赤き力の世界にて・・・
第39話「過去の遺産・・・・」
アキトが盗賊団『悪霊』を壊滅させてから二日後・・・・
アキト達は、セイルーン聖王国の首都の一つ手前の街にいた・・・・・
あの後、町の救済などの事後処理等を、セイルーンの国境警備兵に任せると、
アキト達は足早にセイルーン王国に入国した。
そこまではよかったのだが・・・・・一つ手前の街で足止めされていた。
エルメキア帝国を壊滅させた存在の襲来に備えて、王都を完全封鎖していたのだ。
来るべき日が近づくにつれ、物見遊山気分の者が絶えずやってくる為の苦肉の策なのだ。
実際、今現在アキト達が滞在している街の約十分の一が、観光気分の人々にあたる。
セイルーン王都へ続く街道の集束地点の一つであるこの街は、それなりに大きく、住民も五千人はくだらない・・・
その五分の一ほども観光客がいるのだ・・・危機感が足りない人々は、かなり多い・・・・
「まったく・・・・観光気分で見に行こうなんて何を考えているんだ・・・・・・」
アキトは、朝食をとるために入った食堂で、他にいる観光客を見て呟いた・・・・・・・
表情は平静を装ってはいるが、その目は暗い何かがある・・・
個人的に追っているアレの所為で、住むところを奪われたエルメキアの人々を見てきたアキトにとっては、
観光気分でいる人々の心中が解らないのだ・・・もっとも、解りたくないと言うのもあるだろうが・・・・・
「なにも考えていないでしょう・・・・でも、それは仕方がないわ・・・
おそらく、観光気分で見に来ている人達は、エルメキアの帝都が壊滅したことを知らないでしょうしね・・・・
エルメキアの半端な情報規制がかえって仇となったようね・・・・噂の伝わり方が微妙に遅いわ」
ルナはアキトと同じく観光客を見ながら、事実を淡々と述べた・・・・
かなり以前にも述べた事なのだが、この世界には情報伝達の手段が限りなく少ない・・・
誰かが故意に流すのであれば、それなりに早く広まるのだが、普通のものはかなり遅い。
今回のエルメキア帝都壊滅の情報などは、三日経った今、やっとこの街に流れてきたぐらいなのだ。
(本来なら半日、遅くて一日程度なのだが・・・ルナの考えた通り、生き残ったエルメキア皇帝が恥の流布だと思い、
半ば機能していない諜報関係者を情報規制に無理矢理動かしたため、噂の伝わりが少々遅くなっている・・・・)
その情報のおかげで、セイルーンに行こうとする者がかなり減った・・・・が、
それでもまだ、事の重大さが解っていない輩が多い。
一国の首都消滅というのが、現実味をおびていないというのもあるのだろうが・・・・
「自ら死地に赴いているのだ。放っておけばいい。そこで死のうと、自分の責任以外なんでもない。
自分だけは大丈夫、等と甘えた考えをしている奴等には良い教訓だろう」
「それはそうなんだけどね・・・それを放っておけないのが人ってやつなんでしょう?
だから、こうやって王都へと続く道を封鎖しているのでしょうし・・・・」
「でも、その所為で私達も足止めなんだよね、ルナ姉さん」
朝食を食べ終わったメアテナが、現状をキッパリと言ってくる・・・
ルナとアキトは、メアテナの言葉に苦笑するしかなかった。
「予告のあった日まで後七日・・・余裕はあるが・・・・どうするつもりだ、アキト」
「どうもこうもないさ・・・今日、もう一度この街の駐在兵に掛け合ってみる」
「おそらく無理だろうな」
「出鼻を挫くなよ、ニース・・・」
「事実だ。文句を言うのなら自殺願望者達に言え」
「遭ったら言うよ・・・お仕置きも兼ねてな」
アキトは苦笑しながら、ニースの言葉に相づちを打った・・・・しかし、その目は依然として笑ってはいない・・・・
やはり、人というのは禁止されると、さらに意地になる連中もいるもので、帰ると言って街から出たのはいいが、
そのすぐ後、街を大きく迂回して、セイルーンに進もうという奴が少なからず存在していたのだ。
もっとも、その全部が王都を厳重警備している兵隊に取り押さえられたのだが・・・・
その所為で、アキト達がいる街は、一部を除いて入るだけの一方通行・・・半閉鎖状態と相成ったのだ。
例外なのは、国外退避する者を次の街まで送り届ける定期馬車のみ・・・
「とにかく、一度だけでも頼んでみよう。俺達は遊びに行くんじゃないからな。だが、それでも駄目だったら・・・・・」
「駄目だったら?」
「不本意だが、強行手段で街から出るさ。俺がゼフィーリアを出たときみたいにね・・・・」
「え〜っと・・・・確か、街壁を跳び越える・・・・・だったかな?アキト兄さん」
「そうだよ。メアテナちゃんは難しいかもしれないけど、俺とルナさん、ニースは簡単だろう?」
「そうだな・・・付け加えるのであれば、メアテナも可能だ。だいぶ力の使い方を覚えたのでな」
「そうなんだ」
「うん、赤竜の力と魔王の力。どっちでもできるよ。いっぱい練習したもん」
「えらいな、メアテナちゃんは」
「ヘヘヘ〜」
アキトがよく頑張ったという表情で、メアテナの頭を撫でる。
メアテナは、それを気持ちよさそうに目を細めながら微笑んでいた。
「じゃぁ、さっそく街門にでも行きますか。そろそろ開門時間でしょうし」
「そうね。行きましょうか、アキト君」
ルナが勘定を済ませると、アキト達は街門に向かった。
愚か者達が集う場所へと・・・・・
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「おいおい、いつまで俺達はこの街にいればいいんだよ」
セイルーンへと続く門を守っている兵士に向かって、一人の男が文句を言う。
周りにいた者達も、男の声に同調するかのように声を上げている。
その数ざっと百数十名。昨日までは、この数の三倍以上いたのだが・・・・
エルメキア帝国の惨状が広まるにしたがい、その数は急速に減っていった。
元々『セイルーンの全兵力』対『なぞの挑戦者』という訳のわからない噂だけで集まった者が大半だった。
気分的には『名のある格闘家に挑戦する無謀な若者』の試合でも観戦しに行くというものなのだろう。
しかし・・・その相手が、かなりの軍事力を持つエルメキア帝国を壊滅させたという噂を聞いたのだ。
その事により、自分達の愚かな行為に気がついた大半の者は、我先にと自国への帰途についた。
だが・・・それでも、セイルーンに向かおうとする者が絶えることはなかったようだ。
死傷者の少なさが、若者達の危機感を薄れさせているのかもしれない・・・・・・
「セイルーンは今、一時的な閉鎖となっている。用もない者を行かせるわけにはいかない!」
「用はあるぜ!親戚に会いに行くんだよ」
「俺は恋人に会いに行くんだ」
「なら俺は、生き別れの兄にでも会いに行こうかな?」
明らかにでっち上げの用事を高らかに口にする若者達・・・・
この者達にとっては、命を賭けた戦いであっても、自分の身が安全な限りは演劇と同じなのだろう。
多少の危険などは、演劇の余剰演出程度にしか考えていないのだろう。
対岸の火事・・・・もしくは、祭り時の打ち上げ花火観戦といったところか・・・・
だが、わかっているのだろうか・・・・
対岸の火事でも、その対岸に住んでいる者は、命の危機にさらされていることを・・・・
花火も、その美しい見た目とは裏腹に、その花自体は超高温の炎であることを・・・・・・
若者達の顔を見る限りは・・・・解っていないだろう。
「巫山戯たことばかり言うな!それに、例えそうであったしても、
今現在、王都の住民は避難している最中だ!会いたければ心当たりの所にでも行くといい」
「何処へ行こうとも俺達の勝手だろうが!」
兵士の頑として譲らない意志と受け答えに、先頭にいる柄の悪そうな男がキレた。
「大体何様のつもりだ!?偉そうなことばっかりぬかしやがって!
通せって言ってんだから、通せよ!面白い見せ物を見過ごしちまうだろうがよ!・・・・・あん?」
捲したてる男の肩に、細い女性の手がおかれた。
男は、何事かと手のおかれた方向を見ると・・・・・そこには無表情に立っている絶世の美女がいた。
「あんだ?この女?何か用か―――――!?」
突如、男の体が横に半回転する!
上下逆さまとなった男は、頭を強かに打ち、もんどりうって転げ回ろうとする・・・・が、
それよりも先に、男を半回転させた美女・・・・ニースが、男の腹を踏みつけた方が先だった。
「グハッ!!な、なにしやが・・・・・・」
ズドムッ!!
男のこめかみすれすれに、赤い刀身の剣が勢いよく突き刺さる!
突然の事態に、踏み倒されていた男は、顔を真っ青にしながら震えている。
「今、面白いことを言ったな・・・・人が命を賭けている戦いを、見せ物だと・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ニースの絶対零度の闘氣と視線に、男はもちろん、周りの若者達も凍りついたように動きを止めていた・・・
腰が抜けて座り込みたいのに、それすら許されないと云う緊迫感さえあった。
「自分だけは大丈夫・・・か?面白い考えだ。どうすればそう考えられるのか、私にも教えてもらいたいな・・・・」
ニースは足に力をこめ、男をさらに強く踏みつける。
「先にアレに襲われたエルメキアという所は、復興もままならないほど壊滅したそうだ・・・
それほどの戦いの中、貴様が行っても死ぬだけだろう・・・・跡形も無くな・・・・それだったら」
大地に突き刺していた魔剣を抜くニース・・・・今度はその剣を、胸元・・・丁度、心臓がある位置にそえた。
少し腕に力をこめれば、男の心臓はさしたる抵抗もなく貫かれ、その活動を停止するだろう。確実に・・・
「私が今ここで、お前に引導を渡してやろう・・・感謝するのだな。
少なくとも、お前の遺体は埋葬されるのだ。跡形もなく消えるよりはましだろう?」
「い、嫌だ!助けて・・・・・」
「どちらにしろ、お前は死ぬ・・・今ここでか、それともセイルーンとやらの地にてか・・・それだけの違いだろう?
今ここでお前が死ねば、人の迷惑にならない分だけ、お前の死は有意義なものとなる。
それに、そう寂しがることはない、お前の後を追う者は沢山いるのだからな・・・・・」
ニースは、周りにいる者達を見回した・・・・ただ、それだけの行為だったのだが、
そこに集まっている者達にとっては、邪眼にも匹敵する眼光のように思えた。
「この世の別れは済んだか?では・・・・・・」
「ちょっと待って、ニース」
今まさに剣を突き出そうとするニースを止める女性の声・・・・
その声の主によって、ニースが動きを止めたため、周りの者達は救いを求めるようにその女性を見た。
死にかけた男など、涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、恥も外聞もなくその女性に助けを求めた。
しかし、その女性・・・・ルナは、そんな救いの視線や声などまったく気にもせず、
ただ真っ直ぐにニースの元へと近寄った。
ルナに期待をかける若者達・・・
しかし、自らの過ちに気づかぬ愚か者に差しのべる救いの手など、ルナはもっていない。
「どうかしたのか?手伝いは必要ではないが・・・・・」
「そうじゃないわ・・・ここで殺す必要はないって言いたいの。
どうせなら、もっと役にたって死んでもらった方がいいでしょ?」
「ほう・・・一体どうするつもりだ?」
「囮にでも使えるでしょ?一撃で消滅するでしょうけど・・・埋葬の手間も助かるでしょうし」
「そう言われればそうだな・・・こいつらなど、埋葬する手間すら面倒だろうからな」
「とりあえず、逃げないように手足の腱でも切って、一箇所に置いておけばいいでしょ」
チラッと、感情のこもっていない目で周囲を見るルナ。その視線に体を震わせる若者達・・・・・
その中で、最後列にいた一人の男が我先にと逃げ出す!それにつられて、全員が逃げ出し始める!!
「逃げられると思ってるの?」
ルナは、パチンッ!と指を鳴らす。
それを合図に、若者達一人一人の周りに光の輪が発生し、締め付けて動きを封じた!
同時に、全員の足元の影から黒い何かが盛り上がり、足に絡みついたため、
走って逃げることはおろか、這って逃げることすら許されなかった。
「光と闇の精霊を使って束縛したのか・・・なかなか便利だな」
「結構ね・・・・・さて、そこの兵士さん」
「な、何かな・・・・・・」
「ここにいる者達を囮にでも使うように、上司にでも言っておいて下さいな」
「そ、それはちょっと・・・それに、ここにいる者はほとんど他国の者みたいですし・・・・
下手をすれば、国交問題にもなりかねませんし・・・・」
「大丈夫!有志で集ったと言えば良いだけだし、それに、証拠なんて跡形もなく消えるでしょうしね」
言っていることとは裏腹に、ルナがニッコリと微笑む。
正に天使の笑顔なのだが・・・・・・辺りに転がっている若者達にとっては悪魔以外の何にも見えないだろう。
若者達は、特に恐怖に感じないルナに対して、横暴だの非人道的だのと、口々に抗議し始めた。
「五月蠅いわね・・・・」
ルナは鬱陶しいと言わんばかりの表情をしながら、光の精霊に意志を伝えた。
ルナの意を受けた光の精霊は、作りあげた輪の径を縮め、締め上げ始める。
強烈な締め上げに、声を上げること許されずに苦悶する若者達!
後少しで意識が落ちる・・・・・・というところで、黒衣の男が制止の声を上げた。
「ルナさん、そのぐらいで良いじゃないですか・・・半分以上の人は反省しているみたいだし・・・・」
「そうかしら・・・・・懲りて無さそうな気がするけどね・・・・アキト君が言うから、勘弁して上げましょうか」
ルナは二度、指をパチンッと鳴らした。
それと同時に、若者を締め上げていた光の輪と、影から湧き出して足止めしていた黒い何かが姿を消していった。
拘束が解かれ、必死に息を吸う若者達・・・・
「これに懲りたら、二度と軽はずみな行動はしないように・・・・」
アキトは諭すような声音で若者達に話しかけた。
しかし、若者達の返事は、ルナ達への恐怖と憎しみの視線だった。
(反省の色無し・・・やっぱり懲りないか。なら・・・ちょっと脅かすか)
若者達の態度に嘆息したアキトは、顔から表情を消し、押し隠していた氣を一部だけ解放する。
「次にこの様なことをやるのなら・・・・・・・覚悟をしておけ」
アキトが低く呟くと同時に、殺氣・・・・・殺意の氣が放たれる!!
その殺氣によって、道に敷いてあった石に亀裂が走り、近くの家の塀にひび割れが生じた!
もし、近場に家があれば・・・・窓のガラスが全て一瞬にして割れていただろう・・・・・
ルナ・・・そして、二度目となるニースでさえ、一瞬身体が硬直するほどだった。
それほどの殺氣をまともに喰らった若者達の大半は一瞬にして気絶・・・中には失禁までしている者すらいる。
気絶していない・・・いや、気絶すらできない連中は、発狂寸前まで追い詰められていた。
「・・・・・・・・・二度目はない」
そう言うと、アキトは殺氣をおさめた・・・・・・・
その後ろでアキトを見るルナとニースに、最後まで見ていたメアテナが近寄ってきた。
その顔は、かなり青ざめていた・・・・・
「メアテナ、大丈夫か?」
「う、うん・・・・事前に知っていたから、なんとか大丈夫・・・・」
「そうか」
そう・・・・ルナ達は事前にうち合わせ、一芝居したのだ。
無謀な馬鹿者達を懲らしめるために・・・・・
ただ・・・半分以上、本音が混じっていたのは致し方ないことだろう。
「・・・・・でも、アキト兄さん、怖かった・・・・・・」
「・・・あれも、アキト君の顔の一つ・・・普段は微塵にも感じさせないけどね」
「あれも・・・・人の心の闇なのかな・・・・・」
「そうだ・・・アキトは、人よりそれを深く知っている・・・だから強い・・・体も、心もな・・・・・」
「でも、アキト君の心は優しすぎる・・・・・・だからこそ、影で支える人が必要なのよ・・・・
あの心を否定せず、全てを認めることのできる人が・・・・」
「うん・・・・・私、頑張る。ルナ姉さんやニース姉さんもでしょ?」
「ええ、私もよ、一生懸命頑張っているわ」
「私は・・・どうなのだろうな・・・否定・・・・できないような気がする」
「そのうちわかるでしょ。人からとやかく言われて納得するものでもないしね」
「・・・・・・・・・・それもそうだ・・・」
「とにかく・・・今はやることをやりましょうか」
ルナ達は話を終えると、アキトの殺氣によって気絶した兵士を起こし始めた。
アキトも、さすがに悪かったと思ったのか、ルナ達と一緒に兵士を起こし始めた。
(殺氣は結構便利だと思ったんだけどな・・・今度から使用は極力控えよう)
周りの惨状に、アキトは少々後悔しつつ、気絶した兵士達に渇を入れる。
それから暫く、四人の手によって気がついた兵士は、辺りの状況に気がつき、
手分けをして若者達を街の中に引きずっていった・・・
そして、その部隊の隊長らしき人物(先程若者を説得していた人)が、アキト達に礼を言った。
「済まない、どうやら御手数をお掛けしたようで・・・・・」
「こちらこそ済みません・・・」
「いやいや、気にしないでくれ・・・あの無鉄砲な若者達には良い薬だろう。
これで、少しは馬鹿な行為を控えてくれるだろう・・・むしろ、感謝をしなければならない」
「そう言ってくれると、こちらも気が楽です」
アキトは少しだけホッとした表情となった・・・
先程しでかしたことから、警戒されるのでは?と心配していたのだが・・・思ったよりも、できた人物らしい。
「それで?君達は何か用があってここに来たのではないのかね?」
「ええ、そうです。貴方を見込んで率直に言います。セイルーンに続く扉を開けて下さい」
「・・・・・・・・・わかった。君達はあの輩とは違うようだ。
それに、ここで門を閉じていても、君達ならば強行突破も、密かに脱出することも、
そう難しいことではないだろうしな・・・・だが、一つ、質問を良いかな?」
「答えられることであれば・・・・」
「君達は、どういった目的で王都セイルーンへ向かうのか・・・・・・をね」
「ちょっとした私用です」
「私はその手伝いです」
「手伝いだ」
「アキト兄さんのお手伝い」
アキトの言葉に、ルナ達は手伝いをするだけ・・・との言葉をくっつけた。
目的を明かしていない、胡散臭い返事・・・・質問をした隊長は、仕方がない・・・・といった感じの苦笑をした。
「わかった・・・・今すぐに行くのかな?」
「ええ、少しでも早い方が良いので」
「そうか・・・気をつけてな」
「はい、それでは失礼します」
「お、そうだ。一つ注文がある・・・・・」
「・・・・・??なんですか?」
「不法に侵入するものを取り締まるため、警邏をしている者達がいる・・・できるだけ、穏便に済ませてくれ」
この言葉は、見つからないようにしてくれ・・・と、言っているような印象を受けるが、
この隊長のは、出逢ってもやり過ごして、決して戦闘をしないでくれ・・・という意味合いが強い・・・・
『この非常時に余分な仕事や諍いを起こしたくない』という気持ちからでた言葉だった。
「わかりました。見つからないように気をつけておきます」
「くれぐれも頼むよ」
「はい・・・・・できる限りはそうします」
アキトはそう返事をすると、セイルーンへと続く街道を足早に歩き始めた。
ルナ達も、アキトと並ぶように歩き始めた・・・・
それを見送る隊長・・・その横に、配下であろう、一人の若者が近寄ってきた。
「良いんですか?勝手に行かせたりして・・・後で問題になりますよ?」
「構わん。それとも、お前が止めるか?」
「い、いえ!」
その若者は、先程のアキトの殺氣を思い出しているのか、顔を真っ青にして、体全体を震わせていた。
「だったら、黙って仕事をしろ・・・・・なにも気にせずな・・・・・・
(私も本心では怖いよ・・・だが、あの若者を行かせろ・・・そう私の感が告げたのだ)」
アキト達を行かせたのは吉か凶か・・・それを真剣に悩む隊長・・・
その答えは・・・すぐに明らかとなった。当人の知らないところで・・・・・・・
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「丸一日、予定より遅れましたね・・・・・」
「仕方がないわ・・・それに、こうなることは何となく予想できたしね」
アキト達は、ルナの大地の精霊術の一つ・・・高速移動の術によって、セイルーンに向かっていた。
これならば、例え警邏隊に見つかったとしても止めることが不可能だから・・・というのが、理由の一つだ。
他にも、理由はある・・・・それは・・・・・
「アキト君・・・・この調子だと、後少しでセイルーンにつくけど・・・」
「そうですか・・・・・・」
「アキト・・・・・何か心配事でもあるのか?」
「ん・・・・ああ・・・・・少し・・・・嫌な予感がして」
アキトは、先の街を出た辺りから嫌な予感がしていたのだ。
胸が騒ぐというか、妙に不安というか・・・・そんな感じがずっと胸の内で燻っていた。
だからこそ、ルナに頼んで高速移動の術を使ってもらっていたのだ。
「嫌な予感・・・・か。どの種族でも、そういった勘はなぜか良く当たっていたな・・・・・」
「そうね・・・良い予感は当たらないけど、悪い方は大概当たるのよね・・・・」
「ふ〜ん・・・・そうなんだ」
「そうよ。まぁ、私達の勘というのは、経験上から導き出されたものが主なんだけどね」
「危険予知・・・というヤツだろうな。生き物が持つ防衛本能の一つだ」
「だったら、アキト兄さんの感じているのもそうなのかな?」
「どうだろうね・・・そうかもしれない・・・・かな?自分ではよくわからないや」
「そうなんだ・・・・私にも、いつか身に付くのかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
メアテナの純粋な好奇心から出た問いに、アキトは言葉を詰まらせた・・・・
かなり確率が高い危険予知・・・・経験上から導き出されるものなのだから、
そういった経験を積めば、どのような人でもある程度は身に付く・・・
しかし・・・命を危険にさらすような経験を積む・・・というのは、どう考えても幸せなことではない。
できることなら、その様な経験などせずに、幸せに過ごしてほしい・・・・そう、考えていたのだ。
そんなアキトの心情に気がついたのか、ニースはアキトよりも先に口を開いた。
「身に付くかどうかは本人の資質次第だ。勘の鈍いものは、いくら努力しても身に付くことはない・・・」
「そうかぁ・・・私はどうなのかな?」
「経験を重ねてみて考えることだ。焦らず、ゆっくりとな・・・・ただ重ねればいいものではないのだからな」
「うん」
メアテナは、神妙な顔をしてニースの言葉をしっかりと記憶した。
「ニース」
「わかっている。私とて、メアテナに危険な目にあってもらいたくはない・・・・
だが、力を持っている者は、それ相応の危険がいずれやってくる。
それに対処できるように鍛えるのが、周りにいる者達の義務なのだ・・・解ってほしい」
「俺も・・・・・できる限りは手伝うよ」
「私もね・・・・」
「・・・・・・・感謝する」
アキト達三人は、メアテナに聞こえないように会話を終えた・・・・・丁度その時、緩やかな丘を登りつめた所だった。
後は、少々の下り坂と平坦な道のため、天気の良い日は王都セイルーンが遠目に見える時もある。
ルナは、丘の頂上で術を解除し、辺りの景色などを見ていた。
視界いっぱいに広がる青空。暖かな太陽光・・・そして、適度な微風・・・・・
ピクニックなどに利用するのに、これ以上ない好条件がそろっていた。
だが・・・・それも、王都セイルーンを見るまで・・・
アキト達は、険しい表情でセイルーンがある方向を凝視した!
「ルナさん!」
「ええ!」
アキトの言葉に手短に応えたルナは、すぐさま大地の精霊術を使い、高速移動を始める!!
今までにないスピードで街道を進むルナ達!見る見るうちに王都が近づいた!
王都の上空に浮いている鉄のゴーレムに向かって放たれる火球や光球!
そして、誰かが烈火球を使ったのか、青白い炎が鉄のゴーレムを包んだ!
だが、鉄のゴーレムは、傷一つなくその場に滞空していた・・・・何事もなかったかのように・・・・
黒魔術系・最強の竜破斬が効かないのだ。
火炎系・精霊魔術の最強格である烈火球といえど、効果を期待するには酷だろう。
(やはり・・・・ブラック・サレナ!)
アキトは、上空に悠然とたたずむ鉄のゴーレムを見ながら、苦痛の表情をしていた。
自分に関わりある物が、今、多くの人々を苦しめているのだから・・・・・・
そんなアキトの心情を余所に、ブラック・サレナは装備されている武器・・ハンドカノンを下に向けた!
それを見たルナとニースは、本能的にアレが危険なものだと瞬時に悟り、各々の力を具現化させる!!
ルナは赤竜の力で弓を創り、光の矢をつがえながら、上空のブラック・サレナに向かって狙いを定めた!
ニースも同じく遠距離攻撃系を仕掛けるつもりなのか、創りだした二本の魔剣を共鳴させていた!
だが、二人が攻撃を開始する前に、太陽光すら霞むような蒼銀の輝きを纏ったアキトが飛び出した!!
「―――――ッ!!アキト君!!」
「何をするつもりだ!アキト!!」
「翔封界ッ!!」
制止する二人に構わず、アキトは上空のブラック・サレナに向かって一直線に飛ぶ!!
昂氣の力が術に何らかの影響を与えているのか、そのスピードはまさに弾丸の如き速さだった!
ブラック・サレナは下に向けていた銃口を、アキトに向け直した!
だが、アキトは避けようともせず、ただ真っ直ぐに飛んでいた!!
ルナ達はアキトをフォローしようとしたが、直線上にいるアキトが邪魔なため、迂闊な攻撃ができない!
「ニース!右!!」
「解った!」
ルナの意図を理解したニースは、アキトの右に向かって、残光翔裂破を放つ!!
ルナも、ニースとは反対側である左に向かって、赤い光の矢を放った!!
二つの赤い閃光は、アキトを大きく迂回し、大きな弧を描いてブラック・サレナに向かっていった!!
さすがにこれは危険と判断したのか、ブラック・サレナはさらに上昇して二つの赤い閃光を避ける!
二つの赤い閃光は接触し、衝撃波と光を撒き散らしながら消滅した!!
ブラック・サレナは、再びアキトに銃口を向けようとしたが・・・・先程まで居た所に、アキトの姿はなかった!!
「オオォォォォーーーーッッッ!!!」
ブラック・サレナよりさらに上で響く声!!
一瞬でさらに上空に飛翔したアキトが、ブラック・サレナに向かって落下していた!!
その手には、刀身だけで三メートルを超えている蒼い刃でできた剣があった!!
振り下ろされる昂氣刃と、それを受け止める赤きディストーション・フィールドらしき結界!!
二つがぶつかった接触面から、目を焼くような激しき閃光が発生する!!
(この感じ!これは純粋なディストーション・フィールドじゃない!!?)
赤き光でできた結界から、魔力の流れを感じるアキト。
それと同時に、ブラックサレナ自体からも、異様な魔氣を感じた!
それも、以前に二度ほど出会い、感じた覚えのある高位魔族と同じ氣質を!!
「なぜ貴様がこれに乗っている!グロウ!!」
「別にいいじゃないですか・・・それよりも、懐かしいでしょう?かつての愛機は・・・・・・」
ブラック・サレナより発せられた声は、まぎれもなくグロウのものだった!
アキトは、力を入れて結界ごとブラック・サレナを斬り裂こうとしたが、
それよりも先に結界が爆発したように一気に拡張し、アキトを弾き飛ばした!!
上から斬り下ろすような状況だったため、アキトは上空に弾き上げられるような形となった!
空中でなんとか体勢を調えたアキトは、昂氣を限界近くまで放出し、その全てを赤竜の柄にある宝珠に送る!
色合いと輝きが更に増した昂氣刃を、アキトは頭上にかかげる!!
「全てを貫け!我が内にある蒼竜の牙よ!秘剣 竜王牙斬!!」
アキトの昂氣刃より放たれる雄々しき蒼竜は、銀の牙と爪を輝かせながらブラックサレナに飛翔する!!
「その様な攻撃を避けることなど、容易いことです・・・・・」
ブラック・サレナは、アキトの放った蒼竜を横に移動することで避けた!!
蒼竜は、そのままセイルーンの街に向かって飛翔する!
このまま地表に落下すれば、被害は甚大なものになるだろう・・・・アキトとて、それを知らないわけではない!
「その程度のことぐらい解っている!」
アキトは蒼竜と繋がったままの昂氣刃を横に振るう!!
その動きに反応して、蒼竜は進路を変え、再びブラック・サレナに向かって飛翔する!
アキトが操り始めたためか、蒼竜の動きは先程よりも素早く、滑らかなものになっていた!!
ブラック・サレナは赤いディストーション・フィールドで防ごうとしたが、蒼竜の牙と爪はいとも容易く引き裂く!!
ぎりぎり回避するブラック・サレナ!完全に避けきれなかったのか、腕の一部分が刮ぎとられていた!
「やはり、人というのは小賢しく鬱陶しい種族ですね!」
蒼竜の攻撃を避けるたびに傷つくブラック・サレナ!
さすがに鬱陶しいと感じたのか、グロウはブラック・サレナが作り出していた赤いディストーションフィールドを、
右手の先に集束させて赤い光の盾を作り出した!
アキトは紙一重で盾をかわそうとしたが、グロウはその前に盾を突き出すことにより、
正面から光の盾と蒼竜をぶつかり合わせた!
お互いのエネルギーがほぼ同量だったのか、盾と竜は閃光と激しい衝撃波となって消滅した!!
(クッ!!竜王牙斬でも駄目か!ブローディアはまだ完全には直っていないのに・・・・・・
・・・・アレの防御力を凌駕する力・・・・・・・・全てを滅ぼせる力・・・・・もう一度、できるか!?!)
アキトは、赤竜の柄を強く握りしめると、体内にある赤竜の力を蒼い刃に注ぎ込む!!
ニースとの戦いの時に創造した紫竜の力・・・・それを再び使おうとしているのだ。
だが・・・アキトの考えに反し、刃は紫色には成らず、蒼いままで赤い雷光を纏っていた!
さらに、内包するエネルギーが暴走しているのか、刀身が激しく震え始める!!
「―――――なっ!?」
アキトは全力で力を制御しようとしたが、その行為をあざ笑うかのように、刀身の振動は増してゆく!!
赤い雷光もその激しさを増し、柄を伝ってアキトの体に流れる!!
「―――――グッ!!もう・・・・・制御・・・・できない!!」
アキトは赤い雷光を纏った蒼き刃を、苦し紛れにブラック・サレナに向かって投げた!!
ブラック・サレナ・・・・・グロウは投げられた剣を用心して大きく避けた。
「何を考えているのか解りませんね。自ら武器を―――――!!」
グロウの言葉を、ブラック・サレナの横で発生した紫色の閃光によって遮られる!
その紫色の閃光は、ブラック・サレナの右腕ごと、辺りの空間を消滅させて消えた!
アキトの投げた剣が暴走を起こし、力を撒き散らして消滅したのだ・・・・
ヒュゴゥッッ!!
紫色の閃光が放たれた空間より、もの凄い風鳴き音が聞こえてくる!
その一帯の空気すら消え去ったため、その空間に周りの空気が殺到し、衝突した音だったのだ・・・・
「まったく・・・・会うたびに思いますが、本当に非常識な人間ですね・・・・・
こちらも痛手を受けたことですし、今日の所は引かせてもらいます」
「さ・・・・させると思うのか!!」
「阻止できるとお思いですか?そんなボロボロの体で・・・・・浮遊の術を維持するのもやっとでしょうに・・・・
『赤の竜神の騎士』と『赤眼の魔王の戦士』の力でも借りる気ですか?
無駄ですよ。あのお二方には邪魔をしないようにと、街中にデーモンを放っておきましたから・・・」
「なっ!?」
アキトは下にある街に目を向ける。確かに、グロウの言うとおり、街中に魔氣が溢れていた!
ある五箇所では急速に数を減らしているものの、その数は依然として多い!
アキトは、今の今まで・・・・言われるまで気がつかなかった自分を心内で罵った。
「ツイン・デーモンでしたっけ?なかなか良いアイデアです。そこそこ強くなりますからね」
「貴様・・・・何処まで・・・・・」
アキトの体より蒼銀の光が発せられる・・・・が、その光はフェアリー・ソウルの燐光の如く、儚い・・・・・
紫竜の力の生成・・・そして暴走する力を抑えようとしたことにより、アキトの体力、力ともに限界が近かった。
「無茶は体の毒ですよ・・・では・・・・」
グロウの操るブラック・サレナは、目の前のアキトを無視するかのように、その身を翻して飛び去り始めた。
アキトはブラック・サレナに向かって、残る昂氣を集束させた右手を掲げた!
「無茶でもなんでも・・・・ここで貴様とそれを逃すわけにはいかない!!」
昂氣の集束に全力を傾けたせいか、浮遊の術は解かれ、アキトは落下し始める!
だが、アキトはそれでもなお、去りゆくブラック・サレナから照準を外さない!
蒼銀の光が急速に集束し、今まさに放たれる!
・・・・・と、思われた瞬間、落下していたアキトを誰かが抱き留めた。
「落ち着いて、アキト君・・・・」
「ルナさん・・・・・・」
赤い光の翼を背中に発生させたルナは、アキトを抱き留めたまま、諭すように話しかけた。
「焦る気持ちで闘っても、被害が広がるだけだわ・・・・」
「しかし!今ここで・・・・・」
なおも戦おうとするアキトを、ルナは包み込むように抱きしめた。
ルナから発せられる暖かな力の波動に、アキトの荒れていた心は嘘のように落ち着いていった・・・・
「今すべき事を間違えないで・・・・・ね?アキト君」
「・・・・・・・・・・・・・・・・解りました。済みません、ルナさん・・・・」
アキトとて理解しているのだ・・・竜王牙斬でさえ受け止め、相殺されたのに、
何の媒介もなく集束させた昂氣の塊如きでは通用するはずはない。
その上、あのまま昂氣砲を放ったとしても、受け止める以前に、あっさりと避けられるだろう。
はっきり云って、力の無駄遣いの他ならない・・・・
「今は・・・セイルーンの人達を助けるのが先決ですよね」
「解ってくれてありがとう」
集束していた昂氣を元に戻すアキト・・・・・・ルナはアキトを抱きしめたまま、地上に降り立った。
共に大地に立つアキト・・・・しかし、かなり力を消耗していた為、まともに立てず、ルナに支えられた。
「大丈夫?アキト君・・・・」
「ええ、大丈夫です・・・それよりも、ルナさんもデーモンの掃討に向かって下さい」
「・・・・・・・・・わかったわ」
「はい、少し休憩して力が戻ったら、俺も掃討を始めます」
「そうね・・・でも、あまり無理しないでね」
「わかってます」
「なら良いけど・・・・」
アキトが心配なのか、少々渋るルナだったが、アキトに説得されて掃討に向かっていった・・・
(その際、大地の精霊術によって、アキトの周囲を簡易的に浄化し、デーモンを近づけさせないようにした)
アキトはルナの心使いを素直に受け、周囲の氣を取り込みながら数分ほど休み、
それからデーモンの掃討、及び、避難し遅れていた住民の救助に向かっていった。
それから半刻もせず、セイルーンの街からデーモンは一匹残らずに消滅した・・・・・
セイルーンにとって、悪夢のような一日がようやく終了した・・・・
深い爪痕を、街と人の心に刻みつけたまま・・・・・・・・・
(第四十話に続く・・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ディアちゃんです。
どうだったかな?今回の話・・・とうとう鉄のゴーレムの正体もわかったね。
でもまあ・・・殆どの人がわかっていたと思うけどね。
何であのヘボ魔族が動かせるのかは、次回あきらかになるからね。
それと・・・セイルーンといえばあの人・・・と言われる人が登場します。
そんなに登場シーンは多くないんだけどね・・・あの人とアキト兄がどんな会話をするのかな?
それでは最後に・・・・K・Oさん、15さん、一トンさん、NTRC直さん、oonoさん、ナイツさん、ホワイトさん、
やったさん、時の番人さん、逢川さん、大谷さん、谷城さん、魔導戦士さん、hakoさん、ノバさん、GPO3さん。
感想どうもありがとうね〜!とっても感謝しています!
それでは・・・次回『来訪者・・・再び・・・』(仮)で会いましょうね!
管理人の感想
ケインさんからの投稿です。
流石に機動兵器(魔族Ver)には勝てませんか、アキト君(苦笑)
ま、生身でアレに勝てたら凄いですよねぇ
・・・普通のエステなら勝てそうだけどさ。
この後は、やはりブローディアを持ち出すんでしょうか?
ちなみに私は最初、グロウの事を思い出せませんでした(爆)
次のお話では、王子様と漆黒の王子様が会見ですか・・・・・・実に楽しみです(笑)