赤き力の世界にて・・・
第40話「来訪者、再び・・・・」
セイルーンがブラック・サレナに乗った魔族に襲われてから三日・・・・・・
あの後、アキト達はデーモンを掃討していたアメリア、ゼルガディスと合流し、住民の救助を手伝っていた。
予告された日まで余裕があったため、住民の避難が完全ではなかったのだ。
しかし、それも仕方がないだろう。
王都に住む数万人以上の人達が三日か四日足らずで避難しきれるはずがない。
中には、避難することを拒否する者までいたのだから、余計に手間がかかったのだ。
ゆえに、避難できていたのは全人口の約七割弱・・・・
はっきり言って、大した混乱もなく、短い期間でこれほどの住民が避難できたのは奇跡に近い・・・
それもひとえに、人望の厚いフィリオネル・エル・ディ・セイルーン王子第一王位継承者と、その次女のおかげだろう。
その住民の救助と、介護などに費やしたのが三日・・・・ということなのだ。
無論、今現在も介護や復興作業は忙しく続いている・・・・が、アキト達が手伝える範囲は終わっているのだ。
後は、誰にでもできること・・・・ゆえに、アキト達・・・特にアキトは、襲撃者の後を追おうとしていたのだ。
その旅立とうとする矢先・・・・
アメリアより、襲撃者の撃退とデーモン退治、復旧などの礼を言いたいと言われ、王宮に来ていた。
そして、謁見の間に通されたアキト達一行は、現在の最高指導者と対面していた。
「この度は謎の襲撃とデーモンの掃討、それに住民達の救助などにご尽力いただき、誠に感謝致す」
格闘家もかくやという立派な体格をした男性が、玉座より降りてきて、アキト達に頭を下げる。
この男性こそ、この国の第一王位継承者、フィリオネル・エル・ディ・セイルーンその人だったりする。
世間一般の『王子さま☆』というイメージを根本から否定するような容姿・・・だが、
アキトを初め、ルナ、ニースはたかがその程度で驚くほど柔な精神はしていない。
・・・特にアキトは、そういったことに関しての経験は異常に豊富なのだから・・・・
メアテナに至っては・・・余計な先入観がないため、フィリオネルをすんなりと受け入れている・・・
(逆に、王子とはああいうものだという変な先入観をもってしまったのだが・・・)
「本来であれば、こちらから出向いて礼を述べるか、それなりの会食でもすべきなのだが・・・
今のこの国の状況ではそれはままならぬ・・・・・誠に申し訳ない」
事実、フィリオネル王子の云うとおり、この場には、高官らしき者と護衛の騎士が数人ほどしかいなかった。
その他は、救助活動などの援助や、復興の資金繰り、材料搬入といった仕事に忙殺されている。
「いいえ、気にしないで下さい。その様なことをする手間があるのであれば、自国の住民のために使って下さい」
「かたじけない。この国の住民に代わり、礼を言う」
フィリオネル王子は、アキトの申し出に再度頭を下げた。まったくもって、王族らしくない態度の人だった・・・・・
だが、アキトにとってはかなり好感が持てる態度であったのは云うまでもない。
「時に・・・『赤の竜神の騎士』殿と『漆黒の戦神』殿。今回は如何なる用件でセイルーンに来られたのかな?」
「完全な私用です」
「同じく・・・と、云っても私はアキト君の手伝いをしようとしているだけですけど・・・・
だから、この場にいるのは『赤の竜神の騎士』ではなく、ルナ・インバース個人です。
ゼフィーリアの使者としての権限は・・・一応持ってはいますが、無いものと思って下さって結構です」
「そうか・・・・それでは、これからの話は国交関係抜きの個人的なものとしようか」
フィリオネル王子はそう言うものの、二つの国の関係はそう簡単なものではない・・・
何せ、セイルーンは『赤の竜神スィーフィード』を崇めている、白魔術都市・・・
そして、ゼフィーリアは、その神の力を受け継いだ『赤の竜神の騎士』が、存在する国・・・・
セイルーン・・・ひいては『赤の竜神』を崇めているものにとって、ルナは神の御使いに等しい。
それゆえに、セイルーンの政治を担当するものは、いい顔をすることはない・・・
簡単に言えば、ルナの一言により、民が動いてしまう可能性があるのだ。
あくまで可能性・・・確実にそうなると断言はできない・・・が、
国を管理する政治家や、国の頂点に立つ王族としては不愉快この上ないだろう・・・・・
と、考えていたルナだったが・・・・フィリオネル王子、ひいては後ろの高官達の表情は予想外のものだった。
皆、渋い顔などではなく、普通通りの・・・・フィリオネル王子に至っては朗らかな笑みすら浮かべていた。
「どうかしたのかな?ルナ殿」
「いえ・・・予想していた反応と、少しばかり違っていまして・・・・・」
「ハッハッハッ!ルナ殿達のことは、我が娘から聞かされまして・・・特にルナ殿のことを、熱心に語っていましてな。
以前まであった妙な蟠りなどは無いので、安心して下され」
「そうですか・・・・アメリアさんが・・・・・」
「・・・・・・ちょっと良いか?」
「何かな?・・・・・え〜・・・・」
「自己紹介が遅れたな、私はニース・・・それよりも、今の話の流れは、貴方の娘がアメリアだと・・・・」
「その通り。アメリアは私の二番目の娘にあたるが・・・・・何か?」
「え〜〜!全然似てなぁい!!」
大きな声で否定するメアテナに、側近達はなんとも言いがたい顔をした。
皆、内心ではそう思ってはいるのだが、いってはならないと言う、王宮内での暗黙の了解があるのだ。
だからこそ、面と向かって否定する事もできず、さりとて肯定することもできず・・・・ゆえに、奇妙な顔となったのだ。
メアテナの言葉に、フィリオネル王子は顎から頬の辺りを何度も軽く撫でながら、心外そうに呟いた・・・
「そうかのぉ・・・・結構似てると思うのだが・・・・・」
「いや、まったく似てないぞ・・・・余程、母親の血が濃いのだろう」
フィリオネル王子の呟きに、即座につっこむニース・・・
これもまた、王宮内では禁句の一つなのだろうが・・・・ニースはお構いなしにズバリと言った。
二度に渡る暴言に近い言葉に、側近の高官達は眉をひそめた・・・・
個人的な会話に移したとはいえ、内容次第では国交問題になり得る・・・・
フィリオネル王子やルナ、そしてアキトはそう言う立場の者なのだ。
だが、次の言葉によって、そんな意識など事象の彼方へと追いやられた・・・・
「そうかなぁ・・・・俺はアメリアちゃんとフィリオネル王子は結構似ていると思うけどな」
というアキトの言葉に、文官と近衛騎士達は目を大きく広げ、あんぐりと口を開けた。
今まででも、似ていないと口にする者は多少なりともいたが、似ていると言った者は誰一人としていない・・・・
社交辞令で言った人物なら、そこそこいたのだが・・・・・アキトのように本気で言った人物は皆無だ。
この場にいる高官達は、『こいつ、目が悪いんじゃないのか?』などのことを、共通して考えていた。
言われた当の本人は・・・アキトの言葉に顔を明るくしていた。
「おお、そう言ってくれるか!アキト殿。そう言ってくれる者はなかなか少なくてな・・・
ああ、それと、儂のことはフィルと呼んでくれ。娘が世話になった恩人なのだからな」
「世話をしたなんてとんでもない。俺はあくまで手助けしただけですよ、フィルさん」
「それでも、だ。親として礼を云うのは当たり前の事。素直に受け取ってはくれまいか?」
「わかりました」
アキトは、アメリアの親として頭を下げるフィリオネル王子に好感を持ち、信頼をこめて微笑した。
フィリオネル王子も、アキトの態度や風格に感心し、こちらも信頼をこめて豪快な笑みを見せた。
そんな二人に近づいたメアテナは、アキトの袖を引っぱって気をひいた。
「ね、ね、フィルおじさんとアメリアさんって、どこら辺が似てるの?」
「俺が言ったのは容姿とかじゃなくて、もっと内面的なもの・・・性格とか、考え方とか、
そう言ったものが似ているって言ったんだよ。わかる?メアテナちゃん」
「ん〜・・・・・何となく。アキト兄さんがそう言うのだったら、そうなのかなぁ・・・って程度には」
小難しい表情をしながら首を捻るメアテナ・・・
その少し後ろでは、アキトの言葉に納得したのか、なるほど・・・という表情で頷いているニースの姿があった。
ちなみに、フィリオネル王子の後ろにいた文官や騎士達も、皆納得がいったといわんばかりに頷いていたりする。
フィリオネルが見ていないからといって、なにげに失礼な奴等である・・・
「はっはっは。アキト殿は人の内面を見る目があるようで・・・・・・。
これほどの逸材を後継者にするとは・・・ゼフィーリア女王は相変わらず賢王ですな。
そうそう、話は変わりますが・・・ルナ殿の妹君、リナ殿はお元気ですかな?」
「ええ、とても・・・有り余っているようです」
今現在、ウェイトレスのアルバイトを必死にやっている妹のことを知っているルナ・・・・
真面目にやらなかったら、お仕置きするかもね・・・
と、ルナが旅にでる前に言っておいたので、文字通り必死になっている。
「リナ殿には色々と世話になりましたのでな・・・・感謝してもしきれないぐらいです」
「いいえ、お気になさらずに。あの妹が人様の役に立てただけでも嬉しい限りです」
「リナ殿も、ルナ殿にかかれば手の掛かる妹ですか」
「実際、その通りなんですけどね・・・あ、そうそう!」
その時、ルナは思い出した・・・・という表情で、フィリオネル王子に話しかける。
「フィル王子。アメリアさんとゼルガディスさんにお話があるのですけど・・・会わせてはもらえませんか?」
「お?おお、そうか。しかし今、アメリア達は仮眠をとっているはずじゃが・・・
そろそろ起きる時間であろうし・・・・構わんじゃろう。一室に茶でも用意させるので、そこで待っていただきたい」
「どうもすみません、フィル王子」
「いやなに、気にすることはない、では、ゆっくりとしていって下され」
それからアキト達は、一人のメイドに案内され、応接室か何かと思われる部屋に通された。
なかなか品の良い部屋で、待つ者が落ち着くような雰囲気を醸し出されていた。
ベランダから入ってくる暖かな陽差しは、なんとも言えない心地よさがある・・・・
アキト達は、中央に設置されていた椅子に座ると、メイドがそっと紅茶を全員に差しだしてきた。
その時、廊下へと続く扉が開き、そこからアメリアとゼルガディスが肩を並べながら入ってきた。
「どうもお待たせいたしました。皆さん」
「済まなかったな、待たせてしまったようで・・・・」
「いいえ、気にしないで。私達の方こそ御免なさい、疲れているところを無理矢理に起こして・・・・」
「それこそ気にしないで下さい、元々、私達もルナさん達に会うつもりでしたし・・・・
あ、私とゼルガディスさんにも紅茶を・・・・・」
「はい」
「済みませんが、二人の分とは余計に一つお願いします」
「はい、わかりました」
しっかりとした教育が成されているのか、メイドはルナの妙な言葉に疑問をはさむことなく、
手慣れた手つきで紅茶を三つ用意し、アメリアとゼルガディス、そして空いている椅子の前に静かに置くと、
皆に軽く一礼をし、静かに部屋から出ていった。
「ルナさん、一体どうしたんですか?誰か来るんですか?」
「ええ・・・・来る、というか、もう来てるんだけどね」
「どう言うことだ?」
部屋の中を見回しながら、気配を探るゼルガディスとアメリア・・・しかし、なんの気配も感じられない。
その様子に、アキトは少々苦笑をしながら、空いている椅子の方に視線を向けた。
「いい加減出てきたらどうなんだ?ゼロス」
「いや〜、呼んで下さってどうもありがとうございます」
突如聞こえてくる声と同時に、空いている椅子の上に姿を現すゼロス。
驚くアメリアとゼルガディスを余所に、平然と用意された紅茶を一口飲んだ。
「一体いつから・・・・・」
「結構前からいましたよ?ゼルガディスさん。
出てくるタイミングを測っていたんですけど、アキトさん達は気がついている様子なので、どうにも出づらくて・・・
凝った演出を考えていたんですけど、今さらやるのも抜けているなぁ〜、なんて思っていたら、
丁度、呼んで下さって・・・助かりましたよ」
「ちなみに・・・・呼ばなかったらどうするつもりなんですか?」
「そこのベランダにでも姿を現して、影からずっと見ているつもりでした」
「寂しくないか?そんな事して・・・・」
「ちょっとだけ・・・・むなしいかなぁ、なんて・・・・・」
ゼルガディスの突っ込みに、ひきつった笑いを浮かべるゼロス。
姿形、ついでに行動も、とある節足動物に似てきたのかもしれない・・・・・・
「それで・・・・今さら一体何のようなんだ?ゼロス」
「よくぞ聞いてくれました、アキトさん。実は・・・・また折り入って頼みたいことがありまして」
「それはアキト君に?それとも私達全員に?」
「獣王様は、アキトさんに頼みたいことだ・・・・と、仰っていました。
ですが、話自体はルナさん達にも聞かせるように・・・とも、言われております」
「なるほどね・・・・」
ルナはゼロスの話の内容がおおよそ予測できた。
「おそらく・・・・まぁ、いいわ。ゼロスの話を聞きましょうか」
「そうですか。では、ボクの口から話させていただきましょう。
今回、アキトさんへの頼みというのは・・・・異世界より流れ着いたとある物の破壊です」
「とある物?それは何ですか?ゼロスさん」
「ここにいる全員が見たはずです。三日前、ここの襲来した存在を・・・・・」
「アレは・・・異世界より紛れ込んだものだというのか・・・通りで異質すぎると思ったぜ」
「そう、この世界にあるべきではない存在・・・・それについては、アキトさんの方がよくご存じでしょう?」
「ああ、よく知っている。誰よりもな・・・・・」
アキトは無表情な顔をしながら、暗い声で呟いた・・・・・
その声には、様々な感情が入り交じっていたのが、この場にいる全員には解った。
「アレは・・・・ブラック・サレナは、かつての俺の愛機・・・いや、己が半身といった方が正確かもしれない。
俺がかつて復讐鬼だった頃の鎧・・・・象徴と言うべきものだ」
ルナ達は、アキトが酷く疲れた表情で告白するのを黙って聞く事しかできなかった・・・・
その中で、ニースだけが重い雰囲気の中、口を開いた。
「辛い過去ならば無理に話す必要はない・・・辛い記憶や過去は人の心を激しく傷つけるのだからな・・・・」
「ありがとう・・・・済まない、ニース」
「気にするな・・・・だが、これだけは教えてくれ、そのブラック・サレナというヤツの力はどれくらいあるのだ?」
「その事なんだが・・・・力云々については俺の記憶は当てにならない。
俺が知っている性能より、遙かに上回っているようだからな・・・
俺の知っているブラック・サレナだったら、三日前の戦闘で確実に破壊できたからな」
「そうか・・・ゼロス、その事について心当たりはあるか?」
「ええ、何となく・・・というか、ボクの予想でよければ、ですが・・・・聞きますか?」
「無論」
「では・・・あくまで予想ですが、アレを操っている魔族・・・グロウさんなんですけど、
たぶん、ある程度同化しているのではないかと考えています」
「同化?」
「はい、同化です。鉄や石といった無機物に自分の力を通わせるんです。
剣に力を通わせれば『魔剣』を作りだし、鎧に通わせれば『魔鎧』となります」
「そんなに簡単なことなんですか?」
「下級の方には難しいかもしれませんけど、ボク程度の力を持つ者にとっては、そう難しいことではありませんよ。
少し前に、剣に自分の力を通わせ、ボクに斬りかかろうとした魔族もいますしね」
ちなみに、その魔族は直後にどてっ腹を貫かれて瀕死になったのだが・・・・
ゼロスは必要ないことだと思い、口にはしなかった。
「それはいいんだが・・・同化することによって、それそのものの力は上がるのか?」
「はい。魔族の力が宿るのですから、元の物とは比べものにならないくらい性能が格段に上がるでしょうね」
「実際に見たことがないから、なんとも言えんが・・・・・」
「おや?ゼルガディスさんなら何度も見たことがあるんじゃないですか?
魔族がこの世界の動物に取り憑くことによって発生する現象を・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・―――――ッ!!レッサー・デーモンか!!」
「正解です。あれも、基本的には何かの生物・・・リスやらネズミやらに取り憑いて存在するのですから・・・
魔族とはいえないような存在になるとはいえ、元の動物とは段違いに強くなるでしょう?」
レッサー・デーモン等の『亜魔族』は、主に小動物に取り憑くことによってこの世界に姿を具現化させる。
アキト達のような実力者からすれば、レッサー・デーモンなど、雑魚以外の何者でもないが、
普通の人間などにとっては、凶暴な暴れ熊よりもよっぽど危険な存在である。
ゼロスの言うとおり、元の鼠やら猫やらの実力とは雲泥の差である。
「ゼロスの仮説が正しいものとして考えると・・・・ある程度は辻褄が合うな。
ブラック・サレナの空間歪曲から感じた魔力も、元の力がグロウのものだと考えれば、納得がゆく。
ディストーション・フィールド発生装置と同化すれば、元の性能を遙かに上回れるだろうしな。
(それに・・・IFSも無しになぜ動くのか・・・その疑問もやっと解けた)」
「確かに・・・納得はできたかもしれないけど、私達にとって不利な状況であることは変わりないわね」
「そうだな・・・・アキトが戦っても難しいのだ。だが、私達四人掛かりなら何とかなるだろう」
「私も頑張る!」
力瘤を作るような動作をするメアテナ。アキトのために戦う気満々なのだろう。
だが・・・・ルナが顔を小さく横に振りながら口を開いた。
「はりきっているところ、悪いんだけど・・・・かなりの確率で無理よ」
「え〜!どうして?」
「グロウだって私達が居るのを考慮しているはず。
この前みたいな手段を取られれば、アキト君の戦いに手は出せなくなるわ。
それに・・・決着をつけようとすれば、必ず覇王が立ち塞がるはず・・・
だからこそ、獣王は私達に話を聞かせた・・・・そうでしょう?」
「はい、その通りです。獣王様が表立って動くわけにもまいりませんから・・・
ただでさえ、北の魔王様が消滅し、神魔のバランスが崩れているのですから・・・・・」
「でしょうね・・・まぁ、どちらにしろ覇王をこのままにしておくつもりはなかったから良いんだけど・・・
そこまでするのだから、海王の方は任せても良いのでしょうね?」
「それはもう。引き続き、やっておくとのことです」
「そう・・・・で、そこまでお膳立てしてくれたのだから、覇王の居場所は知っているのでしょうね」
「ええ、この世でもっとも魔の気配が漂う人間の街・・・死霊都市・サイラーグに居ます」
もし、この場にリナが居れば、またあそこ?と、疲れた表情で呟いていただろう・・・・
それほどまでに、リナとサイラーグの因縁は深い。
リナは、サイラーグで三度ほど死闘を繰り広げているのだ。
一度目は、聖人と謳われた者に作られた強力な人魔と・・・二度目は五人の腹心のトップである冥王と・・・
そして、三度目は・・・戦友だった男を核として目覚めた『赤眼の魔王』シャブラニグドゥの一欠片と・・・
様々な不幸に見回れた都市であるサイラーグに、また新たなる不幸の一ページが書き加えられようとしていた。
「サイラーグか・・・さほど遠くないわね」
「それでは、受けてもらえるのでしょうか?」
「ああ、元より、あれは俺が後始末するべきものだからな・・・」
「わかりました。では、ボクはこの辺で・・・・」
「何処に行くの?ゼロス」
「何処にって・・・・獣王様の所ですよ。受けて下さった事の報告に・・・」
至極当然・・・といった感じで云うゼロス。だが、目蓋に隠された目線は泳いでいたりする・・・・
それを知ってか知らずか、ルナは逃がさないようにゼロスの右腕を掴んだ。
「私の予想だと、ゼラスさんなら、頼む代わりにゼロスをこき使ってくれと言うと思うんだけど・・・どう?」
「そんな事・・・・・・」
「あるはず無いのか?」
ルナの掴んでいる反対側の腕・・・左腕を掴んだニースが、冷たい口調で問いただす・・・・
ゼロスの後頭部に、大きな汗が流れ落ちる・・・
「あります・・・残念ながら」
「なら問題ないわね。出発は三日後だから、それまで街の復興にでも力を貸してもらいましょうか。
貴方なら、壊れた物を元の形に直すのは簡単でしょうしね」
「い、いや、でも、ボクも一応魔族として人助けというやさぐれた事は・・・・
それに、セイルーンの中は、魔族のボクにとって居心地が悪いのでして・・・・・」
「我慢しろ」
「我慢って云ってもですね・・・あ、ちょっと!待ってくださいよ〜・・・・・」
「さ、ちゃっちゃと歩く!修復してほしい物は山ほどあるからね」
ゼロスはルナとニースに両腕を掴まれたまま、引きずられてゆく・・・
アキトもついて行こうと席を立つ・・・・が、それを見たルナとニースに止められた。
「あぁ、アキト君はゆっくりと休んでて、後のことは私達でやっておくから」
「俺もついていきますよ。ここで座ったままというのも、なんだか悪いような気もしますし・・・」
「いいから座っていろ、私とルナが気がつかないと思っているのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ニースの言葉に、アキトは気まずそうな顔をして目線を逸らした・・・・・
それを聞いていたメアテナ、ゼルガディス、アメリアの三人は、よく解らないという表情をしていた。
「ニース姉さん、アキト兄さんに何かあったの?」
「ああ、アキトは今、腕の感覚が麻痺しているはずだ」
「そんなに酷いものじゃないよ。軽く痺れている程度だし・・・・・」
「なら、今の状態で私に勝てるか?」
「それは・・・・・」
アキトは言葉に詰まった・・・並の相手ならいざ知らず、ニースやルナクラスの相手となると、
アキトの腕の痺れは決定的な敗北の要因と化す。
今の状態のアキトならば、ニースとルナは十回戦って全て勝てる・・・・・そう確信している。
そして、それは誇張でも何でもなく、正当な評価であることはアキト自身が解っていた。
「幸い、アキト君の腕の痺れは赤竜の力の暴走による傷からのモノだから、明日か明後日には治るでしょうし。
それまでは、ゆっくりと休んで、あのブラック・サレナとかいうヤツとの闘い方でも考えていて。
これからの三日間は、対覇王戦の準備期間も兼ねているのだからね・・・・・」
「わかりました・・・お言葉に甘えさせてもらいます」
アキトの言葉に、ルナとニースは微笑むと、ゼロスを引きずりながら街に向かっていった。
メアテナも、お手伝いする!といって、二人の後を追いかけていった。
「それで・・・・アキトさんはどうするのですか?」
「うん・・・・できるのなら、どこか広場を貸してもらえないかな?」
「それは構いませんけど・・・・一体何をするつもりですか?」
「対ブラック・サレナ戦での切り札を使うための下準備だよ」
「????・・・・・・わかりました。宮廷の裏庭が空いているはずです。人通りが少ないのが難点ですけど・・・」
「むしろ好都合かもしれない。ありがとう」
「では、私が案内を・・・・」
「いや、それは俺がしよう。アメリアは街の復興作業に行ってくれ、俺もアキトを案内してから行く」
「ええ・・・・じゃぁ、ゼルガディスさん、お願いします」
アメリアはゼルガディスにアキトのことを任せると、資材搬入などの監督に向かった。
「では行くか、アキト」
「ああ、そうだな・・・だけど、ゼルガディス、思っていたより元気そうだな」
「あれからさほど時も経っていないのに、そんなにすぐ人が変わるかよ」
「そうだけど・・・アメリアちゃんとの仲を認めてもらえるのに、苦労するだろうって、リナちゃんが言ってたから」
「反論できんな。何処の馬の骨ともしれないようなヤツが、王女と付き合うなんて問題だらけだからな。
幸い、フィルさんが様子を見る・・・と言ってくれたおかげで、沈静化はしていたんだが・・・幸か不幸か、
この前の襲撃騒ぎで先頭に立って戦ったのが良かったらしくてな、今では概ね受け入れられているようだ」
「それはなにより・・・あの襲撃で、少しでも良かったことがあるのなら、俺も少しは気が楽になる」
「・・・・・・・・だと、いいがな・・・そんな表情をしていたら、またルナさん達に心配かけることになるぞ」
「そうだな・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・あれの破壊、頑張れよ。この国の状況では手伝いに行くことはできないが・・・・・」
「ありがとう・・・その気持ちだけで充分だ」
そのすぐ後、アキトは裏庭に案内された後、ゼルガディスと別れ、とある作業に集中した。
その作業は、出発する日までの三日間続けられた・・・・・・
そして三日後・・・・(主にゼロスのおかげで)かなり復興した街を、ルナ達は後にした。
見送りは誰もいない・・・・早朝ということと、アキト達が断ったからだ。
復興作業で疲れているのに、無理して見送られても心苦しいだけだからだ。
その代わり、アメリア達王宮関係者とは前日の晩餐で別れは済ませていた。
「じゃ、みんな近くによって。サイラーグの近くの街まで一気に行くから」
ルナの言葉に、近寄るアキト達・・・・だが、その中にはゼロスの姿はなかった。
「ゼロスはいいんですか?ルナさん」
「いいの、ゼロスには別の用事を頼んであるから。それに、合流場所は打ち合わせしているしね」
「・・・・・そのまま逃げたりはしないの?」
メアテナの遠慮のない一言。もし、ゼロスがこの場にいれば、信用無いんですね・・・と、涙を流していただろう。
さらにリナがいれば、
『信用してもらえる立場か!!このコウモリ魔族!!』
と、ありがたいお言葉と神速のスリッパがお見舞いされていただろうが・・・・
「大丈夫でしょ。あんなのでも、ゼラスさんには逆らえないはずだからね。
やることだけやって逃げるのだったら・・・それはそれで良いでしょ。やっぱり魔族だしね」
「ふ〜ん・・・・そんなものなのかな〜」
「そういうものよ。メアテナちゃん。じゃ、本当に行くわよ」
ルナが言い終えると同時に、大地より発生した銀光が、アキト達を包み込み、大地の上を滑るように運び始めた。
その様子を、遠く王城の窓から見ているアメリアとゼルガディス、そしてフィリオネル王子・・・・
三人は、銀色の光が発生したところを、無事を祈りつつ見守っていた・・・・・・
「良いのか?アメリア、それにゼルガディス殿。あの者達と共に行きたかったのではないのか?」
「ええ・・・ご恩を返すために、ついて行きたかったです」
「俺もだ。特に俺は、ちょっとやそっとでは返しきれないほどの恩があるからな・・・・だが・・・」
「避難していた住民の受け入れ、苦情の処理等、やることがいっぱいあるのに、
それを放ってまでついてくるのか!と、ルナさんに怒られましたから・・・・」
「俺は、アキトの奴に、セイルーンの街を建て直すことが恩返しになる。そう言われたよ・・・・
そこまで言われたら・・・・・ついて行くことなんかできるか・・・・・・・」
「そうですよね・・・・・」
「ならば二人とも、ルナ殿達の心遣いに報いるためにも、一刻も早く国を元に戻さんとな・・・・」
「はい、父さん」
「ああ、そうだな・・・・」
フィリオネル王子の言葉に頷いたアメリアとゼルガディスは、執務室に向かった。
アメリアは街の復興に必要な物を取りそろえるために・・・・・
ゼルガディスは、アメリアのやることを全力でサポートするために・・・
決意をしながら奥に向かう二人の背中を、フィリオネル王子は、暖かい眼差しで見守っていた。
その日の夕方・・・・ルナ達四名は、サイラーグ一つ手前の街に到着していた。
「ルナさん、今日はここで一泊してから、明日、改めてサイラーグに向かいましょうか」
「ええ、そうね」
アキトは、ほぼ一日中、精霊術を使っていたルナを気遣って宿をとることを申し出た。
ルナも、アキトの心遣いに気がついており、嬉しそうな笑顔でアキトの意見を受け入れた。
実際は、ルナの精神疲労度は、そう大したモノではない。
自分の力だけで移動しているわけではなく、術のほとんどが大地の精霊による力だからだ。
ルナのやっていることと言えば、赤竜の力を普段より放出し、大地の精霊に干渉しているだけでしかない。
ただ・・・一つ付け加えておくのであれば、あくまでルナにとっての疲労度なのであって、
常人にとっては、半日ほど歩いているのと、ほぼ等々の疲労がある。
ルナ達四人は、一階に食堂を兼ねている宿屋に大部屋一つに小部屋一つをとると、
一階の食堂にて、少々遅めになった夕食を取りながら、この町で得た情報を検討していた。
「話によると、ブラック・サレナはセイルーン方面からサイラーグに向かって飛んでいったそうだ。
だが、サイラーグから来た者達は、そんなモノは飛来していない・・・と言っていたらしい」
「と、なると・・・考えられるのは、ここからサイラーグまでの間のどこかに、ブラック・サレナがある、ということだな」
「そうなるな・・・・ついでに、覇王も居るだろう」
「あちらも、私達が向かっていることは知っているはずよ。でも、まったく動いた気配はないようね・・・・
余程自信があるのか・・・・それとも所詮は人間とタカをくくっている愚か者なのか・・・・」
ルナは、判断がつかない・・・というような口調で呟いた。
ニースもほぼ同意見なのだろう。ルナと似たような表情をしていた。
「どちらにしろ、何らかの罠、もしくは歓迎を用意しているはずよ」
「何なのかな?見渡す限りの魔族の団体さん?」
「その可能性はかなり高いな・・・・見渡すほどではないにしろ、かなり大量の魔族が待ち受けているだろう」
「消耗戦・・・・か。一匹一匹は問題はないが、数で押してくると厄介だな・・・・・」
アキトは四人で大量の魔族を相手にするという事実に、多少頭を悩ませる。
勝てない相手ではないのだが・・・如何せん、疲れずに・・・というわけにはいかない。
そんなアキトの心配を察したのか、ルナは気楽そうに話しかける。
「大丈夫、その点についてはちゃんと考慮しているわ。アキト君は心配しないで」
「何か策でもあるんですか?ルナさん」
「それは明日になってのお楽しみ。期待してて」
「は、はぁ・・・・」
「ルナがそこまで言うのであれば、その事については特に考える必要はないな。
だが・・・・もう一つの問題の方が重要だ。戦場は何処にするつもりだ」
戦場・・・・それ次第で、アキト達の戦況は大きく変わることになる。
もし、今夜にでも魔族が襲来し、この町が戦場となれば・・・・アキト達は圧倒的に不利になる。
ニースはその事を案じているのだ。
「それね・・・・それについてはなんともいえないわね。
私達にできるのは、今晩で体調を完全にして、明日に備える・・・・だけよ。
私達三人がそれなりに注意していれば、魔族の接近にはかなり早めに気がつけるでしょうし・・・・
でも、大丈夫だと思うけどね」
「何か根拠でもあるの?ルナ姉さん」
「ええ、魔族にとって、私達はあくまでも人間・・・奇襲という行為はそうそうしないはずよ。
それに、念のために離れた所から力の気配を絶って歩いてきたからね。
近づいてきている、とは感じていても、何処に居るのかまではわからないはずよ。
幸い、この近辺には小さな村がいくつもあることだし・・・
こちらから夜襲という可能性もあるから、そうそう大胆な行為は控えると思うわ」
「だといいがな・・・・」
「それと、これが一番の本命なんだけど・・・冥王も、リナ達をサイラーグで待ち受けていたのよね。
ルークという、赤眼の魔王の一欠片の場合も、わざわざ待ちかまえていたらしいし・・・・
だから、覇王だったら、冥王の真似をして、サイラーグ近辺でふんぞり返っているはずよ」
「なるほどな・・・あの時代でも、率先して動いたという話を聞かなかったからな・・・・・」
ニースは、過去の大戦の状況など思い出しつつ、ルナの言葉を肯定した。
過去の大戦時、ニースが戦ったことのある腹心は、獣王 ゼラス・メタリオムのみ。
後は、伝聞か噂で、他の五人の腹心達の動向を知るしかなかった・・・
が、その中でも、覇王だけは表立つことは少なかった事を思い出していたのだ。
「この町は平和そうだからな・・・・むやみに巻き込みたくはない」
「一応・・・・な。平和だから、こんな輩がでてくるのも仕方がないのかもしれんが・・・・」
ニースは、馴れ馴れしく声をかけてきた男の足を払い、転かせた後で背中を踏みつけながら言う。
かなり微妙なところを踏んでいるのか、踏まれた男は顔を真っ赤にしながら悶えている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・あくまで、息ができないからであって、男に変な趣味があるわけではない・・・・たぶん。
「これで何人目だ?数えるのも馬鹿馬鹿しい・・・・」
「え〜っとね、このおじさんで丁度二十人目だよ」
「まったく・・・・・この街には暇なのが多いようだな」
普通、食堂でここまで騒ぎを起こせば、客とはいえ店を出ていってもらう等の処置が当たり前なのだが・・・・
二十人中十五人が、いつも酒を飲んで暴れている者達なので、逆に店から感謝されていたりする。
後の五人は・・・・純粋なナンパ師なのだが・・・別に問題はないと判断されたようだ。
別に、ルナ達は追い出されても一向に構わないと考えているので、やることに遠慮はない。
必要以上のことをしようという気はないが・・・・・
「あまり必要以上に店を傷めないでね、お金に余裕はあるけど、使わないことに越したことはないんだから」
「それもそうだな・・・・」
実は、アキト達は盗賊団『悪霊』にかかっていた賞金を手に入れていたのだ。
といっても、もらったのは十分の一以下。残りは襲われた町の復興資金として寄付していたのだが、
それでも、並々ならぬ金がアキト達の手元に残った。
「今日は早く寝ましょう。明日は長い一日になるからね・・・・」
「そうですね・・・・(明日、俺がこの世界にいる理由が無くなる・・・・少し、寂しいかな・・・・)」
アキトは、自分の中にある一抹の寂しさを隠すように、明日の戦いに気持ちを切り替えた。
ルナ達も同様である・・・アキトがこの世界にいる理由が無くなる。それを誤魔化したい気持ちでいっぱいだった。
(明日・・・明日で全てが終わる・・・・後のことは、後で考えよう・・・・・)
(明日・・・アキト君がこの世界にいる理由が無くなる・・・・ううん、今は考えるのを止しましょう。
私はアキト君の手伝いをする。他の誰のためでもなく、アキト君のために・・・・)
(アキト兄さんがいなくなる・・・・そんなの嫌!でも・・・・アキト兄さんが困るようなことはしたくない・・・
だから、私は明日、精一杯頑張る!アキト兄さんに、頑張ったねって、褒めてもらうために!)
(明日でアキトがこの世界にいる理由が無くなる・・・か。私は寂しがっているようだな・・・・
過去、多くの戦友と死に別れた時よりも、悲しく思うとはな・・・・システィナが今の私を見たらどう思うだろうな)
各自が、強い思いと感情を胸に秘め、夜はふけていった・・・・・・
そして・・・・・・アキト達にとって、長い・・・・・とても長い一日が始まろうとしていた。
(四十一話に続く・・・・)
―――――あとがき―――――
どうも、ケインです。
今回の話は・・・まあ、ネタばらしみたいなものでしょうか?
納得いかないところもあるでしょうし、あやふやなところもあります。それはまた後の話にて・・・
そして・・・『赤き力の世界にて・・・』も、佳境に近づきました。残すところは後十話です。
後の話は、ほとんど戦闘がメインになります。
誰がどんな戦闘をするかはいえませんが・・・皆さん色々と頑張る予定です。
戦闘シーンを読むのが嫌だという方は・・・申し訳ありません。
それでは最後に・・・K・Oさん、15さん、一トンさん、NTRC直さん、m-yositoさん、oonoさん、
TAGUROさん、ナイツさん、ホワイトさん、ぺどろさん、逢川さん、時の番人さん、浅川さん、
大谷さん、道雪さん、八影さん、遊び人さん、ノバさん、GPO3さん。
感想、誠にありがとうございます・・・
それでは・・・次回『因縁―――――過去の決着』を待っていてください。
誰の因縁、何の過去の決着なのかは、読んでからのお楽しみと言うことで・・・では。
管理人の感想
ケインさんからの投稿です。
なるほどね、グロウとブラックサレナは融合してるんですか。
・・・何処の世界から紛れ込んできたんでしょうね、そのブラックサレナ。
さてさて、物語も佳境に入りました。
この後、アキトはルナ達とどういった別れをするのでしょうか?
『生産』いう『勤労』に精を出すとは・・・落ちぶれたもんだなぁ、ゼロスよ(苦笑)