ」
「うん。任せておいて、だからアキト兄さんは、先に進んで!
万が一、ここの野盗達が起き上がったり、別のが襲いかかったりしたら、容赦なく斬るから」
「メアテナちゃん・・・・・・」
野盗を斬る・・・すなわち、人を殺す。メアテナにそんな事をさせたくないアキトは、渋い顔をした。
そんなアキトを気遣うように、メアテナはしっかりとした表情で、アキトの目を見た。
「アキト兄さん。私は、覚悟しているから・・・・」
「それは・・・・・人を斬る覚悟かい?」
「ううん。命を奪ったということから逃げ出さない・・・目を逸らさない覚悟」
強い・・・限りなく強い意志の光を秘めたメアテナの眼差し。
その固い決意を秘めた顔に、アキトは思わず目を奪われた・・・・
「ルナ姉さんが言ってた。この世界では、何かを守るため、他の命を奪うこともある・・・
その時は、奪った命から目を逸らすなって。逸らせば、守るものも、奪った命も無為なものになるって・・・・・」
「ルナさんがそんな事を・・・・・・」
「だから、私も襲われている人を助けたいから、覚悟するの。アキト兄さん」
「メアテナちゃんは強いな・・・・・・」
アキトは、思わぬメアテナの強さを嬉しく思いながら、優しく頭を撫でていた。
そして、メアテナを子供扱いしていた自分を恥じた・・・・・
「(メアテナちゃんも、立派に成長しているんだよな・・・・)メアテナちゃん。ここは頼んだよ」
「うん!アキト兄さんも気をつけてね!」
「わかった」
アキトは、メアテナを広場に残し、広場の先にある区画に走っていった。
町に入る前から、町中にある氣を完全に把握しているアキトにとって、野盗を探すのは訳がなかった。
(―――――ッ!!誰かが襲われている!)
アキトの耳に、悲鳴が飛び込んできた!
その方向に氣を探ると、荒々しい氣の近くに、小さな氣があるのを即座に感じた!
「間に合ってくれ!!」
アキトは願いを口にしつつ、凄まじい速さで悲鳴の発生源に向かって疾走した!!
「イヤァッ!!やめて、やめてぇぇっ!!」
「ハッハッハァッ!いい音色だ!もっと鳴いてもらおうか!!」
男は楽しそうに笑いながら、二十歳前の女性の衣服を引きちぎっていた!
泣き叫ぶ女性が声をあげるたびに、男はさらに高笑いしていた。
その様な行為が何度か続き、女性の着ているものは下着のみとなった・・・・・
それを満足げに見ている男は、腰に下げてあった小剣を抜き、女性に向かって突き付けた。
「ショータイムといこうか!ここからは自分で脱ぎな!」
「いやぁ・・・・・いやぁ・・・・・・・」
男は愉悦にひたった表情で、目の前の女性に命令する。
しかし、女性は身を竦ませ、焦点の合わない目をしながら、ただ震えているだけだった・・・・
女性は恐怖のあまり、半ば理性を放棄していたのだ・・・
それを見た男は、つまらなそうに鼻で笑うと、小剣を鞘に戻し、女性に手を伸ばそうとした。
「フン、つまらねぇな・・・仕方ねぇ、俺が直々に・・・・・」
「直々に・・・・なんだ?」
男が女性の身体に手をかけようと、腕を動かしたとき、
後ろから声をかけられると同時に首を掴まれ、上に持ち上げられる。
「な、なんだてめぇは・・・・・さっさと・・・放し・・・やがれ・・・・・」
かなり強めに首を絞められているのか、宙づりの男は息も絶え絶えに言葉を紡ぐのが精一杯だった。
男は腰に差してあった剣を逆手で抜くと、後ろにいる男に向かって振るう!
が、それよりも先に、首を掴んでいた男・・・アキトは、腕に力をこめ、野盗を外に向かって投げた!
勢いよく投げ飛ばされた野盗は、数回ほど大地の上をバウンドし、大きめの木に激突して止まった・・・
やや大きめの木であったのにも関わらず、野盗が衝突した衝撃で大きく揺れていることから、
投げた勢いの強さというものがよくわかる・・・・・
それなのに、気絶もせず、何度も咳をしている野盗は、それなりに称賛に値するかもしれない・・・
アキトはそんな野盗を冷たい目で一瞥しながら、一言呟いた・・・・・
「少しそこで待っていろ・・・・」
それだけ言うと、アキトは野盗を無視するように、女性に向き直った・・・・
「大丈夫ですか?」
「―――――ッ!」
アキトは今だ震えている女性に声をかけるが、なんの反応もせず、さらに震えるだけだった・・・・・
女性をこういう風にした野盗と、間に合わなかった自分に憤りを感じるアキト。
その考えは傲慢だということは解ってはいるものの、それでも抑えきれないものがあった・・・・・
アキトは自分の着ていたマントで、女性をそっと包み込んだ・・・・
そのおかげで落ち着いたのか、女性の震えが小さくなり、目がやや虚ろながらもアキトを見る。
目を向けられたアキトは、目線を合わすようにしゃがみこみ、
安心するような微笑みを浮かべながら、優しく女性に語りかける。
「ここにいて下さい。外の野盗は俺が片づけます」
「・・・・・・・・・」
女性はアキトの言葉に、コクン・・・と、一回頷いた。
それを確認したアキトは、もう一度微笑み、スッ・・・と立ち上がって外に向かって歩き始めた。
そして、扉をくぐる一歩手前で、後ろを振り向かずに女性に声をかける。
「できるなら・・・・服を着ておいてくださいね。目のやり場に困りますから・・・・・」
アキトはそれだけ言うと、足早に外に出て扉を閉めた・・・言っていて、恥ずかしかったのかもしれない。
女性は、しばらくそのままでいたのだが、脳がアキトの言葉を理解し始めたのか、
顔を真っ赤にすると、あせったように立ち上がり、服を着るために、寝室に飛び込むように入っていった・・・・
「この野郎・・・・てめぇの死体を寸刻みにして、野良犬の餌にでもしてやる!」
アキトに外に投げ飛ばされた男が、憤怒の表情で小剣を構えた。
自信に見合うだけの腕はあるようだが・・・今回は相手が悪い。
アキトは全くの無表情で、ただ静かに男を見ているだけだった・・・・
「旦那、一体どうしたんですか?えらく大きな音がしたようですけど・・・・」
男が木に衝突したときの音を聞きつけたのか、近くにいた野盗達がぞろぞろと集まってくる。
その数は十二人・・・・この近辺に居た野盗の約四分の三近くが集まったことになる。
「丁度いい・・・掃除の手間が省けた」
「あぁ?あんだと?ふざけてんじゃねぇぞ!」
「手間が省けただぁ?面白いこと言ってくれるじゃねぇか!」
アキトの言葉に、集まった野盗達は激昂する!
顔を怒りに真っ赤にしながら、殺気だって手に持っていた武器をアキトに突き付けた!
「お前達の血で、この町を汚したくない・・・悪く思うな」
「余計な心配だ!流れるのは俺達の血じゃない、貴様の血だけだからな!!
お前ら!一斉に襲いかかってこいつを串刺しにしてやれ!」
『おおっ!!』
集まった野盗達は、アキトを中心に円を描くように取り囲む!
予め訓練でもしていたのか、それとも手慣れているのか・・・・その動きにはあまり淀みがなかった。
「やれっ!!」
男の合図で、野盗達は一斉にアキトに襲いかかる!
男は、この程度でアキトがやられるとは思ってはいない・・・野盗はあくまで捨て駒、
逃げる・・・もしくはどこかの包囲を突破する際に、死角から襲いかかるつもりだったのだ。
しかし・・・アキトの行動は、男の予想を超えていた!
アキトはそのまま動くことなく、その身に無数の刃を突き立てられたのだ!
男は予想外の展開に、思わず目を剥く!
それとほぼ同時に、アキトに刃を突き刺した野盗達も、怪訝そうな顔をした・・・・まったく手応えがなかったのだ。
まるで空気か何かのように・・・・
そして、それを証明するように、アキトの姿は揺らめくようにかき消えた!
『―――――なっ!?!』
我が目を疑う野盗達は、アキトの居たところを呆然と見ているだけだった・・・
いち早く正気に戻った男は、子分である野盗達を叱咤する!
「狼狽えるな!きっと魔術か何かだ!奴はすぐ近くにいる!見つけだせ!」
『へ、へい!!』
「黒妖陣!!」
ドゥムッ!!
奇妙な音と共に発生した黒い霧みたいな何かが、一ヶ所に集まっていた野盗達を覆いつくす!
その様子を上空で見ていたアキトは、少し離れた所に音もなく着地した。
時間にして数秒ほど黒い何かは消え去り、中の様子が見えてくる・・・・・
「な・・・・そんなバカな・・・・・」
男がその光景を見て呟く・・・・それもそうだろう・・・黒い何かが晴れた後には、野盗の姿はどこにもなく、
ただ、それぞれが持っていた武器と、大量の黒い塵が大地に落ちていただけだったのだ・・・・・
(エルさんに魔術を習った甲斐はあったな・・・まさか、範囲があれ程も広がるとは・・・・)
黒妖陣の本来の範囲は、せいぜい二人・・・詰めて四人ぐらいという小範囲の術。
それを、術の構成と詠唱時間、魔力の消費を細工することによって、範囲を広げたのだ。
ただし、範囲と引き換えに威力は下がった。密度を薄めて周りに広げたという感じに・・・・
ただ、元々ブラス・デーモンでさえ一撃で倒すほどの威力をもっているので、
多少威力が下がろうとも、人間がこれを喰らえば洒落にはならない。結果は、先程の野盗達となる・・・・・
追記しておくと・・・・これは考案したのはエルネシアではない。
歴代の水竜騎士団の精鋭達が、長い時をかけて洗練し、研究された魔導技術の一端に過ぎない。
そして、それは今もなお研磨され、さらに研究され続けているのだ。
「(帰ったら、エルさんに改めて礼を言わないとな・・・・・・)さて・・・・・・・次はお前だな」
「―――――くっ!!」
男はアキトを憎々しげに睨むと、一目散に逃げ出した。
アキトは、その男の背後に向かって手をつきだし、唱えた呪文を解き放つ!!
「塵化滅・・・・・」
塵化滅・・・・吸血鬼すら塵へと変える黒魔術・・・・
走っていた男の身体・・・ひいては全体の輪郭がぶれた瞬間、黒い塵と化す!
アキトはその黒い塵を悲しそうな瞳で見ながら、残る野盗達の駆除に向かった・・・・・
この町から、暴れる野盗の姿が消えるまで・・・・・そう時間がかかることはなかった・・・・
(第三十八話に続く・・・・・)
―――――後書き―――――
どうも、エルネシアです。
今回の話は、暗い話と判断されたので、私が後書きを代行させていただきます・・・・・
この世界では、野盗・・・盗賊が横行しております。
義賊・・・と呼ばれる者はほとんどいません。主に山賊みたいなものだと思っても宜しいと思います。
今回登場した野盗は、その中でももっとも危険で暴力的な位置にいます。
それは、今回の話を見ていただいた貴方様がよく知っておられると思います。
よく、リナが盗賊を狩っているのですが・・・それでも数が減ることはありません。
こういった輩は、増えることはあっても減ることはありませんから。
リナと同じ様な言葉ですが、アレは台所に現れる黒い節足動物並の繁殖力と生命力を持っていますからね。
さて・・・・今回の一番の問題と思われるのは、アキト様が人を殺した・・・ことでしょうか。
私達の世界の者から見れば、至極当然に思える行為なのですが・・・・そこは倫理観の違いでしょうね。
国が違えば思考も違う・・・異世界であれば、もっとそうなるでしょう。
ただ、アキト様はその事から目を逸らすつもりはありません。
誰にどんなことを言われようとも、逃げ出す道を選ぶことはないでしょう。私はそう信じております。
それでは、最後に・・・・・・
K・Oさん、15さん、hashimotoさん、NTRC直さん、TAGUROさん、ぺどろさん、下屋敷さん、
時の番人さん、浅川さん、大谷さん、谷城さん、魔導戦士さん、遊び人さん、ノバさん、零さん、
GPO3さん、憂鬱なプログラマさん、HYPERIONさん。
感想、誠にありがとうございます。作者に代わり、厚くお礼を申し上げます。
それでは・・・・次回、第三十八話『静かなる怒り・・・』をお待ち下さい・・・
代理人の個人的な感想
スレイヤーズ世界だと今更って気もしますね〜。
魔族がらみでなくても(余り大っぴらに書いてないだけで)死人はポンポンでてますから。
>人の身で発動させたものながら
いや、人じゃないし(爆)。